本部
扉を叩く者は
掲示板
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さながらバイオハザードですなっ
最終発言2016/09/04 23:31:37 -
しっつもーん☆
最終発言2016/09/04 01:44:18 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/09/02 21:23:58
オープニング
●霊安室より
西島浩二は警備員である。
地方のほどほどの大きい病院に勤める25歳、そろそろ将来設計も真剣に考えないといけないお年頃だ。
「……もう時間か」
今日は夜勤の当直の日。時計を確認した西島は、懐中電灯を手に見回りに行く。
「とりあえず異常はなさそうかな」
上の階から順に回っていき、最後に地下の廊下を見回る。特筆する物のない、いつもの日常。
唐突に何かを叩く音が廊下に響くまでは。
「うおっ!」
いかに慣れていると言っても、人気のない夜の病院の廊下。唐突な大きな音に思わず悲鳴じみた声が漏れる。
「な、なんだ?」
ドンドン。ドンドン。
断続的に響く殴打音。
音がする方を振り返る。
ドンドン。ドンドン。
薄暗い廊下の先に懐中電灯を向ける。あちらにあるのは何の部屋だったか。
ドンドン。ドンドン。ドンドン。
叩く音が一つ増える。いや、一つどころではない。それは無数の人間が開放を求め扉を叩くような――
ドンドン。ドンドン――ゴガァ!
その殴打音は時と共に増え続け、そしてついに大きな破壊音へと転じた。
そこで西島は思い出す。
あの廊下の先にある部屋は即ち霊安室であるという事を。
「うわあああああ!」
半ばパニックに陥った西島は近くにあった火災報知器のボタンを狂ったように連打した。
病院全体に鳴り響くサイレン。
霊安室から何者かの影が歩き出してきたが、西島はそれを見る事無く大慌てで一階への階段を駆け上がった。
●これはゾンビです
「従魔だ、多分な」
H.O.P.E.の緊急招集は割といつも唐突だ。――緊急なのだから当たり前と言えば当たり前だのだが。
従魔や愚神は寝静まる深夜だからと言って大人しくはしてくれない。
「場所は市立病院。5階建ての大きな病院だ。詳しい状況は分かっていないが、地下の霊安室が内側から破られたらしい」
現場へ向かう車の中でH.O.P.E.の窓口を務める奥山 俊夫(az0048)からの通信に耳を傾ける。
霊安室から従魔達が現れる状況を想像し背筋に冷たいものが走る。まるっきりホラー映画のシチュエーションである。
「おそらくミーレス級だと思われるが、何せ場所が問題だ。今現在、避難を実行中だが従魔どもが地下から登ってくる動きを見せているせいでなかなか進んでいない。唯一幸運だったのは当直の警備員がすぐさま火災報知機を押した事だな。おかげで防火扉が降りた。現在従魔達は地下の防火扉を叩いて破壊を試みている。病室の集中している二階にたどり着くまでにこれを撃退してほしい。……頼むぞ」
解説
●敵
ミーレス級従魔 リビングデッド ×5~?
