本部

不発のアラート

布川

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 6~10人
英雄
10人 / 0~10人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/10/12 15:07

掲示板

オープニング

●3人の指名手配犯
「おいい、アニキ、ちょっと様子がおかしいぜ」
 客とはおよそ思えないいかめしい風貌の3人が、通りから銀行を眺めている。
 彼らはヴィラン。能力者としての力を犯罪に使う、悪しき犯罪能力者だ。
 3人は銀行を襲う算段を立てていたのだが――。
 休日だというのに、銀行に、大量の人の気配がする。
「フウム。ひょっとすると、HOPEの能力者がいるのかもしれん。今回は引こう」
 ひときわ図体の大きな男は、外見とは裏腹に違和感に敏感なようだった。
「くそ、金が目の前にあるってのによ! ロドリゴ兄弟の名が泣くぜ!」
「落ち着け、弟よ。兄貴の言うとおりだ。慎重にこしたことはない」
「ああ、そうだ、慎重にいこう。捕まったら何もならん」
「チッ。分かったよ。なあアニキ、これで何回目だっけなあ……」
 3人はそのまま引き返していった。

 ヴィランたちの勘は正しかった。
 銀行には、プリセンサーの予測を受け、戦闘の準備をした能力者たちがこれでもかと配備されていたのだから……。

●ハズレ続きの天気予報
 プリセンサーとは、ライブスの異変を察知するのが専門の特殊能力者のことを指す。異変を察知するエキスパートであり、HOPEの活動には欠かせない存在だ。無論、この支部にもプリセンサーとしての職務を全うする能力者が多数いる。
 プリセンサーが感知できる事件は限られているが、彼らが愚神などの脅威に対抗するための切り札であることは間違いない。間違いはないのだ。
 しかしながら、プリセンサーである相馬の表情は暗い。
 任務に赴いていた能力者たちから電話で報告を受けた管理官は、複雑な表情をしていた。
「ああ、相馬くん、今回も無事に、ええっと……何事もなく済んだようだ」
「相馬、まーた外したのか!」
 同僚に肩を叩かれる。
 今回で、プリセンサーが危機を予知したにも関わらず、何事も起きなかったのが10回になる。
 スランプなのだ。
「まあ、そういうことはある」
「ハッキリ言ってください、ぼくの予測はアテにならないって」
「そんなことはない。何事もないのが一番だ。危険を未然に防げたんなら、それに勝ることはない」
 管理官はそう言ってくれたが、自分を気遣うことばも、突き刺さるように聞こえた。
 相馬は大きくため息をついた。
(なにかあってくれ……って思うのは違うけど……こうも当たらないとなると、自信なくしちゃうなあ)

●何度目かの正直
「警告、警告です! プリセンサー相馬が異変を察知しました!」
 このようなやりとりが、近頃何度あっただろうか。
 HOPE本部の反応はやや鈍い。しかしながら、今回ばかりは――はっきりとした予兆だった。
 宝石店を襲う三人の大男の姿。
 悲鳴を上げる店員の姿。
 三人の男は、宝石をバッグに詰めさせると、笑いながら店員の額を撃ち抜いた――。
 予測で見た未来は、あまりにも凄惨なものだった。相馬はぐっと拳を握りしめ、熱弁をふるう。
「きっと、きっと今回は……なにかが起こると思います。プリセンサーとしての直感です」
「自信があるのか?」
「割とあります」
「何割だ」
 そう言われると、相馬は言葉に詰まる。
「さ、……3割ほど」
 本部の職員からは失笑が漏れた。
「近隣住民からの異変の通報はありませんね」
「能力者の数も限られてるんですよ」
「でも、今回は、なにかあると思うんです」
 相馬は必死だった。
「お願いします。プリセンサーとして、対処できた事態を見過ごすなんていやです!」
「わかった。わかっている。何人か能力者たちを手配しよう。こちらとしても、被害を出すことは避けたい」
 相馬の目が輝くが、すぐに悪い考えにとってかわる。
 民間人に被害がないのであれば、それに越したことはない。だが、プリセンサーとして、相馬は自分の能力に自信が持てなくなりつつあるのだった。

●待ち伏せ
 今回のプリセンサーがキャッチした危機は、とある宝石店を指し示すものだった。

 それぞれの準備を終えて、襲撃に備える能力者たち。
 相馬はモニタの前で身を固くしていた。
(何事もなければ、それでいい、でも、どうか……なにかあるのであれば……万全の準備がある、今のうちに……!)

