本部

屍狼の群れ

雪虫

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 5~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/10/09 14:03

掲示板

オープニング


「お、そろそろ時間だな。見回りに行くとしますかねぇ」
 渋田浩平は洋画を映していたテレビから壁時計に視線を向けると、テレビを消し、立ち上がり、警備室の扉を開けた。時刻は午前2時。いわゆる丑三つ時という時間帯だが、幸運と言うのか当たり前と言うのか怪異というものに渋田が出会した事はない。夜間のビルの見回りをする警備員などパッとしない職業かもしれないが、渋田はこれで妻と娘を養っているし、万一という時に警備員がいるのといないのとでは大違いだ。少なくとも渋田はそう思っている。とは言っても別に「警備員がいてくれて良かった」等という事態に出会したい訳では決してなく、平穏無事に職務を全うし定年を迎えたいと思っていた。
 そう、今日この日までは。
「ん……ありゃあ何だ、一体」
 警備室を出てまずエントランスホールへと向かった渋田は、そこでホールのド真ん中にあり得ないものが存在している事に気が付いた。一言で表すなら黒い山。しかし当然、ビルのエントランスホール、しかもつい1時間前にも見回ったはずの場所に突然山が出現するはずなどない。渋田は反射的に山を懐中電灯で照らし、そしてその場に凍りついた。そこにいたのは狼だった。犬よりも獰猛な横顔の、体長7mもあろう巨大な狼が、渋田に背中を向けるようにその場に座り込んでいた。
 渋田が声も上げられずにその場に立ち尽くしていると、気配に気付いたのか巨大な狼が渋田の方へと首を向けた。眼窩から何かが零れ落ちていた。汚れた毛皮には蛆のような白い何かが多数群がり、半分溶けかかった歯茎が醜く剥き出しになっていた。渋田は一瞬息を呑み、次の瞬間には「う、わあああああッ!」と懐中電灯を放り投げて走り出した。ゾンビのような姿の巨大な狼が「ヴォォオオオッ!」と濁った声を上げ、それに呼応するように闇の中から無数の黒い影が出現した。黒い影……ゾンビウルフは逃げる渋田を捕らえようと襲いかかり、しかし渋田はそれより早く警備室へと逃げ込んだ。扉を壊す事は出来ないのか、外からガリガリと爪を立てる音や獣の唸る声がしてくる。渋田は震えながら懐から携帯を取り出すと、自分には生涯縁がないと思っていた場所に電話を掛けた。


「緊急連絡。K区にあるS会社ビルで従魔が発生したらしい。詳しい事は資料を読んでもらいたいが、もしかしたらドロップゾーンが発生しているかもしれない……ケントゥリオ級以上を想定してもらいたい。
 それから、通報してきたのはS会社ビルの警備員なんだが……先程連絡が途絶えた。ドロップゾーンに飲み込まれ電波が途切れただけか、あるいはすでに……いや、希望を捨てるべきではない。従魔の討伐、警備員の救出。以上が任務だ。すぐさま現場へ向かってくれ!」


 渋田は写真を握り締めながら警備室の奥で震えていた。扉の向こうからは相変わらず化け物達の唸り声が聞こえてくる。今はまだ大丈夫だがいつここに踏み込まれるか。
「幸恵……さち子……父さんは、父さんは……」
 渋田はすがるように家族の写真を握り締める。そうしなければ恐怖に負け、楽になるために自ら扉を開けてしまいそうな予感がした。

解説

●目標
 従魔ガルムの討伐、及び警備員一名の保護

●敵情報
ガルム
 体長7m、高さ3m程の巨大な狼型従魔であり、ゾーンルーラー。ゾンビのような外観をしている。
・屍狼行軍:ゾンビウルフを呼び寄せ獲物に放って足止めをする。
・なぎ払い:鋭い爪の生えた前足を前方に振るう。
・のしかかり:巨体を持ち上げ全身でのしかかる。

