本部

Help or Treat!?

和倉眞吹

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/10/22 20:14

掲示板

オープニング

「――ハッ!」
 裂帛の気合いと共に、フヨフヨと飛んでいた最後のお化け――基、お化けの形をした小型ケーキに、エージェントの振るう大剣が容赦なく振り下ろされる。
「……これで、全部か」
 ふう、と息を吐いたエージェントが剣を振ると、飛び散るのは愚神の血――ではなく、ケーキの欠片だ。
 というか、相手は従魔だった。それも、イマーゴかミーレスと言った、階級の低い。
 それが、近くの小学校でのハロウィンパーティーで配られる予定だった菓子類に憑いているので何とかしてくれ、と、HOPE支部近所にあるスイーツ専門バイキング店から討伐依頼が来た。
 そして、その従魔達は、エージェント達の活躍でたった今、めでたく掃討が完了した所なのだが。

「――しかし、困ったなぁ……」
「あの小学校のハロウィンパーティー、明日ですよね」
 工房内には激しい戦闘の後を物語るように、ケーキやらクッキーやらの破片が散らかりまくり、調理台が大破し、調理器具も散乱している。それらを前に、店長である中年男性と数人の従業員が、揃って溜息を吐いた。
「え、でも、ハロウィンって十月末なんじゃ……」
 思わず、エージェントの中の一人が漏らすと、店長の東(とう)は顔を上げた。
「ああ。あの小学校は、いつもこの時期なんです。普通より早いんですけどね」
 答えた東店長は、また溜息を吐いて俯く。
 工房の床面積は、ざっと見て数メートル四方。今床に散らかっている菓子は、原型を留めていた頃は、内、三分の一程の面積内に鎮座していた冷蔵庫(全部で五つ、大型)の中に山積みになっていたようだ。それだけの数を、今から作り直すのは少々厳しい。
 そして何故か、菓子店のスタッフ全員が、縋るようにエージェント達を見つめている。
 彼らの目は、揃いも揃って、まるで捨てられた子犬が「拾ってくれ」と言わんばかりに見つめる、円らでウルウルしたあの状態だ。
「え、あの……」
 うっかりその目と視線を合わせてしまったエージェント達は狼狽えた。
 ――子犬だ。子犬がいる。見捨てたら、保健所に連れ去られる――じゃなくて、店の信用が地に落ちるのは判り切っている。どちらにしろ、とてもとてもこのまま捨てて帰れない。
 何より、明日のパーティーとやらに間に合わなかったら、幼い子達がさぞかしがっかりするだろう。
「あ、の……」
 ウルウルウル。
「えっと……」
 その場にいたエージェント達は、互いに目配せし合った。
 これって、任務の範囲外? それとも範囲内? ってゆーか、こんな目で見られて捨てて帰れるの?
「その……」
 ウルウルウルウル。
「じ、自分達で、良けれ、ば……」
 手伝います、としかもう言えない。
 ありがとうございます! 助かります! の連呼プラス大合唱に、エージェント達は何とも複雑な気分になった。

解説

▼目標
翌日の午前十時までに、
◆工房の片付け
◆菓子類の作り直し(全校児童63名分)
を終わらせる。

▼現状
◆現在、午後四時です。
◆調理器具(オタマ、包丁等)、オーブン、コンロ、流し台等は洗えば使えますが、調理台は戦闘で大破してます。
◆冷蔵庫も大破しましたが、地下にある冷凍室は無事。
◆工房内はシッチャカメッチャカ。
◆食材、要買い出し(これらの食材購入により、コインが減ったりアイテムが増える事はありません)。

▼登場
◆店主…名は、東敏春(とう としはる)・45歳。スイーツ専門のバイキング店を切り盛りする。

◆従業員六名…松高蒼(まつたか あおい)・女性・24歳、皆瀬信勝(みなせ のぶかつ)・男性・36歳、初野裕太(はつの ゆうた)・男性・25歳、篠山(しのやま)なつ・女性・18歳、井川早紀(いかわ さき)・女性・20歳、梶原芳郎(かじわら よしろう)・男性・29歳

