本部

一番風呂はワシのもの

弓月

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
0人 / 0~0人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/12/13 07:42

掲示板

オープニング

●下町の銭湯
「だーかーら! H.O.P.E.に依頼しようって言ってるじゃないの!」
 髪の毛をポニーテールにまとめた女の子が、デッキブラシ片手に声を荒げる。
「いや、しかしだな。これといって被害も出てないのに事を大きくするのは……」
「何を言ってんの! 被害だったらとっくにこうむってるわよ! 毎日毎日シゲじいちゃんに怒鳴られるこっちの身にもなってよ!」
 ここは下町にあるごく平凡な銭湯の中。
 デッキブラシを振り回しながら怒りをあらわにするのは、この銭湯を経営する家の長女。そして怒りの矛先を向けられているのは、家長である父親だ。
 一週間ほど前から現れるようになった従魔への対応を巡って、親子喧嘩の真っ最中である。すぐにH.O.P.E.へ依頼して対峙してもらおうと主張する娘に対し、事なかれ主義の父親は曖昧な返事を口にするばかり。
 というのも、被害らしい被害が出ていないからだ。
 従魔が現れるのは営業開始前の準備時間。しかも現れた従魔は何をするでもなく、ただじっと湯船につかっているだけだった。
 最初はその姿に恐怖した親子だが、当の従魔は営業開始直後にふわりと消えていなくなる。そのため、現在のところ直接的な被害は発生してない。
 とはいえそこは客商売。変な噂が立つ前に対処しようとする娘と、下手に事を大きくしては客が減ると心配する父親の言い争いが続いて早一週間経っていた。
「そんなにH.O.P.E.呼ぶのがイヤなら、シゲじいちゃんの相手はお父さんがやって!」
「ええ? 父ちゃん、シゲさん苦手なんだよなあ……」
「私だってそうだよ!」
 唯一の被害と言えば、先代からのお得意様であるシゲじいさんという客の対応が面倒なことくらいだろう。
 このシゲじいさん。銭湯の一番風呂を何よりの楽しみにしているらしく、営業開始と共にやってくる。誰もいない風呂をひとりで満喫するのが生き甲斐なんだとか。
 ところがある日、浴場に足を踏み入れたシゲじいさんの眼に映ったのは、なにやらしみったれた豚のような影。
「ワ、ワシの一番風呂がぁ! この豚め!」
 恐れを知らないシゲじいさんの怒声が効いたのか、影はそのままどこへともなく溶け消えたらしい。
 それから連日のように、シゲじいさんが一番風呂を楽しみにやって来ると、湯船には豚っぽい何かが身を沈めている。正体不明の怪しい物体に一番風呂の栄誉を穢されたシゲじいさんは、それはもうご立腹であった。腰にタオルを巻いたまま番台へとやってきて「あれは何じゃ!」とまくし立てる。主に被害を受けるのは娘の方だ。
 それもあって、娘はH.O.P.E.へ依頼することを強く主張し、煮え切らない態度の父親に迫っているのである。
 一向に結論が出そうにない親子喧嘩へ終止符を打ったのは、営業開始時間を前にして勢いよく入口のドアを開けたひとりの老人だった。
「ワシの一番風呂を横取りする豚野郎は今日も来とるか!? あんな豚なんぞ、ワシが呼んだえーじぇんとが成敗してくれるわい! 心配するな! H.O.P.E.にはワシの方から依頼をしておいたぞ!」
 突然現れて一方的な宣言をした老人に、呆けていた父親が泣きそうな顔で口を開く。
「えぇ? シゲさん、そんな。なに勝手に……」

