本部

鬼サンコチラ、悲鳴ノ在ル方ヘ

夏目ふみ

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
4人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/11/30 00:56

掲示板

オープニング

●accident
(随分と遅くなってしまった……)
 薄く開いた唇から洩れた吐息は、外気に触れて赤らんだ鼻先を悪戯に冷やしてゆく。
 陽が落ちるとたちまち濃密な闇に包まれる旧校舎はどこも明かりが落ちていて、肌を撫ぜる夜気は既に冬のそれである。ジャケットの襟を掻き合わせて小さく身を震わせると、男は家に一言入れておこうとポケットに手を差し入れた。
 ――ひた。
 指先がスマートフォンに触れ、その冷たさに一々反応してしまった時だった。
 何か物音が聞こえたような気がして、男の歩みが止まる。
 グラウンドに面した窓はしっかりと施錠され外界から遮断された校内には、まるで膜を張ったように外の音が届かない。車の音すら聞こえぬ耳が痛いほどの静寂が辺りに満ちている。教室側も綺麗に扉が閉められ、自分以外の誰かが居るとも思えない。
(気のせいか?)
 男が思い直して足を踏み出そうとした時。
 ――ひた。ひた、ひた。
 それはやはり男の耳朶をくすぐった。
 まるで――そう、足音。裸足で歩くような、そんな音。
 そうと理解するなり、男の心臓が破裂したかと思うほどの鼓動を立て始めた。額からはぶわりと汗が滲み、喉が縊られたように絞られる。苦しげに吐き出される吐息すら惜しく、男は唇を引き結ぶとポケットの中で発光するスマートフォンの液晶に気付き、慌ててスリープした。
 ゆっくりと背後を振り返る。
 廊下は窓から射し込む霏々とした月光によって、月明かりと柱の影との明暗が幾重にも遠く折り重なっている。その奥。廊下の突き当たりで人の形をした黒い影のようなものが見え、男の喉が悲鳴に震えた。
 合うはずがない。こんな、数十メートルも離れた距離で、互いの視線が重なり合うはずなど。
 しかしその影は、まるで首を傾げるかのように右へと頭を傾けると――。
 ひた。ひたひたひたひたひたひたっと恐ろしいスピードで男に向かって走り出した。

●caution
「ぎゃああああああああ!」
 突然、怪鳥のような悲鳴を上げた男性職員に、その場に居合わせた者達は大きく飛び上がった。
 両手で頬を押さえ「いやー!」と身を震わせる職員は顔を真っ青にして、ブリーフィングルームに召集されていたリンカー達を振り返る。
「怖くないですか!? 怖いですよね!?」
 彼によると、とある旧校舎に従魔が徘徊していると言うのだが、この男性職員のように相手を恐怖のどん底に突き落としてライヴスを喰らうことを好むらしく、既に喰らい尽くされた犠牲者が出ているという。全く性質が悪いですよね、と憤慨する職員にリンカーたちはツッコむでもなく苦笑を零した。
「ちなみに今回の被害者は窓からダイナミック逃亡をしたらしくて無事なようです!」
 旧校舎は普段開放されており、グラウンドは近所の子どもたちが、校舎内は隣接する高校の生徒たちが部活動などで利用しているらしく、男性はその高校の教員で戸締りを担当していたのだとか。
「鍵は預かってきました! 肝試しでも何でも良いのでとにかくこの従魔を退治してください! お願いしますよ!」
 そう言って男性は両手で鍵を差し出すと、深く頭を下げた。

解説

●attention
 今回皆さんには旧校舎を徘徊する従魔を退治してもらいます。
 時間は夕方以降、深更。場所は旧校舎全域です。

●成功条件
 従魔の消滅

●舞台状況
 木造の三階建て旧校舎ですが、綺麗に整備されているため足場が悪いと云ったことはありません。
 教室内は危険物を取り除いているため全て施錠はされておりませんが
 机や椅子と云ったものは残っています。水道・電気はどちらも使用出来ます。
 建物はI字で一階は職員室や校長室、理科室といった教科の教室が並び
 二階・三階が一年生から六年生の各クラスとなっています。
 階段は両脇、東側と西側にあります。トイレは各西側階段横です。

