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【相談】人と英雄と
最終発言2016/05/02 08:05:40 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/04/28 13:58:43
オープニング
●誓約を忘れたリンカーたち
「誓約を、忘れたあ!?」
思わず叫んだH.O.P.E.職員の声に、目の前の男女は互いを見やって肩をすくめた。
異世界からこちらへ現れた『英雄』は肉体を持たない思念体である。そのままの状態でこの世界に存在するには大量のライヴスを消費するために、英雄のみでは短時間で消滅してしまう。そんな彼らをこの世界に繋ぎ止める方法────それが、この世界に存在する者を依代にすること。英雄と依代の間で『絶対に破ってはならない約束』を交わすことによって、依代となった者と自らの魂を一体化させ、この世界との強固な繋がりを持つこと。これが『誓約』なのだ。
しかし、その男女のエージェントたちはけろりとした顔でこう言った。
「仕方ないんだよね、誓約どころか、記憶自体まるっとないんだから」
短い茶髪と緑の瞳の美女の隣で、金髪碧眼の英雄は困ったように頭を掻いた。
「そういうわけで、ブリジットとジェロームの子供たちを迎えに行って欲しいの」
H.O.P.E.職員の言葉にミュシャ・ラインハルトとエルナー・ノヴァは驚きのあまりきょとんとした顔で職員を見返した。
「え? あ、わたしったら、大切なことを言い忘れていたわ。
魂に刻んだ誓約は記憶を失っても有効だけど、誓約は守らないといずれ破ったことになってしまうわよね。
誰もふたりの誓約を知らなかったから、とりあえず二人の身体検査をしたんだけど、そしたらね……」
彼女は頬を紅潮させながら、嬉しそうにこう言った。
「ふたりの結婚指輪の内側に、それぞれ『愛を守って』『彼らをできるだけ抱きしめて』と彫り込んであってね! 調べたら二人の子供たちをで絶対守ってきるだけハグするって誓約だったのよ。素敵よね!」
能力者と英雄は誓約を結び直すことができる。おそらくこれは子供が生まれたことを機に結び直された誓約なのだろうと彼女は言う。
「だから、ふたりの子供……ホークとアイリーンって言うんだけど、この子たちをここへ連れてきて欲しいの。少なくとも、ジェロームかブリジットがこの子たちを抱きしめたら、当面、英雄であるジェロームが消えることは無いわ」
●エルナーの失敗
双子が預けられている保育学校の傍のバス停で、ミュシャは浮かない顔で隣を歩くエルナーを見上げた。
「どうしたんですか?」
僅かに顔を曇らせて自分を案じる彼女の姿に、エルナーはぼんやりと思う。
ほんの少し前まで彼女には不機嫌と怒りと殺意と、その陰に隠れた絶望しか無かった。あのままだったら、いつかきっと彼女は壊れるか、それとも共鳴した力を使ってヴィランを殺しただろう。──それでも、彼は目の前の崩れそうな彼女の支えになろうと思ったし、なっていると思っていた。
それが、この短い期間の間の出会いで彼女は驚くほど変わった。初対面の人間にぶっきらぼうなのは変わらないが、なにより笑って話すようになった。それは……エルナーが起こした変化ではなかった。彼女が出会った様々なエージェントたちがもたらしたものだったとエルナーは思う。今、ミュシャを支え繋ぎ止める糸は、存在は彼だけではない。
「能力者と英雄の間の子供という存在に驚いたんだ。話には聞いていたけど、実際に会うことは無かったから」
ミュシャの表情が心配そうに翳った。
「子を成して家族を持つというのは、僕たち英雄がこの世界でより深く生きていく姿にも見える気がするよ」
──……今なら、言えるかもしれない。
エルナーは改めてミュシャへと向き直った。
「僕は記憶をほとんど失っているけど、元居た世界で『勇者』と呼ばれた存在であったことは覚えている。その志も使命も。
……けれども、僕は、使命を果たしてここに居るのかを覚えていない。もし、僕が記憶を取り戻して、元の世界に戻ることができるようになったら──僕はきっと戻らなければならないと思う」
その瞬間のパートナーの顔をエルナーは見ることが出来なかった。突然、衝撃と共に何かがエルナーの顔面に叩きつけられた。
「ホーク!」
顔を押さえて、自分に叩きつけられたそれを掴むと、それはくたびれた大きなショルダーバッグだった。衝撃で開いたファスナーから小さな着替えが覗いている。
「エルナー!」
ミュシャに強く手を引かれて、エルナーは自分のミスに気付いた。
金髪碧眼のよく似た子供たちが、追いかける大人を撒こうと自分たちのよく知る路地へと駆け込んで行くのが見えた。
●子供たちを守って
泣きながらがむしゃらに走る少年のシャツが強く後ろに引かれた。
「ま、まってホーク……」
振り返ると、真っ赤な顔で苦し気に荒い息を吐く少女が自分を捕まえていた。
