本部

【卓戯】連動シナリオ

【卓戯】ピーカブーで殺り合おうぜ?

電気石八生

形態
イベント
難易度
やや難しい
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
能力者
16人 / 1~25人
英雄
16人 / 0~25人
報酬
多め
相談期間
5日
完成日
2016/10/20 21:32

掲示板

オープニング

●ワールド・ジャック
 オカルト系テーブルトークRPG、『Jack the R.I.P』。そのルールブックに描かれた19世紀の欧州を思わせる常夜の街のただ中、人影が謳う。
「いい夜だなジャックども。てめぇらの薄汚ぇ巣穴に処刑尼――Hang-nanが降臨だ。オカルトな夜の真ん中で、互いのカルトを比べ合おうぜ?」
 ハスキーボイスでささやいて、パンキッシュなシスター服をまとった少女――いや少年は赤い唇の端を吊り上げた。
 そこへ襲いかかるは総数20体の切り裂き魔。複数のシナリオを越えた先に設定されたこの「決戦シナリオ」は、プレイヤーがこれまで手にしたアイテムや知識を駆使して複数の切り裂き魔と対する内容となっているのだ。
 ……夜気の隙間に滑り込み、切り裂き魔どもが少年へ迫る。
「切り裂き魔の異能力はかくれんぼ。なら」
 少年の右掌に刻まれた“A”の傷痕が白く光り、その拳が闇を払った。
 !
 ただそれだけで、少年の背後へ抜けようとしていた切り裂き魔どもが月光の下に引きずり出された。
「見ぃつけ、た。……心配いらねぇさ。鬼はずーっと、俺だ」
 わけがわからないまま、少年を殺そうとナイフを振りかざす切り裂き魔。しかし、少年の前髪に隠された左眼が露となった瞬間、その足はもつれ、視線があちらこちらへ惑う。
「悪ぃな。俺の左眼は邪眼ってやつでよ。目が合った瞬間、俺のことが見えなくなっちまうのさ」
 黒目に覆われた紅瞳をウインクさせ、少年は左腕に巻きつけた薄汚れた包帯を引き剥がす。
「今夜は思いっきりロックだぜ!」
 虫さながらの外骨格を備えたその左腕がどくりと肥大化した瞬間。
 常夜の内に闇よりも深き奈落が口を開け。
 14体の切り裂き魔を飲み込んで消えた。
「“アバドンの腕”がぶち開けた奈落の底の寝心地はどうだよ?」
 その体の内から精製された2丁拳銃を両手に握り、少年が駆ける。
 宙へ待った少年は鋭く回転、後ろ回し蹴りを放って切り裂き魔を地に叩き伏せ、着地しつつその首筋を踏みにじった。
「死んだらなにも聞こえない。だから先に送っておくぜ? ――R.I.P」
 押さえつけた切り裂き魔の頭に惜しみなく鉛弾をぶち込んだ少年が、拳銃を捨てた。
 それと同時に、5体の切り裂き魔がたった今殺された同胞同様、煉瓦敷きの路の上にぐしゃりと押しつけられる。
 なんだこれは? この世界の主は、切り裂き魔のはずではなかったのか?
 それを約束した愚神……ガネスとレイリィは、いったいなにを考えている!?
「ちまちまやってる時間がなくなっちまっただけさ。一気に刈らせてもらう」
 掌から伸び出した大鎌を振り上げ、少年は無造作に切り裂き魔どもの首を刈り取った。

●挑戦状
『Jack the R.I.P』ルールブックの決戦シナリオページに、本来のものとはまるで異なる説明文が浮かび上がった。

 Abyss the Hang-nanより親愛なるHOPEにお知らせだぜ?
 このゲーム世界は俺がジャックした。なんせここはウチの神様がいるとこと繋がってるからよ。てめぇらに出入りされると都合が悪ぃのさ。
 俺はこれからパスワードを設定する。そいつができあがったら、もうてめぇらはここに入れねぇ。
 でも、こいつはゲームだろ? こっそり終わっちまったらつまんねぇから――邪魔しに来いよ。
 俺は俺の体を5つに分けて、それぞれにいっこずつパスワードを刻んでおいた。
 こいつを賭けて5番勝負と洒落込もうぜ?

 いっこめの“s”は俺と「神様は何者か」ってのを語り合う――ようは舌戦ってやつだ。俺はてめぇらの世界をぶっ壊す愚神様が唯一神だって信じてるからよ、てめぇらは必死こいて反論してきな? もちろん、語るだけじゃなくて騙ってもいいさ。
 2こめの“s”は俺と追いかけっこだ。って、安心しろよ。逃げやしねぇ。てめぇらはかわす俺にタッチすりゃいいだけ。っても、簡単に触らせてなんかやんねぇけどな。
 3こめの“y”は迷路で撃ち合いだ。ようは銃、弓、魔法で、顔なんざ見ねぇで殺り合おうぜってことさ。
 4こめの“b”は殴り合い。3こめと逆に、こっちは直接攻撃武器しか使えねぇ。射程が長ぇ武器も、目の前まで来ねぇと当たんねぇぜ?
 最後の“A”は、俺の掌の聖痕に重ねてある。で、ルールはなんでもありだ。武器もスキルもなに使ってもいい。ただ、ここじゃ俺も本気だからよ。うまい連携かましてくれなきゃかすりもさせねぇよ。

 勝負は5カ所で同時開催する。5人の俺に何人かずつでかかってこいよ。
 明けねぇ夜の真ん中、互いの足を踏んづけながら、ピーカブー(いないいないばぁ)で殺し合おうぜ?

解説

●依頼
・5チームに別れて散り、それぞれのルールに従って「3体以上のアビス」を撃破してください。

●状況
・常夜の迷路状の街が舞台ですが、月明かりで視界は良好です。
・迷路の壁は家です。高さは3スクエア(6メートル)です。

●ゾーンルール
・「厨二最強!」です。よって厨二演出(例:自らの血をAGWに換える、銃の弾を邪眼から視線に乗せて“邪視”として放つ、体に封じた悪魔が目を覚ます等)すると各行動にボーナスがつきます。

●ルール整理
・舌戦は「愚神こそ最高にして唯一の救い手」と騙るアビスに神とはどのような存在であり、どうあるべきものなのかを語ってください。神を信じない方向からの意見もOK。
・追いかけっこは回避しまくるアビスに自分の体の一部をタッチ(AGWは使用不可)。
・撃ち合いでは長射程の剣等は使用不可。純粋な長距離攻撃武器のみ使用可。
・殴り合いでは直接攻撃武器による射程1での攻撃のみ有効。
・なんでもありでは“連携攻撃”以外のすべてが無効。連携が繋がるほど大ダメージ。

●アビス
・厨二の化身。体から様々な武器を精製し、自在に使います。
・舌戦以外の戦いにおいて、アビスは以下の特殊能力を使います。
《ピーカブー》=髪裏に隠した邪眼を露にすることでエージェントの認知能力を乱し、自分の姿を認識できなくする。これを受けるとアビスへの攻撃命中率が半分に。
《鎮まれ俺の左腕!》=聖骸布で封印している左腕が覚醒。アビスを中心にした5×5スクエアにランダムで“奈落”が口を開け、エージェントに大ダメージと【拘束】、【封印】のBSを与える。
《俺が、ぶち破る!》=エージェントのアクティブスキル発動の際、右掌に穿たれた聖痕から聖光があふれ出し、スキルを全無効化。BSも完全回復する。
《認めねぇ、この俺が!》=生命力が半減すると、邪眼と左腕が邪なる力をアビスへ送り込み、攻撃力を高める。

