本部

君死にたもうことなかれ

弐号

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/09/05 17:33

掲示板

オープニング

●迫る異変
「ふぅ~、ちょっと休憩するか……」
 とある山中の登山道で一人の男が汗を拭う。
 褐色肌に190cmほどはありそうな身長。そして顔の中心に一文字に走る古い傷痕。
 その男の名前はライン・ティラー。
 ホープにエージェントとして登録している英雄である。
「大体8割ってところかな。まあ、昼までには頂上に着けるだろ」
 適当な大きさの石に腰かけながら、大分近付いてきた頂上を見やる。
 現在時刻11時。彼の健脚であれば、普通に歩いて一時間もあればたどり着く距離だろう。
「ん?」
 持参していた水に口を着けて飲んでいた時に異変に気付く。
 これから目指している頂上。その頂上が唐突に白く染まる。
「何だ? 雪?」
 いや、まさかそんなはずがない。今は真夏だ。いかに山の上とはいえ冠雪するような季節ではない。
 第一、先ほどまで美しい緑色だったのだ。いきなり白くなるほど冠雪するなど、ありえない。
 そう、普通ならばありえない。であるならば、普通ではない事態が起こっているという事だ。
「ドロップゾーン……!」
 可能性の一つに辿りつき、ラインが呟く。
 頂上を覆った白色は、その面積を徐々に広げラインがいる地点に迫りつつあった。
「連絡は……」
 カバンから自身のスマホを取り出すが、表示は圏外。
「だよな」
 レイヴス通信機などという気の利いたものは持ってきていない。ドロップゾーンに巻き込まれては自身の場所を伝える事はまずできまい。
「逃げるか……?」
 頂上の浸食速度を見るに英雄であるラインであればなんとか走って逃げれそうだった。大体、成人男性が走る程度の速度だろうか。
「いや、待て。そういうわけにもいかんか……」
 つい先ほどすれ違った登山客の存在を思い出す。すれ違ったタイミングからしてこの近くにいるはずである。人数は確か3人。
 彼らは普通の人間だ。このドロップゾーンに巻き込まれてはただでは済まない。
「まったく、とんだ厄日だよ……」
 既に目前まで迫ったドロップゾーンを見ながらラインは一つため息を吐いた。

●破られた誓約
「それでは落ち着いて要件をお話しください」
 血相を変えて飛び込んできたH.O.P.E.所属のエージェントの篠塚絵美に紅茶を差し出しながらジェイソン・ブリッツ (az0023)が尋ねる。
「は、はい! あ、あ、あの!」
「落ち着いて」
「大丈夫よぉ。H.O.P.E.がきっと何とかしてくれるから落ち着いて、ね? はい、しんこきゅー」
「スー……ハァァァ」
 手を握り励ますリラ (az0023hero001)の言葉に一つ深呼吸をして心を落ち着かせる絵美。
「じ、実はラインが……私の英雄が行方不明なんです」
「行方不明?」
「はい……今朝早くに趣味の山登りに行ったんですが……連絡が無くて……」
 ジェイソンが時計を確認する。現在時刻12時過ぎ。
「心配をするには早すぎる気がしますが」
「違うんです! せ、誓約が……誓約が破られたんです! 分かるんです!」
「なるほど……」
 能力者と英雄の間に交わされる誓約。これは英雄をこの世界に留まらせる碇であり、二人を結ぶ強力な絆の証でもある。
 例え近くにいなかったとしても制約が破られればもう一人にも知覚出来る。それほどの繋がりだ。
「制約の内容はなんですか?」
「それは……」
 ジェイソンの問いに言葉を濁らせる。しかし、すぐに意を決するとゆっくり口を開く。
「【生きる事を諦めない事】……」
 顔を真っ青にして彼女はそう言った。

解説

●目的
ドロップゾーン内部に取り込まれた生存者の救出

●状況
※PC情報
問題のドロップゾーンは今現在も広がり続けており、今は山全体を覆いつつある。
内部の様子は生えていた木々は全て枯れ、地面は白い灰が積もっているような状態。
虫型従魔がいくつか確認されており、ドロップゾーン内部に大量に沸いているものと思われる。
登山としては比較的難易度の高い山で、平日という事もあり一般登山客は多くない推測される。

