本部

もう少しだけ一緒に

玲瓏

形態
ショートEX
難易度
普通
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
5人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/11/24 20:41

掲示板

オープニング


 優しげな雨が降っている。今の時期は、夏と違って優しいのだ。傘に当たる音は不規則だが心地が良い。この雨となら、誰とでも友達になれるなと僕は思った。
「この薬を、ワン公が飲めばたちまち元気になるんだよ」
 老紳士風の男が言うのだ。
 覚えている限り、コレットが来たのは僕が幼稚園児だった頃だ。コーギーという種類の犬で、アホ面。普通のコーギーはまあ、至って普通の顔をしているのだがコレットはアホ面。それがおかしくて、愛嬌があって僕の一番の友達だった。
 この散歩道、よく母親と二人でコレットと散歩をした道だ。玄関から出て十分歩いた場所にある遊歩道が幼かった僕の、オアシスだ。コレットもその場所が好きだった。だから毎日散歩にいった。今日のように雨でも、晴れの日なんかは特に騒いで駆け回って、近所の人に挨拶なんかして。楽しかったなあ、と中学生になった僕はしみじみ思うのだ。
 コレットは大好きだ。だが、小学生高学年になると、僕は自然に友達の家に遊びにいく。中学生になるといつも、コレットは二の次だった。恥ずかしながら、僕が反抗期だった頃はムシャクシャして、きつい一言を言い放ってしまったのだ。
「もう、コレットも長くないかもね」
 犬の寿命は精々十年前後と言われている。母親からそう告げられて、僕は、愚かにも焦った。僕は自分にこう言った。
「おいお前、二の次にしていたコレットが死んじまいそうだからって今更可愛がるのか?」
 死にそうにならないと、可愛がってやれないのか?
 しばらくの間、友達とは距離を置いた。僕は元気がなかったから、そんな顔を友達に見せたくなかったというのと、ケジメをつけたかったというのがある。今思えば、まだ幼い子供が何をケジメだと思う。
 それが三日前の話だ。昨日になって、ようやく心に整理がついた。自責の念が消え去ったのだ。僕はコレットの気持ちになってみた。
 このワン公は何を思うだろう。最初かわいがってくれて、どんどん離れて自分が死んでしまう時も、側にはいてくれなかった。それは、とても寂しいじゃないか。
 そう考えると、僕は涙が出た。寂しいからじゃない。昔を思い出したのだ。コレットが死んじまうだって? 嫌だ。コイツとは、もっと遊びたい。今まで二の次にしてきたけど……。もう関係ない。元気になってくれたら、毎日また遊んでやるから。
 晩に、僕はコレットを抱きしめた。こうすれば、温もりをあげれば少しでも長生きしてくれると思った。
 優しげな雨だから、僕はコレットと散歩に出た。これが豪雨だったら家の中にいただろう。傘を持って、コレットと散歩。何年振りとなるのだろう。散歩は父親の習慣となっていた。
「あなたは誰?」
 遊歩道を歩いていくと市民公園がある。そこもまた緑が美味しい公園で、昔は遊具があったのだが今では撤去されている。少しだけ物悲しい。
 その公園に老紳士風の男がいた。老紳士風というのは、彼は老いていない。せいぜい三十代半ばといったところだろうが、服装が老紳士だった。背丈も、あまり大きくない。白髪も見えている。
「私は研究員なんだ。命のね」
「命の研究員、ですか。聞いたことがないんですが」
「そこのワン公、もう寿命が近いんでしょう」
 占い師を前にしているようだった。僕は寿命が近いだなんて一言も言っていない。
「この薬を、飲ませてやってはくれないか」
「学校でよく習うんです。知らない人から変な物をもらうなって」
「そうか……」
 男は悲しそうにしていた。
「コレットは、もっと遊びたいと言っているよ、君と」
「えっ?」
 更に驚いた。名前を言い当てられたのだ。
「研究員の他に、私には動物の表情を見て何を言いたいとしているのか分かる、そういうセミナーの講師をやっているんだよ。動物と分かり合える、素敵なね。それで、コレットはもう寿命が分かっているんだ。老衰だと。でも、本当は君とまだ遊びたかった。君はどう?」
「それは……僕も、もっと遊びたいけど。でも、怪しいお薬を飲ませるなんて」
「そうだよね。なら、これを見れば少しは信用してくれるんじゃないかな」
 男が取り出したのは一昨日の新聞だ。その新聞に、新薬開発と大きく見開きが出ていた。僕は新聞なんか読まないので、気づかなかった。
 記事内に貼り付けてある記者会見のような写真には男が写っていた。という事は、この男は結構大物なのか? 新聞に載るくらい。
「これだけじゃない」
 男はもう一つ、一枚の少しだけ厚い紙を僕に見せた。新聞記事の内容と全く同じ薬の説明がそこには書かれている。この薬を飲むと、大体の病気は治ってしまうのだという。しかし今のところ動物でしか効果は発揮されておらず、人間には使用できない。
 半信半疑だった僕の気持ちが、信に揺らぎ始めた。
「コレットの願いを叶えられるのは君しかいない。どうか、叶えてやってはくれないか」
 僕は男から、薬を受け取った。カプセル薬のような、そんなものだった。