リプレイ

●五景
 ひとつめのs――舌戦の戦場は、煉瓦の壁に囲われた広場だった。
 中央に置かれたソファへしどけなく体を投げ出したアビスが言う。
「俺のパンチライン(強烈な詩)に巻かれてKOしちまう覚悟はOK?」
「想定どおりの厨二リリック、どうせならどうにもならない道理を壊してどうぞ」
 さらっと返した酒又 織歌(aa4300)の頭上、帽子と化したペンギン皇帝(aa4300hero001)がクチバシを鳴らし。
『「どー」繋がりで返すとはなかなかだの』
 続く佐藤 鷹輔(aa4173)はアビスに対して手を挙げてみせ。
「共鳴を解いていいか? 張り切ってるのがいるんでな」
 アビスが許可すると、鷹輔の内より語り屋(aa4173hero001)が這い出して。
「語り屋を名乗る以上、ここで語らねばいつ語る。と、いったところであるな」
 そして壁をよじ登り、屋根の上に立って、怪しく体をくねらせて。
「我が名は語り屋。言の葉の刃にて尋常に立ち合おう」
 ポーズを決めた。
 それを見上げていた桜木 黒絵(aa0722)は拳を握り締め。
「よーし、頭脳戦はシウお兄さんの十八番だね。私の専門外だから任せたよ」
 共鳴体の主導権を渡された契約英雄シウ ベルアート(aa0722hero001)は少々鼻白み。
「勢いよく丸投げか。まあ、厨二病と屁理屈合戦……負ける気はしないがな。見てな黒絵、圧倒してやる!」

 ふたつめのs――追いかけっこの戦場は、単純な迷路と4メートル四方の広場が組み合わさったフィールドだ。
「ライ麦畑じゃねぇから趣はねぇが、逃げる俺を捕まえてみな?」
 煽るアビスに、まいだ(aa0122)は。
「わーい! おにごっこおにごっこ!」
 それを内から獅子道 黎焔(aa0122hero001)があわてて止めて。
『おいまいだ、忘れんなよ? 鬼ごっこじゃねぇからな? わかってんな!?』
「おー? ……あ、そうだった!」
 まいだはいきなりかがみこみ、額から伸び出したライヴスの角――半ばから折れている――を両手で押さえ。
「ぐ……ちかよるな……わがふういんされしつのがうずきだす!」
 練習した厨二ゼリフを、一生懸命披露した。
 その横から歩み出た桜小路 國光(aa4046)はモノクルの位置を直し。
「悪いけど『僕と契約して英雄になりませんか?』」
 途中から契約英雄メテオバイザー(aa4046hero001)に言葉を奪われ、うろたえた。
「メテオさんっ!? オレの口使って不適切な発言は勘弁してもらって大丈夫です!?」
『封印されし第2のサクラコです?』
「なぜ疑問型!?」
 仲間の様子を見たツラナミ(aa1426)は思わず「うーわ……」、続けてアビスの女装を見て「うーわ……」。
 故あってまいだを養子にしているツラナミは、巻き込まれる形でこの戦場へ来てしまった。今は後悔している。人生丸ごとやりなおしたいほどに。
『……仕事、だから』
 38(aa1426hero001)の言葉を受けたツラナミは、ただただ重いため息を垂れ流した。

 y――撃ち合いの戦場は路と家々がからみあった迷路。
『さすが撃ち合いの場。遮蔽物や曲がり角がいっぱいでござる……』
 内の藤林みほ(aa4548hero001)の言葉に藤林 栞(aa4548)がうなずく。
「私たちが戦いやすい環境だね、お母さん」
『!! お母さんっていうのやめるでござる!』
 みほは栞の母である。ただし、異界に在った19歳時のだ。なので「お母さん」呼ばわりはちょっとかわいそう。
 一方、烏丸 景(aa4366)・ラフマ(aa4366hero001)組は鋭い目線をアビスへ向けて。
『マスター、ここのルールはわたし好みです――今、なぜ私と敵を見比べたのですか?』
「いえ、少し既視感を覚えただけです」
 思わず追求しようとしたラフマを遮ったのは、アビス。
「リラックスしてんじゃねぇか。そのままHang-nanの鉛玉でイっちまうか?」
 その前にオペラ(aa0422hero001)と共鳴した九重 陸(aa0422)が立ちはだかった。

 bの戦場は煉瓦の壁に囲われた石畳のコロシアムだ。
「ここは真ん中だぜ? 殴り倒されりゃ地獄へ落ちる。殴り飛ばされりゃ天獄行きだ。どっちにするかは俺――Hang-nanの鎌しだいさ」
 コロシアムのど真ん中に立ち、エージェントを招くアビス。
『なにあのセリフの数々。和馬氏、俺氏たちも決めるよ』
「任しとけ!」
 俺氏(aa3414hero001)にねだられた鹿島 和馬(aa3414)がくわっと顔を上げた。
「天に逆巻く雲竜よ! 集い満ちて神威を成せ――顕現せよ、叢雲ぉおおおおっ!!」
 唐突に沸き出した暗雲より雷が降り落ち、和馬の右手に落ちた。紫電かき消えし後、その手に残されたものは天叢雲剣……!
 決め顔をアビスへ向けた和馬の後ろで、大門寺 杏奈(aa4314)は独り言つ。
「厨二か……よくわかんないけど、いつものようにやればいいかな」
『杏奈の翼は綺麗ですし、なんとかなりますわよ!』
 内の契約英雄レミ=ウィンズ(aa4314hero002)もこのとおり。
「前出て殴る。正面から殴る。まっすぐぶん殴る……!」
 逆鱗の戦拳で固めた両の拳を素振り、天野 心乃(aa4317)は赤眼と声音を滾らせた。
『いいですわね! 燃えますわね! あふれますわね!』
 内から麗(aa4317hero001)がさらなる熱を加え、共鳴体を昂ぶらせる。
『心強いね、和馬氏』
「えー。なんか俺、ちょっぴり不安?」

 最後のAの戦場は、左右に家々の壁が並ぶ大通りだった。
「ここは本気だって言ったぜ?」
 4組のエージェントを見やり、アビスが紅の唇を歪めて小首を傾げた。
「ま、いいけどよ。てめぇらの無垢な魂、Hang-nanの奈落で黒く染め堕としてやんぜ?」
 殺気の圧が風となってエージェントへ吹き寄せる。
「わぁ、カッコイイ! すごいすごいっ! ギシャ、染め堕とされちゃうー」
 向けられた殺気を気にも止めず、いつにないテンションでギシャ(aa3141)が声をあげた。
『いや待て、アレは特殊な病だから触るな! ……しかしまさかギシャのタイプがアレとは、予想のななめ上過ぎだ』
 どらごん(aa3141hero001)の苦い言葉も虚しく響くばかりである。
「ち、俺の左脚が……このままじゃどうにかなっちまいそうだ」
 ニノマエ(aa4381)が機械化された左脚を抱え、顔をしかめた。
『ニノマエ貴様――ついに頭が沸いたのか?』
 相方のミツルギ サヤ(aa4381hero001)が内からおそるおそる声をかける。
「ついにってなんだよ。疼くんだよ。左脚が、な」
『頭ならず脚が沸くとは面妖な……』
 厨二というものを理解できていないサヤは、気味悪げに口をつぐむのみだった。
『さて、敵は果てなき自己陶酔に侵されし魂の病人。されど奈落、奈落だよ。いかにする覚者(マスター)――いやさ、燼滅の王よ』
 内でささやくナラカ(aa0098hero001)に対し、八朔 カゲリ(aa0098)は平静に。
「この場でその呼称も大概だな。……だが、奈落とは言ってもおまえよりは浅いよ。なら、底の深さも知れている」
 と。彼の腕を志賀谷 京子(aa0150)がぽんと叩き。
「奈落とかはとにかくさ。曰くありげに意味深な行動をとればいいわけだよね。まかせろー!」
 超やる気な契約主に、アリッサ ラウティオラ(aa0150hero001)はげんなりした声で。
『……はあ。ほどほどでおねが』
「それは聞けないなっ!」
『う。嫌な予か』
「それは言わせないよっ!」
『うう』

