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繰り返される悲劇
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相談卓
最終発言2015/10/05 19:46:31 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2015/10/02 18:50:16
オープニング
●幸せなひと時
HOPEの事務職員である白田弥彦は、その日も仕事を終えてくたくたになった体で家路についた。
「お父さん、おかえりー」
「ただいま」
玄関を開ければ、待ち構えていたかのように、今年で小学生になる一人娘の楓が出迎えてくれる。
「おかえりなさい。今、夕飯準備してるから先にお風呂入っちゃって」
奥の台所から妻の美和子の声がする。
平穏で幸せなひと時が、その時は確かにあった。
●転落
その日、プリセンサーから得られた情報は受け入れ難いものだった。
「これって、白田さんの」
白田の同僚が隣で口を噤む。続きは白田が飛び出したために、言えなかった。
白田は上官に直談判した。
「上官!あのマンションには、私の家族が!」
「白田、落ち着け」
「落ち着いていられません!」
バシッと大きな音が耳元で弾ける。白田が殴られたのだと気がついたのは、上官が立ち去ってからだった。
「白田。お前をこの任務から外す」
上官は去り際に、そう言い捨て去った。
白田は祈った。結局は、自分に出来ることなど何もない。
いくら自分の命よりも大事な娘と妻といえど、愚神相手では自分が行ったところで足手まといなことは容易に想像できた。
HOPE戦闘員が、事態を収拾してくれることを心の底から祈った。祈りは届かなかった。事態収拾に駆り出されたHOPE戦闘員はその数を半数に減らし、何とか事態を収拾した。それでも一般人の犠牲は免れなかった。白田の娘と妻は、その犠牲者の欄に名前を連ねることになった。
●呼びかけ
暗い部屋に白田は一人、虚空を眺めていた。頭には先ほどから誰とも知れぬ声が、甘い言葉を囁いてくる。
「この世界が憎いか。能力者なんて所詮は役立たずさ。能力者をヒーローのように扱う民主は愚かだな。能力者をヒーローのように祭り上げ、現実を見せないHOPEなどという組織はこの世界の最悪と言っていい。この世界は狂ってる。こんな世界」
「なくなってしまえばいい」
最後の言葉は頭の声か、はたまた自分の声か。愚神の甘言に耳を貸した白田に、その判断は既につかなかった。
白田は薄れゆく意識の中で、娘の楓と同じような背格好の少女を見た。少女は輝く銀色の髪を腰まで伸ばし、黒を基調としたフリルのついたドレスを着ていた。その少女の細腕には、不自然な程大きな鎌が握られていた。
少女があまりに慈悲深い笑みを浮かべるものだから、白田にはこの少女が天使のように見えた。
「お願いです……俺を、家族のもとに……」
少女は慈悲深い笑みに、憐れみを混ぜ笑みを深くする。
「それは無理です。だって私、神なんかじゃないの」
それは先程まで頭に響いていた声と酷似していることに、白田はようやく気が付いた。少女は白田の絶望に沈む表情を見つめ、嬉々として真実を告げる。
「だって、私は愚神。せめて、あなたの家族と同じように殺してあげる」
そして少女は大鎌を振り下ろす。
●過ちの再来
HOPE職員である釜林は、プリセンサーから受け取った情報に目を見張る。プリセンサーの情報によれば、三ヶ月前に大規模な戦闘が行われた二棟のマンション。内一棟は元同僚の白田の家だった。
「上官……」
