本部

ルーキーと欲望の竜

ゆあー

形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 6~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/10/08 12:18

掲示板

オープニング

●最大の危機
「まさか、こんな事になるなんて……」
 絶望的な状況を前にして、焦燥もあらわに一人のリンカーが呻く。
 なんだか顔色の悪い彼の名は藤吉義経。丁度一か月ほど前にH.O.P.E.所属のエージェントとなったルーキーで、従魔が起こした事件に巻き込まれた際に英雄を呼び寄せ誓約へと至った……という、なかなかヒロイックな経歴を持つ青年だ。
「どうしよう……このままじゃ……」
 そんな彼の白い顔を更に青白いものへと変えている原因は、従魔でもなければ愚神でも無く、他でもない彼の半身たる英雄であった。
「ウチの家計が、崩壊する……!」
 キッチン台に隠れた藤吉が家計簿を前に戦慄していたその頃、彼の半身たる英雄はリビングテーブルに腰掛けていた。
「なんたる美味か! 我が国にも、これほどの料理があったらば……」
 西洋の邪竜を思わす奇妙な甲冑をその身に纏った小さな英雄は、今日も今日とて藤吉の手料理に舌鼓を打っていた。

●集まれ!! 苦労人
 それから一夜が明け、話はH.O.P.E.本部へと移る。
「……で? 誓約を解消したいとかそういうアレか?」
「そ、そういうアレではなくってですね!?」
 中年の事務員が発した心ない言葉に、慌てて首を振る藤吉がそこに居た。
「ただ、もうちょっとだけ、ウチの経済状況に目を向けてくれればなーと……」
「ハッキリ言えば良いんじゃね。お前食いすぎだってさ……なんだかんだ聞いてくれるだろ」
 至極真っ当な中年事務員の指摘を受けると、藤吉はどことなく気恥ずかしげに頬を掻いた。
「いえ、その……なんでも美味しそうに食べてくれるので、なんだか言いそびれちゃってて……」
「……。……あぁ、うん。そうなんだ……」
 思わず生返事を返す中年事務員。対して、藤吉はパッと目を輝かせて喋りだした。
「実は自分、昔からペットとか欲しかったんですよね! 家族も居ないし施設はそういうの禁止だからすごく憧れてて――」
「へぇー……」
 今回の場合、原因はむしろこの青年にあるのだろうか?
 キラキラとした目で英雄との生活を語る藤吉の言葉を聞き流しながら、中年事務員は気だるげに頬杖をついた。
「ま、何にせよ此処に相談しに来たのは正解だ。なにしろその道の先輩方が沢山居るからな……アドバイスならいくらでも貰えるだろ」
「はい、よろしくお願いします! ……あっ、ルゥを呼んできた方が良いですかね?」
 とかく個性的な英雄に振り回される能力者の苦労話は枚挙に暇がないため、経験に基づく助言が得られる可能性は高い。
 たとえ適切な回答を得られずとも、能力者同士で悩みを共有するだけでこのルーキーにとっては十分かもしれない。
 あるいはもっと深刻な悩みを持つ者が現れてしまう可能性もあるが……それについては、今は置いておこう。
 そわそわと落ち着かない様子の依頼者を横目で見ながら、『その道の先輩』達を募るべく準備を進める中年事務員だった。

解説

●藤吉義経……依頼者。一か月ほど前に英雄との誓約を交わし、エージェントとなった自他ともに認めるルーキー。
 施設育ちの一人っ子だったためか、家族やペットといったものに強く憧れており、流されがちな性格も相俟って英雄を甘やかしている。
 賃貸アパートに住む大学二年生。学費・生活費・育った施設への仕送り等をエージェントとしての仕事・H.O.P.Eからの補助金・調理師補助のアルバイトで賄っているが色々とギリギリ。

