本部

リンカー探偵はじめました

高庭ぺん銀

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/07/16 23:31

掲示板

オープニング

〇名探偵志望の男
「また『ネオ・ルパンズ』か…」
 リチャード・ブロックは朝刊を眺めながら言った。ここはイギリス某所。残念ながらロンドンではない。というのも彼の職業は探偵で、職業選択のきっかけとなったのがシャーロック・ホームズだったのだ。残念ながら、というのは彼の思いなのである。この都会とも田舎とも言えないのどかな街を気に入っていることも事実ではあったが。
 彼が気にしていたのは、怪盗団『ネオ・ルパンズ』のことだ。正体不明な上に大物ばかりを狙う彼らは、しがない私立探偵であるリチャードにはまるで関係のない相手だった。彼らは怪盗の代名詞である予告状を出さず、現場を去るときに手紙を残すという。
「予告した場所からは盗めないってことだろう? 大した相手じゃないのさ」
 負け惜しみを言いながら、記事を読み進める。実物の写真は公開されていないものの、その手紙の内容が掲載されていた。一昨日の夜中に宝石を盗まれた富豪に宛てられたものだ。
 
ジョン・S・マッケンジー様
   黒いセイレーンの涙 推定70万ポンド(※約1億円)
               上記正に領収いたしました。
                            ネオ・ルパンズ
 
「予告状ならぬ、領収書とはね。……なになに? インクは青。複写用のカーボン紙のものとみられる……っておい、宛名の人物に残すなら、複写したものじゃなくて1枚目の原本が正しいだろうに。セロハンテープでその場に張り付けていくってのもふざけてる」
 リチャードは今日も浮気調査のために街を這いずり回る。つまらない仕事だが仕方ない。街中に貼られた求人情報に目を奪われる。安定した生活――今なら間に合う気がしたが、やはりこの仕事を手放す気にはなれなかった。尾行相手の女がブティックから出てくるまで待たなくてはならない。暇つぶしに求人を読むことにした。
 『リンカー限定!』の文字にリチャードは、やはり縁がなかったのだと思った。彼は唯一最大の条件を満たしていないらしい。
(仕事内容は……ビジネス書類の清書? 大概の書類がパソコンで作られる時代に珍しいことだ)
 何より、リンカーを募集する意味がわからない。
「……あやしい」
 彼の探偵としての好奇心が疼き始めていた。

〇リンカー、探偵はじめます
 ロンドン支部での研修に来ていたエージェントたちは、突発的な任務に当たることになった。ロンドンから車で数時間のある街で、奇妙な張り紙が発見されたのだ。それはリンカーを募集する広告だった。
「この方はリチャード・ブロックさん。探偵です。この張り紙を不審に思って独自に捜査したそうなのだけど、敵の懐に入り込めず通報してきたの」
 金髪の女性職員が淡々と言う。リチャードはその隣に苦い顔で立っている。職員が持っているのは件の求人チラシらしい。末尾には『レッドアイ商会』と募集先の名前が書かれている。
「話を聞くと確かに怪しいのよね。文章を書き写すだけのためにリンカーを雇うなんて。報酬もほら、なかなか高額でしょう?」
 チラシには、一般的なアルバイトの10倍はあろうかという時給が書かれていた。
「俺はこのオフィスの前に張り込んで、出てきた奴らに話を聞いてみた。運良く何人かのアルバイトに話を聞けたが、ここにある通りの仕事内容だって口を揃えたよ。書類だの伝票だの名簿だのを清書するだけだというんだ」
「最近、この辺りで『ネオ・ルパンズ』っていう怪盗団がご活躍、っていうのは話したわよね。手口から考えてリンカーなのは明らかということで、私たちの支部もマークしてるの」
 確かに休憩時間にそのような噂を聞いた。手口は毎回同じ。魔法――と彼らは証言した――で警備員の体の自由を奪い、標的を盗み、標的のあった位置に『領収書』をセロテープで張る。雑な印象だが、そこに余裕を感じる気もする。壁や天井を走ることもできるらしく、捕獲は容易ではなさそうだ。
「驚くべきことに、俺が話を聞いた男の1人が『ネオ・ルパンズ』として逮捕されたんだ!」
「つまり、この求人は犯罪者の募集広告ということなのよ!」
 見慣れない大きな身振りで彼らは言う。
「俺は面接に行ったが、非リンカーということで落とされてしまった。だから、君たちに代わりに調べて欲しいんだ」
 オフィスは近々引っ越す予定だという。もし証拠が見つかったら、ネオ・ルパンズのメンバーと思しきレッドアイ商会の社員をその場で取り押さえても良いという。
「ロンドン支部の職員は、パトロールや事件の捜査で相手に顔が割れている可能性が高いのよ。だから、あなたたちにしか頼めないわ。お願い、協力して」

