本部

歌うジェミニがくくる喉

形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 4~10人
英雄
9人 / 0~10人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/10/13 20:04

掲示板

オープニング

●彼女の夢が叶う時
 若いアーティストが集う音楽祭、クレセントムーン音楽祭は夢持つ若者たちには登竜門的存在で、自分もずっと憧れていたものだった。それについに自分が出ることができるのだ。まさに夢のようだと唇の前で両手を合わせてほうと息を吐く。心臓が激しく動き、喉が震える。
「クリフ、早く来ないかな……」
 もうそろそろ緊張で胸潰れそう、とリーナは思った。指定された集合時間はとうに過ぎているが、遅刻は彼の直らない癖だ。リハーサルまでには間に合うのが常だから、関係者に頭を下げて周りとコミュニケーションを取りながら待つ。本来、この夢を持つのは自分だけのはずが、事務所の意向で相棒である彼まで毎回狩り出されているのだ。遅刻を必要以上に責めるつもりはない。このクレセントムーン音楽祭に思いがけず出場できたのだって────彼と自分が英雄と能力者であるがゆえの、いわゆるヒーロー枠に滑り込めたからなのだ。むしろ、クリフには巻き込んで申し訳ないとすら思う。
「ちょっといつもより遅い、かな────」
 リーナがそう呟き、連絡用の端末を取り出そうとした時。
「誰っ!!」
 誰何の声とともに大きな破裂音が響く。驚いて振り返ろうとしたリーナの首にふわり、と細い糸が巻きついた。


●眉月の睨む夜
 三日月は薄い雲に隠されてぼんやりとくすんでいる。ヘリコプターの上から見る朧月は近過ぎて、自分が巨大なタペストリーの中に引き込まれてしまったような妙な胸騒ぎを感じた。いや、その胸騒ぎは月のせいだけではなかった。
「くそ、せっかくの初舞台だったッてえのに」
 緑に近い濃い青の髪に金髪の驚くほど美しい男はそう毒づいた。
「クリフさん、放送中ですよ……」
 囁くような小さな声でのスタッフの注意に、クリフははっと強張った笑みをカメラに向けた。
「……リーナがこんなことになって動揺してしまって。すまない」
「お気持ち、お察しします。────さて、そろそろ問題の野外音楽堂が見えて来ました!」
 マイクを持ったアナウンサーが熱の篭った声を張り上げる。
「クレセントムーン音楽祭に突如現れ、歌姫たちを捕らえた謎のヴィラン! 今宵、正義の能力者(ライヴスリンカー)と英雄(リヴァイヴァー)たちが歌姫たちの奪還に挑みます! 悪を倒し正義は成されるのか! さあ、今夜も共鳴限界突破(リンクヴァースト)!!」
 お決まりの決め台詞に、クリフはぞっとする。共鳴限界突破(リンクヴァースト)は命と存在を賭けた切り札だ。それを安易に口にする水商売の感性にぞっとする。彼は未だにこの芸能界とやらに慣れないし、好意も持てない。しかし、今、眼下に広がる野外音楽堂の中に囚われている自分の相棒にはここで成したい夢がある。それに協力すると誓ったのだ。今、ここで彼女を失うわけにはいかない。
「頼むぞ、お前ら」
 クリフは強い瞳で君たちを見つめた。