▼作る菓子類(いずれも児童人数分)
◆袋詰め用:六種類。クッキー、マドレーヌ、飴細工など、袋に詰めても形を保てるもの。一つの大きさとしては直径6cmくらいまで。一袋に三種ずつ、組み合わせランダムで袋詰めに。デザインはハロウィン仕様(例:カボチャ、お化け等)。
◆ケーキ四種類:一口サイズにカットして、縦13cm、横18cm、高さ7cmの箱に入れる。やはりハロウィンにちなんだもの(例:パンプキンケーキ等)。
◆パンプキンプリン:ケーキ三種とセットで同じ箱に一纏めに入れる。

▼その他
◆菓子は、所定の袋・箱に入れて児童に配布。
◆ハロウィンというイベントを考慮し、尚且つ上記の条件を満たせば、袋詰め用菓子とケーキの種類は特に問いません。ご自由にプレイングにお書き下さい。

リプレイ

「最近では日本もハロウィンが盛んらしいね」
 周囲を見回しながら、アンジェリカ・カノーヴァ(aa0121)が呟く。
「ボクの国ではどっちかと言えば、翌日、翌々日の“諸聖人の日”や“死者の日”のが重要なんだけど」
『にしても、任務は終わったというのに、何故このような雑用を……』
 眉根を寄せて言うアトリア(aa0032hero002)を、真壁 久朗(aa0032)が窘める。
「まあ、壊したのは俺達みたいなものだしな。断るのも忍びない」
 うっ、と固まってしまったアトリアに、桜寺りりあ(aa0092)と新津 藤吾(aa0092hero002)が、さり気なく追い打ちを掛けた。
「ハロウィンができなくなると悲しいの、ですよね」
『そうだな。これを無視すると後味が悪くなるだろうなぁ』
 本人達にそのつもりはないが、アトリアは更に呻いて首を竦める。
「楽しみにしてるだろうし、どうにか間に合わせなきゃね」
 仕方なかったとは言え、責任の一端はあるっぽい感じだし、と付け加えられた十影夕(aa0890)の言葉に止めを刺されたアトリアは、遂に『まあ、そうですね……』と諦めの台詞を吐いて背筋を伸ばした。
『どのような事でも手を抜かずに取り掛かるのがワタシのモットーです。全力を尽くしましょう』
「……やり過ぎないようにな」
 身体が機械であるが故に、彼女は馬鹿力だ。そんな彼女が全力でやると、戦闘ならともかく、こういった日常の事は、一歩間違えば大惨事になり兼ねない。
 ボソリと注意を促した久朗の言葉が聞こえたのか否か。彼の心配げな視線には、間違いなく気付いていない。
『折角のパーティーですもの。頑張りましょうね!』
 お菓子のパーティーなんて、何だか素敵! とはしゃぐ結羅織(aa0890hero002)に、酒又 織歌(aa4300)も、きりりと表情を引き締めて頷く。
「美味しい物の為なら――この酒又織歌、努力も助力も惜しみません!」
 だが、何かがズレていると感じたのか、ペンギン皇帝(aa4300hero001)が口を開いた。
『……念の為に言うが、そなたが食べて良い物ではないぞ?』
「えー」
『えーではないっ! これは子供達の為の物である!』
 やっぱりか、と言わんばかりに叫ぶ皇帝が翼をパタパタさせる様は、怒っていると言うより愛らしい。
「とにかく、楽しみにしてる子達の為にも頑張らないとね」
 アンジェリカが言えば、会津 灯影(aa0273)が「おう!」と答えるように拳を突き上げた。
「戦闘は苦手だけど、料理なら得意だぜ!」
 ルン、と擬音が頭に乗ってそうな調子の灯影に、静寂(aa0273hero002)が「俺のお仕事はもう終わったよね?」等と不届きな事を言う。
「灯影君、頑張ってねー♪」
「おー、任せろ!」
 ついノリで返事をした灯影は、「じゃなくて」と言いつつ静寂の肩を掴む。
「静寂さんもちょっとは働いてな?」
「えー? もう仕様がないなー。で、俺は何すればいいの」
「皆に何作るか訊いてから、俺達は買い出し! 静寂さんも荷物持ち頼むわ」
 荷物持ちね、りょーかい、と灯影とやり取りしながら軽く返事をする静寂を遠巻きに眺めるニノマエ(aa4381)は些か居心地が悪そうだった。
「俺が菓子作りか……」
 吐息混じりに言うと、「大丈夫だ」と横から声が聞こえ、励ますように背を叩かれる。
「お前は几帳面な性格だから、手伝えるだろう」
 最近、スイーツにはまり掛けのミツルギ サヤ(aa4381hero001)は、どこか嬉しそうだ。
「じゃ、お店が閉まる前に買い出し行かないとね」
 アンジェリカの声を聞き付けた織歌が、ポンと手を打つ。
「掃除と分かれて、同時進行の方がいいですよね」
「俺もそう思ってた」
 じゃあ俺は掃除組で、とニノマエはサヤを伴って、ゴミ屋敷も斯くやという有様になっている工房へ足を踏み入れた。
「私も片付けに回るので――あ、そうです!」
 織歌は思い出したように言うと、買い出し組に向かって叫んだ。
「材料は多目で! 多目でお願いしますね!」
 了解ー、と誰かが答える。
『まぁ、余分は必要であろうが……そなたの意図はそうではないよなぁ』
 黄昏気味に呟く皇帝の後ろ姿を余所に、白神 日和(aa4444)は、アーサー ペンドラゴン(aa4444hero001)の背を押した。
「え、何だ?」
「アーサーさんも買い出しに行って下さい」
「わ、私がか?」
 慌てたように目を白黒させる彼を見上げて、日和は真顔で頷く。
「私は料理が出来ますし、まずは残って掃除をお手伝いしますから、アーサーさんにはそれ以外の事をして貰おうと……お願いできますか?」
 彼に頼み事をするのは初めての事だ。承知して貰えるかと思うと不安になる。が、戦闘以外からっきし能のない彼が、実は内心慌てていた事には気付かなかった。日和に頼られた彼が、喜んでいる事も。
 アーサーは首肯すると、出掛ける集団を小走りで追う。
「さあ……やりますよ!」
 しかし、背後から聞こえて来た気合いが、彼の足を止めた。
「製菓衛生師資格、食品衛生責任者資格、菓子製造技能士資格! そして、アーサーさんの舌に受け入れられる食事を作り鍛えられたこの腕を! 子供達の笑顔の為に!」
「!?」
 アーサーは、思いっ切り目を剥いて振り返った。その視線の先にいる彼女は、普段のオドオドした様子はなく、張り切って腕捲りしている。
 日和に言わせると、彼の表情は意外と解り易かったので必然的に鍛えられたらしいが、アーサーの方ではそんな事とは全く知らなかった。
 暫し唖然とした後、アーサーは固まってしまった錯覚を覚える身体を無理矢理動かして、遠退いてしまった仲間達を再び追った。

