本部

暗がりの騎士道

玲瓏

形態
ショートEX
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 6~10人
英雄
6人 / 0~10人
報酬
多め
相談期間
5日
完成日
2016/03/03 18:59

掲示板

オープニング


 昨日も今日も変わらず依頼がH.O.P.Eの元へと集まってくる。そのたびに担当のオペレーターはエージェントに任務内容を伝えなくてはいけないのだが、今日も打って変らずの様子で淡々とあなた達に内容を伝えた。
「東京のK区の地下にて、違法な地下闘技場が開かれているとの情報がありました。エージェントの皆さんには地下闘技場の制圧を任務として与えます」
 普遍的な地下闘技場ならばただの警察の出番であるのだが、どうやらその地下闘技場は普遍とは異なった代物であるという。
「リンカー同士の対決で、どちらが勝利をするのかに大金を賭けるものであり、一般人による勝負ではないという事です。早速闘技場を制圧してもらいますが、そのやり方について私から少々言及します」

 ――本日はその闘技場で試合が行われる日です。つまり、その大会に参加していた歴代選手や見物人、また管理人が一斉に集う日であるという事です。我々H.O.P.Eは、やや危険度は高まりますがその日を狙って制圧するのが好ましいと考えました。
 そこで問題の作戦についての言及なのですが、任務に向かうエージェントの内の二人、人目を惹きつけるために試合に出てもらいます。これは我々からの命令として受け取って頂いて構いません。ただ、あくまで調査を首尾よく行うための演出なので、勝敗を着ける必要はありません。勝負を長引かせれば良いのです。
 真面目な調査官の一人がエントリー方法まで調べてきました。エントリーは専用受付の人物に言えば、リンカーならだれでも参加できるという事です。

「今日はタッグ戦で、既に選手の受付は始まっているとの事です」
 よろしくお願いします、と彼女は最後に一礼した。


 おじちゃん、頑張って。
 選手待機室で座りながら、クリュが手にした石に刻まれていた言葉だ。彼はその言葉を力を入れて握り締め、ポケットの中に入れた。
「なんて顔してんだよ」
 クリュの英雄、サラはそういった。男勝りの子供体系の英雄だ。
「泣き言を言わないってのが誓約だったはずだぜ。試合前なのに破綻させるつもりかよ」
「あんたが気にする事じゃない」
「例の貧乏村の奴らのためにここにいんだろ。そんならもっと堂々とすりゃいいじゃねーか」
 彼はこの大会の歴代優勝者であった。既に何度も勝利を得ており、この大会では有名人となっている。ところが、なぜか浮かない顔をしてばかりで、優勝を誇っていない。
 その暗がりの中には、彼の打ち明けられない黒い過去がいつまでも残っていた。

解説

●目的
 闘技場内部の関係者、責任者全員の捕獲。観客も同様。

●闘技場の構造
 人通りの少ない商店街の一角に立つアパートの、大家の部屋の中にある扉が地下闘技場への入り口。
 扉を開けて階段を下り、降りてすぐ右手側に扉があり、それを開く。すると目の前に二つの受付カウンターがあり、向かって左側が選手受付、右側が観客受付。
 左右に道が伸びており、左側に進めばそのまま選手待機室につき、右側は飲食物の売店と、歴代優勝者、参加者の情報誌や録画されてあるビデオが閲覧できる部屋が途中にあり、その奥の曲がり道を進めば観客席がある。
 選手待機室は個人個人の部屋になっており、ホテルのように廊下に並んで部屋がある。その奥に試合に参加するための道が用意されている。

●責任者居場所
 カウンターの奥にまた地下へと通ずる扉があり、階段を下りて突き当りの扉を開けると十字路が姿を見せる。地下二階は大きな四角形の中に、小さな四角形が四つ存在する構造となっていて、小さな四角形の中にそれぞれ二つの部屋が存在する。
 十字路の奥の扉に責任者は存在する。

●地下二階
 部屋は電子機器を総括する主電源がそれぞれ手前側の二つの部屋に用意してあり、見張りが一つの部屋に二人いる。
 他は監視カメラの部屋、ボイラー室、賞金保管室、テレビルーム、食材貯蔵庫等が何も考えずに設置されている。(雑な配置になっていますが機能はしています)
 責任者のいる部屋は一般家庭の寝室と変わりなく、ベッドやテレビ、冷蔵庫等が置かれている。
 PL情報ですが、罠等はありません。

●クリュについて
 元エージェントだったが、自分のミスで任務先であった村を壊滅させてしまい、復興のための資金を得るためとして試合に参加している。
 優勝すれば千万の賞金。
 中世の格闘技の心得があり、槍を使って攻める。
 また、タッグの相手は剣闘士で、彼もまた剣術の心得がある。

※闘技場職員は全員リンカーです。

リプレイ

 雲の隙間から差し込む太陽に手を向けてた彼女は棘を含む言葉で言う。
「……金に群がる連中って、ほんと屑ばかりね」
 金という存在が人間にもたらす影響力というのは計り知れない。とりわけ、言峰 estrela(aa0526)は金の犠牲者でもあった。
「……この世は平等ではない。生まれた時点で与えられている選択肢は限られている」
 言峰の隣を歩くキュベレー(aa0526hero001)は言う。春も近いというのにこの区域は寒気が鋭い。
 彼女は更に言葉を続ける。
「その限られた中で選び抜いた結果がこれだというのならば仕方あるまい」
「……貴方、意外にまともな事いうのね」
 言峰は眼を細めて冷淡な視線をキュベレーに向けた。想像した言葉と遠いのだ。当のキュベレーはところが、言峰の視線を意にも介していない。彼女はニタリと笑みを浮かべる。
「……そんな奴を叩き潰し……縊り殺すのが、この上なく愉快だからな」
「ふふっ。やっぱり……屑ね」
 二人の目の前に目的地の入り口となる、アパートが見えた。木造建築で、安っぽく、誰が住んでいるのか空想すらできない寂れたアパート。
 敷地内に歩みよりながら、キュベレーは鼻で嘲笑いながら言峰の言葉に乗った。
「全くだ」
 ここから先は金に満ちた世界だ。金を得た人間は天使と悪魔、二つに分かれる。そういう意味で地下闘技場というのは皮肉じみていた。
 地下に堕ちる事によって、観客は自ら悪魔を体現しているからだ。


