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早すぎです、五月病さん
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最終発言2016/05/01 01:25:00 -
GWは明けてない
最終発言2016/05/01 12:59:55
オープニング
五月病――それは新年度を迎えて身の回りの環境が大きく変わった者が、主に五月連休明けに心身に不調を来す現象の事である。
「ちょっと天宮、いい加減にしてよ。本当に収録に遅刻するだろ」
「彼香クン……俺ぁもう何もしたくないよ」
「なに、五月病にでもかかったつもり? まだ連休明けてないし、お前はこの春で何も変わってないでしょ。全くお菓子の袋も服も散らかしっ放しで……こんな部屋に住んでるから性根が腐るんだよ」
「……」
朝、彼香君(az0033hero001)に説教される天宮すみよし(az0033)。珍しい光景である、通常は逆なのである。
「聞いてるのか天ぐ」
「うるさい!」
ボッフ。低血圧の英雄に枕を投げ付けられるのはいつもは天宮の方なのである。
「お前ね……」
「……」
「……は? ちょっと何、今度は泣いてるの?」
キレたと思ったら今度はぽろぽろ泣き出した。連れの余りの情緒不安定さに彼香君も呆れ顔。
「何だよ、お、俺なんか居なくてもさ……彼香クン実は一人で起きれるんじゃん。知ってたけどね、俺は要らない子だなんて最初から分かってたけどね、」
「ハァ……? 訳が分からない、もうお手上げだよ」
「それでもちょっとは役に立ってるかなって、なのに……う、うっうっ。死にたい」
「ああ、好きにしてくれ」
彼香君は局の迎えの車に天宮不調の一報を入れ、突然降って湧いた休日を持て余した。そこで何となくテレビを見る事に。やっていたのはニュース番組で。
『はい、と言う事で今日は五月病特集でした。コメンテーターのハムスターさんは五月病どう思われますか?』
『ペッ、あないなモンが病(やまい)言われとる時点で腹立つねん。クソガキ共、それは甘えやで。適応できへん己の無能を病気のせいにできる世の中になってホンマ良かったな』
『そうですね、今日もブログ炎上間違いなしですね』
『ええかおまいら、忙しさにかまけて部屋汚く使てるやろ? 片付けぇ、今すぐ! そないな堕落した生活送っとるから性根が腐るんやで』
「うるさいな」
がしゃーん。ザー……。彼香君が投げ付けたリモコンでテレビは粉々。
「なんか……急にめちゃくちゃイライラしてきた」
とりあえず本部には自分も体調不良だと伝えておこう。今は誰にも会いたくない、というか会うとマズイ。
「とにかく誰かを虐めてスカッとしたい気分だ。誰でもいいから靴磨きさせたりシャワーでびしょびしょにしたりワサビたっぷりの寿司を床に置いた皿から手を使わずに食わせたりすればスッキリする気がする。できれば女の子がいいけどこの際男でもいい。くそっ一体どうしてこんな事に……」
そんな彼香君の座るソファの周囲にも、弁当殻やらビール缶が散乱していた――どうやらこの家は空気が淀んでいるせいで、中に居る者がひどく精神的に不安定な状態になってしまうらしい。
しばらくのち、二人の体調不良を聞いた本部からお見舞いを頼まれたエージェント達が魔界へと足を踏み入れる――
解説
概要
皆さんは本部から体調不良者の様子を見て来る様に頼まれ、都内マンションに居を構える天宮家にやって来ました。しかし、その家は五月特有の淀んだ空気に支配された魔境と化していたのです。一人、また一人と情緒不安定に陥ってゆくエージェント達……皆さんは無事この家から脱出する事ができるのでしょうか。
淀んだ空気
天宮家じゅうがドンヨリした空気に包まれていて、中に居る人はあっという間にやる気を失ってしまいます。所謂五月病に似た症状が出ますが、どんな症状が出るかは人それぞれです。