 薬を飲んでからコレットは本当に、みるみるうちに元気になっていった。老衰というのも病気の一つなのだろうかと、一体なぜ老紳士風の男は僕に薬を、タダでくれたのだろうかという疑問は残ったがそれでも、コレットが元気になってくれたなら関係なかった。
 両親は勿論、びっくりしていた。
 問題が起きたのは一週間してからだった。家に、H.O.P.Eのエージェントが来た。何か事件があったのだろうかと母に対応を任せていたが、こっそり聞き耳を立てていた。
「こちらの家から、従魔に似たライヴス反応を感知しておりまして」
 それは大変だ。大変だーと呑気に思っているうちに、エージェントが母の許可を得て家宅捜索に打って出た。僕は部屋に戻って宿題をしていたら、エージェントが入ってきたので「こんにちは」とだけ言った。
 コレットは僕の膝の上で寝ている。
「このワンちゃん、かわいいね」
 年上の女性だろう、エージェントがいった。結構美人だ。
「ありがとうございます。コレットっていうんです」
「コレット君か……。ちょっとさ、抱っこしてもいい?」
「いいですよ」
 友達が褒められると誰だって嬉しいだろう。エージェントにコレットを渡した。少し抱っこした後、すぐ僕に返してくれた。
 問題が起きたのは、その時だった。
「この犬から従魔の反応だ」
 僕は持っていたシャープペンシルを落とした。
 そして、そこからは本能的に僕は動いていた。一体どうして、僕はそんな事をしたのか分からない。僕はコレットを抱えて部屋から飛び出し、それだけじゃ飽き足らず家からも飛び出した。
「ちょっと!」
 後ろからエージェントが追いかけてきたが、僕は一目散に逃げ出していた。

解説

●目的
 コレットの確保。犯人の捜索。

●町
 神奈川の一般的な市。人口は多くもなく、少なくもない。住宅街が多く、公立の建物が至る所に建てられている。

●老紳士風の男
 犬に薬を飲ませた、本シナリオの犯人がこの男。名前は「キリエル」。デクリオ級の愚神
 彼がカプセルに含ませていたのは寄生虫型の従魔で、コレットを下僕の従魔化させようと企んだ。彼はコレットだけでなく、野良犬や猫、カラス等に薬を飲ませて下僕を既に十匹も作っている。
 キリエル自身にも戦闘力があり、下僕が全員倒された時、その時に衰弱しているエージェントを狙って攻撃を仕掛けてくる。

●コレット
 薬の影響が明確に出始めるのは十日後。
 エージェントが捜索を開始した日程は七日後なので、三日経つとコレットは自我を失い始めて主人(キリエル)の元へ向かおうと勝手に行動を始める。十一日目には原型を留めない程に進化し、十二日目には完全なる変異を遂げて、人々の脅威となる。

●少年
 藤野(とうの) 燿(ひかる)という男の子。彼はコレットをエージェントに近づけないよう、様々な場所に逃げ隠れするが、中学生なので知識は疎い。

●キリエルの拠点
 エージェントが駆けつける町にはキリエルの拠点が存在する。場所に関するヒントは住民の誰からも得られずレーダーも捕らえられないが、見つける手段はいくつか存在する。(※PL情報:OPにヒントはなく、解説にあります)
 拠点は主に実験室で出来ており、中には捕らえられた動物達が檻の中に入っている。檻の中にいる動物達はまだ薬を飲まされていない。

●コレットを助けるには?
 十二日目に入るとコレットを助ける事ができなくなるが、それ以前にキリエルを倒せば薬の効果は自動的に解除される。薬に含まれるライヴスはキリエルの物で、それが消失することで助けられるのだ。しかし、下僕の動物達は変異を遂げているため、倒してやる事が一番の救い。

リプレイ

 夕方の交差点。どこに行こうか、エージェントには見つからない、遠い場所へ行こうか。僕はコレットを抱きしめて歩いていた。コレットは腕の中で大人しい。
 最初は友達の家に行こうかと思った。だけれど友達の親は厳しく、家出なんて一言でも語れば門前払いをくらうだろう。それ以外を語ればいいのだが何日も家を飛び出す覚悟できているから、家出以外の言い訳が見つからない。
 雨風を凌いで、人目につかない場所がいいな。
「どこがいいかな?」
 住宅街を抜けて、今は駅前にいた。本当は電車に乗って遠くにいけばいいんだけれど、生憎お金はない。僕は途方に暮れて、コレットに話しかけていた。コレットは何も答えないので、僕が強引に首を傾げさせた。
 アホ面に、このポーズはよくお似合いだ。
 エージェントが追いかけてきているだろうと思って、僕はひとまず近くの施設に入る事にした。確か「公民館」という何でも屋紛いの場所だった。以前親に連れられて訪れた日があって、あまりにも退屈で仕方がなかった記憶がある。
 公民館に入ってすぐ、僕は職員に話しかけられた。
「すみません、リードのないペットの来館は禁止されていまして」
「え、本当ですか? すみません……。でも大人しい子なんですよ」
「可愛らしいワンちゃんですね。でも、申し訳ないのですが一度家に戻ってリードを取ってきてからお越しいただけると」
 目尻に皺ができたおじさん職員に迷惑をかけてはいけないと思って、僕は公民館を出た。じゃあどこで休んでいようかなとまた堂々巡りが始まった。

 一日目は結局、学校に侵入してトイレの中で過ごした。途中警備員に見つかりそうになったけど、ドアの後ろに隠れてなんとかやり過ごした。
 そして二日目を迎えるのだけれど、僕は多分、これがそうなんだろう――運命の出会いなのだろうと心から感じるような、出来事があった。一日何も食べないだけで、ものすごく疲れている。トイレで寝るなんて初体験で、満足に睡眠ができなかった……というのも。
 近くの高校生なのだろう。今日は平日だから、学校があって、登校している最中だったのだろう。一人の女子生徒が僕と目を合わせた。
「ねえ、君大丈夫?」
 暖かい声だ。僕は首を横に振った。