ゾンビウルフ
 普通の犬程度の大きさの従魔。ゾンビのような外観をしている。一応実体化しているが攻撃力、防御力はほとんどなく、リンカーであれば攻撃されてもダメージはなく、AGWを振るえばあっという間に霧散する。
 しかし、ガルムがいる限り倒しても倒しても出現する。またリンカーであればダメージは負わないが、普通の人間がゾンビウルフに大量に襲われればあっという間にライヴスを奪い尽くされてしまうだろう。

●救出対象
渋田浩平
 通報してきた警備員。現在警備室に立て籠っているが、このままでは恐怖に負けて自ら扉を開け従魔に身を明け渡してしまいかねない。今夜の警備員は渋田一人であり他に救助対象はいない。

●マップ情報
S会社ビル
 5階立てのビル。現在全域がドロップゾーン化している。ドロップゾーン化した影響により1階玄関以外から入る事は不可能である。

エントランスホール
 ビル1階にある。30m×30m。玄関から入るとすぐにガルムが顔を向けて座り込んでいる。渋田の事はゾンビウルフ任せで自分は動く気がないようだ。

警備室
 エントランスホールを抜けて廊下を3m行った所にある。現在ゾンビウルフが大量に群がっている。

リプレイ


 午前二時十分。緊急連絡を受けたリンカー達は深夜のビル街へと赴いていた。何処となく異様な雰囲気を醸し出すS会社ビルを前にして、ウーラ・ブンブン・ダンダカン(aa0162hero001)は熱く拳を握り締める。
「時間と場所は違えど、俺と同じ警備員。いや、俺は単なるバイトだがあちらは本職だ。敬うべき先達を殉職などさせてはならんな……必ず助け出さねば! うおおおお!! リン、行くぞ!」
「な、なんだかダンダカンがいつになく燃えているわね……でも、必ず救助するのは誰であっても同じ事。いつも通りでしょう。プラン通りいくわよ」
 郷矢 鈴(aa0162)は熱く気合いを迸らせる相棒の姿に若干腰が引きつつも、冷静かつしっかりとした口調で自身の目標を再確認した。その横ではルティス・クレール(aa0304hero001)が、長く艶やかな赤髪をなびかせながら従魔の巣窟と化しているビルの入口へと視線を向ける。
「巻き込まれた人が居るのか……これは急がないといけないわね」
「警備員の安否が気に掛かる、無事で居てくれればいいのだが……救出する為にもいち早く従魔共を倒さなくてはなるまい。全力で事に当たるとしよう」
 麗しい相棒の言葉を受け、レオン・ウォレス(aa0304)がトレードマークの一つである眼鏡を右手で掛け直した。他のリンカー達もそれぞれ意を決すると、ドロップゾーンと化しているビルに向かってその足を進めていった。