●依頼の説明
「ということで、今回の依頼は銭湯に現れる従魔の討伐です。発見されたのは豚のような姿をした従魔が一体。実態を伴わない影のような見た目ということから、イマーゴ級ではないかと推測されます」
 ショートカットの若いオペレーターが淡々と説明する。
「現在のところ発生している被害は…………はぁ? あ、いえ。失礼しました。現在のところ発生している被害は『一番風呂が奪われた』だそうです」
 エージェントたちが怪訝な表情を浮かべる。何だそれは? と言いたそうな顔も当然だ。
 資料を読んでいたオペレーターの女性も「ええ、私にも意味がよくわかりません」と深く考えるのを早々に放棄したようだった。
「今のところ怪我人は出ていないようですけど――」
 言葉を切ってオペレーターがエージェントたちに真剣な目を向けた。
「発生からすでに一週間が経過しています。依頼人からは『毎回何もせず消える』とありますが、何らかの方法でライヴスを得ている可能性もあります。ただでさえ人が多く集まる銭湯という場ですから、いつミーレス級に成長してもおかしくはありません。油断しないでください」
 一週間現れ続けているということは、そこに依り代があるということだ。
 客が大勢出入りする銭湯という場所柄、そこら中に人間のライヴスはあふれている。明らかな被害が出ていなくても、知らず知らずのうちにライヴスを奪われている可能性はあるだろう。
 オペレーターの言う通り、楽観視は出来ない。
「場所が銭湯の内部ということで、狭い上に足もとが滑ってしまう可能性もあります。事前の対策をするために必要な物があれば申し出てください。市販の物であればこちらで用意できます。それと討伐の際、可能な限り銭湯の施設に被害を出さないことは言うまでもありませんよね」

解説

●目標
従魔の排除

●制限時間
従魔が出現してから消える(営業開始時間)までの三十分間。ただし、討ちもらしたときは翌日以降も再チャレンジ可能。

●従魔
豚のような姿をした従魔。実態を伴わない影のような見た目であることからイマーゴ級と推測されている。
出現時は湯船につかった状態で、じっと身動きしない模様。
現在確認されている数は一体。

●場所
下町にある家族経営の銭湯。男湯の浴場に従魔が現れる。
浴場の広さは二十メートル×二十メートル程度。天井までの高さはおよそ四メートル。
床はタイル貼りで濡れていると滑る可能性が高く、踏ん張りがきかない。
営業時間直前のため、湯船には湯が張ってある。お湯の温度はやや熱めに設定。
入口は脱衣所から続くガラスの引き戸(全開すると幅三メートルほどの通り道ができる)、浴場の奥にある従業員用の開き戸(幅は一メートル弱。同時に二人は通れない)のふたつ。
その他天井に近い位置へ通気用の小さな窓が付いているが、人間が通れるサイズではない。

●状況
 従魔の戦闘能力は不明だが、直接的な被害が発生していないことからイマーゴ級と考えられる。ただ、出現から時間が経過しているため、すでに十分な量のライヴスを取り込んでいる可能性もあり、ミーレス級を相手にするつもりで望んだ方が良い。
 攻撃方法や挙動についてもほとんど不明で、分かっている事は豚に似た姿であること、現在発見されているのは一体だけであることの二点。
 スペースが狭く、足もとが滑りやすい条件下のため、無策だと動きにペナルティが発生する可能性あり。湯船に入るとさらに動きが鈍る。
 娘とシゲじいさんはエージェントに協力的。戦いには参加できないが、事前の準備や裏方としてなら協力を受けられる。一方で大事にしたくない父親は気が乗らない様子。

