本部

【神月】連動シナリオ

【神月?】ハーメルンの猫好き

ららら

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/07/15 08:32

掲示板

オープニング

 これは、オーパーツを巡る人類と愚神の一大決戦の裏側で起きた、でもその辺の出来事とはあんまり関係ない事件の記録である。



「可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い!!!!」
 能々乃原奈南(のののはらななん)は自室のベッドの上で自らの肺活量の限界に挑んでいた。
 或いは、その腕に抱えた真っ白い飼い猫への愛情を爆発させていた。
「あ――――――――――可愛いにゃ――――――――――っ!!」
 両足をぱたぱたとさせながら、兎に角可愛くて可愛くてたまらないといった様子で奈南は白猫に頬擦りした。頭の上で垂れている犬耳がぴょこぴょこ動き、茶色い尻尾が小刻みに振られる。
 そう、奈南は犬のワイルドブラッドである。
 近頃までは身の上を隠して生活していたが、もはや隠す必要がなくなってからは堂々と耳と尾を露出させて生活していた。級友には当初驚かれたものの、元々性格が犬っぽかった事もあり、割とあっさり受け入れられた。
 それほどまでに分かりやすく身も心も犬である奈南だが、趣向としては猫派だ。
 犬も決して嫌いではないし、可愛いものはだいたい好きだが、こと猫に関しては狂気的と言って良いほどに傾倒していた。
 彼女の自室を見回すと、兎に角猫づくしだ。ベッドのシーツや枕が猫柄なら、スリッパも猫耳がピンと立った可愛らしいデザインをしているし、学習机の上には猫のゆるいグッズが散乱している。壁紙などももれなく肉球のシルエットがプリントされており、その上から更に子猫のグラビアポスターが大きく貼られている徹底ぶりだ。
 極めつけは“猫語”だろう。彼女は猫を愛し、猫に憧れるあまり日常的に猫語を介するようになったのだ。
 犬なのに、犬のワイルドブラッドなのに……という巨大に聳え立つツッコミどころを、級友達は海のように広い心で見逃してやっていた。と言うか、以前突っ込みを入れたところ、半泣きになって「ねごだもん」と拗ねられたので、面倒臭くてスルーしているというのが正しい。
「はあー、猫可愛いのにゃー。世界中に猫が溢れれば、きっと世界は平和で包まれる筈なのにゃ! 愚神だってみーんな猫の姿になっちゃえば、可愛いし、ちょっとぐらいの悪事なら見逃してやろうって気になるのににゃー」
 などとのたまっていると、空いた左手がベッドの上の『あるモノ』に触れた。手繰り寄せたそれは、先日拾って来た奇妙な笛だ。
 色褪せた金色で、ごてごてとしたゴシック調のデザイン。音の出る先端が花の形になっているのが特徴的だ。
 正直に言って、あまり趣味ではなかった。
 奈南が好きなのは一に猫であり、二に可愛いものだ。ゴシックな笛などは本来ならばオトトイ来やがれである。
 だが近所の海辺で波に揺れていたそれは、何故だか不思議な魅力を放っているように感じた。はしたないと分かっていながらも、ついつい拾って来てしまったのだ。
「しかしまー……へんてこな笛だにゃー」
 そんな風に呟きながら、何ともなしに吹き口に唇を当てる……。



「参ったな、全く行方が分からん……」
「あら、まだ掴めてないの?」
「ああ……何せ船から落としたという話だ。潮流次第で何処へでも流れ着く」
「また随分なドジを踏んでくれたものよねえ。でも、本物かどうかはまだ分かっていなかったんでしょう?」
「そうだなあ。使ってみればわかったんだろうが、やはりどんな効果があるか分からないからな。検証は此方で行うつもりだった」
「本物だったと思う?」
「さあな……十中八九偽物だろう。アレは伝承からして不確かだ」
「勿論、私達セラエノとしては、本物であって欲しいところだけれどねぇ」
「『マインドリーディング』――音色を聞かせた者を催眠状態に陥らせ、意のままに操るという笛のオーパーツ、か。実在したなら、使い方次第で恐ろしい結果を生むぞ」



