本部

 【仮装騒】ハロウィン連動シナリオ

【仮装騒】ファニーガイに捧げるパレード

高庭ぺん銀

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/12/09 23:47

掲示板

オープニング

●死への隊列
 ロンティアは静かな町だった。かつては市場や広場やあるいは小道、町のいたるところで笑い声の聞こえるにぎやかな土地であったという。それを壊したのは3か月前にこの地で暴れた大型従魔だった。人口はがくりと減ったが、町が痛々しい静寂に包まれたのは何も人が減ったからではあるまい。
 歌が聞こえる。重苦しく低い声はまるで墓場から這い出してきた死人のそれだ。彼らは、一応は生きていた。バンシーによる洗脳で歩く亡者のようになっていたけれど。

あの人に会おう 町の西へ
あの人に会おう みんなで行こう
ファニーガイは良い男 会いたい人に会わせてくれる
大事な仕事 明日会う友達 何もかも捨てよう もう帰らない
町を出て西へ ロンドンを目指そう
今行くよ 今行くよ 待っててね

 住民たちの中に仮面をかぶった者が数名いた。デザインは嘲笑うヒゲの男――ガイフォークス。葬列の中、平面のガイフォークスだけは無言の笑い声をあげていた。

●Pied Piper(誘導する者)
パーティに行こう 町の東へ
パーティに行こう みんなで行こう
ファニーガイは良い男 おいしいお菓子用意して待ってる
ママのご飯より おいしいらしい 食べたらきっと もう帰れない
町を出て東 ロンドンを目指そう
今行くよ 今行くよ 待っててね

 キドゥラン町の住人は陽気に歌いながら歩いていた。曲はロンティア町のものとよく似ていたが、短調が長調になり底抜けに明るい雰囲気だ。ただ、しんと静まり返った町中に響くのは不気味としか言いようがなかった。さらに異様なのはみな表情やしぐさが子供そのものになっていること。老若男女問わず、彼らの心は甘いお菓子に心躍らす子供だった。ここでも、数枚のガイフォークスの仮面が住人に憑りついている。

 ふたつの隊列が向かう先はロンドン。甘いお菓子みたいにファニーガイに食べられてしまう前に、嗚呼、誰か彼らを助けて。

●パレードを止めろ!
 ――意識がなくなる前に報告します。私は今キドゥラン町にいます。そう、ロンドン市に愚神が現れるかもって予測がでたから、皆に注意するよう言いに来たんです。先輩たちは強い愚神と戦わないといけないから、おつかいです。歩いたら30分以上かかるくらいの離れた町だから、軽めの注意で良かったはずでした。「もし愚神や従魔がここにも来たら危険だから、外出しないで。見つけたら通報してくださいね」とかそんな感じで。
 町のみんなを引き連れてバンシーが歩いています。ううん、アイルランドで見たあのバンシーじゃない。前の奴はこんなに上手く人を操れなかったもん。ロンティアに行った亮次さんは平気かな……。
 悔しいけど私だけで戦っても負けちゃいます。だから今は列の中に紛れて通信しています。GPSはONにしました。みんな、おびえることも逆らうこともなくて、子供みたいにはしゃいでるんです。話しかけても「きみもいっしょにうたおう」とか「なんのおかしをたべようかな?」とかしか言ってくれません。こっちも私じゃどうにもならない……です。
 おかしいなぁ。なんだかぜんぶどうでも良くなってくる……ですよ。……おかしとおにく、ファニーガイがいっぱいたべさせてくれるって。……うれしいな! だから、まこと、いくね。みんなも、はやくきてね。ばいばい!

解説

【目標】
 一般人の救出
※ロンドン市から見て東の方角にロンティア(L町)、西にキドゥラン(K町)がある。PCたちが到着した時点でそれぞれの町からは10~15分ほど進んでおり、ロンドン市から徒歩20分ほどかかる別々の街中にいる。街の住人たちは家の中に籠城している。