 アパートの階段を下った所で待機していた言峰とキュベレーの二人を見た齶田 米衛門(aa1482)は手を振って声をかけた。
「うッス! 人待ちッスか?」
「まー、そんなとこね。確か貴方だったわよね、出場者。頑張ってね」
「任せてくださいッス! 囮役、がんば――」
「おいこら、誰かに聴かれたら困るような事言うんじゃねえぜ!」
 慌ててスノー ヴェイツ(aa1482hero001)は齶田の口を塞いだ。
「何か俺悪い事言ったっスか?!」
「まあ、ちゃっちゃと受付済ましちまおうぜ。試合のルールの確認とかもしなくちゃなんねえしな」
 齶田と一緒に階段を下りてきた赤城 龍哉(aa0090)は後ろからそう言った。タッグ戦はこの二人が出場するのだ。彼はイメージプロジェクターと変装を使って外見を変えている。
「そッスね。じゃあ言峰さんも、よろしくッス!」
 受付に会うなり齶田は第一声でこう言った。
「力試しに来たッス」
「選手として入場すんだな?」
「応、もちろん追い返すなんて無粋な真似はしねぇよなぁ?」
 受付が終わり、二人は選手控室へと案内の指示を受けた。その横では、エステル バルヴィノヴァ(aa1165)と泥眼(aa1165hero001)が観客席の受付係に言葉をかけていた。
「あんたみたいなお嬢ちゃんがこんなとこに来るなんてな。世の中どうなってくんやら。お嬢ちゃんにはちょいと過激かもしれねーぜ」
「構いません。ここに名前を書けば良いのですね」
「ああ。書いたら右の通路を行きゃいい」
 無機質で湿っぽい空気はなかなかどうして金の声がよく聞こえてくるものだ。
 一足先に観客の受付を済ませていた九字原 昂(aa0919)とベルフ(aa0919hero001)は付近の構造についてよく目を凝らして確認していた。二人はビデオ室に入った。天井からぶら下がるテレビモニターには、過去試合の映像が流されている。
 ベルフはモニターの真下にある簡単な本棚から適当な雑誌を取ると、斜め読みに目を通した。
「いつの世だって、こういう見世物は無くならないな。暇な金持ちの考えることは、どこに行ったって同じだ」
「それを締め上げるのも、どこに行ったって同じだね」
「だな」
 その部屋に赤城とヴァルトラウテ(aa0090hero001)が入ってくるのを見たベルフは手にしていた雑誌を彼らに手渡した。
「試合のルールと、おそらく今日相手するに違いない選手の特徴が載ってたんでな。目を通しておくといい」
「お、サンキュー! ヴァル、しっかり読むんだぜ」
「分かりましたわ。しっかりと拝見させていただきます」
「頑張ってくださいね。齶田さんにも、教えてあげてください」
 室内に小さな歓声があがった。観客はテレビモニターに注目していた。モニターには、胴体に深々と剣が突き刺さり悶え苦しむ選手の姿があった。決着がついたのだろう。
「実際、普通の格闘技よりも動きが派手で、観客受けはいいんだろうなぁ」
「暇と金を持て余す奴ほど、血と暴力を求めるもんだ。それも他人のやつをな」
 人が苦しむ様を見て歓声を上げる。ここはそういう場所なのだ。

 足の機能を失った少女を抱えたEлизавета(aa3035hero001)はアパートの、地下闘技場に続く扉の前にいた。
「……それでも行くのですか?」
 ――お金の為に争うなんて、私には分からない。言峰 六華(aa3035)は、エリザの服を強く握りしめた。
「……ええ、行きましょうエリザ。"あの子"が待っているもの」
「分かりました」
 本当は戦いなんて彼女は嫌いだった。特に闘技場の世界は醜すぎた。六華はあの子のために、強さを見せたのだ。
 しかしエリザの心境は複雑だった。
 ――その答えだけは聞きたくはありませんでした。戦いに身を投じる理由に他人を使っては……。貴方自身の為に戦いなさい……でないと貴方は……。
 二人はゆっくりと地下の階段を下っていった。階段の先には言峰の姿があった。六華は半分ほど服の袖の中に手を隠し小ぶりに手を振った。
「少し遅かったかな……待った?」
 定刻通りである事を彼女は知っているが、そう尋ねた。
「ちょっとだけ待ったわ。さ、いきましょ」
 受付係は四組の若い女性軍の集団に(先ほどエステルには珍しいと言ったのだが)驚く事なく受け答えをしていた。
「あんたら、訳アリかい?」
「あら気になるかしら?」
「いんや大体想像がつくぜ。言わなくても分かる」
 気味の悪い笑みを浮かべた男は、舐めるような視線を言峰に送った。自分に向けられた視線にまともに相手せず受付を済ませた彼女は、顔を上げてこう尋ねた。
「今日はいつもより盛り上がりそう?」
「さあな。ただ、歴代優勝者が参加してくるってんで、客は大盛り上がりよ」
「……そう、それなら今日は最高の1日になるわね」
 奥行のある笑みを浮かべ、男を見る。男は彼女から目を逸らした。
「じゃ、受付はこれでおっけーね?」
「あ、ああ。楽しんでけよ」
 受付が終わり、六華がキュベレーに顔を向けて言った。
「あの、あなたがレーラちゃんの英雄で……キュベレーさんですよ、ね?」
 ただ目を配るだけでキュベレーは何も言わなかった。その行為がエリザの気に触れたのか、彼女は六華を抱えたまま言った。
「貴方は酷く血の匂いがしますね」
 六華は驚いて、エリザの顔を見上げた。
「それも、人を喰らい血の沼を這いずってきたような醜悪な怪物」」
「……フン」
 キュベレーは何も言わず、沈黙が訪れ、二人の間に険悪な視線が行き交っていた。
「エ、エリザ……喧嘩は、だめだよ」
「出過ぎた真似をしました」
 瞳を閉じたエリザはキュベレーに謝罪の念を送るも、当の彼女は既に廊下の奥を歩いていて、背中に追いついてくる言葉を追い払っているようだった。


