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月下に佇む白猫は
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最終発言2015/09/28 22:35:03 -
白猫退治
最終発言2015/09/29 22:16:23
オープニング
●黄金に浮かぶ黒い月
なーおん。
暗闇の公園で声がする。
なーおん。
楽しそうな、寂しそうな、誘っているような、拒んでいるような。そんな不思議な声がする。
なーおん。
「……猫の声?」
ふと耳に届いた声に、足早に道を進んでいた女は歩みを止めた。もうすっかり夜も更けた時刻である。周りに人影はなく、まばらな街灯が夜の街にポツンと佇んでいるのみだ。
そんな夜更けに、猫の声がした。聞き間違いかと巡らせた視界に、真っ白い何かが横切る。同時に聞こえた、言葉通りの猫なで声。
なーおん。
「あら。ふふっ、こんばんは。夜のお散歩かしら?」
「なぁーん」
真っ白い塊の正体は、真っ白い毛皮を持った猫であった。その姿を認めた女の表情がふっとやわらかいものとなる。女は無類の猫好きなのだ。日々の仕事に疲弊していた精神が、ふわふわとした小動物を見ることで、ゆるゆると癒されるのを感じる。
猫は女の姿を見ても逃げることはなかった。それどころか、誘うような目を向けているような気すらする。女は迷わず、夜の公園へと足を踏み入れた。白猫が、黄金色をした眼をすっと細める。
「おまえ、人懐っこいねぇ。綺麗な首輪もつけてるし、どこかの飼い猫さんかな? ふふふっ、白い毛と金色の眼に、赤い首輪が映えてるね」
逃げる気配のない白猫を前にして、女が視線を合わせるようにしゃがみ込む。白猫は、ただ静かに佇んで女の行動を見守っていた。
「ねぇ、ちょっとだけ撫でてもいい?」
あまりにおとなしい白猫の様子に、女が思わずといった様子で声をかける。その言葉を理解したのかしていないのか、白猫は徐に立ち上がって女の下へと近付いてきた。長い尻尾がゆらゆらとたのしげに揺れている。
なーおん。
夜更けに猫の声がする。誘うように、媚びるように、たのしげに、愉しげに。
なーおん。
黄金の瞳に浮かんだ黒い月が、きゅうっと細く鋭くなった気がした。
月明かりの下で、白猫が、わらう。嗤う。
女の意識はそこで途切れた。
●白い猫の正体は
「以上が、被害者女性の証言です」
そう締めくくって資料から顔を上げた青年は、険しい表情のまま会議室の面々を見渡した。
「この女性は5日前事件に遭遇し、2日前意識を取り戻しました。被害が比較的軽度だったためか回復も早かったようで、意識レベルも安定しているようです」
幸運なことです、と零れ落ちた言葉は、きっと無意識のうちに発せられたものなのだろう。それは被害者女性に向けての言葉なのか、報告が早かったことに対することなのか。青年の表情からは読み取ることができない。
「この証言のおかげで事件の早期解決に至りました。こちらの資料をご覧ください」
青年が視線と手振りで示したのは、会議室に備え付けられたホワイトボード。すでに幾つか貼り付けられている資料の一つを示して、手元の資料にも視線を落とす。
「事件現場はこちらの公園ですね。見ての通り、この事件以外にも幾つか被害が出ているのがお分かりかと思います。霊力を全て食われた上で死亡している方もいることから、愚神、もしくは従魔の犯行と見て捜査していましたが、被害者女性の証言でホシが割れました」
そこで一旦言葉を切って、ぺらりと資料をめくる。
