本部

お前もチーズフォンデュにしてやろうか

高庭ぺん銀

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
多め
相談期間
5日
完成日
2016/12/15 18:40

掲示板

オープニング

●ヒーローと商店街
「決して砕けぬ虎の心(タイガー・ハート)、いかなるときも全力で、守るは君の命の光、誰が呼んだかタイガード=マックス!」
 虎柄のヒーロースーツに身を包んだ男が、虎をイメージしたおなじみのポーズを決めた。背景は、真昼の商店街。
「はい! ということで、今日は『救命戦士タイガード=マックス』さんに来ていただきました~」
「スタジオの皆さん、お初にお目にかかる! 今日はよろしく頼むぞ!」
 『救命戦士タイガード=マックス』とは特撮番組ではなく、深夜帯のドキュメンタリー番組である。HOPEに所属するヒーローたちの活躍を追うのが主な内容だ。大きな特徴は、タイガードマックスというヒーローが『主役』に据えられていることだ。しかしそのタイガードの仕事は主に後方支援、ときにはカメラマン。なぜなら彼の能力は極端な回復特化――というか、戦闘能力においては『イマーゴ級並み』とまで評されるほどだからだ。
「う~ん、寒い季節にはやはりおでんですね!」
 店先に並べられたおでんがレポーターへと渡される。
「ではこちらをタイガードさんに召しあがってもらいましょう」
 金髪のヒーローは胸の前で手を合わせた。
「いただきます。ほう、だしの香りが……うむ、熱い! しかし味がしっかり浸みている! この大根はどのくらい煮込んだんだい?」
 屈強な体格に、サングラス越しの甘いマスク。しかし店主との会話はどこか主婦っぽさを醸し出している。
「庶民派ですよね、タイガードさん。自炊もしてるんですっけ?」
「ああ。英雄と二人暮らしだからな。今夜は鍋にしようと思うんだが、朝から英雄がチー……」
 話の途中で向かいの肉屋の老婆から声がかかる。
「タイガーさ~ん、うちのコロッケも食べておいき~」
「ありがとう!」
 群がる主婦と握手をしながら移動する。ファンの平均年齢は高めらしい。他のヒーロー番組と一線を画す内容は、仕事に疲れた中年層や主婦、社会の理不尽さに直面し始めた新入社員などの共感を得ることが多いのだ。
「それから奥さん、俺の名はタイガード=マックス! 覚えてくれたまえ」

●チー! チー!
「む?」
 タイガードが振り返った。どこかで聞いたことがあるような、高い声が聞こえた気がしたのだ。『鳴き声』に近い気もする。
「な、なんじゃこりゃあ!」
 代わりに届いたのは、先ほどのおでん屋からの悲鳴。
「どうした、ご主人!?」
 駆け付けたタイガードは唖然とした。かぐわしい香りが存在を主張する。
「チーズが……」
「お、俺の自慢のおでんに……」
 うまみのたっぷり染み込んだ透明なスープのおでんは、一面どろどろのチーズに覆われていた。チーズに罪はないが、これはナシである。
「チー! チー!」
 今度は複数名の悲鳴がばらばらと上がった。通路にいた買い物客たちが簀巻き(すまき)にされて倒れている。
「現れたな!」
「チーイィイイイイ!」
 体は黒い全身タイツの人型、頭はホールサイズのカマンベールチーズ。その指先から黄色いゲル状のものがタイガードに飛ばされた。腕で払おうとしたが、それは体にまとわりつく。
「くっ……熱いな」
(チーズで攻撃って……あいつは馬鹿なのか?)
 英雄の少年は不愛想な声で言った。
(夕飯にチーズファンデュを食いたいとは言ったが、なりたいとは言ってねぇぞ)
 先ほどタイガードが言いかけたが、それが今朝からの彼の主張である。
(そうだね。僕もそんな変身はごめんかな)
「タイガー・ソード・ダンス!」
 タイガードはチーズ怪人へと剣を振り下ろす。1撃目、2撃目と空振りし、大きく右に避けた怪人のボディに蹴りを放つが。
「チー?」
 まるで効かない。
(当たるようになっただけ、訓練の成果は出ているけど)
(相変わらずのへなちょこだな。早いとこHOPEに連絡だ)
 屋根へと飛び上がった敵を苦々しげに見送り、タイガードは通信を繋いだ。
「こちらタイガード=マックス。『かがやき商店街』で事件発生。至急応援を頼む!」

