本部

小さなテーブルの大冒険

チャリティマスター

形態
ショート
難易度
易しい
オプション
  • duplication
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/06/25 14:32

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掲示板

オープニング

●ルーズなAGWの研究者の失敗

「とても難しい依頼です」
 オペレーターは眉間に皺を寄せて深刻そうに語り出した。
「まず、この事件には愚神も従魔もヴィランも居ません。戦う相手は人形です」
 そう言って彼女はテーブルの上に何枚かの写真を広げた。そこには昔からよく見る玩具の兵隊が大量に写っている。
「戦地は……テーブルの上です。朝食にデザート、籠に入った取れたて野菜、それから端に裁縫道具と筆記用具、本などが積み重なっております────他に、何かありましたっけ? 博士?」
 棘のある声に、声を掛けられた人物は頭を掻きながら笑う。強めのくせ毛で分厚い眼鏡をかけた背の低い男で丈の短い白衣のようなものを羽織っていた。
「ええっと、そう言えば、フラワーアレンジメントの練習をしていて、庭から摘んで来た花が大量にある。もしかしたら、虫も居るかも」
 エージェント側からオペレーターのお姉さんの額がピクッと動いたのがよくわかった。彼女はそれでも辛うじて冷静さを保ちながら、エージェントたちの方へ再び向き直った。
「こちらはジョン・スミスさんです。家庭菜園の片手間にAGWの研究をされています」
「えっ、それって逆じゃない!?」
 氷のような声音のオペレーターの言葉に、ジョン・スミスはへらへらと笑う。その瞬間、たぶんバナナで釘を打てるほどに体感温度が下がった。
「いやあ、ちょっとAGWの装置を実験していたらさ、リビングがちょっとおかしくなっちゃったんだよね。僕は慌てて逃げたから大丈夫だったんだけど────ちょっとさ、僕の作った指輪型AGW装置を探してくれないかな? 見つけてくれたら、ブルーベリーとサクランボのスイーツおごるからさ」
「ご自宅を売り払ってでも報酬は支払って頂きます」
「えー、そんなあ」
 ジョンは呑気に笑い、机の上で笑顔のオペレーターの掌がぐっと握りしめられた。



●小さなエージェントたち

 ジョン・スミス氏のリビングはとても広く、雑多な小物が多いもののそれなりに片付いた居心地の良さそうな空間だった。一枚板のアンティーク調のテーブルも十人くらいは座れそうな大きさで、唯一散らかったそのテーブルには入り口側から見て端から取れたての野菜、切り花、筆記用具、本、裁縫道具と並び……、和食と洋食の混じった食事、デザートと並ぶ。これらは早朝からジョン氏が用意したものであり、食事もデザートも食べれるものではあるがすでに数時間経って居る……はずなのだが、AGW装置の暴走で作られた不思議な空間であるせいか、AGWが発動した時から時間が止まっているようで、まるで作り立てのように湯気まで立っているものもある。
「ずいぶん、食事の量が多いですね」
 現場であるジョン・スミス氏のリビングを窓から撮影した映像を見て、オペレーターが呟く。
「近所の子供たちと一緒に朝ごはんを食べる予定だったからね。もちろん、子供たちには事情を話して約束の日は変えて貰ったんだけど」
「こんな大人と交流を持つ子供たちが心配です」
 スクリーンに流れるリビングの映像は普通のリビングである。すると、スクリーンの中にジョン・スミス氏がカメラに向かってにこやかに笑って現れた。彼は庭からリビングへ直接通じるドアに手をかけた。
「問題は、ここからです。見て下さい」
 ドアを開けると、突然、彼の姿は消えた────いや、違う。急にカメラが開いたドアの下、玄関マットをズームアップした。
「どう? 可愛いでしょう」
 ────スクリーンに映ったのは2.5頭身ほどのアニメっぽい外見のフィギュアだった。……いや、そのフィギュアは自分の意思で動いており、手元の人形サイズのリモコンを扇子のように振り回している。そして、その外見はジョン・スミスの特徴をよく捕らえていた。
「僕が作ったAGWの指輪は周囲の敵を小さくする武器の予定だったんだけど、どうやら僕のリビングに入った人をこのキュートな小人さんにしてしまうようだねえ」
「敵のアーミー人形も、そのAGWの副産物ですか?」
 オペレーターの言葉に、彼は笑った。
「ああ、あれは僕の家の害虫駆除用ロボット! 可愛いからたくさん作ってちゃってねえ」
 バキリ、オペレーターの手元でボールペンが二つに折れた。