●全身甲冑の英雄『ルシウス』……藤吉と誓約を交わした『竜王』を自称するちんちくりん。愛称はルゥ。食べたい時に食べ寝たい時に寝る、自分の欲望に極めて忠実で単純な性格。
 誓約は『我の臣下に加わる事』というふわっとした内容。愚神・従魔を倒して飯を食って甘やかされる生活に満足している。経済観念も生活力も就労意欲も無いが、度が過ぎる贅沢や奉仕を強要する事は無い。
 元々大飯喰らいの上にこの世界のご飯の美味さにいたく感激しており、藤吉家のエンゲル係数は日々上昇の一途を辿っている。口調は尊大だが、頭はよろしくない。

●第一・第二会議室……今回の依頼のために借し出された、ホワイトボードと給湯設備付きの会議室。話がこじれそうになった時のために二部屋借りているらしい。

リプレイ

●集う者達
「おーい。H.O.P.E、給料低いって言われてるぞー」
 英雄一人の食費にエージェントの給与が食い潰されかねないと聞いて、餅 望月(aa0843)がブーイングをこぼした。
 相棒である『自称天使』の英雄、百薬(aa0843hero001)と共に、将来的にはH.O.P.Eを代表するエージェントとして名を立てていくつもりの彼女にとって、生活面の保証は無視出来ぬ要素である。
「あたしたちだって食っていくためにエージェントやってるようなもんだからね。――ちゃんと聞いてた?」
「えっ!? ワタシの出番だった?」
 そんな望月の言葉を聞いていたのかいなかったのか。彼女の相棒である百薬は背中の小さな翼をはためかせ、空を飛ぶべく今日も頑張っている。
 このお気楽極楽天使にとっては給与明細の数字よりも、望月の目の前で大空を自由に飛んでみせる事の方がずっと重要な事なのかもしれなかった。
「食べて寝るだけの英雄ね~……」
 一方、言峰 estrela(aa0526)は虚空を見つめながらぐうたらな英雄像に思索を巡らせている。……どことなく気の抜けるような雰囲気を纏う言峰だが、いざとなれば物理的な説得手段に訴える覚悟を彼女は既に固めている。
「……あれっ」
 殺人的ボディブローのイメージを練り上げていた言峰だが、他のエージェント達から油断なく距離を置く己の英雄へと振り返り、思い出したように問いかけた。
「きゅうべーが食べたり寝たりしてるところみたことないけど」
「……英雄は思念のみの存在。食事も睡眠も不要だ」
 きゅうべーこと、キュベレー(aa0526hero001)が表情も変えず静かに答える。実際、ライヴスを糧とする英雄にとって人間的な生活は必ずしも必要なものではない。無いのだが。
「それはそれで人として違和感があるのよ……」
 だからと言ってその一切を排してしまうのも考え物であろう。なまぬるい視線を送る言峰を、キュベレーは不思議そうに見返した。

「中々、変わった依頼、ですね」
「なかなか変わった連中も集まっとるようだがの」
 静かな闘気を発していた言峰に気付かないフリをしながら依頼用の資料を確かめる秋津 隼人(aa0034)に、椋(aa0034hero001)が人を食ったような笑みを返す。
 外見的に幼い英雄と誓約を交わしたのは隼人も同じだが、彼の相棒である椋はその見かけとは裏腹に老成している。それこそ、問題のルシウスを『甘ったれ』と呼んで憚らないほどだ。
「英雄は選べないですから、苦労をしている方も多いのでしょう、か」
 少しばかり反抗的な部分はあっても己の『眼』を分け合った隼人と椋のような関係性は得難く、ある意味では恵まれたものなのかもしれなかった。
「相棒の義経の方も、何やら難儀な感じじゃの。まあ、そっちは任せるとして……わしは甘ったれとじっくり話してみるか」
 言いながら椋はこの場に集った面々を改めて確かめた。……折角の平和な機会、他の能力者や英雄と色々話を聞くのも良いだろう。
(似てる……私たちの関係と……)
 そして隼人の想像した『苦労をしている方』の典型例のような少女、御門 鈴音(aa0175)はある種のシンパシーを感じながらソファに腰掛けていた。
 鈴音の隣ではつい先程まで彼女の英雄が腰掛けていたのだが
「人間共が作った菓子とはいえ……このかすてぃらという食物は本当に美味いのぉ♪ わらわが人喰い鬼であることを忘れてしまうぐらい病みつきじゃ♪」
 彼女の英雄、輝夜(aa0175hero001)は今、ソファの座席全てと鈴音の膝上を侵略しながら横になってカステラを貪っている。
 大飯喰らいでフリーダムな気質の輝夜と誓約を交わした鈴音は、どことなく似たような悩みを抱える藤吉を放っておけなかったのだ。
「わらわ絶好調じゃあ! この勢いで人間どもも、このかすてぃらのようにちぎっ……ひぎぃぃぃぃ!?」
 いよいよエンジンのかかってきた輝夜へと容赦の無い拳骨を見舞いながら、鈴音は自分に何が出来るかを考えていた。

