本部

朦朧、討つべし

若草幸路

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
LV1~LV20
参加人数
能力者
7人 / 4~8人
英雄
5人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/05/02 09:54

掲示板

オープニング

●白昼の亡霊
 人が多くもなく少なくもない真昼の博物館には、穏やかな時間が流れていた。展示について歩きながら何事かを語る、学生と教師の一団が目を引く。それを横目で見ながら、H.O.P.E.のエージェントである男は、ひとり関係者用の通路へ向かった。
「プリセンサーが異変を感じ取ったっていうのは、ここか……」
 英雄と共鳴(リンク)したことで変容している肉体を油断なく動かしながら、男はH.O.P.E.の特殊な能力者がもたらした予知に従って館内を巡る。展示スペースに気配はなかった。ならば、と収蔵室に向かう――その途上で、異様な気配をはっきりと肌で感じた。
 気配を感じるあたりの扉を見る。そこはミュージアムショップの在庫やイベント用の掲示物などを置いておく倉庫らしかった。そこに、何か、がいる。男はそっと、音を立てないように扉を押し開いて踏み込む。そのとたん、それに呼応するかのように騒がしい音をさせて、何かが動いた。

 当世具足、すなわち日本様式の鎧兜が、立ち上がっていた。真新しいレプリカとおぼしきそれらの内側には、ただぼんやりとした空間があるだけだが、その色は光を通さぬ暗黒であるとわかる。その暗黒が具足を身にまとっているかのように立ち上がり、はっきりとした敵意を持って男へと近寄ってくる。手には、空間と同じ色をした朧(おぼろ)な刀が生み出されていた。
「物憑き……従魔か」
 言って、男はライヴスメモリーから対従魔・愚神用兵器"AGW"を取り出した。片手剣の形をしたそれはよく手入れされ、清冽に輝いている。
「先手必勝っ!」
 距離を詰め、素早く一閃。がきん、と手応えがあった。しかし、兜を割ったはずのその攻撃は、わずかにその表面にひっかき傷をつけただけだ。
「なるほど、鎧だ! けどこれならどうだ!?」
 物理がダメなら魔法で。男は間髪入れず間合いを取り、掌に集めたライヴスを飛ばして鎧の腹へ撃ち込んだ。再び、手応えのあった音。
「これなら……あ!?」
 男の期待は裏切られる。兜よりは多くの損傷を与えているものの、見る限り有効打には程遠い。――何より異様なのは、まるで攻撃などなかったかのようにふるまう、従魔の迷いのない歩みだ。その歩みを止めず、具足はただ目の前の存在を害そうと動く。兜の奥にゆらめく暗黒が怪しくうねると、男の五感に強烈な痛みが炸裂した。
「がっ!? ……術、と、か、使うってぇのか!?」
 苦痛に体をくの字に折ったところを狙って、具足はゆっくりと自らの一部である刀を振り上げる。尋常でないライヴスの奔流を感じ取り、男はとっさに飛び退いた。
「……っ!」
 鮮やかな軌跡と、鮮血。それを目にした男は鮮烈な叫びを堪える。
 腕ごと落とされることこそ避けられたが、技術と力を持った刃を受けた左腕はもう使い物にならない。血が滴り、男の足元を朱に染め上げる。その様を見て、こちらに歩を進める具足がガシャガシャと鳴る。不自然に響くその音は、残忍に笑っているようにも聞こえた。
「くそ、俺ひとりじゃ……!」
 男は幸いにも無事だった利き腕で扉を閉め、脇目もふらずに来た道を全力疾走で引き返す。間もなく背後で扉が無残に切り刻まれる音を聞いたような気がしたが、怯える時間も痛がる時間もない。男がするべきことは館内にいる人間の避難、そして、手にした無線で解決への最善手を打つことだ。
「捜査中の博物館にて従魔の発生を確認! 規模はおそらくデクリオ級、場所が場所だ……至急応援を頼む!」

