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エルスウェア連動

世界総カンガルー化計画! 3

高橋一希

形態
イベント
難易度
やや難しい
オプション
  • duplication
参加費
500
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 無制限
英雄
8人 / 無制限
報酬
普通
相談期間
14日
完成日
2016/04/08 12:01

掲示板

オープニング

 リチャード・ジョルジュ・カッパーの演説は、H.O.P.E.への、そしてオーストラリアに住む全ての人々への挑戦に他ならなかった。
 これからオーストラリアに訪れる災厄。
 その一片は自然公園に向かったエージェント達の前にも姿を現わしていた。
「さて、オレとしてはキミらには用は無い。カンガルーとしてオレ達に仕え、家畜のように生き長らえるか、それとも、今すぐオレ達の食事になるか……死に様くらいは選ばせてあげよう。どちらがいいかな」
 愚神ルー・ガルーは、多数のエージェント達を前に欠片も動じる事なく言いはなつ。
 彼の手元には、エージェント達が探していた人物――袋谷あかねが居る。
 能力者として覚醒し、英雄と誓約した。ただ、一つだけ問題がある。
 彼女はルー・ガルーにより邪英化されていたのだ。
 ルー・ガルーは、あかねの肩を抱き寄せ囁く。
「お嬢ちゃんが寂しくないように、同じくらいの年頃の女の子を……友達を増やしてあげよう。そして、世界を、大好きなカンガルーで埋め尽くしてあげよう」
 そして、視線をエージェント達へと、いや、その更に後方にいたススムへと向ける。
「あのガキを縊り殺して、二人でライヴスを啜ろう。お嬢ちゃんの未練を断ち切って、全てのはじまりとしようか!」
 彼の左腕が、鈍色の巨大なガントレットを思わせるものへと姿を変える。
 元々大柄な愚神だが、この左腕は殊更に大きく異形だった。
 指先は鋭い刃となっており、切り刻まれたならばただではすまないだろう。
「大丈夫です、ススム君は私達が守ります」
「僕も、出来る限りを尽くすから……!」
 月鏡 由利菜( aa0873 ) と浅木 光汰( aa1016 )は躊躇う事なくススムの前へと出て、愚神をにらみ返す。
 エージェント達は愚神、そして邪英化した袋谷あかねと対峙する。
 最後の戦い、その幕開けまで、あと僅か。

 ――H.O.P.E.から佐倉 樹(aa0340)の元に送られてきた通信は、以下のようなものだった。
 真壁 久朗(aa0032)、小鉄(aa0213)、そして唐沢 九繰(aa1379)を中心としたメンバーによる従魔ガッツと従魔営業部長の撃破。
 これによりプリセンサーは新たに敵の情報を感知したという。

 現時点で敵の主要戦力は、愚神ルー・ガルーと、邪英化した袋谷あかねの2名。
 建造物内部にはカンガルー型従魔も複数居る。しかし、彼らは愚神とエージェント達の戦いに参戦してくる様子は見せない。
 何らかの理由により、建物内に居るよう愚神から指示されているのだろう。

 愚神はシドニーへの進攻を示唆している。
 放置しておけばシドニーは間違い無くゾーン化させられる。
 その前に手を打たねばならないのだ。

 愚神との戦闘場所は、怪我や病気をした動物たちが治療の間収容される施設の前。
 愚神はこの建造物を背に戦闘を行う。遮蔽となりそうなものはほぼ無い。
 真正面からの殴り合いが予想されるだろう。
 愚神は、ほとんど建物から出てくる事は無かったという。
 つまりは、何か理由があって建物から離れたくないのだ。よほど上手く立ち回らない限りは、敵をこの場から動かす事は難しい。
 また、建造物内はあまり大きな部屋は無い。
 廊下も精々2~3名が並べる程度のため、大規模な戦いは出来ない。
 戦場の変更はほぼ不可能だと考えて良いだろう。

 次に愚神の戦闘能力について。
 愚神は相手を丸呑みにし、邪英化を推し進めるスキルを持つ。
 かなりの跳躍力を活かして踏み込んでくるため、攻撃は広範囲に届く。
 幸いにして単体への攻撃ではある。だが、これを食らった場合、彼の「腹」に収容され邪英化させられる事になる。
 一見すると近距離攻撃が得意そうに見えるが、サンダーランス相当の攻撃と、毒刃相当の攻撃手段を持つようだ。
 また愚神には何らかの弱点があるようだという。
 ただ、その弱点が「何であるか」までは、はっきりとはわからない。
 そうであったとしても、弱点を探り、それを突くことが出来れば、戦いを有利に進められる事は間違い無い。
 そして、邪英化した袋谷あかね。
 彼女の英雄はドレッドノートだったようだ。
 具体的にどのスキルを使用するかは不明だが、近距離攻撃が多い事が想定される。
 彼女は基本的にはカンガルースーツを「着ていない」人物を狙う傾向があるという。
 もし彼女の心に届くような言葉をかける事ができれば、攻撃の手が緩む可能性がある。
 受付は「月見里 深月( aa1644 )さんやCERISIER 白花( aa1660 ) さんたちが、袋谷夫妻から聞いた言葉に、何らかのヒントがあるかもしれない」と記していた。
 更に言えば、ススムから聞いた彼女の人物像もヒントとなりえるだろう。

 それから、谷崎 祐二(aa1192)が、何か奇妙なものを見つけたらしいという。
 とある部屋の半分ほどを占める、内臓を思わせるものだという。
 問題は、祐二の居場所がH.O.P.E.側では、はっきりとは判らないという事だろうか。
 幸いにして通信網は遮断された様子はない。つまり、祐二から適切な連絡があれば、その場に駆けつける事は可能だ。
 だがこの場に向かう者が多すぎれば、愚神は間違い無くこちらの行動に気づくことだろう。

 H.O.P.E.受付からの連絡は、以下の一文で締められていた。
 ――みなさんの健闘を祈ります! どうか、無事に帰ってきてください!

