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夏だ! 合宿だ! 肝試しだ!?
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き、肝試しだとっ!?
最終発言2016/08/17 17:40:22 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/08/17 01:40:15
オープニング
『それ』は、その学校にまことしやかに流れる噂だった。
曰く、夜中の二時頃になると、人体模型が動くとか、骨格標本が走り出すとか、誰もいない音楽室でピアノの音がするとか、青白い人魂が飛ぶ、等々、エトセトラエトセトラ。
特別なことではなく、どこの学校にもある都市伝説のようなモノだ。
彼女もそう思っていた。この日までは。
●
(あーあ、眠れないなぁ)
はふ、と息を吐いて原桃子(はら ももこ)は周囲の人間の眠りを妨げないように体を起こした。
桃子は、場所が変わったり、枕が変わるとうまく眠れない体質だった。一晩寝れば慣れるのだが、初日の夜がいけない。
夏休み、桃子の学校では、大抵の運動部は一週間ばかり学校に泊まり込む。桃子の所属する吹奏楽部は、八月の頭にその番が回って来ていた。
尤も、吹奏楽部は分類上は文化部だが、やる事は運動部と大差ない。
今日は、その一日目。
炎天下で半日グラウンドをジョギングし、午後は楽器の練習に明け暮れた。
暑さの所為か、座って楽器を演奏するだけでも疲れている筈なのに、どうあっても緊張するのか、寝返りを打つ事どのくらい経ったのか。
スマホで確認すると、時刻は午前一時五十分。
草木も眠る丑三つ時まで、もうすぐだ。
ゾッと背筋を震わせると、取り敢えず用を足そうと立ち上がる。トイレの個室から出て手を洗いながら、ふと顔を上げると、中庭を挟んで向こう側の廊下が、窓越しに見えた。
そこに、人が立っているような気がして、桃子は思わず目を凝らす。
人――なのだろうか。そもそもこんな時間に自分以外に起きている人間が? と思った直後、その人はこちらに視線を向けた。
首の巡らし方がひどく不自然だと感じた瞬間、それは生きた人間ではない事に気付く。人肌の柔らかさが感じられない。硬質で、マネキンのような――と考える一瞬の後に目が合ってしまった。
やはりその目にも生気がない。例えるならまるで、理科室にある人体模型――
(人体模型!?)
停止していた思考が動き出す。と同時に、その人影は自身の正面へ顔を向けると、滑るように廊下を走り去った。
●
「本っ当に見たんですってば! こう、トイレの流しの向かいにある通路からじっとこっちを見てて――」
駆け込んだHOPE支部の受付で、桃子は部活のメンバーにした証言を繰り返した。
あの後、反射で盛大な悲鳴を上げた桃子は、付近の教室で寝ていた部活のメンバーを結局起こしてしまい、大ヒンシュクを買った。が、当の桃子は他人の迷惑を慮る心境ではなかった。
さーっと廊下を走って行ったんだってば! と叫ぶ桃子の声に誰も耳を貸そうとせず、誰もがただ、半端な時間に叩き起こされた後の不快感と寝不足を連れて翌日の練習をこなしていた。
なら、その時間に肝試しをしようと言い出す男子がいるかと思いきや、それを耳敏く聞き付けた顧問教師に、「バカな事言ってないで、夜はさっさと寝なさい!」と一喝され、不発に終わった。
その年頃の男子なら、そんな一喝には逆らってこそ醍醐味、という少年も多いが、ここ数年の異常な暑さでは、思う以上の体力が消費されるのだろう。
