本部

ねこねこぎゅっぎゅ

高庭ぺん銀

形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/10/16 20:16

掲示板

オープニング

●至福なホリデー
 柳田島(やなぎだじま)。日本海に浮かぶ無人島だ。数年前からは『猫の島』として観光地化している。
 曇りの多い日本海側の天気だが、今日は快晴。絶好のお散歩日和だ。HOPEエージェントの武野内 勇治(たけのうち ゆうじ)と英雄の不知火 菜子(しらぬい なこ)は、この島で休暇を過ごすためにやってきた。
「……む、港から猫が山のようにいるのだな」
「ユウちゃん、楽しそうだね」
 勇治の仏頂面を見て、菜子は言った。勇治は見るからに武闘派な30歳前後の男、菜子は7歳の少女だ。顔は似ていないが、親子と言い張れないことはない。
「ねこちゃん待て~!」
「菜子、あまり遠くへ行くな」
 このコンビ、見た目のギャップの割にはうまくいっているらしい。意気投合したきっかけは捨て猫だったという。菜子がダンボールをもって帰宅したのではない。大きな手にすっぽり収まりそうな子猫を思わず拾ってきてしまったのは、勇治の方だった。結局、大家さんに叱られ、里親を探して引き取ってもらったのだが、猫好きの心は絶えずにゃんことの触れ合いを求めていたのである。今回の遠出はその願望を叶えるための旅だったのだ。
 
●こんにゃ姿でも愛してくれる?
 悲鳴が聞こえた。勇治はもちろん菜子も表情を引き締める。悲鳴を追って港方面へと駆け戻ったふたりは衝撃的な光景を目撃した。観光客が襲われていたのだ。猫にとてもよく似た――しかし決して猫ではない生物に。
「これ、ねこちゃん……なのかな?」
 観光客の足に噛みつくのは、まぎれもなく猫の頭。しかし視線を下半身に転じるとそこに後ろ脚はなく、代わりにイルカのようなひれがあった。滑らかな曲線を描く尾びれには猫の体毛が生え残っている。総合すると『子供のアザラシのようなひれ』と言った方が良いかもしれない。
「……元は猫だったのだろう」
 従魔だ。勇治は結論した。
「ねこたんを食い物にするとは、許さん」
 誰にも聞こえないくらい小さな声で勇治は言った。聞かれていたとしても、聞こえないふりをされていたに違いないが。
「菜子、共鳴だ」
「おっけー」
 菜子の姿が掻き消え、上半身裸の勇治が残った。髪と目は菜子と同じ緋色に染まっている。
「行くぜ!」
 勇治は観光客の足元から従魔を引きはがした。感情表現がオープンになるのも共鳴時の特徴のようだ。
「こらっ、暴れるな」
 さまざまな猫と出会ってきた勇治でも、びちびちと魚のように体をくねらせる猫は初めてだ。すまないと思いながら、きつく抱きしめる。すると猫の体がビクリと大きくしなった。勇治ははっとして猫を見た。
「元に戻ってる……だと!?」
 驚いた彼の腕から逃れ、トン、と柔らかく着地する姿はまさしくいつもどおりの猫だった。
 
「うお~! どんな姿でも、ねこたんはねこたんだ!」
 勇治は猫を追いかけては、全力でハグをした。
「ほーら、捕まえた! ねこねこぎゅっぎゅ!」
 どこに出しても恥ずかしくない猫なで声。もちろん語尾にはハート付きだ。
「次はどの子かにゃ~?」
 すっかりキャラ崩壊している勇治の目に、異様な集団が飛び込んできた。それは背に鳥の翼を持つ猫たちと、前足を甲殻類のようなはさみに転じさせた猫たちだった。

●勇者の言葉
「緊急の案件です! 移動しながら説明しますから、取り合えず乗ってください!」
 HOPEのマイクロバスに飛び乗ったエージェントたち。端末を接続すると、車内に設置されたテレビに職員の姿が映った。
「……というわけなんです。柳田島にはちょうどエージェントが旅行に来ており、対応に当たったのですが、何しろ数が多くて……。彼の他にも5人の観光客が居たそうですが、全員エージェントが見つけて廃屋に身を隠しているそうです。怪我人もいますが至って軽傷。ですので観光客の保護は猫型従魔の方が落ち着いてからで良いでしょう」
 概要の説明を終えた職員は、とても嫌な顔で資料の末尾を見た。
「なお、この法則を発見したエージェントはハグの際に『ねこねこぎゅっぎゅ』という呪文? ……を推奨していますが、別に真似しなくていいです」

