本部

呪われた研究者の遺産

影絵 企我

形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
5人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/11/06 17:10

掲示板

オープニング

●見つかった手記
一月某日
創造の二十年を経て、アイアンパンク技術は飛躍的に発展した。義肢技術とは最早負傷を補うための技術では無く、人体の能力向上のための存在となりつつある。しかるに、目指されるべきは義肢技術の廉価化だ。望めば誰もがアイアンパンクとなれる世界にならなければいけない。優れた肉体というものはかつて天分的なもので、望んでも神が与えなければ手に入らないからその差異が認められた。しかし今はもう違う。金さえ積めば優れた肉体は手に入る。経済的理由による新たなる格差となる。それは、あってはならない。

三月某日
研究室を出る事にした。彼らは一番ばかりを目指している。確かに、アイアンパンク技術の粋を求める事は必要だ。アイアンパンクになりたがる人間が多いわけではない。その一握りの人間から金やら何やら得るためには、技術の低コスト化よりも高スペック化の方が遥かに重要だ。だが私は認めない。義肢技術の低コスト化は、誰かがいつかやらねばならない事だ。だから私がやる。一人でだって、成し遂げてみせる。

四月某日
新しい研究所を見つけた。ここはただの田舎都市、NYやLAなどとは比べ物にならん規模だが、それでも型落ちしない程度の設備が整っている。そして何よりも幸いな事に、彼らが目指しているのもまた、アイアンパンク技術の廉価化だった。これは運命の巡り合わせかもしれない。何とか、ここで私は私の技術を結実させてみせる。

五月某日
現れた英雄が契約してくれると私に言った。願っても無いことだ。英雄と契約して能力者になれば、私はもっと働けるようになる。時間が圧倒的に足りない。睡眠時間をこれ以上削っては日中の作業に支障が出てしまう。だが、能力者になればもっと削ることが出来る。私には時間が足りないんだ。一刻も早く、私は友人に私の作った義肢を届けてやらなければならないんだ。

六月某日
研究所の方達は皆親切だが、どうにも方針の反りが合わない時がある。特に量産化についてだ。基本的にアイアンパンク技術はオーダーメイドが基本だ。人体の形は千差万別、それぞれに合うようにプログラミングをすることになる。量産化するためにはオートフィッティング機能を取り入れる必要があるが、そんなものを取り入れるとコストがぽんと跳ね上がる。だから私はそんなものは必要ない、制作過程の簡便化などを通してコストを下げていくのがいいといっているのに、彼らはどうしてもオートフィッティング機能を入れて、画一的な義手義足を作る必要があると言っている。義手義足を大量生産してどうするというのだ。これから戦争でもするつもりなのだろうか。

七月某日
何故だろう。能力者となって優れた身体能力を得ている筈なのに、馬鹿に身体が重い。研究所の仲間からも、最近顔色が優れないといわれた。なぜだろう。あたまもぼんやりとする。何も考えることができなくなってきている。あと一歩なのに。あと一歩でかんせいなのに。友だちに、よろこんでもらわなければならないのに……

八月某日
ああ、わたしがたべられる。わたしがわたしでなくなってしまう。ここでわたしがしぬのはほんとうにうんめいのめぐりあわせだったのか? じつはひつぜんだったのではないか。このまちはどこかがおかしい。どうしてアイアンパンクぎじゅつをつよくもとめつづけるのだろう。ああ、もうだめだ。もうなにもかんがえることができない。せめて、だれかこれをみつけて、このまちをあやしんでくれ。


