本部

恋なる果樹

形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
多め
相談期間
5日
完成日
2015/10/19 19:32

掲示板

オープニング

●恋の生る果樹
 湖面を渡る涼しい風が通り過ぎた。すると、しゃららんと耳に心地よい控えめな鈴音があちこちから響く。
「…………はあ、見事だなあ」
「素敵ね」
 ため息とともに、あちこちから男女の感嘆の声が上がる。
 たくさんの恋人たちが二十メートルほどの高さの、複雑に大きな壁のように絡み合った樹を見上げていた。その枝には風鈴を思わせる緋色がかった鈴が生って、風に揺らされるたびに美しい音色を響かせる。そして、その鈴を通した日の光が地面にたくさんの薄い緋色がかった明るい影を作っていた。
 恋人たちが向かうのは、その樹の根元に人工的に作られた門だ。色ガラスをはめ込んだ門は花に囲まれ、微かに爽やかな甘い匂いが漂っていた。門を潜ると、樹々の胎に抱え込まれたような美しい教会があった。
「いつまでも、一緒にいれるといいね」
 その教会の扉を押しながら、ひとりの女性が頬を赤らめながら呟く。隣に居た男性はそんな彼女の肩を愛おしそうに抱く。

●恋の成る橋
 教会の中にはたくさんの扉がある。ふたりは案内されたそのひとつの中に入った。
 中は小さな美しい庭園だった。一面、小さな草花と清らかな小川の湿地の上に小さな橋がある。教会内部の扉はどれもこの中庭に通じているのだが、絡み合う樹が壁の役割を、流れる小川や虫の声がノイズミュージックになって他の部屋の声は聞こえなくなっているという。それでも、緊張しながら小さな声で恋人たちは囁きあった。
「じゃあ、読むね……」
 女性が入り口に置かれていた小さな紙片を開く。そこには、ここで語り合うと恋が深まるという主題が書いてあった。
「あなたにとって恋とは恋人とはなんですか?」
 くすり、ふたりは同時に笑いあう。
「わたしにとっては、それはあなたそのもの────」
 彼女がそう言った瞬間、それは訪れた。


●恐怖の鳴る教会
 海の真ん中に浮かぶ小さな人口島の中心には。建物を覆うように幹や気根の絡まった巨大なガジュマルのような樹が生えていた。それは、元々はAGW(アンチ・グラヴァー・ウェポン)開発の副産物として生まれたものだという。通常の果樹とは違って枝先にほんのり緋色がかったガラスの鈴のような花序がつき、そこから涼やかな音を鳴らす。その幻想的な光景に目をつけた企業がこの人工島にこの樹を植えた。特殊な生育方法で育てられたそれは、あっという間に大きくなり、企業のイメージした通りに、何も無かったこの小島に幻想的な光景を作り出した。この施設の名を『ロートスの樹』という。
「世界中に数多とある、いわゆる『恋愛の聖地』のひとつです、ここは」
 白い修道服のような衣装を身に纏った貞淑なシスター然とした姿で語るのは、この地を作った企業本社の女性だった。
「せっかく大切に育てて来たプロジェクトなのに、こんなんことになるなんて」
 何人かの恋人たちとすれ違う。人数制限がかかっているせいか、常よりも少ないと言う。
「本当は閉鎖した方がいいのですが、従魔の規模が小さいので、その、まずあなた方になんとかしてもらおうと言う事になりまして……」
 言葉を濁すシスター。おそらく、評判や収益などを気にした上が閉鎖を渋っているのだろう。

