本部

朝、ぬくもりの東京海上支部

星くもゆき

形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
無し
相談期間
5日
完成日
2016/02/26 19:26

掲示板

オープニング

 真冬の一日。前日に続く記録的な寒波のおかげで、室内であっても底冷えする。
 そんな寒い日の朝、H.O.P.E.東京海上支部。畳張りの休憩室に並ぶ、何枚もの布団。真っ白でもっふもふで何と暖かそうなことか。
 その布団に包まって惰眠を貪っているのは、勿論エージェント達である。
 何故休憩室の布団で寝ているのか。理由は単純、前夜に任務を終えた後、寒すぎて外に出たくないので海上支部に宿泊させてもらったのだ。1日だけならということで和室をあてがってもらい現在に至るわけだ。

 真冬日に、和室の布団で、もっふもふ。

 やばい。魔力がやばい。拘束力がやばい。一生ぬくぬくしていたいという衝動がやばい。
 時計を確認すると、現在朝8時。嘘だろ、もう8時なのか。

 12時には帰るようにと職員には言われていた。というかそれは強制退去の時刻で、さっきから職員が部屋の様子を見に来てるし、早く帰れよ感がすごい。

 嫌だよ寒いよ外に出たくないよ。エージェント達は布団の中でもぞもぞと身をよじらせる。
 守りたい、このぬくもり。


 絶対に12時まで居座ってやる。真冬の外界に放り出される運命は変わらないが、1秒でも長く支部内にいてやるからな。
 儚くも強固な覚悟を胸に、エージェント達は布団の中で体を丸めるのだった。

解説

東京海上支部の和室で、朝のしょうもない時間を過ごして頂きます。
朝8時に起床している所からスタート、12時には追い出されます。
外界は雪が降り積もり、めちゃんこ寒い。

前日の遅くまで任務をこなし、その流れで支部に宿泊しています。
和室の設備は下記の通り。

・高級布団 もっふもふで破滅的な暖かさ。脱出は困難。
・高級毛布 ふわっふわで破壊的な暖かさ。脱出は困難。
・コタツ ぬっくぬくで絶望的な暖かさ。蜜柑もある。脱出は困難。
・押入れ 上記の布団が詰まった地獄。懐かしい匂いがする。脱出は困難。
・ヒーター 文明の利器だが触れるとマジで地獄。持ち帰りは困難。

その他テレビ等も一通りある。持ち込みたい物があればどうぞ。
不自然でなければ大体の物はOKです。
部屋から出て行っても構いませんが、室外の描写はありません。


また、1時間ごとに職員がやってきます。
職員はそろそろ帰ってくれませんか的なことを言ってくるので、何とかして切り抜けて下さい。
8時の訪問はやりすごしているので、9時・10時・11時の3回です。
寝たフリをするもよし、説得するもよし、哀願するもよしです。
ただし同じ方法は通じません。それをすると職員に追い出されてしまいます。
当然、共鳴して実力行使は不可です。
12時は強制退去ですのでどうしようもありません。帰りましょう。

