本部

秘剣の森を下れ

落合 陽子

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
7人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/07/06 19:31

掲示板

オープニング

●秘剣の森を上れ
 
 2ヶ月前。

 イギリス南東部の森。3人の女性が一本道を駆けている。それを追うは黒ずくめたち。人数はわからない。少なくとも20人はいる。茶髪の女性が不意に体の向きを変えた。手にはリボルバー。辺りに銃声が数発分響いた。
「!」
 確かに当たったはずなのに黒ずくめは誰も倒れない。
「レタ!」
「わかってる」
 次の瞬間、赤毛の女性と茶髪の女性が1人になった。目深に被ったハンチング帽のせいで風貌はよくわからない。ちらとゴーグルが見えただけだ。黒ずくめたちへと大きく地を蹴った。蹴りながら1人残った女性に叫んだ。
「白菊! そのまま走れ!!」

●価値なきもの
「霜置白菊が明日、秘剣伝授を終えます」
 ジェンナ・ユキ・タカネ(az0051)の言葉にHOPE職員は一瞬、眉を上げた。
「2ヶ月前と同じことが起きると思いますか?」
「確実に」
 今度はレター・インレット(az0051hero001)がうなずく。
「多分、前回より大勢か、少数精鋭で来るでしょうね。戸田伊吹も来るかも」
 戸田伊吹。霜置白菊の同門の男である。リンカーでもあり、剣技に優れていたが、伝授者として選ばれたのは霜置白菊だった。霜置は一度も戸田に勝ったことがない。それどころか一本取ったことすらないと言う。 戸田は今まで選ばれなかったことのない男だ。名家に生まれ、トップ校に優秀な成績で入り続け、剣術では常に代表に選ばれた。どこに所属しようと戸田が代表だった。だが、それを霜置が大きく崩した。秘剣を伝授されるのがじぶんではなく霜置と知った時の戸田の気持ちは簡単に察せられた。戸田は異常なほどプライドが高く、一種の選民思想じみたものまで持ち合わせている男だった。
 
 あのなんの取り柄もない平凡な小娘が秘剣を伝授される? 俺に1回も勝ったことのないあの平凡な剣士に俺が劣るというのか。俺が? 戸田伊吹が!? 

 だが、動機は十二分にあるとは言え、霜置襲撃指示の証拠は警察もHOPEもあげられなかった。霜置たちを襲った黒ずくめの行方もわからなかった。ユキは口を開いた。
「戸田が出張るかはわかりません。しかし、少なくとも彼女を伝授者の屋敷まで送ったとき、霜置を守るので手一杯でした。レターの言うように今回は更に上の戦力で彼女を襲撃することがが予想されます。となればリンカー1名の護衛では無用心です。それと、私たちは外せない用事で近々ロンドンを離れます。護衛はできません」
 用事とは仕事のことだろう。2人はロンドン警視庁の刑事である。 
「何名ほど必要とお考えですか」
「最低でも4名は」
「わかりました。依頼をかけましょう。1つ聞いてもよろしいですか?」
 HOPE職員の言葉に2人はうなずく。
「その剣術の流派に伝わる、えーっと秘剣ですか? そんなに価値のある剣技なんですか?」
「そうですね」
 ユキはどこか冷ややかに答えた。
「15歳の女の子を襲う理由になるほどの価値はありませんよ」

解説

●目的
 女性の警護(女性に関しては後述)
 *警護が目的なので拘束等は任意。

●場所
 背の高い木々が鬱蒼と生い茂るイギリス南東部のとある森。森の入口から申し訳程度一本道があり、警護対象の女性が待機している屋敷へと繋がっている。かなりの急勾配(警護中は帰り道なので下り坂)
 森を抜けたところにHOPEがまわした車が待機してある。
 
