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海の家がこんなに激務なんて聞いてない
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最終発言2016/08/14 19:27:38 -
相談卓
最終発言2016/08/15 14:23:50
オープニング
◯募集要項
『海の家・短期バイト募集!』
日時:8月×日~△日(計5日間)
勤務時間帯:要相談
時給:◯◯円
まかない:あり(海の家のメニューから1品選択)
仕事内容:接客・厨房・客引き
制服:エプロンのみ支給、服装自由
その他:休憩時間や勤務後は、海や浜辺で遊んでOK! 夜は貸し切り状態の穴場スポットです。
応募はこちらまで
店長・夏木 090-××××‐××××
◯ラッシュガード憎し
青い海。砂の城。色とりどりの水着。嗚呼、夏って素晴らしい。何と言っても、女子が開放的になるのが素晴らしい。水着、それもビキニを考えた天才に感謝を捧げたい。ありがとう、先人よ。あなたのおかげで俺は幸せです。
と、思っていたのに! なんなんだ最近の女子は! ラッシュガードとやらで、露出を抑えて! 嘆かわしい! 青春はたった一度だぞ! 命短し恋せよ乙女! 恥じらっていたら、君のもとに夏の恋は舞い降りないぞ?
「え、えええええ! 全部口に出てた?! あ、いや、別にエロい意味で言ってるんじゃないんだからね! まるで俺がスケベみたいじゃないか、ハハハ。いや、マジで。そんな目で見ないでよ……う、ん……なんか頭痛が。……脱げ……。その野暮な上着を脱げって言ってんだよ! ヒャッハアアアア!」
解説
・海の家でのアルバイトです。ホールでの接客か厨房での調理を選択してください。
・海はかなりにぎわっています。ランチタイムは地獄の忙しさと化すでしょう。
・交代で客引きも行ってもらいます。良いアイディアがあれば店長権限で積極的に採用します。
【以下、プレイヤー情報】
初日の15時ごろ、イマーゴ級従魔が発生します。従魔に取り憑かれた人たちが、女子のラッシュガード(水陸両用のパーカー)を脱がせる変態さんと化します。多少の武力を行使して良いので、ビーチに平和を取り戻してください。東京からは電車で1時間前後かかります。東京海上支部からの援軍は間に合わない可能性が高いです。
※リプレイは主に初日の様子を描きます。
イマーゴ級従魔に憑かれた人たち
・姿は普通の人間。男性が多い。なぜか頭に海藻などを載せたがり、表情は見えづらい。
・女子の着ているラッシュガードを(余裕があればパレオも)奪う。水着を脱がせることはなく、その他セクハラもしない。見るだけ。
・邪魔する相手には水着狙いで攻撃してくる。(※R18描写はありません)
・非常に弱いが、リンカーと追いかけっこができるくらいには素早い。
・人数は数名~十数名程度と思われる。彼らを全員解放すれば、被害はそれ以上広まらない。
・共鳴しなくても討伐可。依代から離れた従魔は、放置しても自然消滅する。
店長
ちゃらんぽらんな感じのおっちゃん。海の家と小規模な売店を経営。気前が良く、特に女子には優しい。リンカーではないため、戦力にはならない。
リプレイ
●海の家の救世主
「パトリツィア! 海だよ! SeeだよOzeanだよMeerだよ!」
和柄のハーフパンツ型水着に着替えたヨハン・リントヴルム(aa1933)が、初めての海を前に感嘆の声を漏らした。
「一生見られないかと思ってたけど、生きていてよかったね。これでもう、思い残すことはないね」
パトリツィア(aa1933hero001)が、陰のある笑顔で振り返った主人に答える。
「心中するのは早いですよ、ご主人様。この世界にはまだまだ楽しいことがいっぱいあるのでございますから」
彼女の言葉を肯定するように、大海原に向かって叫ぶのは黄泉 呪理(aa4014)である。
「夏やー!」
