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毒針の群れ
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【お父さんを助ける相談卓】
最終発言2016/09/01 12:15:28 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/08/31 12:12:55
オープニング
●いつもと同じ朝のはずだった
「いってきます」
私は、朝食を食べている娘の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「やめてよ、パパ―」
「いってらっしゃい」
元気な娘の声と、眠たそうな妻の声を聞きながら、家を出て自家用車に乗り込んだ。
会社までは車で30分。通いなれた道である。
見通しのいい真っ直ぐな道を走っていると、道路の白線の上にカラスの死骸があるのに気づいた。
この間は、運転中にネズミの死骸を見かけた。今日は、カラスか。朝から縁起が悪いな。
カラスは、バックミラーの中で小さくなり、見えなくなった。
突然、フロントガラスに何か大きな物がぶつかった。咄嗟にブレーキを踏んだ。
衝撃。
少しの間、気を失っていたらしい。気づいた時には、車は電信柱にぶつかって停止していた。あぁ、まだ新しい車なのに……。妻に怒られる。
警察、保険会社、それから会社にも連絡しなくては。
右足首が痛い。骨折はしていないと思うが、ヒビくらいは入っているかもしれない。
なんて不幸な日なんだ。カラスの死骸なんて見つけてしまったからだろうか……。
まあ、まずは、外に出て、車の損傷具合を確認しよう。
私はシートベルトを外し、ドアを開けて外に出ようとしたが……。
ブーンブーンブーン。
低い唸りがだんだん大きくなってくる。
私は、素早くドアを閉めた。運転席のサイドウィンドウに、黒い影が体当たりしてきた。
大きな目、鋭い顎、黄色と黒の縞々の腹。
蜂だ。中型犬くらいの大きさの。
巨大な蜂は、全部で三匹いた。車の周りをグルグル飛び回っている。
イグニッションキーを回したが、エンジンはかからない。
まずいぞ、これは……。
急に汗が噴き出してきた。
一匹の蜂が、運転席のサイドウィンドウの前でホバリングして、私をじっと見ている。そして、ちょっと離れたと思ったら、尻から鋭い針を出して襲ってきた。
ゴン!
針がウィンドウに当たって鈍い音がした。
ゴン! ゴン!
他の二匹も、針で車を攻撃してきた。
「やめてくれ……やめてくれ」
私は、震える手でスマートフォンを取り出した。
●蜂を退治してください!
H.O.P.E.敷地内のブリーフィングルームで、職員が説明を始めた。
「蜂の姿をした従魔が出現しました。通報者の男性が車を運転中に従魔がフロントガラスにぶつかり、車は電信柱に衝突。男性は右足首を負傷。車はエンジンがかからず運転できない状態です。車外には従魔が三体おり、男性は車に閉じ込められています。気がかりなのは、車内の気温です。今日の予想最高気温は35度。討伐に時間がかかれば、エアコンを使用できない車内の温度は急激に上昇するでしょう。男性の健康状態が心配です」
職員はホログラムに現場の地図を表示し、説明を続けた。
「車があるのは、直線道路の真ん中あたりです。警察に依頼して、道路を通行止めにしてもらいました。また、近隣の住民に外出しないように周知してもらいました」
職員はエージェント達の顔を見回した。
「通報を受けた時、男性はスマートフォンの充電が切れそうだと言っていました。『エージェントが必ず助けに行きますから安心してください』と言って、私のほうから通話を切ったんです。エージェントのみなさん、早く男性を救出してあげてください。よろしくお願いします」
解説
●目標
男性の救出、従魔の討伐
●登場
ミーレス級従魔 × 3体。
蜂型の従魔。
体長30cm。
鋭い顎でかみつく。
毒針で刺す。刺されると、【減退】が付与される。
●状況
直線道路の真ん中あたりに、男性の閉じ込められている車がある。