【敵】
・バンシー×2(列の先頭に1体ずつ)
 デクリオ級従魔。ずっと泣いている。攻撃や回避はしない。スキルにより住民を洗脳し誘導中。現在は隊列の先頭を歩いている。
☆スキル≪呼び声≫
バンシーの泣き声。聞いた者は彼女の後をどこまでもついて行ってしまう。音であるため壁などをある程度通り抜けられる。明るい気持ちや強い意志を持つ者は洗脳されにくい。洗脳にまで至らない者も以下のような精神状態になる。
K町:気持ちが沈み、やるべきことを忘れそうになる。
L町:何だか楽しくなり、やるべきことを忘れそうになる。

・ファニー×10(バンシー1体につき5人)
 ガイフォークスの仮面をつけた人間。バンシーへのカバーリングを行う。武器は非AGWの包丁や鈍器。仮面を割ると戦闘をやめ、通常の洗脳状態に戻る。
L町:死を望むような言動をとる。亮次が紛れている。(H.O.P.E.制式コート着用)
K町:子供のような言動をとる。まことが紛れている。(同上)

【救出対象】
・ファニー
・一般人×30名ほどずつ
 バンシーの後について行進している。従魔化はしていない。五感は正常通り。会話も可能。戦闘中は行進をやめてぼんやり持っている。

【プレイヤー情報(※バンシーを倒すと発覚)】
 住人たちはバンシーを倒すと行進を再開する。つまり、バンシーが消えてもファニーガイが存在する限りスキルは継続する。このシナリオは『【仮装騒】ファニーガイの襲撃』から少し前(昼間)の出来事であるため、シナリオ中にガイが死亡することはない。

リプレイ

●開幕
 オペレーターはこわばった表情で報告を終えた。
「まことさん……大丈夫かな」
「急いで向かいましょう、アンナ!」
 大門寺 杏奈(aa4314)は先の事件で知り合った赤須 まことを案じる。レミ=ウィンズ(aa4314hero002)は彼女の手をぎゅっと握って、キドゥラン町の隊列に当たることを志願した。エージェントたちは二手に分かれるつもりなのだ。
「少し、待って」
 杏奈は短く言って黙り込んだ。同じチームに挙手したイリス・レイバルド(aa0124)とアイリス(aa0124hero001)を見て、何かを閃いたらしい。
「精神に干渉するタイプ」
 イリスは呟く。
「特に仮面をつけたファニーと呼ばれる者が重度の洗脳を受けているみたいだね」
 アイリスは冷静な表情を崩さず、告げられた情報を整理する。
「ついでに共鳴していないとはいえリンカーも洗脳されているらしい。イリスは大丈夫かい?」
 姉の問いにイリスは即答した。
「だいじょうぶだよ、お姉ちゃん。愚神や従魔の施しを受けるなんてありえない」
 アイリスは頷く。
「どんなご馳走を並べたって、泥水で喉を潤すほうがまだましだよ。この黄金の絆は決して染まらない! 染められない! 奴らを殺しつくすまで喰らいつく!」
「うん、落ち着いているようで大変結構」
 アイリスは満足げに口の端を上げた。
 同じチームには葉月 桜(aa3674)と伊集院 翼(aa3674hero001)、そしてヘンリー・クラウン(aa0636)とコトノハ(aa0636hero001)が参加する。
「よーし、ボク、頑張っちゃうぞ!」
「どんな相手だろうが負けはしないぞ」
 桜は音楽プレーヤーと耳栓を準備する。目的は『呼び声』への対抗。声が聞こえなくても恋人のヘンリーとなら連携できるはずだ。
「おい、心してかかれよ……?」
「ヘンリー、僕の力であいつをぶっ倒してね!」
 コトノハは相棒に思いを託す。
 アイリスは杏奈の作戦に乗ることにした。
「キドゥランにはレミが連絡を」
「ああ、従魔の方は私に任せてくれ」
 聖なる音で浄化する妖精と、邪なる声で惑わす妖魔の戦いだ。