●語り
「神ってのはなんだ? 汚ぇことは人間任せで見下すばっかの奴? 俺は認めねぇ。俺が信じるのはてめぇの手ぇ汚して俺を助けてくれる唯一最高の愚神様だけってな」
 アビスが投げた最初の問答。
 用意された椅子にちょこんと腰を下ろした織歌が論を返す。
「唯一最高の救い手ですか。愚神が神だと言うならばいったいなにができるのでしょうか?」
『うむ。余は多くのものを統べる皇帝なれど、常に己が無力を噛み締めておるぞ』
 織歌はペンギン皇帝の語りにうなずき、アビスの反論を待つ。
「そりゃあてめぇらのが知ってんじゃねぇの? 神は降臨し、壊し、救う――唯一絶対の恐怖で、救済なんだよ」
「まずはその“唯一”に反論しようか」
 椅子に深く腰かけ、脚を組んだシウが唇から煙草を離した。
「なぜなら僕こそが神――かつては絶対神だったんだからね」
『え、そうだったんだ!? 拝んどくっ? 奉っとくっ? 様づけしちゃうっ?』
 シウは内でびっくりと声をあげた黒絵へかぶりを振ってみせ。
「それよりもダーリンと呼んでくれないか……と、それは置いておこう」
 シウは咳払い。あらためて言った。
「絶対神たる僕の生活はあまりに退屈だった。だから、無聊をなぐさめるために僕は自らの因子を生きとし生ける者に分け与えたのさ。ゆえに」
 煙草の先に灯る火をアビスへ突きつけ。
「誰しも神としての資質を持っている。神と奉られる者はその因子に気づいた者。――愚神が唯一無二であるものか。僕から与えてもらった神たる因子を使って神を称するに至っただけの存在に過ぎない」
 シウの言葉を聞き終えたアビスが紅い唇を笑みの形に歪めた。
 そして探るように、差し出すように、低く。
「証拠を見せろとは言わねぇがよ。だったらてめぇはなにをしてくれんだ? 愚神はこのファックな世界を壊してくれるぜ? 俺を救ってもくれる。てめぇはどうなんだよ?」
「くくく、笑止」
 屋根の上から降る語り屋の声音。
 満月をバックにラバースーツで固めた体をななめにひねり、かっよさげに見えなくもないポーズを決めた彼はよく言えば怪人、悪く言えば“変質者・極み”なわけだがともあれ。
「アル=イスカンダリーヤの地で誰かが言っておったよ。確かエレン・シュキガル様の法の礎に、であったか。愚神の敷くドロップゾーンも然り。汝のさえずる“最高にして唯一の救い手”とやら、どうにも自らの定めしルールに腐心し、執心しておるようだ」
 胡座をかいて座った後、両腕で体を持ち上げて空中浮遊のポーズを決めた語り屋が、ラバーと同じ黒き瞳をぎらりと輝かせ。
「なんとも小さきことよ」
 寝転んだ姿勢から上体をひねりながら起こすグラビアポーズをとり、さらに言葉を継ぐ。
「手の内の箱庭が壊れぬよう、叛逆を禁じて己の都合で他者を縛る。――訊こう。汝の神は、なにをそれほどに恐れ、怯えるのか」
 その姿を見上げながら鷹輔は思う。
 ――なんか生き生き張り切ってんな。気合の入った変態にしか見えないのが難だがよ。
 椅子にだらりと座ったままため息をつく彼の横から、織歌がまた言葉を発した。
「世界の破壊? でも、そんなのは人間でも充分できることですよね? そこに在るものをただ壊す……人の歴史はその愚かしさの積み重ねです。唯一無二の愚神様ができることとして挙げていただいても、困ってしまいますね」
 アビスが目を細めて語る。
「ゾーンルールはこの世界ってやつに対する慈悲だ。俺らに侵される覚悟決めろってな。で、侵して壊して、まっさらになった世界に新しいもんを生むんだよ。俺を生んだみてぇにな。愚神が成す創造――てめぇらにできるか?」

●Tracking
「俺ん中にゃ俺が殺したジャック&ジャクリーンがいる。そいつらがこぞって俺にささやくのさ。狂った夜もてめぇらも、Hang-nanの心刃で斬り裂いてってな。……ま、残念ながら、今夜の俺が裂くのは夜闇だけなんだけどよ」
 そしてアビスが駆け出した。ブーツの踵を石畳に打ちつけてステップを刻み、時に体を反転、エージェントを誘いながら。
 それに合わせ、まいだが自分の小さな体を抱きしめて、「んー」とぶるぶるした。
「ぐあぁあああ! わがみにふうじしじゃあくなちからがぅああああ!!」
 が。
 邪悪な力はなにひとつ這い出しては来なかった。
『……まいだ、ライヴスフィールド持ってこなかったろ?』
 黎焔の指摘にまいだはびっくり。
「うー、わすれてた!」
「びっくりしてねえで、とにかく追っかけろ」
 ツラナミがまいだの頭をかるく押した。
「ママ! まいだがんばっておにごっこする!」
 まいだの突進をバックステップでかわしたアビスがツラナミをじろじろ見て、ひと言。
「心がママかよ?」
「体も心もおっさんだっつーのー」
 やる気のない言葉とは裏腹に、その体は鋭く壁を蹴って跳躍、アビスの進路を塞ぐべく後ろへ回り込むが。
「あと少し手ぇ伸ばせよ。あの月だったら捕まえられるかもな?」
 アビスは右のつま先を軸に半回転、左のつま先に軸を移してもう半回転を決め、ツラナミの手をすり抜け、その向こうへ。
『……ゾーンルールが厨二最強なら、ツラナミも厨二になるべき』
 もっともなことを言う38だが、ツラナミは「はっ、知るか」。
 38は少し考え込んだ後、そっと。
『封印されし右腕、が……うずく?』
 ――訊いた!?
『定石ですが、スキルを無駄撃ちさせて追い詰めたいところですね』
 内なる声でメテオバイザーに告げた國光が守るべき誓いを発動。アビスの目をさらって義理の母娘をサポートする。
『こちらに注目してもらえれば、動きのクセや隙が見えるかもしれないです』
 メテオバイザーに「ですね」と返した國光はアビスの横へ駆け込んだ。
「お手をどうぞ、美しい人。せっかくの追いかけっこ、今は楽しみましょう」
 彼が伸べた手にはライヴスリッパーが潜めてあった。それは当初の目的であるスキル消費のための作戦で、攻撃のためではなかったが……。
「おさわり以外は禁則事項だぜ? 悪い子にくれてやらぁ。Hang-nanの邪罰をよ!」
 アビスが前髪を払い、左眼を露わした。
『サクラコ、邪眼が――』
 黒目に縁取られた紅眼がまたたき。
 國光の視界がぐにゃりと引き歪み、焦点を失った。
「――くっ!」
 平衡感覚を失ってよろめく國光を置き去り、アビスが跳んだ。
「頭でも胸でもいいから刻みつけとけよ。俺は死神の鎌だ。ダンスしたきゃ奈落のどん底に来いよ。てめぇが斬り刻まれてなくなっちまうまで踊らせてやんよ」
 屋根の上から笑みを投げるアビス。
「ママだっこ! まいだおっかけるんだから!」
『なあ、まいだの気がすむようにしてやってくんねえか? あんただってこんなのさっさと終わらせてえだろ?』
 じたじたとツラナミに抱っこをせがむまいだと、言葉を添える黎焔。
 ちなみに黎焔、まいだのためならかなりの無理を押し通してしまう激甘保護者である。
「……放っときゃ自分で降りてくんじゃねぇの?」
 言いながらツラナミが屋根の上へ。アビスを路上へ追い立てる。
「しかし、さっきの様子じゃ女郎蜘蛛も」
『呪われし……思念のくさ、り』
「あー、呪われし思念の鎖さんもルール違反か。だる……」
 眼下では、アビスが路へ降りた直後を狙って横から「つかまえたー」とタックルしたまいだがかわされ、転んでいた。