 藤野の行方不明事件はニュースにはならなかったが、彼の通っていた中学では話題になっていた。彼の担任教師は毎日のように藤野家を訪れ、彼が帰ってくるのを両親と三人で待っていた。
 御神 恭也(aa0127)は白い音をした玄関チャイムを鳴らすと、家人が出てくるのを待った。
「はい」
 藤野燿の親だ。取り乱した様子はなく、御神を出迎える時の表情には冷静さが備わっていた。彼女は御神の隣にいる伊邪那美(aa0127hero001)にも礼を忘れなかった。
「捜査のためにいくつか質問をさせてほしい。それと、書き置きを残したい。コレットがこのままだとどうなるのか、彼は知っておく必要がある」
「どうなってしまうんですか」
 以前この家にエージェントが訪ねてきた際に、コレットに従魔の反応が出てきた現実を親は知っている。冷静に聞き返しているが、心情は不安を募らせているのだろう。
「従魔になってしまう。そうなれば、燿は危険だ」
 ドアノブを握る力が強まった。その力量が、親の感情なのだ。
「お入りください」
 体に全ての感情を注ぎ込んでいる分、声音は冷たくなるのだろう。母親は二人のエージェントをリビングに招いた。御神は訪れていた担任教師に一礼し、ペンと紙を受け取ると真っ白な紙につらつらと文字を記していった。
「質問がある。食料は減っているか?」
 書きながら、御神は訊いた。
「いえ、減っていません」
「友人は多い方だろうか」
「はい。燿は元気な子で、学校の友達は多いです。何度か家に友達が遊びにきて――」
 母親は咳をした。
「すみません、何度か家に友達が遊びにきました。とても楽しそうで、屈託のない……」
「良い子だったのかな」
 伊邪那美が呟いた言葉は、黄色の風船のようだった。
「良い子でした、とても」
 返事をしたのは担任の教師だ。伊邪那美は不思議だと思った。母親よりも、担任教師の方が焦燥を強く感じている。男性の教師は目に見える汗をかいて、さきほどからしきりに携帯電話を確認している。
 御神は書き置きを冷蔵庫に貼るよう母親に言って、友人宅の住所を聞き出すと藤野家を出た。
「必ず、見つけるよ」
 伊邪那美はそう約束した。
 友人宅に行く最中、九字原 昂(aa0919)と行路が重なった。九字原は学校を訪れていて、藤野の友人から色々と聞き出していたのだった。御神は彼に、藤野家で得た事実を説明した。
「僕が学校で聞いた時の話と、変わりはありません。学校では、藤野君は中々面白がられる人物だということでした。優しいから、なんだそうです」
「ボクは分かってたよ。優しい子なんだって。だから、こんな大それた行動を取ったんだって」
「そうですね。……コレット君が従魔になる前に見つけないと、藤野君が危ないですね」
 三人は足並み揃えて友人の家を回ったが、どの家にも藤野はいなかった。友人の家を隠れ家としては使っていないのだ。
 歩いている途中に、犬の散歩をしている老人とすれ違った。九字原は思い切って彼らにも藤野について質問してみたが、誰もが首を傾げていた。
「公民館の方に向かってみましょう。赤城さんが調査しているのですが、何か新たな情報が出たかもしれません」
 遠くの方からエージェントさん! と呼ぶ声が聞こえて声の方向を見ると、母親が茶色の外套を身に着けて走ってきていた。
「これ、コレットの首輪です。あの子、急いでいて付け忘れたんだわ。何かの手がかりになると思って」
 息は切れ切れだった。吐く息が白いのは、体温が上がっているからだろう。