●吊られた歌姫
 野外音楽堂の上空へ着くと、音楽堂から一条のライトの光がヘリコプターを照らす。眩しさに目を細めながら、犯人の要求通りに能力者たちはヘリコプターから飛び出して音楽堂へ降り立った。それをカメラが追う。要求してきたヴィランたちは宣言通りに攻撃はして来なかった。
 降り立った野外音楽堂の中は透明な糸があちこちに何重にも張られて、まるで蜘蛛の巣のようだった。降りる際にうっかり糸に触れたクリフはしかめ面で仲間に「特に粘着性はない」と伝えた。
「やあやあやあ! 我らジェミニのライブ会場へようこそ!」
 マイクを使ってステージ上から宣言したのは、金髪碧眼のギターを抱えた男。その隣で身体に似合わぬ巨大な斧を肩に担いだ細い女が居る。
「初めましての皆さん、俺はヴァージル、彼女はヘザー。さあ、視聴者の皆は、俺らの命を賭けたライブを楽しんでいってくれ!」
 男は、おどけてそう告げるとギターをかき鳴らし、隣の女へと手を伸ばした。
「共鳴開始(リンクドライブ)!」
 耳鳴りのするような違和感と共に、二人の姿が歪み、ひとつの影に、それがまた糸を引いてふたつに別れた。
「なんだ……ありゃあ!?」
 クリフが思わずあげた驚きの声に喜色満面でそれは嗤う。
「我らはジェミニ! さあ、歌姫たちを賭けて勝負しよう!」
 男とも女ともつかない声で名告る。瞬間、ジェミニの背後の幕が落とされ、ステージ上空に首と腰に糸を絡ませ吊り下げられた六人の歌姫が、風に揺れるひょうたんのようにぶらぶらと揺れる。
「十五分ごとに右側からひとり、君らの歌姫の声は失われるよ」
 笑うジェミニの言葉にクリフが表情を消す。
「頼む、一番右に居る娘────、リーナを助けてくれ!」

解説

事件発生後、テレビ局からの依頼で集められたあなたたちは、ヴィランとの戦闘、歌姫たちを救出を依頼されました。十五分以内にリーナを含む歌姫たちを救出してください。

●登場
クリフ:男。英雄、英雄、ドレッドノート(物理火力特化型)オメガ・ブルーの髪に金色の瞳。背の高い細身の美男。リーナと組んでギターを担当。銃を携帯。
リーナ:女。能力者。栗毛と金の瞳の可愛らしい少女。売り出し中のアイドル。
クリフ・リーナドライブモード:オメガ・ブルーの髪の青年。クリフ寄りの姿で、双剣を使う。
ジェミニ:ヴァージルとヘザーのバンド。または、ふたりがリンクした異端の姿。通常では在り得ないリンクである。黒髪黒目、褐色の肌の男女の双子。足場にもできる強靭な弦のような糸を操る。一旦、切り離しても、また手から伸ばした糸を絡めさせ、再び(人質の首を絞めたり)操ることもできる。精神はリンクしていて、二つの身体は細い光の糸で繋がっており、肉体が分離しているといった状態。ふたつの身体を繋ぐ細い糸は切ることはできず、障害物にも遮れないため、独立した動きをすることが可能。倒すためには双子を同時に攻撃する必要がある。
ヴァージル:男。犯罪能力者(ヴィラン)。能力者。 金髪碧眼のギターリスト。武器は銃。
ヘザー:女。犯罪能力者。英雄、ドレッドノート。赤毛に緑の瞳のヴォーカリスト。細身の身体に似合わない巨大な斧を武器とする。