●警護対象
 霜置 白菊(しもおき しらぎく)
・15歳、女性。剣術のとある流派に伝わる門外不出の剣技(秘剣)を伝授される。現在は2ヶ月にも及ぶ伝授で疲弊しており、歩いて森を抜けるので手一杯。思考力も低下している状態で全く戦力にならない。
 森を徒歩で抜けて伝授完了とされる。

●敵情報
 戸田 伊吹(とだ いぶき)
・25歳、男性。前述の霜置とは同門。自分ではなく、自分に一本も入れられたことのない霜置が『秘剣』伝授者に選ばれたことを非常に恨んでおり、彼女を亡きものにしようとしている。2ヶ月前、霜置を配下に襲わせたが、今回は自らも出向く。
 リンカーであり、童子切を主に使う。黒ずくめのため、ぱっと見誰かわからない。
(PL情報:日本で活動するヴィランズ”さしも草”のリーダーだが、警察等には知られておらず、一般人として暮らしている)

 その他(戸田配下のヴィランズ)×10
・黒ずくめで弓、銃、ナイフなどで攻撃してくる。各々の実力は凡庸だが、連携は上手く、ちまちま鬱陶しく攻撃してくる。

●その他人物
 ジェンナ・ユキ・タカネ/レター・インレット
・ロンドン警視庁刑事。今回の依頼人。2ヶ月前、朽名に頼まれ、霜置を朽名(後述)の屋敷まで送り届けた。朽名とは友人関係。

 朽名 袖乃(くちな そでの)
・95歳、女性。リンカーで剣士。『秘剣』を霜置に伝授する。日本にいたが「なんか最近暑い」とイギリスの森の中にある屋敷に引っ越した。

リプレイ

●作意の邂逅
「あの」
 森近くのベンチ。読書をしていた男性が顔を上げた。声をかけてきたのは2人の女性。
「何か?」
「地元の方ですか? この森の一本道に合流する小道が有るか知りたいのですが」
「ありますが、誰も使わなくなってかなり経ちます。もう道とは言えないでしょう。唯一の道でさえ申し訳程度。あまり勧めませんが、森に入るのでしたらその道を辿っていくのが安全です。では、私はこれで」
 男性は腕時計を見ると歩き出した。歩きながらスマートフォンを手に取る。
「うん、了解。え?」
 男性は微笑んだ。
「なにも。綺麗な女性に会っただけ」

「これでよし」
 男性に教えてもらった小道の入口に通行止めの看板や落とし穴、鳴子を設置し終え、エステル バルヴィノヴァ(aa1165)が満足そうに言う。
「エステルは通せん坊するのが好きね」
 泥眼(aa1165hero001)に言われ、エステルは不満そうな顔をした。
「そう言う訳では無くてと言うか、適性を考慮しただけと言うか。何だか性格的に意地悪みたいに思われるのは心外です」
「あら、ごめんなさい! そう言う積もりじゃないのよ。エステルの場合は意地悪じゃ無くて完璧主義なだけだと思うわ。譲れない一線がとても多いのよね」
「フォローしてません。さ、入口に戻りますよ」

「済みません。この森に入るのですか?」
 森の入口へとやってきたハイカー姿の男性たちへ女性2人が声をかけた。見た感じ、地元の女性である。似た顔立ちをしているが、姉妹だろうか。
「ええ。ハイキングに」
 1人が答えた。親切な口調だったが、目はひどく冷たい。
「森に弟が入り込んでしまったみたいで……見付けたら声を掛けて頂けませんか? 私達は入り口付近を捜して居ますから」
「それは心配ですね。わかりました」
「ありがとうございます。これで安心です」
 ハイカー達は森へと入って行った。その後姿を2人―変装したエステルと泥眼は光る目で見ていた。

