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最終発言2016/10/04 01:50:01 -
作戦草案提示卓
最終発言2016/10/01 17:43:10 -
シー…
最終発言2016/10/05 15:05:05 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/10/01 22:45:17
オープニング
●兆し
HOPEニューヨーク本部では、先の大規模作戦【神月】にて観測された次元崩壊の解析が進められていた。
「んー?」
データ――次元崩壊におけるライヴス数値の変動を調べていたスタッフのひとりが首を傾げる。
「どうした?」
スタッフはこちらへ顔を向けてきた同僚にしかめっ面を返し。
「おかしいんだ」
「君のHENGAOは確かに笑えないおかしさだな」
「これHENGAOじゃないよ! って、そうじゃなくて」
スタッフが同僚に見せたのは、ライヴス数値の変動率の“穴”だった。
「崩壊のせいでライヴスは右肩上がりに増大してる。そうでなきゃいけないんだ。でも、その途中のここ! ここだけちょっとへこんでるだろ?」
「君の合コンのときのテンションみたいだな。狙ってた子に振られて落ち込んで、よし次だって盛り返す感じがさ。愛が浅いんだよ君は」
「いやいや僕の話は関係ないから! ――離脱したんだ。次元崩壊に紛れて、でも紛れきれないくらい大きなライヴスの塊が、あの砂漠から」
「……砂漠から、どこへ?」
「わからない。だから僕は上に報告と提案をしてくる。無視できないデータがあるから“お告げ”をいただきたいって」
*
スタッフの報告と提案を受けた本部は、すぐに預言者――本部所属のプリセンサーを全投入し、世界規模でのライヴスの観測と計測を開始した。
そして。
積み上げられた膨大なデータを元に、解析スタッフは結論を弾き出す。
『砂漠から離脱したライヴスの主は、トリブヌス級かそれ以上の階級にある愚神である可能性が高い』
『この愚神は次元崩壊時にその内部――すなわち異世界より出現したものである可能性が高い』
『次元崩壊を隠れ蓑にして離脱したことから、この愚神は隠密行動をとっている可能性が高い』
『愚神の向かった先は、シベリアに発生している大規模なドロップゾーンの方角である可能性が高い』
それらはあくまでも「可能性が高い」というに留まるが、ここで愚神離脱と時期同じくして大規模ドロップゾーンの南方に発生した小規模なドロップゾーンがあらためて問題視された。
小規模ドロップゾーンは無人地域にあり、人命に関わる事件は起こりえない。そのことからHOPEは対処の優先順位を下げてきたが、しかし。この新たな愚神が小規模ドロップゾーンのゾーンルーラーであるならば、それは大事件に連動した計画である「可能性が高い」。
HOPEニューヨーク本部はこの小規模ドロップゾーンの殲滅を最優先事項とし、ロシア全域の支部へ緊急出動を要請した。
●俺の記録
たった1メートル右で叫んでる仲間の声が聞こえない。
曇天と雪原、見慣れたシベリアの景色をただひとつ裏切るもの――そいつは音だ。
ここはドロップゾーン。他の場所と同じように見えても、ゾーンルーラーが決めたルールで法則はグミみたいにねじ曲げられちまう。
そんなことはわかってるが……音が聞こえない。たったそれだけのことで、ゾーンに侵入したエージェント部隊はあっさり全滅させられる。
あ。
最後の仲間が、眉間を12・7mm弾でぶち抜かれてぶっ倒れた。
銃声はない。断末魔の悲鳴も、崩れ落ちた体が雪を鳴らす音すらも、ない。
――どこだ、どこから飛んできやがった!?
最初の5人はまっすぐ進んでたはずなのに、後頭部やらこめかみやらを弾かれた。6人めから今の9人めまでは一定角度からの狙撃を受けたんだが……だめだ、従魔の波状攻撃で、もうどっちがどっちやら。
アサルトライフルを乱射しながら俺は走る。が、3歩めを踏み出す前に弾が切れた。音が聞こえないせいで、一射でどれだけの弾を撃ったかわからなかった。
と。雪に覆われた丘陵から従魔の一群が駆け下りてきた。
どうやら俺の命運ってやつはお察しだが、せめてこの情報をHOPEへ渡してやらないと。
俺は従魔に背中を向けて走りながら通信機へ叫んだ。
――敵はウェアウルフが20匹と、どこにいるのかわからないスナイパー!
音にならない声が虚しくマイクを叩いて。
俺は飛んできた弾に膝を砕かれて倒れ込んだ。
なんだよこの威力は! 俺の適性は防御だってのに、なんかスキルが乗ってやがるのか!?
でも、伝えるべきことは伝えた。俺は自分の顔を映してた小型カメラを握り潰し、命運の到着を待つ。これ以上、痛くするのはやめてくれよ――?
●雪原へ
シベリアに発生した小規模ドロップゾーンの殲滅作戦。参加要請を受けた東京海上支部では今、作戦前のブリーフィングが行われていた。
「――これが最後のブリーフィングになるから、状況とか作戦とかの確認しとくね」
礼元堂深澪(az0016)が、資料とともに簡略化した地図を示した。
〈ドロップゾーン簡易地図〉
アイウエオカキクケコサシスセソ
A□□■□□□□□□丘丘丘丘丘□
B□□□■■□□□□□丘丘丘□□
C丘丘丘丘■■□□□□□□□□□
D丘丘丘丘丘■■■□★□□□□□
E丘丘丘丘★丘■■□□□□□□□
F丘丘丘丘丘■■□□□□□□□□
G□□□□□□■■■■□□□□□
H□□□□□□□■■■□□□□□
I□□□□□□□□■■□□□□□
J★□□▲□□□□□■■■□□□
□=雪原 丘=丘陵(雪原より2~4m高所) ■=河跡(雪原より2~4m低所) ★=敵小隊スタート地点 ▲=エージェント侵入位置
※1マスは10m四方(5スクエア)の正方形
「シベリアはもう雪とか降ってるけど、移動用のスノーモービルが用意してあるから大丈夫だよ。ただ、ドロップゾーン内にはみんなの足で入るしかないってことは憶えといてね」
深澪は地図上――Jエに▲マークをつけて。
「みんなはここから突入。従魔がすぐ近くにいるから、それだけ注意しといて」
……従魔の配置や状況をHOPEに知らせたエージェントはもういない。しかし、彼が最期の時まで送り続けてくれた映像のおかげで、次に続く自分たちは備えることができる。
「問題は、ゾーンルーラーが隠れてて動かないってことだね。でも、従魔の動きは「エージェントを射程内へ引き込む陽動」になってるみたいだから、従魔の動きを見ながら探ってみて」
深澪は両の拳を卓の上へ押しつけ、激情の震えを無理矢理止めて。
「このドロップゾーンって、北側にあるおっきなドロップゾーンと連動してるみたいなんだ。だから、ここを潰しても事件は多分終わらない。でも、放っておいたら後でもっと悪いことが起きちゃう。……すごく大変な任務だけどみんな、お願い!」
解説
●依頼
雪原に潜むゾーンルーラーを探し出し、討伐してください。
●状況
・ゾーン内の空は灰色の雲に覆われ、細かな雪がちらついていますが、視界に影響はありません。
・防寒具、滑り止めのスパイクは貸与されますのでプレイングに入れる必要はありません。
●ゾーンルール
・もっともたるルールは「無音」です。よって通信機での連絡は不可能となります。
・共鳴した英雄との会話は問題ありません。また、他のエージェントとは体を触れ合うことで会話が可能です。
・常に東から西へ風が吹いており、長距離攻撃武器は命中率にマイナス修正を受けます。
・移動力は五捨六入で計算。移動力の一の位が1~5なら1マス、6~10は2マスとなります。
●愚神(トリブヌス級?)
