本部

守りたかった。ただ、それだけだった。

一 一

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/12/19 22:39

掲示板

オープニング

●交わされた『誓約』
「おかえり」
「……ただいま」
 狭いアパートの一室で、疲れた表情の母親の帰りを少年が出迎えた。
「今、晩飯適当に作ってるから、休んでろよ」
「…………ごめんね」
「別に」
 ぶっきらぼうな少年の態度と優しさに、母親の表情に一段暗い影が差す。
「……また、これから仕事か?」
「うん。あんたを学校に行かせてあげるには、お金が必要だから」
 食事中、少年が母親に視線を向けずに問う。食卓は母子2人のみ。父親が帰ってくる様子は、ない。
「仕事、減らせよ。中学卒業したら就職するっつっただろ。学費とかいらねぇし、家も出て行くし……」
「そんなこと言わないで!!」
 突然声を荒らげた母親に、少年は口を閉じた。視線は、交わらない。
「……ごめん」
「…………別に」
「仕事、行ってくるから」
「……わかった」
 母親の謝罪だけを残して、再びアパートには少年だけが残された。
「……飯、残すなよ。面倒くせぇ」
 向かいの皿の上には、1人分にしては少ない食事が、半分も残っている。視界の端に映った、日に日に細くなっていく母親の腕を思いだし、少年は舌打ちをこぼした。
「親に無理させてまで、学校に行く価値なんざねぇだろうが」
 結局、残った食事をすべて食べきり、少年は食器を洗う。母親の食べ残しは冷蔵庫に保存しても減らないため、この頃は少年がすべて食べきっている。
 それでもなお、少年の胃袋を満たすには足りない量ではあるのだが。
『おーおー、何とも泣かせる話じゃねぇか』
 すると、背後から聞き覚えのない声がして、少年は即座に振り向く。
「……誰だ? いきなり人の家に現れやがって」
『あ~、なんつーか、あれだ。この世界で言う英雄って奴だ』
「英雄? 俺は能力者でも何でもねぇぞ?」
『本当にそうか? 俺はお前に呼ばれた気がして、ここに現れたんだがな?』
 半透明の肉体を持つ男の言葉に、少年は黙り込む。
『そうだな、これも何かの縁だ。俺と『誓約』してみねぇか?』
「何でだよ?」
『もしお前が能力者になれば、色々楽だぜ? お前、そんなひょろっちい体で、何の仕事に就くつもりだったんだ? 話は途中からしか聞いてねぇが、力もねぇ上に頭も悪けりゃ、やれることなんざ全くねぇぞ?』
「…………」
 男の言葉は、正しい。少年は体格に恵まれず、勉強も理解が遅れがち。このまま社会に出ても、出来る仕事などあるのかどうか。
「…………わかった、乗ってやる」
『いいねぇ、そうこなくっちゃ』
 数分の沈黙の後、少年は男の提案を受け入れた。そして、お互いが自然と腕を持ち上げ、拳を突き合わせる。
「『お互いの、守るべきもののために』」
 交わされた『誓約』もまた、自然と一致した。

●1年後
「お~い! これそっちに持っていってくれ!」
「うっす!」
 引っ越し業者の制服を着た中年の男性と少年が、てきぱきと家具を移動させていく。特に少年は小さく細い体で、重い荷物を軽々運んでいた。
『お~、頑張れ拓也~。まだ半分は残ってんぞ~』
「うっせ。黙ってろフェアラート」
 運搬中、脳内に響く気怠げな男の声に、拓也と呼ばれた少年は煩わしそうに返す。フェアラートと呼ばれた男はおよそ1年前に現れた英雄で、今では拓也も年上の友人みたいに思っている。
 フェアラートはものぐさで適当な30代前後の男性で、未だ英雄らしいことは1つもない。『動くのめんどい』という彼の意見からほぼ共鳴状態だが、拓也の見た目に変化がないので生活に支障はない。
 拓也は中学卒業後に家を出て、フェアラートと生活しながら母親に仕送りを送っている。決して裕福ではないが、充実した日々を過ごしていた。
「よ~し、次の現場までちょっと休憩だ」
「うっす!」
 休憩中、ふと拓也は、今まで聞いてこなかったことを尋ねてみる気になった。
「……なぁ」
『あん?』
「お前が『守るべきもの』って、何だ?」
『んだよ、急に? っつか今さら聞くか?』
「うっせ。聞きそびれただけだっつの」
『まあいいけどよ。俺が『守るべきもの』は、』
 そして、フェアラートが答える前に、数人の男が拓也に近づいた。
「君は『守屋拓也』君か?」
「そうっすけど、アンタたちは?」
「俺たちはH.O.P.E.のエージェントでね、少し話を聞きたいんだが」
 そういって、男たちはエージェント登録証を取り出した。
『……ちっ』
『っ!?』
 次の瞬間、拓也の体が勝手に動く。
「なっ!? おい、フェアラート!? お前何してんだよ!?」
 気がついたときには、男たちはフェアラートの不意打ちを受けて吹き飛ばされた。寸前で防御され、致命打にはなっていない。
『うるせぇ。てめぇは黙ってろ』
 そして、フェアラートの厳しい声と同時、拓也の意識が黒く染まる。今まで意識と肉体の主導権を奪われた経験がない拓也は、そのままあっさりと意識を手放した。
「フェアラート、と呼ばれていたな?」
「やはり貴様……」
「ああ、そうだよ」
 体勢を立て直した男たちへ向け、フェアラートは拓也の口から、冷たく告げた。
「俺は『愚神』だ」