「にゃ、にゃ、にゃにゃにゃ……っ」
 両手で掴んだ笛に驚愕の眼差しを向けながら、わなわなと肩を震えさせる奈南。
 その傍らでは彼女の愛猫が“その場で何度も繰り返しジャンプし続けている”。
 何ともなしに笛を吹いた奈南は、猫の様子がおかしい事に気付いた。無言で奈南を見つめてぴくりとも動かないのだ。
 不安になってあれやこれやと試すうちに、猫が奈南の言葉に従順に従う事に気付いたのだ。
 まさか。
 まさかまさかまさか、これは。
 奈南は笛を震える手で持ち上げて、まるで神より祝福を賜らんとする聖人の如く、高く高くそれを天井に掲げた。

「“猫を自由自在に操れる笛”という事だにゃ――――!?」

 違うと。
 正しい知識を以て否定出来る者がその場にいなかったのは、果たして幸か不幸か。
 善は急げとばかりに奈南は笛を握って部屋を飛び出した。その瞳は、もう爛々に輝いている。突如降って沸いた幸運により、奈南の世界は希望の光に満ち溢れていた。
 そのせいもあり、コンマ2秒で横切った一階のキッチンで、無表情でぴょんぴょことジャンプし続ける母の姿には、これぽっちも気付く事が出来なかったのだが……。



 笛の能力が猫にしか効かないと思い込んでいる奈南はある意味で爆弾だった。
 町中で猫を見かけては笛で誘き寄せ、猫を愛でたい一心で様々な命令をする奈南だったが、その命令が周辺にいた人達をも巻き込んでいる事に全く気付かないのだ。
「にゃにゃにゃー! 笛の力を以て命ずる! お膝に顔を埋めるにゃっ!」
「にゃっふーん♪ 笛の力を以て命ずるにゃ。寝転がってお腹を見せるにゃ!」
「笛の力を以下略! ほっぺたをぺろぺろするにゃーっ!」
 こういった命令が、付近のファミリーレストランの従業員や、授業中の学校教諭、バス停に並んでいる中年男性に“誤爆”するのだからたまらない。
 ××町はすっかり混沌のホットスポットと化していた。ホットスポットと化しても気付かない奈南は稀代の猫狂いであり、馬鹿だった。

 そんな××町を訪れた――あなた達。

 この町で起きる一連の奇妙な事件を、ライヴス・ネットというSNSツールで知ったあなた達は、興味本位で情報収集を開始。
 さほど苦労を要さない内に、笛の効果に調子に乗りまくった奈南による自撮り画像の数々に辿り着き、その他幾つかの情報と照らし合わせて、何となく事件の全容を察する事となった。
「にゃにゃっ!? お前たち、何の用にゃ……っ」
 暫しの捜索の末に奈南との遭遇を果たしたあなた達。だが奈南はその思惑を野性的に察知し、警戒の構えを見せる。足元には大量の猫を引き連れていた。
「まさか奈南からこの笛を取り上げるつもりにゃ!? そんな事は許さないのにゃーっ!」
 奈南が笛を口に咥えると、すっかり調教された猫達が、ザッ、とあなた達に向かって臨戦態勢に入った。
 さあ、猫とオーパーツを巡る狂想曲が今、しょうもない感じに開演する――。

解説

○目的
 能々乃原奈南から不思議な笛を取り上げる。

○現場
 ××町。至って普通の住宅街。開始地点から暫く離れた所に奈南の自宅。
 ご家族は不在。お金持ちで結構豪邸。一階の広い一室が猫用のフロアになっており、奈南は此処を目指して逃走する。

○敵戦力
 能々乃原奈南×1
 猫×いっぱい

 奈南はワイルドブラッドでリンカー。シャドウルーカー。英雄は共鳴済み(リプレイに出て来る事はありません)。
 「笛を吹く」以外にスキルを使用しない。
 奈南、猫、建造物、通行人に危害を加える事は禁止。

○笛
 不思議な笛。オーパーツ。没収した後使ってみたりしてはならない。
 いいか! 使うなよ! 絶対だぞ!

