本部

紫陽花の庭で、誓いのまねごと

形態
ショートEX
難易度
易しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 4~10人
英雄
7人 / 0~10人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/08/10 19:36

掲示板

オープニング

●紫陽花の庭での乙女たちのたくらみ
 輝くような緑の細かな蔓と葉のトンネルをくぐると、その庭はあった。
 目の前で静かな水音を立てている噴水にはささやかな虹がかかっており、煉瓦を敷き詰めた歩道を挟んでこんもりとした青、青紫、ピンク、白…………ありとあらゆる色の見事な紫陽花が庭中咲き誇っている。それが、雨上がりの澄んだ日光に照らされて滴がきらきらと輝いていた。
「────凄いでしょう?」
 老紳士の言葉に、その光景に目を奪われていた灰墨こころとミュシャ・ラインハルトははっと我に返った。
「こんな綺麗な庭見たことが無いわ」
「この花が、こんなに綺麗だとは思わなかった」
 その言葉に老紳士は誇らしげに笑った。
「ええ、自慢のガーデンなんです。ここを残したくてこのゲストハウスを始めました…………けれど」
 ここは古くからある少人数用貸し切りゲストハウス形式の結婚式場だった。昔からたくさんのカップルの区切りの日を彩って来た。けれども、老朽化が進み近くに建った新しいゲストハウスと競う力も無くなって、この紫陽花の季節を最後に式場として最後の日を迎えた。
「元々、この紫陽花の庭を気に入って始めた式場でしたが、紫陽花は土壌で色が変わりますからね。最近はそうでもありませんが、花言葉も『移ろいやすい心』なんて言うのもあり、あまり結婚式には向いていないと思ったのですが────たくさんの人たちがこの庭を気に入ってここで式を挙げてくださいました。いい思い出です」
「……素敵、ですから。建物も、この庭も」
 彼女たちの言葉に、老紳士は嬉しそうに笑った。


「…………ここでいいのか?」
「え?」
「いや、移ろいやすいって……あんなタイプだし」
 言い辛そうに自分を見るミュシャに、信義の妹、こころは一笑に付した。
「ああ、色々最低な魔術ギークの兄貴だけど、頑固さなら折り紙付きだから問題ないわ。それより」
 ぱんっ、と、こころはミュシャの掌に自分の掌を軽く打ち付けた。
「義姉さんを喜ばせて、あのくそ兄貴に痛い目を見せるために。────ヒーローは力強さだけじゃなくて、精神も善でなくてはいけないのだときっちり自覚させてあげましょう」
「そうだな。『平和的に』、少しは一般的な大人の自覚と反省を促したい」



●撮影会の片隅で
 紫陽花咲き誇ろるガーデンにはたくさんの人々が楽し気にしている。ある者はスイーツを、ある者はダンスを、ある者は楽器演奏を、それぞれ楽しんでいた。ただ、違うのはそれらの人々が皆一様にH.O.P.E.のエージェントであること、そして、女性はウェディングドレスを、男性はスーツを着ていることだった。
 紫陽花咲くこの式場では、建物を壊すその前に写真集を作ることにしたのだ。そして、最終日にモデルに選ばれたのは慰労を兼ねたH.O.P.E.のエージェントたちである。
「目線こっちお願いします!」
 カメラマンに声をかけられた金髪の美人エージェントは口元に人差し指をあてて「可愛くお願いねん」と艶やかに微笑んだ。
「ミュシャちゃん」
 周りと同じくドレスを身に纏ったこころが、美人エージェントの隣で困ったように立って居るミュシャに声をかけた。
「……来たか!」
 ミュシャが思わず幻想蝶から剣を引き出そうとするのを慌てて止めて、こころは言った。
「午後の部からが本番よ?」


 にこやかな笑顔を浮かべて現れた灰墨信義は、ミュシャの姿を見て一瞬、嫌そうな表情を浮かべた。
「…………おや、ミュシャちゃん、なんでこちらに居るのかな? ついにエルナー君と結婚でも?」
「灰墨さんこそ、新郎役なのにいつものスーツ姿じゃないですか」
「写真撮影の手伝いなら、このスーツ姿で十分じゃないかな────おい、こころ」
 ドレス姿の灰墨こころはにっこりと笑って兄を見た。
「ふふふ、お兄ちゃん。ライラさんに聞いたけど、お兄ちゃんたちって結婚式を挙げてないんですって? そんなの酷すぎるじゃない!」
「────待て。お前が写真撮影に参加したいから新郎代わりに出ろって言うから来たんだぞ? そんなつまらない理由なら俺は帰るからな」
 引き返そうとした信義の前に、笑顔でデーメーテールの剣を抜いたウェディングドレス姿のミュシャが立った。
「ちゃんと、信義さんとライラさんの晴れ姿、撮影しますから。大丈夫です、ちゃんとおふたりの幸せを祈ってますし、夏島のことは少ししか根に持っていません」
 ミュシャの後ろでエルナーが困ったように肩を竦めた。
「お兄ちゃん、わたしも、いつも色々口出して来てウザい兄貴だって思っているけど、ライラさんとの式はちゃんと挙げてあげたいの────愛(まな)ちゃんのためにも」
 妹の言葉に信義の顔が強張った。腕を組んだこころの後ろから、同じようにウェディングドレス姿のライラと三歳くらいの愛らしい少女が「パパ―!」と現れた。
「ごめんなさいね、こころちゃんがどうしてもって言うから」
 ライラがドレスを着た娘を抱いて苦笑する。
「誓いのキスが楽しみですね」
 ミュシャがにっこり微笑んだ。

解説

・目的
写真集のモデルをお願いします。
基本的にはカメラマンを意識せず、ドレスを着てスイーツを食べて結婚式の真似事で楽しんでください。
本当に結婚式をしてもいいですが、神式の場合、チャペルの中か庭での人前式の形になります。
希望があれば音楽演奏・歌・司祭等頼めます。

・ステージ(ゲストハウス、午後の部)
紫陽花がたくさん咲いたガーデン(噴水有り)&屋外テラス、少しレトロで重厚なゲストハウス、煉瓦造りの白い小さなチャペル(丸窓・ステンドグラス)
ゲストハウスは庭に向けて壁一面分の大きな窓が開いたバンケット、バーカウンターのあるコンサバトリーテラス、上品な調度品に囲まれた一休みするためのラウンジ等。

NPCについて
灰墨信義は英雄との誓約が結婚式の誓約に近いので、人前で言うことを拒んで式場内を逃げます。
ミュシャとこころは信義とライラの結婚式を撮影しようと画策しています。
ライラは別にどちらでもいいけど、面白く傍観している感じです。
こちらに関しては勝手に片隅でやっていますが、協力したい方はプレイングにその旨お書きください。
プレイングが無い場合は描写はほとんどありません。
灰墨 こころ:信義の妹。兄は可愛がってくるがそれがすべてウザったい。
灰墨 愛(まな):三歳の信義の娘。可愛くて素直で笑い上戸。