 あれはヴィランズだ。

●森林浴中
 時遡り、エステルがヴィランズ入りを確認する前。リンカーたちは森の中を進んでいた。
「う~ん、緑が一杯で気持ち良いね。このまま襲撃がなければ最高なんだろうけど」
 伊邪那美(aa0127hero001)は伸びをしながら言った。
「緑が多く気持ちが良いのは認めるが、此処まで生い茂っていると隠れるのにはうってつけだな」
 御神 恭也(aa0127)が油断なく言った。もちろん、伊邪那美が油断しているわけではない。目はしっかり森を観察している。それは他のメンバーも同じだ。
「さて、戸田の出方はどっちか、だな」
「散々追い立てた上で彼女を自分の前に来るように仕向け、正々堂々を謳って自分の力を存分に振るうのではないかしら」
「すごい想像し易い状況だな、そりゃ。……つか不覚もいいとこだぜ」
「受けた以上、今やれる事をやるだけですわ」
 話しながら赤城 龍哉(aa0090)とヴァルトラウテ(aa0090hero001)は手分けして双眼鏡片手に森の様子をうかがっているし、霧島 侠(aa0782)も「湿気が多いな」と言いつつ、監視されそうな場所や襲撃に利用されそうな場所を指摘する。鴉守 暁(aa0306)とキャス・ライジングサン(aa0306hero001)も「遅かれ早かれやってくる。気楽に構えることよー」などと鼻歌歌ったり、ゲリラ戦経験の有無などを話したりしつつ、集団から少し遅れたところでしっかり後方を警戒中。森林浴に気を取られている者はいない。
「しかし、戸田というのは大人気ないを通り越して、ガキの思考だな」
 月影 飛翔(aa0224)の言葉にルビナス フローリア(aa0224hero001)が同意する。
「良い齢をした大人が子供相手に大人げ無いよね」
 伊邪那美が頷く。
「女の子1人襲うのに大人大勢を手配するほどあちらさんチキンなのかなー」
 暁が言えばキャスも一言。
「ちっちゃいプライドデスネーその男」
 戸田本人が聴いていないのが残念である。

●屋敷到着
「うわ、大きい」
 來燈澄 真赭(aa0646)が声を上げた。その視線先には巨大な屋敷。屋敷と言うより城に近い。
「私たちは外で監視してるよ」
 暁とキャスは素早くリンクすると大きくジャンプした。近くの木々やベランダを足がかりに屋根へと移る。シエロ レミプリク(aa0575)とナト アマタ(aa0575hero001)は監視と行きがけに見つけた狙撃ポイントにAMR(アンチマテリアルライフル)を設置のため頂上に来る前に離脱(高所が好きなのか木の上で花を飛ばすナトの姿に一部エージェントたちが癒されたとか)
 呼び鈴を鳴らすと下のスピーカーから朽名袖乃のものらしき声がした。
「鍵は開いています。突き当りの部屋へ」
 緋褪(aa0646hero001)がドアノブに手をかけると簡単に開いた。一同は中に入る。言われた通り突き当りの部屋に行くと巨大な襖があった。外観無視も甚だしい。
「失礼します」
 龍哉が真っ先に襖を開けると座っていた老女の前へと進み、正座する。
「初めまして。赤城波濤流・師範代、赤城龍哉と申します。お目に掛かれて光栄です」
「朽名袖乃と申します。流派は刈穂流。本日はよろしく頼みます」
 それを皮切りにリンカーたちが挨拶する。
「今回の事ですが」
 龍哉は作戦の概要を説明した。
「時間のかかる作戦を決行すること、依頼の筋を変えたことをお詫びしたい」
 侠が手をついた。
「もし奥義伝授の妨げになるなら、変更します」
 龍哉も言う。袖乃は微笑んだ。
「確かに筋は違う。だが伝授には関係のないこと。それに作戦自体に口出すつもりはもとよりありません。霜置が無事ならそれで結構。若いのに義理堅いことを言う」
「失礼します」
 覇気のない声と共に襖が開く。入ってきたのは薄紅色の着物に紺色の袴を着た少女。袖乃の隣に座ると頭を下げた。
「霜置白菊です。よろしくお願いします」
「今回はよろしく頼む。まあ、囮が先行するから無理せず行こうか」
「自分の現状を正しく理解し行動することも修行の一環ですよ」
 飛翔とルビナスの言葉に白菊はまた頭を下げた。
「依頼内容じゃ触れてなかったんだが、その娘はリンカーじゃないんだよな?」
 龍哉の問いに袖乃がうなずいた。
「囮になるんだけど、霜置ちゃんなにか癖ある?」
 今度は真赭が尋ねる。袖乃が答えた。
「強いて言うなら癖がないのが癖。動きは普通すぎるほど普通。肝は座っています」
「もう1ついい? 今度は霜置ちゃんが答えてね。流派の理念は?」
「弱さを知る」
 エステルから通信が入る。
「敵が入りました。間違いありません。ヴィランズです」
 暁とシエロからも入る。
「こちら異常なしー」
「うちも」
「屋敷ではどう?」
 再び暁。
「囮作戦の許可は得た。作戦通りに行く」
「了解ー。敵が屋敷到着前に出た方がいいねー」
 暁の言葉に囮役の真赭・緋褪、囮の護衛役の恭也・伊邪那美が立ち上がる。
「全員が囮に向かってくれると楽なんだけどな」
「もしそうなったら疑いますよ。そんなのを採用した雇い主の頭を」
 飛翔の言葉にルビナスが言う。
「釈迦に説法なのは重々承知しています」
 袖乃は真顔で言った。
「ですが戸田をあまりみくびりすぎぬよう。理念を会得できなかったのと戦いに長けていないのとはまた別です」