リプレイ

●従魔の依り代
 従魔が出現するという銭湯に集まった四人のエージェント。
 その中にひときわ目立っている女性がひとり。
「どうせ濡れるならこの方が面倒なくていいじゃない」
 ビシュタ・ベリー(aa4516)はなぜか水着を着用して依頼に臨んでいた。
 その横で身だしなみを気にしている内田 真奈美(aa4699)へ、皆月 若葉(aa0778)が心配そうに声をかける。
「内田は転倒防止用に長靴とか持って来てないの?」
「おしゃれじゃないのは履きたくないんだよね」
 二人の会話に桃井 咲良(aa3355)が入り込む。
「にゃはは。真奈美君も猫足シューズ買っちゃえばよかったのに」
 猫耳と尻尾を標準装備した咲良が履いているのは、猫足をイメージした肉球つきのシューズだ。
「う……、それはちょっと可愛いかも」
 肉球に目が釘付けとなった真奈美の後ろから、未到着だった二人のエージェントが遅れてやって来る。
「桃井さん、それ似合いすぎです。というかむしろ違和感が全く無いですね」
「やっほー! ひりょくん! また一緒だね!」
 咲良の猫足シューズをみて苦笑いを浮かべているのは黄昏ひりょ(aa0118)。その後ろに最後のエージェントである魅霊(aa1456)が姿を現す。
「ええと……。遅れましたか?」
「いや、そんな事はないよ。でもそろそろ従魔が現れる時間だね。準備に取りかかろうか」
 若葉は魅霊にそう答えると、全員の顔を見て言った。
「そもそもその従魔ってどこから来たんでしょうね? 窓とか隙間から毎日侵入してくるんでしょうか?」
 ひりょの疑問を受けて、真奈美が自分の考えを口にする。
「豚ってことは、逃げ出したペットとか肉屋の豚に憑依したんじゃない?」
「肉屋のって……豚肉ってこと? でもそれならまず肉屋に従魔が出現するんじゃない?」
 ビシュタが首を傾げて言うと、真奈美も同じように首を傾げて答える。
「うーん……。じゃあ山から下りて来た猪に憑依したとか? 豚って猪の一種なんだよね?」
 そこに若葉が口を挟む。
「あまり見た目にこだわらない方が良いと思うよ。準備はじめた頃に現れて、何もせず湯につかり溶けるように消える。出現前後の違いは……」
 と、自分が考察した内容を説明する。
「そう考えると、俺は浴槽のお湯が怪しいんじゃないかと思うんだよね」
「浴槽のお湯?」
 何人かが声をそろえて聞き返す。
「従魔が現れるのはお湯をはり始める頃だし、溶けるように消えるのは蒸気となって見えないだけで、営業時間中に浴場を漂って入浴客のライヴスを奪っているのかもしれない」
 若葉の推理を裏付けるかのように「……若葉さんの言う通りかもしれません」と、ライヴスゴーグルで浴場をのぞき見ていた魅霊が言う。
「わずかですが……、蒸気にライヴス反応があります」
 それを聞いて真奈美が新たな疑問を呈した。
「依り代が蒸気? でもそれだと乾いちゃったらおしまいじゃない? たぶん毎日換気はしてるよね?」
 その疑問に答えたのは、ビシュタだった。
「いくら換気したって、毎日営業してるんだから完全には乾かないよね? 水滴くらい残るんじゃない?」
 組み上げた建造物である以上、どこかに隙間は出来る。そういった隙間や、風当たりの悪い箇所にはどうしても水滴が残ってしまうだろう。二、三日乾かし続ければ話は別だが、毎日営業している銭湯でそれは難しい。
「うーん、蒸気か……。そうすると隙間とかあったら逃げられちゃいそうだね」
 従魔を取り逃す可能性に咲良が言及する。
「出入口は閉めれば良いとして、換気口とか事前に塞いでおきたいな。出来たらで良いんだけどね、合ってるかどうかはわかんないし!」
 気が乗らない銭湯の主人に代わり、その娘が咲良達の頼みを聞いてくれた。
「言われた通り蒸気の逃げ道になりそうなところは閉めたけど……。その分蒸気がこもって床が濡れてるよ。滑らないよう気を付けてね」
 掃除の後に水切りはしてあったが、蒸気の逃げ場がない状態では床面へ水滴が付着するのを完全に防ぐことはできない。娘はそれに注意を促した。