「釜林、分かっているな」
上官の一言に、釜林は全てを理解する。しかし、今は感情的になっている場合ではない。
既にドロップゾーンは形成され、従魔が召喚され始めている。そしてそのドロップゾーンの最奥地には、奴がいる。
「愚神が再び活動を始めた。恐らくゾーンルーラーは、ケントゥリオ級の愚神だ。三ヶ月前に仕留め損ねたやつと見て間違いない。今度こそ奴の息の根を止めるんだ!」
普段は声を荒げない上官が、殆ど叫ぶみたいに戦闘員に指令を下すのを釜林は唇を噛み締め見守る。
解説
●目標
ドロップルーラーのケントゥリオ級の愚神の討伐
●登場
ケントゥリオ級の愚神「供花」
少女の姿をした愚神。大きな鎌が主な武器。
攻撃
・椿落とし
近接(物理)範囲前方1、減退(出血)付加
大鎌を振り下ろすことで、相手に切りかかる攻撃
・桔梗の旋風
遠距離、範囲前方3
大鎌の鎌の部分をブーメランのように飛ばす攻撃
飛ばした鎌の部分は対象に当たる又は物体に当たることで消滅し、1フェーズ後に大鎌の柄に出現する
・枕飾りの一本花
近接(物理)、範囲前方1
桔梗の旋風後に発動できる攻撃。柄の部分で相手を打ち付ける
ミーレス級の従魔「ソードウルフ」×5
1.5mほどの狼の姿をしている。鋭い爪と牙に加え、小型ナイフのような体毛で攻撃をする
嗅覚に優れ、半径10m以内の異臭を感知する。
常に5体で行動しているが、危険を察知すると遠吠えで仲間を呼ぶが、その内の一匹は供花の元へ戻る
攻撃
・ひっかき
近接(物理)、範囲2
爪による攻撃
・噛み付き
近接(物理)、範囲1
牙による攻撃
・体当たり
近接、範囲1
自らの体をぶつけて衝撃を与える。体毛が鋭いためよりダメージを与えやすい。体当たり後、体毛は瞬時に生え変わるが3回目以降はそのままとなる
●場所
東京の汐留のマンション二棟
供花のいる部屋の広さは10m×10m
●状況
・マンション二棟がドロップゾーン
・ソードウルフが住人を次々に襲い、供花はマンションの一部屋でソードウルフに命令を出している
・住人達はマンションがドロップゾーンとなっている意識がなく、ソードウルフも供花も見えていない
リプレイ
●住人避難
秋の高い空を突くように、並び建つ建物が二つ。片側の建物の入り口には、黄色と黒の立ち入り禁止テープが張り巡らされ、只ならぬ雰囲気を醸し出す。
「なんとか全員、助けないと……シバ、お願い。逃げ遅れた人を守るのに協力してください……」
フェルトシア リトゥス(aa0903hero001)は飄々とした様子の黒塚 柴(aa0903)にすがる。黒塚はフェルトシアの方を見ることなく、その細い腕を振り払う。
「ぶっちゃけ、誰が死のうがどうでもいいけどさ。住民を逃がした上で愚神を殺した方が、難易度も上がっておもしれーかね?あれか、一人死ぬごとにスコアマイナス100点みたいな? ま、なんでもいいけど邪魔だけはすんなよフェル」
黒塚は冷たい一瞥をフェルトシアへ送り、フェルトシアは複雑な表情で頷く。
「さて、お仕事の時間だね。報酬いっぱい貰えるといいんだけど」
伊東 真也(aa0595)は間延びした、おっとりとした口調でエアリーズ(aa0595hero001)に話しかける。
「それを望むなら最善を尽くせ。生半可な覚悟で為せると思うな」
エアリーズは厳しい口調で、伊東に釘を刺す。
「じゃ、ボク適当にぶらついてるから。何かあったら連絡よろしくー。 Iria 」
「うー……」
Arcard Flawless(aa1024)は他の者にそう告げると、 Iria Hunter(aa1024hero001)に呼びかけるが、 Iria は伊東から離れたがらない。
