本部

T00の世界征服大作戦ッ!

アトリエL

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 4~15人
英雄
7人 / 0~15人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/10/11 00:52

掲示板

オープニング

 彼はそこに立っていた。そこがどこかもわからずに。
「……この世界は……一体……」
 彼の名は不明。わからない……彼自身も覚えていないのだ。
「……私は……俺は……我は……」
 考えれば考えるほどわからない。自分が一体なんだったのか。自分が一体なんなのか。そもそも自分とは何か。
 何一つわからない中でひたすらに手繰る細い記憶の糸。
「……我が野望……」
 思い出した。たった一つだけ。それは……。
「我が世界を征服するのだッ!!」
 無駄に壮大であった。

「きゃんきゃんきゃんきゃんきゃん!」
 犬が吠えていた。
 犬種はチワワ。
 サイズはミニマム。
 大きな広場の真ん中で小さい身体で懸命に何かを主張している。
(……何故だ。何故誰も我が前に平伏さないのだッ!)
 その身体に宿った力がどんなに凄かろうと、身体がチワワでは仕方がない。
 時折通り過ぎる大型犬に心は負けなくとも身体は怯む。それほどまでにチワワである。
 むやみやたらに喧嘩を売ってくるような狼藉者は簡単に捻じ伏せられる。多分きっと今の彼にとっては朝飯前だ。
 そのままでは消えてしまうと感覚で感じた恐怖を前に、咄嗟に選んだ身体は道端で死に瀕していた小さなチワワ。
 その身体を得て、安定した活動が可能なまでに復活した。そこまでは良かった。
「きゃんきゃんきゃんきゃんきゃん!!!」
 だが、これでは部下を作ることもできない。そう悲観し始めて心が折れようとしていたとき……。
 周辺にはこの辺りを縄張りにしている沢山の野良犬が集まり始めた。

「えーっと、犬の喧嘩を止めてください」
 HOPEからの依頼はそんなものだった。
「いや、私もリンカーである皆さんに普通の犬の喧嘩を止めろなんて言えませんよ」
 そんなセリフと共に映された映像には小さなわんこの姿。犬種はチワワである。
「えーっと、こちらT00と仮登録された犬のリンカー? っぽい存在です」
 Tは犬種のチワワから取ったらしい。00は01とつけるには前例がないと言う意味で試しにつけたコードなのだろう。
「報告があった最初は従魔かと思ってたんですが、喧嘩して服従させた相手の犬を従えているその知性から判断すると従魔よりも愚神に近いのではないか、と言う話です」
 因みに最初の苦情は警察に届いた『チワワがうるさく吠えている』だったらしい。現場に駆けつけた警官が追い払おうとしたところ、物理攻撃が通じず手におえなかったのでHOPEに連絡が着て……駆けつけたときには周りに無数の野良犬を従えていたらしい。
「そして、地元の野良犬連合が二分され、現在一般人が怖くて立ち寄れない規模の犬の喧嘩がいつ始まってもおかしくない状態みたいなんですよ」
 ただの犬の喧嘩であればそれこそ人海戦術で何とかなる。しかし、愚神……或いは従魔だったとしてもそれが混ざっている時点で一般人では対処のしようのない案件に早変わりだ。
「えー、問題のT00ですが、チワワであることは間違いありません。しかし、群れの中にはチワワが他にも多数存在しており……ぶっちゃけ、どれがT00なのかわかりません」
 ちなみにT00はチワワと読む。聞いている方はまったくわからないが、幸いなことに字幕が流れているので問題はない。後で連絡を取るときに必ず困ると思うが。
「チワワは愛玩犬に分類され、非常に弱いのでリンカーかどうかを殴って確かめると行った手段は危険です。野良犬でもいじめると団体がうるさくて……」
 色々事務仕事にも苦労があるらしい。
「一先ず犬の喧嘩を止めてから、野良犬達の対処。こちらが本部からの命令となっています。T00については詳細がわからず前例がないことから可能な限りのデータ採取以上は本部からは命令が来ていませんからお好きにどうぞ」
 命令がないと動かないのはどこの組織も一緒らしい。