●囮出発
 薄暗い森の中をひと組の男女が下っていく。共鳴した恭也と伊邪那美、イメージプロジェクターで霜置白菊の姿になった共鳴中の真赭と緋褪。囮役の真赭はうつむき加減で、時折足をふらつかせている。完全に疲れている者の動きだ。
「大丈夫か」
 真赭を支えながら恭也は通信機に向かって小声で敵の有無を問う。
「見当たらないねー。まだここまで来てないのかも」
「こっちも異常なし。さーて乙女の敵はどこにいるかなー」

「すみません」
 歩き始めて小一時間。木々の影からハイカー姿の男が2人出てきた。
「怪我をしてしまいまして。薬か何か」
 恭也はドラゴンスレイヤーを抜いた。直前、2人が武器を隠し持っているのを暁が確認。恭也に連絡したのだ。ヴィランズはハイカー姿で森に入ったとのエステルからの情報とも合致する。
「ちょうど良かった。聞きたいことがある」
 一歩近づいた瞬間近くの木々が幾重にも倒れる。恭也は真赭を抱えると大きく飛び退いた。そこへいくつもの矢と銃弾が打ち込まれる。だが、それらは全て弾かれた。暁とシエロによって。恭也は真赭を着地すると真赭を下ろした。そこへ黒ずくめたちがナイフを振りかざし一斉に攻撃をかける。
「邪魔だ」
 怒涛乱舞を帯びた一撃がナイフを砕き、黒ずくめたちをまとめて吹っ飛ばした。
「ケアレイ」
 どこからか声が聞こえる。吹っ飛ばされた1人が銃を構える。狙いは真赭。だが。その銃はシエロの一撃によって弾き飛ばされた。さらに暁の矢が横倒しになった木にヴィランの服を縫い付ける。
「おい」
 矢を抜こうともがくヴィランにドラゴンスレイヤーを突きつける。
「襲撃人数は。戸田はどこにいる」
「そのまま尋問続けてー。敵の場所は把握してる」
「うちもOK―。援護できるよ」
 暁の言葉通り恭也と真赭へと矢と弾丸が降り注ぐが、全て暁とシエロに撃ち落される。時折、うめき声が上がり、ヴィランが木から落下する。
「驚いたかい? ロングレンジはウチら(ジャックポッド)の特権なのさ!」
「遠くて、聞こえてない」
「いっけね♪」
「ふっふっふ、ゲリラ戦においてほとんど音が出ないクロスボウの恐ろしさを思い知るがいい」
 シエロは遠距離、暁はほぼ無音でのゲリラ戦。場所を把握されれば敵に対抗する術はない。攻撃から場所を把握されるのを恐れたのか攻撃が止む。
「質問に答えろ。腕を落とすか?」
 追求は止まらない。共鳴を解き、伊邪那美と2人で尋問する。シエロと暁が周囲警戒をしている。心配はないだろう。
「知らん。直々に指名があり、後は言われた通り動くだけだ」
「指示は戸田から?」
「主の名など知る必要はない」
 これ以上聞き出せそうにない。伊邪那美はにこっと笑った。
「あ、そ。それなら」
 1人でも早く戦闘不能に。気絶しているヴィランズを伊邪那美と手分けして関節を外した上で縄で縛り上げ出す。