「起きているのを見つけたら、ジョギング十周追加!」という脅しに勝てる者はおらず、吹奏楽部の合宿は、その後、桃子を含めて怪しい現象に遭遇する者もないまま、終了したという。
●
「――ところが、この中学校で怪奇現象を目撃する生徒が、その後の合宿でも相次ぎました」
証言その二。
陸上部の二年男子、外田顕司(そとだ けんじ)。
「夜中にトイレに起きたら、骸骨と行き合ってさぁ。よーく考えたら理科室にあった骨格標本だと思うんだけど……え、その後どうしたのかって? 朝まで追い掛けっこですよ。短距離選手に長時間ランニングはキツいぜ……」
証言その三。
やはり、陸上部の二年男子、八塚佳洋(やつか よしひろ)。
「外田がそう言うからさ、こっそり肝試しがてら起きてたんだよ。あ、先生には内緒にしといて欲しいんすけど、そうしたら人体模型と骨格標本に挟み撃ち食らって……よく逃げ切ったなって? そら、あんなのに追っ掛けられたら必死こいて逃げますよ」
証言その四。
バスケ部の三年女子、鹿間茉衣子(しかま まいこ)。
「私が見たのは昼間でした。この暑さですから、いつも練習の度に体力は消耗しますけど、その日の消耗具合は半端じゃなくって……チーム対抗戦の時ですかね。ふっと見回したら、明らかに異常なのが混ざってて……よく見たら人体模型ですからね。ええ、もうその日は練習にもなりませんでした」
「――という次第です。結果的に四番目の鹿間さんの時に、顧問の先生も確かに見た、という事で、改めてこの支部に連絡がありました。あまり被害が大きくないところからして、イマーゴかミーレス級だと思うのですが……まあ、気軽に肝試しがてらチャッチャと退治して来て下さい」
まるで、ただの肝試しに行って来い、というような軽さで、オペレーターは説明を終えた。
解説
〈〉内…PL情報=PCは知り得ない情報。PCがそれを知る為には、何らかのアクションが必要となります。
▼目標
怪奇現象の原因を突き止め、その除去に当たる。
▼登場
■ミーレス級従魔…〈人体模型に憑依中。そろそろライヴスを吸収し始めた。活動時間は夜に限らない。〉
■イマーゴ級従魔…〈骨格標本に憑依中。今のところ人畜無害。時折廊下へ走り出たりする。逃げるもの(人、動物は問わず)を追い掛けたい習性があるらしい。主に活動時間は夜中。
※二体に共通する備考
・必ず理科室にいるとは限らない。
・依代をバラバラにすれば消滅する。但し、依代本体に関しては、学校の備品なので、再構築不能にしてはならない。後で組み立て直せば使用できるようであれば、多少の破損については学校も了承済み。〉
■原桃子、外田顕司、八塚佳洋、鹿間茉衣子(他、女子バスケ部員)…証言者の中学生。
〈備考
・学校の敷地面積は、約二万平方メートル。内、校庭面積は約七千平方メートル。校舎は逆L字の配置。校舎と対面する位置(校庭の隅っこ)にプール。
・屋上は通常立入禁止。
・二階建てで、理科室は丁度建物全体の中央部辺りにある。体育館や音楽室は、渡り廊下で繋がれた別棟。〉
リプレイ
「きもだめし~、きもだめし~」
説明があった翌日の夜半。
集合場所である校門の前で、エミル・ハイドレンジア(aa0425)は歌うように言いながら校舎を見上げた。
『エミルよ、きもだめし、とは一体何なのだ?』
説明の時から気になっていた事を、ギール・ガングリフ(aa0425hero001)が主に訊ねる。
「ん、男性の、心の強さを、試す儀式……?」