解説

●プリセンサーの予測
 3人組の宝石強盗が、営業中の店内に現れ、客と店員を襲う。彼らは宝石を奪い取り、車で逃げ去っていく。

●目的
 宝石店に現れる3人のヴィランを、一人残らず逮捕すること。
 慎重に行動すれば、不意を突くことが可能だろう。
 また、HOPEの一員として、一般人に被害を出さないように行動することが求められる。

(PL情報)
 3人組は、今までに現場の違和感を察知して犯行を中止している。
 宝石店に客の出入りを制限したりなどすればヴィランたちには怪しまれずに済むだろうが、その分、一般人に気を配る必要がある。

●場所
 アメリカネバタ州ラスベガス、中規模の宝石店。
 入り口は表口と裏口の二か所。通りに面してガラス張りになっており、奥にカウンターが一つ。店の中には陳列棚が並んでいる。
 店の裏手に小さな駐車場がある。
 店はHOPEの連絡を受けて、こちらからの要請に対応できるようになっている。

●登場
ヴィラン<<ロドリゴ兄弟(長男)>>
 別件の強盗で指名手配されていた凶悪な強盗犯、長男。
 クラスはドレッドノート。戦闘特化の能力者。
 見た目に似合わず慎重な頭脳派。
 ひときわ体躯が大きく、拳での力技を繰り出す。
 ほか二人がやられた場合、不利を悟った場合など、逃げ出そうとする恐れがある。

ヴィラン<<ロドリゴ兄弟(次男)>>
 別件の強盗で指名手配されていた凶悪な強盗犯、次男。
 クラスはバトルメディック。回復・補助に適した能力者。
 戦闘では前に出ず、後ろからの補助に徹する。

ヴィラン<<ロドリゴ兄弟(三男)>>
 別件の強盗で指名手配されていた凶悪な強盗犯、三男。
 クラスはジャックポット。長距離攻撃に適した能力者。
 一番単純な性格をしている。
 遠距離でも近距離でも、マシンガンのような銃器を扱う。

 スランプ中に相馬がとらえた警告は、すべてこのヴィランたちのものである。

リプレイ

●いつも通りを装って
 宝石強盗を誘いこみ、被害を出さないように取り押さえるのが今回のリンカーたちの任務だ。宝石店は、今日も通常に営業しているように見える。端から見る分には、いつも通りに――。
「狼少年扱いか……下っ端ってどこも辛いよな」
 プリセンサーの苦労に思いを馳せ、天野 雅洋(aa1519)はそんなことを口にした。会社員である天野は、相馬の苦悩にどこか思うところがあったのだろうか。
「アマノの言う事なら、リュドミラ何でも信じるよ」
 リュドミラ ロレンツィーニ(aa1519hero001)はこともなげにそう口にする。
「いやいやいや……」
 自身の英雄の言葉に苦笑しつつ、天野は、車内から駐車場を見渡していた。宝石店裏手の駐車場は、いつも以上に混みあっている。ここからでは見えないが、表通りも同じように車で溢れかえっているはずである。これは、天野が作戦として用意した状況だった。こうして駐車スペースを埋めることで、強盗団の動きと店舗への客の出入りを同時に制限することが狙いだ。こんな状況にも関わらず店にやってくる3人組の男たちは、極めて重要な”用”があるに違いないのだ。
「銀行強盗とか穏やかじゃないね~。俺ちゃんビビっちゃうよ~」
 虎噛 千颯(aa0123)は宝石店にほど近い表通りで、スマートフォンを弄りながらハンバーガーをほおばっていた。虎噛の姿は、一見すれば今風の若者そのものである。通行人には彼が待ち合わせでもしているかのように見えただろう。しかし、彼もまたHOPEのリンカーである。スマートフォンで連携をとっている相手は、同じ作戦を共にする仲間たちだった。
「予測って、宝くじの当選番号とかも予測してくれないかなー」
「千颯……馬鹿な事言ってないで警戒を怠るなよ」
 虎噛の英雄、白虎丸(aa0123hero001)は、人目を慮って今は幻想蝶の中にいる。
「白虎ちゃんって浪漫ないよね……」
「そんな浪漫はいらん」
 そんな会話をしながらも、虎噛は周囲に細やかに気を配っている。
「違和感を感じさせないようにするためとはいえ、わざと一般人の制限かけて無いんだから、一般の人たちに被害が出ないように気をつけないとね」
 虎噛の前を、銀色のような透き通った髪の少女と獣耳の青年が通り過ぎた。來燈澄 真赭(aa0646)とその英雄、緋褪(aa0646hero001)である。
「あ、あれあれ。次はあそこ見に行こう」
 來燈澄は通りにある店を指し示す。
「……見に行くのは構わんが、仕事を忘れていないだろうな?」
「嫌だなぁ。そんなわけ無いじゃない」
 そう言いながらも、來燈澄は緋褪から目を逸らす。
「なら私の目を見てもう一度いってみろ」
「ごめんなさい……」
 來燈澄が逸らした視線の先に、丁度よく喫茶店があった。
「ね、あのカフェなら店もその周辺も見渡せるから、あのカフェで休憩しない?」
「お前この状況でも椅子なんかに座ったら眠りやしないか?」
「否定はしない」
 來燈澄は、眠ることが非常に好きなのだ。
 カランコロンと涼やかな入店音が鳴る。窓際の席には、すでにリンカーの唐沢 九繰(aa1379)が待機していた。紅茶とケーキが運ばれてくると、唐沢はスマートフォンを取り出し、料理を撮影する。そして、唐沢は、カメラモードのまま、スマートフォンを店の小さなポップに立てかけた。画面には通りの向かいの宝石店が映る。ノートと参考書を取りだし、ケーキを崩しながら勉強をする彼女は、いかにも勉強熱心な女子高生に見えた。彼女の英雄、エミナ・トライアルフォー(aa1379hero001)は、来たるべき時を待ち、今は幻想蝶の中で待機している。
(強盗事件もそうですが、殺人は絶対に防ぎたいです)
 プリセンサーの予兆では、店に多数の死人が出ていた。全員捕まえて、万事解決。それが、彼女の任務にかける意気込みだ。
 唐沢の隣の席には、鳥居 翼(aa0186)の英雄であるコウ(aa0186hero001)が座って軽食を食べていた。アメリカでは、金髪と青い目はさほど目立たない。彼は客に紛れ込み、宝石店の客と動向を見張る。彼の契約者である鳥居は、今、宝石店で店員に扮し、接客にいそしんでいることだろう。
 能力者たちの目当ては、プリセンサーが予測した大男3人組である。

