本部

神無月夜の偶人刀

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
5人 / 0~6人
報酬
多め
相談期間
5日
完成日
2015/10/03 20:29

掲示板

オープニング

●神の無い月夜に

 日本という国は八百万の神が居る国である。八百万とはすべてのモノに神が居る、という考えのようで、よく日本人は無宗教と言われるが、生活に様々な神への儀式が当然の如く埋め込まれていて、無宗教ではないと私は思う。なにしろ、生活に自然に密着し過ぎていて、デパートやビルの屋上にまで神が祭られているのだ。
 ここもビルの屋上に建つそんな社(やしろ)のひとつである。
「神無月か……。ぞっとしねえなあ」
 同伴者の一人がぼそりと呟く。確か神無月は十月の別称。十月に日本中の神がどこぞに集まるため各地の神が居なくなる月だという。……確かに、ぞっとしない。
「早く仕事を切り上げて帰りたいねえ」
 私はそう呟き、同伴者はビルの扉を開いた────。
 そこは、美しい円を描く巨大な月と影の世界だった。スーパームーンと呼ばれる月より更に大きい、夜空がすべて月に飲み込まれたかのような巨大な白い満月。そして、それを背景に並ぶ黒い無骨な鎧姿と、本来、社のあったはずの場所に建つ巨大な屋敷。その屋根の上で市松人形のような少女が笑っているのが、やけにはっきり見えた。


●絶望と希望と

「なんだ、これ……」
 その言葉を何度呟いたことだろう。ようやくたどり着いた本殿の床下で、私はを膝を抱えてガタガタ震えていた。
 私がこのビルのオーナーから依頼されたことは、レベル1のミーレス級従魔に占拠された社から御神体である銅剣を回収することだった。しかし、扉を開けた途端、私は理解した。ここはもうすでに────ドロップゾーン化している。つまり、レベル3ケントゥリオ級以上の愚神が居る。愚神は……あの少女だろうか。ドアを開けた瞬間、連れの男は武者のような鎧姿の従魔に斬り捨てられた。私は、命からがら本殿まで逃げることができた。
『従魔は見た限り恐らく五体、武者の鎧姿で刀を振るう。愚神は着物姿の少女の形をしており、ドロップゾーンを形成できる最低ケントゥリオ級以上、それ以上の恐れもあり。能力は刀での攻撃と高い身体能力を確認。愚神はなぜか本殿へは入ってこないが、従魔は本殿の中に入ることができ、あちこち破壊されている。私は、本殿の、恐らく御神体が祭られている部屋の床下まで来た。ここでもうしばらく救援を待つ』
 震える手で、雇い主へメールを打って送信する。幸い、通信は使えるようだった。


●キリーからの情報

 メールには三枚の手書きの画像ファイルが添付されていた。

 一枚目『ビル』。
 窓は壁と同じ厚さではめ込まれており、八階建てのほとんど装飾の無いのっぺりとしたビル。中央入り口正面に八階までのエレベーター、右奥に屋上までの折り返し階段がある。
 各階には広めのテナントが三店舗ずつ入っているが、現在はビル自体が封鎖されているため、どの店も閉まっている。屋上直下の八階のテナントは最奥に横長に広がるイベントスペース、エレベーターを挟んで右にレストラン、左に本屋がある。イベントスペースには中央に鍵のかかった大きな観音開きの窓がひとつ、レストランは壁一面にガラスがはめ込まれている。
 エレベーターの裏には非常用の梯子が隠され、そのまま登ると天井を押し上げてドロップゾーン中央に出ることが出来るが、そこは従魔の輪の中心となる。
 なお、本屋の真上が本殿となるが、屋上がドロップゾーンと化しているため、天井を破り上階へ突破する方法は使えないと書かれている。

 二枚目『ドロップゾーン』。
 ビル中央入り口から右手奥に一階から続く階段があり、そこを開くと屋上の庭園へ出る造りになっている。二十メートルほど先に社があり、そこに五体の鎧武者姿の従魔が大きく円を描くようにじっと佇んでいる。
 社までの間には玉砂利が敷き詰められ、所々今は緑の桜の樹が植えられている。切妻造の大きな屋根の上に愚神が居り、侵入者に気付けば様子を見ながらゆっくりと降りてくる。