解説

ステージ:横長の大きな机の上
入り口から入ったエージェントたちは下記のゾーン順にテーブルの上を移動することになる。
野菜:にんにく、ピーマン、ブロッコリー、ナス、キャベツ、青虫、モンシロチョウ、バッタ
切り花:紫陽花、薔薇、カタツムリ
筆記用具:一般的な筆記用具と製図に使うものがある
本:分厚い本が山になっており、登山が必要。本の種類は多種多様だが家庭菜園の本が多い
裁縫道具:一般的な裁縫道具、針山の近くに針が放置してあり注意
和食と洋食の混じった食事:ご飯、納豆、めかぶの味噌汁、豆腐、オムライス、ミネストローネ、ミートソーススパゲッティ、食器
デザート:ブルーベリージャムとチーズ、ブルーベリーとサクランボのレアチーズケーキ・カップケーキ・パウンドケーキ
※AGWが発動した瞬間より時間が止まっているのか進みが遅いのか、食べ物野菜などは出来たて取れたてのままである。もちろん、食べてもいいし、ケーキの中に入ってる可能性もある。文中に明記していない物でも、そこにあるのが適当と判断されるものは使ってもいい。

敵:アーミー人形
時折現れるアーミー人形。
害虫退治用のアーミー人形でBB弾で攻撃・邪魔してくる。ある程度ダメージを受けると倒れるが、粉砕されない限り、事件解決後、ジョンによって復活可能。

状態異常:2.5頭身のアニメのような見た目のフィギュアのような姿になる。
ちょっと頭が重くてよろよろするけれど、大体の動作は普通通り。共鳴しないとスキルは使えないが、共鳴しなくともテーブル上にあるものでアーミーや虫は撃退できるだろう。同時に話せる特別製のライヴス通信機(人形サイズ)を貸し出されている。

AGWの指輪:元凶の指輪。時計のようなものが付いた指輪で縮んだエージェントのベルトサイズ。
真ん中のボタンを押せば止まり、全員は元のサイズに戻る。

リプレイ

●小さな冒険へ

 こじゃれた感じのイングリッシュガーデンを見回して、北条 ゆら(aa0651)はパートナーのシド (aa0651hero001)を振り返った。
「ひさびさのジョン・スミスさんだぞ。シド」
「ああ、あの最初の依頼……」
 何か思い出したのか、シドは顔をしかめた。
「今回は何をやらかしたんだ?」
 あの時は、秋野菜を巨大化させてのたうつヒドラにしていた。
「小人になれるらしいよ!」
「お前は、何を生き生きと嬉しそうに……」
「だって、小人だよ。ファンタジーだよ。おっきな家具にケーキだよ。冒険するしかないでしょー!」
「……冒険……とは、そもそも何なのか……」
 もぐら叩きの如く打ち下ろされてくるナス、倒壊するトウモロコシ、のたうつミミズの────あまり愉快ではない記憶がシドの脳裏に過る。

 窓からリビングを観察してたバルタサール・デル・レイ(aa4199)は、やけに長くて散らかったテーブルを見て、面倒そうだな、と思った。
「近所の子供からドローンかラジコンを借りられないか?」
 ジョンか子供に庭から操作して貰ってテーブルの上を移動した方が楽に回ることができるのではないか、そう思ったのだ。パートナーの紫苑(aa4199hero001)が口を開く。
「君も大概、ものぐさな人間だね」
「効率的だと言ってくれ」
「効率と言えば。何だかみんな共鳴しない流れみたいだし、僕らも流れに従って楽しんでみようか」
「あ゛あ゛? 遊びじゃないんだぜ?」
 眉をしかめたバルタサールだったが、紫苑と結んだ誓約を思い出し、ため息を吐いた。
「タリぃな、まったく……」
 一方、ジョンはへらへらと笑いながら軽く言った。
「ラジコンなら僕が持っているよ。アーミー人形に操作させようと思ったやつなんだけどね」


 ドアを開けた瞬間、エージェントたちはみるみるうちに縮んでいった。さらに全体的にぽってりと丸みを帯びた愛らしい姿に変わっていた。身体の中で一番大きな頭とか、ちんまりとした掌より大きくて顔の大部分を占めている瞳とか────3Dアニメーションとデフォルメに慣れた現代人の感性のせいか、とってもキュートである。