解説

怪しげな商会に潜入しヴィランの逮捕を目指すシナリオです。プレイングには以下の3点を含めて下さい。
・面接「志望動機」と「特技披露」
・仕事中の行動(勤務時間は10時から18時、昼休憩1時間)
・逮捕の方法


【リチャードの報告書より抜粋】
・事務所には10名前後のアルバイトがおり、デスクに向かって作業している。
・面接官はアルバイトが務める。リンカーなら何をしても受かりそうな印象。合格発表は午前10時までには行われ、そのまま勤務となる。
・正社員に会えるのは面接に合格してから。正社員は2名。
・正社員は同階の別室で仕事をしている。1時間に1回、10分程度アルバイトたちの様子を見に来る。見回り時刻は不明。
・アルバイトは1日のみで終了する。

☆HOPEの報告書より抜粋
・予告状の筆跡が複数あることから、『ネオ・ルパンズ』は複数の犯罪者が所属するヴィランズであることが予想されている。
・証言によれば、1つの現場で目撃される実行犯は1名。特徴まで覚えている者はいなかった。ただ、超人的な盗み方をしていることから、共鳴後の姿というのは確実。犯行時は単独行動が推奨されているのか。
・『ネオ・ルパンズ』として逮捕された男は無実を訴えている。逮捕の決め手は筆跡鑑定。彼の筆跡と『領収書』の筆跡が一致した。

【人物】
レッドアイ商会社員×2
詳細は不明。あまり特徴のない成人済みの男女らしい。

(以下、プレイヤー情報。PCとしては知らない情報とする)
社員2名はともに『縄抜け』ができる。リンカーの持つスキルではなく、訓練によるもの。腕を掴まれようといきなり縄で縛られようと、すり抜けることができる。初回のみ自動成功。

リプレイ

 推理小説と呼ぶにはルール破りが多すぎる探偵譚。寛大な気持ちでどうぞお楽しみあれ――。

●ノックスの十戒より――『犯人は物語の当初に登場していなければならない』
 都呂々 俊介(aa1364)は激怒した。
「これは! 敬愛するコニャン・ドドイル先生の名作を冒涜する様な展開! しかもルパンなどと……先生の某探偵ファンに取っては二人を同時に登場させた有名作家のオマージュが微妙にルパン寄りなので怒り心頭なのです! ……これは見逃せません!」
「相変わらず何を言っておるのかさっぱり分からんの。俊介、早く依頼を済ませて期末の追い込みをするのじゃぞ」
 知る人ぞ知る名探偵、都呂々俊災の孫……だが高校生探偵でも探偵志望でもない俊介は、つまりごく普通の高校生。テストの点は死活問題だ。
「……あう。も、もちろんそちらへの対応も準備万端抜かり無く行動を起こす心構えが大丈夫と言うか……」
 タイタニア(aa1364hero001)は嘆息した。志賀谷 京子(aa0150)は、かの古典ミステリに似たこの事件を揶揄した。
「レッドアイ商会……ね。赤目の人集めてそう」
「それになにか意味があるのですか?」
「オマージュ、かな」
 アリッサ ラウティオラ(aa0150hero001)は首を傾げた。
「履歴書履歴書。まずは名前欄……名前!」
 エスティア ヘレスティス(aa0780hero001)はその場に崩れ落ちた。彼女の本名は不明、現在の名は自称である。
「大丈夫、外からでも調べられることはありますよ。まずは指紋鑑定と用紙の特定でしょうか」
 晴海 嘉久也(aa0780)は勇気づけるように言った。捜査慣れしているところは流石探偵だ。HOPEに確認すると用紙は大量生産のコピー用紙、指紋はナシらしい。
 着替え中のエス(aa1517)は上機嫌だ。
「潜入捜査……! なんと魅力的な響き……! これに乗らない手はないな」
「ルパンズですか……仮にも犯罪者の懐に飛び込むようなものですよ。危険ではありませんか……?」
「なあに、キミがいるじゃないか。いざとなったら全力で私を守ってくれたまえ!」
 縁(aa1517hero001)がたしなめてもどこ吹く風。長い髪を結いあげパンツスーツと眼鏡を着用する。美人キャリアウーマンの完成だ。
「主様、とりあえず変装っぽい事がしたかっただけですよね……」