解説

【場所】
かがやき商店街
 東京某所にある商店街。全長約600m。アーケードなし。肉屋、八百屋、魚屋、おでん屋(練り物屋)、たこやき屋、クレープ屋など、食材や総菜を扱う店や飲食店が多い。曲がり角の先に服屋や雑貨店中心の『ときめき商店街』が約300m続いているが、そちらからの被害報告はなし。
 ちなみに八百屋などの商品はチーズさえ拭けば販売できそうだが、スイーツ店や喫茶店のオープン席はそこそこ悲惨なことになっている。チーズ専門店のスタッフはチーズに巻かれて泣いている。
 
【客】
 飲食店で昼食中の者がほとんど。通路やその他の店舗はタイガードの周り以外に客はまばら。

【敵】
チーズ怪人×3
 ミーレス級従魔(強め)。指からチーズを発射する。熱い。そしておいしくない。チーズは体にべったりとまとわりつくため、多少動きが鈍ることも。チーズに拘束された場合じわじわとライブスを奪われ、そのせいなのか、チーズの香りのせいなのか、お腹が空く。リンカーであれば、時間はかかるが素手でも除去することができる。

ザコチーズ×30
 イマーゴ~ミーレス級従魔。依代はチーズ屋の商品。三角や丸など元のままの姿をしているが、一部の個体は巨大化し手足が生えている。体当たりは割と痛い。たまにチーズも発射する。熱い。多分まだ美味しい。

【味方】
タイガード=マックス
 人気ヒーロー。攻撃力と防御力は初心者以下。回復役は任せろ、とのこと。指示がなければ一般人たちのチーズ除去係となる。性格は真面目。虎のように猛々しくあろうとしているが、たまに能力者の素が出る。
 『超人戦士タイガード=マックス(嘘)』にてHOPEエージェントたちと出会う。彼らのお陰で不本意な生き方を変えることができたと感謝している。
(犀川ジョージ:能力者。ひょろ長い美青年。謙虚で超がつくほどお人よし。/ケント・ミラー:英雄。金髪碧眼の少年。生意気。マイブームはチーズフォンデュ)

