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丑三つ時、愚神との誓約
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相談卓
最終発言2015/09/29 22:27:16 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2015/09/27 20:55:21
オープニング
●丑の刻参りと誓約
カーン、カーン、カーン。
深夜2時過ぎ。とある神社の境内に、釘を打ち付ける音が響いていた。
「あんな女死ねばいいのに……そうすれば、私はあの人と結婚できるわ……」
釘を打ちながらブツブツと独り言を呟く女の目は血走っていて、狂気をはらんでいる。
全身白装束で、頭には火のついたロウソクが突き刺さった五徳。
丑の刻参りの正装だ。
そんな女の背後にそっと近付く揺らめく影があった。
「ククク……藁人形よりも、確実に相手を仕留める方法を教えてやろうか?」
「え?」
女は振り向く。
そこには形はない。ただ周囲よりもさらに深く濃い闇が広がっている。
闇が囁いた。
「我と誓約するだけでいい。そうすれば……憎い相手を殺してやらんこともない」
女は、コクリと頷いた。
誓約をした相手が、デクリオ級の力を持つ愚神だとも知らずに。
●神社を襲う連続殺人事件
それからしばらくして、神社の近くに住む社長夫人が奇怪な死を遂げた。
死体の全身には、狼のような鋭い牙が食いついたとしか思えない傷と鋭利な爪でえぐったような痕。しかし、神社近くでそのような肉食野生動物の目撃情報はない。
そして、殺人事件はそれだけにとどまらなかった。
神社の境内にて、似たような方法で殺害される事件が連続して起こったのだ。
神社は、丑の刻参りで有名な神社である。そのため、ふつうの神社と異なり、夜中にこっそりと一人でやって来る人間がほとんどだ。
神社は夜中には無人になる。
朝になってやって来た禰宜が、大型の獣に襲われたような死体を発見することになる。
そして、神社で死体が発見された日は、町内でも似たような死体が発見される。
3つ目の死体を発見した朝、禰宜はほとほと困り果てて、地元警察に夜間の警護を依頼した。
●神社に巣くう愚神と従魔
夜中0時。地元警察の刑事3人が、警護のためそれぞれの持ち場についた。
ほどなくして、鳥居近くから悲鳴が上がる。
「こ、狛犬が……ギャアアアアーーーーー!」
数発の銃声。
しかし、悲鳴がやむことはなかった。
「け、警部……これは、能力者の……警部じゃないと太刀打ちできないアレじゃないんですかね……?」
拝殿近くに詰めていた、若い刑事は震えた手で拳銃を構えながら先輩に問う。
「ああ、おそらく。あれは実体のある獣ではないな。俺の獲物だろう」
答えながら先輩の刑事は、参道を走ってくる大型の獣に向けて発砲した。
体高が大人の男ほどある、黒い毛を持つ狼に似た獣に向けて。
最初は、通常の拳銃を使用した。
銃弾は確かに貫通したかのように見えた。
しかし、その獣は何事もなかったかのように走って来る。
通常の武器が効かない。つまり、あれはただの獣ではないということだ。
「ククク……無駄なことを」
背後の拝殿から、2メートル近くある大男が現れた。
神官のような白い衣服を着ている。しかし、その袖口から覗く指先には、30~40センチはあろうかと思われる鋭い爪が光っていた。
「愚神か?」
「いや、私はこの神社に祀られる神だ。その証拠にちゃんとこの町に住む人々の願いを叶えている。あの人を殺して欲しいという願いをな……クククク」
背後から愚神。正面から狼……おそらく狼の姿をした従魔だろう。
先輩刑事は、迷うことなく若い刑事の背中をトンと押した。若い刑事が、愚神と狼の攻撃の射程から外れる位置へと。