●銭湯での戦闘
 いつも従魔が現れるという時間を前にして、魅霊達が配置へつく。
 事前に咲良が『潜伏』スキルにより、浴場へ潜んで様子を伺う。
「すねーきんぐみっしょん……だっけ? あれ? 何かちょっと違うような気もするけど……ま、いっか」
 従業員用入口にはひりょがスタンバイし、脱衣所で待機する残りの四人とタイミングを合わせ挟み撃ちする算段だ。
 やがて訪れた営業時間三十分前。
「若葉君の推理通りだったね」
 潜伏状態の咲良が見守る中、浴場に変化が現れる。
 蒸気が浴槽の一部に集まり、四つ足獣の形をなしていく。
 その出現は脱衣所で待機している四人にも違和感という形で伝わったらしい。魅霊を先頭にしてすぐさま突入が開始された。同時に従業員用入口からもひりょが浴場へ飛び込む。
「水に電撃……。感電させます」
 浴場に入るなり、魅霊がアルスマギカ・リ・チューンから引き出した電撃魔法を放つ。
「ピギィイイ!」
 従魔の絶叫が浴場に響きわたる。
「豚の丸焼き……。……豚?」
 魅霊の頭上に疑問符が浮かんだ。
 それもそのはず。出現した従魔の身体は茶色の毛に包まれている。さらに口もとから伸びる二本の短い牙。彼らの知っている豚とはかけ離れたその姿は――。
「豚って言うより……、猪だよね」
 一同を代表してビシュタが口にした。
「ほらあ! 私の言った通りだよ!」
 一瞬止まったかのような空気が、自慢げに叫んだ真奈美の声で動き始める。
「来るよ!」
 浴槽から床へのそりと出てきた従魔が、若葉の警告と同時に突進してくる。
「蒸気だとしても、魔法なら!」
 若葉がリフリジレイトを片手に冷気の風を巻き起こした。
「効いてる!」
 冷気をまともに浴びた従魔がひるむ。
 足の止まった従魔へビシュタと真奈美が切り込む。
「従魔のくせにタダ風呂入って見つかったら逆ギレとか、やることがコスいんだよ!」
 ビシュタのクレイモアが従魔の横腹をまともに捕らえるが、持ち手を通じて伝わる予想以上の抵抗に顔をしかめた。
「硬っ!」
 次いで振るわれた真奈美のヴァルキュリアが、従魔の鼻先へと命中した。
「ブキィィイ!」
 傷は浅かったが、敏感な部分を切られて身をよじる従魔。
 怒りの矛先が真奈美へ向けられようとしたところへ、咲良が割って入る。
「にゃは、おイタはダメだよ!」
 咲良のノーブルレイが従魔を絡め取った。
 身動きのとれなくなった従魔へ、従業員用入口から駆けつけたひりょが斬りかかる。
「もらった!」
 しかしひりょの一撃が命中するかと思われたその刹那、従魔の姿は薄くなって掻き消えてしまう。
「え?」
 渾身の力を込めた一振りが空を切り、体勢を崩したひりょはたたらを踏んだ。
「消えた?」
「ありゃ、逃げられた?」
 まさに目前でその姿を見失ったひりょと咲良が首を忙しく動かす。
「いや、まだいるよ。蒸気がライヴスを発している」
 ライヴスゴーグルで周囲を見渡していた若葉がそれに答えると、同じようにゴーグルを着用した魅霊が従魔の依り代を推量する。
「……やっぱり、この蒸気が従魔の依り代……ということでしょうか?」
「全部かどうかはわからないけど、蒸気の中にいるって事は確かだろうね」
 ライヴスゴーグルを外しながら若葉が結論付ける。
 問題はどう対処するかだ。蒸気そのものは斬りつけることも焼くことも出来ない。
 試しに若葉がライヴス濃度の濃い部分へ冷気を当ててみると、一瞬従魔らしき影が現れるものの、すぐにまた掻き消えてしまった。
「ここに居ることは間違いないんだけど」
 どうやって実体化させたものか、と悩ましげにつぶやく若葉へ、真奈美が自論を展開する。
「私が思うに、あの従魔は一番風呂や怠惰を究極に求めてきたイメージが固まったものだと思うのよね。だから、もっと怠惰なものをほかに用意してやればそっちへ移るんじゃないかな?」
「もっと怠惰なものって? 例えば?」
「えーと……、例えば脱衣所にあったマッサージチェアとか」
 それはさすがにないだろう、という空気が場に漂った。
「……でも、考え方としては一理あるかもしれません」
 魅霊が真奈美の意見に同意した。
「どういうことなの?」
 桃色の耳をピクピクと動かしながら訊ねる咲良へ、魅霊の代わりにひりょが答える。
「空気中の水蒸気って、冷たい水が入ったコップとかの表面に付着しますよね? 同じように核となる物体を置いて、それを冷やせば周囲の蒸気がある程度集まるんじゃないでしょうか?」