●Lの悲劇
「まさか、あのときの続きがあるとはな……! この場を絶対に被害者を出さずに切り抜けるッ!!」
 アイルランドでバンシーと遭遇している東海林聖(aa0203)は思わぬ再来に歯噛みする。誰もが持つ恐怖や不安という感情、そして心の傷を利用する卑劣な敵だった。
(……ヒジリーは相性よくない相手だけど……突出することも無ければ大丈夫、かな)
 聖と共鳴したLe..(aa0203hero001)には少し懸念があるようだ。
「っし! 行くぜルゥ!!」
 彼らが目指すのはロンティア町の列。死への行進を続ける者たちの元だ。
(……行くのは良いけど……具体策は……?)
「……へっ……気合で目を覚まさせる!!」
(……だよね……)
 ルゥは予想通りの返事に嘆息した。
(ファニーガイの好きになんてさせないんだからっ。絶対全員助けるよ、リオン)
 リオン クロフォード(aa3237hero001)に共鳴の主導権を委ねた藤咲 仁菜(aa3237)も、暗雲を払うように宣言する。
「オッケー、ニーナ! 人が多いけど落ち着いていこう」
 私が頑張らなくちゃ!と奮い立つの仁菜の心はリオンにはお見通し。「ニーナは救助になると猪突猛進なところがあるから、気をつけないとなー」と密かに思っている。
「そろそろ、かな」
 隣にいた志賀谷 京子(aa0150)が言う。
(志賀谷もいるから……大丈夫かな……)
 ルゥは思い直す。京子もまた、聖たちと辺是 落児(aa0281)、構築の魔女(aa0281hero001)の存在に勇気づけられていた。術にかかってやるつもりなど毛頭ないが、これなら弱気になりようがない。
「呉さんの方は一度も応答がありませんでしたね。電波妨害はされていないようですから、やはり洗脳でしょうか」
 そう言った魔女を、落児が呼ぶ。
「ええ、私にも聞こえます」
 暗く重い歌声がかすかに聞こえ始め、エージェントたちは眉をひそめる。
「こっちは暗い葬列か……」
 京子の言葉に内からアリッサ ラウティオラ(aa0150hero001)が答える。
(陰鬱な歌ですね……。彼らをこのままロンドンまで行かせてはなりません)
 まるで砂袋でも背負ったように、住民たちの足取りは重い。最初は楽器のように聞こえていた高い音が、だんだんはっきりと輪郭を表してくる。泣き声。死へと呼び寄せる声。
(ロローー)
 落児を、そして魔女を包み込むのは諦念と絶望。
「えぇ、死にたくなるほどのこの気持ちはひどく懐かしいですね」
(……ーロ)
 彼は問う。受け容れて立ち止まるのか、それとも忘れて進むのかと。魔女は一笑に付した。
「まさか、悲劇の果てに得たこの想いこそが私達の根幹でしょう?」
(……ロロロー)
 落児は同意する。彼らの誓約は――『自身の成した行動の結果を受け入れ歩み続けること』。
「ふむ、作り物というのはあれですがそういう意味では偽りでも想い出せたのは悪くないですね」
 京子は列の先頭を歩く陰鬱な女に狙いを定めた。
「その人たち、返してもらうわ!」
 しかし泣き女の前にはファニーたちが立ちはだかり、その攻撃は届かない。
「庇った?」
 代わりに前回倒した首なし騎士の姿はない。
「デュラハンの代わりって訳か? ふざけやがってッ!」
 幻炎を纏いなびくは『クリムゾンローブ』、咆哮するは大剣『ライオンハート』。
「今度は話だけじゃねェ……今、刻み付けてやるぜ……!」
(……ヒジリー……ちょっと馴れた?)
 騎士修道風の衣装と獅子頭が映し出される。朝焼けを呼ぶヒーローがここに再臨した。
「目を覚ましやがれッ!!」
 聖が叫ぶと、仮面たちは彼を見つめ返す。
「こんなつまらねぇ人生、飽き飽きだったんだよ」
 HOPEの制式コートを着た男が言う。
「邪魔しに来たんだろ? 丁度いい、俺を殺せよ」
「東海林さん、この方が?」
 魔女が問うと聖は頷いた。ハロウィンの夜、狼のように大きな口で笑い騒いでいた男。あの時とは別人のように暗い。
「っし、行くぜ……!」
(……周りの人、巻き込まないようにね)
(解ってるってッ!!)
 聖は亮次めがけて地面を蹴った。