「証言から、相手は猫を依代にしたミーレス級、またはデクリオ級の従魔であると想定しています。先ほどの被害者女性は、夜間の公園で猫の声を聞き、それに引き寄せられたと語っていますが、他の事案でも同様の手口で被害者を引き寄せたと考えてよいでしょう。また、事件が全て公園で起こっていることから、この従魔は公園をドロップゾーン化しようと目論んでいると思われます。幸い、まだドロップゾーン化はしていないようですので、そちらの対応は考慮しなくても結構です。尚、依代の猫は第一被害者と思われる女性が飼っていたものと考えられていますが、依代がまだ生きてるかどうかはわかりません。我々としてはすでに手遅れであるとして行動していただきたいと思っています」
淡々と言葉を口にしていた青年は、説明を終えると手にしていた資料を台に置いて、もう一度会議室を見渡した。
「エージェントの皆様には、この従魔を撃退していただきたい。今回の相手はかなり強かであると思われます。相手の姿に惑わされないよう、これ以上被害者が出ないよう、心して任務遂行にあたってください。それでは、H.O.P.E.の能力者である誇りをお忘れなきよう。皆様の成功を、陰ながら祈っております」
解説
●目的
白猫を依代とした従魔を倒す。
●公園について
全体の広さは30スクエア程度。駐車場は無い。芝生ではなく土の地面で、雑草類は適度に刈られている。
公園には滑り台、ジャングルジム、砂場、スイング遊具×2のある広場スペースと、ちょっとした林のようになっているスペースがある。内訳は広場が12スクエア、遊具が3スクエア、林が15スクエア。
●敵について
敵は白猫の姿をしている。
特徴は、真っ白い体毛と金色の眼、革でできた赤い首輪。
住宅街の傍にある公園に出没。出没する時間帯は、被害者の死亡推定時刻や目撃情報により、午後10時から午前3時の間である。昼間はどこに潜んでいるのかわからず、また、通常の猫との見分けもつきにくいので、昼間に目標を発見し撃破することは困難であると思われる。
尚、敵は普通の猫と見分けがつかないことを熟知しているので、接敵しても普通の猫を装う可能性がある。対応策を講じること。なんの策も持たず敵意を持って近付いた場合、逃亡する可能性もある。注意されたし。
また、依代となっている白猫に関しては、すでに手遅れであるとして挑むこと。
リプレイ
●それが我らの歩む道
「じゃあ、今回の作戦に必要なものを考えようよ」
従魔を倒すための作戦を粗方話し合った一同に、餅 望月(aa0843)が次の話を切り出した。その隣にいる百薬(aa0843hero001)も、相棒である餅の言葉に同意するように頷いている。
「じゃあまずネットだな、ネット。準備はヴァルに任せる」
真っ先に反応したのは以前餅と同じ作戦に参加したことのある赤城 龍哉(aa0090)。相棒のヴァルトラウテ(aa0090hero001)も特に異論はない様子である。
「そうですね。今回の従魔は強かだって話ですし」
続けて同意するのは佐倉 樹(aa0340)とその相棒シルミルテ(aa0340hero001)。シルミルテが言葉を発する様子はないが、その表情はニコニコと分かりやすく笑んでいる。
「な、なら蛍光スプレーとかどうかな。その、もし逃げられても見分けつくように……」
躊躇いがちに発言したのは高天原 凱(aa0990)。発言した事で注目を集めた事に気後れしたのか、首を竦めて視線を彷徨わせている。
「おお! それはよい考えでござるな!」
「うんうん」
ぽふ、と手を打つ綱(aa0846hero001)に、稲葉 らいと(aa0846)も同意するように頷いている。
「あ、じゃああれはどうかな? ほら、コンビニのレジの後ろとかで埃かぶってる防犯ボール」
「いいですねそれ。H.O.P.E.に申請したら用意してくれないでしょうか」
餅が人差し指を立てて防犯用カラーボールを挙げれば、佐倉も同意して申請を検討している。
「ならば合わせてネットも申請したほうがよさそうですわね。他に何か入り用でしたら、私が一緒に申請してきますけれど」
「あ、だったら別行動にしない? 私は先に公園の下見に行きたいんだよね」