●英雄を騙った愚神
「プリセンサーの感知で発見された愚神の討伐をお願いします」
 集められたエージェントを前に、H.O.P.E.職員は低い声音で説明を続ける。
「敵は1年もの間、能力者の適性がある少年を言葉巧みに騙し、密かにライヴスを搾取して力を蓄えていたようです。今回プリセンサーによって存在が発覚し、調査のためにエージェント数名を派遣していましたが、敵は彼らに重傷を負わせ現在逃亡中です」
 また、近くにいた一般人ーー被害者の同僚たちも襲ってライヴスを限界近くまで奪っていた。現時点で死者は出ていないが、人を襲う凶暴な愚神をこのまま放置できない。
「皆さんはこの愚神を追跡し、肉体を奪われた少年の救出をしてもらいます。この愚神、卑劣にも経済状況の苦しい少年の背景を利用し、英雄と偽った上で『誓約』を交わしたそうです。エージェントや一般人に危害を加えたこともそうですが、何より私欲のために少年をそそのかし利用した愚神はどうしても許せません」
 仲間を傷つけられた怒り、一般人を傷つけた憤り、そして少年を騙した愚神への憤激を隠せなくなった職員は、資料を乱暴に閉じて口を開いた。
「何故今まで目立った行動を起こさなかったのかは不明ですが、一刻も早く、愚神の呪縛から少年を救い出してください!」

解説

●目標
 愚神・フェアラートの討伐および守屋拓也の救出

●登場
 守屋拓也…フェアラートと『誓約』を交わした能力者。中学卒業後、母親の経済負担を減らすために実家を離れ、引っ越し業者で働く16歳の小柄な少年。フェアラートは英雄で友人だと思っているが、現在意識を奪われている。『誓約』は【お互いの守るべきもののために、力を尽くす】。

 フェアラート…デクリオ級愚神。英雄と名乗り、拓也と誓約を結ぶ。外見は30代前後の男性で、日常生活のほとんどを拓也の肉体に憑依し続けることにより、H.O.P.E.の目を逃れていた。正体が露見した現在、拓也の肉体そのままの状態で逃走中。

 能力…物理攻撃・生命力・イニシアチブ↑↑、命中・回避↑、防御・特殊抵抗↓

 スキル
・破壊撃…射程1。単体物理。物理攻撃+100。ライヴスを集中した殴打・蹴撃。
・瞬連撃…射程0、範囲5。範囲物理。物理攻撃-20、命中+200。高速で移動し、範囲内の全対象へ攻撃。
・爆裂撃…射程1。単体物理。物理攻撃+300、物理・魔法防御1/2(3ターン)。生命を削る捨て身の一撃。

●状況
 フェアラートは放置された無人の工場へ逃げ込み、潜伏中。内部は電源が落ちた機械類が複数並び、人が隠れるだけのスペースが多い。工場周囲には雑草が茂る広いスペースがあり、到着時には敷地全体に規制線が敷かれている。
 居場所は被害を免れた調査エージェント1名が追跡し判明。PCの現場到着まで、大きな動きは見せていない。外見は守屋拓也から変化はなく、武装はライヴスで形成したガントレットとグリーヴのみ。先の戦闘では負傷なし。

リプレイ

●不審
「……あー、面倒臭ぇ」
 昼間でも暗闇が色濃い廃工場の中、フェアラートはポツリと呟く。しばらく気怠そうに天井を仰いでいたが、近くに集まる気配に目を細めた。
「来た、か。ま、やるだけやってみるか」
 そうして、フェアラートは拓也の肉体の上からガントレットとグリーヴを生成した。

