本部

Fra Scilla e Cariddi

白田熊手

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 6~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/10/05 19:19

掲示板

オープニング

 茹だるような夏が過ぎ、秋風が涼やかに吹き始めた。穏やか季節ではあるが、その涼しさは同時に、人々の経済活動も緩やかにする。
 人口三十万人ほどの地方都市に建つこのデパートも、ちょっとしたイベントで客を呼ぼうという小細工も空しく、閑散とした休日を迎えていた。
 そう、その瞬間までは……。

●某デパート、6階

 ドウンッ!
 6階、衣料品フロアの中央の空間に突如巻き起こった颶風。それは巨大な音と共に、つるされた服と周囲の客達を吹き飛ばす。
「な、なんだぁ!?」
 風圧に吹き飛ばされた客の男が、尻餅をついたまま叫ぶ。余りに突然のことで、自分の身に何が起こったのか、理解することが出来ないのだ。
 他の多くの者も同様だった。だが、爆風の中心から厄災の原因が姿を現すと、彼らは理解せざるをえなかった……己の不幸を。
 爆風の中から現れたのは、美しい全裸の女性。ただし、その全身は緑銀の鱗に覆われ、両手足にはサメのような鋭い歯がびっしりと並んでいる。明らかに、異形の生物。
「従魔だ!」
 一人の青年が青ざめた顔でそう叫ぶ。
「従魔!? 嘘だろう!?」
「そんな嘘吐くか! 俺は前にも襲われたことがあるんだ、こいつらとは、別のタイプだったけどな!」
「じょ……冗談じゃない!」
 その言葉を聞いた客達は、吹き飛ばされた痛みも忘れ、一目散にその場を逃げだそうと階段に殺到する。
 だが従魔達がそれを見逃すはずもない。緑銀の従魔は、凄まじい速度の跳躍で、逃げようとする客に背後から襲いかかる。
「ぎゃあ!」
 何人かの客が襲われ、倒れる。それでも多くの客が階段に辿り着いた。だが、彼らの半数はそこで、自分たちの犯した致命的なミスに気付く。
「上り階段じゃねーか!」
 彼らは方向を間違えたのだ。ビルを出なければならないのに、階段を登ってどうする。この9階ビルは9階建て、上手く逃げおおせても、あと3階上れば袋小路。
 かといって、反対側の階段に向かおうとするなら、従魔が暴れ回るフロアを突っ切らねばならない。
 絶望がその場を包みかけた……が、その時、先程従魔を見抜いた青年が再び叫んだ。
「8階でライヴスリンカーの講演会が開かれているはずだ! そこまで逃げれば……!」
 その言葉に、絶望していた客達が顔を見合わせる。っして、次の瞬間彼らは階段を駆け上がった。

●8階、イベントフロア

「はーい、よい子の皆さん! 今日はリンカーのお兄さん達が皆さんに会いに来てくれましたよー!」
 司会の女性の明るい挨拶が、広いフロアに些か空しく響く。
 デパートが企画した能力者とちびっ子の触れ合い企画。だが、夏休みでもない平日である。広場には、数えるほどの子供しか居ない。
 それでも能力者達は、まばらな拍手に迎えられ舞台に上がる。
 だが……。
「さあお兄さん達に……あら、どうしたのかしら?」
 挨拶を促そうとした司会の女性が、9階へ続く階段の方を見て不審な声を上げる。能力者達も釣られてそちらを見ると、階段前の隔壁が防災警報も鳴っていないのに閉まり始めていた。
「なんでしょうねぇ?」
 怪訝な声で言う司会の女性。
 だが、すぐにそれどころではない事態が発生する。上がり階段の反対側、下り階段の向こうから、けたたましい靴音と共に大勢の人がフロアになだれ込んできたのだ。
「た、大変だ! 6階に従魔が出た!」
 彼らの先頭に立つ青年が、駆け込んで来るなり大声でそう叫んだ。
「従魔!?」
 笑顔を絶やさなかった司会の女性が、突然の事態に狼狽し引きつった声を上げる。
 だが、それで終わりではなかった。フロアの天井にあるスピーカから、畳み掛けるように緊急放送が流れる。
「み……皆さん、逃げて下さい! グ……愚神《グライヴァー》が出現しました!」