※ご注意
ドレス・スーツ・和装・民族衣装、子供向け、何でも揃っています。
ただし、女装用の衣装はありません。(違和感無い方、普段から女装している方などは可)
際どい服装やあまりにも粗暴な行為は式場最後の写真集という趣旨に合いませんのでご遠慮ください。
ウェディングケーキも各種ご用意しており、丸かじりはOK。
シャンパンタワー一気飲みも許されておりますが、体調が悪くなった場合即座に医務室に連れ込まれます。
NPCはミュシャ、エルナー、灰墨信義、ライラ、灰墨こころ、愛のみです。
(他のエージェントたちは午前の部で帰りました)

リプレイ

●紫陽花の庭でドレスを着て

 参考のために渡されたという依頼書を見たウェンディ・フローレンス(aa4019)は目が点になった。
「……ウェディングドレスとは、またすごいものを」
 そんな相棒の姿にロザーリア・アレッサンドリ(aa4019hero001)は快活に答えた。
「大丈夫、あたし絶対似合うって。あ、ウェンディも」
「え?」
 知らぬ間に取ってきたその依頼に自分も参加することを知ったウェンディは唖然とした。
 なぜならば、それは────。


 ちょうど同じ頃、唐沢 九繰(aa1379)も動揺してうわずった声を上げた。
「えっ!?」
「九繰も参加してみてはどうですか」
 彼女のパートナーで『英雄』であるエミナ・トライアルフォー(aa1379hero001)が勧めて来た依頼、それはロザーリアが持って来た依頼と同じ『写真集のモデル』だった。しかも、ウェディングドレス姿の。
「わわ、まだ私は十八ですし、ウェディングドレスはまだ早いかなと!」
 頬を赤らめて抵抗する九繰に、エミナは依頼書をずいっと突きつけた。
「ちなみに、この依頼書に参考として載っている写真の方は十五歳だそうですよ」
「十五!?」
「メイクも撮影もプロの方がしてくださるそうです」
「う、う~ん、でも……」
「それに、今回の撮影はH.O.P.E.エージェントの慰労を兼ねていて」
 エミナはぺらりと依頼書をめくった。
「スイーツも食べ放題のようですよ」
「エミナちゃんはそれが目的なんですね……」
 食いしん坊のエミナがやたらと推す理由を察した九繰は、観念して依頼書を受け取りため息をついた。
 ────その横顔がほんの少しだけ緩んでいたのは、実は彼女も、少し興味があったからなのかもしれない。



●悪童たちの悪だくみ

「誓いのキスが楽しみですね」
 ミュシャ・ラインハルトがにっこりと微笑むと、灰墨 信義(az0055)は思いっきり嫌そうな顔をした。
 渋面を作る夫に、ライラ・セイデリア(az0055hero001)はドレス姿の娘を抱えて笑った。
「大丈夫よ? ワタシとマナでケーキ食べたりして楽しんでおくから」
「……わかった」
「灰墨さん!」
 踵を返して会場を出ようとする信義を引き留めようとしたミュシャに、聞き慣れた声がかかる。
「あ、ミュシャちゃん!」
 振り返り、友人の姿を見つけたミュシャは顔を輝かせた。
「九繰さん!」
 着いたばかりの九繰はエミナと連れ立って庭へと足を踏み入れた所だった。
「わあ、とっても素敵ですね!」
 九繰は友人のドレス姿に笑顔を浮かべたが、すぐにその手に握られたドレスに不釣り合いな剣に気付く。
「あっ、これは!」
 慌てるミュシャと九繰を見比べた信義は意地の悪い笑みを浮かべた。
「ミュシャちゃんも、私なんかに付き合ってないで、ご友人やこころと楽しんで来た方がいいんじゃないかな?」
 信義の言葉にミュシャがおろおろと九繰とこころを交互に見る。
 状況の解らない九繰は不思議そうにミュシャと信義を見比べ、エミナは感情表現用のディスプレイに『(o'ω'o) ?』と表示した。
 強引に会場を後にしようとする信義の姿に、仕方ないとなぜか思わず手元の剣を振り上げるミュシャ。
「お? お? なになに~、楽しい事~? 俺ちゃんも混ぜて~!!」
 突然、目の前に現れた長身の男の影に信義は足を止めた。
「お前が加わるのは止めておけでござる……」
 白いフロックコートを颯爽と着こなした虎噛 千颯(aa0123)と紋付羽織袴でびしっと決めた白虎の被り物を被った大男、白虎丸(aa0123hero001)だ。
「千颯さん!!」
 ミュシャの顔がぱっと輝き、信義の顔が一瞬、歪む。
「やあ、虎噛君。既婚者の君がこんなところでどうしたんだい?」
 笑顔を張り付けて、信義は自分より背の高い男に親しげに問いかけた。
「いや~、信義ちゃんの結婚式をやるって聞いたからさ、『友人』としては全面協力しないとなあって」
「お気遣い、ありがとう。けれども、それは勘違い──」
 話しながら別の出口へと足を向けた信義に、ふたたび聞き覚えのある声がかかった。
「灰墨さんの結婚式!? 祝わねば!」
 そんなことを言いながら現れたのは、ユフォアリーヤ(aa0452hero001)を連れた麻生 遊夜(aa0452)だ。
「……ん、お友達だもの、ね?」
 ”使命感にかられた”遊夜の発言にユフォアリーヤがパタパタと楽しそうに尻尾を振る。
「……麻生君も、か。まさか」
「折角だから、楽しい結婚式がいい」
 信義の声に答えるように、フィッシュテールのウェディングドレスを着た九龍 蓮(aa3949)が紫陽花を抱えてにっこりと笑う。まるで少女のように愛らしい蓮の姿だったが、信義の顔は引きつった。
「悪童どもが」
 口の中で小さく呟くと信義はなにか小さな物を投げた。
「あっ!」
 ミュシャが信義を捕らえるより早く、その小さななにかは甲高い音と共に弾けて白い煙を撒いた。
「クラッカーとか花火みたいなものだから大丈夫よ」
 娘の耳を抑えたライラが軽く笑った。もちろん、信義の姿は消えていた。
「やれやれ、灰墨さんも往生際が悪い」
「……ん、逃げちゃったねぇ」
 遊夜の言葉にクスクスと笑うユフォアリーヤ。
「説得……は無駄だろうな、悪童zは警戒されてるだろうから。ここは警戒されてない人達……木陰さんや花邑さんら友人を筆頭に楪さんらに協力を要請だ」
 そこで、遊夜は言葉を切ると、僅かに俯いた。
「せっかくの機会だ、『友人』として祝ってやりたい……お願い、する──」
 堪えきれていない笑いで肩がふるふると震えている。しかし、ライラの腕のマナのきょとんとした眼差しに気付いて、軽く咳払いをすると、遊夜はガーデンをびしっと指して言った。
「後は皆で連携して追い込もうか。リーヤ、GO!」
「……ん、ご飯前の狩り」
 くすくすと笑いながら、ユフォアリーヤの狼耳がピンと立つ。
「まてー♪」
 半人半獣の少女は楽しそうに尻尾を振って駆け出した。
「……頼もしい」
 ぽつり、と呟いた灰墨こころの横でミュシャが頷いた。
 一方、信義へ、”つい”海へ突き落としてしまった詫びを入れるつもりだった蓮は小さく舌打ちした。
「ブーホンマ―」
 そして、英雄から渡されたインスタントカメラを握りしめた。
「今日は、一人、だけど、思いっきり楽しむ」