○特殊BS
 基本的にマインドリーディングはリンカーには通用しないが、例外的に以下の効果が発生する事がある。

・精神、肉体系BS「KAWAII」
 猫に纏わりつかれるとかかる。猫を愛でる以外の行動が不可能になる。
 BS解除スキルか、1点以上のダメージか、何らかの強い精神的衝撃を受けると回復する。
 奈南の猫を愛する強い気持ちが笛を介して命令という形で発せられ、また猫は実際凄く可愛いのでリンカーもかかってしまうのだ。(意訳:こまけぇこたぁいいんだよ)

・精神、肉体系BS「猫化」
 「KAWAII」にかかったまま一定時間が過ぎるとかかる。言動が猫化する。
 これは厳密には「KAWAII」状態になる事で抵抗が徐々に落ち、奈南の笛の影響を受けやすくなった、言わば強力な「洗脳」状態に当たるのだが
 奈南が猫用の命令しかしないので、結果的に猫化しているという事になるのだがこまけぇこたぁ以下略。
 回復方法は「KAWAII」と同様だが、多少回復しにくいかもしれない。

○インシィ
 インフィニット・シングラリティ、通称インシィ(詳細はワールドガイドを参照)。
 情報収集の段階で彼らを利用している。PC達はインシィを名乗っても良いし、無関係と断言しても良い。

リプレイ

 何かが割れる音と、怒鳴り散らすような声が響いた。低いダミ声がみゃおんと鳴いて、ブロック塀の上に影が飛び乗る。
 それはスーツ姿の中年男性だ。中年男性だが、今は心は猫なのだった。足で器用に頭を掻いてから滑らかにアスファルトに着地して、四足歩行で駆けてゆく。
 彼が駆けて行った先でも、老人が女子高生の膝にしがみついて顔を埋めたり、妙齢の女性が仰向けに寝転がってごろごろと鳴いたりしている。なるほどこの××町は、確かに混沌のホットスポットと呼ぶに相応しいだろう。
「……すっごいね、この状況。どんな顔したらいいか分からない」
『笑えばええんやでケイ……これがな、“かおす”って言うんや……』
 蜷川 恵(aa4277)はその特徴的な白銀の瞳で辺りの状況を眺めると、何とも言えない顔をした。共鳴中である英雄、徒靱(aa4277hero001)も彼女の中で呆れたような薄笑いを浮かべている。
 リンカー達の姿は今、この騒ぎの犯人と目される少女、能々乃原奈南の自宅前にあった。二手に分かれて奈南を捜索する運びで班分けされており、此方は奈南の自宅付近を捜索する側になる。
「ああ……何と言うか、思いの外これは酷い……」
 スマートフォンで周辺の地図をチェックする桜小路 國光(aa4046)も、ちらちらと周囲の状況を眺めては苦い顔をしている。彼の相棒たる可憐な英雄、メテオバイザー(aa4046hero001)はきょろきょろと視線を巡らせては、残念そうに眉を垂れ下げていた。
『猫ちゃんは見当たらないのです……』
「奈南さんの所に集まっているんだろうね」
 笛の効果がしっかり発揮されている辺り、恐らく奈南との距離はそう離れていない。それを含めた上で、國光は奈南を追い込むルートを導き出すべくスマートフォンの画面と睨めっこしている。
 ――笛。
 そう、今回の事件の中心には、ある不思議な笛の存在がある。
「他人を操る笛ねェ。そんなもんがあるなら、居候を働かせてェ」
 長身のワイルドブラッド、土御門 晴明(aa3499)は小さな英雄天狼(aa3499hero001)の前にしゃがんで彼の一張羅を整えてやりながら、ぼんやりと紫色のショートヘアを想起していた。“アレ”を働かせる為に必要な努力が、笛をほんのひと吹きするだけで済むのであれば……それはまさしく“魔法”だとか“奇跡”だとかいう代物に違いない。
『……んー、窮屈ー』
 そんな風に考えていると、天狼から抗議の声が上がった。彼は今、普段の装いとは大きく異なり、黒いベストの下に白いシャツを着用し、七分丈のスラックスを履いている。奈南からの好印象を得る目的で、子供っぽい可愛い服を着せる予定であったが、お洒落好きの國光から“敢えてオトナっぽいデザインを選ぶ事で、背伸びしているおしゃまな子供感が出て可愛いって事もあるよ”とのアドバイスを受けてこのようなコーディネートになった。着せてみると確かにこれは可愛らしいものだったが、天狼はシャツの襟元が窮屈で気になるようだ。
「我慢しろ。終わったら好きなのを作ってやる」
『ほんと!? ボク、頑張るよっ!』
 途端に両目を輝かせる天狼の反応に一同から笑いが漏れた。「現金なやつ」と呟き、天狼の頭を撫でて立ち上がる晴明。
 そこで國光のスマートフォンが着信音を奏でた。発信者の名前は、今回の同行者の一人だ。
 通話ボタンを押し、一言二言会話した彼は、やがて小さく息を吐くと一同に振り返った。
「奈南さんが見つかったって」



