本部

人体模型の怪

霜村 雪菜

形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 6~8人
英雄
7人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/10/12 18:28

掲示板

オープニング

●肝試し
 ぎぃ、ぎぃ、と。
 一歩踏み出す度に傷んだ木の廊下は悲鳴を上げた。都会では考えられない。廊下どころか、学校全体が木造だなんて。
「おい、気をつけろよ。床抜けっかも」
「洒落になんねーし。てか黴くせぇな」
 夏休みを利用して遊びに来た、大学生の旅行者三人。その小学校にかつて通っていた子供達の思い出とも、彼らを教えてきた教師達の志とも一切無関係だ。だから、廃校となって久しい校舎に夜中に土足で忍び込み、ふざけ半分で肝試しという流れにも平気で至った。
 玄関は、校舎の中心にある。彼らはそこから入って左側をまず探索することにした。携帯端末の懐中電灯機能だけで周囲を照らしているのでよく周りが見えないが、前方にある教室の扉の上に、掠れた字で『理科室』と表示されているのが辛うじて確認できた。
 中を見てみるか否か。
 一人が仲間にそう尋ねようとした、その時だった。
 ごとっ!
「うおっ!」
 教室の中で、何かが崩れる音がした。
「な、なんだよ! びびった!」
「お前、今の顔……っ、笑えるー」
「うっせぇ!」
 大声で言い合いながら、何の気なしに一人が扉をがらりと開けた。
 次の瞬間上げた悲鳴は、いったい誰のものだったか。それとも、全員だったのか。
 扉の向こうにいた『それ』は、ぎくしゃくとした動きでゆっくりと両腕を伸ばしてきた。片方の腕は、筋肉も血管もむき出しだ。
 彼らは。
 一斉に、叫び声を上げて逃げ出していた。

●司令
「従魔と思われる敵が確認された」
 眼鏡をかけた男は、淡々とした口調で切り出した。
「小さなMという町の、廃校になった小学校校舎が現場だ。肝試しに行った旅行者三名が襲われ、一人が捕らえられている。証言が混乱していたが、それを総合してみるに、従魔は人体模型に憑依したデクリオ級と想定される。恐らく、自力での移動なども可能だ」
 眼鏡の男は、机の上に一枚の大きな紙を置いた。現場の小学校の見取り図らしい。
 田舎の古い学校なので、三階建ての校舎の二階と三階部分にはそれぞれ六教室しかない。一階には職員室や、理科室などの特別教室がある。大学生達が襲われたのは、一階の理科室前廊下だった。
「通報を受けてから、地元の警察などや近隣にいた英雄、リンカーの協力で校舎を包囲してもらっている。だがリンカーと英雄は人数が少なく、囚われている大学生の救出も同時に行わなければならないことから、直接従魔と戦うのは危険と判断した。君達がしなければならないのは、校舎内で従魔及び人質を捜し、従魔は殲滅、人質は無事に助け出すこと。廃校舎なので損傷がひどく、戦闘を行えばその衝撃で倒壊することも考えられるが、ただ壊れるだけならば問題はないそうだ」
 だが校舎が崩れたところに人質がいたりすれば、当然危険に晒すことになる。理想としては先に人質を外へ逃がし、心置きなく従魔を倒すことか。
「人質に何かあったり、従魔を逃がしたりすれば大変なことになる。それだけは肝に銘じておいてほしい。では、健闘を祈る」

解説

●目標
 従魔の殲滅及び人質の救出。

●登場
 デクリオ級従魔『人体模型』
 平均身長の男性よりもちょっと小さいくらいの人体模型に憑依した従魔。腕、足、頭などのパーツごとで分裂し、それぞれが縦横無尽な動きで攻撃してくる。一撃のダメージはたいしたことがないが、それがあまりに積み重なると苦しい戦いになると予想される。

●状況
 大学生が一人人質になっている。捕らえられてから数時間が経過しており、従魔が次の依り代として想定していると考えられるため、まずは救出活動が優先される。従魔は自由に動けるが、現在のところ廃校舎の中をうろうろしているだけで、外へは一度も出てきていない。
 廃校舎は木造の三階建て、二階と三階部分が教室で、合わせて六教室ある。一階には職員室、音楽室、理科室があり、大学生達が従魔と遭遇したのは理科室。玄関は校舎の中央にあり、入って正面に校舎内唯一の階段がある。玄関から見て、階段を中心として一階左側に理科室はある。木造で損傷が激しいため、あまり衝撃を与えると倒壊の危険がある。弁償しなければならないということはないが、人質救出や戦闘の際には注意が必要。