 宝石店、店内。こちらも普段通りに営業しているように見えるが、もしも常連客がいれば、いつもは見ない顔の店員がいたことに気がついただろう。
(プリセンサーさん、予測のお仕事……)
 鳥居にとって、プリセンサーの予測は雨天予報のようなものに思える。外れてくれると嬉しいが、外れたことには沈んでしまう。
(でも、予報があるから傘を持てるし、今回は私達が傘! お仕事に、報いてみせます!)
 そんな決心を胸にしながら、鳥居は店から借りた制服で今は接客に努めていた。明るくはつらつとした彼女の客への応対は、一般の客にもかなり好評のようだ。
 天野の狙い通り、宝石店にいる一般客はいつもよりも少ないように思える。そして、それを埋め合わせるように、今日は店内にリンカーたちが配備されている。
「わーー! みてみて、お姉ちゃん! この宝石とか、すっごくキラキラしてるのよ!」
 一人の少女がショーケースの中のアクセサリーを見て感嘆の声を上げる。
「本当。お父さんへのお土産に、ちょうどいいかも?」
「きっときっと、ものすっごーく、喜ぶに違いないわ!」
 値札のゼロの数など数えていないのだろうか、それとも相当に裕福なのだろうか。まわりの客から見ると、彼女たちは世間知らずの日本人観光客姉妹に見えただろう。佐々木 文香(aa0694)とルサリィ(aa0694hero001)もまた、能力者と英雄である。
 彼女たちはきゃっきゃとはしゃぎながら、油断なく裏口の場所、客の様子などを確認していく。まわりに人がいなくなった死角を見計らって、ルサリィは佐々木に話しかける。
「文香。……約束を破ったら、ダメだからね」
「うん。絶対に、諦めない。……だよね?」
 誰一人傷付くことなく終わるのは難しいかもしれないが、みんな、無事で。そのために、全力を尽くす。佐々木は、そう心に決めていた。
 豊聡 美海(aa0037)は、モデルのような高い身長でずいぶんと周囲の目を引いている。クエス=メリエス(aa0037hero001)とは好対照だ。
「3人組の強盗なんて物騒だね! クエスちゃん!」
「プリセンサーの予測はあてになるからね。上手く捕まえたいところだ」
「でも一般人への被害が出ないようにするのは難しそうだね」
「おいおい、そこを何とかするのがHOPEの一員たる俺達だろう?」
 その通りだ、と豊聡は頷いた。
 客をどう守るか気にしつつではあるが、ショッピングはやはり楽しい。ショーケースに並ぶ宝石を見て、豊聡はにこにこと笑っている。
「あ、クエスちゃん小さいから、見えないかな? もし宝石見えなかったら、美海ちゃんが抱っこして見せてあげるよ!」
「小さいとか言うな! それと本業を忘れるなよ!」
 小さいと言われるのは、クエスにとってちょっとしたコンプレックスのようなものだ。
「わかってるって。でも綺麗な宝石って美海ちゃんもいつか身に着けてみたいね」
 そう言って笑う豊聡の笑顔は、年相応の少女そのものだ。
「何事もないのが一番やな」
 誰ともなしに、男はそう呟いた。他の客からは、桂木 隼人(aa0120)と有栖川 有栖(aa0120hero001)はどのような関係に見えただろうか。有栖川の態度は明らかに愛しい恋人に対するものだが、油断なく宝石を見聞する桂木は、見方によっては優秀なバイヤーにも見えたかもしれない。彼らも宝石強盗を食い止めるために派遣された能力者と英雄――すなわちHOPEのエージェントである。
 何事も起こらず終わって欲しいと思っている桂木の気持ちを知ってか知らずか、有栖川は無邪気に宝石を見てはしゃいでいる。
「あ、これいいなー。結婚するときはこれがいいな♪」
「宝石なぁ……ある程度カラット数ないとクズ石は資産価値ないからなぁ」
 桂木はじっと商品を見ると、いかんなくその慧眼を発揮する。
「資産という意味ではプラチナのリングとかのほうがええな」
「私はこれがいいな♪」
「どれや?」
 有栖川は、ショーケースからひとつの指輪を選び出すと、桂木の袖を引く。彼女が指し示したそれは、まさにシンプルなプラチナリングだった。非常に質の良いものなのか、シンプルながらに結構な値段がする。
「純プラチナのリングか……有栖にしては目の付け所がええな」
「隼人くんはこういうのが好きだもんね♪ 私知ってるよ」
(一般客の避難がスムーズにいけばいいが、入り口を押さえられると面倒だ)
 店の中央の喧騒からはやや離れたところに、警備員の格好をした無音 彩羽(aa0468)が立っている。彼は目ざとく避難経路を確認しながら、店全体が見渡せる位置に立っている。彼もまた、HOPEの能力者である。
「暇なの、退屈なの、外に出してーー」
 幻想蝶の中から夜帳 莎草(aa0468hero001)が無音に訴えかけるが、無音は横に首を振る。
「残念ながらお前さんくらいの子供が一人でこういう店に来るのは違和感しか無いんだ。あきらめてくれ」
「じゃあ真赭姉と一緒にお店見て回りたいー」
 夜帳の言う真赭姉とは、同居人、來燈澄真赭のことである。彼女は今、喫茶店で待機しているはずだ。
「別行動したら共鳴したいときに出来なくなるだろうが……。事件解決後は自由にしていいから少しの間我慢してくれ」
 店内の監視カメラが、そんな彼らをあらゆる角度から見守っている。
「……お金って、そーんなに大事なものなのかしら?」
 モニタ越しに、彼らの様子をじっと見ていた言峰 estrela(aa0526)は、ブラウンの髪を揺らして疑問を口にした。
「さあ……? 人間の考えていることなど、存外に浅い」
 彼女の傍らにいた英雄キュベレー(aa0526hero001)が、彼女の言葉に答える。
「ふーん? 今回は味方も多いし、ワタシ達は取り逃がしが出たときの補助に徹しましょ?」
 店の防犯システムのスイッチを確かめながら、二人は、優雅に来たるべき時を待つ。そして、その時は着実に近づいてくるのだった。

