本部

存在証明/勇気の在り処

ららら

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/06/13 21:42

掲示板

オープニング

 予兆は、なかった。

 ――そう判断してしまうのは、もしかすると早計なのかも知れない。確かにあった何らかの予兆を、その場の誰も認識出来なかった、ただそれだけの話なのかも知れない。
 どちらにせよ同じ事だ。今、この瞬間に於いては。
 昼過ぎの商店街を、少女はスマートフォンのタッチパネルを弄くりながら歩いていた。危ないぞ、怪我をするぞと、担任教師から度々説教を喰らっていたが、簡易チャットアプリで級友とアルバイトの愚痴で盛り上がる少女にとっては些細な事だった。
 キャラクターもののカバーで桃色にデコレートされたスマートフォンの向こうに、うっすらと見えているアスファルトの道路が、不意に黒く滲んだ。ちょうどドライアイスが黒かったらこんな感じかな? というような黒い靄がいつの間にか自分の足元に漂っていた――何だこれは?
 不思議に思って視線を上げると目の前に死神が立っていた。
「――え?」
 それはフードのついた漆黒のローブに身を包み、裾から伸びる二本の腕が青白く、その細く筋張った手に恐ろしい大鎌を握っている……、ちょうど人々のイメージする『死神』の姿そのものだ。
「え……?」
 死神には下半身がなかった。代わりにあるのは長く伸びた百足の胴。おぞましい多脚が蠢きながら上体を支えていた。
 死神は当たり前のように、何の予兆もなく、唐突にその場所、商店街のど真ん中に立っていた。
「え……え」
 困惑した少女は周囲の反応を見回したが、突然の『死神』の出現に驚いているのは誰も彼も同じであった。唖然と、茫然と、当惑し、驚愕し、青ざめ――後退り――そして。
 『それ』が始まった。
「ahhhhhh―――――hhhh――――――hhhhhhhh――――――――――hhhh!!」
 住宅街に異様な悲鳴が響き渡った。凡そヒトの声とは思えぬ、複数の音声が歪に重なった悲鳴の不協和音(ノイズ)。
 これを聞いた者の悉くが『恐怖した』。苛烈にして激烈、だが不自然なまでに深い恐怖に身が凍る。顎が震える。涙を浮かべながら一人、一人と膝をつく……。
 最も死神に近い位置にいる少女もその一人だった。壮絶な恐怖に呑まれた少女は悲壮な顔で歯を鳴らし、今まさに絶望とは何かを本能で理解しようとしていた。
 同時に頭の片隅の冷えた部分で自分に用意された運命をどうしようもなく悟ってもいた。死神の悲鳴に与えられた強制的な恐怖により動く事も、声を上げる事も忘れてしまった無防備なこの身体の目の前には、大鎌という名の凄惨な暴力の象徴が存在している。
 少女の白い頬を一筋の透明な雫が伝った。

 ――立ち上がる者達がいた。

 単なる偶然だった。任務の帰りだったか、休日を謳歌する最中か。その場にいた理由は様々であろうが、恐怖に囚われた人々の中には『彼ら』がいた。
 死神のフードの奥に一対の深紅が灯る。その双眸が眼下で震える少女の姿を認めると、緩慢な動きで大鎌を振り被った。
 次の瞬間に訪れんとするのは、惨劇の手始めに贄とされる少女の悲痛な最期だ。
 だが――立ち上がる者達がいた。この絶望の前には『彼ら』がいたのだ。

 さあ、その存在を証明する時。

解説

○目的
 従魔の撃破・撃退
 一般人の保護

○状況
 商店街に突如死神のような従魔が現れた。
 従魔はスキルと思しき「悲鳴」により周辺の一般人に「恐怖」を与え
 これにより動けなくなっている彼らを殺害しようとしている。

 PCは偶然この場に居合わせた。
 開始位置は敵から5sq以上離れた位置であれば、自由に設定して構わない。

○フィールド
 昼過ぎの住宅街。敵は十字路の中央にいる。
 道幅5sq、道の長さは無限(実際は有限ですが、判定上無限として処理します)。
 「恐怖(後述)」に罹った一般人が疎らに存在。
 死神から2sq以内にいるのは少女のみ。

