本部

遊園地の幕引きをお願いします。

和倉眞吹

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
5人 / 4~8人
英雄
5人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/04/14 19:46

掲示板

オープニング

 イルゼという名を持つその少女は、病棟通路に設えられた、大きなガラス窓の際に佇んでいた。
 見た目は、五歳くらいだろうか。ネグリジェ姿で、カーディガンを羽織っている。左手に熊のぬいぐるみを抱き、利き手は窓ガラスに押し付けていた。真っ直ぐな栗色の髪が、顎のラインで切り揃えられている。
 彼女が必死で見やるその視線の先には、地上を歩く一人の女性の姿がある。五階から見下ろす彼女の視界の中で、不意にその女性は立ち止まり、振り返った。
 イルゼはパッと笑顔になり、懸命に手を振る。それに気付いたのだろう。女性も微笑を浮かべて小さく手を振り返した。
 二人は名残惜しげに互いに手を振り合っていたが、女性の方はやがて未練を振り切るように踵を返して立ち去っていく。
 ママ、と小さく声を上げたイルゼは、女性の背中が見えなくなっても、愛らしい栗色の瞳を泣きそうに歪ませながら、彼女が消えた道をじっと見ていた。そうしていれば、母親が引き返して来るのではないかとでも思っているように。
 しかし、そうでない事もイルゼには分かっていた。
 はあ、と溜息を吐いて、目を伏せる。
「はやく、かえりたいなぁ」
「帰りたいの?」
 唐突に独り言を拾われて、イルゼは弾かれたように振り返った。
 視線の先には、美しい少女が立っている。
 年の頃は、イルゼより五つ程上だろうか。金色の長い髪はふわふわと、まるで空気に浮くように漂い、床に足は着いていない。その姿は半透明で、触れようとすれば向こう側へ手がすり抜けそうに見えた。
「何で、帰りたいの?」
 目を一杯に見開いたイルゼに、少女が優しく問い掛ける。
 彼女がどうやってここまで来て、いつからここにいるのか、そもそも彼女が何者かなど、イルゼの幼さでは疑問に思う事すらなかった。
「だってね」
 勢い込んで口を開くと、少女は殊更優しげな微笑を浮かべて頷き、先を促す。
「ここにいると、いつもママとはなれなくちゃならないの」
「そっか」
「それにね。げんきになったら、ゆうえんちにつれていってくれるって。ママ、やくそくしてくれたの」
「ユウエンチって?」
「あそこに、あるんだよ」
 イルゼが指で示したのは、窓の外だった。病棟廊下の窓から、微かにジェットコースターのレールが見える。
「げんきになったら、ママとあそこであそぶの」
 けれども、イルゼは知らなかった。程なく、その遊園地は閉園になる運命にある事を。少女も恐らくは知らなかっただろうが、彼女にはそれはどうでもよかったらしい。
「それが、あなたの願い?」
 極上の美少女が、極上の笑顔で幼子に囁いた。

 それからひと月後。
 オーナーの抱えた負債の煽りを受けて、閉園となった遊園地の入り口前広場には、その場所には似付かわしくない成人男性十数人の姿があった。
「――作業内容は、さっき事務所内で説明した通りだ。早速掛かってくれ」
 リーダーらしき男が号令すると、他の作業員達は是の返事を斉唱する。
 どうやら解体業者のスタッフらしい。
 しかし、入り口から二メートル程の距離まで来た男達は、皆一様に挙動不審に陥った。
 作業の為の道具を足下に落とし、フラフラとした足取りで入り口へ向かう。
「おい、どうした?」
 まだそれより外側で作業車の点検をしていたリーダーが声を掛ける。しかし、誰一人返事をする事はなく、足を止める気配もない。
「おい、――……?」
 もう一度、声を掛けようとした男は、スタッフ達の向こうに、小さな少女の姿を認めた。
 顎先の長さの栗色の髪は、空気に漂うように揺れ、地に足は着いていない。裾の長いドレスのようなネグリジェが、風もないのにふわふわと翻った。
「ねえ、おじさん達」
 熊のぬいぐるみを抱いた少女は、空いた手を差し伸べながら、鈴の鳴るような声音で言う。
「一緒に遊びましょ?」
 小首を傾げた少女の笑顔に、逆らえる者などなかった。