●『探偵方法に超自然能力を用いてはならない』
 レッドアイ商会は古びたビルの2階にあった。狒村 緋十郎(aa3678)は古いせいなのか重くてギィギィと音がする扉を押し開け、レミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)をレディファーストで入室させる。
「嫌な音ね」
 狭い廊下にパイプ椅子が並べてあった。部屋のドアが2つと小さな給湯室。トイレは家庭用サイズ。面接は到着した順に受けるらしく、彼らはすぐに部屋に通された。
「面接アルな。ちゃっちゃと入るヨロシ」
 なぜ中国人。なぜこんなにもステレオタイプ。本人に聞けるわけもなく、勧められるままに着席した。ドアのすぐ前に応接セットがあったのだ。ローテーブルにもソファーにも赤い布のカバーがかぶせられている。よほど赤にこだわりがあるのか。ついたてを挟んで、窓際にデスクが2つ、書類棚が1つ。ダンボールもいくつか床に置いてある。まずは志望動機を聞かれた。
「俺達、先月に入籍して夫婦となったばかりでな。今、挙式の為の資金を貯めているところなんだ」
「一生に一度の晴れ舞台だし、素敵なドレスも着てみたいわ。お金は幾らあっても足りないのよ」
 すべて事実だが、バイト応募の理由としては自然だろう。
「特技とかあるカ? 見せてほしいヨ」
「なら、わたしの鞭捌きを見せてあげるわ」
 共鳴すると緋色のスパークをまとったレミアの姿が現れる。彼女は面接官の頭にリンゴを載せると距離を取った。戸惑いの声は黙殺する。
「アイヤー!」
 蛇龍剣を鞭の如くに振るいリンゴを絡めとる。予告なしでこの仕打ちとは、哀れ面接官。真っ赤なリンゴは空中で締め上げられ、粉々に砕けた。
「き、器用だネ。合格アル」
「そう? 書類作成の事務仕事に役立つ特技とも思えないけれど……」
 レミアは不思議そうにしたが、ともあれ合格だ。隣の部屋――仕事場に行くとグラマラスな美女と内気そうな少女がいた。
(彼女らは無実か。それとも『ルパン』か――)
 緋十郎とレミアは雑談を装って探りを入れることにした。入れ替わりに枦川 七生(aa0994)とキリエ(aa0994hero001)が入室する。
「志望動機は好奇心だ、知的欲求と言い換えても構わない」
「は?」
 七生は勝手にしゃべり続ける。
「肉体労働は不得手だが筆記は得意な方なのでね、私でもできる仕事であろうと考えた次第だ」
「えっと」
「特技は……そうだな、集中力はある方だ」
 面接官はそれ以上の質問を辞め、キリエに水を向ける。
「僕は先生の付き添いですが……ええと、体力と計算には自信があります」
 共鳴時の姿を見せると面接官は「まいっか」と合格を言い渡した。
「ひとり?」
 嘉久也が入室すると面接官は笑顔を消した。
「リンカー限定ネ」
「英雄は体調が……」
「次は連れてくるヨロシ」