説明しながら、エミルはかくりと首を傾げた。疑問形になるのがいかにも怪しいが、ギールは、『そうなのか』とあっさり納得している。
「えっと……どうしても、行かなきゃダメですか?」
暗い所為か、闇に重なり、のし掛かってくるような気がする校舎に、ホラーが大の苦手な想詞 結(aa1461)は、早くも半泣きだ。
今すぐお家に帰りたい。骸骨怖い、逃げたい。
昼間、直接聴取を行った中学生達の証言が、勝手に脳内をエンドレスリピートする。
「いいじゃん、面白そうだし。こうゆうのがさ、色々ネタになると思うんだー」
逆に、彼女の相棒であるルフェ(aa1461hero001)は大乗気だ。
マジシャン志望で、人を驚かせるのが好きな彼としては、かなり興味があるらしい。
「だっ、大丈夫ですよっ、一人じゃないし!」
グッと拳を握って言う黄昏ひりょ(aa0118)もしかし、実は怪談の類は大苦手だ。ただ、困っている人を助けたいという一念で、勇気を振り絞って参加したに過ぎず、実は他人を励ましている余裕などない。
それが彼の性分なのはよく解っているが、それにしても苦手なもの相手でも飛び込むのはどうなんだろう、とフローラ メルクリィ(aa0118hero001)は内心でツッコミを入れている。
「だが、出現場所が決まっていないのは面倒だな」
無表情に呟く御神 恭也(aa0127)の背後で、彼の相棒の伊邪那美(aa0127hero001)が、『人為的に怖がらせるんじゃ無いなら平気だもんね~』などと言いながら、踊るように無意味なターンを決める。
「中学生が見たのは、二階の教室の近くにあるトイレの辺りと体育館だったよね」
人差し指を口元に当てて言ったのは、桃井 咲良(aa3355)だ。
校舎の間取りの確認と共に聞き込んだ所によると、目撃者の殆どが、合宿時に宿泊した二階教室の近辺で遭遇したらしい。
「とにかく、肝試しって初めてだから何かワクワクするね!」
『キヒヒ♪ 精々、楽しく遊ばせて貰うとするぜ』
彼女も、それに同調する相棒のジャック・ブギーマン(aa3355hero001)も、激しく目標を取り違えているが、誰も指摘しない。
咲良は、旧知の友人であるエミルやひりょに「やっほー!」と元気よく挨拶して回る。
「ひりょくん! 一緒に行こうよ! 皆一緒なら楽しいよ!」
「そっ、そうですよね!」
良かったぁ、頼もしいですぅ~、と素直に感涙に咽ぶひりょを余所に、咲良は、九重 陸(aa0422)とオペラ(aa0422hero001)に向かって、陸くん達もね! と声を掛けている。
各々、携帯で連絡を取り合う事を確認した六人(とそれぞれの相棒達)は、ひりょ・陸・咲良の組と、恭也・エミル・結の組で二手に別れる事となった。
一緒に行動してくれる人がいれば安心! と拳を握るひりょは、この後自身に降り懸かる災難を知る由もなかった。
●
「あのー……それ、何ですか?」
既に共鳴を済ませたエミルが片手に持っている物を見て、結が恐る恐る問い掛ける。
「ん、きもだめしに、こんにゃくは、必須……」
それは言葉通り、湯気の立つこんにゃくだ。大根や卵が一緒になって棒に刺さり、見るからに熱そうな――間違っても肝試しや、ましてや真夏の夜に必須とは思えぬ代物である。
嘘々、絶対嘘! と思いつつもツッコむ事は出来ずにいる結に、そのあつあつおでんの棒は「えいっ」と差し出される。
ひぇええ、止めて熱い危ない! と悲鳴を上げる結と、無言のエミルの攻防を尻目に、先頭を歩く恭也は懐中電灯を片手に廊下を進んでいた。
目撃者証言の多かった場所は、他チームが担当するので、こちらは主に校舎一階部分を見回る事になっている。