「アイリーン……だって」
両親が依頼中に何らかの事情で記憶を失ってH.O.P.E.に保護されたことは保育学校の先生からふたりは事前に説明を受けていた。そして、迎えが来るのを待ち切れずにこっそりと学校を抜け出してエージェントを待っていたのだ。
「お父さんんが、帰っちゃったらどうしよう……」
──今、失っている記憶が戻る時に元の世界の記憶を取り戻して、あの男の人みたいに帰るって言ったらどうしよう。
前線で戦うエージェントの子供である二人は両親の怪我や不調には、少しだけ慣れていた。そして、両親から常々言い聞かされて、H.O.P.E.からのサポートを信頼していた。だからこそ、記憶を失ったと聞いても両親の記憶は必ず戻るものだと信じることが出来た。
けれども──。
エージェントの子供たちが預けられる特別なその保育学校において、現在、英雄と能力者の子供は彼ら双子だけだった。
「お父さん……、オレたちを置いて行ったらどうしよう」
父親が英雄であること、その存在について。英雄との生活が当たり前のエージェントやH.O.P.E.関係者に囲まれた生活で、誰一人改めて『英雄』の存在をふたりに教える者はいなかった。
「私だってお父さんに置いてかれるのはイヤだよ……でも、お父さんが消えちゃうのはもっとイヤ……」
アイリーンとホークは抱き合って、運河の横、橋げたの下で泣いた。
スマートフォンでH.O.P.E.に連絡を入れたミュシャは、目を見開く。
「今日の三時、運河でエージェントの子供たちが薔薇の形をした従魔に襲われるとプリセンサーからの予知が届いていて──」
「三時……!?」
エルナーとミュシャは顔を見合わせる。もう時間が無い。
「応援のエージェントたちはすでに向かっています。ミュシャさんたちも向かって下さい!」
ふたりはプリセンサーが示した場所へ走り出した。
解説
目的:運河に現れた従魔の撃破と子供たちへの『英雄』の存在の説明及び不安の解消。
薔薇の従魔の戦闘少し前から開始。
従魔撃破後、双子の不安の解消のために説明・説得をお願い致します。
PCたちは子供たちが父親が大好きで、元来ジェロームも子供たちを溺愛していること、エルナーの失言を含めた状況を改めてH.O.P.E.から戦闘前に伝えられています。
PL情報:従魔を倒せばエージェント夫妻の記憶は戻る。ジェロームはこの世界に永住するつもり。
エルナーとミュシャは干渉しなくても問題はありません。
ステージ:運河
深さ平均2m、幅平均20m。運河の中央に子供たちを一人ずつ花弁の中央に乗せた従魔が居る状態から戦闘開始。
登場キャラクター
・ブリジット・フリーマン(女性・能力者)&ジェローム・パリロー(男性・英雄)
ソフィスビショップの仲良しエージェント夫婦。
依頼で愚神の調査に向かったはずだが、記憶を失っているところを仲間に発見された。
普段は明るく前向きな夫婦であり、記憶を失った後も互いに新しい好意が芽生えている。
・ホーク(男)&アイリーン(女)
五歳の男女の双子。
両親が自分たちを忘れていることより、父親が元の世界に帰る日が来ることを恐れている。
・従魔 キオクの薔薇……デクリオ級(レベル2)×2
全長5m。巨大な薔薇の従魔。蛸のような姿をしており、頭部が薔薇、直径5cmの棘付きの蔦が絡まって直径30cmの太さの脚を何本も作る。蔦の脚は狙撃に多少の耐性あり。炎に特に弱いということはない。
薔薇の拘束:棘だらけの蔦でダメージ及び拘束、特殊抵抗に失敗するとBS【減退】あり。
薔薇の薫香:薔薇の花びらと花粉を撒きます。特殊抵抗に失敗するとリンク中主導権を持っている方(能力者または英雄)が記憶を失います(※)。毎ターンのクリンナップフェーズに特殊抵抗を行い、成功すると回復します。
リプレイ
●それぞれの想い
「またやっかいそうな案件だねー」
プリセンサーの予測した地点に向かう車の中、共鳴し狐耳を生やした今宮 真琴(aa0573)はサクッとマカロンを齧る。
今の状況、特にエルナーの発言と子供たちの様子はH.O.P.E.からの連絡で既に共有されていた。
『エルナー殿が悔いていたな……』
「ミュシャちゃんも……だよねぇ」
『まぁ……じゃろうなぁ……』
サクッ。二個目のマカロンが真琴の口の中に放り込まれた。
共鳴状態のハル(aa0573hero001)は、まだどこか不安定さの残るミュシャの顔を思い浮かべて言葉を濁した。
────とは言え、初めて会った時とだいぶ変わったが……。
それが、真琴を始めとするエージェントたちの関わりの結果であることは明らかだった。
ぱくり。真琴はいつものチョコバーをくわえる。
「じゃあ、何とかしなきゃね!」
そう言った真琴の様子に、ハルはミュシャだけではなく彼女自身の変化に思いを馳せる。
ヴァイオレット ケンドリック(aa0584)はただ黙って窓から外を眺めていた。戦いへ向かうというのに覇気が無い。彼女の英雄、ノエル メイフィールド(aa0584hero001)も、今日は珍しく静かに隣に座っている。