 異なる視点から少年と犬を探しているのはイングリ・ランプランド(aa4692)だった。彼女は外国人が日本によく集まるバーを訪れている。ここに子供はまず来ないだろうが、情報源とはなり得るのだ。イングリは片っ端から子供と犬、これをキーワードにして質問を繰り返していた。
 情報は向こうからやってきた。ダーツをやっていた銀髪の欧米人がイングリにこう言った。
「君、ノルウェーの子?」
「はい、そうです」
「やっぱりね。なんだか気さくだからそうなんじゃないかって。ノルウェーは魅力があって好きなんだ。ヘンリック・イプセンを知っているかい? 彼は劇作家でね。劇作家といえばシェイクスピアが有名だが、彼も忘れちゃあいけない。近代演劇の父だぞ」
 長話になると予想したイングリは早々に退散しようと相槌を交わしていたが、途端に変化した話題に相槌が一瞬止まった。
「それ、本当ですか?」
 銀髪の男は野良犬というワードを使って、不思議な話をしたのだ。
「本当だ。僕は日本に来て不便だと感じたのは、ゴミの分別だね。そして分別したゴミを決まった日に出さないとならない……それはいいや。で、更に困ったのが野良犬の存在だった」
 住民を困らせていた野良犬が、突然いなくなったのだという。
「いつ頃いなくなったのでしょうか?」
「最近だね。五日ほど前……。それで、たまによくあるらしいんだ。僕は仕事柄、よく耳が効くんだが、別の場所でも野良犬がいなくなったんだと。対策もなにもしてないというのに」
「ははあ……」
「君は確か少年とお犬君を探しているんだったね。関係があるのか分からないが、ふと思い出したんだ」
 イングリは律儀に挨拶を終わらすと、他の客人にも藤野とコレットを尋ねてみたが、有益な話は帰ってこなかった。だが、イングリの熱心さと愛嬌で手伝ってくれる人材は何人か見つかった。
 バーを出て、外の新鮮な空気を吸った後にイングリは「行方不明の野良犬」をキーワードにして仲間のエージェントに連絡した。関係があるか分からないが……。
 イングリの説明に真っ先に応答したのは赤城 龍哉(aa0090)だった。
「サンキュー。そんじゃ、もしかしたら犬一匹だけの事件じゃねーのかもなあ」
「何匹も連れ去られているとお話にありましたから、きっと……」
「事は急いだ方が良さそうだ。そういや、俺の方もグッドなニュースがあるんだが」
 公民館に、藤野とコレットが昨日現れたと赤城は言った。公民館の職員から聞き出したそうだ。
「ではもしかしたら、まだこの町のどこかに……」
 通信が切れると、彼女は日本人の聞き込みに精を出した。年頃の男の子が訪れそうな場所といえば、ゲームセンターとか……。後はどこだろう?
 捜査は二日目に足を入れた。一日目の報酬を全員で確認しあって、コレットと藤野燿の捜索は朝から開始された。
 ゴミ集積所に足を向かわせていたのはカグヤ・アトラクア(aa0535)である。昨日イングリが得たゴミ捨て場の野良犬行方不明の情報、それが果たして今回の事件と関連があるのか真偽を確かめるのだ。彼女は局員にエージェントであると告げた。
「野良犬の被害が減っているようじゃな。何ともおかしな話じゃ」
「あぁ、そうなんですよ」
 局員とは、カグヤが適当に見繕った休憩スペースで会話を繰り広げている。彼はそこで休憩していたのだ。クー・ナンナ(aa0535hero001)は真っ先に丸椅子に座り、半開きの目を擦った。
「以前は野良犬の被害が酷かったんですけどね、最近は全然見ない。いつもは散乱してたゴミが纏まってるんだから、仕事が一つ減ったと僕らは大喜びですよ」
「何か施したのじゃろうか」
「うーん……」
 局員は膝の下に手を入れていたので、初めて軍手をしているのに気づかされた。
「おかしな話だよね、ほんとう」
 クーが言った。
「別に僕らは何もしてないんです。でも、心当たりはあるんです」
「心当たりがあるならば話は早そうじゃな。何を思い出したのじゃろうか?」
「ゴミの分別がしっかりされていない物とか今でもあるので、いちいち中を開けて取り除かないといけないんですね。その時に見つけたんです――これ、言っていいのか分からないんですが」
「わらわはエージェントじゃ。そこらのジャーナリストではない」
「あはは、そうですよね――ゴミ袋の中に、カプセル薬があったんです。これくらいの大きさの」
 局員は人差し指と親指で一センチほどの空間を作って見せた。
「誰かがカプセルを仕込んで、野良犬を毒殺でもしたんじゃないかなって年配の人達は言ってます」
「そのカプセルは今どこにあるのじゃろう?」
「危険だといけないので、ここで保管してるんですよ。エージェントさんが来るってことは、本当に危ない薬だったのかもしれませんね」
「うむ。ところでもう一つ質問があるんじゃが、野良犬の死骸とかは見つかっておるのかのう?」
「いえ……。そういえば、そうですよね。毒薬なら野良犬の死骸が次々と見つかってもいいもんです。人知れず息を引き取ってるんでしょうか」
「だと、まだいいんじゃが」
 話を終えたカグヤは、そのカプセルが重要な証拠になると言って局員達からカプセルを回収した。カプセルの譲渡は簡単には行かず、何人かの局員に身分証明を施す必要があったが。
 今回の犯人は動物を使う奴なのだと、カグヤの調査でほとんど明確になった。ただ動物園を作ろうとしているなら可愛い犯人だ。


 ペットショップに出向いたエレオノール・ベルマン(aa4712)は、仲の良い女性店員に挨拶を済ませてすぐに本題に入った。
 エレオノールは牧羊犬を飼っていて、その都合上どうしてもペットショップの常連となってしまうのである。
「今、事件を調査しているのですが……。どうも、犬を狙った犯人がいるみたいで、もしかしたらこちらに不自然なペットの出入りや、人物が訪れていないかを聞き込みにきたんです」
「ははあ」
 丁度店員は一匹の犬に餌を上げている頃であった。店員は犬の好物、ビーフジャーキーを与えながら記憶の中を探っていた。
「えーっと。そうですね。ワンちゃんを狙った犯人だなんて、許せないのもいいところなんですけど。すみません、私には何もわからないです。このお店には特に」
「そうでしたか。お仕事中すみません」
「大丈夫です。……あっ」
 記憶の中に、何かが見つかったのだろう。店員は犬からエレオノールに視線を変えた。
「隣町にある保健所に、優しい人が来たみたいなんです。というのも、殺処分される予定だったワンちゃん達を全部買い取ったとか」
「へえ、よくご存知ですね」
「今時そんな人いないのでね。保健所の人は大喜びでいろんな人に伝えたそうですよ」
「それはいつぐらいの話、でしょうか」
「ちょうど五日前でしたよ……。あまり信じたくないんですけど、もしかしてその心優しい人って……」
 誰も、その先を言わなかった。
「この付近に薬品の研究施設等はありますか?」
「薬品ですか。うーん、スミマセン。それはちょっと分からないです」
 話を終えて、彼女は店を出ると研究施設を探した。