リプレイ

●二階探索
「なぁ相棒。知ってるか? 母さんはホラーが嫌いだったらしいぜ」
「お前はどうなんだ、玄桃」
「は? いや、怖かったらここいないだろ」
 老朽化した校舎の廊下は、歩く度にぎしぎしと鳴った。草薙玄桃(aa0023)と、その英雄フェンリスウールヴ(aa0023hero001 )は、小声で会話をしながらゆっくりと進んでいった。玄桃は黒髪に緑の目の青年、フェンも同じく黒い髪だが瞳は火のように赤い。二人とも背も高いしファッションセンスもよく、実に見目麗しいコンビだ。
 だが、体格に恵まれた彼らはこの廃校舎では逆に大変だった。床も損傷が激しいので、気をつけないと床が抜けるかもしれないという注意を受けているのだ。ここは二階だが、普通の家屋よりも高い位置にあるため、転落したらいくらリンカーと英雄といえどやはり怪我をするだろう。
 一階部分をリンカーと英雄全員で捜索したあと、玄桃達と稲葉 らいと(aa0846)、彼女の英雄綱(aa0846hero001 )は二階の捜索を担当することになった。仲間の一人から借りたヘッドライトとホイッスルは、玄桃とらいとだけが身につけている。従魔と人質の大学生を発見した場合、ホイッスルを吹いて他の階の仲間に知らせることになっている。
「うおおぉ、ナイス。夜の廃校。これは思ったより面白そうですね。ぞくぞくのドキドキですよー。大学生が人質に捕られてる状況で不謹慎なのは分かりますが、こう言う面白怖いシチュエーション大好物なんですよ」
 辿り着いた教室の扉をゆっくりと引き開けるバニーガール。らいとは今、綱と共鳴中である。兎耳、兎尻尾が生えた装備スタイルなのだが、はっきりいってセクシーダイナマイトで似合い過ぎだった。教室内を四人で探索しながら、そんならいとが一人盛り上がっている。
『あー、拙者その、お腹の腹痛の痛々しいみたいな……』
 などと、共鳴中の綱からは謎の主張があったようだが、
「じゃぁいこっか♪」
 と流したらいとであった。

●三階にて
「夜歩く人体模型に、真夜中に鳴るピアノ。従魔が起こしていたんじゃないかって考えるとロマンがないねぇ」
 橘 雪之丞(aa0809)と彼の英雄、そして杵本 千愛梨(aa0388)と彼女の英雄の杵本 秋愛梨(aa0388hero001 )は、三階の捜索に当たっている。英雄と共鳴していないのは、従魔に対する囮の意味でのことだ。彼らに釣られて姿を現したら、ホイッスルで合図したあと一階へ誘導する手筈になっている。崩壊の危険がある校舎で、少しでも戦闘時のリスクを減らすためだ。
「他の階も手間取ってるみたいだね」
 千愛梨は、ぐるりと辺りを見回した。ヘッドライトの光が、その動きにつれて暗闇に踊る。
「都会の学校に比べたらずっと小規模だけど、学校は学校だもんね。しかたないですよ」
 雪之丞は肩をすくめ、次の教室へ向けて歩き出した。二階と三階は教室で、階段を中心にして左右に三つずつある。彼らは、校舎の正面から見て右側の部分の三教室を探索し終えたところだった。
「できれば人質から先に見つけたいけど……。秋愛梨はどう思う?」
「……そうだね……」
 二人とも小柄な少女で、長い黒髪、瞳の色が千愛梨が青で秋愛梨が赤と違っているが、並んでいると仲のいい姉妹のようだ。その様子を、雪之丞は目を細めて見ている。長い髪は茶色、なで肩で線が細く容姿も柔和な印象だが、彼はれっきとした男性なのである。
「まあそれはいいけど、そろそろどちらかは見つかってほしいところね」
 一階は、現場到着直後にリンカー全員でくまなく探した。移動のできる従魔はすれ違っている可能性があるが、人質までが校舎内を動き回っているとは考えにくい。どこかの室内にいて、身動きできないと見るのが妥当だ。
 とすると、二階か三階のどちらかで、そろそろ見つかってもよさそうなのだが……。
「次はこの教室……っと」
 千愛梨が、教室の引き戸に手をかけた。もちろん正面には立たないように。
 雪之丞達、そして秋愛梨が軽く身構える。
「開けるよ」
 千愛梨が短く告げ。
 扉が、軋んだ音を立てて横に滑る。
 ヘッドライトの明かりが、開いた闇の中に集中し。
 露出した皮膚組織と眼球が、でろりと二重の光に垂れた。
「うわあっ!」
 千愛梨が叫ぶ。
 雪之丞も少し驚いたが、お化け妖怪の類でないのは最初からわかっているから立ち直りも早い。
「杵本さん、ホイッスル吹いて!」
 鋭く指示を出し、身構える。同時に、雪之丞の髪がみるみるうちに白く変化していく。
 英雄とリンクしたのだ。
「まずは、一階におびき出さないと」
 爛々と輝く金色の瞳で、雪之丞は従魔を睨みつけた。