●ドレスギャラリーにて

 案内されたドレスギャラリーには美しい衣装が並んでいた。
「ほー、こっちもいろんなのがあるんだねー」
 楽しそうにドレスを眺めるロザーリアの口から飛び出した感想にウェンディは驚いた。
「あら、ロザリー、もしかして着たことが??」
 ウェディングドレスを着たことがあるというのは、もちろん、そういう意味だ。
「んー、あんま覚えてないけど、着たことあるかも?? あれ?? でも、結婚したことは無いような??」
 思い出そうとしても、『英雄』であるロザーリアの記憶はおぼろげだ。それでも、彼女が居たと自称する聖獣界で、もしかしたら、今回と似たようなことをしたことがあるのかもしれなかった。
 そんなことを考えながら、ロザーリアは一枚のドレスを選ぶ。それは、プリンセスラインのウェディングドレスだった。さらにドレスに合わせた、どちらかというとシンプルなショートベールも手に取る。
 そうして、ふたりは一緒の広いフィッティングルームへと入った。どこからか、衣装とメイクを手伝うスタッフが駆け付けた。
「ロザリーは正統派のドレスが好きなんですわね」
 純白の華のあるドレスは、普段、快活なロザーリアを眩しい花嫁へと変えた。
 一方、ウェンディはマーメイドラインのドレスとロングのマリアヴェールを選んでいた。オフホワイトのドレスは大人っぽさやエレガントさを兼ね備えており、元々美しい彼女をますます引き立てた。
「やっぱ綺麗なコだね、ウェンディは。あたしが男だったら間違いなくお嫁に貰ってるよねー」
 着飾ったウェンディを見て、自分の事のように嬉しそうに語るロザーリア。
「……ロザリーが男の子だったら?? お嫁に??」
 きょとんと目を丸くしたウェンディだったが、すぐに遠い目になる。
「…………うーん。楽しいでしょうけど、楽しいだけじゃ夫婦生活は……ねぇ」
 しかし、得意顔で「あたし、いいこと言った!」と言わんばかりのロザーリアは、意外とシビアなウェンディの返答には気付かなかった。
「あたしは、タキシードとか軍服のほうがよかったかな?」
「……『そういうカップル』だと誤解されそうな気がしますけど」
 ドレスの裾をつまんで思案する英雄にそっけなく答えながらも、凛々しいロザーリアの姿も知っているウェンディは、つい、「でも、似合うかも?」と想像してしまうのだった。


「うわぁ、素敵ですね!」
 照明によってキラキラと輝くドレスギャラリーに、アウローラ(aa1770hero001)は感嘆の声を上げる。
 『英雄』であるアウローラは、この世界に来る前は雪と氷の国に住んでいたドラゴンだったと言う。どうやらドラゴンには財宝を貯め込む本能があるらしく、その名残かアウローラは綺麗な布地や貴金属、そしてドレスなどが好きだった。その上、最近はお洒落にも目覚め始めている。そんな彼女には、ここは夢のような場所であった。
「これを着ればいいんですよね」
 ドレスを熱心に選ぶアウローラに、彼女のパートナーである冬月 晶(aa1770)は言った。
「待て、アウローラ。ウェディングドレスって何だか知ってるのか??」
「知ってますよ!! 恋人同士のうちの女の人が着るんですよね!!」
 この世界の常識を持たない、非常識ならぬ”無常識”のアウローラの、珍しくちょっとだけ合っている、しかし、まったくの正解とは言えない答えに晶は思わず腹部を抑えた。
「……お前なぁ」、
 依然、恋人を『とても仲のいい相手』だと勘違いしているこの英雄は、晶と自分が恋人同士であると公言して憚らない。その度に晶は焦りと胃の違和感と戦う羽目になるのだ。
 アウローラがドレスを選ぶと、まだ何も選んでいない晶もフィッティングルームへと案内された。十畳の部屋ほどもある広々としたフィッティングルームはカーテンで区切れるようになっており、別れて着替えることが出来た。
 晶はいつの間にか勝手に選ばれたタキシードを着る。袖口や襟元の色や作りを見るに、どうやらそれはアウローラが選んだドレスと対になっているものらしい。
「……うっ」
 冬月 晶、三十歳独身。さすがにタキシードなんて今まで着たことがない。
「アキラさん」
 部屋を区切るカーテンの向こうからおずおずとした声が聞こえる。
「……着てみたんですけど」
 スタッフによって、重厚なカーテンが左右に開かれる。
 そこに居たのは、『お腹一杯食べてぐっすり眠れば満足!』と笑う、いつもの元気一杯ドラゴン娘ではなかった。
 プリンセスラインのウェディングドレスを身に纏った可憐な女の子が、こころなしか小さくなって、もじもじと晶を見上げる。
「あれっ、その、なんかちょっと……恥ずかしいというか、い、嫌じゃないんですよ。なんででしょう、ドレスは着たことあるのに、こんなの初めて……」
 依頼でも着たことがある”ドレス”はアウローラのお気に入りの衣装だった。
 しかし、今、身に着けた”ウェディングドレス”は、なぜかアウローラを今までにない不思議な気分にした。
 一方、普段から「ラノベの主人公みたいにはいかねえんだぞ」といったスタンスを取っている晶は。
「何だお前、どうした」
 ライトノベルの主人公並みの鈍感を発揮しかけて、はっとする。
「……いや待て、おい。これはこれで何か嫌な予感がするぞ、おい」
 じわり、冷や汗が着込んだスーツの裏を伝う。
「ただでさえ職場で『お前あの子とどうなった?』とか言われてるんだぞ、今」
 焦った晶は、なぜかアウローラの手を掴んでドレスギャラリーを出る。
 微笑みを浮かべ見送るスタッフの視線に、晶の胃の辺りがまた違和感を訴えた。