前の席では何人かのエージェントが、今回の作戦について話し合っていた。
「通信機は全員の手に渡ったな。あとは、子供たちを救出した後、ジェローム夫妻と連絡を取れるように話をつけておいた」
リーヴスラシル(aa0873hero001)はH.O.P.E.から借りた機器の確認をする。
「子供たちの救出に従魔の撃破、そして説得か、今回はやる事が多いな」
ずっと黙って話を聞いていたものの、思わず漏らした無月(aa1531)の呟きをパートナーのジェネッサ・ルディス(aa1531hero001)は拾う。
「子供達の未来と愛を守る為、だよ」
「ああ、そうだな」
北条 ゆら(aa0651)は「もう子どもが傷付くところは見たくないなー」と小さく呟く。子供たちは今、どんな気持ちなのか────蘇りそうになる記憶を打ち消すように、自分の英雄を見上げる。
「シドは? もし記憶なくしちゃったら、どうする?」
唐突に話を振られたシド (aa0651hero001)は微かに眉を顰める。
「……さあ、な。元いた世界での記憶をなくし、今またお前との記憶までなくしたら、俺にはもう居場所がない」
「だいじょぶ。シドが記憶をなくしても、私がちゃんと側にいるから」
「そうか? ……なら、俺もお前の側にいよう」
「うん。子どもたちにも、お父さんの居場所は君たちの側だけだって、ちゃんと伝えてあげなきゃね」
一刻も早く。
聞くとはなしに聞こえた仲間のやりとりにレティシア ブランシェ(aa0626hero001)は思わず呟く。
「親の事、もう少し信じてやりゃあいいのにな、そのチビ共も」
そんな彼の腕をゼノビア オルコット(aa0626)がそっと引く。ん? と視線を移せば、ゼノビアの大きな青い瞳とメモが飛び込んで来た。
『子供たち、のきもち……ちょっと、わかる、かも』
揺れる車内で綴られた文面よりもその表情で彼は理解した。自分がもし記憶を取り戻して帰ると言ったら──この少女はそんなことを想像して不安を覚えたのだ。安心させるようにゼノビアの腕を軽く叩いて、レティシアは改めて思った。
────もう少し信じてやりゃあいいのにな。
英雄だって慈しむ心は変わらない。
「そんなに心配するなんて……愛のある二人のお子さんたちだから、なのかもしれませんね」
そう言ったのは新星 魅流沙(aa2842)だった。
「そういえばシリウスもあまり記憶がないのでしたっけ。元の世界、やっぱり気になりますか?」
魅流沙の言葉に、破天荒な相棒、『破壊神?』シリウス(aa2842hero001)は思わず頷きかけた首を軽く横に傾けた。
「うらやま……しくはないかな? あと、寂しいとかも。オレにもそんな人がいたし、向こうも……はるかにハチャメチャだけど、コッチみたいに『異界と隣り合わせの世界』だったし────帰る時が来たら、帰れるだろうよ」
一方、ミュシャとエルナーの経緯を思い出して、迫間 央(aa1445)と、すでに共鳴した彼の英雄マイヤ サーア(aa1445hero001)は意思を通わす。
────ミュシャさんとは久し振りですね、去年の年末以来ですか。
『エルナーさんの方が失言なんて……意外ね』
なにか事情があるのかもしれない。けれども、今は。
「従魔の撃破と子供の救出、だな」
窓の外に運河の端が見えた。車内のリンカーたちは共鳴し戦いに備えた。
ヴァイオレットは誰にも気づかれないようにため息をこぼした。
英雄と能力者の子供……その存在に心は深く沈んでいた。
────英雄もヴィランも、どちらもすべて狩ること。それが、それまでの彼女の望みだった。
……自分でもうまく理解できない、胸の奥底で我慢していた何かが溢れ出しそうで、とても息苦しい。
●運河の戦い
運河の中心にふたつの巨大な異形。美しさより生々しさを感じさせる二体の薔薇の従魔『キオクの薔薇』は、赤黒く分厚い花弁に一人ずつ子供を乗せて蠢きながら、今まさに運河を遡ろうとしていた。
ALB『セイレーン』を装着した迫間は、川岸のゆらの位置を視界の隅で確認しながら『潜伏』のスキルを使い、真っ先に運河へと飛び込む。
「無月、推参! 邪なる従魔よ、その子達に危害は加えさせはしない。本来いるべき世界へと戻るがいい!」
凛とした無月の名乗りに従魔たちは遡行をやめ、こちらへ向きを変えた。
セイレーンを装着した月鏡 由利菜(aa0873)と魅流沙が水面を駆ける。自身の魔力を活性化させた魅流沙は運河を移動しながらも敵との距離を保ち魔力弾を撃ち出して二体の注意を引く。次いでレティシアが川岸からスナイパーライフルでの射撃を行う。その隙に由利菜は従魔の動きから視野を予測し、死角を意識して移動を行った。
魅流沙とレティシアの援護を受けながら、本来ジャックポットである真琴もラジエルの書を片手に子供たちを救出すべく、魔力の刃で触手を弾きながら距離を測る。
ゆらやレティシア達と共に川岸に残った黄昏ひりょ(aa0118)は、運河上の味方の動きを把握し補助魔法を適切にかけていく。