●人質を捜せ!
 ホイッスルが聞こえ、 ハーメル(aa0958)は机の下から急いで顔を出した。
 どんなふうに吹くかで、何が起きているかわかるよう事前に打ち合わせている。この音は、敵発見の合図だ。
「骸さん敵です! って、何してるんですか!」
 パートナーとして一緒に人質を捜していた骸 麟(aa1166)が、どんどん椅子を積み上げているのを見て思わずハーメルは突っ込みを入れた。
「座席バリケードは漢のロマン! ってにいちゃんが言ってたなぁ」
「ここの従魔相手には効果が低いでござるよ。間すり抜けられますからな」
 麟の英雄宍影(aa1166hero001 )も、実に的確に突っ込んでいた。麟はぞんざいな長い三つ編みを大きく振って穴影を振り返り、むむうと唸った。
「そんなことより、従魔を発見したようですよ。音の聞こえ方からして、この三階のようです」
 捜索担当の三つの班は、敵を発見した際は直ちにそちらの殲滅へ向かうことに決めていた。ただし、ハーメル達の班は人質の捜索と安全確保を優先することになっている。
「どうしましょう。まだあと教室を一つ探さないと」
「……急いで探して、見つからないようなら速やかに二階へ」
 提案したのは、ハーメルの英雄である女性。赤い瞳に長い金の髪だが、容貌はマスクで覆われていて窺えない。墓守(aa0958hero001 )というのが、彼女の名だ。
「それがよさそうだな。急いで次へ向かおう」
 穴影も同意し、四人は急いで廊下に出た。
 そして、見た。長い白髪を翻して従魔と戦う、雪之丞の姿を。
 千愛梨は英雄と共鳴せずに、人体模型のパーツを狙っている。自在に飛び交う人体模型の頭や両手足のパーツは戦いの邪魔だから、先に減らそうという作戦だろう。
 そうしながらも、千愛梨は階段の方へじりじりと下がり、雪之丞も従魔をそちらへと追いやるよう計算しているように見えた。事前の打ち合わせでは戦闘は一階でということになっているし、二階と一階には仲間達がいるから、確かにそれで正解だ。
「どぁあっ!」
 背後で麟が悲鳴を上げる。どうしたのかと振り返ると、大変なことになっていた。
「ちょ、麟さん!」
 何と、麟は見事に床を踏み抜いていた。穴影がずぼっと彼女を引き上げて、床の亀裂から離れたところに立たせる。
「先に床を壊しておけば落とし穴になるぞ!」
「踏み抜いた時は焦り申したが…ものは言いようでござるな」
 まったくだ。
 ハーメルは一時的に混乱した頭を切り換え、言った。
「打ち合わせ通り、僕達は捜索を続けましょう。二階の人達もホイッスルに気づいただろうし、戦闘は任せて」
「よし、わかった!」
 麟がまず真っ先に隣の教室へ駆け込み、穴影がそのあとに続いた。
「ここにいなかったら、二階へ移動しないと……」
 ハーメルは考える。教室を探索している間に戦闘が階下へ移動していればいいが、そうでなければどうやって二階へ行こうか。
「……何とかなる」
 墓守の手が、ハーメルの背に添えられる。
 何とか。
 そうだ、今は考える時ではない。
 掴まって怖い思いをしているだろう人、命の危険に晒されている大学生を、一刻も早く見つけなければ。
 ハーメルは彼女に頷きかけ、急いで教室内の捜索を開始した。