例えば天宮はあらゆる事がどうでもよくなり、また情緒不安定で突然キレたり泣き出したりする状態になっています。彼香君はとにかくイライラしていて意味も無く皆さんを理不尽な行為で苦しめようとします。
しっかり者の方は部屋を片付けたり換気したり逃げ出そうとするかもしれませんが、おそらく強制的に何らかのトラブルに巻き込まれるでしょう。ひたすらグダグダするだけでシナリオは終わり、翌日本部職員に部屋から引きずり出される事になります。
最中の記憶もバッチリ有りますので、終了後自己嫌悪に浸る事も可能です。
おすすめの楽しみ方
・憧れのあの人を誘ってみる
普段は素直になれないツンデレでも、情緒不安定状態なのでたぶんちょろいです。
・勢いに任せる
五月病のせいにして普段できない事をやってのけます。
具体的には告白する、鬱憤の元凶を殴り飛ばす等です。
・MSにぶん投げる
放っておいてもきっと誰かと絡みが発生します。
NPCは必要な時だけ最低限動きます。
状況
・天宮家は広めの2LDK、テレビはもう一台あるのでDVDも色々見放題です
・おやつや飲み物は冷蔵庫に入っており、事務所ツケで出前も取り放題の引きこもりには最適の環境です
・すべて天宮家が汚いせいで起こった不可抗力ですので、何があっても誰も咎めません
・愚神? 従魔? そんなものは出てきません
リプレイ
●とある都内マンション
「おはようございまーす、WNLの集金でーす。受信料お願いしまーす」
「……あれって色んな方面から怒られないかな、トラ」
「やめれ、案内係さんが困ってるだろーが!」
「お前は出だしから仕事し過ぎだろ」
ツッコむ旧 式(aa0545)、にツッコむドナ・ドナ(aa0545hero001)。各家のインターホンを鳴らしまくる五々六(aa1568hero001)に呆れつつも、獅子ヶ谷 七海(aa1568)は止める素振りを見せない。
「H.O.P.E.痛恨の人選ミスだな」
「血迷ったとしか思えませんね。このお二方に見舞いを依頼とは」
金獅(aa0086hero001)の言に、宇津木 明珠(aa0086)も頷き。
「五々六お前、愚神の関与も想定してる――とか言ってなかったか?」
「ありゃ杞憂だった。このボケた雰囲気、間違いねぇ。そうと分かればこんな依頼クソ食らえだ」
「流石ですね……淀んだ空気等に当てられるまでも無い様で」
「愚神絡み以外でコイツがやる気見せるの、博打くらいだもんな」
そんな五々六は何件目かの扉をバーンと閉ざされる。
「チッ、シケてるぜ。どいつもこいつも"そんな悪人面が採用されるか"だの……」
「当然の結果だよ……ね、トラ」
「ねーねー杏奈、ホントにテンカノに会えるの?」
獅子ヶ谷とルナ(aa3447hero001)はごく歳が近く見えるが、受ける印象はまるで逆。世良 杏奈(aa3447)は純粋な期待を抱くルナの手を引く。
「そうよー。でも具合が悪いみたいだから、歌とかは聞けないと思うわよ」
「うーん、そっか……」
「お見舞いをして、早く元気になって貰いましょう。そうすれば、歌も踊りも見られるわ」
ちょっと残念そうなルナに、世良が微笑む。彼女らを待ち受ける苦難を、まだ誰も知らない――
●五月のよくある風景
「インターホンにも応答がないわね。もう勝手に入っちゃうわよ」
「そうね。お邪魔しま~……、ナニコレ」
「うわ……これはひどい」
玄関を開けた瞬間、キリエ(aa0994hero001)達は唖然とした。ルナも呆れ顔でリビングへ向かう世良に続く。床を埋め尽くすのは散らかしたままの飲み物や食べ物、果ては毛布まで。最近暖かくなってきたせいもあって、締め切った部屋はドンヨリと停滞した空気に支配されている。
「散らかり放題ね……これが汚部屋って奴なの?」
「あら、何故だかテレビも壊れてるわ。空気も淀んでて体にも心にも悪そうだし」
「芸能人は忙しいっていうのは分かるけど、流石にコレは無いわー……あれ、杏奈? どうしたの?」
「――私、決めたわ。キリエさんもですね?」
「ええ。先ずは換気かな……」
「私もお手伝いします」
