本部

【卓戯】連動シナリオ

【卓戯】幼女らvs切り裂き魔

電気石八生

形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/09/20 12:33

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掲示板

オープニング

●ジャックと少女
 煉瓦造りの街。月光に照らされた銀の夜に荒い息がはずむ。
「ひっ、はっ、はっ、ひぃっ」
 少女が駆けていた。もつれそうになる足を必死で動かし、前へ、前へ、前へ。角を曲がって、曲がって、前へ、曲がって……。
「夜をどこまでも行こう。君の背を追って、僕はいつまでも走るよ」
 歌うように。独り言つように。言い聞かせるように。
 少女を追う男が、手にしたナイフを振り上げた。
「ひっ」
 逃げなければならないのに、少女は振り向いてしまった。そして。
「追いついた僕は君におやすみを言うよ。少し休んだらまた夜を行こう」
 少女の喉にあてがわれたナイフがやさしく引かれて。
 少女は自らの流した血の中に倒れ込んだ。
「1。2。3――10」
 男がゆっくりとカウントを終えた瞬間。
 絶命していたはずの少女は起き上がり、逃走を再開した。
「ひ、ひぃ、た、たす、たすけて……!」
「この長い夜は短すぎて。君だけを見つめていられない僕をゆるして」
 男の姿が街の影に消えて。
 夜の街にまた、別の少女の悲鳴が木霊する。

●オカルト系テーブルトークRPG世界へ
「この前から起こってるテーブルトークRPG世界がドロップゾーン化する事件、みんなも知ってるかなって思うんだけど……」
 礼元堂深澪(az0016)は卓の上に一冊のテーブルトークRPGルールブックを置いた。
「これ、『Jack the R.I.P』ってテーブルトークRPGなんだ」
 舞台は19世紀の欧州。プレイヤーたちは明けない夜に包まれた街から脱出するため、協力して街を支配する怪異へ立ち向かう。
「このルールブックの1ページから6ページめ――基本設定の項目がドロップゾーン化されたの」
 深澪はページを指し示しながら続ける。
「このゾーンのエリアボスは“練習用ジャック”。基本設定のお試しプレイ用の敵だね。デクリオ級の愚神だから強さ自体はそうでもないけど。ただ、ゾーンに取り込まれた一般人3人がNPC化されてて、ずっと殺され続けてるんだ……」
 ゲームにおいてはこのNPCたちの死亡数が経験点や報酬にマイナス修正を与えることになるのだが……今回は基本設定部分のみが亞世界に侵食されたため、適用されていないという。
「ゾーンルールで一般人はみんな「14歳の女の子」にされてるんだけど、中身はそうじゃないってこと、憶えといてね」
 そしてさらに。
「みんなの任務は『Jack the R.I.P』世界に入って一般人を救出すること。それからルールブックの7ページめから先がゾーン化されないよう、エリアボスを倒すこと」
 深澪はルールブックの5ページめに載せられた「練習用マップ」を示す。


『Jack the R.I.P』練習用マップ 16×16マス

 アイウエオカキクケコサシスセソタ
A出・・・・・・・・壁壁・・・・・
B・壁壁・壁壁壁壁・・・・壁壁壁壁
C・・壁・・・壁壁壁壁壁・・・・壁
D壁・・・壁・・・壁・・・壁壁・・
E・・壁・・壁・壁壁・・壁・・・壁
F・壁壁壁・・・・壁壁・・・壁・壁
G・壁・・・壁壁・・・・壁壁・・・
H・・・壁壁・・発・壁・・壁・壁・
I壁壁・・・・壁・・壁壁・・・壁壁
J・壁・壁壁・・壁・・・壁壁・・・
K・・・・壁壁・・・壁・壁・・・・
L壁・壁・壁壁・壁・・・・・壁壁壁
M・・・壁・・・壁・壁壁・・・・壁
N・壁・・・壁壁壁・壁・・壁壁・・
O・・壁壁・・・壁・・・壁・・・出

・=道路 壁=壁(侵入不可) 発=愚神・一般人スタート位置 出=出口/エージェント侵入口


「今回の戦場はこのマップになるよ。練習用だから罠とか伏兵はなし。出口はみんなの侵入口と脱出口も兼用だから、いっこは守らないとダメだよ。……あ、どっちの口からでも入れるけど、誰がどっちから入るかはちゃんと決めてね」
 そして深澪はテーブルトークRPG世界への扉――VR-TTRPGシステムを起動させた。