そして、獣の爪は先輩刑事の腹の辺りを切り裂いた。
「警部!」
若い刑事は絶叫する。
「いくらライヴスリンカーの俺でも、たった1人でデクリオ級の愚神と従魔を同時に相手にするのは厳しい。ただ時間は稼ぐ。頼む、無線で能力者に応援を呼んでくれ。HOPEにも連絡を……」
若い刑事は、走った。
応援を要請するために。
解説
●目標
デクリオ級愚神と従魔たちの討伐。警察に生存者がいれば保護を。
●登場
デクリオ級愚神『禍つ神』
呪殺したい相手がいる女性を依り代とする。言葉巧みに近付いているため、ある程度の知能があると思われる。
ライヴスを多く収集しているので、ドロップゾーンを作ろうとしている可能性も。
・物理攻撃
両手に30~40センチの鋭い爪を持つ。
身長約2メートル。腕も長く、爪による物理攻撃の射程は約半径1メートル。
・魔法攻撃
遠距離魔法「呪い」。
射程10メートル。単体攻撃。ダメージはないが、BS封印を付与。
遠距離魔法「魅了」。
射程10メートル。単体攻撃。ダメージはないが、BS洗脳を付与。愚神の支配下に置かれ、味方を1度攻撃。
ミーレス級従魔『狛犬』×2
『禍つ神』に従う神社の狛犬を依り代とした従魔。
体高1.7メートルほど、黒い毛で狼に似た姿。
鋭い牙と爪による物理攻撃を与える。
知性は犬程度だが、非常に素早い。
人間が丑の刻参りに来ると、一体は境内の人間を殺害、もう一体は呪われた相手を殺害する。
現在、一体は拝殿近くにいるが、もう一体がどこに潜んでいるのか不明。
依頼者
無線で救援を求めるためパトカーまで待避した若い刑事。
能力者ではない刑事
神社警護のために、地元警察署から派遣された。
最初に従魔に襲われている。生存していればすみやかに保護を。
能力者の刑事
地元警察署から派遣された刑事のうち唯一の能力者。
若手刑事を庇って負傷中、共に戦えるかどうか不明。
●場所
丑の刻参りで有名な神社。
通常なら鳥居の両脇に狛犬。鳥居を抜けると30段ほどの階段。
階段を登り切ると、幅約3メートルの拝殿の前に10メートル四方の石畳みの空間。
拝殿の奥や石畳みの空間の周囲は林になっていて、丑の刻参りが行われる。
天気は晴れ。時間は深夜2時前。街灯はなく真っ暗。
これから丑の刻参りに来る人間がいる可能性も。
リプレイ
●一路、神社へ
事件現場である神社へと急行するHOPEの車輌の中。
現場ではライヴスリンカーである警部が1人で愚神と従魔を相手に応戦中ということで、まずは現場へ向かうことが最優先事項とされていた。
今回の任務に志願したリンカーたちは、車輌内でHOPEに依頼をしてきた刑事と無線で連絡を取りつつ、現場の情報を集めている。
秋津 隼人(aa0034)は、
「あ、えっと……すみません、現場の大まかな見取り図……こちらに、送って、もらえますか? できれば……、襲撃された、当時、刑事さんたち、が、それぞれ、どこにいたか、配置、も……書き込んで、おいて、もらえる、と助かります」
と、依頼者の刑事と先ほどから無線で話をしている。
途切れ途切れの独特な話し方だが、通信役を自分で買って出たところを見ると、内気というわけではなく、単にそういったしゃべり方なのだろう、と他のリンカーたちは隼人に通信役を任せていた。
しばらくすると、各自の端末、スマートフォンやタブレットに現地の見取り図が転送されてきた。
橘 雪之丞(aa0809)は、送られて来た情報を早速チェックする。その隣には、可愛らしい雪之丞とは対照的な外見、身長2メートル近い長身に強面の英雄、トリシューラ スプリガン(aa0809hero001)が無言のまま座っていた。
ゼロ=フォンブラッド(aa0084)は、現地の情報を確認しながら、懐中電灯にバンドを取り付け、戦闘中は身体に固定できるよう細工する。