リプレイ

●かぐわしき変事
 一言でいえば、バカげた状況だった。
「……塵も積もれば、か?」
 賢木 守凪(aa2548)は怪訝そうに言う。
「例えミーレス級でもチーズでも油断は禁物ですから。心して向かうとしましょうか」
 イコイ(aa2548hero002)はいつも通りの笑みを浮かべる。
「なんだか美味そうな匂いがする」
「こんな時に食い意地出さないでください……!」
 マイペースなユエリャン・李(aa0076hero002)を紫 征四郎(aa0076)がいさめる。しかし類は友を呼ぶ――というべきか。
「凛道、共鳴中はほぼお兄さんの姿なんだから涎はやめてね……」
 木霊・C・リュカ(aa0068)はじゅるり、という盛大な音にため息をついた。凛道(aa0068hero002)は引き締まった表情で眼鏡を押し上げるが、頭の中はチーズのことでいっぱいである。
「君は本当にチーズ好きであるよな、眼鏡置き」
 と、そのとき。
「あれ、せーちゃん今お腹なった?」
 低い位置から聞こえたのはきゅるる、という可愛らしい音。征四郎が赤面する。
「し、しりません! 行くのですよ、ユエリャン!」
 共鳴した征四郎が『鷹の目』を使用する。
(被害は最小限に留めるのが良いだろう)
「一般人が危険な目に遭っている場所が最優先です。まずはタイガードと合流しましょう」
 ヒーローは商店街の入り口付近で、一般人たちを誘導していた。
「タイガード! お久しぶりなのです!」
 言ってから、征四郎は気づいた。
(は、この姿じゃわかってもらえないですかね)
 誘導を手伝いながら慌てて名乗ると、タイガードは納得したように頷く。
「頂いたサイン、リビングにしっかり飾ってるのですよ」
「ありがとう、紫さん。眼鏡の彼は木霊さんだね。今回も共に悪を打ち倒そう!」
 彼らに助けられた記憶を反芻しながらも、タイガードはヒーローとしてのキャラクターを貫く。
「あれ、コイツってあけびがよく観てる……」
 彼の姿を見て、日暮仙寿(aa4519)は呟いた。
「タイガード=マックス! 挫けぬ心のヒーローだよ!」
 不知火あけび(aa4519hero001)はタイガードの手を取りぴょんぴょんと跳ねる。
「話なら後にしろよ」
「初めまして、サムライガールです! こっちはサムライボーイの……」
「勝手に呼び名つけるんじゃねぇ!」
 言うことを聞かない相棒を引き寄せて共鳴する。征四郎と共に『鷹の目』で敵の分布を確認する。
「ちー!」
 そこに第一のザコチーズが現れた。
「ここは僕が!」
 凛道が颯爽と征四郎たちの前に立ちはだかる。手にした皿でチーズを受けると、一口食べた。
「パンの上乗っけて焼き直したいです、ユエさんも食べますか」
「ケチャップに野菜も欲しい所だよね」
 子供にウケるようなチーズを好む凛道と好みこそ違うが、リュカもチーズ好きだ。共鳴しても皿は手放さない。つまりは、食べる気満々である。
(カチョカバロの怪人とかいるかな?)
(僕はおつまみ系よりとろけるタイプが良いですね)
 逃げていた女性がチーズに足を取られる。笹山平介(aa0342)は傘でチーズを受け止め、彼女を守った。
「今のうちに逃げてください♪」
 傘にずっしりと重みを伝えるチーズをとりつつ微笑むと、人の流れに逆らって女性へ駆け寄る者があった。小さな男の子だ。
「よろしければ使ってください♪」
「渡してどうする」
「小さい子には酷ですよ」
 用意した傘を予備の分まで手放しかねない彼に、ゼム ロバート(aa0342hero002)は嘆息するしかない。
「……チーズの匂いがすごいな」
 嫌いと言うわけではないが、商店街を覆いつくす強烈な香りに守凪は閉口する。
「そうですねぇ。あ」
 どうした、と言おうとして開いた守凪の口にチーズビームが飛び込んだ。ごしごしと顔や服に絡むチーズを拭き取る。射手は見当たらない。
「……なんだこの味……まず……」
「あぁすみません。つい」
 つい、盾にしてしまった。
「大丈夫ですか!?」
 平介が慌てた様子でハンカチを取り出す。敵意の視線のひとつもくれれば面白かったのに、とイコイは思った。
「平介、俺のことはいい」
「守凪さんの服が汚れちゃいますから」
 ゼムはイコイに視線を投げる。
「この俺に協力するなら助けてやってもいいぜ……」
「そうですねぇ、協力といきましょうか」
(素直になった……か?)
 言葉からしてゼムは共鳴の主導権を握るつもりなのだろう。それはイコイの望むところなのだ。
「平介」
「ちー」
 急かすゼムの足に黄色い枷が絡む。足元にザコチーズが忍び寄っていた。
「いい眺めですねぇ。……取ってくださいと懇願してみますか?」
「つまらん冗談だな」
 雀の涙ほどのライヴスなどくれてやる。動ければ十分だ。
「チーズ屋は商店街の入り口付近か。敵より、転がっている人間が多いな」
 仙寿が言うと、征四郎も報告する。
『きらめき商店街』に近付くほど、敵が多いですね。広範囲の攻撃ができる方が適任でしょうか?」
 チーズたちは新天地への進軍を優先しているらしい。凛道と征四郎は最前線へ。ゼムとイコイがその少し手前。タイガードと仙寿は入口側に止まる。
「被害の元を断たねば埒が明かないな。救出を頼めるか?」
 仙寿は『アルテミス』を構えて、タイガードに依頼する。
「そこだ」
 看板の上に昇ったチーズを打ち落とし、キャッチする。
(これ、まだ食べられるかな?)
「……念のため、取っておくか」
 近くの店の軒下に入ると、あらぬところからチーズが飛んできた。
「ちぃ……」
「危うく見逃すところだったな」
(太腿熱い! とってよ仙寿様!)
 八百屋の店先に溶け込んでいたチーズを射る。
(チーズよりチョコが良いなー)
「冬にチーズだろう? きっと2月辺りにそんな怪人も出てくる」
 どこで愚神が見ているかわからない昨今、めったなことは言うべきではない。真に受ける奴がいるかもしれないではないか。