「わあ、凄いですね!」
 映像で事前に観てはいたものの、歓声を上げたのは唐沢 九繰(aa1379)だ。いつも元気いっぱいのきらきらとした瞳は顔に比べてずいぶん大きかったが、やはりとても愛らしかった。
「うーん、これは……!」
 彼女の膝から下の機械化部分もデフォルメされているが、もちろん、きちんと機能している。
「……機械を小さくできれば、複雑な機構が小さなボディに収まるなあ────でもでも、ライヴス消費が激しそうだから燃費が」
 機械工学やライヴス技術に興味のある彼女は小さくなった仲間たちを見回して、はっと目的を思い出す。
「それじゃあ、さっそき行きましょう!」
 勢いよく駆け出す九繰。彼女の英雄、エミナ・トライアルフォー(aa1379hero001)がそれを止めようとしたが間に合わなかった。
「うわわわ」
 大きく重たくなった頭せいでバランスを崩して、九繰はびたーん! と前のめりに転んでしまった。
「あいたたた……」
 九繰のデフォルメされた顔が顔文字の『(>△<。)』のような表情に変わる。
 ぶつけた鼻を押さえながら起き上る九繰に、小さくなっても表情の変わらないエミナは、
「慣れるまではゆっくり行動しましょう。すぐに慣れるはずです」
と提案した。彼女の右手の甲の感情表現用のディスプレイに、『ε-(´―`*)』と呆れ顔が表示される。

「テーブルの中での大冒険……小さくなると、普段の世界も全然違ってきますよね」
「……こんなに物がごちゃごちゃと散乱したテーブルを見るのは初めてだぞ」
 感激する七森 千香(aa1037)。隣にいるアンベール(aa1037hero001)の無表情なツンとした顔も愛らしくなっており、黒狼の耳はふさふさした愛らしい猫耳のよう。
「うわ、ほんとに小さくなったよ。はは、映画みたいで面白いね」
「また面倒な物を……」
 皆月 若葉(aa0778)は小さくなったラドシアス(aa0778hero001)を見て笑い、ラドシアスは思わず頭を抱え……ようとしたが、頭が大きく手が届かず、ちょんとほっぺたの辺りを触れるにとどまった。こころなしか頬がふにっとした。
 そんなわきゃわきゃするデフォルメされた若者たちの中で、イケメン可愛いイケかわな姿になった紫苑はずりおちそうな、かつぎを両手で支え────と言っても手が耳の辺りまでしか届かないのだが────、相棒を見た。
「その頭身、可愛いよ」
「うるせえ黙っとけ」
 麻薬カルテルの元幹部。苦み走った四十八歳、目的の為には手段を選ばない男バルタサール。かけたサングラスが目元を隠していたため多少救われた感があるが、濃い丸いサングラスはやっぱり掌より大きなまん丸メガネ。ちっちゃい手足でお髭の生えたシブかわ! 状態。彼らの誓約────『紫苑を退屈させないこと』は、恐らくその姿を思い出すだけで、しばらくは何もしなくても果たされるのではないだろうか。
「皆さんとてもカワイイですね♪」
 同じくサングラスをかけた笹山平介(aa0342)が少し色の薄いレンズの下で笑顔を浮かべる。やっぱり彼のサングラスも大き目で、平介はそれを両手でちょっと直した。この形態は耳が小さいので、眼鏡はフレームで巨大な頭を挟む形で使うらしい。バルタサールはそれを見て自分のサングラスの位置を指先が届く範囲でちょんちょんと直した。
「平介……行くわよ」
「京香さんー! ルゥちっさくなってるんだよー!」
 銀髪を揺らした柳京香(aa0342hero001)に嬉しそうに声をかけたのは、幼い友人のザフル・アル・ルゥルゥ(aa3506hero001)だ。元々無邪気で愛らしい少女は大きなリボンとピンクの髪を揺らし、パタパタと京香の元に駆け寄って「平介さんと京香さん、よろしくなんだよ!」とハイタッチ、しようとして手が届かなくてワタワタした。ちょっと屈んで、短くデフォルメされた自分の手を差し出す京香、平介。ぺちん。
 ぱあっとルゥルゥが更に笑顔になる。ハートを大砲で撃ち抜くレベルの愛くるしさが京香を襲う。
「が、頑張りましょうね♪」
 ────皆かわいいけど今はダメ……集中。
 ふるふる。可愛いもの好きの京香はちいさく拳を握って、仕事に意識を向けた。偉い。
「鵜鬱鷹さん、ルゥルゥさん小さくてかわいいですね♪」
「俺、平介くんなら養ってくれるんじゃないかと思っているんだよね。なんなら、京香くんでも……いや止めておこうか……」
 平介に対していつものノリで答えた鵜鬱鷹 武之(aa3506)は、途中で何かを察して口を閉じた。