解説

 愚神……なのかなあ、これ……。
 とりあえず身体はわんこ。心は世界征服を成し遂げたかもしれない覇王です。
 まあ、やっていることは犬の喧嘩なので止めることくらいは簡単でしょう。
 ただし、喧嘩を止めても野良犬が消えるわけではありません。
 また野良とはいえ犬を殺処分するなどの行為はHOPEの評判が悪くなる可能性が高いため、避けてください。
 ちなみに野良とはいえ、この辺りは住宅街が近く、捨てられた血統書付きの犬が大半です。それなりに手入れしてあげれば皆見違えるほど可愛くなるでしょう。
 愚神である場合、どのような凶悪な力を宿しているのか判りません。人通りの多い住宅街で愚神が大暴れするよりはデータを集め、後のために情報収集するほうが懸命です。
 なお、普通に戦おうとする場合はT00のおめめうるうる攻撃に気をつけてください。何となく罪悪感が生まれるだけの攻撃ですが、超強力です。

リプレイ

●わんことリンカー
「犬だね」
「犬だな」
 イリス・レイバルド(aa0124)の呟きにアイリス(aa0124hero001)の呟きが重なる。
 リンカー達の前にいるのは無数のわんこ。ぱたぱたと無邪気に揺れる尻尾の動きは同種の犬から見ても魅惑的らしく、互いにその動きを追いかけては遊んでいた。
 愛くるしい動きから察するに元は飼い犬だったのだろう。だが、今のその身体は煤けていた。だが、如何にも野良犬といった風体なのが痛々しく思えるほどに、その内から湧き出るオーラは飼い犬のものと変わらない純真無垢で無邪気なものだった。
「えー、超ヤッベマジ可愛すぎてヤバいってー!」
 ふわもふな生物前にカレン(aa0680)はテンションを抑えきれるわけもなく、無数のわんこ達の群れに飛び込んでいく。
「これはもうモフるしかないっしょー!」
 言うが早いか、行うが早いか……カレンはさっそくもふもふもふもふもふふふふ……。だが、手触りは思ったほどよくはない。もふもふなわんこはきちんと手入れをされていればこそのもふもふなのだ。
「てっきり猫だとばかり思っていたが犬でもあったんだな~~」
 天原 一真(aa0188)はいつの間にかわんこ達の中で遊んでいるミアキス エヴォルツィオン(aa0188hero001)の様子を眺めながらそう呟く。
 現状は犬達は集まっているだけで喧嘩をする様子はない。
「いいね~そそるね~~たまらないね~~~」
 ミアキスが混ざったところで、なんだか変態が混ざってるようにも見えるが、きっと気のせいだ。
 その近くではキリッとした顔で尻尾をぱたつかせる英雄の姿。
「ふむ、あんま無茶すんなよ?」
「ん!」
 麻生 遊夜(aa0452)に頭をポムられ、その英雄……ユフォアリーヤ(aa0452hero001) は尻尾を更にぱたつかせながら頷くと、一目散に駆け出した。狙うは強敵。愛玩犬達に喧嘩を仕掛けそうなワーキングドッグの群れ。
「やれやれ、躾次第と言うが……無責任な奴もいたもんだ」
「ぐるるる」
 遊夜が呟く目の前で、ユフォアリーヤは全力で威圧する。その身に宿したライヴスが膨れ上がるような感覚を果してただの犬が感じ取れたのだろうか。
「がう♪」
 感じ取れたらしい。思いっきり服従の姿勢をとる大型犬の姿は飼っていないと滅多に見られない。
「がう♪」
 そのままの勢いでユフォアリーヤは全力でタックルする。
「はいはい、偉い偉い」
 遊夜はそれを受け止めつつ、御褒美を与える。犬に与えるものと同じような気がするが、英雄本人が気にしていないのだからきっと問題はない。
「全てが終わってから、もふっても良いからの」
「まずは、T00がどういった敵なのか知らないと……被害が出るのは絶対に嫌なんです」
 酉島 野乃(aa1163hero001)の言葉に三ッ也 槻右(aa1163)はもふろうとわきわきさせていた手を止め、真剣な顔で告げる。
「きゃんきゃんきゃん!!」
 その知るための方法がもふるなわけだが……チワワの群れ……T00達はその微妙な手の動きを恐れて吠えていた。
「T00がリンカーだとしたら、英雄はさぞや不安であろうな」
 野乃は自分の身に置き換えて、そう呟く。
 英雄が自らと意思疎通が出来ない相手と誓約出来るとは考えにくいし、前例もない。しかし、想像することはできる。少なくとも自分が同じ状況にあれば不安を感じるに違いない。
「まずはケイカイさせてあげないように、姿勢を低くして近づかなきゃねー」
 匍匐前進の構えをとり、カレンはじりじりとわんこ達に近付いていく。それを見ていた野乃が不安を無駄に増したりしていたが、それはそれ。
「きゃんきゃんきゃんきゃんきゃんきゃん!」
 とりあえず無駄に吠えられた。なんか怖かったのだろう。
「犬が好きなものってなんだろー。んー、ホネ?」
 それを見て、カレンは作戦変更。物で釣ろうと考え……。
「まーよく分からないケド分からなかったら近くのペットショップの店員さんとかに聞こーっと!」
 そんな賢くない賢い考えでカレンはこの近くのペットショップを探しに向かうのだった。