「年端も行かない女の子を襲おうなんて人達には、優しくしなくて良いからね」
 関節を外しながら伊邪那美が言う。なかなか怖い光景だ。
「こいつ等を連れて森を出る訳に行かんだろうな」
「まあ、此処までやれば逃げられないから大丈夫だよね」
「右から敵!」
 黒ずくめが真赭へと刀を振り下ろした。刀と剣がぶつかる。
「他の者とは違う業物か。貴様が戸田伊吹だな?」
「あ~、あの人が考え方が幼稚で秘剣を伝授されない上に腹いせで人数を集めて年下の女の子を襲おうとする情けないおバカさんだね」
  戸田の気を此方に向けさせるために挑発するが、戸田は何も言わず下がった。恭也は共鳴するとドラゴンスレイヤーを構え直す。その直後、2人は同時に地を蹴った。童子切とドラゴンスレイヤーが絶え間なくぶつかる。攻撃の重さはドラゴンスレイヤーの方が上。だが、戸田は刃の向きを巧みに傾け、威力を殺している。
「戸田に集中して。雑魚はこっちとシエロで引き受ける。真赭ちゃんは動かないで」
 返事がないのは肯定と同じ。
(それにしても)
 暁は森を縦横無尽に走りながら思う。金属のぶつかり合う音、うなりをあげる矢、銃声、くぐもった悲鳴、低く流れる呪文詠唱。その中で一歩も動かず、囮に徹している真赭。
(演技派ー)
 半端なエージェントならまず間違いなく反射的に武器を出して作戦を台無しにしている。
「っつあ!」
 恭也は刀を掻い潜り、剣を手放すと拳を鳩尾へ突き出した。戸田は咄嗟に刀の軌道を変え刀身で拳を受け止める。恭也はその拳を軸に、戸田の首へと回し蹴りを放った。
「悪いが俺は剣術家じゃない。卑怯、邪道と罵られても対象を護りきれば全ては正しいって考えなんでな」
 戸田はその蹴りを避け、刀を一閃させた。激しい攻防戦にシエロも暁もそして真赭も手を出せない。
 幾度にもわたるぶつかり合いの中、疲れからか戸田に隙が出た。間髪入れずに放ったヘヴィアタックに声すら出さず、戸田が吹っ飛ぶ。すかさず暁とシエロが攻撃を仕掛けるが、戸田と恭也を遮るように木が倒れ掛かった。その影から戸田が躍り出る。童子切とドラゴンスレイヤーがかち合う。
「?」
 童子切が砕かれる。戸田は地面へ叩きつけられた。
「……」
 戸田へと近づこうとした瞬間、爆発音が響いた。恭也は咄嗟に真赭と共に地面に伏せる。木々が次々倒れ、戸田の姿を隠した。
「大丈夫!?」
「ああ」
 恭也と真赭が起き上がる。
「戸田は?」
 恭也の問に暁もシエロも見失ったと言うしかない。
「……」
 最後の『戸田』の姿は戸田のそれだったし、獲物は童子切だった。だが。真赭を支えるふりをして恭也は通信機に向かって言った。
「最後に童子切を持っていた奴は偽物の可能性が高い。あっけなさ過ぎる」
 その直後、エステルから5名のヴィランズが森に入ったという知らせが入った。