・雪原のどこかに潜んでいます。
・アンチマテリアルライフルを装備。
・能力はオープニング記載の情報より推察してください。
・隣接するマスに到達することで愚神を発見できます。
●ウェアウルフ(デクリオ級従魔)
・強襲部隊(10匹)=【Jア】にいる部隊。武装はアサルトライフル。あとは爪牙を併用した格闘戦を行います。基本的に西から東へ向けて攻めてきます。
・迫撃部隊(4匹)=【Eウ】の丘陵から2門の迫撃砲(射程6マス)を撃ってきます。砲撃範囲は縦軸がC~J、横軸がア~コに限定されています。
・狙撃部隊(6匹)=【Dコ】に待機するスナイパーライフル部隊。エージェントが接近すると【C】列へ後退しつつ、射撃と格闘で迎撃を行います。
注:従魔は「愚神の射角を維持する」、「愚神の射撃を妨げない」ことを目的に動いています。
リプレイ
●狙撃
ドーム状に雪原を覆うドロップゾーン。その南端に開いた切れ間から内へ侵入したエージェントたちは、視覚的にはなんの変化もない場の様子にとまどった。
『……白い』
ツラナミ(aa1426)の内、契約英雄の38(aa1426hero001)がぽつりとつぶやいた。
『あー……そうね。期待外れもいいところだ』
一度口にして、自分の耳にすら声が届かないことに気づいたツラナミが、内なる声で応える。
そう。どう見えようともここはドロップゾーンだ。外の雪原とはちがう。そのもっともたるものが、音。
『無音空間か。そんなこともできるんだな』
赤城 龍哉(aa0090)の内なる声に契約英雄のヴァルトラウテ(aa0090hero001)が。
『感覚をひとつ封じられるだけで、普通なら十二分に致命傷となり得ますものね』
『普通なら、な。だが、こうしてネタを暴いてもらったんだ。きっちりしとめてやるさ』
『……いつか喜びの野で会えることを願いますわ』
命と引き替えに情報をもたらしてくれたエージェントを思い、龍哉とヴァルトラウテは短く黙祷を捧げた。
『あー、あー。……本当に音が聞こえないんだな』
こちらは声音と内なる声とを同時に発したChris McLain(aa3881)。
内の契約英雄シャロ(aa3881hero001)がうんうんとうなずいて。
『これじゃあ敵の位置がわかりづらいのですぅ』
Chrisは表情を変えず。
『これまで何度も経験してきたことだろう? それに、銃声が響かないのはこちらにとっても好都合だ』
言うやいなや、ChrisがA.R.E.S-SG550を構えた。彼の第2英雄によって改造が施されたそれは、短銃身化の代償に発射音が大きい。
『それもそうですねねねねね!』
マズルフラッシュがスタッカットに横一文字を描き、振動でシャロの声音を揺らす。
その先で、こちらへ向かって駆けてくるウェアウルフどもが声なき声をあげた。
『すげーな! 音が聞こえないって、こういう感覚か』
先陣を切って迎撃に向かった加賀谷 亮馬(aa0026)が、雪の確かな踏み応えを感じるのにまるで音がしない状況へ内なる声を躍らせた。
『視界を狭めれば、それだけ不意の襲撃への対応が遅れる。発見した敵はできるだけ一撃でしとめられるように動け』
契約英雄Ebony Knight(aa0026hero001)の言葉に、亮馬はスピードを殺さないよう薄くうなずき、肩にかついでいたアスカロンを体の前に構えて加速した。
『了解。まずは作戦どおりに動くさ」
処世術として身につけた幼気と、その奥に在る大人びた冷静さ。亮馬が正しく亮馬として機能していることを確かめたEbonyは、意識を亮馬から敵へと切り替え、集中させた。
『目に見える敵と潜んだ敵、どっちだって変わりはねェな! 倒す!!』
と勢い込むのは、亮馬と同じ【戦狼】に所属する東海林聖(aa0203)だ。
『ヒジリー……もうちょっと、周り見て……』
まっすぐウェアウルフへ突っ込んでいく聖へ、その背後に影となって浮かぶ契約英雄のLe..(aa0203hero001)が苦い声をかけた。
しかし、聖の燃え立つ意気は揺らがない。
『今日は加賀谷と柳生がいるからなッ! ちょっとぐらい無茶振りしても行けんだろ!!』
『――だってさ』
柳生 楓(aa3403)の内ではぁと息をつく氷室 詩乃(aa3403hero001)。楓はバトルドレスの裾をたなびかせ、守るべき誓いを発動させた。
『振っていただくまでもありません。聖さんと加賀谷さん、そしてみなさんの無茶を支え通すのが私たちの役目ですから』
ウェアウルフのアサルト弾をナイトシールドで弾きながら、楓も前へ。
詩乃はぐっと力を込め、共鳴体を襲う衝撃に耐える。
『押し切ろう。あの人たちの無念を晴らさなきゃね』
敵を殲滅する。全滅したエージェントたちの無念を晴らし、その遺体を家族の元へ届ける。それが詩乃と楓の目的だ。だから。
『……ですね』
楓は小さく、しかし強くうなずき、また一歩踏み出した。
それに引き込まれるようにウェアウルフどもが来たる。
『とりあえず撃ち合うつもりはなかったようだな』
契約英雄どらごん(aa3141hero001)の言葉にギシャ(aa3141)が小首を傾げる。
『のうきん?』
消えることのない笑みをたたえたその顔のただ中、金眼だけは鋭くウェアウルフの挙動を見据えて離さない。
『俺たちを追い立てたいんだろうが……やることはひとつだ』
『とりっく・おあ・とりっくだねー』
エージェントと従魔が互いに距離を詰め合っている中、駆ける意味はない。
人知れず激突ポイントの横へ回り込んで雪に身を潜めていたギシャが、先頭のウェアウルフを女郎蜘蛛で絡め取った。
『狼はともかく、敵の狙撃をまともに食らえば一発で持って行かれるぞ。頭は低くしておけよ。狙撃位置も早く割り出さんとな……』
『細かいこたー丸投げ丸投げ。やるよ、どらごん』
と。無音の衝撃がギシャの後方で弾け、その小さな背中に豪雪を叩きつけた。
「迫撃が開始されましたね」
九字原 昂(aa0919)がArcard Flawless(aa1024)の肩に触れて言った。情報どおり、接触によって声が相手に通る。
「この距離なら対岸からの狙撃も通るが……おそらくはまだ撃ってこないだろう」
『はい。彼らが撃ってくるのは、勢子である強襲部隊に追い立てられ、私たちが東に動き出した後でしょうね』
Arcardの内から言葉を添える木目 隼(aa1024hero002)。
その言葉を引き取り、またArcardが言った。
「だからこそ先に迫撃砲を潰しておきたい。そのためにもこの襲撃部隊を手早く片づける。なに、奴らの銃撃は向かい風方向に逃げる相手専用だ。ボクらには当たらない。近づいてくるのもそのためさ」