○敵情報
 死神(仮称)
 死神の上半身と、百足の下半身を持つ。大鎌(射程2)で武装。

(以下PL情報)
 二回行動。火力↑ 命中回避↓ 生命↑
 敵対者を優先して排除する。知能は低い。

・回転斬り
 自分中心、範囲(2)の攻撃スキル。

・悲鳴
 自分中心、範囲(10)のBSスキル。ダメージ無。特殊抵抗判定で肉体+精神系BS「恐怖」付与。
 この状態に於いては命中・回避・移動力が半減し、攻撃・防御が3割減となる。
 また、一般人の場合は行動不能に陥る。
 自動回復不可。クリンナップフェーズにて特殊抵抗+1D6を振り、基準値以上で回復。
 または(状況により前後する事はあるが)能力者・一般人関わらず3ラウンドで自動回復可能(一度罹った後にもう一度罹ってもラウンドはリセットされない)で、周辺の一般人は解除と同時に自力で退避します。(PL情報)
 開始直後に於いては抵抗値の高低に関わらず、PC全員が判定に成功したものとします。
 またBSからの回復はスキルやステータスによる克服のみならず、PCの思念、行動による方法でも有り得ます。

○他
 死神出現時の黒い靄は既に消えている。

リプレイ

 永遠にも思えた一瞬は呆気なく終わりを迎えた。絶望に塗り潰された少女の瞳が無慈悲に迫る大鎌を映していた。
 死ぬ。
 冷酷な事実が刹那的に脳裏を駆け巡り、もはやぴくりとも動けない少女は座して死の到来を待つ他なかった。

