本部

真理を求める狂気の末路

影絵 企我

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/10/10 18:19

掲示板

オープニング

●死者蘇生
 その男は狂っていた。何故なら、彼は自分ならば実現できると考えていたからだ。

 死者の蘇生を。

 死者蘇生は彼にとっての悲願であった。たとえ友人に見放されようと、妻に怪しまれようと、成し遂げなければならぬ使命だった。生の世界と死の世界、今まで分かたれてきた二つの世界の狭間を破断させる。天才に生まれたヴィクター・ハーバートにとってはそれが夢であった。
 AI開発のスペシャリストであった彼は、死により失われた脳の機能を回復させるための補助頭脳の開発を目指した。今やアイアンパンク技術が発達し、腕や足がダメになろうと、心臓が腐ろうと回復は容易だ。しかし脳味噌だけは回復できない。逆に言えば、その脳の機能を回復出来るようになれば、死など簡単に乗り越えられるようになるのだ。
 死なない戦士の実現。それが狂った彼の夢であった。

 勿論並大抵の事ではなかった。彼は会社にエンジニアとして勤めながら、こっそりと、ひっそりと人工頭脳の開発を続けた。アル中で死んだ哀れな男を発見し、街の郊外に設けた地下研究室で冷凍保存した。失われつつあった機能を補うために、身体の要所要所をとあるツテで手に入れた義肢で補った。着々と、彼はおぞましい研究を重ねていったのである。

●リビングデッド
 やがて、その日は訪れた。人工頭脳を装着し、機動する日が。

 彼は満面の笑みを浮かべながら人工頭脳を機動した。しかし、甦るべきフリークスはうんともすんとも言わない。サイバネの目だけを開き、ぼんやりと天井を見つめるだけだ。彼は苛立った。『動け、ポンコツ、どれほどの金と時間を注ぎ込んだと思っている!』そう叫んだ。すると怪物は動き出した。彼が命じた通りに立ち上がり、テクテクと前進した。そして壁にぶつかって倒れた。

 何ということだろう! これではただのロボットと変わらない。腐りゆく物体を使っただけ、むしろただのロボットにも劣る何かだ! 絶望した。これでは死者を蘇らせた事にはならない。生命を作り出した事にはならない。かのフランケンシュタインは、自らの成した所業に恐れ慄いた。しかし、それは彼の所業が少なくとも半分は成功したからだ! 一つも成功していない彼に、恐れなど抱けなかった。あるのはひたすらの落胆のみであった。

『ファック!』

 彼はそう叫び、倒れたまま動かない怪物を蹴りつけて研究所を出て行った。しかし、それこそが悲劇の始まりだったのである。


 彼は落胆したまま自宅であるマンションへと帰ってきた。彼の行動を怪しみながらも支えてくれる、大切な妻が待っているはずだった。


 しかし待っていなかった。代わりに彼を出迎えたのは、鮮血で彩られた凄惨な前衛芸術であった。

『私、怒っている。私、壊した。私、怒っているから』

 全身の半分が機械となった『フリークス』がサイバネの眼をギラギラとさせて彼を睨んでいた。まさか。外的な命令が無ければこのロボット擬きは動けない。それが何故動いて、何故ここにいて、何故自分の妻を殺しているのか。

『お前、悲しんでいる。もっと、悲しませる』

 電子音で作り上げられた声を切れ切れに発し、それは踵を返してマンションの窓ガラスを踏み砕いて飛び降りた。彼はずたずたにされた妻の亡骸にふらふらと歩み寄り、その場にがくりと崩れ落ちる。

「ああ、何故。何故こうなった」
『……あれは従魔がとりついているねえ。従魔がとりついたせいで君の作った何かが誤動作しているんだよ。全ては従魔の仕業さ』

 頭上から不意に声がかけられる。見上げると、黒い衣を着込んだ男がにたにたと笑って彼を見下ろしていた。

『恨めしいだろう? なら、僕と契約しようじゃないか。共に奴を倒そう。共にね』
「あ、ああ。ああ!」

 ヴィクターはその時、あまりに身勝手な復讐心に駆られた。全ては身から出た錆という事も忘れ、目の前に現れた英雄――に成りすました愚神の手を取ったのである。ヴィクターの歪んだ心に付け入ろうとした愚神の手を。