リプレイ

●抗え

 8時の襲来をやり過ごした一行は目を覚ましてはいても未だぬっくぬくワールドから抜け出せずにいた。
「野乃……ここ理想郷」
「……同意じゃの……この高級な手触りと暖かさっ! ダメじゃ……出とうない」
 三ッ也 槻右(aa1163)と酉島 野乃(aa1163hero001)はもっふもふの布団に包まれて完全堕落。槻右はジャージ姿をイメージプロジェクターで普段着に偽装、野乃は髪をほどいて子猫のぬいぐるみでもふもふ、部屋着スタイル。
「……外、真っ白だね」
 数少ない布団からの脱出者、鐘 梨李(aa0298)は窓から雪降る外界を見つめながら、相棒のコガネ(aa0298hero001)をうかがう。コガネは冷えた窓ガラスに息を吹きかけ、何やら文字を書いている。
『外、出たくない』
 丸まった文字を見て、梨李は無言で頷き、目を合わせてきたコガネと固い握手を交わすのだった。
 そして任務時にも見せないような速度でコタツへ突入! 布団から出たのもこれが目的でした。牢獄to牢獄。
「あー、天然湯たんぽにゃ……」
「ヤタは湯たんぽじゃないよー?」
 1枚の布団がもぞもぞと動く。内部では金華(aa3184hero001)と八咫(aa3184)が抱き合ってもふっていた。八咫は金華のキャットボディに顔をうずめて安らぎ、金華は八咫の羽を体にかぶせて暖まっている。
「うーん……だめ、気持ち良くて出られないー」
 同じく布団に囚われし者、天都 娑己(aa2459)はすでに脱出を諦めている。だって暖かいんだもん。
「でもまた見に来るよね?」
 英雄・龍ノ紫刀(aa2459hero001)が娑己の耳元でささやく。この2人も1枚の布団で寝ていたのか。
「だねー。出ろって言われちゃうよね……」
「俺は絶対に出ない。この布団から出るぐらいなら死を選ぶ!」
 娑己の懸念を吹き飛ばすような力強い(ダメ人間)宣言を放ったのは五行 環(aa2420)である。布団にくるまって頭しか見えないけど環である。
「男だぜ環……仕方ねえ、オレも付き合ってやるよ」
 くぐもった声。相棒の鬼丸(aa2420hero001)も命を張る覚悟らしい。もはや頭まで布団がかぶさって外からは誰だかわからないけど多分鬼丸。
「しかし相手はH.O.P.E.の職員……どうするんだ? デクリオ級を相手取るようなものだぞ……」
 ちょっと何言ってるかわからないのは賢木 守凪(aa2548)だった。ぬっくぬくだから頭が正常に働いていないのかもしれない。ちなみに彼の英雄・カミユ(aa2548hero001)は布団一式を幻想蝶に持ち込んでもふもふしている。
「デクリオ級なら、力を合わせれば勝てるはずです……」
 今日の寒さゆえか、それともぬくまりすぎて緩んだのか、人間から白虎形態に変化している霙(aa3139)が乗ってきた。霙の英雄・墨色(aa3139hero001)も力強く頷く。もちろん2人も布団をかぶったままだ。全員布団でごろごろしながら話しているのである。ダメ空間ですよ。
「そうか……それもそうだな……俺たちがデクリオ級に遅れを取ることなどありえん……」
 守凪は天井の木目を見つめる。今この場にいるのは志を同じくする同志なのだ。皆で力を合わせればどんな相手にだろうと負けはしない。勝つる!
「それなら一糸乱れぬ連携が必要だね……マルコさんも協力してよね」
 己の英雄に協力を求めるのはアンジェリカ・カノーヴァ(aa0121)。頭からつま先まで毛布と布団で包み込み、目の部分のわずかな隙間からマルコ・マカーリオ(aa0121hero001)を覗く。これが未来の歌姫だそうです。
「結局12時には出なければいけないんだぞ。大人しく帰るべきじゃないのか」
 この牢獄にあって唯一まともな精神でいたのがマルコだ。アンジェリカが動かないから彼はコタツで酒を飲んで時間を潰しているだけであり、帰ろうと思えばいつでも帰れるのである。大人。
「……孤児院のシスターがマルコさんにって送ってくれたイタリアワインがボクの部屋にあるんだよね」
 マルコがスキットルを持つ手を止め、布団(アンジェリカ)を見る。酒に釣られる、これも大人。布団は黙ってマルコを見返している。
「……わかった。俺も協力すればいいんだろう?」
「それでこそ! 頼りにしてるよ」
 今ここに、全員の心が1つになった。それを肌で、精神で感じ取った一同は来るべき強敵を待ち受ける。

 ごろごろしながらな!

