本部

【映画出演依頼】レッド・チーム

玲瓏

形態
ショートEX
難易度
易しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
9人 / 4~15人
英雄
8人 / 0~15人
報酬
多め
相談期間
5日
完成日
2016/04/25 20:02

掲示板

オープニング


 兼ねてよりハリウッドで活躍してきたマクニース監督。世界的な大スターまではなくとも、知る人ぞ知る孤高の監督として名を馳せていた。
 特に昨年から本物のリンカーを登場人物に抜擢するといった類のないスタンスで映画を作成しており、成功を収めている。
 ところが、最近ではヒット作品を生み出す事が難しくなり始めた。前作は設定と脚本の難しさが見る人を限定し、客足を大きく遠のく結果となった。
 その作品以降、これまでの作品のようにヒット作を生み出す事ができず、低迷していた。
「マクニース監督、失礼します」
 脚本家のニベリルはわざわざマクニースの家まで出向いていた。扉を開け、彼の書斎に足を踏み入れる。
 監督は腰掛椅子に凭れかかって、煙管を吸っていた。
「考え事をする時、こうする方が落ち着いてな。昔からの癖だ、理由は分からんよ」
「お洒落ですね、監督」
 マクニースは机の前にいたが、机には何もなかった。脚本や、作品について考えているのではないとニベリルは捉えた。
「何をお考えになっていたのですか?」
「ああ。いや、私には持論がある。一度人気の絶頂を迎えた後、おそらく……後は降下するだけだ」
 煙管を吸いながら彼は、手で降下するグラフのような動きを再現して見せた。
「一つのジャンルで一度成功したら、もう引き際なのだと思うのだよ。つまり、映画からは身を引こうかと考えている」
 ニベリルは突拍子もない、明らかに……引退表明の言葉に驚いた。
「ちょ、ちょっと待ってください、監督。確かに近年はヒット作品は生み出していません。しかしだからといって、マクニース監督の作品を待つ人々もいるはずです。一時期の迷いで引退だなんて、それはあまりにも逃げ腰ではないでしょうか」
「まあ落ち着きたまえ。私の作品を見たいという素敵なファンは、必ずしも映画を求めているとは限らない。例えば私の作品ならば絵画や、小説でも良いのだ。映画というジャンルはもう私を必要としていない」
「――僕は監督とまだ映画を創りたい、そう思っているんですよ」
 今までニベリルと顔を合わせていなかったマクニースが、身体の向きを変えてニベリルを見た。
「監督と映画を創る事だけが僕の楽しみなんだ。……まるで、その、子供みたいな言葉ですが、まだ辞めないでいただきたい」
 笑みを浮かべたマクニースは、口から煙管を外した。灰を皿の上に捨て、突然、机の引き出しを開けると中から紙束を取り出した。ニベリルに手渡す。
「これは……」
 脚本や世界観の説明等が細かく書かれてあった。
「私とリンカーが創り上げた『ブルー・チーム』の別の世界線の話を描こうと思っていてな」
「つまり、パラレルワールドという事ですか」
「そういう事だ。ブルー・チームでは能力者が敵であった。しかし今作では味方となる」
「なるほど……。映画から身を引くというのは……」
 マクニースは再び姿勢を前に向けて静かに言った。
「もしこの作品が、私の基準において成功と呼べない結果となってしまったら映画からは身を引く。別の新たな事に挑戦してみよう」
 賭けに似ていた。もしくはそのまま、賭けであった。ニベリルは重大な決定をどうして賭けに任せるのかマクニースに困惑した。だが、反対に面白い作品を描き、見事に人目を寄せればマクニースは監督のままでいてくれるのだ。
「分かりました。監督、面白い作品を創ってみせましょう」
 ニベリルの握る紙束一つが、二人の行く先の切符であった。紙束に運命を任せるのは滑稽だが、映画というのは人生のようなものだ。


 時を待っていた、という表情だった。オペレーターはマクニース監督からの依頼を見ると、すぐにリンカーを招集した。
「再び、映画出演依頼です。未だにハリウッド映画を渡り歩いているマクニース監督から、リンカーの皆さんに映画に出演してほしいと依頼が発生しました」
 例によってマクニース監督自らの言葉でリンカーに依頼の説明が行われる。
「それでは皆さん、演技の方頑張ってください。非常に楽しみにしています」
 ところでオペレーターはマクニース監督作品のファンであった。オペレーターの職務について、初めて彼から依頼が来た時に映画を見て、彼女のセンスに合った作風だったのか、一つの作品でファンになったのだ。
 今日の彼女はいつもとは違って、微笑みの数が多かった。
 あなた達は配られた紙媒体に目を通した。

解説

                    偉大なるエージェントへ

●映画脚本
 舞台は世界大戦が始まった地球。アメリカ、ロシア間で発生した大々的なトラブルが世界に波乱を呼び再び戦争が勃発した。インターネットを使ったサイバー攻撃や無人戦闘ロボ、核開発が行われていく。その中には薬物を使った殺戮兵器の開発も進んでいた。
 アメリカが開発した薬物兵器は敵国に撒かれる。薬物の被害にあった人間は死亡。――ところが、死亡した遺体は起き上がると同時におぞましいパワーを持つアンデッドとなった。
 アンデッドは国々を横断し始め、人間を無差別に襲い始めた。
 予想外の事態に国同士は戦争を一時中断し、団結する事を決意。アメリカとロシアが共同で能力者の開発を行い、対アンデッド部隊を結成する。

●今作について
 一見するとゾンビ映画ですが、そこに作られた能力者が絡む事によるドラマチックなストーリーに仕上げる予定です。
 また、前作と違い主人公はリンカーの中の一人から決めます。

●あなた達の活躍するシーン
 アンデッドを退治する部隊として登場してもらいます。主人公は部隊の一人で、誰が主人公になるかは要相談です。
 以下に、シーン設定をする上で記入必須事項を列記します。

 起承転結のどの部分に登場するか
 どう退場するか
 シーンの中でどう動くか。台詞や動作等、希望をお願いします。
 登場人物の名前を決める事。

 活躍の仕方はリンカーの皆様にお任せします。シナリオに関係なく、どういった活躍をしてみたいか、相談しつつ自由に考えてください。
 また、必ずしも役柄は部隊員ではありませんし、敵役を希望しても構いません。アンデッド役、味方を裏切る役も大歓迎です。
 