●暴れる怪物達
「救援に感謝する、諸君」
 警察署に集められた君達は、一人の警察官と共にミーティングルームに集められた。そのスクリーンには、スクランブル交差点で暴れるヴィクターの姿と、オフィスの中で暴れている魔改造された従魔の姿が映っている。
「今回お願いしたい任務は、このオフィスの方で暴れている従魔を撃破する事だ。あれはスクランブル交差点の方で暴走しているヴィクター・ハーバートが行った冒涜的研究の結果に従魔が憑依したものだ。その性質は少々特殊だ。肉体の部分と機械の部分双方に従魔が一体ずつとりつき、非常に強力かつ不安定な状態になっている。放っておいてもそのうち消滅する可能性が高いが、被害をみすみす見逃すわけにもいかん」
 真っ暗になったオフィスの中、従魔はひたすらにオフィスの機材を叩き壊し続けていた。その行動は、まさしく従魔らしい行動だった。
「彼の動向は我々の方でも追っていたが、まさかこんな事になるとは思っていなかった。悍ましい所業を為したものだが、妻を失い、愚神に憑依されたとあっては、少しは哀れに思えるな」
 君達の誰かが、ヴィクターには対峙しなくていいのか、という旨の質問をする。警察官は静かに頷く。
「ああ。あれには既にエージェントを宛がっている。『ミディアンハンター』と名乗っている、胡散臭いが腕は確かな奴をな。だから、君達には全力であの哀れな死体と戦ってもらいたい。奴め何を考えていたやら、恐ろしい肉体改造を施していたらしい。郊外で発見された研究室から色々とデータが送られてきたんだ。君達の通信端末に今から送らせてもらうから、各自確認して欲しい」

「奴の名を、我々はかの『フランケンシュタインの怪物』から『フリークス(怪物)』と名付けた。『フリークス』の撃破、宜しく頼む」

●死者への手向け
 君達は軽い作戦会議を済ませ、オフィスの中へと飛び込んだ。残業していたのか、人々の混乱が起きている。この混乱も鎮圧しなければならないだろう。
 送られてきた厄介なデータを頭に叩き込み、君達は慎重に作戦を開始した。

解説

●ミッション
メイン
 魔改造されたゾンビを撃破する。
サブ
 オフィスからの一般人の避難に協力する。

●登場
ヴィクター・ハーバート
 狂科学者。死者蘇生を実現する実験に拘り、法さえも踏み越えてしまった男。その果てに妻を失い、その絶望を見た愚神に取りつかれてしまった。ミディアンハンターが押さえてくれる。

デクリオ級従魔『フリークス』
 ヴィクターによってアイアンパンク技術の粋を組み込まれた死体。その肉体部分と機械部分にそれぞれ従魔が憑依した。その経緯故に非常に不安定な状態であり、その影響あってか組み込まれたAIが異常作動を起こし、人格を持ったかのようになっている。よくよく言動を見ればタダの従魔そのものだが。ただ、ミリオタ仕様のせいで異様に強い。
 物理攻撃、防御が高いが、魔法防御は弱め。
・ダウンロード
 命中、回避の値を敵パーティ内の最大値に固定する。戦闘開始前に必ず使う。
・CQC
 近接(物理)、単体対象。命中時一人を拘束状態にする。そのターン受けるダメージを全て拘束したPCに受け流す。
・ナイフ
 近接(物理)、単体対象。命中時減退を付与。
・CARシステム
 遠隔(物理)、1~3体対象。ターンの最初の独立したアクション。

●状況
 ヴィクターが勤めていたオフィスの一室を襲っている。デスクなどの障害物が多く、遠距離攻撃をヒットさせるのはやや難。残業社員が混乱状態。PLはオフィスに辿り着いたところからスタート。
 マップ、ライトは支給される。

●マップ
 オフィス:広い。障害物が多いが自由に戦闘できる。
 廊下:狭い。同時に二人しかフリークスに接敵できない。
 階段:動きにくい。

●補足
 オフィスビルは50階建て、およそ10階部分にフリークスが存在。10階以下の人々は大方逃げ出しているが、それより上の人々がパニック寸前でまごついている。放置しても構わないが鎮静を図る事が望ましい。

