本部
白昼、誘拐、救出
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依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/02/24 01:17:48 -
相談卓
最終発言2016/02/25 14:31:01
オープニング
●HOPE本部
「くそっ、またか……! またなのか! ええい!」
ここのところ、HOPE本部アメリカ支部は非常に慌ただしい。
活発化するヴィラン組織の活動の傍ら、行方不明者が相次いでいるのだ。誘拐事件ではないか、という向きがあり、目撃証言などがちらほら伺えるが、肝心の誘拐の場面を目撃したものはおらず、犯人を特定するような情報はない。
密輸、誘拐、殺人……。
相次ぐヴィラン関係のトラブルに伴って、HOPEは割ける人員も限られている。ティーンの家出ではないかというもあり、捜査は難航している。
「情報が入らないことには、なんとも言えませんな」
HOPEエージェント、アーヴィン(az0034)は唇をかみしめた。
●市内某所
――ブウン。
信号無視。
人気の少ない市街地を、猛スピードで通り過ぎていく黒いワゴン車の姿があった。
危ない、と思いながら、エージェントたちはその姿を目で追った。
運転手は、屈強な男である。後部座席には、男のそばに小さな少年。
一瞬ではあったが。
黒い銃身が、小さな子供へと向けられている。
(助けて)
小さな声で、そっと告げられた、声に出さないつぶやき。エージェントたちは行動を開始した。
●誘拐犯と人質たち
「おい、ちゃんと見張ってるんだろうな!」
大柄な男――組織のボス、ダルフは酒を飲みながら、声を張り上げる。今は機嫌がよく見えるが、この男の気分には波がある。怒鳴り散らしたり、機嫌よくにこにこしたり。
「へえ。おとなしくしてますぜ」
「うーん、よしよし。このご時世、AGW兵器の密輸より、ガキどもさらった方が儲かるのかね。アンタのおかげだよ」
「はい。しかし。くれぐれも――殺さないでくださいね」
優しげな声で在りながら、仲介人の男の声に、人質を気遣うようなやさしさはない。
「分かってる、分かってる、愚神どものエサにするんだろ? 死んじまったら、なあ。でも誘拐なんてやってなかったからなあ。一人二人死んじまっても仕方ねえだろ」
「報酬は減らしますよ」
「わーってるわーってる」
人質たちは、一か所に集められていた。
一度、隙を見て逃げようとした年長者の少年は、足を撃たれていた。簡単な止血は施されていたが、十分とはいえない。熱を出してぐったりとしている。
人質たちの間には、もはや反抗しようというふうな向きはなかった。
「水をもらってこようか」
「ダメだよ、殺されちゃうよ」
「このまま、しんじゃうとおもう?」
「きっと、助けてくれるよ」
「誰が?」
「……」
小さな一人が泣きだすと、つられるように、ひとり、また一人と泣き出した。
ダアン。
「うるせえぞ!」
床を蹴るような音に、彼らは毛布を引き寄せて歯を食いしばるのだった。
解説
●目標
アジトを突き止め、誘拐事件の人質を解放する。
ヴィランズを逮捕する。
●登場
ボス『ダルフ』
クラスはジャックポッド。
豪胆な性格に反して、狙いはなかなかに正確。
弱いものから優先して狙う。
仲介人『シエン』
黒いフードを被った男。ダルフから人質を人身売買しようとしている。
訛りのある英語で話しているようだが……?