●抜刀
 寒空の下をぶらつきながら五々六(aa1568hero001)はカップ麺を食べていた。
「……汁、飛ばさないで……」
 獅子ヶ谷 七海(aa1568)はぬいぐるみのトラを抱き締めて庇う。所作こそ可憐だが、小さな声で「しねばいいのに。塩分過多とかで」と呟いている。
「やっぱカップ麺はシーフードだな……お口の中が水族館だぜ……」
 湯気とともに立ち上る、かぐわしい海の香り。芳醇な味わい。一口ごとに体の芯から温まってゆく。
「チー!」
 奇声と、人々の悲鳴が聞こえた。
「あれ……」
 七海が人差し指を伸ばす。彼女を指し返すように無表情の怪人が人差し指を立てていた。
「チッチチー!」
 黄色い液体が飛んできた。
「熱っ!?」
「……気持ち悪いし、チーズ臭い……あっ」
「う、うわぁああ!?」
 それは咄嗟の判断であった。七海は無駄にでかい図体の男の陰にトラともどもすっぽり隠れ、五々六は身をかばうようにシーフードヌードルを差し出す。
「あぁああーッ!?」
 次々と容器に吸い込まれるチーズ。
「チー! チー!」
 誕生したのは、チーズシーフードヌードル。怪人はどこか満足げに去って行く。まだ頭がついていかない五々六は、手許のチーズシーフードヌードルとチーズ怪人の背を交互に見つめ――おもむろに一口すすった。
「地味にマズい」
「なんでためらいなく食べたの」
 怒りに震える巨躯。――今、一匹の修羅が、生まれ落ちる。
「私が相手です!」
 征四郎が叫んだ。別のチーズ怪人を発見したのだ。敵は逃げ遅れた店員たちを襲っていた。
「チー!」
 『ターゲットドロウ』によってチーズがこちらに飛んで来るが、難なく回避する。
(美味そうではあるが、食べながら戦うわけには行かぬな)
「食べるつもりだったんですか」
(フォークを忘れたしな)
 征四郎は銃の仕込まれた傘を広げて、別方向から飛んできたチーズを受ける。
(我輩のスカーレットレインちゃんが!)
「うう、文句は敵に言ってくださいなのです……」
 お返しは弾丸。見事にザコチーズに命中した。
「チー」
「後ろです!」
 雑魚に絡まれていた凛道が、征四郎の背に回り込む怪人に気づく。彼女はとっさに身を翻すが。
(髪にチーズが!!)
「それも敵に! ……ぴゃあああ熱い!」
 なびいた髪がチーズをキャッチして体に張り付いた。服越しでも熱い。
「なんてことを!」
 見た目は成長しているとはいえ、幼い女の子に――。いくらチーズでもやって良いことと悪いことがある。『イノセンスブレイド』で自己強化を図る凛道にも、チーズが巻き付く。
「はっ……これは、しまった……っ!!」
 胃の腑をざわつかせる空虚感。異常を発するシグナル音。
(ただお腹空いただけだと思うんだよなぁ……)
 そう、そんなバッドステータスはない。チーズを剥がしてくれようとする征四郎に代わって、反撃に転じる。チーズ怪人は自分めがけて飛んで来る鎌の嵐を避けきれず、自慢の顔を欠けさせる。
「リンドウ、怪人は私が引き受けます」
「では、小さい方は僕が」
「頼みます!」
 征四郎は店のカウンターに飛び込んで、怪人の攻撃を避けた。狙うは頭部。
「チ?」
 全身タイツの怪人は反復横跳びでもするようにちょこまか避ける。
(気色が悪い……。さっさと倒すのだ)
 再び飛び出した征四郎はチーズ怪人へ向かって駆け、『女郎蜘蛛』を放つ。伸ばされたまま固定された腕から飛ぶチーズを避け、手首を掴む。
「終わりです!」
 怪人の頭が砕ける。残された体は溶けて水たまりになり、そのまま消滅した。
「ちー」
 凛道は皿でチーズビームを受け取る。
「ん、おいしいです」
「ちちっ!」
「待ってください、今君の分もいただきます」
 ザコチーズに囲まれた凛道は何だか楽しそうだった。子供たちにじゃれつかれている保育士に見えなくもない。
(とりあえず倒そうよ。たぶん今なら美味しいチーズに戻ってくれるよ)
「あ……すみません、つい」
 『ウェポンズレイン』が降り注ぐ。奇しくもその場所はパン屋の前だった。まじりあうパンとチーズの匂い。凛道の腹の虫がひとつ鳴いた。
 五々六の元から去った怪人は仙寿と遭遇していた。彼は弓を刀へと持ち替えると、すかさず縫止で敵の動きを止める。
「ヂィ!」
 一閃。しかし仙寿の太刀筋に一瞬迷いがあったことを、あけびだけが気づいていた。
(どうしたの仙寿様?)
「……気付いてないのか? これが小烏丸初使用だ」
(え゛っ?)
「初めて斬った敵が……チーズ……」
 落ち込む仙寿。
(チ、チーズ斬り小烏丸!)
「そんな格好悪い名前付けられるか」
 残念なフォローだが、吹っ切れたらしい。身軽に回避しながら近づき、いまいち材料不明だった腕を斬り落とす。断面は黄色かった。
(仙寿様、タイガーと合体技やりたい! しよう! せねば!)
「分かったから叫ぶな」
 仙寿の依頼をタイガードは快諾した。
(技名はタイガー……待てよ)
 斬撃と蹴り。二つの軌道が×印を描く。
「サムライエックス!」
 切断された怪人の頭は、当然吹っ飛ぶ。あけびは合体技の誕生にテンションマックスである。仙寿は苦笑して言う。
「付き合ってもらってすまないな。俺は引き続き敵を探そうと思う」
「目立たない場所に被害者が居ないかも確認を頼む。救護は任せてくれ」