 浴槽から常に湯気の立っている浴室内でどれだけ効果があるかは分からないが、とりあえずやってみようということになった。
 浴場に備え付けの桶やイスを積み重ね、そこへ若葉と魅霊が冷気を当て続ける。
「うう……、寒い……」
「そんな格好してるからですよ」
 水着という防寒性のかけらもない格好で身体を震わせるビシュタへ、苦笑いをしながらひりょがツッコミを入れる。だが口ではそう言いながらも、自分の上着をビシュタの肩へかけてあげるのが、ひりょのひりょたる所以であった。
 やがて積み重ねた桶とイスがカチンコチンの氷結タワーになり、その表面には周囲の蒸気が凝縮し水滴へと姿を変えていった。水滴は次第にひとかたまりの水となり、人間大の大きさにまで成長していく。そして次第に明確な形をなし、ビシュタ達の前に四本の足を持つずんぐり体型の獣が再び姿を現した。
「ビキィイイ!」
 その獣――標的の従魔――の不満を訴えるような鳴き声が真奈美達の耳をつんざく。
「よし! 今度は逃がさない!」
「……拘束します」
 若葉がスキル『妨害射撃』で援護する中、魅霊のハングドマンが従魔へと突き刺さり、鋼線が首に巻き付く。
「……外れました」
 移動力を削ごうと足を狙ったものの、狙いが少し逸れてしまったようだ。首への巻き付きも息の根を止めるには至らない。
 真奈美が従魔の背後から一撃を加える。
 銀色の刃が従魔の背中を切り裂いた。
「ビィィィ!」
 すぐさま従魔が反撃する。
「そんな体勢からの攻撃なんて、当たらないよ――って、きゃあ!」
 従魔の攻撃を避けた拍子に、真奈美の足が濡れたタイルで滑った。
 追撃を加えようとする従魔に、咲良が『猫騙』を使って牽制する。
「にゃははは、引っ掻き回しちゃうよー! にゃー!」
 従魔が一瞬怯んだ隙に、若葉が真奈美を助け起こす。
「大丈夫? 滑りやすいから気を付けて」
「大丈夫よ! 転ぶのは慣れてるから!」
「いや、そういう問題じゃあ……」
 妙な受け答えが交わされているのを横目に、ひりょが従魔の注意をそらすため、スキル『ブラッドオペレート』を発動させて従魔へと斬りつける。
「プギャアアア!」
 ひりょの一撃が深い傷を負わせ、従魔は苦悶の声を響かせた。
 その動きは明らかに鈍っている。あと一息と言ったところだ。
 しかし従魔もやられてばかりではない。後ろ足でカツカツとフロアタイルを打ち鳴らすと、ビシュタ目がけて猛スピードで突進を開始した。
「ふん。そんな一直線の攻撃、避けるのは造作もな――、あれっ?」
 余裕しゃくしゃくといった風にヒラリと従魔の突撃を避けたビシュタだったが、身をかわした拍子に濡れたタイルで足を取られてしまった。
「お、っとっと……っと」
 足を踊らせ、バランスを取ることでかろうじて無様な姿をさらさずに済んだビシュタ。ヨタヨタとふらついて最後にゆっくりとヒザをついたとき、受け身を取るため床面へ伸ばした手がモコモコとした感触を得る。
「ん?」
 いつの間にやらビシュタの手に収まっていたのは、猫の足を模したシューズ。そして目の前に映ったのは、今まさに従魔へ踏み込もうとしたタイミングで猫足シューズをビシュタにつかみ取られたひりょだった。
「わあぁぁぁ!」
 踏み込もうとしたところで突然片方のシューズを失ったひりょは、なすすべもなく転倒する。運の悪いことに、そのすぐそばへ立っていた魅霊を巻き込んで。
「え……?」
 何が起こったのか分からないまま、ひりょともつれ合って転ぶ魅霊。
「ぁぅ……気を付けなければと思っていたのに」
 これまた偶然か、はたまた従魔の呪いか。
「とにかく体勢を……あれ? アルスマギカは? ……頭の、うえ……」
 魅霊が持っていたアルスマギカが頭の上に……。
「……ふえぇ」
 その瞳から大粒の涙がこぼれ出す。
「うわあああん! すみかおねえちゃあああん!!」
 ドミノ倒しで発生した混乱。発生源であるビシュタが狼狽する。
「え? あれ? あたし悪くないよね?」
 そんなカオスな状況をよそに、若葉、咲良、真奈美の三名は着実に従魔を追い詰めていた。
「これだけ近くなら外さないよ!」
 若葉のPride of foolsから放たれた銃弾が従魔の腹を裂く。咲良が『縫止』で従魔のライヴスをかき乱し援護する。最後は真奈美のヴァルキュリアが従魔の眉間に突き刺さり、それがトドメとなった。
「えーと、罪状は何だろ? 営業妨害、じゃないし……イッシンジョウノツゴウにより一番風呂妨害で拘束します!」
 咲良の妙な勝利宣言が反響する中、従魔の骸は大きな音を立てて崩れ落ちた。