リプレイ

●エンターテイメント
 輸送用の巨大なヘリが夜空を進む。見栄えを気にしてテレビ局がチャーターしたそれには、大勢の能力者と英雄が乗っていた。共鳴(リンク)すればヘリも半分の大きさで済むのだが、テレビ局の要請で彼らはまだリンクをしていなかった。さっきから熱く喋り続けているアナウンサーやヘリに乗る能力者と英雄を交互に映すカメラマン。そして、それを厳しい眼差しで見つめるクリフ。
「あいつらのやり口はちっともクールじゃねぇんだよ」
 一段と声を張り上げるアナウンサーを横目で見ながらぼやいたのは、火の点いていない煙草を軽く口にあてたレヴィン(aa0049)だ。
「まったく。そのクソッたれなライブとやらを今すぐ終幕にしてやるぜ。──つーかよ、これってテレビで放送されてんだろ? この俺の最ッ高にイカした活躍を全国放送でお茶の間に届けてやろうじゃねーか」
 興味無いふりをしながらも、どこかソワソワしているパートナーの隣でマリナ・ユースティス(aa0049hero001)は小さく息を吐いた。
「レヴィン……案の定浮かれていますね。でも、私は貴方の中に宿る正義を信じます。貴方が私との誓約を違えたことなんてありませんから。行きましょう、目の前の悪を打ち倒し正義を執行する為に」
 信頼に煌く彼女の赤い瞳を向けられて、レヴィンはいつもの自信に満ちた笑みを浮かべた。
「当然、あんな三下に負けるわけ無いじゃん。俺が一番強くてカッコいいんだよ!」
 そんなふたり後ろの席で、同じくアナウンサーの言葉を聞きながら、謂名 真枝(aa1144)はお気に入りの赤桃色のウサ耳フードを頭から被って呟いた。
「ぱぱっと済ませちゃおー、その方があいつらも喜ぶんじゃない? 『憐れヴィランズ、エージェントに一瞬で敗北』とか炎上不可避でしょ」
 くくく、とジェミニを小馬鹿にしたように笑う真枝を、忍装束の謂名 なな(aa1144hero001)がたしなめる。そこへ、遠慮がちな声がかかった。
「──真枝さんとななさん、これ、申請していたイヤホン型の無線機だよ」
 慌てたななが真枝の後頭部をぐいと押し、頭を下げさせる。
「主様、ちゃんとご挨拶を……申し訳ない。よろしく頼む」
「僕の方こそよろしくお願いします」
 桃色の髪を揺らして、はにかむように笑ったのはシールス ブリザード(aa0199)だ。少年の少女のような微笑に思わず何事かを言いかけたななは慌てて口を閉じる。そう、少し前に彼を少女と間違えて褒め称えたアナウンサーは彼に蛇蝎のごとく嫌われたのを思い出したからだ。

 シールスはHOPEに用意して貰った無線機を配り、各自の携帯端末の設定を頼む。連携を取るふたりのヴィランを相手にするにあたって、各自個人の携帯端末をマナーモードに変えて合図を受け取れるようにした。以前頼んだ時は先に借りられているだとか数が足りないだとかで借りることはできなかったが、今回はすんなり借りることができた。貸し出せる状態にあったのはもちろんだろうが──朗々と解説するアナウンサーに視線が行き、自然と苦虫を噛み潰したような顔になる。
 ──僕達の活動を見世物にする……気分がいいものじゃないね。後で苦言はしておこうかな。
「とにかく今は目の前のことに集中しないと」
 胸の中のわだかまりを吐き出すように一言声に出すと、無線機の空箱を持った99(aa0199hero001)が彼の胸中を察して口を開く。
「シールス、しかしこれもまた文化だ。喜ぶ人間がいて成り立つものだぞ」
「……そうだね、アンダーハンドレッド。確かにそれもまた真理だよ」
 思わず目を伏せたシールスの肩を郷矢 鈴(aa0162)がぽんと叩いた。
「がんばりましょう。厄介そうな相手だけれど何とか対処して人質を救助しないとね。上手く捕まえられるよう、全力でいかないと」
 その時、眩しく強いライトの光が窓から飛び込んで来た。野外音楽堂の上空へ着いたのだ。着陸したヘリから降りる際に守矢 智生(aa0249)はパイロットに声をかけた。
「戦場に糸が張ってあります。照り返しがあればだいぶ違うと思うのでヘリのライトを戦場に向けててもらえますか? 敵の明かりだといつ消されるか分かりませんから」
 パイロットは緊張した面持ちで、無線を取る。それを確認した智生は仲間を追って外に出た。すると、上空に浮かぶ別の──恐らく撮影部隊の──ヘリから強い明りが向けられて彼らを照らした。並んだ彼らの黒い影が長く伸びる。


