本部

【屍国】 生存者を確保せよ

桜淵 トオル

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/11/15 21:49

掲示板

オープニング

●異国からの来訪者
「survivor――を、サガしテ、いるのデス」
 褐色の肌に編んだ黒髪、落ち着いたグレーのスーツに身を包んだ女性はそう言った。
 survivor、つまり生存者という意味だ。
 ここは四国の徳島にある、H.O.P.E.提携の病院内である。
 彼女はグロリア社の医学研究所から派遣されてきた研究員で、出身国はスリランカ。
 学位を取得するため学んだアメリカの研究室が最新の病理学を専門にしていたため、今回の調査チームの責任者に抜擢された、と通訳が説明してくれた。
「ワタシたちはニホンのシコクで起こっている、一連の出来事……が、virus――による感染症だと、推測、シテいマス」
 正確にはウイルスまたは特殊な耐性菌である可能性がある、と通訳を通じて語った。
「コノ感染症、カカルと、まず……倦怠感、なって……顔色、悪化、アリマス。症状、進ムト……徘徊、暴レル、噛ミツク、ナド、色々……報告、されていマス」
 この感染症には謎が多く、既に採取した組織サンプルはインドにあるグロリア社の研究所で解析中らしい。
「通常の、virusでは、考えられナイこと、タクサン、あってマス。しかし、ソノ大部分は、必ズ、virusへのアプローチにより解決デキルと、ワタシたち信ジテイマス」
 彼女は病院の白いテーブルの上に、写真つきの報告書を置いた。
 写真には制服を着た少女が写っており、集合写真を切り抜いて拡大したもののようだ。
「ニホンの関係機関に依頼シテ、書類の照合、シテモライマシタ。合っていないの、コノ女の子だけ。名前は、アサスズ、ノゾミ」
 実際には膨大な診察記録と治療記録を調べ、感染が確認されたあと治療中でもなく死亡してもいない人を調べ上げ、その中から書類不備によるものを除いていった結果、残ったのはたったひとりだったということだ。
 すなわち現状では、この少女だけが感染症に罹ったうえで自力で治癒し、生き残った――『survivor』だと考えられている。
 研究チームは、すぐさまカルテの住所に連絡を取った。
 彼女の自宅は、初期に感染報告のあった高地県内だ。
 彼女は高校で起きた謎の感染事件にショックを受け、いまは同じ高知県の山奥にある祖母宅で療養中、とのこと。
「彼女のhigh school、タクサン、犠牲者デマシタ。ノゾミの感染はカルテで確認シテマス。アナタたちに依頼シタイのは、マズ、『ノゾミ』が、生きているコトの確認。生きていれバ、この病院に来て、採血ヲ、受けてくれるよう丁重にお願いシテクダサイ。可能でアレバそのまま保護シマス」
 褐色の肌の女性研究員は、それから思い出したように名刺を取り出した。
 エージェントのひとりひとりに笑顔で渡す。
「申シオクレマシタ。ワタシの名はアヌーシュカ・ミルカンダニ。アニーと呼んでクダサイネ」
 名刺にはもっと長く読みづらい名前が記されていたが、アメリカ時代からずっとアニーの愛称で通しているそうだ。
「ノゾミはとても重要なキーパーソンになります。スデニ危険が迫ッテイルかもしれマセン。アナタがたもドウゾお気をツケテ。クレグレモ、ゾンビや感染者に噛まれタリしないヨウニ」
 アニー博士は不穏な言葉とともに、エージェント達を送り出した。