●命を助け、魔を討つべし
「すみやかに、慌てずに指示に従ってくれ!」
 男は止血を手早く済ませ、傷の痛みをこらえながら避難誘導を行う。そこに少年が、息せききって駆け込んできた。
「っ、あの、助けてください!」
 血のにじみ跡も生々しいありさまにひるみながらもすがってくる少年の顔に、男は見覚えがあった――先程目に留めた学生たちの一人だ。
「まだ、まだ中に人が、はぐれた、先生とみんなが!」
 その言葉に思わず出そうになった舌打ちを抑え、あいつらに任せておけ、とだけ告げる。少年は不安げな表情で、男の視線の先を見やった。

 従魔を討つためにこちらへ駆けてきた、能力者たちの一団が見える。

解説

●ご案内
 このシナリオは新規プレイヤー優先シナリオです。
 参加キャラクターにはLv.20の上限が掛かっています。(上限は能力者が対象となります)
 初めてシナリオに参加されたプレイヤーは、本部ページから『シナリオとは』のページを開き、『シナリオを攻略しよう』の項目をご覧ください。

●任務
 ・博物館に現れた従魔の討伐
 ・館内に取り残された一般人の救助(先生1人、高校生8人)
 ※従魔は攻撃的で執念深いため、逃げ遅れた一般人たちはたいへん危険な状態にあります。

●ターゲット詳細
▽従魔「亡霊武者」(デクリオ級)
 戦国時代様式の鎧兜が宙に浮き上がった、幽霊型の従魔です。ライヴスで武器(刀)を形成しています。
 魔法・物理の両面で防御が高く、痛みや恐怖を感じずに接近してきます。しかし、回避行動はいっさいしません。

▽使用スキル
 ・呪声:魔法攻撃。呪いの声を脳内に直接響かせてダメージを与える。防御や回避はできるが、壁などの遮蔽物は用を成さない。
 ・瘴気斬:物理攻撃。ライヴスを集中させた強力な斬撃。

 離れた敵には呪声、近くの敵には瘴気斬、と遠近を使い分けて攻撃してきます。

●建物について
 ・各展示室や廊下はあまり入り組んでいません。遮蔽物も少なめです。
 ・従魔の出現した地点は、狭く長い廊下の途中です。

●備考
 ・従魔が憑依しているのは着用体験用のレプリカなので、鎧への損害を気にする必要はありません。
 ・周辺の封鎖・避難勧告はすでに完了しています。

リプレイ

●その者たち、若輩
「排除対象1、救助対象9だな?」
「そうだ。高校生と引率の教師で、館内のどこかにいる」
「従魔は、少々厄介な相手だそうですね」
「ああ、とにかく頑丈だ。可能な限り多対一に持ち込んでくれ」
 男はよどみなく天野 恭一(aa3836)とプリシラ イザード(aa3836hero001)の問いに答えながらも、やってきた一団にどういう顔をすればいいのかわからなかった。
「高校生ぇー? 元服してるじゃないかーっ! ……そーれよりもぉ~」
「蓮日さマ、ヨダレを垂らシテ幼子を見るノハ……」
「冗談だ莫迦者ーっ!」
 なにやら聞き捨ててはならないようなことをのたまう美女、青色鬼 蓮日(aa2439hero001)と、それをたしなめる瓜二つの少年、鬼子母神 焔織(aa2439)。
「人助けだ! いいな、正義っぽいな!」
「……もっと寝てたかった……」
「おいおい、戦って金貰えるんだ! 最高だろ!?」
「勝手に任務を受けるな……バカ鳥」
 鳥じゃなくて梟な! うるさい食うぞ、と妙な漫才を繰り広げるのは、昏い目をした少女、椋実(aa3877)と梟の獣人、朱殷(aa3877hero001)。彼らの身のこなしは、能力者になる以前にいくつもの修羅場を潜り抜けてきたことを証していた。
 一方、能力者としても、個人としても初陣であることが見て取れる者たちもいる。
「初めての依頼……うぅ……き、緊張する……」
「……まず落ち着こうか。はい、深呼吸」
 マオ キムリック(aa3951)が頭上に生えた猫耳をふるわせているのを、レイルース(aa3951hero001)がなだめる。すうはあ、と深呼吸を繰り返すその姿は、まさに小動物と呼ぶにふさわしいあどけなさを持っていた。
「デクリオ級って強いのじゃ……うぅ……」
 そのか弱そうな外見に違わず、浅水 優乃(aa3983)は怯えを隠せない様子で震えていた。しかし、避難者に混じって遠巻きにこちらを不安げに見つめる少年と目が合い、慌てて背筋を伸ばす。恐れを退け、逃げ遅れた人のために頑張らなければ。そう自分に言い聞かせる。そんなゆのを見ていたベルリオーズ・V・R(aa3983hero001)は、おだやかに声をかけた。
「ん……初めてのお仕事。頑張ろ、優乃」
「うん。まずは、逃げ遅れた人の連絡先だよね。助けてって言ってるその子に聞きに行こう」
 そのようなやり取りを目にしながら、男は博物館の構造をざっと説明し、自分の任務用に持っていた地図を渡す。知らず、眉間に皺が寄っていた。見たところ、みな能力者としての経験が浅い。戦術や戦法に長じた者がいるのは安心材料だが、それでも男は不安をぬぐいきれずにいる。
「なぁに、ワシに任せとけって! こーゆー仕事も嫌いじゃねーからな!」
 そんな浮かぬ顔の男に声をかけたのは、すでに共鳴を終えた稲田藍(aa3140)だ。派手な和装と獣のパーツが、その言動に不思議と似合っているという印象を覚える姿で、待ちきれないというように腕組みをしている。
「ああ、そろそろ行こう。……かつての俺と同じ、助けを求めるやつがあそこにはいる」
 救助者たちにかつての自分の姿を重ね、沖 一真(aa3591)がうなずいた。戦うための狩衣姿を彩るように、共鳴の証である白い長髪がふわりと揺れた。