世良は足元からバンダナを拝借し、頭に巻き付けた。キリエと零月 蕾菜(aa0058)も、その辺から拾い上げた雑巾やゴミ袋を拾う。
「なんというか……とりあえず掃除ですね」
「さあ、徹底的にやってやろうじゃないの!」
「おっと、そうはいかないな」
「! その声は……」
ムクリとソファから起き上がったのは仏頂面の彼香君(az0033hero001)。
「僕の家で勝手は許さないよ」
「お前、体調不良じゃなかったのか!」
「ウフフ、いらっしゃ~い」
「! 何処かに天宮もいんぞ!」
旧とドナが見渡すと、天宮すみよし(az0033)はぐでりと寝室から廊下にハミ出していた。
「天宮さん、大丈夫ですか?」
「あれぇ、キリエくんも俺のコト馬鹿にしに来たの? ウフフ……」
キリエが駆け寄るも、天宮は虚ろな目でブツブツ言うのみ。枦川 七生(aa0994)は顎に手を当てた。
「成程。これは体調不良、と言うよりは……」
「酷ぇな、五月病か。俺もこの季節は鍛えんのが怠くなる事があんだよな」
「いや、五月病か? もっと闇の深いナニカだと思うんだけど……まぁ分かるわ。アタシも煙草が増えんだよ」
「テメエは年中だろ。つーか部屋で吸うなよ、みんなの迷惑になっから」
過去、二つ名"紅"を持つプロニートであったにも関わらず、旧の立ち振る舞いは実に理性的である。だが、彼も少しずつこの家の空気に侵されつつあった――そんな事は露知らず、ドナは煙を吐き出す。
「いや、アタシ掃除とかしねーし、今回煙草ふかすくらいしかやることねーだろ」
「……おーけい、邪魔しなければおっけいだ。分かったからベランダ行け」
「ウフフ、邪魔? 俺が邪魔だって? あなたもヒドい事言うよね」
「イヤ言ってねぇ。お前んち一体どうなってんだ」
「そんな、テンちゃんが――?! キャー!!」
天宮に幻滅するルナは、何者かに首の後ろを掴まれた。振り返れば、それは彼香君。
「きみね、人の家に勝手に入っちゃダメってお母さんに教わらなかったのかい?」
「ち、ちょっと何すんのよ、離しなさいよ……! 呼び鈴鳴らしたのに、無視したのはそっちでしょ! この変態! ロリコン!」
「口の悪い子だね。はい、黙らせてあげる」
「ンン゛ー?! かぁい!(辛い!)」
出前寿司を口に詰め込まれ、ルナは涙を浮かべた。大量の生温い魚と酢飯が喉まで到達し、山葵辛さが少女を襲う――無論、世良が黙っている筈が無い。
「私の娘に、何手ェ出してんだコラァ!!」
「ぶべらば!」
「ふぁんぁー!(杏奈ー!)」
マジギレモードに突入した世良のグーパンチに、吹き飛ぶ彼香君。解放されたルナは敵に往復ビンタを打ち込み、世良の許へ走る。
「痛いな……このじゃじゃ馬娘共、本当にカタギかい?」
「あら、まだやる気? ……いいわ、戦ってあげる。かかって来なさい!」
「やっちゃえ杏奈、相手が大人気アイドルなんて知ったこっちゃないわ! そこよ、ヤクザキック! 右ストレート、からの踵落とし!」
「グハッ」
「困りました……このままだと、掃除は私だけですね」
零月が仕方なく一人で片づけを始めると、その背にふわりと抱き着く者が。
「わっ、風架さん……? いつの間に幻想蝶から出て来たんですか?」
いつもと比べて数割増しでだれている十三月 風架(aa0058hero001)は、零月の首筋に顔を埋めた。
「ふふー……蕾菜、なでなでしてください」
「ん、くすぐったいですよ。それに、ほら、足元でテレビが割れています。危ないですから」
「む。じゃあ、それを片付けたら、膝枕してね……?」
「……トラ。あの人って、あんなに甘えただったかな……?」
「風架がこの空気に毒されてんだろ。可哀想な事に、そのせいで蕾菜がなまじ正気のままと見えるな」
「五々六はいつもと変わらないね……そっか、元から無気力だからか」
「フン、むしろ居心地が良いぜ。覚えとけ七海、ライオンは日に2時間くらいしか働かねぇのさ」
五々六がふと廊下に目を向けると、床に転がった天宮はキリエの介抱を受けていた。
「それにしても汚……いや、すごく散らかってる……掃除する余裕なかったんですね」