「連絡つってもなあ」
「誰か、持ってないの?」
鹿島 紀子(aa0106)は頭の後ろを乱暴にかきながら、他の者を見渡す。ベル・Q・シルバー(aa0106hero001)は、その隣で鹿島の真似をして、辺りを見渡す。
偶々、鹿島と目のあった八朔 カゲリ(aa0098)がポケットから取り出したスマートフォンを鹿島に向かって放る。
「それ、貸してやる。」
「お、準備がいいじゃねえか。ありがとな」
「……気にするな」
八朔の興味は既にマンションの中へと向けられているのか、鹿島の言葉には八朔の隣にいたナラカ(aa0098hero001)が答える。
「これで、大丈夫だな」
Flawless 、鹿島、ナラカの三人はそれぞれの連絡先を交換すると、 Flawless と Iria は潜入調査と称して、マンション内に入っていった。
「それじゃあ、俺たちは住人の避難をしよう」
古代・新(aa0156)は、他の者に呼びかける。
「えっとー、確か住人を逃すと、狼来ちゃうんじゃなかった?」
ぼんやりとした伊東の声に、古代は分かっているというように頷く。
「それでも、あの人達を助けないと」
「皆さん、お願いです。新様にお力添えを」
古代の隣にいたレイミア(aa0156hero001)は、他の者に呼びかける。
「そうですね。私も新様に協力します」
フェルトシアは黒塚に許可を求めて、懇願の目を向ける。黒塚はその視線すら鬱陶しそうに、ひらひらと手を振りフェルトシアの熱意を冷めた声で一蹴する。
「勝手にしろよ。オレは楽しけりゃいいの。まあ、それなら住人エサに狼おびき出せるし、オレとしては全然オッケーだけどね」
「よっしゃ、決まりだな。古代の兄ちゃん、呼びかけ頼んだ」
黒塚の言葉の語尾に若干かかる勢いで、鹿島が古代に呼びかける。
「了解!」
走り去る古代の後ろ姿を見送りながら、八朔が呟く。
「何が人命尊重だ」
「あらら、八朔さんちょっとセンチメンタル? まあ、ものは言いようだって」
八朔の呟きを耳ざとく拾った黒塚が早速茶化しにかかる。八朔はそんな黒塚を睨みつける。
「事実を言ったまでだ。おまえは、この作戦で住人に被害が出た場合に、その親族に『人命尊重』の結果だと言えるのかよ」
「ああ、言えるさ。必要な犠牲だったってね」
飄々と返す黒塚に、八朔は殊更冷たい目で一瞥すると、後は何一つ言葉を発することもなく黒塚に背を向けその場を離れた。
「何かあれば覚者(マスター)に連絡してくれ」
ナラカは黒塚に一瞥もくれることなく、鹿島にそう告げ八朔の後を追った。
「シバ、今のはよくないですよ」
黒塚と八朔のやりとりを見ていたフェルトシアが黒塚を窘めるが、黒塚は知らぬふりで八朔の行く先を楽しそうに眺めている。その一部始終を見ていた鹿島が、右手を固く握りしめ微かに震える。
「させねえよ。そんなもん。そのために私がいる」
「私もいるわよ!私も!」
「……あんなのは人生で何度もやるもんじゃねーよ」
鹿島の隣でベルが意気込む中、鹿島は表情を険しくする。
●誘きだされた狼
古代の呼びかけで、ベランダに出てきた住人達は、下の階から順に避難用の梯子を使って南側のエントランスから避難を始める。その誘導をしながら、伊東は呟く。
「わー、皆。ちゃんと外に出てきた。新、何て言ったの?」
戻ってきた古代は、避難誘導をしながら小声で応える。
「ガス漏れが発生しましたって、放送かけてもらったんだ。その方がパニックにならないだろ?」
「あーあ、なるほど」
「新様、流石です」
「貴様もそのくらい頭を働かせろ。そろそろ狼が来るぞ」
伊東は手を打って納得し、レイミアが称賛を送る。指揮官のように避難誘導をしていたエアリーズは、伊東に小言を漏らす。