●敵情報
 従魔:ミーレス級
 人型の黒い影に目と口がついたような姿をしていますが、状況に応じて喰らった一般人の姿を取る場合もあります。
 身の丈は180cmほどと高く、歩くと「ひた」「ひた」と不気味が音が聞こえるのが特徴です。
 特に恐怖する者に強い反応を示し、率先して喰らいにいくようです。
 身体の一部を鎌や鞭に変化させて攻撃を仕掛けてきます。

リプレイ


 背後で音を立てて閉まった扉を尻目に、閉ざされた空間に満ちる学び舎の面影に孕む冬の匂いを嗅いだ。
 つと巡らせた視界に映るのは、割れた窓ガラスを塞ぐようにして充てられたダンボール。夜風が吹く度にひゅるひゅるとか細く名残を寄越すその無残な姿に、この場で起こった悲劇を目の当たりにすることとなったフレイミィ・アリオス(aa4690)は、そっと微かな吐息を零した。
「別に怖いわけじゃないけどね、なんでわざわざこの時間なのかしらね。幽霊とかでなく従魔なら実体はあるはずだし、昼間に虱潰しでもいいと思うのよ。別に怖いとかじゃなくね」
「まあ中は綺麗になってるみたいだし結構広いし……単純に目撃されてるこの時間の方が効率いいからじゃないですかね」
 独り言のようなフレイミィの言に、必死に笑いを堪えた返事を寄越したのは、亜(aa4690hero001)であった。亜は歪む唇を何とか引き結び、隣で己の言葉を噛み含めるように「効率……まあ理に適ってるわね、確かに」と一人頷く姿を横目に見やる。
「まあ相手は従魔だし、これまで戦ってきたのと大差ないわよねきっと。大丈夫、大丈夫、うんうん大丈夫大丈夫」
「そうですねーミィなら余裕だよねー大丈夫大丈夫ー」
 頑張ってはいるようだけれど、息を呑む様子を見ていれば、胸の内に抱いている感情が隠しきれていないことは言わずもがな。亜は金色の眸を虚空に浮かぶ細い月のように細めて微笑すると、深緑色のキャスケット帽を被り直して小さく肩を竦めてみせた。
「見つけたら戦闘になるんだし、共鳴してた方が良くない?」
「共鳴したら視界がひとつになっちゃうでしょ、効率の問題よ」
 亜は吐息が漏れるような笑い声を立てた。
 そんな二人が正面玄関から一階の捜索にあたるのに対し、すぐ上の二階には拳を腰に置いて紫色の結髪をさらりと靡かせた不知火あけび(aa4519hero001)が「闇は忍の十八番! 絶好調だよ!」と張り切っているところであった。
「へぇ、意外だな。怖がると思ってた」
 感心した風に小首を傾げた日暮仙寿(aa4519)は、内心「今回はサムライガールは良いのか……?」と思案しつつ片手にしたスマートフォンのライトで濃密な闇が込める廊下の先を照らす。
「ま、まぁ闇から突然何かが出てくる事は怖……」
 背後にいたあけびの声がスゥッと闇に溶けるように掻き消える。
「うわあぁぁあそこで何か動いたあぁぁ!」
「数秒前の台詞をもう一回言ってみろ」
 何でもない夜灯りが落ちる影の奥を指差し悲鳴を上げるあけびに対し、深い溜め息を洩らした仙寿は差し掛かった教室の引き戸に手を掛けた。
「普通の任務なら良いんだよ……幽霊話みたいにされると……」
 背後でブツブツと呻くのを耳に「よし、怖がってるな」と内心頷きを見せた仙寿は、室内の電気スイッチに指を滑らせた。
 カチン、と小気味良い音と共に二人の視界が急激に眩くなる。ブレーカーは落ちていないようだ。旧校舎の見取り図を予め預かったらしいレイ(aa0632)が、電気系統が普通に使用できるかのチェックに向かってくれたはずなので、もしかすると彼のお蔭なのかもしれない。
 ――その、レイはというと。
「……ま、従魔と分かっているならば、コトは簡単、か」
 単身であるにも関わらず、恐怖する事もなく淡々とした様子で捜索に取り掛かっていた。
 ブレーカーのあった小部屋のすぐ脇の階段を二度ほど上がった三階の廊下を覗きこむと、遠くで点灯する非常灯の緑色が妖しく照っているのが見えた。この階にはまだ誰も来ていないのか、仲間たちの気配が窺えない。
(恐怖の対象ですら無い。ただの討伐対象だ……)
 東側階段の突き当りに設置されていた消火器に視線を落とし、手を伸ばす。手首に巻いたアクセサリーが微かな音を立て、レイの耳朶をくすぐってゆく。
 そんな時だった。
 己の背中を密やかな開閉音がノックした。即座に振り仰いだレイは、涼やかな切れ長の瞳を細め、暗がりの中で佇む階上の人物をいち早く視軸に捉えると間合いを見定める。
「悪の従魔は正義の力の叩き潰す! 平和な学園はボクが守る!」
「御主人様の御心のままに」
 けれど、次いで聞こえてきた言葉に、自然、肩が和らいだ。
 見上げると屋上へと続く階段の上に、扉を背にしたユーガ・アストレア(aa4363)とカルカ(aa4363hero001)の二人が居たのだ。
 彼女たちは階下のレイの姿を見とめると、「とうっ」と言う台詞が似合いそうなポーズで階段上からジャンプして降りてきた。レイの眼前になるたけ音を殺して着地したユーガは、視線が重なり合うとニッと笑い、様式美として無駄にポーズを決めながらこっそりと廊下を覗き込みにゆく。
 その背中を見やり、消火器を持ち上げたレイは彼女たちのあとに続きアイコンタクトを取ると、手始めに六の一と書かれた手前の教室から探索を始めようと、そろりと身を滑らせる。
 一歩踏み込んだ室内は埃臭く、空気が淀んでいる。暗闇に目を凝らす。乱雑に後方へと積み上げられた机や椅子の山を見渡し、特に変わった様子はないので、どうやらここには居ないようだと三人が踵を返すと、廊下からこちらを覗き込む二つの瞳と、目が合った。
「ヒッ!」
 瞬間、その二つの瞳は驚愕に見開かれる。
 覚えのある声に、レイが咄嗟になだめようと手を伸ばすのだが、その女性――井口 知加子(aa4555)はレイの手を振り切り、弾かれるようにその場から駆け出して行ってしまった。
 残された三人は唖然として、暫くその場に立ち尽くしていた。