能力者かどうかは不明。素性も明らかになっていない。
構成員×たくさん
いずれも非能力者。
ダルフを心底恐れており、黙々と任務を遂行する。おのおの、銃を携帯している。
人質×10数名
少年少女、年端もいかない子供たち。
扱いは悪く、ろくに水や食べ物をもらっておらず、衰弱している。
負傷者あり。時間をかけると命が危ないかもしれない。
アーヴィン
元NY市警警官。
HOPE所属の能力者で、誘拐事件を追っている老年の男性。
ほんの少しだけ登場。本部に連絡すれば情報などやりとりできるだろう。
●場所
アジト
貧民街に近いところ、人気のない廃工場にあるアジト。
・監視カメラが作動している他、カメラの資格をカバーするように一般構成員が定期的に巡回している。
・裏手に発電機があり、構成員数名がいる
・人質たちは小部屋に一か所に集められており、構成員が見張っている。
ワゴン車
誘拐に使われているワゴン車。アジトに戻るところと思われる。
少年が一人誘拐されているが、本部はまだ気が付いていない。
●状況
舞台はアメリカ某所。
市内でワゴン車を見かけたところから。
エージェントたちは、あらかじめ誘拐事件を追っていてもいいし、偶然出くわしてもいい。
リプレイ
●捜索
「家出という線は本当に有力なんですか?」
「ウウム……」
エステル バルヴィノヴァ(aa1165)は、相次ぐ失踪事件の調査として、警察署でアーヴィンに情報提供を求めていた。
『でも、ヴィランがこれだけ動いていると、そうで無いとも断定できないわね……』
泥眼(aa1165hero001)はそっと目を伏せる。失踪者はみな少年少女といえるような年齢だ。しかし、自分以上に心を痛めているのは、人一倍に繊細な心を持つエステルだろう。パートナーを想い、泥眼はエステルの表情をうかがう。
「もし、ヴィランの仕業なら通常の児童売買よりも酷い結末が待っている可能性もあります。絶対に原因が分かるまでは諦められません」
エステルは憂鬱げな青い瞳を持ち上げて、痛みをこらえるように胸に手を当てた。
相次ぐ行方不明事件の全貌を探るべく、HOPEは広くエージェントたちへの協力を要請していたところである。晴海 嘉久也(aa0780)もHOPEの依頼を受け、失踪者を探しにアメリカまでやってきた私立探偵だ。
晴海は相手に合わせて流暢に使う言葉を変え、街中で聞き込みをこなしている。晴海の隣では、金髪の女性、エスティア ヘレスティス(aa0780hero001)が情報を丁寧にまとめ、晴海をサポートしているのだった。
ちょうど一緒に聞き込みをしていた九字原 昂(aa0919)が、聞きなれない言葉に目を丸くする。それを受けて、晴海は短く答えた。
「フランス語です。移民の方のようだったので。言葉は……まあ、昔はそんな仕事をしてましたからね」
エスティアもまた、フランス語まではわからないようで、ふんふんと頷いている。
そんな話をしていると、九字原の英雄であるベルフ(aa0919hero001)が路地裏から姿を現した。どうだったかと尋ねると、ベルフは被っていたフードを脱ぎ、肩をすくめる。これといった手がかりは得られていないようだ。
「黒いワゴン、ですか……」
『焦ることはない』
ぽつらぽつらと目撃情報は集まっているが、アジトを特定するような決定的な手がかりはいまだにない。
『人買いを捕まえる仕事か……随分と下の仕事を見つけて来たな?』
「……しかも、幾つ街を巡っても全く手掛かりが見つからねえ」
雁間 恭一(aa1168)とマリオン(aa1168hero001)は、別件で人身売買を生業とする組織を追っていたところだった。
『いっそ……囮捜査? とか言うものか、余がこの見目麗しい容姿を生かして……』
確かに、マリオンは神々しく美しい。年齢も行方不明者と合致している。見た目だけならば、誘拐事件の囮として申し分なさそうだ。しかし、雁間は首を横に振る。
「ダメだな。お前怯える演技出来ねえだろ? ハイジャックの時それで注目されて結局その場で戦闘だったじゃねえか」
