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依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/02/09 13:39:20 -
目指せハートブレイク(相談卓
最終発言2016/02/09 21:44:50
オープニング
●参上!
2月某日、銀座のデパートのギャラリーにある物品が展示されていた。仰々しくショーケースに収められ、ライトアップされているそれは、1つの小さな菓子箱。
その中には12粒のチョコレートしか入っていないのだが、そのチョコレートが曲者。どこかの国にいるという凄腕のショコラティエが全精力を傾けて制作したという、ふわふわした理由で破格の値がついた超高級チョコレートなのだ。
その額、1粒10万ドル。つまり中身のチョコレートだけで120万ドル。加えて箱の材質や包装なんかもすごいっぽいので合わせて150万ドルはするらしい。世界って不思議。
ともかく、そのチョコはもはや菓子ではなく美術品。今回日本にやってきたのも当然販売するわけではなく、単にバレンタインの商機にシンボルとして飾っておくだけのためだ。物珍しいチョコで客を引き、他の商品を交わせて売上アップというわけである。
その馬鹿げた値段のおかげでメディアからも注目され、展示初日である今日はテレビの取材班も集まっていた。
大勢の見物客が詰めかけたギャラリー。ざわついたその場に、奴は現れた。
「こんなクソ高いチョコレートが許されてなるものか! 神が許しても、この私、怪盗グラスハートが許さん!」
高らかに響き渡る、ちょっと恥ずかしい口上。それはどこかから聞こえた。
皆が一斉にキョロキョロと首を回す。
そして、ギャラリーの入口に、変わった人影を見つけたのだ。
そこにいたのは、濃紺のボディスーツにホワイトマント、顔全体はマスクで覆われ、そして胸からはハート型のクリスタルをぶら下げている男がいた。
珍妙な男が、いた。
「とう!」
掛け声と共に、もくもくと煙幕が立ち昇る。
「うわっ!」
「い、一体どうした!?」
煙で客が惑う中、その男は人々の間をかいくぐり、するするとチョコレートが収められたショーケースまでたどり着く。
「この馬鹿げた金額のチョコレート……私が食べさせて頂く!!」
ショーケースの上に立ち、男は大手を広げて観衆にアピールする。
人々から上がる声は……。
「グ、グラスハートだ!」
「メンタルがクッソ弱いから、ということで名前がつけられたあのグラスハートか!?」
「み、皆さん! グラスハートです! 紙メンタルで人気の怪盗グラスハートがギャラリーに現れました!」
色めき立つ観客、スタッフ、テレビ取材陣。
怪盗グラスハート、とっても人気者のようです。
●惨状!
「皆さんの中にも知っていらっしゃる方がいるかはわかりませんが、怪盗グラスハートなる能力者からH.O.P.E.宛に予告状が届きました」
オペレーターはエージェント達の目の前で、1通のメッセージカードを取り出した。
「本日、銀座のデパートのギャラリーに展示されるクソ高いチョコレートをいただく、と書いてあります。調べたところ、本当に馬鹿らしい価格のついたチョコレートが今日から展示されるそうなのです。実際にこの人物が現れるかどうかはわかりませんが、リンカーから予告状が届きながら何も手を打たないというわけにもいきません。そこで皆さんには、このデパートでチョコレートの警備任務に就いてもらいたいのです」
また面倒な仕事が来たものだ、とエージェント達は溜息をつく。