御神 恭也(aa0127)も、懐中電灯を肩に固定できるよう準備をしながら、
「人を呪わば穴二つとは言うが……なんともやり切れない事件だな」
と溜息をつく。
恭也の英雄は、本人いわく神世七代の一柱を名乗る伊邪那美(aa0127hero001)である。しかし、真偽のほどは不明だ。
その伊邪那美は、
「本当は、丑の時参りって心願成就の儀式だったのに何でこんな物騒な儀式になっちゃたの?」
と、足をブラブラ揺らしながら拗ねた子どものように口を尖らせている。
こうしていると、ただの可愛らしい普通の女の子のように見える。
「あら、呪いの儀式ではないんですの? でも、わたくし、この神社は丑の刻参りの呪いで有名な神社だと聞きましたわ」
と、白装束にロウソクの据えられた五徳を被ったセリカ・ルナロザリオ(aa1081)が伊邪那美に問う。リンカーとは思えぬ格好だが、セリカは今回の任務で、丑の刻参りを決行する人物の振りをして愚神に近付く手はずになっていた。
「もともとは、『丑の年の丑の月の丑の日の丑の刻』に参詣すると、心願成就するっていうだけの話だったんだよ。神様が人を呪う手助けをするはずがないよ」
と、伊邪那美はさらに口を尖らせる。
「いつから神様が物理的に願いを叶えてくれるようになったのかしらね?」
と、赤い髪に赤い瞳の炎樹(aa0759)が呟く。
「人を呪わば穴二つ……だけど今回のはいくらなんでもやりすぎなんだよ」
と、炎樹の隣に座る青い髪に赤い瞳の英雄、氷樹(a0759hero001)が言う。
しかし、黒塚 柴(aa0903)は、他のリンカーたちとは少し違う反応を示した。
「いーねいーね、自称神。そんくらい派手なこと言ってくれねーと、面白味がねーよな。ま、これが口だけで演出ショボいとB級映画以下になり果てたりするんだけどさ?」
と、心底楽しみで仕方がないという口ぶりで言う。
頭にヘッドライトを装着した晴海 嘉久也(aa0780)は、
「丑三つ時に愚神と狛犬……、まるで都市伝説みたいですが、本当に起きてしまうと只の殺戮劇ですね。これ以上の犠牲者を出さないためにも頑張って退治しましょう。あ、わたしは私立探偵をやっておりまして、こちらはその助手のエスティア ヘレスティス(aa0780hero001)です」
と礼儀正しく挨拶をし、隣に座る英雄と言うよりはおっとりとしたどこかのお嬢さんといった感じのエスティアのことも紹介した。
隼人は、まだ無線で現場と話している。
「……愚神の特徴は、デクリオ級、ですね。えっと、身長、約2メートル、ですか。30~40センチ、の鋭い爪が、ある、のですね。白い、服……。神主さん、のような、ですか。あ、えっと……従魔の、方は、狼、みたい……な。ありがとう、ございます。ああ、えっと……まもなく、着きます。救護は、俺たち、が……だから、刑事さんは、愚神たちに、見つからない、ように、隠れていて、ください」
隼人がゆっくりと依頼人の言葉を復唱したおかげで、車輌内にいるすべてのリンカーが、これから立ち向かう敵の特徴を把握した。
車輌はなるべく音を立てないよう、エンジン音を落として、神社近くにゆっくりと停車する。
運転していたHOPE職員が
「現場到着です」
とリンカーたちに告げると、彼らはそれぞれの担当場所へと速やかに散って行った。
危険な任務だと言うのに、セリカは
「わたくしがおとり……ふふふっ」
と、楽しそうに笑みを浮かべている。
「やはり楽しむのが目的でおとり役を申し出たのか…。遊びじゃないんだぞ」
と、セリカの英雄リゼア(aa1081hero001)は呆れたように言う。
「わかってますわ。でも、何事も楽しまなければ。とはいえ、友達の隼人様の事も心配ですが。わたくしはわたくしの役目をまっとうせねば、とちゃんとわかっていますわ」