●小道具について
 以前はこちら側で設定していましたが、使える小道具は自由とします。希望があればお取り寄せできる範囲で取り寄せます。

●リンクに関して
 共鳴の有無は自由意志とします。

リプレイ

●出演

鴉守 暁(aa0306) キャス・ライジングサン(aa0306hero001)
中城 凱(aa0406) 礼野 智美(aa0406hero001)
離戸 薫(aa0416) 美森 あやか(aa0416hero001)
晴海 嘉久也(aa0780) エスティア ヘレスティス(aa0780hero001)
アル(aa1730) 雅・マルシア・丹菊(aa1730hero001)
風深 禅(aa2310)
鯨井 寝具(aa2995) ゴールドシュガー(aa2995hero001)
ヴィヴィアン=R=ブラックモア(aa3936) ハルディン(aa3936hero001)
相模 夏維(aa3975) セヴォフタルタ・ヘルツォーク(aa3975hero001)


「また、吸血鬼か」
 白衣を着た生化学者の男は、チームミーティングの席でそうぼやいた。細長い机には何人ものお偉い人達が集合している。国家警察の長や特殊部隊総隊長、他様々な軍事力を持つ人物達が出席していて、総勢三十名の人間が会議室で向かい合っていた。
「今、世界はアンデッドの脅威に晒されている。ロシアから発端したアンデッドはカザフスタン、モンゴルとそれぞれ軍のように移動しつつある。生き残った一般市民は進行線から逸れるポリシェヴィク島、日本、アメリカ、その他ヨーロッパ、アジア国々に分散している状態だ。現在まで分かっている死者、怪我人は合わせて十万人にも上っている。アンデッド発生三日目にして、この勢いだ」
 事の発端、それは第三次世界大戦だった。戦争で和は乱れたのだ。サイバー戦争は全世界を恐慌させ、混乱させていた。その混乱に拍車をかけるような存在が突如出現し始めたのだ。
 アンデッド。国々はそう名付けた。
 世界大戦は中断され、アメリカとロシアを筆頭に争いあっていた国々は連合し始めていた。
「お願いします、Dr.X」
 今まで話していたアメリカ側の軍事責任者は席に座り、白衣の男に主導権を渡した。
 Xは金髪の女性、助手に手を向けて指示をした。助手はその指示通り、会議室を暗くした。
「まずはこちらをご覧ください」
 机の中央から四角形の立体モニターが飛び出した。
「ロシア研究所の要員が、現地で予防接種していたという事を調査隊が私に報告しました」
「ちょっとまった」
 言葉を遮ったのはロシアの研究所の取締役だ。
「調査隊の話は私の耳に届いていないな。私の許可なく、勝手に調査か。あんたが何処の誰かしらんが、機密法……いや、もっと大きな罪にだってなるぞ」
「例の研究所は胃炎から能力者の開発で不穏な動きがありました。調査されてもおかしな事はありません」
「私に無許可で? おい、この男を連れてきたのは誰だ。引っ張り出せ」
「まあまあ落ち着いて」
 アメリカの責任者が取締役を宥めた。会議室の中まで混乱しては、話は進まない。
「話を続けてください」
「その後、アメリカの軍が化学兵器を使って攻め込んだ時に現地を調査した調査隊が、アンデッドに襲われました。その際、命がけでサンプルを持ってきてもらいました」
 調査隊が撮影したアンデッドの姿、サンプルの写真が立体映像に表示された。負傷した隊員の傷跡も各国の人間は目に入れる事になり、痛々しい姿に目を瞑る人々もいた。
 アメリカの責任者、及びアメリカ人はなんだか居心地の悪いような顔をしていた。
「このサンプルを能力者開発チームが解析した所……ウィルスに感染した人間と、化学兵器を浴びて死亡した際に相乗効果で変異した物が、アンデッドであると判明しました」
「つまり、この事態は我々人間が引き起こした物であるという事ですね」
「我々は今、アンデッドに対抗するために能力者の研究を進めると共に、抗毒素を開発しました。抗毒素はアンデッドを弱体化させる物で……これを御覧ください」
 モニターに検証映像が映し出された。左右に静止画が表示されており、どちらも人間の皮膚のような分厚い物が壁に貼りつけられている。
「向かって左側は抗毒素を使用していない物で、右側は使用した物です。映像を再生します」
 Xが助手に合図し、映像が流れ始めた。それは皮膚に銃弾が命中した際の比較映像となっていて、抗毒素を使用しない映像の方は皮膚に銃弾が当たっても全く傷がつかず弾丸を弾き飛ばしてしまったが、使用した動画の方はしっかりと銃弾が食い込んでいた。
「抗毒素の効果は御覧になった通りです。しかし、抗毒素だけでは大量にいる彼らを全て消滅させる事は到底かないません。場合によっては、核を使用する事も考えなければなりません。――ですが、それはリスクが大きい。そこで我々は能力者の開発を進めていました。その映像を御覧にいれましょう」
 助手はXからの指図を受け取って映像を次に切り替える準備を整えた。だがその途端、ビルが大きく揺れた。強大な音と同時に衝撃が全体に走る。
「皆さん、急いで机の下に!」
 どこからともなく聞こえてくる大きな声の言う通り、人々は慌てつつも机の下に隠れた。
 ロシアの軍事責任者は隠れず、体を表に出しながら携帯端末を取り出して部下と連絡を取っていた。
「何があった? ……分かった、今すぐ調査にむかえ」
「一体どうしたっていうんですか?」
「頭のおかしいトラックの運転手がこのビルに突っ込んできたらしい」
 端末が音を鳴らした。責任者の端末だ。
「調査は終わったのか? ……何だとッ?!」
 彼は怒鳴った。そして携帯端末を切って手で注目を仰ぐと、大きな声でこう叫んだ。
「アンデッドだ! アンデッドが建物の中に入ってきやがった!」
 Xの助手がモニター表示を切り替えた。そこにはビル内に設置されている監視カメラの映像が淡々と映し出されている。