『——大丈夫ですよ』

 声は、澄んでいた。
 訪れる筈の刃は小さな背中に阻まれていた。四神を纏う能力者、零月 蕾菜(aa0058)——否。
『私達がいますからね。大丈夫』
 少女を振り返った微笑みは——少女には知る由もない事だが——十三月 風架(aa0058hero001)のものだ。驚愕の眼差しを向ける少女。困惑したように鎌を引く死神。再び従魔を睨む風架は心の中で蕾菜に囁く。
(今は、力の暴走を抑える事だけを考えて下さい)
 恐怖に震える蕾菜に代わり、今肉体の主導は風架にある。だが風架は知っている。自らの相棒は必ずや恐れを克服出来ると。
 様子を見ていた死神が再び鎌を振り被る。だがその行動は目と鼻の先を通り抜けた大斧の一閃により再度阻まれた。牽制の猫騙——使い手は。
「何だよ、今日は厄日か!」
『随分と大仰な形ー……死を象ったつもり? あはは、おもしろーい!』
 苦い顔の一ノ瀬 春翔(aa3715)と、対照的に弾んだ声のアリス・レッドクイーン(aa3715hero001)が死神の行動を遅滞させる。
 突如現れた二組の能力者に茫然とする少女、そして周囲の人々。絶望の気配が僅かに薄れる。
 そして、能力者は二組だけではない。死神に向け油断なく得物を構える春翔が——吠えた。
「——イレヴンズッ!」
「HOPE、此方イレヴンズ。商店街にて従魔と遭遇。迎撃に当たります。付近に他のエージェントはいますか?」
 やや離れた場所に立つ装甲服の男、H.C/11−11イレヴンズ(aa4111)。春翔と共に任務に出ていた彼はこの事態をH.O.P.E.に伝えた。付近のエージェントの分布は確認が取れないとの返答だが、既に春翔の傍に一人の能力者の姿がある。身に沁みついた習慣が軍隊式の返答をさせた。
「——Sir,yes,sir!」
 イレヴンズが通話を切ると同時、相棒のU.B/77-001ルミナ (aa4111hero001)が彼の内部で機械的に状況を把握。
『3時の方向距離10M、従魔確認。先程検知した個体と認識』
 頷き、武器を顕現させるイレヴンズ。その背後から声が響いた。
「——それ以上喋るな」
 佐藤 鷹輔(aa4173)は商店街北側でタピオカミルクティーをお供に午後の時間を和やかに過ごすつもりだった。矢先に起きたこの騒ぎの中、恐怖に呑まれた非共鳴状態の語り屋(aa4173hero001)。
 鷹輔はその口元を——鷲掴みにしている。
『や——やめてくれ。僕が何をしたって言うんだ。死にたくない』
「黙れ。寝てろ、次に目覚める頃には悪夢は終わってる……」
 強引な共鳴——その容貌を変じた彼は周囲を見渡して冷静に状況を確認すると、まずは動けない人々が味方と思しき能力者らと従魔の戦いに巻き込まれる危険に着目。風のように駆け出しながら、自身と同じように行動開始する他の人影を目の端に捉えた。
「幸い、俺達だけじゃないようだが……!?」
 他方。
 既にフォルド・フェアバルト(aa3240hero001)と共鳴したレオ・バンディケット(aa3240)は東側にて一般人を両肩に担ぎ従魔から距離を取っていた。
「おいあんた達、大丈夫……なわけないかっ!」
 その腕に伝わる震えは途方もなく深い恐怖の発露。張り詰めた表情で大きく目を見開く彼らの様子は、間近で発せられるレオの言葉も素通りしている事が分かった。
 奥歯を噛むレオ。届くには、届かせるにはどうすれば良いか?
 十分な距離を取ってから二人を降ろしたレオは、徐に両方の脳天に——拳を振り下ろした。
「生きたければ!」
 一般人の保護を最優先に、最も早く行動していたのがレオとフォルドだった。
 守る事への強い決意が、敢えて彼を厳しくさせた。
「強く生きたいと願って——早く逃げろっ!」
 はたと我に返った二人は、震える脚でどうにか立ち上がり……。
 他方。
「はいはーい、落ち着きやがって下さいねー。動けない奴は私が運びやがりますからねー」
 中央を挟み、レオの反対側にいたフィー(aa4205)もまた動けない人々の救助に当たっていた。対照的に呑気な声は彼らの恐怖を和らげる目的だが、普段の調子とあまり変わらないようにも相棒のヒルフェ(aa4205hero001)には思えていた。
「しっかし何でやがりますかねぇ、あれは」
『ドウ見テモ従魔ダロ』
「へえ、そうでやがりますか? てっきり75層のフロアボスか何かかと」
『……アノローブヲ剥イデ見タラ、分カルカモナ』
 この状況に於いても彼女達には変化が見られない。それは性格に由来するものか、はたまたその『生い立ち』に起因するのか?
 確かな事は一つ——東側に彼女らがいなければ人々の命がどうなっていたか分からない。
 そして、他方——南側。
 抱えていた一般人を降ろした、プリシラ・ランザナイト(aa0038hero001)と共鳴したアイフェ・クレセント(aa0038)は普段と一転した落ち着きを見せていた。
「動けるようになったら、逃げて」
 打ち上げられた魚のように口を開閉させる彼に微笑んで見せる。今、彼らは理不尽に破壊された日常の中で呼吸も出来ず溺れている。プリシラと共鳴したアイフェはある種の母性のようなものさえたたえ、この苦しみの一切を包み込もうとしていた。
「必ず、守って見せるから!」
 その一言は、この場にいる誰もが欲しかったものだ。
 気付けば幾つもの視線が、アイフェに集中していた。
 更に——更に。
「……此処まで来れば、もう大丈夫だな?」
 アイフェの隣に駆けて来たのは眼鏡をかけたもう一人の能力者。抱えていた人物をそっと地面に降ろす。
「あり、がとう……ございます」
 掠れる声で感謝の言葉を口にしたのは、誰であろう、先程まで死神の眼前に晒されていたあの少女だ。
 秋原 仁希(aa2835)はこの事件の初動に於いて、二人の能力者が死神の元へ走る姿を確認。即座にグラディス(aa2835hero001)と共鳴すると交戦の間隙を突いて少女を抱え上げ、踵を返すや一気に安全と思われる此処まで運んで来たのだ。
 そして仁希は周囲を見回すと頬を掻き、こう続けた。
「アイツをよく見てみな。……洋風のローブを着てるし、下半身は百足。そんでここは日本」
 その眼鏡に、遠くで大鎌を手に暴力を撒き散らす死神を映す。その姿を冷静に観察する……。
「つまりアイツは『死神』じゃなくて『バケモノ』。死を運ぶ絶対的存在じゃない——倒されるべき、ただのバケモノだ」
 グラディスは死神を見た時「わかりやすいツクリモノ」と言った。
 恐ろしい死神の姿に、おぞましい百足の下半身。だがそこに合理的な理由は見えない。
 ヒトの恐怖を煽る為にあの姿で作られたのか?
 だが——タネの割れた手品などもはや滑稽でしかないのだ。
「で……自分らはバケモノ退治の専門家。な、大丈夫だろ?」
 目を逸らさずに恐怖を見つめ、その正体を理解した仁希の言葉が人々の心に浸透する。
 怯えていた少女の、人々の目が微かな光を取り戻す。一人の男が叫んだ。
「脚が……脚が動くぞ!?」
 そして。