言いながらも、やはりセリカは何だか楽しそうだった。
●まずは人命救助
鳥居の前に、パトカーが1台停まっている。
愚神や従魔の標的とされないための用心か、ヘッドライトもパトライトも消灯していた。
とはいえ、この辺りにはまだ街灯がいくつか点灯されているため、懐中電灯を使用するほどの暗闇ではない。
現場に到着したリンカーたちは、まだ灯りを点灯することなく、パトカーを目印に走った。
愚神討伐に向かうメンバーは、鳥居を抜けた後、次々と石段を昇って行ったが、炎樹と氷樹は、鳥居近くに倒れている刑事の傍にまず駆け寄って行った。
「炎ちゃん、この人まだ息があるみたいだよ」
氷樹の言葉に、炎樹は刑事の腕を取り、脈を探す。
「氷樹、ケアレイで助けよう!」
2人はリンクし、ケアレイを発動した。
なんとか起き上がれる状態まで回復したところで、肩を貸してパトカーまで連れて行く。
パトカーには、依頼人である若い刑事と、嘉久也、エスティアの3人が乗っていた。
「嘉久也さん、ここにいたんですね」
「まず、狛犬がどこにいるのか、刑事さんから情報を聞いて推理していたんですよ」
と、炎樹の問いに嘉久也は答える。
「狛犬に襲われたらしい刑事さん、鳥居近くで保護、ケアレイで回復済みです。ただ、出血があるので、救急車の手配をしてもらえますか?」
と、炎樹は依頼人の刑事へと顔を向けて頼んだ。
「ああ……よかった、生きてたんだ」
と、依頼人の刑事は涙を浮かべながら、無線で救急車の手配をする。
嘉久也とエスティアは後部座席から退き、炎樹と共に怪我した刑事をシートに横たえた。
「では、リンカーの刑事さんの応援に行ってきますね」
と、炎樹は再び神社の中へと走って消えた。
「すみません、先ほどの話の続きですが。狛犬は2匹いて、そのうちの1匹は神社の境内にいたということですよね? もう1匹はどこにいるんでしょうか?」
嘉久也は、情報収集の続きを始める。
「それが、我々にもはっきりとわからないのです」
依頼人の刑事は渋面を作る。
「境内で遺体が発見された後、獣に襲われたような遺体が町内で発見される。これが2回繰り返されました。計4体の遺体です。もちろん、最初の遺体発見直後すぐ我々の捜査は始まっています。3つ目の遺体が境内で発見されたのは、今朝のこと。神社からの依頼もありましたし、さすがにただの殺人事件ではないと我々も思い、リンカーである警部にも同行をお願いしての警護が今夜初めて行われたわけです。ですから、この殺人事件の容疑者である愚神と従魔を、我々もつい先ほど初めて目撃したということなんです。さらに今日、遺体か発見されたという通報が署には届いていません……」
「それは、まだ呪いが成就していない……、狛犬のもう1匹は町に出ている、ということですか?」
「わかりません。これまでの2件は、呪殺された被害者はみな家族と住んでいました。だから、朝すぐに家族から通報が来たのです。しかし、呪殺の被害者がもし一人暮らしだったとしたら? 単に発見されていない可能性を考慮し、今、警護に来ていない署員は町中を捜索しているところなのです。ただ……」
刑事は鳥居の辺りを指さす。
鳥居の左右、本来なら狛犬が鎮座しているはずの場所。そこには、台座しかなかった。
「2体とも、従魔として活動中であることは確かだということですね?」
刑事は頷く。
「とりあえず、境内からなんとかした方がよいようですね」
嘉久也とエスティアは、刑事に礼を言うと仲間の後を追って境内へと向かった。
●藁人形の林
同時刻。
雪之丞とトリシューラは、鳥居を抜けた後、他のメンバーと分かれて脇道に入った。参道の周囲や拝殿後ろに広がる林の中を捜索し、丑の刻参りの痕跡を見つけ手がかりを得るためである。
「トリの字、木に打ち付けられた藁人形を探してくれるかな? あたしも探すから、頼んだわよ」