川岸からの援護を受けながらも果敢にも一人で正面から挑む無月。ちょうどひりょからのパワードーピングが無月を包んだ直後、衝撃が彼女を襲った。
「……っ!」
鞭のような何本もの蔦がふらついた無月を絡めとろうと、彼女を追う。
だが、キオクの薔薇は獲物を捕らえるどころか、突然現れたライヴスの糸から逆に拘束を受けた。気配を隠した迫間の『女郎蜘蛛』が従魔の巨体を捕らえたのだ。
即座に無月が飛び上がり、巨大な分厚い花びらの間で気を失う少年を抱き上げた。そして、振り返ることなく少年を抱えて岸へと走る。その後ろ姿を隠すように、従魔の前に孤月を構えた迫間が立つ。
銘々の方角から敵へと距離を詰める早瀬 鈴音(aa0885)とヴァイオレット。近づいては離れるヴァイオレットの連撃が、鈴音のアロンダイトの一撃が、蔦を刈り毒々しい花びらを散らす。ヴァイオレットのライブスフィールドは効果が無かったようだった。
そこへ、お返しとばかりに水中から飛び出した蔦がヴァイオレットを捕らえた。
一瞬、顔を歪ませたヴァイオレットだが冷静に花びらを刃で払い落とす……が、傷口から流れる血が止まらない。慌てて駆け寄ろうとした鈴音にも蔦が襲い掛かったが、白い刃が弾く。
「ありがと、真琴!」
今度は真琴へとその蔦を伸ばしかけた従魔だったが、急にその向きを変える。だが、間に合わなかった。死角を突いた強烈なライヴスリッパーが従魔を襲う。
「アイリーンさんを!」
花びらの後ろに回り込んだ由利菜が気絶の効果のある一撃を食らわせたのだ。鍛錬を積んだ彼女の攻撃で従魔は分厚い花びらと触手のような蔦を水面にだらしなく広げ、花弁に乗っていた少女は放り出された。
「っと!」
水没する前に、少女の身体を真琴と鈴音が受け止める。
金髪が揺れ幼い面が露になる。
────あれが英雄と『人間』の子供だと、理解したヴァイオレットが意識を一瞬奪われた。
「ヴァイオレットさん!」
叫んだのは迫間だった。彼はヴァイオレットのどこか危うい戦い方が気になっていたのだ。
『女郎蜘蛛』によって拘束されていたもう一体のキオクの薔薇は、すでにその拘束を解いていた。そして、川岸からの援護と迫間の攻撃を受けつつも、じわじわと迫間の体力を削りながら、もう一体の従魔との距離を詰めていた。
迫間が叫んだのと同時に、水中から飛び出した蔦がヴァイオレットの身体を絡めとり引き寄せる。まるで食らおうとするかのように花弁に彼女の身体を近づけたそれは、直後にばふんと赤い花粉を撒き散らした。
思わず腕で口元を押さえた迫間の目の前でヴァイオレットは水面に投げ出される。彼女はなんとか蜻蛉を切って飛沫を上げながらも水上に留まった。慌てて駆け寄ろうとした由利菜を制するように手を翳して、ぐっしょりと濡れた前髪の水飛沫を払う。
「私は、誰────じゃ、面白くないだろうね」
戸惑ったような表情を浮かべた彼女は、無表情気味だった今までの彼女とはまるで別人のようだった。
エージェント達の背中に冷たい汗が流れ────、同時に脳裏に記憶を失ったリンカー夫妻の情報が浮かんでいた。
「ヴァイオレットさん? 大丈夫……」。
「それが私の名前ですね」
案じる鈴音への返答に場が凍り付く。だが、ヴァイオレット自身がそんな空気を振り払うように、握ったままだった白柳槍を軽く振って構える。
「今、取り乱すわけには行かない。あの子達のためにも」
ヴァイオレットの言葉に我に返った真琴は、アイリーンを小脇に抱え直して川岸へ走る。そんな真琴の足元、不意打ちを狙った蔦を由利菜が払う。
────ばしゃり。一瞬見せたエージェントたちの隙を縫って、従魔の棘だらけの蔦が水面に伸びていたもう一体のキオクの薔薇の体を打っていた。仲間の攻撃にびくと蠢いたそれは、のそのそと体を起こした。
二体のデクリオ級従魔が並ぶ。
『おぬし、戦い方は大丈夫か?』
心のうちから響く声をヴァイオレットはおもしろく感じる。
『わしは、ノエル。おぬしの英雄じゃ──おぬし、なぜかばった?』
先程までの共鳴で、主導権を握っていたのはノエルだった。なのに、ダメージを受ける瞬間、なぜかヴァイオレットが主導権を奪った。
「記憶が曖昧な私にする質問ですか!」
戦線に復帰したヴァイオレットが軽口を叩く。
「そうだ、英雄です──後で改めて誓約を結びましょ?」
知識は残っていたらしい彼女がそう申し出る。
こんなにのびのびと話すヴァイオレットを見たのはノエルも初めてだった。だが、同時に腑に落ちた。生い立ちのせいで感情表現が苦手で悩んでいた彼女の生来の性格を、誓約という絆で魂を結んだノエルは感じていたからだ。不思議なことに、今、ふたりは絆の力は強く高まっているように感じた。
記憶を失ったヴァイオレットは、まるで人が変わったようだった。
変わったというより、もしかしたら、戻ったのかもしれないと、由利菜の中でリーヴスラシルが思う。
────邪魔よ! 私の前に跪きなさい!