大きく伸びをして太陽のように笑ったのもつかの間、アナスタシア(aa4014hero001)に呼ばれる。
「呪理! 着替えたなら開店作業手伝え!」
「分かっとるわ! 仕事、すぐ戻るさかい、もう少し、夏を満喫させてーや。なぁ?」
同意を求める声に大きく頷いたのは、酒又 織歌(aa4300)だ。
「空いた時間は海で泳ぎ放題、更にお小遣いも稼げて一石二鳥……これは行くしかありませんね」
と、ペンギン皇帝(aa4300hero001)を今夏2度目の海に連れ出した。
「織歌よ、お主以前も似たような事を言ってはおらなんだか?」
「あれはあれで美味しいスイカも頂けましたし幸せだったじゃないですか。今回もきっと、幸せが待ってますよ」
「余も海は好ましいゆえ、否やは無いが……何事も無ければ良いがの」
海の家に向かうと店長が出てきた。良い波だねぇ、とのんびり声をかけてくる。バイト代の値上げ交渉を始める呪理には「うん、考えとく」と適当な返事を返す。その男の眼が一点に釘付けになった。
「……アリス、なんで……これ?」
「え、任せるって言ったじゃない」
「……」
黒のマイクロビキニを着こなすのは驚異のバストを持つ女子中学生、佐藤 咲雪(aa0040)である。水着を買いに行くのが面倒で英雄のアリス(aa0040hero001)に頼んだ結果がこれだ。
「……ん、料理……めんどくさい」
「じゃあ私がやるから、ホールは貴女ね。カレーと焼きそば、あとは焼き鳥辺りが定番かしらね」
「……どっちも、めんどくさい」
咲雪の無気力さには、場所も仕事も夏の解放感も関係ないらしい。
「それでエプロン着けて接客すれば大人気間違いなしよ、主に男共から」
生活費のためでしょ、とアリスは叱咤する。
「……ん、仕方ない」
ちなみに、水着を買わねばならなかった理由もまた胸の成長が原因である。呪理は苦々しい表情で横を通り過ぎる。厨房で待つ相棒もまた巨乳なのだが。
「人の多いところは苦手……。でも、寮のおいしいケーキのため……頑張る」
大門寺 杏奈(aa4314)は日焼け止めを塗りながら、後に続く。夏の日差しに溶けてしまいそうな、雪のように白い肌の美少女。しかし志望動機はスイーツを食べるためのお小遣い稼ぎだ。クールな表情の下で、まかないはどのスイーツにしようかと考え中だ。
「何!? まかないは一人につき一品?」
褌とサラシという古風な水泳着姿で肩を落とすのは音無 桜狐(aa3177)、それをなだめるのは黄色のツーピースビキニとパレオが眩しい猫柳 千佳(aa3177hero001)だ。
「楽で稼げてご飯食べ放題と聞いたのじゃが……嘘つきじゃ……」
「まあまあ、たまにはこういうのも面白いにゃよ♪ 夏は海をしっかり満喫しないとにゃ♪」
褌にも待ったがかかった桜狐は予備の白いスクール水着に着替えた。
「バイト終わったら何でも奢るから、頑張るにゃっ♪」
好対照の少女たちは揃ってホールに立つ。着慣れた競泳水着にエプロンを付けた織歌が「頑張りましょうね」と声をかける。パトリツィアは黒いワンピース型水着といつものエプロン、三角巾という出で立ちで、水着でありながらメイドとしてのアイデンティティを保っている。
「……で、その格好はどういうことかな?」
石和 佳槻(aa0593hero001)が低い声で言う。
「この方が需要があると聞いて」
石和 柾(aa0593)は大まじめに答える。髪を下ろして女子用の水着を着用した柾は、確かに女の子と言ってもまだ充分通る。だがそれとこれとは話が別だ。
「さっさと着替えて来い! 恥知らず!」
今度徹底的に部屋を掃除しよう。おかしな本とかあったら焼き捨てよう。変態、ダメ絶対。佳槻は心に誓う。
「最近変な事ばっかり覚えて……」
とはいえバイトや遊びによって世間に慣れることはいいことだ。厨房に向かおうとした佳槻は違和感を覚えた。思わず振り返る。
「人間共で溢れているな。優雅にばかんすとはいかぬがまあ良かろう」
ホール担当の楓(aa0273hero001)が海を見ながら言った。そこへ大きなダンボール箱を抱えた会津 灯影(aa0273)が入ってくる。