「許さないのにゃ――――――っ!!」
 奈南と、奈南の足元で一斉に臨戦態勢に入った猫の大群を前に立っていたのは、五人の人物。或いは、三人と二匹と言うべきかも知れない。
「ちょ……ちょっと待った、待った!」
 わーっと慌てたように前に出たのは眼鏡をかけた能力者、世良 霧人(aa3803)。
「落ち着いて下さい! ええと、僕達はあなたを、悪いようにするつもりはなくってですね!」
「……!? は、は、はわわ……」
「その……例えばその猫さん達ですが、中には飼い猫も「猫さんだにゃ――――――――――!?」
『……はい?』
 どうにか場を執成そうとする霧人だったが、奈南の視線は霧人の背後に立つクロード(aa3803hero001)に釘付けだった。
 何故なら彼は猫。もうなんていうかすっごい猫。ほぼまんま二足歩行する黒猫(燕尾服着用)なのである。奈南の瞳はダイヤモンドよりも輝いた。
 そのような眼差しを向けられ、にわかに居心地が悪くなるクロード。さっ、さっ、と辺りを見回してから、とりあえず霧人の背に隠れるのだったが、すっかりクロードに心奪われた奈南はそんな仕草にもきゃいきゃいと嬌声を上げるのだ。
 そんな様子を、少し離れたところで煩わしそうに観察する者がいた。
 霙(aa3139)の相棒たる墨色(aa3139hero001)である。
『……うるさい、騒がしい、少し黙るべき……』
「ぎゃわあああねござんだにゃああああああああああああ!?」
『……!?』
 そんな墨色を見るや膝をびったんびったん叩きながら喜ぶ奈南。墨色はにわかに得体の知れぬ生物と遭遇したような顔になる。
 そう、彼もまた猫なのだ。
 クロードほど“まんま猫”という感じではなく、十代前半の幼い少年といった風体だが、黒いケモ耳と長い尻尾は紛れもなく猫のそれだし、雰囲気もどことなく黒猫っぽい。これはこれで別ジャンルの猫需要を満たしていると言えた。
 クロードと墨色を交互に睨んでは獲物を前にした肉食動物の如く眼を光らせる奈南と、抱き合ってうすら寒い思いに背筋を震わせる二人、もとい二匹の英雄。墨色と誓約している純白の能力者、霙は冷静な表情を浮かべながらその様子を観察していた。
(相当、猫がお好きのようですね……)
 実を言えばそんな彼女もまた、ケモ耳と尾を持っている。しかし猫科は猫科でも、此方はいわゆるホワイトタイガーだ。両腕と脚には虎柄の体毛が生えており、指の爪も鋭い。もし大きく口を開いたなら、鋭い牙も確認出来るのかも知れない。
 だが、奈南が反応したのはクロードと墨色だけ。どうやら純粋な猫のみを本能レベルで欲しているらしい。
『意味不明……理解不能……近付きたくない……』
『だ、旦那様、わたくし急に幻想蝶の中のお掃除をしたくなって来たのですが……っ!』
「あ、もし気に入ったようでしたら、クロードお貸ししますよ」
『旦那様――――――!?』
 まさかの提案に空いた口が塞がらないクロードと、にっこりと微笑む霧人。ほんとかにゃ!? と尻尾を振りまくる奈南だが、続いた言葉にぐっと言葉を詰まらせる事となる。
「ええ、その笛を此方に渡して頂けるのでしたら」
 ぐぬ……、
 ぐぬぬ、ぐぬぬぬぬ、ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ。
 激しい葛藤に苛まれる奈南。クロード欲しい、でもでも……。彼女の心が揺れ動いた様を目敏く見て取った霙は更に追い打ちをかける。
「ええ、私達はタダで渡せとは言いません。クロードさんに加えて此方の物もお譲りしますが、如何ですか?」
 穏やかに微笑んでそう告げながら霙が取り出したのは、出るわ出るわなりきり猫セットの数々である。ねこみみカチューシャ、にゃんにゃんマスク、キャットスーツにぷにぷに肉球猫足シューズ。これを着ればきみも今日から猫さんだ。
 だが奈南、頭上で腕を交差させて大きなバッテンを作る。
「もう!! 持ってるにゃ!!!!」
「でしたかー」
 奈南、猫グッズはだいぶ網羅していた。
 依頼を受けるわけでもないのに新作AGWで猫由来のものがあれば、血走った眼でショップとATMを往復する感じの人だった。
 そんな奈南だが、視線はチラチラソワソワと墨色に向けられている。墨色、むっと眉間にしわを寄せてささやかに威嚇。
「お、おお前達は、ややややっぱり奈南から笛を奪う為に、来たって事だにゃ……!?」
「……ふむ。何か、勘違いをしているようだな」
 そこで突然、低い声が割り込んだ。霙と霧人の背後からゆっくりと前に出た男の名はバルタサール・デル・レイ(aa4199)。年の頃は五十手前ほどだろうか、瞳を覆うサングラスや首筋から覗くタトゥーが独特の貫禄を見せていた。
 男の出で立ちに、にわかに怯み出す奈南。ひ、一人だけ空気が違うにゃ……! カタギじゃない人出て来ちゃったにゃ……!? と、青ざめて身を震わせる。
 そんな奈南に語り掛けるバルタサールの声には、しかし……その外見とは裏腹に優しい響きが含まれていた。
「こんなにも沢山の猫……まるでこの世の楽園のようだな」
 男の眼差しは奈南の足元の猫に注がれている。一転、奈南は目をぱちくりと瞬かせた。
「0○7のブロ○ェルド、ゴッ○ファーザー、セントオブ○ーマンのアル・パ○ーノ……。コワモテは、みんな猫が好きだろう? 彼らもきっと悩んだ筈だ……」
 ポケットに手を突っ込み、青空を見上げる男の肩には微かに哀愁の気配がある。
「こんな見た目だ、人は先入観で決めつける。ペットが欲しいと言えば、え? ボクサー犬? なんて言われるんだ。違う……俺は猫が好きなんだ。ずっと猫に囲まれて暮らすのが夢だった……」
 ここでネタばらしをするが、以上はバルタサール迫真の演技であり、でっちあげだった。猫で釣る作戦に出た二人に対して、彼は情に訴える手段を選んだのだ。
 果たしてその効果のほどはと、奈南の反応を伺う霙と霧人。
「ウッ、えぐっ……ずびっ……辛がっだにゃあああああああ」
(効いてる――――!?)
 派手にしゃくり上げながら滂沱と涙する奈南。猫を可愛がりたいけど可愛がれない、その話は彼女の心を深く抉ったのだ。
 その単純さに内心で呆気にとられるバルタサールだったが、畳み掛けるように言葉を続けた。
「もし同情してくれるなら、俺にその笛を使わせ「そういう事なら、奈南に任せるのにゃ! 笛の力を以て命ずる。みんな、おじさんと遊んであげるのにゃー!」