 五センチ程伸びた爪、生気を失った白い眼、腐った細い体。勇敢な軍人の一人が散弾銃をアンデッドに当てるが、怯む事すらなかった。次の瞬間にアンデッドは軍人にとびかかり――映像はそこで次のシーンに回された。
 会議室にいる人々は唖然としてその映像を見ていた。
 一階にいる民間人、軍人はそれぞれ二階へと駆けあがっている。遅れたらその時点で、餌だ。
「映像を見る限り十五体は侵入しています。しかし、ご安心ください」
「どう安心しろっていうんだ!」
 モニターに表示されている画面には人気のない施設をアンデッドが歩き続ける姿があった。彼らは歩みを進め、確実に会議室に向かってきている。軍の攻撃は通用しない。
 一人の男が大声を上げた。
「おい、あそこに子供がいるぞ!」
 会議内は慌ただしくなった。二階の渡り廊下の中心に少女が立っているのだ。十五体のアンデッドはゆっくりと彼女に近づき、捕食の時を楽しもうとしている。少女は逃げようとはしなかった。
「落ち着いて、落ち着きなさい。皆静かに」
 先頭のアンデッドの一人が走った。助走をつけて、そして飛び上がった。両腕を前へと伸ばし、少女へと向かった。
「全く。大人気ないなあ君は」
 爪が少女の肩に届く一寸の差で、アンデッドは静止した。少女と逆方向の力が加わって、吹き飛ばされた。
 逆手持ちにナイフを構えながら、一人の男が少女の前に立っていた。一人だけでなく、次々と少女の背後から姿を現し始める。
「お仕置きをしなくちゃいけないな」
 机のモニター表示には彼のデータが記されていた。Xは監視カメラの映像と彼のデータを見比べしながら流暢に説明する。
「彼はゼン・イスカリオテという能力者です」
 ゼンは手短なアンデッド二体を討伐相手に決定した。二人はゼンに営利な爪を伸ばす。しゃがんで腕を回避したゼンは、丁度交差した所にナイフを上から押し付け、地面に縫う。二人のアンデッドは地面に縫い付けられ行動を阻害された。
 動けなくなってる間に、視野の外から現れた一人のアンデッドに向かって歩いた。
「来なよ」
 挑発交じりだ。アンデッドは四足歩行に切り替え、突進するようにゼンに向かった。攻撃範囲内に入る寸前に二足歩行になり、大きな右腕を振るう。武器を左手に持ち替えたゼンは、右腕でカバーし、瞬時に腹部にナイフを差し込んだ。
「そして彼が九(ここの)」
 弦で矢を引く九は次々とアンデッドを壁に釘付けにしていた。一匹、射撃から逃れたアンデッドが飛びつき、彼の弓を地面へと叩き落とした。
「くっ……」
 槍に武器を代え、棒状の持ち手で肩、足の関節に連撃を入れて姿勢を崩させると顔面を強く拳で打ち付けた。後方に向かう衝撃はアンデッドを吹き飛ばすが、九は槍を投げ更に突進した。槍はアンデッドの肉体を貫いていた。
「大丈夫?」
 九に近寄った七瀬は、彼の腕に爪痕が残っているのを確認した。弓を叩き落とされた時に出来た物だ。
「大丈夫だよ。だけどよかったら後で手当てお願いしようかな」
「任せて。あ、次来るわよ!」
 会議室でモニターを見ている人々はまだ唖然としていた。能力者の人間を超えた能力に声も出ていないのだ。
「彼女が七瀬(ななせ)で、そしてあの二人が十夜(とおや)と八重(やえ)です」
 背中合わせに並んだ二人。
 十夜は二丁の銀色の拳銃を迫りくる敵に向かって撃ち続け、五発ずつ撃ち拳銃を上へ放り投げてナイフへと持ち替えた。満足いくほど接近したアンデッドの両腕を脇で挟み、頭突きでバランスを崩した後三回転して地面へと投げ飛ばした。ナイフで頭部に追撃した後、頭の真横、左右に落ちてきた二丁の拳銃が暴発して、射抜いた。
 迫る一体のアンデッド。八重は敵の足をワイヤーで括った。地面に接着され動けなくなったアンデッドは手を伸ばして躍起に振っている。
「動けないでしょ。すぐラクになるよ」
 日本刀を両手で持ち、下から上へ半円を描く。黒い影を体に纏った八重は独特な構えを取ると、気づけばアンデッドを通り過ぎていた。動きが止まり、ワイヤーが外れる。アンデッドは地面に倒れていた。
「これで全部かな」
 ゼンは見渡して、敵影がない事を確認して言った。
「大人の不始末に子供が尻拭い……いい加減にしてほしいよ、まったく」
「まあ、まあ。無事に生きていられるんだからいいじゃない。それに、僕たちにしかできない事だし」
 矢を回収しながら九は微笑みを見せた。
「そんじゃあ俺はこのへんでっ。基地で待ってるよ。お茶沸かしつつ。そういえば、あの子は?」
 アンデッドに襲われそうになっていた少女が見当たらない。
 Xは手を叩いて乾いた音を鳴らした。幻想を見ていた人々は意識を取り戻してXへと注目する。
「これが能力者の実力です。私は引き続き開発を行って参ります。アンデッド根絶の日は、そう遠くないでしょう」
 まとめの段階に入っていた。後はXが席に座ればプレゼンは終わる。しかし予期せぬ事態が突然襲ってきた。
 ノックも何もなく会議室の扉が開いた。暗い室内に差し込む明かり。誰が入ってきたのか、最初は分からなかった。
「君は」
 室内にいた警備員が来訪者に近づいた。
「あッ」
 眼が明かりに慣れた頃には遅かった。警備員の腹部には腕が刺さっていた。アンデッドだ。アンデッドが会議室の扉を開けたのだ。
「なんてこった。X、博士!」
 Xも今回ばかりは顔をしかめた。今まで「落ち着いて」と場をとりしきっていた責任者も腰を抜かし、眼を大きく開いている。
 場は混乱に包まれた。

 ――眠れ、眠れ子羊の。
 最愛の人に導かれて。
 あなたは星、眠り姫。

「この声は……?」
 聞いた事のない旋律を奏でる少女の声。人に襲いかかろうとしていたアンデッドは動きを止め、地面に倒れる。
 金色の髪をした少女、監視カメラに映っていた少女が口ずさんでいたのだ。

(少女の名前はルアという。対アンデッド組織に保護され声によるアンデッドの弱体化、破壊効果を研究される。そんな中、とあるウェスタンな荒野にたたずむ小屋から組織に向かって救難信号が飛ばされていた。シングとカイ、セヴィーはそれぞれ現地へと向かう)