解説

●ミッションタイプ
【一般人救助/敵撃破】
 このシナリオはクリアと成功度に応じて様々なボーナスが発生します。
 詳細は特設ページから「ミッションについて」をご確認ください。

●勝利条件
1.一般人3人を保護、出口へ連れて行く。
2.エリアボス“練習用ジャック”を倒す。

●敗北条件
1.エージェントが2人にまで減らされる。
2.両出口を破壊される。

●ゾーンルール
・エージェントは性別問わず「3歳の幼女」に変化(エージェントの脅威を感じた愚神が年齢設定を引き下げたため)。
・思考や行動に影響が出るかは設定自由。
・愚神は一般人の誰かを殺害するまで追いかけます。
・一般人は何度殺されても蘇りますが、その都度「スタート地点」へ戻され、リスタート。これは彼らがゾーンの端に到達した場合も同様。
・エージェントの移動方法は「全力(3マス進む。他の行動不能)」、「普通(2マス進む。索敵以外の行動可)」、「警戒(1マス進む。近くに一般人や愚神がいれば発見でき、他の行動も可能)」の3種類。
・マス移動指定はアバウトでOK。
・AGWはオモチャになり、近接攻撃武器は射程1、遠距離攻撃武器(および魔法攻撃)は射程2で固定。
・エージェントが愚神と1対1になるとキャラロスト。
・一般人救出が済むまで愚神は無敵状態(一般人からライヴスを吸収しているため)。

●一般人の動き
・一般人は1ラウンドに2マス進みます。
・1(41歳社畜男性)は「Aア」の方角から回り込み、「Dタ」へ。
・2(68歳頑固男性)は最短距離で「Oキ」へ。
・3(5歳園児男子)は「O」方面から円を描くように「Mあ」へ。

●練習用ジャック
・得物はナイフ。射程1の範囲攻撃あり。特殊能力《バックスタブ》でエージェントひとりの背後を取り、致命的な一撃を与えることがあります(射程2)。
・移動力4マス。
・一般人がすべて救出されると「Oタ」の出口を破壊に向かいます。その後「Aア」の破壊へ。

リプレイ

●ひらがないっぱい
『Jack the R.I.P』練習用マップ最南東、Oタのマスに4組の共鳴体が現われた。
「ドロップゾーンをこれいじょうひろげないため、しゅみやかにぐしんをとうばつせねばならん!」
 ニノマエ(aa4381)と共鳴し、主導権を取ったミツルギ サヤ(aa4381hero001)が拳を握って言い放つ。
「……きいているのか、にのまえ」
『きいてるよ、みつるぎちゃん。かんでたとこもな』
 一方、ツラナミ(aa1426)の内に在る契約英雄38(aa1426hero001)は、笑いをこらえる体で実際に笑っていた。
「いいたいことがあるならいったらどうだ――?」
 舌足らずなツラナミのセリフに、38は『ぶふふっ(べつに……)!』。
「ふわぁ……なにやらふしぎなかんかくです」
 顔の半分を覆い隠してしまった眼鏡をちっちゃなお手々で挟んで押さえ、酒又 織歌(aa4300)は目をぱちぱちさせた。
『おるか、そなたちいさくなっておらぬか?』
 こちらは帽子状に変化して彼女の頭を包む契約英雄、ペンギン皇帝(aa4300hero001)の言。
「? ああ、いわかんはしてんがひくいからでしたか。でも、もんだいはありませんよ。わたしはようしょうのみぎりからしっかりものとひょうばんでしたからね」
 その横でギシャ(aa3141)は、契約英雄のどらごん(aa3141hero001)と内なる戦いを演じていた。
『どらごん、おとこかおんなかわかんないねー』
『もちあげるなシッポをつかむなちぎれる!』
 ぴちぴちぴちぴち。体長10センチほどの火トカゲになったどらごんがギシャのぷくぷくした手の中で暴れて叫んだ。
 ――さて。ドロップゾーンのルールは「幼女化」。
 ゆえにエージェント全員、幼女である。
 が、本来の幼少期を映した姿ではない。あくまでもゾーンルールに与えられた仮の姿なのだ。
「よし、わたしはぜんそくりょくでさきにいくぞ!」
 ぴゅーっと速度を上げるサヤを見送った織歌がギシャを振り返った。
「わたしたちも! いっぱんじんには、5さいのおとこのこがいるとききました。もしかしたら、ないてしまっているかもしれませんよ」
 5歳児の心配をする眼鏡幼女3歳。シュールな図ではある。
「おー」
 ギシャは潜伏を発動。迷わないよう壁に手を当て、だーっと走ってきょろきょろ。だーっと走ってきょろきょろ。
『それではせんぷくのいみがなかろう?』
 後を追う織歌の頭の上からペンギン皇帝が疑問符を飛ばしたが。
「ギシャはようじょだからきにしないのだ!」