●セーラ悩む
「うーん……ますます怪しいですね……」
 澪河 青藍(az0063)は、空き家に残されていた手記を見つめて唸った。エイブラハム・シェリング(az0063hero001)もまた、煙草に火を点けながら首を傾げる。
『成り行きで救助する事にはなったが、あの研究所、実は裏があったのかもしれないな』
「愚神に襲われているところを救助するのは当然です。そこが義肢技術を研究していようが違法薬物の研究をしていようが、その点は切り離して考えるべきですよね?」
『その通りだ。罪を憎みて人を憎まず。それが英国紳士的な在り方だ。我らは裁きの代行をしてはいけない』
「英国紳士に限らずですけど、その通りです。でも、ドラキュラ事件が起きて、フリークス事件が起きて……警察は今一つお堅い対応で……この手記もあって、となると、ちょっと調べてみたい感じですね」
 青藍は呟く。フリークス事件の顛末は忘れなかった。事件証拠の回収は至極真っ当な作業ではある。しかし、ここの警察は事件を収めたエージェント達には全く気を払うことなく、まるで機械のように作業を行っていったのである。気に入らない思いをしながら帰っていったエージェントも少なくなかった。エイブも煙を吐き出して眉を顰める。
『調査するならこの哀れな研究者の足跡をたどるのがいいだろう。大学と研究所辺りは探りを入れてみる価値がありそうだ。この男が睨んだ通り、アイアンパンク用の義手義足を大量生産に堪えられるようにするというのは怪しい』
「この街そのものについても探りを入れてみたらいいかもしれませんね……例えば夜の繁華街とか。ちょっと面白い噂が聞けそうです」
『警察もだ。結局ドラキュラ事件の事後調査はどうなったのか、知っておきたいところだな。あと、フリークス事件で回収された遺体や人工知能がどうなったのかもな』
「せっかくHOPEに所属する事になったんです。上に掛け合って、正式な依頼にしてもらいましょうよ。私達だけでやるより遥かに効率がいいです」
『……勝手に組織へ参加する事に決めた事、未だに気に喰わないが、致し方あるまい』
「ほら、そうと決まったらさっさと行きますよ! ……こんなところにいるなんてバレたらまずいですし……」
 青藍は窓からちらりと様子を窺い、慌ただしく外に出る。警察に不信感を抱いた彼女たちは、こっそりひっそりと、独断で愚神に取りつかれた研究員の住居を探って(荒らして)いたのである。

 かくして集められたエージェント達は、ドラキュラ事件の事後調査に乗り出すことになったのであった……

解説

メイン:澪河青藍に協力し、研究室の探索を行う。
サブ:研究室に眠る秘密を探る。

探索箇所(以下PC.PL情報を分けます)
第一研究室→Max探索P 2
PC:研究員たちが集まって義肢のプログラム実験を行っている。
PL:日記に書かれていた情報について聞き込みをすると研究員達は話してくれそう。ただし愚神に取りつかれた研究員の事は知らないので注意。
第二研究室→Max探索P 4
PC:何をしているのやら。鍵がかかって入れない。
PL:研究員を説得して話を聞く事で中で何しているか聞ける。嘘かもしれないが。潜入すると正確な内部の情報を抜ける。脅迫で開けさせることも出来なくはない。
ブリーフィングルーム→Max探索P 3
PC:過去の生存者達は今や研究所の責任者。未だにトラウマのようだけど。
PL:感情に訴える形で柔らかく言いくるめして事件までの話を聞こう。澪河は怪しんでいるが、だからって彼らを怪しむような言動はOUT。
倉庫→Max探索P 3
PC:実験の資料などが中に保管されているようだ。鍵はかかっていないようだが、防犯カメラがじっと見ている。
PL:倉庫に保管されている資料を見てみたいなど、誰か研究員を上手く説得すれば通してくれるかもしれない。でも好き勝手するなら一人で潜入したい。
セキュリティルーム→Max探索P ???
PC:ドラキュラ事件以降強化されたセキュリティを統括する部屋だ。
PL:ここに突撃してセキュリティを乗っ取ることもできなくはない。やるととんでもない秘密を覗けるかもしれない。ただ通報されるなどすると任務失敗。警備員は三人。

