本部

【幻島】ここは楽園、幻島春島!

弐号

形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~8人
英雄
6人 / 0~8人
報酬
寸志
相談期間
5日
完成日
2016/09/02 18:53

掲示板

オープニング


 ロンドン支部長、キュリス・F・アルトリルゼイン(az0056)は季節島をH.O.P.E.関係者の憩いの場と決めた。一般の観光客も受け入れるものの、これに関してはそれなりの監査を経ての許可制となる。
 ここはロンドンの大英図書館・館長室。
「世界中のセレブがオカンムリみたいねぇ。季節島をH.O.P.E.が独り占めしたって、話題独占中よ」
 ソファに座る英雄ヴォルフガング・ファウスト(az0056hero001)はなまめかしい指先で蒲萄の一粒を自らの口の中へ放り込む。
「人聞きが悪いですね。それらの方々も手続きさえ踏めば利用できますよ。……以前よりもチェックが厳しくなっているので大変だとは思いますが」
 デスクに着いているキュリスが手にした書類に目を通しながら、ヴォルフガングに答えた。
「キュリスって真面目そうなのに、中身は悪人なんだから」
「ファウスト、誤解されるような物言いはやめてもらえますか?」
「いいじゃない。蒲萄、食べる? おいしいわよ」
「後で頂きますので」
 俯き気味のキュリスが顔をあげるとヴォルフガングが愉快に笑う。そして館長室を立ち去っていく。ドアが閉まったとき、キュリスは小さくため息をついた。
「誰にでも休息は必要です。H.O.P.E.職員、リンカーのみなさんにも……」
 キュリスは振り返る。そして窓の外に広がる青空を眺めるのだった。

●企画立案
「春島に?」
「そー、クリュリアの分析にね。ジェイソンも一緒に」
 奥山 俊夫(az0048)がリリイ レイドール(az0048hero001)から出張届を受け取り、その行先に視線を落とす。
 先日セラエノとの一騒動を経て、今はH.O.P.E.預かりとなった季節島。その内の一つ、春島へリリイが行くという。
「あれだけ大規模なオーパーツが手に入るのは稀だからね。この機会に色々調べておかないと。……セラエノにH.O.P.E.の研究が遅れてるなんて思われ続けるのも癪だしね」
「気にしてたのか……」
 昏い笑みを浮かべるリリイに呆れ顔を返す。
「まあ、とにかくわかった。こっちは大丈夫だ。ゆっくりしてこい」
「はいはーい。じゃ、遠慮なく。……俊夫も行く? 船便だけど、結構空きがあるみたいよ?」
「俺が行って何をするんだ。オーパーツの解析なんて何も手伝えんぞ」
「いや、そういう意味でなく」
 奥山の少しずれた回答にリリイがため息を吐く。
「レジャー的な意味で」
「レジャー、か。そういえば以前の会議でエージェント達への慰安旅行の行先に季節島が候補に挙がっていたな。船便に空きがあるなら、低予算でツアーが組めないかちょっと掛け合ってみるか。今の時期なら春島は都合がいいな」
 言ってパソコンを操作し、季節島の情報を集め始める奥山。
「何というか、俊夫って割とワーカーホリック気味だよねー」
 やれやれと言った様子でリリイは呆れ顔で呟いた。

●H.O.P.E.特別キャンペーン
 春島。それは一年中桜が咲き、花びら舞い落ちるこの世の楽園。
 ただいまH.O.P.E.季節島解放特別キャンペーンで、H.O.P.E.に登録しているエージェントの方を対象に格安の料金で春島観光ツアーにご招待します。
 能力者の方と英雄の方がセットだと尚お買い得ですので、この機会に憧れの観光地、春島へ行ってみませんか?

解説

●日程
まず飛行機で最寄りの空港へ向かいます。
そこから春島直行の船に乗り、船の中で一泊。翌朝、春島到着予定です。
その後一日自由行動。春島で一泊して、翌日夕方に船に乗船。再び船で一泊。
そのまま翌日朝、空港へ直行し帰国します。

●観光案内
・ホテル
 元々観光地なのでそれなりに豪華なホテルです。休憩にどうぞ。
 奥山がロビーで監視役を兼ねて仕事をしています。
 春島のどこかでトラブルを起こすと、まず奥山が飛んできてホテルに連れてこられます。
 彼の説教は長いのでその分遊ぶ時間が少なくなりますのでご注意ください。