マリオンは腕組みをして、威風堂々と車のシートに深く腰かけている。高貴な育ちを感じさせるようなマリオンの堂々とした態度は、助けを待つばかりの人質を演じるには、とうてい向いていなさそうだ。
●追跡
エージェントたちが思い思いに街を捜査している、そんな時だった。
エージェントたちのそばを、猛スピードで通り過ぎていく黒いワゴン車。中には、屈強な男と、銃を突き付けられた少年の姿。見るからにヴィランズのようだ。
その光景に、來燈澄 真赭(aa0646)と緋褪(aa0646hero001)は、顔を見合わせた。
「わー、さすが銃社会。こんな簡単に銃向けられてる子を見かけるとは思わなかったよ……」
『行方不明の原因、あれだったりするんじゃないのか?』
まさか、実際に現場に遭遇してしまうとは思ってもいなかった。來燈澄らは休暇中の身で、偶然にこの現場に出くわしたところである。オフの日らしい私服を少し残念そうに眺めつつ、眠たげな眼で、來燈澄はスマートフォンに手をかける。
「本部に連絡して終了ってわけにもいかないよねぇ……、あぁお休みが飛んでいく……」
日常の延長にある安眠を少し残念に思いながらも、あんな光景を見た以上、やはり放っておくことはできない。ナンバープレートと車の特徴、相手の顔は覚えた。來燈澄は本部に怪しいワゴン車の動向を伝えながら、このまま追うべきかどうか考える。
「あれ……リンカーか?」
「んー」
ワゴン車の方向へ進路を変えた二台の車。九字原と晴海の車だ。続いて、雁間の車がハンドルを回し、ふいに道をそれていった。先回りするということなのだろう。
それを確認した來燈澄は、本部からの連絡を待つことにした。ほどなくして、このあたりにいたエージェントたちに対して、HOPEからの緊急召集を告げる連絡が入ったのだった。
●追走
黒いワゴン車に、晴海の運転する車が迫る。晴海は絶妙な距離を保ちつつ、何台か挟んで相手の車を追いかけている。気づかれれば、人質の身の安全にかかわるかもしれない。焦ることなく、あくまでも気が付かれないように。
相手はかなりのスピードを出しているが、道が狭く、ところどころスピードを緩めざるを得ないようだ。何度か撒かれるが、ワゴン車を見失うことはなかった。
しばらく道を進んだところで、本格的に人通りが少なくなり、このまま追うことが難しくなってきた。
ワゴン車の男がミラー越しにこちらをうかがう気配を感じて、晴海は無理をせず道をそれる。ほっとしたようにワゴン車は再びスピードを上げるが、別の方向から、九字原の車が着実に迫っている。これもまた、気が付かれてはいないようだ。
道路が一直線になると、ワゴン車は猛スピードを上げ、九字原の車を振り切った。
「よし……ここからなら」
九字原は路肩に車を止め、共鳴を果たすと、ライヴスの鷹を放つ。翼を広げたライヴスの鷹は、地上をゆっくりと旋回して、屋根の上を突っ切っていった。一瞬、鷹の目が誘拐されている少年の顔を捉えた。
(もうちょっとだけ……すぐに向かうから)
エージェントたちが黒いワゴン車を追いかける一方で、後方ではヴィランズへの包囲体制が整いつつあった。
「私たちは、目撃情報のあったあたりで聞き込みを……」
『そうね……』
あたりを見渡すエステルらの前に、一台の車がゆっくりと停車した。マック・ウィンドロイド(aa0942)と灯永 礼(aa0942hero001)のレンタカーだ。
「必要かな?」
「お願いします!」
マックはエステルが乗り込むのを待つと、ゆっくりとハンドルを回し、車を発進させた。マックの隣では灯永がパソコンとスマートフォンを駆使して、膨大なデータにアクセスしている。
「礼、男達の顔は覚えてる?」
『既に州・郡・市警、及び前科者リストと照会済み。同一人物と認める人間複数、追跡の開始を推奨する』
灯永の返答に、マックは満足そうに頷く。