「ちなみにこのグラスハートという能力者についても調査しておきました。何でも彼は精神が非常に打たれ弱く、そのせいで盗みは失敗するばかり、とぼとぼとテンションだだ下がりで帰っていくことから『グラスハート』という異名がついたそうです。従魔を倒したという目撃情報もあるので能力者であることは間違いありません。実際に人が傷ついたり盗難も起きないことから世間での人気も高いようですよ。その人気者を複数でボコボコにするのはH.O.P.E.の好感度を著しく下げることに繋がりますので、皆さんには穏便に事を済ませて頂きたいと思っています。よろしくお願いしますね」
ニコッと笑顔で見送るオペレーター。手は出さず、相手をしろということか。
一層面倒くさい任務になった気がするが、受けてしまった以上、エージェント達は黙って現場に向かうしかないのであった。
解説
怪盗グラスハートをハートブレイクさせて下さい。
グラスハートはアホな怪盗ですが世間の人気者です。
フルボッコにしてしまうとH.O.P.E.の好感度が下がりかねません。
故に、口撃や軽蔑の視線等でメンタルを攻めましょう。
皆さんは予告状を受けて事前にギャラリーに入館、グラスハートを待っていたという状況です。
・グラスハートの人物像
自称・神出鬼没の覆面怪盗リンカー。性別は男。
身のこなしや高い回避能力からクラスはシャドウルーカーと推定されている。
怪盗としての素養は皆無であり世間ではお騒がせキャラとして認知。
リンカーとしての実力は一流だがメンタルがひたすら弱い。良く言えばとっても繊細な心の持ち主。
毎回、颯爽と登場しては、色々な事でハートブレイクして戦意喪失がパターン化している。
そのナイーブなキャラからついた異名が『グラスハート』である。
あまりにも世間で定着してしまったため自分でもそれを名乗っている。
H.O.P.E.に予告状を送ったのは何となく雰囲気重視したため。
今回は一粒10万ドルのクソ高いチョコレートを盗みに惨状! いや参上!
またグラスハートは心が紙装甲の割に口撃力が高いです。
それは繊細ゆえのことなのかもしれません。
イジって欲しいことがあったらプレイングに記して下さい。
一緒にハートブレイクするのも良いかもしれません。
精神的ダメージで生命力減少……充分あると思います。
重体だけは避けないとね! 精神的に重体とかはね!
PL情報
今回の犯行は、チョコに関する特殊事件が頻発したことを受け、今度は楽しいニュースをお届けしようという彼のサービス精神によるものである。
盗むつもりでやってきても結局盗めないだろうが、今回は最初から盗む気がない。
また、彼は基本的に阿呆だが、心根は善良である。恋人はいるわけない。
リプレイ
●出現前だよ☆
グラスハートが現れる前、エージェントたちは館内で思い思いの時間を過ごしていた。
「怪盗からチョコを守るお仕事……これなら私でも何とかなりそうかな?」
「よくわからないけど、ニーナならいけるよ! いざとなったら俺もいるし!」
初任務のために少々不安げな表情を浮かべる藤咲 仁菜(aa3237)を元気よく励ますのはリオン クロフォード(aa3237hero001)である。戦闘任務を避けてこの仕事を選んだ仁菜であるが、それでも怖いことは怖い。リオンはそれを理解した上で仁菜を元気付けようとしているのだが、この世界に来たばかりなので怪盗だの何だのということは全く理解していない。つまり根拠のない自信で俺に任せろと言っているということだ。
「うーん……ね、ジャックちゃん。僕イマイチ何すればいいかわかんないんだけど」
「……キヒヒ♪ オレにいい考えがあるぜ、サクラ、耳貸せよ」
仁菜同様に不安がる桃井 咲良(aa3355)に対し、ジャック・ブギーマン(aa3355hero001)はやたら楽しそうな雰囲気であり、純粋な咲良の耳元で何かアヤしいことを吹き込んでいた。悪い予感しかしない。
「怪盗グラスハート? くだらんな。こんな寒い日にたった1人でチョコレートを盗むなど、怪盗ではなく寂しいぼっちのすることじゃないか」