いわゆるゾンビ。動きは遅いが力は強い。防御力は脆いが、多少の傷では死なずしぶとい。
どうやら遺体に従魔が憑依したものらしい。初めは5匹だったが徐々に数を増やしている。
なお、様々な偶然などが重なり、現在霊安室には30人近くの遺体が安置してある。
●状況
現在のリビングデッド達の位置は病院の地下一階。病院の防火扉を破壊しようと試みている。
ドアを開けるといった知性はなく、ひたすら殴って破壊を図るのみである。
とはいえ、従魔。鉄の扉と言えどもかなりボコボコにされており、いつまで持つかは不安視されている。
地下と一階に病室はなく、元々いた人間も屋外や二階以降への避難が完了しおり、現在無人である。
地下から二階へ上がる階段は3か所。エレベーターも存在するが、現在緊急停止中である。
・中央階段
病院の中心に存在し、多くのリビングデッドが集まり力を合わせて扉を叩くことが可能である。防火扉の耐久はかなり限界に近い。
破られると1階ロビーに出る。そこから2階に上がるまでにはもう一枚防火扉がある。
・西階段
狭い階段で通れる従魔の数も少なく、防火扉も狭いのが幸いしてしばらくは持ちそうだが、この階段は非常階段も兼ねており最上階まで直通である。
各階にも防火扉が存在するが、踊り場はそこそこ広いので数体の従魔が同時に叩けば地下の防火扉よりも早く破られる可能性はある。
・東階段
西と同様にさほど広くない階段である。霊安室から最も遠い為こちらにくる従魔は比較的少ない。
こちらは地下から一階に上がる為だけの階段であり、2階以降には繋がっていない。
リプレイ
●人として
「近頃、多いでござるな、この類の従魔と言うのは……」
奥山からの連絡が終わった所で小鉄(aa0213)が呟く。
「んー、ありがちなB級映画?」
「この先マッドな医者ガ?」
「いないとも言い切れないなー」
鴉守 暁(aa0306)とキャス・ライジングサン(aa0306hero001)が小鉄の言葉に反応する。その二人に乗っかって続けたのはレティシア ブランシェ(aa0626hero001)だった。
「いや、ゾンビと言ったらどちらかと言うと自然増殖だろうよ」
妙に重苦しい口調でボソボソと喋り続ける。その隣でゼノビア オルコット(aa0626)が顔を青くして俯いて座っている。
「ゾンビに噛まれた奴が次々ゾンビになっていくんだ……。一人、また一人と仲間が減っていき……そしてようやく見つけた仲間に声をかける。大丈夫かってな。でも、そいつは言うんだ……『ああ、大丈夫だ。今、餌が来たからな!』」
「――!」
大きな声と共にレティシアに肩を叩かれゼノビアが声にならない悲鳴を上げる。
「ハッハッ、悪い悪い」
顔を真っ赤にして持っていた手帳で叩いてくるゼノビアを片手で制しながら、レティシアが心底楽しそうに笑う。
「可愛そうですよ。あんまりオルコットさんをいじめないであげて下さい」
その光景を雪道 イザード(aa1641hero001)が苦笑いで諫める。
「……怖がるから、からかわれる。大体、従魔も幽霊もゾンビも、全部似たようなもんだろ」
不知火 轍(aa1641)が面倒くさそうに言葉を挟む。
「そもそもゾンビってブードゥー教のあれやこれやした結果の怪物だよね。という事は、病院にいるのは厳密にはゾンビじゃないって事にならないかな」
「……またつまらない事を。この場合はキャラクターとしての【ゾンビ】だろう」
自身の深いファンタジー知識から生じた疑問を口にするステラ=オールブライト(aa1353)とそれにやれやれという呆れ顔で応じる彼女の英雄、負屓(aa1353hero001)。
「呼び方なんて構わないさ。宗教的な存在じゃなく『動いて人に噛み付く死体』の事をゾンビと呼ぶのだよ」
「まあ今回は状況的に考えて、遺体に従魔が憑りついたと考えるのが自然でしょう」
奥山の作った資料に目を通しながらエミナ・トライアルフォー(aa1379hero001)が呟く。