●とある酒場にて
 薄い煙草の煙で視界の悪い酒場に、ロックやらパンクやらのファッションに身を包んだ大勢の若者たちがたむろしていた。彼らは一様に腕に二つの紙製のリングを巻いて、壁に設置された巨大なスクリーンに注視して歓声やら怒声やらを好き勝手に上げていた。彼らが巻いた紙リングには蜘蛛の巣にかかった双子座のマークが印刷されていた。
 やがて、巨大スクリーンに映ったアナウンサーの勢いのある言葉の後に、画面に気の弱そうな黒髪の少女、努々 キミカ(aa0002)と、派手でお世辞にもスマートとは言えない服装で、しかし、自信に満ち溢れた青年ネイク・ベイオウーフ(aa0002hero001)が映る。ネイクは叫んだ。
「おお、姫君の声を奪わんとは何たる蛮行か! キミカ、彼女らを救い連中に懲罰を下す事こそ、英雄の使命であるぞ!」
「あの二人、手ごわそうですけど……本当に、やれるんですか?」
「何故なら、英雄に敗北の二文字は無いからだ!」
 そんなやり取りの後、ネイクの姿が消え、そこに紅の髪をなびかせた仮面の戦士が現れた。仮面の中の少女の瞳に先の不安そうな色は無い。
「ああ、そうだねネイク――――躊躇も怯懦も捨て、ただ今は英雄の力を示すのみ」
 ──覚悟せよ、双児宮の者よ。我がポルックスの拳は、諸君の悪徳を打ち砕く!
 朗々とした声が大気を震わせた。それはスクリーンを越えたその酒場にまで伝わったが、しかし、その場の大半の若者はそれを見ても酒を片手にけらけらと笑ったりブーイングをあげたりとしていた。ところが、店内のテーブルの一つ、黒服のまだ若い少年少女たちのグループがキミカたちのその画面に目を奪われていた。


●見極める者
「なんだ……ありゃあ!?」
 クリフが思わずあげた驚きの声に喜色満面でそれは嗤った。
「我らはジェミニ! さあ、歌姫たちを賭けて勝負しよう! 十五分ごとに右側からひとり、君らの歌姫の声は失われるよ」
 ジェミニの言葉に能力者と英雄たちは共鳴すると、──敵の形が想定とは違うが──事前に打ち合わせた分担通りに散らばる。
 ──人質に興味は無いが依頼内容がそれではそうも如何か、面倒この上なし。
 ダグラス=R=ハワード(aa0757)は内心、そうこぼした。それは吊るされた歌姫たちを見ても変わらなかった。
「良い趣味をしているが惜しいかな次のセリフが温い、此方としては楽でいいが」
 そして、周りに張り巡らされた糸を見てふと思う。これが鋼糸であれば使えもするが、か弱い弦を模したものなど。
 ──俺の手合いの獲物は銃か。鉄則として、視線の先、肩の位置、銃口の向き角度、最後に引き金を引くタイミング、これに注視すれば凡その回避は可能だが、それには慣れるまである程度被弾は免れぬ。
 ダグラスはゆっくりと敵を見極めながら、歩くように移動していく。
 ──糸を使った攻撃ならば、俺も多少は心得はある。
 ゆるゆると動きながら、敵を観察する者がもうひとり。
 ──敵2人の動きと癖、攻撃やスキルを使う事前動作、糸を出す時の動作や糸の動き、2人のお互いの間合いの取り方、武器の扱い方……。
 常に敵の動きを観察し、場所を変えながらシールスは敵の弱点を探す。それを仲間に的確に伝えるのが彼が選んだ役目だ。そして、気付く。片方だけを攻撃するだけでは彼らは深刻なダメージを受けることはないのだろうということを。そして、二人を繋ぐ細い光の糸……。
「人質の安全もですが、一気にカタをつけないと──」
 そう呟いたシールスの目が輝いた。
 変態したジェミニを見ながら、ななとリンクした真枝はうそぶいた。
「制限時間は15分……? いいねぇ、早く帰れるねぇー」
「まったく……。ともかく必ず全員を救出致しましょう」
「ああ、もちろん、リーナもだ」
 ジリ……と、クリフと共に真枝は、すでに交戦が始まった敵に見つからないようにその場から手近な茂みへと素早く身を隠す。
「音楽堂スタッフから搬入口や隠れられそうな場所は聞いてある。行くよ、ボクの足手まといにならないようにね」
 そう言って走り出した真枝のポケットから、カラ、という軽い音がした。