車は前輪が歩道に乗り上げ、バンパーが電信柱に接触した状態で、エンジンはかからない。
車のエアコンは使用できない。
従魔は、車を攻撃している。
道路は通行止めになっている。また、近隣の住民は外出禁止になっている。
本日の予想最高気温は35度。
リプレイ
●炎天下での戦いに向けて
強い日差しがアスファルトの地面に照りつけている。
英雄のカール シェーンハイド(aa0632hero001)は早くも暑さに負けて、でろーんとしていた。一方、レイ(aa0632)は戦闘に向けて厳しい表情である。
『レイ~~~~……あづい~~~』
「……」
『聞いてる? なぁ、暑過ぎだと思わない~この気温~~』
カールは、ぐでーんとしてこのまま溶けてしまいそうだ。
「……」
『だぁぁぁぁッ! もう暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑いッッ!!!』
「……うるさい」
『え、何か言った? レイ』
「だから。暑い暑いと喚くな、余計に暑い」
レイは、カールを鋭い目で一瞥した。
「寧ろオマエが暑さの元凶じゃないのか? カール」
『うっわ、酷い。オレ、こーんなにクールなのに……っ!』
「……黙れ」
「さて、急がんとな……あまり時間は掛けられん」
麻生 遊夜(aa0452)は、車内に閉じ込められている男性を心配して呟いた。
『……ん、今日も暑い、急ぐべき』
隣でこくりと頷いたのは、相棒であるユフォアリーヤ(aa0452hero001)。ピンと立った狼耳とふさふさした尻尾が特徴的な半人半獣の少女である。
「早く、助けねーと、な……。熱中症は、危険、だし……。……虫は、イヤだけど……」
左目に眼帯をした少女、木陰 黎夜(aa0061)は呟いた。黎夜は虫が苦手だった。
『虫でも従魔よ? 嫌なら早く倒してしまいなさいな、黎夜』
英雄のアーテル・V・ノクス(aa0061hero001)は言った。女性的な口調だが、れっきとした男性である。アーテルは、男性恐怖症である黎夜のために、あえて女性のようなしゃべり方をしているのだ。
「エアコンがきかない?! ……速攻で助けるぜ」
ニノマエ(aa4381)は、呟いた。
『大変そうだな。急ごう』
カオティックブレイドであるミツルギ サヤ(aa4381hero001)には、この世界のことはまだよくわかっていなかった。だが、従魔退治となれば、自分の力をニノマエに存分に使ってもらいたいと思っていた。
「一刻を争う状況みたいね。ニック、急ぐわよ!」
『ああ』
大宮 朝霞(aa0476)は、冷たい飲み物を入れたクーラーボックスを持って、英雄のニクノイーサ(aa0476hero001)とともに現場に急いだ。
立ち入り禁止の黄色いテープの前には、パトカーと救急車が停まっていた。黎夜、レイ、ニノマエの提案で事前に救急車の出動を要請しておいたのである。レイが手配したレッカー車も間もなく到着するだろう。
ニノマエは、仲間や救急車で待機する救急隊員達と連絡が取れるように、ライヴス通信機、及び、スマートフォンを設定した。
渡世 光(aa2508)は、持参した新型MM水筒を確認した。水筒の中には、経口補水液が入っている。今日の最高気温は35度。車内の男性が熱中症に陥っている危険性は十分にある。熱中症の場合、ただの水では逆に危険だと聞いたことがあったので、経口補水液を用意したのである。
光と同様に、男性が脱水症状を起こしかけていることを案じて、レイも水筒に塩水を入れて持参していた。
「必要だったら使ってくれ」
レイは、水筒をニノマエに手渡した。
遊夜も、ニノマエに渡すものがあった。サバイバルブランケットとかき氷である。
「大丈夫だとは思うが、多くて損はないしな」
「二人ともありがとう」
ニノマエが急いで装備を整えている傍で、光は遠くを見つめていた。視線の先にあるのは、車と、車にたかっているように見える蜂達。車内の男性の姿は、ここからは見えない。
(ここでもしものことがあれば……悲しむ人はきっと、大勢いる。そんなの絶対嫌だから。ボクは戦う。ボクは弱者の為の剣盾、牙なき羊の為の狼。弱者の為の剣盾は決して折れず、砕けず。……争いが消えるまで、戦い続けよう)