●真剣
 果ての知れない迷路を、景は警戒態勢で進む。
 アビスの姿は未だ見えない。
『マスター、他の人といっしょにいたほうがいいのでは?』
 辺りをうかがいながらラフマが言う。
「しかし、一方向から撃ち込んで効果が得られるとも思えません。囲まなければ……」
 景もそうだが、この戦場を選んだエージェントは経験が浅い。アビスを撃ち倒すには攻撃の集中だけでなく、連携が必須だ。そして後は――
「Hang-nanが追いついたぜ。鎌代わりの鉛弾、てめぇらの胸いっぱいにくれてやる」
 どこからか聞こえたアビスの声が迫り来る。
 おそらくは建物の影に同化でもしているんだろう。厨二は影や闇が大好きなものだから。
『マスター! わたしに続いてください!』
 景は一瞬息を詰め、覚悟を決めてうなずいた。
『銃火は光。すべてを撃ち拓く純白の殺意』
「銃火は闇。すべてを昏く穿つ漆黒の悪意」
 歌うように口ずさみ、SMGリアールをフルオート。影に沿って撃ち込みながら、迷路の曲がり角へと走る。まともに撃ち合える経験値はない。身を守る壁が欲しい。
「さあ、Hang-nanの降臨だ。いい子はおねむの時間だぜ?」
 影から染み出したアビスが景へソウドオフ・ダブルショットガンの銃口を向けた。
 と。
 アビスの側面へ転がり出た栞が動きを止めないまま苦無を投げ、その銃口を弾いた。
「東洋の神秘NINJAの真骨頂、お見せします!」
『チラリズムが肝要でござるよ! モロ出ししてしまうと死んでしまうでござるがゆえ』
 みほの警告を受け、栞はさらに回転を重ねた。止まれば撃たれる。撃たれれば、駆け出しの自分は確実に死ぬ。
「流星群ってほどじゃねぇがな。黒く流れるこの弾でイっちまいな?」
 ショットガンが火を噴いた。
 12×2、計24発の散弾が、栞を逃げ道ごと押し包むが。
「臨」
 九字の最初の一文字である臨――「臨む(のぞむ)」を唱えた栞の体がかき消えた。
 上だ。
 回転を踏み止めた反動で栞は跳び、ふわりと身を翻して苦無を投げ放つ。
『奈落の星と忍の星、はてさてどちらの星が願いに届くでござるかな?』
 みほの声を追うように、物陰へ退避した景の射撃が重ねられた。
『忍者……?』
 思わず漏らしたラフマへ景はかぶりを振り。
「別にこじらせているわけではありません――よ、ね?」
『みほはいたって真剣でござる!』
「お母さんがごめんなさい……」
 母娘の返事はともかく、3組は心と銃口を合わせてアビスと対峙する。

●慟哭
「くっついちまえば邪眼とかも意味ねぇだろ!!」
 アビス目がけ、心乃がまっすぐに突撃した。
 後方では杏奈が激情を噛み殺し、佇んでいる。
『天野様が行かれましたわ。私たちも』
「まだです。まだ、足りません。この怒りが――憎しみが――造りものの右腕を満たすには」
 レミの言葉を遮り、杏奈は目を閉ざした。
 雪の妖精さながらに儚げな容貌には似合わない、月光をギラリと照り返す銀の右腕。
 彼女は思い出している。愚神によって殺し尽くされた家族の顔を。家族を殺し尽くした愚神の顔を。思い出して、苛まれている。
『鹿島様。俺氏様。天野様。麗様。そして他の皆々様。全員で生きて還りましょう。だから今は、なにも言いませんわ……』
 レミが言い終えると同時にリンクレートが高まった。
 杏奈とレミは未だ弱い。しかし、だからといって退くつもりはない。仲間を背にかばって前へ出る。そのために今は、魂を煉獄にて焦がす。
『……和馬氏』
「俺は今まで生き残ってきた歴戦のネット戦士だぜ。紛い物の神の尖兵気取る輩に、神代の厨二を魅せてやるぜ!」
 ――最速でアビスへたどり着いた心乃が左右のフックをぶち込んだ。
「おおおおおおお!!」
「なんの業(わざ)もなしでHang-nanに届くかよ」
 右掌だけで2発を打ち払い、アビスが汚れた包帯に包まれた左腕を振りかぶった。
「俺の左腕は悪魔に引き抜かれた。代わりにそいつの腕をちぎってくっつけた。この呪われた拳で、てめぇの真っ白な魂、穢してやんよ」
 アビスのセリフが進むにつれ、その左腕が“穢れて”いく。
『力が増していますわ! 無垢な少年が初めて知った想いに心羽ばたかせるように』
 麗の詩的表現に顔をしかめた心乃は、引き戻した両腕で顔面を守る。
 その守りの真ん中に、アビスの拳が突き立った。
「――っ!」
 心乃の両腕がはじけ飛ぶ。守ったはずの顔が強制的にアビスの前に晒される。
 しかし心乃は両脚を大きく開いて体を固定し、思いきり握り込んだ拳をアビスへ返した。1、2、3、4、5――技などない。闘う中で覚えた我流の拳をただひたすらに。
「最初っからヤケクソか? そんなもんがてめぇの選択か?」
「私が選んだのはな!」
 心乃の言葉を継いだのは和馬の一閃。
「誰かがささやくんだよ。みんなが生きてる世界を守ってくれって。だから俺はおまえを倒すよ。それが俺の選択で、世界の選択だ」
『お母さんに聞かれちゃったら悶死確実だね』
 俺氏のコメントに微量、力を失くした和馬だったが、彼の刃はアビスの左腕に食い込み、その攻撃を止めた。
「じゃあ超えてみろよ。俺の思い、てめぇの思いでよぉ!」
 体を返したアビスの右拳が和馬へ突き刺さる――
「残念――それは残像だぜ」
『残念――これは本体だよ和馬氏?』
 腹を押さえて転がった和馬は、それでも動じることなく地面に向かい。
「この鹿島和馬、回避にゃちっと自信があんのさ……」
『厨二とシャドウルーカーの両立、結構難しかったね』
 心乃をあしらいながら、アビスが和馬へ迫る。
 と、そこへ。
「翼よ、誇り高き加護の力を!」
 杏奈の澄んだ声音が響き渡り。
 彼女が掲げた救国の聖旗「ジャンヌ」が銀白の翼と化し、彼女を高く舞い上がらせた。
 その姿はさながら天界より遣わされし戦天使。が、彼女の面は慈悲ならぬ黒い思いに翳っていた。
「大切な者を愚神に殺された悲しみ、右腕を喰われた屈辱、どちらも1秒たりとも忘れたことはない! 愚神も、愚神を崇める者も、すべて消し去ってやる!」
 コロシアムの縁を成す建物の屋根を蹴り、アビスへと飛ぶ彼女が両手に握るもの、それは二本一対の双剣、≪憤怒≫と≪復仇≫。
「復讐に燃ゆる剣よ、私に力を――悪を屠り、奴らを滅ぼす力を!!」
 双剣でその身を貫かれ、アビスが吹っ飛んだ。
 しかし、地へ落ちゆく彼は不敵な笑みを浮かべ。
「はっ! ねじこまれたぜ、てめぇの魂の慟哭! 俺はそいつが聞きたくて生まれてきたのかもなぁ!!」