 ガルムはその時、S会社ビルの入口にて悠々と目を閉じていた。一見すると眠っているかのようにも見えるが、従魔の行動はただのプログラムのようなものであり、従魔自身は決して生きている訳ではなく、意思も、心もその内には存在しないと言われている。ゆえに、ガルムが侵入者に気付き、顔を持ち上げ威嚇の表情を示したのもただのプログラムに他ならない。それぞれ共鳴し、都合八名となったリンカー達を前に、ガルムは腐った喉で濁りきった声を上げた。
「へーへー……で、なんでこのワンころちゃんはこんなに無駄にでっかいんだい? 全く……相手する方の身にもなって欲しいもんだよなあ?」
 全長130cm程の直剣を担ぎながら、帯刀 刑次(aa0055)は飄々とガルムへと一歩を踏み出した。すでに共鳴状態となっているアストリア(aa0055hero001)は、常日頃の緊張感のない雰囲気を醸し出す帯刀に異議を申し立てる。
『馬鹿なコト言ってないで倒すんだよー。殺滅するんだよー!』
「お前ちゃんは怖いこと言ってんなあ……ああ、俺の味方は一体何処にいるんだい」
『頼りになる仲間たち。素敵だよ! すばらしいね!』
「頼りになるのは若もんばかりってなあ……あーまあ、ぼちぼちやろうかい。女遊びならともかくワンころ相手は気が乗らねえしな!」
 などと軽口でぼやきつつ、帯刀はコンユンクシオを携えてガルムに向かって駆け出した。今や完全に起き上がった体長7mある巨大な屍狼は、侵入者を排除すべく鋭い爪を帯刀へ振るう。帯刀はそれを大剣で受け止め、その隙にレオン、三ッ也 槻右(aa1163)が警備室に向かって走り出した。警備室へと続く道にはゾンビウルフが群がっていたが、同じく走り出していた虎噛 千颯(aa0123)が、身の丈以上もある鎌を振るい、二人に飛び掛かろうとしていたゾンビウルフを霧散させる。
「わーお! ワンちゃんがいっぱいだぜー」
『千颯……気を引き締めろよ』
 楽観的な虎噛の様子に、白虎丸(aa0123hero001)は諫めるように呟いた。道を開けてくれた虎噛に、警備室へと向かうレオンと三ッ也が振り返る。
「虎噛さん、すいません」
「はいはいそっちはよろしくちゃーん! オレちゃんこっちで頑張るからね~」
 三ッ也の感謝の言葉に愛想良く虎噛が返す後ろで、ガルムは侵入者達を奥へ進めてしまった事に首を上げた。新たなゾンビウルフを吠えて呼び寄せ、奥へと放とうとするガルム。しかしその中途に都呂々 俊介(aa1364)が立ち塞がり、水を纏う槍を振るってゾンビウルフの群れを蹴散らす。
「うわ、腐ってやがる! 早過ぎたんだ!」
『ふむ、そのセリフ、何処ぞで聞いた覚えのあるような……』
 都呂々のセリフに妖精国の女王、タイタニア(aa1364hero001)は妖艶に呟いた。手足たるゾンビウルフをまたもや蹴散らされた事に唸り声を上げるガルムの鼻先に郷矢の放ったストライクがぶち当たり、衝撃にわずかに逸れたガルムの左首筋に、今度は穂村 御園(aa1362)の放った矢が突き刺さった。
「ギヤアアアアアアアア!」
「ふむ、私のプラン通りね」
「私はちょっと外れてしまいました……一応目潰し狙ったのに……でも、なんか効いたみたいだし、結果オーライってヤツですかね?」
「グ……ギギギ……ギャアアアアアア!」
 ガルムは零れ落ちた眼球に映る敵にのしかからんとその巨体を持ち上げた。二人を押し潰そうとする、その意図ごと挫くようにリィェン・ユー(aa0208)がガルムの首に逆鱗の戦拳を叩き込む。
「どんなに多くを生み出そうが……貴様に肉薄し倒してしまえば問題ではない」
 リィェンの拳はのしかかりを防ぐのには効いたようだが、ガルムそれ自体を倒すにはまだ及んでいないようだった。ゾーンルーラーとしても活動出来る程の目の前の従魔のレベルに、エントランスホールに残った六人のリンカーと相棒達に緊張が走る。
「こいつは……厄介な状況だな……」
『であるのじゃ、だからこそ妾達の力の見せ所という事じゃな』
 リィェンの呟きにイン・シェン(aa0208hero001)は『武姫』という名に相応しい凛々しく勇ましい言葉を返した。緊張はあるが、怖気付きはしない。誰もが愛用の武器を決意ごと強く握り込む。
「さぁて……高みの見物はお終いだ。貴様は俺達と遊んでもらうぞ、犬っころ」
 狂戦士らしい不敵なリィェンの台詞に対し、屍の巨狼は首を持ち上げ、濁り猛った声を返した。