・花見会場
 一面満開の桜に桜吹雪が舞う、春島最大の観光名所です。
 飲食が認められており、毎日のように宴が開かれています。とはいえ、広いので静かな場所を探すこともできるでしょう。
 ジェイソンに置いてかれたリラがうろついてます。

・花咲く丘
 春島全貌を見渡せる小高い丘です。
 花見会場に比べると大分控えめな桜の花びらがロマンチックな雰囲気を演出します。
 ここの展望台にある春島唯一の本物の桜の木である『真実の木』の前で愛を誓えばそれは永遠の真実になるという噂がまことしやかに囁かれています。

・笑顔の家
 春島の隅にひっそりとある小さな家です。
 特定の人を思い浮かべて中を覗くと、その人が笑顔で手を振ってくれます。
 中に入る事は禁止されており、またそれ以上の行動はしません。
 自分で錯覚を見ているだけなので他人からは誰が見えたのかは分かりません。(共鳴中除く)
 あまり喧伝されておらず、知る人ぞ知る隠しスポットです。

・中枢
 春島の幻を司るオーパーツ『クリュリア』を制御している場所です。
 原則立ち入り禁止ですが、ジェイソンとリリイが『クリュリア』の分析・研究を行っており、彼らの手が空いている時なら見学を頼むことも可能です。

リプレイ

●パンフレット
「これでよし、っと」
 H.O.P.E.のエージェントとして必要な手続きの書類の最後に自分の名前を書き入れながら中城 凱(aa0406)が呟く。
「今時、こういうのネット上で出来るようにならないのかな」
「書類の方が確実だからな。まだしばらくはなくならないと思うぜ」
 現代っ子らしいボヤキを見せる凱に礼野 智美(aa0406hero001)が窘めるように返す。
「そんなもんか、よく分からないけど。……ん、何だこれ?」
 何となしに外した視線に一枚のパンフレットが目に入る。
「幻島観光プラン? ……幻島ってなんか聞いた事あるな?」
「この間セラエノに占拠されて奪還したとかいう島だな、確か」
「ふーん、一年中季節が固定された島か」
「そういえば今年は花見には行かなかったよな?」
 智美の提案に最近忙しさにバテ気味の親友の顔を思いだす。
「ん、ちょっとばたばたしてたし……。食の宝庫の秋も魅力的なんだが、花見行くか?」
「ま、良いんじゃないかな? 春の気温なら野外で昼寝しても風邪をひくことは無いだろうし」
「オッケ。じゃあ、香とあやかにも相談してみるか」
 そのパンフレットを素早くカバンにしまい込み、凱は少しでも早く家に帰ろうと受付へ駆け出す。

●夏が終わる
「うーん、春島かぁ」
「いいと思いますよ。時には羽根を伸ばすのも必要です」
 親友である凱達から渡されたパンフレットをまじまじと眺めながら呟く離戸 薫(aa0416)の肩を英雄の美森 あやか(aa0416hero001)が優しく叩く。
「確かに今年はちゃんと花見もしてなかったしね。……心配かけちゃってたのかな?」
「そうかもしれませんね。正直、外面に気を使う余裕もあまりありませんでしたし」
 妹達の夏休みの世話でここのところバテ気味だったの思い返しため息を吐く。
「そうだよね……僕たちも夏休みなんだ」
 ずっと忙しくてそんな感覚すらなかった。ふと気づけばもう夏は終わり。それは寂しい。
「最後にちょっとだけ休んでも、いいよね?」
 それでもまだ若干の後ろめたさを感じるのか傍らのあやかに問いかける。
 あやかは満面の笑みで答えた。
「ええ、夏休みの最後の思い出。いっぱい作りましょう!」
「……うん!」
 それで吹っ切れたのか、香も屈託ない笑みで大きく頷いたのだった。