 三枚目『拝殿および本殿』。
 社は、短い階段のある正面の扉と本殿へと続く扉を持つ広めの拝殿と、石の間と呼ばれる石敷きの道、それを渡った先にある本殿で構成される。
 本殿は小さく、大人が三人入れるかどうかの空間しかない。本殿の中心に御神体である銅剣が納められている。また、その床下にキリーは隠れている。
 拝殿、本殿内には従魔は入って来るが、愚神は何故か入って来ず、一定時間で屋根へと戻ることが多いが、脱出しようとすると階段前に現れる。


●救出、そして、脱出ゲーム

 広い部屋に集められた能力者と英雄たちは、上品なスーツ姿の初老の老人から事の経緯を聞かされた。彼の持ち物であるビルの社から御神体を取り戻そうと荒事を専門にした何でも屋を五人雇った事、彼らのほとんどが愚神率いる従魔に殺されたこと。
「最初からHOPEの皆様にお任せすれば良かったのですが……。あそこに祭られた銅剣は我が家の宝でして、一族の手前、一刻も早く手元に戻したかったのです。本当に彼らには申し訳ないことをしました」
 老人────ビルのオーナーの依頼は『銅剣の確保』と『生存者一名の救出』。愚神及び従魔に対してはHOPEの対応を待つと言う。
「もちろん、倒しても構いませんが、危ないことをしてもその分報酬を上乗せすることはできません。一両日中にはHOPEからの討伐部隊が来る予定です」
 そう言って彼が提示した金額は一般の調査と呼ばれる依頼にしては高額のものだった。

解説

 アイテムとキャラクターの救出脱出が目的です。
 従魔五体はビルの入り口に配置されていますので、ドアから進入した場合は戦闘は避けられませんが、戦闘の途中で離脱することも可能です。
 キリーは愚神をケントゥリオ級以上と判断していますが、実際はレベル4トリブヌス級であり、戦闘したとしても勝利することは難しく、むしろ全滅の可能性すらありますので戦闘は避けてください。
 愚神は屋根の上に居るので、戦闘に加わるまでしばらく時間がかかります。
 また、脱出の際には愚神はビルのドアの前で待ち構えており、本殿内から遠目でもそれを確認することができます。
 生存者の居る床下へは御神体の部屋の床を剥がすと入れます。


●登場
キリー:生存者。何でも請け負う外国版よろずやの傭兵団一員。金髪の外国人成人女性(一般人に比べて喧嘩が強い、度胸がある程度)。能力者ではない彼女からの情報は断片的なもので、冷静なPCが居れば、その情報が全てではないと気付くことでしょう。
御神体:銅製の日本刀。殺傷能力は無い。
愚神:レベル4トリブヌス級。市松人形のような切りそろえた前髪とおかっぱ髪、朱色の着物を着た15、6歳くらいの少女の姿をしている。瞳は黒く白目が無い。御神体を真似た鋼の日本刀を持っており、高い身体能力を持つ。飛行能力は無い。
従魔:五体。鎧武者姿。動きは遅いが攻撃力は高め。連携を組んで戦うことはない。