●護衛出発
「囮組と暁さんはその場で待機。敵は怪我人残して撤退」
 シエロは報告を終えると黙った。
「失敗とみなして囮組・援護組を呼び戻すか、少なくとも戦力はダウンしたと考え我々だけで霜置を護衛し、森を下るか」
 侠はそう言いながら袖乃を見た。袖乃は知らん顔で茶を飲んでいる。本当に口を出す気はないらしい。
「すぐ出発しましょう。囮はばれたと仮定し、戸田も生きていると考えた方がいいでしょう。あえて私たちが何も気づいていないように見せて相手を油断させるのです。敵の戦力はダウンしています。応援を呼ばれる前に出発した方が」
「それならこちらはわざと道をそれて身を隠しながらゆっくり進むわ。出口から100m地点で合流しましょう。戸田が再び現われるとしたら出口付近だと思う」
 伊邪那美が小声で答えた。
「私たちは囮組の近くに潜伏しながら進む」
 今度は暁が言う。
「よし」
 護衛組が立ち上がった。
「行こうか」
『よろしくお願いします』
 袖乃と白菊の声が重なった。

 護衛組は既に、森出口から百数メートル地点まで来ている。その間、一度襲撃を受けたが、囮組が戦力をダウンさせたお陰もあって思いのほか早く退けられた。「退け」と指示を出したのは戸田の声だとシエロは断言した。
(襲撃で疲労が増したかと思ったが、思いのほか、しっかりした足取りだな)
 侠は冷静に白菊を観察している。体力・思考力は低下しているようだが、秘剣を伝授された剣士だ。下手な気遣いは無用である。所作を見ていれば充分だろう。他のリンカーたちも周りの警戒をするのみでほとんど無言だった。
予想よりやや早い場所、出口から数百メートルのところでシエロが襲撃を告げた。
「前方にヴィラン4名。右方向に2名」
「やはり共鳴しない状態で万全は望めませんわね」
九陽神弓で迎撃したり、ハングドマンでの足止めしたりしながらヴァルトラウテがぼやく。人数自体は少ないが、攻撃はさきほどより苛烈で連携も密。ケアレイで治癒し合われるのも困る。それを飛翔が崩す。木々を蹴って方向転換し、バンカーを地面に突き立てての急旋回をし、連携の意表をついたかと思えば、飛翔は木上のヴィランズに対してスラッシュブーメランを投げる。回避先が味方護衛から狙える場所へ誘導する。
「んーおしい! そこに避けても無駄なのよん♪」
シエロがそれに応える。白菊の護衛に徹しているのは侠。ヴィランズと白菊の間に割り込み、バンカーメイスの一撃を次々に加える。血が吹き飛び、痛みにヴィランズの絶叫が響いた。見た目と痛みは尋常じゃないが、実際は大した傷ではない。つまり当て方エグい。
「泣くな。リンカーはこれくらいで死なん」
 すっかりビビった何名かが戦線離脱を試みるが、森の出入り口にはエステルがいる。
「弟は見付かりましたか? では森を出す訳には行きません。森の悪霊なんかじゃないです」
なんかセリフが怖い。必死に抜けようとするが、エステルは蜻蛉切を横に構えてヴィランズの足を掬い、体を回転させながらロザリオで足元を攻撃して足並みを乱す。
「戻って下さい」
 再び蜻蛉切でまとめて森の中へと叩き込む。
「うわ!」
 転がり込んで来たヴィランズにシエロが声をあげる。ヴィランズはもうやけでシエロへと武器を構えたが、次々に倒れ伏す。暁だ。
「遅くなってごめん。森の中で戦線離脱者とやりあってたー。何人かはなんでか急にいなくなったけどー」
 エステルたちの落とし穴にはまったのだろう。
「ラストスパート!」
暁は今まで以上のスピードと無音で戦場を駆け巡る。威嚇射撃を交えつつ、ファストショットでヴィランを次々落とすと、他のリンカーたちが仕留めた者も含めて捕縛し緊縛止血。他の面々も次々ヴィランを戦闘不能にしていく。いよいよ全滅間近と思われた時、シエロが叫んだ。
「東方向に戸田!」