「えっ、お前水着でも女装すんの……?」
異変に気付いた灯影は食材の入った箱を落としそうになった。驚きというよりは脱力感で。朱色地に白で彼岸花の描かれたパレオワンピを着た楓は、自信満々の表情だ。
「普通の水着でも良いがつまらんだろう。似合っているのだから問題あるまい」
「いや似合ってるけど。うん、まいっか!」
――店長も鼻の下を伸ばしているし。灯影は気を取り直して作業を始める。彼自身は落ち着いた桃色の海パンにタオル地の半袖猫耳パーカーという海らしい服装だ。その肩を妙に疲れた顔の佳槻が叩いた。お互い苦労しますね、と言わんばかりに。
(女装の似合う男性、ね……)
一部始終を聞いていたアリスは何かの着想を得たようで、真剣な顔でメモを取っていた。彼女の創作メモについては多くを語らないことにする。
昼には賑わう海の家だが、オープン直後はガラガラだ。客引きの第一陣も出発する。キャス・ライジングサン(aa0306hero001)はセクシーなビキニのうえにエプロンを着用している。
「見ようによっては裸エプロンだな」
暑さ対策にタンキニを身に着けた鴉守 暁(aa0306)が特に感慨もなく言う。相棒の露出度の高さには慣れているのだ。
「ふむ、これをつけて歩き回れば良いのか?」
「はい、お店の宣伝をお願いします。少しじっとしていてくださいね」
織歌が皇帝の体を看板で挟み、固定する。
「うむ……ちょ、織歌よ! そこはくすぐった、ぐぁっぐぁー!」
「陛下、少しは我慢してくださいよ、もう……ふふ」
こちょこちょ。くすぐり攻撃に負けて皇帝がペンギン返りする。
「っ!? ぐぁ、ぐぁーっ!」
インパクト抜群のサンドウィッチペンギンはキャスと共に浜辺へ繰り出す。コウテイペンギンそっくりの体はホールにも厨房にも向かないが、こちらは適役だろう。さっそく幼児に囲まれている。
「『海の家・夏木屋』デース! 奥サーン、うちのフードたちベリベリオススメヨー」
看板には限定メニューの文字と色鮮やかな写真。メニュー考案者その1はパトリツィアだ。
「ハワイアンが流行りだと聞き及びましたので」
バターミルクを加えて焼き上げフルーツで彩ったパンケーキに、グレービーソースのロコモコ丼。華やかな上、意外にも大量調理に向く。パトリツィアの書いたメモとにらめっこするヨハンを中心に下ごしらえの真っ最中だ。
「えーと……まとめて盛り付けられるように、野菜と缶詰のフルーツは多めに切って冷蔵庫に。ソースは煮詰めすぎないように注意、と」
「手が足りなかったら言ってくれー。混む前にやれることはやっとこう」
暁がトウモロコシの詰まった箱を持って通り過ぎていく。ホールでは桜狐と千佳が客を案内している。
「いらっしゃいにゃ♪ いっぱい注文してくれたら嬉しいにゃー♪」
「ん、頼むならさっさと頼むがよいのじゃ……。わしが注文を受けてやらんこともないのじゃ……」
メニュー考案者その2は灯影だ。ヨハンを手伝っていたところ、さっそく小休止中の女子たちからオーダーが入る。
「パフェ2入りまーすにゃ♪」
水色のソーダゼリーは海。桃でできたイルカとパインのヒトデが泳ぐ。主役はブルーベリーアイスの体を持つクジラだ。チョコで目を付け、てっぺんにY型のホワイトチョコを刺して潮を表現する。生クリームで囲えば完成だ。
「おいしそう……」
盛り付けを手伝う杏奈が目を輝かせる。主に皿洗いを担当する呪理とアナスタシアは、しばらく店の前での呼び込み役を務める。
もちろん定番メニューも充実している。焼きそばなど、大きな鉄板での調理はいかにも海の家らしい。
「この皿が焼きそば用ですね。数が少ないように思えますが……」
「混雑時はこっちのプラスチック皿も使っていいそうです」
アリスの疑問に佳槻が答える。設備や備品については店長に確認済だったのだ。
「そういえば店長さんが見当たりませんね?」
「……実は、僕も嫌な予感がしています」
アリスは出会いがしらの店長の言葉を思い出した。