リプレイ

●月夜の下で
 神無月の少し肌寒い夜。心なしか黒々と見えるそのビルを見上げるひとりの紫の髪の男の姿があった。表情の乏しいその顔からは彼が何を考えているのかは伺い知ることはできない。そこへ、左腕にタトゥーのある赤い瞳の女性がやってきた。
「……ツラナミ」
「ブツだけじゃなくミイラになったミイラ取りもご一緒に……ってか。しかも愚神付きとか……くそだるい……あれ、何でこんな面倒な仕事引き受けたんだっけ?」
「……報酬が良いから」
「……あー、そう。確かにそうだ。あの時の軽率な自分を殴り殺してやりたい。……ま、しょうがねえやな。行くぞ、サヤ」
「了解」
 ツラナミ(aa1426)は藍色のぐい呑みの形をしたペンダントトップをぐいっと引っ張って見せると、38(aa1426hero001)に言う。
「『俺の仕事を手伝え』、38(サヤ)」
 赤い瞳の女性は消え、そこには片目が赤く染まった先程の男が独り立つ。右腕に英雄と同じタトゥーが浮かび上がっていた。
「ツラナミー?」
 ビルの入り口から声がかかる。可愛らしい微笑を浮かべて茶色い髪をふわふわと揺らせたのは、『護衛組』としてツラナミと組む言峰 estrela(aa0526)だ。
「初任務なのー! おかねいっぱいくれるっていうから受けてみたけれど。思ったより強敵のにおいかしらっ!?」
 こちらに歩いてくるツラナミを見ながら、はしゃぐエストレーラに、ドアの影から声がする。
「……レーラ、今回は討伐ではないぞ……勇気と蛮勇は似て非なるものと知れ」
 影の中に月光のように白く光る銀の髪。美しい赤い瞳はただエストレーラのみを映す。
「はいはーい。もちろん、気をつけるのよー! きゅうべー、ツラナミさんたちが来るからワタシたちもリンクしてしまいましょう」
 エストレーラの声にキュベレー(aa0526hero001)は無言で頷く。彼女がエストレーラ以外の者、特に英雄を苦手であることを気遣っての発言だともちろん気付いていた。キュベレーを受け入れたエストレーラは穏やかな微笑を浮かべ、手元のショートソードを取り出し確認する。彼女の私物であるそれは、事前に確認した御神体と呼ばれる銅剣にそっくりに偽装されていた。
「念のためなのー」

「……通信は、大丈夫そうだよね」
 階段を上りながら手元のスマートフォンを見て、桃色の髪の少女──いや、少年、シールス ブリザード(aa0199)は悔しそうに呟いた。
「HOPEから無線機を借りられれば良かったんだけど、時間が無くて用意できなかったんだよ」
 HOPEなら複数の無線機の用意など常にあるだろうに、その日はなぜか申請が通らなかった。代わりに各自のスマートフォンを利用して連絡を取ることになった。ドロップゾーンやビルの内部での通信状況が心配だったが、幸い、キリーのメールが届くように、ここでのスマートフォンでの通信は問題が無さそうだった。
「まあ、スマホの方がキリーのメールやら地図やら確認できていいじゃない」
 餅 望月(aa0843)が元気な声で答える。シールスを元気付けているつもりらしい。気遣いに気がついたシールスは柔和な笑みで応えた。
「本当は、ワタシが先に空から偵察に行って写真でもなんでも撮ってくればいいんだよね」
 相棒の英雄である百薬(aa0843hero001)の言葉に望月は一瞬固まる。自称天使の百薬本人は飛べるつもりだが、その小さな羽根で飛んでもすぐに落ちることを今までの付き合いで彼女はよく知っているからだ。
「へえ、百薬君は飛べるんだな」
 前を歩いていたメイナード(aa0655)が驚いたように振り返る。見た目は筋骨隆々とした巨躯と刻まれた無数の傷跡が見た者を威嚇するには充分の強面の壮年の男だが、それは意外に穏やかで優しい話し方だった。それに対して、隣に張り付くように歩いていたぶかぶかの白衣と眼鏡をかけたメイナードの英雄である幼い少女、Alice:IDEA(aa0655hero001)が驚いたような呆れたような声を上げる。
「えっ…あの、冗談で言ってるんですよね? もう、おじさんも英雄が飛べるわけないじゃないですか──」
 イデアの声を遮るように、望月が元気に手を振り上げる。
「というわけで百薬らいどおん! え? ブレイブ? なんでもいいよもう!」
「ええっ、ワタシ!? いいけど!?」
 望月の掛け声に慌てながらも素直に百薬がリンクする。それを見たシールスも階段の先とスマートフォンの画面に映ったビルの案内図を見比べながら「そろそろ僕たちもリンクした方がいいかな」と呟き、メイナードたちも頷いた。
 一番後ろを歩いていた明日沢 今日人(aa0485)は一連のやり取りをまるでガラスの向こうの出来事のように見ていた。
 ──僕に誰かを救う力なんてないし、かっこよく戦う力なんてない
「なんでみんなあんなに平気なんだろう。だって、この先には凄く強い敵がいるんだよ……」
 ぞわりとした震えが足の表面を舐めるように駆け上って心臓を目指す。
 ──敵は恐ろしいし、ライヴスの力も恐ろしい。ああ、本当の事を言えば今すぐ逃げてしまいたい。この中で一番覚悟なく立っているのはきっと僕だ。
 思わず足を止めた今日人の肩を軽く叩いた手がある。その先にはまるで鏡に映したように今日人そっくりの少年の姿がある。
「俺の言う通りにすれば救出対象は無傷、敵は全滅、世界は平和に包まれて美人の彼女が出来てめでたしめでたしのハッピーエンド間違いなしさ」
「黙って……」
 眼鏡をかけていないだけの今日人そっくりの顔で英雄ユー・フワ(aa0485hero001)が自信たっぷりにうそぶく。その手を払うように今日人は一歩前に足を踏み出した。それをフワは薄い笑みを浮かべて見守ると己の気弱なリンカーと共鳴した。