「まぁねぇ、それをどうにかしようとしてるカミナもぉ、人のことは言えないよねぇ?」
賢木 守凪(aa2548)は腕組みして堂々たる立ち姿で怪盗の出現を待ち受けている。だが彼自身もなかなかのぼっちクオリティを誇る男なので、カミユ(aa2548hero001)はその点をきっちりと指摘しておく。
「賢木さん」
背後から声がかかる。聞き覚えのあるその声に守凪は振り返るが誰もいない。
……いやいる。視線を床に下ろすと、小さくない体を丸めてしゃがんでいる笹山平介(aa0342)がいる。
「……何をしている笹山」
「ビックリしました?」
しゃがんだまま笑顔を向けてくる平介。念のため言っておくとこの人はとっくに成人しています。お茶目。
「そんな子供っぽいことをして……何を考えているんだ、お前は」
呆れた風を装っているが、内心では結構嬉しい守凪。
「いえ、怪盗の気持ちを理解するために怪盗っぽいことをやってみようかと思いまして。まず敵を知らねばなりませんからね。あ、あそこ侵入経路として使えそうですね……賢木さんならどこから来ます?」
「怪盗の気持ちを理解したいのだろう? 俺に聞いてどうするんだ……」
「そうですね、すみません」
「いや、謝ることではないだろう……お前がいて心強い……のは心強いからな! 知り合いがいるのはいいことだからな!!」
ぷんでれ対応で通常運行の守凪と、ニコニコ笑顔でこれまた通常運行な平介。そしてそれを眺めてくふふと笑うカミユも通常運行である。更に平介の子供っぽい行動を柳京香(aa0342hero001)が諌めてこれも……って京香さんがいません。一体どこにいるのでしょう。
「これが怪盗が狙うチョコね……何で10万ドルもするのかしら」
京香はショーケースの高額チョコにちょっと釘付けになっていたのです。平介も見ていたのだが守凪を見つけて直行したので現在はお独り状態なのだ。
「全くその通りよね。1粒10万ドル、何をどうやったらこうなるの?」
ショーケースの隣の面でチョコを眺めていた姚 哭凰(aa3136)が同調。女子同士のチョコトーク……いやお金トークだろうか?
「あらあら、作った人も何を考えていたのですかね? このお値段じゃ食べるの難しいでしょうし、一応なま物ですから時間が経てばダメになりますし……うふふ、時間と労力と材料の無駄遣いですね」
哭凰に合いの手を入れた『あらあらうふふ』なお姉さんは哭凰の英雄・十七夜(aa3136hero001)である。実際に『あらあら』とか『うふふ』とか言っちゃうほど『あらあらうふふ』なのである。
「つまりは一瞬の輝きってわけ。浪漫ね……」
京香さんは浪漫の一言で納得してしまいました。
「チョコにうん十万出すより課金したほうがよっぽど良いだろう」
「私は可愛い子から貰えればなんでもいいけどねぇ」
スマホを操作しながら会話に加わってきたのは神鳥 紅梅(aa3146)だ。相棒の雨水 鈴ともどもチョコには全く興味がないご様子。
「何十万ドルを課金だなんて歴史に残りそうな大事件なの」
哭凰が呟く。円ならともかくドル、紅梅さんの発想は異次元レベルです。
「ところでー、紅梅ちゃん、チョコないの?」
「……はぁ? あると思ったのか?」
さりげなくチョコをおねだりする鈴だったが、紅梅にはそんな俗事に割くリソースなどない。
「本当こーめちゃんは冷たいんだからぁ」
「スマホの充電が減ってきたな、リン! 充電器!」
「はいはい女王陛下、充電器」
使用人のようにササッと充電器を手渡す鈴。手馴れたものですよ。
そんなこんなしているうちに、何やらざわめき。遠くから声。もくもくと立ち込める煙幕。
ショーケースの上にシュバッと参上。濃紺のスーツ男。
グラスハート、来ちゃいました。
●出現したよ☆