解説

●注意事項
 このシナリオは全三回のうち、三回目となります。
 これまでの詳細は「世界総カンガルー化計画!」シリーズのリプレイをご確認ください。
 今回から自然公園に向かう場合も愚神との戦闘前にたどりつけます。

●成功条件
 愚神ルー・ガルーの撃破

 愚神の攻撃手段は以下の通りです。
・咆哮
 大気を振るわせる咆哮を、衝撃波として放ちます。
 サンダーランス相当の攻撃です。
・ズタズタ
 左腕のツメで相手を切り刻みます。大量の出血による【減退】効果があります。毒刃相当の攻撃です。
・丸のみ
 相手を飲み込み、自らの「腹」に収め邪英化します。

●キャラクターが取り得る選択肢
1.自然公園攻略戦
 愚神との戦闘場所は、動物たちの治療施設前です。

2.谷崎 祐二(aa1192)さんの見つけた「部屋」に向かう
 自力で向かうのは少々厳しく時間もかかります。
 谷先さん本人からの連絡があれば、到達の難易度は下がることでしょう。
 この選択肢の人数が「選択肢1」の四分の一以上の場合、愚神に行動を気づかれてしまう確率が高くなります。
 見つかった場合、戦力的に抗戦は困難です。

3.部屋の中の「何か」に関わる。
 この選択肢は谷崎 祐二(aa1192)さん専用の選択肢です。
 部屋の中にあった「何か」について何らかの行動を起こします。
 周囲は従魔が多数居るため、気づかれたなら戦闘回避は厳しく、戦力的に抗戦は困難です。
 谷崎さんが参加されない場合、この選択肢は無効となります。

●ススムについて
 弱いため戦力にはなりません。
 もし何か指示がありましたらプレイングにてお願いいたします。可能な範囲で従います。
 指示が無い場合、ジャマにならない程度に本人の判断で行動します。

●お願い
 お友達と一緒に参加される方は、お互い相手の名前とIDをプレイングの最初に書いて下さると助かります。
 団体で参加される場合は、プレイングの最初に団体名でもOKです。

リプレイ

●破壊者を破壊せよ!
 カンガルーの着ぐるみ姿をした少女――袋谷あかね。
 彼女は茫洋とした表情で、エージェント達の前へと佇んでいた。
「幼子を拐かしあまつさえ然様な姿にするとは……」
 小鉄( aa0213 )の金色に変じた瞳に、怒りの炎が燃えた。
「こんなケダモノの着ぐるみにしたのは、オレじゃない。そこは、はっきりさせておこうか」
 大柄な銀髪の男、愚神ルー・ガルーは告げる。
「そういう話ではござらん!」
 彼は一言、切って捨てる。
「カンガルーになるのも、食事になるのも御免です」
『倒してドロップゾーンを解消しましょう』
 唐沢 九繰( aa1379 )に、エミナ・トライアルフォー(aa1379hero001 )も応え、即座に共鳴を開始。
 九繰の身体が人形めいた端正さと、無骨な機械両者を併せ持つ。
「鋼の癒し姫」の名にふさわしい姿への変化だった。
「そっちはどう!?」
 餅 望月( aa0843 )はスマートフォンの向こう、H.O.P.E.受付へと問いかける。
 向こう側からは人々の怒号のようなものが聞こえる。
 どうやら受付は、例の事件について一般人から説明を求められているらしい。
 パースをはじめ、他都市に居る親類を心配する者。
 H.O.P.E.の責任を追及する者。
 避難方法を尋ねる者。
 それらの混乱を収めるべく尽力中なのだろう。
「……なんとかします。ですから、望月さんたちはそちらの事に専念してください」
「援軍はどれくらい!?」
「本部に応援を要請しましたが、残念ながら……」
「そんな……」
「ですが」
 受付は、望月の落胆した声を遮るように続けた。
「2名だけですが、この支部のエージェントを送ります。皆さんに比べると強くはありませんが……」
 彼女の言葉が終るより前に「何をしている!」という怒号とともに通信が途切れた。
 どうやら説明を求めてきていた一般人が、受付の電話を切ったらしい。
 仕方なしに望月は祐二へと連絡を取る。
「谷崎さん、無事?」
「こちらは今のところ大丈夫だ」
 谷崎 祐二( aa1192 )の平静な声に、彼女は僅かに安堵する。
 だがこれから厳しい事実も告げねばならない。
「そっちに向かいたいけど、どうやら愚神に当たるしかないよ」
「判った、こっちも何か分かり次第連絡をする」
「なるべく通話状態にはしておくから宜しく」
 電池の不安はある。
 しかし、戦闘中――どれだけ長くとも数分なら、十二分に保つはずだ。
 望月は百薬(aa0843hero001)とリンクする。背には天使を思わせる翼が生じ、衣装も非日常的なものへと変化する。
 彼女は一つ翼をはためかせ、三つ叉の槍を構える。その刃部分にライヴスが水となってまとわりついた。
 ここに来る前に見た、着ぐるみの一般人達の姿を思い出すと、腸が煮えくりかえる思いだ。
 一見楽しそうな光景だったが、あれは全て強制されたもの。
 あんな狂った光景を許せるというのか?
 シドニーまで、あんな惨状にするというのか?
 ――こんな、誰も望んでいない、歪んだ願いのために?
 ワタシがやらねば誰がやる。今やらねばいつできる。
 望月は、どこか歌うようにフシをつけて言った。
「誰の言葉だっけ? まあいいやその通りね」
 彼女は目前の相手が生やさしいものではない事をはっきりと認識していた。
「シドニー全部ゾーンなんてトリブヌス級以上になるね……その前に倒すしかない」
 仮にそのような事態が発生すれば、オーストラリアの他都市は勿論、その影響は世界に波及しかねない。
「愚神が悪さして一般の人が困ってるんだからね、やるさね」
 エージェント達にあきらかな戦意があるのを見て取り、愚神は頬をつり上げる。
「成程、オレの提示した死に様は好みじゃないって事か。ならば仕方あるまい……」
 そして異形の左腕を、ぶんと振るう。
「キミらにその他の選択肢など無いという事を、しっかり教えこんでやらなければならないな!」
「……いざ、推して参る!」
 どんな困難にも決して負けない。決して折れない。
 小鉄は決意を胸に、地を蹴り駆けだした。