●隠棲の少女
(また、いるわ……)
 カーテンの陰から外を窺って、麻鈴 望(あさすず のぞみ)は溜息をついた。
 家の周りに、何者かの気配がする。
 幸い、同居している祖母は何も感じないようで、外出や畑仕事の際に危険な目にも遭っていないようだが、望自身が姿を見せたときには、必ず何かの気配が動く。
(あれはきっと、怖いモノ)
 通っていた高校で、ある日生徒たちが謎の倦怠感を訴えて次々と倒れ、救急車で搬送された。
 望もその中の一人だったのだが、何日か眠ったあと、ふと起きると体が軽くなっていた。
 病院で投与された薬が効いたのだろうと思ったが、他のクラスメイト達は誰ひとり回復してこなかった。
 重苦しい気持ちで退院してからずっと、誰かに見られている気がする。
 暗い闇の中に潜む影、ガサガサと木の枝を揺らす音。
 田舎にある祖母の家に避難してきてからも、それは変わらない。
(いつか私は、アレに捕まってしまうのかしら)
 恐ろしい謎の病から逃れても、まだ追い縋ってくるものがある。
 それともアレも病の一部で、望だけが見る幻なのだろうか。
(どれだけ窓を閉め、カーテンで遮っても、いつかアレは私の元に届くだろう)
 アレに捕まったとき、見るのは地獄か、それとも苦しみの末の安息か。
 わからないまま望は、ただ息をひそめることしかできなかった。

解説

●目標
 感染症からの生存者、麻鈴 望を保護し、徳島のH.O.P.E.提携病院まで安全に連れてくること。

●PL情報
 麻鈴 望の周囲には、望の症状が消えたことに違和感を覚えた敵が統率者とゾンビを配置しています。
 彼女の協力を引き出すには、感染症の研究チームが彼女を必要としていること、またH.O.P.E.及びグロリア社が身柄の保護をする用意があることを伝える必要があるでしょう。
 H.O.P.E.のエージェントが迎えに来たことで監視中だった敵が動き出し、最終的には戦闘になります。
 敵統率者はまず望を『あちらの世界』にやさしく誘い、断られると一変して『大量死の生き残り』であることを責めます。

●登場NPC
麻鈴 望
 通っている高校で大規模な感染事件があり、級友の多くが亡くなった。いまは周囲にある謎の気配を恐れて祖母宅から外に出ることができない。

望の祖母
 田舎によくいる気のいいおばあちゃん。仲良くなると家庭菜園で育てた野菜をくれる。足が悪く、ゆっくりしか歩けない。

●従魔
ゾンビ統率者
 望の周囲にいるゾンビを統率する感染者(元人間)。敵に協力することで力を得た。ゾンビに命令権があり、指示通りに動かすことが出来る。
 感染は進んでおり、皮膚はどす黒く、ところどころ崩れた状態。
 基本的に後方指示がメインだが、元剣道部女子であり、手詰まりになると切れ味抜群の日本刀で攻撃する。近接攻撃では噛みつきもあり。

ゾンビ
 一体あたりの能力は低く簡単に撃破できるが、数が多く(およそ80体)、統率者の命令どおりに動く。隙があれば戦闘能力のない望や望の祖母を狙う。
 それぞれに古そうな日本刀を持っているが、刃こぼれしており切れ味は良くない。
 近づくと噛みつくことがある。

●舞台
 望の祖母宅は畑に囲まれた古民家。手前に庭、脇に家庭菜園があり、隣家までやや距離がある。

リプレイ

●平和な山奥の村で
 高知県の山奥の古民家の前に、赤の小型車が停まった。
「静かなところね……こんな物騒な件でなく、ゆっくりと旅行ででも来たかったわ」
 フレイミィ・アリオス(aa4690)は車から降りて、ふわふわのコートを翻しながら周辺を見回す。
 家はやや高台で、山あいに広がる棚田が一望できる場所に建っている。
 晩秋で田の刈り入れは終わっているが、山の紅葉を楽しむにはいい季節だ。
『今は手勢が少ない……一手たりとも無駄にできんぞ』
 リーヴスラシル(aa0873hero001)は、幻想蝶の中から呼びかける。
「……麻鈴さんとお祖母さんを無事脱出させるため、皆で力を尽くしましょう」
 月鏡 由利菜(aa0873)も車から降りてみた。
 アニー医師が「既に危険が迫っているかも」と言ってはいたが、いまのところは平和な田園風景が広がるのみである。
「ミィも気合入っちゃってますし、頑張らないといけないね」
 フレイミィの英雄、亜(aa4690hero001)もぴょこりと窓から顔を出す。
 まだ幼い容貌の銀髪の少女で、キャスケット帽の深緑色が秋の山村に映えていた。