●見回り

 9時、戸を叩く音。少しの後に、誰かが休憩室に入ってきた。

「あの、皆さん起きておられます……?」

 職員(デクリオ級)である。

 おずおずと入室してきた彼女が見たものは、整然と並んだ布団の中で、あるいはコタツで寝息を立てるエージェントたちの姿だった。静寂に寝息だけが聞こえる。
 これが彼らが練り上げた第一の策、寝たフリだ!
 寝ているならば出ていけと言えるはずもない。
「皆さーん、ちょっと……」
 並べられた布団の隙間を歩きながら、職員が室内を見渡す。さながら修学旅行の就寝中に見回りに来た先生のようです。
「餡子の入ったパスタライスなんてイタリアにはないよ、むにゃむにゃ」
「……桃色DVDぃ……むにゃ……」
 無茶しやがって、と言いたくなるような大胆な寝言を呟いたのはアンジェリカと環である。むにゃむにゃはないよね。幸い職員の耳には届かず大事には至らなかった。
 しかしなおも職員は動き続ける。一人ひとりの様子を確認しているようだ。瞼を閉じた闇の中で、畳を踏む音、軋む音が耳に入ってくる。
 全員、妙な緊張感を抱かずにはいられない。
 動いたら……死ぬ。
「……ねぇキンカ、もう行った?」
「まだ動くにゃ、奴はまだいるにゃ……」
 緊張状態に耐え切れず八咫が声を出した。金華は慌てて、手で八咫の口を塞ぐ。まだ敵はいる。奴が消えるまで完全に気配を殺さなければ。
 ぎしっ、ぎしっ。
 足音が霙と墨色の布団で止まった。職員は2人の寝顔を確かめる。
「……zzzZ」
「……ムニャ」
 寝ている。ムニャと言ったが寝ている。何と幸せそうな寝姿か。時折ぴくりと動く猫耳が何とも愛らしい。
「やだ、かわいい」
 ぬこ動画でも見るような表情の職員。霙たちは当初は寝たフリで目を閉じていたが、恐るべき布団に取り込まれてガチ寝してしまったようだ。
 職員は声をかけるのを諦め、また誰か起きている者を探す。
 ぎしっ。ぎしっ。
 足音が娑己の布団で止まった。職員は耳を近づけ、娑己と彼女に抱きついている紫刀の寝息を確認する。決して心臓の鼓動音ではない。
 ……。
 …………。
「すぴー……」
 娑己もガチで寝ていた。彼女も布団の魔力に呑まれ、二度寝に突入していたのだ。
「寝てる……でも、うーん……」
 悩みつつも、起きてもらえないかと娑己の体を揺すろうとする職員。すると紫刀が目を開き、職員のほうを向いた。
「わっ!?」
「しー……昨日結構ハードだったんだ。みんな疲労困憊でさ、もうちょっと寝かせてあげてよ」
 人差し指を唇に当て、紫刀が頼み込む。起こしづらい空気を醸し出して職員の撃退を狙っている。
「すまないね、察してやってくれな?」
 コタツから加勢。職員が振り向くと、紫刀と同じく『しーっ』のポーズを取っているコガネがいた。連携プレイで効果倍増のはず。
「……そのようですね。ではまた後で」
 職員は抜き足差し足で室外まで歩いていき、そっと戸を閉じて去っていった。