●お前も粉チーズにしてやろうか
 商店街の中ほど、たこ焼き屋やクレープ屋の鉄板に猛攻をかけていたチーズたちがゼムとイコイに気づいた。
「どうした……腰が引けてるぞ」
 イコイを庇ったのは『インタラプトシールド』。イコイは嘲笑する。
「その眼は節穴ですか? もっとも、問題があるのは眼ではないのかもしれませんが」
 愚かなチーズたちがイコイの『ブルームフレア』で消し炭になる。
「一体、私はどのように見えているのでしょうねぇ」
 謎かけのような言葉を無視して、ゼムは言う。
「加減はしてやるが……俺がスキルを使う時は傍に居ろ」
「この姿になっても女扱いとは……」
 イコイは嘆息する。あれだけ警戒されているというのに――おかしなところで鈍い男だ。
(女が共鳴したとき男になるのは貴族が男だからだろ……)
 イコイが女だと信じ込んでいるゼムは見当違いの結論を弾き出す。「女だからといって守られるのは気分が悪い」ということか。
「……せっかく人が気を使ってやってるのに……もう手加減しねぇぞ」
「おや、加減なんて出来たんですか。意外ですねぇ」
 ゼムは視線を敵へと戻した。炎がまたもやチーズを舐めつくし、黒い塊が転がった。
「なんだ、料理は苦手か?」
 整った顔立ちに似合わない容赦のなさをからかうと、イコイは鼻で笑う。
「チーズを食べたいのなら、これからどこかへご一緒しましょうか? どんなものが好みです?」
「教える義理はない」
 ゼムは会話を打ち切る。チーズを食べたことはないが、この分では好きになれそうもない。
「オラぁ!」
 五々六は思っていた。ウマいなら、なにも問題はなかった。いっそ途轍もなくマズいなら、諦めがついた。だが、地味にマズかった。我慢して食べようと思えば別に完食できるレベルのマズさだった。なんかむしろ腹が立った。
「まだ半分も食ってなかったんだぞ! 野郎、ぶっ殺してやるッ!」
 七海の声で吠えるが、彼を修羅に変えた『野郎』は既にいない。一向に見当たらない仇の代わりに、ちーちーうるさい乳製品どもを手当たり次第にぶった切る。どう考えてもスキル全乗せの攻撃力マシマシで攻撃するような強敵ではないのだが、気にする彼ではない。欠片も残さずに消し飛ばす。
「なに勝手に撮ってやがる! 事務所とジャーマネ通せコラァ!」
 騒ぎを聞きつけてやってきたカメラマンは、そっとレンズを下に向けた。苦情が来るかもしれないが、放送したら多分もっと苦情が来る。
「そこで大人しく陳列されてな」
 局地的な剣の嵐、そして禍々しき風。隣合わせに立ったゼムとイコイだけが空白地帯にいる。
「奪い返すつもりはないんですかねぇ」
 口元に指を当ててイコイが微笑んだ。以前、駆け引きで交わしたキス。忘れるほどの時間は過ぎていない。奪われた立場なら尚更だ。
「何だ……奪ってほしいのか?」
 ゼムは笑う。彼自身は奪われたなどとは微塵も思っていない。
「奪えるものなら、どうぞ?」
 イコイはゼムへと一歩近づくと――背中に回って身をかがめた。
「チー!」
 熱い。ゼムは顔面のチーズを無造作に拭って、地面に叩きつけながら『ロストモーメント』で怪人を刻んだ。
「もしかして……」
 先ほど守凪の顔面を狙った個体かもしれない、とイコイは思った。
「……お前」
「あぁすみませんねぇ、ちょっと避けようとしただけなんですが」
 二人掛かりの広範囲攻撃でザコごと殲滅する。
「ふふ、運が良いですねぇ」
「ちーっ」
 的が小さいお陰で取り逃したザコも『銀の魔弾』で粉砕した。
「さて、こんなものでしょうか」
 凛道と征四郎がザコチーズの残党狩りを終えて、戻って来たようだ。凛道の手には食パンの袋。しかも中身が減っている。
「チーズ屋になくなった商品を書いてもらった。数は合っているか?」
 リストを持ったタイガード、チーズとのかくれんぼが一段落した仙寿も合流する。チーズ屋は経済的なダメージはともかくとして、命に別状はないようだ。確認を終えて、エージェントたちは共鳴を解く。
「回復、ありがとうございますよ! タイガード!」
 皆の傷を癒すと彼はテレビクルーの元へ戻って行く。
「討伐は済んだが、飛ばしたチーズまでは消えてくれぬか」
 ユエリャンは改めて辺りを見回す。商店街は一面、黄色のまだら模様だ。
「お掃除大作戦だね! いつもの『タイガード=マックス』っぽくなってきたよ」
「これもヒーローの大事なお仕事です!」
 番組ファンのあけびと征四郎は、顔を見合わせて頷き合った。