●一番風呂奪還
「これにてイッケンラクチャク! だよね?」
 にゃははと笑う咲良の横では、銭湯の売店で購入したコーヒー牛乳を腰に手をあてて飲む若葉の姿。
「銭湯で風呂上がりのコーヒー牛乳……いいよね」
 ぷはー、と満足そうに息をつくその姿。着替えのジャージまで持参して、シゲじいさんと一緒に一番風呂を堪能した彼がエージェントの一員だと誰が思うだろう。
 首尾良く初日に従魔を退治した若葉達は、戦闘で汚れた浴場の掃除手伝いを買って出る。
 一日で問題を解決し、浴場に被害らしい被害も無かったことから、銭湯の主人は胸をなでおろした。依頼のお礼も兼ねて、ということで一番風呂の栄誉にあずかることとなったのだ。
「はっはっは! 一日で解決するとは、えーじぇんとというのは大したもんじゃ!」
 明日からまた一番風呂を独占できると分かったシゲじいさんは、たいそうゴキゲンな様子だった。
「でもあの従魔、どうして猪の姿だったんでしょうね?」
 事件は解決したが、結局従魔が猪の姿をしていた理由は分からずじまい。
 そんなひりょの疑問に答えを示したのは、水着姿で一番風呂を堪能してホクホク顔のビシュタだった。
「ん? 気が付かなかったの?」
「何がですか?」
 首を傾げる一行に、ビシュタが淡々と告げる。
「男湯の壁絵に猪が大きく描かれていたよ。たぶんアレがモチーフになったんじゃない?」
「………………」
 果てしなくどうでも良いその真実に、全員が口をつぐんで微妙な表情を浮かべる。
 そんな理由かよ! と幾人かが心の中でツッコんでいたことは、当の本人達しか知らないことである。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • ほつれた愛と絆の結び手
    黄昏ひりょaa0118
    人間|18才|男性|回避
  • 共に歩みだす
    皆月 若葉aa0778
    人間|20才|男性|命中
  • 託された楽譜
    魅霊aa1456
    人間|16才|女性|攻撃
  • Allayer
    桃井 咲良aa3355
    獣人|16才|?|回避
  • エージェント
    ビシュタ・ベリーaa4516
    人間|21才|女性|回避
  • エージェント
    内田 真奈美aa4699
    人間|17才|女性|生命
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