解説

【救出対象】
従魔にゃんこ(ミーレス級)
 すごくたくさんいる。ミーレス級としてはかなり弱い。その代わり肉体の変化がとても大きい。猫の習性は大体そのまま残っている。
 攻撃対象は人間。従魔化していない猫に対しては興味を示さない(ライブス量が人>猫であるため)。非常に撃たれ弱く、リンカー(共鳴状態)の全力ハグで猫から離れてしまう。攻撃力も低め。
 
・にゃーめいど
 上半身は猫。下半身は魚。ゆえにマーメイド。水の中を犬かきで逃げ回る。結構速い。顔を濡らしたくないので、潜水はしない。謎の技術を使い、水鉄砲攻撃をしてくる。

・にゃんじぇる
 猫の背中に鳥の翼が生えている。ゆえにエンジェル。飛ぶ。飛びながらひっかいてくる。結構速い。

・にゃんたれす
 無数の足、ハサミ型に発達した爪。ゆえにさそり座・アンタレス。スコーピオンじゃないのかというツッコミは禁止。身軽ですばしっこい。
前足と尻尾の先は甲殻類のように硬いが、表面に猫の毛が生えている。毛ガニって言うな。尾の先は鋭いが毒はない。一番数が多い。
 
 
【場所】
 無人島・柳田島。数十年前には人が住んでいたため、一見すると普通の港町。猫の島として観光地化している。

リプレイ

●結成! にゃんこハグし隊!
 日本海の風を受けて船は進んでいた。定員30名ほどの小型クルーザーである
「従魔とはいえ猫さんですもの。ぎゅっぎゅってしまくるぞー!」
 心底楽しそうに言うのは北条 ゆら(aa0651)。のんきな相棒の言葉にシド (aa0651hero001)が顔を顰める。
「猫とはいえ、従魔だ」
「すべての猫さんに愛を注ぐのよ」
 間髪入れず凛々しい表情で答えたゆらは手元で何かを弄っている。
「……ほどほどにな」
 シドはそう答えるほかなかった。
「これで、何するの……?」
 同じく何か工作をしている戀(aa1428hero002)を見てニウェウス・アーラ(aa1428)が首を傾げる。
「ふふ。ますたぁ、ザリガニ釣りってしたことある?」
「ううん。無い、けど」
 戀は眼を細める。
「じゃぁ、教えてあげるわね?」
 背中から抱き締めるようにして、ニウェウスの手を取る戀。
「そ、そんなことしなくても、見せてもらえばわかるよ……」
「え~? だってぇ」
 ますます密着してくる恋に、ニウェウスが白い頬をほんのり染める。
「ほら、注目浴びてるし……」
「あ、サーセン」
「ごゆっくり~」
 視線の主――鹿島 和馬(aa3414)と俺氏(aa3414hero001)はくるんと回れ右した。
「柳田島、一度来てみたいとは思ってたんだけど……。こんな形になっちゃうとはなー」
 船首付近では世良 霧人(aa3803)が遠景の柳田島を見つめている。
「憑りついた従魔を何とかしてしまえば普通の猫に戻るのでしょう?」
「……うん」
 一歩下がった位置でクロード(aa3803hero001)が答える。『普通の猫』という単語を彼が発するとなんだかシュールである。ついつい彼に固定されそうになる視線を柳田島に移して、俺氏は言った。
「変わった猫達が沢山いるみたいだね」
 和馬はオペレーターの事前説明を思い出す。
「変わったっつーか、変わり過ぎてるっつーか……ま、なんとかしてやらねぇとな」
「猫の相手は慣れたものだしね」
 和馬は無意識にか、ベルトの位置をそっと直しながら頷いた。
 東雲 マコト(aa2412)は短い髪を潮風に揺らしている。
「ネコかー久しぶりだなー最近はトレーニング漬けだったからねー」
 さらりとこぼされた言葉にふぅとため息を吐くのはエリザ ビアンキ(aa2412hero002)。
「全くですわ、主様は最近頑張りすぎでしてよ。この仕事もネコで主様を癒すためでもあるのですのよ?」
 マコトが太陽のような笑顔で振り返る。
「気が利くねぇエリザ! とはいえ仕事は仕事、気を抜きすぎないようにいかないとね」
「フフーン、当然ですわ♪」
 エリザは得意げに腰に手を当て、反り返った。
 依頼とはいえ、ほとんどのメンバーがどこか休日のような和やかさで乗船する中、シゼル(aa0110hero002)の表情だけが段違いに険しかった。
「猫とは一体……ってシゼル? どうした?」
「ふん、私どうも猫って嫌いなのよ。どうも元に居た世界が関係あるんでしょうけど」
 倉内 瑠璃(aa0110)は「そうか」と会話を切る。彼女の苛烈な性格の一端にそれは関係しているのだろうか。
 彼が言葉少なな理由は、相棒が不機嫌であること以外にもう一つあった。それはシゼルとの共鳴。
(……おかしなことにならなきゃいいんだが)
 繊細な顔立ちを薄い憂いのベールで翳らせた瑠璃は、島より遠いどこかを見やった。