「頑張ってハロウィンのパーティーが出来るようにお手伝いを……します」
 気合いを入れるようにグッと拳を握るりりあに、藤吾も『仕方ねぇな。付き合ってやるよ』と言いつつ、彼女の頭をポンポンと叩いた。
『まずは掃除、ですよね』
 確認するようにアトリアも言う。
『そ、掃除は得意ではありませんが……物を移動させる位なら出来ます』
『まずは、調理器具を集めてしまいましょう。ええっと、松高蒼さん』
 結羅織は、手近にいた従業員の名札を見て声を掛ける。
「はいっ?」
『透明な中身の確認し易いゴミ袋があったら貰えますか? 四袋程あると良いんですけど』
 はい、と返事をして蒼が駆け去っていくのを見送りながら、「それ、どうするつもりだ?」と久朗が問う。
『調理器具系、洗剤等含めた掃除用具系、菓子類……要するに生ゴミ系とその他にざっくりより分ける所から始めようかと思いまして』
 成程、と頷いた久朗も提案した。
「大破した調理台等は、一時的に幻想蝶に仕舞ったらどうだろう」
 まあ、この状態では明日の営業も厳しそうだが、と思ったが、口には出さない。
『じゃ俺もそっち手伝おう。大きい物や重い物片付けるから、りりあは掃除な。何かあったら呼べよ』
 藤吾に言われたりりあは小さく頷くと、アトリアに駆け寄った。
「て、手伝います」
『掃除用具入れがあそこにありますよ。ガラス片等はワタシにお任せ下さい』
 それを、どこか微笑ましい思いで見つめる久朗の横で、結羅織が口を開く。
『じゃあ、最初に流し台に散乱してる菓子類を引き上げちゃいましょう。排水口が詰まるといけませんし……後、冷蔵庫は念の為、電源抜いて』
「あっ、冷蔵庫はちょっと待って下さーい!」
 髪を纏め上げ、エプロンと三角巾に身を包んだ織歌が駆け寄り、転がった冷蔵庫を見て回る。
 大半は本格的な修理が必要そうだが、一つだけ、どうにかなりそうな物がある。それを、織歌は自分の幻想蝶に収納した。
『どうするんだ?』
 訊ねる藤吾に、「掃除が完了次第、修理します」と答える。久朗も瞠目した。
「修理なんて出来るのか」
「朝まで持てば良いでしょうから、それくらいなら……こんな事もあろうかと、応急修理の講習を受けておいて良かったです」
『……本当は?』
 真意を疑うような声で訊ねる皇帝に、声を詰まらせつつも、織歌は「家の冷蔵庫が壊れた時、食材が傷む前に何とか出来るように、です」と白状した。
『そなたの食い意地は何でもするな……グァー』
 最後の一声は、織歌には嘆息と取れたが、他の者には呻き声にしか聞こえなかった。