 一方。Oタ突入班と同じく移動を開始したAア突入班。面子的には歴戦の戦士ぞろいだが……
「ねんれいはともかく、ようじょげんていとは……」
 元気幼女と化した赤城 龍哉(aa0090)が走りながら頭を垂れた。口調はいつもどおり――というにはちょっとがんばりすぎな感じか。
『こういうこともできるとは、ドロップゾーンおそるべしですわ』
 内でため息をつくのは、お嬢様系幼女のヴァルトラウテ(aa0090hero001)。
『たつやちゃん! スマホでしゃしんとって!』
 となりを走る御神 恭也(aa0127)の内より、契約英雄の伊邪那美(aa0127hero001)が龍哉を呼ぶ。彼女も当然幼女化しているのだが、声音以外に変化は感じられなかった。
「?」
 疑問符を飛ばしながら、それでも幼女の手には大きすぎるスマホを操作し、恭也を撮る龍哉。
「……しゃしんなんかどうするきだおはらい(お祓い)ようか」
 死んだ魚の目をした恭也が、撮られるまま甘々な声を垂れ流した。
『ま~ね~』
 しらばっくれる伊邪那美。普段の恭也であればともかく、ちっちゃい伊邪那美的幼女にさせられた衝撃が大きすぎて相棒の企みに気づけなかったのだ。
「くそ、ちがういみでもさっさとおわらせてぇ!」
 こちらは東海林聖(aa0203)。そんな彼に契約英雄のLe..(aa0203hero001)が内から声を発した。
『ヒジリーちっさい……なにこれかわいい……』
 なぜだろう、聖は幼女化したLe..そのものの外見をしていた。つまり内の幼女化したLe..と今の聖は同じ顔。――自画自賛、か?
「ちっ、めせんがひくくてむこうがよくみえねぇぜ」
『ようじょになっても……ちっさいからだけど……ね』
 容赦ないLe..の言葉に打ちのめされる聖の傍ら、八朔 カゲリ(aa0098)は淡々と走る。
 瞳には幼女らしからぬ決意の光が灯り、手には無形の影刃<<レプリカ>>――今はおもちゃの剣と化した“奈落の焔刃”とともに覚悟が握り込まれている。
 ――わたしは“かげ”だから、“ひかり”をまもるためにがんばるだけ。
『ともにゆくなかま、まもるべきひと、それを“ひかり”とするか。いまはまだかくしゃならぬしょうじょよ、なんじがいしのまま、のぞむことをなすがいい』
 カゲリの有り様を内から俯瞰し、契約英雄のナラカ(aa0098hero001)は幼い頬に薄い笑みを浮かべたのだった。

●ようじょがんばる
 68歳頑固親父を確保する。そのためにサヤとニノマエは作戦をたてていた。
 親父は7ラウンドでOキにたどりつく。全力で追っても追いつけない。だからマップ中央部のスタート地点へワープさせられてくるのを待つ。
 果たして策はなり、サヤたちは頑固親父と接触した。紫の矢絣を染めつけた着物に海老茶の袴、編み上げブーツに髪を白リボンでくくった大正風女学生――いわゆる「ハイカラさん」と。
『どうする?』
 サヤは尋ねるニノマエへイカ腹を突きだし――ちがう、胸を張ってみせ。
「わたしにまかせろ」
 唐突に両手を目の下にあてがった。
「えーんえーん。こわいよう、えーん」
 圧倒的で絶望的な棒読みだった。
『みつるぎ……ちゃん?』
「わたしは“けん(剣)”だ。“けん”はきることしかできにゅもの」
 自分で言い出したくせに、全部放り出して言い切った。しかも噛んだ。
「――親御さんを探してあげたいのですが、私は行くところがありますので。一度決めたからには最後までやり通すのです!」
 現世の記憶も殺され続けてきた記憶も忘れさせられているようだが、気質だけはしっかり頑固。いけない、このままではスルーされてしまう。
「まごだ。まごがたりんのだ」
『?』
 ニノマエの疑問は置いてけぼり。サヤはこっそり通信機にささやいた。
「ちかくにいるまごはしゅうごうしてくれ。ろうじんをまごでかこむのだ」