 同時刻。エージェントたちは調査エージェントと合流。情報交換の後、周囲の立ち入り規制強化のため調査エージェントとは別れた。
『敵の戦い方はドレッドノートに近いようですね』
「どうにか隙を見て、拓也さんとの憑依を解きたいところです」
 突入前の作戦確認中、共鳴した状態で聞こえる十三月 風架(aa0058hero001)の声に、零月 蕾菜(aa0058)は考え込むような仕草をとる。
『英雄と愚神は表裏一体の存在だが、英雄を騙る愚神は許せぬ』
「でも、守屋さんを助けても、新しく生きがいを見出だせるでしょうか……?」
 拓也を利用しようと近づいたフェアラートへの怒りをこぼしたリーヴスラシル(aa0873hero001)。共鳴した月鏡 由利菜(aa0873)も同意見だが、一方で今まで拓也の生活を助けた側面も事実。英雄との『誓約』で救われた由利菜からすれば、討伐後の拓也に懸念がよぎる。
『それに、露見する危険の高い英雄のふりをこんなに長く続けながら、露見するほどのライヴスの吸収もせず、その上露見してもだれも殺していないのも気になります』
「……潜伏は手段ではなく目的か?」
 こちらはフェアラートの行動に違和感を覚える禮(aa2518hero001)と海神 藍(aa2518)。一連の行動から長期潜伏が手段ではなく、目的だと考える方が納得できた。
 それに、拓也たちが交わした『誓約』も気になった。尾行したエージェントが【守るべきもの】という、それらしい言葉を耳にしていたのだ。
「守るとは、敵にとっての守りたかったものを奪うこと、か」
『だとしても、信じ謳うは守護の盾です。たとえこの身が、血に濡れた刃でも』
 いずれにせよ、相手は愚神で討伐に躊躇はない。禮の言葉に頷き、藍はケイローンの書を腕に抱える。
「1年間も目立った行動は起こしていない、ね……」
『へぇ……』
 禮と同じ疑問を抱いたフィアナ(aa4210)も、フェアラートの意図を探ろうと思考を巡らす。その様子を横目に、ドール(aa4210hero002)は緊張感が薄いいつもとは違うため息をこぼした。
「守るべきもののために、か……。もしそれが『誓約』なら、母親のために必死で頑張ってきた拓也の気持ちを踏みにじる行為は許せん」
『ですが、ライヴスを搾取して力を蓄えるだけで、1年も共に過ごしていたとは思えません』
 東江 刀護(aa3503)も由利菜たちのような義憤を覚え、双樹 辰美(aa3503hero001)も禮やフィアナと同じ疑問を強くする。
『これは私の考えなのですが、フェアラートは拓也さんに何か感じ取ったのではないでしょうか?』
「たとえば?」
『自分と同じ境遇……、でしょうか?』
「だとすると、理由を聞いてからでも遅くはない、か」
 もし辰美の言う同情からの助力であれば、情状酌量はあるかもしれない。刀護は可能であれば、フェアラートの真意を聞き出そうと1つ頷く。
「愚神が守るとは、狂言でないならば、もしや……」
《倒せば何れ知れることだ。備えよ》
 事前に取り寄せた工場の見取り図を広げ、班ごとの探索範囲を確認していた灰堂 焦一郎(aa0212)。藍と刀護の台詞に一時思考を脱線させるが、ストレイド(aa0212hero001)の呼びかけですぐにルートの確認に戻る。
「…………」
『桜?』
 現在未稼働の工場内の暗さを想定し、全員に『ライトアイ』をかけた藤岡 桜(aa4608)に、ミルノ(aa4608hero001)は訝しそうな声を上げる。普段からどこかぼ~っとしていることが多い桜だが、今日はいつにも増してぼ~っとしている。
 ミルノには桜が何かを考え込んでいるように見えて声をかけたが、答えは返ってこなかった。
「何にせよ、その愚神に会ったら1つ、言ってやりたいことはあるわね」
『話が通じる相手とは限らないがな』
「別にいいわよ。愚神と対話がしたいわけじゃないから」
 各々の言葉を聞いた後で、鬼灯 佐千子(aa2526)はAGWを確認しながら工場の入り口を睨む。現実的なリタ(aa2526hero001)の台詞にも肩を竦め、同じ探索班のメンバーの元へ集まった。
 探索の組分けは、由利菜・藍・佐千子・桜がA班、蕾菜・焦一郎・刀護・フィアナがB班になる。作戦確認後、工場の扉を開けた。