『ちょっと近づきたくない相手だけど、まぁ仕方ないわよね……がんばりましょっ』
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、正念場でござるよ」
 稲穂(aa0213hero001 )の声に応えながらに、小鉄は前進。
 そんな彼の前に、カンガルー着ぐるみの少女が立ち塞がる。
 拳を構えた彼女は、戦う気満々だった。
 だが、少女に向かって、どこか翼を思わせる白の矢が降り注ぐ。
 月鏡 由利菜( aa0873 )の放った攻撃だ。
「あなたの相手はこちらです!」
 彼女は白鳳の羽扇を手に、着ぐるみ少女へと声をかける。
「そちらはお願いします!」
 九繰をはじめ愚神討伐に専念する者たちは、着ぐるみ少女を余所に、更に先へ。

 小鉄は刀の柄へと手をかける。
「その距離から刀など届くと思うかな!?」
 愚神の声はあきらかにあざけりを含んでいる。
 いくら何でも距離がありすぎる。ただの刀では届くはずが無い。
 しかし。
「拙者の距離は刃の届く距離でござる」
『刃は刃でも風の刃よ!』
 稲穂の声とともに、小鉄は抜刀。
 振り抜いた刀から衝撃波が発生する。
 ガァン、と金属が叩きつけられたような音が響き渡った。
 愚神は衝撃波を左腕で防いでいた。
 守矢 亮太(aa1530)は薄青色の武器をはめた拳の具合を確かめる。
 李 静蕾(aa1530hero001)と共鳴した彼は、普段黒の髪は青に。衣装も同色のチャイナ服へと変じている。
 彼はその場で素早くジャブを繰り出した。
 愚神まではまだ距離はある。
 だが「栄光の手」の名を持つその武器は、彼のライヴスを拳状にし、所謂ロケットパンチ風に射出。
 それを更に愚神は防いでいく。
 端から回避など捨てている。この程度のダメージならたいした事は無い、とでも言いたげに。
 つまり、それだけ愚神はエージェント達を甘く見ている。
 だがそれはつけいる隙となるに他ならない。
「そっち、よろしくね!」
 望月は由利菜へと治癒の光を纏わせる。
 九繰も同様に別の仲間へと癒しの力を宿している。
 余程の長期戦にならない限り、回復の手が足りない……という事態は防げるはずだ。
「さて、そろそろ覚悟は良いかな」
 愚神が行動を開始しようとした時の事だった。
 凄まじい土埃を上げながらに走り込んでくる自動車が一台。
「増援か!」
 愚神は息を吸い込んだ。
 彼の首から上は狼の頭に変化し、大きく開いた口からは鋭い牙が覗く。
 狼の遠吠えとともに、ごう、と空気が鳴動し、凄まじい衝撃が奔る。
 衝撃は地を削り、やってきた車を、居りようとしたエージェント2名を、まとめて薙ぎ払う。
 強か打ちつけられた二人は、傷の具合を見るにあまり戦力にはならなそうだ。
『補佐ができそうならお願いします』
 エミナは彼らに指示を出す。
 戦いは未だ始まったばかりだった。

●一人と一匹の静かな戦い
 戦闘が始まったのを確かめ、祐二はスマホから耳を離した。
 相棒のプロセルピナ ゲイシャ(aa1192hero001)とは既に共鳴に入っている。
 彼は潜伏状態を維持。周囲にも気を配る。
 何せ敵地の、ど真ん中。油断は禁物だ。
 今まで被っていた黒子頭巾も、とりあえず外しておく。
 先ほどこの部屋を出て行った男は、誰かと話をしていた。
 それを考えればここには会話の相手が居るはずだ。
 まずは内臓を思わせるそれの周囲――部屋の多少開けた部分を探る。
 しかし、元々は空き部屋だったのか、ホコリが積もっている程度で何も無い。
 室内の足跡も、恐らく一人のものだ。
 そして改めて、目前の物体へと向き直る。
 臓物を思わせる何かは血管のようなものが浮き出しており、時折脈打つように蠢いている。
 酷く不快な物体だった。
「誰か、居るのか?」
 祐二は吐き気を堪え、訊ねる。だが、中から返事はない。
 彼は慎重に、目前の物体の正体を探っていく。

●思いに賭けるもの
 由利菜はカンガルー着ぐるみの前へと立ち塞がった。
 彼女は光の鎧を身につけた姫騎士の出で立ちだ。
 鎧はリーヴスラシル(aa0873hero001)の、由利菜を守るという思いが具現化したかのような輝きを帯びている。
 普段の気弱さからは想像できない程に、凛々しく、そして力強く。
 ラシルが一緒に居るという安堵感もある。
 それに由利菜自身、今は守りたいものがある。
 背後に居る少年が、その対象だ。
「ススム君」
 彼女は背中越しにススムへと語りかける。
「あなたは……いえ、モンロー・ハウスの子達は孤独ではない。私達がいます」
 どれだけ能力者が迫害される場所であっても、仲間は居る。
 同じく能力者として覚醒し、支え合い、悪意に抗う。
 彼女は、その姿勢を示そうとしているのかもしれない。
「伝えたい事があるなら……絶対に伝えてください。彼女とは私が相対しますから」
「ススムくん。君の気持ち、あかねちゃんに伝えて」
 浅木 光汰( aa1016 )もススムにそう告げる。
「オレの? オレの気持ち? 伝えたい事……?」
「キミ達や、みんなを酷い目に合わせた愚神を許すわけにはいかないけれど……まずその前に、あかねちゃんを助けださなきゃ」
 彼は一歩前に出て、武器を構えた。
「華月姉さんには苦労かけるけど……」
 華月(aa1016hero001 )は、いつも気を使う少年へと、僅かに苦笑する。
 まだまだ未熟かもしれないが、背伸びをしてでも頑張りたい。そんな彼の気持ちは何時だって見ている。
 共にあり、力の限り守る。華月の行動は常にそれが基本だ。
「やりたいようにやるが良かろう。わたしは常にお前と共に居る。遠慮はいらぬ」
 彼女は光汰の背を押す。
「ススムくんも、頼むね」
「わかった。オレもやってみる」
 ススムは神妙な面持ちでエージェント達へと頷いた。
「……もう少しだけ、オレに力を貸して」
 彼は幻想蝶に触れ、共鳴を開始する。
「光汰さん、やぶれ耳さんは持ってきましたか?」
 由利菜は仲間へと訊ねる。
 カンガルー着ぐるみは、出足を伺っているのか未だ動こうとはしていない。
「……うん。たしか……」
 光汰は、あっちをごそごそ、こっちをごそごそ。
「兄ちゃん、やぶれ耳さん、どこに置いてきたの?」
 ススムは少々不安そう。
 それ以前に「そんな装備で大丈夫か?」状態だったりもするのだが……。
 リーヴスラシルは、場を仕切り直すように軽く咳払いをし、告げた。
『残された時間は少ない……早期の邪英化解除を狙う!』
 欠片でもライヴスを得てしまえば、少女は完全に愚神化する。
 由利菜は白鳳の羽扇を、優美に扇ぐ。
 動きに合わせ、白い羽根がふわりと舞う。
 一瞬後、それは矢となり、少女に降り注いだ。
(「ドレッドノートならば、白鳳の羽扇の魔法は天敵のはず……!」)
 遠距離戦は苦手なハズと踏み、極力距離を取りつつ戦う。
 予想通り……というべきか。少女は距離をつめるべく前進してくる。
 その分、建物の前からほぼ動こうとしない愚神とは距離が空く。
 愚神から引き離せれば、邪英化から戻すのも、多少ラクになるかもしれない。
 少しずつ、彼女を誘い出すのだ。