不意に遠方で、カツーン、と甲高い音がした。何かが跳ね返るようにその音は反響し、徐々に小さくなる。
『ねえ、今変な音がしなかった?』
伊邪那美は、恭也の上着に無意識にしがみ付きながら囁く。
「気の所為だろう? 俺には特に何も聞こえなかったが」
恭也が声音さえも無表情に喋るのはいつもの事だが、そう言われてしまうと、そうなのかな、と納得せざるを得ない。
先刻迄は怖くなかったのに、急に心臓がドキドキし始めた。勿論、恋愛のようなときめきとは違う。
大丈夫、怖くない。相手は超低級の従魔だってオペレーターも言ってたし、と自身に言い聞かせた直後、またも大きな音がして、伊邪那美は結と共に飛び上がった。
「きゃあぁあ!」
『い、今何か倒れたよねっ?』
反射で結と抱き合いながら確認するように言うと、いつの間にかおでんの棒をダウジングロッドに持ち替えたエミルは、ただ唸りながら小首を傾げている。
「風か何かじゃないのか」
恭也は恭也で、まともに取り合ってくれない。ルフェまで「だよねー」と恭也に相槌を打つ始末だ。
結と手を握り合い、大丈夫怖くない怖くない、と呪文のように繰り返すそれに、まるで合いの手を入れるようなリズムで、今度はカツン、カツンと妙に耳に付く足音がし始めた。
明らかに、一つ多い。ここにいるのは、エミルが共鳴状態だから、全部で五人だ。だのに、六人分の足音がする。
チラリと結に目線を投げるが、彼女は気付いていないようで、ただ「また何かありましたか」と目だけで器用に訴えている。
『ね、ねぇ』
「今度は何だ」
『何か、ボク達を追い掛ける足音がしてない?』
「俺の足音じゃないのか」
素気なく言った直後、恭也が珍しく不敵に唇の端を吊り上げた。
「ふむ……」
『な、何かな』
「怖いなら共鳴しても良いが、どうする?」
揶揄うように言われて、伊邪那美はヒクッと頬を震わせ、次いで声を張り上げた。
『な、何を言ってるのかな~、恭也は。ボ、ボクが怖がるなんて虚報を広めないで欲しいな~』
アハハハハハハ、と続いた笑いは、明らかに乾いていた。
●
「俺さぁ。小さい頃から病院暮らしだったし、自分が死に掛けたり人が死んだりってまあ茶飯事だったんだよね」
出し抜けに陸がそう口を開いて、ひりょは「はぁ」と吐息とも相槌とも付かない声を漏らす。
「だからかなぁ。どーも時々『見えたり』するんだよ」
え、と一瞬首を絞められたような声を出したひりょは、いやまさかそんな、冗談ですよね? という期待を込めて陸に視線を向ける。
しかし直後、ひりょが手にしている懐中電灯で照らされた先に向かって、陸が手を振った。
「あっ、俺が入院する一週間前に死んじゃった吉岡のばーちゃんじゃねーか! おーい、ばーちゃーん!」
「ええぇええ!?」
何々、九重さんには一体何が見えてるのっ!? と、早くもひりょは半泣きになる。瞬間、絶妙のタイミングで背後から聞こえた女の悲鳴に飛び上がった。
「うわぁあああ!!」
『キヒヒ♪ 悪ぃな、オレのケータイ』
全く悪いと思っていない口調で言ったジャックは、手にしたスマホを操作する。
バクバクと脈打つ心臓に手を当てていると、進行方向へ走っていった陸が「皆地縛霊はもう卒業したの?」などと口走った。
「へー、そうなんだ! よかったじゃーん。あっ、すいませんオペラさん、紹介するっす。こっちは元・末期患者の……」
「え、エリック? その辺にしておきませんか?」
話を振られたオペラは、半ば戸惑った口調でおっとりと窘める。
(イマジナリーフレンドというやつでしょうか……不安の多い病院で幼少期を過ごしたが故の……)