●にゃん有引力~あるいは『蛮勇』引力~
 エージェントたちは船長の厚意で、2か所に分かれて下船できることにした。まずは第一班。
「ねこ、かわいい……」
 ニウェウスの蒼い瞳がキラキラと輝く。
「まさに、猫まみれねぇ。纏めてはぐしちゃいたい♪」
「ねこ天国は本当にあった……っ。うん、もふり放題を堪能しちゃおう、戀」
 気合の入った表情で見上げて来る可愛いますたぁを、光となった戀が包み込む。
「ちょっとした作戦があってね、私は『にゃんたれす』を狙ってみようと思うの。ここはお任せするわね」
 桃色の髪と目を持つ美女がゆったりと歩き出した。
「にゃー」
 にゃーめいどたちが海面から顔だけ出してこちらを伺っていた。この狭い島には100匹を超える猫がいるそうである。彼らは餌探しの最中に従魔に憑りつかれたのだろう。
「僕は持参したマグロを島の何箇所かに配置します。手分けして猫をハグしましょう」
 霧人が言う。ドロップゾーンならぬ、ねこねこゾーンの構築はそう難しいことではあるまい。
「まずは海にいる彼らをおびき寄せましょうか」
 クロードはマグロをいくつかの塊に解体し、一かけら置いて島の内部へと旅立った。燕尾服から馥郁たるお魚の香りを漂わせながら。
「ネコだ……久しぶりのネコだ……ネコ、ネコ……」
 マコトの様子がおかしいことに、エリザは気づいていなかった。
「全く主様のネコ好きには呆れたもんですわ。この世にはウサギという素晴らしい存在がいるというのに……って聞いてますの?」
「ネコだぁあああ! うひょぉぉおおお!」
 そう言うとマコトは無謀にも猫型従魔の群れへと単騎突入する。それもそのはず。この一ヶ月マコトは週に一度の猫と戯れる日、通称ネコの日を封印し、ストイックに訓練に明け暮れていたからだ。溜まりに溜まった、ネコと戯れる事の出来ない日々のフラストレーションが、猫型従魔との遭遇により今爆発したのだ。
「た、大変ですわ! 我が主が一時的狂気に陥りましたわ!」
 エリザが、叫ぶ。――共鳴? 何のことだろうか?
「ふおおおおおお、もふもふもふもふもふ」
 狂人マコトが跳んで、飛んだ。つまり跳び込んだところを、打ち返されたのだ。バッターボックスにはにゃーめいど、イルカのようなもふもふしっぽをフルスイングしてのホームランである。ちなみに猫らしさを残す上半身はだらりと横たえられている。
「主様!」
 くの字に体を折って飛んで来るマコトを受け止めたエリザは、一緒に地面へと倒れ込む。
「主様、お気を確かに!」
 揺さぶるとマコトはゆっくり眼を開いた。
「幸せ」
 浮かぶは恍惚の表情。まったくもって気は確かでなかった。
「きゃっ! 痛い!」
 エリザの背中にはにゃーめいどからの洗礼、水鉄砲。マグロの前に立ちはだかる敵――誤解である――を排すため、地上に降り立ったらしい。対するこちらは未だ共鳴前の無防備な状態。悠長に待っている暇はなさそうだ、とエリザは理解する。
「主様……いい加減に……なさいまし!」
「にゃふん!」
 べちんという良い音。マコトの頬に愛あるビンタが飛んだ。――これが世にいう『精神分析(物理)』。マコトの眼に光が戻った。