 天井から円形のステージに降り注ぐ明かり以外の光は薄暗く、映画館を思わせる空間をしていた。その円形のステージに、男達は立つ。
 司会者がマイクを持って、派手なBGMと共に場を一層盛り上げた。
「コーナー、レッドォ! さあさあさあ皆さんご存知歴代三冠優勝者クリュ! そしてぇえッ?! 彼と並ぶ実力者カナピルゥッ! 俗称では中世コンビの二人! 不敗の王者達。今日は一体どんな試合を見せてくれるのか?」
 二人にライトが当たる。
「対するはコーナー、ブルーッ! おおっと? これは見た事のない顔ぶれ……もしや、もしや新人だああーッ!」
 ブルーライトに照らされる赤城と齶田。二人の登場で、場は最大の歓声を見せた。
「ここK区地下闘技場では一年振りとなる新人! さあ彼らの戦い方とは? そして! 期待の新人となれるのかァ! 我々も期待しようッ!」
「人気者ッスねぇーオイ達」
「悪い気分じゃねえが、しっかり決めてやんねえとな。あくまでも依頼だからな」
「もちろんッス!」
 司会者の持つマイクがハウリングを起こし、観客は静まる。
「さあさあさあッ! お客さん方、私の蘊蓄を聞くのと闘技を見るのだったら、そりゃ勿論闘技ですよねぇ! ならば、早速殺り合ってもらいましょうか」
 数少ない沈黙。司会は大きく息を吸った。
 ブザーが鳴る。
「始めぇッ!」
 試合はタッグ形式だが、タッチ交代というのはない。ルールという物も存在しない。要するに、実戦形式と代わりないのだ。お互いの連携が物を言う。機転と幸運もかかわってくるのだろう。
「貴様ら、ここは初めてなんだな」
 そう言ったのは試合相手のクリュで、剣を地面に突き刺しながら言った。
「ああそうだぜ。言っておくが、舐めてもらっちゃあ困るぜ! 本気で来やがれ!」
「血気盛んな若造だな。問答無用、手加減はしない。ただ、ここには暗黙の了解というのがある。それを説明しようと思っただけだ」
「暗黙の了解? なんスかそれ」
「タッグ戦の場合、二対一の状態に持っていかない事だ。束縛も禁止だ。俺達は試合を盛り上げるための道具に過ぎない、という事だ。了解を破れば、観客は席を立つだろう」
「はん、言われなくてもそんな卑怯な手は使わねえよ。ま、試合中はな」
「良いだろう。――貴様、そんな子供だましの道具で俺達とやり合う気か」
 赤城はトンファーをクリュに見せつけた。
「武器持ち相手に素手とその延長線上で戦うために作られた武器だ。洒落てるだろ」
 地面に突き刺さるロングソードを抜いたカナピルは、両手でグリップを持ち、鍔を鼻の高さへ持っていき剣身を天井へ掲げた。
「話がなげえんだよ二人ともさあ」
「悪いな。じゃあ始めるぞ」
「宜しくお願いするッス!」
 クリュは槍を構える。砂が舞う地面は、本物の中世の闘技場を彷彿とさせるもので、クリュとカナピルの洗練された武器の構えもあいまって、この瞬間だけ時代が戻っていた。
 最初に攻撃に出た齶田は腰を曲げ、戦挙を嵌めた両手と地面を擦り砂を巻き起こしながら真正面のクリュに向かった。クリュは瞬時に下段構えを取り槍の刃を拳に叩きつけ、勢いを止める。しかし、齶田は刃をつかむと地面に叩きつけてクリュの体勢を大きく崩した。たまらず武器を手放した隙に狙いを向け、三転回し蹴りを繰り出した。
「くッ」
 横ステップで回避はしたものの、先手を打たれた事は今後の試合展開を考えなければならず、クリュの額から汗が流れた。
「まあこんなとこッスかね。田舎者も中々やるんスよ?」
 齶田は距離を取って、余裕の表情を見せる。
「良い腕だ。だが、まだ戦いは始まったばかりだ。油断をするんじゃない」
 クリュの戦い方にどこか違和感を覚えた赤城は、カナピルの刃が近づいてくる事に気づくのが遅れた。即座に前足を右斜めに出し、トンファーを使って剣を受け流す。カナピルは押し出されるが赤城を無理に攻撃しようとはせず剣の構えを正した。
「余所見すんなよー。嫉妬しちゃうなあ」
 近づかなくても分かるのだが、カナピルは全身を金属の鎧で覆い尽くしていて表情が分からない。ふつうの人なら斬るだけでも満足に動けないだろうが、リンカーである彼は軽々と着こなしてしまっている訳だ。
「悪ぃ悪ぃ。真剣にやらさせてもらうぜ」
「良い目良い目。じゃあ次、こっちからまた攻撃を仕掛けさせてもらうよ!」
 走り出す寸前に、彼は切っ先の向きを赤城に変えて構えを変えた。グリップの位置は頭の横で固定し、右足を先端に出して一気に距離を詰めた。両手で持っていた剣で突いた。
 どういう物理原理が働いたのか、赤城は確実に避けたが肩に斬撃を受けていた。
「うおっと!」
 一撃のダメージを与えたカナピルは一度下がる。
「雄牛の構えは厄介だろ? 避けたつもりが、避けられてないんだからね」
「さすが、期待されてるだけあるじゃねーか」
 地面に落ちた槍を拾ったクリュは、両手でしっかりと握り締めた。斜め縦向きの先端。
「手加減なしって言ったッスよね。どっからでも来てくださいッス!」
 騎士のように走り出すクリュ。槍の先端を齶田に向け、そのまま突進した。槍の攻撃範囲に突入し、腹の側面に刃をぶつけた。刺すではない。齶田は槍を持ち手前に引くが、寸前にクリュは武器を手放しており、そのまま格闘術へと移行した。齶田の両腕を外側から掴み、片腕を持ち上げると同時に掴んでいた片手を離す。
「やっべ!」
 齶田の片腕を両腕で掴むと、そのまま自分の腰に乗せて地面へと倒した。間髪入れずに拳を腹部に叩きこみ、反撃の前に身を引く。
「あいてて……。強いッス……! そんた腕ば立つなば、なしてこげたどご……こんな所に居るんスか? その力っこ、他さ使うって考えなかったんスか?」
「なんの事だ」
「事情は存じ上げねぇッスが、こんた事するよりもっと明るい所行けたッスべ?! 何がおめさんをそこまで駆り立てたんスか?」
 槍の動きは一瞬止まるが、切っ先は再び牙を剥く。
「黙れッ!」
 大きな槍を回転させ、クリュが牽制をかける。観客は類のない試合の展開に大盛り上がりだった。