昼間の囮役を買って出ていた杵本 千愛梨(aa0388)と杵本 秋愛梨(aa0388hero001)が控えめに手を上げて主張する。
「そうだね。じゃあ一旦別れて、あとでまた集合しようよ。必要な物がある人は一緒に来て貰うとして、別行動する人は?」
餅がくるりと視線を巡らせれば、赤城、瑚々路 鈴音(aa0161)とその相棒であるEster=Ahlstrom(aa0161hero001)、カリスト(aa0769)と杵本ペアの6人が手をあげていた。
「わたしは夜に備えてしっかりお昼寝させていただきます」
「私は鈴音様の眠りをお護りいたします」
表情に不安を滲ませている瑚々路と慈しむような笑みを浮かべたエステルは、話し合いが終わった気配を察知すると、一礼してその場を辞した。
「なら私も下見に行かせてもらいます」
「だったら俺も行こう。一人だと何かあった時に困るだろう?」
カリストに続いて赤城も立ち上がる。一瞬何か言いたげな顔をしたカリストは、次いで何かを聞くように耳元に手を当てて、そうして一瞬だけ嬉しそうに表情を綻ばせる。
「はい、わかりました。よろしくお願いしますね、赤城様」
「……おう」
赤城はカリストの変化に面食らった様子を見せたが、瞬時に表情を切り替えて軽く片手を上げて応えた。
「あたしたちも行こうよ」
「あっ、待ってよ望月ぃ!」
公園組が行動を開始したのを見届けて、餅と百薬も動き出す。そのあとを追うように、ヴァルトラウテ、佐倉、シルミルテ、稲葉、綱、高天原の8人も移動を開始するのだった。
●太陽の下、集う者達
ありふれたビニール袋をぶら下げて、杵本は件の公園へ続く道を歩いていた。
辺りには杵本以外にも主婦らしき人物やスーツ姿の男性の姿があり、完全に一人という訳ではない。昼間の公園周辺は存外と人通りがあるらしい。
「おっと。思ってたより居るんだね」
そうして何気なさを装って公園内部に目を向けた杵本は、そこにたむろしていた猫の数に思わずといった様子で呟きを漏らす。杵本の視線の先には、ぱっと見で5、6匹の猫がいたのだ。
「やあ、こんにちは! ネコさん達は集会でもやっているのかな?」
予想より数が多かったが、杵本は当初の予定通り猫好きを装って公園に侵入する。猫は人馴れしているらしく、近付く杵本を警戒する様子はない。それどころか厚かましくも足元に擦り寄ってくる個体までいる。
「おーよしよし! 可愛いネコさん達だー! ホントはうちの子用だけど、特別にあげちゃおーっと♪」
それに半ば以上本気ででれっと格好を崩し、いそいそと購入していた猫缶を用意する。はぐはぐと警戒心皆無で猫缶を食べている猫達をそれとなく観察しながら、杵本は視界にカリストと赤城の姿を捉えていた。下見は滞りなく進んでいるらしい。
と、赤城が隣を歩くカリストの肩を軽く叩いて杵本の方を指差した。カリストは一瞬だけ眉を顰めていたが、杵本と猫の姿を見て表情を柔らかいものにする。が、赤城もカリストも視線だけは油断なく猫を観察しているのがわかり、杵本も内心で気を引き締める。
「……ちーねぇ……迎えに来たよ……」
頃合いになって、杵本の相棒、秋愛梨が一般人を装って公園にやってきた。あどけない表情で猫を眺めているが、その視線は油断なく周囲を警戒している。釣られるように視線を巡らせた杵本の視界の隅に、道具類の申請を終えたらしい佐倉がベンチに座っているのが映った。来ていたのか。
「遅いから……心配、した……」
「ああ、ごめんね。来てくれてありがとう」
秋愛梨の言葉にハッとして、手早く空き缶の始末をすると、杵本は秋愛梨を伴って公園を後にする。
「……収穫なし、か」
それらしい猫の姿が見当たらなかった公園を背にして、杵本はぽつりと言葉を零すのだった。
●月光の下、集う者共
「今夜はとてもきれいに月が出てる……この光が、全てを映し出してくれる」