 面接官は嘉久也を押し出し、次の俊介とタイタニアを招き入れた。
(特技披露の準備もしてたんですがね)
 両手同時に片手でのトランプのシャッフル。見栄えのする特技なのだが。
(力が強かった。共鳴後の姿なのでしょうか。でも面接するために共鳴?)
 ――ギイィと扉の音がした。嘉久也が出て行ったのだと俊介は思う。
「応募の動機は?」
「会社の名前に惹かれて。……そう、僕、写真を撮るときすぐに赤目になっちゃうんですよ! 周りに映ってる人たちは普通なのに僕だけ! 毎年の誕生日の写真なんて全部赤目です! 僕ほどレッドアイ商会にふさわしい人はいません!」
 特技について聞くと『暖簾活箸術』なる謎の技術について熱弁を始める。ジャパニーズ・ワリバシは奥が深いらしい。
「はあ。共鳴はできるんだよね」
 少年は元気よく返事をする。気づくと隣にいたゴージャスな女性の姿が消えていた。面接官は疲れたように合格と言った。次はエスと縁だ。
「力仕事は苦手なのでね。またこの子を学校に行かせる学費も入用でな」
 ずいぶん若い母親だが、世界蝕以来、見た目と実年齢が合っていない人間も珍しくない。
「特技か……私は念じるだけで物を壊す能力がある」
 エスは真面目な表情で手を組む。しばし間を置くとデスク上の湯飲みが壊れた。実際は縁が手首の動作だけでクナイを投げたという簡単なトリックだ。
「そうそう、こういうのだよ! やっと来た!」
 面接官はなぜか喜んだ。
「あ、いや、こういう仕事してると飽きるアル。みんな面白みのない志望動機や真面目くさった特技ヨ。素晴らしい。魔法のようだったアル」
(魔法のように盗みを行う怪盗、か……まさか本当に怪盗をスカウトしているのではなかろうな)
 京子の志望動機は単純明快、「お給金がいいので!」だ。
「特技は可愛らしく微笑むことかな?」
 思わず表情を緩めた面接官は何かにつつかれたようにハッとし、アリッサにも質問した。
「む……、お料理なら自信があります」
 面接官は履歴書を持って立ち上がり、唸る。京子はアリッサにしか聞こえないような小声で言う。
「戦闘に自信、じゃないの?」
「ここで言うことじゃないでしょう……」
 面接官がこちらを見たので、京子はもう一度笑顔を返しておいた。
「合格」
「わぁ、ありがとうございます。ところでまだお仕事の内容について伺ってないんですけど……?」
 京子は可愛らしく首をかしげる。
「僕はわからないから。社員に聞いてくれる?」
 部屋の温度が一気に下がった。口調も片言ではなくなっている。
「え、正社員の方ではないんですか?」
「僕はバイト。あーそろそろ行かなくっちゃ。社員ももうすぐ来ると思うからさー」
 彼は京子とアリッサを仕事部屋に押し込んだ。
「怪しいですね」
「ええ、何を隠しているのかしら」
 仕事部屋には5組のエージェントと女性2人組がいた。彼らは他人行儀に挨拶をし、社員の登場を待つ。潜入作戦スタートだ。
 