●期待を運ぶ船
 それから時は過ぎ去り数日後の船室。
「夏休みの宿題、早めに終わらしといて良かったよなぁ」
 船室の窓から外を望みつつ凱が一つ伸びをする。
「まあ、今回は薫たちの弁当は無理そうだからそれはちょっと残念だけど」
「諦めも肝心だぞ」
「まあね」
 ちょっとだけ寂しそうに智美に返す。
 なお、その話題となった薫たち当人達は――
「うーん、軽食くらいは作れるかな……」
「やはり、この夏に日持ちしてしかも荷物としてかさばらない物となるとかなり限定されましたからね……」
 二人で頭を突き合わせて何とかお弁当と作れないかと苦心していた。
「どうしたの、随分思い悩んでいるようだけど」
 その後ろから急に声が掛かり二人は振り返る。そこには桜小路 國光(aa4046)とメテオバイザー(aa4046hero001)の二人が立っていた。
「あ、は……初めまして」
「いえ、何とかお弁当を作れないかなと思って相談をしてまして」
 消え入りそうな声で喋るあやかの前に出て薫が事情を説明する。あやかは少し男性が苦手だ。
「何とかって家で作ってこなかったのかい?」
「え、でも流石に二日後はちょっと危ないかなと思って……」
 灯影の問いに薫が答える。すると國光は一瞬考えてから再び口を開いた。
「ん、そうか。知らないんだね。幻想蝶の中に入れた物は劣化しないんだよ、ほら」
 幻想蝶からジュースを一本取り出し薫に差し出す。手を伸ばして触ると、それはとても冷たく、まるでたった今冷蔵庫から取り出したかのようだった。
「し、知らなかった……」
「く、悔やんでも仕方ありません。次から生かしましょう、薫さん」
 あやかは普段、ほとんど幻想蝶の中に入ることは無い。故に二人とも幻想蝶の用途についてそれほど深く考える事がなかったのだった。
「サクラコ、ちょっと可愛そうなのです。何とかしてあげられないでしょうか?」
「うーん、とはいってもなぁ……。」
 言って國光が船のロビーを見渡して、ふと一人の人物に目が止まる。
 今回のツアーの引率役である奥山俊夫である。
「奥山さん、ちょっといいですか?」
「ん、何かね」
 読んでいた文庫本を閉じ、奥山が立ち上がる。
「春島に調理施設と言うのはないんですか?」
「あるよ。屋外だが、ガスも通っていて火も出る。使うなら連絡してみようか?」
 特に資料を見たりせず奥山が答える。
「はい、お願いします」
 そう言うと奥山が少し離れたところにあった電話を手に取りどこかに連絡を取る。しばし電話をしていた奥山がこちらに向けてOKのハンドシグナルを送った。
「ふふっ、大丈夫みたいですね。良かったのです」
「あ、ありがとうございます!」
 二人は揃って國光とメテオに頭を下げる。
「オレは何もしてないよ」
「あ、いたいた! サクラコさん!」
 と、話をしている後ろから明るい女の子の声が掛かる。
「紙姫さん、どうしたの?」
 國光が振り返るとそこには若干落ち着かない様子で匂坂 紙姫(aa3593hero001)が立っていた。その後ろにはやれやれと言った風に呆れ顔のキース=ロロッカ(aa3593)もいる。二人とも國光の大事な友人である。
「サクラコさんとメテオさんって春島に行った事あるんですよね? どんな場所なんですか?」
 ギュっとパンフレットに皺ができる勢いで握りしめ紙姫が尋ねる。ニコニコと笑顔が自然と溢れるといった表情で、彼女がいかに春島を楽しみにしているのかが一目瞭然である。
「すみませんね、サクラコ。今朝家を出たときからずっとこの様子で」
「ははっ、いいじゃないか。せっかくの旅行なんだ。楽しまなきゃね」
 紙姫のそれが伝染したかのように國光も自然笑顔が零れる。
「とはいえ、オレも前回来たときは余裕なかったし、よくは知らないんだよね」
 前回の戦いの際を思い出しても浮かぶのは桜吹雪ととある顔だけ。以前の春島は狂った楽園だったのだ、無理もない。
「あれからリニューアルもしたみたいだし。そうだ、狒村さん達なら……」
 言って、同じく春島奪還作戦に参加していた狒村 緋十郎(aa3678)とレミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)を探し、船室を見渡す。
 かの夫妻は春島では比較的余裕があり、最終的に中枢に辿りついた面子である。彼らなら少しは春島内部事も覚えているかもしれない。
「うおぉ! レミアァ! 今日も――いや! 昨日も明日も明後日も十年後も可愛いぞぉ!」
「わはは、面白い男だの。やはり男たるものこれくらい熱くないとな。のう、主」
「いや、これはどうかな……」
 甘かった。その緋十郎は船室の一角ですっかり出来上がっていた。
 その隣ではやはり酒瓶を片手に興じる楓(aa0273hero001)とその横で呆れる会津 灯影(aa0273)の姿もある。
「うおー、れみあー! 好きだー! あいしてるぞー!」
 緋十郎が酔った勢いで自分の妻であるレミアに抱き着こうと近付き――
 そして、叩きつけられた。足で。床に。
「騒がしいわ、緋十郎。静かにしなさい」
 言われるまでもなく黙り込んだ緋十郎を引きずってレミアが自分たちの個室へ帰っていく。
「ええと……」
 反応に困って國光が頭を掻く。
「ふふ……」
 唐突に横にいたメテオが含み笑いをする。
「メテオに任せるのです。春島の資料は隅から隅まで見たのです!」
「おー!」
 ぐっと握り拳を握りながらメテオがどこからともなく結構大きめのパンフレットを取り出す。どうやら常に持ち歩いていたらしい。
「せっかく行くのです、楽しい思い出、沢山作らなきゃ……。一番の見どころはもちろんお花見会場なのですが、穴場スポットとしては……」
「なるほどなるほど……」
 紙姫だけでなく、いつの間にか薫やあやかも加わって、メテオの広げる春島の地図を頭を突き合わせて覗き込む。
「やれやれ、気が早いったらありゃしないな」
「そう言って、頬が綻んでますよ、サクラコ」
「君もね」
 期待に胸を膨らませる4人を見ながら、國光とキースは静かに笑い合った。