●銀行強盗がやってくる
 表通りで見張っていた虎噛から、能力者たちに連絡が入った。3人組がやってきたという知らせだ。
 3人組の乗った車は、大量に駐車された車に阻まれて、正面の店からやや離れたところに停止した。車から降りてきた3人は、特徴と一致する、かなり大柄な男たちだ。
 続いて、喫茶店で待機していた能力者たちからも連絡が入る。唐沢は、喫茶店の窓から映した3人組の映像を、即座に店の中で待機している仲間たちに共有する。武器、や外見の特徴は、プリセンサーの予測と一致する装備だ。
 コウからの着信が、視界の隅で鳥居のスマートフォンを揺らした。カウンターで接客をする鳥居に緊張が走る。
「おい、なんか客が多くねえか」
 店からやや遠くに車を止めざるをえなかった3人は、駐車スペースの不便さにぼやいている。
「いいじゃねえか、にぎわってるんだろ。兄貴はちょっとビビりすぎなんだよ」
 ロドリゴ兄弟の三男が、宝石店のチラシをめざとく見つけて口笛を吹いた。
「見ろよこれ、『ニューヨークの大富豪の放出品多数!』……だってよ、兄者」
「ふうん? まあ、いいことだな。高級品がありそうじゃねえか、なあ?」
「違えねえや」
 3人は、笑い声をあげると表口からそのまま店内に入っていった。