マック・ウィンドロイドは元はヴィランズという経歴を持つエージェントだ。かつてブラックハットハッカーとして名をはせた評判の影には、英霊・灯永の姿があった。しかし、それは過去の話である。今の彼はHOPEに協力するエージェント。ヴィランズに対しての理解、知識、裏社会での立ち振る舞い。そして、なによりも灯永と連携を取った的確な情報処理能力は、HOPEとしても頼もしいものだ。
灯永がリズムよくノートパソコンのキーボードを叩いている中、しばらくすると、マックの車はアジト周辺の路地に停車した。
「お嬢様方は車の中で待ってて欲しいな。臭うから、すごく」
マックは、汚れたコートを羽織ると、貧民街へと降りて行った。
「エステル、私たちは……もう少し明るいところで聞き込みをしましょう」
マックは民間団体の炊き出しに顔を出し、ゆっくりと周囲を見渡す。
拾い物と思しき持ち物を売っているホームレスを見つけると、慣れた調子で近寄り、明らかに相場よりも多い額の現金をはずむ。驚いて手をひっこめようとするホームレスの肩を、マックはそっと叩く。
「気にしないでくれ。ただ、聞きたいことがあるんだ。最近、このあたりで……」
一方で灯永は車に残り、自動車ナンバー読み取り装置のデータにアクセスして、相手の行く手を探っていた。
しばらくするとスマートフォンが鳴り、マックからの連絡が入る。
「礼、ビンゴだ。前よりも確からしい目撃情報があった。このあたりの廃工場だとみていいようだ。廃工場といっても、それなりにたくさんあるようだけどね」
それを突き止めるのが、灯永の仕事ということなのだろう。灯永は了承し、ふと、礼は上機嫌に言葉を漏らした。
「スネークゲームみたい」
ビッグデータを解析し、相手の行動を探るのは得意なところだ。盤上で、一方的に敵を追い詰めている手ごたえ。確かなピースが、一点へと向かう。相手は、そんなこと考えてすらいないだろう。
だから、……面白い。
雁間は、灯永が分析したデータと車の逃げ去った方向から、移動先の地区に検討をつけようと試みる。続けて、晴海が近隣の警備員からの目撃情報をもたらした。
(なるほどな……)
雁間はあらかじめ協力を要請していた電力会社のデータを照会する。
「その地域への電力の建物ごとの供給量のデータ……つまり、実際の活動状況と食い違いが有るかを見れば、どこが活動しているか一目瞭然ってわけだ」
廃工場、廃オフィスなのに動いている事業場が怪しいというわけだ。しばらく調べると、候補にいくつかの工場があがる。目撃情報、追跡の位置。距離も方角も、集まった情報は、ただ一か所を指示していた。
ビンゴだ。
「礼、これが地図だ。これから偵察情報も送るから解析頼む」
灯永は短く了承を告げ、仲間たちにデータを送信する。
いまや、工場を包囲するエージェントたちの手には、廃工場の地図があった。偵察から、巡回ルートや監視カメラの位置。発電機の有無まで判明している。HOPEの応援もじきに来るだろう。
工場の上空を、二匹の鷹がゆっくりと旋回する。來燈澄と九字原の『鷹の目』だ。ヴィランたちは作業服をまとい、監視カメラを駆使して工場を見張っているようだが、さすがに頭上には注意を払ってはいない。
エージェントたちは、まずは電気を止め、発電機を破壊して監視カメラを止めるという作戦を立てていた。もちろん、人質の安全も重要な任務だ。
「ここからなら、気が付かれずに侵入できそうです」
「フン、望むところだ」
マリオンが雁間の左胸に礼装剣を当てると、二人は共鳴を果たす。雁間は、成人した姿のマリオンに姿を転じ、ぐんぐんとリンクレートをあげていく。
「礼、共鳴開始、10分で終わらせる!」
『おや、もっと長く共鳴すればスリムになれるよ』
「死んじゃうからダメ!」
灯永の姿が、ゆっくりと空気に溶けていく。2進数存在へと戻った灯永は、0と1の羅列に姿を変える。
空中に現れた半透明の非実体キーボードと無数のモニタが現れ、マックを囲む。およそ人間にはなしえないほどの情報処理能力を得た共鳴状態は、それなりにマックに対して負荷をかけるものである。