「うん、俺ね、ちょう頑張ったんだよ……ねぇ、俺の話聞いて?」
「でも、換気しないとこの空気はやばいですって。少し寒いかもしれないですが、我慢してください。ちょっと窓を開け来るだけですから……ね?」
「やだ、今すぐ聞いてくれないと死ぬ」
「えー……でもほら、不浄な所には良くない気が溜まるって言いますし。ゴミは僕が片付けますから、掃除しましょう? 要る物を避けてくれるだけでいいので」
「うるさい! ゴミなんて何処にあるのさっ?!」
「いやいや、どう見てもゴミなものが沢山……」
「何で俺の事ゴミとか言うの?!」
「違います、それは今投げ付けた空き缶とかの事で……ああもう! ダメだ、これじゃあ先生の世話の方が幾らかマシ……いや、うーん、どっちもどっちだな……って、あー! また先生がいない! どこ行ったあの野郎、こっちは今手が離せないんですよ!?」
「……忙しい奴だな」
能力者を探して去るキリエを尻目に、五々六は天宮を見下ろす。
「お前さんあれだろ、なんとかっつうアイドルだろ? サインくれよサイン。ネットオークション出したらいくらで売れっかな」
「ウフフ、何言ってんの。俺なんかの落書きなんてゴミだよ。ウフフ」
「……こりゃ無心しても無駄かね? お、オッサン、そりゃ洗面所だな?」
手近な扉を開けまくっていた枦川は、キリエに発見される事も無く、遂に目当て――風呂を探し出していた。五々六は鏡台から日用品をちょろまかす。
「使用済み歯ブラシ、バスローブ……ガチなファンが金を落としそうな品ってのはこんな所か?」
「……そうだね、トラ。ばれたらクビ」
「大丈夫だ、今なら全部この空気のせいにできる」
「部屋に入る前から問題だらけだったのにね。あいつ最低だね、トラ」
枦川は五々六の窃盗を気にした風も無く、湯船の蛇口を捻る。少し熱めの湯が船底を穿った。
「入浴にはストレスを軽減させる効果がある。血行も改善し、怠さも抜けるだろう。リラックス効果のある入浴剤などがあればよりいいのだが……これでいいか」
バスラックから泡風呂の素を取り出して湯船に加えると、枦川は浴室を後にした。家には人柄が出るという――これを見てその人物を把握する事が出来ればと思っていたが、こうも物が散乱していては……
「いや、或いはこの散乱した状態が彼の人柄なのだろうか? 人は見かけによらないものだな」
リビングが騒がしいが、これだけ元気があるのならば看病も必要あるまい。掃除などはキリエに任せておく事にする。曰く、あれは掃除が趣味だから勝手に始める筈だ。
「私は今少し、この家に興味が有る……探索させて頂こう」
その頃、リビングでは宇津木が症状を顕著にし始めていた。彼女は乱闘も意に介さず、只窓の外を見詰めている。
「この部屋は日当たりがいいですね。たまには日光浴をしてビタミンDとセロトニンの生成を促すのも良いかもしれません。今の時期は寒暖差が激しいですから、体調管理はしっかりしなくては」
説明しよう。セロトニンとは、幸せホルモンの異名を持つ精神伝達物質である。流石医療界のサラブレッドは言う事が違う。
「おいガキ、今日何か……何時もと違くね?」
「眠いからです。放っておいて下さい」
金獅を突っぱね、宇津木は明後日の方を見てあげた。
「天宮さん、彼香君さん、初めまして。このヘッドホンと窓際の隅お借りします。では皆様お休みなさい」
ちなみに天宮は呪言、彼香君は乱闘の最中で返事は無い。宇津木はソファからクッションを拾い上げ、それに自分のハンカチを敷いてそこに座った。ティッシュを挟み、ヘッドホンを付ける。膝を抱いた宇津木に、金獅が一言。
「……何してんだ?」
「当然でしょう。他人のお宅で横になるなんて不衛生ですし、これらはどういった用途で使用されたか分かりませんから」
「……」
宇津木と時を同じくして、旧も自身の異変を感じていた。
空気に当てられて無性に胸がざわつき、やけに昂るのだ――下半身のアームストロングが。
だから何かこう……使わなければいけない気がするのだ――そう、惚れ薬を!