 強盗犯が来た時はどうするか。豊聡 美海とクエス=メリエスは、事前にこんな話し合いをしていた。
「美海ちゃん達は、どんなことに気を付けるべきかな?」
 豊聡の問いに、クエスが答える。
「何より注意しなければいけないのは一般人への被害だ。だから一般人に流れ弾が飛んでいかない様に積極的に前に出て注意を引くべきだね」
「そうしたら、剣と盾で上手く押し込んで行けるのが理想って事か!」
「まあ、そうなるね。相手によっては劣勢になったら撤退も考えるだろうから、別の班と上手く連携して退路を塞いで行きたいところだね」
 周りには、頼りになる仲間がいるのだ。豊聡はぐっと拳を握る。
「わかったよ! 美海ちゃん達ならしっかりこなせるはずだし頑張ろうね!」
 能力者たちは、それぞれ油断のない位置にいる。ヴィラン達を取り逃がさないように、あるいは、一般人を保護できる位置に。3人組が肩をいからせ、カウンターまで歩み寄る。
 ひとりの男が、バアン、バアンと頭上に向けて銃を発砲した。
「おい! 強盗だ! 宝石をありったけ詰めろ! 逆らったら命はないと思え!」
 強盗の掛け声に、店内は騒然とする。
「わあぁーーーん、おねーーちゃぁーん!!」
 突如として、客の一人が大声で泣きだした。
「チッ、うるせえガキだ。黙らせろ」
 銃を持った三男は、そちらへと向かう。
 店員を脅しつけて、宝石を奪う長男と次男。彼らにとって不幸だったのは、店員が日本人だったことだ。たどたどしい英語で、彼女は単語をゆっくり、確かめるように発音する。声は恐怖で震えている。女性店員は、やっとのことで手袋をはめると、ショーケースに手をかけた。
「早く詰めろ! って言ってんだよ! こんのアマ!」
「あの、ケースごとですか、そのままですか……ど、どちらの商品を……」
「全部ったら全部だよ!」
 震える鳥居の手は、商品を何度も何度も取りこぼす。緩衝材と交互に商品を詰める様子はいかにも丁寧だ。
「くそ、とろっちいな!」
 ヴィランたちとっても、商品価値が落ちては困るのだ。宝石を詰め終わるまでに、じれるような時間が過ぎ去っていた。
(この間に……みなさん、お客様の避難を……!)
 宝石を用意している鳥居には、店の中を気にする余裕はない。そして、ようやく長い時間をかけて、宝石を詰めたボストンバッグのジッパーが閉められた。
「じゃあな、あばよ」
 ひときわの大男が、鳥居に向かって拳を握った。プリセンサーの予測であれば、店員を殺害するのは、銃を持った男だったはずだ。小さな予測の誤差が、起こりうる悲劇をずらしていく。
 大男の攻撃。それは、能力者たちにとっても合図だった。
 ヴィランたちは、完全に油断しきっていた。彼らは、――事が上手く運ばないのは、何重にも張り巡らされた作戦があったからだと気がつくべきだったのかもしれない。

 ロドリゴ兄弟の三男は、店内をちょこまかと動く子どもに翻弄されていた。ルサリィが、大声で泣いて店内を走り回っているのだ。
「このガキ! ぶっ殺すぞ!」
「わあぁーーーん!」
 泣きわめきながら、ルサリィはすばやく走り回る。速度を落としたのを狙って三男が手を伸ばしたかと思うと、棚の後ろにひっこむという具合だ。風のように軽やかな動きに、追いかけっこはらちが明かない。奥へ奥へと誘導されていることにも気がつかず、三男は袋小路に誘い込まれていく。
 その隙に、佐々木は一般客にこっそりと紙切れを見せた。そこには、自身がエージェントであること、周りにもエージェントの仲間がいること、仲間が犯人の気を引いている間に落ち着いて逃げて欲しいことが書かれていた。客たちは震えながらも、頷き、隙を見ながら騒ぎに紛れて逃げて行く。ひととおり非難が終わったところで、佐々木はきょろきょろとあたりをうかがうと、外で待機している組にも現在の状況を手短に送信した。
 裏口には虎噛がいて、一般人を手際よく引き受けて逃がしていく。
「はーい! こっちだよー怖かったねー後は俺ちゃん達に任せな!」
 虎噛は足を引き摺っていた客を見つけると、手際よくケアレイを唱えた。傷が塞がっていく。礼を言って頭を下げる客に、虎噛はひらひらと手のひらを振る。
「此処まで来れば安心だよー。んじゃ警察ちゃんは後よろしく~」
 どこか人の気持ちを和らげるようなところのある彼の雰囲気に、一般客は少なからず人心地ついたことだろう。