ふと、脳裏に昔の『お転婆』だった頃の由利菜の姿が浮かび、リーヴスラシルは苦笑した。
多少、今より高圧的だったかもしれない。それでも、なぜそう振る舞っていたのか、今のリーヴスラシルは判っている。今も昔も、由利菜の核は変わらない。
『ユリナ、記憶を失っても私に任せろ。共鳴時の干渉も昔よりは容易なはずだ』
英雄の言葉に、由利菜の剣筋から怯えが消えた。
だが、二体の従魔は目の前の敵を押しのけるように、巨体を川岸へ向けた。
川岸へと子供を抱えて駆けて来る無月と真琴へ、ひりょは手を伸ばした。
────失ってからでは遅いんだ。あの時こうしていれば、なんて子供達には後悔をして欲しくない。
急に大事な人達がいなくなってしまう恐怖を彼はよく知っていた。だからこそ、この家族を助けたい。そして、子供たちにお父さんへ真正面からぶつかってみたらと、そう伝えたい。
手を伸ばすひりょに少年の身体を渡そうとした無月の背後で激しく水が乱れる音がした。振り向く間があればこそ。棘の生えた蔦が勢いよく無月の腰を絡めとる。短いけれど鋭い棘が無月の身体を傷つけた。
「ぐっ、うぅう……!」
────ま、負けるものか。あの子達の笑顔を取り戻すまで、私は罪なき人々を弄ぶ従魔などに屈しはしない……!
無月の気持ちを踏みにじり嘲笑うように、ずるずると蔦は少年を抱えたままの無月を運河へと引き戻す。
「早く、今のうちに!」
声と共に急に蔦の力が緩まった気がして、無月は抱えていた少年の身体を川岸に向かって押し出す。目を開くと視界に美しいライヴスの光が見えた。援護を行っていた魅流沙の『幻影蝶』だ。押し出した少年の身体は、ひりょがしっかり抱き留めている。後から続く真琴も、その隙にレティシアにアイリーンを渡し、獲物を慣れた弓に持ち替えた。
「さぁ、あなたの相手はこちらです!」
さらに川岸に近づこうとするキオクの従魔に魅流沙が破魔弓を構え、シリウスが囁く。
『……魅流沙、記憶を持っていかれるなよ?』
運河から伸びた蔦が鞭のように地面を叩く。
「悪いな。怖いだろうが、目つぶって耳塞いで、ちょっと待ってろ」
レティシアの言葉に、意識を取り戻したアイリーンは震えながら頷いた。その両手は気を失ったままのホークをしっかりと抱きしめている。
レティシアから放たれた何度目かのストライクが従魔の花弁を散らす。今までの戦闘で大方のスキルは使ってしまった。目の前を駆けるゆらも同じであるようだった。
子供たちを庇うようにシルバーシールドを翳したひりょを襲った何度目かの蔦が突然斬り払われた。はっとそちらを見ると黒い髪を一本に結った女戦士が剣を構えていた。
「すまない、遅くなった」
「ミュシャさん……?」
H.O.P.E.より伝え聞いていた特徴に、背後に子供を守って戦っていたひりょとゆらが顔を見合わせる。壁と囮として二体の従魔から子供たちを懸命に守っていたその身体はぼろぼろだった。
キオクの薔薇に知性があるのならば、恐らくその時を狙っていた。
従魔たちはすでにだいぶダメージを受けており、十一人になったエージェントの敵ではなかっただろう。
だが、キオクの薔薇たちは命令を受け子供をさらうだけの知性を持っていた。
由利菜たち、ミュシャ、ひりょ、そして子供たちが揃った時、記憶の薔薇の名を持つ従魔たちは、赤い花粉を吐き出した。
●奪われた記憶
『鈴音、避けないと危ないわ』
「あ、うん」
おっとりとした優しい声。思わず返事を返すけれど、声の相手が見当たらない。その代り、目の前には気持ち悪い化け物と、呆然と立ち尽くす人々。子供も居る。
────何故危ないことしてんだろ? でも戦えてるんだよね。
疑問を感じつつも、その手は剣を振るう。蔦を裂き、道を切り開く。
────それに、助けなきゃって使命は忘れてない。
また剣が蔦を払う。その動きを誰かが助けてくれていることに気付く。
────ああ、独りじゃないから、だから。
「ねえ、助けてくれるんだよね?」
鈴音を支える声────彼女の英雄であるN・K(aa0885hero001)は頷く。
『ええ、私は鈴音の事を守りに来たのよ』
────? ……あれ?