●説得
(クリアリングは私が)
 侵入後、A班は佐千子が索敵として前に出る。『ライトアイ』で鮮明になった視界に映る3人へ視線を向けると、小声の返答に無言の首肯を受けて動き出した。隠密行動を意識し、機械の陰で死角となる場所を見つけては銃口を向け、隠れている愚神の姿を探していく。
《システム・スキャンモード》
「警戒を。単独とはいえ奇襲は脅威です」
 一方のB班は焦一郎がクリアリングを行うが、手法は佐千子とは真逆。電気供給が絶たれて久しい機械だらけの内部を、適宜進路上に銃弾を撃ち込みながら敵をあぶり出していた。A班から意識をそらす敵の陽動も含むため、派手な音を立てる焦一郎を止める声はない。
 エージェントたちは注意深く探索を進める。工場の窓からは日が射さず、闇が支配する空間は銃声を除けば不気味な静寂に包まれていた。
 と、その時。
『っ!?』
 まるで爆発でも起こったような音が鼓膜を貫き、エージェントたちに緊張感が走る。
「あれは……」
「大きい!?」
「散れ!」
 フィアナが視線を頭上へ向け、つられてB班全員が顔を上げると、大きくへこんだ機械が宙を舞い、こちらへ落下してくる様子が見て取れた。蕾菜はその大きさに目を丸くし、刀護は散開するよう短く促す。
 直後、咄嗟に離れた4人の中心の地面に機械が激突。さらなる轟音が工場内に響き、衝撃で機械が大きくバウンドした瞬間。
「よぉ」
『なっ!?』
 いつの間にか4人の中心に手足を武装した拓也が現れ、すぐに姿を消した。
「うぐっ!?」
「がっ!?」
「ごほっ!!」
「あぐっ!?」
 瞬く間に襲いかかったのは、速く重い一撃。蕾菜にはミリオンゲートごと打ち抜く中段蹴りが、焦一郎には胸への強烈な正拳突きが、刀護には九鈎刀の刀身へ後ろ回し蹴りが、フィアナには速度と勢いが乗った裏拳が、1秒の誤差もなく叩きつけられ吹き飛ぶ。
「お前らが追っ手か?」
 再び姿を現したフェアラートは、『瞬連撃』の手応えを確認するように右手を開閉し、のけぞったB班の面々を見渡した。
「はあっ!」
 最初に突撃したのはフィアナ。フェアラートの正面からゴルディアシスを振りかぶる。
「おっ! ……と?」
 フェアラートは即座に反応し、フィアナの剣を籠手で受け止める。そのまま弾こうと力を込めるが、強い押さえ込みにより膠着状態となる。
「おまえがフェアラートか。拓也と1年も一緒にいたのは、利用するだけではあるまい」
「貴方の目的は何? どうして身を潜めていたの?」
 次に、『クロスガード』を発動していた刀護が体勢を立て直し、警戒を強めながら対話を試みた。続けて、フェアラートをその場に押さえ込むフィアナも真意を問う。
「はぁ? ライヴスを得る以外に何がある?」
 対する返答は、あからさまにバカにしたような声音。
「それでは私利私欲のためだけに、今まで拓也さんを利用したきたのですか?」
「そうだが?」
 眉根を寄せながら最後の確認をとる蕾菜への言葉にも、フェアラートは鼻で笑った。
「許せん!」
 瞬間、刀護が闘気をまとって接近。動かないフェアラートめがけ九鈎刀を振り抜いた。
「ほっ、と!」
 フェアラートはフィアナの剣から逃れて刀護の斬撃をステップで回避。さらに素早く左手を広げ、何もない空間を握りつぶした。
「危ねぇな、おい?」
「……残念です」
《第1射、失敗。所詮は愚神だ。灰堂、備えよ》
 フェアラートが拳を開くと、そこから1発の銃弾がこぼれ落ちる。交渉の決裂を悟り、吹き飛ばされた先で射撃体勢を整えた焦一郎が放った一射だった。ストレイドは射撃結果から淡々と警告を促し、落胆のため息をこぼす焦一郎も愚神討伐へ意識をシフトする。
「…………っ!」
 フェアラートへ敵意が集まる中、次に飛び出したのは漆黒の刃。焦一郎がライヴス通信機で会敵をA班に知らせており、接近した桜がデビルブリンガーで切りかかったのだ。
「よっと」
 闇に溶け込み視認が難しいはずの刃を、しかしフェアラートはあっさりと回避。桜は近接の間合いを保ったまま、ダメージを受けたフィアナや刀護へ『ケアレイ』を放つ。
「射抜け、サジタリウスの矢」
 その間、桜の後ろから現れた藍が追撃として『銀の魔弾』を形成。武装された手足を狙って射出した。
「甘ぇ」
 が、フェアラートはそれを拳ですべて打ち落とし、数秒の足止めにしかならない。
「……その力で、お前は何を守る?」
『さすがに、この状況で共鳴を解除しては危険です』
「……あなたの……目的、……やりたいこと……教えて……?」
 B班の険悪な空気から対話の決裂を察したが、『誓約』を気にとめた藍は改めてフェアラートの口から答えを聞こうとする。また愚神の説得をしようとした桜は、誠意を見せるために共鳴解除を提案するもミルノに却下される。仕方なく大鎌の刃を下ろすことで戦意が弱い意思を示し、藍に続く。
「おめでたい奴らばかりだな。『誓約』でこのガキを守るとは言ってねぇし、目的なんて聞いてどうする?」
 これにもまた、フェアラートは嘲笑を浮かべて切り捨てた。同時に高まった敵意に従い、藍と桜は再びAGWを構える。
「守屋拓也。話しかけたエージェントに不意打ち、居合わせた一般人にも危害を加え逃走――、傍から見れば立派な凶悪ヴィランね」
「っ!?」
 刹那、どこからともなくばらまかれた『妨害射撃』に反応し、フェアラートはその場から跳躍。
「何も、本当に守屋拓也をヴィランだなんて思っていないわ。ただ、『客観的にはそう見える』。そのせいで世間から、ヴィランというレッテルを貼られてしまうかもしれない。そしてそのレッテルが、彼を本当にヴィランにするかもしれない。だから私は――」
 撃ち出された火竜の散弾を回避し、フェアラートが声の方向へ視線を向けると、鋭い佐千子の視線と交差する。
「フェアラート、アンタを見逃すわけにはいかないのよ」
 愚神の被害だけではなく、ヴィランへ堕ちる可能性を秘めた、拓也の未来を護るために。『射手の矜持』を発動している佐千子は、高ぶる激情を瞳と銃口に宿す。
《目標との誤差修正》
「鬼灯さんに同意します」
 また、かつてヴィラン組織に所属していた焦一郎もまた、佐千子と同じ思いだった。拓也への直接的ダメージを避けてガントレットとグリーヴへ狙いを絞り、逃げ場のないフェアラートへ銃弾を連続して射出する。
「やあっ!」
 そして空中のフェアラートを、由利菜のシュヴェルトライテが暗闇ごと切り裂いた。
「ぐあっ!」
『英雄の魂が少しでもあるなら、彼の為、己が『誓約』に殉じてみせろ!』
 由利菜の口から放たれたリーヴスラシルの怒号とともに、フェアラートは勢いよく地面へ墜落していく。
「……はっ! 何が『誓約』だ!」
「っ!」
 地面へ激突する寸前、フェアラートは体を捻って地に足を着け、再び跳躍。由利菜にかかと落としで反撃した。
「俺の名は『裏切り(フェアラート)』だ。名前に殉じて何が悪い?」
 機械の上へ着地すると、フェアラートは薄ら笑いとともに嘯いた。