●9階、警備室

「9階は既に壊滅……隔壁はロックしましたが、そうは持ちません! 一刻も早く逃げてください!」
 瀕死の警備員は、最後の力を振り絞り、マイクに向かってそう叫んだ。
「人間にしては、根性があるのぉ」
 艶めかしい、しかし冷たい声。その声を聞いた警備員の背筋に、寒気が走る。
 反射的に振り向いた警備員の目に、露出度の高い服を着た大柄な女の姿が映った。男なら誰でも目を奪われる美貌。だが、剥き出しに晒された群青色の肌は、女が人ならざる者であることを示していた。
「ヒッ!?」
 女の手が警備員の顔に置かれる。
 ゆっくりと、だが逆らいがたい力で警備員の体が一方向へと押し付けられて行く。小さな指と細い腕からは想像も出来ない怪力。それは、紛れもなく異界の力。
 ぐちゃり……
 放送機器のコンソールに押さえつけられた警備員の頭が、不快な音を立てて砕ける。
「嫌だわ、汚い……」
 手に着いた血を、死体となった警備員の制服で無造作に拭い、女は眉を潜めて呟く。
「それにしても、やれやれ……隔壁とは面倒なことをしてくれたものよ。破壊するのに、少し時間が掛かりそうじゃ……」
 深海の様な瞳に憂鬱を映し、愚神『蒼海のヴォルティチェ』は深い溜息を吐いた。

解説

●目標
 一般人の避難及び従魔の殲滅

●登場
デクリオ級愚神『蒼海のヴォルティチェ』
 青い肌をしたグラマラスで大柄な女性の愚神。
 力が強く、動きもそれなりに速い。
 自分の周囲に乱流を発生させる能力を使います。
 乱流の範囲は半径2mほど。この能力を使われ、回避判定に失敗した場合、天井に叩き付けられ、一ターン行動不能。

ミーレス級従魔『ヴェルデスクアーマ』
 全身に緑色の鱗が生えた女性型の従魔。
 6階から逃げてきた人の情報によると、最低4体。多くても6体と思われます。
 敏捷ですが力はそんなに強くありません。
 手足に生えた鋭い歯で攻撃してきます。

●状況
 PC達は、講演会に出演するためデパートに来て、事件に遭遇しました。
 現在、愚神と従魔で挟み撃ちという厳しい状況です。
 しかし、愚神の方は隔壁を破壊するまでしばらくの時間が掛かるでしょう。
 一方、従魔は放っておけばすぐにでも8階に押し寄せまるかもしれませんし、ビルの外に侵攻する可能性もあります。
 6階に居た人の半分は下の階に逃げました。彼らが危機を伝えたので、5階以下の人は逃げたと思われます。
 8階には現在、6階、7階から逃げてきた人も含め、多くの一般人がいます。
 中には子供もいますので、彼らの安全確保は火急の用件と言えるでしょう。
 敵の殲滅が無理と思われる時は、彼らの避難を優先して下さい。

リプレイ

●講演
「あ、いえ、そういう難しい話ではなく、過去のご活躍を面白おかしく語っていただきたいのですが……」
「え? そ、そうなんですか?」
 『境界発生の原理』について講義を行う気でいた月鏡 由利菜(aa0873)は、講演の性質がその類のものではなく、半ばヒーローショー的なものだと聞かされ、肩を落とした。
「折角準備してきたのに……」
「気を落とすな、ユリナ」
 リーヴスラシル(aa0873hero001)は、そう言って落胆する由利菜を慰める。
「うん……そうだねラシル」
 すぐに立ち直るというわけにはいかなかった、由利菜はとにかくもそう答えた。
「よう、月鏡君」
 落ち込む由利菜に声を掛けたのは、鍛えられた筋肉と鋭い眼光を持った巨人。見るからに人を圧する偉容だが、声を掛けられた由利菜は怯む様子もなく言葉を返す。
「メイナード(aa0655)さん」
 巨人の名はメイナード、以前ある事件で共に戦ったことのあるリンカーだ。
「お久しぶりです」
 メイナードの後ろにいる褐色の少女、彼の契約英雄であるIDEA(aa0655hero001)も、そう言ってぺこりと頭を下げた。
「イデアさんも……メイナードさん達も、講演に呼ばれたんですか?」
「一緒に仕事をするのは、アリスの城以来かな?」
「あの時は、仕事のつもりじゃなかったですけどね」
 由利菜はそう言って苦笑する。
「そうだったな。まあ、今日は荒っぽいことにはならないだろう」
 メイナードは、そう言って厳つい顔に似合わぬ人懐っこい笑みを浮かべた。
 そして講演はつつがなく始まり、女性司会者の声に従ってリンカー達は袖から舞台へと歩き出す。
「こういう仕事もあるんやなぁ……」
 いつもと毛色の違う仕事に、桂木 隼人(aa0120)は珍しげな面持ちで呟いた。
「隼人君、一緒にお出かけ楽しいね!」
 有栖川 有栖(aa0120hero001)はそう言って隼人の腕を取り、その豊かな胸を押し当てる。普通の男なら脂下がる所だが、隼人は動揺した風もない。
「ん、せやな。何ぞ欲しいもんでもあるか?」
「どうしようかな~♪」
 有栖は自分の体を強く隼人に押しつけ、甘えた声を出す。教育に宜しくない光景だが、幸いと言って言いものか、二人が子供達の前に姿を見せる前に、下階から従魔の襲来を告げる人々が現れ、上階からは愚神の顕現を告げる放送が流れた。
「何ぞ起こったようやな」
 隼人はさり気なく有栖の腕を外す。有栖は不機嫌そうな声をあげた。
「私と隼人くんの時間を邪魔するなんて、許せない!」