 貨物用トラックに運ばれている最中、シングはイヤホンをつけていた。五分に一度はため息を吐いて、愚痴のような一言を漏らす。
「なんで俺が……」
「どうかしたのですか」
 同乗していたカイがシングに訊いた。ところが、シングは何も言わなかった。口を閉じたまま、ぼんやりと一点を見つめるばかりだ。
 シングの肩を叩こうとカイは手を伸ばしたが、振り払われた。
「ほっとけよ」
「すみません……」
 居心地が悪くなったシングは体をカイの反対側に向けた。
 トラックが停車して目的地についた。セヴィーはカイのチェックをトラック内でするため、二人だけがトラックから降りる。
 辺りを見渡した。緑があったら奇跡だと思うほどの荒野地帯だった。
「こんなとこに救助者なんていんのかよ」
 周囲にあるのは意図の分からない荒れた家一軒だけだ。おそらくそこに避難者がいるのだろうが、生気を感じさせない家だった。
 トラックの運転手はここで待っていると三人に言った。
 家のドアはくたびれ、ちょっとした風で開閉した。
「どなたかいらっしゃいますか」
 出入り口からカイは呼びかけた。間もなく、中からウェスタンハットを被った美女二人が現れた。
「あなたタチが能力者ネー? 待ってたヨ!」
「はい。それでは避難しましょう。荷物は大丈夫ですか?」
「ノンノン、違うのヨ」
 肌が小麦色に焼けた女性がマグナムを横に振った。すると、隣にいる中学生くらいの女性が言った。
「私たちは避難をしたい訳じゃないのよ。あなた達の仲間になろうと思ってね」
「俺達の?」
「って事で、今日からよろしくネー。私タチ、頑張るヨー! あ、名前は私がオーラで、こっちがソーラって言うのヨー」
「ちょ、ちょっと待ってください」
 オーラとソーラの陽気なコンビはカイの制止を振り切って車の方まで歩いていってしまった。
 カイの後ろから、大きな悲鳴が聞こえた。女性の悲鳴ではなかった。
「や、やつらだ!」
 遥か向こう側を指さして、シングは尻と地面をくっつけていた。アンデッドの集団が向かってきていたのだ。よろけながらシングは立ち上がり、トラックに向かって走り始めた。
「たくさんいるネー」
 トラックに乗り込もうとしていたオーラとソーラは足を戻して、集団に対峙した。
「あなた達はトラックの中へ逃げていてください。俺が食い止めます」
「三十匹はいるよ。一人じゃ到底無理よ」
 カイの呼びかけに、しかし二人は従わず、それぞれ二丁の拳銃を構えていた。
「見てて」
 走りくる集団との距離はもう五メートルだ。一秒の判断が後を決める。カイはトラックに戻るべきか否かを考えた。ただ結局は大剣を取り出して、カイも戦闘態勢に入った。
「少しだけあなた達を信じてみますよッ」
 距離が一メートルとなり、オーラの銃弾が吠えた。
 カイは大剣を横に振り、砂嵐を起こしてアンデッドを散らばせる。津波のように巻き込まれては不利になるのが目に見えていた。
 散らばった集団。オーラとソーラは高く跳躍し、空中で背中合わせになると回転しながら銃を乱射した。地面に降り立ち、銃口に揃って息を吹きかける。
「快感ネー」
「本当にね。次々いくわよー!」
 ソーラに向かってとびかかる一匹のアンデッドは腕を掴まれ、流れるように背負い投げを決められた。倒れるアンデッドの顔面に銃弾を叩きこみ、そのアンデッドの顔面を椅子代わりに座ると、両手を広げて真横にトリガーを引いた。次々と、様々な角度から飛びかかるアンデッド一匹一匹の頭に確実に銃弾を命中させる。
 正面から突進するアンデッドを視認したソーラは、咄嗟に飛び上がった。上空から狙いを定め、銃が唸る。動きを止めたアンデッドは地面に倒れた。
「あんまり強くないわ~」
「スッキリするけどネー!」
 オーラは爪を武器に伸ばすアンデッドをかかと落としで沈め、同じ足で更に上空に蹴り上げた。空中で無防備になった所を拳銃を連射。彼女はまるでダンスでも踊っているかのように、ステップを踏みながらコンボを重ねた。
「あら、リロードのお時間ネー」
 弾を使い切った彼女は地面に放り投げるとナイフに持ち替え、四方から攻める群れをウィンドミルで弾き返した。起き上がったアンデッドに瞬時に接近し、肩と足と腹とを交互に斬りつけ膝をついたアンデッドの顔面にストレートを食らわした。
「Fooッ」
 いとも容易く蹴散らされる光景をカイは茫然と見ていた。傍から見れば彼女たちは連携が取れていたのだ。綺麗に、芸術と呼ぶ事もできた。
「この子が最後だヨ!」
「じゃあ派手に行ってみよう!」
 残り一匹となり、二人は左右からアンデッドの足元に、グルグルと銃を回転させながら銃弾を何度も放った。砂埃が舞い上がり、やがて竜巻状となりアンデッドは宙へ浮かんでいく。二人は銃を地面に捨て、アンデッドが落ちてくるのを待つとナイフに持ち替え、落下タイミングを計って居合いを決めた。
「終わったヨー」

(その後、カイは二人をトラックに乗せて基地へと連れていく。基地に戻るまで、シングはずっと臆病なまま膝を抱えていた。
 正式に二人が仲間になって組織は各地の救助者を救助していく。その中にはライブハウスも含まれていた)