『真琴! 真琴!!』
「……え、え、何!? どこから聞こえるの!? ……なんで、ボク、こんな格好!? なにあれ……怖い……お姉ちゃん!」
突然、辺りを見回し、震え出した真琴にハルは舌打ちする。
「……あ、あなたは……誰……ですかっ」
見えない相手の苛立ちを感じて、より怯える真琴にハルは焦りを押さえて話しかける。
『そこからか……我が名はハル……。親父殿にも聞いた事があろうに……奈良の狐憑きじゃよ』
「……え、あ、でも、なんで」
『ともかくそれは後回し、まずはあの従魔を滅せ────構え!』
「で、でもどうや──はいっ! あれ、身体が勝手に」
『狙え! 花弁じゃ!』
「え、でもこんな遠くから──」
狼狽える真琴にハルは言った。
『大丈夫じゃよ』
その声は真琴の良く知るもの。暖かい気持ちと共に身体に力がみなぎり、震えていた鏃が真っ直ぐに敵を指し示す。
────あぁ、これ知ってる……。
「……今じゃ……っ!」
ふたりの声が重なる。
『ん? シド? おーい、シド、キコエマスカー?』
突然動きを止め立ち尽くす、共鳴した身体にゆらは戸惑う。声が、出ない。
────これは、まさか。
「……黙れ。貴様は何者だ?」
いつもの声ながら、飛び出したのはシドの言葉。ゆらとシドは共鳴時は意識を共有しているが、戦闘をリードしていたのはシドだ。
『えー、そんな感じなのー!? ワタシ、アナタノカゾクデース! アナタトデアッテ十ネン。ズット、アナタトイッショニイタノデース』
動揺したゆらのカタコトに、共鳴した身体が拳を握る。
「怪しい奴め……。だが、俺はこのぬくもりを知っている」
『オー、ハズカシイデース!』
思わず、共鳴した精神世界で顔を覆うゆら。親しい者ほどこういうのはつらい。
「それで?」
『アノコドモヲタスケテ、オヤモトニカエスデース』
「いいだろう」
『ソウデース。カゾクハ、イツモイッショデース!』
激しく動揺したままのゆらを無視して、シドは雷神の書を従魔へ向けた。
「ここはどこだ? 確か離れ離れになった友達を探して旅の途中だったはず……」
『ひりょっ』
彼は自分を呼ぶ声にビクリと肩を揺らす。だが、お構いなしにひりょの英雄フローラ メルクリィ(aa0118hero001)は必死に訴える。
『ひりょはね、これまでも戦ってきたんだよ? 私達と一緒にっ。ひりょは仲間を救う為に、笑顔を守る為に戦い続けてきたんだっ』
従魔のせいだとわかっていても、自分を忘れたひりょの姿はフローラにとって衝撃的なものだった。いつも人のために動く彼。けれども、彼女は言葉で行動で、自分が彼を支えると決めている。
────思い出して……ひりょは私と出会う前から誰かの為に戦ってきたんだと思うから。
────なんだ、これは……。
突然放り込まれた戦場と見慣れない景色。一瞬動揺したレティシアだったが、すぐに状況の把握に努める。背後にはぼんやりとしたふたりの子供、目の前には化け物。
『……レティ、その子達、絶対に怪我、させないで』
姿の無い少女の声にレティシアは眉をひそめる。
「耳障りな声だな。どこから聞こえてんだ」
『……みみざわり、なんて酷い、です。あとでおぼえてろ、です……!』
意外に強気なその声にレティシアは微かに笑った。
「わかった。取り敢えずあいつをぶっ殺せば良いんだな。指示は頼んだぞ」
レティシアの冷たい態度に胸を抉られそうになったゼノビアだったが、そういえば、出会った頃もこれとそう違いのない態度であったことを思い出す。
当然だと思っていたふたりの間柄が出会ってからどれだけ変わったか。どれだけの出来事を経て築き上げられたものなのか。
『……目の前の、あのへんないきもの、だけ狙って』
ゼノビアのたどたどしい指示に、スナイパーライフルを構えたレティシアは黙って照準を合わせた。
「……私はここで何をしているのだ? いや、私はなぜこんな所にいる?」
『しっかりするんだ、無月!』
呆然と立ち尽くす無月を叱咤する声がある。その熱い声が自分を知っていて信じていることだけ伝わって来る。
「私の心に語りかけてくる貴女は一体何者だ? 解らない、私には何も解らない……」
『思い出すんだ、君自身の事を。君はそんな事で自分を見失うほど弱くは無いはずだ!』
ジェネッサの声に無月は周囲を見る。彼女の前では数人の戦士が化け物と戦っており、自身の手にも長大な槍が握られている。
「思い出せ! 己の使命を!」
無月は己を叱咤すると駆け出した。
、自分が何をしていたのか思い出せず、迫間は振り上げた刃を下げた。
『央』
声が聞こえる。とても心を揺さぶる声。