 数十秒の後。

「行ったか……」
 守凪の一声を皮切りに、全員の緊張がふわっとほどけていく。寝たフリをやめて布団でもぞもぞ。紫刀は眠っている娑己に抱きついて至福の時を満喫する。欲がだだ漏れている。
「あー気ぃ使った。この寒い中、外に放り出されたらたまったもんじゃねぇからなぁ」
 さっきまで仲間を気遣うお兄さんな感じだったコガネは茶を啜りながら文句を言い、卓の上の蜜柑に手を伸ばす。一難去って、くつろぐ気満々である。
 寝たフリの緊張で目が覚めてしまった八咫と金華も布団を抜け、コタツへと居を移す。八咫は早速蜜柑に手をつけ、金華は頭からコタツ内部へ滑り込んでいく。
「蜜柑おいしい……はいキンカ、これ」
 八咫は剥いた蜜柑を金華に渡す。
「くるしゅうないぞー、八咫もわかってきたにゃあ」
 ひょこっと頭を出してきた金華はそれを受け取り、八咫を労う。金華さんは一応、元女王ってことになってますから態度が大きいのです。
「しばらくはごろごろできるなぁ」
「しかしまた来ると言っておったな……」
 未だ布団から一瞬たりとも出ていない槻右と野乃は、第1戦の勝利を喜びながらも次の戦いを警戒する。
「次の襲撃をどう切り抜けるかだね……まだ僕らはここを明け渡すわけにはいかないんだ」
 顎に手を添えて考えに耽る槻右。今度も寝たフリ、というわけにもいくまい。
「お外さみぃよー。出るのやだー」
「お布団ぬくぬくー。出るのやだー」
 波打つ2体の布団。環と鬼丸が布団をかぶって駄々をこねている。世界よ驚け、これが日本のダメ人間だ。
「……ぁふ……」
 にわかにざわついた空気に反応し、霙が目を覚ます。続けて墨色も起床し、猫のようにぐーっと体を伸ばす。
「職員さん、行った……?」
 霙は寝ぼけ眼で状況確認。
「あぁもう行ったぞ……だが奴はまた来る。新たな作戦を立てなければな……」
 守凪の表情は真剣そのものだ。12時までごろ寝するという任務はこれほどまでに人を駆り立てるものなのか。H.O.P.E.は大丈夫なのか。
 次の襲撃時刻を予想し、一同は次なる作戦を考える。

 もちろん、ごろごろしながらな!

●危機一髪

「あのー、いいですか……?」

 職員さん2度目の来訪。戸を叩いてから、ガチャ。

 全員起きてた。だがせわしない動きを見せている。
 これが彼らの第2の策、話しかけられない雰囲気出す作戦である!
「ない! ない! どこにいったんだろ!?」
 所持品を全てぶちまけて、紫刀が探し物をしている。もちろん失くした物などない。見つけるまで退去できない感じを見せつける狙いだ。
「た、大変! アレがないの!?」
 少し棒読みのセリフを発し、演技が苦手な娑己も紫刀に合わせて一生懸命に動く。
「よければお手伝いしますが……」
 職員が助力を申し出るも、紫刀はふっと笑って首を横に振る。
「アレ、誰にも見せられないものなんだ。悪いけど自分たちで探させてよ」
「はぁ……」
「ないー、ないー」
 困惑する職員をよそに2人は探し物のフリを続け、あっちこっちを荒らし回る。部屋を散らかしてすぐには帰れないように見せる二段構えの作戦なのだ。
「2人とも、もう少し静かに頼むよ」
 クールに注意するのは槻右。何と槻右は布団から出ており、何かの資料を畳に広げて猛烈な速度でノートPCを操作している。目も画面を追って左右に動き、背筋を伸ばしてPCを操る様子はデキる人間のようだ。
 だが実際のPCの画面は。

「拝啓 H.O.P.E.様。僕から布団を奪うならまず僕を殺して下さい。布団をはがされれば死んだも同然です。H.O.P.E.は僕に死ねと言うのですか。悪鬼羅刹なのですか。H.O.P.E.とは人類の希望、つまりは布団ではないのですか。僕は布団になるつもりでH.O.P.E.のエージェントになりました。布団になりたいのです。生まれ変わったら僕は布団になりたい。布団になりたい布団になりたい……」