「あまり気分の良いものじゃないわね……」
エミナの言葉に稲穂(aa0213hero001)がため息を一つ吐いた。
「霊安室から出たって事は、元々亡くなってた人たちってことですよね?」
「死体に憑りつくとか……悪趣味な従魔だね、許せない」
想詞 結(aa1461)とパウリーナ・ビャウィ(aa3401)が並んで従魔の所業に柳眉を逆立て拳を強く握る。
「そういう事だね。今回のは俺的にも胸糞が悪いかな」
その隣で彼女の英雄であるルフェ(aa1461hero001)もいつもとは違う真剣な表情を見せていた。
「死体が相手。となるとあまり派手にやるわけにもいかないですね」
「できるだけ形を保って終わらせましょう、ご遺族様の為にも」
医療の心得もあるクレア・マクミラン(aa1631)とリリアン・レッドフォード(aa1631hero001)の二人が顔を曇らせながら言う。
遺体の在りようと言うのは残された遺族達にとってとても大事なものだ。せっかく無事な状態で息を引き取ったというのに、それを従魔に操られた末に破壊されたとあっては遺族に忍びない。
「まあ、従魔の常套手段だしね。いちいち気にしていたら持たないよ」
目を閉じ、心を落ち着けるようにしてテオバルト(aa3401hero001)が告げる。
「がう!」
Iria Hunter(aa1024hero001)もいつもよりも引き締まった顔つきで頷き、そして手に持った紙を見えるように掲げる。
【元が人間でも従魔は従魔。彼らが好き好んでそうなったわけじゃないし、それでいいと言う人はいない】
文字の書かれた紙を捲っていき自らの意志を周りに伝える。
「そうですね。事は病院の中で起こってます。まずは気を抜かず事に当たらないと……」
端末で病院内部の状況を確認していた唐沢 九繰(aa1379)が顔を上げて言う。
遺体も大切だが、まずは生きている人間。従魔達が彼らの元に押し寄せる前に事を納めなければならない。これは時間との勝負だ。
(そういえば――)
ゼノビアがふと思いつき、端末を操作し担当官である奥山に文章を送る。
【何故霊安室に三十人もご遺体があったのですか?】
如何に大きな病院と言えど、霊安室に保管しているにしては妙に多い。
『ん? ああ、霊安室の遺体の事か。大きな事があったというよりは細かい出来事が多い感じだな。近くの事故だったり、院内の病死だったり、葬儀場に運べない事情だったり……』
「それ、本当に偶然?」
奥山の返事に口を挟んだのはArcard Flawless(aa1024)だった。
「臭うと思わないかい。数といい、状況といい」
『言いたいことは分かるが、まだ何とも言えん。一応プリセンサーに頼んで観測はしているが現状では異常は認められていない』
「ふぅん。まあ、油断せずに観測は頼むよ」
『分かっている』
と、奥山の返事が返ってくると同時に車の速度が緩まる。目的地に着いたのだ。
真夜中の病院。ここが今日の戦場である。
●ロビー防衛戦
「さあ、まずは現場の確保です!」
いの一番に車のドアを開き九繰が共鳴して飛び出した。
金属の音を立てながら弾丸のような凄まじい速度で病院の方へと駆けていく。
「は、速い……!」
『焦らないで。ベテランと同じく動けると思っちゃダメだよ。自分のペースで動くんだ』
「う、うん!」
テオの助言に頷き返して、気を取り直してパウラも駆け出す。
他のエージェント達も次々と共鳴し九繰の後を追っていった。
事前の打ち合わせ通り何人かは別の階段を抑えに行くが、大多数のメンバーの目指す先は中央階段。この病院で最も大きな階段である。
「到着!」
九繰がその防火扉前に辿りつく。今は何とか破られてはいないようだが……
「とはいえこれは……」
九繰の眉根に皺が寄る。
防火扉からは数多の叩く音が鳴り響き、鉄で作られているはずのそれはすでに大きくひしゃげ、今にも破られそうな状態だった。