 続いて第2班。海岸には和馬と俺氏が残り、残り二組は島内の探索へ。そこはカモメとイルカが遊ぶ海岸ではなく、にゃーめいどとにゃんじぇるという2種のキメラが跋扈する魔界だった。
「俺氏の猫釣竿で鍛えた腕を見せてやるぜっ!」
「あれは趣味とか道楽なんだけど、あの経験が活きるとは……世の中、何が幸いするか分からないものだね」
 釣り竿の先にマグロを括りつけて、レッツフィッシング。猫を傷つけないため針は外しているので、釣り難易度は上がっているがそこは気合と根性でカバーである。
「ほ~ら、ほおぉお~ら、捕まえてごら~ん?」
 こちらは地上。自作の猫じゃらしを揺らしながらゆらが従魔にゃんこたちをおびき寄せる。『凄竹のつりざお』の先に羽を取りつけて改造したものだ。猫の習性を残す彼らは思わず右へ左へ首を動かす。かわいい。馬鹿かわいい。
「共鳴しておいた方がよくないか?」
 シドが言うが、ゆらの視線はにゃんこに釘付けである。
「怖い顔したお姉さんが猫じゃらし持ってたって、猫さんは寄って来ないよ」
「自分の共鳴姿を……」
 シドは額を抑える。
「ともかく、シドと一緒になってたら猫さんと遊べないので、しばらく共鳴はなしだぞ」
「……好きにしろ」
 従魔にゃんこたちは気づく――そんにゃことよりライブスうばわにゃいと。毛を逆立て戦闘モード、ゆらに飛びかかる。
「ふふふ、そう簡単には捕まらないぞ~ぉ」
 ゆらは未だ猫じゃらしにじゃれつかれていると思い込んでおり、ひらりと身をかわす。猫たちは結構本気なのだが、ゆらは猫に慣れた者特有の動きで柳のように攻撃をかわす。すっかり置いてけぼりのシドは溜め息混じりにそれを眺めるのだった。
「で、衝撃与えればいいんでしょ?子猫共なんて私の鞭で叩きつけて……」
「あ、うん、表情から何となくそう言うと思ってたけど止めておけ、今回はハグでいいから」
 当然と言った風情で恐ろしいことを言おうとするシゼルを瑠璃が遮る。とにかく共鳴だ。
「さーて、と。ねえ、子猫ちゃん達? ラピスが可愛がってあげるよ♪」
 蠱惑的な笑みを浮かべるラピスラズリ・クライン。――現在の瑠璃は完全に自分が女性であることを受け入れていた。小悪魔そのものの笑顔でグレイプニールを地面に叩きつけた所で、我に返る。
「って、これじゃシゼルとやってる事変わらないじゃない!?」
 そういう意味で可愛がりたい訳じゃない。
(失礼な言い方ね、ラピス。でもそれ、あんたの本音も交じってるでしょ?)
 シゼルの指摘にラピスは可愛らしく唇を尖らせ、異議を唱える。
「むっ、ラピスはそんな事ないもん。シゼルと一緒にしないでくれない?」
「まああああお!」
「って言い争ってる場合じゃない! いくよ!」
 タン、と軽く地面を蹴って従魔の後ろに回り込み、爪を立てられる前にハグをした。
「だーめ。おとなしくしてたらすぐ終わるから、ね?」
 ラピスは眼を細めて口物を綻ばせる。つかみどころのない笑顔は本物の猫を目の前にしても遜色ないと言えるくらい、猫めいていた。