 オペレーターからの情報通り、警備室の扉には多数のゾンビウルフが数を成して群がっていた。仲間達の奮闘ゆえか背後からガルムが襲ってくるような気配はない。しかし、通報を受けてからすでに十五分は確実に過ぎている。通報をしてきた警備員の精神状態はとっくの昔に限界を迎えているはずだ。
「屍狼共、俺の行く手を遮るな!」
 レオンは死神の名を冠する鎌を振るいながら、死に抗うような外見の従魔の群れを霧散させた。三ッ也も、武器を振るい従魔を霧へと変えながら、痛む胸の内を相棒へと打ち明ける。
「こういうさ、一般の人が巻き込まれてしまうのって……凄く嫌だ」
『……なに、渋田殿は一人で危機に曝されながらも、それがしらに通報をしてきた御仁だ。きっと無事だ』
 三ッ也の呟きに対し、酉島 野乃(aa1163hero001)は励ますように明るく声を掛けてきた。共鳴状態の三ッ也の身体から生える黒い耳と尻尾が、元の持ち主である酉島の心を示すように力強くピンと立つ。
「そう……だね。そうだ。絶対大丈夫。でもきっと不安だろうから、一刻も早く安心させてあげよう」
『槻右にはそれがしが居るのだ。仲間も強者揃いだしな。成功するに決まっている!』
「うん。守ろう。その為にエージェントになったんだから」
 決意も新たに三ッ也が舞うように剣を振るい、レオンも紫色に染まった瞳に映るゾンビウルフを薙いでいく。二人が警備室の扉に近付こうと奮戦する一方で、警備室に立て籠もる渋田の恐怖はとっくに限界を迎えていた。両手で抱えている家族の写真はグシャグシャになる程に皺が寄り、渋田の全身は終わらない悪寒にガタガタと震えている。それだけ、扉の向こうから聞こえてくる扉をガリガリと引っ掻く音と、数多の屍狼達の吠え声は渋田の心を疲弊させた。いっそ扉を開けてしまえば……渋田が諦めそうになったその時、一際大きく扉を叩く音が聞こえ、渋田は喉の限りに悲鳴を上げた。
「渋田さん! そこに居ますか!?」
 しかし、渋田の恐怖に反し、聞こえてきたのは聞き覚えのない一人の青年の声だった。ようやくゾンビウルフを蹴散らし、扉に辿り着いた三ッ也は、レオンと共に扉を背に守りながら必死で声を張り上げる。
「渋田さん! そこに居ますか!? いるなら返事をして下さい!」
「……あ、ああ、ここだ。ここにいる! 君は一体誰なんだ?」
「今までよく耐えてくれました。我々はHOPEです。外はまだ危険ですから、扉を開けずに外が落ち着くまでもう少しそこでお待ちください!」
「俺達は扉の前に居る! 必ず無事に家族の元に連れ帰ってやる。俺達を信じて今しばらく我慢してくれ!」
 三ッ也に続いてレオンが渋田を励まさんと声を上げ、扉を破ろうとする従魔の群れにグリムリーパーの刃を振るった。無事警備室の扉に辿り着く事は出来たが、ゾンビウルフの群れは蹴散らしても蹴散らしても次から次へと現れる。仲間達がガルムを倒してくれるまでは途切れる事はなさそうだ。同時に、渋田を連れてビルから脱出する事も難しいだろう。
『ここでレオンが折れてしまったら中の人は助からない。その事を絶対に忘れないで!』
「分かっているさルティス。怪我をしたら言ってくれ。回復してやろう」
「ありがとうございますレオンさん。渋田さん、もう少し辛抱して下さい。貴方を絶対に救い出します!」
 扉の向こうから聞こえてくる二つの勇ましい声に、渋田は握り締めていた写真の上に涙を零した。生きて家族に会えるかもしれない……擦り切れかけていた希望を、渋田は今確かに、強く扉の向こうに感じていた。