●怒りの矛先
「あー、うん。気持ちは良くわかるんだけど、その感情を発生原因に発散すると追う側から追われる側に回ることになるから抑えて」
「情報収集も必要だと思うが……」
「気が落ち着いたら行って良し。それまでは犬の相手」
 來燈澄 真赭(aa0646)は緋褪(aa0646hero001)の尻尾が逆立っているのを見て、釘を刺す。彼等がこのような状況になったのは誰かが捨てたからに他ならない。感情の制御が出来ていない状態で情報収集に行かせれば、そのまま元飼い主に危害を加えかねないと言う判断はおそらく間違っていない。
 しかし、それはおそらくわんこ達にとっても不幸が増えるだけの結果に繋がる。
 一時的とはいえ家族。捨てられたとはいえ、家族だったのだ。それを失わせる、悲しませるようなことをするのは誰のためにもならない。そう自身に言い聞かせ、理性で怒りを押し込めた。

●豆柴への情熱
「働きたくないでござる」
 鈴原 絵音(aa0874)はそう断言する。それほどまでに働くことに対して無気力だ。全身全霊を傾けてでも働きたくはない。
「豆柴、豆柴タンはドコー?」
 しかし、豆柴が関われば話は別だ。信長(aa0874hero001)はなにやら準備があるとかで探すのを手伝ってはくれない。しかし、豆柴の目撃情報があった以上、必ずここに豆柴はいるに違いない。
「豆柴タンきゃわ~きゃわわ~きゃわわわわ~」
 豆柴を発見。拉致。首輪の有無の確認。なし!
 そして、絵音は豆柴を保護すると言う重要任務を帯びて帰還した。

●ぴー……しばらくおまちください
「観客がいない? 全然構わないね。俺がこの身を使って表現するのは、ただ美を表現したい、その純粋な欲求を満たすためなのさ」
 そんなどこぞのアーティストが語りそうなことを信長は堂々と口にしていた。観客以前に能力者においていかれてる気もするが、それも些細な問題だ。少なくとも彼にとっては。
「この生肉ドレス、素敵じゃない?」
 それは(公序良俗に反するため自主規制)であり、端的に言うなら肉のドレス。まあ、生肉を巻きつけただけなんですが。
 そんなものを野良化して餓えている状態の犬が見つけたらどうするのでしょうか?
「アッー!」
「……ん、美味しい」
 こうなります。犬の感想の代弁が聞こえたような気もしますが、きっと気のせいです。踊りながら噛まれ、それを助けようと犬が嫌う水を浴びせられ、恍惚とした表情でダブルバイセップスなどを決めている様は(検閲削除)であった。