「ご依頼にいらっしゃったのは、解体を請け負っている株式会社ビュルスの社長、クンツ=ビュルスさんです。彼の話に拠ると、少女による怪異がずっと続いていると」
 ドイツ中部にある、H.O.P.E.支部のミーティングルームに集ったエージェント達を前に、彼らに配った資料と同じものに視線を落としながら、女性職員が続ける。
「何でも、作業開始の当日、ミスタ・ビュルスも園内に足を踏み入れた途端、唐突に意識が飛んでしまい、気付いた時には、自宅のベッドで寝ていたという事です」
 当然ながら、どういう事か全く理解できなかったそうだ。すぐに調べようと思ったが、身体がどうにも重くて、二、三日の休養を余儀なくされたという。
「ですが、彼は何故か遊園地へは行きたくて仕方なかったと言います」
 しかし、寄る年波には勝てなかったのか、結局その後も数日寝込む羽目になったらしい。
 そうして暫く出社しないでいる内に、スタッフの数名が行方不明になっていた。彼らの捜索願は各々の家族から出されていたものの、今時は成人の行方不明者は余り積極的な捜査はされない。自らの意思で姿を消す者も少なくないからだ。
「彼らの行方も然りながら、とにかく彼は社長として、決められた期間内に仕事を遂行しなければなりませんでした。派遣会社から人員を臨時に集めたそうです」
 その時点で、作業開始から実質三週間程が経過していた。
 その後、幾度か同様の事件があり、正社員は、社長以外全員が姿を消した。今では派遣会社からも人が来なくなったらしい。
「作業締切迄、後数日しかありませんが、今現在、遊園地はそのままだとか」
「具体的には?」
 訊ねたエージェントに、女性職員は淡々と言う。
「その気になれば営業再開が可能な状態だそうです」
 嘘でしょ、とエージェント達の間から声が漏れる。
 全く同意見だという表情で、女性は何故か溜息と共に続けた。
「それで、数日前に何度目かで所轄の警察署を訪ねた所、“ダメ元でH.O.P.E.を訪ねてみろ”と勧められて、駆け込んで来たそうですが――まあ、それは敢えて追及しないことにします」
 彼女は仏頂面で、ミーティングルームに集ったエージェント達に目線を投げながら、言葉を継ぐ。
「とにかく、遊園地の解体を急ピッチで進めて欲しいという事です」
 え? という空気がその場に満ちる。
「あの、ちょっと待って下さい」
「何でしょうか?」
「えっと……主体は遊園地の解体なんですか? 行方不明者の捜索とか、怪異の究明じゃなく?」
 恐る恐るといった様子で果敢にも質問したエージェントに、女性職員はやはり曇った表情ながらも、あっさりと首肯した。
「あくまでもミスタ・ビュルスの言ですが、彼は怪異の原因が愚神従魔の類であれ、本物の幽霊であれ、作業が納期に間に合いさえすれば構わないと」
 どうやらクンツは、最早いなくなったスタッフは死んだものと決めて掛かっているらしい。
 行方不明者に対する同情の念が、室内を支配した。

解説

▼目標
遊園地の解体作業を急ピッチで進める事。
最終的な目標はあくまでも遊園地の解体なので、怪異の究明など、敵に対する事は現場の判断で。

▼登場
◆ローザ…デクリオ級愚神。
本体→太腿の辺りまで伸びた髪は綺麗な金髪。極上の美少女。見た目は10歳前後。
イルゼの身体を乗っ取った為、今の見た目はイルゼそのもの。依代本人の名残か、小さなぬいぐるみの熊を抱いている。彼女の母も捕食された。
イルゼの記憶が影響している所為か、洗脳した人間を巻き込んで園内で遊ぶのを好む。
遊具に乗った人間のライヴスを自分のものにする能力がある(詳細は従魔の項参照)。
戦闘→従魔を憑依させた物体を操り、攻撃する。
例:観覧車を転がす・ジェットコースターやゴーカートに人を乗せ、異常なスピードで運行、など
洗脳→遊園地の敷地を中心に、外周1スクエア以内に近付くと、遊園地で遊ばずにはいられない。出入りは自由にできるが、一度遊園地へ入ってしまうと、24時間以内には戻りたくて堪らなくなる(あくまで一般人の話。尚、それを実行できるかは本人の体力次第)。