●『裏切り』
 交渉は決裂。エージェントたちの意識は討伐へ傾きつつある。
『おい、代われフィアナ。そいつにちっと興味が出た』
 それぞれの攻撃が交わる中、ふとドールがフィアナへ声をかけ、主導権を入れ替わり両刃剣をフェアラートへ振りかぶった。
「っ、ちっ!?」
 しかし、フェアラートが受け止める寸前、『ウェポンディプロイ』により剣が消失。さらにドールは『カオティックソウル』を複製装備したオルトロスへ使用し、『エクストラバラージ』で足爪を増やして蹴り抜いた。
「で、お前は何の為に何を裏切る? 裏切ってでも叶えたい何かがあるのか?」
 そのまま蹴り技の応酬が始まり、ドールは超至近距離でフェアラートへ疑問を重ねる。
「……俺は俺の『自由』を守るためなら、何でも『裏切って』捨ててきた」
『自由』。
 フェアラートが誓った、【守るべきもの】。
「……ああ、そうかよ。だとしたら、俺はお前みてぇな奴は嫌いじゃねぇ。だが、リスクがあんのは、分かってただろ? 勝っても負けても、泣き言言うんじゃねぇぞ」
 徐々に力で押されながらも、ドールは不敵な笑みを浮かべる。離れ際、フェアラートへ連撃を叩き込んだ。
『もういいぞ』
「……わかった」
 後退の間に、肉体の主導権が再びフィアナへ。何か言いたげに口を開くも、結局フィアナは黙して前衛へ戻る。
「おまえの言う『自由』のため、拓也の家族への想いを利用したのか? 拓也の置かれた状況に、一片の同情も抱かなかったのかっ!?」
 今度は刀護が距離を詰め、九鈎刀の刃を容赦なく振るう。
「生憎、ガキに入れ込むほどボケてねぇよ!」
「くっ!」
 それをことごとく籠手で弾き、フェアラートはお返しに右手へライヴスを集中。左手で刀護の刀を強く弾くと、がら空きの腹へ向けて『破壊撃』を繰り出した。
「させません!」
 攻撃が届く寸前、蕾菜がカバーリングに割って入り、ミリオンゲートで殴りつけて軌道をそらす。『破壊撃』の勢いすべてを止められずに腕が痺れるが、追撃を警戒してフェアラートの眼前で『ブルームフレア』を弾けさせ、距離を離した。
「ならば何故、すぐにライヴスを奪って逃げなかった? それに、逃走するときも何故、誰も殺さなかった? 1年もの間英雄のふりをし続けて得られた、お前の望む『自由』とは一体何を指す?」
 炎から抜け出したフェアラートへ向け、今度は藍が『ゴーストウィンド』で砂煙ごと吹き飛ばし、言葉とともに『銀の魔弾』を撃ち出す。
「関係ねぇだ、ろっ!」
「っ!」
 だが、藍の言葉も攻撃もフェアラートの拳に叩き落とされ、加速の勢いを止められず懐への侵入を許してしまう。
「……だめ……っ!」
 そこへ介入したのは桜。大鎌を盾にしてフェアラートの拳を受け止めると、藍から離すように漆黒の刃を振り回して牽制する。
「……あなたが……欲しいのは……『自由』……、……だから……誰も……死なせてない……。……守屋君と……あなたは……共存できる……!」
 唯一、桜だけはまだフェアラートの説得を諦めていなかった。フェアラートの攻撃を捌きつつ、必死に言葉を尽くす。
「てめぇらの監視下に入る『自由』なんざいるか!」
「……っ!」
 しかし、フェアラートは桜の提案に乗ることは意志に反すると突っぱねた。そこからさらに攻勢を強めた拳の乱打に徐々に押し負け、桜の顔に籠手が迫る。
「藤岡さん!」
『破壊撃』を仕掛けたフェアラートだが、今度は由利菜に阻まれ不発に終わる。
「守屋さん、目を覚まして下さい! あなたは決して、弱い人ではないはず!」
 蒼黒の剣を巧みに操り、由利菜は拓也の意識へ呼びかける。しかし、フェアラートの動きが鈍ることはなく、拓也が覚醒する兆しもない。
「無駄だ、起きやしねぇよ。っつうか、さっき『誓約』がどうとか叫んでたが、てめぇはどうだ? 噂じゃ、てめぇの英雄の『誓約』も、相当えげつないって聞いたぜ?」
『っ、貴様っ!』
 逆に、フェアラートは由利菜の動揺を誘おうと、リーヴスラシルに矛先を向けた。エージェントとして露出の多い彼女の『誓約』は噂としてフェアラートも耳にし、嘲るように揶揄する。
「ラシルとの契約がなければ、私は今この場にいません!」
 しかし、由利菜はフェアラートの挑発に一切動じることはない。
「それに、彼女はあなたのように契約者の思いを裏切ることは絶対にしませんでした!」
「く、そがっ!」
 むしろ凛とした表情で返す由利菜のライヴスは高まり、フェアラートは三日月状の衝撃波を受け後退を余儀なくされた。分の悪さを悟り、後退から身を隠そうと近くの機械の陰へと逃げ込むも、虚空からいくつもの弾丸がフェアラートを襲う。
《転移座標指定・弾頭転移》
「逃しはしません。御覚悟を」
 正体は、後衛にて『シャープポジショニング』からフェアラートの動きを捕捉し続ける、焦一郎の『テレポートショット』。足を止めれば致命傷にもなりうる精密な狙撃から逃れるには、その場から移動せざるを得なかった。
「……ちっ、潮時か」
 どんどん縮まる包囲網に、フェアラートは小さく舌打ちをこぼすと、今まで以上のライヴスを右腕に集中しだした。
『気をつけろ、何か仕掛けてくるぞ!』
「やらせないわよ!」
 動きの変化を目ざとく察知したリタの警告に危機感を強めた佐千子は、『威嚇射撃』や『妨害射撃』でフェアラートの周辺に銃弾をばらまく。行動に移させる前に動きを封殺すれば、と考えたがフェアラートの動きを制限することはできても、一向に怯む様子を見せない。
「止まれ!」
 さらに藍が目くらましを狙い、『ブルームフレア』でフェアラートの眼前で爆発を起こす。しかし彼は皮膚が焼けるのも厭わずそれも突き抜けると、1人のエージェントの前で腰を落とした。
「消えろ」
「……ぁ……っ」
『桜!』
 ターゲットは、終始フェアラートへ声をかけ続けた桜。『破壊撃』をはるかに超えたライヴスを凝縮させ、ミルノの焦燥が桜の耳には遠くから聞こえる。
「させません!」
 その時、光翼の盾を構えた由利菜が間に入り、『フォートレスフィールド』のライヴスを展開。
「……がっ!」
「う、くぅっ!!」
 フェアラートの『爆裂撃』と、由利菜の盾が衝突した結果、衝撃で吹き飛んだのはフェアラートの方。ただ、由利菜も凄絶な力を正面から受けた反動で片膝をつく。
『ここです、蕾菜!』
「【今すぐ守屋さんから離れなさい!】」
「な、っ!?」
 格段に動きが鈍ったフェアラートを確認し、風架の合図とともに蕾菜は『支配者の言葉』でフェアラートへ命令を下した。ライヴスの酷使により抵抗力が薄まっていたフェアラートは、気がつけば言われるがまま拓也との憑依を解除し、本来の姿を現していた。
《目標・憑依対象からの分離およびライヴス反応の著しい低下を確認》
「もう一度憑依されてしまう前に、足止めを」
 再度拓也に憑依されることを防ぐため、焦一郎は『テレポートショット』で身動きを封じ、追い打ちをかける。
「拓也は返してもらうぞ!」
 その間に、刀護がフェアラートへと走って近づき、拓也を確保。意識のない拓也を脇に抱え、フェアラートから引き剥がした。
「……はぁ、降参だ」
 すると、フェアラートは急速に戦意を消して力なく両手を上げ、戦闘は唐突に終わりを告げた。