●突入
 屋上へと続くドアに密着してそっと耳をそばだてていた望月が振り返って頷く。シールスの指が動き、その手の中のスマートフォンの明るい画面が動く。即座にまた画面が変わり、それを確認した彼は赤い瞳をすっと細めた。今日人が自分をホストにして全員とグループ通話状態に設定すると、スピーカーホンモードに設定したスマートフォンをそれぞれが通話しやすい場所に滑り込ませた。
 準備が終わったことを確認すると得物を構えたメイナードの前でシールスは一呼吸置く。そして、目の前の扉を乱暴に蹴り開けた。
「さあ来い、僕が相手になってやる!」
 ねっとりとしたしじまに満ちていた庭園に金属製のドアが乱暴に蹴り開けられた音が響いた。闇から厭らしく覗く巨大な目玉のような巨大な月の光の下で、うつむいた染みのような五つの影が照らし出されている。重い金属を繋いで出来たそれらは、耳の無い体で音に反応し面を上げた。
 月光の下を走る影。シールスやメイナードを抜いて一番後ろに居たはずの今日人が、のろのろと円陣を崩し始めた鎧武者の元へ辿り着いた。五体の鎧武者たちは今日人を敵と認識するとそちらへと動く。一番手前の武者がその刃を今日人に振り下ろした。しかし、素早く今日人は鎧武者のその反応に合わせて後ろへ飛ぶ。振り下ろされた刃は砂利を弾いて地面に刺さる。それを追って、次の一体がまた刃を振り上げる。先の一体が腰から脇差を抜き突き出す。小さな悲鳴が今日人の口から漏れ、彼の手の一メートルはあろうかという片刃の曲刀が風を鳴らして脇差を持った鎧武者の顔を薙ぎ払った。すると、一撃を避けられたもう一体が中空で止めた刃を返すように一撃──打ち込もうとして、動きを止める。その腕に棘のある鞭が絡みついて動きを阻害していた。従魔は目の無い面をぎこちなく動かし、背後でローゼンクイーンを構えたシールスを新たな敵として認識する。
 鎧武者の円陣が崩れ、園庭の中心から動いたことを確認したシールスはスマホに向かって短く合図を送ると、今日人の戦う敵の背後に回りこんだ。シールスのその動きを視界の隅で確認したメイナードは二人が相手にしている以外の鎧武者を自分に引き付けるべく、スナイパーライフルを打ち込んだ。銃撃に残りの三体が今日人に向かっていた足を止め、目的をメイナードに変える。
「バーンと飛び込んでみよう! あたしの相手も必要だよね!」
 銀色の光が弧を描き、鎧武者の足元を払う。黒い柄の死神を思わせる鎌を握った望月が素早くメイナードと鎧武者たちの間を駆け抜けた。
 ダン! 重い音を響かせて、武器をライフルからボルックスグローブへと変えたメイナードが拳を突き合せる。

 スマートフォンからシールスの固い声が合図を送る。エストレーラとツラナミの視線が交じわる。エレベーターの裏に引き出された非常用梯子の途中で足を止めていたツラナミは薄く開けた天井から覗く。従魔らしき鎧武者が遠くで刀を振るう姿を認める。
「一、二……五体居るな。愚神はどこだ?」
 赤と紫の目が鋭く辺りを見回す。
 大きな月を背景に、本来は小さな社だった巨大な屋敷の切妻造の屋根の上に市松人形のような少女が居る。切り揃えられた髪を揺らし、にんまり笑うそれはまるで虫をいたぶる子供の無邪気な残虐さを現す。湯の中を進むようにのろのろと視線をシールスたちの方に移して屋根の上を歩いていくその姿に、修羅場を潜ってきたツラナミの本能が危険を告げる。
「行くぞ」
 ツラナミの乾いた声を合図に、ツラナミとエストレーラは素早く天井を跳ね除けると庭園に進入した。