「兎にも角にも、ペット扱いは無いだろうな」
 何かを諭すとか以前、もっと根本的な部分から始める必要があるのではないか。
 強面で考え込んでいたガルシア・ペレイロ(aa0308)はふと、傍らに立つ白い英雄に目を遣った。
 今回のような件を考えれば、己の相棒であるアルティナ(aa0308hero001)が一般常識と家事能力を備えていたのは幸いな事だった。
 ガルシアが小さな幸運に感謝したその時。百薬の背でふわふわと揺れる羽根をじっとり見つめていたアルティナが、ガルシアの背中方向へ視線をゆっくりと移動させた。
「ああいう天使の羽とか良いですよね」
「……俺にか? やめろって、誰が得するんだよ」
 極めて淡々としたアルティナの言葉をガルシアはにべもなく一蹴した。気安い軽口の応酬は、考えを纏めるのには丁度良い。
「藤吉は彼と……そういえば、彼で良いのか? ……まぁ良いか」
 ガルシアは深く考えなかった英雄の性別に対する疑問だが、それについていま正に『お姉ちゃん』と話し合う猫耳フードの少女が居た。
「ルゥちゃんか、ルゥくんか。それが問題だよ」
「さて、どうだろうね」
 イリス・レイバルド(aa0124)の言葉に、アイリス(aa0124hero001)が余裕たっぷりに答える。
「後で本人に会えば分かる事さ」
 己の背に隠れるイリスを勇気づけるように姉が言葉を続けるが、それでもやはり不安が拭えないのか、イリスは姉の背に隠れたまま問い返す。
「し、知らない人に意見を言うのかー。お姉ちゃんに任せていい?」
「私は構わないよ、心の赴くままに行動するといいさ」
 共鳴状態ならいざ知らず、素の状態で初対面の他人と話すのはイリスにとっては難しい。
 アイリスは気負い無く頷くと、妹を安心させるように柔らかい微笑みを向けた。

「私はシウお兄さんにお小遣いを貰ってる立場だから、藤吉くん達と逆のパターンって感じなのかな」
 姉妹のやりとりが行われていた頃。シウお兄さんこと、シウ ベルアート(aa0722hero001)へと、桜木 黒絵(aa0722)が問いかけていた。
「上手く二人を説得できるかな? ……シウお兄さん?」
「……藤吉くんを見てると、僕も黒絵を甘やかし過ぎてる様な気がして来たな……」
「えっ」
 思わぬ飛び火に黒絵が固まる。確かに、黒絵のために毎日食事を作りお小遣いをあげているシウの環境は、藤吉のそれと通じる部分が少なくない。
「それはさておき、君主が臣下に甘えっぱなしと言うのも良くないね」
 固まった黒絵をさておきながら、シウはルーキーコンビの抱える問題を考える。
 未だ学生の身分とはいえ黒絵に対してなんだかんだで甘いシウにとって、これはきっと他人事では済まない事なのだ。多分 
「――縁、今度の依頼はヘタレ能力者と腹ペコ騎士をなんとかする依頼だ」
 実に的を射た、それでいて曖昧な表現で依頼のあらましを説明するのはエス(aa1517)だ。
「なんとか。とは、何をすれば良いのですか?」
 ヘタレ能力者・腹ペコ騎士を復唱しながら首を傾げるのは仮面を被った英雄、縁(aa1517hero001)である。
「それを今から決めに行くのさ。キミと一緒にね……ほら、ご到着だ」
 幻想的な色合いの緑眼を楽しげに細めながら、エスが振り返る。
 依頼者であるヘタレ能力者が、腹ペコ騎士を連れてやってきたのだ。