●【守るべきもの】
「……うっ」
「目を覚まされましたか?」
 その後、フェアラートから離れた位置まで移動させられた拓也が意識を取り戻す。近くにいた蕾菜が声をかけると、拓也は頭痛を覚えたように頭を振った。
「ここは、……フェアラートは?」
「そのことについて、お話ししておかねばならないことがあります」
 まだ混乱しきったままの拓也に、蕾菜と刀護は今回の事件の経緯を最初から説明していく。フェアラートは英雄ではなく愚神であること、エージェントに怪我を負わせ、拓也の同僚も襲ってライヴスを奪ったこと。そして、今は蕾菜の仲間たちが見張っていること。
「奴は愚神で、一般人であるあなたの同僚の方から、ライヴスを搾取した。いろんな感情があると思いますが、私たちが彼と戦った理由として、理解しておいてください」
「あいつが、愚神……?」
「今、俺たちが話したことは事実であり、受け入れるか否定するかはお前次第だ」
 さらに、刀護は戦闘中にフェアラートが発した発言のすべても、包み隠さず伝える。特に、拓也はフェアラートが『誓約』で守ろうとしたものが『自由』であり、己の名前が『裏切り』を意味することに反応した。
「許せない愚神でしたが、あなたが彼との生活で得たものを無駄にしてはいけません。あなたには守るべき人達がいるのですから」
「あいつ、今どこにいる?」
 由利菜のアドバイスも受けてしばらく考え込んだ後、拓也はフェアラートと話すことを望んだ。蕾菜たちはそれを了承し、捕縛したフェアラートの元へと移動する。
「……話をするのはいいですけど、油断しないようにしてくださいね」
「こちらです」
 共鳴状態を維持し、フェアラートへの見張りと警戒を維持していた佐千子に釘を刺された後、同じく見張りをしていた焦一郎に促されて拓也はフェアラートの正面に立った。
「……よぉ」
 そこには、初めて会ったときのように体が透けたフェアラートが座り込んでいた。
「……最後の……攻撃で……ライヴス……使い果たした……」
 フェアラートのそばにいた桜は、拓也に気づくと静かに首を横に振る。由利菜が受けた『爆裂撃』はまさしくフェアラートが命をつぎ込んだ一撃であり、すでに戦闘はおろか生命維持のライヴスさえ残っていなかった。
「……なら、最後に2つだけ、聞かせろ」
 時間が少ないと理解した拓也は、しゃがみ込んでフェアラートと視線を合わせる。
「俺といた1年は、『自由』だったか?」
「……ああ。ライヴスを奪っても文句も指図もしない、最高の寝床だったぜ?」
 その返答に、刀護や由利菜が顔をしかめたが、拓也は表情を変えない。
「後は何だ? 恨み言か?」
 拓也に挑発気味な声をぶつけるフェアラート。もう四肢はほぼ消え、すぐに全身が消え去るだろう姿に、拓也は苦しそうに顔をゆがめた。
「お前、……」
「何だよ?」
 そして、一言。
「お前、仲間の愚神や俺たちだけじゃなく、自分の心まで『裏切って』ねぇだろうな?」
『っ!?』
 誰かの息を呑む声が聞こえ、視線がフェアラートへ集まる。
 彼は『自由』のために何でも捨てたと言った。同胞である愚神、英雄と偽って近づいた拓也、拓也との共存を期待した桜たちエージェント。すべてを『裏切り』、『自由』を得てきた。
 だが、彼はずっと拓也に力を貸し、正体を迷わず『愚神』と名乗り、戦闘でも誰も殺さず、拓也の意識も奪ったまま、最後の『爆裂撃』のライヴスも拓也から奪わず自身のものを流用した。
 すべてを拓也に擦り付ければ、もっと『自由』になれたはずなのに。
 もし、フェアラートが己の『自由』を貫き『裏切った』結果が今ならば、彼は拓也のことを――。
「……さぁな」
 結局、フェアラートは答えをはぐらかし、穏やかな笑みで消えていった。