「まご?」
 Iオでサヤからの通信を受けた聖が首を傾げた。
『まごは、おかし……もらえる……』
 Le..がもにもに口を動かした。というか、この発想はどこで学んできた?
「いこう」
 カゲリが駆け出した。その小さな手でしっかり、聖の手を握り締めて。
「か、カゲリ! オレはこどもじゃないぜっ!」
 うろたえる聖にナラカが声をかけた。
『なにひとつなくしたくないからこそにぎるのだ。……それだけ、なんじがだいじなのだよ』
 これを聞いた聖は唇を尖らせ――カゲリの手を握り返して加速した。
「オレはあたっかーだからさきにいくぜ。かわりにせなかはまかした」
 ここでLe..が。
『ヒジリー』
「ちゃかすのナシだからなっ!」
『しゃしん……とっておこ?』
「――ぜってぇやだよ!?」

「はいたいほうこうからぐるぐるいって、はちあわせーる」
 ギシャの発案で、ギシャ・織歌組はO方面から回り込んでくる男児と鉢合わせするべく時計と反対回りに進んでいる。
 そして10ラウンドめの索敵で西南方向から気配をキャッチ。11ラウンドめの全力移動で到達したGオから、Gウに姿を現わした男児を発見したのだった。
「もしもしおるかです。たーげっとはっけん。なんだかうろうろしています。ほんとにだんしはこどもなんですから、こまっちゃいますね」
 通信機のレシーバーとマイクの間に小さな顔を行ったり来たり、織歌が皆に報告を入れた。
「ウチちょー家帰るしー。マジ帰るんだけどー」
 14歳女子化された5歳男児はギャルだった(ややこしい)が、家に帰りたい気持ちは本物だ。
「たすけにきました!」
「のーぷらんだがー」
 ギャルはつけまつげ盛り盛りの目をしばたたき。
「ウチ、ママ探してるんですけど? ガキは幼稚園帰れし」
 歳下に容赦なし。心開くものはママとお気に入りの先生のみ。それが年長さん男児のリアルなのだ!
「むー。とんだママやろうさんですよ」
 容赦なく織歌。いや、5歳児がママ大好きなのは当然では……?
 ギシャは笑顔を右にかしげ、おもちゃの蛇龍剣「ウロボロス」――愛称“くろ”を引き抜いた。
「めんどくさいからやっちゃえのこころ?」
『なかせたらいかん! せんせいにゆわれてしまうかもしれん!』
 昭和の子ども御用達フレーズ的なことを言いつつ、どらごんがギシャの実力行使を必死で止めた。
『ここはひとつ、よのいげんでしたがわせてみせよう!』
 織歌の頭の上で意気込むペンギン皇帝が高く声を張り上げた。
『よはこうていである! こうていのいうことをきくのがいっぱんじんのしごとなのだぞ!』
 と、織歌の耳を包む耳当部分をパタパタさせた結果。
「ちょーウケる! ウチにくれし!」
 ギャルは皇帝を両手で鷲づかみ、引っぱりだした。
 5歳児にしゃべるペンギン帽子を見せたのだ。それはこうなるだろうよ。
『クエッ、ちぎれる! おるかジタバタするな!』
「ちにあしのつかないせいかつなんていやですー!」
 ペンギン皇帝ごと宙ぶらりんになった織歌が足をバタつかせた。
「んー」
 笑顔を左にかしげたギシャが、せーのと“くろ”を振りかぶる。
『だからやめろと――いや、やってしまえ』
 すこん。プラスチックの“くろ”がギャルの臑を叩き。
「マジ痛いんですけど!」
 ギャルから解放され、地に足のついた生活を取り戻した織歌へ、どらごんが『そのままでぐちへいけ!』と指示を出した。
「おるか、こっちだー」
 ギシャが織歌と手をつなぎ、きゃーっと駆け出した。
 かくして。主にペンギン皇帝の命を賭けた追っかけっこが始まった。