「仲間か……!」
 十字路の北と西に見知った顔を、そして東と南にも仲間と思しき能力者の姿を認め笑みを漏らす春翔。身の丈を超える大斧を振り被り、分身と同時に死神の胴を刻む。混乱した死神の手数が一つ、潰れる。
「うし、そんなら俺達はコイツを……!」
「食い止める、だろ?」
 間髪入れずイレヴンズが光線銃を連射し、引き裂かれたローブの下の青白い肌を幾重にも焼く。同じチームに所属する彼らの連携は隙がない。
『混ぜて混ぜてーっ!』
 其処へ乱入したのは仁希——否、グラディス。長髪を靡かせながら駆けつけると結界を発動。死神の能力が低下し、天秤が一つ能力者側に傾いた。
 イレヴンズが背後を確認すると南側の人々が早くも地力で退避を始めていた。今、乱入した能力者は姿さえ若干変化しているが、先程少女を背負って退避した人物だろう。
 それが、南側の救助まで完遂させた? この短時間に一体どんな魔法を使ったのか……。
 疑問は泡のように浮かび、カンマ零秒以下で弾けて消えた。戦場に於いて無駄を好むイレヴンズではない。戦況好転——冷静に次の一手に高速思考を巡らせる。
『ここからは、僕の時間だよ!』
「また随分と跳ねっ返りが来たな……?」
「戦力増加は望ましい事だ。戦闘を続行するぞ」
 軽口を叩き合う三人に、死神を警戒していた風架が声を張る。
『来ます!』
 そのフードの奥に再びルビー色の光が灯る。得物を構える能力者達の前、死神は大きく天を仰ぎ、再びの慟哭を放った。
「Gggggggyyyyyyyyahhhhhhh————————hhhh——————————————hhhhh!!!!!!」
 音は烈風となり能力者達に襲い掛かった。髪と服がばたばたと暴れ、底冷えのする感覚が体を通り抜けてゆく。それは恐怖だ。理由もなくただ強制的に与えられる恐怖はひどく心地悪く、吐き気さえ催した。

 だが——それが何だというのだ?

「こりゃ……ハハ、怖いな……震えが止まんねー……」
『でもイイね。もっと、もっと欲しいなぁ……』
 深過ぎる恐怖を前にして尚、春翔とアリスはその一歩を踏み出した。死神の鎌が迫る。速い——否——“俺が遅い”。脚が自由に動かず、鋭い衝撃が胴を駆け抜ける。深紅がぱっと飛沫を上げた時、二人の共鳴は恐怖を超えて深く深く深くまで辿り着く。
「『そうだ……そうだ……恐怖さえ支配して——ハハハ! 良いぞォ!!』」
 暴君が、君臨する。

『身体能力低下50%、一部機能30%低下』
 機械的に状況を読み上げるルミナ。装甲服のイレヴンズの表情は伺えないが、確かにその動きは鈍っている。やがて立ち止まったイレヴンズは黙して銃口を下げ、俯いた。
(——良き兵士は如何なる命令をも遂行する)
 それは恐怖より深く脳裏に刻まれた、兵士の記憶。
(遂行する遂行する遂行する命令通り従魔を殺す)
 長く息を吐き出した男は再び顔を上げた。その表情は——伺えない。
『意識低下——イレヴンズ?』