●警察への聞き込み
「公務中お忙しいところすみません。T00の個体を特定する特徴についてお聞きしたいのですが」
 槻右は最初の発見者とされる警官に連絡を取り付け、そう質問した。
「いえ、本官は犬の見分け方とかさっぱりであります!」
 まずは空振り。T00の外見的特長が判れば、それと一致するチワワだけでも選抜できると思ったが、無駄足だったようだ。
「何か能力を使った兆候はありましたか?」
「いえ、本官が異常を感じたのは乗っていた自転車がT00にぶつかったことだけであります」
 急に吠え掛かってきたT00に驚いて自転車から転倒。それにぶつかっても傷一つなく、むしろ自転車の方が壊れたからT00が従魔やそれに類する存在だと決め付けたらしい。これではデマに踊らされただけのような気もする。
「では最後に……周囲で体調不良や急激な衰弱を起こした人や動物は居ますか?」
「少し前に愛犬家が行方不明になったこととその周辺で体調不良を訴える人が多かったとは聞いているであります」
 それは確かにライヴスの異常が原因かもしれない。症状だけを聞けば愚神や従魔が関与しているのは間違いないだろう。愛犬家とチワワに何らかの関与があるのかはわからない。だが、T00の周辺でそれが現在起きている様子はない点が不可解だった。
「すまぬ、奥方。それがし教えてほしいことがあるのだ」
 その頃、野乃は近所のおばちゃん連中に混じって、情報収集をしていた。
 得られた情報は同じ。近所での体調不良がしばらく続いていたということと、最近はそれがないということ。T00の出現が最近のことであるのだから、この情報は明らかにおかしい。
 唯一つだけはっきりしているのは……何らかの形で愚神や従魔が関わっていることだけは間違いないということだった。

●ペットショップの異変?
「こちわー、何かいいのありませんかー」
 開口一番でそう聞かれたらペットショップの店員はどう反応すべきでしょうか?
「あ、はい、そちらにワゴンセール中のグッズが色々ありますよ」
 とりあえず、金になるかどうかわからないし、ペットを買いに来たわけでもなさそうなのでこの対応で間違いはないのだろう。実際、そこには骨っぽい形の牛革やらミルクを固めた骨っぽい棒やらが大幅値引きで売られていた。犬用玩具などの多種多様なグッズもそこにはある。
「はぁ~、これだけあると迷っちゃうね」
 アレでもない、これでもないと、カレンは迷いながらそれらを片っ端からかごに放り込む。
「最近、この近くの愛犬家の人が行方不明になったらしくて商品が余ってるんですよ」
 よほど暇なのか店員は聞いてもいないことを語りだしていた。
「ほら、なんか気分悪くて倒れる人も増えてるみたいだし、その影響か野良犬も増えちゃって、犬のイメージが悪くなってるのかなあ……」
 愚痴になっていることからすると、売り上げの方も相当落ち込んでいるのだろう。まあ、カレンには関係ないが。
「あ、それ全部引き取ってくれるなら安くまけておきますよ」
 買い手がいない在庫を処分したいと言う店員と迷ってどれにするか選びきれないカレンの双方にとって都合のいい取引がそこにはあった。