白煙を引いて落ちてきた迫撃砲弾をハウンドドッグで撃ち落としたArcardの言に、昴はかすかに眉をしかめた。
「僕は北西の丘に愚神が潜んでいるものと考えています。予測が当たっているとすれば、本陣に突入することになりますが」
「ボクは北東の丘にいると思ってるんだが。――どちらにせよ、狙撃時に見える光をたどればおのずと正解にたどり着くさ。今は強襲部隊に当たりつつ、偵察兵からの報告待」
どん。Arcardに触れていた昴の手に、鈍く重い揺れがはしり。
Arcardの長身がつんのめるように弾け、倒れ伏した。
……一方「偵察兵」であるツラナミは、NEO(aa4584hero001)と共鳴した新人エージェントのKody(aa4584)を伴い、ゾーンの西端に沿って北へと駆けていた。
『音に紛れらんねぇのはめんどうだな……いや、雪に潜ったら冷たいし濡れるからもっと面倒か』
内なる声で垂れ流すが、その動きから力が抜け落ちることはない。仕事――義務に対してだけは、不思議なほどに生真面目な男なのである。
『迫撃部隊がこちらに気づいている様子はない。そのままのペースで』
38の報告を受けたツラナミは苦い顔で。
『だる……』
●激突
Arcardを抱き起こした昴の唇がひとつの言葉を紡ぐ。
『狙撃です!』
「フローレスさん!?」
ウェアウルフの爪をアスカロンの腹で防ぎながら、亮馬が目線をArcardへと飛ばした。
次の瞬間、その視界が迫撃砲弾によって噴き上がった雪に塞がれ、亮馬の足は思わずArcardへと向かいかけた――が。
踏みとどまった亮馬は背を打つ爆風に乗り、前へ。
大剣の柄頭でウェアウルフの鼻先を叩いてよろめかせ、続く袈裟斬りで灰の毛皮に赤い裂け目を刻みつけた。
これは亮馬とEbonyにとって復帰戦だ。二兎を追う余裕などない。だから。
『さっさと片づけてフローレスさんを助ける』
『まずはそれでいい。我らが精いっぱい手を広げたところですべてを守り抜くことは不可能だ。ならばまっすぐに手を伸べ、握り締めた刃で活路を斬り拓く』
亮馬の内、普段はストッパー役を担うEbonyが言った。友を救いたい気持ちはEbonyも同じだ。そのためにできることを、亮馬と共に成す。
『雪原のスナイパー。白い死神だねー』
雪柱の裏に潜んでウェアウルフどもへ接近していたギシャが、なだれ落ちてくる雪の中から一気に跳びだした。
『ここはフィンランドじゃない、シベリアだ。不吉な知識は忘れて、今は連携と速さを考えろ。――スナイパーのことを忘れずにな』
どらごんのアドバイスを受けながら、ギシャは鶴翼陣の左端を行くウェアウルフの顔にしがみついた。そして白竜の爪牙“しろ”で目をかきむしって跳躍。再び距離を取る。
『スナイパーキラーって、アサシン的に憧れるよねー』
言いながらも周囲に隙なく目を配るギシャ。
どらごんが思わず苦笑した。
『……普通は狙撃屋を恐れるものだが、その調子なら問題ないな』
目を押さえて動きを止めたウェアウルフに追撃をかけるのは龍哉だ。
『鶴翼に挟まれたら厄介だからな! 加賀谷たちが中央を止めてくれてるうちに端から減らすぜ!』
フルンティングを大きく振るい、一気呵成を叩き込む龍哉の内で、ヴァルトラウテが低くつぶやく。
『それはそうなのですけれど、それよりもあの狙撃ですわ。どう考えても辻褄が合いません』
Arcardは前へ倒れ伏した。ということは後方――南側から撃たれたことになる。
南にあるものはゾーンへの入口だけ。が、ゾーンルーラーがゾーン外にいるなどありえない。
『迷ったところでどうにもならねぇさ』
時間と角度を変えて5本のシャープエッジを投じ、1体が間合に入ってくるのを抑えておきながら、龍哉はまっすぐ踏み込んで「コッ」。短く息吹き、次のウェアウルフの回し蹴りを腕で弾き飛ばした。
『こんなの技でもなんでもねぇけどな』
人間の関節は内側へ大きく曲がる代わり、外側へは曲がらないようできている。龍哉はそれを利して四肢の関節を外側へ曲げ、体を張り詰めさせたのだ。
『……しかし、これだけ近ければと思ったが、やっぱ違和感あるな』
顔をしかめる龍哉。衝撃はあれど音が聞こえない不自然さ、なんとも収まりが悪い。
『これでにおいまで封じられていたら厳しかったかもしれませんわね』
『ともあれ、後顧の憂いを断てばよしってとこだ。答探しはその後でいい』
中央部では、亮馬と並び立った聖が敵を押し戻しにかかっていた。
『目の前にいるヤツからブッ飛ばす!! 行くぜルゥッ!!』
威勢をあげる彼の背後に浮かんだLe..の小さな影が肩をすくめ。
『……やることはそうだけど……警戒はしてよね……ヒジリー』
言いながら、Le..はウェアウルフどもの目線や立ち位置、動きを観察する。
『ルゥたちのこと、東に行かせたいみたい……だけど。狙撃……今も届いてるよね。なんで……東に動かしたいのかな』
奴らはエージェントを追い立てようとはしているのに、強い意志がない。散漫なのだ。行動ではなく、気持ちが。
『わかんねェな。わかんねェって言えば、なんでFlawlessが撃たれたんだ? 狙われんならオレか加賀谷じゃねェのかよ』
鶴翼の右方からウェアウルフがアサルトライフルを撃ち込んできた。
『っと!』
聖は雪上へ頭から飛び込み、弾へ向かう形で前転してこれを回避。立ち上がると同時に未だ射撃体勢を取ったままのウェアウルフの顎へ。
『よそ見できるほどオレらは甘くねェぞ! 千照流、破斥・剣華!!』
手にしたヴァルキュリアをアッパースイング、上段からの斬り下ろし、最後は突き、ウェアウルフを地に縫い止めた。
『オオカミもスナイパーもまとめて来いよッ! オレは絶対、退かねェからな!!』
「ここはすでに射程圏内……」
荒い息をつくArcardの上に体をかぶせてかばいつつ、昴が視線を巡らせた。当然、スナイパーの姿は見えない。気配もまた、感じられない。それだけ遠方から射撃されたということか。
「……ゾーンの、北東の端に、スナイパーがいないことは、わかったな」
苦しげに、しかし確かな声音でArcardが言う。
『射程ですか』
隼に「ああ」と応え、Arcardは言葉を添えた。
「アンチマテリアルライフル、なら、有効射的距離、は110メートル。僕たちは、迎撃のため、西に約10メートル、移動している。それでも届くということは、少なくとも」
「北東端からでは弾が届かない、ということですね」
昴が短く息をつく。彼女の読みは正しいのだろう。ここには追い風が吹いているが、100メートル程度の距離でそれが影響するほど12・7mm弾は軽くない。