光の英雄であるフィリーネ(aa2508hero001)もまた決意を固めていた。
(私は……光みたいに御大層な目標を掲げてるわけじゃない。人は遅かれ早かれいつか死ぬ。理不尽に、時として凄惨に。けれど、だけれど、目の前で人が死ぬのは懲り懲りなんだよね。……だから、せめて、この力を振るおうか)
ニノマエが、光の肩を軽く叩いた。
「救出班は、俺と光だ。よろしく頼むぜ」
「……よろしく」
光は軽く頭を下げた。
「準備完了だな。みんな、行くぞ!」
遊夜の掛け声で、エージェント達は立ち入り禁止のテープをひらりと跳び越えた。
●蜂を車から引き離す
「あそこね! ニック、変身(共鳴)するわよ!」
朝霞は、車を目指して全力で走りながら傍らのニクノイーサに言った。
『急いでいるんじゃなかったか? 今回は省いてもいいだろう?』
「なに言ってるのよ! ヒーローが変身シーンをはしょるわけにはいかないでしょ!」
とはいえ、たしかに緊急案件なので、朝霞は大幅に変身ポーズを省略することにした。走りながら、いつもの掛け声で英雄と共鳴する。
「変身! ミラクル☆トランスフォーム!!」
ビシィッ!
朝霞は、『聖霊紫帝闘士ウラワンダー』(自称)に変身した。白とピンクの衣装で、背中にはマントが翻る。ヒーローに憧れる朝霞が、己の理想を具現化させた姿である。
「木陰黎夜。アーテル・ウェスペル・ノクスと共に、お前を討ち落とす」
アーテルが黎夜のチョーカーに触れ、二人は共鳴状態になった。黎夜の後ろ髪が腰まで伸び、左目の眼帯がはずれた。左目の色はアーテルと同じくくすんだ黒色である。
遊夜は、ユフォアリーヤと共鳴した。遊夜に狼耳と尻尾が生え、義眼が紅く光った。
レイは、カールと共鳴した。所々青いメッシュの入った美しく長い銀髪が、走るレイの背中でなびいた。左目周りから頬に某部族のシンボルをトライバル化したタトゥー、右首筋に薔薇、左腕に蝶メインのトライバルタトゥーが現れた。
光は、フィリーネと共鳴した。一瞬、ふわっと花のような甘い香りが漂ったが、それ以外の変化はない。
ニノマエは、ミツルギと共鳴した。共鳴後も、ニノマエの姿のままである。
「お前たちの相手は、こっち……」
黎夜はそう言いながら、梓弓で白い光の矢を放った。
二匹の蜂は、すいっすいっと矢を避けた。
従魔の動きは、黎夜の狙い通り。従魔を車から引き離すこと、範囲攻撃の範囲内に入るように従魔同士を接近させることを意図した黎夜の攻撃だった。
「……黒い服着てるから、こっちに来ない、かな……」
(どうかしらね? 引き離すという意味では好都合だけれど)
黎夜とアーテルの会話が聞こえたかのように、一匹の蜂が黎夜に向かって飛んできた。黎夜はさっとしゃがんで、蜂の攻撃を回避した。ブンという羽音が耳元をかすめる。
レイは、姿勢を低く保ったまま、車と蜂の間に走りこんだ。蜂の姿をした従魔であれば、蜂の性質に近しいだろうと判断したのである。蜂への対処法として、姿勢を低く保つことが有効であるとレイは聞き知っていた。
「さ、ワルツの時間……だぜ?」
蜂に邪魔されずにうまく位置取りすると、レイは妖艶な笑みを浮かべた。戦闘の喜びに紫色の瞳が輝く。
「……麻生、援護する」
黎夜はそういうと、ゴーストウィンドを使用した。不浄な風が巻き起こる。
「ありがとう、木陰さん」
(……ん、助ける為にも、まずは車から、引き離す)
「そうだな」
遊夜はユフォアリーヤの言葉に頷くと、レイに目くばせしてタイミングを計った。そして、トリオを使用した。
「とりあえず、吹っ飛んどけや!」
気合いの入った遊夜の声とともに、銃弾が舞う。続けざまにレイがトリオを使用。
弾の命中率を上げるための連携プレーにより、従魔に少なからぬダメージを与えることができた。
怒った蜂がレイを襲う。レイは蜂の攻撃を回避した。
「近くでみると、すごく大きい蜂ね。刺されたら痛そう……」
朝霞は、ブンブン飛び回る蜂を見上げて言った。
(一般人が刺されたら、命に関わる。絶対に男性に近づけさせるなよ)
「もちろん!」
ニクノイーサの言葉に元気に応えると、朝霞はレインメイカーを振った。白地にピンク色の可愛い杖を振ると、ハートマークのエフェクトが舞った。
蜂が鋭い針で朝霞を襲う。
ガキン!