「私はエスだ。気軽にエスと、親しみと愛情を込めて呼んでくれ」
 どこか芝居がかってすら見える調子でエスがそう名乗ると、ルーキーは緊張もあらわに頭を下げた。
「は、はいっ! 自分は藤吉で、こっちが」
「うむ。我が名はルシウスだ。よきにはからえ」
 全身甲冑に身を包んだちんちくりんはその背丈と半比例するが如くでかい態度であった。

●料理の腕や如何に?
 触診をして性別を確かめたい。ルシウスの邪魔な甲冑の隙間を言峰が探していた数分間。
 あの鎧を外してみたい。ルシウスの奇妙な甲冑を前に沸き起こった知的衝動をエスが抑え込んでいた数分間。
 その間にエージェント達が簡単な自己紹介を済ませると、不敵な笑みを浮かべた望月が一歩前に進み出た。百薬も認める悪い顔である。
「というわけで藤吉君、さっそくだが、君の料理を試させてもらおうか」
「料理……ですか?」
「良いではないか。我も少し小腹が空いたところだ」
 不思議そうに首を傾げた藤吉だが、早速ルシウスが食いついてきた。計画通りと望月が笑みを深める。
(まずは打ち解けていかないとダメだよね――ってシウお兄さん打ち解けるの早い!)
 黒絵がルシウスとの距離感を計る中、シウは既に藤吉と話し込み意気投合しつつあった。片割れに甘い者同士、何かと話が合うのかもしれない。
「え、と……俺も、お手伝いします、ので」
「良いんですか?」
 そんな中、手伝いを申し出てくれた隼人に藤吉が頭を下げたその時だ。
「……やいやい! 面妖な黒き甲冑の者よ! このかすてぃらという食い物の方ぐぁっ」
 威嚇するようにカステラをルシウスへと掲げようとした輝夜の脳天に、この日二度目の鉄拳が落ちた。
 くずおれた輝夜を挟んで、藤吉と鈴音の視線がかち合う。
「……お互い大変ですね……お気持ちすごくわかります……」
「は、はは……」
 ほんの短いやり取りで何かを察したのか。両者はやや気まずい笑いと、ある種のシンパシーを共有した。
「ボク少食なんだけどっなー……でも、味は楽しみっかも♪」
「貰える物は堪能しないとね、青春は謳歌するものだよ」
 アイリスの背に隠れたままイリスが楽しそうに言い、アイリスがそれに頷く。
「私もそれなりの一品を作っておこうか」
「……おぬしの主、料理は得意なのかの?」
「主様の料理は――」
 隼人達の後ろにこっそりとエスが続いていくのを椋が不思議そうに眺める。縁は何事かを答えようとし、そしてやめた。
「まあ……とんでもないものが出てくるってワケじゃあるまいし」
 相棒が一定水準の家事能力を備えているガルシアは深く考えずにそう言ったが、縁は何も答えなかった。
「とんでもないものが出てきそうですね」
 楽しげなエスの背中と縁の仮面を交互に見比べた後、アルティナが顔色一つ変えず静かに呟いた。