怪盗出現を見ても、エージェントたちの反応は様々である。
「わぁ♪ すごいすごい♪ 出ましたねグラスハート」
平介は拍手しながら観衆に混じって怪盗を迎える。
「平介……相手の心を折らないとダメよ?」
いつの間にか合流していた京香は相方をたしなめるように言う。だが平介は数秒考え込む素振りを見せるだけで「お任せします♪」と丸投げ宣言し、完全に外野から観戦するモードになってしまった。
「チョコレートが貰えない男性の究極系ないし成れの果てがこの方なのですね」
「完成系だろ」
「なるほど完熟系」
レオン シュヴェルト(aa3097)と相棒ハンス ゲヴェール(aa3097hero001)は現れた珍怪盗を興味深く観察する。レオンはこんな騒ぎを起こす奴はどんな人物だろうと面白がっているがハンスは憐れみの部分が大きい。
「誰からも誘われず誰も誘うことができない、イベント物は常に敗者の心はグラスのボッチな奴だ。取り扱いには注意しろ」
「これぞ勝者の風格」
勝者……一体ハンスはどれほどのチョコを受け取ったというのか。
「うわー。報告書通りの酷い格好ね、アレ」
「スーツは夜間なら高い隠蔽性を得られそうだが……あのマントでは目立って逆効果だし、仮面に至っては一体、どういう意味が……?」
鬼灯 佐千子(aa2526)とリタ(aa2526hero001)はグラスハートの噂に違わぬ変質者ぶりに驚きを禁じえない。多分彼なりのこだわりとかそんなんだが、2人にはまず間違いなく理解できないだろう。
「あー。……あれはね、厨二力を高める装備よ、ええ」
「ちゅうにりょく? 聞いたことがないな、どんな能力なんだ?」
佐千子の適当な説明を、軍属であったリタは本気で受け止めてしまう。彼女が恐ろしい『ちゅうにりょく』に目覚めないことを祈るばかりである。
「うん? なんだあのイタイ変人は」
「怪盗さんだって。ダサいけど結構派手に登場してたよ。見ててあげないと可哀想だよ」
「何!? アレが怪盗だと! ソシャゲに夢中で気付かんかったわ。地味~なやつだのう」
スマホ画面から目を離してようやく紅梅がグラスハートの存在に気がついた。ソシャゲに負けるなんてグラスハートさんが知ったら内心ショックですよ。
「妾くらい威光に満ちた美人なら良かったものを、哀れよなぁ」
育ち方がちょっと歪んでいた紅梅は真顔で言ってのける。
「私はお姉さんナンパしてたから見てなかったけ――」
「貴様は仕事中にナンパはやめろと言っておるだろうが!」
腹パン一発で鈴に仕置きする紅梅。英雄相手だから容赦なし。
●口撃☆
ほのぼのシーンはここまでだ。ここから先は罵詈雑言のターン!
「あのボディースーツかっこわるいよなー!」
リオンったら思ったことをすぐ口に出してしまうものだから、ショーケース上のグラスハートがピクッと反応する。彼は耳ざといので如何なる悪口も聞き取ることが出来るのだ。
「だ、だめだよリオン! 確かにかっこわるいけど、本人はかっこいいつもりなんだから!」
慌ててリオンを止める仁菜。
「待つのだガール……確かにって何なのだ!」
シュタッ。ケースから降り立つグラスハート。
だが不用意に降りるのは危険だった。
遠巻きにタイミングを見計らっていたジャックが咲良を押し出した。グラスハートの前に躍り出ることになった咲良。
……。
「変態だーーーーーーーーっ!!!」
開口一番、変態呼ばわり。仕込みやがったなジャック、咲良の後ろでげらげら笑っている。
変質者を目の当たりにして、うるうるの涙目で恐怖と驚愕が入り混じった悲鳴をあげる咲良。口が何か菱形になっちゃってるけどこれはこの子の仕様だよね多分。
「ぬわーーーーっ!!」
マスクの下の隙間から洪水のように(精神的な)血を噴き出しながら悶絶するグラスハート氏。先制口撃から重過ぎるんですが。そして多分見えない炎に包まれているんですが。