「……おーけい、そうと決まれば、チャンスを伺うか。先ず、俺も真面目に掃除しなきゃな。第一印象、好感度は大事! それが後々のために役立つんd」「あの、旧さん」
「ハヒッ零月さん!」
「ふふ、どうしたんです、そんなに慌てて。掃除しますので、少し避けて頂けますか?」
「エヘヘ、いやぁ、俺も手伝いますよ。アッ滑っ……」
旧、濡れた床に滑る。目前には零月のおっぱ――
「がぶー」
「……」
「ああっ風架さん、いけませんよ、人の頭を齧っちゃ」
「がじがじ……だって旧さん、あんまり蕾菜に絡むんだもん」
「や……これは事故で、」
「嘘ですよ、下心見え見えでしたよ」
「下心って、何の事ですか?」
「蕾菜、男は誰でも獣なんです」
「イテテテあんたの場合は本当に獣だから! 牙が食い込む!」
悲鳴を受けて、十三月は漸く旧の頭部を解放した。そして零月を自分の方に抱き寄せる。
「蕾菜は自分のです」
「風架さんのものでもないですからね!?」
「本当に主大好きだなこの番犬!」
そこへ閃く本の角――凄まじい無表情の宇津木が繰り出した一撃に、十三月は倒れ伏した。各位既知の通り、本は時として武器としても使用出来る。特に角は。
「風架さんーっ!」
「皆さん、うるさいですよ? それとも、貴方がたは私のクッションになりたいんですか?」
「あわわ宇津木さん、どうかお収めくださいっ」
「ではお静かに。眠いのに笑顔等無理ですし、殺気を殺す事も大変難しい状況です。何をされるのも自由ですが、私の邪魔をすれば、強制的におやすみいただきます」
「くっ……蕾菜、すみません。彼女は自分の手には負えない」
「いや、本の角強すぎだろ!」
ツッコミつつ旧は考えた。この惨状をハーレムに変える為の唯一の方法――その作戦、今が実行に移す刻だ。
「なぁ、そろそろ休憩にしねぇか?」
旧の提案に、まず世良が乗る。
「あら、いいわね。私、お見舞いにと思って、紅茶クッキーを持って来たのよ」
「誰がメスゴリラのクッk――ゲフッ、いい加減に……ガハ」
「言っておくけど、地雷を踏んだのはカノなんだからね!」
「よっしゃ、じゃあ少し休もうぜ。俺が紅茶淹れて来てやっからよ」
計画通り――旧は洗い物が山と積まれたキッチンでほくそ笑んだ。
「くくく、このティーポットに惚れ薬をブチ込んでやるぜ。子供に興味はねーが、イケメンも可愛い女の子も総取りだ!」
旧は平静を装ってリビングへ戻り、世良が広げてくれたティーセットを満たした。その間にも、金獅は辺り中を物色する。
「しっかし豪華な部屋住んでんな。俺んとことか本しかねーのに……おお、冷蔵庫も色々入ってやがる。アイドル共、このケーキ食うぞー!」
「なに勝手に――ゲホッ」
「威圧しようと思ったけど、世良が黙らせてくれたわ。おーい。甘いもんあるからみんなで食おーぜ」
「こちらも、どうぞ召し上がれ」
世良がテーブルに愛らしい包みに入った紅茶クッキーを添えると、旧が感嘆の声をあげた。
「うわあ流石、主婦はすげーや。どう見ても既製品だぜ――」
「(がし、ざらざら)……確かにうめぇ。が、摘みにはならねぇな」
「(ぱく、ぱく、ぱく、ぱく)美味しいね、トラ」
「……あの、俺ら真面目に掃除してたんスけど……七海ちゃんもずっと雑巾持ってるけど、それ持ってただけだよね?」
旧の訴えも右から左、獅子ヶ谷と五々六は黙々と咀嚼を続ける。五々六に至っては、勝手に酒を飲んでいた。そして獅子ヶ谷もまたクズの素質を秘めた原石。
「甘いな旧。七海は報酬が発生していることに負い目を感じ、労働のポーズをしていただけだ。俺達は獣――怠ける誘惑には弱いのさ。それにな、ライオンって奴は食える時に食えるだけ食っとくもんだ」