 今日は寒い。もう秋も終わりに近づいているのだから、それほど自然な話は他にないだろう。秋が終わると寒くなる、それは冬がくるからだ。それで寒いと、大体の変温動物は家の中に閉じこもる。
 ムチャリンダ(aa4478hero002)も同類だ。彼女は人間の姿をしているが、表面上に過ぎない。彼女は広報のビラを作成していた。
 一人では時間がかかるため、井口 知加子(aa4555)の手も借りている。広報ビラ作成に同人描きの井口の助っ人を抜擢したのはおおよそ正解だと言えるだろう。
「藤野君、どこにいるんだろうね」
 黙々と進められているビラ作成。ムチャリンダは静かすぎて声を出した。
「ネットカフェ、公民館、学校、倉庫……色々な所を探してはみましたが、発見はできませんでしたね。一体どこにいるのでしょうか。母親も、心配しているでしょうに」
 井口は母の心を知っている。彼女も子供の母だからだ。
「犯人は藤野君の犬……コレットを狙ったんだよね」
「許し難いって感じてます。誰だって、飼い犬は大切な存在。それを奪うような真似をした犯人……一刻も早く、懲らしめてやりたいですね」
「犯人にはお説教だよ」
 ところで、シャー・ナール・カプール(aa4478)は既に広報ビラの配布で町行く人に藤野とコレットの情報を与えている。主に藤野の逃走経路を予想した場所で、寒い中カプールは配布していた。
「人を探してます、よろしくお願いします」
 高校の下校時間になってくると、当然だが周囲には高校生の数が多くなり始める。カプールは平等にビラを渡していた。受け取ってくれる人は少ない。高校生というのは大体何人か連れて下校しており、友達との話に夢中になっているのだ。
 カプールはその後も何時間か粘り続けていると、ようやく一人だけビラを受け取ってくれた女子高校生がいた。
「ありがとうございます」
「いえいえー」
 ビラを受け取ってくれた活発そうな女子高生も友人達と帰っているようだったが、ちゃんと受け取ってくれるものだ。
 その後は特に進展はなく、カプールは帰宅した。結構な数のビラが無くなっているのは、しっかりとした功績だろう。家に戻ると、ムチャリンダが毛布を被って机に突っ伏していた。頑張りすぎて、エネルギーを果たしてしまったのだろう。
 毛布をかけてくれたのは井口といったところか。


 ――まだ僕は中学生だから、高校生がどの時間帯に帰ってくるのかはわからなかった。だから心優しい女子高生のお姉さんがいつ帰って来るのか楽しみにしていた。
 ここの家族は、僕とコレットに優しかった。夕食は食べさせてくれたし、寝床だって用意してくれた。お風呂も入っていいと言われたけれど、遠慮した。パジャマだけ借りて昨日は寝たのだ。昨日のお夕食は美味しかったから、今日はどんな料理が出て来るのだろう。
 お姉さんが帰ってきたのは夕方の五時頃だった。
「藤野君、ちょっといいかな?」
 いつもの元気そうな顔だった。
「は、はい?」
 この一戸建ての家は二階あって、お姉さんの部屋は二階にあった。僕はせかされるように、そこまで腕を引っ張られた。
「嘘、ついてたよね」
「う……」
 怒っていなかった。いつもと変わらない口調で言ってくれた、でも僕の心の罪悪感を炙り出すには一言で十分だった。
「男の人がね、人を探してるって紙を配ってたの。中にね、君の名前があった。……コレット、危ないんだよね。従魔になるかもって書いてある」
「ごめんなさい」
 僕は昨日、家出をしたのだと言った。家族がコレットを保健所に引き渡そうとするから守るために飛び出した。
 心優しい家族に嘘をついた。
「気持ちは分かるよ。大丈夫。それとね、コレットはまだ助かるかもしれないんだって」
 嘘をついた相手にも、優しい目を向けてくれるような人を僕は騙した。自分が情けない。
「一緒に家に戻ろう。あたしのお母さんにはこのこと、内緒にしておくからさ。きっと君のお母さんとお父さん物凄く怒ってると思うけど、あたしが一緒なら怖くないよね」
「うん……」
「良い子だっ。じゃあ一緒に戻ろう。家まで案内してね」
 部屋を出て、リビングで眠っていたコレットを見た途端、涙が溢れた。なんでか、分からない。分からないけど……無性に悲しくなった。
「お母さんちょっと藤野君とお散歩してくるね」
「はいはい、あまり遅くならないようにね」
 本当なら僕が先に行かなくちゃいけないというのに、家を出る時はずっとお姉さんを先に行かしていた。僕の家は知らないから、玄関を通り過ぎると僕が前に出た。
 帰路の途中、僕はコレットとの思い出をお姉さんに話した。お姉さんも猫を飼ってたらしく、一昨年亡くなったのだと言ってくれた。それからペットロスの経験があって、だから藤野の気持ちが伝わったのだと。
 もう家だ。すぐ目の前にあるではないか。もう後五十回両足を動かしたら、家に到着する。僕は――足を止めた。
「どうしたの?」
 コレットは起きている。外の寒気に起こされたのだろう。冷たい風が、コレットの毛並みを撫でた。ワン、と小さく吠えた。
「ごめんなさい……。やっぱり、コレットがいなくなるなんて、我慢できないです」
「うん、分かるよ。でもね、君は男の子だから。我慢しなくちゃ」
 お姉さんの言葉は、僕の肩の後ろに流れていった。うつむく僕は、やがて……その言葉を追いかけるように、家とは逆方向に走り出していた。
「待って、藤野君!」
 コレットを守るためなら、悪い奴にでもなってやる。僕はそんな風な考えを身につけていた。


