本部

吸血生物、出現

花梨 七菜

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/10/11 20:19

掲示板

オープニング

●紅葉狩り
 一週間ほど続いた秋の長雨がようやくやんで、よく晴れた日曜日。
 紅葉狩りバスツアーの参加者達は、池の周りの遊歩道を歩いていた。
「晴れてよかったね」
「そうだね。写真いっぱい撮ろうよ」
 同じ大学に通うヨウコとリエは、美しい紅葉を眺めたり、写真を撮ったり、旅行を楽しんでいた。
「ここ、いいんじゃない。後ろに池が入るし、紅葉もばっちり撮れるよ」
 ヨウコが池の前でポーズを決め、リエはカメラのシャッターを切った。
「きれいに撮れた?」
 ヨウコは、カメラの液晶画面を覗き込んだ。
「あれ? この黒いの、なに?」
 液晶画面の中で微笑む自分。その右膝に黒い物がついていた。
 ヨウコは、自分の膝を見下ろした。黒い……葉っぱ? 枝?
 いや、違う。これは、ヒルだ!
「いやぁ! 取って、リエ、お願い!」
「わわわわわ。動かないで。今、取るから……取った! わわ。気持ち悪い!」
 リエは、ヨウコの足からヒルを引っ剥がして、森のほうに放り投げた。ヨウコの膝にできた傷から血が流れた。
「どうしました?」
 バスツアーの添乗員がバタバタと走ってきた。
 ヨウコは、半べそをかきながら事情を説明した。添乗員は、黒い肩掛け鞄から救急セットを取り出して、ヨウコの傷を消毒し絆創膏を貼った。
「ありがとうございました。このあたりって、ヒルが多いんですか?」
 だいぶ落ち着きを取り戻したヨウコがそう尋ねると、添乗員は首をかしげた。
「特に多いとは聞いていないんですけどね。最近雨が続いていたので、でてきたんでしょうかね」
 他のツアー参加者達も何があったのかとヨウコ達の周りに集まってきていた。
「そんな短いスカートなんて履いているからだ」
 見るからに頑固そうなおじいさんが、渋い顔で言った。
「おじいさん、失礼ですよ。気にしないでくださいね」
 隣のおばあさんが優しく言ってくれたが、ヨウコはしゅんとしてしまった。
 添乗員は、皆の気持ちを切りかえようと笑顔で言った。
「さあ、ツアーを続けましょうか。自然が豊かな場所ですからね。小鳥やリスもいるんですよ」
 ……ガサガサッ。
「おや? リスさんかな?」
 茶目っ気たっぷりに言って振り返った添乗員だったが……。
「なんだ、あれは?」
 森の奥でザザザザッと落ち葉が分かれて、下から茶色の小山が現れた。そして、その茶色の物体は、シャクトリムシのようにうねうねと動いて、遊歩道に向かってきた。
「み、みなさん、逃げて下さい!」
 あちらこちらで悲鳴が上がる中、添乗員は大声で叫んだ。
 茶色の何かは、頭部を高く持ち上げ、口を大きく開けた。丸い口の中には、ギザギザの歯がびっしりと生えている。
「助けてくれ!」
 ヨウコとおばあさんは、腰をぬかしてしまったおじいさんに肩を貸して、おじいさんを助け起こした。一瞬前までおじいさんのいた場所に、怪物が噛みつき、怪物の口に落ち葉が吸い込まれた。怪物は口をもごもご動かしてから、プッと落ち葉の残骸を吐きだした。
 走って逃げるヨウコ達を怪物が追いかけてくる。
「走って下さい! もっと早く!」
 添乗員は、怪物めがけて肩掛け鞄を放り投げた。鞄は怪物の口の中に消えた。
 怪物が鞄に気を取られている間に、ヨウコ達はなんとか無事に逃げおおせた。