「待ちなさいガール……私は決して変態などでは……」
グラスハートは生まれたての小鹿のモノマネをしながら咲良にすすすーと寄っていく。足がガックガクでもうヤバい。
「近寄るな変態ーーーっ! こっち寄るなーーっ!」
「ぬわーーーーっ!!」
ジャックの背に素早く逃げ込んで泣き叫びながら完全拒否の咲良。再炎上グラスハート。胸を押さえて蹲る。ハートがヤバい。咲良にこれ以上近づくと死んでしまいそう。
ヒーヒーと苦しそうにしながらも笑いから立ち直ったジャックが、嘲笑を浮かべながら追撃を仕掛ける。
「おーい、変態拗らせた中二病がいるぜー。いや中二病拗らせた変態か? どっちでもいいわな、救いようねぇバカには違いねぇし、キヒヒ♪」
観衆を煽るように雑言を浴びせるジャック。まさに口撃ならお手の物といったほどの口の悪さだ。
「変態だけにとどまらず中二病だとぅ……! 私は正統なる怪盗――」
「その格好何? ブッサイクな面隠してんの? それともモブ面隠すために必死になって目立ちたいだけー? 見るに堪えねぇ面なら一生引き篭もってろよ!」
まだまだ止まらないジャック・ブギーマン。
「格好いいとか思っちゃってんの? 自・意・識・過・剰ー。痛い痛い痛い! 誰かー、絆創膏持ってきてー! 人1人包める位でっかい奴ー!」
ふるふると体を震わせているのはグラスハート、だけではなく仁菜とリオンもだった。
「俺、パートナーがニーナでよかったと思うよ……。あと怪盗にはならないようにしようと思うね!」
「私もリオンでよかったと思うよ。あんなこと言われたらグラスハートじゃなくても心砕ける……!」
嬉々として相手を罵りまくるジャックに完全にビビってしまった。咲良はずっとジャックと一緒にいるんですが……。
「定着したからってグラスハート名乗るとか、僕ちゃん心弱いんでちゅーっての? 優しくしてくだちゃーいっていう構ってちゃんですかー? キッショ! ……って、あん?」
なおもジャックの口撃は続くが、グラスハートの様子が少し変わってきた。蹲っていた状態からすくっと立ち上がり。
「貴様……さては悪いコだな!?」
「……はぁ?」
「悪人が悪いことを言うのは当たり前園、故に君に何を言われようと私の心は揺るぎもせん!」
すらすら流れ出る悪態からジャックは悪人認定を下されたらしい。
「揺るぎもしないが私はチョコに用があるのでな、失礼する!」
マントをばさぁと翻らせ、チョコのケースまで歩くグラスハート。立ち去るその後ろ姿は……千鳥足のフラッフラだった。普通にダメージ喰らってた。
ケースにたどり着き、しがみついて何とか立ち続ける彼の姿を見ているとエージェントたちは何とも言えない気分になってくる。
「ところであの方どういった方なのです? わたくしよく知らなくて」
ケースのすぐ傍にいた十七夜が哭凰に説明を求める。自分の評判が気になるグラスハートさんは聞き耳を立てます。
「一応最近は結構有名なはずなのよ?」
「うふふ、わたくしまだこちらに世界に来てから日が浅いので覚えなきゃいけないことがまだまだ多いんですよ」
「グラスハート、人前に颯爽と現れるけど観客の野次に心を折られて1度も盗みを成功させたことのない自称怪盗なの」
「自称じゃありませんよ、怪盗ですよ?」
哭凰に訂正を求めるグラスハート。自称と言われては黙っていられねぇ。
「あらあら、劇場型犯罪を模した負け犬芸をやる芸人さんですのね」
「ハッハッハ、そうなんですよ。怪盗とは仮の姿、その正体は負け犬芸を得意とする芸人……ってグハァーーーッ!」
あらあらうふふお姉さんの辛辣な評価は、グラスハートにノリ吐血させるには充分な威力です。これで当の本人は無意識っていうんだから恐ろしい。十七夜さん恐ろしい子。
「さっき勉強中って言ってたのに劇場型犯罪なんて言葉は知ってるのね……」