 その叫びは当然、十字路の東西南北にさえ至っていた。
『なあ、レオ……この騒ぎが起きる前、何話してたか覚えてるか?』
 再び恐怖に晒されたレオが紙一重で正気を保っているのは、脳内で語り掛ける英雄の声があったからだ。
 “騎士と認められるにはどうすれば良いか?”
 言い争うように相談していた時、胸に浮かべていたのは、そう、気高き物語の騎士……。
「そうだ……あの騎士もこの恐怖を乗り越えた……だったら」
 それは恐怖さえ冒し難い、彼の魂の理由。
「俺が、俺達が——この程度の恐怖に——屈してたまるかよオオオオオオォォッ!!」

 広がる恐怖の波濤。一般人を降ろした所で襲われた黒髪の少女。振り返った顔は——。
「……この程度でやがりますか」
 微かに嫌悪の滲む、それは落胆。やはりこの状況下でも変わる事のない彼女。
 当たり前だ——小規模なヴィランズの中で育った彼女にとっては常識が、感性が、死生観が違う。
 通常の人間をターゲットにしたコケオドシなど歯牙にかける理由さえない。
「あの75層フロアボスモドキ、嘗めてんでやがりますかねえ……?」
『ソノネタ、マダ引ッ張ルノカ?』

(死の恐怖ってやつか。こんなもの汚泥を舐めるばかりのあの日々を思えば可愛いものだ。そうだろう佐藤鷹輔——!)
 白髪の能力者は自らの胸を掴みしたたかに壁を殴った。額に滲む汗は恐怖に蝕まれる証左か?
 否。その恐怖に立ち向かう心の発露だ。
(嘗てのお前は無力だった。恐怖に振りかざす力を持たなかった。泥の味を思い出せ佐藤鷹輔。過去の自分を唾棄しろ。もうあの頃とは違うと証明して見せろ。ああそうだ——抵抗——そんな生易しいもんじゃねえ)
 乗り越えた筈の過去が、鷹輔の背を撫でた気がした。湧き上がる感情を覆い隠すように、跳ねのけるように高らかに叫び上げた。
「傲れ——力に傲れ! 気に入らないものは踏み潰して征けッ!」

 北、西、東に立つ三人の能力者が、三様の方法で恐怖を祓う。
 恐怖が伝染するように——勇気もまた伝わるものだ。
 彼らの姿を見た人々が、一人、一人と体の自由を取り戻す。
 もはや本来のそれよりも速く、彼らの恐怖は効力を失っていたのだ。

 恐怖、それが何だというのか。

「ええ……その程度の叫びが何だって言うのよ……」
 そう、死は怖い。それは否定出来ない事実だ。
 だが愛する者と共に生きれば、自然と死を超える恐怖が生まれる。
「あの頃の恐怖に比べたら……あの子の傍にいられない恐怖に比べたら、あんたの叫びなんて……ッ!」
『もうあんな風にならないように、私が、共に戦う人がいる。だから——!』
 二人の声が重なった時、脳裏に浮かんだのは笑顔だった。
 最愛の妹の、無垢なる笑顔。
 銀色の影が躍り、燐光が閃いた。死神の背が袈裟に断たれ、どす黒い靄を噴出する。
 南側の安全確保の後、回り込んでいたアイフェは死神の背後を取っていたのだ。