リプレイ

●安全確保も立派な仕事
「邪魔をするなぁっ!」
 ヴィクターは狂気に駆られた表情を晒して叫び、目の前に立つ長身の女剣士に向かって闇を放つ。剣士は月夜に蒼く輝く刀を構えると、鋭く振り薙いだ。黒い長裾の外套が、艶やかな黒髪がふわりと舞い、闇はすっぱりと切り裂かれた。
「そういうわけにもいきませんよ。これが私の仕事なんです」



 一方、フリークスの撃破に向かったエージェント達は、改めて敵の能力について確認していた。天才の技術の集積に、カグヤ・アトラクア(aa0535)は右目の義眼をぎらぎらさせる。
「面白い機械人形じゃな。その人工頭脳、一体どのようになっているのかのう」
『まーた始まった。従魔が憑いてるし、そもそも失敗作で役に立たないんじゃない?』
 猫の耳のような寝癖をふわふわさせて、クー・ナンナ(aa0535hero001)は主の興奮ぶりに溜め息をつく。カグヤはどこ吹く風、腕を広げて胸を張る。
「失敗を経て技術は進歩するのじゃよ」
『いい事言ってる……のかなぁ』
「それにしても、あのゾンビに本人の意志や記憶は残っているのかしらね?」
 セリカ・ルナロザリオ(aa1081)はからからと愉しむように呟く。そんな彼女を横目に、リゼア(aa1081hero001)はただ肩を竦める。
『残っているとしたら、気の毒だな』
「ふふ。ではどちらにせよ、早く眠らせてあげなければいけませんわね。Dust to Dust♪」
『という事。気にするだけムダよ。もう全部終わっちゃってるんだもの』
「それでも、僕は哀しいよ」
 楽しそうにしているセリカの一方、未だに戦う事を渋り気味でいる巨躯の少年、黄泉坂クルオ(aa0834)。諭すように天戸 みずく(aa0834hero001)は語り掛けるが、彼は怪物の末路に想いを馳せずにはいられない。そんな彼の肩へ、灰燼鬼(aa3591hero002)は手を伸ばす。
『……死ねば、それはただの“物”に過ぎない。“物”に情を抱いては、仕損じるぞ』
「そんな……」
「あんまり言ってやるなよ。俺としても、死者への冒涜は、陰陽師として見過ごせないからな!」
 沖 一真(aa3591)はにっと笑って灰燼鬼を軽くいさめる。しかし、諫めたいのは灰燼鬼の方である。
『きみもきみだ。はしゃぐな。身のこなしだけとはいえ、奴は“我々になる”んだ。油断など絶対に出来ない相手になる。気を抜くな』
「……へいへい。桜小路さん。今夜はよろしくお願いします」
 不満げにこくりと頷くと、そのまま一真はそばの青年、桜小路 國光(aa4046)に向き直り、頭を下げる。
「ああ、よろしく。……と、皆さんに確認したいんですが、皆さんって戦う上での身のこなし、どのくらい自信あります?」
 國光はスマートフォンに映された情報を見つめながらエージェント達に尋ねる。それを聞いたカグヤは得意げに身を翻して見せた。
「わらわは音速の攻撃さえ見切ってみせるわ」
「は、はぁ……なるほど」
 蜘蛛の巣柄の赤い着物がふわりと揺れる。國光は苦笑いしか出来ない。その横で、セリカもまた自信満々に胸を張る。
「私もですわ♪ 飛ぶ弾丸さえ撃ち抜いて見せますとも♪」
『な、なるほど……』
 メテオバイザー(aa4046hero001)は目をぱちくりさせるしかない。
「やっぱり厳しいな……」
 一真は頭を抱える。仲間が強ければ強いほど敵も強くなる。普段は頼もしくても、今宵ばかりは難儀な気分だった。
 その煽りを強く受けてしまった者が二人。マリエッタ・デファン(aa4469)とシャーロット・シュヴァリエ(aa4469hero001)である。彼女たちはまだまだ新進気鋭のエージェント。ただの依頼ならともかく、音速を避け弾丸を捉える敵と戦うのは荷が重かった。
「私達もお役に立てればいいのだけど……」
『守りが得意というわけでは無いからな……』
「戯れはさておき。マリエッタ、シャーロット。ぬしらは矢面に立たん方がよろしかろう。ぬしらは裏方……そうじゃな、このビルの人間が恐慌状態にならないよう尽力するのがよい」
 ひらひら動いていたカグヤは、ふと動きを止め、割合真剣そうな顔で二人を見渡した。クルオも頷き、明かりのつくビルの上階を見上げる。
「うん。フリークスとの戦いは、僕達がやるよ。あなたたちは、他の人達の助けに向かってくれないかな」
「でも」
 マリエッタとシャーロットは顔を見合わせる。自分達だけ戦わないというのはどこか申し訳ない気分になる。それに、新米とはいえ人々の為に戦いたいという意志は強かった。
『我々も騎士だ。全く戦わないというわけには――』
『そうです。騎士は時として、脅威を打ち払う剣となりますね。ですが……』
「時として、それを防ぐ盾ともなります。そうでしょう?」
 騎士の如何なるかに覚えのあるメテオと國光の言葉に、思わずシャーロットは頷かされる。
『あ、ああ』
「エージェントの仕事は、何も愚神や従魔と戦う事だけではありませんよ。今回は我々が剣となります。貴方達は人々の盾となって、混乱を防いでください」
『……承知した。その方が、マリエッタに及ぶ危険も少ないだろう。なれば行くぞ、マリエッタ』
「え、ええ」
 二人は頷き合うと、ビルへ向かって真っ先に駆け出した。メテオはその背中を見送り、人差し指を頬に当てて考え込む。
『盾と言えば、以前に会ったあの方が主犯の方を抑えにかかってくださっているのですよね。早く助けに行かないと……心配なのです』
「まずは目の前の事を片付けよう。余所を気にして勝てるほど、楽な相手じゃないはずだ」
 國光は相棒の言葉に小さく首を振った。