「アンジェリカさん達が作る物はあっちで買うんだよね?」
 買い物カゴを片手に、材料のメモと睨めっこする灯影に、静寂がのんびりとした口調で確認を取る。
 アンジェリカと、彼女の相棒・八十島 文菜(aa0121hero002)、そして付いて来て貰った男性従業員とは、スーパーに入ってから二手に分かれていた。
 こちらにくっついて来たアーサーは、無言でカゴを持ち、黙々と後を付いてくる。
「うん、そう。後りりあと藤吾さんが要る物はこっちで買うから……」
 言いながらふと後ろを見た灯影は、静寂がさり気なく玉露のパックを入れたのに気付く。
「そのお茶は元の所に戻して来なさいねー」
「……結構目敏いなぁ」
 はーい、と微笑混じりに言いながら、静寂は大人しく玉露を売場に戻した。
「と言うか、荷物多くない? 大丈夫かな俺、ムキムキゴリラになっちゃわない?」
 クーラーボックスも持たされた静寂は、眉根を寄せる。
「へーきだよ、多分」
 適当に相槌を打った灯影は、レジの方へ視線を向けた。その少し手前で、アンジェリカ達が手を振っている。
「どしたの? 先に払ってて良かったのに」
「うん。折角だから、文菜さんの大人の魅力で負けて貰おうと思って」
「へ?」
「じゃ、文菜さん宜しく!」
「任しときぃ!」
 灯影達が唖然とする中、文菜は若い男性店員のレジが空くのを待ち、滑り込んだ。
 アンジェリカは従業員と荷物を手分けして、文菜の後に続く。
 訳の解らぬまま、その後を灯影達が追う間に、文菜は上目遣いでそっと店員の手を取った。
「お願いどす。ほんの少ぉし、お値段負けて貰たらええんどす」
「え、あの……」
「明日の朝迄にお菓子一式揃われへんかったら、子供達がどれだけガッカリするか……」
 客の都合で負けてくれるスーパーは今日日ない。しかし、店員の脳内は早くも陥落への秒読みに入っているようだ。
「子供達の笑顔の為に、お願いしますえ」
 潤んだ流し目が、店員を「はい」と言わせる寸前まで追い込む。が。
「……いっそヴィランの振りした方が潔くないかな」
 という灯影の一言が、独断の割引による減給から店員を救った。