「あとは、僕が後ろから、撃たれた理由、だね。敵は、どんな手を、使ってる、のか」
飛来した迫撃砲弾を撃ち落としたChrisがArcardと昴に触れ、言った。
「その理由についてだが、カラクリは見えた。……敵はテレポートショットを使っている」
『ですぅ!』
Chrisの内でシャロが大きくうなずいた。
「最初に気づいたのはシャロだがな。状況を見る限り、俺もそれしかないと思う」
テレポートショットは対象の死角を突いて不意撃ちする、ジャックポットのアクティブスキルだ。それならば、敵がいるはずのない背後からArcardが撃たれたことにもうなずける。
『はぅ。私はテレポートショット、まだ使えないんですけどぉ……でもでもっ、私が使うんなら、じっとしてる人のこと撃ちたいかなぁって思うんですぅ!』
「だから動け、というわけだね。もっともだ。それに、動くことで、スナイパーの位置を、さらに、絞り込めそうだ」
Arcardは力を振り絞って体を起こし、携帯していた花火セット「動」を取り出して1本に点火。ウェアウルフの後方へ投げた。
BREAH――すなわち突撃の合図を視認したエージェントたちが一気に加速する。
「西へ前進! 獣どもを突き破れ! 目と鼻に神経を集中させろ。最低でも狼もどきを超越するほどに!」
その体へ、ふと実体化した12・7mm弾が再び突き立とうとした、そのとき。
ナイトシールドの裏に肩を押しつけ、雪を踏みしめた楓が、その弾を正面から受け止めた。
『ここを狙ってくると思っていました』
弾は未だ回転を止めず、盾の表面をえぐりながら楓を押し込んでくる。
『楓、押し負けらんないよ!』
詩乃の声に、楓が奥歯を噛み締めたままうなずく。
『はい』
機械化した両脚を駆動音できしませながら、弾を楓が押し返す。そして。
盾の表面を削ぎ落とすようにデュアルブレイドを振り下ろし、弾を雪原へと叩き落とした。
『――かならず、守りますから』
彼女がまとう青いドレスは「誰かを守りたい」という意志そのもの。そして。
『行って! 殿はボクたちがやるから!』
誰かの人生という物語を見届け、語り継ぐことを使命と決めている詩乃は、その紡ぎ手である他人をひとりでも多く救うと誓っていた。だからArcardを、仲間を守り抜く。唯一無二の相棒、楓とともに。
ゾーン北西の丘陵、その北端を経て河跡へ飛び込んだツラナミが、Kodyの肩に触れて言葉をかけた。
「息を整えとけ。愚神が想定どおり北東にいるなら、次に息するのがいつになるんだよったく……」
言っているうちにだるくなってきたのか、言葉から力が抜けていく。
『急がないと。私たちがここにいる意味がなくなる』
ツラナミを急かす38だが、その言葉に険はない。彼がだるさや面倒さを口にするのは、仕事という義務を果たすためなら容易く己を道具と化す彼が、今なお“心”を保っている証だからだ。
「はいはい……っと」
Kodyに迫撃部隊の観察を頼んだツラナミは愚神の潜伏予想ポイントを、内の38が狙撃部隊をうかがい見る。
『狙撃部隊は360度警戒してる。撃つ気は感じられないね。狙撃ってよりも見張り?』
『だな。しかし、愚神はどこだ? アンチマテリアルライフルってすげぇマズルフラッシュが出るんじゃなかったのかよ』
双眼鏡から目を離し、ツラナミが再び河跡の底へ戻った。
「迫撃砲はあいかわらず味方を追い立てるのに夢中だ。おかげでこっちを振り向く気配はない」
『形勢は味方に不利。なんとか覆したいところだが……』
Kodyに続き、NEOもまた渋い声でうなるように言葉を紡ぐ。
ツラナミは思案し、Kodyへ。
「俺の後ろにつけ。で、俺が敵に見つかったら全力で逃げろ。ただし、愚神が撃ってきたらその位置を味方に知らせてくれよ」
呼吸を絞り、ツラナミは気配を消した。
その顔にあるものは、酷なほどに冷たい義務感。それだけだった。
●進撃
『読みはどうやら正解だったようだが――ボクばかりでなく、仲間にいらぬ傷を負わせてしまったね』
傷口を無理矢理に押さえつけて血止めしたArcardが青白い顔を巡らせ、舌を打った。
未だ答合わせはできていなかったが、ゾーンの最南西部へ到着したエージェントに三度の狙撃が浴びせられることはなかった。
が。
6体に減ったウェアウルフの猛攻、そしてその攻撃を支援する迫撃砲。この連携に、Arcardをかばいつつ敵陣を突き抜けることに注力したエージェントたちは少なからぬダメージを追わされることとなった。
『正解を得るためにはまず式を解く必要があります。その過程で生じるロスを減らすためには、なによりも素早く解答を得るよりありません』
ままならない現状を覆すためには目先の敵を討つ必要がある。そのためにArcardや仲間が受けるダメージを減らしたいなら、電撃戦をしかけるほかない。
その隼の言にArcardは嗤いを吐き捨て。
『策はすでに講じている。今はそう、しばしの別れを惜しんでいただけさ。――さあ行くぞ。1匹残らず喰らい尽くしてくれる!!』
Arcardの手にラミネート加工されたカードが現われた。内に封じられた紙に書きつけられた文字は『2WAY』。
『ギシャ、合図が来たぞ』
『ギシャのなまあしちから、見せてやらー』
ウェアウルフの目に雪を投げつけると同時にソウドオフ・ダブルショットガンをぶっ放し、後転して離脱するギシャ。移動力の高さを生かし、一気に北西の丘陵の麓まで駆け抜けた。
『仲間が来るまでに回り込むぞ』
『おけー』
内なる声でどらごんに短く応え、ギシャが丘に取りついた。南から迫撃部隊を目ざす仲間と連動し、丘の西側から奇襲をかけるため、彼女は潜伏しつつ北を目ざす。
『ギシャがぶっとんでったな』
ウェアウルフ2体を相手取りながら、龍哉は思わず口の端を吊り上げた。
『この雪の上をよくあれだけの速度で走れるものですわね。でも龍哉』
ヴァルトラウテは続く言葉の音を引き締める。
『ギシャさんやArcardさんの作戦を生かすも殺すも、強襲部隊に当たる私たちが敵の目を引きつけておけるかどうか。それにかかっていますわ』
『……言われるまでもねぇさ。赤城波濤流の真髄、聞かせてやる』
ひゅ。吹いた呼気をたぐるようにして龍哉が滑り出る。
ウェアウルフは右手の爪で迎え討ったが、龍哉が前進する速度を一瞬ゆるめる、ただそれだけのことで攻撃を大きく外し、体勢を崩した。
『今、おまえは必死で俺の剣を見ちまってるだろ。だから』
言いながら、龍哉はウェアウルフの顔へフルンティングを振り上げ、振り下ろした。その剣圧――音なき轟音に煽られたウェアウルフが回避しようと体を転じさせるが。
『聞こえないはずの音が聞こえちまうんだよ』