 ここ数日、ここでは観光客が教会の内部の部屋で原因不明の昏倒を起こすという事件が起こっていた。HOPEに持ち込まれたこの依頼を、機関はレベル1、ミーレス級従魔(セルウス)と判断した。
 この教会の性質上、部屋に入れる時間は十五分と決められているが監視カメラなどは設置されていないが、襲われた人々のうち、一組のカップルが撮っていた動画に騒動の原因らしきものが映っていたのだ。それは、体長一メートルはあろうかという鮮やかなオウムのような鳥であった。この施設では一雌一雄のつがいのオウムを飼っていたのだが、それがいつの間にか従魔に憑かれ、観光客からライヴスを奪っていたらしかった。
「本当に、従魔が取り憑いたのがロートスの樹木でなくて本当に良かった。どうか、ここの樹を傷つけることはないように頼みますよ」
 彼女の言葉は不謹慎ではあるが、この施設設立のために動いた金銭や苦労を知るからこそなのだろう。
「それから、あなたたちにはあくまでも一般の観光客として入って頂きます。最近、マスコミがこの噂を聞きつけていて、大変まずい状況なのです」
 口止め料を乗せた今回の報酬は多目だ。だが……。
「それでは、二人一組のカップルを作って頂いて、各扉に入ってください。彼らは恋のお題について語り合っている時に襲い掛かって来ますから、中で恋のお題についてのお話をお願いします」
 にっこり、白い服を着たシスターは少し悪戯っぽい笑みを浮かべた。

解説

 目的は観光客に扮してのできるだけ穏便に従魔を撃破すること。周りの樹を傷つけないよう要請されています。一般の観光客は十五分間しか中にいることはできませんが、今回は特別に三十分ほど中に居ることができます。
 二人一組を作って恋愛の聖地で恋を語り合ってください。主題は「あなたにとって恋人とは」です。この主題を語っているとオウムに取り憑いた従魔が襲ってきます。従魔は背後から急襲してくるので、できればリンクした状態が最良です。どうしても二人ペアになれない場合は、三人以上でも可ですし、もちろん、希望すれば一人で入ることも、英雄と能力者の状態で入ることもできます。
 従魔はミーレス級二体。爪と嘴で急襲してきますが、攻撃能力は高く無く、むしろ、素早く飛び回る機動力が問題です。
 教会内部の小部屋は絡み合った樹で衝立のような状態になっており、上部は空いているのでオウムたちは自由に飛びまわります。ロートスの樹は上部で踏みつけた程度では折れることはありませんが、炎などには弱いので使わないようにしてください。