●一階
 多々良 灯(aa0054)は、階上からの破壊音と振動にはっと顔を上げた。昔夜の学校に渚達と忍び込んだのを思い出し、ほのぼのとしていた矢先のことだ。
「うおわあぁっ!」
 後ろを歩いていた水澤 渚(aa0288) が素っ頓狂な悲鳴を上げて跳び上がる。もっとも、実際には渚の背中にティア(aa0288hero001 )がくっついていたため、彼の足は一センチも浮いていないが。白銀の髪をツインテールにした巨乳の美少女にくっつかれている。羨ましいシチュエーションではある。
 しかし渚は、それどころではなかった。
「せ、戦闘が始まったのか!」
「だろうね。階段の方だ」
 二人は話しながら階段へ向かう。渚はまださっきのショックで表情が強ばっているのだが、幸い前を行く灯には見えていない。
 灯と渚の役目は、囮だった。敵を階下へおびき寄せやすくするため、英雄との共鳴はしていない。一度全員で探索し終えた一階だが、念のためということで渚が見取り図にマーカーで印をつけながら再捜索していたところだった。
 人質の大学生は、上の階にいたのか。
「灯、床気をつけろよ」
「わかってる。渚が照らしてくれてるから大丈夫だって」
「リーフは呼ばないのか?」
「うまく囮の役を果たしてから」
 リーフ・モールド(aa0054hero001 )は灯の英雄だが、今は敵を外へ出さないように正面玄関で見張りをしている。戦闘に入る際は速やかに駆けつけてくれる手筈にはなっていた。
 階段に辿り着くと、雪之丞と千愛梨、秋愛梨、そして玄桃とフェンが踊り場に降り立つところだった。彼らのヘッドライトで、辛うじて飛び交っている人体模型の部品が確認できる。
「こっちだ!」
 灯が声を張り上げると、宙にあった人体模型の顔がぐりんと彼を振り返った。
 渚は、思わず灯の腕を掴む。
「灯! ボクの渚にくっつきすぎだぞ?! 離れろー!」
 ティアが抗議をするが、もちろん全員に黙殺された。
 人体模型の足が、一直線に飛んでくる。灯と、渚に向かって。
「ティア!」
 渚が叫ぶ。ただしそれは、恐怖からではなく。
 渚の黒髪が、色素を失っていく。青い瞳が、燃えるような赤へと変じる。
 ティアの髪と瞳の色を得た彼の姿は、共鳴した証だ。
「リーフ!」
 灯も、己の英雄の名を呼んだ。心で。
 17歳の少年だった灯の姿は、23歳ほどのたくましい肉体へと成長する。黒い髪は長く靡き、赤い瞳が爛々と輝く。赤と緑のグラデーションの幻想蝶を留め具としたマントが、彼の跳躍を受けばさりと後ろへ跳ねた。
「行くぞ渚!」
「おう!」
 息を合わせて、二人は敵を迎え撃った。