 なにやら急いで出て行くカップルを見送りながら、入れ替わりにフィッティングルームに入った楪 アルト(aa4349)は選んだドレスをスタッフに渡して友人を振り返った。
「ドレスなんて何時ぶりだ? ……あ、ルー、後ろ縛ってやるからな」
 声をかけられたルーフェルト・アリエル(aa4335)は穏やかに微笑み、礼を述べた。
 目の見えないルーフェルトの着替えは、スタッフだけではなく、手早く自分の着替えを済ませたアルトが手伝った。
「ここら辺が……あれ? 留まりませんね」
 ルーフェルトも自分で着てみようとするが、ウェディングドレスはもはや服というより着ぐるみだ。重いし色々付いていて何がどうなっているのかわからない。
「ほら、ここ」
「すみません、アルト。助かります」
 ルーフェルトは少し苦笑いを浮かべた。
 ふたりの着替えが終わると、アルトはフィッティングルームの壁に埋め込まれた巨大な鏡を見た。
 そこには、ピンクのドレスを着たアルトと青いドレスを着たルーフェルトが並んでいる。
 ────綺麗だな。
 肩から裾にかけて広がる、フリルの付いたAライン型の青いウエディングドレス。それを着たルーフェルトはいつもより輝いて見えた。
「こういった集まりにでるのは、初めてですね。ドレス……似合っているでしょうか?」
 穏やかに瞼を閉じたままのルーフェルトが不思議そうな顔をした。
 ────盲目の彼女は今の自分たちの姿を見ることはない。
 慌てて、アルトは外へと行こうと友人の腕を引いた。


「こんな機会はめったにないし、どうせ着るなら憧れのヤツ、ですよね!」
 ミュシャにドレスルームへ案内してもらった九繰とエミナ。
 ちなみに、彼女の英雄エルナー・ノヴァは何かを察したのだろう、ドレスルームの入り口で軽く手を振ってガーデンへと戻っていった。
 はたして、エルナーの予想通り、三人は多少時間をかけてああだこうだと悩みはしゃぎながらドレスを見て回った。
「これがいいでしょうか……」
 九繰はマーメイドラインのウェディングドレスを選んだ。
「私はこれにします」
 エミナはプリンセスラインのドレスを選び、青い髪をティアラで飾った。
「どうですか?」
 ノックの後、フィッティングルームへひょこっと顔を出したミュシャに九繰とエミナはくるりと回って見せた。
「素敵です!」
「できれば黄色のAラインカラードレスも着てみたかったのですが……」
 九繰は名残惜しそうにフィッティングルームの壁に掛かった黄色のカラードレスを見る。今着ているドレスと最後まで悩んでいたものだ。
「時間内なら着替えてもOKですよ」
 そんな九繰にミュシャがにこっと笑いかけた。
「せっかくだから、たくさん着てしまいましょう!」
「いいですね! じゃあ、ミュシャちゃんも」
「いえ、あたしはやることがあるので」
 フィッティングルームから外へ出るミュシャ。慣れないドレスは歩きにくく、ちょっと怪しい足取りの九繰が続く。
「やることですか?」
 首を傾げた九繰とエミナだったが、ミュシャから信義の結婚式の話を聞いて目を輝かせた。
「面白そうですね! それに結婚式を嫌がるだなんて、ちょっと酷い!」
 信義とは面識がないが、たくらみ事は楽しい年頃。そして、結婚に対して年相応の思い入れだって少しある。
「結婚式?」
 外へ出ようとしたアルトは、偶然ミュシャたちの話を聞いてしまい、足を止めた。
「ええ、もう結婚されている方なんですけど、式を挙げてなくて。妹さんが今日、式を挙げさせて貰えないかとここの方に交渉したんです」
 ミュシャは何かと絡んでくる信義に恨みはあるが、彼の妻のライラには助けられたこともあるし、妹のこころ、娘のマナには普通に楽しんでもらいたいと思っていた。
「灰墨さんのことは良く知らないので、あまり色々できませんが……」
「あたしは面識が無いから、それを利用して、みんなのところに連れ込むくらいならなんとか」
「ぜひ、お願いします!」
 九繰とミュシャ、アルトはなにやらたくらみ顔で頷き合い、同じく視線を交わしたエミナのディスプレイには『( ̄ー ̄)*』と、不敵な表情の顔文字が表示されていた。
 そして、ルーフェルトはアルトの隣でおっとりと笑う。



●ガーデンでのお茶会

 見事な紫陽花が咲き誇る庭で、洒落た椅子に座った花嫁と燕尾服姿の新郎が笑顔でお茶を楽しんでいた。
 花邑 咲(aa2346)とブラッドリー クォーツ(aa2346hero001)である。
 一枚の絵のように紫陽花の庭に溶け込んだ二人を、カメラマンがさっきからずっと撮影していた。
 イギリス人と日本人のハーフである咲は、黒く艶やかな髪と白い肌を持った女性で、クラシックレースで編まれたマリアベールを着け、アイボリー色のアンティークな雰囲気を持ったドレスを纏っていた。
「こんな素敵な場所が閉鎖されてしまうのは残念────そう思うけれど、来られて良かった」
 咲が微笑む。
 肩を大きく出したアメリカンスリーブと、高い位置で結ばれた紫陽花色のリボンが付いたエンパイアラインのドレスは可愛らしく清楚な雰囲気で、咲に良く似合っていた。
「なんですか、サキ?」
 じっと自分を見つめる視線に気付いたブラッドリーはパートナーに優しく微笑み返す。
 ブラッドリーは咲のドレスに合わせたアイボリー色の燕尾服と紫陽花色のベストを着ており、彼の赤褐色の肌によく合っていた。
「最後の写真集なのだから、素敵な思い出を残せるよう頑張りたいの」
 いつもの少し愛他主義者な性格を覗かせた咲の言葉にブラッドリーは優しく頷いた。
 再びカメラマンが傍に寄って、この最高の被写体に細々と指示をする。その内容に、目を丸くしたふたりだったが、ちょっと考えてから頷き合った。


「あー、ケーキとかシャンパンとかあるぞ。ケーキは好きだろ、お前」
 ガーデンを歩く晶は、庭のあちこちに置かれたテーブルとその上に並べられたケーキやデザートに気付いてアウローラに勧めた。
「…………えっと、はい」
 ところが、大好きな食べ物を目の前にしても、アウローラは相変わらず曖昧な態度でもじもじとしている。
 ────……どうすりゃいいんだ、これは。
 内心、晶は頭を抱える。
 もっとも、一応、モデルとして依頼を受けていて、今もカメラマンに撮影されている。ならば、花嫁姿でいつも通りケーキをパクつくよりは、これはこれでいいのかもしれないが────。
「う、うん。おいしいですよ、アキラさん」
 いつもよりだいぶ小さくすくったケーキを緊張した面持ちで食べるアウローラ。
 それを晶は、不覚にも可愛いなどと思い始めている…………今日この頃。
「あっ」
 ぽろっと、アウローラの手からフォークが落ちた。ケーキがドレスを汚さなかったことをヒヤヒヤしながら確認してから、晶は彼女の視線を追う。
 そこには、カメラマンに頼まれて、ウェディングケーキの前でファーストバイトを行う咲とブラッドリーの姿があった。ケーキを互いに食べさせあうアレである。