●到着
「綺麗な花です。幻とは思えない……」
 翌日。ホテルに荷物を置き、早々に春島最大の観光名所、花見会場に足を踏み入れて、その圧倒的な風景に初めて春島を訪れたエージェント達は絶句していた。
 見渡す限りに満開の桜。そして、常に降り注ぐ桜吹雪。まるで桃源郷。この世の物とは思えぬ風景だった。
「凄いぞ、薫! あれ、薫?」
「薫とあやかは何やら寄るところがあるそうだ。昼までには来ると言っていたぞ」
「なんだよ、勿体ないな」
 不満げに口を歪める凱だが、それ以上は言及しない。二人の事だ、大事な用事なのだろう。
「すごいなぁ、こんな桜見たことないや」
「ふむ、少々趣には欠けるが面白い。常世ではなかなか拝めない光景であろうな。灯影、ほれ」
「ん、なに?」
 急に差し出された楓の手を見て灯影が首をかしげる。
「花見と言ったら酒しかなかろう。早く出せ」
「まず、場所の確保だろ! まったくこれだから笊狐は……」
 楓の手をペシっと灯影が叩く。
「二度目の春島の訪問が、まさかこんなに平和なものになるとはな」
 昨日の醜態などどこ吹く風で至って真面目な表情で緋十郎が呟く。
「そうですね。この島は色々ありましたけど……楽しい思い出で塗り変えられればいいなって思います」
「できるわよ。あなたとあの子達ならね」
 國光の言葉に緋十郎の隣のレミアが返す。
 その目線の先にはパンフレットと睨めっこをするメテオやキースの腕を引っ張って走る紙姫の姿がある。
「ええ、オレもそう思います」
 そう言いながら、メテオと今日の計画を話す為に歩き出した。