◆従魔…ミーレス級。ローザの分身で、その全てが遊具に宿っている。
乗って遊ぶ事でライヴスを奪われる。利用時間が合計で72時間に到達すると、ライヴスを食い尽くされてしまう。
依代がないと消えてしまうので、遊具を壊すのが手っ取り早い撃退法。

◆イルゼ…不治の病で遊園地近くの病院に入院していた、5歳の少女。
愚神と出会って、願いを聞いて貰う代わりに身体を乗っ取られてしまった。本人の意識はもう残っていない様子。

◆クンツ=ビュルス…小さな解体下請け業者の社長。54歳。今回の依頼人。

▼遊園地
◆敷地面積…6千平方メートル
◆アトラクション…観覧車、メリーゴーランド、ゴーカート、お化け屋敷(外観:お城風)、ジェットコースター、ティーカップなど。これら全てに従魔が宿っている。

リプレイ

「H.O.P.E.が我々を派遣するということは今回も愚神によるものと考えるのが妥当かと思いますが、それにしても……興味深いですね」
 遊園地というその場所にそぐわぬ静寂に沈む門前に佇み、ポツリと呟いたのは、既に相棒の金獅(aa0086hero001)と共鳴を済ませた宇津木 明珠(aa0086)だ。
「愚神絡んでそうだし、一応請けはしたが……H.O.P.E.舐められ過ぎじゃねぇか?」
 同様に遊園地の門に視線を投げながら、五々六(aa1568hero001)がぼやく。
「……気乗りしてなさそうなのに、無駄に本格的な装備なのはなんでだろうね、トラ」
 大柄な彼の足下にちょこんと立った獅子ヶ谷 七海(aa1568)は、その気弱そうな外見からは想像し難い辛辣な意見を口にした。但し、自身の手にしているぬいぐるみに向かって、だ。
「俺ぁ形から入るタイプなんだよ」
 言葉通り五々六は、作業服、ヘルメットと安全靴に身を包んでいる。首にはタオルを巻き、シャベルを手にしたその様は、作業現場に一人はいそうな、柄の悪いおっさんそのものだ。
「遊園地の解体……か。色んな人の色んな思い出が残った場所、だろうに……ぶっ壊してしまうのも、何だか心苦しい気もするな……」
 狒村 緋十郎(aa3678)がふと漏らした呟きを耳聡く捉えたレミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)は、「あら」と言って緋十郎に目を向けた。
「随分と感傷的ね、緋十郎。もしかして誰か、一緒に遊園地に行きたい相手でもいるのかしら?」
 言われて緋十郎は、まるで浮気のバレた男のように慌てて「か、からかうなよ」と手を振りつつ話題を元に戻す。
「それより、どうする? 本当に解体……するのか?」
 レミアから返ってきたのは、「馬鹿ね」というきつい一言だった。
「先ずは行方不明者の一覧を手に入れるわ。どんな風体の人間が何人いなくなっているのか、細かいところまで事前に調べておくのよ、緋十郎」
 そんな事は、支部を出る前に言って欲しい――とは、勿論彼は口にしない。というより、考えてもいないのか、「分かった、任せてくれ」と素直に首肯する。
「他には?」
 レミアは、彼を一瞥した後、投げるように言う。
「……ライヴスゴーグルを用意しておきなさい」
 了解! と勢いよく緋十郎がスマホを取り出し、支部へと連絡するのを眺めながら、泥眼(aa1165hero001)が口を開いた。
「遊園地の解体……エステルがこんな仕事請けるなんて、珍しいね」
 言われて、エステル バルヴィノヴァ(aa1165)は、どこか寂しげに眉尻を下げる。
「……確かに胡散臭さ満載ですけど、この遊園地、小さい頃来た事があるんです」
 泥眼は、微かに瞠目して、そうだったの、と頷く。
「せめてもの手向けかなと思って……」
 相棒に答えるとも、独白ともなく呟いたエステルは、幼い頃の思い出に心を馳せるように、遊園地の門に投げた目を細めた。
 そんな彼女らの話を聞いていたテミス(aa0866hero001)は、自分も気になったとばかりに、石井 菊次郎(aa0866)に訊ねる。
『……なぜ、この依頼を受けた?』
 問われた石井は、一瞬ギクリと顔を強張らせた。
「い、いや、この様な事にも愚神が絡んでいる可能性も有るかと……」
 尤もらしい事を言っていながら、珍しく歯切れの悪い主に、テミスは冷たい視線を向ける。
『……あの様な商人、全く仕事をせぬ言い訳を怪異の所為にしたとしてもおかしく無いぞ? 主よ、誰も居ない遊園地で遊び倒そうなど不埒な事を考えて居らぬか?』
 すると、益々歯切れの悪くなった石井は、
「……決して廃墟好きの血が騒いだとか、その様な事は……いえ、あの……」
 などと、訊かれてもいない事を口走り、相棒の視線を更に冷やしてしまった。
 どちらにせよ、任務で来ている以上不埒だ、と断じると、テミスはさっさと彼をそこに置いて、疾うに遊園地へ歩を踏み出した仲間に続く。
 廃墟好きの血が騒いだんだな、と突っ込んでくれる者は、誰もいなかった。