●再起可能
「これはもう再起不能でしょうか?」
 凛道が無慈悲な判決を下そうとする。相手は蕎麦屋の暖簾(のれん)だ。リュカは前に聞いたお掃除テクニックを思い出す。
「諦めるのは早いよ。氷水とかで冷やしてみると汚れが取れやすいかもね。ダメなら潔くクリーニングで!」
 従魔が消えたことで、チーズは一般人の手でも除去できるようになった。掃除が済むのは時間の問題だろう。
「アルコール、借りてきたのです」
「ありがとう、せーちゃん。水拭きでチーズが取れたら、それをシュッと吹きかけて拭いてみて」
「はい! ショーケースをぴかぴかにするのですよ!」
 そこそこ憂さも晴らせたところで、さっさと去ろうとする五々六に声をかける者があった。
「ハクナマタタガールさん!」
 無視しようとするが、タイガードは名前を連呼しながら駆けて来る。以前の遭遇時に名乗ったでたらめな仮名を覚えていたらしい。ちなみに善意100%だ。
「なんだその能天気な名前は。俺ぁ知らねぇっての」
「……つけたの自分だよね」
「ご助力感謝します。結局あの後お会いできなかったので……その、お元気そうで安心しました」
 七海もヒーローから距離を取った。マッチョな見た目のまま能力者の口調に戻っているのがキモイ。連絡と言うのも、用件はほぼ恐喝である。五々六は全身にかゆみを感じながら、口を開いた。
「俺の金蔓クンは、もっと甘っちょろいツラしてたぜ。お前さんも大概だが、まあ、あいつに比べりゃいくらかマシだ」
 相手が話す前に畳み掛ける。
「で、お前誰? 代わりに金払ってくれんの?」
 言うだけ言ったら立ち去るが勝ちだ。
「……ツンデレ」
「ツンデレじゃねえよ殺すぞ」
 後ろから聞こえる爽やかなねぎらいの言葉など、聞こえない。またお会いする気とか、毛頭ない。
「……しばらくチーズは食べたくないな……」
 げんなりと呟く守凪。イコイが涼しい顔で答える。
「そうですねぇ。面白い体験ではありましたが」
 守凪の髪に残ったチーズのかけらを拭いとって、平介が言う。
「今度一緒にやりましょうか♪ チーズフォンデュ♪」
「……ん、今度……してみたい、な」
 それが遠巻きな否定に思えて、平介は守凪の顔を見た。
「……もちろん興味はあるんだぞ? だが、しばらくチーズ系はな」
「それもそうですね♪ ではお掃除を手伝いましょうか♪」
 平介には、ごまかしのようなセリフを問いただすことができなかった。ふたりの様子を興味深そうに見守っていたイコイの腕をゼムが掴んだ。
「デートのお誘いですか?」
 店へと戻り始めた人々の間を抜けて、狭い路地に入る。
「今日はたくさんおしゃべり出来て楽しかったですよ」
 ゼムは答えない。代わりに路地の壁が強く叩かれたが、反応する者はいない。ゼムの視界には、腕の中に捕らえた『女』がいるのみ。
「やれるものならどうぞ。腰抜けさん?」
 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、嘲笑に歪んだ唇が塞がれた。イコイが至近距離のゼムに目だけで笑いかけると、苛立たし気な視線を返された。
「少しは目を閉じるとか、最悪抵抗しろよ……」
 ああ、つまらない――イコイは立っているのも億劫になるぐらいの退屈を覚える。
「またな……」
 ゼムは背を向ける。その手がイコイの頭を軽く撫でた。イコイは息を呑む。唇は震え、薄く涙を湛えた眼が去る男の背を見つめる。ゼムは口づけではなく無意識の行動で、何かを奪うことに成功したのかもしれない。
 タイガードがカメラに向かって事件の解決を報告する声が聞こえている。
「また共闘したいなー」
 喫茶店の掃除を手伝いながらあけびは満足げに言う。