●前門の従魔、後門の愚神
「従魔や愚神は私達が処理します。市民の皆さんは脱出の指示に従って下さい!」
 由利菜は大きな声で言い、パニックを起こしそうになる一般人を鎮める。従魔と愚神。どちらかだけでも致命的な破壊をもたらす存在だ。幸い、8人のリンカーが居るという事実は、一般の人々を落ち着かせるに足るものだった。群衆が落ち着いたのを見計らい、リンカー達は避難誘導を警備員に任せる。
「偶々居合わせる事が出来たのは僥倖かな。さぁ、本業を全うするとしようか」
 アヤネ・カミナギ(aa0100)は、相棒のクリッサ・フィルスフィア(aa0100hero001)にそう語りかけ、下り階段の前に集まる仲間達の元へと歩く。
「この後、服を見に行きたかったのだけどね……此処に私達がいる以上、好き勝手にはさせない……」
 隣を歩くクリッサは小さな溜息を吐いたが、その言葉には強い意志が込められている。
「上には愚神、下には従魔。端的に言って状況は最悪だ」
 アヤネが来たのを確認すると、八朔 カゲリ(aa0098)は、挨拶抜きに言葉を切り出した。
「子供相手の次は愚神相手とは、息を吐く暇もないのう」
 ナラカ(aa0098hero001)はそう言って溜息を吐く。先日もデクリオ級の愚神を相手に激戦を演じたばかりだ。楽な仕事と思って受けたこの依頼だが、またも愚神を相手取ることになろうとは。
「た、大変です。急いで対処しなきゃ!」
「落ち着いて九繰、貴方が慌ててどうするの」
 カゲリの言葉に唐沢 九繰(aa1379)はわたわたと反応し、エミナ・トライアルフォー(aa1379hero001)に窘められる。子供と遊ぶだけのつもりだった九繰は、突然の事態に少し浮き足立っている様だ。二人の様子を横目に、カゲリは言葉を続ける。
「隔壁が愚神相手にどれ程の時を稼いでくれるか……いかにも心許ないが、その間に下の従魔を排除し、一般人を避難させるしかないだろう」
「だが、愚神を完全に無視するわけにはいかない。備えに二人程は必要だろう」
「俺が残る」
 アヤネの疑問に、カゲリは即座にそう答える。愚神と対峙する困難な任務だが、やり果せる自信はある。そしてもう一人、この危険な任務に志願する者が居た。
「では、俺も残ろう」
 声を上げたのは、ヴィント・ロストハート(aa0473)だ。志願した彼に、アヤネは微妙な表情を見せる。
「文句があるのか?」
 ヴィントがアヤネをじろりと睨んだ。
「いや、頼む」
 アヤネは軽く肩をすくめ、そう答えた。
「ヴィント、今日は市民の安全が第一よ?」
 ナハト・ロストハート(aa0473hero001)がアヤネと同じ表情でヴィントに言うが、彼は聞き流す。カゲリは訝しく思ったが、気にしている時間は無かった。