カリストが煌々と照る月を見上げて呟いた。その言葉通り、欠けた月が、しんと静まった街の陰影をより強く浮かび上がらせている。暗いが、街灯も適度に配置されている為、林の奥にでも入り込まない限り視界に不自由はしなさそうだ。
「じゃあ、打ち合わせの通りに。解散!」
集まって軽く情報を共有した後、エージェント一行はそれぞれ目星をつけていた持ち場へ散って行く。
「……」
「……?」
ふと、佐倉は相棒のシルミルテが渋い顔をしているのに気が付いた。先程まではお澄まし顔を装っていたシルミルテだが、周りに人が居なく二人きりとなった今、一転して不機嫌顔を隠そうともしない。
「どうしたの」
「……依代にハ敬いヲ持つベキ。乞われたノデなけレバ、返すベキ」
どうやら今宵の敵はシルミルテの理に反しているらしい。得心のいった佐倉は1つ瞬く。
あるべきものはあるべき場所に、ということか……。佐倉は胸中で独りごちた。
「なら、さっさと従魔を倒しちゃえばいいんだよ。そうすれば依代を元にかえせる」
いっそ弾んだ口調でそう言って、佐倉は事前の打ち合わせ通り遊具エリアに向かう為、シルミルテを伴い夜の公園へと侵入して行った。
一方、共鳴状態で木の上に潜んでいた赤城は、一向に進展しない現状に欠伸を噛み殺していた。
「猫か……猫なぁ」
ぼそっと零した呟きは、共鳴状態にあるヴァルトラウテに拾われる。
『構おうとして逃げられるのは今更なお話ですわ』
「ほっとけ。ま、今回は逃げられる訳には行かないからな」
欠伸なぞしていたが、赤城が緊張を解いた様子はない。
『今回用意したネットも、一時的に動きを抑えられるかどうか、ですものね』
「まぁそう言うな。猫の体でどこかの隙間に入られたら次の機会を待つのは正直厳しいからな。それを阻止出来る強度があるなら十分だ」
油断なく周囲に視線を巡らせる赤城は、時折視界に入る普通の猫の姿を眺めながら、ふと眉根を寄せる。
「……いっそ、正体を現して図体のデカイ化け物にでもなってくれた方が楽なんだが」
『龍哉、それは所謂フラグ発言というのではないのですか?』
「……」
ヴァルトラウテの疑問には返答せず、赤城は同じように林の中に潜伏している杵本、カリストが居るであろう場所に視線を向けた。そちら方面に異常がないことを確認した後、赤城のほぼ反対側に身を潜めている瑚々路の方へと目をやる。
「猫さん……」
「鈴音様、どうかそのような顔をなさらないでください」
そこには、明らかに元気のない様子の瑚々路を、エステルが励ましている姿がある。
「そーれ、コロコロ〜」
瑚々路の居る場所からほど近い場所では、稲葉と綱がマタタビスプレーを駆使して猫を虜にしていた。
「らいと殿、また来たでござるよ」
「えっ、まだ増えるの? ……あとどれくらい居るのかな?」
既に10匹近い猫に囲まれている稲葉と綱は、一向に現れない白猫に少々辟易している。
「……こうなると、誘き寄せの鳴き声を上げるのを待つことになりそうだな」
進展しない状況にごちた赤城に、ヴァルトラウテが同意するように苦笑した。
赤城が現状を憂いている頃、高天原は困惑の最中にあった。
「高天原君はもうちょっと背筋伸ばして歩いてもいいと思うよ」
「え? う、うん……」
餅が、何故か高天原の隣で肉まんを食べているのである。高天原は別行動をする予定だったのだが、餅はそうではなかったらしい。
「にしても、昼間とは全然雰囲気違うね。夜も猫ちゃんいるのかな?」
「ううん……。ね、猫か……。出てきてほしいような、ほしくないような……」
餅に気負った様子は見られない。高天原の方はあまり乗り気になれないようだ。
餅も高天原も英雄は幻想蝶に入ってもらっている為、周囲に2人以外の人影はない。昼間は人の絶えなかった公園も、現在は一転して閑散としている。公園内には他のエージェントが待機している筈だが、その気配も感じられない程である。