 全員が情報と作戦の共有、そして共鳴を終え、正面から突入するA班と、裏手から侵入するB班に分かれて駆けてゆく。異形に近い者、英雄をその身に降ろした者、変わらぬ者。その姿は様々で、口に上る言葉にもまとまりがない。
しかし、踏み込んでゆく彼らの足並みには、確かな団結があった。

●相対せよ、進ませるな
 静かな、しかし落ち着かない空気をはらむ館内を駆ける。
「……皆さん、どうか気を付けて」
 裏手側から突入する仲間を思うと、マオの脳裏には兄の最期がよぎる。それを振り払い、駆ける。あの時とは違う。仲間を信じて、自分のできることを。事前に共有した救助対象の連絡先をコールすべく、スマートフォンを手に取る。
「えっと、まずは起動させて……」
『マオ……スマホ逆さま』
「えっ!? あ……」
 内側から語り掛けてくるレイルースに補助されて、不慣れな電子機器の扱いをなんとかこなす。コール音に耳をすませる。一度、二度、三度。――接続先に、怯えた声があった。
「こちら、H.O.P.E.のエージェントです。今いる場所がわかりますか?」
 怯えた声が、部屋にあるパネルを読み上げる。従魔の出現地点からは離れた展示室にいることがわかり、マオは内心で胸をなでおろす。しかし、急がなければいけない。敵も移動しているのだ。逸る心をおさえて展示室へたどり着き、マオと藍が部屋全体に響く声で呼びかけた。
「もう大丈夫です、今から安全な場所までお連れします!」
「しっかりついてこい! この中じゃ安全に隠れられる場所を保証できねーしな!」
 呼びかけに応えた人数を数える。1、2、3――高校生が6人、教師が1人。教師のおかげで散り散りになることは防げたようだが、ひとりは足をくじいている。搬送のために、マオは主導権をレイルースと交代し、足をくじいた少女を背負った。恭一は死角を警戒しながら、あと2人の生徒の行方を問う。足をくじいた少女が、たぶん二人で特別展のほうへ、とつぶやいた。従魔が確認された地点と、あまり離れていない。恭一は焦りをおさえて冷静に、一真へ無線でコンタクトを取る。
「特別展示室のところに二人いる可能性がある。俺たちはこれから7名を誘導するから、B班と合流を急いでくれ」
「了解! 至急援護に向かうぜ!」
 生徒たちを中央に、エージェントが周囲を守る形で一団となって進む。藍は、生徒たちがはぐれないようにしんがりを務めながら、懐にある無線を操作し始めた。