朝霞は、レインメイカーで蜂の針を受け止めた。
(朝霞、従魔の注意をこちらに引きつけるんだ)
「了解、ニック。派手にちょっかいだしてみるわ!」
朝霞は、車から従魔を引き離すために、積極的に接近戦に挑み、攻撃しては従魔の反撃に合わせて少しずつ後退するのを繰り返す作戦に出た。
更に、遊夜が銃で蜂を撃ち、蜂を車から引き離した。
(……ん、離れた)
「良し、このまま割り込むぞ!」
遊夜は、蜂と車の間に陣取った。
「すまんがここは通行止めでね、俺達と遊んでってくれや」
(……ん、こっちに、おいで?)
ユフォアリーヤが遊夜の中でクスクスと笑った。
蜂が遊夜に突進した。針による攻撃は避けた遊夜だが、蜂の身体が当たって少しふらついた。だが、遊夜は一歩も後にひかず、身体を張って蜂を足止めした。
「通行止めって言っただろう!」
●男性は無事か?
仲間の攻撃によって、蜂が車から離れたのを見て、ニノマエは全力で車に駆け寄った。その後を光が追う。二人とも事前にレイにアドバイスされた通り、レイよりも低い姿勢を保っていた。
ニノマエは運転席のサイドウィンドウに顔を近づけ、大声で叫んだ。
「H.O.P.E.のエージェントです! 助けに来ました!」
シートに寄りかかって目をつぶっていた男性は、ゆっくりと目を開けドアを開いた。男性の顔は赤く、額に玉のような汗が浮いていた。
「俺は、エージェントのニノマエといいます。あなたの名前は?」
「……高橋です」
「高橋さん、今から車の窓を布で覆うよ。少し涼しくなるからな」
ニノマエは、サバイバルブランケットで車のフロントガラスと後部座席ガラスを覆った。
朝霞と戦っていた蜂がニノマエの動きに気づき、車のほうを向いた。
「こっちを見てね!」
朝霞は蜂の背後から攻撃して、蜂の注意を引き戻した。
レイも、救出班に蜂が向かわないように、わざと嫌がらせのような攻撃をして蜂の注意をひきつけた。
「花の蜜はこっちだぜ?」
蜂がレイを襲う。
レイは蜂の攻撃を回避して、余裕綽々で呟いた。
「いや、ご所望は女王……か?」
狙撃師待機していた遊夜は、火竜を構えて散弾を広範囲に発射した。味方の位置を把握し、味方に弾が当たらないように留意している。
「ほれほれ、そっちだ」
(……ん、集まろうねー)
ユフォアリーヤはクスクス笑っている。
二体の従魔が散弾に追い込まれたのを見て、黎夜はブルームフレアを放った。
「飛んで火にいる夏の虫……この場合は、違うかな……」
燃え盛る炎が蜂を包んだ。
炎が消えると、蜂は黎夜から逃げ出し、車の方向へ向かった。
「そっちには行かさないぜ」
レイは、ファストショットで蜂の逃亡を防いだ。
●救出班と従魔対応班、それぞれの戦い
車外での作業を終えたニノマエは、運転席のドアを開け、高橋に話しかけた。
「開けられるドアは全て開けたほうが、涼しくなるぜ」
「……でも、蜂の化け物が……」
「蜂はもうあっちに行ったぜ。ところで高橋さん。あんた暑くねえの?」
ニノマエは、少しでもよいのでドアを開けるよう提案した。高橋が、少しだけなら、と同意したので、ニノマエは車のドアを順番に細く開けていった。
「高橋さん、大変だったな。ま、かき氷でもどうぞ」
ニノマエはかき氷を高橋に手渡した。場面の空気を読んでいない行動だが、それで高橋の意識を従魔から逸らすのが狙いである。