●Evildoer――その冥暗
 愚神との戦いは接近戦となっていく。
 小鉄や亮太は前衛として積極的に攻撃を叩きこみ、九繰、望月は中衛以降として回復をメインに行動している。
 毒を流し込まれたら、素早く癒し、仲間の傷の様子に気を配る。
 勿論、体力に余裕がある時は彼女たちも攻撃に加わる。
「これだけ距離があれば、そっちからは簡単には近づけませんよねっ!」
 九繰は 鋼の右腕で、巨大な斧槍の柄を握る。
 そこに機械然とした左腕を添えて、全力で振るった。
 彼女の背丈をゆうに超える斧槍の、ピッケル部分が愚神の上体目掛けて叩きつけられる。
 並みの鎧ならぶち抜ける程の一撃が、愚神の横っつらを捕らえた。
「おお、悪く無い一撃だ」
 余裕の表情で、愚神は口元の血をぐいと拭う。
「死に様が気にくわないなら、こんなのはどうだ?」
 愚神は異形の左腕を振るう。
 その鋭い爪が、お返しとばかりに九繰を襲った。
 何せ、その腕は異様な程に大きい。そう、九繰の手にした斧槍と同じくらいに。
「ズタズタに引きちぎって、死体に従魔を取り憑かせてみようか!」
『避けてください!』
 エミナの声に、九繰は素早く反応した。即座に地を蹴りバックステップで距離を取る。
 僅かに爪が掠め、鮮血が一筋宙へと線を描いた。
『あの爪……肩からふくめて、どう見ても2メートル以上ありますね』
「うん、思ったより攻撃範囲が長いみたい……」
 エミナの指摘に九繰も頷く。
 中衛として動くにしても、少々厳しい。改めて距離を取り直す必要がありそうだ。
「やれやれ、避けずに大人しく死んでいればいいものを。引き替え……」
 愚神は、くつくつと笑い出す。
「あんなか弱くて愛らしいもの、そうそう無いよなぁ。喉は柔らかくてあっさり食いちぎれるし、頭は片手で軽く握っただけで、ぐしゃっと潰れちまう」
 愚神の言葉が何を指しているか、九繰は直ぐに理解した。
 あまりにも残酷なその行動に、さっと顔から血の気が引く。
「……そんな事をしてどうするんですか。蒐集が趣味なんじゃないんですか!」
「オレはこの醜い姿が嫌いでね……」
 男は語り出す。
「昔話の狼さんは、バァさんに化けました。だけどバァさんの格好なんて全然嬉しくないよなぁ。だから、オレは可愛い女の子に化ける事にしたってわけさ。クールだろ?」
 さも楽しそうに語る様は、正気とは思えない。
「ああいう格好はいい。しかし、だ……」
 愚神は異形の掌を開く。
「集めきれない場合や、飽きた場合。ついでに好みじゃない場合。そのまま放り出すのもつまらない。だからこそ、こう『グシャっ!』とやるのさ」
 何かを握りつぶす仕草をし、愚神は語り続ける。
「この瞬間の手応えがあまりに儚くてね……ずっとずっとそうしてきた。だからこれからもやめるつもりは無い」
 吐き気を催すような言葉。
 エージェントの心にすら冥暗をもたらしかねない、歪んだ思い。
『こーちゃん、叩き斬っちゃって!』
 小鉄の心に、稲穂の怒りに満ちた声が届く。
「承知!」
 英雄と自身、二人分の、それ以上の人々の怒りを込めて、彼は刀を振るい続けるのだ。