 救助が始まる一方で、従魔《亡霊武者》は長い廊下を渡り終え、扉から繋がる展示室に進み出ていた。無残に散らばった厚い金属板は強く踏みつけられ、絨毯に食い込んでいる。背後から突入したB班がそれを発見し、まず椋実が進み出た。
「焔織、優乃、ふぉろーはまかせた……朱殷、出るよ」
 その手にあるシャベルは、その見た目にもかかわらず、凄まじい武器であるかのようなオーラを放っている。その武器を駆り、椋実は全速力で従魔の前に躍り出た。
「さて…はじめまして?」
言葉を紡ぎながら、時間稼ぎのための縫止を叩き込む。背後から追ってきた二人に目配せをひとつすると、焔織がそれに反応した。
『焔織ィ、』
 焔織の頭の中で蓮日の声が響く。焔織に語り掛けるその口調は柔く、そして烈しい。
『……あの魔を滅せよ! 魂魄すら遺すなぁッッ!』
 こくり、と焔織は頷いた。けして小さくはない体躯と比較してもなお大きい、魔獣が刻まれた拳銃を構える。
「……鬼の如しその所業、咎は重く救い難し……」
 銃撃を撃ち込みながら、椋実と連携して無人である展示室の奥へと従魔を押し込むために移動する。その正確な射撃を驚愕をもって見つめていた優乃の耳もとで、大声で無線連絡が入った。
「やっほー、優乃ちゃん!」
「だ!? どっどどなたですか…?」
「ワシだけどー! 聞こえるー!?」
 藍だ。快活で豪快な仲間の声に緊張が少し解ける。
「え、ええと、はい、聞こえます」
「誰かいたかー!? あ、敵以外で!」
 その問いに、優乃は誰も見なかったことと、現在交戦中であることを手短に伝えた。
「こっちは7人見つけたからー、足止めをしながら残りの二人を見つけて! 一真くんがそっちに向かってるから!」
 要救助者二人の連絡先、そして居ると予想された地点を軽い調子でまくしたてる藍の言葉を頭に叩き込み、優乃は眼前で戦う二人に叫んだ。
「焔織さん、椋実さん! そのまま足止めをお願いします!」
 従魔は部屋を抜け出る優乃を見て取り、呪声を放とうとした。だが、それは入れ替わりにやってきた男によってさえぎられる。
「これなる陰陽師、沖一真、参る! 全力で行くぜ!!」
 間合いを取るように動き、ゴーストウィンドを放つ一真。不浄な空気が従魔の周囲に吹き荒れ、鎧兜に綻びを与える。その綻びを狙って打ち込まれる攻撃は、有効打とは呼べない。だが、足止めとしては十分すぎるほどだった。再び椋実の縫止が従魔に刺さり、具足が己のライヴスの混乱のままに騒々しい音を立てている。
 戦いの音を背で聞きながら、優乃はスマートフォンで藍がまくしたてた番号にコールする。つながった相手へその場を動かないように、と指示し、そのまま特別展示室に転がり込む。幸いにして、生徒2名は無事だ。恐怖でへたり込んでいたものの、優乃の姿を見て、助かるのだとなんとか立ち上がった。
 二人を先導し、従魔からそのまま遠ざかるように正面玄関へ向かう。無線で全員に二人の無事を伝えると、一真が第二ホールへと従魔を誘導することを提案した。
「戦うならここがいいと思う。どうかな?」
「異論はない。展示物を気にしながら戦うのも厄介だ」
 恭一が返答する間に、優乃が二人を外に避難させ終える。その一報を聞いて、従魔を相手取っていた三人は、攻撃の手を緩めることなく徐々に、しかし素早く陣形を変え、目的のポイントへと従魔を誘導してゆく。そんなことはつゆ知らず、三人を斬り伏せんと従魔が飛び込んだそこには、すでに武器を油断なく構えた能力者たちが待ち構えていた。
「よう、なかなかシャレた具足じゃねーの! ただ、その刀はイケてねーな!」
 藍の言葉に、具足は何の異音もさせなかった。ただ、走るのを止めた勢いで揺れるそれらの、がしゃりという音だけが響く。その様子に、一真はため息をついた。
「鎧武者なら古風な言い回しで話しかければ……と思ったけど、無理っぽいね」
 ならば、力で止めるのみ。能力者たちが、従魔に対峙した。