●Kの歌劇
 はしゃいだ、音程の外れた合唱。伴奏のようにコーラスのように不思議と溶け込むのは、妖魔の泣き声。
「さて、歌には歌い手の精神が表れるものだ」
 妖精は語る。
「真に嘆き悲しんでいるのならそれを歌と認めるところだが……その泣き声がただのプログラムの実行と変わらず感情など無いと言うのなら、その騒音かき消してやろう」
 何度も繰り返された悪趣味な歌ももう終わりだ。ヘンリーが『村雨』でバンシーに切りかかるが。
「……アブねっ」
 バンシーを隠すように立ちはだかったファニー。振り下ろすモーションを止め、足でブレーキを掛ける。
「みなさん、この曲には続きがあります」
 杏奈が言う。バンシーへの抑止力になればと書いた歌詞はアイリスに託した。ファニーたちと正対する位置へと進み出てアイリスは歌う。

――やってきた やってきた
朝焼けの騎士がやってきて 泣き女と仮面をやっつけた
東に行ってはいけないよ ファニーガイに食べられちゃう

「嘘つきだ~! ファニーガイのほうが強いもん!」
 猛然と威嚇する仔犬のような声。
「まことさん……」
 杏奈は耳栓を外した。アイリスの美しい歌声がクリアに聞こえてくる。
(アンナ……)
(アイリスさんの歌声があれば、大丈夫だと思う。……私の呼びかけでまことさんを正気に戻せる可能性があるなら、やってみたい)
 杏奈の想いに同調するように盾と翼が金色に輝く。
「お願い……化け物なんかに負けないで!!」
「や~だよ! きみも一緒に行こう。楽しいよ!」
 杏奈は、きゃんきゃんと吠える仮面の少女を引き付けることに成功した。
「アンコール、かな?」
 アイリスはもう一度歌い始める。続きはこうだ。

――さあ西へ進めや進め
キドゥランに行こう お菓子の山が待ってるよ 
さあ食べては騒げ 今日はお菓子のパーティだ
たくさんお菓子を食べたら みんな元通り

 歌声に乗せて下されるのは、強い意志によって叶える未来予知。バンシーの泣き声はアイリスの声と打ち消し合う。家に隠れる人々の安堵のため息までは聞こえないが、呼び声に誘われるものがいないのは確かだ。
「これならどうかな?」
 アイリスが作り出す光と音の結界――『結界エイジス』。バンシーの声はアイリスを脅かすどころか、減退し新たな音を生み出す力へと変換されてしまうのだ。
「音も振動、エネルギーだ。エイジスの減退能力の適応範囲だよ」
 黄金の羽は『ジャンヌ』と同化する。不可侵の妖精郷が生まれた。苦しみながらも身を屈めて掴みかかろうとするファニー。その仮面を掴みぐしゃりと握りつぶした。
「ファニーガイが待ってるよ! がんばれ!」
 他の住民たちもそうだそうだと騒ぐ。まだ洗脳を解くには弱いか、とエージェントたちは次の手を打つ。
「はいは~い! それならボクたちの力をとくとご覧あれ~!」
 ヘッドホンをつけた桜とヘンリーが手を繋いだまま両手を挙げる。まるで子供向けのショーだ。
「んな怪しい奴よりも、俺たちについてきた方が楽しいぜ」
 ヘンリーは不敵に笑う。
「ボクらは朝焼け騎士団」
「ファニーガイやその手下なんかに負けはしない」
 ふたりは目配せして手を離した。