「お~い、ここまでの道に不審なヤツはいなかったぜ」
 残りのエージェント達の先頭を歩く虎噛 千颯(aa0123)が、手を振りながら大きな声で呼びかけてくる。
「不審もなにも、歩いてる人が少なすぎるんだけどね。人が少ない土地って、こんなもんかしら」
 志々 紅夏(aa4282)は他に誰もいない細い道路を歩きつつ言った。
 彼女の英雄の美門 優雨(aa4282hero002)は、瞳が紫であることを除けば日本人に近く、控えめな雰囲気もあいまって紅夏の後ろで目立たない。
「それより、正面からお邪魔すればいいのよねぇ?」
 榊原・沙耶(aa1188)はふんわりとした笑みを浮かべる。
 彼女の英雄である小鳥遊・沙羅(aa1188hero001)も、黒髪に日本人肌だという理由で幻想蝶には入れなかった。
 玄関の呼び鈴を押そうとしたその瞬間、引き戸はカラカラと音を立てて内側から開く。
「あれぇ」
 そこにいたのは、野良着で手拭いを姉さん被りにした、よく日に焼けたおばあちゃんだった。
「望ちゃーん、来て見なんせ~! テレビの人のおいでとらすよ~!」
 おばあちゃんはきつい訛りの土佐弁で、元気に奥の方に声を掛ける。
 特に目立つ英雄は幻想蝶に待機中だが、能力者達自身も外国人だったり髪が青や緑だったりと、言われてみれば田舎では珍しい容姿をしている。
 それをおばあちゃんは、まとめてテレビの撮影か何か、だと判断したようだ。
「おばーちゃんっ! 知らない人をうちに上げちゃ駄目だって……。はっ、だ、誰ですかっ?!」
 奥から顔を出したのは、ショートボブのほっそりとした少女。
 祖母との会話から言って、彼女が麻鈴望で間違いないだろう。
「失礼します」
 麻生 遊夜(aa0452)は開かれた扉をくぐって一歩、家の中に足を踏み入れた。
ユフォアリーヤ(aa0452hero001)も寄り沿うようにやや後ろに立つ。ふさふさの尻尾がゆらゆらと揺れる。
「突然の訪問、申し訳ありません。H.O.P.E.からお迎えに参りました」
 紳士的な口調でそう告げると、外から見えないようエージェント登録証を提示した。

●漬物、和菓子、駄菓子
「遠くからよう、おいでてくださりました。お茶請けは漬物くらいしかなかですが」
 おばあちゃんは一同を奥の座敷に案内すると、どんどん日本茶やら漬物やらを供し始めた。
「あっ……、おかまいなく! 和菓子のお土産がありますから!」
 紅夏は持って着た紙袋から包みを取り出す。
 せっかく最寄りの支部にお勧めの和菓子店を聞いて購入して来たのだが、おばあちゃんの勢いに飲まれてつい渡しそびれていたのだ。
「お土産なら、オレちゃんも持って来てるんだぜ」
 千颯が懐やポケットから、次々に駄菓子を出してはテーブルの上に載せる。
 どこにそんなに入れていたのか、なつかしの各種駄菓子が賑やかにテーブルを彩った。
 かくして広いテーブルの上は、日本茶と漬物と和菓子と駄菓子が同居するという若干カオスな様相を呈しだしている。