 観客席から席を立った時、エステルは両手で腹部をさすっていた。彼女は気分が悪くなった風を装っていたのだが、顔の血色が若干悪いのは演技ではないだろう。
「本気で気分が悪くなってきました。なぜこんな殺し合いに興奮できるのかな?」
「……そうね、本当に」
「人間じゃないからだろうよ。俺も分かんないし、分かりたいとも思わんな」
「同感です」
 受付が近くになり、ベルフと九字原は全身をライヴスで覆った。影に隠れて、ひっそりと奥側に侵入する作戦だ。明かりはそこまで強くなく、係の二人は雑談に夢中になっており突入するなら今が機会であった。
「ん? なんだ今の」
「どうかしたか?」
「いや、なんか黒いのが目の前を横切ったような……」
「虫でもいたか」
「やめてくれよ。俺が嫌いなの知ってるだろ? ――あ、あんたらは」
 係の二人は廊下から顔を出した言峰の一行を見た。
「まだ試合中だぜ。どうかしたのか?」
「うん。ちょっとお掃除をしようと思ったのよ」
「掃除? 一体何の――」
 瞬間的な速度で二つのナイフが吠えた。刃の息は二人の頭部を射抜き、痛みを感じる前の死を頂戴する。
「貴女は観客席の方をお願いね」
 何事もなかったかの表情を見せながら、言峰はエステルに言った。
「分かりました。直ちに行動に移しましょう。赤城さんと齶田さんを、あまり待たせてはいけませんね」
「えっと、頑張って……ください、ね」
「ありがとね。六華さんも頑張って」
 カウンターの先、地下二階へと通ずる階段は肌寒く、杜撰な手入れのせいで壁のあちこちに苔が生えていた。長居するべき場所ではない事は確かで、十段程の金属製の階段を下っていくとすぐに扉が見えて中へと侵入した。鍵はかかっていないようで、ドアノブを押したら簡単に開いた。
「はいはいそこを動かないで。カウンター席飛び越えるの見てるから、現行犯逮捕させてもらうよ」
 扉を開けてすぐに二人の男が待ち構えていた。九字原とベルフはライヴスを振り払って姿を明瞭にする。
「面倒なこった」
 ベルフはハングドマンを投擲し一人の男の身動きを封じ、九字原はその光景を見て怯んだ隣の男の足を振り払い、首の根元をつかんで地面へと叩きつける。
「くッ! こいつらリンカーか!」
 地面に倒された男は片手で拳銃を抜き、九字原に銃口を向けて容赦なく引き金を引く。渇いた発砲音は強烈だが、照準が異なっていた。拳銃を持つ腕を蹴られ、武器を落とす。
「大人しくしていてください」
「くそッ」
 ベルフは身動きが取れずに身体をよじる男の脳天に掌底を当て、意識を飛ばした。
「今の銃声はちょいと厄介だな。早めに終わらた方が厄介にならず済むだろうな」
「そうだね。地下二階は部屋がいくつかあるみたいだし、順を追って、迅速に一つずつ処理していこう」
「どこに責任者がいるってんだかな。よっしゃ、いくぜ」
 カウンター席では言峰と六華が銃を持ちつつ待機していた。
「おいそこの女! そこで何してんだ! 退けッ」
 声を荒げた職員らしき男の声は耳障りだ。
「あら、ごめんさない? 今お掃除中だからここは通せないわ」
「何いってやがんだ。ふざけた事ぬかしてんじゃねえぞ!」
「何って……貴方達ゴミのお掃除だけど?」
 額にナイフが直撃した男は、そのまま地面に倒れ伏した。その後ろからは何人かの職員が押し寄せていた。
「敵だッ!」
 敵に情けなし。喋る時間を与える事すらせず、フラッシュバンが眩暈を起こすほどの光を噴射し、六華の速射砲が躍る。
「殺さなければいいわ。会場から溢れ出る一般人とかもいるでしょうけど、気にする事でもないわね」
 了承の返事を投げた六華は、次々と押し寄せる波に容赦なく銃弾の雨を降らせていく。