 ツアー参加者達は、近くの駐車場に停めてあったバスに乗り込んだ。添乗員は、あっけにとられている運転手を急かして、バスを発車させた。

●吸血生物を退治せよ!
 H.O.P.E.敷地内のブリーフィングルームで、職員が説明を始めた。
「30分ほど前に、紅葉狩りツアー中の観光客が、従魔に襲われました。幸いなことに、全員、逃げ切ることができて怪我人はいないそうです。観光客はバスに乗って、山の麓まで避難しました」
 職員は、ホログラムに現場の地図を表示した。
「従魔が出現したのは、池の近くの森の中です。池は、周りを山に囲まれていて、紅葉で有名な観光地です。従魔の形態ですが……」
 職員は、ためらいがちにエージェント達を見回した。
「巨大なヒルです。……あ、ドン引きしないで下さい。従魔は落ち葉の下から出てきたということなので、また落ち葉の下に隠れてしまったかもしれません。従魔を探して退治して下さい。襲われたツアー以外に、他のバスツアーも到着して、山の麓で足止めされている状態だそうなので、早くツアーが再開できるように、よろしくお願いします」

解説

●目標
 従魔の討伐

●登場
 ミーレス級従魔。
 ヒル型の従魔。
 体長約3メートル。胴回り約6メートル。
 口で噛みついて、血液、及び、ライヴスを吸い取る。
 体重を利用して、敵を押しつぶす。
 ゴムのように弾力性のある皮膚を持ち、防御力が高い。

●状況
 池は、山に囲まれている。
 池の周りに遊歩道がある。
 池から歩いて10分くらいのところに駐車場がある。
 山には、従魔ではない普通のヒルがたくさんいる(普通のヒルに吸血されても生命力は減少しない)。
 登場するヒルは全て、陸に棲むヤマビルである。

リプレイ

●現場に到着
「さて、依頼の内容は観光名所に出没したミーレス級従魔の討伐でしたか。……しかし引っかかりますね。なぜヒルなのでしょう。ガイドが言うに、この場はヒルより他の生物が豊富に棲んでいる。ヒルに従魔が憑く確率はごく低い筈。初期の霊力収集効率も悪いと見える。『ヒルの個体数が爆発的に増えた』か、『ヒルを従魔化させる要因が存在する』? 可能性としては危険……見過ごすわけにもいかない」
 魅霊(aa1456)は、そう呟いて眉をひそめた。愚神によって壊滅した武家の、唯一の生き残りである彼女は、一言で言えば武人であり、凛とした空気を放っている。
「周辺に霊石があるということなのかな?」
 星型のピンバッチと、百合を象ったブローチを付けた深い赤色のニット帽がトレードマークの少女、渡世 光(aa2508)は、尋ねた。
「その可能性はあります。オペレーターに支援を要請しましょう」
 魅霊と光は、ヒルが従魔化した原因を探るために、H.O.P.E.本部に、従魔が出現したエリアの霊力・霊石の存在やその推移の調査を依頼した。

 魅霊の英雄であるS.O.D.(aa1456hero002)は、幻想蝶の中でひとりごちた。S.O.D.は元々は魅霊の武家に伝わっていた『泥』を起源とする秘術であり、共鳴時以外は人型をとることができない。そのため、幻想蝶の中にいることも多かった。
『従魔なる怪異を滅するとは、私には些か荷の重い役であるな』
『然し、我が主は滅却に本腰を入れぬ様子。なれば私も間諜に徹すれば良いか』
『はて、奇妙な事になったものだ』
『蛭か。憶え違いでなければ、彼奴らは寄生せねば生きられぬ筈』
『故に、己が種が増えすぎれば滅んでしまう』
『主が云う、数が増えたという仮説、摂理には反しておろうな』