 勇気の在り処は、何処にあるのか。

『ええ……失う恐怖は何よりも恐ろしい』
 この時既に、風架の手にはライヴスが収束していた。
 それは蛹から羽化するように翅を広げ、飛翔する。
『私は守り手。この背で護るべき者が不安に駆られぬよう、自らの姿で希望を示しましょう!』
 その顔にたたえた微笑は、意地。守り手たるその存在を証明せんとする、矜持としての笑みだ。
 放たれた幻影蝶が死神の周囲を舞い、ライヴスを著しく乱す。沈黙する死神。風架が独り言のように呟いた。
『……死神。懐かしい響きですね』
 そして——この頃には、一般人の退避は完了していた。
 ほぼ同時に十字路中央のアスファルトを踏む、三人の能力者達。
「待たせたな! さて! この卑怯な従魔をブッ倒すとしようぜ!」
「暑ッ苦しいの苦手なんですがねぇー」
「居合わせた能力者は、これで全員かよ……?」
 レオ、フィー、鷹輔を合わせた八人の能力者が、死神を取り囲む形で一堂に会する。
 反撃の時が、訪れた。



『オイ、主導権ヲコッチニ寄越セ』
「あー? 珍しいでやがりますね、あんたがわざわざ出ようとするとは」
『マーナ。ホラ、早クシロ』
「はいはいっと。んじゃ終わった頃に起こしてくだせーな」
 言うが早いか、フィーの頭がガクンと落ちた。左腕に黒い靄を纏い、再び顔を上げればその瞳孔は獣の如く細長い。
『さっさと終わらせちまおうか』
 先程と明らかに違う俊敏な動きで死神に迫る。高速の連撃。右の斧で転倒させ、左の斧で腹を穿つ。
「同感だな」
 静謐の声の主は鷹輔。転倒状態のまま覚醒した死神の体を汚濁した風が多重に刻み、その防御能力を奪う。
「ハッ、似合いだぜ糞野郎。てめえ如きが見下ろしてんじゃねえってな……!」
 連撃は終わらない。八という数が揃った能力者達の攻撃は嵐の如く。起き上った死神の身を複数のレーザーと銃弾が穿つ。
『ねーねーおにーさん、何で喋んないのー? ねーねー?』
「…………」
 無言——極限まで無駄のない動きのイレヴンズと、彼に絡む奔放なグラディスが放つ銃口の二重奏。
 数にして、纏めて二つの脅威。彼らに襲い掛かろうと鎌を握る、その行為が死神の命取りとなった。
『どっか行っちゃ駄目だよ〜?』
 死神の背に間の抜けた声が掛けられる。振り向くと同時に紅の刀身が煌めいた。一閃——。すれ違いざまに大剣を振るう春翔。残心の姿勢で停止する彼の傍らのアスファルトを、死神の左腕がバウンドした。
 死神の——悲鳴。
 それは先程までのような、ヒトの心に恐怖を与える悲鳴ではない。苦痛のままに声を吐き出すだけの哀れな咆哮。
 負傷を重ね防御を奪い、隙を作り腕を削ぐ。偶然居合わせた筈の彼らの動きが、この時強く噛み合っていた。
 そして、戦いは加速する。
 興奮状態の死神は片腕だけで鎌を振り被り、振るう刃閃で三日月を描いた。回転斬り——片腕であれど、激昂した従魔の膂力は高い破壊力を生み出している。
 その、死神の顔に高速で飛来したライヴスが、紅蓮に爆ぜた。
「もう——大丈夫!」
 放ちしは四神を纏う能力者。風架ではない——蕾菜だ。
「私も……戦えますっ!」
 彼女の中で風架が笑う。開花の時は未だ遠く、けれど確かに強く美しい花に成長している事を知る。
 蕾菜により視界を奪われた死神は、だからこの時接近している銀色の影に、またしても気付く事が出来なかった。
 爆炎を切り裂き、死神の懐に飛び込むアイフェ。刃を通り過ぎ、その先、死神が握る長い柄をあまりにも細い剣で受け止めた。
 或いは両手で握っていたなら、その膂力を以てアイフェごと吹き飛ばしたかも知れない。
 だがこの時、死神の左腕はアスファルトの上に力なく横たわっている。
 死神の動きが、止まる。
『そう——鎌という武器は、手元で受ければ無力!』
「今だよっ!」
「——ああッ、心得たぜッ!」
 陽光を背に高く飛翔したのは、レオ。着地と同時に無防備な胴に、神速の三連撃を刻み付ける。三重の大きな裂傷からどす黒いライヴスを噴出させ、声にもならぬ絶叫を上げる死神。
 だが——まだ倒れない。
『しぶとっ!? どんだけ根性あるのさー。ふふ、僕も見習うべき?』
 呑気に笑うグラディス。その眼前に蕾菜が立ち、瞼を閉じた。
「——“あなたの罪を手離しなさい”」
 言葉はライヴスを介して死神に纏わりつく。抗うようにその身を震わせるが、死神はやがて全身の力を弛緩させ、その右腕を力なく垂れ下げた。
 がらん——がらん。
 アスファルトに転がる大鎌。ひとときの傀儡と化した死神は、蕾菜という支配者の命で唯一の武装を放棄する。
 これが、決定打となった。
 好機と見るや苛烈な攻撃を加える春翔。複数の斬閃が怒涛の勢いで死神を刻む。
「死を運ぶモンが死に晒されるってのは、どういう気持ちだ……ッ!?」
『動揺? 無感情? それとも……恐怖!?』
 もやはコントロールを手離した彼らは、暴君の名に恥じぬ苛烈の体現だ。八人中最高峰の破壊力で刻み、刻み、そして刻む!
 それら剣閃を掻い潜り影のように躍り出たのはヒルフェだ。二丁の斧を両手に広げ、右の一閃。
『怖いか、死神』
 洗脳が解けた死神。大鎌を拾おうとするが——致命的に、遅い。
『そもそも、死は恐れるもんじゃねえ。誰かを救うもんだ。死ぬ事によって救われる命もある。“何せそれが俺の名だよ”——初めまして死神モドキくん』
 左の一閃が狙うは、首。出会いの挨拶は別れの文言となったが、この英雄にとってはそれこそが相応しいのかも知れない。
『300年経ってから出直して来な——あんたに死の救済を、ってな』
 首と胴が永久に分かたれ、多脚が苦痛に蠢いた。しぶとい死神は首を失ってなお右腕を滅茶苦茶に振り回そうとする。だがその身に幾つもの刃が、弾が、魔法が突き刺さった。
 その最期に悲鳴はなく。ただ地面を転がる青白い頭部が、声もなくその口を大きく開いて……消えた。