●悲劇を砕く
「ふむ……AGWを持っていないということは能力者や従魔ではなさそうですね」
 魔女は銃を手に取る。銃底を使って若い男の仮面を割った。男はその場にうずくまる。
「大丈夫ですか?」
 魔女が差し出した手を振り払い、男は仲間の元へ戻る。
 リオンもファニーの仮面を取りにかかる。
「世の中なんて、生きていれば何とかなるよー! 今死んじゃうなんてもったいない!」
 彼の口調は場違いなほどに明るい。だが場違いで結構だ、この雰囲気を吹き飛ばすつもりなのだから。
「もうこの世界に用はないの。私は、彼のところへ行きたい」
 今より良き世界、彼女はうわ言のように言う。彼女の痛みを理解することはできない。癒すことだってできないかもしれない。けれど、生かすことはできる。生きて、そしていつか希望を掴んでくれたら。リオンは声をかけ続ける。
「今あるものって簡単に捨てられないものだよ! よーく考えて!」
 リオンは女性の手首を掴み、もう片方の手で仮面をはがす。女性はうつろな目で硬直したがやがて隊列に戻ろうとする。
「え? 待って!」
 力任せに身を引く彼女。リオンは手を離した。
「えいっ!」
 京子が素早く長身の女性の懐に飛び込む。掬い上げるようなモーションで仮面を引きはがす。魔女が4人目の仮面を叩き割る。
「殺す気で攻撃しろってんだよ」
 最後の一人となった亮次は、仮面を狙った聖の攻撃を避けながら、手にした斧で反撃していた。バンシーを守るというより、聖の殺意を呼び起こそうとしているようにも見える。
「いい加減にしろ!」
 聖と共にライオンハートが吠える。それは希死への恫喝だろうか。叩きつけられた獅子の刃。斧が砕けながら地面に落ちる。
「食らえ!」
 とどめとばかりに振りかぶる聖。死への渇望で動きを止めた亮次に強烈な頭突きが決まり、仮面が砕けた。
「呉さん、みんなをお願い!」
 京子は告げるが、正気に戻るかと思われた亮次は座ったままで呆けている。聖と入れ替わりに、回復役のリオンが駆け寄るが目立った傷は見当たらない。
「今やらなきゃいけないこと、ちゃんと思い出して!」
 リオンの思わず亮次の頬を平手打ちした。もしかすると「人々を助けたい」と強く願う仁菜の意思がそうさせたのかもしれない。
「ってーな」
 亮次は目を丸くした。うさぎの耳を持った小柄な少女が見下ろしている。ふと相棒のことが心配になった。
 盾を失くしたバンシーへ向けて京子と聖、魔女の攻撃が始まる。しかしバンシーは抵抗を見せない。
「目的をもって誘拐……先導しているはずですが抵抗がありませんね……?」
 魔女は攻撃の手を止める。
「囮? ……でなければ、倒されても問題ない捨て駒ということでしょうか?」
「倒さなきゃいけないのは同じよ」
 京子はアルテミスをわななかせ続ける。聖も攻撃に加わる。
「では、私は次に備えます」
 魔女はそう言ってHOPEとの通信を始める。あんな置物では、聖と京子の相手には勿体ないくらいだ。
「その時々に感じる喜怒哀楽はわたしだけのもの。仲間と分かち合うことはあれ、感情を強制されるなんてたまったものじゃないよね!」
 自由に生きるために! それが京子の戦う理由。だから彼女は決して膝を折らない。そしてふてぶてしく笑うのだ。
「どんなに泣いたって、私は笑うよ。そして言うんだ。ファニーガイなんてろくな男じゃないよね!」
 京子の眼が泣き女の弱点を看破する。魔の呼び声の発生箇所。テレポートショットで狙うのは喉だ。
「最期まで避けもしないんだ」
 バンシーに課せられたのは泣くことだけだ。それすら、もうできないけれど。
「千照流……破斥・哮牙ァッ!!」
 ライオンハートの三重咆哮と斬撃が従魔を切り伏せる。呆気ない幕切れだった。
「あ、少し気分が軽くなったような?」
 皆を助けるという強い意志で立っていたリオンは確かな変化を感じた。しかし。
「え? バンシー倒したのに行進とまんないの?」
 アリッサと京子も思わず声を上げる。
(まだ終わってはいないというのですか――!)
「ファニーガイのせい? とにかく止めなきゃ」
 魔女が沈着な声で言う。
「人数もいますし先ずは落ち着いて対処できる状況を」
 彼女の策を尋ねる前に、仁菜のスマホに仲間からの連絡が入った。