 ビルの中、人々は不安に満ちていた。ただでさえ夜まで仕事をする羽目に遭っていたというのに、加えて従魔が階下でどんどこやっているというのでは泣きっ面に蜂、たまったものではない。誰もが沈黙してその場に留まっていたが、それは思考が停止したからだ。本能の発する危機感が骨の髄まで沁み渡った時、恐怖が爆発する事必定だ。

「聞こえますか? こちらはHOPEから派遣されたエージェントですわ。これより、従魔の排除を開始します。避難路の安全が確保出来次第、警察が皆様のところへ向かう手筈となっています。危険ですので、くれぐれも10階へは向かわないようにお願いします」

 女性の、落ち着き払った、丁寧な言葉がスピーカーから響く。人々は弾かれたようにその方角を振り返った。マリエッタの通りの良い声が、人々を励ますように響く。

「また、11階の皆様は12階への移動をしていただきます。エージェントが一名そちらへ向かっています。彼女の指示に従うようお願いします。12階の皆様は、11階からの一時避難のためのスペース確保にご協力くださいませ」

 マリエッタが言い終わるや否や、オフィスの扉は開いてシャーロットが駆け込んできた。きりりとした眼差しで周囲を見渡した英雄は突き出した手をくいと動かし手招きする。
『僕がエージェントだ。戦いに巻き込まれて死にたくなければついて来い』