※PL情報
ラインは登山客を確保後、従魔達に見つからないように隠し、自身は従魔達の目を引き着けその場を離れた。
大量の従魔達に取り囲まれたはずであるが、その後どうなったかは不明。分かるのは『死んではいないが、生還は絶望視している』状況だということである。

●NPC
篠塚絵美
H.O.P.E.所属のエージェント。生命適正。レベル20。17歳。
リンカーになって三年ほどのエージェント。緊急事態に弱く、パニックになりがち。
救出作戦への同行を強く希望しているが、連れていくかどうかは参加者の判断に従う。

ライン・ティラー
篠塚絵美と契約している英雄。ブレイブナイト。レベル15。推定20歳。
気のいいあんちゃんという感じの性格。登山は趣味。共鳴した場合、槍使いである。
英雄の死を能力者は感知できるため、今現在はまだ死んでいない事は絵美の証言により保障されている。

●敵
※敵の姿のみPC情報
ミーレス級従魔 キラービー ×?
50cmほどある巨大な蜂の従魔。速度と攻撃力に優れるが、撃たれ弱い。攻撃時に低確率で[BS衝撃]を付与する。

ミーレス級従魔 デススパイダー ×?
1mほどの巨大な蜘蛛の従魔。攻撃力は低いが、糸を飛ばし当たると高確率で[BS劣化(回避)]を付与する。このBSは累積する。

ミーレス級従魔 スコーピオン ×?
80cmほどの蠍の従魔。固い外殻に覆われていて、物理耐性は高い。尾の針で刺した時は高確率で[BS減退]を付与する。

リプレイ

●手繰りよせる糸
「と、とにかく、い、急がないと!」
「落ち着いてください。慌てても利はありません」
 用意された椅子に座る事すらせず、興奮気味に話す篠塚絵美を、ルビナス フローリア(aa0224hero001)が毅然とした声音で諭す。
「一刻を争う状況だけど、まずは情報と方針。闇雲に探してもこの広さじゃ時間を無駄にするだけだ」
 バンと勢いよくニノマエ(aa4381)が机上に山の地図を広げる。それを無明 威月(aa3532)がスマホで撮影し記録していく。
「で、でも……」
「大丈夫です……あなたさえ諦めなければ、きっと、戻って……きます」
 なおも食い下がる篠塚の手を水無月 あおば(aa0795)がそっと握る。それでようやく篠塚は落ち着き、椅子に腰を下ろした。
「……すみません。気ばかり焦っちゃって……」
「がうがう」
 座った篠塚の膝の上にIria Hunter(aa1024hero001)が素早く乗り、ぽんぽんと膝を叩く。それは心を落ち着かせる為か――あるいは篠塚が下手に動き回らない為の措置であったかもしれない。
「その行方不明のラインとやらはどんな奴なんだ? 登山中にドロップゾーンに巻き込まれたら何をする」
「多分……誰か人がいないか探すと思います。私の時もそうでしたから……」
 月影 飛翔(aa0224)の質問におずおずと答える。
「だろうね。『生きる事を諦めない』なんて取り回しの悪い誓約を結ぶような奴がゾーンに巻き込まれたら、いようがいまいが必ず一般人を探して隔離しようとする。他人の生に目ざといのさ」
 Arcard Flawless(aa1024)がニヤリと笑って地図を指さす。
「ロロ――」
「そうですね。ジェイソンさん、山に入っている一般の方の把握は出来ますか?」
 辺是 落児(aa0281)の声に促され、構築の魔女(aa0281hero001)が担当官のジェイソンに尋ねる。
「時期なども相まってほとんどいないようです。登山計画書を提出しているのはラインさんともう一組。一般人3名のグループだけですね」
「なるほど……」
「登山を趣味にするくらい山に慣れた奴だ。一般人を隠して逃げるくらいの芸当は出来ると僕は踏むね。3人も背負って歩く事が不可能な事も分かるはずさ」
「つまり、英雄と一般人はそれぞれ別のところに隠れている、という事になるな」
 アークェイドの言葉に無音 四葉(aa0795hero001)が続く。
「では二手に別れた方が良さそうですね。ラインさん救出班と一般の方の救出班に」
「順々に助けていく余裕はありませんからね」
 花邑 咲(aa2346)の意見を英雄のブラッドリー クォーツ(aa2346hero001)が肯定する。
「英雄が救助を行った前提だが、もしそうでなかったらどうする?」
 青槻 火伏静(aa3532hero001)が疑問を口にする。
「簡単さ。そいつが助けなかったら一般人は確実に死んでる。英雄だけ回収すればいい。逃げだしたんなら近くまで来ているだろう。楽なミッションだ」
 アークェイドがその疑問に口早に答える。
「途中でゾーンルーラーと接触している可能性はないか?」
「可能性としてはゼロではありませんが、低いのではないでしょうか」
 アリュー(aa0783hero001)の言葉に構築の魔女が返す。
「何故?」
「ゾーンルーラーは少なくともケントゥリオ級以上。共鳴していない英雄が遭遇しては……」
 ちらりと篠塚の方を見る。しかし、ここで言葉を濁しても仕方ない。構築の魔女は臆せず続きを口にした。
「まず生き残れません。生け捕りにする必要性も薄いですし」
 篠塚がキュッと拳を握るのが視界に入る。
「あまり可能性を広げても時間を取るだけです。英雄が一般人を隔離した可能性に絞っていいのでは」
「えぇ、のんびりと状況が確定するのを待っているわけにはいきませんからねぇ」
 ミツルギ サヤ(aa4381hero001)の意見に咲も同意する。
「OK、異論がなければそれで行きましょう。……ラインさんが山に入った時間、誓約が破られた時間。そう言った事から総合的に判断して……」
 ニノマエがトン、と地図の一点に指を突き立てる。そこは登山道のおおよそ8合目あたりの地点。
「おそらくドロップゾーン展開時の位置はこのあたりと推察できます。ここを中心に捜索しましょう」
 ニノマエがそう言って辺りを見渡すとその場の全員が頷いた。