 エージェント達は、池の近くの駐車場に到着した。駐車場を囲む木々も色とりどりに紅葉していた。
 清々しい山の空気を吸い込んで、光は呟いた。
「人は、娯楽がなければ息が詰まっちゃうもの。だから、紅葉狩りは大切なもの。ボクは弱者の為の剣盾。皆の笑顔が守れるならば、皆が笑顔になってくれるならば、ボクは戦い続けよう」
 光の隣にいるのは、光を少し大人にしたような姿の英雄フィリーネ(aa2508hero001)である。
『従魔が出るとは想像してなかったとはいえ、このご時世に紅葉狩りだなんて、暢気なものだね。まぁ、いいさ。光がやる気ならば、それを支えるのが私の役割だ』

 大和丸 勝海(aa3500)は、狭い車から降りることができてほっと息をついた。なにしろ巨漢の元力士なのである。
「いやしかし、ヒルによる被害と言いやしたか。病原性などはさして報告されないと聞きやしたが……噛まれるのはよろしくないでしょうな。RIKISHIたるならば塩! 彼奴らに相対するときにはこれを使って対峙するよう角鷹に伝えやしょうか。従魔には効きやせんが、ただのヒルにはてきめんでしょう。角鷹!」

『はて、現界して初の依頼というやつだが。第一英雄はこの不条理に憤っておるな。なればこの鎖、断たねばなるまい。だが同志の言を聴く限り、どうも異形を斬って終いともならぬやもと』
 英雄の角鷹(aa3500hero002)があれこれ思いを巡らせていると、勝海が近づいてきて塩を手渡した。
「普通のヒルには、これを使うといいでしょう」
『了解した。共鳴しよう』
 勝海は、角鷹と共鳴した。今回の依頼では、角鷹が主導権を握ることにしたので、共鳴後の姿は角鷹の姿である背の高い武人の女性となった。
 角鷹は、防虫電磁ブロックを装着した。アルター社が製造したベルト型の虫除け機器である。
『話によれば、従魔はライヴスを餌とするそうな。であれば、「あるたぁ」なる組織が作ったというこのベルト。霊力で虫を退けるとあるからには、使えるやもしれぬな』
 従魔が、霊力に引き寄せられて出現するかもしれない。
『しかし、ヤマビルといったか。彼奴ら、このベルトで退けることはできるのだろうか?』

 漆黒のポニーテールに楝色の瞳の少年、黒鳶 颯佐(aa4496)は、事前に用意しておいたヒル避けスプレーを自分にふりかけた。山にいるという大量のヒルへの対策である。
『俺にもかけてくれよ』
 英雄の伽羅(aa4496hero001)が、言った。伽羅は、伽羅色の髪を後ろで一つにまとめた青年の姿をしており、全身に伽羅の香りを纏っている。
「ヒルは、カオティックブレイドにもつくのか?」
『わからねぇけど、まあ、気休めってことで、な』

『それにしてもホープのお偉いさん、いやーな依頼押し付けてきたなぁ。ちーっとも壊しがいのありそうなものないじゃん。これじゃ絶対シーが退屈するよぅ。ま、お仕事はお仕事ってとこかぁ。一応やってはいくよ。一応』
 登録された名称がただ縦に一本線を入れただけである英雄l(aa1825hero001)がぼやいていると、相方のC(aa1825)がタタッと走り出した。
『おーい、ヒヨコちゃん。どこ行くのー』
 Cは、伽羅の前で立ち止まると、無邪気な笑顔で伽羅を見上げた。
「あなた、カオティックブレイドなの?」
 あどけない少女の外見をしているが、最近のCは、『無差別破壊』やカオティックブレイドに興味津々なのである。
『そうだが……何か用かな?』
 伽羅は、面白そうな笑みを浮かべて、少女を見下ろした。
『あー、シーとその英雄です。よろしくー。はい、シー、従魔を壊しに行くよー』
 lはCに駆け寄ると、Cの手を引っ張って歩き出した。仲の良さそうな少女達に見えるが、この二人はどちらも人格破綻者である。愚神によって家族を破壊されるという“ありふれた不幸”を経験したCと、Cの破壊志向っぷりを楽しむl。どちらも危険な存在であることは間違いない。愚神や従魔に対して危険なのはもちろん、人間に対しても。