●大詰め
 シエロの言葉と同時に戸田が白菊へと迫る。そこへ龍哉が立ちはだかった。普段の彼ならいざ知らず、今は重体の身。まともにやりあえば負ける。だが。
「意地があるのさ、男にはなぁっ!」
 その声と気迫にほんの一瞬だけ、戸田が怯んだ。それで充分だった。
「お出ましか」
「ご大層な作戦ですが、動機はただのお子様の我儘。残念ですね」
「どこぞの組織のお山の大将で満足していればよかったのに。えっとなんて名前だったか、ローカル三流すぎて思い出せないな」
飛翔が2人の間に割り込む。メイスと童子切がぶつかる。
「そのローカル三流の力を見せてやろう!」
短く持ったメイスの突きをかわされるも、素早くメイスを回転させ、石突で腹部を狙う。だが、これも素早く後ろに飛んでかわされた。飛翔は更に踏み込んでメイスでの突きを食らわせる。それを刀身で受け止め、足払いをかけようとする戸田。刀身を軸にジャンプして避け、背後に回って石突の一撃。戸田は蹴りで退ける。スピードは戸田の方が上だが、情報を得ているのは飛翔。恭也の戦いはシエロから聞いている。刀身をたくみに傾け、相手の勢いを殺し、攻撃に転じる戦い方。それなら。童子切を受け止め振り上げ手を離す。勢いよくメイスが飛び、その勢いで刀身が泳いだ。バンカーを地面に突き立て刀身を掻い潜り懐に飛び込もうとする。
「確かに早いな、だが素手の方がもっと早い」
拳を固め戸田の腹部へ叩き込んだ。だが、やはり刃に阻まれる。その勢いに逆らわず、戸田は後ろに飛び、木を蹴って飛翔へと飛び掛る。飛翔は素早くメイスを拾い上げ、地を蹴った。再び互いの武器がぶつかる。勢いを殺しそこなったのか戸田が退いた。追いすがる飛翔に再び刀を構える。あの素早い刀捌きが厄介だ。一瞬でも戸田の気をそらす「何か」が欲しい。だが、他のリンカーたちは自分の戦いで手一杯。例え手が空いていてもこの激しいぶつかり合いに援護するのは難しい。だが、その「何か」は思わぬところからやってきた。
 激しい音と共に戸田近くの木々が砕け散る。恭也のドラゴンスレイヤーだ。そしてすぐそばには。
「霜置!?」
 戸田の口から驚愕の声が漏れる。その視線の先にはイメージプロジェクターで霜置白菊に扮した真赭。見破ったはずなのに咄嗟のことで混乱したのかもしれない。全てはほんの数秒の出来事。だが、それで充分だった。飛翔の疾風怒濤を帯びた一撃が鳩尾に決まる。戸田が体を折った。頭が下がった処にアッパーを決め、バンカーを撃ち込む。戸田は地面に激突するとそのまま動かなくなった。