「HOPE所属だろ? そういう機会もあるんじゃねーか?」
 仙寿はコーヒーとチーズの混ざった匂いに辟易しつつ、片づけたテーブルを拭いている。
「チーズフォンデュが食べたくなってきたよ!」
「……お前って逞しいよな」
 呆れ顔をしつつも仙寿はチーズの購入を検討し始めている。
「征四郎たちの方はそろそろかな? 雄姿を身に行かなくちゃ」
 最後に解決すべきはチーズに侵略された食べ物たちの処理だ。
「おでんにチーズはありだと思うんです、チーズもち巾着とか美味しいです」
 凛道が湯気にメガネを曇らせながら、熱弁する。店主はためらいつつ、言葉に従う。
「……確かに悪くないな」
「卵にはんぺん、ちくわなんかもいいと思います!」
 おかず系の商品はおおむね食べるのに差し支えないようだ。チーズ怪人はともかく、ザコチーズがその身を削って飛ばしたチーズは美味だったのである。チーズが取り切れなかった商品はスタッフとエージェントで美味しく頂くことにしよう。
「お代なんてとんでもない! よかったらお友達の分も持ってってください」
「やった! 帰ったらチーズフォンデュするからねっ!」
 凛道はチーズたこ焼きを頬張りつつ、こくりと頷いた。つまみ食いではなく、これも仕事との供述である。
 後は、商店街全体を漂う残り香の対策だ。一部の店舗は消臭剤での対策を。他の店舗に関しては、開き直ることにした。
「只今『かがやき商店街』では『商店街を救命せよ! 緊急チーズフェア』を行っているぞ」
 タイガードがカメラに向かって宣言する。両隣には征四郎とキメ顔のユエリャンがいた。
「従魔どもは根こそぎ退治したぞ。後はまるごと平らげて、笑い飛ばしてしまえば良いのだ」
「商店街の皆さんはこーんなに元気ですよ!」
 後方で店員たちがわっと声を上げた。征四郎は笑顔で最後のカンペを読み上げる。
「提供は、チーズ専門店の『とろーりん』なのです」
 泣いていたチーズ店の店主も「なくなってしまった商品の分まで稼ぐぞ!」と意気込んでいる。チーズたちの侵略作戦は、人間たちのたくましさの前に完全に潰えたのだった。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 断罪者
    凛道aa0068hero002
    英雄|23才|男性|カオ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 全てを最期まで見つめる銀
    ユエリャン・李aa0076hero002
    英雄|28才|?|シャド
  • 分かち合う幸せ
    笹山平介aa0342
    人間|25才|男性|命中
  • どの世界にいようとも
    ゼム ロバートaa0342hero002
    英雄|26才|男性|カオ
  • エージェント
    獅子ヶ谷 七海aa1568
    人間|9才|女性|防御
  • エージェント
    五々六aa1568hero001
    英雄|42才|男性|ドレ
  • コードブレイカー
    賢木 守凪aa2548
    機械|19才|男性|生命
  • Survivor
    イコイaa2548hero002
    英雄|26才|?|ソフィ
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
    人間|18才|男性|回避
  • たそがれどきにも離れない
    不知火あけびaa4519hero001
    英雄|20才|女性|シャド
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