十七夜が何を元にして言葉を覚えているのか少し不安になる哭凰であった。
「しかしグラスハートとやら、貴様は何故怪盗等しているのだ。モテるとでも思ったのか? それで彼女の1人でも出来たか? 二次元の怪盗がモテるのはイケメンだからだぞ」
十七夜にやられて参っている彼に紅梅が声をかける。
「え、二次元の怪盗ってモテるの?」
床に手をつきながら紅梅を見上げるマスク顔。変なところに食いついてきた。
「二次元なのだからモテるに決まっているだろう。そんなことも知らんのか。どうせチョコ盗むのもあれだろう? 女に1つも貰えない腹いせだろう! なっさけないのう」
「ああ! 紅梅ちゃんそんなこと言っちゃ駄目だよー。彼女は出来ないかもしれないけど彼氏は出来るかもしれないよ? ね?」
あっはっはと爽やかスマイルで余計な口撃を付け加える鈴。如何にもモテそうな空気を醸し出していらっしゃる。
「感じる……貴様からモテオーラを感じる……! 敵でなければ弟子入りして教えを請うていたものを……何たる巡り合わせの妙!」
ダン、と拳を床に打ちつけるグラスハート。モテたい下心が滲み出てしまっている。
「私は自分で言うのもなんだけど美形だし女の子にも困ったことないし、チョコも沢山貰うからモテない人のことはわかんないけど……でも怪盗さん、なんかいいと思うよ! なんか!」
「上から目線!」
ダンダン。泣いて悔しがるモテない怪盗。これむしろモテ男への対抗心で復活するような気もする。
「そうです。わたくしもグラスハート様はいい男だと思いますよ? あ、サインをいただけますか? わたくし是非欲しいと思っていたのです」
傷心の怪盗にそっと近寄り、手ごろなメモ帳とペンを差し出す十七夜。腹に一物抱えてる感が半端ない。実は弱っている彼にサインを書かせればうっかり実名を書くのではないかという悪魔的発想の行動なのだ。怪盗にとって実名がバレることは死活問題。恐ろしや。
「サ、サインなんて初めてだわ……」
緊張と動揺から口調がおかしくなったグラスハートだったが、ペンを受け取るとさらさらと、サインを記す。
「あらあら、これは……」
十七夜が受け取ったメモ帳に書かれていたそれは……。
『ぐらすはぁと』
しっかり実名を隠していた。
「ハッハッハ! いや照れるなぁ!」
ドヤァ。胸を張って大笑い。有頂天のグラスハート。
「失敗してしまったようですね……」
哭凰に戦果を報告してメモ帳をポイ捨てする十七夜。もちろんグラスハートは『orz』ってなりました。
「ふん、チョコを狙うということは、どうせチョコをくれる相手がいなかったのだろう? 貰えないからこその怪盗だろう? 友達からも貰えないのか? 世間には友チョコがあるんだろう?」
満を持して守凪がグラスハートに語りかける。けちょんけちょんに罵ってやる、と決意しながら、その実彼の視線にはちょっと憧憬の念が込められていた。要するに怪盗に憧れていた。周囲がダサいだの格好悪いだのと言っているから決して表には出さないけれど。
「……もう少しまともな服はなかったのか? 目立ち過ぎじゃないか? 白マントはさすがに……カッコいいなんて思ってないからな。思ってないぞ!」
いや表に出ちゃいました。口撃部分よりも後半の憧れ部分がだいぶ強いです。
「その格好さぁ、カッコイイとか思ってるのかなぁ? あと口上? 自分で言っててぇ、痛くないのかなぁ? こぉんな夜にぼっちなんて心から冷えてくよねぇ? くふふ」
「ぐっ……ぼっち……!」
カミユも怪盗を口撃したのだが、むしろ守凪が巻き添えで喰らってるダメージのほうが多分でかい。
「あーこの本命チョコ美味しいですねー気持ちのこもったチョコは格別ですねー」
「こ、今度は誰が私を責めるというのだ……」