そうして、他愛ない話をしながら公園付近を練り歩き、手持ちの肉まんも尽きてきた頃。
なーおん。
「!」
猫の声がした。
背筋にうすら寒いものが這うような鳴き声を聞いて、餅の表情が引き締まる
「ねぇ、猫ちゃんの声がするよ。どこかにいるのかな?」
「う、うん。そうだね」
面の薄皮一枚下に緊張を巡らせたまま、努めて平静を装った餅が不自然にならない程度に弾んだ声を出す。表面上は普段と変わらない様子の高天原も、それに釣られたように視界を巡らせた。
「なぁーん」
はたして、そこに其れはいた。月明かりを受け止めて白に輝く毛皮を持った、一匹の白猫がいた。
「あ、いたいた。首輪してるってことは飼い猫さんなのかな? おいでおいでー、肉まんを分けてあげよう。ちょっと冷めちゃってるけど」
硬直は一瞬。すぐさま気を取り直した餅は、僅かに残っていた肉まんの欠片を手に白猫へと近付いた。相対する白猫は、近付くでも逃げるでもなくその場に留まって、わざとらしく小首を傾げて見せている。
「こ、怖くないよ〜?」
メモリーから猫じゃらしを取り出した高天原も、白猫から少し離れた場所に腰をおとして相手の気を引く。まだ相手が「そう」だと言う確証がない。
白猫は大した警戒も抱いていない様子だ。餅と高天原を見定めるように、観察するように佇んでいる。
「なーおん」
然して、白猫は動きを見せた。猫じゃらしを振る高天原の方へ、如何にも猫らしい動作で、それでいて確実に獲物を狙う狡猾さを持って、一歩一歩確実に近寄ってくる。
てし、と、白い手が猫じゃらしを捉える。数度穂先にじゃれついた白猫は、そのまま段々と高天原の手の方へと近付いていき、そうしてついに、肉球のついた白い手が、高天原の素肌に触れる。
瞬間、高天原の霊力が、まるでぞるりと音を立てるかのような勢いで奪われた。
「ッ! こいつだ!!」
反射的に腕を引いて叫ぶ高天原。同時に幻想蝶に触れ、自身の英雄と共鳴状態に入る。
キラキラと周囲に散る光の粒が、猫らしさを忘れた従魔の浮かべた驚愕に満ちた表情を浮かび上がらせた。
「餅さん!」
「うん、わかってる! 百薬、おいで!」
「出番だね! えーい!」
「ってだからなんでまた上から落ちてくるのよっ! 今そういうシーンじゃなかったでしょっ!」
餅が、常のように頭上から降ってきた百薬に気を取られた一瞬。高天原の視線が白い従魔から逸らされた一瞬の隙をついて、其れは一目散に逃走を図る。
「っと、逃がすか! そっちは通行止めだぜ、猫ちゃんよぉ?!」
先程までの気弱な様子から一転して、勝気な表情をした高天原が従魔にカラーボールを投げつけて逃走経路を閉ざす。パンッ、と軽い炸裂音を響かせて、夜闇にも負けない蛍光色の塗料が周囲に飛び散った。
「フーッ!!」
従魔は未だ猫を装うことを諦めていないらしい。蛍光オレンジに塗れながら、餅と高天原を威嚇するように全身の毛を逆立たせている。
「はっ! 滅多なこたぁ思わねぇこった。俺ぁその見てくれでも容赦しねぇぞ」
ジリジリと従魔との距離を詰めながら、高天原は幻想蝶からハンズ・オブ・グローリーを取り出してこれ見よがしに閃かせる。
「その通りだよ!」
高天原の声と共鳴光で従魔の出現を察知したらしく、他のエージェントも続々と現場に集結していた。
一番乗りは、近くに居たらしい稲葉と綱。
「綱、今回は非常に徹するしかないわよ。大丈夫?」
「刃の下に心と書いて忍。無論、大丈夫でござる」
そう言ってお互い頷き合った2人は、共鳴した直後にスキル「縫止」を発動。バニーガールに似た装束に身を包んだ稲葉が手を閃かせれば、軌跡に沿うようにして霊力の針が生まれ、対象に向かっていく。
「! 外した!」
『これは、すばしっこいでござるな』
が、放たれた針は予想外に軽やかな動作で避けられてしまう。的が小さいのもあるが、それよりも従魔の身のこなしが素早いのだ。