「……かき氷、はは……」
高橋は小さく笑ってかき氷を受け取ると、かき氷の器を自分の額に当てた。
「……冷たくて気持ちいい」
高橋はかき氷を口に運び、その冷たさをかみしめた。
その時、光が車のところに到着した。光は、身を屈ませ可能な限り従魔の死角から車の助手席に乗り込んだ。
「……お邪魔します」
光は、水筒を高橋に手渡した。
「……飲んで。ゆっくり」
「味の変化が欲しかったら、こっちもどうぞ」
ニノマエも、レイから預かっている水筒を高橋に渡した。
高橋が十分に水分を摂取したところで、光は高橋の右足首の怪我の状態を確認させてもらった。右足首は赤く腫れていた。痛みもかなりあるという。
光は、医療キットで怪我の応急処置を始めた。
ニノマエは、車外で戦闘の状況を確認しながら、男性の負傷状態と精神状態を従魔対応班と救急隊へ伝えた。高橋の相手を光に任せて外に出たのは、光に高橋のフォローに集中してもらいたいという心配りだった。
光は、高橋の怪我の手当てをしながら、高橋を勇気づけた。
「大丈夫。頼りになるエージェントが6人もいるんだ。貴方は絶対助かる。ボク達が、助けるから」
とにかくシンプルに、大丈夫であることを強調する。それを聞いて、高橋の表情がやわらいできた。
車外で戦闘を見守っていたニノマエは、仲間の包囲をすりぬけて蜂がこっちに飛んでくるのに気づいた。
(私はお前の折れない剣。存分に使え)
ミツルギの言葉に頷くと、ニノマエはストームエッジを使用した。刃の嵐が蜂を襲い、蜂は車から離れる方向へ飛び去っていった。
レイは、普通に攻撃すると見せ掛けてテレポートショットを放った。
「華麗に踊ってくれよ?」
放たれた銃弾は瞬間転移し、蜂の背面に命中した。あらぬ場所からの攻撃に翻弄された蜂は、空中をうろうろ飛び回るばかりである。
狙撃師待機していた遊夜も、ハウンドドッグでテレポートショットを放った。蜂は遊夜に気づいて攻撃を回避しようとしたが、銃弾は蜂の羽を撃ち抜いた。
「残念、こっちだ」
(……ん、よそ見しちゃ嫌よ?)
ユフォアリーヤがクスクス笑う。
「やっつけちゃった方が、早くない?」
朝霞の呟きに、ニクノイーサは答えた。
(できるのなら、その方が早いな)
「よーし、それじゃあ、とっておきをお見舞いしてやるわ! ウラワンダー☆フラーッシュ!」
朝霞は、パニッシュメントを使用した。鋭い光が蜂を襲い、蜂はドサッと地面に落ちた。
蜂、一匹目の駆除に成功。
残された二匹の蜂は、もっと襲いやすい獲物を求めて、車のほうに向かおうとした。
「まだ、討ち落とされて、ないよ……? 逃がさねー……」
黎夜は、銀の魔弾で蜂を攻撃した。
遊夜も、イグニスで炎の壁を作って、蜂の行く手を阻むと同時に、蜂に攻撃を加えた。
「そっちは通行止めだって言っただろう?」
遊夜はニヤリと笑った。
(……ん、飛んで火にいる、夏の虫)
ユフォアリーヤはクスクスと笑った。
蜂は黎夜を襲った。
黎夜は、禁軍装甲で蜂の攻撃を防いだ。蜂は盾にしがみつくと、盾の上から顔を覗かせガチガチと顎を震わせた。
「……近くで、見ると、気持ち……悪い」
黎夜は、禁軍装甲を勢いよく押し出して、蜂を盾から振り払った。
●男性を救出せよ!