●住人達への不信
「T00の事を置いておいても駄目だろうこのエリアの住民……」
 橘 雪之丞(aa0809)はわんこ達の数を前に、頭を抱える。
 犬の行動範囲はそれほど広くはない。元々縄張り意識の強い動物であり、自分の縄張りを大きく外れて行動したりはしない。
「つまりここいらで捨て犬が多いって事は、近所が許しているんだよ。きちんと一件が片付いたら意識改革のしなきゃ、元の木阿弥だよ」
 雪之丞は意識改革に必要なことを思案する。
 必要なのは犬が可愛いと言うことを知ることだ。つまり、ケアが重要。
 雪之丞はそう判断すると片っ端からわんこを捕まえ、片っ端からシャンプーし始める。
「こう見えてもかわいい物は大好きだから、ちゃんと可愛くなってもらわないと。犬だからって喧々諤々するのは良くないよ」
 餅 望月(aa0843)もそう断言するとわんこ達のケアを手伝い始めた。真赭もホースとブラシを手にそれを手伝う。
 用意するのはふんわり柔らかタオル。吸水性抜群でごわごわしないので犬があんまり嫌がらないものを用意してある。乾かす際のドライヤーはあまり近づけず、ブラシでわんこの気持ちよいツボを刺激しつつ逆らう意思を剥奪。耳の後ろや胸といった部分は乾きにくいこともあり、揉み上げながらワシャワシャ。隙を突いて逃げようとするその眼前にお手製フードで退路を断ち切り止めを刺す。
「く、悔しいけどお宝は、あんたのもんだ」
 そう言いながら雪之丞は首輪をわんこ達にプレゼント。負けを認めた風にも見えるが、そもそもこれはどのような基準の勝負なのだろうか。それは多分誰にもわからない。

●歓楽わんこ部隊
「ほれほれ、ここが気持ちええのか~っ♪」
「ほれほれ、こっちこいこっちこい」
 カレンは遊夜と共に早速買い込んできた玩具その他もろもろでわんこ達の懐柔を開始する。
「はぁ~、ネコも可愛いけどアタシはどっちかっていうと犬派なんだよね~」
 そう言いながら右へ左へと振っているのは猫じゃらし。何気に犬も遊ぶらしい。
「グシンつっても犬なんだから、こっちが愛情いっぱい接してあげればきっと悪い子なんかじゃないと思うな!」
 愚神が犬の一種であるかのような気楽さでカレンはわんこ達と遊び続ける。
「えっと、順番に来てくれないと困るなあ」
 困った顔でそう言う望月の前にはわんこの群れ。匂いのするタイプのドッグフードでやたら美味しそうな代物を手にこれで釣れる子を順番に餌付けして大人しくなってもらうつもりだったのだが……一時的とはいえ野良化していたわんこ達にはそれはむしろ興奮剤に似た作用を引き起こしていた。
「餌付けするからには触らせてもらわないと、もふもふが恋しい季節よね」
 もふりながら餌付けする望月だが、次から次へと殺到するわんこの群れに覆われて、なんだか奇妙な毛玉の化け物っぽくなっている。
「……ん、貴方達はこの子たちを守りなさい」
 そんな毛玉達に指示を出しているのは新たな勢力のボスと化したユフォアリーヤ。
「……こっち? ……ん、じゃあ行こう」
 犬の言葉がわかるのか、それともニュアンスで理解しているのか。
 ともかく、すでにわんこ達が喧嘩を始める気配はなくなっていた。