「唐沢殿!」
「ワオ! こりゃ本当にホラー映画だねー」
後続のエージェント達が追いつくのとほぼ同時に防火扉が破られ、その間からぞろぞろとリビングデッド達が姿を現した。
「まずは押し込みます!」
九繰がモア・ストライクで先頭のリビングデッドに殴り掛かる。
「せい!」
「ぐぉぉ!」
くぐもった悲鳴を上げリビングデッドが吹き飛ぶ。防火扉の破れた穴に向かって飛んだそのリビングデッドは、何体かの従魔を巻き込むものの、すでに防火扉の穴はそれでは塞げないほど広がっており、その流出は止められない。
「あ、足止めします!」
現場に辿りついたパウラが突出した従魔に向かってライヴスの針を放ち、その動きを封印する。
「お見事! ならば拙者はこれで!」
足の止まった従魔へ向かって小鉄がアラームを一旦止めたデスソニックを投げつける。
放物線を描いてデスソニックが飛ぶ。説明書通りならこのまま従魔に当たれば爆音を発生させるはずであるが……。
「……はて、音は彼奴等に効くのでござろうか」
『投げた後に言っちゃうの、それ?』
稲穂が小鉄の抜けた台詞に突っ込んだ瞬間、デスソニックが封印された従魔にぶつかる。
――爆音。
音がどうという問題ではない。空気の壁と化した音波が先頭の従魔に追いつこうとしていたリビングデッド達まで含めて吹き飛ばし、押し倒した。
「な、何したんですかぁ~?」
強烈な音に頭をくらくらさせながらパウラが尋ねる。ウサギのワイルドブラッドである彼女にとっては普通の人間よりもなお強烈な音である。
「ば、爆弾……みたいなものでござる」
あんなものを『目覚まし時計』として売り出したグロリア社に若干の恐怖を感じながら小鉄が答えた。
『……こーちゃん、絶対にあれ枕元に置かないでね?』
「絶対しないと自信をもって約束するでござるよ!」
言いながら武器を刀に切り替えて持ち替える。
今の一撃は結構な数を巻き込んだが、しかし従魔達を破壊する程ではなかった。
「まったくもー、そういうの使うのなら先に言ってよ」
未だ耳に残る爆音を意識から追い出しながら、暁が改めて集中力を高めて大きなクロスボウで従魔を狙う。
「まったくちゃっちゃと片付けるよー」
戦闘中とは思えない気軽な口調で喋りながら、素早い三連射でリビングデッドの膝を撃ち抜いていく。
「慈悲はなし。我々ヴァンパイアハンター」
クロスボウに硝煙など発生しないはずであるが、暁はふっと発射口に息を吹きかける。
『うーん、足を破壊した程度じゃ止まらないようだね』
膝を撃ち抜かれても足を引きずるようにして歩く従魔達を見ながらルフェが呟く。
「ならこれで! ごめんなさい!」
一歩前に出て足を撃ち抜かれた従魔の一体に槍を突き立てる。
「ぐお……」
胸を貫かれ、踏ん張り切れず後ろに倒れ込む従魔。
「おお……」
しかし、それでもなお動きを止めず、腕を支えに立ち上がる。
「とっととそこから出ていけ、ミーレスども」
しかし、それを許すH.O.P.E.のエージェントではない。クレアの握った金獅子の紋章が浮かぶ大剣が、その従魔の首を素早く打ち落とした。
しばらく首なしの体のままジタバタとしていた従魔であったが、やがてその動きを止める。
「さすがに首を落とされては活動できないようだな」
『これならある程度の状態は維持できそうね』
リリアンがそっと胸を撫で下ろす。場合によっては叩き潰す事も覚悟していただけに数少ない朗報である。
「とはいえ、さすがにこの数は大変ですね!」
九繰が迫ってきた従魔の腕を斧の柄で受け止め、その腹を思いっきり蹴り飛ばし押し返す。
パッと見、既にこの中央階段に集まっている従魔は十を超えている。どうしても威力よりも速度を優先せざるを得ず、押し返す事に終始し決定打をなかなか与えられていない。
「しからば私が一度押し返す!」
ユニコーンを模したフルフェイスの騎士が大きな声と共に槍を構える。ステラの共鳴形態である。