龍哉の剣は上段に構えられたまま動いていなかった。
重さを含むほどに濃く練り上げた気を虚の刃と化して敵に当て、惑わせる。言葉にしてしまえばそれだけのことだが、成すためには壮絶にして地道な鍛錬を山と積み上げなければならない成果。
今度こそ振り下ろされた実の刃で、ウェアウルフはあえなく両断された。
『派手な技ばかりが奥義ではありません。汝が未熟、煉獄の底で噛み締めなさい』
ヴァルトラウテの決めゼリフに口は挟まず、龍哉は苦い笑いを漏らした。
『――ようはハデに暴れりゃいいんだろッ!?』
戦乙女の名を持つ大剣を回転、その重さと遠心力で超加速させ、ウェアウルフを叩き斬った聖が叫ぶ。
『……誰にも聞こえてない……けどね。ま、気合は……悪くないんじゃないかな』
心の内のスイッチを入れ、存在の有り様を研ぎ澄ましたLe..が状況を見極めながら、的確に聖を次の敵へと向かわせた。
『ヒジリー、敵!』
一体を目くらましに使った別の一体が聖へかぶさるようにして迫る。
『来いよ!』
聖は闘志を燃やし、避けることなく体ごとぶつかっていく。
聖が押し立てたヴァルキュリアの刃をくわえ込んだウェアウルフは、聖を雪原に叩き伏せようと激しく首を振り立てた。
『……合わせる、よ』
Le..の言葉で、聖が抗っていた体から力を抜き。
『加賀谷!』
聖の声なき声が聞こえたか。ランスを構える騎士のごとくにアスカロンを構えた亮馬が突進、聖の腕に噛みつくウェアウルフの胸を刺し貫いた。
『あんたらを倒す。俺の怒りと憎しみで、この鎧が曇らないうちに』
人型兵器を思わせる青甲冑の奥、そこに隠した金眼をたぎらせ、亮馬は大剣をひと息に引き抜いた。
『落ち着け。もう怒りと憎しみに引きずられているぞ。彼奴らを使って愚神の性根を測るのではなかったか?』
Ebonyがあきれた声を吐き出したが。
『それをするだけなら、1匹いれば足りるだろう?』
亮馬は冷えた激情を大剣の柄と共に握り込み、次の獲物を求めて踏み出した。
ドレッドノートに強襲部隊を任せたArcardたちは迫撃部隊へと急ぐ。
「もどかしいね。翼があれば――なんて思わずにいられない」
迫撃部隊に対して真南から打ちかかる。それがArcardの作戦だ。しかし、雪はエージェントたちの足にからみつき、思うように進ませてはくれない。
『焦りはすべての計算を狂わせますよ』
静かに告げる隼へ、Arcardに触れたまま移動していた昴が返した。
「なら、その焦りも計算に入れてしまえばいいだけのことでしょう。……僕は狙撃部隊へ向かいます。ツラナミさんもサポートが必要でしょうしね」
一行から昴が離れ、気配を隠して敵へ向かう。たった今まで彼の背を見ていたはずのエージェントたちがふと見失ってしまうほど、あざやかな潜伏だった。
『……私たちは逆に、もっと目立たなければいけませんね』
守るべき誓いによって雪原にその身を露わした楓が、デュアルブレイドをかざして一行の東を行く。
『シールドは?』
周囲を警戒しつつ、詩乃が問うた。
『守りを固めてしまえば、どれほど目を引いてもスルーされる危険がありますから。確実に私を狙ってもらわなければ困ります』
楓の厳しく引き締められた顔が、かすかにゆるむ。
『詩乃。衝撃とダメージに備えてください。敵のテレポートショットは5発で尽きるようですからあと3発。なんとしても耐え抜いて、通常射撃に切り替えさせます』
付き合わせてごめんなさい。私のことを支えてください。他人を巻き込んで自らの決意を貫くなら、伝えるべき言葉があるはずだ。
しかし楓はその思いを説明せず、言い訳することもない。
そして詩乃もまた、説明を求めることも言い訳を強いることもなく。
『せめて1発はかわしたいとこだね』
笑んだ。
Arcardたちの接近を受け、砲撃が止まった。
それと同時に対岸の狙撃部隊が射撃を開始。エージェントたちを撃ち据える。
『迫撃砲の連中には気づかれていないが、遠距離攻撃に晒される状況は変わらずか』
ため息をつくどらごんに、ギシャは消えぬ笑みを傾げてみせ。
『当たんなきゃいーだけさ』
向かい風を利し、体を思いきり前へ倒したまま疾走。Arcardらを迎撃しようと構えた迫撃部隊の背後を突いたギシャが、その1匹の背にするりとしがみつき、“しろ”をまとう中指で延髄を掻き斬った。
仲間がクリティカルを食らって絶命したことに気づいたウェアウルフどもが振り向き、ギシャ目がけて爪牙を伸ばしたが――
『竜は狼なんかに負けないよー』
倒れゆくウェアウルフの骸を盾にしつつ雪原へ沈み込み、雪の表面を削るように水面蹴りを放って3匹を牽制、さらにその勢いで距離をとった。
かくして崩れた敵陣へ、さらに。
『本隊を忘れてもらっては困るな』
腰だめに構えたA.R.E.S-SG550をフルオートで撃ち放し、Chrisが前進する。
『そのまま。そのままですぅ。照準は私にお任せなのですぅ』
シャロの本領はサポートにある。反動で暴れ狂う銃口を敵に向けさせ続け、確実にヒットさせ続けるその能力は計算と技ばかりでなく、感性あってのものだ。
狙撃部隊のライフル弾がChrisの体を傷つけていくが、彼は止まらない。
『照準修正。風の影響、問題なしですぅ』
シャロもまたなんでもない声でChrisへゴーサインを送るが……Chrisの痛みを数割引き受けている彼女が痛くないはずはないのだ。しかし、それを一切見せることなく、彼を前へと進ませてくれる。
――俺もずいぶんとシャロに世話を受けているな。だが、贖いは言葉でするものじゃない。成果でするものだ。
Chrisは己の役割を全うするべく引き金を引き絞り、後ろに続くArcardへ「展開、攻撃」のハンドサインを送った。
●転章
河跡の底をたどってゾーンの北端へと到達したツラナミが、その縁からミリ単位で這い上がり、東へ向けて移動を再開した。
『狙撃部隊は対岸の味方が引きつけてくれてる。行くなら今』
38の言葉を聞きながら、身をかがめたツラナミは狙撃を避けるため、あえてジグザグに駆ける。そして雪中に身を潜め、這い、双眼鏡で愚神の潜伏予想地点をうかがった。
『なにか見つけられれば儲けも――』
の。最後の言葉が、背中へ潜り込んで肩口から突き抜けた灼熱に焼き消された。
『スナイパー!』
衝撃で跳ねた体の内、38が声音を絞り出した。
激痛を意識的に遮断し、追撃をかわすため不規則に転がるツラナミ。その中で彼の後方で西側を警戒していたKodyを見たが……かぶりを振っていた。西側に狙撃の気配はなかったということだ。そして東を見ていたツラナミもまた、なにも感じ取れなかった。どういうことだ……?