●奈落
「俺に狙いはつけられたか? 逢いに来てくれよ。この明けない夜が果てちまう前に」
 開戦と同時に通りの脇に並ぶ家の屋根へ登ったギシャは、今なお悠然とエージェントたちの襲来を待ち受けるアビスへ破魔弓の狙いを定めた。
『おいギシャ! 手加減をしようなんて考えるなよ! あいつは俺たちより――』
「殺すよー」
 どらごんへの返答は、ただのひと言。
『なに?』
「本気で殺すよ。そしたらアビスも本気で殺してくれるって思うんだ。なんだろ、これ。ギシャなんだかおかしいねー」
 それはあまりに歪んだ恋心。ただ、どらごんにはギシャが本気なのかまではわからない。厨二という雰囲気に酔っているだけのようにも見えるからだ。
 どらごんはどう言ってやればいいかわからず、沈黙した。
「邪を打ち払う聖なる矢! 夜が深いほど――闇が深いほど、白光は輝きを増して漆黒を斬り裂き、潜みし奈落を照らし出す!」
 ギシャが放った矢に合わせ、カゲリと京子が左右からアビスへ駆ける。
『覚者よ、京子にはなにやら考えがあるのだな。なれば私たちがすべきは』
「様子見じゃなく、攻撃だ」
 カゲリの手に黒焔が灯り、無形の影刃<<レプリカ>>――奈落の焔刃と銘打たれた両刃の細剣が形を成す。
「手を伸ばせば届くなんてうぬぼれてはいないさ。が、この刃に宿った焔ならどうだ?」
 カゲリの銀の髪先が、その身から噴いたライヴスにあおられ闇に散る。
 果たして放たれた黒焔が、ギシャの矢を追ってアビスのシスター服を焦がし。
『悪魔の力をも削ぎ落とす無法非情の嵐を受けよ!』
 サヤの鋭い声音がセリフを紡ぎ、召喚された1000のゴルディアシスが嵐となってアビスを押し包んだ。
「繋ぎはできたな。次はひっ捕まえて一撃食らわすぞ。アビスの脚を止める!」
 ニノマエが全力移動を開始した。
『……思ったよりも悪くはないな、チュウニというものは。騎士や剣士どもがしきりと名乗りをあげ、詩を紡ぎたがる理由もわかる気がする』
 厨二。果てなき戦いが続く世界から来たサヤにとっては、意外に受け入れやすいものなのかもしれない。
「じゃ、そのまま頼むぜ。俺の左脚が暴れ出しちまう前に片づける」
『いや、その設定は実に気色が悪くて許容できないので却下だ』
「なんでだよ!?」
 ニノマエのストームエッジに紛れて近づいていた京子がアビスの前にたどりついた。
「お待たせ! なんでもありならこんなのは?」
 ハウンドドッグを手、腕、体を使ってバトントワリングのように回転させる。
「曲芸はお呼びじゃねぇよ」
 自らの影から引き抜いた大鎌を振るい、アビスがハウンドドッグの銃身を弾いていく。
「曲芸じゃないよ。ガン=カタ!」
 2000年代初頭のアメリカ映画に登場した、「銃(ガン)」と日本武術の「型」とを組み合わせた架空戦闘術がガン=カタだ。
『2丁拳銃でない時点でガン=カタの王道ではないのですけれど』
 ため息をつくメリッサに「ガンでカタなんだから合ってるオーケー!」と返した京子は、銃捌きに突きと蹴りを組み合わせ、さらにアビスを追い詰める。
「ガチでうぜぇ。うぜぇんだよぉ!」
 アビスの左眼が露われ、京子の視界をぐちゃぐちゃに乱した。
『ピーカブーですか……これではアビスを視認できませんが』
 メリッサの声は冷静だった。
「視覚を封じた程度で粋がってもらっちゃ困るな。心眼って言葉、知らないわけじゃあないでしょう?」
 京子は目を閉じたまま不敵に笑んだ。
 京子とメリッサは決めていたのだ。ピーカブーを受けたとき、どうするかを。
「狙いはもう澄ましたよ。わたしの魔弾から逃げられるなんて思わないでほしいな?」
 狙撃師のスキルで命中を高めていた彼女は、ゼロ距離からアビスの左眼へ向け、撃った。
 直撃弾に弾かれ、大きくのけぞるアビス。
 数瞬の間を置き、その顔がゆらりと戻り来る。
「痛ぇな。産まれてきたときのこと、思い出しちまったぜ」
 鮮血を噴く左眼に指を突っ込んで中身をえぐり出し、捨てた。
「次は俺の番だ。逃げられるなんて思ってねぇよな? 見てってくれよ」
 左腕を固めていた包帯がずるずると解けていく。
「ヤツらの魂を喰って、鎮まれ俺の左腕!」
 露われたのは虫甲に鎧われた腕。それがどくりと脈を打ち、一気に膨れあがった。
「R.I.P」
 果たして奈落が口を開け。
 カガリを、京子を、ニノマエを、その奥底へと引きずり込んだ。
「わ」
 さらに、充分に距離をとったはずのギシャの体が、アビスの周囲にまだらを穿つ奈落に引き寄せられる。
『もっと距離を取れ! 一度戦場の裏側へ――』
「むーりー。なんか閉じちゃってるー」
 見えない壁があるらしく、大通りの裏へ転がり落ちることはできなかった。
 代わりにギシャは屋根から突きだす煙突をつかんで引力に抗い、後ろへ回り込んで潜伏を発動した。
「今逢いに行くよ、アビス」

●騙り
「破壊と創造、確かに神様っぽいですね。でも」
 織歌は小首を傾げ、強い視線をアビスの右目へまっすぐ突き込んで。
「神様を“愚か”って、本当に唯一絶対だって信じてますか?」
「愚神はよ、秩序の支配に飽きた異世界の祈りが生んだ新しい神なんだぜ? 秩序に抗う愚かな存在。それを自称するんだ。ほんと奥ゆかしいお方だぜ」
 織歌の揺さぶりにもアビスは動じない。
「愚かしい、まさにそのとおりだ」
 織歌の言葉を継いだのはシウ。
「ここにいるエージェントや英雄はみな神となり得る存在だ。確かに強大な力を顕現させた愚神より因子こそ薄いが、全員が僕の“因子”を持つ同胞なんだからね。それだけでも唯一とはなり得ない。それに」
 彼は悠然と脚を組み替え、紫煙とともに言葉を吐き出す。
「愚神はいったい何柱いる? それぞれが勝手に蠢き、厄災をばらまいている。唯一どころか統一した意志すらもなく、だ」
 アビスはひと呼吸分の間を置き、大げさに肩をすくめてみせた。
「人間だって同じだろうよ。てめぇらが神になれるってなら、てめぇが言った統一くらいはできて当然じゃねぇのか?」
 その言葉を待っていた。
 シウが椅子から立ち上がり、笑んだ。
「人の心身は弱く、けして唯一の意志に統一されることのない存在だ。しかし、力と意志とを併せ、愚神をも超える。今、僕らがアビス君を説き伏せているようにね」
 アビスがかすかに眉をしかめた。
 そこへ、ついにポージングを超えてただ屋根に寝転ぶばかりとなった語り屋が弁を重ねる。
「死と生は表裏一体。細胞ひとつ、星にすら寿命があり、誕生と消滅を繰り返す。それこそが原初より定められし不変の理よ。汝の主はそれに抗うと言うが、思い返してみるがいい。主たる愚神どもが我らごときに滅ぼされてきた史の実を」
 語り屋が屋根から転がり落ちてきて、横倒しのままアビスを見上げた。そして。
「神を名乗る者の走狗よ。あくまでも愚神こそ神であると語るならばその神に代わり、ドロップゾーンなる狭き世界の崩壊――死を見届けるがよい。できぬとは言わさぬぞ? 汝は死こそ救いと語ったのだからな」
 ペンギン皇帝のクチバシをなでながら、織歌がまた語り始めた。
「今までいろいろ言い合ってきましたけど、私は信じてもいいんですよ。だって愚神様は唯一絶対で最高なんですよね? だったらいくらでも信じますから、私を今すぐ幸せにしてください」
 アビスは鼻白み。
「……言ったよな。救いは死だってよ」
「無理ですかそうですかがっかりです」
 大げさに肩を落としてみせた織歌があらためて顔を上げる。
「でも、それよりがっかりなのはあなたの言葉が結局受け売りでしかないことです。言われたことをただ信じて、それに従う自分に酔っているだけ。言葉も生き様も薄っぺらい」
 織歌は眼鏡を押し上げ、アビスをにらみつけた。
「もうやめてもらえませんか? 自分だけじゃなく、まわりを巻き込んでまで“騙る”のは」
 これにシウはふむとうなずき。
「騙らなければいけない理由は単純なものだ。アビス君には語るべき言葉がない」
「てめぇらにはあんのかよ? 俺の揚げ足取るんじゃねぇ、てめぇの言葉ってやつがよ」
 シウは懐から一冊の大学ノートを取り出した。
「信仰に自らの言葉は必要ないさ。必要なのは揺るぎない言葉をくれる経典だよ」
 アビスに背中を向け、ポーズを決めたシウが右手に構えた経典――大学ノートの名は“厨二病語録”。そして左手の指に挟まれたものは“【限定】(RBカード)血威”だ。
「書きつけられた文字は、記録は、違えることなく僕を導く。その場その場で思いつくような儚い言葉とちがってね」
 言葉に詰まったアビスに、いつの間にか立ち上がっていた語り屋が迫り。
「死が救いと宣うならば、自ら死んでみてはどうか? 体現よりも確かな実践はあるまい」
『先生が死ねと言ったら死ぬのか』を起源とする古式ゆかしい屁理屈に、アビスは紅い唇を歪めた。
「……小学生かよ」
 一歩退いたアビスが3組に告げる。
「でもまぁ、ここはてめぇらの勝ちだ。いっこめの“s”、消させてもらうぜ」
 アビスは右掌に刻まれた“s”の聖痕を握り潰し、消滅した。