「操られたる亡骸にこそ罪はないが、静謐なる世が為にはかかる役儀も止む無し……! 覚悟!」
槍を構えたままステラが全力で突進をし、一体の従魔を貫いたまま戦線から大きく前に出る。
「ぐおぉぉ!」
渾身の一撃を受けた従魔の一体が流石に耐え切れず上半身と下半身を絶たれ吹き飛ぶ。
ある程度広がりつつあった戦線がステラのその一撃で多少押し返される。
しかし、その代わりにステラ自身は敵のど真ん中に取り残される事になった。
「む!」
すぐさまステラを取り囲むように動きを変えるリビングデッド達。
「させぬ!」
すかさずステラの開けた敵戦線の穴を利用して小鉄が駆けこむ。
「いざ、推して参る!」
一陣の黒い風と化した小鉄がステラの周囲の従魔達を素早く切り裂いていく。
「恩に着る!」
「一旦退け!」
クレアが囲まれて叩かれたステラにケアレイを飛ばしながら叫ぶ。
それでもなお殺到する従魔達。
「少し寝ていてください!」
内一体を九繰の斧が吹き飛ばす。
「手間をかけた!」
敵の包囲から抜け出し、体勢を一旦立て直してステラが再び槍を構える。
「さて、何とか一階ロビーへの侵入は防げたでござるな」
襲ってきた従魔に一太刀浴びせながら小鉄が呟く。
元々一階の防火扉のあった場所まで従魔達を押し込むことには成功した。ここを抑えていれば従魔達が一階にあふれだすことは無く、またこれ以降の階に登るのも不可能だ。一先ずの防衛線。
「しかし、状況に余裕があるわけでもないな」
地下からさらに湧いてきている従魔、そして先ほどのやり取りの間、こちらを無視して既に二階への階段を上ってしまっている従魔数匹。
『誰か魔剣ソンビブレイドトカ、持ってナイ?』
「残念ながらそんなピンポイントなものはないなー」
どこか気の抜けた暁の声が深夜の病院に響いた。
●画面を通さぬ臨場感
「さて……ここが、西階段か」
世間話の様な気負いのない口調で轍が呟く。
目の前にガンガンと激しい勢いで叩かれる金属製のドアが一つ。
こちらは普通にドアノブが付いているタイプの普通の扉のようだ。
『ドアを開けた瞬間に噛み付かれる奴だな、これは』
「……」
レティシアの言葉にゼノビアがごくりとつばを飲み込む。
『そう緊張すんな。緊張は体を強張らせる。肩の力を抜いてゆったりと構えろ』
レティシアの言葉にゼノビアが頷き、ゆっくりと深呼吸をして心を落ち着かせる。そもそも怖がらせたのはレティシアなのであるが、その点については忘れているようである。
「……頭の悪い敵なら、わざわざ付き合ってやる必要はない」
ゼノビアの緊張を他所に轍が手慣れた様子で手持ちのナイフに自身の持ってきたネビロスの操糸の一部を結んでいく。
「……?」
ゼノビアが不思議そうに眺めているとほんの数秒で日本のナイフに結び終えた轍が、それぞれをドアと壁の足元にそれを突き刺した。
「それじゃ、いくぞ」
言うだけ言って轍があっさりその扉を開いた。
「ぐおお!」
レティシアの予想通りドアの空いた隙間からリビングデッドが飛び出す。
「はい、ご苦労さん」
しかし、そこには誰もいない。扉の陰に隠れた轍がだるそうに呟いた。
飛び出したリビングデッドは先ほど設置したネビロスの操糸に引っ掛かりそのまま地面に倒れ伏す。
「それ」
リビングデッドが起き上がるよりも先にネビロスの操糸を操り、その四肢を切断する。
「ぐぉぉ……」
「……駄目だな、しぶとい」
四肢を失ってもなお、もがき続ける従魔の姿を見て轍が首を絶つ。そうしてようやく従魔の動きは止まった。
四肢を絶つだけでも脅威ではなくなるが、憑りついた従魔を追い出さなければ憑りつかれた遺体は戻ってこない。
「やれやれ、縫合が面倒だから、あまり首は、狙いたくなかった、のに」
『致し方ありませんね。憑いた物を落とさないと。後で頑張る事にしましょう』
「はぁ……」
雪道の言葉に轍が深い溜息を吐く。どうやら事後も含めて相当面倒な依頼になりそうな予感だ。