●Scilla
「居た!」
 真っ先に7階に下りたハーメル(aa0958)の目に、全身に緑色の鱗を生やした全裸の女性の姿が飛び込む。刺激の強い格好だが、従魔に欲情する程ハーメルは歪んでいない。
「1、2……2体です!」
 後続にも聞こえる様に、大きな声でハーメルは叫ぶ。
「行くよ、墓守さん!」
「ハーメル、焦りは禁物だぞ……」
 行動的だが、それ故危なっかしくもあるハーメルを、リンク状態の墓守(aa0958hero001)が静かに諭す。元気はハーネルの好ましい性質だが、時折それは墓守の肝を冷やした。
「大丈夫だよ、墓守さん!」
 そう言うと、ハーメルは従魔の一体目掛けて真っ直ぐに突っ込む。突撃に気付いた従魔は、サメの様な歯がびっしりと生えた奇怪な腕を繰り出し、向かってくるハーメルを迎撃する。
「速いっ!?」
 意外な高速で繰り出されたその腕を、ハーメルは紙一重で躱す。
「ハーメル……!」
 墓守の緊迫した声が響いた。
「だ、大丈夫!」
 ハーメルは素早く体勢を立て直すと、怯えそうになる心を奮い立たせ、曲刀シルフィードを袈裟懸けに振り下ろした。誰かを守る為にエージェントになったのだ。今勇気を持てなくてどうする。
(僕が皆を守るんだ!)
 攻撃の時と同じく、驚異的な速度で斬撃を躱そうとする緑の従魔。その目の前で、ハーメルの姿が二つに分裂する。ライヴスによって幻影を作り出す『ジェミニストライク』。同時に振り下ろされる二つの剣に、従魔の思考は混乱し、幻影と実体の剣は二つ共その体に食い込んだ。
「やったッ!」
 シルフィードの鋭い刃が緑色の鱗を切り裂き、傷口から青い血が吹き出す。
「やるな、ハーメル君!」
 ハーメルを賞賛する言葉が、メイナードの口から上がる。
「私も負けてられないな!」
 メイナードはそう言うと、スナイパーライフルの銃口をもう一体の従魔に向ける。
「おやおや、残念ながら子供達には見せられないな……君達は少し、刺激が強すぎる」
「おじさん、いやらしいです」
 頭の中に詰る様なイデアの声が響く。だが、いかに魅力的な裸身だろうと、従魔である以上撃つべき対象に過ぎない。射出された弾丸は、形の良い双房の真ん中を撃ち抜いた。
「エミナちゃん、ここに居る従魔は、あの二体だけみたい!」
 メイナードに打ち抜かれた従魔を横目に、九繰は一直線に下り階段を目指す。
「では、ここは皆さんに任せて、私達は6階へ向かいましょう」
「そうだね、エミナちゃん。皆さん、ここはお任せします!」
 九繰は大きな声でそう言うと、従魔の脇を抜け6階へ下りる階段を下った。
「従魔が居たら、月鏡さんに借りたPCで連絡しますから!」
「九繰、一人で行くのは危険だ!」
 先走る九繰にアヤネの声が飛んだ。だが、最早遅い。
「仕方ないクリッサ、一気に片づけて行くぞ!」
「わかりました」
 アヤネは急いでクリッサとのリンクを開始する。
「我等は愚神を討つ剣。誓いを刃に、禍祓う力を此処に」
 その言葉と共に、中性的なアヤネの容貌はより女性的に変化し、銀髪に青のグラデーションが掛かる。
「本来なら得物は剣が一番なんだけどね……時間を掛けずに叩くなら、現状最も威力の在る武装で、ね」
 アヤネの頭の中に、リンクしたクリッサの声が響く。アヤネはそれに心の中で頷き、ハーメルが切りつけた従魔へと走る。
「生憎、外見がどうであれ容赦はしない。敵であるなら、討つだけだ」
 その言葉通り、アヤメは巨斧イプシロンアックスを従魔の脳天に叩き込んだ。『放心』状態にある従魔は、為す術もなくそれを食らう。
「えげつないなぁ」
 真っ二つにされた従魔を見て、隼人は呆れた様に呟く。だがそう言う隼人もたった今由利菜共に、メイナードが狙撃した従魔をずたずたに切り刻んだところだ。緑の返り血を浴びたアヤメは、それでも平然とした様子で言う。
「上に連絡して一般人を7階へ下ろさせるんだ。俺達はこのまま6階へ……九繰を追わねばならないし、従魔もまだ残っている」