「……ふう。全くキリがないなあ」
 都呂々はトリアイナを構えたまま、少しだけ疲れたように息を吐いた。ガルムと仲間達の戦闘を邪魔させないためにゾンビウルフの撃退に努めてはいるのだが、ゾンビルーラーであるガルムが倒れるまでは無尽蔵に現れる、というのはやはりなかなかに厄介ではある。しかし、都呂々の奮戦のおかげで、他の五人はゾンビウルフの事はほとんど気にせず、ガルムとの戦闘に集中する事が出来ていた。
「とは言っても、なかなか一筋縄ではいかないようではあるけどね……」
 青い瞳で敵を見据える郷矢の漏らした言葉の通り、ガルムは共鳴状態のリンカー五人と対峙してなお、まだ倒れるような気配もなく傲然と立ち塞がっていた。都呂々がゾンビウルフの牽制に当たり、郷矢と穂村が遠距離からそれぞれ弓矢でガルムを狙う。帯刀は包囲網を崩さないよう注意しながら立ち回り、虎噛とリィェンが近接距離から急所を狙いながら攻撃する……ガルムの指示で襲い掛かってくるゾンビウルフへの対策も踏まえた、現状考えられ得る最高の布陣でガルムとの戦闘に当たっていた。
 だが、ガルムの方もその場に座っているだけのハリボテと言う訳ではない。飛んでくる矢をかわし、鋭い爪で眼前の敵を薙ぎ払おうと試みる。長引く戦いの気配に、穂村の相棒であるサイボーグ型英雄ST-00342(aa1362hero001)が懸念事項を口にした。
『ST-00342は、速やかに脅威を除去して対象者の心理状態を回復するよう提案する……』
 そう、戦いが長引けば、それだけ救助を要請した警備員の心的負担は増加していく。また、ゾンビウルフは現在は扉だけを狙って群がっているため、レオンと三ッ也の二名で守る事が出来ているが、このビル全体がドロップゾーン化している以上、いつ警備室の中にゾンビウルフが発生してしまうかもわからない。他にも、一階以外にもゾンビウルフが発生し、天井を突き破って侵入してくる可能性も十分に考えられるのだ。
「もう、この狼五月蝿いね。もうちょっと大人しくしててくれればエサぐらいやるっていうのに」
『御園、奥の男性の状態は長くは保たない。早くこのゾーンルーラーを排除しなければ』
「そうだね~。それにこのビル、ペット禁止みたいだし……速やかに退去願います!」
 穂村はST-00342の声に答えるように、ストライクを発動し再びガルムの眼を狙った。今度は狙い通りガルムの左眼に命中したが、暴れたガルムは穂村を薙ぎ払おうと鋭い爪の生えた右足を振るう。
「おっとお、そいつはさせないよん!」
 ガルムの爪が穂村に届く直前に、割り入った虎噛がグリムリーパーで弾き返した。そこをさらに郷矢のフェイルノートが狙い、ガルムは飛んできた矢をかわして後ろへと引き下がる。
「仲間に襲い掛かる攻撃を華麗に躱すオレちゃん、格好良い!」
『黙って戦え! 次が来てるぞ!』
「白虎ちゃん冷たくね? ここは『キャーちーちゃん格好良いー』くらい言ってほしいものだわー」
『キャーチーチャンカッコイイ(棒)』
「……嘘ですごめんなさい」
「ケアレイ!」
 白虎丸とやり取りをしていた虎噛の周囲に暖かい光が迸った。声のした方に視線を向けると、回復魔法を放った都呂々がゾンビウルフから視線を逸らさないままに立っていた。
「爪、ちょっと掠ったみたいでしたから。バイキン入ってたら困るでしょうし」
「……おお、あんがとさーん。気付かなかったわ。オレちゃんも回復させるから、怪我したら言ってなー」
『遠慮なく言って欲しい。……ござるよ』
「グオオオオオオオオッ!」
 都呂々、虎噛、白虎丸のやり取りを遮るように、ガルムが不気味に声を上げた。その声に呼ばれたゾンビウルフ達は都呂々と虎噛……ではなく、遠距離からガルムを攻撃する郷矢と穂村に襲い掛かる。
「……とまあ、普通はそう考えるよなあ」
 ガルムと着かず離れずの距離から状況を眺めていた帯刀は、コンユンクシオを滑らせるようにして仲間達へと襲い掛かる屍狼の群れを薙ぎ払った。またしても配下を蹴散らされてしまった事に、ガルムの口から唸り声と共に唾液がボタボタと滴り落ちる。
「次に眷属のワンころを呼んだらこっちに寄越すと思っていたぜ……別に楽そうだからってこっちにした訳ではないからな」
「もうそろそろいいだろう。一気に決めるぞ!」
 リィェンは叫び、コンユンクシオを構えてガルムに向かって突撃した。ガルムの注意がリィェンに引き付けられた隙に、郷矢が後ろ脚の膝を、穂村が右眼をそれぞれ狙う。
「グギャアアアアアアッ!」
 二人の攻撃は命中し、ガルムの巨体が少し傾いだ。その瞬間さらに帯刀が熟練で積んだへヴィアタックを、虎噛が腐食部分を狙った一撃をお見舞いする。
「グ……ギギギ……ガアアアアア!!」
 両眼の潰れた屍の巨狼は、それでも臭いを頼りに前方にいる人影を押し潰そうとその巨体を持ち上げた。リィェンは大剣を構え、そのままのしかからんとするガルムの身体に突き立てる。剣はガルムの身体を貫く程に深く刺さり、そしてガルムの動きは完全に停止した。
「貴様の敗因は簡単な理由だ。獲物を前に高みの見物を決め込んだ事だ。その余裕が俺達を呼び込み、お前の死へと繋がったんだよ」
 そしてガルムは、数多の眷属と同じように虚空の霧へと還っていった。ガルムが消滅すると同時に都呂々やレオンや三ッ也の前にいたゾンビウルフも霧と消え失せ、後にはガラス戸から入る月の光だけが残されていた。