 大きな歓声と同時にギターボーカル、ブラックモアが上空から降臨した。
「きたぜェェエエ!! きたきた、きたァァアア! 待たせたな、ネメシィス!」
 寒さを忘れさせる程の熱狂。理性を吹き飛ばすライブハウス会場は汗と歓声だけで出来ていた。ブラックモアは着地した途端、首に巻いていたタオルを客席に投げた。
「てめぇら、俺がきたからには安心しろよ。全部ぶっ飛ばしてやるッ! 今日は狂えよ。全部忘れちまえ。俺の言う事に黙って従ってりゃいいッ!! ――ほら見ろよ、チケットを買い損ねた不運なピーポーはヘリで俺を見てやがる!」
 会場の上空を二機のヘリコプターが飛んでいた。
「目標、確認しました。会場まで残り三分で到達するでしょう。数は十五体弱です」
「そろそろだねー。ルアは私が抱えていくよ」
 歌声がアンデッドに効果を及ぼすという証明付けのため、今回の任務にはルアもついてきていた。ライブハウスという事はマイクもある。うってつけの場所であった。
 シングは嫌々立ち上がって、機体から下がるロープを両手にとった。ところが、落下しようとはしなかった。
「ハヤく降りないと大変だヨー?」
「う、うるせえな。ほっといてくれよ」
 カイはオーラに止めるように言ったが、オーラは止まらなかった。
「私はソレでもいいけどネー。でも、困るのはユーじゃないカナー?」
「ほっとけって言ってんだ――お、おい!」
 駄々をこねるシングの体がふわりと宙に浮いた。咄嗟にシングはロープを掴む。オーラが彼を押し出したのだ。ニッコリと彼女は微笑むと着陸体勢に入り、ロープを滑り下りた。カイ、ソーラも続いて降りていった。シングは乾いた喉を潤して、降りた。
「じゃあまず一曲目、イってみようかァァア! エレキがシビれるぜ! ハートに流れるイナズマを感じろよ? いくぜェエエ! ――あ? なんだてめェ」
 上から突然舞台に落ちてきた人物にブラックモアは怒りの形相を向ける。ノってきた所台無しにされてしまったのだ。
「頭狂ってんのかてめェ。ここは俺達の場所だ。てめぇは降りろ」
 狂人は立ち上がると、突然ブラックモアに腕を振るった。
「てめッ……あん? なんだよ人間じゃねぇのかよ。その面構えはアンデッドって奴だなァ? そんなら興には丁度良い。おい! 一曲激しいの頼むぜ!」
 スネアドラムとバスドラム、シンバルが狂ったリズムを生む。
「いいねぇ! じゃあ行こうか、一曲目は"バトル"だ!」
 なりふり構わず突進するアンデッドの額にフックをぶつけ、怯んでいる隙に襟を掴んで口の中に爆薬を詰め込んだ。
「灰は灰に、死者は死者に。木っ端微塵に砕けろよ!」
 一発の銃声が爆発を引き起こした。砕け散ったアンデッドの血が飛散したが、それもまた興の上乗せとなった。
 一匹現れると、次々と湧き始めるのは基本だ。アンデッドは次々と上から登場した。
「はッ、見ろよ俺と遊びたいってさァ! いいぜ来いよ。派手に行こうぜ今日はよッ!」
 ギターケースの上に片足を乗せると、先端が変形した。歯車が回転するような音が聞こえた後、ミサイル弾が飛び出してアンデッドの集いをほぼ一瞬で掃滅した。
「ダイナマイッ! これぞ芸術だぜ!」
 大三波の集団が来ると、音楽もクライマックスだった。ブラックモアは有頂天に銃火器を放つが、彼の攻撃から逃れた一匹のアンデッドが客席へ飛んだ。
「やべッ」
 客席は密着している。爆発物は飛ばせない。銃も外したら犠牲者を出す。ブラックモアの目の前はスローモーションになった。咄嗟に拳銃を取り出して、狙いをアンデッドに向ける。既にアンデットは一人の男にかみついており、血が噴き出している。
 トリガーに指が乗り、引き金を――ところが、他のアンデッドがブラックモアに飛びついた。
「くそったれッ!」
 他のメンバーは旋律とリズムを止め、ブラックモアに噛みつくアンデッドを引き離すため楽器を捨てた。
 狂乱の熱狂が絶望へと変わろうとしていた時、静かに新しい旋律が生まれた。

(会場内にはルアの歌声が響いていた。アンデッドは全員死滅し、ルアの歌声が効果を及ぼす事は確信される。ブラックモアがチームに加わり、一同はルアの歌声を使ったアンデッド全滅のためのシナリオを構築し始める。だが、部隊には大きな問題があった。シングの事だ)

 九の手料理、炒飯が食卓の上に並べられる。用があるとその場にいなかったゼンを除いた一同は手を合わせ、香ばしい炒飯をそれぞれ口に運んだ。
 美味しい、美味しいと声が反響するが、一人だけ黙々と食すシングに九は声をかけた。
「シング君。味はどうかな」
 イヤホンをして、彼は相変わらずだった。九はどことなくしんみりした気持ちを覚え、再び食事についた。
 一連の流れを、八重が見逃さなかった。
「あんた、いい加減にしたらどうなんだ」
 シングの対面に座っていた彼女は、机をたたいて立ち上がった。炒飯が注いである皿が音を立てた。
「なんだよ」
「いつまで閉じこもってるつもりだよ。敵を目の前にしていっつも逃げて」
「うるせえよ」
「あんたは知らないだろうが、あんたのせいで死んだ奴らだっていんだよ!」
 任務の途中、シングは脅威と戦わず、銃のトリガーを引かずひたすら逃げ回っていただけだった。直接命を見捨てた事はない。しかし、間接的に多くの命を失う結果になっていた。
「八重、座りなよ。今はご飯の時間なんだよ」
「七瀬はこれでいいの? せっかく、メンバーを信用しようという気持ちになっていたのに……!」
 隣に座っていた十夜に背中を一度だけ、優しく押され彼女は椅子に着いた。シングはイヤホンを取らず、一度だけ呟いただけだった。
「知らねえよ……」
 重く、沈鬱とした空気が香ばしい香りに乗って打消しあう室内。
 ――人はただ、風の中を。
 そんな空気を消し去るように、七瀬の歌声は、優しかった。
 ――迷いながら、歩き続ける。
 ルアもまた、歌声につられた。無表情だった顔には色が戻り、微笑んでいた。
 ――その胸に遥か空へ、呼びかける遠い日の歌。
 室内の自動ドアが開いて、ゼンが部屋に戻ってきた。
「みんなお疲れさま、今日は何の歌かな?」
「"遠い日の歌"っていう曲よ。日本の合唱曲なの」
「へえ、そうなんだ。良い曲だね。良い曲に、良い香りだ。素敵なパーティでも始まりそうだな」
 ゼンは空いた席を素通りして、シングの背後で動きを止めた。
「ところで僕さあ、気づいちゃったんだけど」
 誰もが予想を裏切った。何が起きたのか脳が理解するのを拒む。
 椅子に座っていたシングの首に、動脈にナイフを突きつけたのだ。
「な、何してんだてめぇ!」
「僕は戦争っていう物が起きてから、大切な人を失った。それ以降、何かが失われる事に臆病になっていたんだ。僕は戦争が憎い。憎すぎて、気づいてしまったんだな。僕たち能力者、そう、抗う力がいなくなれば戦争その物もいなくなるって」
「突然、どうしたんだよ」
「今僕たちはアンデッドを退治するために作られた存在だ。だけど考えてもみなよ。アンデッドがいなくなって世界大戦が始まったら、どうなる? 戦争に利用されるに決まってるじゃないか。だったら、今ここで僕たちが死するべき! そうすれば何も失わない!」
「おい、だれかあのサイコ野郎の頭をぶち抜け!」
 ソーラが拳銃をゼンの腕に向けた。舐めるような視線で一瞥したゼンはくぐもった笑いを漏らした。
「僕を撃ったら皆死ぬ」
 ゼンは片方の手でリモコンを掲げた。赤い光が危険信号を現していた。行動一つで何もかもを失う兵器だ。