(アーサーさん、大丈夫かなぁ)
 日和はふと掃除の手を止めて、壁に掛けられた時計を見上げた。彼らが出掛けて行ってから、一時間は経っている。
 工房では、残ったエージェントと従業員が駆け回っていた。
 水仕事もある為、結羅織は自前の手袋を外し、代わりに、店にあったゴム手袋と調理用のビニル手袋を必要に応じて使い分けテキパキと動いている。
 久朗の案で、皆が手分けして大きな物を最初に幻想蝶へ収納したので、掃き拭き掃除は大分やり易くなった。
 工房外の店内も臨時に調理に使わせて貰う事にし(これも久朗の案だ)、乾燥が終わった調理器具は、ニノマエとサヤがせっせと運んでいる。
 工房内の食器棚は、場所によってガラスが割れていたので、調理器具は全て取り敢えず工房外に運び、ニノマエの案で種類毎に分けて置く事にした。
 洗浄機と乾燥機が無事だったのは幸いだった。「これが終わらないと調理もできない、ですね」と言いつつ流し台に立っているりりあの方がそれらの手伝いをしている風情だが、結果オーライである。
「生地を混ぜるボウルやヘラが優先、かな?」
「発掘しました! これもお願いします」
「は、はい」
『大分足の踏み場ができましたね』
 皆が口々に確認する中、散乱していた器具を拾い集めた結羅織が、床を見下ろして言う。
「あ、型崩れしただけのお菓子あったら、こっちに寄越して。後で俺らで食べるよ」
 店の人が心を込めて作ったんだから勿体無いし、とニノマエが言うのへ、「あっ、私も私も! 私も食べますっ!」と手を挙げて織歌が飛び跳ねる。
 それに対し、皇帝が『いいから今は掃除をせぬかっ!』と又しても叱責を飛ばした。但し、その姿はやはり怒っているようには見えないのだが。
 ガラス片と菓子片が粗方片付いた床を、布巾やタオル、モップ等を使い全員で手分けして拭きに掛かる。
 「やっぱり衛生面を考えたらきっちりやりたいからな」とは、ニノマエの言だ。
 床の上もほぼ綺麗になり、後は調理台がどうにかなれば、という段になって、買い物組が戻って来た。
「只今ー」
「あー、重かった!」
 静寂が両手に持っていた買い物袋を、掃除が済んだばかりの床に下ろす。
「はは、お疲れ様」
 苦笑混じりに言った灯影は、「静寂さんは適当に休んでていいよ」と続ける。
「言っていた物はこれか?」
 アーサーは日和の元へ歩み寄って、買い物袋を示す。
 「そうですね、有り難うございます」と答える日和の端で、灯影が「さてと、作りますか!」と号令を掛けるように言った。
「で、調理台どうする?」
 皆が手分けして幻想蝶の中に収納した調理台は、ほぼ大破していて使い物にならない。
「あ、じゃあこれを!」
 織歌が自分の幻想蝶から折り畳みのテーブルチェアセットを取り出すが、とても足りない。
『やっぱり、お店の方からも幾つかお借りしましょうか』
「じゃあ、俺達が」
 結羅織の呟きに頷いたニノマエは、サヤと共鳴すると、店の方へ歩を進めた。

 材料と調理台が準備できたら、エージェント達と従業員達は一斉に作業に取り掛かった。
 工房内は、程なく材料を混ぜる音で満たされる。先刻とは別の意味で戦場のようだ。
「アンジェリカはんは何作らはるんどす?」
「バーチ・ディ・ダーマ!」
 しかし、会話を始めると和やかなもので、アンジェリカは文菜と話しながら、手を動かしている。
「それ、何どすか?」
「イタリアのお菓子でね。ボール状のクッキー二つでチョコを挟んだ物だけど、今回はクッキーを南瓜の形に成形するよ」
 その近くでは、三角巾とエプロンをしたニノマエとサヤが、計量と下拵えに精を出していた。
「ほい」
「わあ、ぴったりですねっ」
 ニノマエから小麦粉入りの計量カップを受け取った織歌は、感嘆の声を上げる。
「意外に得意なんだよな、そう言うの」
「だから言ったろう。お前はいつも料理をレシピに書いてある通りに作ると」
 サヤに言われて初めて気付いた、という顔で、ニノマエは苦笑した。

「何かやる事あるか?」
「じゃ、これ頼む」
 夕が灯影の手元を覗き込むと、灯影は身体をズラして夕の入るスペースを作った。
「南瓜クッキー。これで型抜きして」
 渡されたのは、ハロウィンらしく南瓜の型だ。了解、と言って、夕は黙々と型抜きを始めた。