●社と庭園
 エストレーラは足音も無く短い階段を駆け上る。本殿の扉を開くと影のように中に滑り込む。そこは濃い静謐に満たされていた。
『あれが愚神か……』
「あれはさすがに戦っちゃダメなやつだってわかるのねー」
 キュベレーの呟きにエストレーラは苦く笑う。庭園を駆け抜ける際に見たあの顔。彼女はあの傲慢な顔を浮かべる者の質をよく知っていた。あの愚神はここの『絶対的な主』なのだ。
「キリーに連絡を取るぞ」
 エストレーラの後から拝殿に滑り込んだツラナミがスマートフォンを手に取る。予定ではここでキリーに連絡を取り、彼女に本殿から脱出してもらう手はずだった。ツラナミがキリーにコールをする。静かな拝殿の中に呼び出し音が鳴り──。
「HOPEのかたですか……」
 震えるキリーの声が聞こえた瞬間、神聖で静謐な拝殿の空気が崩れた。壁がメキメキと破られ、突き出された従魔の刃がエストレーラを眼前を掠める。

 庭園では鎧武者とメイナード、望月、シールス、今日人が戦っていた。
 望月の鎌が従魔を傷つけ、メイナードの拳がその鎧に打ち込まれる度に重い音が響く。
 飛び退いて距離を取り、望月の空を凪ぐ銀の光が一体の鎧武者の腹を浅く刈る。その何度目かの斬撃を吸い込むように受け入れると、従魔はゆっくりと背中から崩れ落ちる。地面にぶつかる瞬間、鎧がばらばらと解け、玉砂利を弾いて音を立てた。
 メイナードの拳は従魔を潰す。その重い一撃がひとつひとつ鎧を抉って潰して潰して。鎧は歪な鉄塊と化した。それでも、それは胸板が外れた虚ろな姿で刀を振り回すがさらに打ち込まれた一撃が、その刀を弾き飛ばした。吹き飛ばされ、膝を着くように鎧武者は静止した。
 望月とメイナードは互いの戦果を確認し、そして、気付く。従魔が二体しか居ないことに。
「しまった……!」
 庭園の入り口近くで今日人とシールスは互いに互いをフォローし合いながら、曲刀と鋭い鞭が二体の鎧武者を交互に攻撃する。何度目かの攻撃を受け、一体の従魔がその体の向きを変えた。それに気付いたシールスの顔色が変わった。
「彼らには近づけさせない。僕が相手になると言ってるだろう!」
 シールスの鞭が空を切って唸る。面頬を弾かれた鎧武者は、こちらも脇差を引き抜くと鞭の持ち主に向かって走る。今日人はリンクしたフワに半ば身体を引っ張られるように、その間に飛び込んだ。鎧武者の攻撃がシールスに向かないように──それは、自然、自分に敵の目を集めるということ。
「こっこれで良いのっ!?」
『まー65点ってとこ?』
「ちち因みに滅茶苦茶怖くて死にそうな場合のアドバイスとかは!」
『エロい事でも考えとけ』
 先に止めを刺されたのは最初に今日人の強烈な一撃を食らい兜を潰された従魔だった。弾き飛んだ首の無い体から紫色の煙を吐きながら脇差を振り回すその体に、今日人のシルフィードが叩きつけられる。何度か攻撃に耐えたその鎧も毬のように弾け飛び、シールスの鞭に再び絡め取られたもう一体の従魔に激突してひしゃげた鉄の塊と化した。
「やりましたね!」
「僕……!」
 彼らが心中で息をつく一瞬。それは来た。
 ぬばたまの美しい髪も朱色の着物もほとんど揺らさずに、切妻屋根からゆるゆると降りてきたそれ。十五、六の市松人形を思わせる少女は、切り揃えた前髪の下で、微笑を浮かべた。そっとのばした手の先にはくもり一つ無い抜き身の美しい刀身が光る。それが静かに素早く動き、見えない衝撃が地面をえぐった。巻き上げられた玉砂利が石つぶてのように降り注ぎ、地面は抉れたコンクリートが露になる。
 石の雨が止むと、そこには、愚神の日本刀を受け止め歯を食いしばらせたメイナードの姿があった。
「まさかケントゥリオ級以上と相まみえるとはな……今回ばかりは、覚悟を決めておくか……」
『……大丈夫ですよ、おじさん。なんたって、わたしが付いてるんですから』
 震えるイデアの声にメイナードは軽く笑ってみせた。