●舞い踊る傾国
「あ、いたわ、リラ!」
 花見会場の場所を確保したのち、宴の準備をしているところで何やら黒く四角い物体を抱えたリラを見つけ、レミアが声を掛けた。
「どうしたの、こんなところうろついて。ジェイソンは?」
「ジェイソンったらリラの事置いてお仕事行っちゃったのよ! せっかくジェイソンとお花見できると思ったのに! お弁当重いし!」
「これ、お弁当ですか? 凄い量、ですね」
 頬を膨らませて文句を言うリラの持つ箱を見てキースが絶句する。
 持つ、というより抱える、と言った方が正しいか。それほどの大きさであった。
「これはお重だな。となると最初から大人数で食べる事を考えて作ったのだろう」
「じゃあ、丁度いいね! ねえねえ、一緒にお花見しようよ!」
「え、いいの?」
 緋十郎の言葉に紙姫がすぐさま反応する。さらにレミアも続いて乗っかる。
「もちろん。約束通り、私達もお弁当を持ってきたのよ」
「ジェイソンの料理ほど美味くはないと思うが……良かったら食ってくれ」
「うん、ありがとう!」
 皆の提案にリラがパアっと顔を綻ばせる。
「よし、場所の方はこんなもんでいいだろ」
 戻ると凱が場所確保用のブルーシートの固定を終えたところだった。そこへ買い出しに行っていた國光達が帰ってきた。
「お疲れさま。こっちも色々買って来たよ」
「そして、お二人にはこちらも!」
「?」
 凱が疑問に思ってメテオの方を見ると、その後ろからひょこっと薫とあやかが顔を出す。
「何とか、間に合ったね」
「急ごしらえですけど……」
 あやかがおずおずと弁当箱を差し出す。
「お、おお! ありがとう、薫、あやか! すごく嬉しい!」
「ああ、大変だっただろうに……」
 素直に喜びの顔を見せる二人の表情に、薫は持ってきて良かったと静かに思った。
「さあ、お花見の始まりなのです!」
「あ、お酒飲むのはあっちよ、子供に悪影響だから」
「う、うむ」
 レミアに蹴っ飛ばされて緋十郎がちょっと離れた場所に席を取る。
「ふむ、我は幼き頃から酒は嗜んできたものだが、これも郷に入っては郷に従えというものだな」
「それって何年前だよ」
 やいのやいのとお互いの持ち寄ったお弁当やら屋台の食べ物やらを交換しながら盛り上がる面々を見て、一献傾けながら楓が呟く。
「とはいえ、幼子に悪く思われたままというのも据わりが悪い。ここは一つ大人の面目を施させてもらうとしよう」
「何かやる気?」
「貴様も手伝え。こっちだ」
 言って灯影の襟首を掴み、強引に引っ張って食事組の方へと歩き出す。
「さて、宴もたけなわであるが、御一同。宴に催しは付きものというもの。傾国の妖狐と謳われし我が一つ舞でも披露してやろう」
 大仰な仕草で朗々と語る楓にその場の皆の目が集まった。ニヤリと楓が笑う。
「存分に香に酔い、目にも惚れるが良い」
 舞扇子を開き、美しい所作で楓が舞う。
 桜吹雪の中、和装で舞う楓の姿は美しく目を捕らわれるものであった。
 そして、羽織った着物を放り投げ、ひらひら舞うそれが楓の姿を覆った瞬間――
 楓は忽然と消えていた。
「おおー!」
(えっ、消え――)
 そばに立っていた灯影がその光景に驚く。
 と、ふと自分の持つ幻想蝶になじみの気配がある事に気付く。
(あ、幻想蝶に入ったのか。それで手伝いね)
「あ、というわけで、お開きです。ありがとうございましたー」
 楓が残した上着の着物を拾い楓の代わりに締めの挨拶をする。
 同時に灯影に大きな拍手と喝采が浴びせられた。
(なーんか釈然としないなぁ……。これじゃ付き人だよ)
 それに頭を下げて答えながら灯影は内心呟いた。