「まさかとは思いますが、『良い波』に乗りに……」
そのまさかである。話は瞬く間にホールにまで広がり、柾から目撃証言も出た。「大きくて派手な板を持って、海の方へ歩いて行った」と。――バイトたちの心は早くも一つになったのであった。
●地獄のランチタイム
太陽が一番高い位置で輝く。正午だ。無表情の桜狐が厨房の暁に伝票を渡す。
「ラーメン大盛10人前じゃ。運ぶのが骨じゃのう……」
「作る方としては、バラバラのメニューよりよっぽど楽だなー」
大口の注文も入り始める。ラーメンは塩分と炭水化物に飢えた中学生たちからの注文だ。グループや家族連れでシェアをしたいと取り皿が一気に持っていかれるのも地味ながら仕事を増やす。
「うぎゃー、忙しくなってきたで!」
皿洗いを担当する呪理が皆の気持ちを代弁する。
「急かすな待たせろ。急がば回れ。空腹は最高のスパイスだろー?」
熱気を増す厨房で、冷静な暁の声が皆の頭を冷やす。――急いだって肉は焼けないし盛り付けがダメになる。急ぐより余計な仕事を作らないことが大事だ。混雑前に注意しておいたのも効いている。
「キャスも急ぐなよーオーダー間違えたりしないでなー」
「お任せヨー」
少なくとも列に並ぶ男たちは退屈していなさそうだ。ボンキュッボンの金髪娘に見とれていると、妖艶な微笑みを浮かべた美女――正体は楓だ――にメニューを渡される。
「ふふふ、お手伝いかしら」
主婦たちも目を細める。小柄な体格を生かし柾が隙間を抜けていく。
「お待たせしました」
「ありがとうお嬢ちゃん」
短パンにTシャツ姿だが髪を下ろしたままなので、時々女子に間違えられていることを佳槻は知らない。
「イカ焼き、焼きトウモロコシ追加」
限定メニューに比べれば素朴な見た目と味だが、こちらも根強い人気を誇っている。柾はそれが不思議なようだ。
「こういうところでは定番程良いんだよ」
手順も確立してるから手早く出来るし、と付け加える。百聞は一見に如かず。話はまかないの時間までお預けだ。焼けたソースや醤油の匂いが食欲を刺激して、そのときが待ち遠しい。
「つうか、暑いわ! 熱気やらなにやら、停滞してへんか!?」
「うるさいぞ呪理。わめいたって涼しくはならん」
恨めし気に汗を拭った呪理は「あ」と手を打つ。
「せや、知ってるか。冷たいタオルを絞って、扇風機にかけたら、冷風が出るんやで。ああ、ほんまかどうかは知らんけどな。テレビでやっとった」
実践してみると、厨房のメンバーから小さな歓声が上がる。注文を伝えに来た織歌が変化に気づいた。
「客席の扇風機にもお願いできますか?」
「私、行ってきます」
杏奈がタオルをかけると、人でひしめく店内に心地よい風が抜けていく。
「涼しいにゃ~……ってそんな場合じゃないにゃ!」
予想以上の忙しさに圧倒されつつ、千佳は元気に注文を取る。しかし手が足りない。
「このまま大門寺さんをお借りしても良いですか?」
織歌の問いに暁が頷く。
「食事時で定番フードが良く出てるからなー。ちょっと回転上げて行こうか」
まずは大学生風の男性グループに焼きそば4つ。上下に白いフリルがついたスポーツブラ型のビキニの上にエプロンを付けた杏奈は、びっくりするほど愛想がない。しかしそれを補って余りあるほどの可愛らしさだ。
「あ、ありがとう」
「いえ」
見とれた男子が仲間たちにからかわれながらもう一度声をかけようとするが、杏奈の姿は既に消えていた。
「ラーメンとカレー、4番テーブルまでお願いしますね」
「はい……」
アリスが戻って来た杏奈に声をかけるが、妙に元気がない。
「はぁ……ケーキ食べたい……もう生クリームだけでもいい……」
この美少女、『花より団子』なのである。
「そういえば少し形が崩れてしまったパンケーキがあるんです。捨てるのは勿体ないから皆で食べてって店長さんが」
ぱっと花が咲くように杏奈が笑う。
「4番テーブル行ってきます……!」
アリスは微笑む。咲雪のお姉さん代わりは説得上手でなければ務まらないのである。
●乙女の敵