●ヴァージルとヘザー
 黒髪黒目、褐色の肌の男女の双子が口の両端を異常に上げて笑みを作り、蜘蛛の巣のように張られた糸の上を駆け巡る。二人は実質二つに別れ、それぞれ元の身体と同じ武器を振るう。
 巨大な斧を持った細い女の影──ヘザーは、男とも女ともつかない声でせせら笑う。
「十五分、あっという間だね! これが終わったら、あたしの歌をきかせてあげるよ。あんたたちの耳が無事だったらの話だけどね!」
 その言葉に、キミカは八十センチもの大剣アルマスを振るって足元から中空まで届く範囲の糸を切って前に進む。しかし、切っても切ってもジェミニたちは手を合わせ、糸を張り巡らせる。そんなキミカに続くようにレヴィンはヘザーへと走っていく。時折振るわれる剣は傍にある糸を切っているのだろう。
「レヴィンあぶない!もっと右、右! ああ、ちがうちがう! そこそこ!」
 片桐・良咲(aa1000)はそんなレヴィンの動きを冷や冷やと見守っていた。なぜなら、ヘザーとヴァージルはつかず離れずに場所を移動させながら、糸を駆け上り駆け下りて攻撃を繰り返すのだ。再び、ヘザーは高所に駆け上り斧の自重で攻撃力を増すようにする飛び降りる。重い刃が今日人の手にびりびりというしびれを残した。「危ない!」そう思う間があればこそ。良咲は盾を構えてヘザーと今日人の間に滑り込んだ。ヘザーの斧が盾に打ち付けられて激しい音を立てる。
「キミたちはすでに包囲されている! おとなしく投降しなさい!」
「はあ!?」
 不気味な声音のまま柄の悪い声を上げたヘザーは、もう一度、斧を構えると、横に凪ぐように斬りかかり──その重さに大きくバランスを崩した。
「危なくないって、おまえちゃんと俺の活躍見とけよ」
 レヴィンは良咲に軽くそう言うと、へヴィアタックを叩き込む──だが、ヘザーのその顔が笑ったように見えたのは気のせいか。
 銃声が響き渡る。ヴァージルの手にある銃から放たれた鉛玉が明日沢 今日人(aa0485)の頬を掠めた。
「怖い……」
 今日人の口から自然と言葉が零れ落ちた。その顔には暗い影が落ちている。だが、言葉とは裏腹に彼の鍛えられた能力はヴァージルの側面や背後をたやすく取る。だが……。
「はぁん? なにやってんだ? あんまり舐めないで欲しいね」
 今日人のシルフィードが黒髪褐色の青年の身体を何度貫いても、それはにやにやと笑うだけだった。糸から糸へ踊るように渡り挑発するように滑っては、ヴァージルは銃撃を撃ち込んでくる。透明な糸は音のずれた弦のように狂った甲高い音を鳴らす。
「なンだ、お前ら戦う気がねえのかよ?」
 ゲラゲラと笑うヴァージルに夜取 幎(aa0079)は中性的な顔を歪ませた。残念ながら、糸から糸へと動き回るヴァージルを捕らえることはまだできていない。
「まあ……気に入らない相手だよね。とっとと倒しちゃおう」
『ほらー! 幎! さっさとやっつける! 人質を取るような相手なんてコテンパンにしちゃえ!』
 共鳴したクレフラミディ(aa0079hero001)の元気な応援を受けて幎は癖になっているため息をこぼした。
『幎、絶対勝とうね!』
「はいはい、負けるつもりなんてないから安心して。それより、クレフラミディは糸に気をつけて。僕は攻撃に集中したい」
『任せてー!』
 大剣を構えてヘザーに迫る。蜘蛛の巣だって足場糸に横糸を張って形を作っている。ならば、支柱となる糸を集中的に切ればヘザーの動きを狭められるはずだ。
 そんな幎たちの背後から鈴は彼女の得物を構えた。フェイルノート。別名「無駄なしの弓」との異名を持つ非常に強力な武器だ。そして、トリオを使った鈴の弓弦から放たれた二本の矢は使い双子のジェミニ双方の糸を操る左手を同時に射抜いた。
「っつああああああ!!」
 ジェミニが初めての絶叫を上げる。信じられない、そんな表情を浮かべて互いを見る双子。
「先ずはトリオ。全弾的中、か」
 冷静に成果を確認すると鈴は新たな矢をつがえた。
「そして、ストライク……?」
 しかし、矢は飛ぶことなく落ちた。ふわり、優しく何かが鈴の手首に巻きついた。
「はは、ジャックポッドか! 命中適正のリンカーと一度やりあってみたかったんだ」
 下卑た笑いを浮かべるのは射抜かれた左手を垂らしたヴァージル。そして、ヘザー。
 ジェミニの糸が鈴の手と弓を絡めとる。ぎらぎらと輝く瞳でヴァージルは弓ごと鈴の指先をピアスの付いた舌で舐める。鈴は思わず悲鳴を上げた。
「だが、俺の勝ちだな、ジャックポット」
 激痛は遅れてやって来た。肩が燃えるように熱い。混乱した脳は銃声を痛みより後に認識した。
『リン!』
 しっかりとした声が鈴の意識を揺さぶる。
「ダンダカン?」
 暖かな声、確かな信頼感に鈴の混乱した意識が覚醒していく。脳内で散らかった思考が少しずつまとめられていく。その間に、彼女の身体はダンダカンによって導かれた。ダンダカンが動かす逆の手が矢じりを掴み、弓と指先を縛った弦のようなジェミニの糸を素早く切る。
 同時にヴァージルの身体が沈んだ……かと思った次の瞬間、派手に吹き飛ばされた。そして、落ち着き払った男性の声が響く。
「気休め以下だが無いよりましか」
 急速に消えていく痛み。鈴は荒い息を吐きながら、自分の傷口に手を当てるダグラスを見る。ゆったりと優雅に動くその姿には、先程の攻撃を打ち込んだ荒々しさは全く感じられない。
「あ、ありがとう……」