●食卓を囲もう
 望月と言峰の働きかけにより、試食会はH.O.P.E.職員用の食堂と調理室を借りて行われる運びとなった。
「こ、これは、素材か? いや、料理人の腕前っ!」
「うん、よくわかんないけどおいしいよー」
 オーバーリアクションの望月と、それこそ何を食べても美味しいと答えてくれそうな百薬の予想以上に、藤吉の料理は良い出来であった。
 普段黒絵のために料理を作っているシウや輝夜の相手に忙しい鈴音が自然と備えているような、他人のために磨かれた料理の腕である。
 隼人はその下ごしらえを手伝いながら、藤吉やシウ達からいくつかのレシピを教えてもらった。偶には椋に手料理を振る舞うのも良いかもしれない……隼人はとりとめなく考えながら、問題のルシウスと椋のやり取りを眺める。
「椋よ。その肉団子には我が目を付けていたのだが」
「すまんが譲る気は無い……あ! そのコロッケはわしのっ」
 このやり取りは椋曰く『腹を割って話す』ためらしいが、先程から一進一退の取り合いを演じている所を見るにひょっとしたら食べたいだけなのかもしれない。……椋に手料理を振る舞おう、隼人は改めてそう思った。
「成程、確かにいい腕だ。手に職があるというのは素晴らしい事だね」
 料理の味を確かめ、アイリスはそのように藤吉を評した。勿論、イリスを程よく庇える位置に立つ事は忘れていない。
「やれやれ……料理を取り合う英雄とは。高貴なる人喰い鬼であるわらわとは大違いじゃ……」
「いや……輝夜も全然変わらないから……」
 やんごとなき空気を漂わせて輝夜がほくそ笑む。彼女は現在、ルシウスとの接触で何かしらの化学反応が起こる事を危惧した鈴音によって首根っこを抑えられている状態だ。
「義経か? 見ての通り、良き臣下だ」
(うん……やっぱり仲が悪いとかそういうワケではないんだ)
 試食を通じてルシウスと会話を交わしながら、黒絵はそれとなく藤吉との関係について探りを入れる。
 言峰はルシウス達の会話に相槌を打ちながら、触診の機会を油断なく窺っている。
「ルゥですか? えーと、なんというか……つい世話を焼いてしまうというか」
「あぁ……その気持ちは僕にも分かるかもしれない……」
 シウも藤吉からルシウスについての話を聞き、頷いている。
「……さて、と。そろそろ話をしようぜ」
 腹ごしらえもそこそこにガルシアが一同へと告げ、いよいよ依頼は本題へと移る。

●英雄と
 口火を切ったのはアルティナだった。第一会議室にて他の英雄や能力者が見守る中、『白いの』が『黒いの』へと言葉を投げかける。
「私が言えることは唯一つ。『働かざるもの食うべからず』です」
「……なんだそれは? 我に何か関係があるのか?」
 挑発の類でなく本気で何を言っているのか分かっていないらしいルシウスに対して、アルティナは理路整然と続ける。
「随分と悠々自適に暮らしている様ですが、この世は非情です。資金が尽きればどうなるかは……言うまでもありませんね。今はまだいいでしょうが、あなたがその存在価値を示せなければ将来どうなるかなど分かりきった事です」
「そ、そうそう。お金を稼ぐなら大喰いチャレンジで賞金ゲットとか、そういうのもあるんだよ」
「ふむ……。……」
 毒が見え隠れするアルティナの正論にダメージを受けながらも黒絵が加勢する。そんな二人に対して、ルシウスは少し考え込み
「つまり、どういう事だ? よきにはからえば良いのではないか?」
「阿呆じゃ。阿呆がおる」
 いざ衝突が起これば矢面に立つ覚悟で成り行きを見守っていた椋も思わず呆れかえる。
 甘ったれた英雄の事。他者から指図を受ければ逆上するかと危惧していたが、ルシウスはあらゆる意味で頭がよろしくないのだと椋は実感した。
「というか、百薬もそうだけど英雄に食事って必要なの? 実は我慢出来るんじゃない?」
「ワタシ?」
 理論攻めでは効果が薄いのかもしれない。注目を浴びてぱたぱたと羽を揺らす百薬を指差し、望月が直球で尋ねる。
「我慢か……考えた事も無かったな」
「そっか、頑張れ藤吉くん」
 望月の切り替えは極めて早い。彼女が思うに、美味しいものを食べて調子良く依頼こなせるならそれはそれで良いような気もするのだ。
 仕送りとか、色々と藤吉が頑張らければいけない要素が多いだけの話で。
「……王を名乗るのなら臣下の面倒をみる程度の器を示せ、という話じゃ」
「君主たる者、臣下に威厳があるところを見せなきゃ!」
 ついに見かねた椋とダメージから立ち直った黒絵が説得を続ける。
 ルシウスの表情は兜に覆われて見えないが、二人の言葉を受けて何事か深く考え込んでいるようだった。
「誰しも作る料理が必ず美味であるとは限らないんだ」
 満を持して第一会議室へと現れたエスがそう言いながら、考え込むルシウスの前に料理皿を差し出した。
「証拠といってはなんだが、ひとつ、私の料理を食べてみろ」
 ぶつ切りにされた魚らしきものが、ゼリー状の何かで固められている。
「これは……煮こごりかの?」
「おっと、これはルシウス専用だ」
 興味深そうに皿を覗き込む椋をエスは片手で制した。
 それは紳士の国を発祥とする芸術的な料理。勿論フランスでは無く本家イギリスのトラディショナルな様式に則ったものである。
 何ら疑問を抱く事無く、ルシウスはその料理を頬張った。