 一方その頃。
「夜の旧校舎なんてまァー肝試しの十八番じゃないのさ!」
「……下らない」
 フレイミィたちとは反応の方向から一階を探索していた四童子 鳴海(aa4620)と緑青(aa4620hero001)の二名は、ちょうど理科室の前で足を止めたところであった。鳴海など手にした懐中電灯をあちらこちらに差し向けては、どことなく楽しげな様子で、動く度に頬に掛かる柔らかな髪が揺れている。
「なんだよ、ノリ悪ィな。もしかして実は怖いとか思ってたり?」
 むふふ、といやらしい笑みを浮かべて鳴海が揶揄すれば、彼女は「あ?」と威圧的な反応と共に視線を鋭くさせた。
「何言ってんの。んな訳無いでしょ」
「はいはい、そういう事にしておくよ」
「こいつ今すぐ襲われないかな……」
 緑青は鋭い犬歯を覗かせながら腰に提げた日本刀に手を掛け、常の仏頂面をさらに濃くさせる。だが鳴海は気にした風もなく、理科室のプレートを照らしながら「さってと、俺達はどうするかね」とパートナーを振り返った。
「話によると怖がりちゃんが好きみたいだから、ビビってるふりでもすりゃあ誘き寄せられるか?」
「何でもいいけど私はやらないから。そういうのはアンタの方が得意なんじゃないの」
「ん? おう! この鳴海さんに任せなってんだぜ!」
 にこっと人好きのする笑みを浮かべた鳴海は理科室の扉を開くと、ズンズン奥へと入っていく。そのあとに続く緑青は、いささかの埃っぽさに目を眇めながら黒い手袋を嵌めた左手を顔の前でヒラヒラさせた。
「理科室とか懐かしいなァ」
「幽霊でも従魔でも人間でもいいからさっさと出てきて欲し」
 ぎゅ、と身を包むあたたかな感触に、緑青が息を呑む。
「きゃっ! 骸骨こわーい」
「……ッ!? 抱き着くな!」
「のわっ!? 冗談だろーすぐ抜刀するのやめて緑青さん!」
「鳴海が悪い死ね今すぐに」
 ギラリ、と獲物を見定める、抜かれた刃の煌めきに鳴海が抗議する。
 カタン、と僅かに、けれど決して無視できない大きさの物音が二人の耳に届いた。ハッ、として二人が取っ組み合ったままの恰好で同時に振り返ると、窓の外に何か人のような影がするすると上から降りてくるのが見えた。その黒い影は室内から零れる光に驚いたのか、弾かれるような動きを見せたのち、スススッと正面玄関側の方角へ消えて行ってしまった。