戸田が倒れてからすぐ。黒ずくめの最後の1人が倒れた。侠の一撃によって。
「痛そうデスネー」
 キャスが呟く。
 
 勝負は決した。

「歩け」
 戸田に活を入れると立ち上がらせる。
「なぜ自分が選ばれなかったのかを考えず、短絡的な行動をとるあなたに認可するものは何も無いよ」
 真赭が言う。
「あなた自身が選んで学んだ流派なんだし、その理念くらいは言えるよね? 霜置ちゃんは間断なく答えてくれたよ」
「理念? ああ、『弱さを知る』か」
 戸田はちらと白菊を見た。皮肉げに笑う。
「確かにあの女は弱さを知っているだろうな。だから伝授に値すると?」
「何もわかっていないな。お前は」
 緋褪の眼は冷たい。
「腕は立つが流派の理念を解していないものと、腕は多少劣るが流派の理念を解するもの。流派の後を託すとすればどちらが正しく伝えてくれるかは考えるまでも無い」
「たとえこの襲撃が成功して霜置ちゃんの伝授が失敗したとしても、あなたは選ばれること無く、霜置ちゃんより腕の劣る理念を解してる子が選ばれるだけで、貴方がやったことはまったくの無駄なんだよ」
「選ばれる。勝てば官軍だ」
「確かにその程度の性根では秘剣の伝授はされないな」
 恭也が冷徹な声で呟く。
「お前はなぜ、いや何のためにこの流派を学んだのだ?」
 緋褪の言葉に戸田はすぐに答えた。
「強さ」
「何のためにって質問に対して答えが出るようじゃダメだよ」
 悲しげな声が森に落ちた。

●秘剣の理由
 森を抜けると戸田は改めて拘束され、HOPE職員に引き渡された。
「こいつの悪事が明らかになれば、もう襲われることもないだろう」
 飛翔の言葉に職員が頷く。
「森に置いてきた襲撃者どうする?」
 真赭の問に龍哉は回収を提案する。
「私達は森に仕掛けた落し穴や鳴子、通行止めの標識を片付けます」
 エステルが言うとシエロが手伝いを申し出る。頭上でナトがうなずく。
「俺らは道の整備をした後、朽名師に一手指南してもらえるよう頼むつもりだ」
緋褪が言う。そんな中「皆さん」と白菊が声をあげた。
「今日は本当にありがとうございました。刈穂流の門人として厚く御礼申し上げます」
 深々と頭を下げた。
「いいって。処理はうちらにまかせて白菊ちゃんはさっさと抜け」
 戸田の拘束具が落ちた音に暁の言葉は途切れた。

 全て一瞬の出来事だった。

 戸田が走る。泡を噛み、さながら悪鬼の形相で白菊へ迫り、3本目の童子切を抜く。白菊はまだ動かない。刃が届く直前、体を僅かに揺らす。刃の軌道が変わった。着物の袖が翻ったかと思った時、霜置は戸田の懐へ入っていた。白菊の細い指が戸田の喉をなぞる。

 次の瞬間には、戸田はリンカーたちに引きずり倒され、地面へと伏した。白菊の体が傾く。キャスが支える。
「寝てるだけネー」
「なんとなく大丈夫だと思って手を緩めました」
 そう言ったルビナスを誰も非難しない。同じことを考えていたのだ。戸田は呆然と車に乗った。
「お疲れ様」
 泥眼が眠っている白菊へと呟いた。

 車が行ってしまうと恭也は拘束具を拾い上げた。留め金が黒く変色している。
「誰かが……?」
「私もそれ気になったけど、まわり誰もいなかったんだよね」
 伊邪那美が眉をひそめた。他の皆も頷く。
「あれが奥義か?」
「さあな」
 龍哉の言葉に侠が言う。
「だが、伝授の理由はわかった」
 理念の理解などもそうだろう。だが、第一の理由は。
「腕、か」
 朽名袖乃は見抜いていたのだ。

 再び森へと向かうリンカーたちを背の高い痩せた男が眺めていた。戸田を焚き付け、エステルに情報を渡し、拘束具を遠距離で破壊した男。
「いいものを見られた。戸田にしては上出来だ」
 男は満足げに微笑み、姿を消した。

 戸田伊吹が密かに組織していたヴィランズ「さしも草」は程なくしてほぼ全員が逮捕され、壊滅となった。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
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