『……央、お願い……私に力を貸して……忘れないで……』
切ないその────マイヤの声に迫間は応える。
「頼まれたらやるしかないのが事務屋の辛いところだな……どうすればいい?」
花粉を吸い込まずに済んだ由利菜、魅流沙、ミュシャ。そして、既に記憶を失っていたものの戦闘を続行しているヴァイオレットの四人は辛うじて従魔の攻撃を押さえていた。しかし、町中から駆け付けたミュシャは水上戦闘の装備を持っておらず、また強力な遠距離攻撃の手段を持っていなかったため、川岸で子供たちへ伸びる蔦を退けるのが精いっぱいだ。由利菜を除く三人はスキルを使い切り削り取るようなダメージしか与えらえず、二体の従魔相手の戦況は膠着しつつあったが。
魅流沙の隣に九陽神弓を構えた迫間が立った。ぶれるようにもう一人の迫間の幻影が現れ、一体の従魔に同時に斬りかかる。続いて、強力なジャックポットの一撃が分厚い花弁を散らす。見渡せば、記憶を失ったはずのリンカーたちが少しぎこちなくも再び戦い始めていた。
そして、醜い花弁を乗せた化け物たちは今度こそ、その花を散らした。
●英雄
従魔がその身体を灰のように崩した後、眠りから目覚めたかのようにエージェントたちの記憶は戻った。
バトルメディックのひりょと鈴音たちの治療を受けながら、彼らは川岸に倒れ込む。
記憶の戻ったヴァイオレットは酷く動揺していた。むしろ、忘れていた時の方が心が穏やかだった。
「ありがとう」
泣きそうなホークの声が耳に飛び込んできて、ヴァイオレットは顔を強張らせる。
────何故、恐れているのか。何故、信じてみないのか。……何故、ここに居て欲しいと言わないのか。
記憶を失っていた間、子供たちにそう声をかけてやろうと思っていたことを覚えている。自分の言葉とは思えないその言葉は、それでも間違いなく自分の心からの言葉で。それから。
「もっと、自身に正直になれ……おぬしも」
顔を上げたヴァイオレットの視線の先でノエルが手を差し伸べた。
「うぅぅ……ハルちゃんごめんなさい……」
「まぁ、それが能力じゃったわけじゃしなー。でも、ショックじゃー。あと、ほれ」
べそをかく真琴の涙の跡をハルが拭ってやる。
「思い出したんか」
「あぁ……そうだよね……。あのころはお父さんもお姉ちゃんもいたんだ……」
再び泣き出した真琴の頭を、狐耳を持ったその英雄は優しく撫でた。
「手助けするつもりがまるで役に立たなんだ……すまんな」
「あーうー、ごめん」
「あたしこそ、遅くなってしまってすみませんでした」
二人から一歩離れて、心配そうに佇むミュシャ。その隣へハルは視線を移す。
「ワタシは真琴と共に歩むぞ……エルナー殿は違うのか?」
気まずそうなエルナーの名前が呼ばれる。
「人と英雄……ブリジット殿とジェローム殿が世界と種族の違いを超え、結ばれ……そして生まれたのが、ホーク殿とアイリーン殿だ。二人の存在は、異なる世界の者達が手を取り合えた証だ。いつか、由利菜もそういう出会いがあるのかもしれないな」
「わ、私はつまらない女ですから……きっと、男の人と付き合ってもがっかりさせてしまいます……」
「ユリナは自分の恋愛には臆病だな……。まあ、私も男性との色恋沙汰には無頓気だが……」
由利菜の持って来た弁当を食べながら、子供たちはまだ涙の跡の残る目尻を何度もごしごしと擦る。リーヴスラシルはスマートフォンを取り出すと、どこかへコールしながら由利菜へ頷いて見せた。
「……私の父と母も、生まれた国や宗教の違いを乗り越えて結ばれました。だから……人と英雄が家族を作れるのって、素敵だと思います。……あなたのご両親がお二人を手放すわけがありません」
由利菜が頬についた食べかすを拭ってあげると子供たちは縋るように彼女を見た。
そこへエルナーとミュシャを連れた鈴音が現れる。アイリーンとホークの顔が一気に強張る。
「ほら!」
鈴音に促されたエルナーは屈んで目線を合わせた。
「すまない。君たちに聞かせるべきじゃなかったよね。あれは僕の───痛っ」
にっこりと笑ったミュシャがエルナーの腕を強く引いて鈴音を前に押し出した。
ごめんなさい、と小さく謝るミュシャに仕方ないか、と頷く鈴音。うーん、と軽く頬をかく。
「二人の事、パパはずっと大事にしてくれたんだよね? それに二人が産まれる前、世界で一番大事って結婚したママの事も思い出すじゃん? ちょい昔思い出した位でそんな沢山の大切なものを捨てれなくないかな。昔を思い出したからって、今のパパの気持ちは消えないし?」
頷きとも傾げとも言えない微妙な角度で首を振る子供たち。
「それでも怖くなっちゃうなら、パパにお願いしてみよ。てか、お帰りなさいも言わなきゃいけないじゃん?」