「来たぞ」
鋭い鹿島の声に、エージェント達は集中する。束になって襲ってくるのは四頭の狼。
「ヒャッハー! キタキタキタ! こりゃ、いい的だぜ」
「シバ、危ないです」
待機していた黒塚は、狼たちの頭上から攻撃を始める。共鳴中のフェルトシアの声は、夢中になっている黒塚の耳には届かない。住民の安全を考慮に入れない攻撃は、住民の近くの鉢植えを割る。
「え? ……キャー! 」
住民の一人がそれに気がつき、連鎖して狼の存在にも気がつく。その悲鳴は次々に伝播し、現場は蜂の巣をひっくり返したような騒ぎとなる。
「レイミア!」
「はい……!」
古代は咄嗟にレイミアを呼び、レイミアはその右手に埋め込まれた幻想蝶に軽く口づけする。レイミアの姿は消え、次の瞬間古代の右腕は鎧に覆われる。レイミアの代りに現れたシルフィードをしっかりと握り直し、軽く振って調子を確かめ頷き、迫りくる狼の集団をしっかりと見据える。
「俺の名前は古代・新! 世界を旅する高校生冒険家! お前の行く先は二つに一つ! ぶっ飛ばされて帰るか! もしくはこの世界からおさらばするかだ!」
古代は襲い来る狼の爪を刀で受け流し、自分へと注意を引き付ける。
「こっちだ!」
古代は住人のいない方へと狼を誘導しながら、体当たりの無駄撃ちを誘う。狼は挑発にのって、すぐにその体毛のナイフを使い切る。
「新様……!」
「おう!」
レイミアの合図に威勢の良い返事を返し、体当たり直後の狼に切りかかる。
「ギャーーー!」
狼は断末魔のような悲鳴を上げて、倒れる。その狼の声を聞いて、一匹の狼が戦線離脱し、住民のいない方の棟へとかけていく。
「ナラカ」
「うむ」
一瞬の後に共鳴を終えた八朔は、銀に輝く腰まで伸びた髪を靡かせ逃げた狼を追う。他の狼たちは八朔目がけて飛び込む。しかし、死角からの攻撃に八朔を追いかけていた狼は怯む。
「八朔さん、背中がお留守だったねえ」
相変わらずヘラヘラとした笑みを浮かべながら、狼たちを撹乱させる。黒塚の援護を肩越しに見て、八朔は軽く鼻を鳴らして逃げる狼を追いかける。
「うーん……いくら雑魚でも、少しは楽しませてくれなきゃなあ。おーい、狼たちを一か所に集めてくれ! いーもん見せてやるからさ」
黒塚は狼たちを威嚇しながら、火炎瓶を取り出し軽く振る。
「シバ、何するつもり?」
「おい、よそ見をするな」
黒塚の不審な行動に伊東は疑問を投げかけるが、その隙をついた狼が伊東に襲い掛かる。伊東はエアリーズの言葉に反応し、狼の攻撃を大剣で受けると黒塚に向かって狼を吹っ飛ばす。
「フン、及第点だな」
「えー」
エアリーズの辛口評価に、伊東は不満を漏らす。一方鹿島は住人を庇いながら、狼をジリジリと追い詰めていた。
「よし、これで終いだ! ベル、派手に投げとばすぞ! ……オッケー! サプラーイズ!」
鹿島の銀に怪しく輝く瞳は、共鳴が深まりベルの人格が表に出てくる。
「っでいやーーー!」
鹿島は狼の真下に潜り込むと、その腹目掛けて強烈なパンチを叩き込む。上空へと浮いた狼の手足を掴むと、一本背負よろしくこちらも黒塚へと投げとばす。
「サンキュー、見たかフェル? 頭撃ち抜いたから百点な」
黒塚は、投げ飛ばされてきた狼に向かって火炎瓶を投げ込む。
「ファイヤー! ……なーんちって」
掛け声とともに繰り出されるのは、火炎瓶を媒介としたブレームフレア。ペロリと舌を出すシバの背後で、狼達が派手に燃え上がる。
「ふむ、なかなかやるな」
伊東と共鳴中のエアリーズは、伊東の口を借りて黒塚に賞賛を送る。
●別行動
「狼、いないな」
「ニャー……」
Flawlessのぼやきに共鳴中のIriaがつまらなそうに返す。