 えっ。

 奈南の発言に唖然とする一同。本能的に危機を察知したバルタサールは素早く霧人の背後に退避した。
「なっ、ちょっ! ……もがっ!?」
 これにより、バルタサールに飛び掛かった猫が霧人の顔面に張り付いた。更に次々と猫が飛び込んできては霧人の体に纏わりつく。振りほどこうともがくその手が顔面の猫を引き剥がすと――
「……うへ、うへ、うへへへへへ……」
 でれえ……とだらしなく表情を弛緩させながら、幸せそうに猫に頬擦りする霧人の顔があった。
 だっ旦那様ー!? とクロードが慌てて猫を振り払うが、そんな彼にも抱き付いて頬擦りをするのでもう大変だ。
「これは……どういう事だ?」
「恐らくですが……笛の力と奈南さんの猫への想いが組み合わさり、何らかの作用でああいう事になるのではないかと……」
 冷静に状況を分析する霙とバルタサールだったが、霧人の体から飛び降りた猫達が此方をじっと見ている事に気付くと、思わず後退りする。
「……逃げましょうか、ひとまず」



 先に奈南を発見したグループが確保に動き、奈南が逃げるようであればもう片方のグループが挟み撃ちの形で立ち塞がる。
 そのような手筈であった為、自宅側へ向かった一行は、仲間達と合流するべく移動していたのだが……。
「本当にこっちで合ってんのか……?」
「の、筈だね。地図を見る限り、そろそろ……あ、アレかな?」
 晴明の問い掛けに、國光がスマートフォンの画面から顔を上げると前方を指した。
 見れば土埃を巻き上げながら駆けて来る一団がいるが……、恵は怪訝そうな顔をする。
「……どうして、霙さん達が逃げているの?」
 確かにその一団は合流を目指していた仲間達だったが、様子がおかしい。
 必死で走る霧人とクロードを先頭に、上品にスカートを摘まみながらも高速で走る霙と墨色、そしてポーカーフェイスで駆けるバルタサール。彼らの背後を奈南と猫の大群が楽しそうに追い駆けている状態だ。
「何だありゃ?」
「猫から、逃げてる……? 私達が追うんだった、よね……」
「よく分からないけど、此処はオレに任せて!」
 首を捻る一同の前に國光が躍り出た。彼はこんな事もあろうかとスーパーで購入しておいたマグロの切り身を懐より取り出すと、それを勢いよく明後日の方向へ放る。
 マグロ――それは猫大興奮必至の食材。
 餌付け作戦により猫の気を逸らす事で、仲間の窮地を助けようという目論見だ。
 しかし猫。切り身には目もくれず、まさかのスルーで前進続行。
「何、だと……!?」
「無駄です! 笛の命令が優先されるみたいだ!」
 駆けて来た霧人が叫ぶ。彼も此処まで来るさなか、マタタビを用いて気を逸らす事を試みたが失敗したのだ。
「いや、ていうかどうして逃げてるの?」
「説明は後です。兎に角今は逃げ『ひゃああああああ!?』
 状況が今一つ飲み込めない國光に霧人がその場駆け足で逃げるよう促そうとするが、可愛らしい悲鳴が割り込んだ。
『ふ、服が破れます! 破れる!! 離れるです! こらぁぁぁ!!』
 見ればメテオバイザーが猫に纏わりつかれて涙目になっている。深く溜息をつき、頭痛を堪えながら手助けに入る國光。
『嫌ぁあ! はーなーれーるーでーすー!』
「馬鹿、暴れるな! 更に破れる! スカートを振るな!」
『やっ破けましたぁぁああああ!?』
「そら見……ブッ!? 見えてる、おい、下着見えてるから隠……なに急に猫可愛がりだしてんの!? 猫いいから服! 服!」
 そんな騒ぎを目の当たりにした天狼は、本能的に何となくまずい気がして晴明の方を振り返る。
『ねえ、ハルちゃんっ! 逃げた……方が……』
 焦ったような声は尻すぼみになり、絶句に変わる。果たして天狼の視線の先で、晴明は道路の上にあぐらをかき、その膝や尻尾の内側に何匹もの猫を囲い……甘く囁きかけていたのだ。
「よォ、そこの猫……元気かよ? ちょっと、痩せすぎてんじゃねェの……?」
『…………』
「へえ、すらっとした美人だな、お前……って、オイオイ、妬いてんじゃねェよ、お前の事もちゃんと……」
『…………』
 怪奇――猫をナンパするイケメン。
 天狼の顔から表情が消え、瞳の温度が絶対零度に到達する。晴明が正気でない事は、勿論天狼には分かっていた。恐らく笛の力が関係するのだろう。それでも天狼は無言で近付いてゆき、晴明を殴った。グーで。
「……っは!? 俺は何を……!?」
『良かった、帰って来てくれて良かったよ、ハルちゃん……』
『……むぅ、みんな捕まった……、……っ?』
 彼方此方で猫に群がられ始めた味方の様子を眺め、顔を顰めた墨色の後頭部を、柔和な質量がふにょんと包んだ。