 会場内が異様なざわめきを見せ始める中、クリュの手さばきを見た赤城がこう言った。
「なぁあんた。こういう場に出て来た割にやる気がないな。何か問題でも?」
 途中、カナピルが唐突に対戦相手を齶田へと変えて、不意に対戦相手が交代となったのだ。二対一で攻めなければこういう不意打ちも有りだと、そういう事だという。
 押し黙ったクリュ。赤城は構わず追撃した。
「その様子だと、金を稼ぐ必要に迫られてるか、弱みでも握られてるのか。そんな感じか……いや、弱みを握られてたら理由はどうあれ手は抜けねぇか」
「想像力が豊かな奴だ。あんたの言う通り、俺は金を稼がなければならない。だから、負けられない」
「ならよ、もっとやる気を出してみたらどうだ?」
「減らず口を……ッ!」
 槍の中心部を脇の下に挟み、勢いに任せて走り出す。第一撃の突きを横に交わし、赤城の回避先を読んでいたクリュは瞬時に足を下げて攻撃の軌跡を変更する。槍を一回転させ、切っ先を自分の方向へと向けて棍棒代わりに横に振ったのだ。
 脇腹に強打撃を受けた赤城だったが、その場に留まり、槍を足で退けて内懐へと入った。華麗なステップを踏みトンファーで連撃を繰り出して最後、両手を前に突き出して吹き飛ばす。小さな砂嵐が二人の中心に巻き起こる。
「今のやり方に納得行ってねぇなら、それが答えって事だろ」
 砂嵐が止む。
 腹を抑えながら立ち上がるクリュに、赤城は拳を向けた。
「納得など、不必要な事だ、悪魔には……」
 槍を構える。しかし、その途端観客席が一斉に混沌状態に陥った。けたたましい声は歓声ではない。クリュは観客席に目を向けた。
 観客が全員立ち上がって、一斉に出口に向かって走り始めていたのだ。
「始まったッスね」
 二つあるうちの一つの扉の前で、エステルは誰も逃さないと身を張って場所を防衛していた。
「くそったれエージェントめ! はったおすぞッ!」
 観客の中にもリンカーはいて、その一人が共鳴しエステルに剣を向ける。正直、選手以外のリンカーはエージェントの相手にならない。彼らは観客席に座っているのだから。
 上からの剣撃を槍で簡単に弾き、男の額に、グリップ部分を当て後退に追い込む。
「大人しくしていてください。ここは通行止めです」
「女が調子に乗りやがってェ!」
 別の男がエステルの顔面目がけて拳を振りかざす。ところが、その拳はひらりと交わされて扉に強打される。どうやらその男はリンカーですらなかったらしく、腕を振り払って痛みに呻いだ。
「いってぇえ!」
「大丈夫ですか?」
 相手を労わるような余裕も見せる。
「エステル、今がチャンスよ」
「分かりました」
 一般客が纏まり始めた所で、エステルはセーフティガスを振り撒いた。犇めきあっていた現場はすぐに大人しくなり、一般客は全員眠りに落ちた。リンカー以外。
 エステルは彼らを扉の前に積み上げていく。
「申し訳ないけど壁になってね……」
「こんな所で捕まってたまるかってんだおらぁああッ!!」
 怒声を響き渡らせた中年とみられる女性が銃を扉に向けて撃つ。そこには一般客が積み重なっているというのに――エステルは槍を振り回して銃弾を弾き、女性が装填をする間に炎の蝶を飛ばした。
「熱ッ! やめろ離れろッ!」
 一息つく暇もなく、次々とリンカーがエステルに向かってきた。ダガーを手にした男が無作法に次々と突き始める。ダガーは素人が使っても存分に力を発揮し、連続攻撃は最初こそエステルに攻撃の隙を与えなかったが、ダガーが顔面目がけて突撃した瞬間を計らい、しゃがんで男を押した。槍の切っ先で足に傷を付与も忘れない。
「早めに投降するのが最良な判断かと思いますよ」
 エージェントが次々と会場内を制圧している姿。クリュは唇を噛みしめた。
「そういう事か」
「時間稼ぎ終了って訳なら。そんなら、俺のマジを出させてもらうぜ!」
「カナピルさん、だったッスかね? オイもマジでいくッス!」
 拳と拳を合わせながら、齶田は汗まみれの笑顔をカナピルに向けた。
 その時、様子が変だという事に気づいたのだ。彼はおもむろに頭の鎧を取り外して、床に落としてこう言った。
「僕は決して許さないだろう。僕は、決して」
 彼の頭は口と目だけを出して他は全て包帯で包まれているというミイラのような男だった。その眼は血走っており、齶田と赤城を交互に見つめる。
「ああああああッ! エージェントォオオオ! お前らは僕から何か奪うのが本当好きだなあ!」
「なんの話ッスか!」
「ハハハハ誰にも言ってなかったけどよォ、僕ァヴィランなんだよ。昔はとある組織に属していたんだけどサァ、あんたらエージェントのせいで壊滅した訳ェ! そんでェ! 追い出された僕はどこにいっても――ああああッ! ここが! 僕の最後の砦だったんだよッ!」
 相方の豹変ぶりに、思わずクリュも動きを止めて彼をじっと見ている。
「奪われたくないからしね。もうなんでもいいから、てめえの命食いつくしてやる!」
 彼は腰から薬を取り出し、更にもう一つ、鎧の中から剣をもう一つ取り出した。そして暴走気味に走り始めたのだ。
「皆、力の使い方を間違えてるんスよッ」
 腕を交差して二本の刃を受け止めて、初撃は耐えた齶田だったがカナピルはその拳に感覚を開けず、両手で連撃を繰り返した。鉄と鉄がぶつかり合い、不協和音が耳に残る。
「まずいッスね……!」
 齶田は身を引いて、二本の刃は地面にめり込む。自分の力では抜けなくなったカナピルは、武器を拳に変えて齶田に掴みかかる。
「そこおおおおォォッ!」
「うおッと!」
 腕を両手で捕まれ、勢いよく上へ投げ飛ばされる。カナピルは宙を飛ぶ齶田に瞬時に近づき、肘を撃ち地面へと押し付けた。
「最後ォオオオ!」
 宙を舞う狂人。彼は腰から小剣を抜き、炎を纏わせるような風を受けながら剣先を齶田へと向けて落ちていった。