客足が落ち着いてきた。交代で休憩を挟みつつ、客引きにも人を回したい時間だ。
「……めんど……くさい」
「客が引けた後に、次の用意をしないといけないからそんな時間はないわ」
咲雪とアリスが言う。クジラのパフェはこれからが売れる時間なので、考案者かつ料理上手の灯影は残したいところ。
「仕方ない。代わりに我が行こう」
楓だ。尊大な口調はいつも通りだが、どこか楽しそうなのは気のせいだろうか。灯影は一抹の不安を覚えた。
「客引きやってみたいにゃー♪」
不満そうな桜狐を千佳が引っ張っていく。ヨハンが取り出したのは『どうぶつきぐるみ』。犯罪者の自分が客引きをするのでは逆効果だと気にしてのことだ。デザインはシロクマ。ペンギン皇帝と並ぶとなんだか涼しげである。
(暑い……)
桜狐は看板を持ち、黙って砂浜に立つ。どうにか看板の影に入れないかと無駄なあがきをしながら。
「暑くて疲れてる人は海の家で休憩どうかにゃ? 可愛い店員さんが今ならいっぱいいるにゃよ♪」
「可愛い店員……千佳、自分の事を言っておるのか……?」
男子の集団が呼び込みに食いつく。
「ケモ耳少女にメイド!? 一体どんな店なんだ?」
「行っていただければお分かりになるかと」
恭しく道案内をするパトリツィアに彼らはますます目を丸くする。
「おすすめはハワイアンメニューと夏らしいパフェでございます。ぜひご賞味くださいませ」
そのときだった。遠くで悲鳴が聞こえた。
「私のラッシュガード返して~!」
声の方向に注意をやると、長い前髪で顔を隠した男が走って来るのが見えた。よく見るとそれは水の滴る海藻だった。様子がおかしい。
「従魔、かの?」
桜狐の呟きにヨハンが不機嫌な声で答える。
「みたいだね。この暑っ苦しいのに、暑っ苦しいことしてくれるじゃーないか……」
男はピンク色のラッシュガードを見せつけるように振り回す。
「何が目的なのでしょう?」
パトリツィアは牽制のため進み出るが、彼はスピードを緩めず正面から突進してきた。後方に突き飛ばされつつも、すぐに立ち上がった彼女は違和感に気づいた。
「メイドさんのエプロンゲット! うはは!」
「あ! 待つにゃ~!」
「千佳、そのパレオを囮にするのじゃ……」
海の家とは反対方向へ向けて男と千佳が走っていく。敵にとって衣服を奪うことは『手段』ではなく『目的』らしい。
「余は海の家に戻って異変を知らせて来るぞ」
「頼んだのじゃ」
砂に短い足を取られながら皇帝も駆ける。――どさ、と重い音がして桜狐が振り返ると、そこにはシロクマの首が落ちていた。
「僕のパトリツィアを厭らしい目で見やがって。やっと手に入れた念願の多連装ロケット砲……早速試していいよね?」
着ぐるみの頭を投げ捨てたヨハンは、武器を掲げ狂気じみた笑みを浮かべる。パトリツィアは首を振った。「思う存分、ブッ放し下さいませ」と言いたいのはやまやまだが、AGWは共鳴しないと使えない上、この状況での使用には威力が高すぎる。
「いいえご主人様。泣いて許しを請うまで、グーパンでシバく程度が順当でございましょう」
桜狐は不穏な会話をスルーし、海藻男と千佳が遠ざかるのを見遣りながら言った。
「暑さが人を狂わせるのかのぉ……」
同じ頃、単独行動をとった楓は早くも客引きに成功していた。まず態とぶつかり胸に倒れ込む。次に、謝罪しつつ「礼がしたい」と思わせぶりに囁く。店に着いたら「礼? 我が尾をもふる権利を与えよう喜べ」と一言。という簡単3ステップである。頬を染め小首をかしげ上目遣いをした楓に逆らえるものは、男女問わずいないとか。
「ん? 外が騒がしいのう?」
一仕事終えた楓の視界に飛び込んできたのは、浜辺を追いかけっこする男女。ただし男は異様に足が速く、女の形相は鬼気迫るものがあった。
「そいつを捕まえて! 女の敵よ!」
一方、厨房で扇風機の前を陣取り定番の遊びをするのは呪理だ。
「ああああああ」
「おい! 呪理、何をサボってる!」
「こんな忙しいとキツすぎるわ!」
しぶしぶ腰を上げると女性の悲鳴が聞こえてきた。――まさか敵襲?