●暗闇の戦闘
「へぶぷっ、分解分裂攻撃!? 別の意味で怖いんですけど」
『らいと殿、この程度の従魔に臆すとは情けないでござるゾ!』
「逆にこの状況で復活っ!? 助かるけどもっ!」
 らいとは脳内で綱と会話しながら、ランスでの突きを繰り出していた。人体模型は内蔵も取り外し可能なタイプだったようで、自由自在に飛んでくるのである。びゅんびゅんと。暗闇の中ヘッドライトの明かりで見ると、一瞬本物のように見えて不気味なことこの上ない。
 雪之丞も、ロケットパンチと大鎌で次々にパーツを破壊していった。しかし、両手足、身体の他に眼球や耳、脳、内臓もあるのでかなりの数である。視界の悪さもあり、百発百中といかないのがつらい。
「わっ!」
 一つをどうにか破壊したと思ったら、雪之丞の耳元を空気を裂く音が通過する。あわてて周囲を見回すが、闇の刺客に紛れてしまったようで確認できない。
「危ない!」
 千愛梨の声と同時に、ぱんっという破裂音が響く。スナイパーライフルでパーツを撃ち落としたのだと、彼女の構える武器から理解する。
「ありがとう!」
「どういたしまして!」
 素早く言い交わし、二人はすぐに各々の敵を新たに見定め、戦闘態勢に入った。
「もう怖いとか言ってられっか!」
 渚が、小太刀でパーツを両断する。内臓系だったようだが、もちろんいちいち確認はしない。飛んできたのを斬る。向かってくるのを断つ。その繰り返しだ。
『まだまだいるよ! 気をつけて!』
「わかってる!」
 脳内で響くティアに返事をして、何気なく友人の方へ目をやった渚ははっと息を呑んだ。
「危ない!」
 灯の頭上で、影が動いた。戦闘の影響で崩れた建材などではない。
「灯!」
 警告の叫びを渚が発するのと、灯が動いたのは同時だった。
 マントを翻し、腕を掲げる。シルバーシールドが落下物を防ぎ、鈍い音を立てた。
「さすが」
 渚がほっとした瞬間、再び灯が動く。今度は盾とは逆の手、装備した小太刀が一閃する。
「うおっ!」
 渚が首をすくめるのと、背後で何かが壊れる音がしたのはほぼ同時だった。
 パーツが飛んできていたのか。
 渚は、灯に向かって片手を上げた。灯も笑ってそれに応え、小太刀を構え直す。
 まだまだ油断はできない。
 玄桃とフェンは、共鳴せずに囮に当たっていた。パーツの一つ一つは弱いし、正面切って戦えば敵ではない。しかし、縦横無尽に飛び交うことと視界の悪さで、思うように囮も効果がない。味方にも疲労が目立ってきた。
 もうしかたがない。
「面倒臭がってもいらんねぇか。いくぞ、相棒」
「任された、玄桃」
 拳を合わせ、共鳴する。
 前線で戦う仲間達を援護する形で狙撃を繰り返し、少なくともパーツ三つを殲滅した手応えを音で確認する。
 友人である渚と灯が、ちらりと玄桃を振り返ったのも。
「好き勝手させてやるほど、俺は優しくないんでね」
 言いながら、さらに発泡する。千愛梨も同じく狙撃での援護に回っていて、自分のではない銃の音を確かめつつ、互いに援護に全力を尽くした。
 あと、どれくらいいるのだろう。
 ちらりと考えたが、すぐに打ち消す。
 目の前の標的に集中すべきだ。気配がなくなったときが終わり。それでいい。
『……がんばって』
「うん!」
 脳内で響く秋愛梨の励ましに、彼女は全力で応えた。