車の外で戦闘の状況を確認していたニノマエは、車内の二人に現在の状況を伝えて安心させようと試みた。
残る蜂は二匹。いずれも車から離れた場所にいる。蜂は自由に空を飛べるので、また車のほうに戻ってくる可能性もないとは言えないが……。
「このまま暑い車内にいるよりは、早く避難したほうがいいと思うぜ」
高橋が頷いたので、三人は避難を開始することにした。ニノマエは、従魔対応班に避難開始することを伝えた。
「俺は、高橋さんを担ぐ」
「ボクは、後ろで、高橋さんを守るよ」
三人は、蜂の注意を引かないようにゆっくり車を出た。そして、ニノマエが高橋を背負って、光がその後ろに立った。
蜂はめざとく三人の動きに気づき、ニノマエ達のところに飛んでこようとした。
「……邪魔」
光は、威嚇射撃を行った。一匹の蜂を追い払うことができたが、もう一匹の蜂が光に向かってきた。
自分が蜂の攻撃を避けたら、高橋に攻撃が当たる危険性があると判断して、光は回避しなかった。
蜂の鋭い針が光の左腕に刺さり、激痛が光を襲った。光は声を出さずにその痛みに耐えると、ニノマエに言った。
「ニノマエさん、早く避難を」
不安そうに振り返った高橋に、光ははっきりと言った。
「……大丈夫。ボク達が守るから。安心して」
ニノマエが高橋を背負って駆け出すと同時に、光はその場にくずおれた。
黎夜は、光のところに駆け寄ると、光を庇うように立ちはだかった。
朝霞は、光にクリアレイを放った。光の身体が清浄なライヴスの輝きに包まれ、光の身体から毒が消え去った。
高級弁当でダメージを回復した遊夜は、飛び回る蜂にダンシングバレットを放った。蜂は銃弾を避けた。
「弾が逸れたからって油断してると……」
(……ん、自慢の羽根が、なくなっちゃう、よ?)
ユフォアリーヤが首をかくりとさせて微笑むと、電信柱に当たって跳ね返った銃弾が、蜂の羽を貫いた。
黎夜は、うまく飛べなくなった蜂をグランツサーベルで攻撃し、蜂の針を刃で斬り落とした。
仲間が攻撃している間に、朝霞はケアレイで光の怪我を治療した。治療が終わると、朝霞は戦線に復帰した。
蜂は、鋭い顎で朝霞にかみつこうとした。朝霞は、両腕でガードを固めて防御した。
レイの放った銃弾が、既に穴の開いている蜂の羽をもっとボロボロにした。蜂は地面に落ちて、もがいた。
「さようなら、良い旅を」
遊夜はそう言うと、イグニスの炎で蜂に止めを刺した。
残る蜂は一匹。
遊夜は、炎で蜂をあぶった。
蜂は、黎夜の禁軍装甲に体当たりすると、禁軍装甲を乗り越え、黎夜の肩に噛みついた。
黎夜は、自分の体重を利用して素早く蜂を地面に押さえつけた。
「つかまえた……」
黎夜はそう呟くと、蜂の腹をグランツサーベルで地面に突き刺した。
朝霞は、黎夜にケアレイを放った。
「これで終わりだぜ」
レイの放った銃弾が、蜂の息の根を止めた。
●戦闘は終わった
ニノマエは、戦闘場所から十分に離れた木陰に高橋を座らせた。
無事に従魔の討伐を終えた仲間達が共鳴を解いて、二人のところにやってきた。
「よぅ、待たせたな」
『……ん、大丈夫?』
遊夜が片手を上げる隣で、ユフォアリーヤは首をかくりとさせ、高橋の体調を気遣った。
アーテルは、高橋をパタパタと扇子で扇いだ。
『よく頑張りましたね。足首以外に不調はありませんか?』
「暑いところで、待たせてごめん、な……」
黎夜の言葉に、高橋は首を振って笑顔を見せた。
「君たちのおかげで助かったよ。本当にどうもありがとう。暑さで意識が朦朧としてきて、このまま死んでしまうんだと思っていたんだよ。どうして自分だけこんな目に合うんだ、なんて思ったりもしてね」