 なにこれこわい。怪文書。職員に見られたらおしまいですよ。後ろの野乃も心配そうな目で槻右を見ていますよ。
 コタツではコガネが紙に筆を走らせ、梨李はどこかからかき集めた本を高く積み上げて黙々と書類作成に勤しんでいた。もちろん演技である。
「あっ、ヤベェ誤字った……!」
 職員に聞こえるよう絶妙な声量で梨李に話しかけるコガネ。その表情は彼がかつて見せたことのないほどに絶望的なものだった。
「……その誤字は、やばい、ね」
 書き物中(写経)だった梨李はこくりと頷き、新たな紙をコガネに手渡す。コガネが実際に見せたものはモデル不明の前衛的な似顔絵であり、梨李の『やばい』は彼女の本心からのものだった。誰の似顔絵だったのだ。
 梨李たちと同じ卓では八咫と金華も作戦実行中。本や書類を所狭しと並べて割り込めない空気を作り出す。
「ぐぬにゅ、このブランドが安くなってるにゃ、これは買いにゃ」
「……そこだけは理解できないんだよー、おいしいのー……?」
「あちしほどになると高級猫缶でないと満足できないのにゃ!」
 話題選べよと突っ込みたくなるが、2人は、というか金華は猫缶について熱い検討をしている模様である。卓に並んでいるのも猫缶のカタログや関連書類のようだ。出所は不明!
「あの、皆さん……?」
 忙しそうな空気だというのに職員は話しかけてくる。業務のうちですから。しかし部屋に入り込まれては芝居がバレてしまう。一同に危機迫る。
 その時。
 ごつっ、と何かが畳に落ちる音。職員がそちらを向く。
 視線の先には、ぽつりとスマホ。そして、耳のあたりに空の手を添える環がいた。恐らく彼が耳に当てていたスマホが落下したのだろう。
「……和尚が……死んだ……? 嘘……だろ……」
「……マジかよ……」
 嘘です。しかし環の頬を伝う一筋の涙。彼は目を手で覆い、泣き顔を誰にも見られまいとする。だがそれでも止められない嗚咽。察した鬼丸も陰りある顔で環の肩に優しく手を置く。
「……和尚……! 俺、俺まだあんたに何も返せてねえよ……何も恩返しできてねえよ……」
「環……仕方ねえよ。これが、天命って奴なんだろうぜ……」
「鬼丸……!」
 がっしと抱き合い、悲しみを分かち合う2人。演技派。
「環さん……」
 娑己が心配そうに環に寄り添う。巫女ですもの、こういう場面で知らん顔は出来ないのです。
「天都さん……」
 環も娑己に泣き顔を向ける。完璧だ。完璧な泣きシーンですよ。

「アレ見なかったですか?」

「!?」

 ぶっこみの娑己。環の大芝居にぶっこんできた。思わぬ伏兵に環も鬼丸も驚愕。
「ちょ、ちょっと娑己様!」
 慌てて紫刀が娑己を止める。
「今、誰にも見せられないものってあたしが言ったじゃない……!」
「あぁそっか! ごめん紫……」
 小声でひそひそ。2人で笑いながら環のもとから撤収。
 完全に冷めてしまった空気の中、環と鬼丸は恐る恐る職員の顔を窺う。