●『一人二役は予め読者に知らされなければならない』
 社員の男女はとにかく特徴がなかった。無個性コンビは無表情に仕事の説明をした。配られた書類を白い紙に書き写すだけの作業だ。注意点は2つ。書き損じをしたら定規で二重線を引いて訂正すること。そして文字はなるべく大きさを揃えて書くことだ。大きさの見本も配られた。印刷物の単位でいうと20ポイントだ。
 午前9時、社員は部屋を後にした。足音は静かだ。来るときもシンとした部屋に突然ノックの音が響き渡り、びくりとさせられた者も多かった。
「さ、花でも摘みに行くか」
 エスは最初から仕事をする気などさらさらない。書類を縁に任せ、ふらりと外に出る。給湯室とトイレに窓はない。抜け穴も隠し部屋もなさそうだ。不審物がないかも入念に調べたが15分ほどしかかからなかった。
 9時30分、見回りが来た。京子はわざと大量に書き損じをしておいた書類を見せる。
「手書きで書くこと少なくて、あまり得意じゃないんです」
「気にせず続けてください。でも、こちらの文字は少し大きすぎますから書き直しましょう」
 (清書なのに、こんなのでOKなの……?)
 彼らが最も重視しているのは文字の大きさらしい。
「少しいいかな」
 七生が声をかけると彼らの表情が歪み、逃げるように部屋を後にした。
「私たちも作業に戻らなくては。1時間後にまた来ますので」
 次の見回りは10時20分。男性社員は今度こそ七生の質問から逃れられなかったらしい。
「このアルバイトは一日限りだというが、また募集する予定はあるのかな」
「いいえ」
「他のアルバイトも日雇いばかりなのかい?」
「そうです」
 女性社員が立ち上がるキリエに鋭い声で言う。
「どこへ行くの?」
 キリエは落ち着き払って答えた。
「お茶をお入れしようかと。そちらの部屋にもお持ちしますか?」
「結構よ。機密書類もあるの。許可なしに入らないで」
 キリエは去るが質問は終わらない。
「先ほどの面接官は社員かい?」
「バイトです」
 珍しい例であることは承知、と言う風に先回りで返答が来た。
「僕たちも忙しいのでね。人柄を見るのならバイトでも十分です」
「人柄? 能力は重視しないのか」
「同胞たるリンカーに仕事を与えたくて」
 クサい台詞だ。
「もう戻らないと。あなたも手を動かしてください」
 引き下がるかに見えた七生は人差し指を立てた。
「最後にもうひとつ。面接官の彼は帰ったのかな?」
「とっくに」
 キリエは茶を用意するふりをして部屋を覗いたが、確かに面接官はいなかったという。
「妙だな。面接官が帰ったのなら、あのうるさい入口ドアの音が聞こえないはずはないのに」
「そういえば社員たちは初めて先生が話しかけたとき、嫌な顔をしましたよね?」
 抜け道のない部屋で1=1+1を成り立たせるもの。『共鳴』だ。面接官=社員+社員。Q・E・D――証明終わり。