「私は屋根で警戒するわね」
 フレイミィは奥座敷には上がらずに、周囲を警戒するポジションについた。
 何かあれば通信機で連絡するという。
「屋根に上がるんでしたら、梯子出しますきに」
 納屋に向かおうとするおばあちゃんを制して、フレイミィはすばやく亜と共鳴し、軽やかに屋根へと飛び移った。
 目の前で二人が一人になるという共鳴現象と、共鳴したフレイミィのふんわりとした三本の尻尾を見たおばあちゃんは、感嘆の声を漏らした。
「生の特撮ゆうのは、すごいもんじゃねえ……」

「……あのね、おばあちゃん。この人たちはテレビの人じゃなくってH.O.P.E.の人」
 望はちょっと天然ぽいおばあちゃんに、どうにか説明を試みる。ニュースに出ることもある団体だと説明すると、おばあちゃんは非常にざっくりした理解を示した。
「テレビに出とる人たちやが?」
「だいたい合ってる。おばーちゃん、飲み込みが早くて助かるんだぜ。こっちの虎は白虎丸って言って非公認ゆるキャラ。ほら、もふもふだろ?」
 千颯は満を持して英雄の白虎丸(aa0123hero001)を幻想蝶から出す。
 出現したのはもふもふしたホワイトタイガーのマスク、縞のある長い尻尾の大柄な半獣人。
 普通ならばかなりの威圧感があるが、ゆるキャラだと言い切られればそう見えなくもない。
「あんれ、ありがたい神様に仕えてつかあさるような虎さまじゃねー」
 おばあちゃん白虎丸のもふもふの毛並みを、興味深そうに見上げる。
「いや、あの、俺は……」
 神に仕える虎、と言われて戸惑う白虎丸に、おばあちゃんはふと人懐こい笑みを浮かべる。
「で、ありがたい白虎さまと一緒に写メ取らせて貰ってもええがか?」
 どうやらおばあちゃんも、ゆるキャラの概念自体は把握しているようである。
「ラシル、もう出てきていいわよ」
 由利菜が幻想蝶の中の英雄に呼びかけると、青く長い髪をした中世風いでたちの美女が現出する。
「あの……皆さんはH.O.P.E.の方達なんですよね?!」
 おばあちゃんが自撮り棒を使いこなして白虎丸とのツーショットを撮影する中、望は深刻な面持ちで重い口を開いた。
「お願いします! 私とおばあちゃんを、助けてください!」
 まだ高校生だという少女は、座布団を降りて手をつき、畳に額がつくほどに頭を下げた。

●なにかがいる
「絶対、なにかいるんです。実家のそばにもいました。おばあちゃんの家まで逃げて来たのにまだいて……。ずっと見張られている気がします」
 そこまで一気に言うと、望は緊張の糸が切れたのか泣き出してしまった。
 隣りに座った沙耶が、年上の同性の余裕で背中を優しく撫でてやる。
「泣かなくてもいいのよ。最初に言ったでしょ? 私達はあなたを迎えに来たの」
 嗚咽を堪えながら望は、気丈に顔を上げる。
「……おばあちゃんも、ですか?」
「もちろんよ」
 紅夏はその辺も独自に問い合わせていたようである。
「グロリア社って知ってるかな……世界企業なんだけど。そこの研究員の人がね、まとめて身柄は保証するって請け負ってくれたわ」
「どうして、そんなことしてくれるんですか? 警察はぜんぜん、動いてくれなかったのに……」
 望が警察に相談済みというのは事前情報にはなかったと、一同は顔を見合わせる。
「繁みが変にガサガサしたり、黒い影がいたりするんですけど、証拠がなくて……。警察は証拠がないとだめだって」
「裏山か……」
 遊夜が呟くと、ユフォアリーヤも賛同するように頷く。
「……ん、この辺は見晴らしがいいみたいだから、潜むなら林?」
 そのとき、テーブルの上に出してあったライヴス通信機が着信音を鳴らした。
 発信元は、屋根の上で警戒中のフレイミィだ。
「来たわよ、変なヤツが。竹林の中央あたりなんだけど、その部屋から見えるかしら?」
 素早く立った由利菜とリーヴスラシルが座敷の障子を開け放つと、廊下の掃き出し窓の向こう、2メートルほどの段差の上に竹林が見える。
 その間からこちらを見ているのは……死蝋化してなお崩れた体に、原型を留めないほどボロボロの布を纏った……ゾンビという言葉がぴったりの『なにか』だった。