『おい、チビ。しっかりしろ』
「――!」
目の前の光景に少し気が遠くなりかけていたゼノビアにレティシアが声をかける。
血は出るわ、何かベチョっとしたものが飛び散るわ、生理的に受け付けない臭いがするわ、正直ホラー映画など比べ物にならないほどの『臨場感』である。それなりに戦いは経験してきたゼノビアであったが、ここまでストレートにキツイのは初めての経験であった。
「――!」
頬を両手で叩き、気を入れ直してゼノビアが銃を力強く握る。
大丈夫、ちゃんと覚悟をしていれば何てことはない。……多分。
「……じゃ、下は任せる。上は、僕が」
ゼノビアの目を見て大丈夫判断した轍が、そう声をかけて足元のナイフを外し階段内部へ入っていった。
轍が素早く二階以降へ続く階段を登り始めるのと同時に、地下から上がってきたリビングデッドの頭が視界に入った。
「――」
いつまでもふらついてはいられない。ゼノビアは堅い意志を持った瞳でライフルのスコープを覗き、その引き金を引いた。
●ゾンビ漁
ここは最後に残った東階段。
『久々にお手並み拝見と行こうか、可愛い大英雄さん』
「がおっ!」
ひっそりと一人近寄ったアイリアがアークェイドの呼びかけに小声で答える。
東階段。ここは三つの階段の中で最も重要度が低い階段である。従魔の発生点である霊安室から最も遠く集まる従魔が少ない。そして、よしんば破られたとしても地下と一階を繋げるためだけの階段であり、患者たちのいる二階へ向かうには結局残る二つの階段を使わなければならない。結論としては放っておいても左程影響のない階段なのだ。
しかし、この階段には他の階段にはない利点が一点だけあった。
それは唯一こちらから攻め込める階段だという事だ。守る必要が薄く、敵も少ない。上手くすれば大した労もなく地下へ潜り込めるだろう。
二人はそれを意識しながら階段の非常扉へ近付いていく。
「がう~」
慎重に耳をその扉に当てて聞き耳を立てる。
今のところ物音なし。この階段はやはり狙われていないらしい。
ならば迷う時間はない。アイリアは急ぎ扉を開き、その小柄な体を滑り込ませる。
階段の中は狭く薄暗い。どうやらここから先は電気が点いていないらしい。
「がう」
慎重に物音を立てないようにしながら――といってあの従魔達が音を感じ取れているかは微妙なところだが――階段を下りていく。そして、階段下の出口から廊下の方を覗き込む。
地下はここよりまして暗かった。元々非常階段を示す緑色の電灯しか点いていなかった事に加えて、そのいくつか、足元に付いているものは従魔達によって破壊されてしまっている。
廊下の奥にはぼんやりと蠢くモノが見えるがはっきりとはしない。
『ま、大体予想通りだね』
「がう」
アイリアは相棒の言葉に一つ頷き、事前に決めた作戦通りに懐からスマートフォンを取り出す。そして、そのライト機能をオンにし、上向きにして床を滑らした。
「がう~」
すかさずスターライトスコープを覗き込む。スターライトスコープがわずかな光を採取し視界を確保する。
アイリアの視界にスマートフォンの光に寄せられるかのように寄ってきた従魔の姿がはっきり映った。
「がお!」
その光が煩わしいのかスマートフォンを殴って破壊し始めた従魔に一気に忍び寄り、その足を打ち払う。
「ぐおお!」
転倒しかけた従魔が藁を掴むかのようにアイリアへ腕を伸ばすがわずかに胸元を掠るだけでそれは空振った。
「がお!」
すかさず体重を乗せた一撃で首を絶つ。そして、すぐさま剣を担ぎ直すと数歩離れて様子を見る。
『首を落とすで正解か』
従魔がしばらくのたうった後動かなくなったのを見てアークェイドが呟く。
「がう!」
そして二本目のスマートフォンを取り出すアイリア。
しばらくはこれを繰り返して敵を各個撃破していく方向でいくようである。
しかし、それにしても……
『まるでイカ釣りだね、これじゃあ』