●Cariddi
「急いで下りろ! 長く持たないぞ!」
 アヤメから連絡を受けたカゲリは、直ぐさま一般人を7階に下ろす。隔壁の向こうからは、落雷の様な轟音が響いている。メイナードの意見に従い、隔壁の前にはバリケードが築かれているが、轟音を聞けばこれがほぼ無力だという事は想像に難くない。
「ナラカ」
「うむ」
 どうにか一般人を7階に下ろしたカゲリがナラカの名を呼ぶ。それだけで充分に意志は伝わった。ナラカの姿が消え、カゲリの瞳に深紅が宿り髪が銀色に輝く長髪に変わる。共鳴だ。
「恐らく相手はデクリオ級だ。油断するなよ、覚者」
「俺がそんな男だと思うか?」
 ナラカの声に、カゲリがそう返したその瞬間、轟音と共に隔壁が破壊された。
「来るぞヴィント、ナハトと共鳴しろ」
 カゲリは、まだナハトとリンクしていないヴィントにそう怒鳴る。だが、ヴィントはカゲリの言葉など耳に入らぬ様子で、狂気を帯びた目で何やら呟く。
「嗚呼、実に楽しみだ……その顔がどんな風に歪むのか、どんな声で悲鳴を上げるのか……そして、どんな風に壊れてくれるのか。さあ、始めようかナハト。パーティーの開幕だ」
 凶暴な愚神を前に、ヴィントの顔は狂喜に歪んでいる。カゲリは、先程のアヤネが見せたヴィントへの態度を思い出す。
「そういうことか」
「ヴィント……お願いだから、本来の目的を忘れないでね。私達の目的は一般市民を無事に退避させる事が最優先だから……だけど、このまま愚神を放置しておけないのは確かね。行くよヴィント」
「信を置く者には剣の誓いを、非道なる者には剣の死を」
 ヴィントとナハト、二人の声が重なった。一瞬の後、ヴィントの髪と瞳はナハトと同じ色に染まり、左腕は悪魔を思わせる赤い異形の物へと変化する。
「精々簡単に壊れず、存分に俺を楽しませてくれよ子猫ちゃん……っ」
 そう言うと、ヴィントは凶悪な笑みを浮かべ、愚神を睨め付けた。
「……興が乗るのは構わないが、手を抜くなよ」
 そう忠告するカゲリの前で暴風が巻き起き、急ごしらえのバリケードが吹き飛んだ。砂埃の向こうから現れたのは、青い肌を持つ妖艶な愚神『蒼海のヴォルティチェ』。
「その方ら……逃げぬ所を見るとリンカーか?」
 ヴォルティチェはつまらなそう顔でカゲリ達を見つめて聞く。カゲリは今にも飛びかからんとするヴィントを軽く制した。問答で時間が稼げるなら、それに超したことない。
「ああ」
「無駄に命を散らす愚か者……縊り殺すのも面倒じゃな」
「俺としても面倒でな。泣き喚いて命乞いをしながら逃げるなら見逃すが――如何する?」
「ほう……面白いことを抜かすの」
 冷静を装っては居たが、ヴォルティチェの青い肌に、怒りを示す血管が浮かぶ。
「『蒼海のヴォルティチェ』に不愉快な冗談を吐いて、楽に死ねると思うか?」
「……まぁ、無理か。逆に安心したよ。乗られたら戦意も萎えて、本気で考えただろうしな……取り敢えず、だ。――お前は今、此処で死ね」
「図に乗るな、ウジ虫が!」
 挑発にキレたヴォルティチェは、一直線にカゲリの方へ突進する。だが、この場に居るのはカゲリだけではない。
「俺を無視するなよ、子猫ちゃん!」
 無防備に突っ込んでくる愚神に、ヴィントは幅広の大剣を思い切り振り下ろした。だが、並の従魔を一撃で両断するその攻撃を、ヴォルティチェは片手で軽々と受けきった。
「クズは引っ込んでいろ!」
 ヴォルティチェは怒りの表情でヴィントを睨み付け、その身に暴風を纏う。バリケードを吹き飛ばしたヴォルティチェの乱流は、ヴィントの体をも軽々と吹き飛ばし、天井に叩き付けた。
 が、そこに隙が生じた。乱流を放った直後、ヴォルティチェの体にライヴスで作り出された魔剣が突き刺さる。カゲリの放ったそれは、ヴォルティチェの強靱な肉体にさしたるダメージを与えなかったが、その自尊心を激しく傷つけた。
「ウジ虫がっ……!」
「語彙が少ないな、馬鹿女!」
 挑発を重ねるカゲリに、怒り狂ったヴォルティチェが突進する。カゲリは全力で距離を取った。腐ってもデクリオ級の愚神。まともにやり合えばただではすまない。
「ちょこまかと小バエの様に!」
 ヴォルティチェはカゲリを捕まえることは出来ないが、カゲリもまた攻撃の隙をつかめない。だが、忘れてはいけない、この場にはもう一人。
「綺麗な肌だ……切り裂きたくなる!」
 衝撃から立ち直ったヴィントがヴォルティチェに大剣を振り下ろす。完全な死角から振り下ろされた大剣は、ヴォルティチェの肩口にザックリと切り裂き、傷口から深蒼の血液が吹き出す。
「ゴミがッ……!」
 灼熱する痛みに怒りを引き起こされ、ヴォルティチェは振り返りざまヴィントに鋭い拳を放つ。
「グフッ……!」
 拳がヴィントの腹にめり込む。鉄杭をぶち込まれた様な衝撃に、ヴィントの意識は一瞬飛びかけた。
「気張れよヴィント。遊んでいる暇なんてないぞ」
 少なくとも、仲間達の戦いが終わるまでは、ヴォルティチェを引きつけておかねばならない。カゲリは忠告とも激励とも付かぬ声をヴィントに送った。