(別の場所でDr.Xは歌を使った作戦実行に向けて行動していた。全国のテレビ局、ラジオ放送局関係者の協力を得てルアの歌声を全世界に流すのだ。アメリカのテレビ局を総まとめする責任者ジュペクトの大きな協力を得て、実現しようとしていた。
 ところが、通信士からルアが歌うようセッティングされた施設にアンデッドの大群、五千匹が押し寄せているとの報告が入る。また、密林の中にある開発チームの基地にもおよそ三千匹のアンデッド軍団が侵攻していると情報を得て、Xはアメリカを離れ急いで基地へと向かう)

 シングは神に祈るように手を合わせた。その祈りは主に絶望的な形で叶う事になるのだ。
「な、なんだ?!」
 突然基地に喧しいブザー音が鳴った。シングは、体が震えた。
 能力者達が楽しいランチタイムを過ごしている時、係員はそれぞれ通信士の役目と能力者のバイタルチェック、休憩タイム、監視を行っていた。
 ゼンが入ってからも係員の仕事は続いたままだった。今基地には能力者含めて百人もの"餌"が存在していた。
「アチャー、大変ネー」
 窓から見えたのは波。アンデッドの。二桁だなんていうレベルはとっくのとうに超えている。何倍もだ。
「急いで逃げるわよ。ゼン、いつまで遊んでるつもり?」
「邪魔が……。くそッ」
 オーラは引き金を引いた。銃弾はゼンの腕に命中して血が飛んだが、一歩遅かった。起爆装置は作動した。

(突然のアンデッドの襲来で基地は能力者を除いて全滅。アンデッドは人間だけでなく建物も食い散らかし、跡形も残らなかった。駆けつけたDr.Xのヘリに乗り込んだ能力者達はゼンの裏切りを説明する。
 暗澹の表情を浮かべるX。一同はテレビ局の護衛、ゼンの追尾に別れた)

 荒野を歩くゼンの右腕からは血が流れていた。途中まで歩いて両膝を地面に落とし、彼はポケットから――大切な人が刻まれた――ロケットを取り出した。
「待ってて……あいつらを消したら、僕もすぐそっちに行くからさ」
 太陽の光が眩しすぎた。ゼンは立ち上がって、光から逃げるように歩き続けた。
「ユー、そこまでヨー」
 ウェスタンコンビ、それから九と七瀬がゼンを囲んだ。
「ああ……丁度良いよ。僕から出向かなくて済んだ。大丈夫、安心して。死ぬ時は一瞬だ」
 かつての仲間だという事を忘れたのか。ゼンはナイフをソーラに投げた。ソーラは銃を撃ち、軌道をずらした。
「ゼンさん貴方は! ……何も失いたくないんじゃないの?」
 聞こえてきた言葉をナイフで弾き、ゼンは一目散に駆け始めた。七瀬を地面に倒す。咄嗟にオーラとソーラ、九は武器を構えたが、七瀬が制した。
「何も失いたくないんでしょ?!」
 ――死ね、死ね、死ね死ねシネ!
 ゼンは構わず、ナイフを両手に持ちゆっくりと下ろしていく。喉元目掛けて。
「武器を捨てないと撃ちますよ!」
「待って! ねえゼンさん! ゼンさん!」
 ――僕にもう何も失わせてくれるな!
 ナイフを握る手の力が強まり、手が震える。
「早く武器を下ろして!」
「ねえゼンさん、聞こえてるんでしょ? 何も、失いたくないんでしょ?! ねえ!」
 ――
「ねえ!」
 ――あれ……?
 喉の先に刃の先端が触れた。それだけで、何もかもが十分だった。そしてあまりにも遅すぎた。
 乾いた銃声が砂を赤く濡らした。
 空中にロケットが舞って、ゼンは慌ててそれを掴もうと手を伸ばしたが、届かなかった。ゼンは痛みを堪えて立ち上がり、ロケットに向かって走った。
 二発目の銃声。ゼンは砂の上に倒れた。彼は血を流しながら這いずり、震える手でロケットを掴んだ。
「虚空……ごめん……ね」
 血に濡れたロケットの中で、大切な人は微笑んでいた。
 何も言わず、悲しみの声も漏らさず七瀬は立ち上がった。
「シング達と合流するヨ。戻ろウ」
「うん、だけど……ちょっと」
 七瀬はゼンの亡骸に、おもむろに砂をかけていった。ゼンは砂の中に埋もれて、見えなくなった。
「せめて、綺麗な形のまま骨になって欲しくて」
 九は七瀬の肩を抱いた。七瀬は最後まで、仲間を信用したかったのだ。

(シング一向はヘリコプターで放送局手前まで訪れていた。市街地の中のため、アメリカはパニック状態に陥っている。ヘリコプターには機関銃が設置されており、主にブラックモアがヘリからアンデッド達に銃弾の雨を降らしている。

 ビルの屋上についたヘリから順に能力者達が降り立った。Xは残りの仲間を迎えにいくと言葉を残して、安全を祈った。
「さあいこうぜ! 盛大な爆音を聞かせてやろうじゃねえか、アメリカにな!」
 ゼンの裏切りで、シングの心境に少しだけ変化が現れていた。拳銃の安全装置を外し、独り言を言わなくなっていたのだった。