「ジェミニはふたり同時に攻撃をしないとダメージを受けないようです!」
 突然、無線機からシールスの声が飛び出した。
「それから、彼らの光の糸は障害物を無視しますが、伸びることは無く一定以上離れることはありません!」
 ジェミニたちの癖などを伝えながら、シールスはヘザーの元へと向かって行った。持ち替えたローゼンクイーンが風を切った音を立てて跳ねる。その度に、随分と少なくなってきたジェミニの糸が更に弾け飛ぶ。
 ヘザーは吹き飛ばされたヴァージルの元へ駆けて行く。その後姿に狙いを定めて弓を構えた良咲が叫ぶ。
「キミたちのお母さんもお父さんもテレビを見て泣いているぞ!」
 良咲の的外れな言葉に、思わず尾形・花道(aa1000hero001)は『うるさい』とぼやいた。
『良咲、やるべきことはきっちりやり遂げろ、この場合は奴らの捕縛だろう』
「わかってるよ!」
 良咲の目が細められ、矢が真っ直ぐにヘザーの背を追う。それを一瞬振り返ったヘザーの斧が弾く。
「速く、もっと速く!」
 良咲の矢が速度を増す。ヘザーは止む得ず足を止め防御に回る。

 一方、その頃、今日人は剣先をヴァージルの喉元に向けていた。そんな今日人に彼の英雄ユー・フワ(aa0485hero001)が囁いた。
『アレ悪だろ。悪』
 今日人の手にじっとりとした汗が滲む。
『悪悪悪悪悪悪悪悪アクアクアク。殺せよ』
「……嫌だ」
 ──力がある事は怖い事だ。その力が生む結果は勿論怖いし、力があるから立ち向かわなければならない……。その重圧も恐ろしい。どうして、人と殺し合いをしなきゃ、いけないんだろう……軍人でも何でもない、僕たちが……!
『反省も更生もしねーよ。処分しろ処分しろ処分しろ! キョォォオ────トォォォ――――クゥゥウウウウ――――ンンン???』
 それは今日人を酷く揺さぶる言葉だった。強く動揺した今日人の剣先でヴァージルが嗤った。即座に揺れる今日人の刃を蹴り上げると、転がるように距離を取る。慌てて、キミカが同じく逃げようとしたヘザーに攻撃を浴びせる。
「さあて! メインイベントの開始だ! さあごらんあれ、美しき歌姫たちの血の嬌声を!」
「人質を使って戦うなんて最高にカッコ悪いよ。ファンも呆れちゃうだろうね。人質を使わずに堂々と戦い、数が多い僕達に勝利する。最高にカッコイイと思わない?」
 ヴァージルを止めるようにシーリスは叫んだ。だが、ヴァージルはずる賢く笑った。
「なあに、勝てればいいのさ! それが俺に望まれた役割だ」
 ヴァージルは手当たり次第、傍の糸を手繰り寄せた……。

●合図
 ヴ……ヴヴ。
 緊迫した空気の中、それぞれが微かな振動音を聞いた。
 ──それは、合図。でも、誰が?
 ジェミニの糸はヴァージルによって手繰り寄せられ……切られた。
「なにい!?」