●制圧
「皆さん、こっちですー!」
 三体の従魔からの攻撃を何とか槍で凌ぎながら、九繰は7階から下ってきた仲間に向かって叫ぶ。
「九繰君、一人で行っては駄目だよ!」
 メイナードはそう言うと、九繰を襲う従魔の一体を狙撃する。銃弾は従魔を仕留めるには至らなかったが、敵の意識はこちらに向き、二体の従魔が九繰から離れた。
「うっ……でも、負傷者を一人発見しました!」
 九繰の後ろには、一人の青年が倒れていた。どうやら九繰は、彼を従魔から庇っている様だ。
「とにかく従魔を排除だ!」
 こちらに向かってくる従魔に突撃しながら、アヤネは皆に檄を飛ばす。ハーメルと隼人は、向かってくるもう一匹に向かった。
「焦るなよ、ハーメル……」
「分かってるよ、墓守!」
 ハーメルは墓守の忠告にそう応え、シルフィードを構える。
「さぁて、こいつらしばき倒してこいつらの親玉の面を拝まんとなぁ」
 大鎌グリムリーパーをブンブンと回し、隼人はどこか楽しげな風で従魔に向かった。
 九繰と交戦する従魔には、百合かが向かった。
「時間が経つ程市民の命が危うくなる。一気に駆け抜け、敵を斬れ」
「うん!」
 ラシルの言葉に頷き、由利菜は全速力で九繰の元に向かう。
「九繰さん、大丈夫!?」
「だ、大丈夫です。それより、彼に『ケアレイ』を使いたいので、この場をお願いします!」
 九繰の後ろに居る青年は明らかに重傷を負っている。放置すれば死に至るだろう。
「分かった!」
 由利菜は九繰と入れ替わる様に従魔と対峙する。相手がどうあれ従魔には関係が無い。禍々しい歯が並ぶ脚を凄まじいスピードで旋回させ、新た現れた由利菜の顔目掛けて回し蹴りを放つ。由利菜はあえてそれを避けず、逆に従魔の懐に飛び込む事で攻撃のポイントを外す。
「ふざけないで!」
 怒りと繰り出した由利菜の曲刀が、至近距離から従魔の体を薙いだ。『ライヴスブロー』によって威力を高められた剣は、英雄との絆が深い程その威力を増す。由利菜とラシルの絆は、従魔の肌を覆う硬い鱗を易々と斬り裂いた。
「やった!」
 目の前の従魔を『縫止』で封じたハーメルは、由利菜の活躍に歓声を上げる。
「こっちも、そろそろ決めよか!」
 その言葉と共に、隼人の大鎌が旋回し従魔の体を薙ぐ。ザックリと切り裂かれた従魔は、致命傷に近い傷を負う。
「古来からの言葉や『レベルを上げて物理で殴る』ってな!」
 程なく、アヤネと対峙した従魔も倒れ、6階の従魔は全て撃破された。
「他に怪我人は?」
「この人だけでした。後の人は、残念ながら……」
 アヤネの問いに、九繰は悔しげな声で答える。
「仕方ない――それより、急いだ方がいい。上から爆発音が聞こえた」
 メイナードの一言で、一同に緊張が走る。いよいよ愚神が隔壁を突破したのだ。
「急いで8階に戻らないと!」
「けど、倒した従魔は5体や。もう一体居る可能性があるで」
 由利菜の言葉に隼人が口を挟む。可能性がある以上、一般人だけで下の階に向かわせるのは危険だ。
「僕が護衛します」
「私も行きます。治療も出来ますし」
 ハーメルと九繰がそう言って手を上げた。
「まだ残りが居るかもしれないが、後の捜索と対応は頼んでいいか?」
「従魔一体ぐらいなら、何とでもなりますよ」
「そうか……決まりだな。護衛は二人に任せ、残りの者は8階……異存のある者は居るか?」
 アヤメの問いに、全員が首を横に振った。