●能力者と
「問題を共有し、頼りたまえ」
「問題が起きたのなら、共有すべき、です」
 第二会議室。試食会を経て少し緊張がほぐれた様子の藤吉に、アイリスとイリスが口を揃えて言った。
 彼女らは原因の根本が藤吉にあると考えており、その言葉は実際に正鵠を射ている。
「問題を共有……ですか」
「うん。しっかり話し合うこと、大事だよ?」
 アイリスの背から顔を出したイリスが念を押すように続け、アイリスがその先を引き受ける。
「例え力にも頼りにもならなくとも重要な事だよ、頼りたまえ。あとは……まあ、上手い生活費のやりくりの仕方でも学ぶんだね」
「やりくりの仕方、ですか? ちなみにイリスちゃん達はどうやって……」
「はははっ 私たちがそんな事のやり方を知るわけが無いだろう」
 背のイリスを庇いながら言い切り、屈託なく笑うアイリスに藤吉は冷や汗を流す。
「あの、そういう事なら……」
 そこで、今まで輝夜を静かにさせていた鈴音がおずおずと手を挙げる。一人暮らしである鈴音の家計を抑える秘訣は自炊と節約と倹約だ。
 鈴音は藤吉とお互いに情報交換を行いながら自分の考えをおどおどと、しかしはっきりとした声色で伝える。
「輝夜はあんな感じですけど、なんだかんだで私に協力してくれてますし……ルシウスさんも心の奥にしまってる何かがあるのだと……」
「ルゥの心……ですか」
 鈴音の言葉を受けて藤吉が考え込む。思えば藤吉は、ルシウスの事をちゃんと理解しようとしていただろうか? 答えは否だ。
「何故………、命令しないのですか?」
 思い悩む藤吉を不思議そうに眺めながら、縁が尋ねた。英雄と能力者の関係に対してこのように思い悩む事自体が、縁にとっては理解の難しい事なのだ。
「貴方に取って、ルシウスさんは家族、なのですか?」
「家族……」
 続く縁の問いかけに藤吉がたじろいだ。家族――肉親の居ない藤吉が憧れたものだが、果たして今のルシウスとの関係をそう呼べるものだろうか? 答えは、否だ。
「貴方が、ルシウスさんを家族と思うなら、相手を『想う』事をするべき、と、俺は思います」
 見る見るうちに消沈していく藤吉へと隼人が言葉を掛ける。藤吉がルシウスのために料理を作る姿を見ていた隼人は、それが決して難しくないだろう事を知っている。
「君主としてルゥくんを立派に自立させるのは臣下である君の仕事だよ」
 それが保護者の責任だと、まるで自分の事の様にシウが語った。
 ひょっとしたら自分の存在が黒絵を堕落させてしまうのではないかと危惧するシウの言葉には重みがある。
「……兎も角、おまえが話をしてやらなきゃダメだな。それで話し合った結果、今の関係に落ち着くのならそれも一つの英雄との関係だろう」
 結局のところ藤吉の意志一つに過ぎない問題だと、藤吉の考えを全面的に肯定するつもりでガルシアが言い、思い出したように呟く。
「ちなみに、俺とアルティナの最初の誓約は『死んだら魂ちょうだい』だった……」
「えぇ……」
 藤吉を含めた何名かが苦笑いを浮かべる。
「今考えると悪魔の契約だな。あれ。臣下うんぬんとかほほ笑ましく思えてくるぜ……しかもたまに毒を吐くわ、色々と口うるさく言ってくるわで、お前は俺の母親かと」
 死後に魂を奪われることになるのかは実際定かでないのだが、それはそれとして英雄に対する不満をしみじみとボヤくガルシアである。
「――ああいや、今のは無しで頼む」
 その直後。ルシウスを連れ立って第二会議室に現れたアルティナ達の姿を確認するや否や、ガルシアは低い声でそう付け加えた。