 今後の勉強に調理の様子を近くで見させて欲しいと頼んだアトリアは、店主の東が材料を混ぜるのを食い入るように見つめていた。
「やってみませんか?」
 時間がない中なのに、東が微笑してアトリアに目を向ける。
『いえ、あのっ……ち、力の加減が難しいので調理は役に立てるか判りませんが』
 ワタワタと慌てて手を振ったアトリアは、変わらず微笑を浮かべる東に戸惑った。
『卵はまだ上手く割れないのですが……材料を混ぜる位なら』
 消え入りそうな声で言うと、「じゃあ、お願いしますよ」と持っていた泡立て機とボウルを渡される。
 恐る恐る混ぜ始めながら、アトリアは口を開いた。
『あの……一つ気になってる事があるんですけど』
「何でしょう」
『ヒトはスイーツ等を食べなくても生きていけるのに、何故このような物を作るのですか? お菓子ではなくサプリメントを与える方が、栄養にも効率的でしょう?』
「そうですねぇ」
 東は、新たに卵を割りながら答える。
「敢えて言えば、楽しみの一つでしょうか」
『楽しみ?』
「ええ。甘い物を食べると、ヒトは自然に笑顔になります」
「そうそう。嫌な事あった時とかに食べると、気持ちが和むし」
 ねー、と口を揃えて言ったのは、その近くにいた従業員達だ。
『そういう物、ですか』
「うん、そういう物!」
 女性従業員が、にっこりと笑う。今一理解できないアトリアは、曖昧に頷いてボウルに目を落とした。

 それを、調理で出た洗い物をしながら、久朗はやはり微笑ましい思いで見ていた。
 戦闘の時は一緒だったが、ここの手伝いに入ってからはアトリアのしたいようにさせている。彼女が自ら行動するのを促したくて、敢えて口を出さなかったのだ。
 ぎこちなくても、彼女のやりたい事を見つけられるといい。そう思いながら、久朗は洗い物に視線を戻した。

 一方りりあは、ボウルに入れた細切れのチョコレートとバターを湯煎して溶けるのを待ちながら、卵白を泡立てている藤吾の手際の良さに見入っていた。
「藤吾さんがお菓子作りを出来るなんて少し驚きなの、です」
 調理場に立っているその姿は、見た目とそぐわないから尚更だ。
『あぁ? レシピがあれば大体何でも作れるだろ』
 しかし、答える口調がやはりチンピラのように感じるのは、気の所為だろうか。
「え、えっと、それでこれって」
『ガトーショコラだよ。これならしっかり冷えてる必要もないしな。アレンジもデコレーションもし易いだろ』
 ほら、チョコ溶けて来てんぞ、と言われて、りりあは慌ててボウルの中身をかき混ぜる。
『で、袋詰めの方は?』
「ワッフル、ですよ。この前食べたのが美味しかったので」
『じゃあハロウィンらしく南瓜でも練り込むか』
 りりあは、「はい」と笑って頷いた。

「ん、美味し~い」
 ハロウィン仕様のラッピング紙でキャンディ包みにする作業中の南瓜きんつば(発案・灯影)を一つ口に放り込んだ織歌は、幸せそうに笑み崩れる。
『しつこいようだが、これはそなたの物ではないぞ』
 皇帝に窘められ、織歌は肩を竦める。
「味見ですよぅ。それに、子供達の分作るのも、少し追加で作るのも、労力は変わらないと思うのです」
『だから、自分達の分も余分に、と言いたいのだな?』
 咎めるように睨め上げられても、織歌は動じない。ニコリと笑った瞬間、欠伸が出た。
「ほら」
 直後、後ろから冷えたペットボトルを当てられて、小さく飛び上がる。
「あ、どうもです」
 振り返った視線の先にいたのは、ニノマエだった。皇帝も、サヤから飲み物を貰って礼を述べている。
 時刻は午前零時。この時間帯になると、ニノマエの提案もあり、流石に交代で休憩を取っていた。
「夜食も買って来た。他の連中は?」
「えーと、従業員さんは工房の方で三人だけ作業してらして、HOPEのメンバーも今ここにいる方以外は仮眠中です」
 レストランの仮工房では、もう何度目かでオープンから取り出して来たショコラフィナンシェを運ぶ灯影と日和とアーサーの姿がある。
 それらが猫の形をしているのは、やはり灯影の発案だ。
「灯影。相棒はどうした」
 ニノマエに問われた灯影は、肩を竦める。
「んー、多分ゴミ捨てに託けてサボってんじゃないかなぁ」
 乾いた笑いと共に灯影がそう言っている頃、静寂は一人、店の裏手で煙草を吸っていた。「もうちょっとサボりたかったけど、寒かったから」と宣った彼が、思い切り消臭剤の匂いをさせながら工房に戻ったのは、約十五分程後の事である。