 いなかった。
「いねぇ! 一体どこに……」
 室内を見回して、環は見つける。閉じられた押入れを不審に思い、開けようとする職員の姿を。
 そして思い出す。職員が来る前に守凪が押入れに隠れてゲームをやると言っていたことを。言っていやがったことを。毛布と布団もあるし最高だなと言っていやがったことを。
「まずい……!」
 職員を押入れから遠ざけようとするも時すでに遅し。ガラッと開け放つ。
 押入れの中には、下段で驚いたように職員を見上げる守凪が、そして上段で布団でもふもふしていた霙と墨色がいた。実にピンチ。
「馬鹿な……俺の存在がバレたというのか……!? 何故だ、イヤホンを繋いでいたし音漏れもなかったはず……!」
 敗北感。打ちひしがれる守凪。言い訳のしようがない、完璧な現行犯である。ゲームするなら帰れ、これを打ち破る方法を守凪は知らない。誰も知らない。
「待ってくれ、違うんだ……違うというか、今は……そう、今やっとエンディングにたどり着いたのでな、今はやめられんというか……」
「賢木さんにはお帰り頂くとして」
「!?」
 取り付く島なし。ゲーマーに貸し与える押入れなし。絶望!
 放心状態の守凪を放置し、職員は上段の霙たちに目を向ける。
「お二方は……」
「外の世界では……猫科は押し入れに入るモノと伺っております」
「……偉大な、先人が……いるって……」
「は? 先人?」
 尋ね返す職員。霙は胸を張り。
「えぇ……伝説の青き猫型のアイアンパンクの方が……」
「アイアンパンクっていうか鉄の塊ですけどーー!?」
 思わず職員さんも突っ込んじゃったよ。はしたない。
「それに、先ほどまで使用させて頂いたお布団についてしまった虎毛の処理もございますし」
「先人の栄光に……浸りながら」
 シャッとコロコロを職員に突きつける霙と墨色。確かに猫の毛の処理には悩まされるものだ。理屈としては通る。
 でも獣化している霙の虎毛が押入れの他の布団に付着しているんですが。見るも無惨なのですが。
 呆れた職員は霙たちを引っ張り出そうとする。押入れから、もふもふから追い出される。
「ちょっといいかな」
 はちゃめちゃな状況で、落ち着きを帯びた声が職員にかけられる。マルコだ。
「君のような素敵な女性を困らせるのは心苦しいのだが、どうしても今のうちに報告書を作成しておかなくてはいけなくてな。ところが必要な書類がないんだ。申し訳ないがこちらの資料室の資料を貸してもらえないか」
「え!? はい……」
 押入れを蹂躙していた女性職員の声がうわずる。その反応を見てマルコが攻勢を強める。そっと手を取り、彼女の目を見つめて。
「よければ探すのも手伝ってもらいたい。君と一分一秒でも長く一緒にいたい、俺の我儘を聞いてくれ」
「わ……わかりました……」
 手を引いて彼女を部屋の外へ誘導していくマルコ。報告書作成のフリをしていたアンジェリカとすれ違いざまに目を合わせ、互いに頷く。
「すまぬが職員殿。それがしも獣型の従魔についての資料が欲しいのじゃの。案内してたもれ!」
 野乃がマルコに加勢。2人のほうが職員を足止めできるだろうという考えだ。
「槻右、行ってくるがプリンの約束忘れるでないぞ」
 部屋の戸の前で、野乃が槻右に目で訴えかける。寒い中を働きに出る代償だ。槻右は親指を立てて了承。野乃は気分良くマルコたちの後を追っていった。
「助かった、か……」
 戸が閉まるのを見届けた守凪は安堵の息を漏らし、またゲームを始めた。懲りない。
 他の者も一気に弛緩。全員、目にも止まらぬ速さで布団の中に吸い込まれる。
「この布団なかなかだよなー」
「オレたちの薄っぺらい布団より魔力高いよなー」
 環と鬼丸も泣き演技が嘘のようにだらだら。
「魔力……」
 布団に戻ろうかなと梨李はコタツからもぞっと抜け出す。
 が。
「……無理」
 即刻コタツへ逆戻りの梨李。コタツの驚きの吸引力。
「……コドモは風の子は、幻想……コドモも火の子で、良いと思う」
 若い身分でこの体たらく。蜜柑を消費し続けるだけのこたつむりに未来はあるのか。

●紛糾

「戻ったぞ。さあ布団じゃ!」
 野乃とマルコが職員の連れ出し作戦から戻ってきた。
「マルコさん、お疲れ様。収穫については聞かないでおくよ」
 コタツへ戻っていくマルコに話しかける布団。いや本当に布団が話したり動いたりしているんですよ。