光に寄せられてくる従魔どもを思いながらアークェイドはそんなことを考えた。
●挟撃
「二階へ向かった奴を狩る! 援護してくれ!」
「わかりました!」
「おっけー」
クレアの号令に周囲の味方が応じる。
「今再び、我が力発揮せん!」
ステラが槍を構えて敵の只中へ突入する。
「──超日月光! 奥義【真・豪傑乱舞】ッッ!!」
気迫と共に怒涛の槍使いでリビングデッドの群れをなぎ倒していく。
「自分も援護します!」
パウラも敵の群れに突っ込み、分身と共に大太刀を振るう。
その太刀に切り裂かれ、従魔の腕が宙に舞う。
(うっ、グロい……)
「く、クレアさん、どうぞ!」
その光景に若干物怖じしながらも後続の敵の攻撃を受け止め、クレアの進路を確保する。
「ありがとう!」
二人が切り開いた隙間を走ってクレアが二階へ続く階段へたどり着く。その先には扉を叩く従魔が三体。
「悪いが、そこは五体満足では通さんよ」
背後から一刀の元に敵の首を刎ね、さらに一体の腹を蹴り飛ばし扉への殴打を妨害する。
「こちらは私一人で大丈夫だ! 下を頼む!」
油断なく剣を構えクレアが叫ぶ。
「了解でござる!」
「一度、立て直しますよ、ケアレイ!」
声に応じて最前線で従魔を押し留めていた小鉄に九繰が回復をかける。
「ここを通すのは絶対に許しません!」
「っていってもー、いつまで続くの、これー」
小鉄と九繰が撃ち漏らした従魔の前に結が立ちふさがり、足が止まった所を暁の弾丸が撃ち抜く。
徐々に数を減らしているのは確かなのだが、増える数もそれなりにあり、全然減っている気がしない。
「きっともうすぐです!」
「根拠はー?」
「ありません!」
自信満々に九繰が言い切った所で、その視界の隅に妙なものが映る。
「ん?」
それは何かの光だ。従魔達の奥、地下の廊下を謎の光が横滑りに動いていった。
「がうー!」
そして、それを追って直後に飛び込んでくる小柄な人影。
さらに、続けざまに響く銃声。背後の暁のものではない。明らかにその音は正面から聞こえていた。
「アイリアさん! ゼノビアさん!」
剣と弾丸によって一体ずつ従魔が打ち倒される。
「がう!」
アイリアが小鉄の声に応じて剣を掲げる。
「がうがう!」
「なるほど、地下の方は片付いたでござるか!」
『え、それ本当に何言ってるか分かってるの、こーちゃん』
アイリアのジェスチャーにいち早く返事を返した小鉄に稲穂が確認する。
「わからんでござるが、大体この状況で伝える事といったらそれくらいしかないでござる!」
『いいのかなぁ。まあ合ってるみたいだしいいのかぁ』
うんうんと頷くアイリアの姿を見ながら稲穂はしばし悩むが、通じたならいいかと諦め気味に納得する事にした。
「では、あとはここの一群を打ち倒せば終わりというわけだな」
「ね、いったでしょう? もうすぐだって」
ステラの言葉に九繰がニコッと笑う。
一方向から押し寄せてくるから脅威なのであって、一旦挟撃してしまえばミーレス級従魔の群れなどエージェント達の敵ではなかった。
●
「クレアちゃん、次持ってきて」
「そこに見当付けて分けてある」
「これですか?」
「うーん、断面が合ってないですね。これじゃないみたいです」
「となるとこっちか」
従魔の群れを片付けたその後、従魔が憑りついていた遺体の内損傷の軽いものを医療に心得のある者達が集まって修復しようと四苦八苦していた。いわゆるエンバーミングというものである。
「糸、追加もらってきた」
「あ、じゃあ、こっちお願いします」
病院から縫合用の糸を借りてきた轍に雪道が自分の縫合をしている腕とは逆の腕を指して言う。
「……」
すでに諦めてるのか何も言わず作業に加わる轍。
本来であれば本職の者達に任せるべきではあるのだが、一応元従魔である。一体何が起こるか分からないため一般人を近づかせるのは躊躇われる。とはいえ、作業はなるべく早めに終わらせておきたい。
結果としてこの状況である。