レオンはあてつけるようにグラスハートの目の前で紙袋から(自分)チョコを取り出し、食す。これぞ精神攻撃。
「食い過ぎで気分わりぃ」
ハンスも一緒になってグラスハートを攻め立てる。畜生だぜ。
「おのれ……私の目の前でチョコを貪るとは……」
「努力を怠らなかった勝者こそがチョコという栄光を掴むことができるのです! そもそも土俵に立とうともしなかった者が僻むのは逆恨みというものです!」
どーん。口周りにチョコをつけながら怪盗を見下ろすレオン。自分が食べているのが自分チョコだなんてもう忘れているかのようだ。
「カップルやご夫婦、片思いの人のためのイベントです。ボッチの出る幕ではありませんのでお帰り下さい!」
「そーだそーだ」
ハンスの絶妙なガヤが結構効いてくる。あとレオンのボッチは帰れ宣言で守凪が倒れて平介が「大丈夫ですか?」とか言っている気がするけど、うん多分大丈夫。大事の前の小事だよ。
「ぼ、ぼっちちゃうし……ワイ友達100人おるし……」
グラスハートの口調と心はもうガタガタ。目の前でチョコを貪ったのはだいぶ有効だったようである。
そんな口撃の最中、仁菜はふと周囲を見渡し、テレビカメラがエージェントたちの厳しい口撃現場を撮影していることに気づく。これはまずい、エージェントの印象が悪化するのは必至。仁菜はリオンと共に視聴者へのアピールに動いた。
すすっとカメラの前に歩いていく2人。気づいたカメラマンが2人にレンズを向けた。
「えっと、私たちはお仕事でグラスハートを退散させるため、今回精神攻撃という手段を用いています。これは戦闘により周囲の人や、商品に被害を出さないための作戦なんです!」
仁菜ちゃん、気配りができる良い子ですね。
「そうそう。普段は皆こんなこと言わないとってもいい人たち!」
真実かどうかはさておき、リオンも精一杯フォローに回る。
「エージェントになったばかりの私にも優しく親切に接してくれて!」
「この人たちのおかげでニーナは仕事が出来てるといっても過言ではない!」
笑顔でイメージアップ。仁菜の隠れた好プレイにより、エージェントたちの悪評は防がれたのだ。
グラスハートはだいぶ弱ってきている。そろそろ頃合かと、徳用チョコを食べながら待っていた佐千子が動き出す。
「あ。話終わった? ん? あー、その、ごめん。誰さんでしたっけ」
「グラス・ハープだ」
グラスハートを攻める。リタも無自覚に名前を間違えるというテクニック(?)でダメージを与える。
「だっけ? ま、いっか。で、あなた……結局何がしたいんですか? そんな親が見たら泣きそうな格好で」
「ふむ……ちゅうにりょくとやらは、親が泣いて喜ぶほどの特殊技能なのか?」
今日も間違った知識を手に入れたリタ。『ちゅうにりょく』を会得しても知らないぞ。
「ガールこそ、そんなにチョコをがっつり食べてよいのか……? ただでさえ重い体重が更に重くなるぞ!」
「な、何……?」
結構気にしている、どころでない点をグラスハートに突かれて佐千子はかなり動揺した。
「私の目は誤魔化せん……ガールはめっさ重いだろう、信じられんほど重いだろう! それはそう、食いすぎのせい!」
怪盗としては無能でもリンカーとしての力は一流なので、何か気配とかそういうのでバレたのかもしれない。調子に乗って攻め込んでくる。
「女の子になんてことを……」
女子のデリケートな部分を口撃するグラスハートのポンコツ野郎ぶりに京香が立つ。
「何だねレディ……というか、こんな冬にへそ出しルックとかバカチンか! レディはお腹を冷やすものではないと言われなかったのかバカチンが!」
京香の服装に物申すなグラスハート。だが女の子が口撃されて怒りに燃えている京香には何も通じない。
「重いだなんて女の子に言い放って……。謝るのよ、土下座して謝るのよ!」
殺すオーラがすごい京香さんがじりじり近づいてくる。ころされる。