●人質救出
「いました!」
 勢いよくドアを蹴飛ばし、ハーメルは叫んだ。強い風が正面から吹き付けてくる。
「よっし! 任務完了だな!」
 ハーメルの後ろからついてきた麟が、ぐっと拳を握る。
 三階と二階をしらみつぶしに探しても、人質は発見できなかった。弱り切った彼らだったが、墓守が天啓のごときアドバイスをしてくれたのだ。
「……屋上が、あった……」
 屋上入り口には、鍵がかかっていなかった。ただし何かが向こう側につかえていたのでなかなかドアが開かず、やむを得ず壊すことにしたのだった。
「ひ、ひぃっ! 何だあんたら!」
 ひょろっとした青年が、床にへたり込んでいた。体勢からするに、どうも逃げようとして腰が抜けたらしい。体力的な消耗も大きかったようだが。
 ドアの付近を確認すると、箱やブロックなどのものが散乱している。この青年が、人体模型を寄せ付けないためにバリケードにしていたのかもしれない。
 まあ、そんなことはどうでもいい。
「助けに来ました! HOPEの者です!」
 青年に駆け寄りながら、ハーメルが言う。念のため青年の名前を尋ね、間違いなく従魔に掴まっていた大学生と確認する。
「よかった。とにかく、校舎の外へ逃げないと……」
 下から聞こえてくる音から察するに、戦闘はまだ終わっていない。
「玄関まで、移動できるでしょうか」
「ちょっと難しそうだな」
 穴影が、フェンスから階下を覗き込んで言った。マッチョな彼が寄りかかっていても、フェンスはびくともしない。見た目より丈夫そうだ。
「校舎内で戦闘している。人質を連れて行って狙われたら、一時的にせよ戦闘リスクが上がる。俺達はともかく、その兄ちゃんには全力疾走する体力も残ってねぇだろ」
 確かにその通りだ。
 例えば穴影に負ぶってもらうなどして青年を運ぶようにしたとしても、一階に下りて従魔に発見された場合、麟は彼と共鳴できなくなってしまう。他にも味方はいるからフォローを期待することはできるが、体力の落ちている一般人をこれ以上危険には晒したくないし、精神的にも彼が限界にきているのは見ても明らかだった。
「……どうする……?」
 墓守が考え込む。ハーメルも腕を組んでうーんと唸った。
「ふっふっふ」
 突然含み笑いを始めたのは、麟だった。
「こういうときのために、こんなものがあるぞ!」
 彼女がリュックの中から取りだした物を見て、ハーメルは目を丸くした。
「な、なんですかそれ?」
「鉤付きのロープだ!」
 かなり長い、丈夫そうなロープだった。確かに先端には鉤がついていて、ちょっとやそっとでは外れそうにない。聞くところによると麟は風魔忍軍の一翼、骸一党の末裔らしいから、きっとこれは『忍び道具』というやつなのだろう。
「じゃ、じゃあ、これを使ってこの人を校舎外へ運んで、救護班に任せたあとで僕達も戦闘に加わればいいんですね」
「……いいアイディア……」
「では、早速」
 麟がもう一本ロープを取りだし、穴影がそれを使って青年を自分の背中にくくりつけた。鈎付きロープをしっかり固定し、とんとんと外壁を軽く蹴りながらあっという間に地面へ降りていく。
「すごい」
「オレ達も行くぞ」
 穴影が降りたのを確かめてから、麟も同じ要領でロープを伝っていく。
 その姿を目で追いかけ、ハーメルは背筋がぞくぞくするのを感じた。
 めっさ高い。学校の屋上なのだから当たり前だ。正直普通に階段で下りたいところだったが、一般人の安全確保と一刻も早い治療が最優先だ。腹をくくり、ロープを掴む。
「……待って」
 だが中空に身を躍らせる直前、墓守が彼を呼び止めた。
「な、何?」
「そのままだと……摩擦が」
 彼女がそっと差し出したのは、軍手だった。一体どこに持っていたのだろう。
「……ロープも、ちゃんと掴まないと落ちる……」
「あ、うん。ありがとう」
 いつも本当に、彼女のアドバイスは的確だ。
 気を取り直し、彼は落ち着いた気持ちで壁を蹴り始めた。

●とどめの一撃
 戦いが終盤に近づいてきたのを、千愛梨は感じていた。闇の中で動く気配が、明らかに減っていたからだ。
『もう少し。気を抜かないで』
「大丈夫!」
 共鳴している秋愛梨に答え、千愛梨はまた一つ、従魔のパーツを撃ち落とした。
「あと何体かな……」
 誰かの呟きが聞こえた。らいとだろうか。
「みんな、朗報!」
 唐突に上がった明るい声は、雪之丞だ。彼の目の高さらしき辺りで四角い灯りが動いているのは、携帯端末に違いない。
 ということは。
「人質の発見及び救出に成功だって!」
 続いて起こった安堵の溜息は、複数。きっと、全員のもの。
「じゃあもう、遠慮はいらないな!」
 渚。
「燃えてきたぜ……!」
 これは、灯。
 戦闘が再開される。だが、先ほどまでよりずっと激しく、苛烈だ。全員が遠慮を捨てたからだ。
 あと少し。
 あと少しで。
「うおおおっ!」
 遠くから雄叫びが近づいてきて、千愛梨ははっと手を止めた。
 玄関のほう。すなわち、外からだ。
 誰が。
「骸止水影!」
女性の声。麟だろうか。人質を外へ連れ出してから、戻ってきてくれたのだろうと推測する。ヘッドライトの明かりの中、人体模型パーツが静止したのが見えた。
 それはいい。そこまでは、よかったのだが。
「骸神磚撃!」
 衝撃と、破壊音。千愛梨は急いでその場から飛び退いた。
「骸舞風斬!」
 誰かの悲鳴が上がった。頭や頬に何かつぶてのようなものが当たった気がして、千愛梨は思わず踵を返していた。
「骸分身術二分撃!」
 地面が揺れた。比喩でも何でもなく。もうすでに、千愛梨は走り出している。他の仲間も同様に出口へ向かい始めたのが、足音と気配でわかった。
 この校舎は、古い。倒壊の危険がある。だから今まで、みんな全力で戦いながらも気を遣っていたのに。
 辛うじて、全員が外へ飛び出した直後。
 数多の子供達の思い出を残していた学校は、完全に瓦解した。