「……お金がもらえて、おなかもいっぱい。ボロい商売だね、トラ」
「あらあら、食欲旺盛ねぇ、クッキーはもう無くなっちゃったわ。カノさん、この子達、放っておくと備蓄を一掃しかねないわよ」
傷だらけの彼香君はおもむろに獅子ヶ谷の首根を掴む。
「あっ。トラ、助けて……っ」
「ねぇ、これ、僕の見舞いの品なんでしょ? なに我が物顔で食らってんのさ」
「七海……お前も獅子の名を冠する者なら、手負いの龍程度、適当にあしらって見せな」
「はは、聞いた今の? 酷いよね、絶対面倒くさいだけだよ」
「死ねばいいのに、あいつ死ねばいいのに、あう」
「ハァ? ちゃんとメスネコらしく鳴けって」
「この……この……っ」
腹いせに少女をぶんぶん振り回す彼香君。獅子ヶ谷は徐々に涙目に……
「ふえ、ふえええ、びえええええっ!!」
「やべぇ、止め――えっ、世良さん、零月さん?! ちょ、離し……うおお、二人が腕にしな垂れかかって来るッ?! どういう事だ?!」
「ごめんなさい旧さん、私……凄く眠いんです……」
「紅茶を飲んだら急に……風架さんとルナは既に轟沈してるわ……」
「何でだ!」
「びええええろろろろろぉぉ」
獅子ヶ谷、不快感のあまり胃の中身を床に吐き散らす。
「うわあああッ大変だ――獅子ヶ谷がゲロインになっちまったぁぁぁ!」
「あーあーはしたない子だねぇ。さあどうする? ぜんぶ出させてあげようか?!」
「やめろカノぉぉ全年齢向けだぞぁぁ」
「あっはっは、楽しくなってきたよ!」
そこへ光る一抹の閃光。彼香君が振り返ると、そこには震える獅子ヶ谷を抱える五々六の姿が。
「ったく、ギャン泣きした挙句ゲロとは呆れたガキだ……」
「子供なんてそんなものでしょ? なに、いまさら保護者面?」
「ハッ。ほざけ、そいつは俺の"所有物"だ……虎の尾を踏んじまったぜ、お前!」
どたりと獅子ヶ谷を床へ放り、それを背に庇う五々六。彼香君はおかしそうに笑う。
「ふふ、何だって? 悪いけど、小動物の鳴き声はよく聞こえなくてね」
「喉笛食い千切られても言ってられんのか? 状況如何では共鳴も辞さねぇぜ」
「へぇ。飼い慣らされた獣の牙は、果たして尖ってるのかな?」
双方身構え――いざ、龍虎相搏つ!
「……静かにしろと言ってるのが、聞こえませんか!!」
びゅびゅんっ。宇津木の投げ付けた本の角は、五々六と彼香君の後頭部を直撃した。龍虎悶絶。
「ぐっ……」
「この僕が本如きで……ちょっと、そこの小鳥。見下ろさないでくれる」
彼香君の近くには、たまたま金獅が。
「あ? 癇癪起こして騒ぐんじゃねーよ。犬猫か」
「チッ……あんまりぴーぴー煩いと、フライドチキンにし――」
ビターン。実に見事なブレーンバスターが炸裂、金獅に抱え込まれた彼香君は全身を床に強打した。
「いきなり投げるとはな……お前、多分この空気で元々の破壊衝動とやらが増幅されてるぜ」
「うるせー五々六、取り合うより投げの方が疲れねーんだよ。それに、最近暴れ足りねーんだ。少し遊びに付き合って貰う」
「いったいな……遊びだって? きみ、そんなに揚げられたいの?」
「上等だ、返り討ちにしてやんよ。プロレスでもいいぜ? 要は病院送りにしなきゃいいんだ、上手く痕が残らねようにしてやるから安心しろ」
「いいだろう、受けて立つよ。後悔しても遅――」
「――だから、」
カッ! 宇津木が括目した次の瞬間。
「静かにしろと言ってるんです!!!」
金獅と彼香君の後頭部を本の角が襲う。あまりの衝撃に、二人は寝室まで吹き飛ばされた。
「いてて……あのガキ! ……おい、おいカノ」
彼香君は精神的なダメージが深く、再起不能の様だ。
「くそっ、折角の遊び相手が……俺の欲求はどうすりゃいいんだ!」
「そういう時は、何かに当たるのが良いのではないだろうか」