●討て、その亡霊
 戦いの場としては、似合いではないが支障もない場所だった。ホールと呼ぶには少し狭いが天井が高く、柱が4本、人の流れを誘導するように中央付近で存在を主張している。ここなら、展示物を傷つけるおそれはない。その柱の陰からむくは、柱を利用した潜伏からジェミニストライクを従魔の足元へ炸裂させる。転ばせることこそかなわなかったものの、分身とともに振るわれるシャベルは脚甲を傷つけ、その具足全体をよろめかせた。
 藍もそれに乗じ、ジェミニストライクが炸裂する。鎧に当たった本体と分身の攻撃が、ふた筋の刀傷を作る。救助が終わって肉体の主導権を戻したマオも、その拳で兜に大きなへこみをつけた。
『狙われたら回避に集中、だよ』
「……うん、分かった」
 レイルースのアドバイスに従い、素早く距離を開け、刀の間合いから逃れる。その次の瞬間、従魔の兜に雷が落ちた。
「急ぐこと如律令のごとし、ってね」
 己の能力を高めるウィザードセンスを組み合わせ、雷神ノ書による電撃が一真によって放たれたのだ。兜の前立てはすでに溶け落ち、鎧の縅し糸を焼き焦がした。確実に傷の広がっている従魔は、しかしそれにいささかの反応も示さない。そのさまに威圧感を少し感じながらも、一真は落ち着いて距離をを保った。
 そうして従魔と距離を取った仲間たちを補うように、恭一が従魔と距離を詰めた。盾から持ち替えた剣を、具足の隙間に突き立てる。
「弱点としては定番だが、どうかな?」
 介者剣術とでも呼ぶべきその攻撃が、確実に暗黒の空間に刺さる、従魔は苦悶の声こそ上げなかったが、己に向けられた殺意に反応して、その暗黒をうごめかせた。そのまま反撃とばかりに黒い刀にライヴスを集め、目前の男に振り下ろす。
「っぐ!」
 盾を構えて瘴気斬を受けた恭一の腕に、強烈な痛みが走った。幸いたいした負傷ではないが、何度も喰らいたいものではない。距離を取り、盾を構えて従魔と再度相対する。恭一の視界の端には、従魔に向けられた銃口が見えた。
『深呼吸して、狙いを定めて……今の優乃の眼は、わたしの瞳。だから、大丈夫』
 優乃は深く息を吸い、吐き、吸って止める。頭の中に響く英雄の言葉を支えに、トリガーを引き、ストライクを放った。
「当たって……!」
 だがその銃弾は、目測よりはるかにズレて飛び、従魔のそばをかすめていく。青ざめる優乃の感情を感じ取り、ベルリオーズが再度内側から呼びかけた。
『失敗しても、もう一度』
「そ、だね」
 再び、構える。足手まといになるわけにはいかないと、優乃は己を叱咤した。