「きゃあああぁああっ?!」
 異様な化け物の姿に悲鳴を上げつつも、望の手は服のどこかをまさぐる。
「写メ……。今度こそ写メ、撮っておかないと……。警察に、証拠が……」
 真っ青になりつつもスマホをかざすが、その手はぶるぶると震えている。
「ま、警察に通報しなくても、既にオレちゃんたちが来てるんだけどな?」
 千颯は手ブレ必至の細い手からスマホを摘まみ上げて、代わりに撮影ボタンを押して戻してやった。
 スマホ画面にはこちらに敵意を向ける異形の者が何体か写っているが、何度か同種の敵に遭遇した千颯にとっては、もう珍しくもない。
「スコープ越しに見ると、奥にも結構いるみたいね。試しに撃っちゃってもいいかしら」
 通信機越しに、フレイミィの冷静な声が響く。
「すぐに俺達も行く。牽制を頼む」
 遊夜が返答するやいなや、銃声が轟いて竹林から出てこようとしたゾンビの頭部が粉砕された。

●にじり寄る異形
「脆いわね。でも、頭を砕いても動きは止まらないみたい……面倒なヤツ」
 頭部を失った体は竹林をすり抜け、下方にある裏庭に落ちた。
 手には刃こぼれのある日本刀を持っており、刀身を地面に突き立てて立ち上がろうとする。
 その胴体をフレイミィの射撃が正確に射抜く。
 ライフルの着弾が残った胴体を砕き、ばらばらになってなお、それぞれの部分が何かを求めるように蠢いていた。
「なに……?! あれは、一体なんなんですか?!」
 望は驚いて声を上げる。
 遊夜と千颯が共鳴して出て行ったあと、望とおばあちゃんの側には残りのエージェント達が残る。
 敵の数によっては殲滅を目指さず、二人を護衛しながら退却に備えるためだ。
「高校で感染事件があったと聞いたけど……ああいうのは見なかったのかしら?」
 沙耶は微笑みを絶やさず、望の話を促す。
「高校では……、皆が怠いって言い出して、そのうち何人かが倒れて……。私も気を失って、気がついたときにはほとんどが死んだって……」
 それは彼女にとっていまだ生々しい記憶のようで、辛そうにきりっと唇を噛む。
 外ではフレイミィと遊夜の狙撃銃が一体ずつ敵を砕いてゆくが、どうやら林の奥にもかなりの数がいるようだ。
「なるほど、それは一番悲惨な場面を見なくて済んでラッキーだったかもね」
 紅夏は外の戦況から目を離さずに言った。
 同級生の多くが亡くなったのは痛ましいが、知っているいくつもの事件と比べると、異形に変化した級友に襲われたり止めを刺すところを目撃せずに済んだのは、幸運と言える。
「四国のあちこちで、あんなヤツに襲われたり、あんな風に変化して死んでいく事件が起こってるのよ。それは感染症によるもので、あんたの高校もそうだったって聞いた。高校は札所の近くだったって?」
「は……はい、30番札所が、近くにありました……」
「事件のほとんどは、お遍路道付近で起きてるの。そして沢山死んだ。対処療法でなんとか命を繋いでる人たちもいるけど、直ったのはあんただけ」
 紅夏の言葉に、望は目を丸くする。
「私……だけ……?」
「そう。治療法を探るためには、研究者としては麻鈴さんの身柄はなんとしても欲しいわぁ。逆に相手にとっては、絶対に渡したくないでしょうけど」
 沙耶は医学者らしく、望の価値を見極めていた。
 望の存在は、感染症の治療法を探る突破口になりうる。
 だとすれば敵は、望を殺してでも、こちらに渡すまいとするだろう。