●理想郷(にゃんぐりら)創造神話
「集まってきたようですね」
 でん、と鎮座したマグロの塊に惹かれ、にゃんじぇるが飛来する。翼があるだけで、一番猫に近い姿の彼らにはあまり恐怖を感じない。
「にゃんたれすはちょっと不気味だけど、にゃんじぇるは可愛いなあ♪」
 共鳴した霧人は、人格がクロードであるせいか少しためらいがちに進み出る。
「ええと、思い切り抱き締めれば良いんですよね。それっ!」
 正面から前足の下に手を差し入れて抱き締めると、鳥の羽根がばさばさと鳴り、そして消えた。
「にゃー……」
 どことなく不満げな声で茶トラが解放を要求した。
「これは失礼いたしました。……ふむ、元に戻っていますね」
 普通の猫に戻った仲間に従魔猫は興味を示さない。その様子に安心した霧人は仕事を再開することにした。
「それではどんどん参りましょうか。少々の狼藉、ご容赦くださいませ」
 執事は地面に身を伏せマグロを貪る猫たちに、恭しく一礼した。
「……ハッ!? あたしは何を……?」
 ビンタの後が赤く残る頬を抑えて、マコトは言った。
「よかった……心配したんですのよ」
 大きな目を潤ませてエリザはマコトの頬を両手で包むが、そんな御大層なシチュエーションではないし、殴ったのはエリザである。
「なんだかよくわからないけど体が痛い……」
「なんだかよくわからなくてもよろしゅうございます! まずは共鳴を!」
 生み出した『鷹』はにゃーめいどの水鉄砲を軽く躱し、空へと舞い上がる。従魔にゃんこの分布を確認次第、他の者に情報を共有するつもりだ。
「さーて、と。お楽しみはこれからだよね?」
 星のエンブレムを持つヒーロースーツが猫たちの視界から消える。毛を逆立て、こちらを威嚇していたにゃんたれすたちは『狐につままれたような』顔になった。
 ――そして、気づいた時にはもう遅い。暖かな感触が全身を覆う。
「ハッハー! この東雲マコトの最も好きな事の一つは、このネコと過ごす憩いの時間なのさ!」
 猫たちは見えない敵になすすべもない。マコトは先ほどとは真逆のワンサイドゲームを楽しむばかりだった。つまり、無防備なにゃんこをモフモフし放題、である。
「いたた! 君かな? 今の結構痛いぞー」
 猫を抱いたゆらが、後ろにいたにゃんたれすに迫力のないお説教をする。軽い言葉に反して、腕からぽたぽた血を垂らすゆらを見かねて、シドが駆け寄る。
「おい、いい加減に共鳴するぞ」
「えー、まだ遊びたーい」
「遊ぶというより、襲われてたじゃないか!」
 シドは思った。この小さな生き物は麻酔の成分でも散布しているのかと。
「ぐぬぬ……空は卑怯だぜ」
 上空を睨み付け、ギリィと歯噛みする和馬。俺氏はそれを尻目にマグロの解体に励んでいる。
「こっちきたところをすれ違い様に捕まえようよ」
 マグロのぶつ切りが無造作に転がされる。にゃんじぇるの眼が猛禽類のそれに変わった。地上スレスレを飛行してゴハンにあり付こうとするが。
「速いな強敵(とも)よ……しかし、俺の方が速い!」
 ダイビングキャッチからの、ダイナミックハグ。猫を抱いたまま横回転し、勢いを殺した頃には従魔は普通の猫に戻っていた。
「なぁに、礼にはには及ばない……ぜ……あれ?」
 命の恩人には目もくれず、猫はマグロにまっしぐら。マグロをつつくにゃんじぇるを威嚇して奪おうとするが、完全に迫力負けしている。翼を広げられる分、にゃんじぇるの方がはるかに体が大きく見えるからだろう。マグロと猫と従魔の三角関係からハブられた和馬はふと気づく。
「……って、チャンスじゃねぇかよ!」
 噛ませ、いや和馬は先ほどとはマグロを堪能中のにゃんじぇるをここぞとばかりにバックハグしておいた。翼が消えたところで、猫たちの興味はますます強くマグロへと向けられるだけだったが。
 さて、次だ。設置されたまぐろの塊を未だ上空から狙うにゃんじぇる。こいつらも一網打尽にしてやるしかない。『またたびベルト』の出番だ。
「罪深き天使よ、我が胸で眠れ。――夢猫即祭(むびょうそくさい)!」
 その場で適当に考えたそれっぽい台詞と共に掛け声を放つ。蚊取り線香のCMのような勢いでにゃんじぇるが堕天する。あとはお腹を無防備にさらして、ごろごろするただの猫も同然だ。そこにツンデレのツンはない。
「おお、壮観だな……!」
 地面に敷かれた猫の絨毯の中を和馬は駆けずり回ることになった。率直に言って、至福である。