 渋田は、放心したようにエントランスホールの縁石に座り込んでいた。時間としては数十分と掛かっていない程度の出来事だったのだが、渋田が今まで過ごした時間のどれよりも長い数十分だった。今は全員共鳴状態を解除し、数人を除いてビル全体の見回りに当たっている。酉島はお盆に乗せたコーヒーを持って現れると、疲れ切った顔で座っている渋田へコーヒーを差し出した。
「大変な一日であったな。コーヒーはどうだ? 少しは落ち着くであろう」
「野乃のコーヒー、おいしいですよ。よろしかったらどうぞ」
「プリンかバームクーヘンがあればもっと完璧だったのだがな」
 そう言って隣に座り笑顔を向けてくる三ッ也と酉島に、渋田はコーヒーを一口啜った。そのほっとするような温かさが、渋田に生きているという事を染み渡るように実感させた。
「本当に……駄目かと思ったよ……助けてくれてありがとう……」
「こちらこそ、俺達を信じてよく頑張ってくれた。約束通り家族の元に無事に返してやれる事を、俺は誇りに思う」
「無事な姿をぜひ、ご家族に早く見せてあげて下さい」
 渋田の前にレオンとルティスが笑みを浮かべながら立ち、渋田の手に握り締められている写真へと視線を落とした。写真は何度も強く握り締めたために見る影もなくなってしまったが、新しい写真はまた撮れる。何より家族をこの腕で再び抱き締める事が出来る。
「君達のおかげだ……君達のおかげで、私は希望を失わずに済んだんだ……ありがとう、本当に、ありがとう……」
 そして渋田は、泣きながら言葉を詰まらせた。それが「希望」の名を背負う、リンカー達に伝えられる渋田浩平の精一杯の感謝の言葉だった。
 一方、手分けして見回りを行っていた面々は、異常がない事を確認した後エントランスホールへと戻ってきた。ゾンビウルフが出現していた箇所があったのか数か所荒れていた場所はあったが、現状従魔が残存している等の危険性は考えなくてもよさそうである。
「オールクリア……っと。しかし、今回は時間が夜間で助かったな。もし昼間でもっと人がいる状態だったらもっと酷い状況になってただろうな」
『であるのぅ。じゃが、何はともあれお疲れ様じゃ』
 首に手を当てながら軽く回すリィェンに、インがころころと笑いながら労いの言葉を掛けた。その横では穂村とST-00342が、エントランスホールに残された巨大な水たまりを顎に手を当てながら見つめていた。
「ビルは大丈夫だったみたいだけど、これは事後消毒が要りますよね。いやー、色々飛び散ってるなあ」
「ST-00342は、速やかに消毒液を以って消毒する事を提案する……」
 そう、建物の破壊や従魔残存の危険性は考えなくても良さそうなのだが、何故かガルムの体液やら唾液やらはエントランスホールに残されていた。もしかしたら時間の経過と共に跡形もなく消え失せるのかもしれないが、その件に関しては門外漢のリンカー達に判断を下す術はない。
 そんな中、一人の少年リンカーが出口にそうっ……と向かおうとした。しかしその首を、他でもない相棒であるタイタニアがしなやかな指で捕まえる。
「俊介よ、逃げるでない!」
「い、いやいや、こんなのの掃除やらされたら多分、一週間臭いとれないよ。後始末を任されない内に出来る限り早く帰らないと……」
「え、掃除もしてくれるのか!?」
 その時、ビルから一人こっそり逃げようとしていた都呂々の背後から、ここにいる誰のものでもない男の声が聞こえてきた。任務完了の連絡を郷矢から受けたオペレーターは、この場にいる誰も望んでいない事を無線機から勝手にしゃべり始める。