 遊夜と千颯はどちらもフリーガーファウストを使い、武器を持った敵ごと竹林の一定面積を灼き払う。
 しかしその向こうにもまだ、なにかの影がある。

 優雨の持つスマホに着信が入った。
 フレイミィの切羽詰った声ががなりたてる。
「ちょっと! あいつら強力な一撃でやられないように分散してるわ! おまけに逆方向からも回り込んできたわよ! 加勢してちょうだい!」
 この家は平屋建てのため、屋根の上は周囲を警戒するにはもってこいらしい。 
「いままで報告された不死者と比べて、不自然に行動が洗練されている……?」
 リーヴスラシルは眉を寄せて考え込む。
「誰かが、行動を制御しているのかしら……?」
 由利菜も、四国で起こった同様の事件に比べて、不自然さを感じていた。
「囲むつもりなの? 行くわよ優雨!」
「わかりました!」
 優雨と共鳴した紅夏の背に、透き通る水の翼が生じる。
「薙ぎ払うのなら、得意だ」
 リーヴスラシルも言い捨てるようにして共鳴する。
 共鳴した由利菜は風のように素早く動き、畑から庭へ登ってこようとしていた敵にまとめて一閃を放った。
「生ける屍達よ、天にて魂の安息を得よ!」
 脆い敵は握った刃ごと次々に両断される。
 残った敵には、紅夏のサブマシンガンが降り注いだ。

●おいでおいで、こっちへおいで
「望! そいつらを信用しちゃだめよ!」
 高らかな声がして、空に届くほど大きな跳躍をした影が竹林を越えて裏庭に降り立つ。
 おそらく、竹のしなりを利用して飛んだのだろう。
「そいつらについて行ったら、切り刻まれちゃうわ」
 降り立った人物は、白いスカーフのセーラー服で、プリーツスカートの中には黒いスパッツを穿き、三本角の鬼の面をつけていた。手には日本刀が握られている。
「あたしと一緒においでよ、望。きっとまた、楽しくやれるわ」
 皮膚はどす黒く、鬼の面を半分だけずらして不敵に笑った顔も手足も、ところどころ崩れているのがわかる。
「敵の動きから誰かが纏めてるとは思っていたが……若い女の姿か。やりにくいな」
 年下には保護者的に振舞ってしまう遊夜が、そっと溜息をつく。
「つーかさ、あいつを倒せばあとは烏合の衆だろ?」
 千颯はイフリートを構えるが、突然窓が開いて、望が叫ぶ。
「ミナ! ミナなの?!」
 いまにも飛び出さんばかりの勢いだが、共鳴した沙耶がかろうじてそれを止めている。
「出てきちゃやばいって……。つーか何? 知り合い?」
「クラスメイトですって。仲良しの。ちなみに部活は剣道」
 沙耶の答えを聞いて、千颯はあちゃー、と頭を抱える。
「それはまた、嫌なパターンだな……っと」
 ミナと呼ばれた少女が鬼の面を被り、俊敏に千颯との間合いを詰めて、持っていた日本刀を振り下ろす。
 鋭い一撃は、イフリートの柄でかろうじて受け止めた。
「望は、あたしが連れてくわ。あんた達を始末してね!」
 ミナの一撃は予想外に重く、身のこなしは洗練されている。
 鬼の面を被って闘う姿は、鬼そのもの。
 ミナに気を取られていた隙に忍び寄ったゾンビたちもまた、ミナによって力を得たかのように、素早い攻撃に変わっていた。
 幇装手槍に換装して近接戦闘に切り替えた遊夜も、苦戦を強いられている。
 表を守っていた由利菜と紅夏も、急に動きの変化した敵に戸惑っていた。