●あれからの春島
 花見も存分に盛り上がり、つつがなく朝を迎える。
 一部の人間を除いて。
「徹夜ですか?」
「んにゃ、仮眠は取ったよ」
 朝一番で事務所に入ってきたジェイソンを見てリリイが答える。と、その後ろに数人の人影がある事に気付く。
「おはよう、酷い顔ね」
「失礼します」
「おや、どうもお久しぶり。夫婦揃ってどうしたの」
 狒村夫妻とキースと紙姫のコンビである。
「見学希望だそうです。ホテルで声を掛けられたのでそのまま連れてきました」
「すみません、お邪魔だったでしょうか?」
「大丈夫大丈夫。丁度息抜きがしたかった頃だしね。私、三日間くらいは寝なくでも大丈夫なんだぁ」
「それは凄いな。一応コーヒーの差し入れも持ってきたぞ」
「それじゃ、ありがたくいただきます」
 緋十郎の差し出したコーヒーを受けとり口を付ける。
「クリュリアか……随分と久しぶりに見る気がするな」
「確か広域に幻覚を見せるオーパーツ、でしたっけ」
「幻影を発生させるという方が近いですね。条件によっては物理的な接触も可能です」
 クリュリアを見上げて聞いたキースの言葉にジェイソンが返す。
「前に出てきた奴らも普通に攻撃していたし、手ごたえもあったわね、そういえば」
 以前の春島での戦いを思い出し、レミアも感慨深げにクリュリアを見上げる。
「完全に制御して、指向性も付与して運用できるなら……広域幻惑兵器として対ヴィラン戦で役立ちそうよね」
「それはねー、ちょっと難しいのよね」
「というと?」
 口を挟んだリリイの言葉にキースが身を乗り出して尋ねる。
「クリュリアはね、レイライン――まあ霊脈みたいなものなんだけど、そこからエネルギーを吸い取って作動してるみたいなのよね。だからこの場所を動かして運用するのは難しいかもって事。この島と切り離して果たして大丈夫なのかも不明だしね」
「でも以前セラエノは動かそうとしたんですよね」
「あそこは事故が起きてもデータが取れたって喜ぶ人達の集まりだから……。セラエノの意図はキュリスさんに聞いた方が詳しいんじゃないかな」
 不服そうにセラエノについて語るリリイ。
「聞いた話ではクリュリアをエネルギー源に、他のオーパーツを起動する予定だったらしいですよ」
「クリュリアを電池にするつもりだったってこと? それはそれで勿体ないなぁ」
 ジェイソンの言葉にリリイが呻く。
「もしこれが暴走したら、どうなっちゃうんですか?」
 話を黙って聞いていた紙姫がふと思いついて尋ねる。
「暴走の定義にもよるけど、基本的に使用者の望むままの幻影を作り出せるから、触った人間によるよ。ただ無意識にも干渉してくるか制御は結構難しい」
「無意識に?」
「そ、前の冬島とかそうだよね。私達の足止めを画策した結果、誰も近づけないし出られない猛吹雪の島になっちゃった。結構繊細な奴なの、こいつは」
 モニター上のクリュリアをコンコンと叩きリリイが説明する。そこで緋十郎は一つの疑問が浮かんだ。
「それでは今はどうやって管理しているんだ?」
「狒村さん達は以前もお会いしてますよ。餅は餅屋。適材適所と言うわけです」
 ジェイソンが指を指した扉の向こうで、いつぞやの事件でエージェント達を先導した若い社員がにこやかにピースサインを掲げていた。