 捜索が開始されてから三日目となった時、この一連の事件は急速に傾き始めた。順序に割り込んできたのは藤野を知っていると証言する女子高生だった。彼女はH.O.P.Eに藤野を知っていると電話を寄越したのだった。
 彼女の所には赤城が向かった。
「本当に藤野なんだよな。犬も一緒だったか」
 待ち合わせ場所は犬の散歩スポットで有名な付近の公園だった。先に公園に到着していた赤城は、ヴァルトラウテ(aa0090hero001)と二人で彼女が到着するのを待っていた。日時は朝の九時。少女は学校に電話を入れるやら両親に説明するやらで到着が遅くなった。
 公園に駆けつけた時の彼女の顔は、心配に満ちていた。
「はい、藤野君で間違いありません」
 それから彼女は藤野の動きを簡単に説明した。一昨日自分の家に来て、昨日はコレットをエージェントに届ける寸前まで感情が傾いていたが、寸前で逃走したと。逃走、と彼女は言ったが、言葉の選択は適切と言えるのだろうか。
「今は……どこにいるのか。逃げてしまった方角は分かるのですが」
「一応、夜も捜索は続けてるんだ。それで昨夜は発見報告が無かったもんだから、どっかに忍び込んでんじゃねえかな」
「すみません……。私が藤野君を急かしてしまったんだと思います。本当は、もう少し時間が経ってからエージェントさんに言うつもりだったのに」
「あなたが謝ることじゃありませんわ。それに、従魔の反応がコレット君から出ているのは事実、急がなければなりません。あなたは、間違ったことはしていませんわ」
 赤の他人にここまで親身になれる人間というのは、今時少ない。
「あのガキんちょの事は俺らに任せて、お前は学校だ。高校生ってなると、この時期はあんまり遅刻できないんじゃねえか?」
「は、はいじゃあ……お願いします!」
 彼女が公園を出てからすぐに、藤野の居場所が分かったとイングリから通信が入った。
 ガキんちょは結局、友達の家に寝泊まりしていたのだった。関東ではまだ十二月に入っていないというのに零度という気温を叩き出している。こんな中の野宿は危険だ。
 その家にあった御神の書き置きが成功したのだろう。藤野はここにいます、とイングリに語ったのは藤野の友人だった。
 藤野の所へは赤城と九字原、御神が揃って顔を出した。駆けつけた時、イングリは既に藤野を家の玄関へと連れ出していた。
 コレットは腕の中で眠っている。藤野の肩には、イングリの暖かい手が乗っている。
「書置きは呼んでくれた? このままだったら、コレットはキミの家族から怪物に変えられちゃうんだ」
 伊邪那美は一歩前に出た。
「そんな気は、してました」
 吐く息は白い。
「だから……逃げました。僕は、ずっとコレットといたかった」
「死なせたく無いって気持ちは判るよ? でも、死は誰にでも訪れる物なんだ。決して拒める物じゃない」
「でも、元気になってくれたから。もしかしたら、まだコレットと遊べるんじゃないかなって思って」
「元気になったのはね、寿命が伸びたんじゃないんだよ」
「いいのか? そのままだとコレットがコレットでなくなっちまうぜ」
 横槍という言葉で片付けられないように、赤城は真摯に言った。藤野の肩が強張るのが、イングリに伝わった。
「コレットはキミを判らなくなって傷付ける存在になってまで生きたいのかな? 最後のその時まで、家族としてキミと共に居たいと思い続けてると思うよ」
「それは、嫌です」
 今まで自信がなく小声だった少年が、嫌だという時だけは強かった。
「藤野君、僕たちはエージェントです。あなたを悲しませるような真似はしない……そう約束できます。どうかコレットを、僕達に預けてもらえませんか。まだ、助かる余地は残っているはずです」
 コレットの目は開いていた。家の中は暖かかったのだろう、突然外に出たのだから寒気で目が覚めたのだ。目が覚めると、目の前にはたくさんの人がいるじゃないか。
「ごめんよ、コレット。ごめん、ごめん……」
 いつもこんな風に抱っこしていた。両手でコレットの腹を掴んでいた。このアホ面は藤野をしっかりと見つめながら――エージェントに引き渡された。イングリは藤野の頭に手を重ねた。
 九字原は宝物を手にするように慎重にコレットを腕に乗せた。コレットは抵抗せず、むしろ安らかだった。
 藤野はそれから、赤城達にここ数日の出来事をくまなく、隠し事もなく全てを伝えた。公園で紳士が声をかけてきて、カプセルの薬を渡してきた。新聞を見せてきて、僕を信じ込ませた。その紳士は、まだ若いように見えた。
 思い出せる情報を全て吐き出した少年は、最後にコレットを眺めた。コレットは藤野の方を向いていないが、それは僥倖だった。
「俺たちはエージェントだ。愚神や従魔を倒すだけでなく、囚われた者を助けるのも任務でな」
「ボクたちに任せておけば、
 二人から約束されちゃ敵わない。
「エージェントさんって、すごいんですね。初めてお会いしましたが……冬だということを、忘れそうです」
 達観した物言いの後、彼は自宅へと帰る事になった。彼の帰り道はイングリが付き添った。
「本当にすみませんでした。皆に迷惑かけてしまって。メチャクチャ反省してます、今では」
「迷惑をかけてしまったのは本当だと思います。ですが、全部コレットの為だったのでしょう」
「で、でも……自分勝手過ぎました」
「反省ができるなら、何よりです。忘れてはいけないのは、悪いのは事件の犯人だという話です。動物を使って何をしようとしているのか分かりませんが、許されません」
 犯人に憤りを感じているのはイングリだけではない。井口も伊邪那美も、犯人の所業を許されざるものとして憤っている。
 藤野家の玄関には井口が、藤野燿の帰りを待っていた。彼女の隣には母親がいて、二人で待ってくれていたのだ。
「おかえりなさい、燿君。お母さんがお待ちかねですよ」
 ちょっと怖い顔。井口ではない、母親の方だ。燿の方を見て、ちょっと怒ったような顔をしていた。途端に燿の足取りは遅くなったが、イングリは微笑んで背中を押した。「大丈夫ですよ」。
 母親の前で足を止めた少年は、親に怒られる寸前の少年は萎んだ。元々優しそうな母親だから、あまり怒られたくないのだろう。母親は腰に手を置いて暫く静かでいたが、やがて口を開いた。
「チョコレートケーキ、あるからね。それとコレットの好きな福豆もあるから、コレットが帰ってきたらあげなさい」
 福豆とは、節分の時に投げる食用の豆である。犬はそのままでは食べられないので、小さくすり潰して食べさせる必要がある――が、そんな話はどうでもよかった。
「怒らないの?」
「勿論、怒るよ。でもまた家出したらだめでしょ」
 藤野はエージェントに「ありがとうございました」というと、二人で家の中へと入っていった。家の扉が開いた時、暖かい空気が二人の髪に流れた。