●難儀なフリークス
「11階部分の避難は開始しましたわ。こちらで引き続き鎮静を行いますので、皆様、よろしくお願いしますね」
 ライヴス通信機にマリエッタの報告が入る。既に共鳴を終え、戦闘の準備を整えたセリカは、アサルトライフルに弾を込めて薄ら笑いを浮かべる。
「いよいよですわねぇ。どんな奴なのかしら♪」
「そりゃあ、フリークスって言われるくらいだ。きっと気持ち悪くて毒々しい外見なんだろうなぁ」
 セリカも、一真もまた迫る戦いに盛り上がる気持ちを抑えきれない。共鳴が彼の荒々しさにスイッチを入れたのだ。その様子に、一抹の戸惑いを隠せないのがクルオであった。
「一真くん……」
 戦う事は、やはり好きにはなれない。今夜は特に。生み出された怪物は創造主の家族を殺し、創造主は復讐心に駆られて身を滅ぼした。まるで原典そのものの筋書き。だが、この怪物は、創造主の末路を知らず、自らの末路も知らない。
「かわいそうに。フリークス」
各々心に想いを巡らせながら、9階へと足を踏み入れる。その時、微かに上階で何かを叩き壊す荒々しい音が響き渡った。國光は素早く剣を抜き、一足先に前へ出る。
「さあ、早いところ行きましょう。カグヤさん、一緒に前衛頼みます」
「言われるまでもないわ。吶喊は任せい」
 カグヤは巨大な盾を構える。そのままの姿勢で一気に階段を駆け上り、乱暴な音が反響するオフィスへと飛び込んだ。
「盾の戦闘技術を教えてやるのじゃ。近代戦闘技術にも負けぬぞよ!」
 デスクやらコンピュータやらの残骸を乗り越えて、一体黙々と立つ影へと突っ込んだ。影は振り返ると、カグヤが突き出した盾を片腕で受け止める。激しい火花が散り、二人の間に一瞬の空白が生まれる。その隙に、次々と仲間は飛び込み隊列を組んだ。一真、國光は前に出て、クルオとセリカは物陰へと身を潜める。影は盾を突き返すと、エージェント達に対面する。
「おいおい。俺の思ってたのとちょっと違うなぁ……」
 一真は思わず呟く。目の前に立つゾンビの身体は、全身が鋼鉄に覆われていた。顔も大半がヘルメットのようなものに覆われ、肉が腐り、歯が露わの顎が覗いているだけだ。目にはスコープが付き、ぎらぎらと赤く輝いている。
「従魔が憑いた影響かのう……?」
 カグヤがぽつりと呟いた瞬間、ゾンビは不意に腰から拳銃を引き抜き、顔の間近に構えて次々に三発放った。その弾丸は構える前衛の僅かな隙をすり抜けると、跳弾して影に潜むセリカとクルオに直撃した。
「ううっ!」
「……あらあら。跳弾すらも見極めるなんて。これほどのガンナーと出会うのも久しぶりですわ。一体どれほどの能力なのかしら♪」
『(ふざけている場合か。要するに丸裸だぞ、私達は)』
「(ふふ。望むところですわ。私と対峙してきた人たちは、みんなこんなスリリングな気持ちだったのですね!)」
 隠れたところで仕方が無い。銃を構えて立ち上がると、赤の差した髪をさらりと流して真っ直ぐに化け物の姿を捉える。強敵を前に、その心は躍っていた。
「目標認識終了。破壊開始」
 フリークスはどこからともなく言葉を発すると、一直線に一真へ向かいナイフで斬りかかった。障害物をものともしないその踏み込みの鋭さ。一真は身構え、ライヴスを波打たせながらピアノ線を放った。その糸で粗い網を組み、フリークスのナイフを受け止める。フリークスは無言のまま低く潜ると、一真の懐に向かって蹴りを放った。
「うおっ」
思わず仰け反る一真。フリークスは追撃を与えようとするが、脇から飛び出したカグヤがフリークスを盾で殴りつける。
「面妖な技術じゃのう! 貴様の頭の中を覗くのが楽しみで仕方ないわ!」
「AAA…….」
 プロテクターで覆われた左腕で盾を受け止めたフリークスは、素早く背後へと向き直る。冷気を纏わせた刃を、國光が今にも振り下ろさんとしているところだった。
「せいっ!」
 足元目がけて振り下ろされた一撃を、フリークスは素早く飛び退いて躱し、肩を掴んで足を払い、床に叩きつける。そうして動きが止まった瞬間をセリカは見逃さない。ライトに照らされた化け物に向かって、素早くアサルトライフルの引き金を引いた。化け物は腕を盾にし受け止める。クルオもデスクの影から飛び出し、魔法で追撃を掛けた。杖の先から飛び出した火の弾が、フリークスに向かって炸裂し、巻き起こった光が一瞬エージェント達の視界を遮る。
「破壊、破壊」
 光が失せると、フリークスは尚も平然と立っていた。デスクの残骸で、クルオの放った火球を受け止めていたのである。焦げた鉄板を放り捨てると、再び銃を取って構え、針に糸を通す正確さでクルオやセリカを撃ち抜く。ノータイムの攻撃に、エージェント達は各々弾丸を凌ぐので精一杯だった。
『(隙はあると思いましたのに……)』
「(ああも小さく構えられるとね)」
 モノクルを掛け直し、國光は顔を顰める。身体にほぼぴったりと密着させる銃の構え。撃つだけ撃つと、敵に近づける暇を与えず再び臨戦態勢へと戻ってしまうのである。
『(Center Axis Relock、か)』
「(銃でナイフと死合える構え。面白いですわね)」
 その構えを見つめたリゼアは小さく呟く。セリカは既に二発銃弾を受けながらも、その目に愉しげな色は失わなかった。
「さすが、というところかしら♪」