「一応、H.O.P.E.の体裁もあるしなぁ……先に行方不明者の捜索でもしてみるか」
 誰にともなく言いながら、七海と共鳴した五々六は、ダウジングロッドを取り出した。
(……えっ、それでさがすの)
 呆気に取られたような七海に、五々六は自信満々に返す。
(リンカーのあり余る霊力なら、なんか霊的探知とか出来る気がする)
 気がするだけで、多分無理だろう。
 七海のみならず、同じく相棒と共鳴を済ませた緋十郎も思った。身体の主導権を握っているレミアは、もっと露骨に『呆れた』と言いたげな表情を隠さず、ライヴスゴーグルを装着する。
「……まだ生きているなら、僅かに残ってる筈よ、ライヴス。行方不明者は全部で三十人……遊園地、虱潰しに探して行きましょう」
(ああ)
 実際に身体を動かすのはレミアなのだが、気持ちの問題だ。緋十郎は、力強く頷いた。

「このうらぶれた様子、塗装の剥げ具合……中々のものですね。素晴らしい」
 先刻、あれだけテミスの冷たい視線に晒されたというのに、一歩園内へ踏み入った途端、石井は廃墟と化した遊園地を嬉々として堪能し始めてしまった。どうやら、相当な廃墟好きらしい。
 テミスは冷ややかに彼を一瞥すると、溜息と共に吐き捨てる。
『……呆れてものも言えぬ』
 言ってるじゃないですか、とおざなりに突っ込みながらも、石井はうっとりと寂れた遊園地に魅了されている。場所が場所だけに、すっかり童心に返ってしまったようだ。
「何とも詩情を誘う光景です。愚神かヴィランか分かりませんが、此処を選んだセンスは流石です」
 その時、ちょうど石井の視線の先にあるメリーゴーランドが、独りでにゆっくりと動き出した。
「おお、メリーゴーランドだ! やはり王道は違うと言えましょう」
 子供の様にはしゃぐ石井と、彼の向こうで動く速度を増していくメリーゴーランドを視界に納めたテミスは、本日何度目かの溜息を吐きながら、
『……それは如何でも良いが、我はどうやらまともな任務に成りそうでほっとしたぞ』
 と、聞きようによっては少々不謹慎な呟きを漏らした。