 ブラッドリーが金のスプーンで小さな口に入るくらいの一口分のケーキを咲の口元へ運ぶ。
 笑顔で、咲は────。
「……サキ、流石にそれは無理ですよ……」
「……え? でも、新郎に食べさせる時はコレでって聞いたのだけれど……」
 ショートケーキ半分くらいはあるだろうか────たっぷりのケーキが乗ったビッグスプーンを持って咲は首を傾げた。
「伝統……という事でしょうか……。なら、仕方がありませんね……」
 潔い、イケメンである。あっさりとそれを受け入れたブラッドリーだったが、頬張ることはできてもイケメンの口元はクリームだらけになった。
 ロング丈のフィンガーレスグローブを着けた咲はその指先でクリームをすくうとそのクリームをぱくりと食べ、ブラッドリーはそんな咲の頬に軽くキスをした。


 咲とブラッドリーの甘い光景を唖然と見ていた晶は、カメラマンはふたりに笑顔握手を求めたことに気付く。そして。
「お陰で素敵な絵が撮れました。いやあ、まるで、本物の恋人同士みたいですね!」
「お役に立ててよかったです、わたしとブラッドは家族みたいなものなので」
 カメラマンとふたりが終始穏やかに交わす言葉に晶は衝撃を受けた。
 ────家族って……何だったろう?
 逆に自分が妙にアウローラを意識しているのでは、とまで一瞬悩んでしまった晶であった。
「えっと……」
 我に返った晶の視界にデザートの乗ったテーブルには背を向けておろおろとするアウローラが目に入った。
「……ラウンジかどこかで休むかな」
 晶の声にアウローラがこくこくと頷く。
 ────普段は色気より食い気なんだけどな、コイツ。
 迫るように咲き誇る見事な紫陽花の中で、可憐なアウローラが揺れる瞳で晶を見つめている。
「うー、すみません……。なんか、不思議な気持ちなんです。
 何でなんでしょう? ドレスは着たことあるのに、こんなの初めてなんです」
 ────……あー、なんだろうなぁ、どうしたもんか。……こいつ、こんな顔するのか。
 ほんのり頬を染めてぼうっとしたアウローラの顔をちらっと見て、自分のざわめく気持ちに晶は戸惑った。
 …………調子が、狂う。


「こころめ。めんどくさい奴らと友達になりやがって」
 紫陽花の小道を抜けながら信義は可愛い妹の暴挙を嘆く。
「おっと!」
 紫陽花のブーケをラリエットで飾られた胸元に寄せた咲が、ブラッドリーと額を合わせた写真を撮っていた。
「邪魔して申し訳ない」
 信義が謝ると、カメラマンが気付いたように時計を見た。
「ああ、すみません! 今回はエージェントの皆様の慰労を兼ねているんでした。少し休んでいてください。また、撮影させて頂きますから……」
 カメラマンが去ると、スーツ姿に庭木の葉を付けて歩いている信義の姿に気付いた咲が心配そうに尋ねた。
「……あの、どうかなさったんですか?」
「なにやら急いでおられるようでしたが……」
 周りをちらりと見まわして、彼が『悪童』と呼ぶエージェントたちの姿が見えないことに安心した信義は椅子にどさりと腰を下ろす。
「いや、今から帰るところなんだ」
「あぁ、申し遅れました。わたし、エージェントの花邑咲です。こっちは相棒のブラッドリー」
「ご丁寧にどうも。私は灰墨」
 名前を聞いた咲の目がきらきらと輝く。
「おめでとうございます。式の準備は大丈夫なんですか?」
 予想外の言葉にテーブルの上の紅茶を飲もうとした信義は激しくむせ込んだ。
「虎噛さんと院長さんに聞きいたのですが、今日、ここで式を挙げるそうですね」
 『院長』が孤児院を営んでいる遊夜のことだとはわからなかったが、信義は苦笑した。
「虎噛君たちは本当に顔が広いようだね。では、準備があるんで失礼するよ」
「おっと、行く気になったのかな?」
 その声に、慌てて信義は身を翻す。さっきまで信義が居た地面が禍々しい金属製の糸によって抉られる。
「ネビロスの操糸……阿保か」
 イメージプロジェクターで姿を消していた遊夜が現れる。なお、AランクのAGW使用のため共鳴済みだ。
 咄嗟に信義は手近なテーブルを蹴る。
「おっと……!」
 花瓶や食器ごと倒れかけたテーブルを遊夜が慌てて支えた、その隙に信義は再び逃亡した。



●バンケットルームから降りる紫陽花の庭

 バンケットルームの大きな窓は、庭からの心地よい風を室内へ運ぶ。
 アルトはルーフェルトの手を取ってバンケットルームをエスコートしていた。
「窓からは驚くくらい紫陽花が並んでいるし、室内には────」
 目の見ないルーフェルトのためにできるだけ丁寧に説明するアルト。そしてふたりはスイーツの並べられたテーブルに着く。
「香りのする紫陽花ってあるんだ」
 並べられたデザートの皿の代わりに、下げられてゆく香りの強い紫陽花の花籠を見て思わず呟く。目の見えないルーフェルトにもそれはわかったようで、彼女は穏やかに微笑んだ。
「……それにしても、一体どれだけのお金を積めばこんな事出来るんだ……」
 特別な依頼なのだと頭ではわかっていても、つい呟いてしまうアルト。
「これがファーストバイトのスプーン、かな? ウェディングケーキ食べてみる?」
 ファーストバイト用のスコップも並べられていたが、見なかったことにした。
「美味しい? ────ルー、どう、愉しいかな」
「もちろん。それに、皆様の声を聞く限り、とても賑やかで楽しそうですね」
 穏やかに微笑むルーフェルト。
「お写真、いいですか?」
 そんな時、女性カメラマンに声をかけられてアルトは狼狽した。対して、ルーフェルトはゆったりと頷く。
「このままのポーズで良いのでしょうか?」
「あ、あたしはそんな写さなくていいからさ、それよりもルーを写したってよ」
 そう言って、アルトは慌ててルーフェルトの影に隠れる。
「おふたりじゃ駄目ですか?」
「アルト、隠れてないで一緒に撮りませんか?」
 笑顔の友人とカメラマンに言われて、アルトは頬を染めてルーフェルトの影から少し顔を出した。