とは思ったが、オペラはそれを口にはしない。
「そ、そうですよ、冗談キツすぎ……」
ただでさえ怖いのに、と言いながら追い付いて来たひりょに、陸は内心益々面白がりながら「やだなー怖いだなんて」と言葉を継ぐ。
「こんなに一杯人がいるんだから、怖い事ないっすよ」
一杯? いや、確かに人はいるけど、この場にいるのは六人だけだし……とオドオドと周囲に視線を走らせていると、突然首筋をヒヤリとしたモノが撫で上げた。
「ひぇえええ!!」
『キヒヒヒ♪ 良い反応だぜ♪』
冷たい濡れタオルを片手に呟くジャックに、「程々にねー」と言う咲良の口調もどこか楽しげだ。
体の震えが収まるより早く、ひりょの携帯が着信を告げる。
「は、はい、もしもし……」
〈もしもし。今一年五組の教室の前にいる、よ……?〉
掠れた声音が耳朶をなぞり、またもや絶妙のタイミングでその耳に風のようなモノが吹き掛かる。
ひぃいいい……。
哀れなひりょの悲鳴が、暗闇に溶けた。
●
L字型の造りの校舎の角を曲がると、遮蔽のない廊下に出た。
「ん、長い廊下、走るには丁度いい、ね……」
ライブスラスターを背負ったエミルは、「ぶーん……」という自家製の効果音と共に、他の四人を追い抜く。
悪魔を模したぬいぐるみが、口からライヴスを噴射しながら、彼女が頭部に着けたスコープの灯りと共に、見る間に遠ざかっていった。
恭也と伊邪那美、結とルフェは変わらず並足で懐中電灯を頼りにその後を歩く。数歩行った所で、突如お経が響き渡り、結と伊邪那美がまたもや飛び上がった。
「きゃあ!」
『な、何今の声は!?』
「定時連絡の時間か」
涼しい表情で携帯を操作する恭也を、伊邪那美は『ねぇ、それはボク達に対する嫌がらせかな?』と恨めしげに睨め上げる。
「季節にあった呼び出し音にしてるだけだぞ」
言うや、彼は伊邪那美の耳に携帯を押し付けた。直後。
〈今お前の後ろにいるぜぇえ……!〉
『ひゃあぁあああ!!』
耳朶に忍び込むような低い声音に、伊邪那美はその場から飛び退いた。同時に慌てて背後を振り返ると、伊邪那美の悲鳴に驚いたのか、結が涙目で「何があったんですかっ?」と訊ねてくる。
『こっ、声っ、低くて怖い声がっっ』
ガクガクと震えながら訴える伊邪那美に手を取られながら、さっきから帰りたい気持ちで一杯だった結も、カクカクと首を縦に振る。
「だっ、ダメです、もうダメ、帰りましょうっ、夜の学校に、来る事は、悪い事、ですから、早く、帰ろう、です」
最早、首肯しているのか震えているだけなのかが分からない程だ。
そんな二人に構う事なく携帯を自分の耳元へ戻した恭也は、現状を淡々と報告する。
「こっちは曲がり角を過ぎた所だ。今のところ、異常なし。そっちは?」
〈えーと、今目撃証言のあったトイレの近くにいまーす! おーばー!〉
こっちも異常はないよー、と咲良の声が脳天気に答える。
直後、うひゃあぁあああ!! という凄まじい悲鳴が遠い場所から聞こえた。明らかに電話の向こうからだ。
「どうした?」
〈わー! 何か出たみたーい! 場所は今言ったとおりだからー! おーばー!〉
通信が切れると、恭也は携帯をボトムのポケットへ仕舞った。
『……どうかしたの?』
「向こうで出たらしい。行くぞ」
ひっ、と飛び上がった後、「じゃっ、じゃあっ、向こうから行きましょうっ!」と結は今来た道を引き返す方向を指さす。その手はしっかとルフェのマントを掴んでいた。
「何言ってんの、すぐそこに階段あるのに」
二階でしょ? と確認を取るルフェに、恭也は無言で頷く。
『でっ、でもっ、ボクも結ちゃんの言う通りの方がいいと思うなぁ』