「はは、Iriaもつまらないか……おう、狼のお出ましだ」
Iriaとの共鳴により、鋭くなった嗅覚聴覚がこちらに向かってくるのを報せる。
「追手がいないってことは、これから合流ってことか」
冷静に遠くから聞こえる音を拾いながら、狙撃準備を整える。
(この狼、左前脚を怪我してる。それで、仲間から遅れをとったんだな)
狼の走る音を冷静に分析しながら、狼を狙撃できる位置を特定する。
狼が視覚で認識できる位置に来たときには、既に照準は狼の眉間にぴったりと合っていた。
「弱いトコ見せたら死ぬんだよ。哀しいけれど、それが闘いってものさ」
眉間を撃たれた狼は、何が起こったか分からない顔で絶命した。
「愚神の位置を特定した。B棟最上階、1111号室」
八朔は仲間へ連絡を終えると、素早く狼にライブスブローで切りかかる。狼は最期の雄叫びをあげることもなくその場に崩れる。
「いらっしゃい」
八朔が部屋の前に立つと、扉は自動的に開き、中から不思議な響きの少女の声がする。逃げる気配のない供花に、八朔は部屋に入るのを躊躇う。
「逃げられれば、面倒だぞ」
ナラカの忠告に、八朔は部屋へと慎重に体を滑り込ませる。部屋の中は狼達が暴れたのか、住居とは思えない程に荒れて、壁の殆どが壊され廃墟に近い空間が広がっていた。その部屋の中央に、一人佇む少女は自らの身体を優に超える大鎌を大事そうに抱えている。
「見た目通りの子供……なわけないか。取り敢えず、お前はここで死ね。お前の存在は害悪でしかない」
八朔の辛辣な言葉にも、供花は静かに微笑むだけ。二人は暫し睨み合い、微動だにしない。
先に動いたのは供花の方だった。駆けるというよりは、滑るような動きで一気に八朔との距離を詰める。空を切るような音ともに、大鎌が振り下ろされる。
"キーンッ"
硬い金属音が部屋に響く。辛くも八朔がライオットシールドで供花の攻撃を防ぐ。供花はすぐに大鎌を再び振りかざす。八朔は即座に後方へと跳び退り、マビノギオンを片手に呼び出した刀を放出する。
放出された刀は供花の体を貫き、供花の体ごと向こう側の壁に突き刺さる。
(封じたか?)
次なる一手に八朔が構えた瞬間、壁に縫い付けられていた供花の体は消え、八朔の目の前に大鎌を構えて現れる。
供花の腹には大きな風穴が空いていたが、供花はそんな攻撃などなかったかのように、八朔めがけて大鎌を振り落とす。
「覚者!」
ナラカの声が八朔の頭の中に響く。
胴を深々と斬られているにも関わらず、供花の方は一滴の血も出さずに、平然と次なる一手を構えていた。再び振りかざされた大鎌が、八朔に襲いかかる。まさに、その瞬間。窓の割れる音がした。
ゆらりとバランスを崩す供花の背後に見えたのは、向かいの棟からこちらに冷静に狙いを定めるFlawless。
遠くから狙いを定めていたFlawlessは、八朔の一太刀が供花に効かないのを見て、狙いを頭から足に替えたのだった。
身体の作りは違えど、予想だにしていなかった足への衝撃に、供花は倒れる。しかし、それもすぐに蘇生し大鎌を杖にして立ち上がる。
八朔も壁伝いに立ち上がり、再び供花と対峙する。
"ドガッ"
背中に伝わる異様な振動とともに、支えにしていた壁が崩れ去る。
「よおカゲリ、まさかもうダメとか言わねーよな?」
勝ち気に微笑むは、壁を破壊した張本人の鹿島。
「後は任せろ!」
八朔を庇うように、供花に大剣を構えるは古代。
「八朔さん、ゲームオーバー?」
鹿島の横に並び立つは黒塚。
「んー……あのさ。どうして、貴女は私達を襲うの?」
最後に入って来た伊東は、一人場違いとも思える質問を供花を真っ直ぐに見つめ尋ねる。
(気を引く気か……?)