「にゃあーん♪」
『……!?!!?』
 霙(の胸)だった。
 普段からは想像もつかないような笑顔で、霙は墨色に抱き付いて猫なで声で甘え始める。この騒ぎの中で彼女も猫に纏わりつかれ、そのまま一定時間を過ごしてしまったのだろう。
 その変貌ぶりにさしもの墨色も驚きと戸惑いを隠せない。
『っ……と、虎である自覚と、誇りを持って……っ』
「にゃんにゃーんにゃー♪」
『だから……にゃんじゃなくて、がおー……っ』
「みゃおん♪」
 ひときわ可愛らしく鳴いた霙が、墨色の頬をひと舐めする。墨色は肩と耳と尾を大きく跳ねさせ、掠れた声で悲鳴のような何かを絞り出した……。
 そんな仲間達の姿を前に、霧人とクロードの二人は茫然と立ち尽くすしかない。
「僕、あんな風になってたの……?」
『霙様ほどの変貌ぶりではありませんでしたが……』
「あ、でも見て、バルタサールさんは全然変わらないや」
 霧人の視線の先で、バルタサールは足元を猫に纏わりつかれながらも、普段と変わらぬ様子で佇んでいた。
 だが二人は知らない――見えざるところで繰り広げられる、彼の努力の実態を。
「…………」
 バルタサール、ポーカーフェイスの裏側でこっそり腿をつねっていた。
 それはもう、つねる。猛烈につねった。能力者の筋力を遺憾なく発揮したつねりにより、結構な痛みがこみ上げる。
 これにより彼は正気を保っていた。猫好きでも何でもない彼だが、オーパーツの力は無駄に絶大である。足の痛みと冷静な心、そして逃げながら密かに整えた装備により高まっている特殊抵抗が笛の力と拮抗する!
 ――みゃあん?
 不意に、足元から鳴き声。見下ろすとバルタサールの足にしがみついて、「あそぶ? あそぶ?」的上目遣いで見つめる一匹の子猫がいた。革靴の上に二本の足で立ち、スラックスの裾にしがみつきながら甘えたような声で鳴く。
 ――みゃあん?
 これを見たバルタサール……、徐にジャケットの内ポケットから煙草の箱を取り出し、一本咥えるとジッポライターで点火。フーッと青空に紫煙を吐き出してから、エエ声で一言。
「にゃん」
「バルタサールさああああああああん!?」
 霧人は叫んだ。叫ばずにいられなかった。彼でさえ抗えないのかと、笛の力は此処まで凶悪なのかと、絶望的な気分にさえさせられる。なおバルタサールと共鳴中の紫苑(aa4199hero001)は彼の中で笑いを堪えるのに必死である。
『自ら画像を全世界に晒すなど、奪ってくれと言わんばかりだ。自業自得とも言えるがな』
『嬉しくて、みんなに自慢したくてたまらなかったんだろうね。ふふっ、可愛いじゃない』
『この国の人間は、簡単に個人情報を晒して、危機感が足りんな。俺には到底、理解できん』
『まあ、良いじゃないか。そのお陰で手掛かりが掴めたんだし』
『ガキのお守りか……』
 以上が出発前に彼らが交わした会話だが、このやり取りからも分かる通り、バルタサールが決して猫が可愛くてついにゃんとか言っちゃうような人物ではない事は、重ねて申し上げておこう。すべて笛と奈南が悪いのだ。
「みんな猫の可愛さに気付いてくれたようだにゃ! 奈南は嬉しいのにゃっ!」
 リンカー達の様子を眺めてご満悦の奈南。そんな彼女に近付いてゆく人物が、一人。
「ねえ」
 恵だった。
 にゃ? と首を傾げる奈南に対して、恵は飛び込んでくる猫達を最小限の動きで避けながら、淡々とした――けれど何処か優しい口調で問い掛けた。
「自分の猫が突然居なくなったら……君は、どう思う?」
 その一言に、奈南の笑顔が、固まる。
「私だったら、とても悲しい。大好きなうちの子が、急にどこかへ行ってしまったら」
『……飼い主さん達は今、凄く悲しい思いをしている筈なのです』
「その気持ちは、猫が大好きな奈南さんなら、よく分かって貰えると思う」
 何とか猫の群れから抜け出して来た國光とメテオバイザーもこれに加わる。
「う……う、」
 一転し、言葉を失った様子で口をぱくぱくとさせる奈南。
 本当は分かっていたのだ。この笛が普通ではない代物で、今やっている事はいけない事だと。
 三人は、そんな彼女を責めるでもあやすでもなく、ただ真っ直ぐに見つめて説明する。
 笛の力が猫だけでなく周りの人にも及んでいる事。
 笛がもしかするとオーパーツと呼ばれる危険なアイテムかもしれない事。
「ひとまず、その笛の力で、みんなを元の家に帰してあげて欲しいな。良い……?」
 そう言葉を結んだ恵に対して、うう、とか、ああ、とか唸り声を漏らしながらひとしきり葛藤した奈南は――
 その耳をシュンと垂れ下げて、静かに頭を下げたのだった。
「――ごめんなさい、なのにゃ」