「おや、大分片付いたね。下の方のチェックは終わったよ」
とそこへ地下の捜索を終えてきた一団が戻ってくる。
パウラと結がその一団から遺体の方へ駆け寄ると静かに祈りを捧げる。
「どうか、もう一度安らかにお眠りくださいです」
「従魔を祓うためとはいえ亡骸を傷つけてごめんなさい。安らかにお眠りください」
二人が手を合わせて死者の魂に祈りを捧げる。
「灰は灰に、塵は塵に。アーメン」
「あれ、クリスチャンだっけ?」
十字を切って同じく祈りを捧げていたキャスの姿に暁が問いかける。
「気分ヨー」
朗らかに答えるキャスであったが、祈りを捧げる気持ちは本当だしいいかと思い、暁も一緒に祈りを捧げる。
「地下では何か見つかりましたでしょうか?」
「ん、いや空振りだね。特にこれと言った手掛かりなし」
ステラと負屓が距離を置いて一人煙草を燻らせていたアークェイドに近付いて話しかける。
「本当にただ偶然だったと?」
「どうだろうね。ライヴスの流れの方はどうなの、奥山のおっちゃん」
『さん付けしろとは言わんが、おっちゃんはやめろ』
生真面目にアークェイドの言葉にツッコミを入れながら奥山の声が通信機から聞こえる。
『ライヴスの動きは何も観測されなかった正常なままだ』
「空振りって事かな」
『……いや』
奥山の声音が少し変わる。
『あれだけ従魔が発生した割にライヴスの流れが正常なのは逆に不自然だ。もっとライヴスの異常集中があるはずだ、普通ならばな』
「なるほどなるほど」
アークェイドがニヤリと笑った。
「柿を盗んで核を隠さず。証拠をすべて隠しきるとはかくも難しい」
一緒に聞いていた負屓が物憂げに呟く。
『ただ尻尾を掴むのは難しいだろうな……。ここまで気配を消されるとな』
「尻尾があると分かっただけでも収穫ってことにしておいてあげるよ」
『……そいつは助かるよ』
奥山が眉根を寄せる姿が容易に想像できる声で返す。
「さて、これで一通りできるものは終わったか……」
縫合作業をしていたクレアが一つため息をついてすっくと立ちあがった。
「轍、いくぞ。バラバラの死体の相手の後は飲むに限る。昔からそうだった」
携帯用のウィスキーをクイっと一口煽り、クレアが轍に呼び掛ける。
「……いいぜ。働いたら、飲まなきゃな」
「程々にして下さいよ……」
苦笑いを浮かべ苦言を呈する雪道の言葉は完全に無視して轍はレティシアと小鉄の方へ顔を向ける。
「……二人とも、どうだ?」
「うむうむ、では焼肉でも行くでござるか!」
「ちょっと待って」
二つ返事で応じる小鉄の腕を稲穂が顔面を蒼白にしながら掴む。
「大丈夫でござる。遅くまでやっているお店をこないだ見つけたのでござる」
「そうじゃないわよ!?」
ずれた回答に思わず声が大きくなる。
「焼肉か、いいね。丁度腹に溜まるもんが食いたかったところだ」
軽い口調で応じるレティシアにゼノビアがポカーンとした顔を向ける。まるで理解できないという顔。
「お前も行くか?」
レティシアの問いかけに首がちぎれんばかりの勢いで首を横に振る。
「こ、この状況でや、焼肉に行くんですか?」
普段の朗らかな笑顔を引きつらせながら九繰が恐る恐る尋ねる。思わずちらりとさっきまで作業していたものを見る。そして、その二つを脳内で結びつけてしまい即後悔した。
(しばらく焼肉食べられなくなりそう……)
がっくりと肩を落とす。と、ふとそこで隣の相棒たるエミナの様子がおかしい事に気付いた。
「小鉄、こんな時間に焼肉など……など……」
「エミナちゃん! しっかりして! 時間の問題じゃないからね!?」
お腹を押さえて「くー」と鳴らす相棒の肩を揺らし九繰が呼び掛ける。
「あっはっは、面白い人達ネー! ワタシも行こっかナー」
「まあ、止めはしないけどねぇ」
大分ドン引きしている女性陣(一部除く)と店の場所を打ち合わせしている大人組を眺めながら、キャスが楽しそうに笑う声が病院のロビーに響くのだった。