リプレイ


●聖地
 耳に心地よい控えめな音がしゃららんと鳴る。風鈴のような鈴の実が生る大樹、その実が光を通して作った緋色がかった美しい影がゆらめく。そこはまるで美しい絵画の中か御伽噺の世界のようだった。湖面を渡る風さえも淡い色が付いているような錯覚を覚える。
「恋。それは惑い、きらめき、そしてときめきの連鎖……! 嵐を呼ぶキューピッドと呼ばれたこの私に成就されぬ恋など」
 絹糸のような白い髪をそよ風に揺らせてうっとりと呟くのはアイアンバンクのエス(aa1517)だ。幻想的な美しい緑の瞳に大樹が映る……。そんな彼女を一歩下がって見守る赤い文様入りの白い鳥の面を被った少年、縁(aa1517hero001)がおもむろに口を開く。
「でもこの前、主様がうっかり口を滑らせたせいで隣部屋の恋人達に亀裂が」
 キューピッドの呼んだ嵐について詳細に語ろうとしたその口をエスが慌てて塞いだ。
「う、浮気をする男がいけないのだ! ほ、ほらいくぞ縁!」
 歩いていくふたりを微笑ましそうに見ながら、言峰 estrela(aa0526)はエスが見ていた大樹を見上げた。
「わぁ~……すごく綺麗で、幻想的な場所ね~」
 紫の瞳がきらきらと輝き感嘆のため息が漏れた。果実が生み出す緋色の光の影は彼女の白い肌や茶色の美しい髪の上でもゆらゆらと揺れていた。その横顔を彼女の相棒であるキュベレー(aa0526hero001)は穏やかな顔で見つめていた。と、淡い緋色に彩られたエストレーラの表情がすっと冷える。
「……でも、私達には……果てしなく縁遠い世界ね」
「……」
 それが自己憐憫とは違う感情であることをキュベレーは知っていて、彼女だけが判っていた。なぜなら、エストレーラと同じその感情を彼女も知っている。憧憬にも寂しさにも似た切ない感情、それをなんと呼べばいいのだろう。
「……あー、ずいぶん綺麗な所だな」
 気が付けば、エストレーラは大きな影の中に居た。抱えられるようなその影の中で見上げれば、彼女たちの隣に二メートル以上はあろうかというたくましい男性が立っていた。
「しかし……私には少し居心地が悪いな」
 いかつい顔をした彼は見た目に反してとても穏やかな話し方をしていて、それはとても心地よく感じられた。そして、言葉通りに少し困った顔で年季の入ったスキットルを弄んでいた。
「そうですねー、ワタシたちにもちょっと居心地が悪いですねー」
 くしゃっと笑って答えたエストレーラの顔からは緋色の影は消えていた。そこへ少女の声が聞こえる。
「おじさんっ! 女の子となにお喋りしているんですかっ! ここはわたしから離れちゃダメな場面ですよ?」
「ん……? ああ、ここには迷子センターなんてないだろうしな」
「迷子……っ!」
 腰ほどまである三つ編みを揺らして、いつもと違いテンションの高いパートナーのAlice:IDEA(aa0655hero001)をメイナード(aa0655)はまるで父親のような優しい眼差しで見た。
「ここはイデアからしてみたら、大人の場所だからなあ」
「そんなことはないのですよ!?」
 折悪しく、色めき立つイデアの後ろを通ったカップルが計ったように「親子かしら? 可愛い子ねー」「シブイお父さんだね、お母さんはどこだろう?」などと囁きあう。顔色を赤と青に交互に変えたイデアは白衣を脱ぎ捨てて戦闘形態でどこかへ走り出し、メイナードは彼女を追う羽目になった。エストレーラとキュベレーはきょとんとした顔でふたりを見送った後、先程よりずいぶんと柔らかくなった眼差しで顔を見合わせた。