「理科室の骸骨が本物の死体なら虫がたかってるかも……」
 二階から樋を伝って一階のベランダに着地した胡 佩芳(aa4503)は、白衣の裾についた埃を一つ払い、眼鏡のブリッジを指で押し上げながら人知れず呟いた。
 それまで彼女は夢中でへんな甲虫を追いかけ、出来るだけ幽霊から逃げつつ虫だけ見つけられやしないかと天井裏の隙間をうろうろとしていたのだが、下へと降りることの出来る箇所を見つけてしまい、一階に降りてきてしまっていた。
 オバケが怖いのに、気が付けば彼女はおどろおどろしい物品の並ぶ理科準備室に音もなくするりと滑り込んでいく。だって、もしかしたら虫が居るかもしれないのだもの。そもそも此処へは「校舎に珍しい虫が出るんですよ」と聞いて参加したのだから。
「ふん! おばけが怖くて盗掘ができるか! 古い遺跡とかなんて言ってみれば大昔の死者がかかわってるんだし、学校の怪談なんか全然怖くないし!」
 どうやら此処には先客が居たらしい。
 一人では無いことに安堵しつつ、佩芳はそちらへと近付いていく。どうやら先客はアンナ・ニールセン(aa4711)のようであった。彼女はなぜか乱雑に仕舞われた戸棚の瓶を品定めをしている真っ最中である。
 およそ敵の捜索とは思えぬ行動ではあったのだが、アンナとしては「エージェントとしておばけ退治で給料を稼ぐ」という建前で、学校の備品とかをうまく盗めれば金になると思っての参加であったのだ。そのため金目のものがある部屋に忍び込んだがゆえに、妙な動きとしか見えぬという、そういう次第であった。
「えっへっへ、この薬瓶、ビンだけでも売れるかも? 数を集めれば病院が買い取ってくれねーかな……」
 大きくて形の良い瓶をフリフリして口元ににんまりと笑みを浮かべたアンナのすぐ真後ろで、佩芳が歩みを止める。
 止めたのはアンナに声を掛けようとしてのことではなかった。
 というのも、己の意に反して何故か耳が今もっとも聞きたくない音を拾ってしまったからなのだ。それはまだ遠く、けれど着実にこちらへと歩み寄る気配の音である。
 ひた、ひた、とどこか冷たくも無慈悲な足音は、刹那、佩芳の身体中から脂汗をドッと噴き出させることとなる。背筋が冷える、この寒さは冬の底冷えだけでは絶対に違う。根源的な恐怖。震える唇から吐息が洩れた。
 耳元を掠めた生温かいものに気が付いたアンナが、己の顔のそば近くに人の顔があることに気がついた途端。
「メエエエエエエエ!!!!」
「ひぎゃあああああーーーっ!!!」
 一生一番の大きな声を出しただろうアンナの悲鳴に、つられるように佩芳が叫ぶ。
 するとその悲鳴に誘われるかのように、ひたひたひたひたひたっと音が早くなり、廊下から聞こえていたそれが理科準備室の前で立ち止まったのが分かった。あれは、絶対に、こちらを、感知している。ドッドッドッと己の鼓動を耳に押し当てたかと思うほどの激しさに、いっそ眩暈がした。
 けれど、幸いにも彼女らの付近には現在捜索中のフレイミィと亜がちょうど職員室から廊下へ出たところであった。
「あーちゃん共鳴! 早く!!」
 仲間の悲鳴を聞きつけたフレイミィは叫ぶように亜の名を呼ばい、二人は即座に共鳴に入ると、ゆったりとした動作でこちらを振り返る黒い人影にファストショットを叩き込むべく、自身とさほど変わらぬ全長をしたスナイパーライフルを構え、引き金に指を添える。
「わ、私の前に現れたのが運の尽きよ……さっさと終わらせてあげるわ!」