●それぞれの形
「結局ルゥちゃんなのかルゥくんなのか、ハッキリしなかったのよー……」
 もぐもぐと料理の残りを咀嚼しつつ、言峰が唸った。隙あらば触診でルシウスの性別を暴くつもりでいた彼女だが、ルシウスの全身甲冑はある意味で堅牢だった。
 鋭角的でシャープな全身甲冑には隙間らしい隙間がなく、関節部分には蛇腹状の革張りが施されている事も言峰には見て取れた。徹底的に露出度ゼロでまったく面白味の欠片も無い。
 相棒のキュベレーは喧騒を遠巻きにしながら、退屈そうに愛用の短剣を弄ぶばかりだった。……言峰の物言いたげな視線に、キュベレーが気付く。
「……退屈で、幾年ぶりに眠りそうだったぞ? ……フフ」
「退屈なら手伝ってくれてもいいのにー!」
「なにを手伝う? レーラは言うほど役に立ってなさそうだったが……」
「うっ……それはそれ! なのよー!」
 言峰でなければ見逃してしまう程の薄い微笑を浮かべたキュベレーに対してぷりぷりと怒りながら、言峰とキュベレーは帰路へと着く。
「これからも苦労したまえ。苦労するのがこの国の美徳なのだろう?」
 藤吉へ微笑を向けてそう言うと、アイリスは妹を連れ立って踵を返す。
「え、えと……その、お料理、おいしかった、です」
 去り際にアイリスの影からひょこりと顔を出したイリスが、小さな声で藤吉とエージェント達にそう言った。

「これだけ美味しい物作れるなら大丈夫だ。ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした!」
 謎の太鼓判を押しながら望月と百薬が声を合わせる。
 食事を交えた交流の発案に加え、彼女達の持つ独特な雰囲気が藤吉の緊張をほぐすのに一役買っていたと言えなくもない。
「よく見てて。ワタシ、今日こそ飛べる気がするんだ」
 遠くの夕焼けを指差しながら、百薬が背中の小さな羽をはためかす。果たして彼女が空を飛べる日は来るのだろうか。
「私の悪口を言いましたか?」
「いや、悪口は言ってない」
 彼女らとは別の道を行きながら、恐るべき無表情でアルティナがガルシアを問い質す。
「良い機会だと思うので言っておきますが、私の事を子供扱いしてくるのが解せません。きちんと女性として扱って頂きたいです」
 ボヤいていた通りの口うるささを見せるアルティナに、ガルシアは辟易しながら帰路を急ぐ。
「私の方が年上なのですから。聞いています?」
 あるいはこれもまた、ガルシア自身が藤吉に語ったような一つの英雄との関係という事なのだろう。ガルシアは夕焼け空を遠い目で見つめ、そう思う事にした。