「もし並行世界と言うものがあるのなら、彼のもとに英雄としてのフェアラートが現われると良いですね」
「……ああ」
 スキットルから酒を注ぎ落とし、禮と藍はフェアラートの死を弔った。彼に悪意があったかどうかは、本人が口を噤んで消えたため誰にもわからない。しかし、最後に見せた表情が嘘とは思えなかった。
「……へっ」
 ドールもまたフェアラートが朽ちた場所を見下ろす。
 かつて世界を滅ぼしかけ、同族により捕らえられた邪神。何を問われても、同情も理解も不要と不敵な笑みを浮かべていた彼に、世界のすべてを敵に回しても叶えたい事があったことなど、誰1人として知る者はいない。
 そんな、どこかの邪神と似た愚神の死に、ドールは嘲笑を浮かべて背を向けた。
「私はこれでも特別教官でね、少しは力になれるかもしれない。……気持ちの整理がついたらでいい、良ければ連絡をくれ」
「私達H.O.P.E.の方で、モリヤ殿に合う英雄を探せないか掛け合ってみよう。エージェントになることを強制はしない」
「憑依がなくなって引っ越しの仕事が無理そうなら、職員の方に仕事の相談をしましょうか? 前と同等以上の給金は保証できるかと。……というかさせましょう」
 そして、藍は『H.O.P.E.特別教官証明書』を示し、拓也へ『H.O.P.E.エージェント募集チラシ』を渡した。隣のリーヴスラシルも声をかけて拓也の再起を願い、風架は一般の就職先への斡旋も助言して、拓也と別れた。