●アイリスVS闘犬
「今のうちに躾というのに挑戦してみるか」
 大分リンカー達にわんこ達が慣れてくれたところで、アイリスの心にむくむくとペットと戯れたいと言う避け様のない欲求が膨らんだらしい。
「やり方わかるの?」
「うん、本能に訴えかける。ふせ」
 訝しげな視線を向けるイリスに対し、アイリスは自信満々といった様子で……殺気を放った。
 わんこは服従した。
「ふせっていうか、それ恭順のポーズ」
 イリスは半分呆れながらもわんこのお腹をなでなで。ぷにぷになお肉のつき具合からして、野良になってそれほど時間は立っていないのだろう。次々とアイリスに服従していくわんこ達を片っ端からイリスはなで回した。
「おや、根性のあるやつもいるね」
 殺気に対して服従以外の姿勢をとる根性のあるわんこもいるもの。その名は土佐犬……またの名を闘犬という。
「そうとう興奮してるんだね……ふせ」
 アイリスは頭を押さえつけ、そのまま圧倒的な殺気をぶつけた。
 ぶつかり合うのは意志と意志。リンカーの圧倒的な力を前にしても崩れ落ちないのは流石闘犬といったところか。沈黙と沈黙がぶつかり合い、視線と視線がぶつかり合う。
 犬同士の喧嘩では先に視線をそらしたほうが負け……それが自然界の摂理。互いに一歩も譲る気のない視線のぶつかり合いは見守る者達に火花の幻すら見せていた。
「もう、その路線でいいよ……」
 いつ果てるともない戦いを見守るのに飽きたイリスは余波で服従の姿勢を取るわんこ達と戯れながら、戦いの後で懐いてくれることを願うのであった。

●T00を探せ?
「どうしよっか?」
「数が多い上に迂闊に傷つけても駄目。これは参ったね」
 イリスの問いかけにアイリスはお手上げといった様子で両手を上に向ける。それと同時に何匹かの犬達が釣られて立ち上がって芸をしていた。
「ならば体当たりで愛情を伝えてみる事にしよう」
「どうするの?」
 自信満々のアイリスにイリスは小首を傾げて問いかける。
「真正面から抱きしめるのさ」
 それに答えたアイリスは言うが早いか、目の前のわんこを抱きしめようとするが……わんこは抱きしめられるよりも前に自らお腹を出して寝そべった。服従のポーズである。
「チワワって好きじゃないよ。間違って踏んだら骨折しそうだし。おっきいと多少踏んでも大丈夫だし。けろり~ん」
 雪之丞は足元を駆け回るチワワーずを前に、一歩も動けずにいた。動かずにもふってるけど。
「まあ、この辺りにはT00はいないね」
「分かるの?」
 そう断言するアイリスにイリスはほんの少し、尊敬の篭った眼差しを向ける。
「殺気を撒いた時に反応を見た、このあたりの犬は極々普通に怯えてくれたよ」
「お姉ちゃん……」
 だが、それも一瞬のこと。返ってきた答えを聞いて、むしろその視線には呆れの色が混じっていた。
「お姉ちゃん、微笑みながら殺気こめて睨むなんて器用な真似しないで、その子怯えてるから」
「コレでも遠慮してるのだがね。やはり英雄とは異邦人か」
「いや、英雄とかは関係ないと思うよ?」
 イリスは何か勘違いしたままのアイリスの反応に人知れず溜息を溢す。
「T00? なんか既に懐柔されてるっぽいチワワのなかにいるかな?」
 望月が指差した方向にはチワワの一団。そのほぼ全てがすでに懐柔されているようにしか見えないが、T00がチワワであるのなら、その中にいるのは間違いない。と言うか、いてくれないとHOPEから派遣された身としては困る。
「どれが一番喜ぶかいろいろあげてみようよ。チョコレートとか食べるんじゃないかな。暴れてたら取り押さえるし」
 ただの犬にはチョコは危険なのでやめてあげてね。
「T00はどうするつもりだ?」
「T00を探す目星はついてるからみんなと相談かな」
 緋褪の問いに真赭はそう答える。
「これだけいて良くわかるな」
「結構簡単だよ?まず、今まで従ってた配下が人間に懐柔されていうことを聞かなくなったら?」
「自分に従うように……あぁ。吠えるのか」
「正解。さらにチワワは吠え癖ある子もいるんだけど、これは怯えて吠えるのが理由ね」
「つまり、怯えずに元気に吠えてるチワワがT00の可能性があると」
「そういうこと、こっちは引き続き懐柔しつつT00を探してるから情報収集の手伝いお願いね」
 そう、真赭は思いもしていなかった。T00が心は負けずとも身体は怯んでしまうほどにチワワに染まっているなんて。
「どちらかというと猫派なボクだけっどー犬も間違いなく好きなんだよ?」
「つまり?」
「犬とは戦いたくないなー」
「安心しろ、大半は普通の犬だから暴力を振るう事はないさ」
 イリスにアイリスはそう答えると、不敵に笑う。そして、T00~ずとの戦いが幕を開けた。