ニノマエは、高橋の肩を叩いて言った。
「助かって幸運だよ。良いも悪いも結果しだいさ。次は良い事あると思うぜ。引きずるなよー。泣きっ面にナントカだ、笑い飛ばしとけ」
「泣きっ面に蜂か。ははは」
高橋の笑い声を聞いて、この調子ならもう大丈夫そうだとエージェント達は胸をなでおろした。
「冷たい飲み物があるわよ。高橋さんもみんなもどうぞ!」
朝霞は、クーラーボックスに入れておいた飲み物を皆に配った。炎天下での戦闘だったので、皆、喉が渇いていた。
「……おいしい」
高橋と一緒に車内にいた光は、表情には出していなかったものの、実はかなり暑さを感じていたので、フィリーネと一緒に飲み物をおいしく頂いた。
『わー……ん! もう限界っ!! ビール飲みたい、ビール!』
「……同意だ」
騒々しく喚くカールに、レイは珍しく賛同した。
「飲む?」
朝霞が飲み物を手に二人に近づいたが、カールはぶんぶんと首を振って言った。
『飲みたいけど、飲まない! ビールをおいしく飲むために!』
「今は我慢だな」
この後飲むビールの味は、きっと格別だろう。
『黎夜、今回の依頼で虫嫌いは克服できたかしら?』
飲み物を飲んでいる黎夜に、アーテルは話しかけた。
「やっぱり虫は嫌い、だよ。芋虫や百足じゃないだけ、ましだったけど、な……」
黎夜は、巨大な芋虫を想像しかけて、慌てて自分でその想像を打ち消した。芋虫や百足の従魔が出現しないことを黎夜は切に願った。
「ニック、どうしてニヤニヤしているの?」
朝霞は、ニヤリとしているニクノイーサに声をかけた。
『いや、今回、変身ポーズを省略できたから、いずれはあの掛け声もどうにかできないか、と思ってな』
「駄目よ! 掛け声ははずせないわ。ヒーローなんだから!」
ムキになる朝霞がおかしくて、ニクノイーサは楽しそうに笑った。
「ありがとう。助かったぜ」
ニノマエは、借りていた水筒、サバイバルブランケット、かき氷をそれぞれレイと遊夜に返却した。
ユフォアリーヤは、余ったかき氷を一口食べた。
『……ん、冷たい』
ユフォアリーヤは尻尾をふりふりして喜んだ。
「やれやれ、早く風呂に入りてぇな」
遊夜は、汗ばんだ額を拭いながら呟いた。
『……ん!』
ユフォアリーヤの目が、きらきら輝いた。お風呂に突入を画策中のユフォアリーヤだった。
ニノマエから連絡を受けた救急隊員がやってきて、高橋を担架に乗せた。
光とフィリーネが、担架に付き添って歩いていくと、立ち入り禁止テープの向こうで手を振る小さな人影が見えた。
「パパー!」
「無事で……よかった」
高橋の娘だった。隣で涙をこらえているのは高橋の奥さんだ。
救急隊員は、救急車の傍でいったん担架を下に降ろした。
高橋、奥さん、娘の三人が抱き合って、高橋の無事を喜んでいる。
ヴィランの襲撃により亡くなった自分の両親を思い出して、光の胸は痛んだ。
『泣いてもいいんだよ』
フィリーネが優しく言ったが、光は首を振った。
(今は、泣くよりも戦おう。皆の笑顔を守るために)
幼い子供の笑顔を見ながら、光は心に誓った。
「無事に任務を達成できてよかったな」
共鳴を解いたニノマエは、ミツルギに話しかけた。
ミツルギは返事をせずに、遠くを見ている。ミツルギが見ているのは、抱き合う高橋達の姿だった。
「どうかしたか?」
『いや、なんでもない』
(私は剣だ。人間に影響されるなんて……ごめんこうむる)
本当は情にもろく純粋なミツルギだが、思いを振り切るように首を振ると、ニノマエの幻想蝶の中に戻った。