「あああああっ!」
 交差点のど真ん中、剣士の一閃を受けて愚神は消え失せる。傍に目を向けると、ヴィクターは泡を吹いてひっくり返っていた。溜め息をつくと、彼女は刀を鞘へと収め、腰のベルトに差し直す。
『(やれやれ。動きにキレが足りなかったな。この程度の悪魔ならば数分と掛からず殺しきれても良かっただろう)』
「(うるさいですねえ。私、結構今お腹空いてるんです。大分頑張った方だと思いますけど)」



「皆さん! 11階の方達は12階へ向かいましたわ! こちらは引き続き警戒に当たりますので、自由に戦ってくださって大丈夫です!」
 ライヴス通信機から再びマリエッタの報告が飛んでくる。カグヤはクルオのカバーリングに回りながら、周囲の仲間達を見渡した。
「おんしら、場を変えようぞ! こうガタガタ動かれてはカバーも大変じゃからのう!」
「ああ、俺もそう思ってたところだぜ!」
 五人は頷き合うと、素早くオフィスの外へと飛び出す。ターゲットを彼らに定めたフリークスもまた、スクラップを撥ね飛ばしながら廊下へと飛び出してくる。そこを目がけて、輝く刃と拳が襲い掛かった。

「ライヴスブロー!」
「正拳突!」

 流水のような身のこなしを見せるフリークスは、同時の攻撃をあっさり受け流す。
「……」
 フリークスはそのまま流れるように拳打を一真と國光に見舞った。咄嗟のカウンターを受け切れなかった二人は、よろめき一歩二歩と退いてしまう。
「くっそ固ぇっ! ふざけてやがるぜ……」
「やっぱり、人工知能を直接に叩けないと厳しいかな……!」
『(流石にここまで固いとは想定外だ)』
『(癖らしいものを探ってはいるのに……中々見えてこないのです)』
 灰燼鬼もメテオも苦々しげに呟く。その間にも、フリークスは拳銃を取り出し、引き金を引く。放たれる三つの弾丸。
 しかし、その弾はどれも、空を裂く弾丸にかち合い砕けた。さらにもう一発放たれた弾丸は、フリークスが持つ拳銃の銃口に突き刺さり、深刻なジャムを引き起こす。
 フリークスは火花を散らす拳銃をじっと見つめ、それを前にしたセリカはからからと笑った。彼女の持つアサルトライフルの銃口からは、紫煙がふわりと漂っていた。
「そうですねぇ。フリークスさん。わたくしも確かに“そう”狙いますわ」
『(ここは流石と言っておくべきか)』
「(ありがとう、リゼア♪)」
 フリークスは使い物にならなくなった銃を投げ捨て、ナイフを構える。すかさずカグヤはそんなフリークスへと突っ込んだ。
「弾速をも捉えるというだけはあるのう。ならばそろそろ、わらわも秘策を実行するとするかいの」
 わざとらしい大振りでカグヤは盾を振り抜く。フリークスは何を怪しむでもなく、盾を横に受け流し、そのまま右腕を掴んで捻り上げる。関節を極めながら、フリークスはカグヤを壁へ叩きつける。軽く呻いたカグヤは、それでもにやりと笑う。これこそが彼女の秘策だった。空いた手をフリークスの腕に絡め、わざとフリークスを自らの方へ引き寄せる。
「今じゃ。わらわに構わず敵を討て。まとめて焼き払えば関係ないぞよ、クルオよ!」
「え、ぼ、僕……ですか?」

