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リンカーに憧れた少年の末路
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ソーレタウン救出作戦
最終発言2016/03/02 20:02:07 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/03/01 12:41:17
オープニング
●一少年の野望
何が不満ということはなかった。極々一般的な家庭で、特に不自由を感じることもなく生きてきた。学校には、イジメもあったが、俺には関係なかった。
ただ、ぼんやりと日が昇り落ちするのに合わせて体を動かす毎日の中で、それは気がついたら俺の中にあった。
それは、テレビの中で活躍するエージェント、新聞の片隅や時には一面を飾るヴィランズの悪行、末は何の目的も持たず、ただただ暴れるだけの従魔でさえ持っている力。
「力が欲しい」
いつからか、俺はこの摑みどころのない野望を胸に抱くようになっていた。
英雄については、ネットや関連本、果ては英雄が現れると噂される場所まで訪れた。しかし、英雄は現れなかった。
繰り返される日常の中、俺の野望は徐々に膨らんでいった。
そして、道を踏み外した。
●ソーレタウン
日曜日ということもあり、南東北の巨大商業施設ソーレタウンは大盛況だった。
楽しげに行き交う人混みの中、少年はベンチに腰掛け、実に久しく心から笑みを浮かべていた。
少年は如何にも現代っ子らしく、携帯を片手に忙しなく親指を動かす。
(よし、これで送信)
少年は、ベンチの下でバタつかせていた足を止め、立ち上がる。それとほぼ同時に、爆発音が西館から聞こえた。続いて、東館からも爆発音が続く。
ソーレタウンは東西に長く伸びる建物であり、西と東の交互に続く爆発音に、ソーレタウン内は、完全にパニックに陥った。
右往左往する者、ただ呆然と立ち尽くす者、その場で泣き叫ぶ者、色々いたがその場で笑みを浮かべる者は、少年ただ一人だった。
(さあ、沢山お食べ。もっと、もっと強くなるんだからさ)
少年は、自らの意識を何者かに譲り渡す。少年はカバンに隠していたダガーを取り出し、リノリウムの床を強く蹴り、手近にいた男に襲い掛かる。
(……いーち)
●私服警官の証言
「本日午後一時頃、ソーレタウン内で暴動が起こりました。何者かによる爆発により、負傷者多数。現場は極めて混乱しており、東西両端の出入り口付近では爆発が続き、一般人の脱出が難しい状況となっております。至急、現場に応援を」
休日中の警官が、現場の状況を報告する中その合間合間に人々の絶叫や、爆発音が、現場の異常さを雄弁に語る。
「こちら、西館。男子トイレにて、めった刺しにされた男の死体が見つかりました。男の持ち物から、スマートフォンが出てきたので、メールを確認したところ事件関係者であることが分かりました。『王』と名乗る者と連絡を取り合い、その者の指示の元騒ぎを起こしていたようです」
もう一人の私服警官からの言葉に、仲間の人数などスマートフォンの中身から分かる情報を聞き出す。
解説
●成功条件
ソーレタウン内のお客さんの開放
●敵情報
少年(王)
リンカーに憧れ愚神と契約した中学生
愚神はミーレス級からデクリオ級に切り替わる直前
自我はあるが時々意識が飛ぶ
混乱に乗じてお客さんを次々と殺している
武器 全長30cmのダガーと戦輪
○少年主の場合
近接攻撃が主(範囲2)