 そこにノック。第3戦始まる。

「失礼します。そろそろお帰り頂けないでしょうか」
 やってきたのは男性職員。別の人。
 どうする。一同は目配せを交わし、即興で動き出す。

「だから! このルートはこちらからのほうがいいに決まっているだろう!」
 卓をダンと打ちつける守凪。
「そんなんじゃダメだよ! え、なんでって……とにかくダーメ!」
 八咫が応戦。理由はノリ。
「えっと……皆さん?」
 職員が話しかけてくるが構ったら負けだ。
「しかし、この状況では人質の救出は……困難ですね」
「資料によると獣型でその階級の場合、大量に召喚されることがあるらしいの?」
 槻右が人質の安全を考慮する発言をし、野乃が補足する。
「厄介だな」
「あたしは見捨てることは出来ないよ……」
 シリアス全開で人質の件を掘り下げていく紫刀。娑己はボロを出さないように「うん、うん」と頷きながら会話に参加する。
「猫缶とイケメン、これを合わせて猫イケメン缶としてH.O.P.E.の目玉商品としてだにゃ……」
「猫缶?」
「しまったにゃ……!」
 急に猫缶の話をし始めた金華に職員の疑いが向く。
 どうにかしてカバーしなければ。
「猫缶に……猫科に……猫科にコタツから出ろ、と仰るのですか……」
「はい?」
 猫缶の話を彼方へと投げ飛ばす霙の剛腕っぷりである。墨色も涙目で職員を見上げ、情に訴えて全部うやむやにする作戦発動!
「猫科をコタツから引きずり出すなど……人の為せる所業でしょうか……!」
「……猫は、こたつで……まるく……」
「う、この不思議な罪悪感は……」
 耳をぷるぷるさせながら訴える霙と墨色の姿に、悪くないのに変な気分になる職員。
「あの従魔はヘヴィアタックでいくほうがいいと思うんだ」
「いや、疾風怒濤での連続攻撃のほうがいいんじゃないか?」
 アンジェリカとマルコが話を進め、職員を置き去りにする。このままどんどん言葉を交わしていけば、職員も諦めて帰るはずだ。
 環がダンッと力強く卓に拳を打ちつけ鬼気迫る表情を見せる。緊迫感を演出し、声をかけづらい雰囲気に持っていく。
「俺たちは……諦めるわけにはいかないんだっ……!」
「和尚の仇でもあるからな……」
 訃報の件といい、彼らの演技力はどこから来るのか。
 会議の蚊帳の外で、混乱状態の職員の肩を梨李がちょんちょんと突く。
「な、何です?」
「皆に、お茶、淹れたいんです。会議、もうすぐ、煮詰まりそうだから……どうかお静かに、お願い、します」
 良い頃合で梨李が引き離しを図る。話についていけない職員は諦念し、梨李の申し出を聞き入れた。
「わかりました……給湯室ならこちらに」
 梨李とともに職員が退室する。梨李は扉を閉める間際に皆に向けて親指を立て、皆も同じく返す。
 全ての戦いを乗り越えた彼らは、一斉に布団とコタツに潜り込む!

 すぐに梨李は部屋に帰ってきた。お礼(賄賂)のチョコブラウニーを渡したので職員の彼がすぐに戻ってくることはないだろう。
「外、寒い……もう絶対、出ない……」
 仕事を終えた梨李はコタツの奥深くにその身をうずめ、もう頭頂部しか見えない。
「やはり、猫は……コタツ……」
 コタツで丸まっている霙と墨色の耳はへちょっとして力ない。
「あと1時間しかねぇのなー」
「あー……」
 オンオフの落差が激しい環と鬼丸。時を惜しむように存分に布団をもふる。
「ふん、考え方を変えたらどうだ……あと1時間もごろ寝できるとな……」
 本来であれば10時に死亡していた守凪にとっては、12時まで生き残っただけでも御の字である。