八朔は伊東を訝しげに見つめる。供花は無表情に答える。
「強いものは生きる。弱いものは死ぬ。沢山殺して、私は強くなるの」
一同、暫し息を詰めて供花を見つめる。
「ふーん、つまんない」
張り詰めた空気にそぐわない、のんびりとした伊東の声が沈黙を破る。伊東は素早く供花との間合いを詰めると、大剣を振りかざす。
それを待っていたかのように、供花の大鎌が伊東に振り落とされる。しかし、伊東と供花の間に割って入った鹿島が供花の大鎌の柄を肩口で受け止める。
「阿呆、誘いに引っかかるな」
「それ引っかかる前に言ってくれないかなぁ」
一時後方へ撤退した伊東に、エアリーズが苦言を呈する。
「避けろ!」
供花と鎌を挟んで一進一退をしていた鹿島に、壁の一部だったコンクリート片が飛ぶ。咄嗟に鹿島は横に飛び退る。 供花は突然現れたコンクリート片が直撃し、僅かに態勢を崩す。その隙を狙って古代が飛び込む。しかし、供花はすぐに態勢を整え、苦し紛れに大鎌を振る。刃は古代目掛けて飛ぶ。
(速く、速く何よりも速く)
飛んできた刃は、深手を負わない程度に避けて、なるべく最短距離で供花との距離を詰め、供花の心臓辺りに深々と大剣を突き刺す。
「そいつに痛みはない」
先程の経験から、八朔の声が古代の背後から飛ぶ。それを証明するかのように、供花は大鎌の柄を両手で構え、古代に向けて振り下ろす。
「……っぐ」
「新様……!」
痛みに耐える古代の声と、古代を気遣うレイミアの声が同時に発せられる。
”パンッ”
今度ははっきりと響く発砲音。
「背中はがら空きだよ」
向かいの棟から隙を狙っていた、Flawlessの援護射撃だった。続けて発砲される銃弾に、供花はFlawlessの死角へと隠れる。
「はあい、残念」
供花が逃げ込む場所を予測していた黒塚は、ニタニタと笑みを浮かべて供花の眉間を銀の銃弾で打ち抜く。
供花の頭は大きく後方へと仰け反るが、すぐに体勢を戻し黒塚の方へと滑るように移動してくる。
「おっと! あんたの相手は私だよ!……死神が幽霊にいどむなんて、666年早いわっ!……ベル」
これまでの闘いで出来た供花の傷口目がけて、鹿島のへヴィアタックが入る。それと同時にベルの人格が表層化する。綺麗に決まったへヴィアタックに、供花の体は天井へと叩きつけられる。
しかし、供花はすぐに起き上がる。
「アハハハ! 捨てられた人形みたいで、ウケルー。ほーら、真也ちゃんも、ファイヤーってね」
起き上がった供花目がけて黒塚の火炎瓶が飛ぶ。
「あ、はいはい」
のんびりとした口調のまま、伊東はロータスワンドを振りかざし、供花にブルームフレアを見舞う。供花の体を一気に火の手が回る。
「まだだ」
それでも、立ち上がり戦う姿勢を崩さない供花に、容赦ない刀の放射が飛ぶ。供花の体はベランダへと吹き飛ばされる。それはFlawlessの射程圏内に入るということだった。
「お前に逃げ場はない!」
いち早くその危機に気が付いた供花は、その場から逃げ出そうとするが、燃え盛る供花をものともせず間合いを詰めていた古代に深々と大剣を突き刺され、その場に串刺しとなる。古代は素早く、Flawlessno射程圏外へと避難する。
「好き勝手遊んで楽しかったかい? じゃ、先に逝ってる連中によろしく」
Flawlessは徐々に射程圏内に入った供花に、照準を合わせ別れの言葉とともに供花に銃弾を撃ち込む。これまでの数々の攻撃で既に相当削れていた供花は声にならない悲鳴をあげて背中を仰け反らせ、その場に倒れる。流石にもう起き上がることはなかった。
「弱いからきみは死ぬんだ。そうだろ」
照準器越しに倒れる供花を確認したFlawlessの呟きは秋風に攫われ消えていく。
●犠牲者なし
「ニャー!」
待ってましたとばかりに、伊東に駆け寄るのは闘いを終えたばかりのiria。