 震える手で希望を持って通話ボタンを押したキリーは、その向こうで再び始まった争いの音に恐怖で震えた。
「も、もう、いやあああ!」
 絶叫したキリーは銅剣を抱えて本殿の床下から這い出した。石の間と呼ばれる石敷きの道の上に埃だらけの身体を投げ出す。
「キリー!」
 腕を翳して弾け飛んできた板の破片から顔を守るキリー。そして、恐る恐る顔を上げると、そこには黒々とした影のような鎧武者が立っていた。張り付いた喉から潰れた悲鳴が這い上がる。その瞬間、細い腕が彼女の前に翳された。もう一本の死神の鎌が鎧武者の眼前を掠める。辛うじてそれを避けた従魔の背を、ばっさりと同じ細腕が振るった鎌が切り裂く。次いで、重い音を立てて拳がその従魔の脇腹にめり込む。なぜか従魔は呆然とそれを受け入れた。鎧がガラガラと音を立てて崩れ落ちた後に、にっこりと微笑むエストレーラの姿。そして、キリーの前で鎌を振り翳したままの、全く同じ姿をした──。ジェミニストライクの効果が切れ、幻影の姿が消えたと同時にキリーの身体がゆっくり沈む。
「……キリーちゃん? だけ梯子降りて、俺らと別方向にダッシュかましてもらおうと思ったんだが──気を失ってるんなら、まあしょうがない。最後まで面倒見てやるよ」
 ため息をひとつ着くと、ツラナミは少し優しい手つきでキリーの身体を背負い、キリーの抱えていた銅剣をエストレーラに放って寄越した。それをキャッチしたエストレーラは困ったように「お疲れだったのよー」と頬を掻いた。

 自分の刃を支えるメイナードの拳をつまらなそうに一瞥すると、愚神はその剣を軽く引いた。刃を掴んでいたメイナードが信じられないというように目を見開いた。
「──っ、撤退だ」
 囁くようなシールスの声に二人ははっとして、彼の視線の先を見る。庭園の真ん中、非常梯子の入り口からスマートフォンと布にくるまれたなにかを握ったエストレーラの姿が見えた。メイナードはもう一度己の拳を握りこむ。
「さらばだ、お嬢さん。もう会わない事を祈ってるよ」
 今日人は記憶した脱出経路を頭に描き、仲間を見る。割れた石砂利を蹴って一同が走り出す。
 愚神の目がごろりと動き、大きなその暗い瞳に今日人の影が映った。
「なんか今までみたことない愚神じゃない、しっかり拝見させてもらっちゃおうか」
 赤い血が滴る。今日人をカバーリングし、武器を掲げその刃を完全に受け止めていたはずの望月。軽口を叩くけれども、その肩は赤く染まり額からは脂汗が滲んでいた。
「望月さん!」
「あとは、ワタシ達の力量もよ、どこまでやれてどこまでやれないか、ちゃんとわかっとかないと今後にも影響するからね」
 それは自分に言ったのか。
「チッ……流石に洒落にならんなッ……!」
 メイナードは構えを取る。
「僕は、僕はここで負けるわけにはいかないんだ!」
 シールスは鞭を唸らせた。
 目の前での仲間たちのやり取りを呆然と見ていた今日人は再び震え出した膝を強く叩いた。
 ──敵は恐ろしいし、今すぐ逃げてしまいたい。でも。
「それでもやるしかないんだ。僕は、力を持ってしまったのだから……」
 荒い息と共に吐き出した声に、彼の中の英雄は尋ねる。
『――さァ誓約を果たせ。お前の、名前は、何だ?』
「……僕の名前は……名前……っ」
 それは、彼らの契約。
「明日沢……今日人……っ!!」
 叫ぶと、今日人は再びシルフィードを愚神の首目掛けて突き出した。それを避ける愚神の首をすくうように背後に回った望月の鎌が、その刃に押し付けるようにメイナードの拳が叩き込まれる。
「────っ!」
 笑みを消した愚神の刀の腹が鎌と自分の間に差し込まれる。そして。刀の腹で鎌を押し戻し、打ち込まれたシルフィードに己の胸を当てた。
「う、うわああああ!」
 今日人が絶叫をあげる。浅く刺さった曲刀の刃部分を愚神は片手で強く掴んだ。
 ────気がつくと、三人は砂利の上に叩きつけられていた。愚神は切妻屋根の上まで飛び上がり、僅かに赤く染まった着物を不思議そうに見ていた。シールスが望月を背負うと、四人は階段のドアへ駆け込む。階段を駆け下りていくと、先にキリーを背負ったツラナミとエストレーラの背中が見えた。同時に背後でドアが弾け飛ぶ音がした。
「階段まで来たら転げ落ちたって飛び降りたっていいっしょ、いそげ!」
 シールスの背中で望月が叫ぶ。その声にツラナミがちらりと振り返って何か言いたげな視線を寄越した。
「転げ落ち……って、ああ!」
 即座に、一同はバラバラに手近なテナントに飛び込む。そして、閉まりきった窓に向かって顔を庇って飛び込んだ。