 朝の三時を過ぎる頃には、目標数の半分は良い具合に冷え、ラッピング等が出来る状態だった。
「では、味見をお願いします」
「きゃあ、頂きまぁす」
 東が言うと、黄色い悲鳴と共に、真っ先に菓子に手を伸ばしたのはやはり織歌だ。
「うんうん試食は大事だよねぇ」
 何かと言えばサボっていた静寂も、ちゃっかりクッキーを摘む。
「う~ん、美味しいっ! 流石だね」
「ですよねー!」
 妙な所で意気投合する二人の横で、文菜もアンジェリカの作った菓子を口に入れた。
「アンジェリカはん、お若いのに中々お上手どすな」
 アンジェリカは、はにかみながら「孤児院でシスターに色々教えて貰ったんだよ」と答えた。
「食事作りも当番制だったしね」
 向こうでもそろそろ色々準備に入ってるんじゃないかな、と故郷に思いを馳せる。
「文菜さんも何か作ったの?」
 と訊ねると、「これや」と彼女が示したのは、一口サイズのどら焼きだ。口が少しだけ開き、焼き印で目が付いている。
 どうやら、お金好きの某怪獣を模しているらしい。
「南瓜のお祭りや言う事やさかい、南瓜の餡入りどす」
 その他、袋詰め用には、従業員達が元々作っていた三種、南瓜クッキーに、黒猫型ショコラフィナンシェ、きんつば、南瓜ワッフルが所狭しと並んでいる。
 ケーキ類は、パンプキンパイ、南瓜の種を使ったシードケーキ、南瓜を練り込んだシフォンケーキに紅芋タルト、粉砂糖を蝙蝠や南瓜の形に振り撒いたガトーショコラだ。パンプキンケーキには、上に生クリームが塗られている。
 可愛らしく美味しい菓子の数々に、サヤも珍しく目を輝かせた。
「こんな物ですかね?」
 味見して、納得するように頷く日和の隣で、アーサーも美味そうだなと思いつつ沈黙している。
「これは……ケーキが四種以上になってますね」
 嬉しい悲鳴を上げる東に、「良いんじゃないかな、ケーキもランダムで」とアンジェリカが言う。
「同感だ。個性的なケーキが楽しめるし、今年は変わりケーキという事で、学校側に説明が必要なら、配送時には俺も付いて行こう」
 ニノマエの口添えに、最終的に東はそれを了承した。
 そこからは追い込み作業だ。残り半数を作りつつ、数を間違わないように詰めていく。組み合わせの違う箱の中身を、友達と見せ合う子供達を想像したニノマエの唇に、笑みが浮かんだ。
 灯影はプリンの容器に緑のリボンを巻いて結び、南瓜の弦のように演出した。「デコレート用砂糖菓子、セットで付けて良いかなっ」と新たに提案し、東の苦笑を引き出している。
 梱包を終えた菓子は、端から織歌が直した冷蔵庫に収まったが、オーバーした分は、クーラーボックスの出番だ。
 『こんな梱包だって、ただ手間が掛かるだけではありませんか?』と言いつつ、アトリアは菓子を冷やす為の氷を、率先して地下の冷凍庫から運んでいた。「この仕事が全部終わったら解るかも知れないな」と言う久朗のコメントが、聞こえたかは甚だ怪しい。
 全ての作業が終了したのは、リミットギリギリの午前九時過ぎの事だった。