 何も知らない闘技場の責任者、ユーディはワインを飲みながら闘技場のカメラを見ていた。
「いやあ今日は一段と盛り上がるねえ」
「いいのですか? 薬を使うのはルール違反ですが」
 眼帯をつけた警備隊長の男が小太りのユーディの隣でワイングラスに酒を注ぎながら言った。
「なあにちょっと違反してもいいんだよ。面白ければなんでもいいの。ところで侵入者がきてるらしいんだろ? 大丈夫なの?」
「確認できる数は現時点で四人です。大丈夫ですよ。二十人くらいいるんですから、こっちには。まさか全員がやられてしまうというわけはないでしょう」
 鼓膜にも届く破裂音は、最初はテレビから聞こえてくる音だとユーディは思っていた。だが映像と音が噛み合っていない事に気づき、それは錯覚だと分かる。音は部屋の出入り口付近からするものだった。
「失礼する。大人しくしろ」
「な、なんなのだ君たちは! 分かったぞエージェントだな。い、いけ隊長よ! 始末しなさい」
「お任せを」
 隊長の男は片手に銃、片手に剣といった武装で勝負へと乗り出した。戦闘が始まる前に九字原はライヴスをユーディに向かって飛ばし、デスマークでマーキングする。
「行きますッ」
 先手を取った男は銃で撃ちながら九字原に近づく。剣の間合に入ったところで銃をしまい、両手で剣を持つと勢いよく空気を切り裂き、上から振り下ろす。孤月が男の刃を受け止め、その隙にベルフはハングドマンを投擲し拘束――するも、男は瞬時に後ろに退き、拘束を逃れる。
「お、おい何を手間取っているんだね?」
「大丈夫です。あなたは頃合いを見計らって逃げてください――」
 逃げる、逃げない以前の問題であった。ユーディはほとんど絶望感を味わっており、その眼は九字原の背後に向けられていた。
「もう誰もこなくて退屈しちゃったからこっちに来たわ。こっちもほとんど終わってるみたいね?」
 言峰と六華が、特に言峰は欠伸を交えながら歩いてきたのだ。地下二階は九字原とベルフが分担して制圧を終え、監視カメラも主電源室も自由自在。
 男は圧倒的不利な状態に追い込まれ、武器を捨てた。
「な、何を諦めているのだ!」
「無益な争いは愚かな事です。……エージェントの方々、まさか貴方方がたった四人でここまで行動できるとは思っておりませんでした。降参します」
「四人じゃないですよ。六人です。選手として出場した二人の人物もエージェントです」
「なるほど……」
 九字原とベルフは男と責任者の手を手錠で不自由にして敷地内の制圧を終了した。ユーディは最後まで抵抗していたが、「このまま痛い目を見て捕まるのと、捕まってから痛い目見るのとどちらがお好みでしょうか?」と九字原に言われた途端大人しくなった。
「どのみち痛い目を見るのは変わらないんだな」
 残るは赤城と齶田の活躍だ。

 素人のリンカー相手に手間取る事はなく、エステルも無抵抗となった客一人一人を拘束具の餌食とした。残る一人、やはり観客にも最後まで抵抗する奴はいるもので、他の客が落とした武器を手あたり次第にエステルに投げつけていた。
 彼女は槍と手で受け流しながら忠告する。
「先ほども申しましたが、このまま私に捕まればさほど罪は重くなりません。勿論、既に相応の罪を背負っていますが」
「う、うるせえ! 俺は逃げるんだ!」
 はあ、とエステルは小さくため息を空気に乗せる。空気を読む事を知らない観客に槍を構え、ロザリオの攻撃で牽制を打ってから即座に距離を詰め、勢いよく地面に倒す。
「くそお」
「観念してください」
 仰向けの体をうつ伏せにして、身動きを封じた所でエステルは仕事を終えた。
「お疲れ様ね。お見事だったわ」
「少し時間を掛けすぎてしまいました。言峰さんが鍵に細工をしてくださらなかったら、何人か逃していたかもしれません」
「見事な連携ね。――そういえば、今思い出したんだけれど、最近地下闘技の話をよく聞くわね」
 以前、この依頼と似て地下闘技場制圧の類が香港にて発生していた。
「ヴィランズ達の動きが加速していることと関連があるのでしょうか? それにしてもさびれたアパートの大家の部屋の奥…何人も出入りしたら怪しまれそうでもありますけど」
 納得。泥眼は頷いた。