●歌劇は続く
 金色の騎士は盾を使って、灰色の狼を縛る仮面を叩き割ろうとする。守ることを己の芯とする杏奈には、仲間への攻撃は辛いものだろう。緩まった攻撃の手をするりするりと避けられる。しかし実力の差は明白。まことからの攻撃は杏奈に届かない。
「なんで勝てないの?」
 手にした包丁にも違和感がある。まことは苛立つ。
「思い出して。あなたも私たちの仲間。ヒーローだってこと」
「ヒーロー? いやだ」
 その言葉はヒステリックに響いた。仮面の隙間から伝い落ちるのは涙だ。ファニーガイの与えた『嘘』が剥がれ落ちていく。
「帰るのは嫌! こんな弱いやつ、いなくたって……!」
「そんなことない! ハロウィンの事件の時、たった一人でも勇敢に戦ってくれた」
 わあわあと泣くまことの仮面を、盾で打ち据える。
「まことさん……正気に戻って!」
 悪意の象徴は粉々に砕け散る。まことの眼は正気を宿していた。目を覚ました心にアイリスの歌声が流れ込む。心が勇気で満たされていく。
「そろそろ道を開けてもらうぜ!」
 ヘンリーがファニーに飛びかかると、鎌での反撃が返る。ヘンリーにダメージを与えるのは不可能な代物だが、敢えて宙返りで避ける。
「どうした? そんな攻撃じゃあ、お姫サマを守れねぇな」
 挑発というよりは、演出。戦場ではなかなかお目にかかれない、アクロバティックな動きもそうだ。
「いくぜっ!」
 大ぶりの回し蹴りを避けさせて、ニヤリと笑う。
「僕の大事な人に見とれちゃだーめ!」
 体勢を崩したファニーの顔面に入る桜のパンチ。仮面が砕けた。だが仲間を助けようとファニーが桜の背後から迫る。ヘンリーのハンドサインで屈んだ桜を飛び越えヘンリーが仮面にハイキックを食らわせた。
「まかせて」
 唇の動きを読み、ヘンリーは頷く。
「飛んでけっ!」
 桜はストレートブロウでファニーを吹き飛ばす。ヘンリーは飛び上がり、顔面へとかかと落としを叩き込んだ。
「お見事。さて、あとは彼女だけだね」
 アイリスはそう言って歌を再開する。バンシーは懲りずに嗚咽を漏らし続ける。桜はヘッドホンを指さして「聞こえないもんね~」と舌を出す。握るのは身の丈をはるかに超える大剣『ドラゴンスレイヤー』。ヘンリーは村雨で容赦なく斬りつける。バンシーの声は徐々にボリュームを絞られていき、やがて完全に消えた。
「……全く。共演の相手は選びたいものだね」
 地に伏したバンシーの残骸を見下ろしてイリスが言った。
「やったね、ヘンリ……」
 ヘッドホンを外し、ヘンリーと微笑み合った桜は聞こえた声に耳を疑った。
――ロンドンへ行こう 町の東へ
「洗脳が解けない。つまり力の発生源は別か」
 イリスは言う。
「ハイタッチには早いみたいだね」
 桜は仁菜の番号へと発信した。

●未来への行進
「あっちもバンシーを倒したって。住人はやっぱり行進を始めたみたいだよ」
 リオンは電話を切ると、他の者にならって共鳴を解いた。
「まずはこの暗い雰囲気を払拭しないといけないかな……?」
 京子が首を傾げた。町の様子に気を配っていた魔女は、警戒をやめて頷いた。家に籠城している一般人たちが気がかりだったが、行進への新たな参加者は増えないようだ。
「先頭を歩くことで、行き先をある程度制御出来ないでしょうか」
 京子は少し考えたが、結論はすぐに出た。一番適任そうなのは自分だ。
「こんなときは歌の力を借りて元気を出さなきゃ。あんな陰鬱な歌じゃない、心から楽しむための歌でね」
 京子の視線を受けてアリッサは自信なさげに言う。
「音楽はちょっと……」
「音痴でも大丈夫! こういうのは気持ちが大事なの!」
「お、音痴とは言ってません」
 京子が歌うのはクリスマスの定番『ジングルベル』。英語の詞はソリ遊びの楽しさを歌ったこっけいなものだ。
「ほら、アリッサも、みんなもいっしょに!」
 そのとき住人の列から声が聞こえた。
「……本当は死ぬべきなんかじゃない。死んだあいつだって、喜ばない」
 男の言葉を掻き消すように、女が涙声で叫んだ。
「でもあの人と暮らした町で、一人で生きていたって辛いだけよ!」
「『大事な仕事 明日会う友達』だっけ?」
 リオンが言うと、仁菜がはっとする。彼女にしては大きな声ではっきりと言う。
「皆さんを必要としている人は必ずいると思います! 友達もそうだし、ご近所さんかもしれないし、顔も見たことない人が貴方の仕事を待ってるかもしれない。それは、帰る理由になりませんか……?」
 住民たちは黙り込む。何人かが正気に戻りかけているからだ。京子は先ほどの女の手を取ってもう一度歌い出す。住民たちは一人また一人と、合唱とロンティアへの行進に加わる。5分ほど歩いたところで、魔女がHOPEから呼んだ大型バスが現れた。もしポジティブな方法で洗脳が解けなければ、彼らを更に落ち込ませて疲れさせ、このバスに乗せる作戦も用意していたのだが。魔女は最後尾の老婆を支えながら言った。
「ロンティア行きです。ご乗車の方はいらっしゃいますか?」