「すご、シャンパンタワーだ」
 室内に高く積み上げられたシャンパングラスを見上げて、ロザーリアが息を飲んだ。
 照明でグラスはキラキラと音がするんじゃないかっていうくらい輝いている。そして、シャンパンタワーの前には様々なアルコールが入ったグラスが並べられていた。
「一応、写真を撮られているんですから、浴びるように飲んだりはしないでくださいまし」
 ウェンディが注意するそばから、今度はウェディングケーキに見立てた小さなカップケーキタワーのケーキをつまんだロザーリアが振り返る。
「もう、ケーキのクリームが顔について……」
 はあっとため息を零すと、ウェンディはレースの付いたハンカチでロザーリアの頬を拭う。
 ────意外と適当で世話の焼けるんですから。
 一方、そんなロザーリアの手綱をしっかりと握るウェンディであった。
 もちろん、そんなふたりの仲睦まじい様子も、ぱちりとカメラに収められた。
「わあ、これがシャンパンタワーなんですね」
 九繰とエミナもウェンディたちの居るシャンパンタワーの前へやって来たが……。
「九繰には、アルコールはまだ早いですね」
「せっかくのシャンパングラスなのに……」
 しょんぼりとする九繰にロザーリアが声をかけた。
「これはソフトドリンクだよ」
 シャンパングラスや洒落たカクテルグラスにジュースなどを入れて作ったノンアルコールのカクテルを手渡す。
「わ、ありがとうございます!」
「スイーツもありますよ」
 写真撮影を終えたルーフェルトとロザーリアが、シャンパンタワーの隣でムースやマカロンなど華やかに並べたデザート皿へ手招きをする。
 そこへ、相変わらず剣を手に下げて部屋へ入って来たドレス姿のミュシャと、ドレス姿の蓮がバンケットルームに入って来た。
「ここに不審者が来ませんでしたか?」
 状況がわからないウェンディとロザーリアが顔を見合わせる。
「ミュシャちゃんも少し休みませんか?」
 九繰に椅子を勧められて、幻想蝶に剣を仕舞うミュシャ。
「お茶、どうぞ?」
 部屋に置かれたお湯を使って蓮が持ち込んだポーレイ茶を振る舞う。蓮が丁寧に淹れたそれはまろやかて深みのある味だった。
「美味しい!」
 一口飲んで顔をほころばせる花嫁たちを見て、蓮はインスタントカメラを取り出して見せた。
「カメラ、使ってもいいんですか?」
「うん、みんな可愛い」
 女の子たちは蓮を含めてしばらく楽しく写真を撮り合った。


 バンケットルームの窓際の席。厚いクロスがかかったテーブルの上には色とりどりのフルーツと、スマートフォンが置かれていた。それを囲むように青年と少女が話す。スマートフォンはスピーカー通話になっていたが、音が絞ってあるので二人以外には聞こえなかった。
「平和的に、ですって」
「あ……あんまりやり過ぎると、意固地になると思うから、ほどほどに、な……」
 アーテル・V・ノクス(aa0061hero001)と木陰 黎夜(aa0061)がそう言ったところで、通話は終了した。
 男はいくつになっても少年の心を忘れないと言うが、先程まで通話していた友人たちの非常に楽しそうな声に、ターゲットの逃亡は無理だろうなと黎夜は思った。
 それはともかく。
「アーテルの白色……なんだか新鮮……」
 不思議そうに自分を見るパートナーの少女に、白のタキシードを着たアーテルは笑いかけた。
「黎夜も似合っているわ。前に見せてくれたドレスとまた違った魅力があるわ」
 その言葉通り、淡いブルーのアメリカンスリーブのドレスは黎夜にとても似合っていた。普段は中性的な見た目も、今日は可憐な少女にしか見えない。
 男性恐怖症の黎夜にはこういう場は余計なストレスがかかる。けれども、ふたりの誓約である『男性恐怖症克服の為に努力をする』ために、今日の黎夜は頑張っていた。
「すみません、写真いいですか?」
 休憩していた二人の所に女性カメラマンがやってくる。事前にアーテルによってふたりの撮影は女性である彼女に頼んでいた。
 目の前に運ばれるスイーツを仲良く食べる黎夜とアーテル。それを撮影するカメラマン。
「食べ終わったら、お庭で紫陽花と写真を撮りましょうね。あ、ゆっくりでいいですよ」
 わたわたと急いで食べようとした黎夜に彼女は優しく声を掛けた。
「これ……本当に……仕事でいいのかな……」
「いいんじゃない? せっかくだから楽しみましょう」
 食べるのが惜しいくらい凝った形のスイーツを食べた後は庭へ散策するために出る。
「どうぞ」
 差し出されるアーテルの手。
「……うん」
 戸惑いを押し止めて、黎夜はその手を取った。
 そして、短い間だけ、アーテルにエスコートされる形で二人は紫陽花が並ぶ迷路のような庭を歩く。
「頑張ったわね」
 黎夜の疲れに気付いて、アーテルが手を放したその時だった。
「おっと!」
 植え込みから飛び出してぶつかりかけた信義から、アーテルが咄嗟に黎夜を庇う。
「すまない、ちょっと急いでいるんだ」
 式場に不似合いなスーツ姿の男に、黎夜とアーテルが一瞬視線を交わした。
「つぅ」
 アーテルに呼ばれた黎夜は頷くとバンケットルームへ戻っていく。
「喉、乾いていませんか?」
 アーテルに声をかけれて、信義は訝しげな眼差しを彼に向ける。
「単なる休憩中です。今は相方が別行動をしていますし。逃げ回っている人に無理強いはしませんよ」
「逃げ回って?」
 アーテルが自分の髪を触る仕草をするのを見て、信義は頭に付いたガーデンの葉に気付いた。
「スーツ姿は目立つと思いますので着替えた方が無難かとは思いますけどね。ブライズウエイティングルームに何着か予備の服がありますよ」
 しばらく考えたあと、信義は前髪をかきあげた。
「仕方ないか」



●チャペルにて

 チャペルの前の広場で庭の紫陽花を背景に、エージェントたちはカメラマンの指示で写真を撮っていた。
「……ん、似合う?」
 黒色の、インドの民族衣装レヘンガに着替えたユフォアリーヤが嬉しそうに尻尾を振りながらクルクルと回る。
 サリーのように巻いたストールは透けて腹部や腕の肌が白く覗き、そのせいで年齢よりもかなり色っぽく見えた。
「おお、これはまた可愛いな」
 そんな相棒の姿を微笑ましく見る遊夜。彼は彼女に合わせたような黒のシャルワニとパジャマを着ており、こちらもとても似合っていた。
「……ん!」
 褒められて満足なのか、それとも揃いの婚礼衣装が嬉しいのか、ユフォアリーヤはご機嫌だった。
 撮影会でカメラマンたちに特に好評だったのは、千颯と蓮だ。
 きっちりポーズを決める千颯に、プロ顔負けの蓮は特に撮影の指示が入っていた。
「凄いですね、蓮さん」
 感心するミュシャに、蓮は渾身のどや顔で得意げにポーズを取ってみせた。
「今は、してないけど、組にいた時は、しょっちゅう、ボクの、ファッションショーがあったから?」
 もちろん、蓮が言い出したわけではない。
 『組』がわからなかったミュシャは首を傾げつつも、ぱちぱちと拍手した。
 ちなみに、紋付羽織袴を着てご満悦の白虎丸は、モデルについてよくわかっていないのをいいことに、何故か真実の愛を探すために野獣に変えられた王子様とか、そういったイメージで撮影されていた。紋付羽織袴で。