 泥眼と共鳴したエステルは、ざっと一般人がいないかを確認すると、ティーカップの前で一礼した。
 此処にも、幼い頃の思い出が詰まっている。解体してしまうのは、何とも寂しい。けれど、これも仕事だ。
 瞬きと共に感傷を振り払い、作業を開始しようとすると、全部で七つ有るティーカップが不意に回り始めた。異様なスピードだ。
「……従魔化している? やはり愚神が絡んでいるのかな?」
 蜻蛉切を顕現させると、痛みを堪えるような表情で振り下ろす。一瞬でティーカップ達は、バラバラになった。
 物言わぬ亡骸のようになったそれに歩み寄り、エステルは欠片を一つ拾い上げる。
(それ、どうするの?)
 意識の中で語り掛けて来た泥眼に、エステルは寂しげな微笑を浮かべた。
「私物化はしないですよ。どう扱うかは分からないけど、許可を貰って市に提供するつもり」
 拾った記念品を、ひとまず幻想蝶にしまい込む。泳がせた視線の先に、すぐ近くのアトラクションが見えて、エステルは頬を緩ませた。
「海賊船ですね……懐かしい。あの片目の海賊が大好きで、あの近くに座れないと一日落ち込んだっけ」
 その思い出は、一時はこの遊園地が盛況だったという事実を示している。なぜ閉園する運びになってしまったのかは、考えても詮無い事だが。
 再び感傷に浸り掛けたエステルの思考を分断するような爆音が轟いたのは、その時だった。

「他の方は違う用事で忙しいみたいね」
 ふんわりとしたネグリジェを翻し、片手に熊のぬいぐるみを抱いた少女と対峙しているのは、明珠だ。
 無表情にこちらを見上げる少女に、明珠は優しく笑い掛け、膝に手を突くようにして、少女と視線を合わせた。
「お姉さん、誰?」
 問う少女は、年相応の幼子そのものに見える。地面から足が浮いてさえいなければ。
「私は貴女と遊びに来たの」
 訝っているらしい少女に、明珠は殊更優しい口調で言いながら手を差し出す。
「ねぇ、お願い出来ないかしら。折角の遊園地だもの。一人より二人の方が楽しいと思うの」
 ね? と駄目押しのように小首を傾げると、少女は漸く頷いて、差し出された明珠の手を握り返した。
「何で遊ぶの?」
「そうねぇ」
 雫で予め各々の解体位置は確認しておいた。そこから一番遠いアトラクションは――
「ジェットコースターがいいかしら。一緒に乗ってくれるわよね?」
 しかし、少女の答えはない。遠方で大きな音が続いているのが気になるのか、そわそわしている。
「あの……あのね。先に行っててくれる?」
 音の方向に視線を向けたまま言う少女に、良いわと応じて明珠は手を離してやった。
(おい、ガキ)
 宙を舞うように遠ざかっていく少女の背を見送る明珠の脳裏に、不意に金獅が語り掛けて来る。
「何でしょう?」
(いいのかよ。このまま行かせて)
 既に姿が見えなくなった少女を指して言う金獅に、「いいんですよ」と頷く。
「出来るだけ自由行動はさせないつもりでしたが、無理強いもしないつもりでした。『大人』は子供の我儘に寛容だと聞きますから、皆様も愚神が来たら適度に遊んで下さるでしょう」
(けどよ)
「この方が、寧ろ愚神の目を盗む手間が省けて楽かも知れません」
(……ま、ガキがそう言うなら、俺がこれ以上言う事もねぇがな)
 思うようにしたらいいさ、と付け加えて口を噤んだ金獅に、思念だけで謝意を伝えると、明珠は幻想蝶を取り出す。
「では、今の内に解体作業を進めましょうか」
 言いながら、あたかも幻想蝶が鞘であるかのように、そこから大剣を引き抜いた。