 今までのやりとりで、従魔の具足にはいくつもの大きい傷がつき、内側にある暗黒の空間は薄れ始めている。しかし、痛みを感じていないかのようなその動きは、対峙する者たちに戦いの果てを見せなかった。
「……しぶとい……」
『シャベルじゃ限界あるんじゃね? 剣使おうぜ、剣!』
 頭の中で響く声に、椋実は首を横に振った。
「こっちにする……」
 取り出したのは、巻物だ。ライヴスに呼応し、鎧のごとき鱗を纏った体にばちばちと放電が起こる。朱殷はあまり気に入らないようだが、雷神ノ書を手にする椋実は心なしか楽しそうである。
「第2らうんど開始ー」
 放電をまとめ上げ、ライヴスの雷撃を放つ。炸裂したその一撃は、従魔の傷を広げるかのように、鎧の芯を焼き焦がした。その手ごたえを見逃さず、続けざまに藍がジェミニストライクで斬りかかる。
「隙は作りゃあいいワケよ! 数で勝るのはコッチなんだからよ!」
 そう嘯く藍に続き、マオも焼け焦げた鎧の異臭に顔をしかめながら縫止を放つが、狙いがわずかに逸れた。従魔が素早く刀の間合いから離れようとするマオを狙おうと動くが、その隙をついて狩衣の少年と角持ちの少年が躍り出た。
「奴の弱点はそこにある! 今だ、やれ!!」
「如是我聞一時仏住……王舎城……ッ! ココだッ!」
 一真のゴーストウインドで痛めつけられた具足へ、焔織が一気呵成からの連撃で打撃を加える。従魔を構成する籠手の指が切り飛ばされたが、欠けた部分を補うように黒い空間が伸び、刀が掴み直される。無意味なように見える部位攻撃だが、その実、空間が伸びた分だけ暗黒が大きく薄れた。
『気を付けて。憎いのは解りますが、無茶は困ります』
「わかっている!」
 プリシラにその危険性を案じられながらも、恭一も再度近接して攻撃を加えた。暗黒は時折隙間ができるほどに薄くなり、着実にダメージが蓄積していることを物語っている。
 だが、従魔はそれらを意に介していなかった。ゆえに動きによる攪乱も、その朦朧とした暗闇を大きく惑わせるには至らない。ただ淡々と、能力者たちに敵対し、命を奪わんと動く。
 そうして従魔は、先ほど銃弾が飛んできた方向の柱に向かい、具足の中の空間をうねらせた――呪声だ。  
「きゃあっ!?」
 柱が意味を成さない、強烈な魔法攻撃。痛みに足元が揺らぎ、優乃の中に恐れが、呪声よりも厄介な呪いとして立ち現れる。怖い、怖い、私には無理。どうしよう。そんな言葉が頭に渦巻く。
『優乃!』
 ベルリオーズが内側から叫んだ。彼女が戦えないなら、自分が肉体の主導権を持つしかない。だが、危惧に反して、彼女の意思はまだ弱り切ってはいなかった。
「こ、怖いけど……そうも言ってられない、よね」
 今ここを守れるのは、自分たちだけ。その一心で優乃は銃を構え直し、再び注意をほかに向けた従魔を視界にとらえた。そのまま別の柱の陰に素早く滑り込み、トリガーに指をかけた。最初に見た、焔織の正確な銃撃を思い浮かべる。
「負けられないんだから……!」
 二度目のストライクを放つ。恐れを振り払ったその一撃は、過たず具足の隙間を通り、従魔を構成する漆黒の空間を撃ち抜いた。苦悶の声こそ上がらないが、積み重ねられたダメージがもとで鈍った動きは、大きな隙となる。そこに声を上げたのは椋実だった。
「これで……『終わりだぁぁっ!!』」
 朱殷の声が重なっているかのような叫びを皮切りに、従魔はそれぞれから全力での攻撃を受けた。焼け焦げ、砕け、ひしゃげた具足を取り巻いていた暗黒は、ぐるぐると細く黒い煙を散らしてその場に落下する。