●思いをうけとるもの
 邪英化したカンガルー着ぐるみとの戦いも佳境に入っていた。
「色々辛いことは有ったのかもしれない。けどそれでもそんな、あかねちゃんを大事に思ってくれる人がいるでしょ!」
 光汰は思いの丈を吐き出す。
 だが、少女は躊躇わない。勢いをつけて拳を振るい、光汰を殴りつける。
 衝撃に彼は、後方へと吹き飛んだ。
 今まで幾度、こうして吹き飛ばされただろうか。
 ストレートブロウに怒涛乱舞。どちらもエージェント達に対し猛威を振るった。
 どれだけ攻撃をうけても、光汰は声を張り上げ続け、戦線に立ち続けた。
『光汰、流石にそろそろ後退した方が良いぞ』
 華月の忠告に、光汰は首を振った。
 まだ、ここで降りるわけにはいかないのだ。
「辛かったら助けを求めればいいんだ」
 喉はカラカラだし、鼻の奥が痛む。口の中は血の味でいっぱいだ。
 身体のあちこちはあまりの痛みに悲鳴を上げている。
 だけれど、それが何だ。
「無駄だなぁ」
 遠く、愚神の声が聞こえる。
「お嬢ちゃんがそんな事を望んでいると思うのかな?」
「泣いて叫んででも、一生懸命気持ちを伝えれば、きっと助けてくれる人はいる!」
 光汰の絶叫に、ススムはハッとしたように顔をあげた。
「あかねぇえええええ!」
 エージェントの二人は、伝えたい事があるなら伝えろと言ってくれた。
 だから、ススムは声を上げた。
「一緒に園内まわりきってないだろ! こんな事でいいのかよっ! オレたちのために来てくれた人達に、こんな事すんなよっ! 頼む……頼むよ……!」
「私達やススム君は、あなたを信じ……救いたくて、ここまで来たのです」
 由利菜は少女の表情が、はっきり判る程に距離を詰めた。
 僅かにだが、あかねの瞳が揺れた気がした。
「あなたは、自分の好きな動物達、自分の親しい人達全てを守りたかったのでしょう?」
 情報収集をしていたメンバーから送られてきた動画の中、あかねは笑顔を見せていた。
 満面の笑顔で「みんなを守れる強い人になりたい」と語った。
 その笑顔に偽りは無いと、由利菜は信じて訴える。
 彼女の心に届くよう、言葉を投げかけ続ける。
「まもり、たかった……?」
 少女の口から言葉がこぼれた。
 途端に愚神が舌打ちする。
「オレの可愛いお嬢ちゃんに、無粋なささやきはお断り願いたいな!」
 愚神は由利菜を狙おうと距離を詰めにかかる。
 それより前に。
「邪魔はさせない!」
 亮太は勢いをつけ、拳を振りかぶる。
「く……!」
 全体重もかけた一撃。
 あまりの勢いに愚神は、じりじりと圧され後退する。
 ダメージそのものは兎も角、これで由利菜を狙うのは厳しい。
『ササと離れるヨロシヨ!』
 静蕾は静蕾で仲間たちを促す。
「あなたの英雄は、あなたの思いを叶える大切なパートナー……愚神へ委ねてはなりません!」
 少女は拳を握ったまま、何かを堪えるようにブルブルと震えている。
 躊躇いというよりは、攻撃自体を止めようとするかのように。
「おねー……ちゃん、あかねじゃ、止めるの、あんまり保たない、から、止めて……! 止めてほしいの……!」
 振り絞るように告げられた言葉は、恐らく袋谷あかね本人のものだろう。
 そこに由利菜は思い切って一撃を叩きこむ。
 少女の身がぐらりと傾ぐ。
 由利菜は彼女が地へ倒れ伏す前に、素早く抱きかかえた。
 息があるかを確かめると、少女は薄く目を開いた。
「あかね、強くなれなかったのですー……」
「十分頑張りましたよ」
 由利菜は袋谷あかねへと優しく微笑みかける。
 あかねはそれを見て安堵したかのように再び目を閉じた。
 ――あとは、愚神を倒すだけだ。

●Evildoer――その明暗
「さあ、楽しくなってきたなぁ!」
 愚神は、それこそ鼻歌でも歌いだしそうなテンションだった。
 その身は返り血と自らの流した血両方で彩られ、酸鼻極まる有様だった。
 にも関わらず、彼は爛々と目を輝かせていた。
 エージェント達はアイテムも惜しみなく用いて抗戦していた。
 愚神の攻撃力は高い。通常攻撃であっても中々に厄介だ。
 九繰と望月のリジェネレートを回復の主軸にしている事もあり、戦線がすぐに崩れる事はない。それでも体力が削られる勢いはかなりのものだ。
 二人ともに緊急時のケアレイは温存している。
「アイテムはあとどれくらいあるの?」
「こちらは秘薬が一つでござる」
 望月の問いに、小鉄はエネルギーバーを、もしゃもしゃと咀嚼しつつ答えた。
「あまり良い状況じゃないわね……」
 それでも望月の声色に諦めは無い。
 あかねは回収できた。由利菜と光汰も戦線に加わった。
 確かに良い状況とは言い難いが、極めて分が悪いとも思わない。
『愚神の攻撃も、あとは大した回数は使えないと思います』
 エミナは冷静にそう告げた。
 彼女は激しい戦闘の最中でも、敵をしっかりと観察していた。
 切り札であろう咆哮は、既に一度放たれ、救援に来たメンバーを戦闘不能に追い込んだ。
 しかし、主戦力であるエージェント達が食らう回数を減らせただけでも、幸いだったかもしれない。
「そういえば……邪英化はやろうとしないんだね」
「キミらは好みじゃないのでね。お嬢ちゃんを返さなかった事、今更後悔しても遅いぞ。キミらは苦痛にのたうち回ってボロクズみたいになって死ぬのさ!」
 愚神は亮太の言葉を命乞いとでも取ったのだろう。
(『コイツの趣味、チョト危ない感じネー』)
 静蕾のささやきに、亮太も「成る程」という言葉を呑み込んだ。
 ここでも敵は、自らの趣味を優先する気らしい。
「その貧弱な戦力でよくここまで戦った……と、褒めてやってもいい。だが、所詮その程度。そろそろ1匹ずつ仕留めていこうか!」
 愚神が再び顎を開く。
 大気が鳴動し、周囲の草木がざわめいた。
 放たれた衝撃波がススムを狙っていると気づき、光汰は彼を突き飛ばした。
 光汰は衝撃に打たれ、地へと叩きつけられた。
 あまりの威力に彼はバウンドし、再び地へと叩き伏せられる。
 余波はススムにもダメージを与えた。
「兄ちゃん!!」
「僕は絶対にアカネちゃんもススム君も……」
 ススムの悲痛な声にも、半ばうわごとのように応える。
 しかしその身体は傷だらけで、立ち上がる力もない。 
 どこかで、華月の悲痛な声が聞こえた気がした。
 それでも、もう動く事も、答える事もできない。
「力がなければ自らの意志を通す事すらできない。良い勉強になっただろう?」
 愚神は倒れたままの光汰へと近寄る。
 もう少し装備に気を使わなければ、戦いの中、生き延びる事は難しい。
「勉強代はキミのライヴスでいい」
 愚神は彼の喉元に手をかけ、掴み上げた。