※全部屋に通じるダクトが存在。小さく身軽なほど探索時に気付かれにくい。侵入するとこを見つからないように。

目安の地図
■■ 倉 庫 ■■
■□□□□□□□■
ブ□第一研究室□セ
リ□□□□□□□キ
ー□第二研究室□ュ
■□□□□□□□■
■■ 入 口 ■■

任務達成条件
探索Pを5以上集める。

リプレイ

●望むと望まれる
「(ええ。お願いします。いつでもこちらで連絡は受けられるようにしてますから)」
 桜小路 國光(aa4046)は密やかに通信を終え、メテオバイザー(aa4046hero001)と共に研究主任の方へと向き直る。二人とも、笑みを浮かべて。
「失礼しました。急な連絡が入ってしまって」
「いえいえ。気にしませんよ。エージェントとは忙しい仕事でしょう」
『皆さんに比べれば……なににせよ、お元気そうで何よりです』
「お陰様で」
 向かい合う二人の研究主任も顔を綻ばせる。あの時と比べてすこぶる血色が良くなった。これから彼らを嵌めるのも気が引けたが、“あんなもの”を見てはまごついてもいられない。
「それで、今日はいかなる御用で」
「実は、今回依頼で、愚神ドラキュラとなってしまった方の身元調査を引き受けたんです。痛ましい事件でしたが、紛れもなく、彼も愚神の犠牲者だったんです。それで、心苦しくはあるのですが、御二方に、ドラキュラとなってしまった研究員の方についての話をお聞かせ願えればと……」
「……!」
 主任は目を見開く。血の気も引いた。それを見たメテオは慌てて取り繕う。
『む、無理なら、いいのですけど……』
「いえ。助けてもらった礼はいつかしなければと考えておりましたので。以前の事を話すくらい、安いものです」
「ええ。少しでも貴方達の役に立つなら。……ランドルフ・ウェストは、我等の希望でした。少々拘りが強く、気難しいところもありましたが、彼の与えてくれたアイディアが無ければ、我等の研究は完成を見る事など出来なかったでしょう」
 意を決したように、主任達は語り始める。時には自ら、時には國光達の質問に則って。とうとうと。
「……優秀な方だったんですね。研究者の目標として、ぜひお話を伺いたかったです」
「話してはくれなかったかもしれませんがね。彼は結局、常に一人でしたから」
『常に、お一人? 何か合わない事でも?』
 メテオが尋ねると、主任の一人は遠い眼をして頷く。
「彼は常に彼の中にある完成形を追っていた。“望む”技術を手に出来る。その最適化を目指して常に思考していた。“望まれる”技術にしようとは考えていなかったのです。だから、我々の志向とは、その、合わない部分はあったでしょうね」
「“望む”と“望まれる”……」
 國光が口の中で小さく繰り返す。もう一人はとっくりと頷いた。
「最後まで彼とは同じ地平に立てなかった。それが心残りと言えば、心残りです」

●食い違う歯車
 沖 一真(aa3591)は、相棒の月夜(aa3591hero001)と共に第一研究室に招かれる。中では、幾つかのロボットともマネキンとも付かない骨組みが幾つか設置され、そこに取り付けられた金属剥き出しの腕や脚がくたくたと動いていた。
「すみませんね。至急の調整が必要になったもので、このまま続けてもよろしいでしょうか」
「ああ、いいよ。仕事の邪魔をする形になっちゃあこっちとしても気まずい」
『なるほど……こうして作動実験を。まあアイアンパンク用の義手義足って、アダプター取り付けの手術をしないといけなかったり、簡単には付け外し出来ないですもんね』
「よくお分かりで。この義肢は、そうした手術も簡便化できるようにと考え生産していますがね」
 二人は興味ありげな顔を繕い、適度に会話をこなしていく。そもそも興味もあったのだ。フリークス事件に関わった彼らは、独自の視点で研究所の深奥を疑っていたのだから。

 義手義足の大量生産、画一化はあくまでフェイク。何らかの量産兵器にまつわる部品ではないか、と。そして、手記の研究員はここの研究方針に疑いを向けたがために、愚神を擦り付けられたのではないか、と。

 ひとまず研究員に日記のコピーを一通り読ませた一真は、改めてページを繰り、一つ一つ言葉を指しながら尋ねる。隣で月夜は、懐に潜めたスマートフォンを起動する。
「このオートフィッティング機能ってのは何なんだ?」
「そのままですよ。人間、外見はもちろん、神経の走り方一つ取っても違いがありますから。それらを全て分析して、的確に人体と接続するシステム。それがオートフィッティング機能です」
「なるほどなぁ。じゃあ、そこまでして画一的な義手義足を作るのはどうしてなんだ。俺、こういう事には不勉強だからさ。この研究員の考える方針と、あんた達の考える方針、どっちがいいのかとかよくわからないんだよ」
 間違って地雷を踏み抜いてしまわないよう、一真は言葉を選びながら尋ねる。横で窺う月夜の視線にも力が篭った。だが、その努力は杞憂であり、徒労だった。
「私もさほど詳しい事はわかりませんが……やはりアイアンパンク技術に対する方針の相違、というところでしょうか」
『方針の相違?』
「ええ。この技術は、人間が5000年よりも昔に失った、楽園への帰還を果たす唯一の手段ですから。この方のように、人間の機能の補完という地点に我々は留まりません」
「楽園への帰還?」
「そうです。旧神に与えられた肉体の楔を捨て去る時が来たのです。新たな神と合一して永遠に生きる時が来たのです。そのためにはこの技術が必要なのです」
「え……」
 二人にはその言葉の意味が分からない。分かるのは、目の前で柔和に微笑む彼の中に、どうしようもない狂気が潜んでいるという事だけだ。
『(ね、ねえ。どうするの。アレ、使ってみる?)』
 月夜は動揺したまま相方にひそひそと尋ねる。支配者の言葉。他人の心を意のままにする能力。しかし、一真は首を振るしかなかった。
「(……意味がねぇ。こいつはもう手遅れだ……)」
「何です? どうかなさいましたか?」
 表情に狂気の色はない。彼、いや、彼らはもう、狂気こそ正気になってしまっていたのだ。