●猫愛心は従魔を殺す
「んー、餌の好みなんかはどうなっているのかしら?」
 ニウェウスが行うのは、漁は漁でも撒き餌漁。
「まぁ、煮干しは好きなはずよね、うんうん」
 煮干しを撒いて、にゃんたれすの釣りスポットを形成する。――成果は上々だ。ライヴスをたっぷり発散するリンカーを気にしつつも、煮干しの香りに惹かれる自身を止められないらしい。従魔社会もなかなか大変である。
「ふふ、そういうときはね? 情熱のままに突き進むのよ」
 ニウェウスが小さな塊をオーバースローする。バアル・ゼブブの戦旗の先端にタコ糸をくくり付け、その先端にちくわを結んだのだ。
「にゃー!」
 にゃんたれすは――アドバイスに応じたわけではないだろうが――嗅覚が導くままにちくわをハサミで挟んだ。
「今ね」
 にゃんたれすご自慢のしっぽがニウェウスへと振り下ろされることは無かった。
「殻っぽい所に生えているのは、猫の毛? 手触り、悪くないかも」
 それどころかごろごろと喉を鳴らしている。撫で方がうまいのだ。モフモフ経験値が活きている。
「ああ、これじゃあ力が足りないのね。それっ、ぎゅ~」
 ハサミが前足に戻り、ふわふわの尻尾がぺしぺしと彼女を叩く。
「もう終わり? そっけないのね」
 残念そうに眉を下げるが、それならば次の出会いを楽しむのみである。
「ふふ、入れ食い状態ね……!」
 ちくわというモテアイテムはニウェウスを決して暇にはしなかった。少しだけ肌寒さが増してきたこの頃、彼女は存分にリア獣したのだった。
「キモっ!? なんなのその足……キモッ!」
(これはたまげたねぇ……その、早く戻してあげようよ)
 先ほどまでは敢えて記述を避けていたが、常に泰然とし謎の風格が漂う俺氏ですら軽く引くレベルの代物、それがにゃんたれすである。サソリは2本のはさみと8本の足を持つ生き物だが、多分本家より足は多い。しかもまたたびベルトの効果で、お腹を見せてくねくねしている訳で。和馬は身軽な体で駆け回り、足を視界に入れないように素早くハグをする。
「だって……足多いのとかキモイんだもん」
(和馬氏、誰に言い訳してるのさ)
 猫の手も借りたい和馬は仲間にヘルプを求めることにした。
「はい……いかがなさいました、鹿島様? かしこまりました。では南の港に参ります」
 小高い丘でにゃんじぇるとの邂逅を終えたクロードが、その要請に応えた。
「なんだかお声に疲れがにじんでいましたね。猫はお好きだとおっしゃっていましたのに」
 その疑問は港に着いた瞬間、氷解するのであった。
「これは……いいえ、何も言いますまい。鹿島様、微力ながら加勢いたします」
 ゆらもまた数の多いにゃんたれすに当たっていた。
「どんな姿になっても猫さんは猫さん。全力でハグさせていただきます!!」
(お前の猫愛は深すぎる……)
 シドは常とは違い、意識をゆらに明け渡す状態で共鳴したようだ。
「ねこねこぎゅっぎゅー」
 捕らわれた猫が悪あがきでつける爪痕にも動じることは無い。
「いたい。いたーい。いたくてもかわゆいから許しちゃう」
(ゆら……おいゆら、後頭部に尻尾が刺さってるんだが)
 シドの苦労人振りは本日も健在である。
「ラピスにかまってくれない悪い子は誰かな?」
 グレイプニールが軌跡を描く。その軌道上に猫はいない。当てないように微調整しながら、自分の腕の射程圏内に追い込んでいく。
「ふふ、子猫ちゃんつーかまえたっ♪」
 小悪魔の様な笑みで紡がれる言葉は危険な魅力に溢れているのだが、今回はあくまで本物の仔猫相手である。
「ねこねこぎゅっぎゅ、だっけ?」
 ぎゅっと抱き締めついでになでなですると、異形の猫は元の姿を取り戻した。さっきまでは敵対していた相手の腕の中で大あくび。その気まぐれさが愛らしくも憎らしい。
「……危ない危ない」
 生意気な小動物相手にサディスティックな衝動に火が付きそうになったラピスは、ふるふると首を振る。まだ小さい猫をそっと地面に下して「ばいばい」と囁いた。
 ちくわの在庫が切れた。だがニウェウスはなおも不敵に笑う。
「こうなったら、纏めて一網打尽にしてあげるわ!」
 天高く放られた煮干しは恵みの雨となって降り注ぐ。「これ、おいしいもの」と従魔たちの頭にもインプットされたころなのだろう。彼らは我先にと餌に群がる。ニウェウスは、こんもりとした猫背の背中をまとめて包み込む。
「ああ、何かこう、すっごく幸せ……っ!」
 頬はバラ色、瞳に星が散り、唇からは甘い吐息。
「っと、出てきた敵はちゃんと倒さないと、ねー」
 とはいえ、ねこを片手で抱えつつ、飛び出した従魔を戦旗の柄で叩き潰すのも忘れない。
「みんな、お疲れ様! 『鷹の目』で見回った限り、従魔猫はもういないみたいだよ!」
 マコトからの連絡が皆を安心させる。霧人は空を仰いだ後、時計を確認して言った。
「帰りの船の時間までは随分と余裕がございますね」
 しかし、その事実に眉を顰める者はここにはいなかった。つまりは、時間の許す限りにゃんこをもふもふして良いということなのだから。狭い路地や軒下などの死角に従魔が逃げ込んでいる可能性を考えて、エージェントたちは島中を手分けして歩き回ることにした。観光と任務を兼ねるなど不真面目なことかもしれないが今回ばかりは許されるはずだ。