●諦めないという約束
「あの、私も連れて行ってくれませんか……!」
 準備を整え、さて出発という段で篠塚が恐る恐る口にする。
「駄目だ」
 それに即座に返答したのは飛翔だった。
「心配は分かるが、そんな精神状態と共鳴できない者は足手まといにしかならない」
「今は一刻を争いますから」
 彼の言葉に従者のルビナスも続く。今の篠塚はあくまで『元』リンカーだ。今はまだ残留したライヴスが残っているが、それが無くなれば一般人と変わりない。そうなればドロップゾーン内部で意識は保てないだろう。
「あなたまで何かあったら……もし無事にラインさんが帰ってきても……辛いだけです。それに……あなたの判断が必要な時が来るかもしれないから」
 言ってあおばが篠塚にライヴス通信機を手渡す。
「……」
「ラインと再契約する事だけを考えるんだ。……そしてまずは、待つことを諦めるな」
「待つ、ことを?」
 ニノマエの言葉に篠塚が伏せていた顔を上げる。
「そうだぜ。オレ達はあんたの相棒を助ける事を絶対に諦めない。なあ?」
 火伏静に肩を叩かれ、威月が何度も繰り返し首を縦に振る。
「皆でラインをここへ連れてくる。一度結んだ絆は簡単に切れるものじゃない。声を、思いを届けてやれ。それは此処にいても出来る」
「状況は違うけど私達、一度誓約が破棄されたことがあるの」
 アリューと斉加 理夢琉(aa0783)が篠塚に話しかける。
「でも、もう一回新たな誓約を結んで再契約できた。だから、篠塚さんも諦めないで」
「ラインが帰ってきたらガツンと言ってやれ。私は諦めなかったぞ、馬鹿野郎ってな」
 最後に四葉が何かを殴る様な仕草と共に諭す。
「……はい。ラインを……おね、がいします」
 胸の底から絞り指すような声で言って、篠塚は深くエージェント達に頭を下げた。