●T00~ずVSリンカー
 T00~ずのおめめうるうる攻撃!
 くりんとしたおっきなおめめがイリスのハートに突き刺さる!
 イリスは腰砕け状態になり立っていられない。
 T00~ずのおめめうるうる攻撃!
 アイリスは微笑んだ。そして、躊躇なく叩き潰した。
「きゃんきゃんきゃん!」
 T00~ずは逃げ出した。
「色々と判断に困る相手だが、実害が深刻化したら問題だからな」
 一真は回り込んだ。T00~ずは逃げられない。
 T00~ずのおめめうるうる攻撃!
 一真は水鉄砲を放った。
 T00~ずは濡れた。
 身体が濡れたT00~ずは寒さでふるえはじめた。
 T00~ずは動けない。
「……」
 一真はT00~ずをケージに捕らえた。
 こうして戦いは終わった。
 結局どれがT00なのかは判別しようが無かったが。

●別れは始まり
「みんなとも相談してHOPEで引き取れるか検討しようか」
 T00~ずの捕獲後、望月の提案に全員で会議が始まった。
「うちには養う余裕はないぞ」
 一真の一言にミアキスは尻尾を落としてうな垂れる。
「私は守護者であって救い手ではない」
 そう断言するアイリスの隣には土佐犬の姿があった。どうやらライバルとして認められたらしい。
 その土佐犬の引き取り手も見つかっており、別れは決まっていたが、この別れが今生の別れではないことを双方が理解していた。視線を交し合えば理解できる。それほどまでに二人はライバルであった。
「メリーとクリューがいるから無理かな。命を中途半端な気持ちで預かるのは無責任だから」
 もふもふぷにぷにを堪能したイリスもわんこ達との別れを受け入れている。
 ここで引き取ると言ってもお互いに幸せになれるとは限らない。別れを受け入れることが相手のためになることもあるのだ。
「無理なものは無理としても、できるだけ飼い主の元へ戻ってもらいたいよ」
 望月は元々首輪がついていた子達を元の飼い主の元へと連れて行った。
「こっそり本当は戻ってきてもらいたいと思ってるか心を読んでよ」
「無理だよ」
「やっぱだめか」
 望月の頼みごとを百薬(aa0843hero001) は正直に断る。
 結果はそれなりといったところか。迷子になっていただけの子もいれば、親に反対されてといったケースもある。家族の誰かが飼う意思がある子に関しては可能な限りの説得を行い、了承を取り付ける。また捨てられる可能性がないわけでもないが、リンカー達の行動はテレビ局で放送もされているメジャーなものだ。自分達のことが放送されている可能性がある状態で下手なことをする人はそうはいないだろう。つまり、この子達は強力なバックアップを得た上で自分の家に帰れるのだ。
「あたしはやっぱり責任取れないしね。時々様子見に来させてね」
 望月の申し出に頷いた家族達の反応を見る限りは、もう不幸な目にはあわないだろうと思えた。

●残った犬達の処遇
 残された犬を保護するためのケージや柵、搬送用の車の手配は五郎(aa1040)が行っていた。
 T00との戦闘中に迅速に保護された犬達の総数は数十匹。それがチワワの群れと十数匹まで数を減していたのはリンカー達の努力の賜物だろう。しかし、数が多すぎればそれを引き取る人の方が足りなくなってくる。
 ワーキングドッグに分類される犬種とトイに分類される愛玩犬を選り分け、喧嘩をしないように出来る限り近しい犬種や中のよさそうな犬達を纏めて保護してある。
 すでに犬種の分類と確認は終わっていた。それぞれに最適と思われる団体への連絡もついており、順次迎えが来るはずだ。
「ああ、こちらですね。チワワがたくさんいると言うのは……」
 そう言いながら現れたのはチワワのキグルミを着た怪しい人物。その格好の訳を聞けば、チワワをモデルにしたCM撮影をするということをわかりやすくアピールするためらしい。
 チワワの引き取りをするのも同様の理由だった。
 こうして、T00は引き取られて行った。どれがT00がわからないけど。
 その後も次々と業者が来ては身元がわからない、飼い主が見つからない犬達を引き取っていく。
 そして残されたわんこ達の何匹かはリンカー達を新しい主人に選んでいた。