「正直すまんかった。もう反省している」
チキンハートでもある怪盗は、ころっと態度を変えるのも得意なのだ。謝罪の言葉を述べながらグラスハートが、ポケットに突っ込まれていた佐千子の手を取った。その重量や質感は人間のそれではない。ハッと気づく。
「何と……機械化していたのか。いや失礼! それならばめっさ重いのも納得だ、機械化しているのならばめっさ重いのが当然だものな! めっさ重いのが!」
ポンコツハートの無自覚な言葉の矢がグッサグッサと佐千子に刺さりまくる。というか観衆にも丸聞こえだし本当にひどい。ドイヒーである。
「……平介ごめん。殺るわ」
佐千子の乙女心にヒビが入る音を聞いた京香さんが拳を鳴らしながらポンコツに近寄っていく。もうサマになりすぎてて惚れ惚れする怖さです。平介はニコニコのスマイルマスクで「どうぞ☆」とか言ってるし、これもうポンコツのハートブレイク(物理)の危機ですよ。
「暴力はなしですよー!」
流血の雰囲気を感じ取ったレオンが京香を制止する。
「が、頑張れ小さい少年! 男を見せるのだ!」
「や、やかましい! まだ成長期ですし! まだ伸びますし! 将来有望ですし! 自分より背が低い人とはちょっと、とか言われてないですし!?」
佐千子に続いてレオンの地雷もずっぽし踏み抜いていくグラスハート。京香を止めていたレオンも暴れだしてしまう。
「どうした少年! 背が低いことでフラれたというのか!? もしかして今年も悲しいバレンタインなのか!?」
「グハッ……こ、こんな変態の究極系のような人に言われるなんて……」
ざっくりハートが裂けちゃってるレオン。憎き変態へいよいよ手をかけようかというところでハンスが後ろからレオンを羽交い絞めにして押さえ込み、そのまま優しく慰め始めた。
「違いますし……背が低くてフラれたとかないですし……」
「わかったわかった」
辛い過去を思い出し、ハートブレイク気味のレオンはハンスに抱えられてデパートのスタッフルームまで運搬されていった。
「フッ……メンタルの弱い少年よ、安らかに眠るがよい……」
何故かわからないがグラスハートは勝ち誇る。1人やりこめてやったぜ、ということだろうか。
「とはいえ、だ……」
グラスハートは踵を返し、てくてくと出口まで歩いていく。
四つ足で。フラフラのガクガクの四つ足で。
「もう帰る。こわい」
皆が辛口なことばっかり言うからもう帰りたいようです。ずっと帰りたかったようです。
「あ、あの」
「?」
四つ足の変態に仁菜が声をかけた。
「あの、高いチョコにはとても及びませんけど、せっかくのバレンタインなので! よかったら貰って下さい」
「こ、これは……」
仁菜が渡した手作りチョコを、グラスハートはまじまじと見つめる。
「ニーナは料理上手だから、味は保証するよ!」
リオンも笑って話しかけてくる。
「思いがけぬ……バレンタインとなった。ありがとう、ありがとうおぜうさん! おぜうさんの優しさが身に染みる!」
おぜうさん。何かわからんが称賛やら感謝やらがこもった呼び方なのだろう。
仁菜のチョコを大事そうに懐に仕舞いこみながら、最後の力を振り絞って生まれたての鹿から人間に戻り、グラスハートはクールに去った。マントばさぁ。
「それにしても……まんまと盗んでくれたわね」
全てが終わった現場。湧き上がる衝動を佐千子は抑えきれない。
「ん? あいつは何も盗んでいかなかったろう? そもそも何のために戦っていたんだ……」
不毛な任務であった、とリタは思わずにいられない。
「いいえ、アイツはとんでもないものを盗んでいってくれたわよ」
「?」
「みんなの時間よ……」
「ああ、確かに」
時間泥棒グラスハートが去っていった先を、遠い目で見ながら、佐千子が言った。何か我慢できなかった。そしてリタはそんな言葉も真に受けて深く頷くのだった。