●植物の森

 ちいさな鼻を両手で抑えて、ニンニクの山の前をとたたっと走り過ぎると、エージェントたちは巨大野菜の森に入り込んだ。ちなみに、バルタサールと紫苑は開けっぱなしの玄関から入って来たラジコンヘリに乗って空を飛んでいる。床上からテーブルの上までは登攀する予定だったが、エージェントたちはヘリからジョンの靴紐を垂らし、それにしがみ付いて移動した。
「良い野菜ですね♪ おいしそうです♪」
「この中にもあるのかしら……」
 キャベツをめくり指輪を探す京香。
「ね、武之! みんなおっきくてたのしーだよ!」
「あー……なんだってこんな事に……指輪とかいいから誰か養ってくれないかな?」
 ルゥルゥに手を引かれながらポテポテと歩く三十六歳。頭の上でデフォルメされた狸の耳が丸くちょこんと存在をアピールしているが、気にせず通常営業だ。

「普段もかわいいけれど、小さくなったサーヤもかわいい……。もちろんわたくしもですよね、ね、サーヤ?」
「うん、美鶴ちゃんも人形みたいで可愛い」
 お嬢様然とした一花 美鶴(aa0057hero001)も、清楚で可愛らしい2.5頭身になっていた。うんと頷いた九十九 サヤ(aa0057)は夢見がちな瞳で周りを眺める。
「なんだか昔よんだ絵本の世界みたい。山みたいに大きなケーキを食べるのって夢だったな……、食べてみたいな」
 すると、後ろを歩いていた千香が力強く同意した。
「このわちゃわちゃ具合、いっそおとぎ話のアリスのようで……とっても素敵!」
 仏頂面のアンベールを気にしながら千香は続けた。
「不思議な指輪を求めて……って、なんだかとっても、ファンタジー!」
 千香の言葉にサヤ、美鶴も同時にきゃっきゃと笑い合った。少女たちは気が合ったらしい。
 諦めて浮かれていると自覚した千香がアンベールを盗み見ると、彼は指輪を探しながら「あほみたいに動きづらい」とひとりごちた。