●ぼーいず! びー! にゃんびしゃす!(意訳:少年よ、にゃんこを抱け!)
 瑠璃色の海を見つめ、その色の名を持つ男は言う。いかにも女性らしい、地面に届きそうなツインテールは今はない。
「やっぱり共鳴した時のラピスが俺の本当の姿、と言う事か」
 シゼルとの初めての任務が瑠璃にもたらした感想はその一言に尽きた。
「傍から見たら異常だと思うわよ、それ?」
 表情一つ変えずにいうシゼル。もう一人の相棒の顔が頭に浮かんだ。
「お前もフィリスとは別の意味で――棘のある奴だな。ま、そう言うの嫌いじゃないけど」
 足元に寄ってきた猫からぱっと身を引くシゼルに苦笑し、瑠璃は彼女に似た青い目の猫を抱き上げた。
 他のエージェントたちも探索を終えた者から港に集まり、迎えの船が来るまで元にゃーめいどたちと戯れる。
「ハグしまくって満足でございました」
 ゆらは、ほっこりした顔で微笑む。目が合った猫を撫でようとするが、ぷいと尻を向けられる。しかしそんなことで機嫌を損ねたりはしないのが猫好きである。そっけない態度もまた猫らしくて可愛いのだ。
「まあ、満足なら、それでいい」
 シドは少しだけ疲れた顔で言った。物静かな彼がテンションの上がりきったゆらに身をゆだねていたのだから仕方ない。――しかし、そう悪い気分でもない。シドは、自ら体を摺り寄せてきた愛らしい生き物をそっと撫でた。
「はぁ~モフモフ。ここを、こうして、こうすると……アレなんですね~」
「和馬氏、言語力が退化してるよ」
 ついでに表情筋もニートしている。とはいえ、最近お疲れ気味だった和馬には良い薬かもしれない。猫はゴロゴロと喉を鳴らしているので、手だけはお仕事をしているようだ。
「こら、そこから先は命の保証はないよ」
「どういうことなの」
 やんちゃそうな白黒のブチ猫がローブの中に入ろうとするのを阻止しながらも、俺氏は自らが猫タワーと化した状態を甘受していた。
「わかる、猫ってカーテンとか登りたがるもんな」
 霧人は我が物顔で膝に乗ってきた黒猫の顎辺りを撫でてやる。
「よしよし、君は人懐っこいな~。クロードも撫でてあげたら?」
「いえ、私は……」
 上機嫌の霧人はクロードを手招く。が。
「なっ……なにかご用でしょうか」
 その必要はないらしい。生後数週間と思われるよちよち歩きの仔猫が、しっぽをピンと立ててクロードにすり寄って来る。
「やはり同類と思われているのでしょうね……」
 元の世界では人だったというクロードは少し複雑そうだ。
「猫は穏やかな人が好きって聞くし、気にしなくていいんじゃないかな?」
 霧人に促されてクロードがそっと頭をなでると、仔猫は眼を細めてみぃと泣いた。
「私たちで最後みたいね。異常はなかったわ」
 猫たちの確認から戻った戀が言う。
「本当に小さな島なんだね。あっという間に終わっちゃった」
 ニウェウスは余った煮干しを猫にあげながら、請われるままに撫でてやる。
「ふふ、ねこ……かわいい……♪」
「ねこを愛でるますたぁも、可愛いわよぉ」
 自然な表情で微笑むニウェウスを戀は後ろからぎゅっと抱き締める。ハグというより『モフる』という言葉がぴったりとくるそれに、ニウェウスは抗議の声を上げた。
「猫が逃げちゃうよ。お願いだから、それは後にして」
「うん、じゃあ後でた~っぷりね?」
 ただし、墓穴を掘る形で。一方、マコトは地面に座り込んでケラケラと笑っている。エリザがぎょっとして振り返ったが、発狂ではなかった。その辺に生えていた猫じゃらしで遊んでいるらしい。長さの違うものを数本ずつ両手に持てば、たくさんの猫と同時に遊ぶことも可能である。笑いたくなるのも頷ける。
「おーいみんなー! お船がしゅっぱつするよー!」
 日が暮れ始めた。勇治と菜子に呼ばれ、一般の観光客が名残惜し気に船に乗りこんでいく。エージェントたちもわざと遅らせた歩調でそれに続く。
「あ」
 立ち上がったゆらの足に尻尾を巻きつけてくるのは、先ほど逃げられてしまった猫だった。
「うん、また来るね」
 尻尾の付け根辺りを一撫でしてやると、彼女は船へと足を向けた。
「ボーイズビーにゃんビシャス……」
 重低音の呟きが人影の消えた猫の楽園に投げられた。英語の知識がない菜子には、不愛想な相棒の満足感だけが伝わった。
「猫さんたちは無人島になっちゃった島が寂しいのかも知れない。もっと、もっと人との触れ合いを……!」
 船尾に立ち、島を眺めながら、ゆらはぐっと拳を握る。
「猫たちが平穏に暮らせるようになるなら俺も協力しよう」
 シドの意外な言葉に、ゆらは力強く頷きを返した。今後もたびたび島を訪れ、猫たちのケアをするふたりの姿が見られることだろう。
 柳田島は船から見ると、なだらかな曲線を描いて右上がりに標高が高くなっている。夕焼けに照らされて逆光となった島は、伸びをする黒猫に見えた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • カフカスの『知』
    ニウェウス・アーラaa1428