「……」
「しかし、この愚神って真面目だよね。必ず、呪殺の代行をしているんだものね。愚神にとっても契約を守るのって大事なのかな」
「……」
トリシューラは無言のままだが、2人の間ではどうやら会話は成立しているらしい。
しばらく、林の中を捜索しているうちに、雪之丞が
「ひっ……」
と、上げそうになった悲鳴を呑み込んだ。
雪之丞とトリシューラの周囲には、無数の藁人形が五寸釘で打ち付けられている。その木はいったい何本あるのか。
腐りかけ原型を止めていない藁人形はいったいいつ頃のものなのだろう。
「丑の刻参りで有名な神社とは聞いていたし、さっきネットで調べたときも確かにいろいろな噂が書いてあったけど……こんな……」
雪之丞とトリシューラは、愚神や従魔との戦いには慣れている。しかし、このような人間の怨念の塊を見たのは初めてだった。そして、そこに宿るライヴスに愚神は目を付けた、あるいは引き寄せられて来たのだろう、と理解した。
「トリの字、これは藁人形から手がかりを見つけるのは無理だね。このまま拝殿の裏に回って、愚神を狙撃する。あたしの護衛、頼んだよ。どこから狛犬が襲って来るかわかりゃしないからね」
「……」
トリシューラは無言のまま、頷いた。
その頃、柴は拝殿裏の林で、懐中電灯を尻ポケットに差し、グレートボウと銃をいつでも使えるよう準備していた。
まだリンカーの警部と愚神たちが接近戦をしているので、狙撃はできない。
「セリカちゃん、まだ来ねーのか。遅いじゃんか」
と言いつつ、紫煙を燻らせる。
「まあ、まもなくやって来る。おまえだって、一仕事の前に一服する時間ができてよかっただろう」
柴の背後から尊大な物言いをする女性が近付いて来た。
それは、セリカの英雄、リゼアだった。
さらに、もう2人。
「あたしも狙撃班に入れてくれないかねぇ」
アサルトライフルを手にした雪之丞。そして、雪之丞を守るように強面のトリシューラが控えていた。
●おとり作戦開始
銀髪に白装束のセリカは、俯いたまま暗い表情を作って、神社の石段を昇っていた。
頭には五徳を被り、火の点った3本のロウソクを差し、手には藁人形と五寸釘を持っている。
セリカが石段を昇りきると、拝殿前の空間で禍つ神と狛犬1匹を相手に、リンカーの警部が1人、必死に応戦しているところだった。
セリカは俯いたまま、わざと禍つ神の視界に入るよう拝殿前を横切ってリゼアたちが潜む奥の林の近くへと分け入って行った。
あなたの獲物がここにいますよ、とでも言うように。
禍つ神は、そのセリカの策略に愚かにも引っかかる。
「いったん休戦させてもらおうか。我に参拝しに来た信者がおるのでな」
と言って、セリカを追った。
「君、あ、危ないっ!」
警部は満身創痍だが、それでも叫んで、禍つ神を止めようとする。
そこに、救援のリンカーたちが次々と警部の元に走り寄った。
警部と戦闘中だった狛犬は、そこに割って入った恭也に飛びかかって来る。恭也はまったく表情を変えず、大剣のコンユンクシオを振り下ろした。
大剣の切っ先は狛犬の前足を捉える。
「キャヒーーーン」
と、鳴きながら狛犬はいったん後ずさった。
「どうした? 駄犬……、ご主人様の指示が無ければ噛みつく事も出来ないのか?」
狛犬の注意を警部から自分に向けさせるよう、無表情のまま恭也は挑発を続ける。
そこに、エスティアとリンクを済ませ、髪と瞳が真紅に染まった嘉久也も加勢した。狛犬の目や喉を狙い、ブラッディランスを突き刺していく。
恭也によって足に傷を負った狛犬は最初より確実に素早さを失っていた。さらに、嘉久也が片目を射貫いたことで、距離感の掴めなくなった狛犬は、苦し紛れに恭也に飛びかかって来る。
「な、何が……?」
と、禍つ神が慌てて振り返ったときにはもう遅かった。
飛びかかる狛犬を恭也のヘヴィアタックが捉える。