●『難解な科学的説明を要する機械を犯行に用いてはならない』
 嘉久也はビル裏のゴミ捨て場でエスティアと落ち合った。
「ゴミ袋いっぱいに、シュレッダーされた書類が詰まってます」
「復元してみましょう」
 10時すぎ。嘉久也はハンズフリーで通信を繋ぐエスに報告する。
「何枚か復元しましたが不審な書類はありません。ただ、時折酷く乱れた字の書類もあって……あれはビジネスの場では使い物にならないと思います。それから昨日の日付の領収書も発見しました。1日足らずで捨てるのはおかしいですよね」
 続いての報告は11時すぎ。近隣の聞き込みから得た情報だ。
「早朝や深夜に電気が点くことがあるようです。怪盗活動の後にアジトであるオフィスで何らかの作業を、と考えると……社員の部屋を調べたいですね」
 11時35分、リンカーたちは作戦を実行した。まず緋十郎が社員に用意していた質問をぶつける。彼の手元にはA4サイズの領収書。普通のコピー用紙1枚で、複写用の紙はついていない。
「領収書は既存のものに書き込むんじゃないんですね。『領収書』も『上記正に領収いたしました』も手書きとは珍しい」
「全部手書き、というこだわりがあってね……おっとこれ以上は企業秘密だから」
 さっさと話を終わらせる社員。続けて休憩時間について質問する。
「12時からにします。外に出ていただいても結構」
「おふたりも一緒にどうかな?」
 エスの誘いは拒否される。
「遠慮せずに……うっ」
 立ち上がり女性社員の肩を叩こうとしたエスが、膝を折った。
「母様」
 縁が屈みこむ。慣れない呼び方に若干の戸惑い――照れかもしれない――を感じながら。
「あ、頭が……」
「大丈夫ですか」
 儀礼的に言う女にエスは縋りつく。
「鞄から薬を……」
 縁が鞄をもたもたとひっくり返す。無論わざとだ。
「手伝おう」
 緋十郎がコンパクトを『うっかり』踏んで粉々にし、嫁に罵られる。
「救急車を呼ばないと」
「器物破損だな。警察も呼ぼうか?」
 京子と七生が真顔で事態をややこしくする。社員は『警察』という単語に肝を潰す。――俊介とタイタニアの不在には気づかない。
「む?」
 社員部屋。ほとんどが空の引き出しを次々開けていたタイタニアは見慣れぬ紙を発見する。
「カーボン紙? たくさんあるから証拠用に1枚拝借しましょう」
「そちらはどうじゃ?」
「空、ですよ。おかしなことに」
 書類棚に詰まったファイルはすべてハリボテだった。リンカーたちが書いたはずの書類は1枚も保存されていない。隣の部屋から雄たけびが聞こえる。
「あった! 薬があったぞー!」
 大げさに叫ぶ緋十郎。合図だ。俊介たちはこっそりと部屋に戻り会話に加わった。
「もう平気なんですか?」
「苦しみだしたときはどうなるかと思ったぞ」
「すまない。いつもの発作だ。心配をかけた」
「母様……」
 エスは縁の頭を撫でた。お察しかもしれないが縁に与えられた台詞は「母様」のみだ。
(僕分かっちゃいまひた)
 カーボンの使い道が。俊介はトイレから嘉久也に電話を掛けた。エスティアが書類を見直す。
「よく見るとこの文字、少し太いというか濃いです!」
「現場に残す『領収書』用の紙、その上にカーボン紙、その上に書類をのせて、ボールペンか何かで必要な字をなぞる。そうして犯人は様々な筆跡の『領収書』を作り上げたんですよ」
「『ポンド』なんかは単語をまるまるなぞったんですね。あとは『上記正に領収いたしました』も」
 嘉久也は頷く。
「お宝の名前や『ネオ・ルパンズ』なんて単語は、登場させると怪しい。文章中にちりばめて一文字一文字拾ったんでしょう」
「文字の大きさを揃えさせたのはそういう理由ですか!」
 12時。アリッサ作の弁当にふたりの女性バイトが気を取られている間に他の者は集まる。
 七生とキリエは面接官と社員が恐らく同一人物であることを報告する。エスは抜け道がないことからその推理を補強し、また早朝に誰かが商会に居たらしいことを報告する。緋十郎とレミアは女性バイトたちが無関係だと判断していた。
「世界一周旅行の帰りで現在就活中らしい。話の流れで入国スタンプまで見せてくれた」
「3日前に帰国するまで1年間もイギリスを離れていた人たちに怪盗活動は無理ね」
 話はまとまった。緋十郎は携帯を取り出す。
「もしもし、チャーシューメン大盛5つお願いします」
 それは『突入』を示す合言葉だった。