 しかし1時間はあっという間に過ぎていった。

●さむい

 一丸となって難敵を退治した一同だったが、時計が12時を告げると悲しいほどにあっさりと部屋を追い出された。今までの戦いは何だったのか、多くの者がぬくぬく休憩室を名残惜しそうに見つめていた。
「お世話に、なりました。みかん、美味しかった」
 去り際に梨李は職員にお礼を述べる。コタツの上に配されていた蜜柑は全てたいらげた。満足。
「のんびりしすぎちゃったかな?」
「まぁ、たまにはいいんじゃない?」
 たっぷりと惰眠を貪ってスッキリした娑己と紫刀は、晴れ晴れとした気分で寒空の下へ。
「……過酷すぎる。戻りたい。あの部屋で冬眠したい」
 ジャージ姿から一転、しっかり防寒具を着込んで外界に出た槻右は、冬の厳しさをその身に感じていた。
「たまらぬっ! 寒い。それがしは家まで蝶の中にいるのでな。プリン忘れずになっ!」
「野乃ずるいっ」
 幻想蝶の中に退避する野乃。残された槻右は独り、家路につくのだった。
「帰ったら……寝る」
「なんかダメになるな……」
 環と鬼丸も自分たちがダメ人間と化している自覚とともにちゃっちゃと去っていく。
「嫌にゃ!? 雪降ってるにゃよ!? 死ぬにゃ!!」
「キンカー、帰ってごはんたべよー? ヤタお腹空いちゃった……せっかくだからお鍋でも食べに行こうか?」
 支部内に必死に戻ろうとする金華の腕を引っ張り、八咫も帰っていく。
「寒い……全てが……1人で帰るのは寒い、な……」
 皆で団結した時間から独り寂しい時間。守凪は上着の襟をきゅっと締め、真冬の都会へ消えていく。
「ほらマルコさん、体が大きいんだからボクの風よけになってよね」
 アンジェリカはマルコの背後にピッタリくっついて前進を促す。マルコはやれやれと言いつつも、寒風への盾となって彼女を守ってやるのだった。
 外に出てきた霙は人間の姿に戻っていた。つまりそれはもふもふを失うということ。
「寒い……です……」
 両の腕をさする霙。墨色も傍らでフルフルと震えている。
「……墨色」
「……ん?」
「……コタツ、買って帰りましょう……」
「……賛成」
 神器の購入を決意し、2人は震えながら帰っていくのだった。


 なお、
 無断で休憩室の枕と野乃のぬいぐるみを交換して帰った槻右、
 幻想蝶にカミユが持ち込んだ布団を返し忘れて帰宅した守凪、
 押入れを虎毛でもっふもふにした霙、

 の3名は翌日めちゃくちゃ怒られた。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 希望を胸に
    アンジェリカ・カノーヴァaa0121
    人間|11才|女性|命中
  • コンメディア・デラルテ
    マルコ・マカーリオaa0121hero001
    英雄|38才|男性|ドレ
  • 小さな胸の絆
    鐘 梨李aa0298
    人間|14才|女性|回避
  • エージェント
    コガネaa0298hero001
    英雄|21才|男性|ドレ
  • 拓海の嫁///
    三ッ也 槻右aa1163
    機械|22才|男性|回避
  • 大切な人を見守るために
    酉島 野乃aa1163hero001
    英雄|10才|男性|ドレ
  • エージェント
    五行 環aa2420
    機械|17才|男性|攻撃
  • エージェント
    鬼丸aa2420hero001
    英雄|17才|男性|ドレ
  • 初心者彼女
    天都 娑己aa2459
    人間|16才|女性|攻撃
  • 弄する漆黒の策士
    龍ノ紫刀aa2459hero001
    英雄|16才|女性|ドレ
  • コードブレイカー
    賢木 守凪aa2548
    機械|19才|男性|生命
  • 真心の味わい
    カミユaa2548hero001
    英雄|17才|男性|ドレ
  • Foreseeing
    aa3139
    獣人|20才|女性|防御
  • Gate Keeper
    墨色aa3139hero001
    英雄|11才|?|シャド
  • 木漏れ日落ちる潺のひととき
    八咫aa3184
    獣人|12才|女性|回避
  • あと少しだけ寝かせてくれ
    金華aa3184hero001
    英雄|16才|女性|シャド
前に戻る
ページトップへ戻る