「みつるぎもみちにまよっちゃったよう。おうちにかえりたいよう。えーんえーん」
 サヤが嘘泣きし。
「おなか……すいた……」
 なんだか外見どころか内面までLe..に乗っ取られつつある聖がハイカラさんの着物の袖をつまんでブラブラ。
 ハイカラさんは揺らぐ。現世では本物の孫がいる彼、幼女のあざとさと空腹は心にくるものがある。
 しかし。
 清らかな身である私が、なにをマゴマゴと!
 自らを戒め、ハイカラさんは自分が決めたゴールへ向かおうと足を踏み出したが。
「ここはくらくてひかりがないばしょだから。わたしのかげをふんで、ついてきて。かげのむこうに、いかなきゃいけないところがあるんだよ」
 横からそっと、カゲリが手を伸べた。
 ハイカラさんを見上げる瞳に映るものは、彼女への心配、そして彼女を自分が守るのだという覚悟。
 ハイカラさんは気づく。なぜサヤが慣れない嘘泣きをしてみせているのか。カゲリがこうも懸命なのか。聖の空腹はひとまず置いておいて。
 ――ハイカラさんがカゲリの手をとった。
「行きましょう。みんなでいっしょに」

「だるい……ねむい……よるだから、だるいしねむい」
 Oタの出入口の前で体育座り中の黒ふり幼女――ツラナミが、ぷくぷくのふくれっ面で垂れ流した。
『ねるな。1たい1になったらロストだよ?』
 淡々と言う38。
 ツラナミはむうっと黙り込み、鷹の操作に集中した。
 もうじき鷹は消える。それまでにジャックを見つけ、仲間へ知らせなければ。
 ツラナミにとって任務とは、果たさなければならない義務だ。だからこそロストの危険を冒してまで単独行動を選んだのだが……幼女の体はいろいろと辛いものがある。特にそう、元は外見年齢47歳のツラナミが、今は黒いふりっふりのワンピースを着込んだ幼女だという、生き地獄な現実とか。
「あー、あまいもんくいてぇ」
『ああ、あまいものがたべたい』
 ツラナミと38の言葉が重なった。
 やばい。自分たちの心が少しずつ侵されていくのを感じ、ツラナミは必死で酒と煙草の銘柄を唱えて頭の中から“幼女”を追い出した。
 と。
『――ツラナミ』
「うん、じゃねぇ。ああ」
 鷹からの映像が消えた。しかし、見た。
 鷹の視界に映り込んだふたつの人影。転んだ前の影を追う後ろの影が投げたナイフの切っ先を。
 ツラナミは短い指をもどかしく動かしてマップを確認し、通信機に向けて叫んだ。
「Bシにてきがきてるぞ! ターゲットはEサだ!」

●きりさきま
「どこまでも行こう。ふたりだけの夜」
 黒いコートのポケットからナイフを抜き出した痩身の男――ジャックが歩いてくる。
「学校に行かなくちゃ……会議――学級会、出なくちゃ」
 セーラー服のスカートは膝丈、ショートボブに眼鏡という、いかにも真面目そうな女子中学生が、尻餅をついたままじりじり下がった。
「もう一度やりなおそう。何度だってやりなおせるさ」
 ジャックがナイフを振りかざした。そしてひと息に――
「やらせねぇよ!」
 ツラナミからの連絡を受け、マップ中央付近から駆けつけた龍哉の跳び蹴りがジャックに炸裂……しなかった。
「ぜんぜんとどかねぇ!」
『からだのおおきさをかんがえなさい』
 かなり手前で着地してしまった龍哉の内、ヴァルトラウテがうゆーと顔をしかめた。
「小さくても気持ちは変わらない。僕も変わらない愛を君に」
 ジャックが街の影へ溶け込むように、ぬるりと龍哉の小さな背中へすべり寄り。切っ先を、その首筋へと振り下ろす。
 振り向きもせず、龍哉が不敵に笑んだ。
「たやすいえものとはおもわんことだな」
 龍哉の背に背を合わせた恭也が、ゴムの吸血茨を柄に巻きつかせたおもちゃのドラゴンスレイヤーでナイフを止めていた。
『おじさんじゃなくて、おねえさん? あっちににげて! かべについたらひだりにまがってみぎにまがって……あ~もう! むずかしいよぉ!』
 伊邪那美がマップを思い出しながら説明しようとしたが、伊邪那美でなくとも迷路の道案内はハードルが高すぎる。
『やさかくんたちがこっちについた。あと50びょう、もちこたえられるか?』
 ツラナミからの通信。
「ターゲットをにがすから、そっちをたのむ」
 スナイパーライフルに持ち替えた恭也がBB弾を装填し。
『とにかくみなみへはしってください! わたくしたちのなかまがいますわ!』
「30びょうたったらおれたちもいく。さいごのおきゃくさんとな」
 ヴァルトラウテに眼鏡女子へのガイドを任せた龍哉がハングドマンを投げつけ、後を追おうとしたジャックの足をからめとった。
「僕はヘルメス。どんな邪魔が入っても、君の元へと飛んでいく」
 しかしジャックは脚に巻きついた釣り糸を器用に解き落とす。
「やっぱりダメージはとおらねぇか」
『いまはあしどめできればじゅうぶんですわ』
「そういうことだ」
 恭也がジャックを邪魔するべく、その指を撃つ。
『カミヨノナナヨノイッチュウたるボクがあいてだからね!』
 恭也とライヴスを併せた伊邪那美が、なんとか噛まずに言い切った。