「アーちゃんへの土産話がでーきたー♪」
『元気よね、あなた……』
「あっ、そうだ、お土産買ってあげるんだった! 何が良いと思うー?」
『まさかお買い物行くつもりなの? これから……?』
「お菓子? お菓子? お菓子?」
『あなたが食べたいのよね、それ? ただの自分へのご褒美よね?』
 共鳴を解いたアイフェとプリシラはすっかり何時もの調子だった。鼻歌交じりにその場を後にするアイフェの後ろを、頭痛をこらえるように頭を押さえて着いてゆくプリシラである。
 かと思えば、蕾菜と風架は対照的だ。
『全く……“風幻の巫女”の名を継ぎたいのなら、今の敵ぐらい一人で倒せるようになって下さい』
「そ、それが出来て一人前、とは言いますけど……っ」
 腕を組み説教モードの風架に、不満げに唇を尖らせる蕾菜。自分だって頑張った、言外にそう告げているのだが……。
『先代を継ぎたいなら、という意味です。さあ、という事で訓練に行きますよー』
 訓練、という言葉を聞くや否や、さーっと青ざめた顔をして風架に引きずられてゆく蕾菜だ。
 彼女達を眺めていたレオとフォルド(笑顔で蕾菜たちに手を振っている)は、ザッ、と顔を見合わせた。
「良いですかフォルド! 自分たちはまだ見習いです。此度の戦果に胡坐をかかず、蕾菜さんを見習い修行あるのみです!」
『とーか言って、調子に乗りたいんだろーレオはー?』
 さっと赤くなってから、フォルドを追いかけ始めるレオ。フォルドの弾んだ声が辺りに響いた。
 彼らから少し離れた所で、鷹輔はベンチに座りながら今度こそ購入したタピオカミルクティーを飲んでいた。だが何故だろう、あまり美味く感じない。
「くっそ、カッコ悪ぃ……余裕なさすぎだ……。これじゃトラウマ刺激されて、ぷっつんしたみたいじゃねーかよ……」
 そんな彼の隣で項垂れていた語り屋が、この時漸く目を覚ました。
『む、主よ、我は一体……』
「……あー、起きたか。ったく、世話かけさせやがって……」
 溜息と共に、自らの英雄に向かって、もはや飲む気の失せたタピオカミルクティーを突き出した……。
 語り屋が目を覚ますと同時に、イレヴンズも正気に戻る。
「……、……終わった、のか?」
『戦闘終了——大丈夫ですか?』
「ああ、何とかな」
『はい、何とかなりました。私のOSサポートあってこそ』
「今回もいつも通り、無事命令を遂行出来たって事だ」
『はい、その通りです。それもこれも、私のOSサポートあってこそ』
 無表情ながらそこはかとないドヤ顔のルミナ。「はは、生意気な」とイレヴンズが笑うと、「ありがとうで良いんですよ……」と可愛らしく溜息をついた。
 他の能力者達も三々五々に散ってゆく。彼らが八つの勇気となり、絶望と恐怖に対峙し、その存在を証明した戦場は今、ひとときの静寂に包まれている。
 だが、その場に留まる一組のエージェントがいた。
『それでー?』
「……いや、何でも。ただ、引っかかる事があって」
 十字路の中央に立つのは、仁希とグラディスの二人だ。ヒト気の一切が失せた物寂しい商店街……。
 仁希は瞼の裏で南側の避難誘導をしていた際に耳にした、人々の話を反芻していた。
 予兆はなかった、突然だった、そう語られる一方で——黒い靄を目撃したという話があった。
 本当に予兆はなかったのか?
 仁希はふと足元に目を落とした。そこは死神が当初立っていた場所だ。百足の多脚に隠れていたが、それが消滅した今だからこそ見えるものがある。
 それは、マンホール。
 屈みこんでマンホールに手をかける。何ともなしに引いてみると、普通は施錠されている筈のそれは余りにも呆気なく開いた。
「…………!」
 開いたマンホールの裏には幾何学的な模様が描かれていた。一般的に言うところの、それは所謂『魔法陣』。
 仁希が目を細め、グラディスは笑った。
 ——H.O.P.E.への報告は、従魔の討伐報告に加えてもう一件、話さなければならない事が出来たようだ。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • ひとひらの想い
    零月 蕾菜aa0058
  • 日々を生き足掻く
    秋原 仁希aa2835