●恋人たち
「皆様の恋人っぷり、期待していますわね」
 白いシスターの悪戯っぽい笑み。敵を誘き出す為になぜかペアで恋話をしなくてはならない──予想外の展開に一同は騒然とした。
「え? 二人一組のカップル……?」
 シールス ブリザード(aa0199)は華奢な身体震わせて呆然とつぶやいた……。シールスの様子に気付いたシスターはふんわりと笑うと、彼女なりの善意で、たまたま近くでおどおどと視線をさ迷わせていた黒髪黒目のアイアンパンクの少年、高天原 凱(aa0990)に声をかけようとした。シールスが少女ならば、確かに年の近い高天原とは似合いのペアだっただろう。大きな赤い瞳にふんわりとした桃色の髪……しかし、身に着けた男物の服が示すように女性のような姿をしていてもシールスは少年で、その容姿のせいで女性と思われることを大変嫌っていた。
「ペアを組むなら知り合い同士の方がいいかな? わたしはシールスくんと一緒に動くよー。ルーシャとはいつでもリンクできるように心の準備をしとこっか」
 シスターが高天原に声をかけるより早く、シールスに声をかけたのはニア・ハルベルト(aa0163)だった。腰まで達する長い金髪を揺らして明るいオレンジ色を輝かせる快活な少女の一声に、シスターはシールスが少年であることに気付いた。彼女は、おや、とシールスとニアを見比べるが、幸い、ニアはともかくシールスはシスターの勘違いに気付くことは無かった。
「うう……恋愛観か……。苦手だなぁ……そういうの……」
「全く……だからお前はいつまでもヘタレなんだ。少しは度胸というものを付けるんだな」
 高天原が眉を八の字に寄せて呻くように弱音を漏らすと、彼の英雄である真龍寺 凱(aa0990hero001)は、どこか高天原の面影のある大人びた姿で、ため息交じりに軽く顔をしかめてみせた。
「でも、オレ、こういう場所に不釣合い、だよね?」
 いつもより更に背を丸める高天原に、真龍寺は思わず天を仰ぐ。
「やれやれ、どっちにしろ戦闘になるなら遅かれ早かれ共鳴(リンク)するんだ」
 気弱な高天原には荷が重いと判断したのか、幻想蝶が煌き真龍寺の姿が高天原の姿と重なる。すると、背を伸ばし髪をオールバックにした高天原ひとりがその場に佇む。
「中々の美丈夫だな。キミが私のナイトになってくれるのか」
 声をかけたのはエスだ。楽しそうに顔を緩ませて、高天原の姿に頭からつま先まで視線を軽く滑らせる。
「なんだ、あんたがオレと組むのか」
「ふむ……第一印象こそ、内気な青年といったところだがずいぶんとワイルドな男になるようだな? 大いに頼らせてもらおう。──縁」
 名前を呼ばれて、いつの間にか隣に立っていた少年が幻想蝶の乗った手のひらをエスへと伸ばす。エスの指先が絆の証に触れると光の粒子が舞う。
「──……」
 艶やかな長い黒髪を靡かせて、エスは嫣然と微笑んだ。
「まるで大和撫子のようだと形容して構わないぞ──黙っていれば、という余計なひと言は付け足さなくてもよい」
 はくはくと口を動かした高天原の言葉を制して、エスは彼の腕に自分の腕を絡めた。
 次々とペアを組んで行く仲間たちを見守りながら、とりあえずリンクしたメイナードは居心地悪そうに大きくため息を吐いた。
 ──ふむ、重要な樹を護る為という事で依頼に参加したんだが……この年になって恋話をしなけりゃならんとはな……困った従魔だよ。
「何故……何故この場面でわたしが喋る義手扱いなのです!? ここはわたしとおじさんが良いふいんき……雰囲気で締めるところじゃ──」
 変質したメイナードの義手がイデアの声で小さな抗議の声をあげる。
「そうすると、ワタシがメイナードおじさんとペアになるのねー?」
 キュベレーとリンクしたエストレーラが軽く頬に手を当てて可愛らしく首を傾げた。
「よろしくなのねー、──パパ?」
 メイナードの義手が悲鳴を上げた。

 問題の庭園を囲むようにぐるりと配された扉をそれぞれのペアが開けた。中に入ると、絡み合う樹が空間を、小川や虫の声が音を遮る壁となり、その個室に二人──正確にはそれぞれの英雄を含めて四人が──入ることになる。
 はずなのだが。
「恋を語り合う……! この胸の高鳴り、この心の昂り……!! どうして抑える必要がありましょうかッ!?」
 扉の前で胸元で指を組み、多少、声を抑えてはいるものの興奮気味に語るルーシャ・ウォースパイト(aa0163hero001)の姿があった。扉の前で困ったようにわたわたとしているシールスの横で、相棒の悪癖を良く知るニアは慣れたもので能天気に笑っている。
「……え? 聖地に入るなら二人一組が最適? つまり、わたくしが語れる時間は無いと……?」
 ルーシャのテンションがある程度治まった所を見計らってニアとシールスが説明すると、彼女はしょぼんとうなだれた。
「むぅ……残念です。せっかくの素晴らしい機会なのに」
 そんなルーシャの隣で、99(aa0199hero001)は銀の瞳を細めた。
「私は過去の記憶が殆どない。──だから恋人について聞かれても何も分からない。寧ろ私が聞きたいくらいだ。恋人とは何なのか……。今後の参考にさせてもらうため、私は大人しく皆の会話を聞いておこう」
 アンダーの言葉に、ルーシャの瞳が再び輝き出す。
「そうですよね! 恋人たちを見守るのも、また……!!」
「わかってる? 仕事だよ……?」
 困ったようにシールスはふたりに念を押し、ニアは楽しそうに笑った。