 採れたてキャベツの葉は花弁のように渦を巻いていた。その上をひらひらと翅を羽ばたかせて飛ぶ灰黒色の斑点を持つ白い蝶を見て、美鶴は頬を緩める。
「あら、モンシロチョウもかわ……きゃああああ、大きな青虫!」
 葉を毟っていないふわふわしたキャベツの葉っぱを押し上げて、青虫がこんにちはした。サイズは美鶴やサヤより少し小さいくらいである。
「わあ、おっきいですね!」
「私たちが小さいだけではありますが」
 九繰とエミナの横で美鶴は落ち着かなそうに辺りを見回す。
「い、いえ虫差別をするわけではないけれど、こうなんだか手足なく動くのが……」
 その時、凄いスピードで何かが飛んできた。エミナがそれに対して、素早く足元に転がった千切れたキャベツの葉を蹴り上げて盾のようにかざした。あまり威力のあるものではないらしく芯の部分がそれを弾いたが、衝撃でエミナはぺちゃっとしりもちをつく。
 コロリ……と転がるのはオレンジのBB弾だ。
「私たちは虫ではありませんよ」
 噂のアーミー人形にエミナは先程のBB弾を投げ返した。
「どうしてアーミー人形がこちらを襲ってくるのっ、わたくし達は害虫じゃないわっ」
 美鶴が抗議をするが、もちろん人形たちは聞いてはくれない。
 敵の攻撃をブロッコリーの陰で避ける九繰。ブロッコリーの隙間にポスポスとBB弾がハマる。九繰はブンと脚を上げ反撃を試みたが、ざんねん、大きくなった頭の重さで後ろに転倒しかけた。
「っとと……他の攻撃手段を考えないと無理ですね! とりゃー!」
 大きな頭を生かして人形を押し倒して馬乗りになる九繰。
「ふっふっふ、どこからいきましょうか」
 中の仕組みを調べるべくウキウキと人形の外皮に手をかける。
 一方、サヤはのんびりむしゃむしゃとキャベツを食べている青虫を見て小さな眉を八の字にした。エージェントたちが当たっても大怪我はしない程度の攻撃だが、ふっくらした青虫にはダメージがありそうに見えた。
 ────虫にはびっくりしてしまったけど、目の前で倒されるのはちょっとかわいそう……。この子達もBB弾の攻撃から助けてあげないと。
 かと言って、アーミー人形も壊したくない。射線から敵の位置を確認しつつ、決意を胸にサヤは美鶴とアイコンタクトを取る。何かを察したパートナーは小さく肩をすくめた。
「こちらです!」
 パタパタ、小さな手を振りながら青虫とは反対方向へ飛び出したサヤ。美鶴は共鳴しようとその後を追って走りだした。
 人形たちもBB弾を発射しながら、見慣れない侵入者の後を追う────すると。
 べちゃっ。赤い物体が人形たちを次々と沈めていった。
「いける。いけるぞー!」
「落ち着け。あんまり壊すとジョン・スミスが泣くぞ」
 ポンポンとバレーのトスのように、今の身体では一抱えもあるミニトマトを打ち込んでいるのはゆらだ。隣ではシドがゆらに渡す次弾のミニトマトを抱えて待機している。
「バッタ!」
 流れ弾に驚いて飛び出した何匹かのバッタ。これ幸いとエージェントたちは捕獲し背中に跨る。エージェントを乗せたバッタたちはぴょんと高く飛び上がった。
「……アンベールさん、虫って、大きいと意外とかわいいです」
「……おう」
 バッタに必死にしがみ付きながら嬉しそうに言う千香に、アンベールはただ頷いた。


 野菜ゾーンを抜けて、隣の切り花ゾーンをしばらく歩く。ぴょんぴょんと跳ねるバッタの上からも指輪を探すのも忘れない。
「小さな生き物に乗るのが夢だったのー!」
 紫陽花の上を跳ねるバッタの上でゆらが嬉しそうに叫ぶ。
「平介くんも楽しそうだね。京香くんはどうしたんだい? 何か気になる事でもあったのかい?」
 武之の言葉に、京香の唇が呟きを漏らす。
「キレイ……」
 こんもりとした紫陽花はあちこちでちいさな花の山を築いていたし、朝露を浮かべた薔薇は美しいだけではなくうっとりとする強い香りを放っていた。
「京香……」
 平介の声にはっと我に返った京香は軽く咳払いをして、微かに赤くなった頬を隠すべく前を向く。
「行くわよ、平介!」
「はい♪」
 にっこりと笑った平介。すると、今まで傍に居たはずのルゥルゥと武之の姿が消えていることに気付いた。彼らが乗っていたバッタは身軽な状態でぽーんとテーブルから飛び降りていく。
「かたつむりさんに乗せてもらうんだよー!」
 声と共に、かたつむりに跨る楽しそうなルゥルゥと面倒臭そうな表情の武之が現れた。しかし、かたつむりのスピードは時速3.6m程度である。「かたつむりライダーだよー」と楽しそうなルゥルゥ。はしゃぐ彼女が落ちないようにか成り行きか後ろに座った武之の頭にポコポコと流れBB弾当たった。ぽろりと零れたBB弾に殻を叩かれたカタツムリは殻の中に退避してしまい、動かなくなった。残念そうな顔をしたルゥルゥを武之は引っ張ってBB弾の雨から逃げ出した。怪我はしなくても無駄な痛みに耐える趣味は無い。