●一般人救出班
「できれば従魔との遭遇は避けて通りたいところですね……」
 一面の灰となった地面を踏みしめ駆けながら、構築の魔女がそう呟いた。
 今現在ドロップゾーン内部には多数の従魔が確認されている。一体一体はそれほど脅威ではなさそうだが、かなりの数が内部に跋扈しているようだった。救助の邪魔であるし、囲まれれば如何にエージェントと言えども危ない。
「とはいえ、そうも言ってられそうにもないみたいね」
 山道の向こうから跳んでくるキラービーを見据えながらあおばが呟く。
 その数3体。
「来たか」
「ちょっと待った」
 咄嗟にメイスを構えた飛翔をニノマエが片手で制する。
「蜂は体液の臭いで仲間を呼ぶと聞いた事がある。念の為叩き潰すのは止めた方がいい。武器に臭いがつくからね」
「警戒フェロモンという奴ですね。それではここは私が……」
 言って構築の魔女が両手に二丁拳銃を構えて早業の連射で3体の従魔を一息に貫く。
「先を急ぎましょう」
 慎重にまき散らされた蜂の体液を踏まないよう気を付けながら、さらに先に進んでいく。
「まずはどこを探しましょう?」
「一応、この先に山小屋があったはずだから、まずはそこの確認からだな」
 あおばの疑問に飛翔が答える。
「そうだな、ラインが一般人を担いで動けない以上、どこかに隠した事になる。山小屋はいい線だろう」
 ニノマエもその意見に同調し、事前に調べて置いた山小屋の位置を思い出しながら一行は山小屋へ向かって駆けて行った。

●英雄救出班
「さて、英雄の居場所は不明、要救助者の場所も不明、敵生成物の数も、不明……不明尽くしですね」
 林の中を歩きながらブラッドリーが呟く。ズサっという感触と共に足の甲まで白い灰の中へ埋まった。
「その上、歩きにくい。……逃げるのも恐らく簡単な事ではなかったでしょうね」
 英雄単体が従魔の群れからこの劣悪な環境で逃げるという状況が、いかに困難なものかを意識する。
『この有り様じゃ……現場は相当に修羅場ってるかもしれねェ……覚悟は要るな』
「……はい、現実の不条理と厳しさは……私も身をもって知っています。ですが、篠塚様にも誓いました。《決して諦めない》と……!」
『フッ……ならいい。気張れよ、威月』
 火伏静の言葉に威月が力強く頷く。
「一面の灰……山の生気が奪われているのかしら」
 辺りの地面が灰に覆われ、そして周りの木々も枯れ果てた林を見て理夢琉が呟く。一見して雪山のような光景だが、どことなく生物の死をイメージさせる不気味な雰囲気だった。
「英雄の性格を考えると人のいそうな場所は避けると思うから、この辺でぶっ倒れてる可能性はあるとは思うけど……」
 アークェイドが注意深く地面に戦闘の跡などが無いかを探しながら言う。
「簡単には見つからないか」
「なかなか骨が折れそうです」
『あ、ブラッド。まだ少し距離があるけど、あそこ、枯れた杉の近く。蠍っぽい従魔が……』
 と咲の注意に引かれて顔を上げるとそこには4、5匹の蠍の従魔の姿があった。
「ありがとうございます、サキ。……結構いますね」
「う、動かないですね。待ち構えてるのでしょうか」
 緊張感を高めて呪符を握る理夢琉。
 とその時、頭上からカサカサと枝の揺れる音が聞こえる。
『油断するなリムル、上だ! 来るぞ』
 その音とアリューの声に上を見上げるとそこには数匹の蜘蛛の従魔。
「拒絶の風よ!」
 咄嗟に自身にライヴスの風を纏わりつかせ機動力を上げる。同時に蜘蛛たちから降りかかる大量の糸。
「危なかった……」
 寸前でそれを避ける事に成功し、胸を撫で下ろす。
「上は任せるよ。ボクはあっちを殺る」
「分かりました。お任せを」
 握るアサルトライフルで蜘蛛の一匹を撃ち落としながらブラッドリーが答える。
「お付き合いします」
 アークェイドに追走しながら威月が槍を構える。
「……」
 木の高いところに陣取っている数匹の蜘蛛が走る二人の動きに気付き、その動きを止めようと糸を射出する。
「いけない!」
 理夢琉が咄嗟に呪符から炎で出来た蝶を飛ばし、その糸を空中で焼き尽くす。
「ありがとうございます!」
 理夢琉の援護に一言礼を言いつつ、威月が蠍の元に辿りつきその眉間を槍で突く。
 ガギンという鈍い衝突音と共に槍の先端が従魔の体に潜る。
『浅いぞ! 引け、威月!』
「……っ!」
 しかし、一撃で致命に至る傷ではない。火伏静の忠告に威月が素早く槍を引っ込め、後ろに下がる。
 だが従魔の数は多い。横から威月にその針を突き刺さんと一匹の蠍が跳び込んでくる。
 痛みを覚悟して歯を食いしばる威月。
「……?」
 しかし、その痛みは来ない。見ると跳び込んだ姿勢のまま蠍が空中で制止していた。
「突っ込み過ぎ。死にたいの?」
『がうー!』
 どの口で言うのか、という相棒のツッコミは完全に無視して、アークェイドがネビロスの操糸に力を籠め縫いとめた蠍を引き絞る。
「っ!」
 がっつり一秒ほど力を籠め、ようやく蠍は糸に切り裂かれバラバラになった。
「……硬いな」
 威月と並んで一旦蠍の群れから距離をとり、アークェイドが呟く。
「……敵が増えてますね」
 威月がちらりと横手の方に視線を移す。今はまだ遠いがさらに向こうの方に新たな蠍達が近づいてきているのが見える。
「ま、想定通りと言えば想定通り。敵が多いのはね」
 武器を糸から赤い刀身の剣へと代えながらアークェイドは笑う。
「我こそは希望王。全て一切合切、滅ぼしつくしてあげるよ」