●大団円
「小人閑居して不善を為すだね。でもこれ小人でも真面目な人居るのにちょっと可愛そうかな?」
「小人(しょうじん)と小人(こびと)は違うでござると言うか、最早何を言えばいいのか……」
 腕を組みうんうんと頷いている麟の横で、穴影は苦笑いしている。
 事後処理はHOPEの担当者達と地元の関係者に任せ、彼らは最寄りのHOPE支部へと集合した。もちろん、報告や今後の相談のためだ。
 今のところ従魔の人体模型はまだがれきに埋もれたままのようだが、戦闘によるダメージも相当だったし、麟はとどめを刺したと主張している。それを他のメンバーは確認できなかったが、ついでに学校にもとどめを刺したわけだから、まず倒したと見て間違いないだろう。
 囚われていた大学生は、ハーメルが無事にHOPEの救護班が待機していたグラウンドまで送り届けた。衰弱していたしショックも受けていたようだが、回復できないようなほどでもない。時間をかければ元気になるだろう。
「股間に付いてないタイプの人体模型で本当に、本当に良かったでござる…………」
「あー、良く分かんないけど恐怖が別方向にいったんだね」
 らいとと綱は、仲良くジュースを飲んでいる。共鳴していないときはらいとはごく普通の女子高生、綱は性別不詳のちびっこウサミミ忍者だ。
 ハーメルと墓守、雪之丞と彼の英雄、そして千愛梨と秋愛梨は、任務の感想などをあれこれ話し合って盛り上がっていた。
「ふぅ……今日も誓約ごちそうさまね」
 灯にお茶を私ながら、リーフは呟いた。灯は疲れた様子ではあったがその表情は充実感で満たされていた。彼女にとって、それが一番のことだ。灯の隣には渚と玄桃、フェンがいるが、灯達と話したがっている渚をティアがことごとく阻んで言い争いになっている。リーフにとっては見慣れた、微笑ましい平和な光景だった。
 明日はとりあえず、また平和な日常だろう。
 明日は、何をしようか。
 灯にはとりあえず、誓約を守ってもらうとして。
「リーフもお茶飲みなよ」
 灯が、紙コップを差し出してくれる。湯気といい香りが、コップからほかほかと立ち上る。
 リーフは微笑んで、ありがとうと言った。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • 捕獲せし者
    骸 麟aa1166

重体一覧

参加者

  • ひとひらの想い
    草薙玄桃aa0023
    人間|19才|男性|命中
  • 闇夜の狼
    フェンリスウールヴaa0023hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • もふもふには抗えない
    多々良 灯aa0054
    人間|18才|男性|攻撃
  • 腐り神
    リーフ・モールドaa0054hero001
    英雄|23才|女性|ブレ
  • 荒ぶるもふもふ
    水澤 渚aa0288
    人間|17才|男性|生命
  • 恋する無敵乙女
    ティアaa0288hero001
    英雄|16才|女性|ソフィ
  • 囮姫
    杵本 千愛梨aa0388
    人間|23才|女性|攻撃
  • ハッピー☆サマービーチ
    杵本 秋愛梨aa0388hero001
    英雄|16才|女性|ブレ
  • 愛犬家
    橘 雪之丞aa0809
    人間|18才|?|攻撃



  • 戦慄のセクシーバニー
    稲葉 らいとaa0846
    人間|17才|女性|回避
  • 甘いのがお好き
    aa0846hero001
    英雄|10才|?|シャド
  • 神月の智将
    ハーメルaa0958
    人間|16才|男性|防御
  • 一人の為の英雄
    墓守aa0958hero001
    英雄|19才|女性|シャド
  • 捕獲せし者
    骸 麟aa1166
    人間|19才|女性|回避
  • 迷名マスター
    宍影aa1166hero001
    英雄|40才|男性|シャド
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