急がば回れっていうじゃない、と伊邪那美もやはり乾いた声音で言う。その間に引き返そうとしていた筈の結が、全力で回れ右をして駆け出した。
『えっ、ちょっ、結ちゃん!?』
伊邪那美は、結につられて走りながら背後を確認して目を剥いた。
自分達を追い掛けて走っているのは、紛れもなく骸骨――だった。
●
「うひゃあああああ!!」
通話を切るなり咲良と共鳴したジャックの視線の先で、ひりょがガクガクと震えている。
「……何があったか訊いた方がいいの?」
フローラが訊ねるのへ、ひりょは「い、今っ、そこに黒い影がっっ!! こう凄いスピードでっっ」と言いつつ闇を指さした。直後、「ぶーん……」という声とも音とも付かない何かが背後から聞こえる。元々の進行方向へもう一度目を向けるが、そこには何もない。
その正体は、ライブスラスターによる超高速で移動するエミルだったが、その速度の所為でひりょには黒い残像しか見えなかった。
『ゴキブリでも見たんじゃねーのか? キヒヒ♪』
本気とも揶揄いとも取れる口調で、ジャックが肩を竦める。
「そんなに小さなモノじゃないよっ! もっとこう……フツーの人間大の!!」
言い募るひりょの言葉尻に乗るように、キィ、パタン、と明らかにドアが開閉する音がして、全員が背後を振り返った。しかし、やはり誰もいないように見える。
もう震えるばかりのひりょの手から、フローラが懐中電灯を奪い取り、そちらを照らした、刹那。
「わ――――!!」
トルソー状の人体模型が明かりの中に照らし出され、ひりょは今度こそ回れ右し、駆け出す。脳内は既に真っ白だ。
『キヒヒ♪ 面白くなって来たぜ』
次いで駆け出したジャックは、その後をまっすぐ追うのかと思いきや、途中で角を曲がって階段を下りた。
陸とオペラ、フローラも後に続く。
一行は、そのまま体育館に続く渡り廊下を駆け抜けた。その頭上に、空中を過ぎるように渡された通路から、微かにひりょの悲鳴が漏れ聞こえている。
「ビンゴ、みたいだな」
ジャックに続いて走る陸が小さく呟く。
予め借りていた鍵で体育館を開けると同時に、ひりょが別の出入口から飛び込んで来た。
『ホイ、パス♪』
ジャックが潜伏を発動させつつ陸に渡したのは、ノーブルレイの先端だ。陸がしっかりその端を握るのを確認すると、ジャックはそれをひりょの走ってくる軌道上に交差させるように張るべく、素早く反対側へ駆けた。
彼がワイヤーの上を通る刹那、ジャックが顎をしゃくったので、陸は反射で手に持っていたワイヤーの端を引いた。瞬間、ワイヤーはピンと張られ、ひりょが悲鳴と共に盛大に引っ繰り返る。
本来の標的であった筈の人体模型は、倒れたひりょの後方数メートルで急停止してしまった。
「お任せを!」
透かさずオペラが立ち上がり、幻想蝶の中から取り出した何かを思い切り人体模型に向かって投げ付けた。地響きを立てて人体模型を捕らえるようにその上に落ち込んだのは、何とサッカーのゴールネットだ。
「どうです、エリック! わたくしもたまには役に立つのですよ!」
可憐なドヤ顔で腰に手を当てたオペラは、放っておけば高笑いでも始めそうだ。
「うん、いや、それはいいんすけど……あんなモノ、いつ幻想蝶に仕込んだんすか?」
立ち上がって、捕獲した人体模型に歩を進める陸に、「昼間聞き込みに来た時に、学校からお借りしたんですよ」と答えながらオペラも続く。
『キヒヒ、一丁上がりだな♪』
ジャックと共に見下ろした視線の先で、人体模型が俯せになったゴールネットから抜け出そうともがく光景は、中々シュールだ。