『双眼鏡』
38の言葉で、痺れていた思考が焦点を取り戻す。そうか。レンズの照り返しが、スナイパーの目を引き寄せたのか。これはかくれんぼだってのに――油断した。
『ただ、これではっきりしたな。敵は北東にいる。俺の双眼鏡の照り返しが見える位置に』
Kodyはこの情報を持ち帰るべく、本隊へ駆け戻っていった。
ツラナミの存在に気づいた狙撃部隊がライフル弾を撃ち込んでくる。
『なんとか愚神の居場所をはっきりさせたいとこだが』
と。
これまでリズミカルに飛んでいたはずのライフル弾が、乱れた。
どこからか飛来した鷹が、狙撃部隊の目をかすめてその狙いを逸らしたのだ。
『攪乱程度の役にしか立ちませんが、それでもないよりはましでしょう』
撃ち落とされた鷹の逆側から姿を現わした昴が、単身で狙撃部隊へ奇襲をかける。
一斉に彼へ突きつけられるスナイパーライフル。しかし、そのときすでに昴はウェアウルフどもの懐へとすべり込んでいた。
『あなたがたの位置取りは確認ずみです。だからこそ、このような芸当もできる』
かがめていた体を起こす。昴の肩が、ウェアウルフどものライフルの銃身を押し上げ、ライフル弾を虚空へとまき散らさせた。
『悪く思わないでください。これが僕の仕事ですので』
腰に佩いた孤月を抜刀。EMスカバードの電磁力で加速された刃がまたたいて――ウェアウルフののど笛を裂いた。
――と、ここまでは上々でしたが、ここからはどうでしょうね?
残るウェアウルフどもが散開した。ライフルを構えたまま距離を取る者とライフルを捨ててこちらへ向かってくる者に分かれ、昴を包囲する。
換装したライオンハートをかざしてこれに対する昴が、左手で北東を指した。目線はウェアウルフに向けられているが、まちがいなくツラナミに向けたサイン。
『あと1発もらったら死ぬ』
『ならそれまでに仕事を終わらせるか』
38へ答えたツラナミが再度潜伏し、北東部の丘陵の麓へ向かった。
30秒あれば丘のどこに愚神がいるかわかる。
それまで生きていれば、命は足りる。
●熱情
強襲部隊を平らげたドレッドノート3組と合流、迫撃部隊を挟撃でしとめたエージェントたちの元へ、Kodyから情報がもたらされた。
「敵愚神は北東の丘にいる」
Arcardは鹵獲した迫撃砲が使えるかを確かめつつ、淡々と指示を飛ばした。
「くじはらくんが狙撃部隊を引きつけている。長距離攻撃担当者はここから支援攻撃。近接攻撃担当者は敵殲滅へ向かえ。……この戦場において、狩人は我々だ」
『このまま指揮を執るならグランガチシールドに換装するべきかと』
隼の進言にArcardはかぶりを振り、狙撃部隊へ迫撃砲を撃ち込んだ。
『ここで攻めの手を減らすわけにはいかない。少なくとも敵愚神の狙撃を封じるまでは』
風に押され、狙撃部隊に届かぬまま爆炎を上げた迫撃砲弾を見やり、隼がまた言う。
『風の影響が強すぎます。慣れない迫撃砲では効果は見込めません』
対するArcardは不敵に笑み。
『構わないさ。この咆哮が――闘気が、敵と味方に届けばそれでいい』
昴の足に、河跡の縁を削る迫撃砲弾の振動が届いた。
――あちらはうまく行ったようですね。あと少し保たせられれば戦局は変わりますか。
迫るウェアウルフの脚をライヴスの針で縫い止め、横に跳んだ昴だが、脇腹をライフル弾にえぐられ、軌道を乱される。
鮮血の尾を引いて雪に墜ちた昴は、すぐに横転して追撃を回避。立ち上がった。
――5体分の連携を受けるのは辛いところですが……味方を呼び込むあと一手、重ねておかないと。
脚をもつれさせつつ、昴は東へ転進。ダメージの蓄積した体は演技するまでもなく、勝手によろめいてくれる。
勝機を見たウェアウルフどもの眼が、西への警戒をゆるめて昴を追いかける……。
『ブレは横マイナス2・2』
射手の矜持を発動した後、伏射体勢をとったChrisが親指を立て、ウェアウルフとの距離を測る。
『縦マイナス3・1なのですぅ』
シャロが銃口の向きを細密修正した。
『アークェイドさんの迫撃で風の影響はわかっているのですぅ。調整と捕捉は私が。トリガーはクリスさんですぅ』
『Roger』
Chrisが細く絞った息を吸い。
さらに細く吐いて。
吐ききった、その瞬間。
ロングショット――。
こめかみを撃ち抜かれ、脳をかきまわされたウェアウルフが横倒しに倒れ、停止した。
排出された空薬莢が雪に落ちてひとすじの湯気を立てる。
それを潜伏中の愚神から隠すためにひと息で吹き散らし、Chrisは内なる声でシャロへ告げた。
『Next』
一方、亮馬と聖は狙撃部隊を目ざしていた。
『まだ来ないか。無駄撃ちをしてくれん狙撃手は厄介だな』
瀕死のウェアウルフをくくりつけたアスカロンを担いで進む亮馬の内、Ebonyが低くつぶやいた。正直このような手を使うより、全力をもって敵を討つほうが好ましい。
『撃ってこないならかまわず狙撃部隊を片づけるだけだ』
彼の肩に聖が触れる。
「敵にはまだテレポートショットが残ってる。歯、食いしばっとけよッ!」
『……ヒジリーも……ね』
いつもどおりに攻め気の聖と、こちらもいつもどおりに達観したLe..の言葉。これは同じ前衛として負けていられない。
エージェントたちの攻勢を受け、後退しつつ迎撃にかかった狙撃部隊へ、亮馬はウェアウルフ付きのアスカロンを掲げて見せた。
『仲間を救いに来いよ。あんたらにあんたらの正義があるならな』
しかし、仲間の窮状を見せつけられたウェアウルフどもの眼は、虚無。どのような感情も感傷もなく、ただ標的として亮馬を捕らえ、銃弾を撃ち込んでくるばかり。
――なんだよ、あんたら結局、そんなもんかよ。
『なにを考えている、亮馬?』
なんと答えていいか、わからなかった。だから亮馬は、飛び去っていく銃弾のただ中で剣を振り上げた。
次の瞬間。
亮馬の右膝が横からぶち抜かれ、もんどりうって雪にめりこんだ。
『加賀谷ッ!?』
駆け寄ろうとした聖を制し、亮馬が顔を上げる。今のはテレポートショットだ。とすれば、もう1発来る!