●筆記用具は忘れずに

「よく見る道具だけど、サイズが違うと全然違う物に見えるね」
 消しゴムを重ねた階段に登った皆月はペン立ての中を覗き込む。暗くて見えない。
「鉛筆ってこんなに長かったっけ!? ……結構疲れるね」
 上から鉛筆やペンを引き抜くのは意外に重労働だったが、汗を拭き拭き、ラドシアスと協力して何本か抜き出す。
 粗方抜き出し、残ったハサミを見上げたところで英雄はポツリと言った。
「……ペン立てを倒した方が楽じゃないか?」
 皆月は無言で消しゴムタワーから飛び降りると、ふたりでタイミングを合わせて勢いよくペン入れを蹴り倒した。しかし、残念ながら埃と鋏が飛び出しただけであった。
 気を取り直し、今度はインク壺をぐるぐるとかき混ぜる。
「さすがにここにはないかな?」
 ペチャ!飛び出した黒インクを紙一重で避ける。次はクリップケースだ。プラスティック定規で弾みをつけて中に飛び込む。
「……は!? 中に足場がない……出られない!?」
 クリップケースの中からの響く呆然とした声に、ラドシアスは頭を抱えた。
「……考えてから入れ」
「助かったよ、ありがとー」
 差し出された手を掴みながら、クリップをあちこちに付けた皆月はなんとか這い出した。
「このテープのこの部分、よく色んな物が隠れてるんだよね」
 今度は据え置きのテープカッターを覗き込む皆月。その後頭部がテープの粘着部分の下でゆらゆらしていて、ラドシアスはぎょっとする。幸い、声を掛ける前に何も知らない皆月は「無かったー!」と飛び降り、痛っとばかりに数本髪の毛を抜いただけで済んだ。
 次は缶のペンケースだ。とても一人では開かないそれを二人で協力して押し開ける。
「ただのペンケースが宝箱に見える!」
 ガチャーン! わくわく嬉しそうにペンケースを漁っている皆月を見て、ラドシアスは倒れた消しゴムに座った。
「……共鳴した方が楽だろ?」
「ラドと戦うなんて滅多にできないし、折角だから楽しもうよ!」
「……俺は楽な方がいいんだが」
 不愛想な英雄が唯一露骨に見せる『面倒』という感情がその顔にありありと表れていることに気付いた皆月は、ラドシアスにクリップを放り投げる。
「どっちが早く倒せるか勝負だ!」
「……俺に勝てると? いいだろう、たまには相手してやろう」
 顔を見合わせると皆月は無言でクリップを引き延ばし、ラドシアスは辺りを探し始めた。

 面倒そうな植物ゾーンをスルーしたバルタサールたちは、低空飛行させたヘリから手を伸ばし乱雑に置かれた筆記用具から束ねた麻紐と磁石を浚う。磁石を付けた紐を垂らせば指輪が金属だった場合引っかかるだろうという考えだ。
「ものぐさだね」
「見てろ」
 ────だが、ここは筆記用具ゾーンである。
 まず、大量のクリップが張り付いた。普通ならそれで済む。だが……ジョンの用意した磁石は無駄に強力なものだったらしい。次にシャープペンがごろごろと近付き……。
「──っ!!」
 バルタサールは慌てて麻紐を手放した。六十センチの金属定規がテーブル上で跳ね、その上に磁石はくっ付いた。
 パラパラパラ────メインローターの騒音に紛れて、紫苑がぽつりと呟いた。
「ヘリの機体にくっつかなかったのは幸運だったのかな」
 バルタサールは無言で高度を上げた。



●"ブック"クライミング&ソーイングアクション

 千香は思わず叫んだ。
「……大きい!」
 見上げたため、大きくなった頭の重さで後転しそうになるのをアンベールに支えて貰う。
「……本当に登山って言葉がしっくりくるな」
「頂上が全く見えません、が……ファイトです!」
 レッツ、"ブック"クライミング! とばかりに千香は登り始めた。アーミー人形からの攻撃に備えてアンベールは警戒しながら周囲を探索する。
 一方、ペンと定規を用いて平介たちは探索を行っていた。ルゥルゥと京香をプラスティックの定規で本の上へ弾き飛ばすのだ。ふたりが本の上を探す間に、男性陣二人が道具を抱えて本の下を走る。────本当は、鍛えた京香より武之の方が重量的に色々あったが、その事実は誰も口にしなかった。
「鵜鬱鷹さん、『せーの』で一緒に乗って頂けますか?」
「ルゥルゥ、しっかりつかまって」
「うん!」
 せーの!と男性二人が弾みを付けると、ルゥルゥと京香が空に舞う。
「きゃー! 京香さん、たのしーなんだよー!」
 嬉しそうに声をあげるルゥルゥと手を繋いだ京香は新しい本の山の上に着地する。
「わっ!」
 突然、空から降って来たルゥルゥと京香にびっくりした千香だったが、すぐに気を取り直して三人一緒に本の山の上から周囲を眺める。
 下では生真面目に指輪を探すアンベール、探すふりをしている武之、笑顔で手を振る平介。他の皆がそれぞれ楽しそうに探索してる姿が見える。
「……皆さんちまっとしていて、とてもかわいらしいです……」
 千香の漏らした感想に、京香は無言で頷く。千香は一緒に小さくなっていたスマートフォンで思わず景色をカシャリと撮る。
「危ない!」
 京香とルゥルゥに押しつぶされた千香の鼻先をBB弾が掠めていく。