「この模型、誰か心当たりない?」
陸が眉根を寄せて言うと、ジャックが首を傾げる。
『て言うと?』
「祟ったりしてねーよな」
『何訳の分からんこと言ってやがんだ?』
「……ないか、そうだよな。悪かったぜ」
一人納得して肩を竦める陸の後ろから、まだバタついている人体模型を見ながら、オペラが「それでどうします?」と口を挟む。
『そりゃ勿論』
顔を上げたジャックが、凶悪な笑みを浮かべる。
『後は解体の時間じゃねーの?』
「確かに流石にバラせば動けないでしょうけど、元は学校の備品だろうし……壊しちゃマズいっすよね」
『そこを壊さねーようにやるのがテだろーが』
ま、壊しても知ったこっちゃねーけど、などと不穏な事を言いつつ、ジャックはゴールネットを蹴り上げる。
逃れようと跳ね起きた所を素早く馬乗りになった陸が、内蔵されている内臓の模型を引っ張り出すと、途端に暴れる動きが鈍くなった。どうやら“当たり”らしい。
「ちっとメンドいけど……ま、バイト先の舞台装置だってそうだし。いつも通りか」
『キヒヒ、幽霊の正体見たり枯れ尾花ってかぁ?』
ジャックと、彼と共鳴を解いて咲良まで「楽しい解体ー!」などと言いながら、嬉々として人体模型の腹部に手を突っ込み始めた。
「人体模型に跨がって解体する仮面の男と助手二人……なんて、新しい都市伝説が出来てもおかしくなさそうですね……」
三人の後ろでゴクリと唾を飲みながら呟くオペラの後方では、フローラが倒れたままのひりょに駆け寄り、助け起こしている。
「大丈夫? ひりょ君」
フローラに抱えられ、上半身を起こしたものの、ひりょは放心状態だ。逃げる場所がもうないよ、とブツブツ呟きながら虚空を見上げている。咄嗟にクリアレイをかけようとしたフローラだが、共鳴しなければスキルは使えない事を思い出す。
どうしたものかと一瞬悩んだ末に、「ごめんね」と短く詫びると、彼の胸倉を掴んで頬を引っ叩いた。
●
『ひぃやぁあああ!!』
涙目になった伊邪那美と、無言の悲鳴と共に走り去る結を追い掛けて目の前を通過したのは、どこからどう見ても骨格標本だ。
「ふわー。こんなのの何が怖いんだろうねぇ」
驚きはするけど、と結にマントを掴まれたまま走りながら、ルフェがのんびりと言う。
恭也は、三人を追う骸骨の後ろに、一拍遅れて続いた。こんな事なら共鳴しておくのだった、と若干後悔するが、それでも今回は敵戦力が低そうなのが救いだ。
説明通り、イマーゴかミーレスならば、依代を破壊してしまえばどうにかなるケースが多い。しかし、骸骨はカチャカチャと派手な足音を立てつつ、意外にも結構な速度で駆けるので、恭也は中々追い付けない。それどころか、骸骨は伊邪那美達との距離を縮めつつある。
「伊邪那美! こっちに来い! 共鳴するぞ!」
『やっ、むむむ無理だってっ!』
声を掛けられてチラと振り返った伊邪那美は、慌てて前を向き、走るのに専念する。手を伸ばせば触れられそうな距離に骸骨が走っているのだ。
結の方は振り返る余裕もないらしい。
「じゃあ、しゃがめ! それで奴の足を引っ掛けろ!」
『嫌ぁあ、尚更無理っっ!!』
相手は骨格標本だ。標本だとしても骸骨の形をしていると思うと、触れるのは勇気が要る。
「結さん、俺らが行くよ!」
「えっ、や、はいっ!」
混乱しつつも結は共鳴に応じる。走りながらマジシャンの姿に変じた結だったが、足は止められない。
咄嗟にルフェが体の主導権を握り、ターンするように振り返る。骸骨に足払いを掛けようと狙いを定めるが、行動に出るより早く、階段から黒い影が転げ出た。その影に、臑の当たりを直撃された骸骨は、横様に転倒し派手な音を立てる。