●一人と一匹、その答え。
「にゃにゃん!」
「どうした、セリー」
 何かを訴えるプロセルピナに、祐二は応える。
 スマホの向こうでは、仲間たちが危機に陥っている。
「にゃーお。にゃおん?」
「ああ、恐らくそうだとは思うが……」
 プロセルピナは、目前の「それ」について訴えている。
 触れると生あたたかく、ぶよぶよとした、袋状のモノ。
 中に何かが入っている様子はない。
 だとすると、ここに居たはずの人物は、一体何処へ?
 祐二はこの物体について、予測は立てていた。
 ただ、確証が足りないため、思い切った行動もとれないでいる。
 そんな祐二の背を、プロセルピナは押す。
「にゃ!」
「そうだな。まずは切ってみるしかなさそうだ」
 普通の刃物では切る事は出来なかった。
 ならば、AGWならば? 
 祐二は大鎌の柄をしっかりと握りしめる。
 すう、と呼吸を整え、大鎌を一閃。そして――。

●希望を胸に、愚神に終わりを
「ぐ、がぁぁぁぁぁああああ!!!!」
 獣の咆哮が、愚神の口からほとばしった。
 唐突な絶叫にエージェント達も驚愕を隠しきれない。
 愚神は苦痛のあまり、光汰を掴んでいた手を離す。
 取り落とされた光汰は、何とかその場から退いた。
 愚神の胸板からは、銀色をした刃が生え、どくどくと赤黒い液体が溢れ出す。
 刃は愚神の胸板から腹を切り裂き、向こう側にある空洞を見せている。
 愚神の絶叫は望月の懐のスマートフォンも、しっかりと拾っていた。
「望月さん、聞こえるか!」
 祐二からの通信に、望月は素早く答える。
「大丈夫。もしかして、そっちで?」
「ああ、この内臓のようなものをAGWで切ってみた」
「じゃあ、今アイツの腹を裂いたのは……」
 望月は苦痛に悶える愚神を見やる。
 敵は未だ腹から刃を生やしたままだ。
 谷崎の予想通り、例の臓物と、愚神の腹部は繋がっている。
「どうやらコレはやつの言う『腹』らしいな」
 弱点がコレだとすれば、攻撃し続ける事は難しくとも、隙を作るには十分だ。
「く……従魔ども……何をしている! 侵入……」
 声を張り上げようとした愚神の回りを、キラキラと光る糸が舞う。
「やらせんでござる!」
 小鉄の放った鋼糸は愚神の頭を絡め取った。
「これで口を開く事も、閉じる事も出来ぬでござる」
『ユリナ、やれるか』
「大丈夫です!」
 リーヴスラシルの指示に由利菜は、愚神の左へと回り込み、同時に九繰も敵の右へ。
 由利菜は炎を思わせる直剣を振りかぶる。
 その優美な刃が、ライヴスを纏って殊更に輝いた。
『今だ!』
 着実に攻撃を当てるタイミングでリーヴスラシルが指示を出す。
「……あなたの陰謀など、私達は恐れません」
「さあ、これで終りです!」
 由利菜は斬撃を繰り出し、九繰は反対側から打撃を繰り出す。
 さしもの愚神も同時に叩きこまれたそれを防ぎきる事など、出来はしない。
 自慢の異形腕も、打撃により、めこりとへこんだ。
 更に。
「小鉄さん、退いて!」
 亮太の声に、小鉄は躊躇う事なく愚神から鋼糸を解いた。
 拘束を解いた隙に、愚神は体勢を立て直そうと企む。
 しかし、再び祐二が腹の中を刺し貫いた。
 愚神の絶叫が轟く。
 肉薄した亮太は溜めていた力全てを解放し、全体重を拳に乗せる。
 強烈なブロウを愚神を正面から叩きつけた!
「……がはっ……!」
 空気を全て吐き出し、苦悶の声が漏れる。
 間髪入れずにもう一撃。
 避けきれるわけもなく、愚神はその打撃に打ちのめされ、横転する。
「ふざけるなよ……貴様ら全員全殺しにしてやる……」
 血と泥濘に塗れながらも愚神は立ち上がる。
 殺意を漲らせた彼は、悪鬼の如き形相だった。
 左手の爪をやたらにふるい、接近したエージェントを引き裂こうとする。
 余裕の無いその様は、愚神の消耗を意味していた。
 由利菜は剣で、愚神の攻撃を受け止めた。
 いくら仲間が回復をしてくれているとはいえ、彼女の傷も、浅いものではない。
 攻撃の重さに両腕が痺れそうだ。
 それでも、彼女は堪える。
「私たちは、愚神などには負けない!」
 堪えて、裂帛の気合いとともに剣を操り、愚神の爪を跳ね上げた。
 それにより愚神の上体が泳ぐ。
『隙ありよっ!』
「その隙、こじ開けさせて頂く」
 稲穂と小鉄。二人が声をあわせ、愚神へ攻撃を加える。
 刀の軌跡が月光のような淡い光で円弧を描いた。
 ずるり、と切断面から上が滑り、音もなく愚神の身がズレていく。
「こんな事があり得るのか? このオレが? このオレが……死ぬだと!?」
 愚神は死の運命に抗おうとする。
「こんな結末は認めん……認めるものか……!」
 うわごとのように繰り返すも、その肉体は崩れ落ちていく。
 崩れる身体をかき集めようと足掻くも、崩壊は留められず、更には消滅していく。
 それが、愚神ルー・ガルーの最期だった。

「光汰さーん、ススムくーん、無事?」
 戦いが終り、亮太はまずは二人の身を案じた。
 光汰とススムの傷は、甘いものではなかった。
 それでも2人は生きてはいた。
 あかねは、救援のエージェント達に戦闘区域から連れ出され、今は眠っているようだ。
 そして、あと一人無事を確認しなければならない人物がいる。
「さて、谷崎殿はご無事でござろうか……」
 自身も蹌踉めきながらに小鉄は立ち上がる。
『こーちゃん、あんまり無理しちゃ……』
 即座に稲穂が彼を押しとどめる。
「じゃ、あたし行ってくるわ。建物の中も見てきたかったし」
『怪我はだいじょーぶ?』
 望月は立ち上がる。
 百薬の心配も「だいじょーぶだいじょーぶ」などと答えながらに進んでいく。
 そこに祐二から連絡が入った。
「建物内に居た従魔どもは全て消滅したようだ」
 主を失ったためだろうか。
 暫しして彼女は祐二とふたり、無事に戻ってきた。
 それも、沢山の動物たちをかかえて!