「一件落着、ですね」
 学校への配送に備えて仮眠をとる為、臨時の仮眠室へ引き上げる東と、倒れそうになりながら帰宅する従業員達を見送って、感無量のように日和は呟いた。
 そうだな、と相槌を打つアーサーに、日和は可愛らしく飾り付けたパンプキンケーキを差し出した。
「はい、アーサーさん。今日のお礼です」
「……は?」
 アーサーは、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔で日和を見るが、日和は構わず続ける。
「今日はとても助かりました。だから」
 グイ、と押し付けたケーキを、怖ず怖ずと受け取った彼は、やがて一口それを囓る。
「……甘い」
 とても甘いな、と連発しながらも、ケーキを食べ続けるアーサーは何処か幸せそうな顔をしていた。
「んじゃ、余ったお菓子で打ち上げしようぜー」
 俺お茶淹れるし、と続けた灯影は、楓の分も土産と称して取り分けながら仲間達に声を掛ける。
「ふふ、子供達はお菓子が貰えて幸せ、私もそのご相伴に預かれて幸せ……皆が幸せってやっぱり良いですね」
 いそいそと一番にテーブルに付いた織歌は、お茶を待たずに余ったケーキを口に運ぶ。
『これ織歌、そなたばかり食べるでない。余にもそれを』
 と、皇帝がうっかり本音を漏らすのを聞きながら、結羅織が『お兄様』と夕の上着の裾を引く。
『わたくしもハロウィンパーティーしたいです』
「じゃあ、チビと三人でやろっか。家じゃこんな用意できないけど」
 言いながら、夕は結羅織と連れ立って、仲間達の元へ歩み寄った。

「久朗。茶が入るそうだから、少し手を休めたらどうだ」
 工房の流し台で洗い物をしていた久朗を、ニノマエが呼ぶ。
 ああ、と返事をして、久朗は布巾で手を拭いた。
「お前こそ、この後学校へ行くなら、寝ておいた方が良いんじゃないのか」
「運転する訳じゃないし、起きれないと困るから」
 まあ、店長に運転任せるのも心配だけど、とニノマエは肩を竦める。
「一番の報酬を貰いに行くのも悪くないだろう」
「子供達の笑顔、か?」
 久朗が訊くと、ニノマエは口元に笑みを浮かべた。
「子供達もハロウィンを楽しめると良いな」
 久朗も唇の端を吊り上げると、ニノマエと共に仲間達の待つレストランへ向かう。
 「良かったら、これも食べてね♪」と言ったアンジェリカお手製の“死人の骨”クッキー(注・凄まじく硬い)が、皆の徹夜明けの歯を直撃したのは、五分後の事だった。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032
    機械|24才|男性|防御
  • 傍らに依り添う"羽"
    アトリアaa0032hero002
    英雄|18才|女性|ブレ
  • エージェント
    桜寺りりあaa0092
    人間|17才|女性|生命
  • エージェント
    新津 藤吾aa0092hero002
    英雄|29才|男性|ブレ
  • 希望を胸に
    アンジェリカ・カノーヴァaa0121
    人間|11才|女性|命中
  • ぼくの猟犬へ
    八十島 文菜aa0121hero002
    英雄|29才|女性|ジャ
  • 美食を捧げし主夫
    会津 灯影aa0273
    人間|24才|男性|回避
  • マイペース
    静寂aa0273hero002
    英雄|26才|男性|シャド
  • エージェント
    十影夕aa0890
    機械|19才|男性|命中
  • エージェント
    結羅織aa0890hero002
    英雄|15才|女性|バト
  • 悪気はない。
    酒又 織歌aa4300
    人間|16才|女性|生命
  • 愛しき国は彼方に
    ペンギン皇帝aa4300hero001
    英雄|7才|男性|バト
  • 不撓不屈
    ニノマエaa4381
    機械|20才|男性|攻撃
  • 砂の明星
    ミツルギ サヤaa4381hero001
    英雄|20才|女性|カオ
  • エージェント
    白神 日和aa4444
    人間|16才|女性|命中
  • エージェント
    アーサー ペンドラゴンaa4444hero001
    英雄|27才|男性|ブレ
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