「……誰だアンタ」
「枦川という」
「ウフフ、ウフフ」
足元に伸びていたのは枦川と天宮だった。どうやら寝室は特に瘴気が濃かったらしい。枦川は探索中に此処へ入ってしまい、出られなくなった様子。
「風呂を沸かし、皆を癒そうと思ったが……それも最早どうでも良くなった。そうだ、暴れればスッキリするのだ。私は何故そんな簡単な事に気付かなかったのだろう。さあ、私でもベッドでも好きな方を殴るといい」
「いや、よく分かんねぇけど、俺は壁でいいわ」
「壁だと穴が空いてしまい、近隣に迷惑が掛かる。ここは天宮君か私を殴るべきだ」
「ウフフ、酷いよね。センセまで酷いよね」
「マジでいいって、お前ら殴り心地悪そうだし。じゃーベッドで我慢してやるよ。つーかなんか……床泡立ってね?」
何故か寝室の床はもこもことした泡に覆われ、まるで雲の上に居るかの様な有様だった。そこへキリエが駆け込んで来る。
「あっこんな所に! 先生、ここ人の家だってわかってます? うろうろしないで下さい! お風呂もあんなに溢れさせて……」
「すまないがキリエ、私はもう何も考えたくない……君の好きにしてくれ」
「えっ!」
「天宮君達が栄養面に配慮のある食生活をしているとは言い難そうだし、皆が風呂に入っている間に食事の準備を頼もうかと思ったが、それももうどうでもいい……」
「先生ー! 大変だ、どうしよう?!」
「キーリエくん、お喋りしましょ? ウフフ……」
「やめ、天宮さ、離し――ぎゃー!」
そうして、悪夢の様な一日が過ぎてゆく――
●影の功労者
喫煙者ドナは早々にベランダに追い出されていた。
「なんか無性に煙草吸いたくてよ。とりあえず一服と思ったけど……はあ~、うめえ。
止まらねぇな。もう一本……って、アレ」
ケースの中は、既に空だった。
「嘘だろ、今朝買ったばっかだぞ。アタシそんなに吸ってたか?
くそ、今日は最高に煙草がうまいってのに……なんでもうねーんだよ」
吸いたいのに吸えない。
我慢しているうちに、とにかく腹が立ってきた。
「くそ。天宮に八つ当たりしよう」
ドナはベランダの戸を開け、道中でマッキーを拾って天宮の許へ向かう。
――翌朝。
天宮は泡とゴミの中で目を覚ました。ベッドの残骸の上には、スッキリ顔の金獅が倒れている。記憶が無くなる等という都合の良い事は勿論無い。
「最悪だ……皆ゴメン」
周囲で気絶している枦川、キリエ、ドナ、彼香君に詫びつつ、天宮はリビングへ。宇津木と獅子ヶ谷組、世良組がまだ寝ているのが見えた。
「……」
ふと鏡を見ると、己の顔には幼稚な落書きが施されている。顔を擦っていると、既に起きていた旧が彼に気付く。
「天宮、おはよ……どうした、その顔?」
「……分かんないよ、旧クン」
「そうか。俺もよく分かんねぇが、どうやら悪夢は終わったらしい」
部屋の毒気は、多少掃除されていた事と、ドナが戸を開けたままにしていたお蔭で、少しずつ抜けていた。我に返ってからというもの、旧は底知れぬ賢者タイムに陥っている。
「魔が差したぜ。なんで俺、惚れ薬なんてもんを……男女見境ねーとか在り得ねーだろ」
「はふむ……二人とも、そんなに気にする事でしょうか」
「……うぅ」
気にした風も無い十三月に対し、零月は恥ずかしそうに頬を染める。
旧は寝息をたてる面々の横を過ぎ、ベランダで煙草に火を点けた。内心とは裏腹の爽やかな朝は、自己嫌悪もひとしおで。
(グッバイ、チビでチンピラっぽいけど硬派で紳士だった自分。ハロー、下半身もといアームストロングに支配された自分。
嗚呼、卑劣な男にはなりたくなかったぜ……)
頑張れエージェント。負けるなエージェント。
この日が例え忘れ難い汚点の一つとなろうとも。