●秘密の計画
「ほえー、資料がいっぱいでありますね」
「一応この研究は三年ほどかけて行われていますからね。これぐらいになってしまいます。中には、アイアンパンクとして活動していらっしゃるエージェントの皆さんの活躍の記録もあるのですよ」
「へえー。じゃあこれは……」
 美空(aa4136)はその頃、倉庫にいた一人の研究員と話していた。機材やらファイルやらが大量に保管され、雑然としている。少女の目的は、倉庫の情報を抜きつつ、研究員の人手をなるべく割いてやる事だった。
「おっとっと。そっちのファイルには触れないでほしいですね。一応研究上の機密なので。いくらHOPEのエージェントさんといえど、おいそれと見せるわけにはいかないんです」
 美空の手を押さえ、研究員はいかにもすまなそうな顔で頭を下げる。美空はなるほどと頷き、ここは素直に引いて見せる。
「わかったであります。無茶は言わないであります」
「ええ。すいません。この研究所の危機を救ってくれた方達ですから、教えられるものは教えて差し上げたくはありますが……」
「いえいえ。誰しも秘密はあるものです。無理に探ったりはしないのです。……むむ? 何か落ちてきたであります!」
 美空はダクトから出てきた一枚の紙屑に目ざとく気づき、たたっと駆けてその紙を拾い上げる。中に書かれていたのは、藤林 栞(aa4548)の記した暗号だ。美空は頷くと、その紙屑を再び丸めてポケットに突っ込む。
「ごめんなさい。ただのゴミだったみたいであります。……それにしても」
 美空は周囲を見渡し、不意にわざとらしくもじもじし始める。
「お、おトイレはど、どちらでありましょうか? 案内してもらいたいでありますー」
「トイレですか? ……いいですよ。私が案内します」
 研究員は美空を連れて去っていく。この瞬間、倉庫は無人になった。その隙に、ダクトの蓋を弾いて栞が舞い降りる。ずっとダクトの中に潜んでいたのだ。
「すべては聞かせてもらったでござるっ! ってことで……」
 壁に貼りつき、防犯カメラに睨みを利かせながら、美空が見るのを止められた棚に栞は向かう。カメラの死角に入ったまま、こっそりと、彼女はファイルを抜き取る。開き、素早くその文面に目を通していく。
「何々……第二計画……身体の機械化可能部位の拡大、置換割合の上昇を目標とする……? これって要するに、身体をどんどん機械にしていく研究をしてるって事?」
「感謝なのです! 引き続き迷惑かけてしまうかもしれませんが、よろしくなのです!」
 美空のやけに大きな声が倉庫に向かって近づいてきた。栞は慌ててファイルを戻すと、するするとダクトの方へと引き返していく。この研究所は怪しい。一真にとりあえずついてきただけの彼女も、確信を深めていくのだった。