「犯人の車は特定出来てるよね?」
「あぁ、あれだな」
 交戦の合図に合わせて、店の外で待機していた者たちも動き出す。店内の騒ぎに乗じて、天野が犯人の車のタイヤを破壊する。來燈澄が、車から刺さったままのキーを抜いた。目が合うとうなずきあって、二人は任務へと戻っていく。來燈澄は野次馬が店に行かないように牽制する。二人は、そして店内へと向かった。

「ぐおっ」
 鳥居に向かって拳を握った大男の右足に、リンクした桂木の放った鎌が炸裂する。男の足から、おびただしく赤い血が流れ出る。不意を突かれて、長男はがっくりと膝をついた。リンクした佐々木が、合わせて魔法攻撃を叩きこむ。その隙に、逃げ切れずに残って客も逃げ出していく。
「これで逃げれへんやろ」
「なんだ、なんだお前、どうして攻撃が……!?」
「通りすがりのリンカーや。残念やったな」
 桂木は武器を構えて、ずい、と一歩前に出る。
「能力者言うても、足ケガして出血したら失血死するで……残念やなぁ」
 桂木は、口の端をゆがめて嗜虐的な笑いを浮かべていた。もう一撃を、大男は拳で辛うじて受け止める。
「ぐうう」
「落ち着け、兄者!」
 次男が、慌てて回復の光線を飛ばす。長男は持ち直し、拳を固めて立ち上がった。起き上がりざまの攻撃を、桂木はなんなく武器でいなす。
「ッチ。しゃーない。殺るつもりで行くで」
 互いに距離をとり、交戦の構えをとる。
「ちっくしょう……どいつもこいつも! おい、ほかの客は! 末の兄弟はなにしてる!」
「くそ、くそ、なんだってんだ!」
 ここにきてようやく、彼らは何かが仕組まれているようだと気がつき始めた。
 三男は、ルサリィを追い回しているうちに、ようやく一般客がほとんど店からいなくなっているのに気がついた。慌てて銃を構え直す。ルサリィを捕まえるのが無理だと判断した彼は、獲物はいないかとあたりを見回す。長男と次男のそばにいる客は、豊聡が射線に割り込んでいて狙えない。苦肉の策で、裏口の扉から逃げて行く一般客に銃を向けた。
 しかし、そこでタイミングよく防犯用の裏口のシャッターが閉じた。無論、警備室の言峰がボタンを操作したのである。狙いは逸れて、銃弾は壁にめり込んだ。
「ちくしょう! どうなってやがる! なにもかもうまくいかねえじゃないか!」
 入れ替わるように店に入りこんできた來燈澄のグレートボウが三男の腕にダメージを与えた。
「ぐ、痛え……」
 そして、そこに現れたのは警備員の格好をした無音だ。無音は、一般客が逃げ終わったのを見計らって英雄と共鳴する。無音は、三男の後ろに回り込むと、おもむろに天井を蹴った。三男は音につられて上を向いた。
 ふっと見えた人影は、次の瞬間、――どこにもいない。
「ぐう」
 無音が放ったのはジェミニストライクによる囮である。動揺していた三男が、攻撃をかわしきれるはずもない。無音は、シルフィードの峰で的確に武器の持ち手を殴りつけた。衝撃に耐えきれず、男は武器を取り落とす。無音は、銃を素早く遠くへ蹴り飛ばす。
「ち、畜生……」
 三男は、苦し紛れに無音を突き飛ばす。無音はとっさに、霊力で出来た針を走らせる。三男の動きが、目に見えて鈍る。來燈澄に掴みかかろうと突進したが、その攻撃もまた、空を切る。こちらも――分身だ。もんどりうって倒れた男を來燈澄は素早く抑え込む。三男に、もはや抵抗する術は残されていなかった。