●調査
 魅霊は、英雄のS.O.D.と共鳴した。普段の少女らしい姿から一変し、暗殺者の風貌となった。
 魅霊は、従魔の出現した場所で仲間に別れを告げて、森の中へと入っていった。自らの気配を消し、物音を立てないように静かに歩きながら、調査を開始した。
(さて、蛭を相手取る準備か)
(まあ霊力を以て主の体熱を奪い尽せば、ただの蛭は主に気付くまい)
 S.O.D.はそう考えて、魅霊の体熱を低下させた。
 魅霊は、落ち葉を一枚ずつめくっていった。小さなヒルが何匹か見つかった。
 しばらく歩いてから、同じように落ち葉をめくってヒルの数を確認した。
「ヒルはたくさんいますね。それなのに……」
 魅霊は、森の中を見回し、耳をすました。静かだった。静かすぎるほどに。
「小鳥やリスなど小動物の姿はない。これはどういうことでしょうか」
 更に調査を続けていると、H.O.P.E.のオペレーターから連絡が入った。
「山の中腹に、霊力の高い場所が見つかりました。霊石が存在する可能性があります。当該地点の座標を送りますので、異常がないか確認お願いします。霊石の調査と回収は、従魔討伐後にこちらで行います。それと、役所に確認したのですが、昨年の異常気象の影響で、今年はヤマビルが増えているそうです。また、この2週間くらい、山の麓で猪や狐、リスがよく目撃されているそうです。従魔を恐れて、山から下りてきたのかもしれません」
 魅霊はオペレーターに礼を言って通話を切った。
「異常気象でヒルが大量発生し、その内の一匹が霊石の影響で従魔化したということでしょうか。いずれにせよ、教えてもらった場所を調べてみなければなりませんね」
 魅霊は、入手した情報をライヴス通信機で仲間に伝えると、霊石があると思われる場所に向かった。

●探索
『それでは、従魔を探すとするか。皆、拙についてきてくれ』
 角鷹は、仲間の顔を見回した。
「だいじょぶ。援護射撃、任せて。そのための、ジャックポット」
 依雅 志錬(aa4364)は、しっかりと頷いた。志錬は、生まれつき左上半身の表皮が爬虫類の表皮であり、蛇のような目をした少女である。
『なのですっ! 弱点ばっちり射貫いちゃいます!』
 志錬の隣で元気いっぱいに宣言したのは、志錬の英雄S(aa4364hero002)である。
 エージェント達は、角鷹を先頭にして森の中に入っていった。従魔が出現した場所を中心に、少しずつ探索の範囲を広げていく。
 角鷹の後ろは、颯佐と伽羅。颯佐は黙々と足を運び、周囲に目を光らせている。伽羅は余裕を感じさせる様子でありながら、こちらも用心は怠りない。
 その後ろは、志錬とS。志錬は、角鷹を見失わないように一定の距離を置きつつついていった。
(……少し、冷えるな)
 木陰は、太陽の光が遮られ少し気温が低かった。蛇の血を引き継いでいる志錬は、若干体温が気温に左右されやすく、敏感に気温の変化を感じとっていた。
『エミヤ姉!! 足になんかついてるう!!』
 突然、Sが大声を上げた。志錬が自分の足を見下ろすと、ヒルが一匹、膝にへばりついていた。志錬は、ヒルをつまみあげてぽいっと捨てた。少し血が出たが、気にしない。
『ぎゃーっ!?!? ぬるぬるななんかがまたひっついてるうう!!』
 しばらく歩くと、またSが大騒ぎを始めた。
「……ソル。ひっついてるの、私にだけ。……でも不思議。ヘビにも、つくんだね」
 志錬は冷静にそう呟いた。
 志錬とSの後ろは、Cとl。lは、視界に入ったヒルを片っ端から退治していった。
『だって目障りだし欲求不満なんだもん』
 ヒルを踏んだり千切ったり焼いたりして憂さを晴らしていると、Cがlの左腕を指差した。
「ヒル、ついてるよー」
『自分の周りライヴスで囲って火つけたら落ちるかな? うまーくやれば多分自傷にはならないよね。もしくは風使って徹底的に乾燥させるか』
「じゃあじゃあ、シーも山に火つける! で、風吹かせる! ぼわーって燃えるよー。ヒルもいなくなるよー」
 かなり心惹かれる提案だったが、さすがにそれはまずい、とlは思った。
『観光名所を潰したら、ホープのお偉いさんに怒られるから、それは我慢ねー。……我慢するんだから他の人は絶対やんないでよ?』
 lは、左腕についているヒルを摘み上げて、ぷちっと潰した。