 意気込みのままにスコープを覗き込んだフレイミィは、しかしスコープのレンズに映し出される不気味な笑みを目にしてしまい、引き結んだ唇が恐怖に慄く。黒い塊に、ニィっと吊り上る真っ赤な口だけが、異様に鮮やかに浮かび上がっている。異形のそれをドアップで見ることとなってしまい、足元が竦む。
 しかも、その奥からボサボサの髪を振り乱して、半狂乱となり刀を振り回す知加子の迫りくる凶悪な表情も加えて見ることとなり、強がりも空しく遂にフレイミィも他者にも劣らぬボリュームの悲鳴を上げて気絶してしまったのだった。
「え……気絶ですか!? マジですかーそんなにダメだったか……というか割とピンチじゃないかどうしよコレ。逃げるか」
 強制的にバトンタッチされた亜はくるりと身を反転させて反対方向へダッシュしたのだが、チッと腕が何かを掠めていった。瞳で追いかけると黒い湾曲した刃のようなものが床に突き刺さっている。しかし、亜は足を止めず後方で知加子が敵に飛び掛かって注意を引きつけてくれている隙に、通信機で他の階に居る味方たちに連絡を入れると、合流するべく駆け出した。
 その報せを受ける前に現場に駆け付けたのは鳴海と緑青だ。
 二人も同時刻に廊下でひたひたと歩む足音を聞きつけ、緑青など即座に幻想蝶内に潜り込んだものだから鳴海が「……急に居なくなるなよなァ」と零すはめにあっていた。
 廊下に飛び出した鳴海は黒い影――従魔の姿を至近で見ることとなり僅かに目を細める。
 背丈は己と同じくらいだろうか、見ているだけで吸い込まれそうな深い闇の色をしたそれは、どこかゆらゆらと佇んでいるようにも見える。口元からは薄らと紅い口内の色が覗き、ともすればそこから頭から丸ごと喰われてしまいそうだ。
 その姿に怖がっているふりをすれば、敵を引きつけ易くなる。幸い、なぜか共鳴状態を解除されたらしい知加子が、壁に引っ付いて腰を抜かしている。視線が絡み合った今ならこちらへと食いつくだろう。そうと察した鳴海は咄嗟に身を反転させると、力強く地を蹴った。
 たちまち、背後から物凄いスピードの足音が追いかけてくる。キュルキュルと糸を巻くような高い音をかき鳴らして迫りくるその触手のような影が自身を追い越し、捉えようとしているのを見た刹那。
『甘い』
 共鳴した二人は、振り向きざま刀を抜くと、その切っ先を一閃。平行に薙がれた敵は鵺のような喚き声を立てて、その場にうずくまった。
「ちーっとマジでビビっちまったよ。ったく」
 姿は緑青のままであったが、しかし柔らかであった茶の瞳が獣じみた縦長の瞳孔をした金目となっている。鳴海が吐息すれば、脳内で「襲われたいなら共鳴解くけど」と緑青が煽る。
「お断りだっつの! さっさと片付けちまおうぜ」
『言われなくてもそのつもり』
 するとそこへ、準備室からアンナが飛び出してくるのが見えた。
「な、な、なんだテメエ! やんのか! あたしだって戦えるんだ!」
 そう言い放つと同時に共鳴に入ったアンナは、まるで飛び跳ねるように敵の背後へと回り込み、竹の先端を斜めに切り落としただけの槍を下から掬うように穿ち、放つ。すると脇腹に竹槍を喰らい、ヴヴヴと虫の羽音のような声を立てながら従魔は口唇をつり上げると、アンナの眼前にぬぅ、と首を伸ばした。
 驚愕で両目を見開くアンナと従魔の間を引き裂くように、火竜が咆えた。脳に響くようなショットガンの散弾が旧校舎の窓枠をビリビリと震わせる。呆気に取られたアンナであったが、階上から駆け下りてきたレイが背中に流れる銀色の髪をさらりと揺らし、紫色の瞳を細めて笑う。
「上手にveementeで踊ってくれよ?」
 仲間の到着にホッと安堵したのも束の間。