「キュゥウウウ」
断末魔の声を上げながら、狛犬はその場に沈んだ。
狛犬がダウンしたのを見て、傍に控えていた隼人はすかさず警部のもとに駆け寄った。
「お待たせ、しました……」
隼人は警部のすぐ傍に近付くと、ケアレイを使い、警部の体力を回復させる。
「あ、ありがとう……正直もうダメかと……」
他の刑事と違い、AGWを使っての抗戦だったとはいえ、さすがにデクリオ級の愚神とミーレス級の従魔を相手に1人で戦うのは、相当過酷だったに違いない。
「歩けます、か?」
「できれば、手を貸してくれると嬉しい……」
隼人は肩を貸した。
警部は隼人に寄りかかるようにして、そのまま隼人の耳元で
「魔法攻撃に気を付けろ」
と囁いた。
「俺は1人だったからいいが……、ヤツはバッドステータスを付与する魔法攻撃を使って来る。『呪い』なら封印が付与されるし、さらにやっかいなのは『魅了』だ。愚神の支配下に置かれて、味方を1度攻撃しちまう。これをくらわないようにしろ。射程は10メートルだ」
そこまで言った警部は、力尽きたように意識を失った。
そこに、もう1人の刑事の救護が終わった炎樹と氷樹が駆けつけて来る。
警部を抱きかかえた隼人は、2人に駆け寄ると
「炎樹、さん……も、クリアレイ、使えます、よね?」
と、警部から聞いた話を伝えた。
「俺、警部さんを、運んで、来ます……、お願い、します」
と頼む隼人に、
「任せて」
と、炎樹は頷く。
炎樹の頭の中に、氷樹の声が響いてきた。
共鳴状態になると、いつもテレパシーのように氷樹の声が炎樹の脳内に聞こえてくるのだ。
「炎ちゃん、だとしたらもう少し下がった方がいいかもだよ。自分がバッドステータスになったら意味ないからね」
「わかったわ」
そう言って炎樹は、セリカにクリアレイが届くギリギリ、かつ禍つ神の魔法攻撃が届かない位置まで下がって臨戦態勢を取った。
セリカは、禍つ神の注意を引きつけるため、わざと大きな声を上げる。
「ああ、あの女……憎い! 憎いですわ! 殺さなくてはわたくしの気が済まないのですわ!」
そして、適当な木を見つけ、藁人形を五寸釘で打ち付けようとした。
狛犬が倒されたことに気を取られていた禍つ神は、再びセリカを獲物として捉えたようだ。セリカの背後まで迫って、
「ククク……藁人形よりも、確実に相手を仕留める方法を教えてやろうか?」
と、おきまりの言葉を吐いた。
セリカは
「きゃっ」
と、脅える振りをしてから、
「ど、どうやって叶えてくださるんですの?」
と問う。
「我と誓約するだけでいい。そうすれば……憎い相手を殺してやらんこともない」
「あなたが殺してくださるのかしら?」
「いいや、我は神だ。自らの手は汚さぬ。我の下僕が殺してやろう」
「あら、でも先ほどあなたの下僕とやらは倒されてしまったようにわたくしには見えましたわ」
セリカが、もう1匹の狛犬の居所を聞きだそうと鎌をかける。
「心配せずともよい。我の下僕はまだ1匹おる」
「あら、どこにいるんですの? この目で見ないことには、信じることはできませんわ」
セリカは、言葉巧みに禍つ神を誘う。
「わかった、今ここに呼んで見せてやろう」
セリカは、奥の林に潜んでいるリゼアたちに目で合図を送った。
禍つ神の足下近くに、黒い影が現れる。
もう1匹の狛犬だ。口の辺りが血で濡れているところを見ると、残念ながら3回目の呪殺は成就してしまったらしい。
しかし、現れたと同時に、雪之丞のアサルトライフルが狛犬の額を撃ち抜いた。
声を上げる間もなく、狛犬はその場にくずおれる。
「だ、誰だ! キサマは、先ほどの煩い奴らの仲間か!? 一度ならず二度までも、我の下僕を……おのれっ!」
このままセリカ1人、接近戦になるのは厳しい。セリカは禍つ神を、誘うように走り再び仲間のリンカーたちが待つ拝殿前へと向かった。