(ルアを引き連れて、ビルの九階にあるライブステージに向かう能力者達。何事もなく辿り着き、そこには数多のカメラが設置されていた。ステージ上に置かれたマイクまでアルは案内され、照明は暗くなり歌が始まろうとしていた)

「ちょっと待ってくれ!」
 一人の男が叫んだ。続けざまに別の男が言った。
「どうなってんだ。電波の調子が悪い。さっきまでは普通だったのに――」
 激しい緊張の地響きが鳴った時、南の位置に面するステージの背景が壊れた。絶望だ。大きく開いた穴から大量のアンデッドが侵入してきたのだ。アンデッド達はビルをよじ登ってきていたのだ。
 混沌と混乱と悲鳴だけが織り交ざり、カイや十夜達はその中でも必死にアンデッド軍団を抑えた。しかし、あまりにも人数が少なすぎた。漏れた一匹がシングへと向かう。勢いをつけて走りくる女性のアンデッドを前に尻もちをついて仰向けに倒された。
「やめろやめてくれ!」
 波の勢いは尽きず、次から次へと溢れ出てきた。逃げ遅れたテレビ関係者、肩に噛みつかれ呻くカイ、床に倒される仲間。全ての情報がシングの耳に寄せて流れる。イヤホン越しに――。
「くそ、なんなんだよ……なんなんだよ!」
 十夜が離れ、無防備になったルアにアンデッド達が向かっていた。十夜もブラックモアも八重も、誰も助ける事ができる状態ではなかった。ルアがやられてしまえば、この作戦は全て無駄になる。
「くそったれエェェぇええッ!」
 ――眩い閃光と衝撃派。全てのガラスは壊れ、設備は崩壊し、九階に空いた穴は更に広がり、その穴から全てのアンデッドが落とされる。全ての衝撃波の中心にシングは立っていた。
「これ……」
「あんた、そんな必殺技持ってたのかよ。見直したぜ」
 ブラックモアはシングの肩を叩いた。シングは今の力を信じる事ができず、両手を見つめている。
「ほう……強い力を持つ奴らもいたもんだ」
 突然聞こえたその声は異常に低く、人間の声とは思えなかった。シング達は声のした方向に注目した。大きな穴の奥……そこにいたのは、全身が包帯で包まれている憎悪の塊の残滓……人間の姿をした何か。何かが立っていた。
 敵意を見せるその物体に対して、武器を構える。
「初めまして、戦士諸君。私はネームレス……君たちの敵だ」
「敵なら、ぶっ倒すまでだぜェ」
 ブラックモアはロケットランチャーを放った。
 ネームレスと名乗る彼は弾を手でつかみ、外に放り出した。秒差で爆破し、ビルが揺れる。
「なんてこった」
「愚鈍なアンデッドばかりだと、本気でそう思っていたのか?」
「まずいな……どうする」
 汗を流す十夜。ネームレスに今までの敵とは圧倒的な力の差がある事は明確だった。ブラックモアでさえユーモアな気の利く発言が浮かばない。
 荒廃した雰囲気に包まれる中、一人の男シングが一歩前を歩んだ。
「ルアを連れて、屋上に迎え。Xの帰りを待ってろ」
「シング、何を――」
 彼の耳からイヤホンが外れていた。十夜は口を閉じて、頷いた。
「ここは彼に任せて、僕たちは避難しよう」
「でもアイツ一人で……」
「大丈夫だ。さっきの力を見ただろう。目覚めたんだよ、ついに」
 死ぬなよ。全員がシングにそう語って屋上へと急いだ。部屋にはシングとネームレスが残されていた。
「シング……貴様が人類の希望のようだな。さあ、人類の、貴様の敗北でフィナーレとしよう」

(その頃、Xはヘリでオーラ達のいる場所へ急行していた。四人が待っている所に辿りつくや否や、突如として現れたアンデッドの群れに六人は襲われる。逃亡を急ぐX達、しかし後ろに見える町にまだ生存者たちが取り残されていると、ソーラとオーラは残る事に)

「ここは通行止め。君達のデッドラインさ」
「戦力充分、いつでも行けるネ」
 二人は拳銃を構えて、群れを見据えて立っていた。背後に見える町の希望となるために。
「……俺は、あとどれくらい戦えますか……?」
 カイは無線機でセヴィーに尋ねた。
「……これ以上戦えば確実に未来はありませんよ。なのに何故お前は戦おうとするんです?」
「俺の未来はなくなったとしても……あの子達、そして人々の未来は残るでしょう?」
 中央にたって、カイは群れに対抗した。フッ、と微笑みながら。

(場面は切り替わって、シング)

 シングとネームレスは互いに走り、強力な拳を突きだした。互いの右腕と左腕が激突し、空気の波紋を引き起こす。
「フン、この程度じゃないぞ」
 まるでワープだった。ネームレスはシングの背後に瞬間的に移動し、掌底を当てた。
「ぐッ……!」
 穴の外へと放り出されるシングの腕を引き、強引に室内へと連れ戻す。既にシングのバランス感覚は崩壊し、地面に倒されるのを待つしかなかった。
 だが、ネームレスの攻撃は何度も続いた。
 室内に戻したシングの体を、上空へ蹴り飛ばす。空中で一撃一撃瞬間移動しながら彼を弄び、腹部に膝を当てて地面へと倒す。埃の竜巻が体に刻まれた。
「ここで貴様等は朽ち果てろ」
 床へと沈む。沈んで行く。その力に抵抗するように、シングはネームレスの足を掴んで投げ飛ばした。
「へっ……生憎、俺は丈夫だ」
「いつまでその軽口が叩けるか見物だな。次いくぞッ!」
 次の攻撃に構えるシングの拳。ネームレスの豪腕が、彼の顔へと向かっていた。

(襲い来るアンデッド達を切り払い、ルア達は屋上でXの救助を待っていた。――屋上から見える街並みは悲惨だった。炎上する車、逃げ惑う人々。その中には動物の姿もあった。地獄だった。街は、死んでいた)

 ルアはひとりでに屋上の中心部へと歩いていった。
「おい、あんま一人でうろつくなよ。しぬぞ」
 ブラックモアの言葉を後ろに、彼女は――しかし立ち止まり、両手を広げて深呼吸をした。二回、三回。息を吐いて……。そして四度目、口が開かれる時だった。