●そして骸は腐り行く
「たまにはこういうのもやらないとねー。腕が鈍っちゃうよー」
『(聞くほどにおかしな事件だ。愚神が人間を操ろうと画策しているのか……きっちり調べて、真実を突き止めなければな)』
ギシャ(aa3141)とどらごん(aa3141hero001)は共鳴したまま、感覚を研ぎ澄ませて研究所の裏へとこっそり回り込んでいた。プロの暗殺者が潜り込めば、たかだか一地方の研究所のセキュリティなどあってないようなものだ。工具を使ってダクトの排気口にはめ込まれた鉄板を外し、秘密の入り口を作り出す。
「さ、どらごん。今回は共鳴しないでいくよー」
 言うなり、共鳴は解かれ、デカイ着ぐるみにも見える英雄が姿を現す。
『そうだな。俺は幻想蝶の中で待機しているとしよう』
「よろしくー。ま、こういうのは得意だから心配しないでねー」
 どらごんは頷いて幻想蝶の中へ引っ込む。それを確かめたギシャは、早速ダクトの中に忍び込んだ。小柄な彼女はすんなりとダクトに収まる。角も尻尾も引っかからない。そのまま事前に青藍から渡されたダクトの配管図を頼りに、第二研究室へと向かっていく。
「(さーて、何があるのかなー?)」
 半ばわくわくしながら突き進む彼女の下は何やら騒がしい。
「次は第一研究所の方を見させてもらっても良いですか? やっぱり実験が実際にどんな風に行われているのかを見ておきたいのです!」
「ええ。そうですね。どうぞ勉強していってください」
『すいません、いきなり押しかけてしまって……ですが、私も記者の端くれ。兄が犠牲になってしまったこのドラキュラ事件、何としても全てを詳らかにしたいのです!』
「そ、そんな事言われましても。第二研究所は今外部からの委託で機密情報を扱っておりまして。我々の判断でおいそれと通すわけにはいかないのですよ」
 美空と藤林みほ(aa4548hero001)が思い思いの手段を駆使して研究員達を引っ掻き回している。そんなやり取りを聞きながら、ギシャはますますテンションが上がってくる。
「(おー。おもしろそー)」
 そうこうしているうちに第二研究室に辿りつく。ダクトの吸気口は部屋の天井に繋がっていた。こっそりと、彼女はそこから内部を覗き込む。研究室の前がみほのお陰で騒がしい。だが研究員達は、それにも気づかずコンピュータに向かっていた。
「(さ、記録記録)」
 ギシャは小さなカメラを取り出す。第二研究室の中心に設けられたベッドには、人間――の亡骸が横たわっていた。両手両足は無く、半分腐りかけている。いくつもの電極が取り付けられ、何やらデータを取られている様子だ。傍の台には義手やら義足やら置かれ、それもまたケーブルでコンピュータに繋がれている。
「(あれ、なんだろー?)」
 潜入任務と聞いて興味を持っただけの少女には、哀れな骸の正体はわからない。
「見れば見るほど独創的なアイディアに満ちている。天才には違いないな」
「ですね。死者の復活などに意識を囚われてしまう、その歪んだ思考回路はいささか問題ですが……まあ、この研究成果を分析するだけでも十分有益でしょう」
「そうだな。どうせ奴は愚神に取りつかれた影響で精神病棟の中だ。もう少し快方に向かってからでも、この“フリークス”の設計理念を聞くのは遅くない」
「(フリークス……? なんだろ。まあとりあえずみんなに聞けばいいか)」
 夢中になって研究を進める研究者達、ベッドに横たわる哀れな亡骸を、ギシャはひっそりと記録を続けるのだった。