●禍つ神との死闘
しかし、距離を取っても魔法攻撃は飛んでくる。
「人のくせに、神である我を騙しおって。許さぬぞ。今度はオマエが我の下僕となって働くが良い」
禍つ神はセリカに向けて、遠距離魔法「魅了」を放った。
「炎ちゃん、クリアレイを!」
炎樹の脳内に氷樹の声が響く。
「わかってるわ、任せて」
と、炎樹はセリカにクリアレイを放ち、禍つ神の洗脳からすぐさま解き放った。
「無駄よ。私達がいるかぎり、貴方の能力なんて通用しないわ!!」
炎樹は叫ぶ。
リゼアがセリカを助けに入ろうとしたところで、ゼロが、
「さて、今宵の呪いはお開きにしてもらいましょか」
と、禍つ神に言いながら、セリカの前に盾になるよう立ちはだかった。
「ダンスはレディと踊りたいんやけどな? まぁ、しゃーないか」
さらに、パトカーから戻って来たと覚しき隼人が、武器をシルバーシールドに持ち替え、禍つ神に向かって走って行く。
「セリカ、さん! 助け、ます」
前掛かりの攻撃で、禍つ神の攻撃が自分へと集中するように誘っているようだ。
その外側には、武器をクリスタルファンに持ち替えた嘉久也が包囲している。
ゼロはさらに敵の混乱を誘うように、ジェミニストライクで自分の分身を作り出し、本体と分身で禍つ神を挟み込んだ。
「お前も人間と同じで怒るんか。騙されて悔しいんか?」
と、言葉でも挑発を続ける。
「恨みも妬みも持ってて当然、溺れるのは弱い者だけ。でもまぁ人なんて弱いもんやからな」
と、禍つ神の前に立つゼロが言えば、
「で? お前の恨みの根源はなんや? 神様ってのは嫉妬深いのんが多いって聞くしな。所詮お前らは俺らと変わらんのやろ?」
と、後ろのゼロも煽る。
「キサマ、許さぬ! 人間の分際で神の我を愚弄しおってからに!」
禍つ神は、ゼロの煽りでさらにいきり立ち、長い爪を振り回してゼロを狙った。
しかし、その爪を恭也の大剣が素早くはじき返す。
また、禍つ神から離れたところに位置取ったセリカが、ショートボウで威嚇射撃を放ち、注意をゼロからそらした。
それぞれ素早く立ち回りながらも、雪之丞と柴が林の中から狙撃のチャンスを待っているのを忘れてはいない。
「あぁそうか、お前は人間より愚かなんやな。せやから『愚神』って名前やったな、ハハハ」
と、ゼロが禍つ神を嘲笑しながら、分身ともども上へと跳ぶ。
「おのれ!」
禍つ神は、ゼロを切り裂こうと大きく長い爪を上に伸ばした。
両腕を上げたことで、禍つ神の急所が露わになる。
その瞬間、接近戦に加わっていたリンカーたちはすかさず飛び退いた。
雪之丞のアサルトライフルが喉元を撃ち抜く。
もうひとつ。銀色の軌跡が、林から禍つ神を狙った。
柴の放った銀の魔弾だ。
「神自称するんだったら、もっと無茶苦茶っぷり見せてくれねーと。つまんねーよ」
そのエネルギー弾は、禍つ神の額を撃ち抜いた。
「人の……分際……で……」
言いながら、その場にドッと倒れる。
禍つ神はそのまま動かなくなった。
●戦いの後に
「ふふっ、上手く演技は出来たかしら?」
警察にすべてが首尾良く終わったことを報告に向かう途中、石段を降りながらセリカはリゼアに自慢げに言う。
「まだまだだ。まったく、見ていてヒヤヒヤしたぞ」
と、リゼアは溜息をつく。
恭也とのリンクを解いた伊邪那美が、また口を尖らせて言う。
「まったく、あんなのが神族を名乗るなんて……。それなら、みんなボクを崇拝してくれればいいのにね。ボクに毎日高級菓子を奉納するだけで幸せな毎日を約束するんだけどな」
そんな伊邪那美の頭を、恭也は無言のまま掴んでいる。
「恭也? なんで? ……痛い痛い! 頭が潰れちゃう~」
石段を降りるリンカーと英雄たちは、どっと笑った。
「今後、誰もこの神社に丑の刻参りに来なくなるといいな」
呟く恭也に、皆ただ頷いたのだった。