 ペンギン皇帝をエサに、ギャルを無事Aアから逃がしたギシャと織歌は全速力でOタへ走る。
「さいしょから、むこうに、いったら、よかった、ですね」
 ぜいぜい。織歌が荒い息の切れ間に言う。
『あと3ぷんもおいまわされておったら、よはおかしくなってしまったであろう……』
 何度もむしり取られそうになったペンギン皇帝がぶるり。織歌の頭の上で震えた。
「いそげー」
 足の回転数を上げたギシャが「ぷぎゅ」。頭の重さで転び、「まけるかー」と前まわり。
『ころんだらなくのがようじょのルールじゃないのか?』
 どらごんのセリフを通信機ごしに聞いたツラナミが、眉をしかめてしみじみと。
「はぁ……。なけるもんならおれがなきてーよ」
『ぶふっ』

 路の途中で眼鏡女子を迎え入れた3組が、彼女とともにOタの出入口の前へ着いた。
『まよわずゆくがよい』
 ナラカが眼鏡女子の背を声音で押す。
『あとは……ルゥたちが……やるから』
『しごと、がんばってください』
 Le..とニノマエもまた言葉を添え。
「きをつけて。もうまよいこまないように」
 そっとカゲリが手を振り、眼鏡女子がおずおずと出入口へ踏み込んで、消えた。
『これでいっぱんじんはぜんいんにげた……くるぞ』
 余韻に浸りかけた一同を38の鋭い声が引き留めた。
 路の向こうから穢れた気配が迫る。