●従魔の巣
「あったぞ、あれだ!」
 ニノマエが前方を指さしながら叫ぶ。
 その視線の向こうには一軒の小さな小屋があった。ちょっとした休憩に使う山小屋である。
「とりあえず後ろは大丈夫だ。ついてきてる奴はいない」
 後方を確認しながら飛翔が伝える。
 ここに来る間にも何回か従魔に遭遇していたが、今のところ全てを殲滅してここまでたどり着けた。
「中に救助者がいればいいのですが……」
「とりあえず開けてみましょう」
 心配そうな顔で呟くあおばの言葉に構築の魔女がドアノブに手を掛けた。
「誰か……」
 いませんか、と言いかけて絶句する。
 小屋の中に人の姿はなかった。代わりにいたのは数多くのキラービー。
「――」
 危機的状況と生理的嫌悪感の両方で背筋に怖気が走る。
「くっ!」
 キラービー達が反応するよりも早く急いでドアを閉める。同時に響く窓の割れる音。
「従魔の巣です! 逃げてください!」
 構築の魔女が後方の仲間たちに警告を発する。
「くそ、囲まれるぞ!」
 不気味な羽音と共に近づいてくるキラービー。この数に囲まれるとまずい。
「俺が数を減らす! 一旦離れてくれ!」
 ニノマエが足を止めてキラービー達の方へ振り返る。
「一人で大丈夫かよ!」
「俺達の技は周囲を巻き込む! 一人の方が都合がいい!」
「……わかった」
 一瞬の逡巡の後返事を返す飛翔。彼らが射程範囲外まで離れた事を確認してからニノマエはミツルギに呼び掛ける。
「サヤ!」
『任せろ、ニノマエ』
 ニノマエの呼び声に答え、ニノマエの頭上数mの上空に数えきれないほどの剣が刃を下にして出現する。
「降り注げ、ゴルディアシス!」
 上空から落下した無数の剣が数多のキラービーを貫き、そのまま地面に突き刺さる。
「やるな! 俺達も負けてられねぇぞ」
『もちろんです』
 メイスを担ぎ飛翔が踵を返して撃ち漏らしたキラービー達を叩き潰していく。ここまで来たら体液がどうなどという段階ではない。
 あおばと構築の魔女の二人もそれに続きキラービーの群れを殲滅してく。
「驚きましたけど……何とかなりましたね」
 最後の一匹を槍で貫きながらあおばが呟く。
「ですが、アテが外れましたね……。振り出しです」
「まさか従魔の巣とはな……」
 ニノマエが軽くため息を吐く。従魔達の相手も然ることながら、目標が空ぶった事による精神的疲労もそれなりに大きかった。
「目立つところは狙われてるってことか」
 口元と手で隠しながら飛翔がボソリと呟く。
「逆に言えば目立たないところに隠したって事になるな」
「目立たないところ、ですか」
「そうだな、例えば洞窟とまでは行かなくても大きな岩の窪みとか3人くらいなら隠せそうじゃないか?」
「確かに……でも、それなると探すのは一層大変ね……」
 今度はあおばがため息を吐く。と、飛翔と共鳴したままルビナスが唐突に話しかける。
『ご主人様、私に一つ心当たりがあります』
「何? 本当か、ルビナス」
『はい、一応突入前に一通り衛星写真をチェックしていたのです。この近辺にかなり大きめの岩がありました。可能性としては賭けになりますが』
「今は賭ける時だ。案内しろ、ルビナス」
『仰せのままに』
「皆、ルビナスに心当たりがあるらしい。着いてきてくれ」
 飛翔の提案に他の3人も無言で頷いた。今はそれにかける仕方ない。