 静かな時間。砂埃が勝敗を隠していた。
 小剣を地面に突き刺すカナピル。
「一丁あがりィ」
 彼は剣を離して立ち上がり、赤城に目をつけた。齶田が問われる今、赤城は余裕の表情を失って対峙したが――
「何ッ?!」
 地面から生えた腕がカナピルの足を掴み、思い切り地面へと叩きつけた。齶田は立ち上がった。
「っと、今のは危ねがった……流石ッスな!」
「生きてやがったか! フー、冷や汗かかせやがって」
「オイがそんな簡単に負ける訳ねッス!」
 腹に向けられた小剣の切っ先を寸前で掴み、へし折ったのだった。砂埃がトドメの有無を隠し、カナピルに油断を与えた。
 立ち上がった彼は折れた小剣を投げ捨て、咆哮と共に齶田に突進した。その突進を遮るように、赤城が立ちふさがる。
「選手交代だぜ。クリュ! 齶田、決着つけてきやがれ! 元々こいつの敵は俺だったんだからな」
「任せるッス!」
 狂人の相手を赤城に任せ、齶田は再びクリュに正面を向ける。
「さっきの続き、行くッスよ!」
「ああ来い。お前の言う、力の使い方を教えてみろ!」
 齶田は助走をつけて飛び跳ね、一気に間合を詰める。懐に入り拳を突きだす。その拳は槍で払われるが、その瞬間に隙が生じた。足で払い、するとクリュは当然のごとく警戒する――齶田はクリュの目の動きを見て、風を切って顔面に打撃を与えた。
「動きは目と足である程度予測は出来る、ってのがオイの師匠の口癖だったんスよ……!!」
 槍の先端を地面に突き立て、距離が空きすぎるのを防いだクリュは武器を構える時間を作らず、すぐに攻撃に打ってでた。ライヴスを槍に纏わせ、旋風と砂嵐のコンビネーションの中心で槍を自在に操り、高速の連撃を次々と浴びせた。
 眼の動き。齶田はその攻撃線を全て読み、連撃を掠りもせず回避した。
 最後、胸の位置に攻撃を繰り出した途端に腰を低くした齶田は前転と同時に足で槍を払った。スピード勝負だった。齶田は立ち上がり、フェイントに打ってでた。追撃をしなかったのだ。追い詰められたクリュは全く読めないその動きに戸惑う。次の瞬間、胸骨を中心に身体全体に強い稲妻が走った。後ろによろけ、しかし攻撃はまだ終わらず次は顎に衝撃を受けて脳が揺れた。
「脳ってのは一旦揺さぶられっど動けなくなる……経験談ッス、つれぇッスよなぁ」
 勝負時であった。クリュは全身の力を使って、息を切らして体勢を整えると槍を強く握った。
 ――おじちゃん、今日もありがとう。ご飯すごくおいしかったよ。
 ――「「また会いにきてね」」
「この一撃が、俺の全ての力だ!」
 一歩、後ろに戻した足。地面を蹴り飛ばして、低く空気を踏みつけた。クリュは地面と足とを突き放し、槍と全身とを一体化させ、全てを出した。
 齶田は片腕を曲げて力を貯めた。膝を曲げ、槍が目の前に迫ってくるのを見た。
 戦拳の間合に入った途端、腕を突く。槍と拳が交わる。
 二人の咆哮、魂の木霊が会場内を包み込む。
 砕けたのは槍。齶田はクリュの顔面に拳を打ち付けた。
「何……」
 しかし、手前で手は止まっていた。十分だったのだ。騎士のクリュにとって、最後の一撃を当てる必要はなかった。彼の一撃が通らなかったというだけで、勝負はついていたのだから。
「これが力の使い方ッス。次からは間違えないように、気を付けるんスよ」
 刃が折れた、ただの棒が地面に落ちた。クリュの膝もまた、地面に引き寄せられるように、下に落ちていった。


 試合に出場した二人の傷の手当てはエステルが受け持った。ケアレイで傷を治していく。
「お疲れ様です。赤城さん、齶田さん。お二人とも、お強いのですね」
「サンキューな~。久々に熱いバトルだったぜ」
 最後、赤城はカナピルのドーピングを前にして危ない瞬間があったが、熱血パワーで巻き返しごり押し力で勝利を取ったのだ。今は意識を失っており、暴走しないよう拘束されている。
 エステルはH.O.P.Eに制圧完了の連絡をして、職員が慌ただしく観客や警備員の面々の対応をしている。
 そんな最中の事だった。外で任務完了の息を吸っているエージェントの元に、サラと名乗る男なのか女なのか分からない少年が歩み寄ってきたのだ。
「俺はクリュの英雄なんだ」
「応、いい勝負だったぜ。飴いるか?」
 スノーはサラと握手を交わした。
「飴を貰いにきたんじゃないからな。俺は、その、クリュがこのまま悪者で終わって欲しくないから、きたんだ」
「悪者で終わって欲しくない、ですか?」
 傷のケアをしながら、エステルが言葉を反復して聞き返す。
「クリュってやつはな、昔はエージェントだったんだよ。だけど、ちょっとした依頼を失敗して、村一個崩壊させちまったんだ」