「どういうことだ……?」
 額を抑えた信義が立ち尽くす。スーツこそ着替えていたが、チャコールグレーのベストが増えただけのシンプルな出で立ちだった。
「パパ―!」
 ベンチに座ったライラとこころにあやされていたマナが、転がるように父親へと駆け寄った。それを信義はなんとか受け止める。
 信義の後ろから九繰とアルトたちが顔を出して、ミュシャたちに手を振った。
「誰が悪童達の味方ではないと言いましたか?」
 何か言いたげな眼差しを向ける信義へ、アーテルは涼しい顔で答えた。
「虎噛さんは色々なお誘いをしてくれますし、他の方も俺の相方が大変お世話になっていますから、ね?」
 彼も少年の心を持っていたということなのだろうか。その時、穏やかなはずのアーテルの顔が、信義には悪童どもと同じ表情に見えたという。
 諦めてライラの隣に乱暴に腰を下ろした信義に、神妙な顔で千颯が近づく。
「苛立つのもわかる、わかるんだぜ~! 男なら自分の甲斐性で結婚式挙げたいよな~。
 俺ちゃんも頑張って貯めて挙げたもんな~。ほら、この間タキシード着てやったんだぜ? 信義ちゃんもケジメって意味では自分で挙げたいよな!」
 もう笑顔を取り繕うことすらせずに、信義は面倒臭そうに千颯を見上げる。
「うんうん、で? 信義ちゃんの予定ではいつ挙げれるの? 仕事が軌道に乗ったら? 纏まった金が手に入ったら?
 ふーん……? それ具体的にいつよ? まさか具体性も無いのに、今渋ってるの?」
 口ではそう言いながらも、千颯が『ねえ? どんな気持ち?』と揶揄っている気しかしない信義である。
「レベル高いわね」
 感服したように呟いたこころの言葉の意味が、ミュシャにはちょっと理解できなかった。
「灰墨殿、千颯の言うことは余り真に受けない方がいいでござるよ?」
 よくわかっていないものの、白虎丸が心配そうに助け舟を出したが、残念ながらこの場では笹舟レベルであった。
「俺は結婚式なんて望んでいないし、ライラも望んでいない」
 信義の吐き捨てるような言葉に、こころが目を吊り上げる。
 けれども、それを制して遊夜が前に進み出た。そして、信義の膝を抱えていたマナの頭を撫でた。
「おい──」
「ぬいぐるみの、おじ……おにいちゃん!」
 愛娘の言葉に、信義は彼女が見慣れないぬいぐるみとチョコレートの包みを抱えていることに気付く。
「すまんね、おとーさんとおかーさんの為に頼むよ」
 遊夜の言葉に、マナは父親の胸にしがみ付いて顔をぐりぐりと押し付けた。
「おねがいー、パパ―!」
「人の娘に何教え込んでるんだ」
「ククク、ここで逃げると言うのなら……愛ちゃんにあることあること吹き込むぜ?」
 ひょいとマナを抱き上げた遊夜はそれは邪悪に笑ったと、信義は後にライラにこぼしたという。
「そして、『おとーさんきらーい』『おとーさんくさーい』と言われるが良い!」
 それは信義より年上の遊夜にとって、割と捨て身の話であり、ある意味、渾身の訴えでもあった。
 きょとんとした娘の顔を見て、信義はついに頭を抱えた。
「────お前らは……。俺がお前らに何をしたって言うんだ」
 多少、千颯に嫌味を言った覚えはある。それから、自分をヴィランと間違えて簀巻きにしたミュシャに度々嫌がらせをした自覚もある。
「この前遊んでくれなかったしな、なら、友人であるミュシャさんに肩入れは当然。あの時遊んでくれていれば違った結果だったかもな?」
「はぁ!? ふざけんなよ?」
 予想外の遊夜の答えに、信義は思わず声を荒げて崩れ落ちた。
「服、違うから、変える」
「それだけは、勘弁してくれ……」
 借りて来た白のスーツに無理やり着せ替えさせようとする蓮を、信義は弱々しく押し返した。
「ごめんね、勘弁してやって」
 困ったようなライラに言われて、蓮は仕方なくそれを引っ込めた。
 代わりに、お揃いの赤い髪飾りを三つ取り出した。
「恭喜、恭喜、白頭到老」
 中国では赤はお祝いの色であり、花嫁の色である。世界中、あちこちを飛び回っているライラもそれは知っていた。
「ありがとう」
 そう言った、ライラの瞳が少し潤んだ気がした。
「さて、結婚式や誓約の言葉をキッチリ撮影、録音だ! ブーケクラッカーは必須だな」
 楽しそうな遊夜の声に信義が大きくため息を吐いた。
「リングガールとか、フラワーガール……せっかくだから……」
 黎夜がマナの頭を撫でる。
「間近でお父さんやお母さんの晴れ姿を見るのも、いいかなって、思って……子どもが生まれた後の結婚式だから……愛が参加するのも、悪くはねーだろ……? きっと、愛のお父さんも、喜ぶ、よ……」
 当のマナは「やるー!」とは言っているものの、その幼い言動に一同は不安を覚えた。
「良ければ、黎夜ちゃんも一緒にリングガールやってもらえるかな?」
 こころの提案に黎夜が頷くと、アーテルが心配そうに彼女を見た。
「紫陽花の花……家族の結びつきって意味の花言葉、ある……。この中で、愛も含めて結婚式ができたら、素敵だって、思うから……ちょっと協力……」
 マナにリングピローの持ち方を教えている黎夜を見つめて、アーテルは静かに微笑んだ。
「──そっか、そうね」