●偶人刀
 次々に賑やかな音を響かせて、きらきらとガラスの破片が地上に降り注ぐ。ビルから少し離れた場所に停めたバンの扉が開き、上品なスーツ姿の老人が降りてきた。壁を伝い、蹴り、またはそのまま空中に身を躍らせたリンカーたちの姿が見開いた目に映る。だが、その中に男に背負われた金髪の女性と剣を抱えた女性リンカーの姿を認めると、ほうと大きく安堵の息をついた。

「で、依頼人さん、結局御神体に何があるのよ、そこ詳しく教えといてもらってもいいんじゃないの?」
 シールスに傷を癒して貰いながら望月が口を尖らせる。それに対して、老人は困ったように首を傾げた。
「──いえ、申し訳ありませんが、別にこの刀になんらかの力があるというわけではないのです。ただ、これは──我が家の家宝でして……どうしても取り戻したかったのです……なぜなら、今からここは──」
 彼の言葉は掻き消された。耳を劈く鋭い戦闘機の音。HOPEのロゴの入ったそれはビルの屋上を通過していく。恐らく、HOPEの愚神討伐部隊が到着したのだろう。
 ────ああ、そうか。
 ビルの屋上で激しい爆発が起こった。切妻造りの屋根が吹き飛ぶのが見えた。これから、トリブヌス級の愚神と彼らに対抗できるリンカーたちとの激しい戦いが始まるのだ。
 それは今の自分たちの役目ではない。
 ────でも……いつか。
「さあ、皆様はこちらに。キリーも少し怪我をしているようですし、手当てが必要です」
 大切そうに銅剣を抱える彼に促されて、一同は用意されたバンへと向かった。
 誰とも無く、そっと足を止めて後ろを振り返った。地上から見る月はあの悪夢の庭よりずっと小さく、静かに優しく彼らを照らしていた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • エージェント
    明日沢 今日人aa0485
  • 危険人物
    メイナードaa0655

重体一覧

参加者

  • 希望の守り人
    シールス ブリザードaa0199
    機械|15才|男性|命中



  • エージェント
    明日沢 今日人aa0485
    人間|16才|男性|命中
  • エージェント
    ユー・フワaa0485hero001
    英雄|16才|男性|シャド
  • エージェント
    言峰 estrelaaa0526
    人間|14才|女性|回避
  • 契約者
    キュベレーaa0526hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • 危険人物
    メイナードaa0655
    機械|46才|男性|防御
  • 筋肉好きだヨ!
    Alice:IDEAaa0655hero001
    英雄|9才|女性|ブレ
  • まだまだ踊りは終わらない
    餅 望月aa0843
    人間|19才|女性|生命
  • さすらいのグルメ旅行者
    百薬aa0843hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • エージェント
    ツラナミaa1426
    機械|47才|男性|攻撃
  • そこに在るのは当たり前
    38aa1426hero001
    英雄|19才|女性|シャド
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