歯をくいしばって待ち受けたが。
雪に落ちたアスカロンが跳ね。
くくりつけられていたウェアウルフが眉間を撃ち抜かれて絶命した。
『今のは慈悲の一撃、か。あの愚神、何者だ……?』
万感に声音を震わせるEbony。
亮馬もまた声を震わせながら答えた。
『貴重なテレポートショット1発、手下のために使うような、敵だよ』
憎しみの奥底から沸き立つ熱い感情を噛み締め、亮馬は左手一本で拾い上げたアスカロンを構えなおした。
『亮馬が撃たれた。盾代わりにしていた従魔もな。部下にとどめを刺してやるとは、愚神らしからぬ人間臭さだが……』
河跡の底に潜んだギシャの内でどらごんが首をひねる。
『人間いろいろ。愚神だっていろいろいろいろだよねー』
そんなことを言いつつ、狙撃部隊を囮にして待ち受けているだろう愚神の脅威に備え、河跡から飛び出すのを抑えていたギシャである。歳相応の幼気と、歳を超越した暗殺者としての完成度。その両立が彼女を彼女たらしめている。
『ともあれこの10秒は有効に使わせてもらおうか』
『りょーかい』
後退するウェアウルフどものななめ後ろを突き、ギシャが襲いかかる。
挟撃の型にはめられたウェアウルフの咆哮が静やかなる曇天をささやかに波立たせた。
『聞こえないけどねー』
殴りかかってきたウェアウルフの腕を跨ぎ越えるようにして巻きついたギシャ。逆さまにぶら下がった状態から上体を折り曲げ、『とう』。体毛の薄い脇をえぐった。
急所を突かれて体を硬直させたウェアウルフ。その半開きになった口へ、聖のダズルソード03“紅榴”から放たれたライトグリーンに燃え立つ衝撃波が叩きこまれた。
『アタッカーが後ろで震えてるわけにいくかよッ!!』
振り切った刃を構えなおす間も置かず、聖はまっすぐにウェアウルフ群の真ん中へ躍り込む。
『ヒジリー……がまんできるの、1回だけだから……ね』
Le..に言い返し、聖はライヴスゴーグルの奥で眼を見開いた。愚神がテレポートショットを使うにしても、弾道に残されたライヴスをたどればテレポート前の軌道を見つけられるかもしれない。自分を撃ってきさえすれば、きっと。
『撃ってこいよ愚神。手下にかける情、あるんだろ? だったら手下が全部いなくなるまでにオレを止めてみろッ!』
仲間の奮戦を見やりながら、昴がひとつ息をついた。
『なんとか死神の鎌はやり過ごせたようですね』
傷だらけの体に活を入れて潜伏した彼は、目先の戦いを避けて北へ。
『最後の一手は愚神――あなたに使わせていただきますよ』
迫撃部隊の仕末を仲間に任せ、北東の丘陵へ向かう過程で狙撃部隊の裏へ回り込んでいた龍哉。盾代わりのフルンティングの影から、九陽神弓を射込む距離と機を測る。
『まだ遠いか?』
『無駄撃ちはいらぬ隙を生みますわ。風の影響も考えて』
言いかけたヴァルトラウテと龍哉が同時に、突き立てたフルンティングの柄をつかみ、刃の裏へとすべり込んだ。
ガギギッ! 分厚い刃が固い悲鳴をあげるように震えた。
『狙撃、ですわね』
『忘れてたわけじゃないが……裏を取られちまったな』
大剣を雪から引き抜き、龍哉がその場から全力で移動する。敵に位置を知られているのだ。次弾の装填を終えられる前に、安全地帯へ潜り込んでおかなければ。
『龍哉、これ――』
ヴァルトラウテがふと、弾を受けた大剣の腹を示した。
剣に刻まれた、二重丸の弾痕を。
『同じ場所に、サイズのちがう弾が2発。……謎は深まるばかりだな』
――ツラナミがたどりついた丘は、墓地だった。
『新しい……』
38の言うとおり、まばらに立てられた10の墓標はみな新しい。
一歩。また一歩。五感を張り詰めさせたツラナミが進む。そして。
目が合った。
少女とだ。
雪のように白い防寒具に身を包んだ、雪よりも白い肌と髪、そして赤い瞳を持つ少女。
――アルビノか。
少女がツラナミに銃口を向けた。通常であれば地に固定し、伏射で撃つよりないはずのアンチマテリアルライフルを頬づけで構え、そして。
唐突にツラナミから目線を切り、南へ向けて撃った。
銃身だけで2メートル近くはあろうその長大な銃は、ひとすじのマズルフラッシュも吐き出しはしない。つまり少女は、すべての反動を自らの体で受け止めている……!
『ツラ!』
38がツラナミを引き戻した。
これ以上味方を撃たせるわけにいかない。意識を少女に集中させ、その白い背中に縫止を撃ち込んだ。
少女は縫い止められたままツラナミへ向きなおり、今度こそ12・7mm弾を撃ち込んだ。
銃口から身をずらすことで回避したツラナミだが。
『ち』
衝撃で先に受けた銃痕が口を開け、間歇泉さながら血が噴き出した。
わずかに時は遡る。
北の一点でライヴスがまたたいた。
Le..が聖の内で口を開こうとした、その間に。
視認できないほどの速度で12・7mm弾が襲い来て。
ぢりっ! 地へ転がったウェアウルフに突き立てようとしていたヴァルキュリアの刃をこすり、聖の右肩をごっそりと削り取っていった。
『ヒジリー』
Le..がようやく言葉を紡いだころには、聖の体は宙へ飛んでいた。
『ッ!』
壮絶な苦痛を突っ込まれながら、それでも聖は笑う。
見たぜ、愚神の居場所ッ!