「出てくるならさっさと出てきてくれれば楽なんだがなぁ。チキンじゃなくてオウムだろうによ?」
 リンクした高天原の言葉に、彼に腕を絡めたエスは笑った。
「キミ、恋はしたことあるのかい?」
「ねえよ、そんなもん。興味ねえ訳じゃねえけどさ?」
「好きなタイプは?」
「……ロングヘアの女。出来れば黒髪。出会いっても……大したモンはねえよ。少なくとも、俺はノーマルだから女が好きだ」
 思わず答えた後に長い黒髪を揺らして自分に腕を絡める存在に気付いて、高天原は冷汗をかいた。
「そ、そういうあんたはどうなんだ!」
「私? 私はこの世の美しい男女、皆を愛しているよ。──ところで私なんてどうだろう? ふふ、皆まで言わずともわかっているさ」
 エスは芝居がかった仕草で妖艶に笑った。中性的な姿、声。細かな息遣いの聞こえる距離に高天原は眩暈を感じた。
 高天原個人はそもそも男女交際の経験がないから恋だの恋人だのはよく分からない。ただ──多少なりとも共鳴した真龍寺の感覚に引っ張られてはいるが──、「自分が居ないとダメだ」と思える相手がそうではないか、と考えている。黒髪の美しいエスは──どうなのだろう?
「が、ガキだからってからかうんじゃねーよ!? だいたい相手が居るならソイツと一緒になれば良いだろうが! ……てか、アンタどっちだよ、男か女か……?」
 ふふっ、エスの漏らした楽しげな声に我に返った少年は慌てて密着する相手から距離を取った。

 メイナードは内心頭を抱えていた。
 ──言峰君はイデア程ではないにしろ小さいし、親戚とかにしか見えないだろうし……。
 更にリンクしたメイナードの腕からはイデアの不機嫌オーラをビシバシ感じる気がする。
「ねえ? パパ?」
 メイナードの逞しい腕に抱きついたエストレーラの声に、ドアの前ですれ違ったカップルが目玉が飛び出るほど見つめてきて、メイナードは自分の巨人のような身体を消してしまいたくなった。
「結婚式はチャペルにしようね? パパ?」
「わたしとおじさんの席には隣同士にしてくださいね。ところで、あなたの結婚相手はもうお決まりなんでしょうか。年齢の割に早いですね」
「子供は何人ほしいかしら?」
「そうですね! わたしの子供ならきっと可愛いからたくさん欲しいと思います。ね、おじさん?」
 喋る義手とエストレーラの愉快な会話を右から左に聞き流し、なるたけ心を無にしながら、メイナードは思った。
 ──たぶん、オウムはここへは来ないだろう……。
「あら、ワタシだってたくさん恋してきたのよー」
「そうか、すごいな言峰君は」
「プロポーズだってもうたくさんなのよー」
「時代は変わったなあ……」
「え……すごいですね……」
 橋を渡りながら、ふとメイナードはエストレーラを見た。腕にぶら下がって楽しそうに語るエストレーラはもうイケナイ恋人と言うより──本来の意味での──パパが大好きではしゃいでいる子供のようで……、思わず、優しい笑みがこぼれた。
「しかし、仕事はしないとな」
「パパには何か恋の話はないのー?」
 くりくりと瞳を好奇心に輝かせるエストレーラにメイナードは困ったように口を閉じた。未だに従魔は来る様子はない。
「──従魔も来ないようだし、仕方ないな。昔話をするとしようか」
 目の前の樹を見上げながら、彼は重い口を開いた。
「とはいえ、おじさんは結婚した事も無いし、最後に恋人を作ったのは最早20年以上前だ。軍に入ってからは出会いもめっきり減ってしまって、H.O.P.E.に所属する30半ばまでそういう話は全く無かったな」
 エストレーラとイデアが神妙に沈黙したことに、メイナードは気付かなかった。
「エージェントのサポート役として彼らに付いて駆け回っている内に、その内の一人の少女に懐かれてしまってね。恋人とかそういうのではなかったが……まぁ気立てのいい優しい子だったし、私もまんざらでも無かったよ。今思えば、度々ウチに遊びに来ては掃除や洗濯して帰ったり、彼女の買い物に付き合ったり……幸せな日々だったよ」
 さっきまであんなに刺々しくエストレーラを牽制していたイデアは何も言わない。
「普遍的な幸福というのは、ああいう事を言うんだろうね」
 エストレーラの紫の瞳が凪いだ海のように静かな光を湛えた。
「その子はどうなったの?」
「……はは、判るだろ?このご時勢、珍しいことじゃない。ましてや、エージェントなんて危険な役目を担う者なら尚更ね」
 メイナードのリンクした紫の瞳が寂しそうに光った。