●蒼海のヴォルティチェ
「どうしたウジ虫!? 初めの勢いが無いでは無いかぁ~?」
 ヴォルティチェはカゲリの方を向き、嘲笑う様に言う。距離を取って戦ったお陰で、カゲリにさしたるダメージを受けていないが、ヴィントの方はもうぼろぼろだった。何より、二人はこれまで、決め手になる様なダメージを愚神に与えられていない。ヴィントを囮にして放った『ライヴスブロー』は、ヴォルティチェに大きなダメージを与えはしたが、決め手にはならなかった。ジリ貧とはこのことだろう。
「そう見えるか?」
 カゲリは余裕を見せてそう言ったが、状況はヴォルティチェの言う方に近い。
「俺のことを忘れるなよぉ……子猫ちゃぁん!」
 何度目かの『乱流』で吹き飛ばされたヴィントが、再び立ち上がった。だが、体のあちこちからは血が噴き出し、その姿はまるで幽鬼の様だ。
「まだ生きていたか……ゴミ虫が!」
 そう吐き捨て、ヴォルティチェは血まみれのヴィントに抜き手を打ち込む。ヴィントは大剣の刀身を水平にし、攻撃を受け流そうとするが、怪我のためか僅かに挙動が遅れた。
「ヴィント!」
 カゲリは思わずヴィントの名を呼ぶ。だが、次に彼の目に飛び込んできたのは、無残に貫かれたヴィントの姿ではなく、ヴォルティチェの抜き手をがっしりと受け止める巨漢の姿だった。
「危なかったなぁ!」
 メイナードは朗らかな笑みを浮かべてそう言う。
「下っ端から親玉までダイナマイト級揃い……おじさん、手加減無しでお願いします」
 頭の中に響くイデアの声。それに従ったわけでもないが、メイナートはAGWグローブを装着した拳を、ヴォルティチェの顔面に思い切り叩き込んだ。ダウンこそしなかったが、ヴォルティチェは膝を地面に付けた。
「な、何だ貴様は!?」
「お楽しみの所を失礼、レディ。プレゼントは気に入って頂けたかな?」
「ふざけるな!」
 ニカリと笑うメイナードに、ヴォルティチェは怒りの声を上げ躍りかかろうとする。だがその時、またも意外な衝撃が、今度は背中からヴォルティチェを襲う。
「ガァッ!?」
 衝撃に背後を振り向くと、そこには妙な笑みを浮かべる太った男が居た。背に感じた衝撃は、男の振るった大鎌がもたらしたものだ。
「えぇ体しとるやないか。ま、でも愚神やしな、それだけが惜しいわ」
 男、隼人はそう言っていやらしい視線をヴォルティチェに向ける。
「その面、どんな苦痛の表情に変わるんやろうな」
「な、なんだこいつ……!?」
 不気味な笑みが、凶暴な愚神すらたじろがせた。と、その時、空気が裂ける鋭い音が鳴った。ヴォルティチェはぎりぎりのタイミングでその音に気付き、風切り音を放つそれを左腕で受け止める。
「また新手か!」
「ヴィントもだが……お前は巡り合わせが悪い。その点は同情するよ」
 ローゼンクイーンを振り下ろしたアヤネが、半ば本気でそう呟く。隼人は心外と言う表情を浮かべた。
「愚神は敵やろ? 敵はしばいてええ。しばいてええもんをしばいて何が悪い?」
「悪いとは言わないがね」
 アヤネはそう言って苦笑する。
「私は同情しませんよ!」
 由利菜は鋭く叫ぶと、己の身長を超える巨大な洋弓から矢を放った。左腕に巻き付いたローゼンクイーンが邪魔をし、ヴォルティチェはその矢をなぎ払うことが出来ない。怒りを込めて放った由利菜の矢は、ヴォルティチェの左足に突き刺さった。
「講演も、市民の憩いの時間も滅茶苦茶にされて! あなたに贈るのは埋葬の祈り……!」
「おのれ、ぞろぞろと……!」
 ヴォルティチェは忌々しげに吐き捨てるが、次々と現れるリンカー達の前に、今や劣勢は明らかだった。
「形勢逆転だな」
 カゲリは肩で息をしながら言う。余裕を見せては居たが、もう少し援軍が遅かったら、ヴィントと共に倒れていたかもしれない。
「増長するな小僧!」
 怒りの声と共に、ヴォルティチェは腕に絡む鞭を振り払い、その勢いのまま眼前のメイナードに頭突きを叩き込んだ。
「うぉっ!?」
 意外な攻撃にメイナードは一瞬ぐらつく。だが、リンカー達の攻撃はそれよりも苛烈だった。ヴォルティチェの動きが鈍ったとみるや、アヤネと由利菜は武器を強力な近接用に持ち替え、身を摺り合わせる様な距離から強烈な一撃を放つ。
「ぐっ……!」
 ヴォルティチェの青い肌にアヤネのパイルバンカーが突き刺さり、由利菜のシルフィードが食い込む。だが、愚神の強靱な命脈は、この攻撃をも髪一筋残して耐えた。
「妾を……侮るな!」
 吠えると同時に、ヴォルティチェの周囲に強烈な乱流が発生する。メイナード、アヤネ、由利菜は、これに耐えることが出来ず吹き飛ばされた。
「人間如きが……!」
 三人を吹き飛ばしたヴォルティチェが吠える。だが、それは愚神の最後の咆吼だった。
「……断末魔を聞かせてくれよ、子猫ちゃん!」
「なっ!?」
 乱流の後に出来た一瞬の隙。満身創痍のヴィントは、危険も顧みずその隙に飛び込んだ。大剣の重量と自身の体重、武器を振り抜く速度と落下速度、転化した運動エネルギーを載せた大上段からの『オーガドライブ』。血の狂気に捕らわれ、半死半生にも関わらず放たれた捨て身の剣は、僅かに繋がっていたヴォルティチェの命脈を完全に絶る。
「『蒼海のヴォルティチェ』が……人間如きにっ!?」
 ヴィントの望んだ断末魔を上げ、ヴォルティチェの体が崩れ落ちる。それと同時に、止めを刺したヴィントも地に伏した。