●つーかまーえたっ!
 それほど大きく動き回っているわけではないのに、アビスはまるで捕まらない。
「当てるのはそれなりなんだけどな」
 ぼやくツラナミに國光がうなずいた。
 イニシアチブでこそツラナミに劣る國光だが、攻撃精度では勝っている。しかし。それでもアビスを捕らえることができない。
「まだスキルの力に惑わされているんでしょうか」
 思わず口について出た言葉にメテオバイザーがかぶりを振った。
『ピーカブーの効力は30秒で消えたのです。ちゃんと数えていましたのです』
 だとすれば、素の回避力が異様ということか。
 モノクルの奥に隠した緑眼が苛立ちに揺れる。
 と、消沈する大人たちとはちがい、まいだだけはあいかわらず元気だった。
「このしっこくにとざされたせかいをつらぬきし、せいなるはくぎんのだんがんをくらえーっ!!」
 言いながらまいだがだだだーっ。横からアビスにしがみつこうとしたが。
「白銀の弾丸って、てめぇがぶっ込んでくんのかよ」
 アビスは跳躍してやり過ごした。
『今なら!』
 メテオバイザーの声に応え、國光が宙にあるアビスへ手を伸ばした。
「無粋なマネしてんじゃねぇよ。あんなに月が綺麗だぜ?」
 壁をつま先で突いてさらに上へ跳んだアビスがニヤリを笑んだ。
『あれは追っても無駄だね』
「……だな」
 38のため息にツラナミのため息が重なった。
 今ツラナミが追っても、アビスはまた壁を蹴って逃げるだけだ。そういう位置取りをされている。
 一方、突進をすかされたまいだは思いきり転んでいた。
「だいじょうぶだもん! まいだつよいこだもん!」
 大きな目を潤ませ、石畳にこすれて汚れた機械の掌をぎゅっと握りしめ、立ち上がる。
『くそっ! ツラナミさんでも触れねえってのに……』
 こんなちっさいガキが捕まえられっこねえだろ。黎焔は続く言葉を無理矢理飲み下し、まいだに語りかけた。
『なあ、まいだ。あいつはズルっこだ。こんな追いかけっこ、やめちま』
「まいだやめない! ぜったいぜったいつかまえるっ!!」
 最初は遊びに来ただけだった。でも、ママもおにいちゃんも、必死でおとこおんなのひとを追いかけている。だから気づいた。これは遊びじゃない。お仕事だ。
「おこづかいもらったら、みんなでケーキたべるんだよ。おいわいにはケーキがないといけないんだ。まいだはね、うーんとね、クリームいっぱいついてるの!」
『まいだ……』
 黎焔のライヴスがまいだのそれと溶け合い、激しく燃え立った。
『うるうるしてる暇なんかねえぞ! 走れ! しがみつけ! あたしもがんばるから、死ぬ気出してがんばれ!!』
 これを見た38がツラナミを促した。
『養女の幼女が猛烈にやる気だけど?』
「知るか。ただ、このままじゃ埒が明かねぇか」
 ツラナミがゆっくりとアビスと距離を詰め、垂れ流す。
「あー、なんだ。……怨嗟の鎖に捕らわれ、刹那の闇に引きずり込まれるがいい?」
 縫止がアビスの脚に突き立った。
「打つ手がねぇからってこりねぇな。今度の罰は二連発だぜ?」
 ピーカブーが発動し、ツラナミの視界を歪ませた。そして。
「震えて待ちな。Hang-nanの捌きの鉄槌をよ」
 アビスの手に現われたのはショットガン。対するツラナミは眩む眼をこらして三日月宗近を抜き打つ――
「アビスさんはオレが護ります――っと失礼、よろけてしまいました!」
 ハイカバーリンクで國光が割って入った。彼が背にかばうのはアビス。しかし、彼はツラナミの刃に構わず反転し、アビスへ向かって跳んだ。
「手の込んだマネしやがって!」
 國光の行動は、護ると見せかけてアビスの眼前に立つための策だった。
『あんなにかわいらしい子にばかりがんばらせておけませんもの!』
 メテオバイザーが高らかに言い放ち。
 國光の手がアビスをつか――みきれない。ピーカブーの効力のせいだ。
『すべてを見渡す……神の、眼。逃れることはふか、のう……』
 38の言葉とともに飛んだ鷹が高く鳴いた。
「目ぇつぶって鷹の鳴くほうに突っ込め!」
 ツラナミがまいだを呼び込む。
「えーと! わがじゃがんとしっこくのちからをもってすればこのていどちりあくたもとうぜんよ!」
『それ、防御んとき言うはずだったやつだぞ』
 黎焔のツッコミはともあれ。
 ママの言うとおりにまいだは目をつぶったまま鷹の鳴き声を追い。
 体勢を崩していたアビスの腹に、頭から突っ込んだ。
「――こっちでも負けかよ。しかたねぇ」
 ふたつめの“s”が、ここに消滅した。

●肉迫
「震えながらおねだりしな。目をつぶってる間に天獄へお送りくださいってよ」
 ショットガンから盛大に散弾をばらまきながら、アビスが路を進み行く。
『マスター』
 曲がり角からサブマシンガンを突き出し、撃ち返す景の内からラフマが声をあげた。
「わかっています。アビスはスキルを使ってきませんが、単純な火力で大きく私たちに勝っています。時間を引き延ばしても意味はありませんね」
 3組の内でもっとも熟練度の高い陸が正面に立ち、アビスを牽制してくれてはいるが、このままでは鉛の津波に飲み込まれるだけだ。
「お母さん知恵! 藤林家に伝わる究極奥義とか超忍術とか!」
 景とは別の角に潜み、まるで便利道具をねだる無能力メガネ男子のような調子で急かす栞に、みほはもっともらしい口調で答えた。
『あると言えばあるでござるが、ないと言えばないでござる。忍の業とは色即是空、空即是色』
「問答じゃなくて!」
 散弾を食らった陸が大きく下がる。もう、抑えきれない。
「……出るよ!」
『承知。忍の一分、果たすでござる』
 アビスの背後をとって栞が跳び出した。
「闘!」『者!』
 九字の三文字めと四文字め、“闘う者”を唱えた母娘が心を重ね、苦無を放つ。
「遅ぇ。Hang-nanの眼はてめぇのちょい先を視てるんだぜ?」
 散弾が苦無を撃ち落とし、さらに栞へ噛みつかんと迫る。
「在!」『前!』
 九字が成ったと同時に、栞が煙玉を路へ打ちつけた。
 路を満たす白煙は速やかに吹き払われたが……栞はいない。残されていたのはただ、彼女のフィジカルウェアのみだった。
『これぞ変わり身の術……忍術の真髄でござる』
「お母さん、早く取りに戻らないと私防御力まずいんだけど!」
 元いた角へ駆け戻った母娘は、あいかわらずの二者二様。
 が。
 機は作られた。
「みなさん、アビスに近づかないでください!」
 栞に代わってアビスへ向かいながら、景は自らの流した血を空へと撒いた。
「銃たちは冷たく吼えたて過日を呪い」
『汝が罪を咎へと導く』
 血の玉が赤き弾丸と化し、アビスを撃ち据える。
「うおおおおおお!」
 無数の弾痕を穿たれたアビスがよろめき、天に向けて吠えた。
「みなさん! 援護をお願いします!!」
 深く傷ついた陸と新人の栞。どちらもアビスの反撃を受ければ最悪死ぬ。ならば――
『行くしかありませんね!』
 ふたりの仲間を守ってアビスの射線を塞いだ景は彼の眼前にまで突っ込み、その胸元に自らの額を打ちつけた。
「――ここからなら、たとえ見えなくとも当たります!」
 その間にも、動けない陸をかばいながら栞が小石を投じ、逆を突いて苦無を飛ばして景を支援する。
 しかしアビスは動じない。
 そして静かに景の耳元でささやいた。
「俺の鉛弾はたったの15グラム。でもよ、そいつが100発ならどうだ? 1000発なら? 10000発なら? てめぇが天獄のどん底へ堕ちるまで重ねてやるぜ、15グラムをよ」
 両手に顕現させた2丁拳銃を景へ突きつけ、撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ……。
 彼女のかすむ目に映るものは、続けて撃ち倒される仲間の姿。
 ――すみません。はずかしい真似を、しまし――た――
 かくして常夜の月に“y”のパスワードが刻みつけられた。