「よっしゃ、ええタイミングや! サボっ……いや、退治行ってくるで!」
オレンジ色の布をマント風に巻いた男が手を広げて走って来る。マントの正体はラッシュガード、頭に巻かれているのはパレオだ。
「お前、なに変態行動してんねん。女の子泣いとるやろ! しばくで!」
言い終わる前に呪理が男に蹴りをくらわす。「ありがとうございます!」と野太い声が聞こえた。
「呪理の奴、相変わらず考えなしか。こういうのは、自分が囮になるのが効率いいと教えてやった方が良かったか……」
静かに言ったアナスタシアは後ろを振り返った。臀部に突き刺さっていた無遠慮な視線が豊かな胸部に移動する。
「さて、お前ら、従魔の分際で私の水着姿を堪能したんだ。そのくっついてる人間共々、ぶっとばす!」
店内にも魔の手が迫る。
「ヤッホー! 夏、楽しんでるー!?」
「わ、変な客キタヨー!」
何枚ものラッシュガード――戦利品――を重ね着した男が現れ、入口でダブルピースする。
「あ、お姉さんはそのままでいいから。嗚呼、ありがたや~」
キャスの胸に向かって手を合わせる男。間違いなく変態である。面食らうキャスをスルーした男は店内へ進む。女性客たちから悲鳴が上がる。
「みなさん下がってください。私たちが守ります」
客を落ち着かようとする織歌のエプロンが体から滑り落ちた。背後からリボン結びを解かれたらしい。
「へへ、紐ってなんかいいよね」
敵は客の中にも紛れ込んでいたらしい。それ以上攻撃をすることはなく、ただ見るだけ。隙だらけなのが逆に気味悪い。
「キャスーそいつら追い出せー。ホールはなんとかするからー」
「カシコマリーマスター!」
身長187cmのダイナマイトボディが派手な投げ技を繰り出す。
「んー? 従魔憑きかな? まあいいけど。キャスー叩いていいから峰打ちでなー」
暁が言うと、キャスは四の字固めを決めながらサムズアップする。
「水泳部ですし、水着姿を見られるのには慣れていますけれど……こういうのはちょっと」
織歌がニヤつく男を店外へと追いやると、杏奈が入口を守るように立ちはだかる。
「ここは通しません」
機械の右手が陽光を反射する。
「お客さんが私のエプロンに触れることができたら……誉めてあげます」
風にひらりと翻るエプロンの裾。男が生唾を飲んだ。
「私は陛下と合流して外で戦います」
「俺は襲われてる子たちを避難させてくるよ」
織歌と灯影は言い残して出て行く。
「おーけー、頼んだ。中は任せろー」
下ごしらえを中断してホールに出てきた暁に、咲雪は首をかしげる。
「……ん、営業……続けるの?」
「今日は私たち、HOPEじゃなくて海の家のバイトだからなー。それに安全地帯は必要だろー?」
休憩中だった柾は、遠くの騒ぎを指さし得意げに笑った。
「あ、知ってる。あれ変態っていう人種だな」
「見るんじゃない。変態は感染るから」
佳槻の胃がキリキリと痛む。
「行くぞ、柾」
今は教育より従魔――でなければ急な変態の大量発生など起こるまい――の退治が優先だろう。
「いやぁ、助けて~!」
縮れた海藻を載せた男が巨乳の女を追いかける。佳槻は足元の砂を掴み、男の顔面へ向かって投げつけた。
「ま、お約束ってやつだな」
目を抑えて悶絶する男のみぞおちに拳を入れる。飛び出た従魔を潰した柾が倒れた男の側にしゃがむ。
「こいつどうすんの?」
佳槻は一瞬迷う。従魔に取り憑かれて無くても変態という可能性があるが――。
「とりあえず穴を掘って首だけ出して埋めておくか」
それで二次被害も防げるだろう。
「いっそ穴を先に掘って、目つぶしで怯んだ変態を放り込んで首だけ残して砂をかけていくか?」
「はぁ……はぁ……それいいにゃ」