 信義たちの結婚式が始まるまで、エージェントたちは再びモデルとして撮影を始めた。
 噴水で紫陽花と写真を撮った九繰は、チャペルへと移動した。
「どうせなら、式のワンシーンを演じてみたいですね……」
 思わずそう呟く九繰の手を誰かが取った。
「お困りなら」
 信義の言葉に、九繰は思いっきり顔を強張らせた。
「……兄貴、最低──」
 女性陣からの冷たい視線に、信義は涼しい顔でエージェントを引っ張って来る。
「もちろん、独身者の方がいいことくらい、流石に俺でもわかる」
 引っ張って来られた白虎丸はきょとんとしていて、エルナーとアーテルは顔を見合わせた。
「それで、撮影会の間にどこに行くワケ?」
 チャペルの中で女性陣と男性陣がモデルをしている間に、往生際悪く逃げようとした信義は千颯を睨んだ。
「この仕事してたらいつ何があるかわからないんだぜ? それなら生きてる内にやるべきじゃねぇの?」
 千颯の言葉に、信義はチャペルを見る。何人かがこちらを見ていて逃亡はもう不可能に思えた。
「ライラちゃんを其処まで待たせて、それこそ男として平気な訳? ここまでみんなしてくれるってのに何を渋るの? いつやるの? 今でしょ!? つまんないプライド張って折角のチャンスを駄目にする気?」
 ニヤニヤと笑った千颯だったが、最後にぽんっと信義の肩を叩いた。
「────あとさ、結婚式って万全なつもりでも、いざやってみると後からあれもこれもしたかったって思うわけ。俺ちゃんも思ったしな。なら、今回のこれはいつかの本番への事前練習って思えばいいんじゃない?」
 驚いたように顔をした信義に、千颯はいつもの悪童の顔で言う。
「これ経験者としての助言な」
「──先輩面しやがって」
 それでも、脱ぎかけたジャケットを羽織ると、信義はチャペルへと戻っていった。


「ん? あれはまさか、本物の結婚式??」
「あら、まさか本物が見られるなんて。何やら色々あるみたいですけど」
 他のエージェントたちからチャペルへ呼ばれたロザーリアとウェンディは目を丸くした。
 新郎新婦の登場に遊夜はブーケクラッカーを盛大に鳴らした。



●思い出は

 式が終わり、今までじっと演奏に聴き入っていたアルトは、ガーデンに置かれたピアノの前に立った。
「あたしも……久々にピアノ弾いてみたくなった」
 立てかけられた楽譜に一度目を通し、そのまま自然な手つきで弾き始めた。
 ピアノの音色に気付いたルーフェルトが耳を傾ける。
 豊かな音色。
 それが、ピアニストを目指した少女の義指から奏でられていると、一体だれが解るだろう。
 だが、第三楽章終盤に入ると、ルーフェルトはきゅっと掌を握った。
 ────リズムに遅れが生じている。
 違和感を技術で隠しているのがわかった。席を立ったルーフェルトはピアノに向かって歩き出し……。
「おっとっと……っ……ふにゃ!」
 ドレスの裾を強く踏んで顔から地面に倒れ込んだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
 激しく転倒したために周りが騒然となる。綺麗に結った髪を乱して、赤くなった額をさすりながら、ルーフェルトは笑う。
「アハハ……すみません、こけちゃいました」
 救急箱を持った遊夜が二人の傍に駆け寄る。
「大丈夫だ、あとは任せろ」
 会場スタッフを含めた観客たちは遊夜とユフォアリーヤに手を引かれて室内へと移動する二人を心配そうに見守ったが、アルトの義指と手の甲の間から血が流れたことに気付いた者は居なかった。
「ありがとうございます、麻生様」
 礼を言う友人たちに軽く応えて、遊夜はアルトの手に包帯を巻いた。
 遊夜の姿が見えなくなった後、アルトは「……悪りぃな。ルー、助かったよ」とぼそぼそと呟いた。
「アルト?」
「偶にはこういうのも悪くないな」
「そうですね」
 ルーフェルトは微笑んだ。


 紫陽花の庭では最後のワルツが行われていた。
「ねぇ、ブラッド。紫陽花の花言葉って知ってる?」
 ブラッドリーと踊る咲が尋ねた。
「確か……移ろいやすい心、ですよね?」
「えぇ。でも、他にも辛抱強い愛情とか、家族の結びつきって意味もあるのよ」
「あぁ、そちらの方が素敵ですね。この場にも良く合う」
 黄色いカラードレスに着替えた九繰はエミナと見よう見まねでワルツを踊っていた。
 踊りながら、エミナが言う。
「最初は嫌がっていたのに、ノリノリですね」
「うう……恥ずかしかったですけど、やっぱりこういうのって憧れですから」
 周りを見れば、自分たち以上に適当に踊っているカップルも少なくない。
 くるりと大胆に回って、九繰は楽しそうに笑った。
「本番の予定は当分なさそうだし、楽しまなくちゃ!」
 エミナのディスプレイも楽しそうな顔文字が浮かんでいた。
 踊るエージェントたちを見ながら、遊夜とユフォアリーヤはラウンジでのんびりとお茶を啜っていた。
 他に誰もいないラウンジで、ユフォアリーヤは遊夜の頭を自分の膝に頭を乗せるとその髪を優しく梳き始めた。
「……ん、満足」
 ────好きにさせてやろう。
 少し疲れた遊夜は身を任せた。


 カシャカシャとインスタントカメラであちこちを撮影していた蓮だが、カメラが動かなくなったことに気付いて手を止めた。使い捨てのアイテムだったため、残念ながら役目を終えてしまったようだ。
 少し残念そうにそれを見た後、蓮は紫陽花の庭の片隅に移動して煙管をぷかぷかとふかし始めた。
「やっぱ、これ」
 特有の香りを楽しみながら、まだ建物のあちこちで騒いでいる仲間たちと使い切ったインスタントカメラを交互に眺めた。
 今日はこの中にたくさんの写真を撮った。
 もうすぐ枯れてしまう紫陽花の花も、消えてしまうこの場所も、そして、みんなの笑顔も。
 プロが撮った作品も楽しみだけど、その合間に自分たちで撮った写真も楽しみだった。
 現像したら、みんなで、見てみよう────。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 薄明を共に歩いて
    木陰 黎夜aa0061
    人間|16才|?|回避
  • 薄明を共に歩いて
    アーテル・V・ノクスaa0061hero001
    英雄|23才|男性|ソフィ
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • ゆるキャラ白虎ちゃん
    白虎丸aa0123hero001
    英雄|45才|男性|バト
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • Twinkle-twinkle-littlegear
    唐沢 九繰aa1379
    機械|18才|女性|生命
  • かにコレクター
    エミナ・トライアルフォーaa1379hero001
    英雄|14才|女性|バト
  • YOU+ME=?
    冬月 晶aa1770
    人間|30才|男性|攻撃
  • Ms.Swallow
    アウローラaa1770hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 幽霊花の想いを託され
    花邑 咲aa2346
    人間|20才|女性|命中
  • 守るのは手の中の宝石
    ブラッドリー・クォーツaa2346hero001
    英雄|27才|男性|ジャ
  • 任侠の流儀
    九龍 蓮aa3949
    獣人|12才|?|防御



  • ガールズデート
    ウェンディ・フローレンスaa4019
    獣人|20才|女性|生命
  • ガールズデート
    ロザーリア・アレッサンドリaa4019hero001
    英雄|21才|女性|ジャ
  • そっと咲く優しさの花
    ルーフェルト・アリエルaa4335
    機械|21才|女性|防御



  • 残照と安らぎの鎮魂歌
    楪 アルトaa4349
    機械|18才|女性|命中



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