物理防御 > 魔法防御
○愚神主の場合
戦輪による遠方攻撃が追加される(射程20)
仲間(10人)
全員リンカーではない(銃を所持)
互いの顔や王の顔は知らない
携帯のメールのみで連絡を取り合っている
東西それぞれの入り口付近を隠れて見張っている2人(PL情報)
館内をお客さんの振りをして様子を見張っている8人(PL情報)
●状況
ソーレタウン全館
3階建て
屋上駐車場
東西全長約1km
東、西、中央にそれぞれ2か所ずつエスカレーターがある
2、3階は中央部分に床がなく、南北の壁際に廊下と店舗が並び、下の様子が廊下から見える
東西の出入り口は監視され、爆弾が多数仕掛けられている
従業員出入り口は監視されていない(その存在に少年と仲間たちは気づいてない)
館内従業員含め約5000人の人質
ソーレタウン出入り口付近は警察などが見張っている
リプレイ
●管理室侵入
ソーレタウン従業員用通路。赤城 龍哉(aa0090)は頭に叩き込んだ地図を頼りに迷いなく進む。赤城の後を追うように、北欧美女のヴァルトラウテ(aa0090hero001)と、四足で駆ける少女ティナ(aa1928)が続く。時節聞こえる足音に何度か足を止めては警戒し、敵に見つからないよう三人は進む。
「手口から見て愚神か」
「主犯が踊らされている可能性は十分にありますわ」
「いずれにせよ焦らず手早く確実に、だ。行くぜ!」
やがて現れたのは、人目を憚るかのように設けられた一つの扉。赤城はヴァルトラウテとティナへ下がるように無言で示す。扉をノックするが返事はない。敵に占拠されている場合に備え、三人は臨戦態勢を整える。
扉を開けた赤城の目の前に飛び出てきたのは、パイプ椅子だった。赤城はそれを容易く床に叩きつけると、次なる奇襲に備え素早く辺りを見渡す。しかし、そこにいるのは警戒心を露わに震えている警備員たちの姿だった。
「HOPEの者ですわ。ご協力、お願いできますかしら?」
後から突入したヴァルトラウテは、テキパキと警備員たちへ指示を出す。すぐに、現在の施設内の監視カメラが写している映像を各モニターに表示させる。
「ティナ。回収したスマートフォンからメールを送ってくれ」
「了解だ」
与えられたパイプ椅子の上で器用に毛繕いをしていたティナは、すぐにスマートフォンを取り出し操作を始める。
「管理室に到着しましたわ。これから、偽のメールを流しますので、十分な警戒をお願いしますわ」
既に別の通路から施設内に侵入を果たしていた仲間達から、インカム越しに返事が聞こえる。
「それにしても、スマートフォンにロックがかかっていなくて助かりましたわ」
「そうだな。このタイプのスマートフォンはロックがかかっていると、プログラムを弄っても解除できないらしいから、助かったぜ」
「うんうん。このタイプなら、ティナ使ったことあるから分かる。しかも、メールボックスでVIP登録してあるから、検索エンジンにかけなくていいから楽」
不幸中の幸いに、管理室の空気は僅かに緩む。
「赤城、盛り上がっているところすまないが……」
普段は無口な御神 恭也(aa0127)にしては、珍しい発言だった。
「ソ、ソマートフォン? ろく? びっぷ?」
御神と共に施設内に潜伏している伊邪那美(aa0127hero001)の混乱した声が、仲間達に届けられる。自称神世七代の一柱である伊邪那美は、とにかく横文字が苦手だ。脳が受け入れを拒否するのか、上手く処理されないようだ。
「つまり、敵がバカだったってことよ!」
「なるほど!」
((((雑っ! ?))))