●手がかり
 歩いているうちに、魅霊はけもの道を見つけた。けもの道は、霊石の存在する可能性のある地点へつながっているようだったので、その道を辿っていくと、しばらくして、開けた場所に出た。
 4メートル四方くらいの木も草も生えていない地面の中央に、ぽつんと石があった。石は手のひらくらいの大きさだったが、持ち上げようとしても動かなかった。石の大部分は、地中に埋まっているらしい。
 魅霊は、現在地点を確認した。石がある場所は、オペレーターから教えられた座標だった。この石すべてが霊石なのか、それとも石の一部に霊石が含まれているのかはわからないが、霊石の調査と発掘は本部に任せたほうがよさそうだ。
 魅霊は、巨大ヒル以外に従魔化した生き物がいないか、石の周囲を調べた。
 石の周囲の地面には、ヒルもそれ以外の生き物もいなかった。押しつぶされたような落ち葉が何枚か散らばっているだけであった。
「恐らく巨大なヒル型従魔は、この場所を寝床にしているのでしょう。獲物を探す時は、私が通ってきたけもの道を使っている筈。けもの道の近辺に、従魔が潜んでいる可能性がありますね」
 魅霊は、調査結果を通信機でH.O.P.E.本部と仲間に報告した。

●発見
『出現予想エリアの情報きました!』
 魅霊からの報告を受け取ったSは、仲間達に声かけをした。
「……ん。また、山道?」
 志錬が首をかしげる。
『従魔が使っているけもの道があるみたいだよ。そっちの方向!』
 Sは、元気に指差した。
『皆、行くぞ』
 角鷹は皆に呼びかけてから、けもの道がある方向へと向かった。防虫電磁ブロックの影響か、たまたまなのかはわからないが、角鷹はヒルに悩まされることはなく、順調に前に進むことができた。
 間もなく、エージェント達はけもの道を見つけた。これまで以上に注意しながら、けもの道を登っていくと……。
 ガサガサガサガサ。
 角鷹の右斜め前で落ち葉が盛り上がり、落ち葉の下から巨大なヒルが現れた。
『こりゃまたでけぇなおい……流石に気持ち悪ぃわ』
 伽羅は、ヒルの大きさに目を見張った。
「……そうか? 従魔なんてどれも同じだろう」
 颯佐は、クールな表情を崩さない。
『同じかぁ……?』
「殺せば同じだ」
『……ああ、そういう……』
 伽羅は、颯佐の冷静さに若干呆れ顔であった。颯佐の思いは、既に戦闘に向いている。
「伽羅、共鳴だ」
 颯佐はそう声を掛けると、伽羅と共鳴した。英雄と同じ体格で、伽羅色の瞳となった颯佐は、高貴な伽羅の香りを身に纏った。黒い羽が、颯佐の周りを舞う。
「投影――(トレース)」
 いつもの癖でカオティックブレイドと共鳴しようとした志錬をSは遮った。
『待って待って!? エミヤ姉、あたしそういうの全然使えないから!』
「……そ、だっけ。矢、呼べた、よね」
『撃ち出すものだけだよぅ。武器は幻想蝶からだし、一から作るなんてムリぃ……』
 志錬は、イヤイヤをするSと共鳴し、暗殺者のような鋭い殺気に満ちた姿となった。
 光は、フィリーネと共鳴した。ライヴスが白い花弁のような形となって舞い、花のような甘い香りが漂った。
 Cは、lと共鳴した。二人の持っていた破壊衝動が増幅された。Cの目的は、ただ目の前の敵を殲滅すること、それだけである。
 うねうねと這い進む巨大なヒルに向かって、志錬は牽制射撃をした。