ルフェと、漸く追い付いた恭也が、起き上がる隙を与えず飛び掛かった。
「で、これどーすんの?」
ジタバタと二人の下から脱出しようと試みる骸骨の頭を押さえながら、ルフェが言う。
「取り敢えずバラしてみよう」
『こ、壊しちゃうの?』
伊邪那美が息を弾ませながらも立ち止まり、遠巻きにその様子を見ている。
「いや、この手の模型は分解した後、また組み立てられるからな。とにかく一度バラすぞ」
「アイサー」
骸骨にぶつかった影――もとい、エミルも無言で分解に加わった。
読書オタクで幼い割に博識なので、骨を引き抜く度に、「鎖骨……」とか「舟状骨……」などと言いながら丁寧に床へ置いていく。
暴れる動きが鈍くなった。押さえ付けていた恭也とルフェも作業に加わり、解体を終える頃、その動きも完全になくなる。
取り敢えず終わって良かった、と共鳴を解くなり、結は廊下に座り込んで深い溜息を吐いた。
「大丈夫……? はい、これ……」
いつの間に傍へ来たのか、エミルが何かを差し出す。
「え? あ、ああ、ありがとうござ……」
受け取ったそれが骨の一部である事を確認した結の悲鳴が、夜の廊下に響き渡った。
●
ひりょが正気付いた時には、動かなくなった人体模型を、陸達四人がああだこうだ言いながら組み立て直している所だった。
戦闘になったら勿論仲間のフォローに務めるつもりだったが、恐ろしいものとやり合わずに済んだので、内心ホッとした。しかし、それはさておき。
(……もしかして、俺一番騒いでたのかも)
仲間達と帰途に付きつつ、自身の行動を省みると、自然顔に熱が上る。
「ひりょ君、大丈夫? あ、あの……強く叩き過ぎちゃったかな」
本当にごめんね、と隣を歩くフローラが俯く。
「い、いや、そうじゃないんだけど、その……」
ひりょは意を決したように、ガバッと頭を下げ、手を合わせる。
「今日の事は忘れてくれっ、お願いだからっ!」
瞬時、キョトンと目を瞠った全員の視線がひりょに集まった。
「あー……うん、フローラこそごめんね、調子に乗ってちょっと苛め過ぎたかも……」
ばつが悪そうにフローラが謝罪すると、ジャックも肩を竦めて『オレも悪かったよ』と言った。が、『許せ、ワザとだぜ、キヒヒヒ♪』等と付け加えて台無しにしている。
「でも、何だかんだで楽しかったねー! また機会があったらやろうよ!」
『キヒヒ♪ 同感だぜ♪』
(どこがっっ!?)
やはり半泣きになりつつ盛大に脳内でツッコんだひりょの少し後ろを歩いていた恭也は、「俺も謝らないといけない」と隣を歩く相棒に向かって口を開いた。
『何を?』
「実は、最初の怪奇現象の幾つかは俺がやったんだ」
『へー……って、はあ!?』
頓狂な声を上げる伊邪那美に、「ホラ、始めにどこかで音がしたり何かが倒れたり、足音が一つ余計に聞こえたりしたアレだ」と続ける。
『……何でそんな事をするのかな?』
地を這うような伊邪那美の声に、恭也は内心慌てつつもしれっと言った。
「いや、聞いた限りだと敵戦力も低そうだったんでな、悪戯心が沸いてな」
『ボクの誓約者はいじめっ子です……』
メソメソと泣き真似をしながら、脱力と共に結の肩に凭れる。結は、戸惑ったように、無言でされるままになっていた。
東の空が白み始めている。今日も、暑い一日になりそうだ。
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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