(ネームレスの力に、シングは圧倒されるばかりだった。カウンターする隙を見つけフックを叩きこむも、全て無意味に終わる。ついにネームレスの一撃が彼の胸部に命中し、立ち上がる事ができなくなっていた)

 目の前は闇が覆っていた。深淵なる、絶望たる……全ての闇が、幾千の悲しみと死が。
 決着をつけるべく、ネームレスは倒れているシングに近寄った。室内に落ちていた鉄パイプを拾って、攻撃の先をシングに向ける。
「私すら救えぬ希望など必要ない! しねぇ!!」
 結局……最後まで何もできねえのかよ……。くだらねえ。
 灰色の世界の終焉。青空なんて幻想だったのだ。


 ――君は光。
 ――闇なんて振り払っちゃえ。
 ――未来へ進め、世界はこんなにキラキラだ。


 閉じかけていた瞼に力が入り、傷が徐々に癒え始めた。シングは身に覚えのない感覚を感じていた。
「この力……」
「耳障りな歌め……ッ、畜生、今すぐ止めにいってやる……ッ!」
 部屋を出るネームレスの足を、シングの手が払った。地面に頭をぶつけたネームレスはしばらく立ち上がれず、脳の振動が収まってようやく立ち上がった時、目の前にはシングの姿があった。
「なんだと!」
 歌が耳に入るたび昂る力。燃え滾る身体。シングは力一杯の拳を叩きつけ、顎を狙って上空に突き飛ばす。天井に突き刺さるネームレスの体を引っ張り、今度は地面に叩きつける。
「希望は、お前のためだけにあるんじゃねえんだよ!」
「くッそ……ォオオオ! こんなところで終わるものか……終わってたまるかァァァ!!」
「はぁあァアアアッ!」
 ルアの歌声に乗せて、七瀬の歌声も響いた。遠いところで、二人は一緒に、同じ歌を歌っていた。二人のデュエットが、全世界に響いていく。全てのアンデッドは浄化の歌に倒れ、一匹一匹と造物主……天の主の元へと還る。
 鉄パイプが腹を貫いているネームレスの足の下には街が広がっていた。シングはネームレスの首を掴み、絶壁へと歩いていたのだ。
「お前は……最高に馬鹿野郎だ」
 ネームレスからシングの手が離れ、街へと一直線に落ちていった。下へ下へと、蜘蛛の糸を見つける事すらできず。

(アンデッド消滅作戦は終わった。アンデッドと名乗られる者は全て、いなくなったのだ。能力者達は表から姿を消し、戦争は休戦状態がつづいた。軍事力を使わない冷戦がしばらく続くだろう)

 人のいなくなったアメリカの街をルアと十夜の四人組は見渡していた。
「……これから、どうする?」
「俺達自身が戦争に使われそうだしゼンの行っていた事に共感は出来ないけど理解は出来るよ」
「……隠れるのは賛成。でも、チームの人達とはある程度連絡取れる方が良いんじゃないかしら?」
 他の能力者達の姿を思い返しながら九はこうつぶやいた。
「でも、これで本当に終わったのかな?」

 誰もいない街。静けさがのんびりとした街。
 「……寂しい」
 ルアは一つだけ言った。何も言葉にしなかった少女は、初めて――。

●マクニースより

 映画公開直前、エージェント達の所にマクニースからメッセージが届いた。

 ――マクニースより

 まずは出演ありがとう。そして、予算や時間の都合上、提出してくれた内容と誤差が起きてしまった事は申し訳ない。
 今回の映画で私は身を映画界から身を引こうと考えていたんだ。だが、君たちと映画を創っていて……とても、楽しかったんだ。まるで童心に帰ったようだった。それと、ゴールトシュガー君やマルシア君達が映画のセッティングを手伝ってくれて、助かっていたと他のメンバーもいっていたよ。
 今までの映画と違って、脚本じゃなくアクションや、私のやりたい事を詰め込んだからだとも思うが、君たちと作る映画というのは非常に楽しかった。
 だからもう少しこの界隈で生きていく事を誓ったよ。今回はそんな事に気づかさせてくれて、本当にありがとう。感謝してる。
 それと最後に……劇中歌は主題歌にはならなかった。謝ろう。少し映画会社に掛け合ってみたんだが、まあ……そう上手くはいかないもんだった。でも私はとても気に入ったよ、その歌を。
 近い内、二ヵ月くらい先になるかと思うが、新しい映画を創ろうと思う。もしよかったらその時も、一緒に作ってほしい。これはお願いだ。それじゃあ、また会う日まで。

 親愛なるエージェントに――

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • ようへいだもの
    鴉守 暁aa0306
    人間|14才|女性|命中
  • 無音の撹乱者
    キャス・ライジングサンaa0306hero001
    英雄|20才|女性|ジャ
  • エージェント
    中城 凱aa0406
    人間|14才|男性|命中
  • エージェント
    礼野 智美aa0406hero001
    英雄|14才|男性|ドレ
  • 癒やし系男子
    離戸 薫aa0416
    人間|13才|男性|防御
  • 保母さん
    美森 あやかaa0416hero001
    英雄|13才|女性|バト
  • リベレーター
    晴海 嘉久也aa0780
    機械|25才|男性|命中
  • リベレーター
    エスティア ヘレスティスaa0780hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 銀光水晶の歌姫
    アルaa1730
    機械|13才|女性|命中
  • プロカメラマン
    雅・マルシア・丹菊aa1730hero001
    英雄|28才|?|シャド
  • エージェント
    風深 禅aa2310
    人間|17才|男性|回避



  • LINK BOYS
    鯨井 寝具aa2995
    人間|22才|男性|攻撃
  • エージェント
    ゴールドシュガーaa2995hero001
    英雄|20才|女性|ソフィ
  • 発想力と書物を繋ぐ者
    ヴィヴィアン=R=ブラックモアaa3936
    機械|30才|男性|攻撃
  • ウサギのおもちゃ
    ハルディンaa3936hero001
    英雄|24才|?|ドレ
  • エージェント
    相模 夏維aa3975
    獣人|18才|男性|回避
  • エージェント
    セヴォフタルタ・ヘルツォークaa3975hero001
    英雄|23才|男性|シャド
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