「危ないわ、麻鈴さん。中に入りなさい」
 沙耶はそう呼びかけるが、望はふるふると首を振る。
「私……ちゃんと聞いてるの。知ってるのよ」
 ミナは大きく後ろにジャンプして灼き払われた竹林まで下がり、代わりに刀を携えたゾンビたちが恐るべき素早さで千颯に襲い掛かる。
「何を知ってるって?」
「ミナは……私が目覚める前に、病院で死んだんでしょう? ミナについて行くってことは、死ぬってことでしょう?」
 セーラー服の少女はまた鬼の面を半分だけずらし、にやりと笑った。
 ポニーテールの髪が、ゆらりと揺れる。
「あたしは選ばれたのよ、望。ある御方に力を貰って、以前よりずっと強くなった」
 フレイミィが屋根の上からミナの狙撃を試みるが、素早くかざした鬼の面によって弾かれた。
 かわりに隠していた顔が顕わになり、ほとんど皮膚が崩れ落ち、眼球まで腐った残り半分が見えてしまう。
「望のことだって、選んでくれるって言ってるの。だからおいでよ、ねえ」
「やめて!」
 悲鳴にも似た叫びが、異形の誘いを跳ねつけるように響く。
「ミナはそんな子じゃなかった……。いつだって明るくて優しくて、輝いてた、のに」
「うるさいっ!」
 怒号とともに、ミナが衝撃派を放つ。
 サッシの硝子にまで、ヒビが入る。
「望のほうがおかしいのよ。あんなに沢山死んだのに、一人だけ生き残ってのうのうと暮らしてるなんて、変だわ」
 怒気を含んだその顔は、面をつけていなくても、まるで鬼。
「間違いは正さないといけない。望が死ねばいいの。簡単でしょう?」
 ミナはもう一度鬼の面をつけて、望に向かって刀をかざす。
「簡単なのよ、人を殺すって」

●望のお願い
 フレイミィは急に機敏になり数も増した敵に、援護が追いつかないでいた。
(まさか……あのミナって子が指示を出してるせい? 射線まで読まれてる?)
 ミナはいま竹林のあった高い位置に悠然と構えて、ゾンビ達が闘うのを眺めている。
 試しにライフルを向けると、スコープ越しに鬼の面の奥の憎しみに煮えたぎる目がフレイミィを睨んだ。
(怯むわけないでしょ!)
 フレイミィは迷わず引き金を引いた。
 しかし掻き消すようにミナの姿は消え、銃声だけが虚しく響く。
「お願い!」
 望の悲痛な声が上がる。
「ミナの『死体』を止めて! なんでもするから! こんなのは、ひどいよ!」
 ガシャンと窓ガラスの割れる音がする。
 早くゾンビに力を与える敵を仕留めないと、もう家の中も危ない。
「そうだな、女子高生にいつまでもゾンビの仲間やらすのも可哀想だよな?」
 千颯のイフリートの炎が、周囲のゾンビを焼き払う。
 多少速くなったとは言っても、所詮は脆い敵だ。
「同感だ」
 遊夜も短銃で敵の刀を牽制しながら、体術で敵の体を蹴り抜く。
「表は片付きました」
 そこへ由利菜と紅夏が連れ立ってやってきた。
「動きが緩んだ隙に、ウェポンズレインで一気にね」
 今回の敵は、動けないほどばらばらに砕かれるとしばらくして土に還る。あとに骨片が残ることもある。

「防ぎつつ、撤退しよう。表の車は使えそうか?」
「後輪にクナイが刺さってた。あれはタイヤ交換しないと動けないね」
 遊夜の問いに紅夏が答える。特に慌てた様子もなく、想定内のようだ。
「こっちもできるだけ数を減らす。ミナって子が隠れてるけど、割と強力だから注意してくれ」
 沙耶に加えて、由利菜と紅夏が望とおばあちゃんを護衛し、誘導する。
 少し天然系のおばあちゃんも、さすがにゾンビに窓ガラスを割られるに至っては、ここを離れざるを得ないと納得してくれた。