驚愕に目を見開いたヴァージルがステージを振り返ると、そこにはまだ固く目は閉じているものの、ステージ上で身体を横たえ、またはクリフに身体を支えられた歌姫たちの姿があった。
「約束を守るなんて思ってなかったけど、やっぱりかよ!」
『……予想済みだったから、対処は何とかなるけどね』
 ステージの上で片手にカラースプレーをカタカタ鳴らし、もう片手で携帯端末ををゆらゆらと揺らす真枝とリーナを抱えたクリフ。ステージ上には赤く染まって切られた赤い糸がぶらぶらと揺れている。
「片手間のダンスで俺達が、そして観客が満足すると思ってんのか!」
 もう一度、端末が震えた。シールスが叫ぶ。
「今だ! 皆、攻撃のタイミングを合わせて」
 『合図』を受け取ったキミカはライヴスブローを正面から放つ。
「我が手に宿るは、ライヴスの光輝――――英雄の一撃、その身に刻み付けん限りに鳴り響け!」
 ダグラスは死神の鎌を横撃袈裟に斬りに変化をつけて斬撃を打ち込む。
「此処までだ、そろそろ逝け」
 レヴィンの捨て身のオーガドライブがヘザーを捕らえ、幎も彼らの攻撃にタイミングを合わせ一撃を繰り出した。リンカーたちの攻撃は、合図に合わせて同時に二つに別れた異形のリンカーに一撃を打ち込まれた。打ち込まれたジェミニは苦痛の声を上げ、野外音楽堂のステージの床ににふたつの身体を滑らせた。その身体はまた一度油の雫のようにくっつくと、元のヘザーとヴァージルに別れた。
 強すぎる一撃でヴィランであるジェミニを殺さないよう、フェイルノートを抱えて仲間の攻撃を見守る鈴だったが、悔しそうに転がるヴァージルを見る。ふわりと身体が軽くなり、ダンダカンがその肩を叩いた。
 もはやまともに動けないヘザーとヴァージルを幎とクレフは縛り上げた。レヴィンは歌姫たちの状態を確認し、バトルメディックたちに託す。意識はまだ戻らないが、喉はもちろん、彼女たちの身体に傷ひとつ無かった。クレフは大きく安堵の息を吐くと、彼らに深く頭を下げた。
「くそ……俺らの夢が……」
 ヴァージルのぼそりとした呟きがキミカの耳に届いた。振り返ると、ヴァージルは再び気を失っていた。耳に残った呟きは彼女の胸をざわつかせたが──それを知ってか知らずか、リンクを解いたネイクが訳知り顔に頷きながらパートナーに語りかけた。
「彼らもまた、英雄的でありたかったのだろうが、あのように悪行に手を染めては英雄失格であろう。英雄は、資質と共に行いまでも正しくなければならんのだ」
 その言葉はいつものネイクの自分勝手な考察であるとわかっているのに、なぜかキミカの心に残り笑顔が浮かんだ。
 そして、真枝は縛り上げられたジェミニたちに、今度こそ目の前で笑ってやったのだった。
「ひひ、死が二人を別つまでって奴? 仲いいねぇー」
「…死んではおりませんが、もはや別たれましょう」
 すでに気を失ったジェミニのふたりを見ながら、ななはまた呆れたように、しかし少し面白そうに答えた。