「あの、これ……良かったらどうぞ」
 そう言って、鈴音は輝夜が食べていた物と同じカステラをエージェント達に配った。どうやら彼女のお手製らしい。
 お近づきの印……というワケでも無いだろうが、これも彼女なりの気持ちなのだろう。
「わ、わらわのかすてぃらがぁ……」
 未練がましげな輝夜を引き摺って鈴音がその場を後にする。ああ見えて、鈴音がうまく手綱を締めているのかもしれない。
(やはり、僕が黒絵の自立を妨げているのかな……)
 そのカステラを手に、沈思黙考するのはシウだ。今回の藤吉に対する助言や忠告は彼の胸にも突き刺さるものがあった。
(黒絵の自立を促すなら……いや、しかし……)
 保護者として悶々と考え込んでいたシウだったが、そこへ他ならぬ黒絵が駆け寄って声を掛けた。
「シウお兄さんっ みんなにお料理教えてもらったから、今度ご馳走してあげるからね!」
 藤吉のみならず、鈴音達からも教えを乞うたレシピのメモを得意気に掲げる黒絵。考え事を忘れ、シウは思わず破顔した。
 子離れするにはまだまだ時間がかかりそうだ。

「ルーキーと言えども、ルシウスのために藤吉が身を粉にして働いているのは事実だろう。大したものだ」
 尊大な口調と態度で藤吉を褒めてから、エスはルシウスへと向き直る。
「そう、つまり彼が過労によって倒れ、契約の維持ができなくなったら……今の美味いメシは食えなくなるのだ。それを忘れてはいけない」
 そうしてルシウスへ十分に言い含めた後、エスは傍らに立つ縁に言った。
「縁。晩御飯は唐揚げが食べたいな」
「分かりました、主様」
 淀みなく応える縁と共に、エスは自信に満ちた足取りでその場を立ち去る。
「あの料理を食わせる必要はあったかの……」
 その後ろ姿を見送ってから、椋は藤吉達へと視線を遣った。
 隼人と藤吉がお互いに礼の言葉を交わしている横でルシウスは押し黙ったままだ。
「……元々小さい奴じゃが、なんだか更に縮んで見えるの」
 苦笑を浮かべる椋と隼人に、藤吉が言った。
「あとは二人で大丈夫です」

●ルーキーコンビ
 こうして『その道の先輩』達が去り、一人の英雄と一人の能力者が向き合った。
 エスの料理のせいか、それともエージェント達の言葉に何か思う所があったからか。憔悴した様子のルシウスが藤吉へと問いかける。
「義経。そなたにとって我は最早、王では無くなっていたのだろうか?」
 藤吉義経はゆっくりと首を横に振る。相変わらず頼りないルーキーだが、彼の目にはもう迷いは無かった。
「それは違うよ、ルゥ。……家に帰ったら沢山話をしよう。僕はもう一度最初から、君の事を知りたい」

 ――後日、依頼をこなしたエージェント達の元に一通のメールが届いた。
『色々とありがとうございました。また何かあったら、よろしくお願いします!』
 メールに添付された画像には気負い無く笑う藤吉と、どことなく肩の力が抜けて見えるルシウスの姿が写っていた。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • まだまだ踊りは終わらない
    餅 望月aa0843
  • 色鮮やかに生きる日々
    西条 偲遠aa1517

重体一覧

参加者

  • 挑む者
    秋津 隼人aa0034
    人間|20才|男性|防御
  • ブラッドアルティメイタム
    aa0034hero001
    英雄|11才|男性|バト
  • 深森の歌姫
    イリス・レイバルドaa0124
    人間|6才|女性|攻撃
  • 深森の聖霊
    アイリスaa0124hero001
    英雄|8才|女性|ブレ
  • 遊興の一時
    御門 鈴音aa0175
    人間|15才|女性|生命
  • 守護の決意
    輝夜aa0175hero001
    英雄|9才|女性|ドレ
  • エージェント
    ガルシア・ペレイロaa0308
    人間|35才|男性|防御
  • エージェント
    アルティナaa0308hero001
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