リヴァイアサン(aa3292hero001)の乱暴だが、単純明快な説明に伊邪那美を除く仲間達の心のツッコミがとぶ。しかし、当の本人は伊邪那美の明るい返事にどこか満足そうだ。
●施設内潜入
「ったく、人は多いわ、敵はどこいるかわかんねぇわ……メンドクセェ状況だな」
インカムのマイクをオフにしたまま、ガラナ=スネイク(aa3292)は壁に凭れかかり呟く。
「何よ、要は敵を見つけて殴れば良いって事でしょ?」
やる気のなさそうなガラナとは対照的に、リヴァイアサンは両手に拳を作り、シャドウボクシングさながらに空気に向けてパンチを放つ。裾の短いセーラー服の隙間からは、すっきりとしたお腹がチラリと覗く。
「……間違っちゃいねぇけどよ」
ガラナはリヴァイアサンのパンチの鋭さに、一抹の不安を覚える。この少女見た目は小柄な女子高生のようでもあるが、元が力の強い一族の出身のためか思考回路が、脳筋よりだったりする。
●偽メール
「打てた」
<入口は爆弾で封鎖してあるから、客の動きを監視し易い上層階から見張ろう>
ティナの打ったメールの文面は、他の仲間達にも共有される。
「……こんな内容で上手く誘導出来るのかな?」
「恐らくは成功するだろうな。手口から見ても性根が腐っている連中の様だしな」
「そだね♪ お・バ・カ・さ・ん、だもんね」
伊邪那美の言葉には、特に返事を返すことなく御神は広く警戒を張る。
「見つけたぜ! 一人、携帯を見ながら人混みから離れたのがいる。東側だ」
「見つけましたわ。西側一階の入り口の人込みにいますわ」
「見つけた。2階のお店の前と、雑貨屋の前に一人ずついる。あ、こっちも!」
ティナは山暮らしで培った独特の勘が働くのか、共犯者たちの僅かな動きの違いが分かるようで、次々に共犯者を炙り出していく。
●共犯者捕縛
インカム越しに伝えられた情報と一致する男を見つけ、ガラナは気配を消して後をつける。
「動くな。動いたら……どうなるかわかるよな?」
「あんた。共犯者でしょ?」
周囲の視線が薄くなった一瞬を逃さず、ガラナは男に詰め寄りその背中に拳銃を突き付ける。男の目の前には、リヴァイアサンが腰に手を当て、男を見上げるように詰め寄る。男は小柄な少女になら勝てると思ったのか、リヴァイアサンに襲い掛かる。
「オラぁ!」
「あーあ。だから動くなって言ったのに……でもまあ、動かなくても後でぶん殴ってたけど」
一切の躊躇なく繰り出された強烈な一撃に、男はしばらく目を覚まさないだろう。
一方、御神・伊邪那美組も着実に共犯者を捕縛していた。
「敵の数が判らん上に、捕らえた者の話では互いの顔も知らんとは厄介な」
「恭也。あれ……」
伊邪那美の視線の先には、共犯者と思われる女がいた。それは、偶然だったかもしれない。女は何かに御神たちの意図に気がついたように、手近にいる一般人に掴みかかる。
しかし、女は何も掴むことはできなかった。共鳴状態の御神は人間離れした速さで女と距離を詰め、一撃で意識を飛ばした。女の持ち物から携帯を探し出すと、メールを確認する。
(これで、相手の数が判明するね!)
(いや、複数のアドレスを使用されてたらアウトだ。参考程度しからならん)
インカムを通して、御神とガラナの集めた情報を管理室と共有する。そこで、おおまかなグループの構成人数が分かってきた。
「残るは、恐らく3人かしら……」
「主犯は、どいつだ! ?」
「グルルル……」
管理室の三人の苛立ちも募る。
「もう一度、偽のメールを送ろう」
打開案を出したのは御神だった。御神は押収した携帯を操作し、施設外にいる警察から最初に殺された男の画像を取り寄せる。
<参加者の一人が殺された。王は、俺たちも殺すつもりだ。王に見つかる前に、集まろう。一対一では勝ち目がない>
メールには凄惨な画像が添付され、参加者であることを示すための合図が記された。
(狩る側にいる者が狩られる側に間違えられたくは無いよな)
メールを読んだのか、やけに必死な様子で奇妙なポーズをとる男がいた。
(自己保身の為に合図を出す……それが貴様らを炙り出す)
(人を傷つけるのは平気でも、自分は傷つきたく無いなんて勝手だね)
●少年覚醒
(くそ……! 誰が、こんな……)
(誰でも良い。早く決着をつけよう。力が欲しいのだろ?)
一斉送信のメールは少年にも届いていた。着実に一人一人客を狩っていた少年の表情に焦りが浮かぶ。
(でも、あまり派手な動きをしたら逃げるときに面倒だ)
(逃げる? 何を馬鹿なことを。強者は逃げない、倒すのだ!)