●進軍あるのみ
「大分減ってきましたけど……」
「同じくらい増援が湧いているのでキリがないですね……」
 背中合わせで警戒しながら理夢琉と威月が声を掛け合う。
「このままではジリ貧ですね。さっきから注目してたのですが、敵が来るのは東側。一度西側に逃げて――」
「ちょっと待って。敵が東側から来るって?」
 ブラッドリーの提案をアークェイドが遮る。
「ええ、そのほとんどが東側から来ていますね。目の良さには自信があるのです」
「なら、東へ向かうべきだ」
「……理由を聞いてもいいですか?」
 遠くの従魔に弾丸を放ちながらブラッドリーが尋ねる。
「簡単な話だよ。件の英雄は敵を引き付けながら逃げたと思われる。逆説的に英雄の近くには敵が多いハズさ」
「敵の多いところにこそ英雄がいると?」
「それなりに経験を積んだ英雄が死を覚悟してるんだ。可能性は高いとボクは考えるね」
 一瞬の逡巡。
『オレはいいと思うぜ。闇雲に探すよりも何倍もマシだ』
「……そうですね。賛成です」
 火伏静の意見も聞きつつ威月が答える。
 他の者たちの顔を見る。どうやら反対意見は無いようだ。
「決まりですね。私が道を作ります! ブルームフレア!」
 理夢琉が言うが早いが東側に固まっていた従魔の群れに爆発を発生させ、その包囲穴を作り出す。
「突っ込め!」
 その空いた穴に向かい、全員で一斉に駆け出す。
「物凄い数……くっ、諦めない!」
 威月の槍が落ちてきた蜘蛛を貫く。
 今は移動が最優先。向かってくる敵、あるいは立ちふさがる敵のみに狙いを絞り、一行は従魔の群れを突破してく。
『周囲にも気を配れよ、理夢琉。見逃して通り過ぎたとなったら目も当てられんぞ』
「分かってるよ……!」
 敵を遠ざけながらも注意深く辺りを見る。白い灰の中倒れていればすぐにわかるはずだ。
「……っ!」
 しかし、なかなか見つからない。集まる従魔達の数
 と、その時ブラッドリーの中で咲が声を上げる。
『……ブラッド。あそこの崖、おかしいわ』
「なんですって?」
 咲の忠告に少し離れたところにあった崖の方へ視線を移す。
 崖は端まで白い灰が積もっている。だが、ある一点だけがまるでアリジゴクの斜面の如く、灰が崖の方へ滑り落ちている。
 まるで今まであった地面が無くなったかのようだ。
「まさか……!」
 ブラッドリーがそこへ向かう道を銃で確保し、急ぎ駆け付ける。
 落ちないように気を付けながら崖の下を覗きこんだ。
「――いた! いました!」
 崖の遥か下に倒れる人影が一つ。
「跳べ! 共鳴中はどんなに高くても自然落下では死なない!」
 アークェイドの叫びと同時に、4人は地を蹴り宙へ身を投げ出した。