「まだまだ! やるぞ、ヴァル。力を貸せ!」
『参りますわ!』
すかさず従魔が逃れた先にネットを投擲する赤城。が、従魔の反応速度は速く、これも避けられてしまう。
「おっと残念。だがいいのか? 俺にばかり気を取られてると……」
「御名よ、どうか私と私の盟友たちを導きお護り下さいませ……ーー行きます!」
そのまま逃走を図った従魔の行く手を、カリストの放った矢が塞ぐ。
「何処に行くつもり?……逃がしません!!」
「そこ!」
従馬が一瞬硬直した隙を逃さず、佐倉がネットを放つ。隙を突かれた従魔はこれに反応できず、ついにネットに囚われた。
「猫さん……もう手遅れだと思えって言われましたけれど、助けられるものなら助けたいの」
「ああ、鈴音様! なんとお優しい! ですがそのためにも、あの愚かな従魔を倒さなければなりません」
網に囚われもがいている白猫の姿に、瑚々路が悲しそうな表情で肩を落としている。相棒の嘆きを受けた英雄エステルは、そんな瑚々路の全てを包み込むように抱きしめて、共鳴状態に移行した。
「猫と交戦始まったって!」
「分かった……すぐ駆けつけよう……」
杵本も共鳴状態に入りながら現場へ到着した。
そうして共鳴状態に入ったエージェントが8人、従魔を囲むようにして対峙する。
「GRAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
この状況に、逃げられない事を悟った従魔がついに本性を現した。
明らかに猫のものではない、巨大な肉食獣のような咆哮をあげた従魔は、声と同様にその身も変化させていく。白い猫っ毛は銀の剛毛に。小さな肢体は逞しい四肢に。
姿を現したのは、長い尾を持つ白銀の剣歯虎に似た獣。
『……龍哉がフラグなんかたてるからですわ』
「俺の所為なのか!?」
ぼそっと呟いたヴァルトラウテに、赤城の困惑に満ちた叫びが飛ぶ。
「猫を被るとはよく言うが……まんまじゃねえか。はっ、笑えるねえ!」
巨大化したことでネットを振り払った従魔を見て高天原が軽口を叩くが、その表情は固い。
「笑ってる場合じゃないよ!」
「その通りです」
従魔が動き出す前に畳み掛けようと、餅とカリストの攻撃が飛ぶ。
カリストの援護射撃の甲斐あって、今回は従魔に攻撃が通った。が、見た目通りの分厚い皮膚に阻まれて思ったようなダメージにはならない。
「一気に行くよ!」
杵本が流れるようにスキル「ライヴスブロー」を発動して追撃を仕掛けた。渾身の力を込めた一撃は従魔の厚い皮膚を切り裂いて、その奥の肉を確実に断ち切っている。
「そのナリなら遠慮は要らんな!」
連撃を途切れさせずに大剣を袈裟懸けに構えた赤城が、足を折った従魔に一太刀を叩きつけた。逃げる間も無く連撃を受けた従魔は既に瀕死の様相である。
「だ、だめなの! これ以上傷付けちゃ……!」
このまま一気にカタをつける。そう思って武器を構えたエージェント達の一方、瑚々路が泣きそうな顔をした。発動しているのは「クリアレイ」。どうやら依代を従魔から解放したかったらしい。
「危ない!」
誰かが、或いは全員が、瑚々路の予期せぬ行動に悲鳴をあげる。
「GROOOOOOOOOOOOOOOOO!!」
瑚々路の願いが籠ったクリアレイの光は、従魔の咆哮によってかき消されてしまった。
そのまま、従魔は瀕死だとは思えない機敏さでエージェント達に飛びかかる。
「ぐっ!」
「きゃあ!!」
太い腕と強靭な爪から繰り出される一撃は、エージェント達に無視できないダメージを与える結果となった。特にカリスト、佐倉、高天原の傷が深い。
「大丈夫!?」
なんとか攻撃を避けることができた稲葉が声をかける。皆動く分に問題はない様子だ。
「あ……ああ……」
瑚々路は涙目になって立ち竦んでいた。追撃を試みていた従魔は瑚々路に狙いを定めている。
「させるか!!」