●とある酒場にて
「あの、……こんな事言っても、しょうがないのかも知れませんけど」
 スクリーンにカメラに向かっておどおどと話す一人の青年の姿がある。
「……その、……今更何を言っても届かない人には、届けようとは思いません。でも……何となくヴィランに味方してる、とか……共感してる、とか……そういう、ごく普通の人たちに、伝えたいです。考えて、下さい。ヴィランは異常です。犯罪者と関われば、自分達にも、彼らの犯した罪が降りかかります。……この事件をきっかけに、考えてみて……下さい」
 たどたどしいながら彼の心を込めた今日人の言葉が終わる、と同時にばちんと音がしてスクリーンの画像が消えた。
 店内は、激しいブーイング、泣き喚く声、シンパたちは店の机を殴り酒瓶を床に叩きつけて暴れた。
 しかし……テーブルの一つを占領していた黒服の少年少女たちはその喧騒の中からそっと抜け出した。……店を出ると涼しい風を浴びながら、まだ幼さの残る彼らは互いに無言で顔を見合わせ頷き合う。
 そして、誰とも無く腕に巻かれた紙のリングを破り捨てた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 希望の守り人
    シールス ブリザードaa0199
  • 名探偵
    謂名 真枝aa1144

重体一覧

参加者

  • 夢ある本の探索者
    努々 キミカaa0002
    人間|15才|女性|攻撃
  • ハンドレッドフェイク
    ネイク・ベイオウーフaa0002hero001
    英雄|26才|男性|ブレ
  • 世界蝕の寵児
    レヴィンaa0049
    人間|23才|男性|攻撃
  • 物騒な一角兎
    マリナ・ユースティスaa0049hero001
    英雄|19才|女性|ドレ
  • エージェント
    夜取 幎aa0079
    人間|15才|男性|攻撃
  • エージェント
    クレフラミディaa0079hero001
    英雄|17才|女性|ブレ
  • エージェント
    郷矢 鈴aa0162
    人間|23才|女性|命中
  • エージェント
    ウーラ・ブンブン・ダンダカンaa0162hero001
    英雄|38才|男性|ジャ
  • 希望の守り人
    シールス ブリザードaa0199
    機械|15才|男性|命中
  • 暗所を照らす孤高の癒し
    99aa0199hero001
    英雄|20才|男性|バト
  • 信じる者の剣
    守矢 智生aa0249
    人間|20才|男性|攻撃
  • エージェント
    フウaa0249hero001
    英雄|18才|女性|シャド
  • エージェント
    明日沢 今日人aa0485
    人間|16才|男性|命中
  • エージェント
    ユー・フワaa0485hero001
    英雄|16才|男性|シャド
  • 我王
    ダグラス=R=ハワードaa0757
    人間|28才|男性|攻撃



  • 楽天家
    片桐・良咲aa1000
    人間|21才|女性|回避
  • ゴーストバスター
    尾形・花道aa1000hero001
    英雄|34才|男性|ジャ
  • 名探偵
    謂名 真枝aa1144
    人間|17才|男性|回避
  • スパルタティーチャー
    謂名 ななaa1144hero001
    英雄|19才|女性|シャド
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