 足元を狙撃され身をくねらせていた従魔は隙の出来たアンナ目掛けて触手を放つ。両腕から伸びた触手は彼女の両脚に絡みつき、痺れるような痛みを寄越したが、それを目にした佩芳が即座に共鳴に入るとシエンピエスを握り締めながら準備室の後方から飛び出し、背後に回って鎖を振り被る。
 百足の名を冠しただけあって、命中したそれは鎖一つ一つの両側に小さな金属片が取り付けられており、それが足のように蠢きながら敵を切り裂いてゆく。
「正義の一撃を受けよ!」
 と、そこへ、何処からか飛んできたグングニルが敵の胸部を真っ直ぐに貫いた。
 神槍を受けた従魔は「ギャッ」と短い呻き声を上げると、俯き、ブルブルと総身を震わせている。佩芳が顔を上げると、レイの傍らに赤いマフラーを靡かせてかっこよくポーズを決めるユーガが見えた。その全身は真っ赤に輝く装甲で覆われ、今は表情がまるで分からぬが力強い正義感がみなぎっているのが見て取れる。
 ここで廊下の灯りが点灯され、レイが持って降りた消火器で敵を白く染め上げる。
 集まってきた仲間たちと明るさに安堵する。と、突然共鳴状態に入った知加子が、それはもう恐ろしい表情を浮かべてゆらりと立ち上がり、従魔に斬りかかる。振り上げられた刃は従魔の首を狙い、力強く踏み込んだ彼女は低い声を唸らせた。
『仙寿様、あっち!』
 その時だ。
「あけびは闇討ちされるのが苦手だそうだが、するのは得意みたいだぞ。勿論俺もな」
 知加子に向けられた鞭が頬を掠めたが、狙いが逸れて壁に跳ね当たる。刹那、上段の構えから真っ直ぐに振り下ろした知加子の刀が敵の肩口に深くめり込んだ。ぐぐぐ、と敵の頭が後方を向く。そこに居たのは亜と合流しあけびと共鳴に入った仙寿、その人である。どうやら彼らの放った縫止によって動きの阻害が成功したらしい。
『天使がお化けをやっつける図! 何だか格好良いね!』
 あけびの嬉しそうな声を聞きながら仙寿は大翼の幻影を背負い、一歩、踏み出した。
(そもそも気に入らなかったんだ、相手を怯えさせてから食らう奴なんて)
 視界の向こう。
 敵に忍び寄りウェポンズレインによって頭上に多数の武装を召喚する鳴海に気付き、その唇に微笑を浮かべた仙寿は、
「今度はお前が恐怖する番だな」
 そう呟くと、そのしなやかな指先に月弓「アルテミス」を握り締め、キリリと弦を引き絞る。
「たぶんうちのミィが起きるとまたややこしくなると思うのでさっさと終わらせよう。じゃ、また来世でー」
 すると彼の隣に立った亜が、銃口を突きつけファストショットとストライクをフル稼働で撃ち出し、鳴海も事前にカオティックソウルにて一時的に上げた火力を持って敵を蜂の巣にしてゆく。
 悲鳴を上げる従魔が、その顔の半分を人間の男性に変質させると「痛い」「痛い」と泣き声のような悲鳴を口にする。しかし、その行動が逃げるための仕草だと認識したレイは即座にファストショットを叩き込む。
「……っと、marcatoにバレてるぜ?」
 すかさず放たれた仙寿の矢が胸部を貫き、「グッ」と短い呻き声を上げて片膝を突いた歪な影。それを勝機と見たにユーガが、ここぞとばかりに肩に担いだフリーガーファウストG3の乱舞を撃ちこめば、仲間たちが一斉に飛び掛かる。
「そうっ! 正義とは火力! 正義とは悪を打ち滅ぼすものなり!」
 ビシィ、とポーズを取って宣言したユーガの声と共に、四肢を撃ち抜かれ膝から崩れ落ちた従魔のこめかみにテレポートショットが命中。
「これでfine、だ」
 レイの言葉と共に、従魔はゆっくりと後方へ倒れ込んだ。