「ぐぬう……」
 二人の大男は、いよいよ不利を悟って退路を探りはじめた。裏口へと足を運ぼうと動いた長男の近くに、どこからともなくダガーが飛んでくる。言峰の投げたテルプシコアだ。リンクした言峰の姿は、赤い目と銀の髪――キュベレーの姿になっていた。
 長男は唇を噛んだ。言峰は、わざと攻撃を外したように思える。リンカーたちの手の中で、弄ばれている感覚が頭に血を登らせる。
 正面から逃れようとすれば、そこには、唐沢が油断なく武器を構えている。表通りに逃げるのも、不可能と諦めるほかない。前衛を抜けようにも、豊聡のガードは驚くほど堅い。そして、それを縫うように桂木が猛攻を挟んでくる。
「おらぁ、あんじょうせえや!」
 鋭く振るわれる桂木の鎌は、明らかな殺意を孕んでいた。
「畜生、出られねえ、か……なら覚悟を決めるまでだ! 暴れてやらあ!」
 次男は、長男に向かってドーピングを仕掛ける。続けざまに、長男がひときわ強く拳をふるった。前衛をなぎ倒す捨て身の攻撃だ。
 前衛が、一瞬崩れた。
(限界になったら、助けにきてくれる)
 鳥井はそう信じていた。カウンターのそばで、鳥居は、服に仕込んだ幻想蝶を探る。見計らったように、店に駆け込んでくる英雄の姿がある。それを見て、虎噛はどう動くべきか決めたようだ。攻撃対象を次男へと移す。
「そっちは任せたよん♪ 俺ちゃんはこっち行くぜー! 白虎ちゃん、華麗に決めるぜー?」
「華麗……お前には一番似合わない言葉だな……」
「白虎ちゃん冷たくない?」
 共鳴した能力者の攻撃は、重い。
「アマノ! あいつ撃つよ!!」
 虎噛の攻撃と同時に、天野が放つ銀の魔弾が、次々と次男に襲い掛かる。支援と回復の弾幕に、一瞬の隙が出来た。次男は、隙を見て治癒の光線を自身や長男に飛ばすのだが、どんどん追いつかなくなっていく。
 佐々木がすかさず長男に縫止を放つ。動きが明らかに鈍った。
 畳みかけるなら、今だ。
「コウ! 共鳴を!!」
 鳥居は英雄とリンクすると、すかさず姿勢を転じて攻勢に出る。
(……一番近い私が、一番デカイ奴を抑える!)
 長男は、店員を警戒していなかった。注意する余裕もなかった、と言うべきかもしれない。遠慮のない一撃。至近距離からの射撃が、確実に巨漢を撃ち抜く。長男は反撃に拳をふるうが、決定的な一撃とはならなかった。
(銀の魔弾で足を撃ち抜く! 続けて目玉を抉り出す!)
 幾筋もの銀の弾丸が、男の顔面に命中する。
(拙い英語でごめんなさいね、はっきり言ってあげる――!)
 そこにいるのは、もはや、強盗に怯える店員などではない。鳥居は笑った。
「You scum sucker! Take this!!」

 桂木の攻撃は、戦意を失った次男を追いつめていた。
「ひいい、ひい、ひい――ひい、こ、殺さないでくれ! 悪かった! 殺さないでくれ!」
 次男はじりじりと後ずさる。
「た、頼む、あやまる、あや、謝るから……もう、見ての通り、俺は、俺は……動けない。罪も償う、だ、だから」
 桂木の攻撃が、逃げようとした次男の足を切り裂く。辺りに鮮血が飛び散った。腱を切り裂いたのだろう。もはや、次男は立ち上がれそうにない。殺しはしないかと心配する能力者に、桂木は口を開いた。
「こいつら犯罪者やん、愚神と変わらん。殺さんだけでも有り難いやろ。ついでや、腕もいっとこか。これで、ホンマに言葉通りに手も足も出ないなぁ…HAHAHA」
 次男は、正直、見くびっていた部分がある。自分は人間であり、愚神とは違う。逮捕されるべき存在だ。頭のどこかで、殺されないと思っていた。本気だ。この男は本気なのだ。――目が笑ってないのが、涙でぼやけた視界でもわかる。
 鎌が振り上げられると――次男は、そのまま泡を吹いて気絶した。そのとき、辛くも、長男が倒れ、作戦が終了したことが告げられた。桂木は舌打ちすると、名残惜しそうに鎌をふるった。敵を見失った桂木の鎌は、ほんの僅か、ヴィランの首をかすめた。