重体一覧

参加者

  • クラインの魔女
    倉内 瑠璃aa0110
    人間|18才|?|攻撃
  • エージェント
    シゼルaa0110hero002
    英雄|18才|女性|ブレ
  • エージェント
    中城 凱aa0406
    人間|14才|男性|命中
  • エージェント
    礼野 智美aa0406hero001
    英雄|14才|男性|ドレ
  • 癒やし系男子
    離戸 薫aa0416
    人間|13才|男性|防御
  • 保母さん
    美森 あやかaa0416hero001
    英雄|13才|女性|バト
  • 乱狼
    加賀谷 ゆらaa0651
    人間|24才|女性|命中
  • 切れ者
    シド aa0651hero001
    英雄|25才|男性|ソフィ
  • カフカスの『知』
    ニウェウス・アーラaa1428
    人間|16才|女性|攻撃
  • 花弁の様な『剣』
    aa1428hero002
    英雄|22才|女性|カオ
  • 血まみれにゃんこ突撃隊☆
    東雲 マコトaa2412
    人間|19才|女性|回避
  • クラッシュバーグ
    エリザ ビアンキaa2412hero002
    英雄|15才|女性|シャド
  • 初心者彼氏
    鹿島 和馬aa3414
    獣人|22才|男性|回避
  • 巡らす純白の策士
    俺氏aa3414hero001
    英雄|22才|男性|シャド
  • 心優しき教師
    世良 霧人aa3803
    人間|30才|男性|防御
  • 献身のテンペランス
    クロードaa3803hero001
    英雄|6才|男性|ブレ
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