 フレイミィは、廊下に立ち尽くしていた。
「気づいたら終わっていたわ、あーちゃん」
「うん、そうですね」
「つまりアレは夢だったんじゃないかしら」
 至極真面目に頸を捻るフレイミィに、亜はその方をぽんと優しく撫でてやった。
「……いいんだよ、怖いのは怖いで」
「…………怖かった、もうやだー」
 脱力してその場に座り込むフレイミィを遠くから見つけ、柔らかに口元を和らげた仙寿は「で」とあけびの方を振り返る。
「結局お前は幽霊が怖いのか? 怖くないのか?」
「……正直幽霊は怖いよ? お化け屋敷には絶対入らない!」
「基準がよく分かんねーな……」
 後方では英雄に弄ばれてぐったりしている知加子と、虫は居ないか、お宝はないかときょろきょろしている佩芳とアンナの姿も見受けられたが、こうして彼らの晩秋の肝試しは無事、終幕となったのだった。

結果

シナリオ成功度 普通

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • Sound Holic
    レイaa0632
    人間|20才|男性|回避



  • 絶狂正義
    ユーガ・アストレアaa4363
    獣人|16才|女性|攻撃
  • カタストロフィリア
    カルカaa4363hero001
    英雄|22才|女性|カオ
  • エージェント
    胡 佩芳aa4503
    人間|20才|女性|生命



  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
    人間|18才|男性|回避
  • たそがれどきにも離れない
    不知火あけびaa4519hero001
    英雄|20才|女性|シャド
  • 街中のポニー乗り
    井口 知加子aa4555
    人間|31才|女性|攻撃



  • 慈愛の『盾』
    四童子 鳴海aa4620
    人間|26才|男性|防御
  • 無慈悲な『剣』
    緑青aa4620hero001
    英雄|23才|女性|カオ
  • 高潔の狙撃手
    フレイミィ・アリオスaa4690
    獣人|12才|女性|命中
  • 宵闇からの援護者
    aa4690hero001
    英雄|12才|女性|ジャ
  • エージェント
    アンナ・ニールセンaa4711
    獣人|16才|女性|生命



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