 クルオは目を見開いた。

 確かに、今回の面子で強気に魔法を扱えるのはクルオだけだ。しかし、優しい心が決意をためらわせる。いくら策とはいえ、味方を傷つけるくらいなら死んだ方がマシだ、とする高潔な意志に叛くは並大抵の事ではない。魔導書を持つ手が僅かに震える。
「早うしてくれんか、こう、耐えるのもそう楽な事でないんじゃ」
 フリークスはカグヤの関節を砕かんとさらに力を加えていく。機械化済の右腕はフリークスの剛腕にも耐えるが、限界を迎えるのは時間の問題と見えた。
「――ごめんなさい……!」
 クルオは覚悟を決めた。叫び、魔導書をバラバラとめくっていく。そんな彼の様子を内側で見つめていたみずくは、くすくすと笑う。
『(あら、おかしなことを言うわね、クルオ。謝る事なんかないわよ? あの子がそれを望んでいるのだから)』
「(望んでたっていなくたって、人を傷つけるなんて、やっぱりつらいんだ)」
 クルオは静かに否定すると、魔導書を閉じて表紙に手のひらを叩きつける。

「ブルームフレア!」

 蒼い炎がフリークスとカグヤにまとめて炸裂する。カグヤはあっさりと炎を撥ねつけてしまったが、フリークスはそうもいかない。一気にその身体を炎に包まれた。

「は、破壊……ハカイ……!」
 思わずカグヤを解放し、フリークスはもがき苦しむ。脳天から火花を散らせ、鋼鉄に覆われた体は見る間に変貌を遂げ、肉体のあちこちを機械に置き換えられただけの姿へと変わっていく。果てに、ヘッドギアからふわりと従魔が飛び出してくる。セリカはそれを見逃さずに撃ち抜いた。
「一つ撃破ですわ♪」
 肉体の従魔のみが残り、もはやフリークスはのろのろ腕を振り回す事しか出来ない。その姿を見て取った一真は、小さな印を切りながら、隣に立つ國光に呼びかける。
「さっさと決めましょう。こんなのはとっとと成仏させてやるのがいいんですよ」
「その動き……は気になるけど、その通りだね。合わせていくよ!」
 ローブをはためかせ、國光は剣を構えて一気にフリークスの懐へと潜り込む。
「ライヴスリッパー!」
 鋭い剣閃が、フリークスを吹き飛ばして廊下の果てに叩きつける。その衝撃に伸びかけたところを、さらに一真が追撃にかかる。金色の髪が、身にまとうオーラがゆらゆらと揺らめいた。
『貴様の元が何者であろうと、敵を見逃す容赦は鬼には無い!』
 灰燼鬼が叫び、一真は紅に輝く正拳をフリークスに叩き込む。ビル全体を揺るがすほどの強靭な一撃。フリークスは断末魔の呻きを上げ、そのままその場にぐらりと倒れ込んだ。闘気に満ち満ちた目を輝かせ、一真は拳を強く握りしめる。
「……鬼人解放――紅炎発破」
 倒れたフリークスは、もう二度と動かない。機械ゾンビの撃滅は、今ここに完了したのであった。