 きゅう、と目を回す墨色の横で霙が澄ました顔で服をはたきながら立ち上がり、自らの服の有様に顔を真っ赤にさせたメテオバイザーの肩に上着を羽織らせてやる國光。共鳴中の英雄にからかわれつつ今日は厄日かなどと考えるバルタサールと、うなだれる奈南を中学教師らしく優しくもしっかり叱る霧人。晴明と天狼は笛を聞いても帰らない一部の猫達が野良か飼い猫か確かめる為に首輪の有無を確認している。
「この笛が、今回の発端の……あっ、ちょっと徒靱!」
 恵は奈南から渡された笛をしげしげと眺めていたが、急に共鳴を解除した徒靱にそれを取り上げられてしまう。
『よーお頑張ったな、ケイ! そんじゃ、この笛の効果がモノホンかどうか、確かめんのは俺に任しとき!』
「いや、さっき散々見てたけど……」
 呆れたような恵の指摘だが、やらんと男が腐るやろ、というノリの徒靱は意に介さず鼻歌交じりで笛を咥え、ひと吹きした。
『笛の力を以て命ずる。ケイ――俺の袖引っ張って帰り道ついて来い!』
(小さい)
 その場にいたリンカー達の八割くらいが思ったが、本人はこのくらい小さくて丁度ええんやと考えている。効果が表れるのをわくわくと待つ事、三秒、五秒、十秒……。