 犯人が導き出されるまで、時間は長くかからなかった。フェンリル(aa4712hero001)の活躍だ。
 エレオノールとフェンリルは藤野少年を探す際に受け取ったコレットの首輪を使って、犯人の居場所が特定できた。首輪には、人間には感じ取れない不浄で、異質な香りが染み付いていた。その香りをフェンリルは、空を飛ぶカラスから感じ取ったのだ。そのカラスを追跡した先に犯人の拠点があったという話である。
「見事じゃな」
 カグヤは研究所に目星をつけて調査をしていたが、どうやら今回は当てが外れたようだ。拠点は地下にあった。それも、マンホールが入り口の地下だ。
「わっちの嗅覚はまだ使い物になったという事じゃの。にしても、何とも胡散臭い所に隠れおって」
 エージェントが集まった時マンホールは既に開いていた。下僕となる動物が入れるように、開けておいたのか?
 いや……。一つ、間違いをしていた。これはマンホールではない。マンホールに見せた扉であった。この下は下水道ではなく、地下実験所となっていた。降り立つと、獣の匂いがあらゆる方向から嗅覚を刺激する。
「おい、いるんだろ。隠れてないで出てきやがれ!」
 地下室ではあったが、明かりは滞りなく広がっている。
 空間もまた広い。エージェント全員が一箇所に集っても、まだ横には有余があった。そういえば、この空間には扉がない。入り口の扉以外……。この空間には動物の入っている檻以外には何もなかった。
「そのうち人間にも効くか試してみようと思っていてね」
 挨拶も、脈絡もなく犯人はエージェントの前に姿を見せて言った。
「何日間も君たちが調査をしているのは知っていた。私は肝っ玉モノだったね。でも、あの子供が上手く私の存在を隠してくれたようで何より」
「あの子を使ったのは、やっぱり撹乱のため……!」
「それだけじゃない」
 犯人は、藤野が言った通り紳士風の男だった。
「コレットはそのうち、自然と私の所へ訪れ始める。そうなればあの少年は、勿論コレットを追うはずだ。そしてここに辿り着く。彼は自ら、私に誘拐されにくる。その後は簡単だろう? あのカプセル薬を藤野燿に飲ませ、人間にも通用するのか試してみようとね」
 紳士の頬を、ナイフが掠めた。
「あんまり口を開かない方がいいぜ。その方がちょっとは優しく逝けるって話だ」
「血気盛んで良いね。だが君たちの相手は私じゃない。動物達だよ。本当はもう少し数を溜めておきたかったんだが、やむを得ない」
 檻は天井からもぶら下がっていた。天井から下がっている檻は、部屋の奥に犇めき合う檻とは風格が違った。種類分けがされているのだろう……。天井からぶら下がっていた檻のドアが開いて、中からは従魔が飛び出してきた。
「見た目は従魔、でも中身はただの犬とカラスだ」
 その数は十匹だ。カグヤは降り立つその集団にパニッシュメントを放った。眩い光は従魔達を怯ませた。
「全員従魔……じゃな」
「寄生虫はすぐに動物を従魔にしてくれなくてね。私の後ろにある檻、その中に入っている動物達はまだ従魔になってはいない」
 従魔に任せて、自分は高みの見物か。
「もっと早ければ違ったんじゃろうが、すまぬな」
 カグヤはセイクリッドフィストを両手に装備して、従魔達の中心に入った。従魔は目の前の敵に噛み付こうと、口を開く。わざとグローブに噛みつかせ、地面に叩きつける。
 だが、イングリとエレオノールは怯んだ。トナカイと過ごしたイングリと、羊飼いのエレオノール。姿は完全に従魔となり、おどろおどろしい姿をしているが、動物の愛くるしい面影は残っている。
 その幻影が、攻撃の手を遠のかせる。元々は動物だった。
「人思いに逝かせてやるのが、こやつらのためになるんじゃないかの」
 フェンリルは二人に向かって言った。
「分かってますけど……」
「大事なのはここで犯人を仕留めることじゃ。ここでグレイプニールを手にしなければ、悲劇が生まれるだけじゃ」
 イングリはレギウス写本、エレオノールはグレイプニールを手にしたが、それでもまだ心の準備に滞りがあったが、最後に二人は動物達に黙祷を終わらして武器を振るった。
 中心で派手に従魔達を抑えているのはカグヤだけでなく、井口もそうだった。彼女は童子切を両手で構えて、一撃一撃に力を注いで従魔を斬りつける。下から上へ、上から下へ。刀についた血はその度に地面に散った。
 飛びかかってくる一匹の、従魔の胴体を刀が貫いた。
 その喧騒に紛れて逃げようとした犯人……愚神を九字原は逃さなかった。九字原は愚神の後ろに回り込んでいたのだ、ハングドマンで両足を封じた。
「逃しません。残念ですが、あなたにはここで罪を償ってもらいます」
「面倒な奴らめッ」
 愚神は杖を九字原に投げつけたが、簡単に回避ができた。
 杖はあらぬ方向へと向かったが、その先には赤城がいた。彼は杖をつかむと、片手で握りつぶした。杖は簡単に折れ曲がった。
「年貢の納め時だぜ」
「待て!」
 この期に及んで、愚神は両手を前に突き出した。
「犬を粗末にしているのは、君たち人間もそうじゃないのか。保健所にいた犬達は、私が何もしなくても殺されていたじゃないか。人間も、私と同じ事をしている。何が――」
 御神とムチャダリの一撃が、愚神を黙らせた。いつの間にか、エージェント達に包囲されているではないか。
「よっぽど酷い仕打ちをしているのは、誰だろうね。向こう側の世界で悔い改めてくるといいよ……!」
「動物達は人間を憎んでるはずだ。私はね、その願いを叶えてやっただけにすぎない!」
 いい加減に、赤城はエクリクシスを構えて渾身のライヴスを注いだ。
「あんたにいい事教えてやるぜ」
 後ろにいた従魔達は既に倒されている。それを視認した愚神に、為す術はもうない。
 赤城の剣は頭上を捉えた。
「愚神如きが、偉そうに犬の気持ち言ってんじゃねぇぇッ!」
 最後に見たのは、エージェント達の怒れる顔だ。キリエルの計画に一つ誤算があった。キリエルは人の感情を蔑ろにしていた。怒り、悲しみ、喜びなど大したことないと思っていた。
 だが、怒りの力はこれ程までかと……遅すぎる反省を終えた。