「ヒャッハァー!!」
 豪快な爆音と共に、派手な土煙が上がる。
 その元は、五々六だ。見た目は七海の様だが、あの大人しげな彼女とは雰囲気が違う。悪ガキ、と一言で表現し切れそうな少女が、駆け回るゴーカートの上で巧みにバランスを取りつつ、肩に担いだロケット砲をぶっ放している。
 ダウジングロッドに飽きたらしい五々六は、早々に行方不明者の捜索をレミア達に丸投げし、シャベルとツルハシを用いた解体という名の破壊作業に没頭していた。が、段々エキサイトしたのか、トリガーハッピーになり果てたのは、つい先刻の事だ。
 近くにいた筈のレミアは、発見した生存者達を避難させるべくいつしかその場を離れていた為、五々六を止める者は不運にもいなかった。
 五々六の乗ったゴーカートは、彼を振り落とそうと必死になっているが、彼はモノともしていない。
「ハッ、てめえからバラされに来るたぁ、殊勝なガラクタどもだ!」
 向かって来るゴーカート達に怒濤乱舞をお見舞いすれば、それらは一瞬で粉々になった。最後の仕上げに、自身の乗っていたゴーカートを蹴って跳躍し、ロケット砲の照準を定める。
「五々六さん! 古いもの、歴史を残すものへの敬意を忘れないで下さい!」
 駆け付けたエステルの叫びは、最後のゴーカートを破壊する音で、見事に掻き消された。
「ふう、一丁上がりー……って、どした、姉ちゃん」
 着地して額を拭う仕草をした五々六は、そこで漸くエステルに気付いたようだ。
「解体と破壊は違いますよ、五々六さん」
 それでなくとも、思い出の場所を解体する事に感傷的な彼女は渋面になる。そんなエステルに、五々六は肩を竦めた。
「同じようなこったろ。更地になりゃ過程は関係ねぇし、第一此処にゃあ従魔が憑依してんだぜ?」
「それはそうですけど……」
 どこか釈然としないながらも、彼の言う事(の後半)は正しいので、エステルは唇の端を下げつつ口を噤む。ふう、と息を吐いて、苛立ちを追い払った。彼の言う通り、どの道此処はなくなるのだから、過程は問題ではないかも知れない。――そう、自身に言い聞かせる。
 ガコン、という鈍い音がしたのは、次の瞬間だった。
 投げた視線の先には、観覧車がある。それは巨大なタイヤのように転がりながら、エステルと五々六の立っている場所へ近付きつつあった。
「ハッ、新手か」
 嬉々とした口調で、五々六がロケット砲を構える。
「思い出の場所を玩具にするなんて! 許せません!」
 エステルも蜻蛉切を構え、観覧車を睨み上げた。

「派手にやってるわねぇ。出来れば解体は、行方不明者が全部見つかってからにしたいんだけど」
 保護した行方不明者を、門の外で待っていたビュルスに預けたレミアは、額に手を翳して目を眇める。あちこちから轟音が聞こえ、煙が上がっているのが見えた。
(でも、もう粗方は見終わっただろう)
 見つからない者は、不運な結果に終わったとしか言い様がない。緋十郎は、それを敢えて言葉にはしなかったが、レミアにも解っている筈だ。
 そういう事にしとこう、とは流石のレミアも口には出せず、同意を吐息に乗せて、園内へ歩を進める。
 その先に、メリーゴーランドだったと思われる残骸の前に立つ石井がいた。既に共鳴しているのか、テミスの姿はそこにない。
「おや、レミアさん」
 こちらに気付いたのか、魔法書を手にした彼が振り返る。
「首尾はどうです?」
「行方不明者の半分は見つけて、園外に避難させたわ。もう半分は……まあ、察して頂戴」
「解りました。じゃあ、園内にはもう一般人はいないんですね」
「そういう事よ。だから後は適当に暴れましょう。そうすれば愚神も出て来てくれる筈――」
 その時、レミアの言葉尻に被るように、風切り音が彼女の台詞を遮った。二人は各々その場をバックステップで飛び退く。
 たった今まで二人が立っていたそこには、小型飛行機を模した遊具が鼻先を潜り込ませていた。
「お姉さん達は、誰なの?」
 声に従って視線を投げれば、そこには熊のぬいぐるみを抱いた幼い少女が宙に浮いている。確認するまでもなかったものの、一応ライヴスゴーグル越しに見れば、その正体は一目瞭然だ。
「おお、この美しい光景に相応しい美の結晶ですね」
 石井が、両手を広げるようにして少女を見上げる。
「御身よ、お目通りが叶う光栄を俺に頂けませんか?」
「何を訳の分からない事言い出してんのよ」
『全くだ』
 少女以外の女性二人から、ピシャリと厳しいツッコミが入った。
「いーから、あんたはすっ込んでなさい、菊次郎。ねぇ貴女、名前は?」
 廃墟の美に耽溺する余り、少々テンパり気味な石井を後ろへ下げると、レミアは少女を見上げて問う。すると、小首を傾げた少女は「ローザ」と名前らしきものを、意外にも素直に口に乗せた。
「ふぅん、ローザって言うの。ねぇローザ、わたしと一緒に遊びましょう」
「お姉さんは、何が好きなの?」
 またも意外な事に、ローザは興味を示す。
「ふふ、鬼ごっこよ」
 不敵に笑ったレミアは、「捕まえてごらんなさい!」と言い様、踵を返すと、石井をも引っ張って駆け出した。
「ちょっ、ちょっと! 乗って来ますかね?」
 引き摺られて一緒に走りながら、石井は疑問を投げる。
「来るわよ。影響してるのが憑代の意識か記憶かは解らないけど、精神年齢は見た目通りだわ、ほら」
 レミアは、顎をしゃくって後ろを示した。
 背後に向けられた石井の視線の先で、地面へめり込んでいた小型飛行機が小刻みに震えた。かと思うと地面から抜け、鼻面が石井達の方へ向く。
 凄まじいスピードで突っ込んでくる飛行機を躱しながら、「ね?」とでも言うように、レミアが石井にウィンクした。
「丁度いいから、このまま解体を手伝って貰いましょう」
「賛成です。互いに踊らせるという訳ですね」
 従魔達を同士討ちさせるように、石井とレミアは園内を駆け回り始めた。