そこまで言って鈴音が振り返ると、迫間が頷く。そして、鈴音の代わりにふたりの前にやってくると腰を落として目線を合わせた。
「……俺は、マイヤがいつか帰らなきゃいけないと言うなら、着いて行くつもりだ」
子供たちは驚き、迫間の後ろに立つ女性を見つめた。彼女が彼の話す英雄であることは子供たちにも理解できた。
「大事な人と離れたいと思う奴は居ない。君達の両親は、君達を大事にしていただろう? なら、君達を置いて黙って行ってしまうことはないさ。英雄も人間も心は何も変わらないと俺は思ってるよ」
変わらない、その言葉をアイリーンは小さく繰り返した。
「ちなみに、うちの英雄の場合は如何でしょうか?」
急におどけた迫間は視線をマイヤに移す。
「……いい思い出なんてなさそうだし……帰る予定なんてないわ」
「だってさ」
迫間につられて子供たちは笑う。
「二人がお父さんの事大好きで、お父さんも二人の事が凄く大好きだったって話は聞いてるよ。俺達はお父さんを保護する事は出来たけど……本当にお父さんを救う事が出来るのは君達だと思うんだ。
君達がお父さんを大好きだ、どこにもいかないで、そういう思いをお父さんにしっかりぶつけてみるんだ」
目線を合わせたひりょに、少し頬を赤らめたアイリーンが尋ねる。
「でも、私たちは英雄でもエージェントでもないよ! なんの力も無い」
「だけど、君達は僕たちエージェントよりずっとジェロームさんの傍に居いるよ。英雄は僕たちに力を与えてくれる大切な存在だけど、君達はその英雄にとって大事な存在だ」
ゆらはひりょの隣に座ると、固く握りしめられていた子供たちの小さな拳を左右の掌で軽く包んだ。
「大丈夫。君たちがここにいる限り、お父さんはどこかへ行ったりなんかしない。お父さんは君たちのこと大好きなんだ。君たちのこと、いっぱい抱っこしたい。いっぱい愛したい。そう思ってる」
ゆらの浮かべた優しい笑顔に、子供たちのそれぞれの必死な眼差しが向けられる。
「『英雄』っていう特別な存在かもしれないけれど、でもお父さんは君たちのお父さんだよ。お母さんがいて、君たちがいる限り、お父さんはどこにも行ったりしない。だから、君たちもお父さんを信じてあげて」
にっこりと笑ったゆらの笑顔。
「そして、お父さんのこと大好きだって伝えてあげて。それだけで、お父さんはずっと、この世界に、君たちの側に、いられるから……」
黙ってゆらの肩に手を置くシドを、ゆらはちらっと見上げる。茶色の瞳は今は亡き家族を想ってうっすらと濡れて輝いていた。
「英雄にもいろんなやつがいるから、お前らが聞いたことは気にすんな。実際、俺はもし記憶が戻っても帰りてぇとか、思ったことねぇし」
レティシアはぶっきらぼうにそう言った後、意地悪くにやりと笑った。
「あとな、チビ共。だいたいが、お前らの父さんがどうやったら元の世界に帰れるんだ。ちょっと頭冷やせ」
レティシアの指差した先には止まり切っていない車のドアを開けて飛び出して来る男女の姿があった。その姿はどこかふたりの子供たちに似ていた。
「ほら、俺達の言葉が信じられねぇって言うなら、自分らで確かめてみろ」
顔を輝かせた子供たちの背中を、無月は軽く押した。
「君達はお父さんを愛しているからこそ離れたくはないんだろう? ならば話は簡単だ、お父さんを力いっぱい抱きしめればいい。お父さんを愛していると言う思いを込めて抱きしめれば、もう身体も心も絶対に離れはしない」
「お父さんがどこへ行こうとも、想いを込めて抱きしめていればずっと一緒だよ」
ジェネッサの言葉にふたりは両親の元へ駆けだした。
エージェントたちの視線の先で、四人の家族は確りと抱き合った。
「まあ、そうだよね。記憶が戻る日がくるか、元の世界に戻れる日が来るか、なんて今から考えても仕方ないことだしね」
エルナーが呟く。
「ええ。もしかしたら、エルナーがあたしを助けてくれたように、あたしもエルナーについて行くかもしれませんし。────迫間さんのように」
その腕を掴んだままだったミュシャが悪戯っぽくエルナーの口癖を真似た。
「まだ先はわからないんですから、『明日は明日の風が吹く』、ですよね」
ふたりの視線の先では、泣きながら抱き合う一組の家族と、それを優しい顔で見守る能力者(リンカー)と英雄(リライヴァー)たちが居た。
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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