今にも飛びかからんとする従魔を、佐倉と高天原が阻止せんと駆け出した。佐倉は「ブルームフレア」、高天原は「ヘヴィアタック」のスキルを発動し、従魔に躍りかかる。
残念ながら高天原の攻撃は避けられてしまったが、間髪入れずに叩き込まれた佐倉の攻撃が従魔に炸裂。その巨体が吹き飛ばされて、近くの木に激突する。
それが限界だったらしい。
力なく倒れ伏した従魔の体が、霊力に還元されて元の依代の姿へと戻ってゆく。
「ね、猫さん!」
それをみとめた瑚々路が、依代の元へと駆け出した。次いで餅も瑚々路の後を追う。
だが、まだ従魔は滅んでいない。霊力だけの状態になってもまだ、逃走を図ろうとしている。
「往生際が悪いですよ!」
「逃げられるなんて本気で思ってる?」
もはや朧げな存在となり果てた従魔の行く先を、カリストと杵本が遠距離射撃で封じ込む。
「ここだ! チョッピングライト!!」
隙をついて稲葉がスキル「ジェミニストライク」を発動させて飛びかかる。が、大きな動作が仇となったのか、従魔にするりと躱されてしまう。
「あれぇ!?」
「安心しな、逃がしゃしねえよ」
だが従魔の逃げ込んだ先には、赤城がスキル「ヘヴィアタック」を発動して待ち構えていた。霊力の粒子を纏った斬撃が、従魔の悪足掻きに終止符を打つのだった。
「手応えあり、だ」
最早断末魔すら上げられず消えて行く従魔を、一同はただ静かに見つめていた。
●月下に佇む白猫は
「……ねこ、さん……」
もう二度と動くことのない小さな肢体を両手に抱えた瑚々路の瞳から、ぽたり、ぽたりと月光を纏った雫が溢れる。つい先ほどまで動いていた筈の白い身体は、そうは思えないほどぼろぼろにくたびれていた。
ダメ元で白猫に「ケアレイ」を使用していた餅も、ただ黙って首を横に振る。
「死後数日、って所でしょうか。これはもうどうしようもないですよね」
エネルギーバーを齧りながら白猫を覗き込んだ佐倉が、坦々と事実を口にした。共鳴状態を解いたシルミルテも、眉を下げて痛ましげな表情を作っている。
泣きじゃくる瑚々路に、佐倉がティッシュを差し出した。が、瑚々路が受け取るよりも早く、共鳴を解いたエステルがさっさと涙を拭ってしまう。
「ああ、おいたわしや鈴音様……」
「……」
行き場の無くなった佐倉の手は、いっそ態とらしい程慈愛に満ちた笑みを浮かべたシルミルテに引き取られていた。
「……そうだよね。事後処理しなくちゃだよね。百薬、お願いできる?」
「もちろんだよ」
常になく弱々しい笑みを浮かべた餅が、共鳴を解いた百薬に指示を出す。同時に、カリストを始めとした負傷者の治療を開始した。残念ながら全快はしなかったが、粗方の傷は癒えた。
「泣くな泣くな。ほら、そいつも手厚く弔ってやらないとだろう?」
「そうそう。チョコレートでも食べて元気出そうよ。経費で落としたやつだから心配しなくていいんだよ」
赤城と杵本が瑚々路の顔を覗き込んで慰めようとしている。数名、杵本の発言に何か言いたそうな顔をしたが、空気を読んだのかツッコミが入ることはない。
「皆さんもどうぞ。人数分あるから遠慮しないで」
「え? う、うん……」
杵本の近くにいた高天原が、猫缶と一緒に入れられていたチョコレートを貰って微妙な顔をしている。
「家族には、首輪だけ届けたらどうでしょうか? この姿を見せるのは、ちょっと……」
「そのくらいの配慮は許されるだろう。皆で、適当な場所に埋めてやらないか?」
佐倉の提案と赤亜樹の言葉に、一同は頷いて同意を示した。
月が、変わらない光でその光景を照らしている。言葉にできない思いを抱えて、エージェントは従魔討伐作戦を終えるのだった。
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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