●児童とエージェントのエピローグ
 戦いから数日。
 望月はH.O.P.E.の支部で受付へと声をかけられた。
「ちょっと用事があるんですけど、良いですか?」
「出来れば手短にして貰えるとありがたいんだけど……」
 彼女は少々困った顔をつくる。
 大丈夫、直ぐですからと受付はダンボールを引っ張り出し、中身を望月へと押しつける。
「これ、皆さんに渡して頂いて良いですか?」
 チョコレートに、エネルギーバーに、その他色々。どれもが先の戦闘で消費したものばかりだ。
「どういう風の吹き回し?」
「これくらいしか、私に出来るお礼はありませんので……なので本部から頑張ってせしめてきました!」
 受付は、ちょっと自慢げに胸をはった。
 袋谷夫妻からも「娘を取り戻してくれたエージェントの皆さんに」という嘆願があったらしい。
 おかげで本部からは渋られつつも消費分を全部取り返せたのだという。
「渡すぐらい自分でやればいいのに」
 ちょっぴり不満を述べつつも、望月は一応受け取った。
「それで、逃げた愚神の行方は?」
「その件ですが……」
 オーストラリアを襲った未曾有の危機は、エージェント達の活躍によりひとまず退けられた。
 自然公園に展開されていたドロップゾーンは解除され、囚われていた一般人たちも救助された。
 他の地域に出現していた愚神や従魔も、ほとんどが撃破されたという。
 しかしながら、事件の首謀者と思しき愚神、シェリー・スカベンジャーは姿を消した。
 シェリーの行方については、今後もH.O.P.E.で探っていくとは言う。
 オーストラリア各所は、敵によって破壊された部分も多い。
 そういった場所の修復作業や、一般人への対応も必要だ。
 受付自身も、未だ対応に追われている所らしく、目の下には隠しきれないクマが発生している。
「そっか……」
 望月は少しだけ肩を落とした。
「ですが、戦力的に圧倒的に不利な状況にも関わらず、皆さんはオーストラリアのために戦ってくださいました。皆さんがいらっしゃらなければ、私達は今頃、愚神に喰われていたでしょうから……ありがとうございました」
 受付は望月へと頭を下げる。
 だが望月は軽く手を振り、受付に背を向ける。
「みんなにも渡しとくね」
 物資を抱え直し、彼女は仲間達が居るであろう場所へと向かう事にした。

 向かった先は、とある病院だった。
 ここには今、あかねとススムの二人が入院している。
 建物の前に亮太の自転車も止まっていたし、エージェント達は集まっているはずだ。
 病室の扉をあけると、ススムがこちらを向き笑顔を見せた。
 予想通りというべきか、他の仲間達も集まり談笑中のようだった。
「ススムくん、具合はどう?」
「オレとしては何ともないんだけど……少し検査するってさ」
「あかねちゃんは?」
「何か大分疲れたみたいで寝てる」
 あかねも一応検査があるみたい、とススムは述べた。
 彼女が救助された時、袋谷夫妻は、返ってきた娘を全力で抱きしめた。
 エージェント達の姿も目に入らない勢いだったが、暫しして姿に気づき、とてもつもなく動揺していた。
 夫妻は、かわいい娘を無事取り戻してくれた事を、とても感謝していた。
 何せオーストラリア中が凄まじい事態になっていたのだ。自分たちの居るシドニーも危うかった事を考えれば、娘が無事戻ってきた事は、奇跡といっても良い。
 しかしながらその後「大事な娘が怪我でもしていると困るから検査を!」と病院に運び込まれる事になったらしい。
 あかね本人は平気だと言い張ったようだが、さしもの袋谷夫妻には通らなかったようだ。
「そういえば、あかねちゃんの英雄はどうしているのでしょう?」
 由利菜は、邪英化から戻った英雄の身を案じる。
 ここに来た時点では姿を見かけなかった。
 もしかしたら本人は気を病んだりしているかもしれない。
 それに対し、ススムは思ったより斜め上な返答をした。
「ジュース買ってくる、って言って出かけたんだけど……二時間くらい前なんだよな」
 迷子にでもなっているのか。
 別の意味で不安である。
 どうしたものか、捜索が必要だろうか?
 エージェント達が小声で相談を始めた時、病室の外、楽しそうなハミングが近づいてくる。
 そしてがらりと扉が開けられた。
「あかねちゃーん! ススムくーん! ジュース買ってきーた…………えっ?」
 やってきた人物はエージェント達を見るなり、ぴたりと動きを止めた。
 高校生くらいの少女で、雰囲気としては体育会系。
 カンガルーっぽいつけ耳に、同様の靴を履いている。
 肩にはスポーツバッグをかけており、ワンポイントとしてボクシンググローブのストラップが下げられている。
 彼女はエージェント達が、姿をがっちり確認しきる程の間、固まった。
 暫し間を置いて、フリーズしていた彼女は動き出す。
「えと、えとあのあのあのあのあのっ!」
 わたわたわたわた、と両手をぱたぱたさせ、それから。
「あ、ああああたし、あかねちゃんと誓約した、袋谷ルゥと言います!」
 びしっと直立。続いて勢いつけてぺこんと頭を下げた。
「こ、この度はあたしが不甲斐なかったせいで色々ご迷惑をおかけしてすみませんごめんなさいごごごごめんなさいー!」
「ルゥちゃんどうしたんですー?」
 あかねも騒々しさに目を醒まし、目をこすりながら身を起こす。
 例によって片手にはカンガルーのぬいぐるみを抱えていた。
「あれ? これって、やぶれ耳さん?」
 光汰は見覚えのあるぬいぐるみに首を傾げた。
 あの後、無くしたと思っていたやぶれ耳さんは無事発見された。
 やぶれ耳さんについては「おにーちゃんが持っててほしいのですー」との、あかねの言もあり、彼へと預けられたままだ。
「この子、やぶれ耳さんチビって言うんですって」
 ルゥは得意げにぬいぐるみを指す。
 よくよく見れば、やぶれ耳さんより一回り小さい。
「お家には、やぶれ耳さんチビチビもいるのですー」
 どんなカンガルー屋敷だと言いたい所だが、あかねらしいといえば、らしい。
 何のかんので、ルゥは袋谷夫妻にも受け入れられたようだ。
「あたし、これからは頑張ってあかねちゃんを守ろうと思います!」
「ルゥちゃんは、あかねのおねーちゃん分なのですー」
 ルゥはファイティングポーズをつくって見せ、あかねも横でにこにこ。
「大事なパートナーだ。これから、色々あるかもしれないが、負けないで欲しい」
 リーヴスラシルはいつも通りに淡々と語る。
「ススム君も、自分の英雄と向き合ってあげてください」
 由利菜もまた、少年を諭す。
 能力者と英雄。互いに信頼しあっている。一方で負い目だってある。
 それでも支え合い、生きている。
 そんな二人の言葉だからこそ、重みがあるのだ。
「うん……そうだね」
 ススムは幻想蝶へと触れる。
 彼の英雄は、今の所は幻想蝶の中に居る。
 気が向いたらいつでも呼んで欲しい、と英雄は述べていた。
「オレ、必ずコイツに今までの礼をしないといけないよな。オレのわがままに振り回してたようなもんだし……」
 ススムは、おずおずと語り出す。
「あのさ。オーストラリア、まだまだ大変だけどさ……オレ、これから頑張るよ」
 復興は始まったばかりだ。
 壊れた町並みも、怪我をした人々も、あまりにも沢山いる。
 悲しい思い、辛い思いも沢山増えた。
 だけれど、生き延びた者も居る。
 ススムは助けられ、そして大切なモノを受け取った。
 エージェント達の戦う意志、誰かを守ろうとする思いを。
「だから、オレ、その気持ちを忘れないように頑張るよ。だって、姉ちゃんも言ってたろ?」
「あたし? 何言ったっけ?」
 望月は首を傾げた。
「ワタシがやらねば誰がやるーって」
「ああ、それは別にあたしの言葉じゃないんだけどね……」
「もし何かあったらさ。オレを呼んでよ。兄ちゃんや姉ちゃんの役に立つくらい、強くなるから!」
 小鉄は「うむ」と頷いた。
「その意気や良し、でござるな。何ならシノビの極意を教えるでござる」
「えっ!? ホント!?」
「まずは敵と戦う時は真っ正面から接近するでござる」
「それ全然忍んでないです!」
 九繰のツッコミも追いつかない。
「こーちゃんは、強襲型ニンジャだから……」
 稲穂は困ったように一言添えたが、あんまりフォローになっていない。
「オレ、これから頑張る。頑張って、オーストラリアを平和な所に戻してみせる」
 ひとしきり笑って、ススムは力強く言い切った。
「僕も、頑張らなくちゃ」
 ぽつりと呟く光汰。
 肩を並べて戦いたい人が、追いつきたい人が居る。
 出来ることなら、自分が守りたい人が。
 未だその目標は遠い。それでも、一歩は踏み出せた。
 華月は彼の頭をぐしゃぐしゃ、と撫でる。
 いつだって、見守っている。頑張る気持ちはいつも知っている。