●秘されたものを解き明かす
「いい加減にしてください! 無理なものは無理ですから! 通報しますよ!」
『ぬ、ぬぬぬ……』
「第二研究室の見学は本当に無理なのですか?」
「いけませんね。いくらエージェントの方でも受け入れられません。私達までペナルティを受けてしまいます」
 廊下が騒がしくなっている間に、白衣を着込んだ眼鏡の男がすたすたその横を通り過ぎていった。先日人員の補充を終えたばかり、彼が榊 守(aa0045hero001)という研究所に縁もゆかりもない人物であるとは誰一人気づけなかった。彼はセキュリティールームまで赴くと、傍のインターホンを鳴らす。
「すいません。外が騒がしいのですが。止めに入ってもらってよろしいですか」
「……そうですね。そろそろ行こうと考えていました」
  インターホンから返事、部屋の中からつかつかと足音がする。守は身を引き、素早くセーフティガスを放った。セキュリティールームの扉が開いた瞬間、警備員はしこたまガスを吸って倒れ込む。守は腕を差し伸べてその身体を支え、そのまま追加のガスを放ちながら中へと足を踏み入れる。中に残っていた警備員二人も、不意の睡魔に襲われ倒れてしまった。
『……終わりましたよ。お嬢様』
 共鳴を解き、守は主である泉 杏樹(aa0045)と共に立つ。
「ごめんなさい、です。ちょっと、おやすみなさいなの」
 守は横倒しにした警備員の口へ睡眠薬を含ませていく。その鮮やかな手捌きに、杏樹は目を丸くする。その視線に気づいた守はバツが悪そうに肩を竦めた。
『まあ、それなりに慣れておりますので。ではお嬢様、打ち合わせ通りにお願いします』
「はい。監視は、任せてください、です」
 杏樹は真剣な顔で敬礼すると、管理システムの方へ向かう。ひとまず開けっ放しなセキュリティールームの鍵はかけ、防犯カメラの映像に目を通す。ついでに鍵のかかっている第二研究室の鍵を開けよう……としたが、すんでのところで思い直す。
「榊さん。鍵は、開けてしまっても、いいの?」
『え? ……あー、そうですね。今はやめておいた方がよろしいかと。この状態で鍵を開けてはセキュリティールームに異常があったと自ら明かすようなものです』
「たしかに……ですが、このままでは、中が、調べられないのね……」
『順調にいけば、ギシャさんが既にダクトの方から探りを入れているかと思います。今は藤林様や美空様が妨害なさるに任せて、お嬢様は状況の把握に努めてください』
「は、はい」
 杏樹は頷き、防犯カメラを見ながらこそこそと仲間に連絡を取り始める。その姿を見届けた守は機材のデータベースを探り始めた。ケーブルでノートパソコンと接続し、情報を取れるだけ取っていく。セキュリティールームに警備員が引き籠っていたせいで上手く侵入の糸口を掴めず、予定より大幅に遅れてしまった。ゆっくり探りを入れている暇はない。
『様子はどうです、お嬢様』
「サクラコさん達は、まだ主任の人達と、話してるの。倉庫は、また栞さんが侵入したので、カメラは切って、第二研究室の前は、大騒ぎ、なの」
『わかりました。……ですが、こう騒ぎが続くと、今度こそ他の人が警備員を呼びに来るかもしれません。そろそろみほ様には引いてもらってください。侵入は果たせたので後はどうとでもなるでしょう』
「わ、わかりました」



「……廊下の方がどうにも騒がしいですね。ちょっと見てきてもよろしいでしょうか?」
「ええ。構いませんよ。オレも一緒に様子を見に行きましょうか?」
「それには及びません。ちょっと見てくるだけなので。……行きましょう」
「はい」
 ブリーフィングルーム。いい加減騒ぎを看過できなくなった主任達は揃って部屋を出ていった。國光とメテオは互いに頷き合うと、素早く席を立った。メテオはインターホンのカメラから外の様子を覗き、國光は軍手を付け、本棚のファイルを探り始めた。しかし、中にあるのは会議の議事録くらいだ。それも一応写真に収めようとしたところ、ギシャから連絡が入ってきた。
「大体捜査は終わったよー。後は撤退するだけなんだけど、もうしていい?」
「ええ。変に長居すると危ないかもしれませんし、引いてください」
「わかったー」
「(……もう侵入組は引かせてもいいかな)」
 國光はランドルフ存命時の議事録を幾つか写真に収めると、今度は栞と連絡を取る。
「状況はどうです?」
「な、何かヤバい資料を見つけました!」
「わかりました。撤収してください。長居は無用です」
「了解です!」
『サクラコ、一応データは盗った』
「ありがとうございます、榊さん。危うくならないうちに撤退をお願いします。他の侵入組にも撤退をお願いしました」
『分かった。頃合いを見て何とか出ていく。後処理は任せていいか?』
「ええ。ヴィランが侵入したんじゃ、とか言っておきますよ」
 國光が守に応対していると、カメラを見つめていたメテオが國光の方に振り返る。
『サクラコ! あの人達が!』
「すいません、切ります!」
 ファイルを戻し、携帯をポケットに収め、軍手を外しつつ國光は席に戻った。時同じくして、主任二人が帰ってくる。
「すみません。お待たせしました」
「いえいえ。お構いなく」
 國光は再び自然な笑みを繕う。主任二人も笑顔で返した。國光達が彼らを欺いている事など思いもよらない様子だ。その笑みの纏う雰囲気は、ただの善人と寸分も変わらなかった。