「よし、がんばろう」
來燈澄は緋褪の力を借りて、白菫色の狐耳に4本の尾を備えた。そして、おもむろにふわりと地面を蹴る。それは、軽いしぐさに思えた。しかし、高く舞い上がった來燈澄は、一瞬にして塀を飛び越えている。あっという間に監視カメラの資格に身を躍らせると、塀の向こう側でくぐもった声だけが聞こえた。
続けて九字原が飛び上がる。しばらく待ったが、目立った騒ぎにはなっていない。
塀は、常人であればとうてい入り込めないような高さだ。まさか、こんなところから侵入してくるとは思ってもいないのだろう。
九字原と來燈澄は地図を頭に思い描き監視カメラを避けるようにして進む。
(偵察によれば、もうすぐ、ここに巡回の下っ端がやってくるはず……)
巡回する監視員の気配を感じ取った來燈澄は、九字原にちらりと合図をする。二人はライヴスをまとって暗闇に潜む。構成員は、なんの疑問も持たずにその場を通り過ぎていった。少し進んだところで、扉の前に陣取る緊張感のある直立不動の構成員を目にし――おそらく、こちらはボスがいるのだろう。
『まずは、人質を探さなくちゃな』
なにはともあれ、人質の救出が先だ。
二人はそっと向きを変える。曲がり角をいくつか曲がった先で、静かな作動音を聞いた。発電機だ。仲間に即座に連絡を取る。表で待機している仲間たちが、電気会社に廃工場の商用電源を落として貰うように手配している。
スマートフォンの合図を待ち、――今だ。
建物内の電気がぱちりと切れた。
「ん? なんだ? ……停電か? 最近多いな、ったく」
非常用電源に切り替わるわずかな時間。九字原は、ハンカチを手に忍び寄ると、発電機に近寄った一人を物陰に引きずり込んで気絶させた。構成員が昏倒すると同時に、遠くに銃声が響き渡った。晴海の、16式60mm携行型速射砲の囮の砲撃だ。
隙を見て裏口のカギを開き、仲間を招き入れると、エステルのセーフティーガスが次々とヴィランズを昏倒させる。一般人ではなすすべもない。
「必要な方は、ライトアイを!」
「おっ、助かるね。さて、発電機がこれかな」
発電機を見つけたマックは、手際よく発電機を破壊する。
ライヴズゴーグルで知覚を確保した雁間は、地図にあった別の抜け道から単身、建物に乗り込んでいた。停電を確認すると、ばたばたと慌ただしいヴィランズに交じり、悠々と同一方向に向かっていた。
「おい、俺はボスのところにいく。お前は人質を見てこい!」
喚く構成員の会話を聞くと、靴ひもを直すようにしゃがみ込み、雁間は自然と向きを変える。首尾よく人質を閉じ込めている場所を見つけると、仲間たちへと連絡を入れる。人質たちのおびえるような、ほっとするような表情がゴーグル越しにうかがえる。
「ひ、人質は渡さない!」
一人の構成員が、雁間に銃口を向けた。
「あ? 人の電話を邪魔するなよ。だからてめえは出世出来ねえんだぜ?」
共鳴していないリンカーたちにはおよそ影響のない武器ではあるが。後ろの人質に当たれば厄介でもある。雁間は少し悩むように黙り込んだが、すぐに行動に移る。
「……しょうがねえ、一人200クレッドそれ以上は出せねえ……それ位ならペナルティ払った方がマシだ」
「ぐふっ」
追いすがるヴィランズを、雁間は思い切り蹴り飛ばした。華麗な蹴りは、見事にヴィランズの顔面に決まった。
エステルが、人質たちのもとへと駆けていく。
「もう大丈夫です。ここに居るのはHOPEの精鋭です」
エステルが治療に回ると、不安そうな人質たちの間に、ほっとしたような空気が広がる。
「だいぶ、衰弱している人がいるね。救急車も手配しておこう」
來燈澄はそっと本部へと連絡を取った。
●制圧
「人質が、人質が!」
「うるせえ!」
パアン、と銃声が轟き、エージェントたちの前に大柄な男が姿を現した。九字原の投げた短剣を叩き落とそうと、男は腕を振るう。次の瞬間、見えないほどの極細の、ハングドマンの鋼線がまとわりつく。
男の放った銃弾は、構成員をすれすれにかすめて地面を打ち抜く。