 リンクしたシールスとニアが扉を押し開けると、そこは美しい庭園だった。湿地の上の鮮やかな緑、その中に小さな花が咲き小川の透明なきらめきが星のような光の輝きを生む。奥の大樹へと続く行き止まりの小洒落た橋だけの部屋。けれども、美しく心騒ぐ空間でふたりは思わず無言になった。
「相手は飛べるから、カウンターを狙って戦う感じだね」
「狭いから僕はグランツサーベルで攻撃だね。お客さんが怪我をしたらそちらを優先してケアレイするし、あとはニアさんに優先使用かな」
「……」
「……」
 微かに頬を赤らめながら、シールスが軽く咳払いをした。
「敵は背後から襲ってくるから、向かい合った状態で会話するのが最善かな」
 彼の言葉に、橋の上でふたりは向かい合う。小川のせせらぎが静けさを余計意識させて、意味無く胸が高鳴った。
 ──恋の語り合い? 恋人とは!? どのようにどうやって語るのです!?
 普段の戦いよりずっと激しく動揺する心を抑え、暑いわけでもないのに首の後ろを流れる汗にシールスは必死に耐えた。
「──僕はまだ恋人とかできたことがないし、アンダーは恋とか全然知らないから、ニアさんやルーシャさんが教えてくれれば助かります……」
「……恋かあ。語れるほど経験が無いんだよねえ。あ、理想の話だったらいくらでも話せるよー」
 話し始めたニアにシールスは少し安堵の息を漏らす。
「やっぱり、彼氏にするならカッコイイ人がいいよね!」
「カッコイイ……少なくとも容姿は僕はカッコよくないなぁ」
 女性と見間違われる自分の姿を脳裏に描いて、シールスは少し落胆した。しかし、そんな彼を励ますようにニアは続ける。
「んー、容姿もそうだけど、頼りになるって意味でカッコイイのが一番!」
「ふふ、頼りになるのはこの依頼で少しは見せておきたいな」
 くすぐったそうに笑う緋色の少年の姿に、ニアは少し目を見開いた。そして、慌てて途切れかけた言葉を繋ぐ。
「……えっと、シールスくんにとって、理想の恋人ってどんな存在なのかな? そうだ、好みのタイプとか聞いちゃっても大丈夫?」
「僕にとって恋人とは、特別な存在で、喜びや悲しみを分かち合ったり、お互い絶対に信じあい、愛を育む……そんな存在だと思います。好みのタイプは……髪が長くて明るい人かな」
「ふむふむ。髪が長くて明るい……じゃ、わたしは合格だね!」
 朗らかに笑い合った後、はたと互いが言葉を失う。
「あ、あとは……え、えと、これは『もし』ですけど、もし僕が恋人ならどんなことがしたいですか」
「シールスくんがわたしの恋人だったら……?」
 言葉を繋げるために飛び出したシールスの問いに、一度言葉を切ったニア。気まずさにシールスはどっと汗をかいたが、意外にも彼女は穏やかに優しく笑いかけた。
「んーとねえ……わたし、好きな人と一緒に街を歩くのが夢なの。手を繋いで、いろんなことをお話ししながら、のんびりお散歩する感じ? デートとしてはちょっと地味だけど、絶対楽しいよ! とっても幸せで、すっごく大切。そういう時間を共有できたら素敵だよね!」
 笑ったニアの顔に黒い鳥の影が過ぎった。