気絶した男を引きずった千佳だ。足場の悪い浜辺をマラソンして、スタート地点まで戻って来たらしい。桜狐、呪理、アナスタシアも合流した。
「では、僕と柾で穴を掘ります」
「よかろう。わしも暑いから動きたくないからの……。走り回る方は任せたのじゃ……」
「了解や!」
囮&落とし穴作戦スタートだ。
「目を覚ましてください!」
海の家前には共鳴した織歌が戻って来ていた。素早く身を沈めると敵に急接近し、アッパーを食らわせる。リンカーゆえの手加減はあれど、容赦はない。その隙に灯影は逃げまどっている女子たちを店内へと避難させる。
(――傾国の妖狐様の逆セクハラとか見てないみてない)
「我の珠の肌を眺めたいのだろう? 良いぞ、許そう。貴様の手で暴いてはくれまいか」
従魔憑きの男に馬乗りになった楓が、相手の手をパレオにかけさせる。
「お、おおおおお」
と、夢の時間はここまでだ。閉じた舞扇子が男の額に振り下ろされた。
「災難でしたね。あ、ついでに飲み物いかがですかっ?」
努めて明るく灯影は言う。上着の前を掻き合わせてぷりぷり怒っていた女たちは、メニューを見て目を輝かせた。
「いいえ、せっかくだからおやつにするわ!」
「か、かしこまりました。すぐ作りますんで、待っててくださいね」
暁はゆるい調子で接客を行う。
「はーいおまちどー。外なんてきにするなー。料理さめちゃうよー?」
勿論、客たちを危険から遠ざけることは忘れない。
「今外出ると危ないし食後のアイスコーヒーでもいかがー?」
外の騒ぎが嘘のように、海の家は売り上げを保っていた。
「……龍子がいたらこんな奴らもすぐ蹴散らせるのに」
杏奈は右手による攻撃で相手を怯ませ、店から遠ざけていく。すばしっこさへの苛立ちもさることながら、何より相手の視線が不快である。ついに後ろを取られ、エプロンをはぎ取られてしまった。
「いい加減にしてください……!」
生身の左手による渾身のストレートが男を正気に戻した。
「ナイスパンチです」
ペンギン帽の織歌は自分と杏奈が倒した男たちの頬を軽く叩いて起こす。
「はっ……俺は何てことを!」
「女の子の隠しているのを無理やり見たんですから、責任とってくださいね」
笑顔。そして有無を言わせぬオーラ。
「具体的には売り上げに沢山貢献してください――お客様ご来店です」
物理的な力は働いていないにも関わらず、彼らは店へと追いやられていった。これもまた客引きには違いない。
(アルバイト代、期待しても良いですよね、ふふ)
キャスは遠方に逃げる女子を見つけ駆け付ける。伸ばす手を横から取って手首を返し、痛がる男に相手はこっちだとウインクする。投げる前に手を振り払われるが、まだまだ余裕だ。
「カモンチェリーボーイ! オネーサンが吹っ飛ばしてあげるネー!」
「くっ……ビキニがまぶしい! しかし、邪魔をするなら」
「うるさいヨー」
長いリーチを生かしての足払いからの固め技。両足を押さえつけられた男は暴れることもできない。ギリギリと締め上げられる。顔を真っ赤にして腕をタップした男の体から力が抜けた。討伐完了だ。その横を駆け抜けていったのは――。
「呪理、逃がすなよ!」
「こっちの台詞や! 気合入れて追い込みや!」
幅跳びのように一気に飛んでドロップキック。ふたりの声と動きは完全にシンクロしていた。
「しねー!」
穴に落ちた男に砂をかけていくのは桜狐だ。生首の生えるホラー海岸が完成していた。頭を踏まないようにして千佳が逃げる。罰ゲームとしては妥当かもしれない。大半の男は恥じ入り、無言で埋まっている。
「フヒヒ、もっと軽蔑の眼で見てくれていいんだよ?」
「ローアングルもまたオツ」