 僕は公園で、エージェントが帰ってくるのを待っていた。コレットの好物、砕かれた福豆をお皿に持って。
 チョコレートケーキを食べた後は結局叱られてしまった。僕は反抗せずにちゃんと母の言葉を噛み締めた。僕の為なんだろうと思うと、全く苦しくなかった。
 公園の入り口にエージェントが見えた。
「待たせたのう」
 この女性のエージェントの隣にいる少年は、とても寒そうにしている。
「カグヤ、とっても寒い」
「もう少し我慢じゃ。後でコーヒーでも調達するかのう」
「今すぐじゃだめなの」
「後で」
 カグヤさんと言う名前なのだという。エージェントはカグヤさん以外にも、さっき僕を送ってくれたイングリさんや僕よりも年下の女の子がいた。
 さっき、僕がコレットを預けたお兄さんも来ていた。お兄さんの腕の中ではコレットが眠っていた。
「……コレットはきっと幸せだろうね。自分の為に一生懸命になってくれる人が最後まで一緒に居てくれるんだから」
 僕はブランコの椅子に座っていたんだけれど、コレットに福豆を食べさせようとして立ち上がった。その拍子にブランコが揺れた。
 お兄さんは僕にコレットを差し出してくれたけど、僕はまだ手を出さなかった。
 不思議とまだ涙は流れない。さっきまでは、死ぬほど泣いてやろうと思ったのに。このアホ面の犬め。
「愚神がやっつけられて、そのおかげでコレットの中にいた悪い物も倒されました。だから、コレットはこんな優しい顔をしているんです」
「コレットは、迷惑かけませんでしたか?」
「お利口なワン公じゃな。ずっと大人しかったのう」
 コレットが福豆を好きなのは、以前節分をした時に誤ってコレットが豆を食べてしまった時に始まる。犬にあの豆は危険なのだけど、なぜかコレットは福豆が好きになってしまった。豆は消化できないから、こうして小さくしないとだめなのだ。
 お兄さんにこのアホ面を預けてから、なんでコレットが福豆を好きなのか考えてみた。節分の時、何かあったかな。
 ああ思い出した。僕がコレットを二の次にしていた時に、久々にコレットと楽しく遊んだのだった。豆を撒いて、一緒に。
 僕は腕を両腕を差し出した。お兄さんはコレットを、僕の腕に乗せた。
 コレットの体は雪のように冷たかった。
「死んでしまったんだね、コレット」
 目を瞑ったままのアホ面に、二滴ほど雫が落ちたようで、それは僕からコレットへの贈り物だった。
 優しげな雪が降り始めた。雪はコレットの頭に落ちた。


「さ、帰って引き取った犬らに餌をやらねばな。クー、ペットショップに寄るのじゃ」
「暖かい飲み物を忘れないでね」
 カグヤは愚神に捕らわれていた野良犬を全て引き取った。それは哀れみや同情ではないと、クーは言う。カグヤの世話も何日まで続くか、それは分からない。
 エージェント達はしばらくの間、この一人と一匹を二人きりにしてやろうと彼らに背を向けた。その背中に、藤野は声をかけた。
「ありがとうございました。コレットを、助けてくれて」
 約束を守ってくれてありがとう、コレットを助けてくれてありがとう、色々とありがとう。積り始めた雪の数よりも多いありがとうが、藤野の口から溢れた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535
    機械|24才|女性|生命
  • おうちかえる
    クー・ナンナaa0535hero001
    英雄|12才|男性|バト

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避



  • エージェント
    シャー・ナール・カプールaa4478
    人間|12才|男性|回避
  • エージェント
    ムチャリンダaa4478hero002
    英雄|16才|女性|ブレ
  • 街中のポニー乗り
    井口 知加子aa4555
    人間|31才|女性|攻撃



  • 知られざる任務遂行者
    イングリ・ランプランドaa4692
    人間|24才|女性|生命



  • エージェント
    エレオノール・ベルマンaa4712
    人間|23才|女性|生命
  • エージェント
    フェンリルaa4712hero001
    英雄|16才|女性|シャド
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