 傍らに、あの朦朧とした黒い刀はすでにない。――亡霊は、討ち果たされた。

●平穏の喜び
 静けさを取り戻した博物館を出て各々が共鳴を解く。それぞれが庭で思い思いに、勝利の余韻にひたっていた。
「終わったよ! レイくん、皆が無事で本当によかったよ……」
「そうだね……お疲れさま」
「うん! あ、皆さんもお疲れさま、でしたっ!」
 元気に挨拶をするマオに、一真がマオもお疲れ、と返す。近くにいた蓮日も鷹揚に返事をしたが、その意識は別の方向に向いていた。
「なんとかなったねー」
「さっき終わったばっかでそれか。緊張感無さすぎだろ」
 視界に映るのは、褐色の少女。木陰で休む華奢な体が、隣の鳥人間の巨躯でより強調されている。
「……可愛いなァ」
 椋実といったか、まさか仲間内にあんなかわいい子が。接近しなければ、と歩を進める。
「……ねぇねぇーこの後、ゴハンでもどーかなぁ……?」
「……?」
 怪訝な顔でこちらを見上げてくる。とてもかわいい。いろいろと味わいたい。邪念が蓮日に渦巻く。
「あぁ、もう我慢がっ!」
 飛びつこうとした蓮日に、背後から何者かが忍び寄る。それは腕を振り上げ――
「――南無ッ!」
 ゴンッ、と鈍い音が響き、蓮日はぶぎゅるー、とその場に崩れ落ちた。背後から手刀を脳天に打ち込んだ焔織は、静かに椋実へ頭を下げる。
「失礼しまシタ……」
「いいよ、そっちも苦労してるんだね」
「おいムク、『も』ってなんだ『も』って」
「しゅあんは黙れ」
 自由人の英雄を持つふたりの、穏やかな邂逅であった。
「ところで……焔織は、女の人……?」
「いや、こいつは男だぞ?」
「えっ」

 優乃は、マオからねぎらいの言葉と共に受け取ったチョコへかじりついた。濃厚な甘みが味覚を駆け巡り、肉体を癒す。
「おいしい……」
 任務をやりとげたからだろうか、ふだん口にするどんなものよりも美味に思える。ベルリオーズに見守られながら塊を口に押し込んでいると、少年が駆け寄ってきた。
「ありがとうございます! みんな無事で、化け物もやっつけちゃって……すごいです!」
「あ、いえ、私はそんな」
 とっさに否定形が出そうになるのを、ベルリオーズにつん、と肩を押されて止められる。振り向くと、あどけない顔の親友が、白銀の髪を揺らして美しく微笑んでいた。
「……いいんだよ。優乃の成果でもあるんだから」
 そうして二人が少年から感謝の言葉を受け取っているところに、眼鏡をかけた真面目そうな青年が駆け寄ってきた。
「あの、本当にごめんなさい……!」
「え、あの、どちらさまです……か?」
 その直後、優乃はこの青年が藍の共鳴を解いた姿だと知る。共鳴中の英雄の無礼を平謝りで詫びる彼をいいんですいいんです、となだめる。その表情には、晴れやかな笑顔があった。

 そこから少し離れたベンチに、恭一とプリシラが腰掛けていた。終わったのだという実感がこみあげ、ふっと口元をゆがませる。その表情には、笑みというには少し苦いものが混じっていた。
「十年かかって、ようやく復讐の第一歩か……」
 能力者としての第一歩を踏み出し、そして成し遂げたという喜び。復讐という目的にたどり着くまでの、あまりにも長い道のりを思う苦しみ。その複雑な感情を見て取り、プリシラは恭一の顔をのぞき込み、微笑んでみせる。
「安心してください。どれだけかかっても、最後までお手伝いしますから」
「……ああ、頼りにしてる」
 恭一は彼女につられたように微笑み、彼女の頭を撫でた。

 彼らが見上げる昼下がりの空は高い。そこは新たな一歩を踏み出した彼らの前途のように、青く輝いていた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 我ら、煉獄の炎として
    鬼子母 焔織aa2439
    人間|18才|男性|命中
  • 流血の慈母
    青色鬼 蓮日aa2439hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • エージェント
    稲田藍aa3140
    獣人|35才|男性|回避



  • 御屋形様
    沖 一真aa3591
    人間|17才|男性|命中



  • 朦朧を討ちし者
    天野 恭一aa3836
    人間|36才|男性|生命
  • エージェント
    プリシラ イザードaa3836hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • 巡り合う者
    椋実aa3877
    獣人|11才|女性|命中
  • 巡り合う者
    朱殷aa3877hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 希望の守り人
    マオ・キムリックaa3951
    獣人|17才|女性|回避
  • 絶望を越えた絆
    レイルースaa3951hero001
    英雄|21才|男性|シャド
  • ひとひらの想い
    浅水 優乃aa3983
    人間|20才|女性|防御
  • つまみ食いツインズ
    ベルリオーズ・V・Raa3983hero001
    英雄|16才|女性|ジャ
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