●『探偵自身が犯人であってはならない』
 嘉久也たちは身分を明かし、近所のラーメン屋――まさかのブリティッシュラーメン――で待機させてもらっていた。書類の入った岡持ちを渡すと、すぐに外に出て唯一の出入り口を固めた。何も知らない女性バイトたちは嘉久也と共に外にいてもらう。七生以外は万が一に備えて共鳴済みだ。ノックに社員が答える。推理の幕が上がる。
「ねぇ…こんなものを見つけたのだけれど」
 レミアはひらひらとカーボン紙を見せつけた。
「それは社員用の備品よ。勝手に入って盗んだの?」
 俊介が答える。
「ええ、ネオ・ルパンズのような『神業』は使ってませんが。騒ぎを起こした隙に忍び込んだだけです」
「話が見えないわ」
 レミアは嗜虐的な笑顔を浮かべ蛇龍剣を突き付けた。
「巷を騒がせている怪盗ルパン……あなたたちが黒幕なのでしょう? 素直に自白すれば痛い目を見ずに済むわ。本当のことを教えて頂戴」
 社員たちはとぼける。
「目的の見えない仕事、馬鹿に高い給料、1日で人を入れ替えるという効率の悪さ。全ての不審点はたったひとつの言葉で説明がつくのよ。それは貴方たちの代名詞『領収書』」
 七生が引き継ぐ。
「筆跡鑑定は意外に曖昧で、字の特徴さえ掴めば同一人物と判定されることもある。確かに、同一人物が書いた字でも毎回厳密に同じにはならないからな」
「アルバイトたちが書いた雑多な書類。1枚1枚には意味はないが、集めてなぞり書きをすると『犯人の筆跡』が完成する。つまり無実のアルバイトたちに罪を着せることが十分に期待できた。お前らのやっている事は全部まるっとお見通しだ!」
(……主様それがやりたかっただけなのでは)
 エスが高らかに宣言しハイテンションで説明する。
「筆跡鑑定で犯人が捕まらないとしても、多数の人間に疑いが掛かれば十分だったんだろう。実際は筆跡を手掛かりに逮捕者が出てしまったが」
 京子はにこやかに追撃する。
「ここで使われてる白い用紙、鑑定すれば『領収書』と紙の材質が一致するでしょうね。大量生産の商品だから決め手にはならないけど、補強にはなるかな。もっと決定的なのはこっち」
 嘉久也たちが貼り合わせた、一部の文字が不自然に濃い書類。社員たちがたじろいだ。俊介が言う。
「動機は捜査の撹乱、複数犯と思わせて実は単独犯と思わせて実は複数犯である事を隠す為」
 ――え? 全員が俊介を見た。ゴールは目の前なのに。
「……そう! そう言う訳で犯人はここに居るリンカー全員です! 自分を含めて何と恐るべき犯人の奸智! 仕方有りません、皆さん此処は諦めて自首をしましょう。名探偵が叙述トリックでも無く犯人と成る……何と言う恐ろしい展開でしょうか?」
 何と言う恐ろしい推理でしょうか? ――彼の名誉のために言っておくと、テスト前で知恵熱が出たゆえの迷推理だ。
「……その位にせぬと他の方々に袋叩きにあうぞえ?」
 妖精サイズのタイタニアにたしなめられて俊介はデスクに突っ伏した。歴史の語呂合わせを呟いている。
「しょ、証拠がないわ! うちの書類が盗まれて悪用されたのかも」
 レミアが薄く笑った。
「盗品は幻想蝶の中? 逮捕でもされない限りは発見されるリスクがないもの。でも個人差はあれど幻想蝶内の広さには限界がある。大きなものはいくつも隠せないでしょう」
 キリエがソファにかけられた赤い布を取り払った。最初の侵入時に見つけていた――高級感を感じさせる応接セットもまた盗品だったのだ。
 犯人たちは弁解も開き直りもしなかった。一目散にドアへと向かう。逃亡、それは無言の肯定だ。エージェントたちも素人ではない。レミアとエスが腕を掴む、が。
「っ!関節が外れて……?」
 リンクもしていないのに人外のような動きで彼らは拘束を逃れた。
「させない」
 京子の『テレポートショット』が女の足にヒットした。男の方はからくもドアに辿り付く。
「自白すれば痛くしないって言ったのに……あなたたちの自己責任よ」
 レミアの哄笑に甲高い悲鳴が重なる。女は御用となった。一方、逃げた男を入口で止めたのは筋骨隆々の武人。勝ち目はゼロだった。腕をねじりあげられながら、男が帰って来たのは3分後だった。
「フッ俺たちを倒しても第2第3の怪盗たちが……」
「単独犯なんでしょう?」
 レミアが呆れたように言った。迷推理のインパクトで有耶無耶になっていたが、それはもうバレている。
「予告状の筆跡をたくさん集めるような大掛かりな仕掛けも、共鳴して架空のアルバイトをでっちあげる地味な仕掛けも、全てはネオルパンズがあなたたち『ふたりきり』であることを隠すため。実行犯は共鳴して一人だから単独犯と言ってもいいわね。『ネオ・ルパンズ』なんて大仰な名前はこけおどしの極み」
「うっ」
 京子は頷く。
「ちょっとやり口がずさんすぎるって思ってたけれど仕方ないわよね。カーボンのインクで書かれた予告状なんて格好悪い上に不自然。そこでふざけた『領収書』という策を編み出し『警察や被害者たちをからかう怪盗団』を装った。アイディアは面白いかもね」
 エスが付け足す。
「予告状を送れなかったのは単純に戦力の問題もあるんだろう。何人ものリンカーを配置されたら自慢の『魔法』は阻止される。だからと言って力任せでは勝ち目がない」
「ぐぐっ」
 七生が部屋の奥から段ボールを持って来た。中から出てきたのは面接官の着ていた中国服だ。
「アルバイトを演じる際は変装をして、更に人数を水増しか。徹底している」
「ぬああああ」
 『ネオ・ルパンズ』の『全メンバー』は悶絶した。両腕を嘉久也とレミアに拘束されているせいで顔を覆うことすらできなかった。
 