●ハーメルンの歌うたい
「まぁ、歌自体は止めたのだし毒気を抜くか毒気が抜けるまで隔離が手っ取り早いね」
 鷹揚にアイリスが言うと、イリスが同意する。
「歌ってたら毒が抜けるの早くなるかな?」
 同じく歌を得意とするヘンリーは言う。
「さっきの歌詞、今なら信じてくれるかもな」
「どういうこと?」
 コトノハが首を傾げる。
「バンシーとファニーは負けた。まだファニーガイの言葉を信じてるみたいだが、100%の信用ではなくなったんじゃねぇか」
 ヘンリーの足元にくっついていたのは、本物の子供。朝焼け騎士団のファン1号だ。
「強いお兄ちゃんが、ファニーガイは嘘つきだって。ぼく、お兄ちゃんを信じる」
「きみは賢い子だね」
 アイリスはその言葉に頷いて、飄々と言う。
「どれ、新たなリーダーとして君臨してみようか。勝者としては順当な権利だね」
「お姉ちゃん……。でも、本当にできるかもしれないね」
 イリスは悪役のようなセリフに呆れながらも賛成した。
「何を歌うの?」
 アイリスは列の先頭で朝焼けの騎士の歌を歌い出す。イリスや桜、ヘンリーが続くとかなりの声量になる。つられた住人たちがこちらの歌を歌い出した。
「すごい力技だな……」
 マスクで顔を隠した翼が言う。
「だけどボクたちの歌にウソはない! 胸張って歌うよ!」
 そう、キドゥランでは今もお菓子の手配が進んでいるはずなのだ。
――さあ西へ進めや進め
 コトノハが腕を振って誘導する。
「そっちは東だよー? 西へ行きたい子はこっちへおいでー」
 西へ、西へ。その背中を追いかけるようにバスが到着するが。
「いきなり乗れというのは不審がられるかもしれないな」
 翼の指摘はもっともだ。エージェントたちは雰囲気を壊すリスクを避け、行進を続けることを選ぶ。
「わたくしたちは、進行具合を見て参ります」
 レミと杏奈とまことを載せてバスはキドゥランへと先んじた。
「すごい量だね! なんだかいい匂いもするしー」
 コトノハが目を見開いた。隊列が到着したとき、キドゥラン町の広場には『お菓子の山』が完成していた。机を並べて、その上にお菓子を階段状に高く積んだらしい。大人の目線で見てもなかなか巨大に見える。箱入りの市販品を土台に、袋菓子やキャンディや手作りの焼き菓子なども積まれている。手の空いた住人たちは追加のお菓子を作っているらしい。
「さぁ皆様、お好きなだけ召し上がってくださいませ!」
 レミが高らかに宣言する。住民たちが一斉に駆け出す。空腹感の解消、そして家族や友人に囲まれる安心感。有効な『説得』の手段だろう。
 歌での誘導を終えたエージェントたちにジュースを渡した婦人がイリスを見て苦笑する。
「こんなに小さな子にまで助けてもらって。うちの人ったら……」
 正気を取り戻す者は着々と増えている。彼女の夫もそうなのだ。広場の様子に注意しながら、エージェントたちは一足早く乾杯することにした。