「てめえら、ただで帰れると思ってんのかあ!?」
エステルらのセーフティーガスがヴィランズを取り囲み、一般ヴィランズはずるずるとその場に倒れていく。ダルフは舌打ちをして、再びに銃を構える。
パアン。
銃弾がエステルの持つ蜉蝣切のぎりぎりをかすめていく。
「やあ、君が親玉? これ以上抵抗すると懲役が君の寿命超えちゃうよ?」
マックは禍々しい雰囲気のする本を取り出し、ゆっくりと開き攻撃を始める。直線移動する白い羽根が敵の周りに舞い落ちる。
「じゃまだ。畜生、しゃらくせえな! おい、人質を持ってこい!」
背後で窓から忍び寄るヴィランズを、來燈澄は軽く投げ飛ばした。マックがコントロールするブルームフレアが、構成員たちの行く手を阻む。護衛がついているせいで、人質には手が出せそうにない。
『大人ってのは、子供相手には格好良くなくちゃいけない。それができなきゃ、大人失格だ……』
「まぁ大人どころか、人間失格って感じではあるね」
ベルフと共鳴した九字原が、ゆっくりと孤月を振り下ろす。ほのかな光がきらきらとあたりに舞う。一撃を食らわせた九字原はすぐに方向を変え、すらりと壁の後ろに離脱をする。射線が通らない。
「くっそ……」
「よそ見している暇はない」
エスティアと共鳴した晴海の眼光は、いっそうの鋭さを増している。みだりに触れれば焼き尽くされそうな、流れるような真紅の髪が攻撃のたびに揺れる。堂々たるすべてを焼き尽くしそうなオーラの中にいる英雄的な姿は、ダルフと対等に渡り合っている。
晴海に振るわれるブラッディランスが、ダルフをゆっくりと追い詰めていく。晴海が持っている銃器を叩き落とすと、ブラッディランスが相手の血を浴びて光り輝く。煙幕が開けてみれば、ダルフは膝をついていた。
「畜生……」
●解決、そして
ボスが負けたとみて、統率の取れていたヴィランズたちも、次々に逃亡を試みていた。エステルは手にしたロザリオをかざす。
「逃げようとした場合は致死性の攻撃手段を取ることも有り得ます。注意してください」
「ワゴンも、すべて押さえている」
晴海が言う。
「しかしなぜ子供、なのですか? 子供たちはライブズを奪われる以外のどんな仕打ちをされるのですか?」
エステルの言葉に、ダルフは下衆た笑みを浮かべる。
「ふん、俺はコイツの注文に答えてただけだ……なんたって、いい値段で買い上げてくれるんだからな」
ヴィランズに交じって、フードをかぶった男がいた。
「気を付けてください。セーフティーガスで昏倒しないなんて」
シエンは両手を上げながら、ゆっくりと後ずさっていく。
そのとき、ダルフが後ろに手を回した。目ざとくそれを見とがめた雁間が、ダルフの腕を蹴りあげると、ダルフはその場に伸びた。滑り落ちた拳銃を、晴海が拾い上げる。伸びたダルフを、雁間は冷たい目で見下ろす。
エステルは、フードの男……シエンに質問の矛先を変えた。
「なぜですか?」
エージェントたちは、いまや殺気を持って、男を取りかこんでいる。逃げられはしないとあきらめたのか、フードの男は低く笑うと、奥歯で何かを噛む。止めるまでもなく、深くせき込んでその場に倒れた。
「!」
エージェントたちが駆け寄ると、シエンは息絶えていた。自ら毒を飲んだようだ。九字原が男の荷物を改めようとすると、手の甲には、黒丸に一つ目の図版が現れる。不吉な意匠が、どこまでも頭にこびりついているような気がする。
「確保、確保ぉーーーー!」
それからしばらくの間をおいて、アーヴィンと何人かのHOPEの人員が、部屋へとなだれ込んでくる。
これにて、エージェントたちの仕事は終了だ。
エージェントは迅速に行動し、人質たちを安全に助け出した。けがを負っていた人質もいたが、エステルの処置により命に別状はない。來燈澄の呼んだ救急隊が、衰弱した被害者たちを運んでいく。
「感謝いたします」
アーヴィンは、エージェントたちに敬礼をした。後ろでは、人質たちの家族が抱き合って生存を喜んでいる。少しの謎を残しつつ、任務は成功だ。