●従魔
「……はっ、来やがったか!」
 甲高いオウムの声に、高天原は空を見る。
「おかしいね、こちらへは来なかったようだ」
 そりゃあ、そうだろう……というツッコミを高天原は胸の中で留めておいた。
「戦いに関しては私の力などはたかが知れているだろう。だが何も拳を用いるだけが手段ではない」
 呟いたエスの言葉に、高天原がニヤリと笑う。
「ま、従魔はこっちには来ないみたいだしな」
 扉の向こうには一般客がまだいるはずだ。関係者とは言えあのシスターも。
「従魔だと気づかれる前に避難させる。ヘタな噂をされてこの場所の悪評が広まってはいけない。ここは恋人達がその尊い想いを育む場所なのだ。マスコミなどと言った余計な茶々は不要であろう」
 エスの言葉が終わらないうちに、高天原はドアを開けて室内に駆け込む。次に並んでいた恋人たちが驚く。続けて出てきたエスがふっ……とふたりに笑いかけた。
「おっと今はドラマの撮影中でね。主人公が怪鳥から恋人を守る……というシーンだ。悪いが別のルートまで案内しよう。キミたちの逢瀬の邪魔はしたくはないからね」
「ええっ、お姉さんたち役者なの!?」
「サイン貰ってもいいですか?」

「あぶない!」
 咄嗟にニアを庇ったシールスの頬にオウムのとがった爪が赤い線を引く。
「シールスくん!」
 傷を拭わずにグランツサーベルを抜き放つ。そんな少年の姿にニアも剣を構えた。カウンターを、と焦る気持ちを抑える。
「大丈夫? シールスくん。……痛い思いをさせてごめんね。ありがとう」
「こんなの、平気だよ。だって、ニアさんを守れたんだから」
 少女のようだったシールスの横顔が急に頼もしく見えて、ニアは少し笑った。
「シールスくん、カッコイイよ!」
 しかし、斬り付けた剣先から羽を数枚散らしてオウムが逃れる。速さが足りない、とニアはほぞを噛む。オウムはふわりと仕切りを飛び越えた。
「ねえ、パパ。プレゼントはオウムなんてどうかしらー」
 きらり、エストレーラの手から放たれた六つの光が二羽のオウムのうち、一羽へと飛ぶ。
「それはいい案だな!」
 空を見上げたメイナードのスナイパーライフルが乾いた音を立てて火を噴く。一羽のオウムが弾丸を受けて落下した。
「パパすごいのねー!」
「言峰君のリクエストだろう?」
 エストレーラは少し悔しそうにふらふらと仕切りを越えて逃げていくもう一羽のオウムを見送った。あちらは確か……。
 従魔の憑いたオウムは傷ついた羽を休めるように、ふらふらと橋の上に着地した。開いた扉を乾いた目で確かめて、ちょんちょんと数歩歩いてから扉に向かって羽ばたいた。
「そら、人の恋路を邪魔する馬鹿は……って、よく言うだろ? 馬に代わって蹴りくれてやるよ!」
 扉を潜った瞬間、待ち構えていた高天原の大剣がその体目掛けて振り下ろされた。切断されずに叩き落されたオウムは床の上で伸びたが、すぐにふらふらと体を起こし、不思議そうに一度頭を傾げてから庭の方へ戻って行った。
「撮影終了ー! もちろん、オウムは無事だ」
 エスの声に、遠目に見ていたギャラリーから歓声と拍手が起きる。
「……はあっ、終わったのかな?」
「ああ、上等だ」
 リンクを解いた高天原が扉の陰にへたり込む。隣で真龍寺が満足げに、何も知らずに「すごい」を連呼する何も知らないギャラリーの恋人たちを見て、唇の端を上げて笑った。
 撮影だと思い込んでるギャラリーをシスターたちに任せ、エスと縁もその場を離れてリンクを解いた。まだ聞こえてくる楽しそうな声のする方を眺めていた縁が抑揚の少ない声で尋ねた。
「そういえば主様には恋人、はいないのですか?」
 縁の問いにエスは目を丸くする。そして、少し笑った。
「ん……昔そんなような奴がいた気がするよ。……キミのように無愛想で不器用な奴だった」