「たまには剣もありだよね!」
 千香たちを狙うアーミー人形たちの前に立ち塞がったのは、クリップを伸した剣と三角定規の盾をかっこよく構える皆月、手榴弾のごとく画鋲を投げるラドシアス。皆月のクリップ剣が一閃すると、画鋲が他の人形にバラバラと降り注ぐ。
 しかし、アーミー人形たちも負けてはいない。物量作戦だと言わんばかりに、わらわらと本の陰から出て来る。
「ラド!」
 小さな黒板から失敬したマグネットを持った皆月とラドシアスはアーミー人形の傍を左右に走り抜け、同時にそれを手放す。するとマグネットは磁力に導かれてアーミー人形を挟み込む。
 皆月はぽろっと落ちたBB弾の弾薬と銃を拾い上げる。
「やっぱ使い慣れた武器はいいね」
 振り返り様に一体、アーミー人形の身体をBB弾で弾き飛ばす。人形の手から離れたその銃をラドシアスが掴み取る。
 そこへヘリの音が響く。
「こういう方が性に合ってるんだ」
 いつの間に手に入れたのか、銃を構えたバルタサールと紫苑の乗ったヘリが旋回する。優雅に銃を扱った紫苑のBB弾が、一撃必殺、人形を次々弾き飛ばした。
 感情の無いアーミー人形たちがなぜか焦ったように見えた。

 結果、透明なセロハンテープでぐるぐる巻かれた大量のアーミー人形たちが道具箱の中に並んだ。



●最後のご褒美
「おー、高い所に来るとよく見渡せるー。どこが一番怪しいんだろ……。わかんないや」
 裁縫道具ゾーンでゆらは剣に見立てた縫い針を勇ましく構えて、ソーイングボックスの上から辺りを見回した。
「ん?」
 針の付いた糸を鉤縄代わりにして登って来たのは人形たちの銃を背負った少し疲れ気味の仲間たちだった。
「あ、いい匂いですね」
 九繰の言葉に全員がそちらを見た。
 そこにはゆらゆらと湯気を立てた料理たちが並んでいる。

「おなか、すいたー。なんか食べたいなー」
 食事ゾーンに着いたゆらはふらふらとお茶碗に手をかける。ぴんと立ったお米が甘い香りを漂わせている。
「よせ」
「いいじゃない。小さい体で食べたって、たかが知れてるよ。いっただっきまーす」
 シドの制止の声を軽く振り切って、ゆらは米粒をひとつ取り、おにぎりのように頬張る。
「ふむふむ。噛めば噛むほど味が出るご飯粒ですねー」
「味噌汁のめかぶに絡まったりしてないか……?」
 ゆらのことではなく、もちろん、目的の指輪のことである。
「シドさん、真面目やねー」
「お前も働け」
「これでも探してるのよ。力を抜きつつ、仕事は抜かりなく、よ」
「……要領がいいのは相変わらずだな」
 意外とジョンの料理の腕がいいのはシドも知っている。
「あ、美味しい!」
 皆月もオムライスをつまみ、たまごの下のソーセージの欠片を齧りながら指輪を探す。

 お箸やフォークなどで料理を突き刺しながら指輪を探していたサヤと美鶴は遂にその料理へと辿り着いた。
 めかぶの味噌汁と納豆である。
「絶対にこの中に落ちたくはないですわ……」
 しかし、粘り気のあるそれらは二人だけでかき回すのはキケンである。困っているふたりの姿に何かを察した仲間たちが集まる。
 覚悟を決めた一同は小さく三角にちぎった紙ナフキンを鼻と口に巻いて、協力してお箸を使いぐるぐるとかきまわした。
 幸い、それらの中から指輪が見つかることは無かった。