●刻印
「さっきのは効いたけどよ。たった1発じゃHang-nanの闇は切り裂けねぇさ」
 杏奈の突貫に続いてアビスを囲んだ和馬と心乃だったが、アビスは避けるどころか真っ向からそれを受け止め、圧倒してみせた。
「ならばもう一度……!」
 他のふたりにからみつかれたアビスへ、上空から襲いかかる杏奈。
「そいつはさっき見たぜ?」
 アビスはわずか一歩で和馬と心乃の包囲を逃れ、杏奈へ右拳を突き上げた。
「っ!」
『杏奈、備えてください!』
 撃墜された杏奈はレミのサポートを受け、体を丸めた状態で地に落下した。
「覚悟決めて来いよ。裁かれて墜ちる覚悟をよ」
 アビスの連打が和馬に振り込まれた。
「このかしまかずまかいひにゃちっとじしんがあんのさっ!」
『余裕はないけどね?』
 自慢の回避力でぬるぬるかわす和馬、そして内の俺氏。
「アビス!!」
 その間に心乃が強引に押し入って、拳をアビスの右ストレートへ打ちつけたが。
「だめだぜ。なってねぇ」
 アビスの拳が心乃の拳を押し返す。
 心乃の腕が、脚が、体が、超重圧に押し込まれ、がくがく震えた。
 しかし。
『技も力も、私たちがアビスさんに勝てるものはありませんわ。でも』
 麗の言葉に口の端を吊り上げ、心乃が吠えた。
「気合だけは負けねぇ!!」
 心乃がもうひとつの拳でアビスの顔面を叩く。体勢が悪すぎる。効かない。それでも殴る。何度も、何度でも。
 普通でしかない自分を超える。それこそが彼女の願い。叶えるために馬鹿らしいほどの努力を重ねてきた。願いに手を伸ばし続ける、ただそれだけのために。
「でも、届かねぇ」
 哀しい笑みを閃かせ、アビスが左眼を露わした。
『ピーカブーですわ!?』
 麗の声ごと、まわりの風景が歪んでぐしゃぐしゃになった。
 その中心に立つアビスは心乃の顎を打ち抜き、まっすぐ崩れ落ちた彼女の延髄にとどめの一撃を――
「もう誰も奪わせはしない!」
 ハイカバーリンクで突っ込んできた杏奈のユートピアシールドが心乃を救う。
「こうなりゃ俺もやるしかねぇな」
『遠距離攻撃禁止だよ?』
「直でぶっ込む」
 和馬の表情がいつになく真剣だったから。
『おk。本能の赴くままに行こう』
 俺氏もいつになく真剣に応えた。
「行くぜ!」
 和馬がピーカブーで歪められた空間に突っ込む。
 視界がねじ曲がり、ブレ、揺れ、アビスを隠す。
「和馬ぁ!」
『和馬さん!』
 アビスの脚を抱え込んだ心乃が、麗が導く。
「敵は、ここです!」
『そのまままっすぐですわ!』
 アビスの拳にしがみついた杏奈、レミが導く。
 果たしてアビスへたどり着いた和馬は「必殺技とかじゃなくてすまぬ、だけどな!」、掌に貼りつけたデスマークをアビスの胸へ叩きつけた。
「おいおい、関節攻撃は禁則事項だぜ?」
 アビスのショートアッパーに顎を突き上げられ、影槍で貫かれる和馬。
「……待てよ。相手は私だろ」
 心乃が地面に拳を突き立て、体を起こす。
「止まらねぇ。ぶん殴る。ぶっ倒す!!」
 その衝撃で、ぱきん。手の内に握り込んでいたものが――ライヴスソウルが砕けた。
『その心のままに』
 麗がささやき。
 リンクバースト。
 心乃の体をライヴスの奔流が突き動かす。少しでも気を抜けば飲み込まれてしまいそうだ。ああ、喰われちまってもいいぜ。こいつを殴り倒すまで動かしてくれるんならよ。
『未だ成れずとも』
 心乃が殴る。
『至らずも』
 殴る。
『垣間見せるは』
 殴る。
『――がごとき、と』
 殴る。
「今だ。力合わせて、一気に終わらせんぜ!」
 鮮血とともに言葉を吐き出した和馬がジェミニストライクを発動。3分身でデスマーク目がけて切っ先を突き込む。
『杏奈、敵は眼前ですわ! 目を閉じて斬り続けるのです!』
 ピーカブーにくらませられながら、それでもレミと心を併せた杏奈が追撃する。
「殴、る――」
 果たして心乃はバーストクラッシュし、倒れ伏した。
「結局、足りなかったじゃねぇか」
 キャラロストし、この世界から消え失せる心乃を見やり、ぽつりとつぶやくアビス。
 が、和馬は苦い顔で。
「気づいてねぇのか。おまえ、もう――終わってるぜ?」
 デスマークを爆ぜさせた。
「はっ」
 アビスはそれだけを言い残し、“b”の刻印とともに消え失せた。
『アビス氏がほんとに終わってて助かったね?』
「それはお願いだから言わない方向で!」

●アビス
「心配すんな。今夜の奈落は安全ネットつきだ。そう簡単に死なれちゃ冷めちまうからよ」
 アビスの言うとおり、奈落はエージェントたちの脚を半ばまで飲んだ後、いつしか消えたが――しかし。
『京子、脚が!』
 京子の両脚に、重い闇が絡みついていた。
「脚痛っ! 重っ! スキル出ない! メリッサどうしよう!?」
 京子が自分の体をあわあわとまさぐり、うわーっと眉を困らせた。
『どうしますか?』
「え? そりゃやれるようにやるでしょ」
 メリッサの問い返しにあっさりと答える。外見こそかわいらしいが、京子の本質は古強者さながらドライで冷静だ。
「俺の左脚が――」
『疼くなら疼かせておけ! ――この程度の闇で、呪われし魔剣ミツルギを封じられると思うてか! 血の雨のただ中で己が罪を悔いるがいい!!』
 ニノマエのセリフをばっさりぶった斬り、サヤが高く宣告した。
『我らを飲むのではなく、動きを鈍らせることが“奈落”の務めというわけだ』
 確かめるように語るナラカへカゲリは低く返す。
「アビスの後ろにいる愚神はゲームを楽しんでいるつもりなんだろう」
『すぐに終わってしまってはつまらぬか。ならば駒たる我らはなにを演じてみせようか?』
 カゲリは薄く笑み。
「奈落をだ」