 望がようやく玄関から出たとき、ザンッと大きく竹のしなる音が聞こえる。
「来たわ! 上よ!」
 ミナが空を舞うように、たかく跳んでいた。
 フレイミィが叫んで狙撃するが、かろうじてかすった弾丸は制服の下の鎖帷子が弾く。
「あんた、面倒なのに求愛されてるね!」
 紅夏が頭上にインタラプトシールドを展開する。
 ドンッと重い衝撃があって、それからタッと軽やかに駆ける足音。
 地上を蹴り、振りかぶった刃は沙耶のグランガチシールドが受け止めた。
「ミナさん? あなた、とっくに人間の枠から外れてるんでしょ?」
 沙耶が至近距離から、パニッシュメントを放つ。
 従魔か愚神だけを攻撃するライヴスの光が、ミナを包んだ。
 苦しみもがくことそのものが、人間でない証。
「それが……どうしたのよ……」
 鬼の面が外れ、憎悪に満ちた目が望を見据える。
「可哀想、なのですよ」
 由利菜のグングニルが、背中から鎖帷子ごとミナを貫く。
「いろんな将来があったはずなのに、死んでしまって、こんな風に利用されて」
 三叉の神槍に貫かれながらも、ミナはもう一度刀を振りかぶろうとする。
「まだ高校生だったあなたの死に、哀悼の意を」
 刀を握った手を、紅夏のサブマシンガンが吹き飛ばす。
「せめてあなたが、安らかに逝けますように」
 沙耶は悲痛な面持ちで死神の鎌を構える。
 ミナの首が刈り取られる直前に、望が叫ぶ。
「ミナ! 大好きだよ! これからもずっと!!」
 首が落とされても噴き出す血のないことが、生命のない体だということを物語っていた。
 ただその最期の表情が穏やかだったことは、誰にとっても救いだった。

●これからの困難に
「やっぱ統率が取れてないと、烏合の衆だったなー」
「取り逃した奴もいるかもしれないけどな」
 千颯と遊夜は、裏庭に残っていた敵を一掃してから合流した。
 他の敵がいる可能性もあるので、警戒しながら撤退する。
「オレちゃん、車とってくるわー」
 敵を警戒して、かなり離れたところに予備の車を停めておいた。
 家に横付けした小型車は、元から囮用だ。
 千颯は共鳴を解いて駆け出した。
 後ろから白虎丸が慌ててついてゆく。
 田舎道でもゆるキャラで通用するかはわからないが、まあ、何とかなるだろう。
「失礼、レディ。大きな道まで歩くことになるので、エスコートします」
 遊夜は足の悪いおばあちゃんを軽々と抱え上げる。
 彼は小さい子にも優しいが、お年寄りも例外ではないらしい。
「私、ミナを殺してしまった……」
 望は俯きながら、ぽつりと言った。
「そんなことないわ、あの子はもう死んでた」
 沙耶が優しく慰める。
 ミナを撃破したあと、残った遺体はいつの間にか死んですぐのようなきれいな状態に戻っていたが、ウイルスに侵されている可能性があるので、専門の回収班を待たねばならない。
「私には、何が正しいのかまだわかりません。きっとそれは、これからの私がどういう人間になるかで見極めていかねばならないこと」
 顔を上げた望は、強い目をしていた。
「だから、どんなことでもします。切り刻まれたって構いません。ミナみたいな子を、これから出さずに済むのなら……」
 決意に満ちた言葉に、沙耶もただ頷いた。
 これで終わりになるわけではない、ミナのように他の個体を統率できる存在は、初めて聞いた。
(でもどんな困難にも、この子は負けないだろう……)
 そう思わせる強さが、既に望には備わりつつあった。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452

重体一覧

参加者

  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • ゆるキャラ白虎ちゃん
    白虎丸aa0123hero001
    英雄|45才|男性|バト
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • 永遠に共に
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