●KとLに捧げる終幕、そして
 ロンティアに住民を送り届けたエージェントたちは、気まずそうな亮次を連行してキドゥランにやってきた。
「赤須、怪我はないか?」
 聖の言葉にまことは眉を下げる。
「ありがと、大丈夫だよ。また助けられちゃったね」
 まことはそう言って杏奈やレミ、ルゥを見回した。彼女は改めてエージェントたちに感謝を伝える。勢い余って120度のお辞儀をする相棒ほどではないが、亮次も頭を下げた。まことは相棒が世話になったロンティア組へと向かっていく。
「亮次さんを助けてくれてありがとう」
「助けたというかひっぱた……」
「な、何でもないです」
 仁菜がリオンの口を塞いだ。アリッサたちもまことの体調を気遣う。
「災難でしたね。でも、お元気そうで安心しました」
「しいて言えば、騒いで喉が枯れちゃったくらいです」
 冗談めかして言うまことにアリッサは優しく微笑む。
「まさか歌やヒーローショーが役に立つなんてね。アリッサも何か芸を身につける?」
「遠慮します」
 町の者たちに誘われ、杏奈は眼を輝かせてレミとお菓子の山へ向かう。桜も翼の手を引く。
「ヒジリー、このアップルパイ美味しい」
「ヘンリーの分ももらってきたよー」
 ルゥとコトノハは早くも皿を持って現れた。聖はヘンリーと今日の戦いについて話していた。ヘンリーは剣士であると同時に、人に見せるということに長けた人物だ。参考になる話が聞けるかもしれない。
「う~ん……いつかまた、ヒーローになる日が来るかもしれないし……?」
 ルゥが首を傾げる、ヘンリーは聖に言う。
「そのときは一緒に戦うのもいいかもな?」
「あんなひどいことする従魔は現れないのが一番だけどねー」
 コトノハの最もな言葉に、彼らは苦笑して頷いた。
「……す、すみません。あの……おかまいなく……」
 菓子を持ってイリスの前にしゃがみ込んだ亮次だが、イリスはフードを被って俯く。
「何、怯えている訳じゃないから安心すると良い。人見知りな子でね」
 まるで上司のように肩を叩かれる。見かけによらず力が強い。
「……極端な姉妹だな、お前ら。おもしれぇけど」
 挨拶を終えたまことと魔女は、真剣な表情で話し合っていた。
「ロンドンに現れると予測されている愚神……それがファニーガイ、ということで間違いなさそうですね」
 魔女の言葉にまことは頷く。落児は無言のまま、言い淀むまことの言葉を待つ。
「私たちは……生贄だったのかなって、ファニーガイへ捧げるための」
 いうなれば、腹ごしらえ。大事を成すにはエネルギーが必要なのだ。魔女は東の空を見遣る。何度も歌われたロンドンの方角だ。
「『今よりよき世界』ですか。愚神の言うことですから、歪んだものなのでしょうが……」
 問題は相手がどんな動きをするかだ。西の空へと首を回すと、落児もまた去りゆく夕陽を見ていた。
 ――日が暮れた。奴(ガイ)はついに、その姿を現そうとしている。さらなる大騒ぎが始まろうとしていた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 深森の歌姫
    イリス・レイバルドaa0124
  • Run&斬
    東海林聖aa0203

重体一覧

参加者

  • 深森の歌姫
    イリス・レイバルドaa0124
    人間|6才|女性|攻撃
  • 深森の聖霊
    アイリスaa0124hero001
    英雄|8才|女性|ブレ
  • 双頭の鶇
    志賀谷 京子aa0150
    人間|18才|女性|命中
  • アストレア
    アリッサ ラウティオラaa0150hero001
    英雄|21才|女性|ジャ
  • Run&斬
    東海林聖aa0203
    人間|19才|男性|攻撃
  • The Hunger
    Le..aa0203hero001
    英雄|23才|女性|ドレ
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • 戦うパティシエ
    ヘンリー・クラウンaa0636
    機械|22才|男性|攻撃
  • エージェント
    伊集院 コトノハaa0636hero001
    英雄|17才|?|バト
  • その背に【暁】を刻みて
    藤咲 仁菜aa3237
    獣人|14才|女性|生命
  • 守護する“盾”
    リオン クロフォードaa3237hero001
    英雄|14才|男性|バト
  • 家族とのひと時
    リリア・クラウンaa3674
    人間|18才|女性|攻撃
  • 歪んだ狂気を砕きし刃
    伊集院 翼aa3674hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 暗闇引き裂く閃光
    大門寺 杏奈aa4314
    機械|18才|女性|防御
  • 闇を裂く光輝
    レミ=ウィンズaa4314hero002
    英雄|16才|女性|ブレ
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