重体一覧

参加者

  • エージェント
    アイフェ・クレセントaa0038
    人間|15才|女性|攻撃
  • エージェント
    プリシラ・ランザナイトaa0038hero001
    英雄|16才|女性|ブレ
  • ひとひらの想い
    零月 蕾菜aa0058
    人間|18才|女性|防御
  • 堕落せし者
    十三月 風架aa0058hero001
    英雄|19才|?|ソフィ
  • 日々を生き足掻く
    秋原 仁希aa2835
    人間|21才|男性|防御
  • 切り裂きレディ
    グラディスaa2835hero001
    英雄|20才|女性|バト
  • 今こそ我が刃を以て
    レオ・バンディケットaa3240
    獣人|16才|男性|攻撃
  • エージェント
    フォルド・フェアバルトaa3240hero001
    英雄|13才|男性|ドレ
  • 生命の意味を知る者
    一ノ瀬 春翔aa3715
    人間|25才|男性|攻撃
  • 生の形を守る者
    アリス・レッドクイーンaa3715hero001
    英雄|15才|女性|シャド
  • アステレオンレスキュー
    H.C/11-11アインズaa4111
    機械|25才|男性|攻撃
  • エージェント
    U.B/77-001ルミナ aa4111hero001
    英雄|14才|女性|ブレ
  • 葛藤をほぐし欠落を埋めて
    佐藤 鷹輔aa4173
    人間|20才|男性|防御
  • 秘めたる思いを映す影
    語り屋aa4173hero001
    英雄|20才|男性|ソフィ
  • Dirty
    フィーaa4205
    人間|20才|女性|攻撃
  • ボランティア亡霊
    ヒルフェaa4205hero001
    英雄|14才|?|ドレ
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