●Codename is “Machina”
「と、いう事でした」
「無茶ばっかりじゃないですか!」
 青藍は國光達の報告を聞いて冷や汗を垂らす。
「そこまでしなくても、ただちょっと探ってきてくださればよかったんですが……」
『虎穴に入らずんば虎児を得ず、でござるよ。だから虎穴に入って来たんでござる』
 みほはうんうんと頷くが、青藍は青い顔で小さく首を振った。
「いやいやいや」
『いいではありませんか。別に何事も無かったんですから』
「スパイごっこみたいで、どきどきしたの」
「は、はぁ……」
 杏樹はふっと微笑んで見せるが、心配性な青藍は気まずい顔をするだけだ。守は溜め息をつき、一応の執事として窘める。
『お仕事は遊びではありませんよ、お嬢様。……すいません。こっちは解析に時間がかかりそうなので、先にギシャさん達の方から処理をお願いします』
「はーい」
『了解した。ちょっとこれを見て欲しい』
 どらごんはカメラに収めた映像を仲間達の方へと向ける。そこには、フリークスの無残な亡骸が露わに捉えられていた。
『“フリークス”とか何とか言っていた。前の事件と何か関わりがあるのか?』
「フリークス!?」
 素っ頓狂な声を上げたのは一真だ。身を乗り出し、映像を食い入るように見つめる。それは、確かに自らが止めを刺した哀れな屍の姿だった。警察が持ち去った亡骸は、ここで研究材料にされていたのだ。一真は顔を顰める。
「やっぱり、やっぱりおかしいぜ。正気じゃねえ」
「どうしたのですか? 浮かない顔でありますが」
 美空は一真と月夜の優れない顔色を覗き込んで尋ねる。月夜は頷くと、周囲を見渡し、彼女達が押し付けられた狂気を語り始める。
『私達は聞き込みに回ってたんだけど……何かとんでもないことを話し始めたの。旧神がどうの、楽園への帰還がどうのって。永遠に生きるために、アイアンパンクの技術が必要だって……』
「へぇー。私が知ってる昔の人達に似てるかもー」
「あ! 私もやばい感じの資料を見つけたんです! アイアンパンク技術を拡張して、どんどん身体を機械に置換できるようにしていこうっていう計画の書かれた資料を!」
 月夜の言葉を聞いていた栞も、思い出したように撮影していた資料を取り出す。その写真を覗き込み、みほは首を傾げる。
『面妖な思考でござる。身体を機械へと改造して、それで得る永遠の命は自らのものと言えるのでござろうか』
「その辺りの意見はともかく、纏めると随分ヤバい事を考えてたらしいね……」
『話している限り、特に悪い事を考えているようには見えませんでしたのに』
 國光とメテオが表情を曇らせると、ずっと窓の外を見つめて煙草を吸っていたエイブがぽつりと呟く。
『確信犯だ。悪事として企まれた行為よりも、正義と信じて行われる行為は、数段性質が悪い』
『ああ。決して奴等は顧みる事がない。顧みた結果として、世に牙を剥いているからな』
 その言葉にどらごんも頷いた。空気が少しずつ重くなっていく。そんな時、守のパソコンに一つの言葉が浮かび上がる。
『すみません。皆さんこちらに来て、見ていただけませんか』
 エージェント達は守に従い彼のパソコンの前に集まる。それは一通のメール。文面は大したものではない。だが、その宛名こそは、研究所に漂う狂気の原点だった。

――The Evangelical of MACHINA――

「機械の、福音……」

Fin.

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • ぴゅあパール
    ギシャaa3141
  • きっと同じものを見て
    桜小路 國光aa4046

重体一覧

参加者

  • 藤の華
    泉 杏樹aa0045
    人間|18才|女性|生命
  • Black coat
    榊 守aa0045hero001
    英雄|38才|男性|バト
  • ぴゅあパール
    ギシャaa3141
    獣人|10才|女性|命中
  • えんだーグリーン
    どらごんaa3141hero001
    英雄|40才|?|シャド
  • 御屋形様
    沖 一真aa3591
    人間|17才|男性|命中
  • 凪に映る光
    月夜aa3591hero001
    英雄|17才|女性|ソフィ
  • きっと同じものを見て
    桜小路 國光aa4046
    人間|25才|男性|防御
  • サクラコの剣
    メテオバイザーaa4046hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
  • 譲れぬ意志
    美空aa4136
    人間|10才|女性|防御



  • サバイバルの達人
    藤林 栞aa4548
    人間|16才|女性|回避
  • エージェント
    藤林みほaa4548hero001
    英雄|19才|女性|シャド
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