●退き口の戦い
「あぁ、そんな……」
 地面に着地――激突と言った方が正しい勢いだが――した威月が急いで倒れた人影に駆け寄る。
『顔に一文字の傷がある褐色肌の男性……間違いないですね』
 顔を確認し咲が呟く。
「聞こえますか! 同じ《諦めない》事を誓約に持つ者です! 何をこの程度で諦めてやがるんですか!」
 威月が必死に声を張り上げラインに呼び掛ける。同時にケアレイをかけるが、まだラインの意識は戻らない。
「こちら英雄班。今英雄を発見した」
『こちらも救助者を先ほど発見しました。今、撤退の準備をしているところです』
 アークェイドの通信機越しに問いかけに構築の魔女が答える。
『ラインさんは無事なんですか!?』
「虫の息だよ。死んじゃいない」
 あおばの声に答えながらリンクバリアを展開する。このバリア内であればドロップゾーンの影響を排する事が出来る。少しの時間であるが、ライヴスの消費を抑えられるだろう。
「貴女は死なせてなんかやらねぇ……!」
「う……」
 ケアレイとリンクバリアの効果により、微かに意識が戻ったらしくラインが小さく呻く。
「水無月様の、そして篠塚様の声を聞きやがれです!」
 最後にリジェネーションを掛けて、威月が通信機をラインの耳に突きつける。
『ラインさん、篠塚さんが待っています! 起きてください!』
 響く青葉の声。そして、一拍遅れて届く聞きなれた馴染みのある声。
『ライン、ライン! 帰ってきでよ、ばかぁ!』
 泣きじゃくり、もはやうめき声のようなその声がラインの意識を呼び覚ます。
「絵美……?」
『ライン!?』
 ラインがゆっくりと目を開き、意識がはっきりしていく。
「意識が戻ったのなら早く幻想蝶へ! 敵が降りてきますよ!」
 崖の上か続々と姿を現す従魔達に牽制の銃撃を飛ばしながらブラッドリーが檄を飛ばす。
「はい! ラインさん、少しの間、ここに入っていてください」
 そう呼び掛けて威月が手早くラインを幻想蝶へしまう。
「さあ、こっからは泥沼の撤退戦だ」
 獰猛な笑みを浮かべてアークェイドが告げる。
「殿はボクがやる! 走れ走れ!」
「はい!」
 すぐさま威月は立ち上がり駆け出す。地図は頭に叩き込んである。あとは最短距離で帰るだけだ。
「退路の確保は私が!」
 理夢琉が威月に並走して走り、前を塞ごうとしていた従魔達に魔力を放つ。
『私が威月さんの代わりにそっちへ行きます! 回復が必要でしょうから……!』
 通信機からあおばの声が響く。
「アークェイドさん、こちらは任せます!」
「もちろん」
 殿に必要なのは何よりもタフさだ。
 ブラッドリーはアークェイドのそれを信用し、その場から距離を置く。
 自分にできる事を成し遂げなければならない。自分に求められるのはアークェイドと並び立つことではなく、彼女が包囲されるのを防ぎ、その退路を確保する事だ。
「さて、慣れ親しんだ臭いだ。楽しいね」
 それは戦場の臭い。生死が容易く別れる死地の臭いだ。