●さらに現れる怪しい存在
「き、効かないなら最初から言ってくださいよ……」
「いやぁ、その方が盛り上がるかもわからんと思ってのう。ついすっぽかしてしまったわ」
 クルオは萎れた調子でカグヤに詰め寄る。一方のカグヤはどこ吹く風、倒れたフリークスをオフィスに引きずり込み、何やら頭を弄っている。
「……何をしているんですか?」
「見てわからんか、人工知能を取り出そうとしとるのよ」
『熱でダメになってるんじゃないかな……』
『あなたも、相当変わりものねぇ……』
 一方、セリカとリゼアはオフィスにやってきたマリエッタとシャーロットを出迎えていた。いくつか傷を作りながらも、揃って平気そうな顔をしている仲間達を見渡し、マリエッタはほっと息をつく。
「皆さん、無事そうで何よりですわ」
『やはり戦いを人任せにするのは歯痒いものだな』
「ふふ。もうすこーし、経験を積む必要がありますわね。そうすれば、こんな楽しい瞬間を、余さず味わえるようになりますわ」
『全く。他に言い方は無いのか、セリカ……』
 さらに一方、一真と國光達は外からやってきた少女と壮年の二人組を出迎えていた。
『おお、よもやこんなにも早く再会することになるとは。会えて嬉しいぞ』
 フロックコートを着込んだ壮年の男は、國光の手を取って何度も振る。その強引さにやっぱり呆れて、國光は小さく頷く。
「は、はあ……こちらこそ。お一人で対応なんて危ないと思いましたが……無事そうで何よりです」
「生まれたての愚神に後れを取るような真似はしません。一応『ミディアンハンター』ですから」
 少女は喜色満面にして敬礼してみせるが、不意にそのお腹が鳴り、彼女は頬を赤らめ目を逸らす。その様子を見た灰燼鬼は首を傾げる。
『空腹か』
「最近実入りが少なくて……フリーランスなので、どうにも収入が……」
『フリーでやってたんですか? HOPEに入った方がいいですよ。絶対その方がいいです。むしろ、どうしてフリーで……』
 メテオが呆れ気味にツッコミを入れるが、それを聞いた男は腕組みをして首を振る。
『組織に入ってはつまらん雑事が増えるだろう。ミディアンハンターとして、それは望むところではない』
「この人……何だか俺と同じ匂いがしやがる……」
 一真が拘りに拘る男の様子を眺めてぽつりと呟いていると、とうとう少女は叫んだ。
「いいえ! 決めました。いい機会ですからHOPEさんに口利きをしてください。もう食いっぱぐれるのは――」
「おお! これじゃな!」
 しかし、少女の言葉を遮る快哉が響く。カグヤがフリークスの頭を開き、人工知能を取り出していたのである。カグヤは若干外側が煤けた装置を愛でるように撫で、懐へと収める。
「さてさて、持って帰って研究するとしようかのう……」

「お待ちください。それらはこちらで回収いたします」

 扉の外から鋭いライトの光が差し込む。振り返ると、ぞろぞろと足並みを揃えて、プロテクターに身を包んだ警察が足を踏み入れてくるところだった。
「それは大切な事件の資料です。持ち帰る事は許可できません。予め言っておきますが、その死体も同様です」
「死体も? きちんと葬ってあげるのが普通じゃないですか?」
 機械のような口ぶりに、クルオは思わず反発する。
「今は普通の状況ではありませんので」
「ふうん。つまらない事を言いますわねえ?」
 様子を眺めていたセリカは野次を飛ばす。しかし、それ以上は何も出来ない。いくらエージェントでも、警察に喧嘩を吹っ掛けるわけにはいかない。
「何じゃ……つまらんことしよるのう」
 カグヤは不機嫌そうに鼻を鳴らし、亡骸の横に人工知能を放る。装置は床に落ち、鈍い音を立てた。

 突如現れ、堅苦しい態度を取り始めた警察たち。その姿に、エージェント達は不審の念を抱かずにいられなかった。

――END――

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • エージェント
    黄泉坂クルオaa0834
  • エージェント
    マリエッタ・デファンaa4469

重体一覧

参加者

  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535
    機械|24才|女性|生命
  • おうちかえる
    クー・ナンナaa0535hero001
    英雄|12才|男性|バト
  • エージェント
    黄泉坂クルオaa0834
    人間|26才|男性|攻撃
  • エージェント
    天戸 みずくaa0834hero001
    英雄|6才|女性|ソフィ
  • 繋がれ微笑む『乙女』
    セリカ・ルナロザリオaa1081
    人間|18才|女性|命中
  • エージェント
    リゼアaa1081hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • 御屋形様
    沖 一真aa3591
    人間|17才|男性|命中
  • Foe
    灰燼鬼aa3591hero002
    英雄|35才|男性|ドレ
  • きっと同じものを見て
    桜小路 國光aa4046
    人間|25才|男性|防御
  • サクラコの剣
    メテオバイザーaa4046hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
  • エージェント
    マリエッタ・デファンaa4469
    人間|15才|女性|生命
  • エージェント
    シャーロット・シュヴァリエaa4469hero001
    英雄|16才|?|カオ
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