「あそこが一番怪しいが……」
 シドがデザートが並ぶ一角を見る。
 並んだスイーツたちの眩い姿に、ゆらはため息をつく。
「元の大きさだったら、どんなにか喜ばしい空間だったでしょうにね」
 しかし、今の大きさではホールケーキは試練だ。
 だが、そんなことはルゥルゥには関係なかった。すごく嬉しそうにカップケーキに突撃して、レアチーズケーキの欠片をすくってぱくりぱくりと食べ始めている。
「みんなも、京香さんも一緒にたべよーなんだよ!」 
 食べ始めてしまえば、それはいくらでも入った。甘いけれどさっぱりとしたデザートたちは舌の上で溶けるようでさくさくとお腹に収まっていく。
「おい千香、このカップケーキうまいぞ」
「え、ほんとですか? わ、わ、おいしそう!」
 アンベールがサーベルで切り分け、中まで確認するアンベール&千香ペア。
「どこに、もぐもぐ……指輪が……もぐ……あるか、もぐ……わかりませんもの、もぐ、ね!」

「あ!」
 スプーンを動かしていたサヤが声をあげる。ブルーベリージャムの上に今の彼らのベルトサイズの金属の輪が浮かんでいる。
 べたべたしたジャムを拭き取った指輪を持って、一同はテーブルの上で記念撮影をした。
「かわいい思い出、ゲットです!」
 にこりとした千香。

 だが、周りのスイーツの陰からわらわらと出て来た人形に顔を強張らせる。

 ぽふぽふとBB弾がめり込むケーキの横、立てたスプーンの陰でさぼっていた武之はケーキを食べていないことを思い出した。
「ケーキか……それじゃあケーキの為に少し頑張るよ」
「はーい! ルゥ頑張るんだよー!」
 武之の言葉に、ルゥルゥはフォークを振り回して飛び出して人形を薙ぎ払う。武之は慌ててスプーンでルゥルゥに飛んでくるBB弾を弾く。
「ボタンを!」
 サヤの指輪のボタンを押そうとする九繰を慌ててエミナが止める。
「テーブルの上で元に戻ったら大惨事です」
 そう、いくら大きなテーブルと言っても十六人も居るのだ。
「じゃあ、飛びましょう!」
 誰かの声に一同はアーミー人形を振り切って、テーブルの端から飛び降りた。
 同時に、サヤが指輪のボタンを押す────。
「あ……」
 ────まとまって飛び降りたら、戻った時……。
 平介と京香が声をかける間も無く。



「楽しかったね!」
 身軽に着地したルゥルゥがにこにこと笑う。
 ぎりぎりで気付いた背の高い平介と京香は仲間を潰さないよう身を捻ったが、代わりに床に投げ出されて肩をや足をさすっている。
 そして。
「最悪だよ……誰か養ってくれよ」
 折り重なった大勢の仲間たちに潰された武之は情けない声をあげた。

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結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • いつも笑って
    九十九 サヤaa0057
    人間|17才|女性|防御
  • 『悪夢』の先へ共に
    一花 美鶴aa0057hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 分かち合う幸せ
    笹山平介aa0342
    人間|25才|男性|命中
  • 薫風ゆらめく花の色
    柳京香aa0342hero001
    英雄|24才|女性|ドレ
  • 乱狼
    加賀谷 ゆらaa0651
    人間|24才|女性|命中
  • 切れ者
    シド aa0651hero001
    英雄|25才|男性|ソフィ
  • 共に歩みだす
    皆月 若葉aa0778
    人間|20才|男性|命中
  • 温もりはそばに
    ラドシアス・ル・アヴィシニアaa0778hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • おとぎの国の冒険者
    七森 千香aa1037
    人間|18才|女性|防御
  • きみと一緒に
    アンベールaa1037hero001
    英雄|19才|男性|ブレ
  • Twinkle-twinkle-littlegear
    唐沢 九繰aa1379
    機械|18才|女性|生命
  • かにコレクター
    エミナ・トライアルフォーaa1379hero001
    英雄|14才|女性|バト
  • 駄菓子
    鵜鬱鷹 武之aa3506
    獣人|36才|男性|回避
  • 名を持つ者
    ザフル・アル・ルゥルゥaa3506hero001
    英雄|12才|女性|シャド
  • Trifolium
    バルタサール・デル・レイaa4199
    人間|48才|男性|攻撃
  • Aster
    紫苑aa4199hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
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