 アビスの大鎌が横薙ぎ、エージェントの体に漆黒の軌跡を刻みつける。
「アビス! ギシャはこっちだよ!」
 背後からアビスへと跳んだギシャが抱きつくように、白銀の竜爪“しろ”を装着した両手を広げた。
「こっちでもあっちでも、Hang-nanの裁きからは逃げられねぇよ」
 後ろを見ることなくアビスは後方に鎌を巡らせ、ギシャの接触を阻んだ。
「うわっと」
 鎌の一閃を跳び越えるようにかわしたギシャだが、その胸には横一文字の傷痕が残されていた。
『想いを届けるのは至難だぞ、ギシャ』
 どらごんが嘆息する。
 ギシャは傷にそっと手を当て、消えぬ笑みをアビスへ向けた。
「絶対負けない。あきらめない」
「ちょこまかしやがって。てめぇらまとめて天獄に墜ちろ!!」
 アビスの鎌が大きく振りかぶられ、振り下ろされた。
『明星の輝きが刃を光らせ深淵を穿つ!』
 サヤが鋭く言い放ち。
「俺の魂が剣に宿り、陽光と化して常夜を砕く!」
 仲間の前に踏み出したニノマエが異界より数多の刃を召喚、アビスを迎え討つ。
「ちっ」
 刃がアビスを削ぎ。
「ぐぅっ!」
 鎌がニノマエを斬り払った。
「こんなかすり傷じゃ、俺の血は枯らせねぇぜ?」
 倒れ込みながら、ニノマエは口の端を吊り上げ。
「俺の一撃は次に繋がる。知ってるだろ、夜の次には」
『かならず朝が来るのだと』
 ギシャとニノマエが稼いだこの時間を使い、京子はアビスへ肉迫する。
「あなたのすべて、この瞳で見抜かせてもらう!」
 青い瞳が赤い閃光を放った。
 それは弱点看過のスキルを乗せた魔眼――しかし。
「てめぇのその業、俺が、ぶち破る!」
 アビスの右掌の聖痕が輝いた。
 迸る白光を握り込んだ拳が闇を、そして京子の視線を打ち払った。
『アクティブスキルを無効化する聖痕……このタイミングで!』
 メリッサが内から京子をサポートし、アビスの前から離脱する。
「セーフティはもうナシだ。今度こそ見てこいよ……奈落のどん底をよぉ!!」
 再び奈落が口を開ける。
「あ、ああっ」
 京子の体がゆっくりと沈み込んでいき。
『ニノマエ、こらえろ!』
「わかってるけどよ!」
 石畳に指をかけ、引きずり込まれそうになるのをこらえるニノマエ。
『先と同じように距離さえとれば――ギシャ!?』
 どらごんの助言を聞かず、ギシャが奈落に引き込まれるまま駆けた。
 奈落の縁を回って加速し、ついにはその引力から小さな体をもぎ離し、アビスへ。
「アビスの手でなきゃ殺されてあげない!」
「だったら俺が送ってやるよぉ!」
 アビスの右手から100の闇片が撃ち出された。
 ギシャは体中を斬り裂かれ、血を流すが。その血をたなびかせてなお走る。
「ギシャの残ってる命、全部あげる――聖竜撃!!」
 渾身のジェミニストライクがアビスを突き上げたが。
「くれるってならもらうぜ」
 アビスの血が槍と化し、ギシャの胸を貫く――
「まだだ。まだなにも終わらない。始まってすら、いない」
 奈落の奥底より伸び出した腕。
 それはカゲリの右腕だった。
「力をよこせ。奴に本当の奈落を――地獄を見せてやる」
『ならば此度は大盤振る舞いといこうか』
 カゲリが迫り上がる。まとわりつく奈落を引きちぎりながら、出でる。
『燼滅の王。その劫火をもって愚かな神を滅するがいい』
 壮絶としか言い様のないライヴスを黒焔に変え、その身に燃え立たせるカゲリの姿はまさに“王”。
「あれ、リンクバーストってわけじゃねぇんだよな……?」
『ゾーンルールの逆用なのだろうが――わからん』
 京子を奈落から引きずり出しながら、ニノマエとサヤが呆然とつぶやく。
「ちぃっ!」
 再び大鎌を呼び出したアビスが連撃を繰り出した。
 カゲリは構わず、ただ体で受けながら“奈落の焔刃”を振りかざし、そして。
「奈落は俺の内に在る。黒き煉獄の底なき底で、燼滅の光を垣間見ろ」
 必滅の焔がアビスを討つ……はずだった。
「君たちの相手はHang-nanに任せておけばいいと思っていたんだけれどね」
 黒焔を右掌で止めたアビスが、笑んだ。
「僕はレフティ。左腕に宿る悪魔の記憶から生まれたもうひとりのアビスさ」
 アビスの右掌が閃き、カゲリの力を打ち消した。
「もう少し夜を楽しみたかったんだけどね。僕はいつも世界の都合に急かされる。だから」
 そしてカゲリを大鎌で斬り倒し。
「しばしの別れを君たちに送るよ」
 京子を、ニノマエを、ギシャを、伸び出した鎌の影で切り捨てた。
「君たちは“俺”に勝った。ルールを覆すようなことはしない。勝負は君たちの勝ちだ。だから今度は僕と遊びにおいで。僕は終焉に侵された世界の果てで唄おう。君たちが迷わずたどりつけるように」
“y”に続き、月へ“A”のパスワードが打ち込まれた。
 何処かへと歩き去るアビスの背に、ギシャが震える視線を向ける。
「ア……ビスっ」

 夜は明けぬまま、予感とともに深まりゆくばかりだった。

結果

シナリオ成功度 普通

MVP一覧

  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
  • 止水の申し子
    まいだaa0122
  • 初心者彼氏
    鹿島 和馬aa3414
  • 葛藤をほぐし欠落を埋めて
    佐藤 鷹輔aa4173
  • 砂の明星
    烏丸 景aa4366

重体一覧

参加者

  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • 止水の申し子
    まいだaa0122
    機械|6才|女性|防御
  • まいださんの保護者の方
    獅子道 黎焔aa0122hero001
    英雄|14才|女性|バト
  • 双頭の鶇
    志賀谷 京子aa0150
    人間|18才|女性|命中
  • アストレア
    アリッサ ラウティオラaa0150hero001
    英雄|21才|女性|ジャ
  • 無名の脚本家
    九重 陸aa0422
    機械|15才|男性|回避
  • 穏やかな日の小夜曲
    オペラaa0422hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • 病院送りにしてやるぜ
    桜木 黒絵aa0722
    人間|18才|女性|攻撃
  • 魂のボケ
    シウ ベルアートaa0722hero001
    英雄|28才|男性|ソフィ
  • エージェント
    ツラナミaa1426
    機械|47才|男性|攻撃
  • そこに在るのは当たり前
    38aa1426hero001
    英雄|19才|女性|シャド
  • ぴゅあパール
    ギシャaa3141
    獣人|10才|女性|命中
  • えんだーグリーン
    どらごんaa3141hero001
    英雄|40才|?|シャド
  • 初心者彼氏
    鹿島 和馬aa3414
    獣人|22才|男性|回避
  • 巡らす純白の策士
    俺氏aa3414hero001
    英雄|22才|男性|シャド
  • きっと同じものを見て
    桜小路 國光aa4046
    人間|25才|男性|防御
  • サクラコの剣
    メテオバイザーaa4046hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
  • 葛藤をほぐし欠落を埋めて
    佐藤 鷹輔aa4173
    人間|20才|男性|防御
  • 秘めたる思いを映す影
    語り屋aa4173hero001
    英雄|20才|男性|ソフィ
  • 悪気はない。
    酒又 織歌aa4300
    人間|16才|女性|生命
  • 愛しき国は彼方に
    ペンギン皇帝aa4300hero001
    英雄|7才|男性|バト
  • 暗闇引き裂く閃光
    大門寺 杏奈aa4314
    機械|18才|女性|防御
  • 闇を裂く光輝
    レミ=ウィンズaa4314hero002
    英雄|16才|女性|ブレ
  • エージェント
    天野 心乃aa4317
    人間|16才|女性|攻撃
  • エージェント
    aa4317hero001
    英雄|15才|女性|ドレ
  • 砂の明星
    烏丸 景aa4366
    人間|17才|女性|生命
  • 砂の明星
    ラフマaa4366hero001
    英雄|17才|女性|カオ
  • 不撓不屈
    ニノマエaa4381
    機械|20才|男性|攻撃
  • 砂の明星
    ミツルギ サヤaa4381hero001
    英雄|20才|女性|カオ
  • サバイバルの達人
    藤林 栞aa4548
    人間|16才|女性|回避
  • エージェント
    藤林みほaa4548hero001
    英雄|19才|女性|シャド
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