●きっと同じものを見て
 中枢には行かなかった他の面々は二日目はのんびりと春島を回り観光を堪能していた。
「ん、何だ。この家のマーク」
 道端に設置された看板を見ながら凱がポツリとつぶやく。看板には何の説明もなく家のイラストと矢印だけが描かれている。他には一切説明がなく何を意味するかすら分からない。
「それは『笑顔の家』なのです」
「笑顔の家?」
 後ろから聞こえたメテオの言葉に後ろを振り返る。
「そういえば宴で誰ぞ言っていたな。思い浮かべた者が手を振り返す屋敷。今は亡き者にも会える不思議な家だと」
「へぇ、そんなのがあるのか……」
「興味があるなら見てみるか、主?」
「俺はいいかな……。会いたい人なんて思いつかないし、なんか怖いし」
「怖いとは貴様らしい」
「か、楓はどうなんだよ」
「愚問だな、我に求める幻などない」
 そう言って早々に歩き出す楓。その背中をぼんやり眺める智美に凱が声をかける。
「どうする、行ってみるか?」
「……やめよう。俺もあやかも顔までは思い出せない。俺はともかく、見えなかったらあやかの方が落ち込みそうだから」
「俺達も親しい人は皆身近にいるしな」
 そこまで言ってからふと思いついた疑問を智美に尋ねる。
「そう言えば声だけ覚えてるっていうの、あやかは知っているのか?」
「言えるか。俺だけが覚えてるなんて」
「お待たせしました、皆さん」
 絶妙のタイミングで薫と飲み物を買いに行っていたあやかが二人に声をかける。
「――び、びっくりした」
「? どうしました? 大丈夫、智ちゃん」
「だ、大丈夫だ。とりあえず行こうぜ」
「何か怪しいなぁ」
 薫はそう訝しみつつも深くは突っ込まず、凱と智美に引っ張られその場を離れていく。
「さて、メテオはここに寄りたいんだったな」
「なのです!」
 その背中を見送りながら國光がメテオに話しかける。
 メテオにも今は会えない大切な人がいたのかと、國光が疑問に思いながら歩き出そうとした途端、他でもないメテオが彼の肩を掴み足止めする。
「ん?」
 どうかしたのかと聞くのよりも早くメテオが國光の幻想蝶に触れた。それは共鳴の合図。
「え?」
 事態が呑み込めないまま共鳴状態になり、そしてその主導権をメテオが即座に奪い去り『笑顔の家』まで駆けだす。
『お、おい、メテオ!』
「サクラコ! 姉様とあの時の英雄の姿を思い浮かべてくださいなのです!」
『ちょっと待て!』
 國光が主導権を取り返そうとするがメテオの強力な意思に阻まれてうまく行かない。
『まず、オレに何をさせる気だ!? あと、何する気だ!』
 しかし、完全とまでは行かずともある程度の妨害をする事には成功した。結果として二人の体はあたかも水中を歩くかの様にゆっくりと大股で歩くという、傍から見てなかなか愉快な状態となってしまっていた。
「メテオはこの間、サクラコを守る為とはいえ酷い事をしました。たとえ幻でも貴方の大切な人を、貴方の目の前で斬りました。だから……」
 突然殊勝な物言いで語りだすメテオ。口調は弱弱しいが主導権を取ろうという意思は一切微塵も緩めていない。
「せめて幻でも一目笑顔の二人に会ってもらいたくて……」
『それだけじゃないだろ!? 言え!』
「メテオはサクラコの姉様に会ったことがありません!」
 それが本音か、と思うが主導権は取り戻せない。いや、むしろ徐々に引っ張られている。
 國光の姉は今は実家で引きこもっている。だからメテオと会わせたことは無かった。
 そして、國光にとってとてもデリケートで柔らかい部分である。故に話題に出す事も滅多にない。秘密という訳でもないのだが、何となく隠しているような状況になってしまっていたのは確かだ。
「あ、見えました!」
『うっ!』
 視線の先に『笑顔の家』が映った。窓からどことなく見覚えのある顔が見えた気がした。
それを見て、國光は全身全霊を右腕の主導権奪取に傾け、幻想蝶に手を伸ばしそこから携帯を取り出す。
『これで……これでどぉだぁぁぁ!』
 凄まじい速さでそれを操作し、とある写真を画面に映し、メテオの目前に掲げる。
「……!」
 その瞬間、メテオは共鳴解除し、その携帯を両手で掴みまじまじと見つめる。
 そこには以前この春島で見た英雄と一緒に移る一人の女性。
 目元にどことなく國光と似たおっとりとした雰囲気の女性。間違いない彼の姉だ。
「どうせいつかは聞かれると思ったから」
「サクラコ……」
「楽しい話なんてないぞ」
 ふう、と一息溜息を吐き、國光が立ち上がる。
 ――英雄と能力者は、絶対断ち切れぬ絆で繋がっているのです!
 それは以前の事件でメテオが言った事。きっとその通りだと思う。
 だから、隠し事は無しにしよう。一緒のものを見て歩く為に。
「何が聞きたい?」
 言われてメテオの顔がぱぁっと明るくなる。
 気恥ずかしくて今まで話せなかった事を少し反省しつつ、國光はふと笑顔の家を見た。
「――」
 そこには仲睦まじそうにメテオと國光の方を見て笑い合う二人の姿。
「お前って奴はホント……」
「? どうかしたのです?」
「いや、なんでもない……」
 家に背を向け歩き出す。
「なんなのです! 教えてください、サクラコ!」
「なんでもないって」
 こみ上げてくる感情を噛みしめたまま國光はその場を後にした。

 様々な気持ちを積み、汽笛を鳴らして船は出港する。
 ここは楽園、幻島春島。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 美食を捧げし主夫
    会津 灯影aa0273
    人間|24才|男性|回避
  • 極上もふもふ
    aa0273hero001
    英雄|24才|?|ソフィ
  • エージェント
    中城 凱aa0406
    人間|14才|男性|命中
  • エージェント
    礼野 智美aa0406hero001
    英雄|14才|男性|ドレ
  • 癒やし系男子
    離戸 薫aa0416
    人間|13才|男性|防御
  • 保母さん
    美森 あやかaa0416hero001
    英雄|13才|女性|バト
  • 天秤を司る者
    キース=ロロッカaa3593
    人間|21才|男性|回避
  • ありのままで
    匂坂 紙姫aa3593hero001
    英雄|13才|女性|ジャ
  • 緋色の猿王
    狒村 緋十郎aa3678
    獣人|37才|男性|防御
  • 血華の吸血姫 
    レミア・ヴォルクシュタインaa3678hero001
    英雄|13才|女性|ドレ
  • きっと同じものを見て
    桜小路 國光aa4046
    人間|25才|男性|防御
  • サクラコの剣
    メテオバイザーaa4046hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
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