愚神の声に、少年の最後の理性が決壊する。
「いた! 主犯が急に暴れだした!」
「やっと見つけたぜ。行くぞヴァル!」
「置いていきますわよ!」
「早っ!」
扉を蹴破らん勢いで、赤城・ヴァルトラウテ組が飛び出して行く。
「そこまでだぜ!」
赤城が到着したときには、既に理性を失った少年の周りは血の海と化していた。
「HOPEのエージェントだ。犯人逮捕のため、俺達から出来るだけ離れてくれ!」
赤城の呼びかけに、茫然と立ち尽くしていた周囲の客は、巣を突かれた蜂のように大騒ぎしながらソーレタウン中央の吹き抜け広場から逃げていく。少年の方は尚も一般人を殺したりないのか、追撃するようにその背中目がけて戦輪を飛ばす。
「そうはさせるかよ!」
少年の意図に気がついた赤城は、ハングドマンを投げて戦輪を叩き落とす。赤城の邪魔に苛立ったように、少年は赤城に猛然と立ち向かう。その手には血で赤く染まったダガーが握られている。
赤城は少年の速さと次の行動を予測しつつ、振りかざされたダガーを避け、少年の肩目がけて電光石火を食らわせる。目にも止まらぬ速さの攻撃に、少年は後ろへと跳ぶことで赤城から逃亡を図ろうとする。そのまま跳躍で、二階の通路へと飛び移るつもりだ。
(逃げますわ!)
(追うぞ)
しかし、少年の身体は二階から何かに叩き落とされたように落ちてくる。一階の床へと叩きつけられた少年に一拍遅れるように、二階からティナも飛び降りてくる。こちらは、獣のしなやかさで器用に着地する。
「待たせたな! ティナも手伝う」
退路を断たれた少年は、再び赤城に向かいダガーを振りかざす。しかし、少年の本命は後ろのティナだった。少年は空中で回転すると、ティナ目がけて戦輪を投げつける。
しかし、戦輪は甲高い金属音と共に呆気なく床へと落とされる。
「あークソ、ガキ相手かよ……メンドクセェが容赦はしねぇぞ、覚悟決めろや!」
忌々し気な呟きとともに現れたのは、共鳴状態のガラナだった。ガラナは容易く戦輪を二丁斧で叩き落とし、少年を睨みつける。そして、二人の後ろから自分の仕事を終えたのか、刀神 琴音(aa2163)が駆けてくる。
「背中が、がら空きだぜ!」
戦輪が阻まれたことに、同様していた少年の背後には既に赤城が迫っていた。赤城は少年の気が逸れた隙を狙い、疾風怒濤の三連打を綺麗に決める。既に逃げ場を失い、さらには追い詰められた少年は闇雲に、戦輪を投げつけ四人から距離をとろうとする。
少年の無尽蔵に繰り出される戦輪に、四人は器用に戦輪を避けたり叩き落としたりしながら、様子を伺う。それは、台風の目のようでもあった。戦輪が尽きるのを待つ中、突然その戦輪の嵐の中心に黒い何かが飛び込んだ。
三階から飛び降りてきた御神が、その重心を一気にかけ少年へ一気呵成を仕掛けたのだ。
「御神!」
赤城の呼びかけに、御神は視線だけで赤城に答える。御神に続けざまの攻撃を受けた少年は、僅かに足元がふらついていた。
ティナは少年の足目がけて、ライブスブローを込めたタックルをかます。
少年の背後へ回り込んでいた刀神が、双鉄扇を少年の右手に叩きつける。少年の手に握られたダガーは、呆気なく床へと落下する。
「火遊びが過ぎんだよ、血抜きしてやっから頭冷やして寝とけぇ!」
少年の頭目がけて、ガラナのへヴィアタックを込めた二丁斧が振り下ろされる。その荒々しい口調とは対照的に、斧の柄を使った攻撃は年長者の指導のようでもあった。少年は糸の切れた操り人形のように、広場の床に倒れ込みそれ以上動くことはなかった。
●少年の末路
がっくりと肩を落としたまま、床に座りこむ少年をエージェント達は見張るように囲む。器用に攻撃を調節したためか、少年自身に残ったダメージは軽く、愚神のみが討伐されたようだった。