「おー……よしよし」
伊東はそんなIriaを受け止め、小首を傾げて子猫よろしく撫でてやる。気持ちがいいのか、ゴロゴロと喉を鳴らすIriaは猫そのものだった。
「オペレーター、グロリア社に伝えて。サプレッサーが脆すぎる。圧力に耐性をつけたほうがいいとね」
「Flawlessちゃんのサプレッサー、壊れちゃったん? どんまい、どんまい」
伊東と戯れるIriaを横目にオペレーターに報告をするFlawless。Flawlessの様子を見ていた黒塚は、早速茶々を入れに来る。
「シバ、それでは励ましになってません」
「ああ、大丈夫。壊れたものと同じ物を後で届けてくれるってさ」
黒塚の態度を諫めるフェルトシアを、Flawlessが宥める。
「カゲリ、大丈夫か?」
「……ああ」
古代は、供花に斬りつけられた八朔の傷口を覗き込み尋ねる。八朔はさして気にした様子もなく、自らの傷口を確認して頷く。
「もしよろしければ、レイミアが応急処置をしましょうか?」
古代の隣に控えていたレイミアの腕の中には、いつの間に持って来ていたのか救急箱が抱えられていた。
「え、いや……」
「うむ、覚者を頼んだぞ」
レイミアの申し出に言いよどむ八朔に、八朔の後ろにいたナラカが鷹揚に頷き、八朔の背を押す。八朔は肩越しにナラカに振り返り、余計なことをと睨むが、ナラカの笑顔に深いため息をついて渋々といった様子でレイミアの応急処置をうける。
「お! それは本当か? おい、みんな!」
「え? 何々? 私にも!私にも教えてよー」
八朔から借りていたスマートフォンで、本部と連絡を取っていた鹿島がベルを連れて戻ってくる。その様子はどこか嬉しそうだった。
「これ、ありがとな」
スマートフォンを八朔に返しながら、鹿島は礼を言う。
「どうしたんだ? 何か良いことか?」
鹿島の様子に、古代が尋ねる。いつの間にか集まってきていた伊東も、Iriaの相手をしながら首を傾げる。
「おう! 実はな、今回の作戦で一般人の犠牲者が出なかったそうだ」
「おお! やったな!」
古代は軽くガッツポーズをする。
「それは何よりです」
これでお終いというように、包帯を巻いた八朔の左腕を軽くポンッと叩いて、レイミアが安心したような声を漏らす。
「……良かった」
心の底から安堵したように、フェルトシアもふわりと微笑む。
「いえーい! やったね!」
「ニャー! ?」
鹿島の表情から良い報告であったことが分かると、ベルは喜びに身を任せて、周囲の鉢植えを盛大に浮かび上がらせる。突然浮かび上がった鉢植えに驚いたIriaがベルに威嚇する。
「あ、ごめんなさい」
ベルはIriaの威嚇と背後からの鹿島の冷たい視線に、冷や汗を盛大に吹きながらそっと浮かび上がらせた鉢植えは地面に下ろす。
「ふーん、そいじゃあ減点なしってとこか……?」
「おい」
一人輪から外れて呟く黒塚に、不機嫌そうな八朔の声がかかる。
「おいおい、今さら喧嘩はやめろよ?」
不穏な様子の八朔に、古代が八朔と黒塚の間に入って八朔を宥める。
「違う……あの時の礼を言いたかっただけだ。それだけだ。ナラカ、行くぞ」
それだけ言い残し、八朔は黒塚たちに背を向けて歩き出す。ナラカもそれに駆け足で追いかける。
「ふーん……」
八朔の背中を見送る黒塚は、どこか愉快そうだ。
「え? え? あの時って?」
「貴様には関係ない」
不思議そうに首を傾げる伊東に、エアリーズの鋭いツッコミが入る。それを聞いていた鹿島の豪快な笑い声が、秋の高い空へと飛んでいく。
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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