●そして、平和は取り戻された
 誘導員の指示で、停められていた車が一台一台どかされていく。一時は騒然としていた商店街は、多少戦いの爪痕を残してはいるものの、すっかり平和を取り戻しつつあった。
 捕縛されたヴィラン達が、次々と護送されていく。もっとも、気絶した次男に関しては、運ばれていくと表現するのが適切だろう。
 唐沢の治癒の光が、戦いで傷ついた能力者たちを癒す。幸い、能力者たちの中で、重傷を負ったものは誰もいない。
 がらんどうになった宝石店で、言峰は艶やかな笑みを浮かべながら、ゆっくりと投げたダガーを回収していた。三人組は、ただの一人も逃げられはしなかった。
 現場を見守るプリセンサーの相馬の肩を、虎噛がぽんと叩いた。
「相馬ちゃん知ってる? 予測って起きなかった=外れなんじゃなくて、起きなかったって事は未然に防いだって事なんだぜ~」
「虎噛さん……」
「予測が外れたって嘆くんじゃなくて予測のお陰で未然に防げたって胸張ればいいんだぜ!」
「なんだ、偶には良い事を言うでは無いか」
 虎噛の言葉を、白虎丸が引き受ける。
「相馬殿。予測とは難しいものでござる。当たらなかったからと言ってそれが必ずしも外れた訳では無いでござるよ。ご自身の力にもっと自信を持たれるといいでござる」
 相馬はまたたきをした後、うつむいて肩を震わせ出した。
「……うう……皆さん無事で……ごうどうもぢゃんとだいほできで……一般の方も、死ななくて僕……ぼく……、よ、よかっだあ……」
「白虎ちゃん、偶にはって酷くね?」

「さてと。お仕事終了っと」
 緋褪は満足そうに任務の成果を見届けると、無音に誘いをかけた。
「どうよ彩羽、せっかくラスベガスまで来たんだ、カジノ行かないか?」
「お、カジノかいいねぇ。行こういこう」
 無音もそれに同調する。
「行くのはいいけど負けて帰ってきたら尻尾枕ねー」
「莎草も遊びにいくー」
 そう言う來燈澄に、すかさず夜帳が名乗りを上げた。
「お子様はカジノに行くのはダメだからお留守番な。真赭ちゃん、莎草のこと頼むわ」
 來燈澄もそれを引き受けて、頷く。
「莎草ちゃんはうちと一緒に、ホテルのプールで遊びながらお留守番してようか」
「しょうがないからプールで待っててあげるの」
 來燈澄と一緒、というところが気に入ったらしい。夜帳はそれで頷いた。

 任務を終えた天野は、既に近くのバーに入ってビールを注文していた。
「次はブッカーズだね!」
「死ぬから止めてね」
 度数の高い酒に手を出そうとしたのを、すかさずリュドミラが止める。彼女も相当、酒には詳しい。
 任務とはいえ、せっかくやってきたアメリカである。改めてゆっくりとショッピングするもの、遊びに行くもの、あるいは帰るもの。能力者のその後の行動はさまざまだ。
 起こるはずの悲劇を食い止めた能力者たち。今日のラスベガスの平和は、彼らが獲得したものと言っても差し支えないだろう。能力者たちの夜は、これから更けていく――。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • CEテレビジョン出演者
    鳥居 翼aa0186
  • エージェント
    佐々木 文香aa0694
  • エージェント
    天野 雅洋aa1519

重体一覧

参加者

  • エージェント
    豊聡 美海aa0037
    人間|17才|女性|防御
  • エージェント
    クエス=メリエスaa0037hero001
    英雄|12才|男性|ブレ
  • ただのデブとちゃうんやで
    桂木 隼人aa0120
    人間|30才|男性|攻撃
  • エージェント
    有栖川 有栖aa0120hero001
    英雄|16才|女性|ブレ
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • ゆるキャラ白虎ちゃん
    白虎丸aa0123hero001
    英雄|45才|男性|バト
  • CEテレビジョン出演者
    鳥居 翼aa0186
    人間|19才|女性|攻撃
  • エージェント
    コウaa0186hero001
    英雄|16才|男性|ソフィ
  • エージェント
    無音 彩羽aa0468
    機械|23才|男性|回避
  • エージェント
    夜帳 莎草aa0468hero001
    英雄|10才|女性|シャド
  • エージェント
    言峰 estrelaaa0526
    人間|14才|女性|回避
  • 契約者
    キュベレーaa0526hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • もふもふの求道者
    來燈澄 真赭aa0646
    人間|16才|女性|攻撃
  • 罪深きモフモフ
    緋褪aa0646hero001
    英雄|24才|男性|シャド
  • エージェント
    佐々木 文香aa0694
    人間|16才|女性|回避
  • エージェント
    ルサリィaa0694hero001
    英雄|9才|女性|シャド
  • Twinkle-twinkle-littlegear
    唐沢 九繰aa1379
    機械|18才|女性|生命
  • かにコレクター
    エミナ・トライアルフォーaa1379hero001
    英雄|14才|女性|バト
  • エージェント
    天野 雅洋aa1519
    機械|29才|男性|攻撃
  • エージェント
    リュドミラ ロレンツィーニaa1519hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
前に戻る
ページトップへ戻る