「悪いなあ、今真夜中で人手が不足しているんだよ。掃除用具だけはすぐ配達させるから、頼んだぞ」
 そして、早とちりのオペレーターは通話を勝手に切ってしまった。ビルの中に沈黙が降りた。その沈黙を破ったのは虎噛の悲鳴とそれをなだめようとする白虎丸の慌てた声だった。
「だ、誰よ~掃除するなんて言い出したの~!? オレちゃん早く帰って息子の寝顔が見たいのにい~!」
「千颯、文句を言うな! 掃除も立派な任務の内だ! ……ござるよ!」
「ふむ、尊敬すべき先達が己が使命を果たす場所! 気合いを入れて掃除をせねば!」
「ダ、ダンダカンがいつになく……いえ、異常な程に燃えているわ!?」
 戦闘後に待ち構えていた想定外に、郷矢が取り乱しながら呟いた。その後ろでは帯刀が懐から煙草を取り出す。
「はいはい、おつかれさん。一服一服……」
「だーめ! 今日は禁煙日ね!」
「……戦いはまだ終っちゃいねえってかね。色んな意味で。参ったねえ」
 溜息を吐く帯刀が視線をアストリアから道路へと向けると、掃除用具を積んだHOPEのトレーラーが到着した。見事任務を達成したリンカー達の戦いは、掃除という形でもう少しだけ続く。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • エージェント
    帯刀 刑次aa0055
    人間|40才|男性|命中
  • エージェント
    アストリアaa0055hero001
    英雄|10才|女性|ドレ
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • ゆるキャラ白虎ちゃん
    白虎丸aa0123hero001
    英雄|45才|男性|バト
  • エージェント
    郷矢 鈴aa0162
    人間|23才|女性|命中
  • エージェント
    ウーラ・ブンブン・ダンダカンaa0162hero001
    英雄|38才|男性|ジャ
  • 義の拳客
    リィェン・ユーaa0208
    人間|22才|男性|攻撃
  • 義の拳姫
    イン・シェンaa0208hero001
    英雄|26才|女性|ドレ
  • 屍狼狩り
    レオン・ウォレスaa0304
    人間|27才|男性|生命
  • 屍狼狩り
    ルティス・クレールaa0304hero001
    英雄|23才|女性|バト
  • 拓海の嫁///
    三ッ也 槻右aa1163
    機械|22才|男性|回避
  • 大切な人を見守るために
    酉島 野乃aa1163hero001
    英雄|10才|男性|ドレ
  • 真実を見抜く者
    穂村 御園aa1362
    機械|23才|女性|命中
  • スナイパー
    ST-00342aa1362hero001
    英雄|18才|?|ジャ
  • 真仮のリンカー
    都呂々 俊介aa1364
    人間|16才|男性|攻撃
  • 蜘蛛ハンター
    タイタニアaa1364hero001
    英雄|25才|女性|バト
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