「皆さん、大丈夫ですか!?」
 それから数分後、一般人の避難を終えたハーメルと九繰が8階に到着した。
「あれを見な」
 疲れに座り込むカゲリは、ハーメル達の問いに指さしで答える。そこには息絶えた愚神と、大の字になってへばるヴィントの姿があった。
「土は土に、塵は塵に、灰は灰に……」
 傍らでは、由利菜が埋葬の儀式の一節を唱えている。
「勝ったんですね! よかった……」
 ハーメルがほっと息を吐く。
「おまえ達の方は?」
「5階に従魔が一匹居ましたけど、二人で倒しました。怪我人も居ましたが、『ケアレイ』で治したので、皆さん無事避難完了です!」
 九繰がそう答えると、全員にほっとした空気が流れる。
「しかし、流石に疲れたな。後始末はHOPEに任せて、私達は帰らせてもらうとしよう」
 アヤネの言葉に、リンカー達は一様に深く頷いた。楽な仕事のつもりが、とんだことになった。出来るなら、こんな事は二度とごめんである――。

●追記
 なお、今回中止となった講演会は後日改めて実施され、由利菜は再び事件が起きた時の対応の手順を講演した。内容は良いものだったが、聴衆がやはり子供であったため、反応は今一つであったことを、一応記しておこう。
「こ、講演を盛り上げられなくてごめんなさい……」

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
  • 恐怖を刻む者
    ヴィント・ロストハートaa0473

重体一覧

参加者

  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • エージェント
    アヤネ・カミナギaa0100
    人間|21才|?|攻撃
  • エージェント
    クリッサ・フィルスフィアaa0100hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • ただのデブとちゃうんやで
    桂木 隼人aa0120
    人間|30才|男性|攻撃
  • エージェント
    有栖川 有栖aa0120hero001
    英雄|16才|女性|ブレ
  • 恐怖を刻む者
    ヴィント・ロストハートaa0473
    人間|18才|男性|命中
  • 願い叶えし者
    ナハト・ロストハートaa0473hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 危険人物
    メイナードaa0655
    機械|46才|男性|防御
  • 筋肉好きだヨ!
    Alice:IDEAaa0655hero001
    英雄|9才|女性|ブレ
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ
  • 神月の智将
    ハーメルaa0958
    人間|16才|男性|防御
  • 一人の為の英雄
    墓守aa0958hero001
    英雄|19才|女性|シャド
  • Twinkle-twinkle-littlegear
    唐沢 九繰aa1379
    機械|18才|女性|生命
  • かにコレクター
    エミナ・トライアルフォーaa1379hero001
    英雄|14才|女性|バト
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