 …………………………。

「…………何も、起こらないよ?」――首を捻る恵。
「どうやら、リンカーには効かないみたいですね」――と、霧人。
「猫に纏わりつかれると効く理屈は、よく分かんねェがな」――晴明も続き、溜息を吐く。
「何やつまらんな、拍子抜けや、――っ?」
 つまらなそうにする徒靱だが、不意に横合いからその手首を力強く掴まれた。
 何かと思いそちらを向いた彼の表情が、凍る。
「あ、ゴリ美ちゃんやっほーにゃー」
 奈南が笑顔で手を振るその人物は……一言で言えば“ゴリラ”だった。
 筋骨隆々とした巨体が、ばっちり着こなしたレディースファッションをもうパツパツに押し上げている。
 彼女は奈南の級友にしてゴリラ系女子、檎梨美(ごりみ)ちゃんだった。厳つい面構えはなんかもうゴリラが服着て歩いてるレベルだが、あくまで一般人。一般人なので徒靱の笛に反応してしまった恰好の、通りすがりの檎梨美ちゃんである。
 茫然とする一同。
 真っ白になる徒靱。
 この瞬間、世界から言語が失われていた。
「え、何これ!? 猫可愛いねいうおハナシちゃうん! 何で唐突にゴリラや!? あってっちょっとー!?」
 一拍遅れで徒靱が思い出したように声を荒げるが、檎梨美ちゃんに引きずられてゆく。命令通りに(?)このまま家まで歩いて行くつもりだろう。慌てて恵が杖をつきながら後を追う……。
「……この笛は、危険ですね」
 ちゃっかりと笛を回収していた霙の呟きに、全員が頷く。
 初夏の青空の下に徒靱の助けを求める悲鳴が響く中、リンカー達は底知れぬ疲労感に苛まれつつ……帰り支度を始めるのだった。

 結論。
 オーパーツは、取り扱い注意。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • Foreseeing
    aa3139
    獣人|20才|女性|防御
  • Gate Keeper
    墨色aa3139hero001
    英雄|11才|?|シャド
  • エージェント
    土御門 晴明aa3499
    獣人|27才|男性|攻撃
  • エージェント
    天狼aa3499hero001
    英雄|8才|?|ドレ
  • 心優しき教師
    世良 霧人aa3803
    人間|30才|男性|防御
  • 献身のテンペランス
    クロードaa3803hero001
    英雄|6才|男性|ブレ
  • きっと同じものを見て
    桜小路 國光aa4046
    人間|25才|男性|防御
  • サクラコの剣
    メテオバイザーaa4046hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
  • Trifolium
    バルタサール・デル・レイaa4199
    人間|48才|男性|攻撃
  • Aster
    紫苑aa4199hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • 見えなくとも感じる『心』
    蜷川 恵aa4277
    人間|17才|女性|生命
  • 気さくな英雄
    徒靱aa4277hero001
    英雄|28才|男性|バト
前に戻る
ページトップへ戻る