●けっせん
「扉を閉じよう。君との夜をもう一度始めるために」
 猛烈な速度で駆けてきたジャックが、扉状の出入口へナイフを投げた。
「わたしが“ひかり”をまもる――!」
 カゲリが手にした奈落の焔刃はおもちゃのままだ。しかし、ライヴスの黒焔逆巻く刃は、あざやかにナイフを弾き落としてみせた。
『がんぐのやいばであれ、いしとかくごあらば“まじん(魔刃)”とかす』
 ナラカの声が幼女たちに力を与えた。
「ちょっとおとなしくしててもらおうか」
 ツラナミのワンピース、そのふりふりが解けて女郎蜘蛛の糸と化し、ジャックの脚を包み込む。
『そういうしくみだったのか。やるね、ふりふり』
 38の感心した声をよそに全力で暴れるジャック。
 思いきりそれに引きずられたツラナミだったが、そのふくふくした生脚をカゲリとサヤがそれぞれつかんで引っぱった。
 宙ぶらりんなツラナミだったが、その姿勢のまま糸を操り、ジャックへさらにからみつかせて。。
「……てかげんしろって。ひりきなんだよ、ようじょはよ」
 ツラナミの脚を脇に抱え込み、右手の自由を取り戻したサヤへニノマエが促した。
『今だぜ、みつるぎちゃん!』
「ちゃんはやめろ!」
 サヤがストームエッジを召喚した。夜空を黒く覆い尽くす守護天使の剣――ガーディアン・エンジェル。樹脂の白刃が一斉に降りそそぎ、ジャックの抵抗を止めた。
「みんながこうげきできるすきをこじあける! それがあたっかーのしごとだぜっ!」
 すかさず聖が飛びかかったが、だめだ、足りない。身長とジャンプ力が。
『すごく、ちっさいから……』
「ちっさいいうなっ!」
 Le..に言い返し、一度ジャックを通り越した聖が目の前の壁を踏んで跳んだ。これで宙にある聖の顔は、ジャックの顔と同じ高さに。
「あたっかーなめるなよ! せんしょーりゅーおーぎ――」
『……それいいよ……ヒジリー、したかむよ……』
「うるせーっ!!」
 ぐだぐだのままダズルソード03“紅榴”を振り下ろし、ライトグリーンに輝くライヴスをジャックのナイフへ叩きつけた。
 するとまたLe..が聖に。
『ヒジリー……』
「こんどはなんだよ?」
『やっぱり、しゃしん……とっておこ?』
「いーやーだーっ!!」
 叫んだせいで着地に失敗、ぺたんと尻餅をついた聖。
 その背へ、拘束を振り払ったジャックが貼りつこうとするが。
「ひじりをいじめたらゆるさない」
 木製レアメタルシールドを構えたカゲリが割って入った。
 一瞬、ジャックが動きそのものを止める。まるでそう、すくんだかのように。
『おさなきものならばくみしやすいとおもうたのだろうが。ぎゃくにのまれていては、な』
 そのナラカの言葉を奪うように。
「まもるとみせかけてきょうしゅうだぜ!」
 追いついてきた龍哉がジャックの股下をスライディングで抜け、その目を奪っておいて。
「かられるのはおまえだ、ジャック」
 続く恭也が右足で踏み込んだ。足の長さに合わせた小さな踏み込み。これでは当然ジャックに届かない。しかし、恭也は後ろに置いた左足をたぐり寄せ、さらに右足を踏み出し――踏み込みを加速させていった。
「ただきってもきかないだろうがな。これだけかさねればどうだ?」
 恭也の命を吸ったドラゴンスレイヤーの刀身がかき消える。
 龍哉に目線を切られていたジャックは動けない。そのまま恭也の電光石火の斬り上げを腹に喰らい、大きくよろめいた。
『きょうや、すっごくきいてるよ!』
 伊邪那美に続き、ヴァルトラウテが声を弾ませた。
『ぼうぎょりょくはひくいようですわね!』
 逃げながらナイフを突きだしたジャックの四肢にツラナミの縫止が突き立った。
「あっぶねぇな……ようじょあいてになにしてくれてんの? つか、なんでようじょにしたんだよころすぞしねよ」
『ツラ、しごと』
 38の制止で我に返るツラナミだったが、愚神への恨みは相当根深いようだった。
「うでがみじかくても、くっついちゃえばのーぷろぶれむー」
 ここで合流したギシャはジャックの後頭部に貼りつき、顔面を“しろ”でにゃがにゃが掻きむしった。
「やいばにたよるものは、やいばをうしなえばそのちからのすべてをうしなう」
 ジャックの後ろから踏み入ったサヤが、ウェポンディブロイで瞬時に換装したガーディアン・エンジェルでジャックのナイフをひねりあげた。
「これいじょう、ドロップゾーンをふやさせてなるものですか。こまっているひとがふえたら、いやなきもちになって、ごはんがおいしくなくなるきがしますからね!」
 ギシャと入れ違いにだだっと走り込んできた織歌が、目覚まし時計「デスソニック」を ジャックのコートのポケットにぽい。サヤとともに耳を塞いで離脱。
「エンディングのじかんだぜ」
 音爆弾に鼓膜をやられ、闇雲にナイフを振り回すジャックの前に龍哉が立つ。
「こぉっ!」
 息吹。息を一気に体から抜ききり、吸い込んだ新鮮な夜気でライヴスを燃え立たせた龍哉が強く踏み込み。
「べんけいのなきどころ、もらった!」
 臑斬りでジャックの体を前へ倒れ込ませ。
『これでとどきますわね』
 目の前に落ちてきたジャックの顔、その人中――鼻と唇の間にある急所――を、一気呵成で突き抜いた。