 ヒルはけもの道に到達すると、その大きな体で道を塞いだ。
 最前衛の角鷹は、従魔をひきつけつつ、なるべく噛まれぬよう立ち回った。
 その隙に、颯佐は移動し、従魔の横に回った。颯佐が狙うのは、従魔の胴体である。後衛の射線を開けるため、また敵の攻撃を回避するために、従魔の口の方へは極力向かわないようにしたのである。
 颯佐は、ゴッドハンドで従魔の胴体を攻撃した。ゴッドハンドは従魔の体に沈みこんだが、従魔の皮膚に傷はつかず、ダメージは与えられなかった。
(はぁん、こらぁまた。ゴムかよ、おい?)
 伽羅があきれたように呟く。
「ああ、思ったより面倒だ……皮膚は、な」
 颯佐は冷静だった。
 光は、従魔の内臓を撃ち抜くため、口の狙撃を狙った。A.R.E.S-SG550を構え、角鷹に襲いかかろうとして口を開けた従魔にロングショットを放つ。銃弾は、従魔の歯に当たり、欠けた歯と共に従魔の口の奥に刺さった。
 颯佐は、双極の拳『陰陽』で従魔の胴体を攻撃した。双極の拳は敵の内部に相反する二つの力を残し爆発させる武器である。弾力性のある従魔の皮膚でも、この攻撃は防御できまい。颯佐の読みは当たり、従魔は咆哮を上げ、颯佐のほうに顔を向けようとした。
 後衛に位置している志錬は、その隙を見逃さず、従魔の開いた口をめがけて狙撃した。意図的に特定部位を狙うことになるため命中率低下も予想されるが、恐れることはない。
「撃った。どう?」
(目標1コ破壊(ワンターゲットダウン)、あとは4時方向から!)
 志錬の問いかけに、Sは答えた。信頼できる英雄の指示に頷くと、志錬は再び狙いを定めた。
 光は、従魔の口を狙ってストライクを使用した。従魔の歯が砕けちった。
「不浄なる風よ! 吹き荒れよ!!」
 Cは、ゴーストウィンドを使用した。不浄な風が吹き荒れ、従魔の皮膚の弾力性を低下させた。
 颯佐は、カオティックソウルを使用し攻撃力を上げると、従魔を攻撃した。
 従魔は頭を大きく持ち上げると、颯佐のほうに倒れかかってきた。颯佐は一旦後ろへ退避し、従魔の攻撃を回避した。ドスンと従魔の巨体が地面にぶつかり、落ち葉と埃が辺りに舞う。
(颯佐ぁ、お前絶対潰されんなよ? 俺ぁ野郎と心中なんざ御免だからな)
「……こっちこそ、冗談じゃない」
 伽羅に言われるまでもなく、颯佐はこんなところで死ぬつもりは毛頭なかった。今死んでもあいつには会えないから……。地獄で待つと言った、かつての英雄に会うために、もっと生きて戦い続けなければならない。それが颯佐の戦う理由だった。
 横腹を向けた従魔に隙ありと見て、角鷹は従魔を攻撃した。従魔は頭を大きく振って反撃した。従魔に弾き飛ばされた角鷹は、背中を木の幹にぶつけて呻いた。
「大丈夫? 角鷹さん」
『心配無用だ。たいしたことはない』
 声をかけてきた光に、角鷹はそう答えた。
「弓は専門外、なんだけれど……この際仕方ない。フィー、力を貸して」
(私も弓は専門外なんだけれどなぁ……でも、ご期待には応えてみようか)
 光は、破魔弓を構えた。
「ゴム状の外皮、厄介、だね。……でも、魔術的なアプローチだったら、どうかな?」
 ライヴスが白い光の矢に変化し、従魔の胴体に突き刺さった。
 従魔は、頭を大きく持ち上げた。攻撃をしかけてくるのかと思いきや、従魔はその頭を自分の尻のほうに下ろし、方向転換を始めた。