●再びの、そして二度と違わぬ誓い
「無事か!」
 一度救助者を安全圏まで運んで戻ってきた飛翔が駆けてきた威月に声をかける。
「あと少しでゾーン外部だ。走れ!」
 すれ違い様にそう叫んで撤退中のアークェイド達の援護へ向かう。
「ここまでくればもう大丈夫です!」
「大群との闘いは得意中の得意だ。任せな」
 一般人救出班の者達から次々声を掛けられながら威月は走る。
 真っすぐ目的地へと――いや、あの人物の元へ走る。
 走り走り、走って、そしてたどり着いた。
 彼女の元へ。
「威月さん……」
 立ち尽くした篠塚が威月に声をかける。
「お待たせしました、篠塚さん……」
 言って幻想蝶からラインを出し、そっと地面に降ろす。
「ライン!」
 篠塚が急いでラインを抱き上げる。
「絵美……悪い」
 まだ流石に立ち上がれないが、意識ははっきりしているのかラインは篠塚の方を見て呟いた。
「本当だよ! バカ! どんなに心配したか……!」
 涙で顔をグシャグシャにしながら篠塚が叫ぶ。
「二度と……二度と裏切らないで! 絶対に!」
「ああ……『もう二度とお前を裏切らない』」
 ラインがそう呟くと同時に彼と篠塚の間にライヴスが集まり一つの宝石が生まれる。新たな幻想蝶。二人の誓約の証である。
「……っ」
 その様子を篠塚に負けない勢いで涙をボロボロ流しながら威月が眺める。
「ったく、ほれ涙ふけ」
 いつの間にか共鳴を解いていた火伏静が持ったハンカチで彼女の目元を拭っていく。
「一件落着って奴かい。随分人騒がせだったけどね……」
 後ろから聞こえた声に振り返ると、至る所に傷を負ったアークェイドがいつの間にか立っていた。
「無事だったか」
「死ぬほどの戦場じゃない。ボクにとってはいつもの事さ。でも、さすがにちょっと疲れたけど」
「がうー!」
「はいはい、分かった分かった」
 相棒のアイリアの言葉を軽くあしらいつつ、用意されていた椅子にどさっと腰かける。
「良かった、良かったね、アリュー」
「ああ、あの二人もより深く結べただろうからな……」
「うぅ……」
「あおばも涙をふきなって。あたいは絶対死なないからさ」
 篠塚とラインの再契約の様子を見て救出に関わったエージェント達が感情を露わにする。
 明日は我が身の話だ。この世界では決して他人事ではないのだ。
「湿っぽいね。苦手だな、こういうのは」
「ふふっ、良いではないですか。ティラーさんも無事……とは行きませんでしたけど、連れて帰る事が出来ましたし」
「えぇ、本当に。……一時はどうなる事かと思いましたが」
 眉を顰めて呟くアークェイドに咲とブラッドリーが苦笑を返す。
「ロロ――」
「ん、そうね。これで全てが終わったわけではないわ」
 落児の言葉に構築の魔女が呟く。
「そう、俺達の役目はいわば先遣隊みたいなもんだ」
「内部の状況は一応色々記憶してある。後で話そう」
 その横でニノマエとミツルギ、そして飛翔とルビナスが並んで山を睨み付ける。
「何とか犠牲無し終わった。次は……」
「ゾーンルーラーの撃破ですね」
 灰色に染まった山は何も語らずそこに雄々しく鎮座していた。

結果

シナリオ成功度 普通

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 『星』を追う者
    月影 飛翔aa0224
    人間|20才|男性|攻撃
  • 『星』を追う者
    ルビナス フローリアaa0224hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • 希望を歌うアイドル
    斉加 理夢琉aa0783
    人間|14才|女性|生命
  • 分かち合う幸せ
    アリューテュスaa0783hero001
    英雄|20才|男性|ソフィ
  • エージェント
    水無月 あおばaa0795
    人間|14才|女性|生命
  • エージェント
    無音 四葉aa0795hero001
    英雄|20才|女性|バト
  • 神鳥射落す《狂気》
    Arcard Flawlessaa1024
    機械|22才|女性|防御
  • 赤い瞳のハンター
    Iria Hunteraa1024hero001
    英雄|8才|女性|ブレ
  • 幽霊花の想いを託され
    花邑 咲aa2346
    人間|20才|女性|命中
  • 守るのは手の中の宝石
    ブラッドリー・クォーツaa2346hero001
    英雄|27才|男性|ジャ
  • 暁に染まる墓標へ、誓う
    無明 威月aa3532
    人間|18才|女性|防御
  • 暗黒に挑む"暁"
    青槻 火伏静aa3532hero001
    英雄|22才|女性|バト
  • 不撓不屈
    ニノマエaa4381
    機械|20才|男性|攻撃
  • 砂の明星
    ミツルギ サヤaa4381hero001
    英雄|20才|女性|カオ
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