●T00
「きゃんきゃん」
 T00はとりあえず吠えていた。何故か後から来たリンカーとか言う彼等は自分と似たようなオーラを発しており、折角配下にした犬達が自由気ままに活動し始めたのでそれを再び従わせようと思っての行動である。
 しかし、結果は全くの無意味。辛うじて自分の回りに同種と思われる仲間は残っていたが、身体の大きな連中は相変わらず言うことを聞く気配すらない。リンカーとか言う存在を自分達の群れのリーダーとして認めてしまったからだ。
 幾ら威圧感を放ち、力を鼓舞しようとも生命体と言うものは別の群れの命令を聞くようには出来ていない。そんなことは以前から知っていたはずなのに、心が打ちひしがれる気持ちで一杯だった。
「くぅ~ん……」
 心の涙が身体まで濡らしたのか、いつ濡れたのかも忘れたが、とりあえず悲しい気持ちはその身体が良く表していた。元よりこの世界に来た際に失った力が大きすぎたこともあるが、それ以上に失ったものは多い。それを思い出すと悲しくなってくる。
「あぉ~ん」
 非力なれど、力を籠めて呼ぶ。嘗ての仲間を。嘗ての部下を。嘗ての親友を。
 捕らわれた牢獄の中で、小さな身体で出来る限りの抵抗を。
 この小さな身体で世界を手に入れようという誓いを籠めて。

●?????
「……チワワ様。お目覚めですか?」
 気持ちよく眠っているとそんな声がかけられた。
「くぅ~ん?」
 疑問の声をあげるT00は自らの置かれている状況が変化していることに気がついた。
 ふわふわとした体毛。小さくとも可憐なおてて。凶悪さなど微塵も感じられないほどに切り揃えられた爪はキラキラと光を反射している。
「私です。嘗てあなた様の部下だった……覚えておられませんか?」
「きゃん!」
 声も姿も面影はない。しかし、その忠義の心は忘れていても忘れられない。この新しい身体の手入れをしてくれたのもおそらくは彼だと本能が告げていた。
「世界を制覇した後の記憶の曖昧なこの身ですが……世界征服の礎として、お役立てください」
「きゃん!」
 そう、T00の世界征服の野望はまだ始まったばかりだった。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • もふもふの求道者
    來燈澄 真赭aa0646
  • エージェント
    カレンaa0680

重体一覧

参加者

  • 深森の歌姫
    イリス・レイバルドaa0124
    人間|6才|女性|攻撃
  • 深森の聖霊
    アイリスaa0124hero001
    英雄|8才|女性|ブレ
  • うーまーいーぞー!!
    天原 一真aa0188
    人間|17才|男性|生命
  • エージェント
    ミアキス エヴォルツィオンaa0188hero001
    英雄|15才|女性|ブレ
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • もふもふの求道者
    來燈澄 真赭aa0646
    人間|16才|女性|攻撃
  • 罪深きモフモフ
    緋褪aa0646hero001
    英雄|24才|男性|シャド
  • エージェント
    カレンaa0680
    人間|18才|女性|命中



  • 愛犬家
    橘 雪之丞aa0809
    人間|18才|?|攻撃



  • まだまだ踊りは終わらない
    餅 望月aa0843
    人間|19才|女性|生命
  • さすらいのグルメ旅行者
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