 向かってきた観覧車を、五々六と二人掛かりで片付けたエステルは、あちこちで轟音や煙が上がり始めたのに目を剥いた。
「他の方々も焚き付けている疑いが……」
 何て事、と呟くエステルに、泥眼は掛ける言葉もないのか沈黙している。
 その轟音は徐々にエステル達のいるエリアへ近付き、どこからともなく石井とレミアが飛び出した。続いて、正に海賊船のアトラクションの物と思われるボートが、空から落下して来る。
 五々六とエステルは各々飛び退いて躱した。
「……ともかくコレから排除です。それに一般人に被害が拡がっています、放置できません」
 蜻蛉切を構え、ボートが飛んで来た方向を見やれば、そこには明らかに一般人ではないと思われる少女が宙に浮いている。
「解体工事、ご苦労様。ご褒美にわたしの爪で引き裂いてあげるわ。光栄に思いなさい!」
 少女に向かって叫んだレミアが、竜爪を装着した手を構える。
 この破壊行為はあなたの差し金ですかっ! という叫びをエステルがどうにか呑み込んだのを、レミアは無論知る由もない。
 まだ生きているボートが地面から復活し、向かってくるのを弾きながら、エステルは少女に向かって問い掛ける。
「あなたの憑代はどうなったの?」
 少女は、うっすらと微笑する。それが、何よりの答えだ。
 その少女の持っているぬいぐるみに、五々六の中で戦いを見守っていた七海は、ほんの一瞬意識を奪われた。けれど、それだけだった。憑代となった少女の不幸は、世界に掃いて捨てる程あるそれの中の一つに過ぎないだろう。
「……やはり、危険な存在ですね。この世界から消えて頂きます」
「その前に、俺からもいいでしょうか?」
 攻撃が途切れた合間を狙って、石井が進み出る。
「御身よ。一つ伺いたい。この瞳の持ち主を他に知りませんか?」
 いつものように自身の瞳を示すが、少女も御多分に漏れず、小首を傾げただけだった。どうやら、知らないらしい。
「そうですか。では、滅びの美を完成させましょう。御身よ、こちらに……」
「――で?」
 それまで、仕草や表情だけで答えていた少女が、珍しく声を発した。
「何で……壊すの? やっと元気になったのに……やっと、ママと此処に来たのに」
 ママと此処に来た。その意味は、その場にいた能力者達と英雄達には理解できなかったが。
「あら、だって……怪我をしたら大変でしょう?」
 凛と告げたのは、いつからかそこに佇んでいた明珠だ。彼女は彼女で、解体作業を密かに進めながら此処まで辿り着いたらしい。
「なら、なくして仕舞うほうがいいわ。概ね解体も済んだようだし……愚神も解体しましょうか」
 だって、危ないものは無いほうがいいでしょう?
 そう付け加えた明珠が、嫣然と浮かべた微笑みを合図に、五人が一斉に襲い掛かる。
 従魔という武器を失った少女は、咄嗟に逃げようとしたが、エステルのロザリオによる攻撃で阻まれた。少女が身体を震わせ、おろおろと周囲を見回す。しかし、集まった能力者達に隙はない。
 透かさず、五々六がロケット砲をぶち込んだ。その攻撃を、余裕なくギリギリで避けた小さな身体を、レミアが予告通り爪で引き裂いた挙げ句に、黒ブーツで丁寧に踏み付けた。