●決着
 けもの道を下っていた魅霊は、戦闘の音を聞きつけて走り出した。魅霊が戦闘場所に到着すると、ちょうど方向転換を終えた従魔と鉢合わせする形となった。
 魅霊は潜伏を使用し、従魔の視界から逃れると、極獄宝典『アルスマギカ・リ・チューン』で攻撃した。
 従魔はけもの道を離れて、森の中に逃げこもうとした。
「逃がさない、よ?」
 光は、弓による攻撃をし続けて、従魔の逃亡を防いだ。
 従魔は再び方向転換すると、志錬に向かって大きく口を開けた。
 魅霊は、縫止を使用し、従魔の行動を阻害した。
 従魔の大きく開いた口には、歯はもうほとんど残っていない。
「これで、終わり、だね」
 志錬は、従魔の口に向かって狙撃した。銃弾は、従魔の体の内側を切り裂いた。
 従魔は、ドサッと倒れた。息絶えた従魔の体は急速に萎びていき、茶色い皮だけが残された。

●紅葉狩り
 颯佐は、H.O.P.E.の職員に任務完了の報告を入れた。
「お疲れ様でした! 従魔の死体の回収と、霊石の調査はこちらで行います。山の麓で待っている観光バスにも、こちらで連絡しておきますね。エージェントのみなさんは、ゆっくり休んで下さい」
 颯佐は、通話を切った。
『にしても紅葉ねぇ……良いね、風情がある。なぁ颯佐?』
「……興味ない」
 颯佐のつれない返事にめげることなく、伽羅は美しい紅葉を眺めて戦闘の疲れを癒した。
 池の近くの駐車場には、ツアーバスが続々と到着した。
 魅霊は、ツアーの添乗員に声をかけて、ヒルが大量発生していることを伝え、観光客へ注意喚起するようにお願いした。
「そうだったんですか。事前の調査不足でした。申し訳ないです」
「いえ。よろしくお願いします」
 魅霊は、添乗員に軽く頭を下げた。
(従魔は滅した。故に、逃げていた動物は、いずれ、帰ってくるであろう)
(増えすぎた蛭は、時が過ぎれば、淘汰され、元の数に戻るであろう)
「そうですね。この森が均衡を取り戻すまでは、注意が必要ですけれど」
 魅霊は、S.O.D.の言葉に頷いた。
 駐車場の片隅では、いつの間にやら勝海がちゃんこ鍋を完成させていた。
「観光客の皆さんは肝が冷えておりましょう。ここはひとつ、あっしが特製ちゃんこ鍋を振る舞いやして! 心身共に温めるも一興でしょう。皆さん、ちゃんこ鍋ができやしたぜ! 召し上がっておくんなさい!」
 花より団子、紅葉よりちゃんこ鍋の観光客達が、勝海の前に列を作った。
「おいしいねー」
「ヨウコ、それ2杯目? 食べ過ぎじゃない?」
 そんな会話が、勝海の隣で給仕をする角鷹の耳に入ってきた。
 光とフィリーネは、ツアー客と一緒に池の周りの遊歩道を歩いていた。紅葉狩りをする、というのは建前で、周辺に他の従魔や新たに従魔の依り代になったヒルがいないかを警戒していたのである。
「きゃっ、ヒル」
 ツアー客の声を聞きつけて、光は駆け寄った。女性のスニーカーの爪先にヒルがよじ登り、うねうねと動いていた。従魔ではなく普通のヒルである。
 光は、事前に準備しておいたハサミでヒルを退治した。
「どうもありがとうございました」
 光とフィリーネは、池の周りをぐるっと一周して、他の脅威がない事を確認した。添乗員の注意喚起が行き届いたのだろう。ヒルに襲われて騒ぐ観光客もいなくなった。
 光とフィリーネは肩の力を抜いて、紅葉狩りを楽しむことにした。