 犯人の護送を終え、一日探偵たちはHOPEの食堂に居た。
「うー。いい栗作ろう柿八年……西暦8年に栗の栽培技術が遣隋使によって伝えられ……」
「俊介、何か腹に入れぬと勉強も捗らぬぞ」
 京子とアリッサは向こうで弁当を食べたのでティータイムだ。嘉久也とヘレスティアは例のラーメン屋の出前をとり、エスと縁も付き合う。デザートはプリンだ。七生は言う。
「興味深いな、古典的な王道に則り、且つ新しい手口を模索する向上心は素直に称賛に値する。このまま彼らが成長を諦めずにいるのなら、またどこかで出会いたいものだ」
「滅多なこと言わないでくださいよ、先生。平和が一番です」
 リンカーの監視がつけば彼らに脱獄は無理だろう。
「レミアの鞭捌きを見ていたら……俺も苛めて貰いたくなった……!」
「全く……相変わらずどうしようもない変態ね……帰るまで待ってなさい」
 この夫婦に関しては何も言うまい。
 さて、彼らは一日限りの幻の名探偵だったのか、それとも――。答えはまだ誰にもわからない。

結果

シナリオ成功度 普通

MVP一覧

  • 双頭の鶇
    志賀谷 京子aa0150
  • 学ぶべきことは必ずある
    枦川 七生aa0994

重体一覧

参加者

  • 双頭の鶇
    志賀谷 京子aa0150
    人間|18才|女性|命中
  • アストレア
    アリッサ ラウティオラaa0150hero001
    英雄|21才|女性|ジャ
  • リベレーター
    晴海 嘉久也aa0780
    機械|25才|男性|命中
  • リベレーター
    エスティア ヘレスティスaa0780hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 学ぶべきことは必ずある
    枦川 七生aa0994
    人間|46才|男性|生命
  • 堕落せし者
    キリエaa0994hero001
    英雄|26才|男性|ソフィ
  • 真仮のリンカー
    都呂々 俊介aa1364
    人間|16才|男性|攻撃
  • 蜘蛛ハンター
    タイタニアaa1364hero001
    英雄|25才|女性|バト
  • 色鮮やかに生きる日々
    西条 偲遠aa1517
    機械|24才|?|生命
  • 空色が映す唯一の翠緑
    aa1517hero001
    英雄|14才|男性|ドレ
  • 緋色の猿王
    狒村 緋十郎aa3678
    獣人|37才|男性|防御
  • 血華の吸血姫 
    レミア・ヴォルクシュタインaa3678hero001
    英雄|13才|女性|ドレ
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