●帰還
「……やっと元に戻れたか。あれだけ勝手がちがうとさすがに面倒だな」
 ゲーム世界から帰還した龍哉にサヤがうなずく。
「そもそも私には過去の記憶がないのに、幼女など演じられるものか」
「確かにひどかっ」
 言いかけたニノマエの口を速やかに塞ぐサヤ。
「ともあれ愚神も地獄で『ぅゎょぅι゛ょっょぃ』と後悔しているでしょう」
 微笑むヴァルトラウテだが、龍哉は「俺はおまえはなに言ってんのかわからん」と渋い顔。
 その横ではペンギン皇帝が織歌にギャーギャーわめいていた。
「秋刀魚の蒲焼きを所望する! 余にはそれを要求する権利があるのである!」
「陛下の晩ご飯は大安売りの目刺です。おいしいですよ、目刺。陛下もそう思われますよ、ね?」
 織歌の笑顔は絶対零度。ペンギン皇帝の要求は完全却下。
「やー、ちっちゃいどらごんがおっきくなったもんだー」
「いやあれは愚神が勝手にだな……しかし、おまえも一応は成長していたんだな」
 元の姿を取り戻してコートを翻したどらごんが、感慨深げな顔のギシャへ苦笑を投げた。今もギシャが幼女期の大ざっぱな暗殺者のままなら――苦労しただろう。
「よしっ。オレはオレを守りきったぜ!」
 幼女化した自分を撮影されずに乗り切った聖は自分の肩を抱き、何度もうなずく。
「それは……どうかな……?」
 ひっそり微笑むLe..。そう、聖は知らなかった。Le..のお願いでカゲリが彼を激写していたことを。
「どうする?」
 カゲリの手にあるスマホを差し、ナラカが短く訊いた。
「聖たちが決めることだ」
 彼はLe..の持つスマホへ聖の幼女姿を転送。
 彼は同じ【Wehrwolf】の仲間である聖とLe..を信じている。だからこそ、後の判断をふたりに委ねるのだ。
「すべては覚者なればこそ、だな」
 ナラカは静やかに力を込め、帰還した「覚者」を満足げに見上げた。
 一方、伊邪那美はといえば。
「ふふっ、思いがけずにいい画が撮れたよ……。こんないいもの、みんなに見せてあげなきゃバチがあたるよね~」
 友だちに恭也の幼女姿を送りまくっていた。
 その画像はあっという間に拡散し、ゆえにあっさり恭也にバレて酷いおしおきを受けるわけだが……神たる彼女にも、その未来は視えていないのだった。
 そんな仲間たちから猛烈な早歩きで離脱するのはツラナミだ。
「どこへ行く?」酒又 織歌(aa4300)酒又 織歌(aa4300)
 追いかけてきた38に薄暗い笑みを返し。
「お話し合いだよ……。こんな仕事回してくれた礼元堂さんとなぁ」
 ツラナミは知らない。深澪の契約英雄アランは「愚神もかくや」といわれた存在で、彼を拳で説き伏せ、更正させた少女こそが深澪なのだと――

 HOPE東京海上支部の保管室。
 収められた『Jack the R.I.P』ルールブックの1~6ページが消失し、能力者たちによって侵食を抑えられた7~24ページを飛ばして25ページめが開かれる。
 ――互いの足を踏んづけながら、ピーカブー(いないいないばぁ)で殺し合おうぜ?

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結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 悪気はない。
    酒又 織歌aa4300

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • Run&斬
    東海林聖aa0203
    人間|19才|男性|攻撃
  • The Hunger
    Le..aa0203hero001
    英雄|23才|女性|ドレ
  • エージェント
    ツラナミaa1426
    機械|47才|男性|攻撃
  • そこに在るのは当たり前
    38aa1426hero001
    英雄|19才|女性|シャド
  • ぴゅあパール
    ギシャaa3141
    獣人|10才|女性|命中
  • えんだーグリーン
    どらごんaa3141hero001
    英雄|40才|?|シャド
  • 悪気はない。
    酒又 織歌aa4300
    人間|16才|女性|生命
  • 愛しき国は彼方に
    ペンギン皇帝aa4300hero001
    英雄|7才|男性|バト
  • 不撓不屈
    ニノマエaa4381
    機械|20才|男性|攻撃
  • 砂の明星
    ミツルギ サヤaa4381hero001
    英雄|20才|女性|カオ
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