既に少年からは武器も回収されていたが、それ以上に少年にはそれ以上の戦闘意思は見受けられなかった。捕縛した共犯者は警察に引き渡し、現在は人質の解放が進められていた。
ティナに至っては、既に少年に戦う意思がないことを野生の勘から気がついているのか、毛繕いのような仕草をしていた。
「キミは何故力を望んだの? 誰かを傷付けたいが為なの?」
重苦しい沈黙を破ったのは、伊邪那美だった。少年は虚ろな双眸を伊邪那美へ向け、緩慢な仕草で首を振る。
「……俺は、特別になりたかったんだ……だって! かっこよかったから! お前らには、俺の気持ちなんて分からないだろ!」
“バシンッ”
そのあまりに強烈なティナの一撃は、少年の骨にも響いたかもしれない。先ほどまで悠長に毛繕いをしていたとは思えないほどに、殺気立ったティナが獣特有の鳴き声で少年に威嚇していた。
「貴様の腐った心根など、知りとうない。だが、貴様はこの光景をよく目に焼き付けておけ。これが貴様の身勝手が招いた結果だ」
リヴァイアサンは少年を見下ろし、吐き捨てる。少年はその冷たい視線から逃れるように、周囲へ視線を逃す。少年の目に映るのは、千切れた人の欠片。赤黒く塗られた床。
少年は唐突に襲ってきた恐怖に身体を震わせる。今更ながらに、自分の犯した罪の重さに気がついたのだ。
「道を誤ったという自覚があるならば償う事ですわ」
ヴァルトラウテの言葉に少年はその場に泣き崩れる。
(奪った命に対する償いが終わる事がなくとも)
●純粋な想い
少年を警察に引き渡し、エージェント達は施設の外に用意されていた救護室で軽く応急処置を受けていた。
「あー……クッソ胸糞悪ぃ……こんなメンドクセェ依頼二度と御免だ」
ガラナの言葉は、その場にいたエージェント達の総意でもあった。
「純粋な想いは時として残酷な結果を招くものね……」
「単に傍迷惑に中二病拗らせただけだろ、ガキが……」
苦い表情でガラナは煙草をふかす。いつも以上に苦い煙草に、ガラナはさらに顔をしかめる。
「わぁ! お兄ちゃんたち、HOPEの人だよね! すごく、強かったね!」
重苦しい空気に包まれた救護室のテントに入ってきたのは、幼い少女だった。少女の瞳は、ヒーローであるエージェント達への憧れでキラキラと輝いていた。
「ありがとう。あなたは、ママとはぐれちゃったのかしら?」
誰も何も答えないため、仕方なくヴァルトラウテが少女と視線を合わせるようにしゃがみ込み尋ねる。
「……ママは、お怪我しちゃったの……私、強くないから、ママ守れなかった……」
恐らくはあの騒ぎに巻き込まれたのだろう。服の裾を掴み、今にも涙が零れ落ちそうな瞳をいっぱいに見開き、泣くまいとする少女。何と声をかけたものかと戸惑うヴァルトラウテ。
「そうかもね」
あまりに残酷な真実を呟いたのは、伊邪那美だった。伊邪那美は、絶望した様子の少女へと近寄り、右手を差し出す。
「でも、きっと君は強くなる。だって、誰かを守るためなら、どんな人でも強くなれるから」
「……お姉ちゃん達みたいじゃなくても?」
「もちろん!」
みるみるうちに少女の顔に、喜色が広がる。
「やったー!」
「よし! 護身術を教えてやるよ」
ピョコピョコと跳ね回る少女に、赤城が立ち上がり簡単な護身術をいくつかレクチャーする。赤城の護身術指導は、いつしか力比べに発展し、救護テントは大分賑やかになる。
しばらくして、父親に連れられ少女はテントを去って行った。
少し早めの春風は悲しく重い空気を吹き飛ばし、未来への小さな希望をそれぞれの胸に残していった。