「後は、残存物を綺麗に片付ければ終了の筈ですわ」
「ありがとうございます。これで、会社を潰さずに済みますっ」
 門の前でハラハラしながら待っていたらしいビュルスは、能力者達に平伏せんばかりだ。保護された従業員達は、全て救急車で病院へ搬送されたようだった。
「付きましては、これらの記念品を、市に提出する許可を頂きたいのですが」
 けれども、残骸をいくつか記念品と称して拾って来たエステルが申し出た途端、ビュルスは眉を顰めた。手続きが面倒らしい。だが。
「残念です……では、一般人を放置して詳細を伝えぬままH.O.P.E.に仕事を丸投げした、と市の方へご報告する事に致しましょう」
「は?」
「ご自覚がないのかも知れませんが、あなたがなさった事は、非常に危険な事です。訴訟にもなり兼ねませんから、今の内に印象を良くしておくべきではありませんか?」
 エステルの満面の笑顔は、脅し文句の止めになったようで、ビュルスはあっさり白旗を揚げざるを得なかった。
 手短な攻防が行われているのを余所に、敷地の外へ配備しておいた重機で残存物を片付けようと言い出したのは、七海との共鳴を解いた五々六だ。
「……免許は?」
 怖ず怖ずといった表情で訊ねた七海に、五々六は胸を張る。
「安心しろ、乗馬なら得意だ。馬の扱いとさほど変わりゃしねえだろ」
 いーや、多分、というか絶対に全く違う。
 その場にいた全員の、音にしないツッコミを、独自解釈で投げるように意訳したのはレミアだった。
「敷地内の整地位、業者にやらせなさい。愚神の脅威が失せれば、解体なんてH.O.P.E.の仕事の範疇外よ」
 彼女の言い分は至極尤もだったが、ビュルスは泣き出しそうに顔を歪める。
「じゃあ、せめて怪異はもう二度と起こらないというH.O.P.E.のお墨付きを下さいよぅ」
 でないと派遣会社からも人が来やしない、と続いた彼の言葉に耳を貸す者が、その場にいたのかどうか。
 後日、遊園地のあった場所は、納期日には無事更地になっていた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • Analyst
    宇津木 明珠aa0086
    機械|20才|女性|防御
  • ワイルドファイター
    金獅aa0086hero001
    英雄|19才|男性|ドレ
  • 愚神を追う者
    石井 菊次郎aa0866
    人間|25才|男性|命中
  • パスファインダー
    テミスaa0866hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • 悠久を探究する会相談役
    エステル バルヴィノヴァaa1165
    機械|17才|女性|防御
  • 鉄壁のブロッカー
    泥眼aa1165hero001
    英雄|20才|女性|バト
  • エージェント
    獅子ヶ谷 七海aa1568
    人間|9才|女性|防御
  • エージェント
    五々六aa1568hero001
    英雄|42才|男性|ドレ
  • 緋色の猿王
    狒村 緋十郎aa3678
    獣人|37才|男性|防御
  • 血華の吸血姫 
    レミア・ヴォルクシュタインaa3678hero001
    英雄|13才|女性|ドレ
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