●信仰とは
「シールス様。女性は繊細な生き物よ。恋する乙女なら尚のこと。表面だけを見て、お相手を知ったつもりになってはいけません。恋愛では、パートナーの全てを受け入れる覚悟と度量が試されるの。そのことをお忘れにならないように。よろしくって?」
 案内された教会の中のシスターたちの控えの間で、シールスはルーシャの熱い恋愛講座を受けていた。エストレーラや高天原、イデアもなんとなく静聴の姿勢で座らされていた。
「確かに自分にとって嫌な部分が相手にあっても、その全てを受け入れる度量も必要ですよね。肝に銘じておきます」
 シールスが返事をしたちょうどその時、部屋の扉が開き、満面の笑みのシスターが現れた。
「ああ、皆様ありがとうございます!! 謝礼は後で会社の方から振り込ませて頂きますね」
 お礼を言うシスターの可愛らしい笑顔を見ながら、ふとエストレーラは尋ねた。
「ところで、シスターさん。シスターさんのお相手は神様なのー? ここで働いている人が独り身なんてことはないよね?」
「あら」
 ふふっと彼女は柔らかく笑った。
「これは制服ですのよ。こちらオフレコですけど──いつもカップル爆発しろって思ってます、ふふっ」
「この教会は」
「商業施設です。皆様のご愛顧と想いの力によってカップルの成立率と成婚率は年々上がってますけど、そもそも、ここにふたりで来る時点でお察しですわよね?」
「──所詮、信仰とはそんなものだ」
 にっこり笑顔のシスターの返答に、思わず漏らしたキュベレーの呟きが一同の胸にやけに重く響いた。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • 守護者の誉
    ニア・ハルベルトaa0163
  • 色鮮やかに生きる日々
    西条 偲遠aa1517

重体一覧

参加者

  • 守護者の誉
    ニア・ハルベルトaa0163
    機械|20才|女性|生命
  • 愛を説く者
    ルーシャ・ウォースパイトaa0163hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 希望の守り人
    シールス ブリザードaa0199
    機械|15才|男性|命中
  • 暗所を照らす孤高の癒し
    99aa0199hero001
    英雄|20才|男性|バト
  • エージェント
    言峰 estrelaaa0526
    人間|14才|女性|回避
  • 契約者
    キュベレーaa0526hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • 危険人物
    メイナードaa0655
    機械|46才|男性|防御
  • 筋肉好きだヨ!
    Alice:IDEAaa0655hero001
    英雄|9才|女性|ブレ
  • ブケパロスを識るもの
    高天原 凱aa0990
    機械|19才|男性|攻撃
  • エージェント
    真龍寺 凱aa0990hero001
    英雄|27才|男性|ドレ
  • 色鮮やかに生きる日々
    西条 偲遠aa1517
    機械|24才|?|生命
  • 空色が映す唯一の翠緑
    aa1517hero001
    英雄|14才|男性|ドレ
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