 ――依頼をする前の事前調査で、クリュは村の民と仲良くなっていたんだ。だから尚更苦しかったんだろうが……あいつはエージェントをやめて、違法な方法を使って村を復興させると誓った。

「だから悪い奴じゃねえんだ。せめて、それだけでも分かってもらえたら俺は嬉しい」
 サラは口の動きを止めた。
「信頼を失いたくなかったのね」
 泥眼の言葉だった。サラは頷いて、何か言いかけたが結局黙ってしまった。
「じゃあなんで手加減してたんだろうな、俺達に。そんな義理ないってのに」
「お人よしなのさ。だから武術なんてものを学んで、いかに人を殺さず勝敗をつけるのかだけを狙ってたんだろうよ。特に中世ヨーロッパ武術ってのは、流派によっては相手を全く傷つけずに倒す所もあるからな。エージェントやめて、フェシトなんとかって本を次々と読み漁ってたぜ――じゃあな、大人しく捕まってくらあ」
 全ての言葉を聞き終えた言峰は、去っていくサラを背景にこう言った。
「いうなれば、天使になり損ねた悪魔ね」
「そうです、ね。でも、齶田さんの言うように、力の使い方をもっと変えれば、天使になっていたのかも、しれません」
「とことん屑な奴が相手でもよかったわね。変な後味を残しちゃってるわ」
「残さないよりは、もしかしたら?」
「どっちがいいかなんていう話したくないわよ。そうそう、貴方も戦いが様になってきたんじゃない? 上手に連携取れてたわよ」
「そう……かな。ありがと、レーラちゃん」
 笑顔の視線を受けた六華は照れ笑いを浮かべながらそう返した。
 任務達成の連絡を受け、現場に訪れていたオペレーターが全員に労いの言葉をかけていた。エステルは彼女に尋ねる。
「あの、以前にも闘技場の制圧の任務がありましたよね。今回の事件は、何か関係があるのでしょうか」
 オペレーターは笑顔を向けて、首を振る。
「いえ、偶然時期が重なっただけで今回のは無関係です。ご安心ください」
「分かりました。失礼します」
 ほっと一安心した表情のエステルを見送りながら、オペレーターは笑顔で手を振った。ちょっとした愛嬌を見せていたのだが、彼女の端末に通信が入り、すぐに仕事モードへと切り替えた。
「はい。はい――え、なんですって? わかりました、すぐ向かいます」
 緊迫感が含まれた声。エージェントは全員が注目した。

 車に乗っているクリュは、サラにこう言った。
「俺ならまだやり直す事ができるだろうか。あの男が言っていたように、俺も、人を守るために力を使えば、重荷を」
「できるぜ。一からやり直す事はできねーがな。大丈夫だ、安心しろよ。あのエージェント達に、あんたが悪者じゃないって教えてきたからさ」
「フン、余計な事をしてくれる」
「余計じゃねーよ! ――でもまあ次はさ、正々堂々、あの村の子供達に会いにいける日を待とうぜ」
「釈放後……。楽しみにしないとな――」
 その直後、車体が揺らいだ。何かにぶつかった衝撃だった。運転していた職員は困惑した。
「なんだ? 今の音。おい、何かしたか?」
「俺達は何もしてねーよ――って、お、おいアレ!」

 エージェントとオペレーターが駆けつけた時、既に事件は起きた後だった。
「こ、こりゃ一体……」
 車が横転し、炎上していたのだ。横になった車が道路を塞ぎ、黒煙を空へと上げている。その手前で。
「しっかりしろ、サラ! 冗談だろ、返事をしてくれ。何か言えよ。何かッ!」
 半狂乱になってサラを抱えているクリュ。オペレーターは彼に近づいた。
「一体、何があったんですか?」
「カナピルの奴が、突然目の前に現やがった。俺もまともに何が起きたのかわかんねえよ。でも、こいつが危ないって事だけは分かる……ッ! 畜生ッ!」
 一度でも悪魔に堕ちた人間は、誰も幸せになれはしなかった。

「はい。はい――」
「罪人、カナピルを運んでいた車が突然炎上して、奴がどこかに消えたんです! おそらく、まだ近くに潜んでいるものと思われます! 至急、確保に向かってください!」
「なんですって? すぐ向かいます」

 オペレーターはエージェントに振り向きもせず、ただ炎上する車を眺めてこう言った。
「カナピルに関する情報が得られましたら、……至急、連絡致します」
 狼煙は延々と空に向かって伸びていた。救護隊員の到着は必要はなかった。なぜなら、一目みれば、素人でもサラの命が煙に乗って遠くへ行ってしまった事が分かるからである。
 現場には虚しく叫ぶクリュの姿があった。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
  • 我が身仲間の為に『有る』
    齶田 米衛門aa1482

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • エージェント
    言峰 estrelaaa0526
    人間|14才|女性|回避
  • 契約者
    キュベレーaa0526hero001
    英雄|26才|女性|シャド

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避

  • ベルフaa0919hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 悠久を探究する会相談役
    エステル バルヴィノヴァaa1165
    機械|17才|女性|防御
  • 鉄壁のブロッカー
    泥眼aa1165hero001
    英雄|20才|女性|バト
  • 我が身仲間の為に『有る』
    齶田 米衛門aa1482
    機械|21才|男性|防御
  • 飴のお姉さん
    スノー ヴェイツaa1482hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • エージェント
    言峰 六華aa3035
    人間|15才|女性|命中
  • エージェント
    Eлизаветаaa3035hero001
    英雄|25才|女性|ジャ
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