その体を亮馬が引っつかみ、転倒から救い出す。
「見えたか!?」
「愚神は……オレたちが思ってたより10メートル手前。丘の際んとこにいる!」
ハンドサインにゼスチャーを交え、対岸の仲間へ伝えたふたりは顔を見合わせた。
『我らは脚、貴殿らは腕、それぞれを損なっている。……やれることはひとつだな』
Ebonyにうなずき、亮馬が聖と背を合わせた。
『ヒジリー……暴走したら……みんな、死ぬから……』
「わかってる! 加賀谷、踏ん張らねェでオレによりかかっとけよ。絶対支えるから!」
「俺は重いが頼む。代わりに防御は任せろ」
残るウェアウルフに、二面三臂の【戦狼】が打ちかかる。
●決着
ツラナミの目が少女の銃口をのぞきこむ。すなわち狙いを定められていた。
彼は大きく両手を挙げ、ひらひらと振った。降参したわけではない。少しでも仲間に見えるように。注意を引くように。
――なるほどな。これ以上、痛くすんのはやめてくれよって気分になるもんだ。
心の中で彼がつぶやき終えるのを待っていたかのように、少女が引き金を引き絞った。
『させません――!』
ツラナミの前に割り込んできたものは、デュアルブレイドをかざして飛び込んできた楓の背中。仲間の代わりに多くの攻撃を受けてきたその体はまさに満身創痍で、青い甲冑は彼女自身が流した血で赤黒く汚れていた。
『楓、行くよ』
詩乃が最後の守るべき誓いを発動させた。
ツラナミを守ったハイカバーリンクにより、楓の命はすでに8割以上が失われた。スキルの力で防御力が高まったとはいえ、あと何発耐えることができるか。
『やってみなければわかりません。だから……やります!』
ナイトシールドを携え、楓が少女を強くにらみつけた。
――唐突に少女が身を引く。
その残像を九陽神弓から放たれた矢が貫き、雪に突き立った。
『撃つだけじゃなくて、かわすほうも得意かよ』
走りながら次の矢をつがえる龍哉へ、内からヴァルトラウテが言う。
『かわせない距離まで近づけばいいだけのことですわ。敵の目の前にまで』
さらに。
『最後の一手を試させてもらいますよ』
潜伏を解いた昴が孤月を手に、少女の背後から襲いかかる。
今振り向いても、あの超ロングバレルではどうにもできまい。連携を決めようと、エージェントたちは少女を押し囲むが、しかし。
少女は振り向きざまにライフルのストックで昴を突き、その腕をつかんで引き落とし、脚をからめて一気に肩関節をへし折ったが。
「――ありがとうございます」
額に脂汗を滲ませた昴が口にしたのは礼だった。
白面をわずかにしかめた少女がさらに昴の腕をねじり、苦痛を送り込む。
「撃たれていたら、手は成りませんでした。こうしてつかんでいただけたおかげで、成せます」
縫止の針を少女の脚に撃ち込み、さらにそれを体で抱え込んだ昴が声なき声を張り上げた。
攻撃を!!
『軍隊格闘技まで使うか。立ち合ってみたい気持ちはやまやまだが……討たせてもらうぜ』
龍哉が少女の鳩尾にフルンティングの切っ先を突きつけ、柄をつかんだ手を強く握り込む。掌に集められていたライヴスがその圧力で爆ぜ、少女にゼロ距離からのオーガドライブを叩き込んだ。
しかし少女は表情を変えることなく刃ごと龍哉を横蹴りで突き放し、銃口を向ける。
『弾撃たれる前に命(たま)取っちゃえばいいのだいいのだいいのだー』
亮馬、聖と連携して狙撃部隊を平らげたギシャが、脅威の脚で戦場へ到達。勢いをそのままに、少女へジェミニストライクで突貫した。
そこへツラナミ、飛び込んできたKodyのジェミニストライクが、少女の銃撃をいなした楓のブレイドが続き。
さらには西方から撃ち込まれたArcardの狙撃弾が少女の白髪を削いでいく。
「――今の射撃で見極められたかい?」
かがみこんだ脚でChrisに触れたArcardの声に、シャロが大きく『はいですぅ!』と応えた。
『射線は読めましたですぅ。いつでも行けますぅ』
「ならばよし。あとは、噛み砕くのみだ」
シャロ、そしてArcardに応えるChrisの声はただひと言。
「Shoot」
呼気を止めた瞬間に放たれたロングショットが、少女の体を大きく弾き飛ばした。
終わった。
誰もがそう思ったが、しかし。
少女の細い体は雪に落ちることなく、たくましい腕に抱き留められた。
「従魔を気にする必要はないと言い含めておいたのだがな。群れへのこだわりが捨てきれん」
かなりの期間使い続けているのだろう。色褪せ、裾や襟のよれた軍服とコートを着込んだ壮年の男が少女を見下ろし、次いでエージェントたちを見渡した。
「諸君の同志の墓を作ったのもこのリュミドラだ。自分が殺した戦士に対する敬意だと言ってな」
ここで到着したArcardが男の前に立った。
「場を代表して訊く。いや、彼女を助けに入ったきみこそがゾーンルーラーなのはわかっているがね。……どこから見ていた?」
その声は普通に全員の耳に届く。今、ゾーンルールは消えているようだ。
「そこだ」
男が示したのは、丘の東端。たったそれだけの距離にいて、まったく気配を漏らさずに潜伏し続けていたというのか。最後の最後で助けに入るまで、心を平らかに保ったまま。
「これは実験だった。最小限のルール設定でリュミドラが戦えるかどうか。……自分は部隊運用が苦手なのでね。結果は要改善と出たわけだが」
「見てただけじゃなくて、その子に合わせて俺に撃ち込んでくれただろ。愚神のくせにずいぶん親バカじゃねぇか」
龍哉がフルンディングの弾痕を見せ、口の端を吊り上げる。
「効率の問題だよ。諸君の中で君がもっとも危険度が高いと判断した。減らせるならばそれに越したことはなかったのでね」
男が予備動作なしにゾーンの北端へ跳び、背をつけた。
「上の意向にもよるが、次の実験は別の形で行う。いずれにせよそこは戦場となるだろう」
そして、少女――リュミドラを片腕で抱えた男はゾーンをすり抜け、消えた。
●そして
ドロップゾーンの壁がかき消えていく。
亜世界に現世がなだれ込み、世界は秩序を取り戻す。
深く傷ついたエージェントたちへ、ゾーンの外で待ち受けていたHOPEサンクトペテルブルグ支部の面々――先に全滅した部隊の同僚が駆け寄ってきた。
「君たちには大きな借りができた。どのように礼を言えばいいのかわからないが……」
うなだれたエージェントに、楓がそっと指を差す。
「あの丘にみなさんが眠っています。あの方たちがご家族の元に帰れるようお願いできますか?」
支部のエージェントたちがうなずき、次々と駆け出していった。仲間を迎えるために、全力で。
「これから君たちには本部へ出向いてもらい、報告をしてもらわなければならん。が、その前に治療をさせてくれ。そのまま行ってもらったのでは、あの世であいつらにどなられてしまう」
バトルメディックの一群がエージェントたちを暖かな搬送車の内へ導き、緊急治療に入った。
仲間たちとともに傷を癒やされながら、楓は傍らの詩乃と目を合わせる。
――あなたたちの仇は取れませんでしたけれど、決着はかならずつけます。……ですから今は安らかに眠ってください。