「さて、仕事も終った事ですし、ススムくんや、あかねちゃんが回復したら、食事にでもいきましょう。……マッドクラブというカニが食べられると聞きました」
 仕事の時とは打って変わり、エミナは好奇心全開。
 右手の小窓は上機嫌を示している。
「珍しい食材か。興味はあるな」
 祐二も興味津々といった様子で口を挟む。
 料理好きな彼は、この頃は様々なハーブを勉強中。
「あたしはどうしようかなー……」
 述べるは、望月。
 別にダイエットは必要ないのだが、色々気になるお年頃なのだ。
「シーフードはヘルシーです」
「折角だもん、沢山食べようよ」
 エミナが補足し、百薬も乗り気。
「お料理色々楽しみネー!」
 静蕾も食べる気十分。
「いやいや、結構被害あったんだよね!? そもそもお店やってるのかな?」
「大丈夫です。ちゃんと調べておきました」
 九繰はちょっと心配そう。一方エミナはぐっとさむずあっぷ。右手小窓をみるに、ものすごくヤル気だった。
 折角のオーストラリア。残りの滞在時間は楽しみたい。
 そんな思いはきっと皆同じだ。

 斯くして、オーストラリアで起こった事件はひとまず幕を下ろす。
 あかねやススムの心には、この地のために戦ったエージェント達の姿が焼き付いている。
 エージェントたちの戦う意志や、希望。
 それらは、これからのオーストラリアを支えるちびっこ達にも受け継がれていくはずだ。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 忍ばないNINJA
    小鉄aa0213
  • まだまだ踊りは終わらない
    餅 望月aa0843
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873

重体一覧

参加者

  • 忍ばないNINJA
    小鉄aa0213
    機械|24才|男性|回避
  • サポートお姉さん
    稲穂aa0213hero001
    英雄|14才|女性|ドレ
  • 希望の守り人
    ルーシャンaa0784
    人間|7才|女性|生命
  • 絶望を越えた絆
    アルセイドaa0784hero001
    英雄|25才|男性|ブレ
  • まだまだ踊りは終わらない
    餅 望月aa0843
    人間|19才|女性|生命
  • さすらいのグルメ旅行者
    百薬aa0843hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ
  • エージェント
    浅木 光汰aa1016
    人間|11才|男性|攻撃
  • エージェント
    華月aa1016hero001
    英雄|20才|女性|バト
  • Foe
    谷崎 祐二aa1192
    人間|32才|男性|回避
  • ドラ食え
    プロセルピナ ゲイシャaa1192hero001
    英雄|6才|女性|シャド
  • Twinkle-twinkle-littlegear
    唐沢 九繰aa1379
    機械|18才|女性|生命
  • かにコレクター
    エミナ・トライアルフォーaa1379hero001
    英雄|14才|女性|バト
  • エージェント
    守矢 亮太aa1530
    機械|8才|男性|防御
  • エージェント
    李 静蕾aa1530hero001
    英雄|23才|女性|ドレ
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