 真っ赤なイロハモミジ。黄色いイタヤカエデ。既に紅葉を終えた葉と、紅葉する途中の葉が混ざりあい、美しいグラデーションを作り上げていた。
「わ、綺麗……。ボクは、この綺麗な光景も、この地球に息づく人々も、全て守りたいんだ。いや、守って、みせる」
 光は、そっと呟いた。光は、感情を表に出すことができないので、その表情はいつもと同じだったが、フィリーネにはちゃんと光の気持ちが伝わった。
『二兎を追う者は一兎をも得ず。欲張ってちゃ、一つも守れやしないよ? ……ま、光一人じゃ無理かもだけれど、私と二人だったら、守れる範囲も広がるんじゃない? ……仕方ないから、光の我儘に付き合ってあげるよ』
 フィリーネは、にっこり笑って光の手を握った。
 志錬とSも、紅葉を眺めていた。
「私、ちゃんと紅葉を見るのって、初めて、かも」
『私も! きれいだね。葉っぱがこんなにいろいろな色になるなんて、すごいね!』
 Sは青い瞳をきらきらさせて、微笑んだ。
 常に『空虚』な日々を過ごしてきた志錬だったが、紅葉の美しさは心に刻まれた。とてもとても小さく、ではあったが。
「きれいですね、おじいさん」
「そうだな。新婚旅行を思い出すな」
 遊歩道では、観光客のそんな会話も交わされていた。
 一方、不満気なのはlとCだった。
『あーあ、つまんないなぁ』
 lは、退屈そうに呟いた。
『全然壊せなかったから欲求不満だよぉ』
「シーも!」
『次の仕事では、暴れられるといいねぇ』
 lとCは、楽しそうな観光客を横目にさっさと帰路についた。
 美しい景色も二人を満足させることはできず、二人は早くも次の戦闘を求めていた。

 そんな人間や英雄達の思いを気にかけることもなく、山はただそこにあり、遅い午後の日差しが紅葉を照らしていた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 託された楽譜
    魅霊aa1456
    人間|16才|女性|攻撃
  • エージェント
    S.O.D.aa1456hero002
    英雄|14才|?|シャド
  • 饗炎
    aa1825
    人間|10才|?|攻撃
  • エージェント
    aa1825hero001
    英雄|15才|?|ソフィ
  • エージェント
    渡世 光aa2508
    人間|13才|女性|攻撃
  • エージェント
    フィリーネaa2508hero001
    英雄|17才|女性|ジャ
  • エージェント
    大和丸 勝海aa3500
    人間|25才|男性|攻撃
  • エージェント
    角鷹aa3500hero002
    英雄|19才|女性|ドレ
  • もっきゅ、もっきゅ
    依雅 志錬aa4364
    獣人|13才|女性|命中
  • 先生LOVE!
    aa4364hero002
    英雄|11才|女性|ジャ
  • 孤高
    黒鳶 颯佐aa4496
    人間|21才|男性|生命
  • エージェント
    伽羅aa4496hero001
    英雄|28才|男性|カオ
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