「……よし」
 その後、拓也は仕事をやめ、母親の元へと帰ってきた。
 拓也とフェアラートが同じ『誓約』で道を違えたように、どれだけ強い思いでも言葉にしなければ伝わらない。たとえ天の邪鬼な言葉となっても、思いだけは通じ合える。
 だから、拓也は自分の思いを母親に伝えにきたのだ。
 およそ1年ぶりとなる母親との再会に、拓也は一歩踏み出した。
 今度こそ、【守るべきもの】を守り通すために。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • ひとひらの想い
    零月 蕾菜aa0058
  • その背に【暁】を刻みて
    東江 刀護aa3503

重体一覧

参加者

  • ひとひらの想い
    零月 蕾菜aa0058
    人間|18才|女性|防御
  • 堕落せし者
    十三月 風架aa0058hero001
    英雄|19才|?|ソフィ
  • 単眼の狙撃手
    灰堂 焦一郎aa0212
    機械|27才|男性|命中
  • 不射の射
    ストレイドaa0212hero001
    英雄|32才|?|ジャ
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ
  • マーメイドナイト
    海神 藍aa2518
    人間|22才|男性|防御
  • 白い渚のローレライ
    aa2518hero001
    英雄|11才|女性|ソフィ
  • 対ヴィラン兵器
    鬼灯 佐千子aa2526
    機械|21才|女性|防御
  • 危険物取扱責任者
    リタaa2526hero001
    英雄|22才|女性|ジャ
  • その背に【暁】を刻みて
    東江 刀護aa3503
    機械|29才|男性|攻撃
  • 優しい剣士
    双樹 辰美aa3503hero001
    英雄|17才|女性|ブレ
  • 光旗を掲げて
    フィアナaa4210
    人間|19才|女性|命中
  • 裏切りを識る者
    ドールaa4210hero002
    英雄|18才|男性|カオ
  • 薄紅色の想いを携え
    藤岡 桜aa4608
    人間|13才|女性|生命
  • あなたと結ぶ未来を願う
    ミルノaa4608hero001
    英雄|20才|女性|バト
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