ただし例外はある。埋まっている彼らに従魔は憑いていないのだが。
「色々な意味で変態ばっかりにゃ……」
思わぬ精神攻撃に気を取られた千佳のパレオがそっと引き抜かれる。
「……にゃにゃっ、僕のパレオ返すのにゃー!」
「仕方ないのう。追い詰めるのじゃ、千佳」
落とし穴地帯に差し掛かり動きが鈍くなった男を挟み撃ち。桜狐がスコップで突き落す。
「さて……これで静かになったか?」
「そうだな」
佳槻と柾の言葉をきっかけにバイトたちは海の家へと戻る。迷子放送も手配済みだ。涼やかなパトリツィアの声が砂浜に響く。
「只今『海の家・夏木屋』にてご婦人用のお召し物を保管しております。また付近の砂浜で迷子のお預かりもいたしております。蛮行や暴言は従魔の仕業ですので、どうぞ見捨てずにお迎えにいらしてください」
迎えの人々の笑い声は店内まで聞こえていた。
「タダイマデース!」
「終わった? おつかれーシャワー浴びてきなー。砂まみれで仕事はできないしー」
おやつタイムも過ぎた。ラストスパートだ。家族連れや、騒動で疲れた者たちは帰る相談を始めている。
「しばき倒した後は、気持ちええなー!」
呪理は仕事を再開する前にジュースで水分補給する。
「くぁー! キンキンに冷えとるー! たまらんなー! 生きとってよかった!」
が、一気飲みは良くない。
「……おお、おおお、は、腹が……あ、あかん! これ、あかんやつや!」
ダッシュで飛び出していく呪理にアナスタシアは気づかなかったのだった。
「呪理の奴、どこ行った! 私一人で洗い物を片付けるのはキツイぞ!」
カウンター席で俯く男たちに水を配りながら咲雪が言う。
「……ん、ラッシュガード……は、日焼け対策」
「露出を抑えるより、日焼け止めに使うのが本音よね。紫外線はお肌の大敵らしいし、私には関係ないけど」
ナノマシン群体であるアリスは日焼けすることはないが、面倒くさがりの咲雪でさえも日焼け止めの3度塗りをしているらしい。
「あ、そんなことよりライブスを奪われて消耗しているはずですから、カロリー補給していってください」
恐縮していた男たちも食事を始めると笑顔になる。共鳴を解いた織歌はこれから休憩らしく、泳ぐ用意をしている。
「元気になったみたいですね。お客様が増えれば懐が潤いますし、みんな幸せですね」
「……ん、めんどくさくないなら、それでいい……」
●潮騒と夕涼み
シャリシャリと涼しげな音を立てて、暁とキャスがかき氷を口に運ぶ。
「ウーン、オイシ……アアアッ! 頭イタイヨ!」
「ほらほらーゆっくり食べろー」
隣では杏奈がスイーツに囲まれている。いや、囲まれていたのだがすでに半分以上減っている。今晩の夕食は、まかない食べ放題。従魔というハプニングに見舞われながらも、今夏最高の売り上げを達成したお礼らしい。
「んむ……満足なのじゃ」
無表情ながら幸せオーラを発している桜狐を見て千佳が微笑む。
「……ん、ラーメン……いつもよりおいしい」
「今日は忙しかったものね。このトウモロコシも良い焦げ目がついてるわ」
面倒だと言いながらも最後まで働いた咲雪をアリスは労う。
「……ん、甘じょっぱくておいしい」
焼きそばを食べながら柾は言う。
「ところで、みんな何で海に集まってるんだ?」
心底不思議そうに首をかしげる彼を見て、佳槻は言い淀む。――柾が楽しいとか面白いとかいった感覚を理解する日はいつだろうか。
「色々あるが……目的の一つがこれだな」
そう言って、佳槻はデザートのかき氷を差し出した。
「みんな、明日からもよろしく頼むよ!」
そう、暑くて熱い日々はもう少し続くのである。――最終日には、当初の予定より割増しとなったバイト代が彼らの懐に収まったとか。